”まず最初に自己紹介を~♪
この俺こそは大金持ちの趣味人さ~♪
ジーザスが磔刑にされた時にも立会ったんだぜ~♪”
その日は珍しく次元刑務所内に異世界の音楽......その世界でいう”ROCK”と呼ばれるジャ
ンルの、その中でも名曲とされる№の激しい歌声が響いていた。
”俺の見てる前でロマノフ皇帝が処刑され~♪
アナスタシアは泣き叫んでいたぜ~♪”
その音楽の出どころである所内奥の特別房......重犯罪者専用の収容房の中では熱心にチェスに
興じる囚人服姿の男性が一人......年齢は大凡で三十代後半、だが肩まで伸ばした長髪のせいか実
年齢よりは若く見えた。
この男性が囚人であるにも関わらず刑務所内で、気に入った音楽を聴きながら優雅に過ごす事が
出来るのは、その卓越した頭脳と饒舌なる話術を武器にして司法を手玉に取り、自身にとって有利
な条件を、それこそ思うがままに引き出したからに他ならなかった。
今スピーカーから大音量で流れるている曲は男性のお気に入りである№『悪魔を憐れむ歌』。そ
の小気味良いリズムに合わせて軽く肩を揺すり、荒々しいボーカルに合わせて歌詞を口ずさみなが
らボード上に並べた駒へと手を掛けた時、彼は部屋の中に自分以外の気配がある事に気付いた。
「あぁ見回り御苦労さま・・・今ちょうどノッてきた処なんだ♪すまないが、用があるなら後にして
くれないか。」
その気配を見回りに来た看守とでも思ったのだろうか、彼は目線をボード上に向けたまま相手に
声をかける。っが何故か返事は聞こえず、相手が部屋から出ていく様子すら感じられなかった。
「聞こえなかったのかね?二度も私に同じことを・・・・・・」
その様子に少し苛立ったのかステレオのボリュームを下げながら彼は、今度は幾分か強い口調で
話した。っがその言葉を遮るようにして返ってきた声は......
「お楽しみの最中に申し訳ないのだが今すぐ、その聞くに堪えぬ雑音を止めて頂ければ私は非常
に嬉しいのだがね?Dr、スカリエッティ。」
その思いもかけぬ返事に”ハッ!”となった彼は、思わず座っていた椅子から立ち上がった。
まさに跳び上がらんばかりの勢いで......
*リリカルxクロス~N2R捜査ファイル
【 A Study In Terror ・・・序章 】
「そんなに緊張する事は無かろうに。なにせ君ぐらいの”天才”ともなれば、私が来る事は既に
予見できてる筈だが・・・いかがね?。」
その声は物腰穏やかで低く落ち着いた、それでいて何処か近付き難い程の凄みをもった声......
彼=スカリエッティは驚愕の眼差しで、その声の持ち主を凝視していた。
「・・・・・・もちろん、分かっていたとも。ただ・・・」
「”ただ”何かね?まさか私の事が怖いとか?」
「まさか。ハハハッ、そうじゃ無いんだ」
戸口に立って語りかける訪問者の姿にスカリエッティは表向きこそ平静を装い、何とか笑顔を取
り繕ってはいたが、やはり緊張を抑え切れないのか少し慌てた様子でステレオの停止ボタンへと指
伸ばした。
「・・・ただ何と言うか・・・そう驚いたんだ」
「ほほぉ、驚いた?」
「そうその通り驚いたんだよ。いきなり来られれば誰だって・・・・・・」
こめかみに冷や汗が流れるのを感じながらスカリエッティが大きく見開いた眼で見つめる中で”
予期せぬ訪問者”は、そう広くはない収容房の中を散策するようにして歩き回ると、その部屋の隅
に設けられた棚の前で立ち止まった。
「それは少し変じゃないか?何事にも動じる事の無かった君が、こんな私の様な、平凡極まりない
男が一人、ちょっと顔を見せたぐらいで驚くだなんて」
「”平凡”だなんて、っハハハ♪何を仰るかと思えば・・・」
「いやいや、私の様な平凡な者など街を歩けば幾らでも擦れ違うだろうよ」
話を続けながら訪問者は、その棚の上に置かれていたワインのボトルを手に取ると、そのラベル
に書かれた文字へと視線を静かに這わせる。
そんな彼を前にスカリエッティは、ふと自分でも気付かぬ内に相手の様子を注意深く観察し、そ
の動作一つ一つに意識を集中している自分に気付いた。
何故か?何故に?その理由を見付ける為に思考を巡らせる内、彼の意識は一つの結論に行き当た
った......それは『疑念』という感情。
”この私が疑念を抱く?何と、珍しい事だ。だが何故だ?この疑念は何処から・・・・・・”
自らの内に答えを見出したスカリエッティは内心驚きつつ以前の、あの世間では『JS事件』と
呼ばれる反乱に際し、その活動資金を調達する為に管理局へ反感を抱く次元世界の様々な資産家や
権力者達へと投資を呼びかけた時の事を思い出した。そうあの時に集まった投資家達の中にあって
一人、この男だけは......
