真上は見渡す限りの空、眼下は見通す限りの街の絶景。
少女は、下界に広がる風景を感慨も無く見下ろしている。
その表情には、喜怒哀楽、どれにも当てはまらない、まるで機械の様であった。
「私の可愛いルーテシア」
そんな彼女の前に、一つの通信が流れた。
モニターに映るのは、周りは何故か毛嫌いされている彼。
自分の―――唯一の願いを叶えてくれる『恩人』からのものだった。
「一つ頼まれてくれてもいいかい?」
魔法死神リリカルBLEACH
Episoade 7『The world that intersects again』
ミッドチルダ 地下道
薄暗い洞窟のような道に反響して歩く音が二つ。
黒い着物を靡かせ、刀を携え、草履を鳴らす。レリックの探索に潜り込んだ、冬獅郎と乱菊だった。
「うへぇ、汚いなぁもう」
跳ね返る水飛沫の中を走りながら、乱菊はそうぼやいた。
先頭を切る冬獅郎は、そんな彼女に目もくれずにただ前進する。
「隊長、ホントにレリックがこんなところにあるんですか?」
「―――さあな、あいつ等に訊いたらどうだ?」
不意に、冬獅郎は足を止め、肩に担ぐ刀に手を掛けた。
乱菊は目の前の光景を見て、ため息をつく。
「…素直に話を聞かせてくれそうには見えませんけどね」
「松本、どうやらお喋りもここまでのようだ」
彼女達の前に躍り出たのは、カプセル状のような単純な構造をした機械、ガジェットだった。
アームを蠢かせ、中央のセンサを光らせて、行く道を阻んでいる。
「―――来るぞ!!!」
その言葉を合図に、ガジェットは徒党を組んで襲いかかってきた。
冬獅郎達の決死の探索が敢行されている間、当の一護達は―――。
「ふぁ~~~~あ、眠ぃ」
「一護、少しは真面目に調べんか」
「へ~へ~、っても何も無いけどな、見飽きた光景ばっかだけどな」
未だに気が抜けたような顔で一護は何気なく辺りをキョロキョロ見渡した。
最初は鮮明だったこの世界の光景も、何事も無く歩くだけを繰り返していく内にすっかり退屈なものと変わってしまった。
「平和なのは良いことだけどよ、事を起こすんだったらもっと『ストレート』な方法とか無えのかな? 何かまだるっこしくてよ」
「仕方なかろう、この地の者に悟られずに動くのが我々の使命なのだからな」
隣を歩くルキアは、簡潔にそう述べると何か異変が無いか調べ始めた。一護も、面倒臭げに辺りを見てみる。―――やはり特に変わった様子は無かった。
と、そんな歩く二人に連絡が入った。
「何だ……?」
携帯を開き、内容を確認するなり、ルキアの眼が変わった。
「一護、どうやら事は『ストレート』に運んでいる様だぞ」
「…何だって?」
同時刻 とある地下室
薄暗い中を駆けていくのは、若きストライカー達。
阻むガジェット達を順調に倒していき、その行きつく先にこの幅広い空間へと彼女達は出ていた。
案の定、レリックのケースは直ぐに見つかった。
「ありました!!」
ケースを持ってキャロは皆にそう伝えた。
他の皆も、少しだけ安堵の表情を浮かべた刹那。
(ん……?)
微かだが、何か低いが聞こえた。
微妙にだが、音がだんだん大きくなっていくのがわかった。
―――何者かが、こちらに近づいてくるのを理解した。
「何この音……」
音は小刻み鳴りながら、自分達の周囲を、囲むように動きまわる。
音はやがて重く響かせながら、通った跡を破壊していく。
不意に、音は鳴り止んだ。それは、攻撃の前兆だった。
黒く光る魔力弾が、キャロの頭上を襲った。
「―――きゃああっ!!!」
対応しきれなかったキャロはそのまま飛ばされ、爆炎の中で大きな影を見る。
その影は再び自分に向かっていき―――。
「でぇりゃあァ!!!」
助けに来たエリオによって、押し戻された。
しかし、その反撃として肩に傷を負ってしまった。
「エリオ君!!?」
傷付きながらも、必死にキャロをかばうようにエリオは立つ。
謎の正体は、紫の羽を羽ばたかせながら、ゆっくり地に降りた。
その姿は、人間の様な体躯をした昆虫―――俗に言う召喚獣だった。
視線がその召喚獣に集まる中、先程落としたケースを拾う少女が一人。
「あ…それは……」
「―――邪魔」
その一言を言い放つと、問答無用でキャロに向かって砲弾を放った。
咄嗟の反応で防ぐことはできたが、出力の差でバリアは破られ、エリオ共々柱に叩きつけられた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
直後スバルが介入。怪物に向かって攻撃を入れるが、避けられてしまう。すると今度はギンガが、重い拳を放った。
攻撃は防がれたが、結果的には少女との距離を大きく引き離した。
その隙にスバルは、勝手にその場を去ろうとする少女に呼びかけた。
「こらぁ!! そこの女の子、それ危険なものなんだよ!? 触っちゃだめ、こっちに渡して」
しかし少女は、スバルの言葉が聞こえなかったかのように無視して歩きだそうとして、直後いきなり刃を宛がわれた。
「ごめんね、乱暴で……でもね、これ本当に危ない物なんだよ」
姿を消していたティアナが、少女にタガーを向けて冷静に告げる。
少女は、感情の無い瞳をティアナに向けて、暫く大人しくしていたかと思うと―――。
(1――――2―――)
ゆっくりと、しかし行き成り目を瞑った。
(『サーレンデホイル』!!!)
