消えている。
『アレ』に侵食され、自分の体を認識できなくなり、自我を失いかけたオレが最期に味わった感触はこれだった。
一瞬だけ蘇ったオレの感覚が足元から徐々に失くなっていく。
ああ・・・オレは倒されたのか・・・
きっとこの感覚は、あの四人の戦士がオレを倒し、オレが『アレ』からの支配から解かれていく感覚なのだろう。
目を開けてみる。
浴びせられる光が眩しくてすぐに目を閉じてしまった。
すると、光を浴びていると知ったせいか、体が消えてゆくのが早くなった気がした。
つまり、これは浄化されてるのだろうか?
きっとそうに違いないと自嘲気味に笑った。
この身はそれだけの汚れを溜め込んでいたのだ。
D因子に遺伝子レベルまで侵食され、その体をあのマッドサイエンティストのオスト・ハイルの実験に使われ、揚句の果てに廃棄されたのだ。
気を抜くと途端に乗っ取られそうな意識の中、オレが願ったのは解放だった。
そう、死だ。
そして今、オレはあの四人のハンターズによって討ち滅ぼされた。
そういえば、あのハンターズが持ってた武器は、オレが作って愛弟子に渡した武器に酷似していたな。
だとしたら、彼らはリコを救ったのだろうか?
だとしたら尚更感謝しなくては。
嗚呼・・・もう全身の感覚がない。
そろそろ意識も手放さなくてはならなくなるだろう。
最期にこれだけは言っておきたい。
あのハンターズには聞こえないだろうが、仕方がないだろう。
「あり・・・・・・・・・がとう・・・・・・」
ハンターズがこちらを向いた気がするが、オレにはもうそれを確かめる術がない。
そしてそのまま意識は闇の中へ墜ちていった―――
『大規模な次元振を確認!内部から認識不可の巨大生命体と、ロストロギアの反応あり!ロストロギアはジュエルシードと波長が酷似しています!』
スピーカーから、今までの静寂を吹き飛ばす緊急放送が流れた。
静寂を吹き飛ばすと言っても、特別な異常事態という訳ではない。
最近は地上部隊のガジェットによる襲撃が多発してるので、どちらかと言えば日常茶飯事とでも言うべき状態であった。
ただいつもと違うのは、今までのデータにない生命体の存在と、ジュエルシードの存在であった。
特にジュエルシードの存在は、機動六課が有する高機動魔導師、フェイトに衝撃を与えた。
「ジュエルシード・・・こんな時にどうして・・・?」
誰にも聞こえない程の小さな声でフェイトは独り呟いた。
ジュエルシード―――それは彼女に非常に関わりのあるものである。
一つは最愛の母が求めていた物として。
一つは親友と会うキッカケを作った物として。
それは決して切り捨てれない物であった。
それだけジュエルシードとフェイトを繋ぐ糸は太いのだ。
そして気がついたらフェイトは、バリアジャケットを纏い、光のような速さで空を飛んでいた。
「あかん・・・フェイトちゃんが出てってしもうた・・・」
起動六課の本部にて、八神はやてが頭を抱えていた。
頭を抱えている理由は、フェイトが単騎で出発してしまったこともあるが、それは彼女にも複雑な事情があることを知っているため、そこまで深く悩んでいるわけではないのだが、もう一つフェイトが行く先のことで彼女の頭を悩ませる問題があった。
それは、ジュエルシードと共に現れた『認識不可の巨大生命体』についてである。
認識不可ということはその生命体に関する情報が一切ないということである。
もしフェイトがその生命体と戦闘になったとして、負けることになったらどうしようかと、ふとそんなことを思い付いた。
―――いや、そんなことはあるはずがないと頭を横に振って否定する。
自分が隊長を勤める機動六課の隊員の強さは十分すぎる程知っている。
そんな六課の中でも屈指の強さを誇るフェイトが、そんなあっさりと負けるわけがないと思い直した。
しかし不安なのは相変わらずである。
勝ったとしても、その生命体に人体に多大な影響を与えるウィルスやらが潜んでいたらどうしようか。
