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なのはが目を覚ました時、まず初めに感じたのは気だるさだった。
体中が重く、指一本動かすのも億劫なくらいだ。

(ここ・・・は?)

辺りを見回してみれば、白くて清潔感のあるベッド、どこからか漂ってくる消毒液の匂い。
カーテンの向こう側には、見慣れた青い空が広がっている。

(病院・・・?あれ、何で私・・・こんな所に・・?)

状況を把握しようにも、混濁した意識では上手く考えが纏まらない。
なのはが一人で悪戦苦闘していると、ふいに病室のドアが開かれた。
見れば、看護師がボードを片手に持ちながらのんびりと病室に入ってくる。
しかしこちらを見た瞬間、その看護師は慌てた様子で駆け寄ってきた。

「高町さん!?目を覚まされたんですね!?」
「・・・?」

なのはは、大慌てで自分に繋がれている計器を調べる看護師の姿を、どこか他人事の様に見つめていた。

「高町さん、どこか痛む所はありませんか?ちゃんと私の声も聞こえますよね?」
「は、はい。大丈夫・・・です。でも、体中が重くて・・・」
「それはそうですよ。高町さんがここに運び込まれてから、もう1週間も経っているんですから?」
「え・・・?」

そう言われて、なのはは漸く自分の身に何が起きたのかを思い出した。

「そうだ!私・・・痛っ」
「高町さん!?無理をしないで下さい」
「私はいいんです・・・ヴィータちゃんは?他の皆さんは?」

体中に奔る鈍痛を堪えて尋ねるなのは。
しかしその答を聞くよりも早く、新たな声が病室に響いた。

「なのは!?」
「なのはちゃん!?」

驚愕の表情を浮かべているのは、学生服を着たフェイトとはやてである。
学校の帰りに直接やって来たのだろう。

「よかった、目ぇ覚ましたんやな、なのはちゃん」
「なのは・・・よかった。本当に、よかったぁ」
「フェイトちゃん・・・はやてちゃん・・・」

涙を堪える二人の様子になのはは、どれだけ皆に心配をかけていたかを悟った。
そしてあれだけの大怪我をしたにも関わらず、今生きていられる事に、泣きたくなる程感謝したくなった。

「ふぇ・・・っ」
「な、なのは!?」
「どうしたんや、なのはちゃん!?」
「高町さん!?」

突然嗚咽を零し始めたなのはに慌てて周囲の人間が声を掛けるが、なのははそれに答える事無く、しばらくの間生きている事を実感していた。

なのは生還の一報は、直ちに関係者全員に届けられた。
それは、本局の取調室で事情聴取を受けていたレイヴンも例外ではない。

「そうですか、意識を取り戻したんですか・・・」
「ええ。レイヴン君の応急処置が早かったからでしょうね」
「あんなのは気休め程度です。助かったのは運が良かっただけのことです」
「それでも、君が手当てをしてくれた事には変わりないわ。ありがとう」
「・・・それよりも、貴方はここに居てもいいんですか?あの高町とかいう人と知り合いなんでしょう?」

そうレイヴンが丁寧に問いかけているのは、緑色の髪を束ねたリンディ・ハラオウンである。
今回の事件に際し、リンディは自分からレイヴンの事情聴取を担当していた。

「私なら大丈夫よ。今は家族の方と面会している筈だから、私が行っても邪魔になるだけ。でも、後で時間を見つけて必ずお見舞いに行くけどね」
「・・・・」
「それに公表されていないものの、今回の事件はかなり重要な案件なの。今のレイヴン君の立場も非常に危ういわ。なのはさんの恩人だし、そうでなくとも出来る限りの事はしてあげたい」
「ありがとうございます」
「それで・・・本当なの?レイヴン君が証言したという・・・」
「ゾイドの事ですか?」
「そう」

リンディは、頷きながら部屋の一角に目を遣った。
そこにはシャドーが体を丸めて休んでいる。
見た目は唯の黒い竜である。しかし、その実態は・・・

「俄には信じられないわね。機械生命体だなんて・・・」
「それはお互い様です。俺だって、魔法なんて物が現実にあるなんて思ってもみなかった」
「それもそうね・・・」

リンディは一息吐くと、本題を切り出した。

「まず、残念なお知らせがあります。貴方の言う“惑星Zi”なる星のある世界は、現段階で管理局は把握していません」
「でしょうね。知っていたら、放っておく筈がない」
「ええ。そのゾイドが非常に強力な質量兵器たりえる以上、管理局にとっては好ましい物ではありませんから」

そう言いながら、リンディは手元の調書に目を落とした。
そこには、既にレイヴンから事情を聞いた執務官によって様々な記述がなされていた。
“重要参考人”扱いという事だが、殆どの人間が目の前の少年を危険だと思っている様だ。
だが、リンディはなのはを助けてくれた事もあり、レイヴンの肩を持つ事に決めていた。
時空管理局の人間として褒められた行為ではない事は、重々承知のうえである。
それにリンディの眼には、目の前の少年はそこまで危険人物には見えなかったのだ。

