「――― 子供の頃は、毎日毎日、こうやって遺跡を掘るのが僕の仕事だった」

 魔力光球の淡い光に照らされながら、ユーノはおもむろに語り始めた。声変わりを忘れたような中性的な声が周囲の壁に反響する。
 気がつけば随分と奥まで来てしまった。首の後ろで括った長い髪も、仕事柄最近では日焼けとはすっかり縁遠い色白の顔も、今は土と埃で薄汚れている。
 だがユーノの表情に後悔の色はない。カビと埃にまみれたこの息苦しい空気も、一歩先は何も見えないこの暗闇も、彼にとってはかつて慣れ親しんだ懐かしい世界だった。

 ユーノ・スクライアに故郷は無い。彼の部族、スクライアは代々遺跡発掘を生業とする放浪の民だった。
 帰るべき故郷を持たず、遺跡から遺跡への根なし草。遺跡に見守られながら生を受け、遺跡とともに生き、そして遺跡に見送られてその生涯を終える。
 それがスクライアの民として当前の生き方だった。彼らにとって、自らの魂の半分は常に遺跡とともにあるのだ。それは「外の世界」を知り、部族を離れたユーノも同様だった。
 ユーノも幼い頃は大人達に交じり遺跡の発掘作業に従事し、その卓越した発掘の才能から弱冠九歳の身で現場責任者に抜擢された過去がある。
 部族の中で同じ年頃の子供達と遊んだ思い出は無いが、発掘の成果を持ち帰るたびに大人達から褒められたことはよく覚えている。幼かったユーノはそれだけで満足していた。

 発掘の現場を離れ、時空管理局無限書庫司書長という肩書きを得た現在においても、ユーノのその本質は変わっていない。
 多忙な職務の合間を縫って趣味の考古学に勤しみ、纏めた研究成果を学会で発表する。自分の研究が認められたとき、ユーノの心はこの上ない充足感で満たされるのだ。
 まさに「三つ子の魂百まで」とでも言うべきか。子供の頃から何一つ変わらぬ己の行動原理に、ユーノは自嘲するように唇の端を歪めた。

「他人から褒められるためだけに、お前はこんな穴蔵に潜るのか?」

 ユーノの独白を聞き終え、それまで黙っていたもう一人の男が口を開いた。深く被ったフードで顔を隠し、擦り切れたマントで全身を覆っている。見るからに不審な男である。
 フードの奥に隠れた男の素顔を、ユーノは知らない。名前も聞いたばかりである。遺跡の入口で偶然出会い、たまたま発掘についてきただけの同行者である。

「勿論、それだけじゃないさ」

 同行者の無遠慮な問いに、ユーノは笑って首を振った。勿論、そんな子供じみた優越感のだけに貴重なプライベートの時間を削ってまで過去を掘り返している訳ではない。
 考古学は仕事や生い立ちなどの事情を差し引いても興味のある分野であるし、「昨日」から学び、「明日」へ活かせることがこの世界には山のように溢れている。

「それに何より―――宝物を掘り当てることだってあるからね」

 どこか恍惚とした笑みを浮かべ、ユーノはひび割れた壁面を指先でなぞった。錆ついた金属特有の冷たくざらついた感触が指先から伝わる。
 虚空を浮遊する魔力光球が輝きを増しながらゆっくりと上昇し、暗闇に覆われた空間の全容を淡く照らし出した。

「これは……!」

 男の息を呑んだ。鋼鉄の巨人。あるいは巨神と呼ぶべきか。何にせよ、圧倒的な存在感を放つ人型の巨体が、両足を投げ出すような姿で二人の前に鎮座している、
 ユーノが触れているのは、壁ではない。まるで巨木のように太く逞しい鋼鉄の脛だった。

「大発見だ」

 ユーノの声が興奮に声を震える。その傍で、男も巨人に目を奪われていた。全身の体毛が逆立つのが分かる。胸の奥から湧き上がるこの感情は、戦慄か、それとも歓喜か。
 ラガンタイプのふてぶてしい顔。今は色あせているが、かつては鮮やかな真紅であったであろうボディ。そして何より、頭と胴体に二つの顔を持つ特徴的なその姿。
 ずっと昔、最強の宿敵であり、そして最高の相棒でもあった因縁深き紅蓮のガンメン。それと瓜二つな鋼鉄の巨人が今、男の前にいた。
 細部こそ記憶の中の姿と若干意匠が異なるが、間違いない。こいつは、この機体は―――!