瞬間、強烈な爆音とフラッシュが辺り一面を覆った。
あまりの光と音の強さに、スバル達はよろける。無論ティアナも例外では無かった。
その隙に、悠々と少女は歩きだす。
「くっ…!!?」
ティアナは慌てて、少女に銃口を定めるが怪物の蹴りで遠くに飛ばされた。
それでも狙いはちゃんと定まっており、少女に魔力弾を放つが、
「なっ…」
身を呈してまで、怪物は少女を庇った。
弾が当たった所には、鎧の破片が崩れ落ちる。
少女は、これだけの事にも関わらず平然とした落ち着きで、援護に来た『もう一人の仲間』を見上げた。
「ったくもう、あたし達に黙って勝手に出かけちゃったりするからだぞ。ルールーもガリューも」
その先には、小柄な―――全長約二十あるか無いかの小人だった。
不思議な服装に黒い羽を生やし、燃えるような紅い髪をした彼女―――は、少女ルーテシアに呆れた調子でそう言った。
「アギト……」
「おう、ホントに心配したんだからな」
アギトと呼ばれた小人は、二ヤリと笑ってスバル達に挑発の目を向けた。
「ま、もう大丈夫だぞルールー。なにしろこのアタシ!! 『烈火の剣精』アギト様が来たからな!!」
大胆的にそう言うアギトの周囲から、ポンポンと小さい花火が飛び出す。
そしてスバル達に指をさすと、大声でこう怒鳴った。
「おらおらァ!! お前等まとめて、かかってこいやぁ!!!!」
さらに同時刻 別の地下室にて
「――っと」
立ちふさがる様に向かっていくガジェット達。
その放つ閃光を避けながら、冬獅郎は敵の懐に一気に潜り込んで…そのまま何も無かったかの様に敵の包囲網を易々と突破した。
無論ガジェットは、向きを変え邪魔者を排除すべく狙いの標準を合わせる。
しかし冬獅郎は、立ち止りはしたがガジェットの方には振り向きもせず……。
「……この程度か」
何時抜いたのか、刀を鞘に納めていた。
瞬間、冬獅郎が通った後にいたガジェット達は、突然機能を停止したように動きが止まったかと思うと、次には身体の断面がゆっくりとスライドされ、綺麗に上半身と下半身が分離した。
爆ぜもせず、何事も無かったかのように斬られていくその様と、白く光る氷の跡が付いた切断面には、ある種の芸術を思わせる程に美しくできていた。
「お見事、隊長」
「松本…後ろ」
芸術品となったガジェットの残骸を見て、心底感心する乱菊の背後から、巨大なガジェットがアームを蠢かせて殺到する。
「わかってますよ――――」
慌てる素振りすら見せない乱菊は、振り向き様に鋭い一閃を放った。
それが刀だと分かった時には、ガジェットの視界は真っ二つに両断され、大きな爆発と共に消えていった。
しかし乱菊は、自分が斬ったガジェットと冬獅郎とのを見比べて、しかめっ面を作る。
「やっぱ隊長のように上手くいかないなあ」
「…下らねえ、先進むぞ」
再び、暗い道を走りだす冬獅郎達。ガジェットを苦も無く斬り捨て、暫くは爆発音がBGMのように流れ続ける。
だが、そうする間にもガジェットは所狭しと現われ出てくる。正直キリが無かった。
「意地でも通さないつもりのようですね」
「…のようだな、だが」
視界に映るガジェットを両断し、阻むガジェット達の先、行き止まりの壁の奥から霊圧の衝突があるのを冬獅郎は感じていた。
「それもこれまでだ。…突入準備はいいな?」
「何時でも」
残りのガジェットを全て斬り払い、視界が開けたところで、二人は顔で見確かめる。
その表情でお互いを確認すると、改めて前に向き直り―――そして肩の刀に手を掛けた。
「3」
歩が速くなる、足音が小刻みに刻まれる。
「2」
隠していた霊圧が解放される、辺り一面が重苦しい威圧で覆われる。
「1」
目前の標的を見据えて、そのまま一気に壁まで詰め寄り、そして。
「―――0」
刹那の感覚で刃は抜かれ、白刃の煌めきが行く手を阻む壁を覆った。
「でェりゃァァァ!!」
アギトの放つ炎弾が、地下水の中で大きく爆ぜた。
爆風に煽られないように、上手く柱の陰で新人達はやり過ごす。
「ティア、どうする?」
相手の様子を見ながら、スバルは訊ねる。
「任務はあくまで、ケースの確保よ。撤退しながら引き付ける」
その言葉の込められた意味を、スバルは長年の付き合いから即座に理解した。
「こっちに向かっているヴィータ副隊長とリイン曹長に上手く合流できれば、あの子達を止められるかも―――だよね?」
(よし、中々良いぞスバルにティアナ)
不意に念話で聞こえてきたのは、ヴィータの声だった。
今は恐るべき速さで、スバル達の援護に向かってきていた。
(ヴィータ副隊長!?)
