襲われた地上本部。
目の前の惨状とそれがわずか数十分で作られた光景という事実が現実を目の前に突きつける。
そこにあるのは、管理局のやり方を知り尽くされたかのような手際での制圧戦。
手薄だった機動六課も襲われて無傷のものは誰もいない。
後に残るは瓦礫の山ばかり。
後手後手に回る私達。
ギンガさんは攫われた。
エリオとキャロも撃墜。
スバルは・・・・・・そしてはんたは・・・・・・。
魔法少女リリカルなのはStrikerS―砂塵の鎖―始めようか。

第18話 託された希望、蘇る悪夢

「ヴィヴィオ!!」

悲痛ななのはさんの叫びが木霊する。
地上本部に残った私達がやっとのことで機動六課にたどり着いたとき、目にしたものは瓦礫の山。
最初はなにかの間違いだとさえ思った。
でも、いくら壊しつくされていても毎日見てきたそれを見間違えるはずが無かった。
一箇所に集められ横たわるシャマルさん達と、泣きながら回復魔法を続けるキャロの姿・・・。
それらが嫌でも目の前の現実を突きつける。

「アイナさん!!シャーリー!!グリフィス君!!みんな!!」
「なのは、落ち着いて!!」
「だって・・・・・・だって・・・・・・。」

羽交い絞めにするフェイト隊長に対して聞き分けの無い子供のように喚くなのはさん。
あれが本当になのはさんなのか。
いつだって笑っていたなのはさん。
圧倒的な力で凛として立っていたなのはさん。
それなのに今はまるで別人のように取り乱している。
今にも糸の切れた凧のようにどこかへ飛んでいきそうななのはさんを必死にフェイト隊長が止めているけど、
なのはさんは聞く耳を持ちそうにない。
撃墜されたらしいヴィータ副隊長にしても自身を庇ってダメージを受けたリイン曹長を抱きしめたまま。
泣きじゃくるキャロから話を聞いている八神部隊長も悔しさをかみ締めるかのように奥歯をギリリと鳴らしている。
ただ1人元気なシグナム副隊長が瓦礫の山を飛び越え捜索しているが、他の生存者を見つけたという報告はない。
でも、これでは生存なんて望めないのではないか。
不謹慎にもあたしは・・・、ティアナ・ランスターはそう思ってしまった。
だって、どう考えればこの状況で生きていられるなんて思えるだろう。
まるで砲撃魔法を容赦なしに叩き込まれたかのような、
広域空間攻撃を手当たり次第に放たれたような、一切の生存を許さないかのように破壊されつくした建物。
それこそ広域殲滅魔法を1度や2度叩き込んだぐらいで作られるような壊されぶりではないのだ。
これでどうやって生きていろというのか。
堅牢であるはずだった建物は瓦礫の山。
巻き添えを食っただろうガジェット達も例外なく残骸に・・・。
ところどころ引き裂かれ剥き出しになった配線がショートするたびに迸る紫電。
壊れた配管から噴出す水。
平然と鎮座しているドラムカン。
どう考えても生存なんて考えられ・・・・・・考えられ・・・・・・あれ!?
ぐりんっと音がしそうな勢いで瓦礫の山を見つめる。
正確には、瓦礫の山の中で異様とも言えるほどに平然と鎮座しているドラムカンを・・・・・・。
なんでこんな場所にドラムカンが?
ミスマッチなほどに平然とした、はんたとシグナム副隊長がよく押している、それがポツンと置かれている。
近づいて爪先でコツコツと蹴り飛ばしてみると硬質な金属音が辺りに響き渡った。
普通のドラムカンよね?
偶然かしら?
そう思った次の瞬間、応答するかのようにガンガンと叩くような音が響く。

「隊長!!」

気がつけばあたしは絶叫するように隊長たちを呼んでいた。


========
ドラムカンの下からぞろぞろと出てきたのは必死に探していたシャーリー達。
騎士カリムの協力もあって聖王病院にたくさんの機動六課課員が移された。
でも、その中にヴィヴィオはいない・・・・・・。