「どうしたのかね?急に黙り込んで・・・」
「い、いや別に何も、少し考え事をしていたものでね。ハハっ」
そう今”訪問者”として自分の目の前に立つ”この男”だけは、どこか言い知れぬ程に不穏な空
気を漂わせているのだから。
「まぁ立ち話も何だ、良ければ椅子にでも座ってゆっくりと・・・」
何とか気を取り直しつつ、いかにも営業スマイルといった雰囲気の笑顔でスカリエッティはテー
ブルを挟んだ向かい側の椅子を訪問者に勧める......っが
「お気持ちは嬉しいのだが生憎と、この後で幾らか面倒な仕事をしなければならない。だから余
り長居は出来ないのだよ。従って君の申し出は、御遠慮させて頂こうか。」
そう言いながら訪問者は”待て”と言わんばかりに白手袋を嵌めた右手を上げ、さり気無くスカ
リエッティの勧めを断る。
「ではこのままで・・・っ!?」
彼の返事を聞いたスカリエッティは椅子から立ち上がったまま近付こうとした時である。訪問者
が左手に持つ長い黒塗りのステッキを素早く右手に持ち替えたかと思うや、その切っ先を突き刺す
ようにして相手の胸へと突き付けた。
「だが君は、座りたまえ。さぁ遠慮する必要は無い。」
有無を言わさぬ勢いで訪問者は突き付けたステッキで、相手をグイッ!と押し出す様にして強引
に椅子へと着かせ、そうして押されるままにスカリエッティは後ろの椅子へと落とす。
「さて本題に入るとしよう。今日ここに来たのは他でもない君のしでかした過ちにより、一人の投
資家として、私が被った損益を速やかに回収したいと思っているのだが。」
彼が席に着くと訪問者は相手を見下ろす様な位置から視線を向けながら、ここ次元刑務所へと自
らが赴いた目的と理由を淡々とした口調で語り始めた。
「・・・・・・損益?回収?あぁ、”アレ”の事か。」
「いかにも、”アレ”の事だよ。さぁ私の大切な”財産”を、今すぐ返して貰おうか。」
それまで訪問者のペースに押されるがままになっていたスカリエッティだったが、その相手の要
求する物が何か分かるや否や、それまでの営業スマイルが不敵な笑みへと変わった。
「お返したいのは山々だが見ての通り、生憎と今の私は囚われに身だ。しかし・・・もし今ここから
私を解放してくれたら・・・ッ!?」
次元犯罪者として管理局を相手に次元世界の全てを揺るがした『無限の欲望』の二つ名を持つ者
としての狡猾さを露わにしようとするスカリエッティ。
だが次の瞬間!彼の顔面に向け訪問者は目にも留まらぬ速さでステッキを突き付けた。
「勘違いして貰っては困るな。今の君に取引をする権限は無いし、また許可した覚えもない。」
それまで忙しなく聞こえていた会話が急に途絶え、スカリエッティが”ゴクリッ!”と息を飲む
音が静まり返った室内で不気味に響いた。
稀代の次元犯罪者たる彼ならば、その顔の数センチ手前に黄金色の装飾が施されたステッキの切
っ先を突き付けられたぐらいで怯んだりはしない筈......