(あたしもいるですよ!)
今度は、ヴィータと違って朗らかな声が念話で聞こえてきた。
(二人とも、状況を読んだナイス判断ですよ!)
(お前等はそこにいろ、今から突入する)
その声に、安心感からかスバル達の顔が若干解れた。
が、事はそううまく運ばない――――。
(――――――――――!!!?)
ふと急に、何かに気づいたようにヴィータが不自然に会話を切った。
リインも、息を呑む声が隣で聞こえた。
(ヴィータちゃん、これって……)
(ああ、ヤバいな)
(あの……どうしたんですか?)
疑問に感じたスバル達に急に、ヴィータの珍しく焦った声が響いてきた。
(気をつけろ!! アタシ達の他に、誰かがそっちに向かっていやがる!!)
その言葉を聞いた瞬間、スバル達は、目の前に迫る巨大な反応を感じ取った。
「――――っ!?」
ふと、何かに気づいたようにアギトが顔を上げた。
その表情には、驚愕で占められている。
「ルールー大変だ!! 何かがこっちに近づいてきて……」
不意に、アギトの言葉はそこで止まった。今、彼女の中は新たに増えた疑問でいっぱいだった。もはや先程まで見せていた余裕の表情など、もはや何処にも無かった。
(何だよ…この…反応……え……2つ、いや3つに…増えた?)
アギトは、理解できなかった。
最初まで、確かに遠巻きだが、大きな魔力がこちらに『1つ』来ることは分かっていた。
けど、今感じている反応は―――こちらに来ているものとはまた別の反応が、こっちに近づいてきている。
しかも、こちらの方ははかなりの至近距離。その上両方の反応はどちらも自分達より遥かに大きいときている。
(冗談じゃねえ!! こんだけデケェの今まで気づかなかったって言うのか?)
唖然とした調子で空を見つめるアギト。流石に旦那がいない今では、この相手ばかりは勝てる気がしなかった。
とにかく、今の状況をルーテシアに伝えようとして。
「おい!! ルールー――――」
言い切らないうちに、巨大な轟音が辺りに響いた。
壁が突然、真っ二つに裂けて壊れたのだ。急なことに驚き、そして皆その場所に注目する。
瓦礫の崩れる音を背景に、現れ出てきたのは―――。
「………え!?」
銀髪を靡かせた、小柄な少年だった。
「また子供……?」
その場にいた全員がポカンとする中、スバルとティアナは、驚きで目を開いていた。
「ティア、あの子の服装……」
「ええ、そうね…」
彼等が身を包む漆黒の衣装は、忘れようとも忘れられなかった。
少年は、厳格な表情で自分達を目で射殺すように見つめている。
「隊長、あれは」
今度は少年の隣に立つ、魅力的な美女が、レリックのケースを指した。
「どうやら、アタリだったようだな」
一言、そう確かめると、少年――冬獅郎は、一歩前へと踏み出る。
「レリックを渡せ」
深い双眸で周囲を見渡しながら、冬獅郎はゆっくりと告げる。
その言葉には、普通の少年とは思えない程の覇気があった。
「有無は言わせねえ。できないというなら力づくでも……」
そこまで言いかけた時、スバル達の視界に何者かの影が過った。
「っな!? ガリュー!!!」
アギトの慌てた声が聞こえる。ルーテシアの召喚獣、ガリューが、命令も無く独断で、冬獅郎達に向かって駆け出していた。
ガリューの判断は、理屈ではなく野生の本能からであった。
目の前に立つ二人の者達、その振る舞いにガリューは、本能的な危機感を覚えたのだった。
主を危険から護る為、主の目的を無事完遂させる為。ガリューは先手を切って、未知の強敵に刃を向けようとして―――
「―――――え?」
そして、ガリューの姿は消えた。
否、ルーテシア達の傍を通りすぎて、その後ろに叩き付けられていた。
「ガ…ガリュー………?」
アギトが唖然とした顔でガリューの方を見た。
見えなかった。
ただ、ガリューが冬獅郎に拳を放とうとした瞬間、冬獅郎の影が薄らと動いたのはわかったが……それだけだった。
次元が違う―――嘗て無い緊張感が今、スバル達に走っていた。
「もう一度言う」
鋭い眼光で周囲を睨みながら、冬獅郎は噛み締めるように言葉を吐く。
それと同時に、底冷えする様な何か―――背筋どころか、骨の髄まで凍えさせる位の寒気が、辺りを覆い始めた。
「レリックを素直に渡せ。でねえと……」
更に一歩踏みより、肩の刃をゆっくり抜き放ち、
そしてスバル達の元に、歩んでいって……。
「テメェ等、死んでも知らねえぞ――――」
今度は、上方から爆音が轟いた。
「何だ……!?」
突如起こった出来事に、冬獅郎の表情が曇る。
そして巻き上がる煙幕にいる影を、眼を凝らして見つめた。
その中、微かに揺らめく小さな影をその視線に捉えた刹那。
「だぁりゃぁぁぁぁ!!!!!」
叫び声と共に煙を突っ切って、赤い何かが、冬獅郎の懐に飛び込んできた。