「ではこの調書にある様に、先日遭遇したあの質量兵器はゾイドではないと?」
「間違いありません。少なくとも僕の見てきた中にあんなゾイドはいませんでした」
「ですが、貴方がその惑星Ziから転移してきた以上、あの兵器がゾイドである可能性は否定できませんよ?」
「貴方達からすればそうかもしれませんが、僕から言わせてもらえれば、あれは絶対にゾイドではありません」
「そう言いきる根拠は?」

リンディがそう尋ねると、レイヴンはしばしの間逡巡すると口を開いた。
「ゾイドには、必ずゾイドコアという物があります」
「ゾイドコア?」
「生物でいうなら心臓、機械でいうなら・・・まあエンジンに相当する部分です。あの時の兵器には、このゾイドコアがなかった」
「なるほど・・・。でも、レイヴン君はどうやってそれを?」
「破壊されたあの兵器の残骸になかったのは確認済みです。まあ、僕が見たのは一部の機体だけですが・・・。
そうでなくとも、あれがゾイドであるかそうでないかはすぐに分かります。何より、シャドーがそう伝えてきましたから」

主の言葉に反応したのか、シャドーが首をもたげたが、すぐに興味を失った様にまた元の状態に戻った。

「もう話した事ですが、シャドーもゾイドです。ゾイド同士、互いの事なら必ず分かります」
「成る程・・・分かりました」

頷くリンディ。しかし、彼女の長年培ってきた勘と経験は、事実はこれだけではないと告げていた。
その旨をレイヴンに問い質したい所だが、全く根拠のない質問をするわけにはいかない以上、引き下がらざるを得ない。

(嘘は吐いていないとは思うけど、事実を全て話しているという訳ではなさそうね。厄介だわ。フェイト達と大して年は変わらないというのに、どういう育ち方をしてきたのかしら。
それにしても・・・)

再び調書に目を落とすリンディ。写真の中のレイヴンが不機嫌そうにこちらを見据えている。

(保有魔力B+・・・か。管理局員に推薦してちゃんと通るかしら?上の人達はうるさいのよねぇ。私と騎士カリムの連名があれば何とか静かになるかしら)

B+ランクとは管理局員としては、並の部類に入り、一般人と比べると普通よりもそこそこ多いといった所だ。
リンディは、レイヴンをクロノの部隊にスカウトする事によって、上層部の拘束をどうにかしたいと考えていたのだ。

(せめて、こちらの世界での足場は固めてあげなくっちゃ)

(面倒だ……)

丁寧に話しながら、レイヴンは心の内で毒づいていた。
この時空管理局という所に来てから、既に1週間が経過している。その間、レイヴンはずっと拘束されていた。
毎日の様に取調べを受け、訳の分からない身体検査も受けた。ここがZiなら、とっくの昔に逃亡しているところだ。
だが、逃げ出すわけにはいかない。圧倒的に情報が不足している。
魔法なんて御伽噺みたいな代物まであるうえに、自分は丸腰。
シャドーと引き離されなかったのは幸いだが、わざとそうしたのではなく、管理局側が出来なかったからにすぎない。
現状は自分ひとりの手に負えない所まできていた。

(問題はこれからどうするか、という事だ)

魔法にどんな物があるか分からない以上、逃げ出すのは論外。
だが、目の前の女性―――ハラオウンといったか―――が言う様に、自分が今危うい状況に立たされているのは間違いないだろう。
拘束され続けると、何が起こるか分かったものではない。
無実である事は自分自身よく分かっているが、向こうからすればそうではない。
既に調査済みの遺跡で感知した反応を調査しに行ってみれば、違法な拳銃を所持した少年と未知の機械兵器と遭遇、交戦。どう考えても、自分は怪しい事この上ない。
自身の無実が証明されるのは、それは相手がこちらの言い分を全て事実と認めた場合だ。そんな事はほぼ有り得まい。少なくとも自分なら、そんな温い事はしない。

(シャドーもいる事だから、流石にゾイドに関する情報だけは信用しているだろうが・・・。
やはり、“あれ”で行くか?最後まで取っておきたい切り札だったんだが)

脳裏に浮かぶ金髪の少年。宿敵の息子と異世界で出会う事になるとは、全く思ってもみなかった。
(一体、何の因果なんだか・・・)

レイヴンが口を開こうとしたその時。

「失礼致します」

取調べ室のドアを開けて入ってきたのは、茶色い制服を身に纏った女性。
色の違いこそあるが、間違いなく時空管理局の人間だろう。

「どうかしましたか?」
「こちらでレイヴンという少年が取調べを受けていると聞き及んでいますが・・・」
「はい・・・。失礼ですが、貴方は?」
「申し送れました。私、地上本部首都防衛隊所属のオーリス・ゲイズと申します」
「ゲイズさん。・・・!まさか、あの・・・」
「はい。レジアス・ゲイズ中将の娘です」