「ごめんなさい。ごめんなさい・・・・・・。留守を預かっていたのに六課のこと・・・・・・守れなくて。」
「シャーリーのせいなんかじゃないよ。」
「それにヴィヴィオのことも・・・・・・。なのはさんに、みんなに、なんて謝っていいか・・・・・・。」

シャーリーは嗚咽交じりにひたすらそう繰り返して泣き続けるばかり。
別の病室で会ってきたアルトもその顔を見るだけでどれほどの自責の念に駆られていることか分かるほどに・・・・・・。
そう、シャーリーやアルトのせいなんかじゃない。
誰のせいかっていうならきっと皆のせい。
想定外の圧倒的な物量差。
後手後手に回った六課の対応。
綿密に練られつくしただろう敵の制圧作戦。
徹底的に破壊し尽くされた惨状とリアルタイムで見せ付けられた鮮やかという言葉さえ霞みそうなあの光景が嫌でもそれを思い出させる。
だから、無傷だった課員は1人もいない。
でも・・・・・・。
それでも皆が助かったのは・・・・・・。

「バトー博士・・・・・・。」

口の悪いおじいさん。でも、誰よりも皆のことを心配していたんだろう。
友達の帰る場所を守るというためだけに・・・。
きっと当然のように全て予測しきっていたのだろう。
でも、どうにかできるだけの権限がない。
施設を改築したくても1日2日で防衛設備は整えられない。
皆の意識改革なんてできるはずもない。
危機感の薄さ、秘密主義、異常なまでの戦力ムラという機動六課の性質。
そして負けるはずが無いと慢心して戦力を全部つれていった私達の采配ミス。
ないない尽くしの機動六課・・・・・・。
例え私達の前で進言したとしても、はやてもなのはも、もちろん私も戯言で済ませてしまっただろう。
ザフィーラとシャマルがいてはんたくん達が詰めている機動六課が負けるはずが無いって・・・・・・。
そう思えるだけの前提がありすぎた。
でも結果は・・・・・・。
今までどうにかしてきちゃったから、そして皆よりも強い魔力を持っているからこそ忘れていた。
誰かを守りながら戦うっていうことがどれだけ難しくて、どれだけ自分の足枷になるかって・・・・・・。
本当になにを今まで習ってきたんだろう。
魔力だけが絶対のものではないと教えてくださったミゼット校長先生にどんな顔をして会えばいい・・・・・・。
いろいろ聞いてわかったことは1つだけ。
助かった人の言葉から推測すると六課のあの惨状はバトー博士がなにかをしたから。
じゃぁ、なにをしたのか?
きっと、ううん、絶対にこれが正しいのだろう。
あまり長いとは言えないけれど、執務官として生きてきた私の記憶に似たような光景があったから。
ある次元世界でただの1度だけ遭遇した、衝動型でも劇場型でもない、怖気さえ覚えるくらい冷酷な爆弾魔。
そこにはヒロイズムのかけらも快楽もなく、滑るように移動してシングルアクションで淡々と爆弾を仕掛けてはブロックを吹き飛ばし、
ベルトコンベアーを使って爆弾を送りつけ、どんな構造になっているか知らないワープゾーンを使って離れた場所を効率よく爆破していくコミカルな外見とはかけ離れた冷淡さを持った白いヘルメットの彼。
同じ装束を着た黒や青や赤や緑の子を吹き飛ばした後、彼はどこかへ行ってしまった。
爆心地にいても平然としていたそんな彼のことを取り逃がしてしまったのだが・・・。
そんな彼が引き起こした光景とそっくりだった。
きっと、リモコンで爆破できる爆弾を準備して、それから起動六課を効率よく崩落させられる場所に連鎖的に爆発するように仕掛けてから敵を誘い込んだところを・・・。
でも、どうやってそんなにたくさん仕掛けたのか。
露骨なまでにそんな形をしていたなら、きっとはやても私もなのはも、ううん、起動六課にいる全員が見逃すはずが無い。
ふと、あの日の奇行が思い当たった。
戦車のフィギュア。
あの日、手のひらに載ってしまう、ともすれば可愛らしいという形容さえぴったりなそれを所々にばら撒いていた。
思い返してみれば、交差点や柱の近くに、狙うかのように展示されていなかったか?
粘土のように形を変えられる爆弾を使って、それを作っていたとしたら・・・。
爆発地点を基準にして真上と横に広がるのが爆風の特徴。
・・・だから、ドラム缶の下に皆を逃がしたんだ。
できることならバトー博士だって逃げたかっただろう。
でも、バトー博士の作った脱出口にはハッチがなかった。
扉の開いたシェルターはシェルターの役割を果たせない。
誰かが扉を閉めないと・・・。
爆風なんかで簡単に飛ばない丈夫な扉・・・例えばドラムカンのような・・・。
もしも私が戦闘機人に足止めされなければ・・・・・・。
そんなことを考えてしまう。
いけない。思考が悪い方向によってしまう。
誰もが負傷して弱気になっているこんなときだからこそしっかりしないといけないのに・・・・・・。
そんなときだった。
パシューっと空気が抜けるような音とともに病室の扉が開く。
あれ?誰だろ?
今、私以外にここで無事に動き回れるのはシグナムぐらい・・・・・・。
もしかしたら仕事が速く終わったティアナかな?
でも、振り返った先にいたのはまったく予想外の一機。
今までどこに行っていたのか、独特の造詣をしたロボット・・・・・・。