とりあえず、まずはフェイトが目標と接触し、戦闘となったときの為の後詰めを送ることにした。
「スバル!できるだけ早くフェイトちゃんに会って、もし戦闘中なら連れ戻してきて!」
「わかりました!」
スバルは勢いよく返事をすると、そのまま六課の隊舎から出ていった。
そしてスバルが出ていった時、事態は急変した。
『ロストロギア反応消失!次いで巨大生命体の反応も消えました!―――今度は人が現れました!』
「これは・・・一体・・・」
フェイトが目的地に着いたとき、既に状況は一変していた。
何もない
自分が探していたジュエルシードの反応も、一緒に現れたと聞いた巨大生命体もきれいさっぱり消え去っていた。
ただ一つ、いや一人だけ、誰かが倒れていた。
立つ気配がしない。
「誰?」
フェイトはその人影に近づいた。
見たところ、かなりの歳のようだ。
顔にはその証拠である立派な白髭が生えていた。
だが、老人であるにも関わらず肉付きはかなりよい。
服装は青と白で構成されていて、露出している部分はほとんどない。
右手には大きな剣が握られている。
刀身はきれいな水晶で出来ていて、分厚そうに見えるのに切れ味は鋭そうだった。
一通り調べ終った後、本部に知らせるため一旦人に背を向ける。
キュゥ・・・・・・
何かの鳴き声が聞こえた。
聞こえたのはあの倒れた人の所からだ。
後ろを向くと、そこには常識を逸した生き物の姿があった。
「な、何これ・・・」
その姿は、尻尾の先は蛇みたいで、その尻尾に直結してる口はエイリアンの如くわらわらしている、とにかくそんな感じだった。
大きさは大体頭部ぐらい。
そして浮いている。
何故浮いているのかはさっぱりわからない。
また、その生き物は二体いた。
その内、一体がふらりとフェイトの近くに来て、彼女のバリアジャケットの袖を引っ張り始めた。
「えぇ!?ちょ、ちょっと!」
予想外に強い力に引っ張られ、フェイトは再びあの老人の所まで連れてかれた。
その後、あの奇妙な生き物はこの老人の頬を突いたり、肩に乗って大人しくなったりした。
「えっと・・・助けろってこと?」
そうフェイトが尋ねると、頬を突いていた生き物がうれしそうな表情(まったくわからないが)をして今度はフェイトの頬を突いてきた。
フェイトはいきなりの行動に多少驚きはしたが、悪意は無いことがわかったので、暫く放っておくことにした。
老人はかなり衰弱していた。
容態は安定しているが、ここで放置していては何時悪化するかわからない。
まず脈をとってみた。
異常なし。
次に出血してる部分があるかチェックしようとしたが、床どころか服にさえ血が付いてないため、やめることにした。
とりあえず外傷は無いようだ。
フェイトは老人の腰に提げてあったデイパックを枕代わりにして、剣は手から放して、横に置いておいた。
「フェイトさ~ん!」
スバルが少し遅れてフェイトの所にたどり着いた。
フェイトの姿を確認して近づこうとしたが―――
キュゥ
「―――って何ですかそれぇぇぇえええ!」
驚きながらスバルが指をさしているのは、フェイトの周りをクルクル旋回している謎の生き物である。
フェイトはその声で漸くスバルに気がついた。
「スバル?どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、その変なのは何なんですか!?」
「ああ、これ?」
そうフェイトが言いながら手をその生き物に添えると、その生き物は浮くのをやめて、フェイトの手の平の上に乗っかった。
「だ、大丈夫なんですか?」
「安心して、敵意は無いと思うから」
「フェイトさんがそういうなら大丈夫ですけど・・・そういえば本部から人の反応が現れたって聞きましたが、誰かいました?」
スバルは謎の生物をつつきながら尋ねた。
つつく度にプルプル震える様を見て緊張が解れたのか、恐怖感が薄れた気がした。
「おじいさんがひどく衰弱した状態で見つかったの。そこでこの子が出てきて、服を引っ張りだすから動こうにも動けなくて・・・」