だが今こうまで自分が圧倒されるのは何故か?もしやそれは今目の前に立つ、この男が放つ異様
なまでの存在感が原因なのだろうか?
「そう熱くなる必要はないだろう♪ここは一息ついてはイカがかね?何ならウーノに言ってお茶で
も、っと言っても彼女は今別の房に・・・・・・」
相手の圧倒的なまでの迫力と人間離れした凄まじい眼光に気押され、らしくもなく口調が快活さ
を失う中、疑問を抱えつつもスカリエッティは、”ここで殺されてしまっては取引も何もない!”
っと考え何とか落ち着きを払って冷静さを保とうとするのだが
「そのウーノという女性は、もしかして青く美しい髪を持った素敵なマダムの事かね?」
「ほぉ~、よく御存じで・・・」
「ここへ来る途中で御逢いしたのだが、確かに彼女が淹れてくれたお茶はとても素晴らしい。」
そう言いうと訪問者は相手の顔へと向けたステッキを下ろし、それと同時に上着のポケットへと
左手を入れ、ある物を取り出した。それは赤い糸で束ねられた一房の青い毛髪。
「唯一つ残念なのは、もう彼女のお茶は二度と味わえないという事だ。」
「・・・・・・」
その光景を前にして流石の”無限の欲望”も思わず閉口し、そんな彼の様子を眺め楽しむように
して訪問者は、手に持った毛髪の束を相手の膝の上へと放り投げた。
「死んだか、だが困ったなぁ。今度からお茶を飲みたくなったら誰に頼めば・・・」
「おやおや、これは失礼した。いや彼女に見とれている内に、つい何時もの悪い癖が出てしまっ
てね。なにか不都合な事でも?」
「いやそうでもない。ただ身の回りの事が少しばかり不便になりそうで・・・・・・」
「そりゃ確かに申し訳ない事をした。ところで、この刑務所には君の”娘たち”があと三人収容
されていると聞いたが。」
その言葉を聞くとスカリエッティは額に皺を寄せて眉をしかめ、露骨にウンざりとした様な表情
を浮かべた。
「脅しかね? つまらんよ、人に生死を求めるほど私は趣味に溢れていないのでね。」
「まぁそう言わずに話に付合いたまえ♪なんなら今すぐ残りの娘達をここへ集め、その瞼を切り
取って目を閉じ無くした君の前に膝ま付かせて一人づつ喉を、いやそれでは生温いかな?」
そこまで話すと訪問者は自らのあごに左手を当て、何かを思案するかの様な仕草を見せたかと思
うと更におぞましい提案をし始めた。
「ではこうしよう。私の質問を君が拒む度に一人づつ、ワザと時間を掛けて娘たちの首をゆっく
りと切り落として行くというのは・・・」
「いい加減にしてくれ。アンタは私をからかって楽しんでるのかね?」
「楽しむ?そうだな君はどうかは知らんが、私は今最高に楽しんでいるよ。」
自分が投げかけた言葉をのらりくらりと避わしながら、飄々とした態度を崩そうとしない訪問者
に苛立ち始めたのか、気が付けばスカリエッティは椅子に座ったまま片方の膝を震わせて貧乏ゆす
りを始めていた。
「全く話にならん。早々に用件を、それとも私を解体してバラバラにしたいのかね?」
「おやおや如何したね?人に熱くなるなと言っておきながら自分の番となると・・・」
「もう良い。言っておくが、ここで私を殺せば貴様の大事な財産とやらの在処は、永遠に闇の中
だと言う事を忘れて貰っては困るな。」
「いかにも君の言う通り。今ここで殺せば君に預けた私の”財産”は、現場で回収した管理局員
個人の手で人知れず闇の故買屋に流れ、そこからクラナガン市街に住む市民数名の手に渡った
という事実は、永遠に闇の中へと葬り去られる事になるだろうな。」
