我ヲ滅ボス赤キ捕ワレノ子ノ救イ手ヲ待ツ
それは彼の、ヒースクリフ・フロウウェンの悲願であった。
そしてそれは成就した。
永遠に苦しみながら生き続けるだろう彼の体は、四人のハンターズによって死に至ろうとしていた。
一人のハンターがフロウウェンに切り掛かる。
そのハンターも既に体はボロボロで、立ち上がることすら困難ながらもその歩みを止めず、そして彼の体に剣を突き刺した。
皮肉にもその剣は、まだフロウウェンが人間の姿をしているときに、愛弟子であるリコの為に作った物であった。
世間では『赤の』シリーズと呼ばれる武器である。
赤という名前の由来は、リコがいつも付けていたレッドリングだろう。
だがリコも、最期には『アレ』に取り込まれ、この世には存在しないことになっている。
元より『アレ』に取り込まれたなら、人を語るのは難しいだろう。
『アレ』は生命体、大きければ機械でも取り付き、侵食し、変異させる。
フロウウェンも、ダークファルスによって生きた傷を植え付けられた。
その後、世間では死んだとされ、裏ではマッドサイエンティストであるオスト・ハイルの実験体となった。
だが、オストの実験は失敗に終わり、フロウウェンは実験体廃棄場に放り込まれた。
そして再びダークファルスが復活した時、再び力を増した『アレ』はフロウウェンが廃棄された島に住んでいた人々を全て取り込んだ。
同時に『アレ』はフロウウェンの意識をほとんど奪い去り、フロウウェンを人ではない存在へと変えようとしていた。
だがフロウウェンは、辛うじてだが自我を保っていた。
風前の灯のような自我だったが、フロウウェンはその自我を振り絞り、パイオニア2ラボにリアルタイムメッセージを送った。
そして、今に至る。
剣に貫かれた時にフロウウェンが感じたのは苦痛ではなく、自分の心を見る『アレ』が消えたことによる解放感だった。
(ああ・・・疲れた・・・)
フロウウェンは再び意識が薄れてゆくのを感じた。
しかしそれは今までの奪い取るような強引なものと違い、安心した時に眠くなるのと似たような感覚である。
つまるところ、死である。
(最後に・・・ハンター・・・ズの・・・・・・顔を・・・見て・・・おき・・・た・・・・・・か・・・・・・)
しかしその願いは叶わなかった。
既に五感は『アレ』に全て奪い取られてしまったからだ。
フロウウェンの意識はそこで途絶えた
終わった。
全て終わった。
四人のハンターズが思っていたことはそれだった。
以前にダークファルスとの死闘を繰り広げ、打ち倒した時も同じような感覚だった。
全てを出し切り、全てを終わらせたという達成感である。
今や彼らの体はボロボロで、傷の無い場所を探すのが無駄に思えるぐらいだ。
剣による衝撃波によって体のあちこちを切り刻まれ、フォトン弾で火傷を作られた。
だが彼らは立っている。
それこそ、彼らが勝った証拠だ。
ハンターズの一人が足元にいる英雄の成れの果てから剣を引き抜くと、デイパックから黄色く光る三角柱を取り出し、地面に突き刺した。
すると三角柱の先端が伸縮し、人が入れる程度の大きさとなった。
彼らの世界ではテレパイプと呼ばれているものである。
そして四人のハンターズがテレパイプによって作られたゲートに入ると、オルガフロウの方を向き、敬礼をした。
最後まで戦いぬいた英雄への別れの挨拶でもある。
そして転送装置を起動させた次の瞬間
オルガフロウの後ろに巨大な穴が出現した。
そしてそれはオルガフロウを吸い込み始めた。
一人のハンターがゲートから出て助けようとするが、他の三人のハンターズが抑え、四人のハンターズはそのままラボへと転送された。
第一話『The root of all evil』
{大規模な時空震を確認しました!本部より南々東7kmより膨大な魔力反応あり!現在、目標の詳細を調査中!}
機動六課の隊舎で、アラームが鳴り響いた。
すぐさま六課の隊員は出撃の準備をし、八神はやての所に集まった。
「目標の解析が終わったらまずフェイトちゃんとスバルが出動して、フェイトちゃんは一足先に目標の確認。スバルはフェイトちゃんと合流した後、目標の調査や。
調査物が危険物だったり、途中で襲われたりした場合は無理に応戦したり追撃するのはダメやで!もし二人じゃどうしようもなくなった時は、一旦本部に退くこと!」
はやてがそう言い終えると、いいタイミングでスピーカーから解析結果が流れた。
{出現した魔力反応を解析した結果、一つはロストロギア『ジュエルシード』と酷似しています!もう一つは解析しましたが、過去のデータに同じようなロストロギアの存在は確認できません!}
ジュエルシードと聞いた途端、フェイトの頭の中でパニックが起きた。
現在六課が管理しているジュエルシードは12個である。
21個あるジュエルシードの内、確認できてないのは9個、その中にはもちろんフェイトの母親のプレシアの分も含まれている。
母の形見と言える物が今、この世界に現れたのだ。
―――もし誰かに奪われたら?