「―――グレンラガン」

 鋼鉄の巨人を見上げ、男は唸った。深く被ったフードの奥で、まるで獣のような二つの瞳が爛々と輝いていた。



時空突破グレンラガンStrikerS
 第01話「あたしを誰だと思ってる!!」



 鋭い岩肌の突き出た丘陵の上空を、一機の大型ヘリコプターが飛んでいる。JF704式ヘリ、時空管理局地上部隊で制式採用された最新型の輸送ヘリである。
 新暦75年5月13日。ミッドチルダ東部の遺跡で発掘された古代遺失物(ロストロギア)を運ぶ特別貨物列車が何者かの襲撃を受ける事件が発生した。
 通報を受けた管理局は新設された対ロストロギア特殊部隊、通称“機動六課”に出撃を要請、正式稼働後初の緊急出撃(スクランブル)となった。

「それじゃあ、もう一度今回のミッションをおさらいしようか」

 緊張に包まれる輸送ヘリのカーゴ室に、機動六課スターズ分隊長、高町なのは一等空尉の声が凛と響く。
 輸送列車を追うこのヘリの中では、初任務を前にした前線フォワード部隊の最終ブリーフィングが粛々と行われていた。
 今回の任務は二つ。車両を占拠する敵勢力の撃破、そしてロストロギアの確保である。二つの分隊がそれぞれ車両の前後から突入し、中央へ向かうという作戦が立てられた。
 なのはは両分隊とは別行動をとり、輸送列車上空でライトニング分隊長フェイト・T・ハラオウン執務官と合流。二人で空の敵の殲滅を担当する。

「―――という訳で、ちょっと出撃てくるけど、皆も頑張ってズバッとやっつけちゃおう。危なくなったらすぐにフォローに駆けつけるから、安心して思いっきり戦ってね」

 展開されたメインハッチからカーゴ室を振り返り、なのははそう言って部下を激励する。なのはの言葉に、カーゴ室に残る四人の少年少女達が毅然とした顔で「はい」と返した。
 教え子達の頼もしい返事になのはは頷き、メインハッチの外へと勢いよく身体を投げ出した。自由落下による偽りの浮遊感を肌で感じながら、なのはは胸元の宝玉に手をのばす。

「レイジングハート、セットアップ!」

 なのはの掛け声とともに胸元の赤い宝玉が眩い光を放ち、金色に輝く三日月状の杖頭に桜色の柄を持つ一本の杖へと姿を変える。
 同時になのはの服装も、茶系の色合いを基調とした機動六課の制服から純白の防護服(バリアジャケット)姿に変身していた。

 雲を切り裂き、無数の影がなのはに迫る。鳥? 否、洗練された流線形のフォルムを持つそれらの翼は、明らかな金属の輝きを放っている。
 ロストロギアを狙い、次元世界のあちこちに出没する所属不明の自律行動型魔導機械、通称“ガジェット・ドローン”。そのⅡ型に分類される飛行タイプの敵だった。
 ガジェットⅡ型が撃ち放つレーザー光線の雨を、なのはは右へ左へと軽やかに避ける。そう、なのはは空を飛んでいた。
 なのはが杖を銃のように前方へ突き出し、U字状に変形した杖頭の先端に桜色の魔力粒子が収束する。

 ―――ディバインバスター!

 瞬間、収束した魔力の光が弾けた。桜色の光の奔流が轟音とともに虚空を突き抜け、呑み込まれたガジェットⅡ型が一瞬で蒸発消滅した。なのはの十八番の砲撃魔法である。
 優れた飛行技能と圧倒的な火力、それこそが空のエース・オブ・エースと名高い空戦魔導師、高町なのはの真骨頂だった。
 なのはを警戒し、陣形を立て直そうとするガジェット群を、頭上から飛来した金色の光刃がまとめて切り裂いた。