相手からの思わぬ返答にスカリエッティは、まさに呆れ返ったと言わんばかりに椅子の背へと凭
れかかり、その視線を上に向けて天を仰ぎながら溜息をついた。
「そこまで知っていたなら何故?」
「申し訳ないが君の事を試したのだよ。もし素直に話してくれたなら幾らかの猶予をと考えたの
だが、どうやら君は人をガッカリさせる名人の様だ。」
「ならば私にどうしろと?」
彼の問い掛けに訪問者は、返事の代わりに上着の懐から金属で出来た何か重そうな品物を取り
出し、ゆっくりとした仕草でテーブルの上に置いた。
「君も一角の悪党を名乗るならば、自分のしでかした不始末は自身でケリを付けたまえ。」
「この私に、自殺しろと?」
かなり憔悴した声で問い掛けながらスカリエッティはテーブルに置かれた品物を見詰める。
それは古風ではあるが確実に命を奪う為に生み出され、それでいて芸術的なまでに完成された
美しさを持つ品物...鈍く妖しげな輝きを放つルガーP08自動拳銃だった。
「弾は一発、もう既に薬室へ装填してある。あとは銃口を自分の額に向けて、ただ引鉄を引く
だけで良い。とても簡単な事だと思うのだがね。」
「この私が、この次元世界の歴史に名を残そうとした、この私の末路が自殺とは、恐れ入った
よ全く。」
「まだ君は思い違いをしてるな。何も君の様に大量の資本や人材を湯水の如く注ぎ込んで、馬
鹿げたお祭り騒ぎを起こさずとも、己が名を歴史に刻む事は充分に可能なのだよ。それも必
要最小限の資本だけでな。」
不貞腐れた口調で毒付きながら愚痴っぽい言葉を零すスカリエッティに対し、それを戒めるか
の様にして訪問者は話を続けた。
「私が知る者の中には、たった数本の医療用ナイフだけで、何世紀にも渡り世の人々の心に己
が名を刻み付け、更には偶像化され、神の様に崇拝された猛者が居たぐらいだからな」
「たかがナイフで?くだらん、死後何百年も経ってからでは無駄なだけだ。だいいち歴史に名
を残すのであれば生きている間に、その瞬間を見届けてこそ意味があるのだよ」
「そう”生きている間に”だ・・・・・・」
相手からの返事を聞いた時である。一瞬の間を置いた後、スカリエッティの狂ったような笑い
声が静まり返った部屋の中に響き始めた。
「何だそう言う事だったのか。私とした事が今まで気付かなかったなんて。」
「どうやら、やっと気付いて頂けた様だね。」
「そうかそうだったのか。これで説明が付く、だからアンタの名前は・・・・・・」
********************
暫くは止んでいた異世界のビートが再び空気を揺さぶり、それを引き裂く様にして突如!一発
の銃声が次元刑務所内に木霊する。
緊急事態を知らせるアラーム音とともに現場へと駆けつけ、硝煙と酸臭が立ち込める房内へと
跳びこんだ看守たちが見たものは、その狭き世界の主だった者の凄惨極まる末路だった。
管制室では壁一面に展開されたモニター画面の数々に視線を走らせながらオペレーターが、緊
迫した口調で現場にて捜索にあたる警備の者たちに指示を飛ばしていた。
だが彼は未だ気付いてはいなかった。そんなモニターの一つ、一番左下の隅にある画面の中で
黒服姿の古風な紳士が一人、その頭に載せた山高帽の鍔に右手を添えてモニター越しに別れの挨
拶をしていた事に......
”お前も知りだろ?~♪
この俺の名前をさ~♪”
・・・・・・Until Next Time
最終更新:2009年09月05日 01:05