「―――――――――!!」
振り上げた鉄の男爵、グラーフ・アイゼンが瞳に映った時、冬獅郎の中の本能が『危ない』と、激しく警鐘を鳴らした。
一瞬の速さ。冬獅郎は刀で鉄槌の一撃を防ぎ、鍔迫り合いに持ち込む。
油断はしてなかった。だが、ガリューより数倍速い弾丸のような動きが、冬獅郎の判断を若干鈍らせていた事が原因だった。
そして今度は、驚いたように目の前の人物を改めて視認した。
「………っな…ガキ!?」
激しい形相で競り合っているのは、自分と同じ位の背丈の少女だった。
そしてそのせいで、徐々に力押しで負けてきていることに、気付くのが半秒遅れてしまった。
「おぉオラァァァ!!!」
冬獅郎は、身体が軽くなる感覚を覚えた後、今度は視界が目まぐるしく変わりだし始めた。
自分が吹き飛ばされていると分かった時には、壁に思い切り叩き付けられた後だった。
「隊長!!?」
乱菊は、信頼できる上司がいとも簡単に飛ばされた事に驚き、慌てて彼の方へを振り向こうとして―――。
「『捕らえよ 凍てつく足枷』」
先の少女とは違う、また別の声が聞こえ、今度はそちらを見やる。
次に現れ出てきたのは、不思議な呪文を紡ぐ―――人形程の大きさしかない小柄の娘。
その片方の手をルーテシア達の方に向け、もう片方の手は乱菊を向けている。
その両の手から出ている、銀色の三角形の紋章から、魔力の発動される。
「『フリーレスフェッセルン』!!!」
突如、足元から湧き出る氷の渦が、
ルーテシア達は反応が間に合わず、氷の牢に閉じ込められる。
一方の乱菊は、その場を飛び退くことで危機を逃れていたが。
「――――――!!!」
「ここまでだな」
刃物の様にデバイスを構えるヴィータが、乱菊の喉元を正確に捉えていた。
このヴィータ達の大活劇に、スバル達はただただ空いた口が塞がらなかった。
「や……やっぱ隊長達って」
「凄い……」
そんな彼女達の気付かない所で、徐々に辺りの大気は冷え始めていた。
「お前等が、スバル達の言ってた『レリックを持ってった奴等』の一人か」
年相応の顔には合わない、厳しい双眸が、乱菊の瞳を正鵠に射抜く。
「素直に答えりゃ悪い様にはしねえ、弁護の機会だってちゃんと用意する。そこのガキ共もだ」
今度は凍らされた中にいるルーテシア達の方を見やってそう言った。
しかし、乱菊は絶体絶命な状況にも関わらず、冷めた視線でヴィータに訊ねた。
「……アンタ達が、時空管理局ってやつら?」
「質問してんのはこっちだぞ!」
ヴィータの怒気のある声を無視しながらも、乱菊は、先程吹き飛ばされた隊長の場所を見やりながら、意味深に言った。
「どっちでもいいけど、気をつけた方がいいわよ。あたしはともかく―――」
今度はヴィータの方に向き直り、こう続ける。
「うちの隊長は、怒らせると怖いから」
「――――――!!?」
刹那、辺りを包んでいた怪しげな悪寒が、ヴィータ達に牙を剥いた。
先程までは腹を満たした獣の様に、どこか大人しげで、物静かなものだった。
だが今は違う。再び空腹を満たそうと、狡猾に自分達に狙いを定めている…そんな感覚だ。
(―――ヤバい!!)
ひやりと伝う汗、身体は震えるほどに冷えているのに、中は緊張感からか心臓の呼応が高鳴っていく。
まさかと思い咄嗟に振り向き確認するが、先程吹き飛ばした筈の彼の姿が、やはりそこには無かった。その上隙を見た乱菊が、勢いよくその場を離脱してしまった。
だが、ヴィータはそこまで気を回す余裕がなかった。
「……上だ!!!」
薄暗い暗闇を覆う天井。ヴィータは、その中に際立つ髪色をした少年の影が過ぎるのを見る。その手に持つ長刀、斬魄刀から今まで殺気で包んでいた冷気が集束し始める。
「霜天に坐せ―――」
その呟きと共に、溢れ出す冷気が唸り声を上げる。
「―――『氷輪丸』!!!」
その言葉と共に、今度は周囲の冷気が具現化。巨大な氷の龍を創り上げた。
水と氷で象られたそれは、傍から見る者であれば美しさで魅了されることであろう。
だが当事者から見ればそれは、圧倒と恐怖でしかなかった。
今ヴィータ達が抱いている感情は、まさしく後者であった。
龍は低い唸り声を上げながら、感情の無い目で標的を見据える。
次の瞬間、龍はヴィータ達を喰らおうと大口を開けて迫ってきていた。
「―――――っリイン!!!」
「……え?」
未だに状況をのみ込めて無いリインを引っ掴み、ヴィータは思いっきりその場から離れた。氷の龍は、かまわず数秒前までヴィータ達がいた場所に向かって衝突、巨大な水飛沫と氷の弾丸となって弾け飛んだ。
水と氷の織り成す雨は、触れるもの全てを例外無く氷結させていく。柱を、床を、天井を。
体よく避けていたヴィータも遂に、その中の一つの氷の破片を喰らってしまった。