「・・・イト・・・・・・」
―――もし何かが原因で壊れたら?
「・・・・イト・・・ちゃん」
―――もしこの世界から消えてしまったら?
「フェイト・・・・ちゃん」
―――もしこれが最後のチャンスだったとしたら?
「フェイトちゃん!」
「えっ?」
フェイトは漸くはやての声に気がついた。
「大丈夫ですか、フェイトさん?」
後ろからはスバルが声をかけている。
「ごめん、ちょっと考えごとしてて・・・」
「今はそんなことしてる余裕は無いで!」
そう言うとはやては、中央のモニターを指差した。
そのモニターでは出現したロストロギアが点で表示されてる他に、二つの小さな点がそれに近づいていた。
「誰かがロストロギアの反応があった場所に近づいとる!少なくとも管理局の人じゃないのは間違いないわ!このままだと危険や!」
はやてがそう言うと、フェイトとスバルはすぐに本部を飛び出した。
一方、モニターに映っていた二点の正体であるナンバーズのセインとウェンディは、反応があった場所に到着すると、その目標の異様さに息を呑んだ。
そこに居たのは、毒々しい色の巨人だった。
右手は、刃は白く、刀身は黒い大剣と同化していて、左手はボウガンのような形をしていた。
体のあちこちに黄色や緑色の模様があって、何かが流れてるように見える。
胴体の部分に口みたいなのが付いており、頭には目らしい黄色の模様以外は何も無い。
こう説明すると、ただの気持ち悪い生物にしか見えないが、セインとウェンディは、そこから溢れ出る神々しいのか、それとも逆なのかわからない威圧感で、そんなこと考えもしなかったようだ。
「うわぁ・・・息苦しい・・・」
「さっさと目標物を手に入れて帰りたいッス・・・」
二人がそう愚痴ると、セインはジュエルシードを探しだした。
ウェンディは巨人の左手に近づき、ライディングボードでボウガン状の手の弓の部分を削り取ろうとした。が、硬くて中々削れない。
「ここらへんに落ちてたはずなんだけどなぁ・・・」
一方、セインはジュエルシードを探していたが、見つからない。
ウェンディが、やっと押せば折れそうな細さにまで削ったところでスカリエッティから連絡が入った。
『あと一分ぐらいで六課のお出ましだよ。目的の物は取れたかな?』
「「あと一分!?」」
ウェンディとセインがハモると、ウェンディは焦ってライディングボードを折れそうな部分に楔のように差し込んで、ボウガンの弓の部分を押しだした。
へし折るつもりだ。
セインも先程よりもよく見て落ちてないか再確認した。
しかしウェンディの方は予想外の抵抗を受け、力を込めるも折れず、セインも結局同じ場所を回るだけとなった。
「セイン!ちょっと手伝ってくれないッスか!?」
「ちょっと!ジュエルシードはどうするの!?」
「見つかるかわかんないのより見つかっていてもうすぐ取れるやつの方が確実ッスよ!そんなことより早くして欲しいっす!六課が来るッスよ!」
「うぅ・・・姉の威厳が・・・」
最終的にはセインがウェンディを手伝うことになったが、押している間も「威厳が・・・」と呟いていた。
フェイトが到着すると、まずは巨人の威圧感に圧倒されたが、立ち止まってる場合じゃないと自分に一喝し、再び歩き始めた。
そしてよく近づいてみると、巨人の左手の辺りで何かしているセインてウェンディの姿を確認できた。
まだフェイトには気づいてないようだ。
フェイトはこれを好機に、頭を下げて巨人に身を隠しながら徐々に近づいた。
「ウェンディ!まだ取れないの!?」
「もう少しッス!」
残り10mの所でフェイトは二人が何をしているのかがやっとわかった。
(どうしてあんなのを・・・)
フェイトがそう思った次の瞬間
パン
「っ!?」
突如フェイトの近くで爆竹を鳴らしたような音がした。
これはウェンディが予め巨人の周囲に仕掛けておいた罠である。
彼女のISを応用させた技であるフローターマインを可能な限り小さくして、よく目を凝らして見ないとわからないようにする。
もちろんそこまで小さくすれば殺傷能力はなくなるのだが、音が鳴るので、例え姿が見えなくても誰かが来たのがわかるようになっている。
ポキッ
フローターマインの音と同時に、左手の弓部分が折れた音が響いた。
「やったッス!折れ「ウェンディ!」―えぇ!?」
セインはフェイトに気づいてないウェンディを掴み、ライディングボード、そして折れた部分を拾うと、そのまま地面へと沈んでいった。