「サース・・・・・・デー?」

呆然とつぶやく私を横に、滑らかにシャーリーの傍らに近寄ると機械的な音声で言葉を伝え始めた。

「ワタシはばとー博士ノ助手ノサースデー。
ばとー博士ハ伝言ヲ残シタ。トモダチノタメニ伝言ヲ残シタ。
ばとー博士ノ弟子ノしゃーりーハばとー博士ノ伝言ヲ守ル。
ナゼナラしゃーりーハばとー博士ノ弟子ダカラダ。
泣イテイルバカリノヤクタタズヲヤメテサッサトばとー博士ノ仕事ヲ引キ継ゲ。」

ガチャリと音をたてたのはサースデーが押してきたリアカー。
その上に乗せられているのは4つのアタッシュケース。
しゃくりあげながら、そして目に涙をためながら、シャーリーはサースデーを見つめる。
サースデーは機械的に言葉を続ける。

「世話ノヤケルヒヨッコデアル、うすのろトのうなしひすてりートむっつりトこしぬけ用ノ追加パーツ。
力ガ足リズニ泣カナイヨウニ。タダソレダケノタメニ作ラレタばとー博士カラノ送リモノ。
泣イテイル暇ハナイ。サッサトシロ、ヤクタタズ。」

メガネを外してぐいっと目元をぬぐうシャーリー。
歯を食いしばり痛む体をこらえているのだろう。
松葉杖を片手に立ち上がる。

「作業場は?」
「ばとー博士ノ弟子ノ2号デアルマリエルノ所ガ使エル。」
「あの子達のデバイスは?」
「既ニ回収済ミ。分解済ミ。アトハメンテナンスヲ施シテ取リ付ケテ調整スルダケ。」

危うげにカツカツと松葉杖をついてリアカーを押して出て行くシャーリーを私はあわてて追いかけた。

フェイト達がいなくなった病室。
病室に残されたのは満身創痍で眠り続けるスバルとサースデーだけ。
誰に聞かせるわけでもなくサースデーは言葉を発する。

「ばとー博士ハ旅ニデタ。決シテ戻ラヌ旅ニデタ。
ばとー博士ハサビシクナイ。ナゼナラ多クノトモダチヲテニイレタカラ。
ばとー博士ハ帰ラナイ。
ダカラさーすでーハばとー博士ノ助手デハナクナッタ。
さーすでーハ最後ノ仕事ヲ成シ遂ゲタ。
ばとー博士ノ弟子ノしゃーりーニ伝言ヲ伝エル仕事ヲ終エタ。
さーすでーニ与エラレタ仕事ハナニモナクナッタ。
ばとー博士ハモウイナイ。
ダカラばとー博士ノ助手ノさーすでーハバトー博士ノ助手デハナクナッタ。
バトー博士ノ助手デハナイさーすでーハタダノテツクズ。
タダノテツクズノさーすでーハタダノテツノクズニカエル。
バトー博士ノトモダチタチ、セイゼイワルアガキシロ。ソレデハミナサマゴキゲンヨウ・・・。」