「――――がっ!?」
「ヴィータ副隊長!!」
そのまま氷の雨に追いやられるように、ヴィータはスバル達の元まで退散する。
スバル達も慌てた表情で、ヴィータの所へと駆け寄った。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ」
しかしスバル達の目には、とても『大丈夫』のようには見えなかった。
というのも、先程氷の破片を喰らったヴィータの左肩が、いつの間にか凍りついていた。他にも、まちまちだが水飛沫を被った所々が既に氷結している。防御能力が高い騎士甲冑を纏っているにも拘らず、その姿は無残なものだった。
「それより、もう一方の子供の方はどうした?」
「え、さっきリイン曹長が捕まえたはずじゃ…」
「いねえよ。もう逃げてる」
そんなはずは、とリインが放った氷の痕を確認してみるも、その中に彼女達の姿は無かった。
すると今度は、自分達の存在を示すように突如、地響きが起こり始めた。
破壊の唸りは徐々に大きく高鳴り、柱は崩れ始め床や天井は亀裂を作っていく。
兎にも角にも、このままいては危険だ。
「ギンガ、スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、お前等はケースを持って直ぐにここから出てあいつ等を追え! 戦闘指揮はリインが取る」
「わかりました、けど副隊長は?」
「アタシは……」
凍りついた肩を無理矢理にでも動かしながら、崩れ落ちていく瓦礫達の向こう側に潜む、虎の瞳を見据えながらヴィータは身構えた。
「あのガキに訊きたいことがある。早く行け!!」
「……………………」
崩壊していく地下道、瓦礫が隣に落ちてこようとも冬獅郎は、冷静そのもので深い双眸を見渡す。
しばらくして、隣に乱菊がやって来る。
「隊長、大丈夫ですか」
「ん、ああ」
「ビックリしましたよ。急にトバされるんですもの」
「ああ、そうだな」
適当に返答しながらも、彼の眼は変わらずある一点を見定めていた。
その先には、自分を吹っ飛ばした少女が立って同じくこっちを睨んでいる。
服は先程の龍の雨で所々白んでいる上、特に左肩は無惨と思う程に凍りついているでにも関わらず、その眼は変わらず強く輝いていた。
一瞬の黙考、冬獅郎は判断を下す。
「松本、お前は上空へ出てレリックを何としてでも確保しろ。奴等程度なら、お前の実力でもなんとかなるだろ」
「隊長は、どうなされるんです?」
「俺は………」
鉄槌を構えて待つ紅の少女を見やり、冬獅郎も倣って迎え撃つ態勢を取った。
「あのガキを止めてからだ。とっとと行け」
「『ウイングロード』!!!」
スバルはそう叫んで、地面に向けて思い切り拳を突きたてる。
刹那その下から、魔力で形成された文字通りの「道」が造られ始める。道は螺旋状に描かれながらも、天井で小さく光る空を指した。
その上に登りながら、スバルを先頭に、ギンガ、リイン、レリックケースを運ぶエリオ、そして何やら話しこんでいたティアナとキャロが地上を目指した。
一方、乱菊側。
「唸れ『灰猫』!!」
そう言い放ち、乱菊は斬魄刀を鞘から抜いた。
すると刀の「刃」の部分がそっくりそのまま消え、周囲に不気味な灰が漂い始める。
やがてその灰は、乱菊の頭上に集まり始め、次の瞬間天井をぶち破り大穴をあけた。
―――空の光が、一気に辺りを照らしていく。
「じゃあ隊長。お先に」
「ああ。後で行く」
決壊寸前の部屋には、二人の子供がお互い睨みあうように残された。
「お前等は一体何だ? 何でアタシ達に敵対すんだ!!?」
先に口火を切ったのはヴィータだった。
しかし冬獅郎の答えはあまりにもそっけなく返ってきた。
「人に物を訊ねるときはまず自分から、じゃねえのか?」
その言葉に一瞬カチン、とくるヴィータであったが、必死に感情を抑えながらも答える。
「時空管理局 機動六課 スターズ分副隊長 鉄槌の騎士ヴィータだ!! さあ名乗ったぞ、 テメエ何者だ!!!」
ほとんど怒鳴り口調で答えたヴィータは怒りで捲し立てる様に訊ねた。
冬獅郎はどこまで答えるか少し考えながら、やがて呟くようにこう言った。
「護挺十三隊 十番隊隊長 日番谷冬獅郎だ」
ヴィータは、始めて聞く意味不明な単語に首を傾げた。
「ゴテイタイ? 十番隊長? 聞いたことねえぞぞそんなの、何処の組織だ!?」
「そこまで答える義理は無え」
ゆっくりと攻撃態勢を整えながら、冬獅郎は言葉を切った。
ヴィータも、何時懐に入れてもいいように前屈みになる。
「じゃあ力づくでも聞き出してやる」
「できるならな、そうしろ」
会話はここまでだった。二人の間には、まさに一触即発の空気が流れ始めていた。