「へぇ~そうなんですか~」
「ところで、救護隊呼んでくれない?結構衰弱してるから、早くシャマルの所まで連れていったほうがいいと思うの」
「いいですけど、どうしたんですか?」 「ここからだと中々通信が繋がらなくて・・・」
「ちょっと待ってください・・・・・・ああ、確かに繋がらないですね」
スバルはそう言うと通信ができる場所を探しはじめた。
「にしても、何でこんな嬉しそうな顔をしてるんだろ?」
再びフェイトと老人の二人きりになった時、ふと疑問に思ったことを口に出した。
命に別状は無いとは言え、ここまで衰弱しているなら、何か大変なことでもあったのだろう。
にも関わらず彼は口を綻ばせている。
「何かをやり遂げ「フェイトさ~ん!救護隊が来ましたよ!」
フェイトの疑問はスバルの声で掻き消された。
「で、これがセインに取りに行かせた物ですか・・・」
「ああ。本当は、最初はロストロギアを取りに行かせたんだ。だけどロストロギアと比べたらこっちの方がよっぽど素晴らしくて、恐ろしいものだと気がついてね」
ジェイル・スカリエッティとナンバーズのウーノは、培養カプセルに入れられた何かの様子を見ていた。
それは紺色に黄と緑の線が引いてあるような模様をしていて、形は男爵芋のようにデコボコしていた。
大きさは人の頭ぐらいである。
時折球状になったり、黄と緑の線から光を放ちながら培養液の中を漂っていた。
「・・・ドクター、これは一体どういうもの何でしょうか?」
「さあ、一体何なんだろうね?ククク・・・」
スカリエッティはそう薄気味悪く笑うと、コンソールを弄りだした。
すると、後ろから飛行型ガジェットが飛んできた。
「このガジェットには魔導師から取ってきたリンカーコアが埋め込まれている。これをあれに近づけると・・・」
尚笑い続けるスカリエッティは、再びコンソールを動かし、ガジェットをカプセルに近づけた。
その時、穏やかに漂っていたアレが急に暴れだした。
体を粘土の如く変形させ、最終的に刺々しい姿になると―――
「なっ!?」
ウーノは信じられない光景を目の当たりにした。
カプセルに近づいたガジェットが、突如として現れた雷光に貫かれた。
ガジェットは徐々に溶けていき、それが動力炉にまで及ぶと、地面へ落下した。
そして、壊れたガジェットから飛び出たリンカーコアが砕け散り、その塵はカプセルの中へ入っていった。
「ふむ、今度は雷か」
スカリエッティは、さも当然の結果だったかのように、満足気な顔をして見守っていた。
「ド、ドクター!何が起きてるんですか!」
「ただ捕食しただけだよ」
驚くウーノと比べてあまりにも冷静であるスカリエッティが説明する。
「腹が減ったから食べ物を食っただけだよ。尤も、食べ物は空気中の魔力で、身の危険を守る牙はさっきのような力だけどね。君達にもISがあるだろう?それと同じさ」
「しかし、これは危険過ぎます!もしかすると暴走して、ドクターに怪我を負わせるかもしれません!」
「ウーノ、アレの今の基本的な行動方針はエネルギーの補給だ、私達ではない」
「エネルギーの補給を終えたらそこで―――」
「それこそ取り越し苦労だよ、ウーノ。アレは大食らいなんだよ、それも何年間も食らい続ける、餓鬼のような ね」
ウーノが出ていった(スカリエッティに散々注意をした後に諦めて出ていったと言った方が適当か)後に、スカリエッティはあることに気がついた。
「そういえば、まだ名前を決めてなかったな・・・」
今だに名称不明であるアレの名前をまだ決めてなかったようだ。
スカリエッティはすぐさまコンソールを叩きつけるように操作すると、ガジェットが現れ、アレが入ったカプセルに何かを書きはじめた。
書き終えたガジェットがカプセルから離れると、そこにはこう書かれていた。
『The egg of Malice(悪意の卵)』
最終更新:2009年06月02日 16:25