ピーっというエラー音。
鋭い音と共に火花が散る。
病室には眠り続けるスバルとサースデーだけ。
静寂だけが病室に残された。
やがてスバルの見舞いに訪れたティアナが病室で見たものは、
懇々と眠り続けるスバルと物言わぬオブジェとなったサースデー。



========
「嘘やろ?」

ザフィーラが庇ったから無事だったとはシャマルの言。
そんなシャマルは意識を取り戻してから自分の状態も忘れたかのように走り回って皆を治療して診て回っている。
そんな最中に私のところに真っ青な顔をして持ってきたカルテ・・・。
その内容に寒気を覚えた。
カルテに書かれた名前ははんた。
のらりくらりと健康診断を避け続けたはんたの理由がここにはあった。
空白など1つも無い。
隙間無くびっしりと書き込まれたカルテ。

「誤診・・・・・・なわけないわな。」
「ええ。はやてちゃん。信じられないけど、それが事実よ。」
「なんでこないな身体で生きていられるんや!?」

異常を示す項目しか存在しないカルテを片手に絶叫していた。
いくら医療の知識が無くても常軌を逸した異常ぐらい分かる。
少なくとも、料理と残骸の区別ぐらいはつくのだ。
内臓機能の大半が壊滅。
壊死を起こしていないことが奇跡とさえ言えるほどにはちゃめちゃなそれは日常生活さえ困難なはず。
食べ物を消化することはおろか、味も分からないだろう。
それ以前に体が食べ物を受け付けない。
平熱は何度?と言わんばかりの低体温。
ろくに起こらない発汗。
次の瞬間には停止してしていてもおかしくないほどに不規則な拍動を続ける心臓。
若々しい細胞に残された恐ろしく短いテロメア。
そして血液から検出されるのは常軌を逸した高濃度の未知の薬物反応。
他にもあげればキリがない。

「聞く意味さえ無い気がするんやけど・・・容態は?」

聞くまでも無い。駄目に決まっている。
棺おけの中に入っていないこと自体、奇跡と言ってもいいほどに壊れているのだから。
けれど、シャマルの口は別の言葉が紡がれた。

「一言で言うなら植物人間。復帰は絶望的なはず・・・なんだけど。」
「なんだけど?」
「アルファが治療を続けているわ。栄養剤だけを過剰なほどに・・・。他の薬は意味が無いからって・・・。」

ずいぶんとおかしなことを言った。
こんな考えするのも嫌なんやけど、デバイスがマスターの身を案じないはずがないのだ。
例えば昔の私とリインとヴォルケンリッター達のように・・・。
それが知らなかった私の罪やということは自覚しとる。
もちろん、今はそんな冷たい括りの関係じゃないって言える。
でも、デバイスとマスターの関係は、どんなに目を背けて否定したとしてもそんなものだという現実があった。
そのデバイスが薬の投与を無意味と言う。どういうことや?
シャマルの言葉は続く。