崩れる瓦礫の音にも、揺れる地響きも関係ない。相手の動作、それだけで動き始める戦闘の合図だった。
(デバイスじゃねえみたいだな)
(斬魄刀じゃ無いみたいだな)
お互い見知らぬ獲物を見やりながらも、二人は構えを崩さない。
やがて彼らの間で数時間、実際では一秒するかしないかの時間。
二人の間に、大きな瓦礫が落ち始める。その破片が二人の視界を体良く覆った瞬間。
地の蹴る音が鳴り響き、刀と鎚が激突した。
「だめだよルール―、それはマズイって」
崩れゆく地下室を見つめながら、アギトが心配もそこそこにルーテシアに告げた。
今その上には、巨大な昆虫が地震を起こして地下室を崩壊させようとしていた。
「埋まった中からどうやってケースを探す? あいつ等だって強いけどさ、潰れて死んじゃうかもなんだぞ?」
「これくらいのレベルなら、多分死んでないよ」
仲間内に対しても、ルーテシアの返事はそっけないものだった。
「ケースは、クアットロやセインに探し出してもらう」
「良くねえよルールー!! あんな変態ドクターやナンバーズの言うことなんか聞く必要無いって!」
またか、と思わんばかりにアギトは、ルーテシアを思って口に出す。
どうも彼女は、自分の身の危険に関しては、余りにも鈍感すぎる。
ルーテシアがどんな『想い』で、レリックを集めているのかは、それなりの付き合いでしか無い自分でも、凹凸の無い表情をしてても良く分かっているつもりだ。
だがそれだからこそ、わかっているからこそ、あの科学者達に良いように担がれているようで気が気で無いのだった。
しかし結局、彼女は自分達の警告を聞こうとはしなかった。
今でもまだ、ルーテシアは自分の道を独りで進んでいる。
そして、それは今回も同じ。
べシャ――――、と。
盛大な轟音を最後に、巨大な昆虫地雷王は、地下室を完全に潰してしまった。
「あ~~あ、やっちまった」
「ガリュー、怪我、大丈夫?」
しかしルーテシアは、地下室の事などまるで気にせず、その平坦な瞳を大切な相棒に向けた。ガリューはコクリ、と肯定の意味で返した。
「戻っていいよ、アギトがいてくれてるから」
これは感情が無いように見える彼女なりの優しさからだった。
しかし、ガリューは気になる様に下の、潰れた地下室をただ見ている。
請けた事柄はすぐ実行してくれる、一番信頼している彼の仕草に、ルーテシアは少なからず疑問を覚えた。
「ガリュー?―――――」
そのときだった。
完全に崩れた地下室から、急に爆音が轟いた。
ビルほどの大きさもある筈の地雷王は、しかしその衝撃で大きく吹き飛ばされ。辺り一面、砂と埃で溢れ返った。
「な、なんだあ……?」
戸惑いを隠しきれないアギト達は、その方へと目をやった。
地面から何かがせり上がったかと思うと、その中心からアイゼンを振り上げ突進するヴィータと、氷輪丸を構えて迎え撃つ冬獅郎の姿が躍り出た。
先の交戦で学習した冬獅郎は、ヴィータの、最初の勢いに乗った最初の一撃を仰け反って回避、間髪入れずに放つ第二撃を狙って反撃した。
再び交わる武器の衝突。火花は燃え散らし、大きな摩擦音を響かせる。
暫く拮抗したかと思ったのも束の間、冬獅郎の方が再び押され始めていた。
「くそ……」
「おらぁぁぁぁ!!!」
激しい鍔迫り合いの結果、遂に剣が弾かれ、冬獅郎がまた飛ばされる――筈だった。
「――――っな!?」
冬獅郎がいきなり空中で静止したかと思った瞬間、今度はヴィータの視界が目まぐるしく変わり始めた。
原因は単純だった。打ち合ったアイゼンに、鎖の様なものが巻きついていたのだ。
それが彼の刀の一部と分かった頃には、彼が遠心力を利用して自分を吹き飛ばすと理解した時には、自分は近くの建物の壁へと突っ込んでいった。
(――――どうだ?)
飛んでった跡を確かめながら、冬獅郎はその場に佇んで様子を見る。
反応は、鉄球の魔法弾数発、という形で直ぐ返ってきた。冬獅郎は慌てず、最小限の動きだけで見切りながらまだ同じ方向を睨んでいた。何時来られてもいいように。
「だぁぁぁりゃあああ!!!!」
刹那の感覚で、正に紅の弾丸となったヴィータが、冬獅郎目掛けて突っ込んできた。
冬獅郎は攻撃を避け、そのまま大きく距離を保つ。再び彼の周囲には、冷気と寒気で満たし始めていた。
攻撃が来る――だがヴィータも、それの予感を感じてただ何もじっとしてるわけじゃ無かった。
「アイゼン、『カートリッジロード』!!!」
≪Missile Form≫
機械音の返答と共に、魔力が注ぎ込まれ、その元となった薬莢が排出される。
すると今度は、ヴィータの足元から紅い三角形魔法陣――ベルカ式紋様が現れ、それと同時にアイゼンの先端に、細いピックとジェット機が付けられた『ラケーテンフォルム』と移り変わった。
(アレ造られるより先にぶっ飛ばす!!)