フェイトは突如鳴った炸裂音のせいで二人組にばれ、戦闘もできずに逃がしてしまった。
地面に潜って逃げたということは、本来驚くべきことなのだが、今のフェイトの頭には後悔と挫折感しか入ってなかった。
(考えてたことが本当になっちゃった・・・)
再び母の形見から離れてしまった。
そんなことで頭がいっぱいなフェイトに通信が入る。
通信の主ははやてだ。
{フェイトちゃん!何があったんや!}
「はやて・・・ゴメン、ジュエルシードが・・・」
{ジュエルシードの反応ならまだあるで!}
「えっ!?」
フェイトはその言葉を聞いて、驚くと同時にとても安心した。
(そっか・・・まだ取られてなかったんだ・・・)
{今、ジュエルシードやない方の魔力反応が急激に上がったんや!}
「それってどういうこと!?」
ジュエルシードじゃない方と言ったら、恐らくこの巨人のことだろう。
その魔力が急激に上がったとは一体どういうことなのだろうか?
まさか動き出すとかそういう類だろうか?
{わからへん!一体そっ――は何―――} 「はやて!?」
通信妨害だろうか、急にノイズが混ざり始めた。
そして完全に通信が遮断されると、次に巨人の体が光り始めた。
フェイトは暫く唖然としていたが、光り始めると同時に巨人の胸の上でより光り輝くものを見た時、その顔が呆けた表情から驚きの表情に変わった。
「あれは・・・ジュエルシード・・・!」
それは光っていて曖昧にしか見えないが、それでも見間違えるわけもなかった。
尚も光り続ける巨人の体にジュエルシードが近づき、そして触れると、巨人の体が一瞬にして黄色く透けた体となった。
そして徐々に巨人は透明になっていき、最後には完全に消えた。
だが何もかも消え去ったわけではなかった。
ただ一人、老人が倒れ伏していた。
「フェイトさん!大丈夫ですか!?」
スバルが驚いた表情のまま立ちすくんでいたフェイトに声をかけた。
「スバル?」
どうやらフェイトの耳に届いたらしく、フェイトが返事をする。
「ここに向かう途中でいきなり通信が途絶えるんですから、びっくりしましたよ」
「私もはやてとの通信がいきなり切れたし・・・あっ!」
突然何か思い出したような声を出すと、フェイトは先程まで巨人がいた場所を指差した。
そこには倒れている老人が一人いるだけであった。
「そ、そんなことがあったんか・・・」
その後、通信が再び繋がったので、急いで救護班を呼ぶと、フェイト達も六課本部へと帰っていった。
本部に着くと、まずフェイトは今までのことを話しはじめた。
最初に二つの魔力反応の内、一つは見るのも悍ましい巨人だったこと。
次に巨人から何かを取って逃げていった二人のこと。
そして巨人が消えたと思ったらいきなり現れた老人のことだ。
「あかん、さっぱりわからんわ」
「確かに信じれられない話だね・・・」
やはり起きた出来事があまりにも常識はずれなのか、どうにも信じられないといった様子である。
フェイトもなのはとはやてに同意する。
だとしたら残る術は、現れた老人に聞くことだ。
今は意識を失っているが、じきに回復するだろうとシャマルは言っていた。
「ちょっとはやてちゃん、来てくれる?」
解散後、はやてはシャマルに呼び出された。
「なんや?もしかして目覚めたとか?」
そうはやてが言うと、シャマルは首を横に振ってこう言った。
「それがね・・・彼、人じゃないみたい」
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薄暗く、長い廊下をセインとウェンディは、歩きながら喋っていた。
「にしても今日のセインはかっこよかったッス!!」
「あの時はウェンディが罠を仕掛けてなかったらやられてたよ」
「だけどセインが気づいてなかったらやばかったッスよ!」
「はは、ちょっと照れるなぁ」
そんなやり取りをしていると、やがてスカリエッティの研究室に着いた。
研究室にノックして入ると、スカリエッティが正面の椅子に座っていた。
「セインにウェンディか。目標物は手に入れたかい?」
「それが、ジュエルシードの方は邪魔が入って・・・」
「でも、もう一つの方は持ち帰りましたッスよ!」
そうウェンディが言うと、右手に持ってたものをスカリエッティに渡そうとした。
スカリエッティは受け取ろうとしたが、ウェンディの手を見た瞬間、手を引っ込めた?