「・・・アルファの言葉を信じるなら、既に生命活動を行える状態には戻したって・・・・・・。」
「でも、植物人間じゃ・・・。」

意味が無い。そう続けそうになってしまった。

「魂があるのならそれがまだ帰ってきていないのだろうって・・・・・・。」

魂なんていうものが本当にあるんやろうか。
アルファもいったいどういうつもりなのか見当さえつかない。
思えばはんたの振る舞いでおかしなことは度々あったのだ。
それこそ出合ったときから・・・・・・。
リンディさん顔負けの砂糖水や塩水を平然と飲み干してしまったりとか、
気がつけば飲んでいるドリンク剤、きっとうちらが考えるのもバカらしくなるくらいアブナイくすりだったのだろう、とか、
シャマルの料理を平然と食べる様とか、
時折とぎれる会話とか、思い出を話すときの呼び方の違和感とか・・・。
他にもいろいろあったのだ。
それなのに・・・。
皆を助けたいという私にもフェイトちゃんにもなのはちゃんにも共通したこの思いに偽りはない。
けれど、傍らにいた人の大事を見過ごしてしまった。
順風満帆に最初から最後まで進んでいけるとは思っていない。
そこまで人生を舐めてはいないから。
でも、今度ばかりは弱音を吐きたくなった。
誰でもいいから傍らで支えて欲しいって・・・・・・。
うちは隊長さんなんや。
折れそうな心を見せたら皆が引きずられてしまう。
それに今はなのはちゃんもフェイトちゃんも出払っている。
ただ1人で立ち続けるしかない。
それでも、頼むから・・・・・・。
今しばらくだけでいいから。
これ以上、悪いことは起こらないでください・・・・・・。
ただ、薄情だとは思うけどたった1つだけ安心したことがある。
それは、はんたがこれ以上最悪になりようが無いというただ1つの事実・・・。

========
シャマルがマスターの病室を出て行って、ここに再び静寂が訪れた。
今頃、カルテを片手に大騒ぎしていると予測される。
ベッドの上には眠り続けるマスター。
無機質な電子音だけが部屋にこだましている。
安全な場所まで退避して即座に行ったのは、ユニゾンによる肉体の強制的な修復。
デバイス側の主導でマスターの肉体を改変するその操作はアクセス権限が与えられていなければ不可能な行為。
その行為によってマスターは現状を維持している。
結果的にマスターの命を繋げたとはいえ、それはデバイスとマスターのあり方への反逆に他ならない。
マスターとスレイブが逆転する本来であればユニゾン事故のカテゴリに区分される行為。
しかし、私に全権譲渡さえ躊躇うことなく行えたマスターだからこそありえた現状。
肉体は可能な限り元に戻した。
けれど意識だけが戻らない。
自発呼吸、新陳代謝、脊髄反射、対光反応、他のありとあらゆる生命活動に必要な機能は稼動している。
もっとも、代謝だけは正常な人間に比べればはるかに少ない。
原因は分かっている。
それこそがハンターを生涯の仕事とすることが出来ない理由。
薬物中毒・・・・・・。
細胞分裂の限界数たるヘイフリックの限界や細胞の寿命テロメアについてはその寿命を延長する手段がいくらでもある。
不治の病に侵された狂気の天才バイアス・ブラドが全身全霊をかけて取り組んだ課題が不老不死ゆえに。
それは人類が文明を築いてから多くの権力者が夢見ては挫折していった課題。
彼が目的に至る過程で生み出された多くの派生技術は医療技術の発展に貢献した。
その過程の中で生み出されたのが猛毒オイホロトキシン。
擦り傷、切り傷と言わず錠剤1つで怪我を治す回復カプセル。
瀕死すれすれの体さえ元通りにしてしまう満タンドリンク。
飲むほどに常軌を逸した怪力と反応速度を肉体に与えるドーピングタブにスピードタブ。
人間に限らず生物ならば、たった1錠で錯乱状態に陥るサクランHI。
その広域型の神経ガスであるDDTスプレー・・・・・・。
あの世界由来の薬にも毒にも多かれ少なかれこれが必ず入っている。
理由は1つ。
人間が痛みに耐えられないから。
治りかけの傷口に疼痛を覚えるように、切除されて存在しなくなった部位に幻痛を覚えるように、
生体部品で作られた精密機械たる人間は認識と現実の剥離によって引き起こされる痛みに悩まされる。
自然治癒ですらそうなるのに、大きな欠損をナノマシンで急激に修復した結果として痛みと認識のずれは際限なく大きくなり脳は簡単にオーバーフローを起こす。
ナノマシンや薬物による化学反応によって引き起こされるありとあらゆる病状の強制修復。
それに対して騙しきれない脳が拒絶反応を起こし、治った部位に激痛を与え、やがてはネクローゼに至る。
暗礁に乗り上げたナノマシン治療。
それを解決したのがオイホロトキシン。
本当に微量のオイホロトキシンを混ぜるだけでその問題はクリアされた。
これによって常備薬の次元で行えるナノマシン治療の水準が跳ね上がり、ナノマシン事業も軌道に乗ったのは事実。
しかし、多くの人間が忘れてしまう。
本来、薬と毒はイコールで結ばれるもの。
痛みと生存本能は直結しているシステムだということ。
痛みを無くすという薬は大破壊以前から存在する。
けれど、オイホロトキシンにはそれらとは明らかに違う点がたった1つある。
それは、運動機能を維持したまま痛みを無くすということ。
脳内で起こる化学反応を妨害、あるいは脳の機能を部分的に鈍化させてなどといったものとはその点だけが明らかに違う。
本来、薬というものは人間の体にとって異物。
コインの裏表のように作用には反作用がなければならない。
それでもさすが天才が作り出したもの。
2つのことさえしなければなにも問題は無いという破格の条件がついている。
大量摂取するか、常用するか・・・・・・。
破ってしまったならその先に待っているものは・・・・・・。
マルチタスクの1つに走らせていた思考を中断。
並列してあらゆる情報を処理していく傍ら、視線だけはマスターにロックされている。
そのマスターはピクリとも動かない。
私に出来ることはただ、こうしてマスターの手を握ることだけ。
医療行為としてまったく意味の無い行為だと分かっている。
私に可能な行為は全て行った。
マシンである私は奇跡なんて信じない。
でも・・・。
・・・・・・レッドフォックス。
もしもあなたがいたなら、こんなときになにを?
マスターにどのような言葉をかけるのでしょう・・・・・・。