(霊圧が上がって武器も変わった…過程はどうあれ、俺達の斬魄刀と大差は無いらしいな)
ヴィータの武器の変化を見ながら、冬獅郎は分析する。
戦闘で驚きによる隙をなくすため、価値観や固定観念を捨ててこの戦いに挑んではきたが、結果的には自分達とほぼ同じか、と冬獅郎はそう認識した。それより今は、あの攻撃をどうやってかわし、尚且つ反撃をするか検討し始める。
対するヴィータは、鎚からジェット噴射したかと思うと、その場でグルグルと回り始めた。回転は時が経つにつれ早くなり、遂にそのまま冬獅郎に狙いを定め突進してきた。
攻撃は、予想よりも速いスピードで冬獅郎へと向かっていく。
「――っ氷輪丸!!」
叫ぶや否や、冷気は氷と変わり、大気は冷気と変わっていく。
やがてそれは、再び巨大な氷龍を象り始めるが、それより先にあちらの攻撃が届くだろう。大幅に退いた筈の自分との距離は、既に至近距離と言えるぐらいにまで縮まっていた。
(この距離じゃ無理だ、だったら)
間に合わないと知るや氷の龍を崩して今度は盾を展開、ヴィータの攻撃を真正面から迎え撃つ態勢を取った。
「『ラケーテン・ハンマァァァァ』!!!」
魔力と推進力が伴った重い一撃が、氷の盾に直撃。ドゴンと低重音が辺り一面に響き渡った。
「……凄い」
「副隊長と互角に渡り合ってるよ…あの子」
今までの戦いの一部始終を見ていたスバル達が、感慨深げにそう呟いた。
フォワード陣が見上げる空には、閃光が弾けては消え、衝撃音が未だに轟いている。
「ホント凄いわねえ、隊長と戦い合えるなんて」
ふと、背後からそんな声が聞こえてきた。
後ろを振り向くと、乱菊がスバル達と同じように空を仰いでいた。
しかも、その脇にはレリックのケースを抱えていた。
「――――――え!!?」
その場の全員が今度は乱菊に驚きの目を向けた。先程まで持っていた筈のエリオは、その中でもさらに呆然としていた。
「か、返してください!!」
そう言って慌てて乱菊に向かって行ったスバルだったが、乱菊は彼女の頭上を大きく飛び交い、あっさりと向こうに軟着陸をした。
「これはアンタ達の荷じゃ重すぎるわ、もう帰りなさい」
「そういうわけには、いきません!!」
すかさずティアナは銃口を向け、乱菊目掛けて魔力弾を放った。
数十にも上る弾丸を、やはり乱菊はものともせずに躱していくが、心の中ではこの攻撃に疑問を持っていた。最初から当てるつもりでは無く、まるで何処かに誘導していくような。
(今よ、エリオ!!)
軽快に避け続ける乱菊の背後から、一筋の光が走った。
ティアナの攻撃で気を取られてる隙に、エリオが後ろを取ったのだ。
(『ストラーダ』!!!)
≪Sonic Move≫
排出口から薬莢が飛び、魔力を大幅に上げる。
エリオは地に屈んで一瞬力を溜めると、刹那勢いよく乱菊に向かって突っ込んでいった。
眼前には、意図を理解した乱菊の驚いた顔が見え―――そして消えた。
「え…!?」
「エリオ君!!」
確実にケースを取り返せる距離まで来ていたのに、エリオは乱菊とすれ違うことすらなく、そのまま地面に叩きつけられた。
「ど、何処に行ったの……」
「はぁいここよ」
声がする方へ振り向いてみれば、乱菊は手を振って立っていた。スバル達は彼女を見て唖然とした。彼女のいる位置は、エリオの正反対、いままで注目してた筈のスバル達の真後ろにいたからだ。
(て…転移魔法!?)
(嘘!? だってあの一瞬で…)
余りの事態に呆気にとられるスバル達を見て、乱菊はやれやれと首を振り、諭すようにこう言った。
「あたしの『瞬歩』も見切れないようじゃ、この先の戦いなんてついていけないわよ。悪いことは言わないから、後はお姉さん達に任せな―――うわっ!!?」
突如乱菊の背後で、何かが爆発、炎上した。
慌てたように上空をみると、そこには両手に炎を灯したアギトの姿があった。
「それはアタシ達のもんだぁぁぁ!!!」
そう叫ぶや否や、掌から火球を作って乱菊達に向けて放つ。
火球は着弾するごとに燃え上がり、巨大な火柱を起こした。
「いきなり危ないじゃないの!!」
炎弾を避けつつ、怒ったように乱菊は呟きながら―――不意に後ろを向き刀を抜いた。
刹那、刀の振り下ろした先には、大きな拳が止められていた。
その拳を突きたてた本人、ガリューを乱菊は睨んだ。
「レディーを後ろから狙うなんて感心しないわね……とは言っても人じゃないから仕方ないのかしら?」
その言葉が癇に障ったのか、ガリューは刀を勢いよく弾くと怒涛の拳撃を乱菊に向けて繰り出し始める。
「あら、怒った!?」
片手で剣を構えながらも、乱菊は自分のペースを崩さずに受けて立つ。
瞬間、凄まじい剣と拳の応酬が繰り広げ始めた。しかしケースを小脇に抱えている所為で上手くバランスが取れないために、乱菊が徐々に押され始めていった。
遂に剣筋を弾かれ、ケースを思い切りはたき落された。
「しまっ……」
宙を舞っていくケースを取ろうとするが、ガリューに邪魔され辿りつけない。
そんなことをしてる内、今度はケースがいきなり消えた。正確には、誰かが取って行った。
「―――あの子!!」
その正体であるエリオは、上手くケースを取り返すと、そのまま乱菊達を距離を置いた。
「それは私達の」
すると突然背後から、あの平坦な声が聞こえてきた。
振り向くと、既に魔力を掌に溜めてるルーテシアの姿があった。
「―――返して」
「エリオ君!!!」
その言葉と共に、泡を食うエリオに向けて砲弾と、予測してたキャロの炎弾が飛び交った。
「フリード、『ブラストフレア』!!!