「どうしたんッスか、ドクター?」
ウェンディがスカリエッティの顔を見ると、そこには新しい実験体を見つけた時の、狂気の笑顔があった。
「いや、なんでもない。それよりそれはあっちのテーブルに置いてくれ」
ウェンディは不思議に思いながらも、スカリエッティが指差した方向にあったテーブルの上に置いた。
すると次にスカリエッティは笑みを含みながらこう言った。
「クク・・・ウェンディ、一度右手をよく見てみるといい。ひどいことになってるよ」
―――右手?
ウェンディはそう言われて、右手を見てみた。
「なっ!?」
右手は既に侵食されていた。
紺色の斑点が既に手首にまで到達していて、そこが岩のように硬質化していた。
手の甲が痛々しく見える程隆起しており、あと少しで皮膚を突き破りそうな―――否、今突き破った。
皮膚を突き破った骨格は黄色で、内側から光を放ってるようだった。
「い・・・いやぁぁぁああ!」
ウェンディは悲鳴をあげた。
だがその悲鳴は痛みによるものではなく、むしろ痛くないどころか、何も異常を感じなかったからこそ恐怖を感じた。
―――これが"いつもの"手である―――
そんなことをほんの少しでも頭を掠めたとき、ウェンディは今までにない恐怖を味わった。
「ウェンディ!」
セインがその場に座り込んでしまったウェンディの肩を揺さぶり、正気に戻そうとした。
だが、以前としてウェンディは虚ろな目をして自分の手を見つめたまま、「手が・・・」と呟くだけだった。
スカリエッティはというと、まるで子供が新種の昆虫を見つけた時のような笑顔をしていた。
ただし、子供と違うのはその中に狂気を含んでいるということであった。
「セイン、ウェンディを急いで調整槽に連れていってくれ。ああ、入れる前にその右手をどんな方法でも構わないから切り離してくれよ。調整槽まで異常を起こさせないようにね」
セインは「調整槽に」とスカリエッティが言ったところでもう動きだしていた。
スカリエッティがそれに気がつくと、やれやれと言った感じで首を横に振った。
「さあ、一体何に侵食するのかな?」
スカリエッティはガジェットを使い、培養液に満たしたカプセルの中に例の物を入れた。
とりあえず戦闘機人であるウェンディが内部までも侵食されてたところから、機械と人の細胞には確実に憑くと把握していた。
今更ながらとても正気で扱える物体じゃないなとスカリエッティは笑いだした。
人に寄生する虫がいることは知っているが、それが細胞に劇的な変化を齎したことなど聞いたことがない。
ましてや無機物にまで反応を示すなど、本当にこの世の物かと問いたくなる。
そうスカリエッティ思った。
だが彼のコンソールを叩く手は止まらない。
科学者なら、例え外道に堕ちた者であろうとも、未知の物体に好奇心を持つのは当たり前である。
その性質が不明であるほど好奇心は風船のように膨らむ。
スカリエッティは様々な物をカプセルに入れてみたところ、次のような結果が得られた。
1.この断片には魔力を吸収する力がある。
リンカーコアを入れてみた結果、断片はアメーバの様に広がり、これを取り込んだ。
数分すると、小さな石のような物を吐き出した。
リンカーコアの残骸のようだ。
2.魔力を吸収すると、断片は変形していき、やがて凸凹の球体のようになった。
その時の大きさは変形前より大きくなっていた気がした。
魔力量によって違いが現れるのだろうか?
3.この断片はかなりの生命力がある。
試しに電流を流し、熱を加え、逆に冷やしたりもしたが、それによる反応はまったくといっていいほどなかった。
「ククク・・・魔力を糧にするか・・・まったく素晴らしいよ・・・」
スカリエッティはこのことをまとめると、研究室を後にした。
明日には何をしようか?スカリエッティの考えてることはそんなことだろう。
誰もいなくなった研究室で、あの断片は何もなかったかのごとくプカプカと浮いていた。
最終更新:2024年03月31日 18:14