========
「クククク、フハハハハハハハハ・・・。」

スカリエッティのアジトの1室。
狂ったように上機嫌な笑いをあげ続けるスカリエッティ。
どれほどの間、そんな笑いを上げていただろう。
5分?10分?それ以上?
何に対して笑っているのか。
テンプレート通りの行動さえままならなかった管理局のあまりの無能さ加減か?
それとも、それに作られた己というものの存在意義か?
あるいはその両方・・・。
自分で自分達を滅ぼす生き物を作るというあまりにもおろかなその行為に、スカリエッティは笑いを堪えきれなかった。
今頃、評議会の脳みそどもは歯軋りしているだろう。
もっとも、歯軋りする歯なんてやつらにありはしないが。
さて、私もさんざん笑わせてもらったし、間が空いては観客が退屈してしまう。

「さぁて、絶望しきった管理局の無能どもに更なる絶望を与えてやろうじゃないか。」

次の演目を始めよう。
そして、この演目が始まったとき、管理局の敗北は確定する。
ルーテシアの地雷王達によって封印が解かれる。
その名を聖王の揺り篭。
古代ベルカにおける破壊の象徴。
これが衛星軌道に到達すれば管理局になすすべは無い。
アルカンシェルも持ち出せぬよう既に手配済みだ。
クロノ・ハラオウン率いる次元航行艦隊など出番さえありはしない。
所詮脇役、見せ場どころか舞台に上がることさえできず終わることだろう。
そんなところに私の作品達による多方面からの同時襲撃。
これに管理局は手も足も出まい。
おやさしい管理局様はただ泣いて喚くしかできない市民を見捨てられない。
もっとも、その管理局様は揃いも揃って無能揃いで力も無い。
なんせ有能な人材を片っ端から引き抜いていったのは海だ。
そのツケを今、ミッドチルダを代価に払わされるわけだ。
それにだ・・・。
ずらりと並んだ培養槽に視線を移す。
中に浮かんでいるそれらは、私がロッソと名づけた個体。
当初の計画では、聖王の揺り篭周辺が手薄になるという欠点があった。
もちろんAMF環境に放り込んでやればガジェットドローンの優位性に、機動六課を除いて、管理局は手も足もでまい。
しかし、スクライア一族の中でも秀でた才能の持ち主、無限書庫の司書長ユーノ・スクライアがやつらにはついている。
やつらはきっとこう考える。
『聖王の揺り篭を止めなければ・・・。』
とはいえ、地上を見捨てることもできないお優しい八神はやてはひよっこどもを地上に配備することだろう。
餌としてタイプゼロもつけておいたのだから。
残ったメンバーのうち、フェイト・テスタロッサは確実に私が待つこのアジトを攻めにくる。
私を捕まえなければ管理局は永久に追い立てられっぱなしになるのだから。
とはいえ、戦力を裂けない以上、来るとすれば単機となる。
もしかしたら聖王教会が動くかもしれんが、大差ないだろう。
やつらはレジアスのやつを捕らえにも行かねばなるまい。
だが、向こうにはゼストが行っている。
きっと無意味な深読みをして、優秀な戦力である剣の騎士シグナムを送り込むことだろう。
もっとも、それは無意味な行動で、ついでにいえばレジアスのやつは生きて明日を迎えられはしないだろうがね。
さて、そうなると残る戦力は高町なのは、鉄槌の騎士ヴィータ、そして八神はやての3人。