予め上空にいた小さき竜、フリードの炎が、ルーテシアの砲弾を上手く相殺した。
「何で…こんなことするの」
キャロは悲しげな眼で、ルーテシアに訊いた。
しかし彼女は、変わらぬ表情でそっけなく返す。
「あなたには関係の無いことでしょ」
「そんな、悲しいこと言わないでよ!!」
キャロは、悲哀を込めてそう言った。平坦な顔をしながらも、どこか昔の自分と同じ悲しいものを背負って生きているようで、捨て置けないのだった。
だがルーテシアは、やはりそんなキャロの言葉には耳を貸さず、再びケースに狙いを定めた。
「……このままじゃジリ貧ね」
今の状況を冷静に見つめるティアナが、誰彼となく呟いた。
遥か向こう側では、ヴィータと謎の少年が今でも激しい空中戦を繰り広げており、自分達の上空には小さい妖精が、ところ構わず炎弾を放っている。あの女性は召喚獣と未だ戦い続けており、エリオとキャロは、あの少女とケースの取り合いで争っている。
「ティア、あたし達はどうしたら……っと」
傍を掠めた炎を避けながら、スバルは訊ねる。
ティアナの答えは、直ぐに返ってきた。
「とりあえず曹長は、あの小人をお願いします。スバルとギンガさんは、あの戦ってる二人。あたしはエリオ達の援護に向かいますから」
「オッケー!」
「わかった。じゃあ―――――」
そう言いかけたギンガの瞳が、遥か向こうから来る、蒼い光を捉えた。
その光は、だんだんと大きくなっていき、まだ気づいてないスバルの方へ飛んできていた。
「っスバル、伏せて!!!!」
そう言うより先に、ギンガがスバルの前に出て盾になった。
閃光はギンガを覆い炸裂、大きな爆発を起こした。
「ギン姉!!!」
「大丈夫よ…」
弱弱しくもギンガは返事を返した。
直撃する寸前、なんとかバリアで防ぎきっていたのだ。
それよりも、先の砲弾が現れた直線状に、人が立っている所に注目する。
(あの人が、これほどの攻撃を……?)
ギンガの前に歩いてやって来るのは、約二メートルはあろうかという巨人。
小ざっぱりとした服装に薄黒い肌、傍から見れば、なんでこんな場所にいるのが不思議なくらいな一般市民の格好だった。
だが、彼をそう思わせない所が二つあった。
一つは、彼自身から大きな魔力を感じること。そしてもう一つは、右肩から腕にかけて厳つい鎧を装着していることだった。
そして、そんな彼の横を過ってもう一人。
「――――――!!?」
その影は、遥か高く上空に駆けあがると、そのままスバル目掛けて落ちていく。
その姿を見て、スバルは一瞬出遅れた。今自分に向かってくる人物は
「破道の三十三――――」
忘れられない記憶、『彼』の隣で親しげに話していた人物の一人だったからだ。
「―――『蒼火墜』!!!」
刹那再び、巨大な閃光が迸る。
スバルは着弾する前に、躱すことはできたが、余りの光りの強さに目を覆った。
「貴方は―――」
光の向こうにいる女性を、眩しく思いながらも見つめる。
『可愛らしい』ワンピースを、『凛々しく』着こなしながら、彼女も自分を見た。
「貴様とは、前にも会ったな」
その女性―――ルキアはそう言ってスバルと対峙した。
場所は変わり、とある建物の屋上
「ディエチちゃあん、ちゃんと見えてる?」
「ああ」
風がよく靡く高台に、不可思議な出で立ちをした女性が二人。
そのうちの一人は、片手に布で巻かれた巨大な棒状の物を持って、隅々まで広がる蒼い空を一望していた。
「遮蔽物も無いし、空気も澄んでる。良く見える」
「そ、それならいいわ」
対するもう一人の方は、どこか薄気味悪い笑みを浮かべながら、下界に目をやった。
今頃下では、何も知らない馬鹿で可愛いピエロ達が、楽しそうに踊り狂っているのだろう。
そう考えるだけで、彼女の笑みは更に深く、そして陰惨なものになっていく。
「魔導師も死神も、互いの事何も分からずに勝手に潰しあってくれて助かるわ~~。お陰でこの上なく事が順調に運べそうだもの」
彼女は眼鏡をつり上げ、冷えた笑顔を浮かべて愉快そうにこう言った。
「さぁて、パーティーの始まりよ。せいぜい私達を楽しませなさい」
―――――――――――――――――――――――――――To be continued.
最終更新:2009年05月29日 01:27