「フェイトちゃん!」

 嬉しそうな声とともに顔を上げるなのはを、片手に漆黒の大鎌を携える黒衣の女性が見下ろしていた。ライトニング分隊の隊長、フェイトである。

「同じ空は久し振りだね、フェイトちゃん」
「うん、なのは」

 朗らかな笑顔で声をかけるなのはに、フェイトもはにかんだような微笑を返す。
 そのとき、不意なのはとフェイトの顔から笑みが消えた。二人とも真剣な表情を浮かべ、互いに武器(デバイス)を構えて睨み合う。
 最初に動いたのはなのはだった。だが動き自体はフェイトの方が速い。
 黒い戦斧に変形したデバイスの根元から蒸気が噴き出し、弾丸用に圧縮し密度が高められた無数の魔力光球がフェイトの周囲に顕現する。
 なのはの周囲にも同様に、桜色の魔力弾が多数浮遊している。二人の視線が交錯し、次の瞬間、両者の射撃魔法が同時に撃ち放たれた。

「アクセルシューター!」
「プラズマランサー!」

 二人の凛とした声とともに、流星のように光の尾を引く桜色の魔力弾がフェイトを襲い、電撃のように鋭い金色の魔力弾がなのはに迫る。
 互いが互いを狙って放たれた二人の射撃魔法が、次の瞬間―――――互いの背中に忍び寄るガジェットⅡ型を正確無比に撃ち抜いた。
 なのはとフェイト、そして機動六課部隊長である八神はやて二等陸佐を加えた三人は十年来の親友同士である。互いが考えていることは手に取るように分かった。

「腕は錆びついてないみたいだね、なのは。ちょっと安心した」
「当然。わたしを誰だと思ってるの、フェイトちゃん?」

 不敵な笑みを交わし、なのはとフェイトは弾かれるように別方向へ飛び去った。敵はまだまだ残っているのだ。どこまでも広がる蒼穹を舞台に、二人のエースの戦いは続く。




 その頃、なのは達の奮戦の甲斐もあり、四人の前線フォワード部隊員を乗せた輸送ヘリは安全無事に降下ポイントまで到着していた。
 まずはスターズ分隊員、スバル・ナカジマとティアナ・ランスターが先頭車両へと降下する。
 続けて部隊最年少であるライトニング分隊員、エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエが最終車両に向かって飛び降りた。

「「「「セットアップ!!」」」」

 四人の声に合わせてデバイスが起動し、自動的にバリアジャケットも展開・装着される。
 先頭車両の屋根の上へ無事に着地し、スバルが初めて身に纏うバリアジャケットを見下ろしながら「あ」と声を上げた。なのはのバリアジャケットにそっくりなのだ。

「皆さんのバリアジャケットのデザインと性能は、各分隊の隊長さんのを参考にしてるですよ。ちょっと癖はありますが高性能です」

 見惚れたように自身の姿を眺めるスバルの眼前に、まるで妖精のように小さな少女がふわりと舞い降りた。
 リインフォースⅡ。なのはに代わり現場指揮を任された、「祝福の風」の二つ名を持つはやての腹心である。

「スバル! 感激するのは後にしなさい」

 すぐ傍に降り立ったティアナの咎めるような声に、スバルはハッと我に返った。
 瞬間、スバル達の足元が歪に盛り上がり、触手が生えた楕円形の鋼鉄の塊が屋根を突き破りながら飛び出してきた。ガジェット・ドローン、その最も基本的なⅠ型である。
 コード状の触手をうねらせながら襲いかかるガジェットⅠ型に、スバルとティアナの対応は冷静かつ迅速だった。

「ヴァリアブルシュート!」

 凛とした声を響かせながらティアナが片手の拳銃型デバイスを構え、迫りくるガジェットⅠ型を狙い橙色の魔力弾を撃ち出した。
 瞬間、レーザー射出口も兼ねたガジェットⅠ型正面のセンサー・アイが不気味に明滅し、不可視の膜のようなものが本体を包み込んだ。
 Anti Magi-link Field(反魔力結合領域)、略してA.M.F。効果範囲内のあらゆる魔力結合を強制分解し、魔法を無効化するガジェットの特殊能力である。
 しかしティアナが放った魔力弾は展開された無効化フィールドを貫通し、ガジェット本体をも撃ち抜いてみせた。風穴を開けられたガジェットⅠ型が無惨に爆破四散する。
 不可能を可能に変えたティアナの奇蹟、その秘密は魔力弾の多重弾殻構造にあった。ティアナは攻撃用の弾体を、無効化フィールドで消される膜状バリアで包んだのだ。
 フィールドを突き抜けるまでの間だけ外殻が保たせ、本命の弾丸をターゲットに捻じ込む。AAランク技能に匹敵する超高度な「小細工」だった。
 立ち昇る黒煙を突き破り、スバルが雄叫びとともに天井の大穴から車両内部へ突入する。殺到する光線の雨を掻い潜り、スバルは浮遊するガジェットの一体を殴りつけた。
 籠手に覆われたスバルの右拳が敵の装甲を食い破り、手首のタービンが唸りを上げて猛回転する。雄々しい怒号を轟かせ、スバルは魔力を解放した。