名前を聞いたリンディが少し苦々しい表情を浮かべる。
何か相手に思う所でもあるのだろう。
オーリスと名乗った女性は手元の鞄から、数枚の書類を提示しながら告げた。

「その少年の面会に参りました。できれば席を外して頂きたいのですが」
「残念ながら承服いたしかねます」
「分かりました。仕方がありませんね」

その反論は予想していたのか、そこまで気にした様子もなく着席するオーリス。
そしてその鋭い目をレイヴンに向けながら、口を開いた。

「初めまして。先程も申し上げましたが私、地上本部首都防衛隊所属オーリス・ゲイズと申します」
「レイヴンです」

この時点でレイヴンはこれから行われるであろう、問答の内容を何通りもシミュレートしていた。

「担当直入に申し上げます。我々には貴方を弁護し、尚且つ貴方の働く場所を提供する準備があります」
「なっ・・・?」

隣でリンディが絶句するのを尻目にゲイズは淡々と言葉を連ねた。
それはとても子供に向ける言葉遣いとはいえなかった。(レイヴンは実際、見た目どおりの年齢ではないのだが)

「今現在、貴方の立場は非常に悪いと言わざるを得ません。ですが、我々に協力して下さるのなら・・・」
「僕を自由の身にできる・・・と?」
「はい。ですがその代わり、貴方には私たちの元で働いて欲しいのですが・・・」
「・・・」

予想していた通りのやり取りにレイヴンはしばし考え込むフリをする。
これはリンディの反応を見る為の芝居にすぎない。

「失礼ですが、ゲイズさん。彼はこちらの世界の情勢を詳しく知りませんし、まだ子供です」
「調書には15歳とありました。確かに彼の居た世界では未成年かもしれませんが、彼は軍属というじゃありませんか。それに管理局では彼位の年齢で働く人も少なくない
おまけに保有魔力はB+。魔導師としても十分に働ける素養は持っているでしょう。これ程の能力の持ち主をあそばせておく余裕があるんですか?」
「それは・・・」
「少なくとも地上部隊(ウチ)にそんな余裕はありません。貴方達が彼をスカウトしないのであれば我々が引き抜きたいと考えています」
「・・・」

皮肉げに話すゲイズにリンディは黙り込むしかない。
彼女の話す内容は的を射たものであったし、陸と海の部隊の温度差を何よりも表していた。
事実、レイヴンの出身世界の危険度、今回の事件における関連性は、本局の上層部は重く見ていることをリンディは知っていたのだ。
それに彼を助けたいのであれば、彼女にレイヴンを引き渡すというのは悪くない案ではある。
しかし、リンディが懸念しているのは別の所にあった。

レジアス・ゲイズ中将。
ミッドチルダ地上世界の防衛を司っている地上本部の実質的なトップに立つ人物だ。
平の局員からの叩き上げでその地位に上り詰めた為、彼を支持している人物はかなりの数に上る。
ただし、彼は物事を大勢的に判断して動く本局と折り合いが非常に悪かった。
確かに有能な人材が“陸”から“海”へ流出しているのは否定できない事実であり、リンディもその友人であるレティも頭を悩ませている。
だからといって、“質量兵器の導入”を検討している彼の意見に同調することはできない。
また、そんな計画を立てている彼を本局は相当に煙たがっていたし、質量兵器に不安を抱く市井の人々もその意見には懐疑的になっていた。
しかし・・・

(レイヴン君の言う通りゾイドが機械生命体だとしたら、ゲイズ中将にはまたとない切り札となる・・・)

苦々しげに心の内で呟くリンディ。
どこで情報を入手したのかは知らないが、ゾイドの存在をレジアス・ゲイズが放っておくとは思えなかった。

「とにかく、現段階では話が急すぎます。彼一人で決めるには説明不足でしょう?この話は、また後日という事で・・・」
「・・・分かりました。ですが、彼への説明は公平に客観的な事実を教えて下さいます様、お願いいたします」
「それは、誓って」

(妙な事になってきたな・・・)

目の前で繰り広げられる遣り取りを見ながら、レイヴンはこれからの自分のとるべき道について考えていた。
どうやらリンディ・ハラオウンはゲイズと名乗った女性に自分を託す事に躊躇いがあるようだ。反対しているといってもよい。
それにオーリス・ゲイズもリンディ・ハラオウンを快く思っていないようだ。
その敵意にレイヴンは心当たりがあった。

(権力闘争かそんなところか。管理局が一枚岩じゃないとは思っていたが・・・。しかし、面倒な事になったな。どちらに付けばいいのか、見当がつかない)

現状、自分はこの世界の情勢について何も知らない部外者だ。ここでの選択を間違えれば、後々まずい事になる。
幸い、返答は保留にしてくれるらしく、オーリス・ゲイズは引き下がったが、去り際の言葉がどうも引っ掛かった。

(客観的な事実・・・ね。単なる勢力争いじゃなさそうだな)

“陸”も“海”の部隊も目指しているのは恒久和平の実現だ。ただ、そこに至る手段が違うだけなのだ。
しかし、その手段の違いが後の自分の立ち位置に関わってくるとはこの時のレイヴンには知る由もなかった。






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最終更新:2009年09月16日 19:26