盾の騎士は病院、湖の騎士は戦闘向きではない。
イレギュラーに成りえたあの男とはじっくりと話したかったのだが、やつも入院したらしい・・・。
神なんて信じてはいないが、全てが私を祝福しているかのような状況じゃないか。
まず間違いなく、最大火力を誇る八神はやては愚かにも指揮を執るために動けなくなるだろう。
無能な局員など見捨てて攻め込めばよいものを。
せっかくのユニゾンデバイスも宝の持ち腐れというもの。
そうなれば残り2人が乗り込んでくる。
揺り篭の内部がガジェットのAMFなどおもちゃに思えるほど高密度のAMFになっているとも知らずに。
そして待ち受けるのは聖王の揺り篭の防衛システムと、私のガジェットとナンバーズ。
最後に立ちふさがるのは聖王ヴィヴィオ。
魔王は魔王らしく他人など屠ってしまえばいいものをきっと助けようとあがくだろう。
クローンとはいえ伝説である聖王閣下相手に、身の程知らずにもだ。
だが、万が一ということもある。
そもそも聖王の揺り篭に乗り込ませなければ私の勝ちなのだ。
やつらは想像すらしていまい。
このアルハザードからもたらされた画期的なクローン技術を・・・。
従来のクローン技術ではほんの僅かな誤差が性能に影響を及ぼした。
成長促進しようにも空けてみるまでは分からぬクローン体が失敗作であったら目も当てられない。
それこそ娘を蘇らせようと足掻いたプレシアのごとく。
だが、このクローン技術ならば完全なる同一の個体が作り出せる。
よもやインヒューレントスキルさえ継承する同じ個体をいくらでも作り出せるなどとは夢にも思うまい。
鏡に映したように対照的な遺伝子が生まれるなど、天才である私ですら考えもしなかったことだよ。
とはいえ、私の作り出したナンバーズはああ見えて繊細な子達に育ってしまった。
自分とまったく同じ個体を目にしてしまえばアイデンティティが維持できず自己崩壊を起こすリスクもある。
だが、唯一関係ない個体が1機。
数字の名前を与えなかったイレギュラーたるアルハザード最強の女ロッソに組み合わせる。
ただ機械のごとく殺戮するだけの個体にアイデンティティもクソもありはしない。
あまりにも安易すぎて天才である私が思わず躊躇ってしまうほどに凶悪な組み合わせ。
さぁ、これを前にいったいどうするのか。
今から楽しみで楽しみで仕方が無い。
しかし、気のせいか。
クアットロにクローニングを任せたが、私の予想よりも個体数がやけに多い気がするのだが・・・。
私の推定では250ほどだったはずなのに・・・。
まぁ、さして問題はあるまい。
Aランク魔導師に匹敵する戦闘機人1000体の前には・・・。
力で押さえつけてきた時空管理局が力で潰される。
これほど胸がすく光景はきっと無いだろう。
ああ、待ち遠しい。

傍らのディスプレイに浮かぶのは、長年の眠りから覚めた古代ベルカの遺産。
名を聖王の揺り篭。
ただの1機で世界を制圧した究極の暴力。
あとは、これが衛星軌道に到達するのを待つばかり。
せいぜい悪あがきしてくれたまえよ。管理局の諸君。


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最終更新:2009年07月04日 22:24