「リボルバーシュート!!」

 瞬間、零距離から撃ち出された衝撃波がガジェットを粉砕した。降りかかる破片を左手で払い、スバルは車両内を蠢く残りのガジェット達を見渡す。
 ガジェット達はスバルを警戒したように距離をとって取り囲み、瞬くようにセンサー・アイを明滅させる。四方から集中する無機質な視線を毅然と睨み返し、スバルが吼えた。

「遠い背中を追い続け、天の向こうをあたしは目指す! 気合いの炎を心に灯し、魔法の拳で明日を掴む!!」

 おもむろに掲げた右手で天井の大穴を、否、その向こうに広がる天空を指さし、まるで演劇の台詞のような芝居がかった口調でスバルは叫ぶ。

「機動六課スターズ隊03、なのはさんの一番弟子、スバル・ナカジマ! 鉄屑ども、あたしを誰だと思ってる!!」

 威勢よく啖呵を切ったスバルの胸元で、何かが煌めいた。ドリルだった。ネックレスのように首から架けたチェーンの先端で、金色の小さなドリルが光っているのだ。
 ―――集中砲火を喰らった。
 全方位から容赦なく降り注ぐレーザー光線群が直撃し、スバルの身体が大きく吹っ飛ぶ。バリアジャケットに護られ怪我やダメージはないが、痛いものは痛い。

「こ、んのぉ、馬鹿スバルがぁっ!!」

 醜態を晒す相棒にティアナが憤慨したように怒号を上げた。デバイスを二挺拳銃(トゥーハンド)形態に切り替え、自らも車両内に飛び込む。
 二挺拳銃を構え、多重弾殻魔力弾を連続発射。マズル・ラッシュを轟かせながら車両内のガジェットを一掃する。
 そのとき、撃ち漏らしたガジェットⅠ型が触手をうねらせ、体当たりするようにティアナへ跳びかかった。死角からの完全な不意討ち、迎撃が間に合わない。
 しかし次の瞬間、風切り音とともにガジェットの楕円形のボディが大きくひしゃげ、まるで粘土細工のように真ん中から真っ二つに捩じ切られた。
 爆砕音とともに立ち籠める黒煙の奥から人影がティアナの前に姿を現す。スバルだった。拳を振り抜いた体勢で制止している。

「危なかったね。ティア」

 構えを解き、そう言って無邪気に笑いかけるスバルに、ティアナからの返事は天を突くかの如き怒号だった。

「スバル! アンタ馬鹿ぁ!? 呑気に格好つけてる隙にフルボッコなんて、お馬鹿にも程があるわよこの馬鹿!!」
「三連発で馬鹿って言われた!?」
「四連発よ! そして今から五回目を言ってやろわ。このミッションは一分一秒を争うんだから、へらへら笑ってないでとっとと進め馬鹿スバル!!」

 怒鳴るティアナに追い立てられるように、スバルは慌てて走り始めた。列車の停止をリインフォースⅡに頼み、二人はガジェットを蹴散らしながら車両の中央を目指す。
 そして辿り着いた。十三両編成である輸送列車の中央部、重要貨物室。ロストロギアが保管される、今回のミッションの目標地点へ。
 扉を攻撃する敵、Ⅲ型と呼ばれる大型のガジェットを撃破し、二人は重要貨物室の中に足を踏み入れた。ライトニング分隊の二人は、エリオとキャロまだ到着していなかった。
 照明が落とされた、薄暗い広間のような空間の殆どを占領するように、巨大な影が横たわっている。周囲の薄闇に二人の目が慣れるにつれ、その全容が少しずつ見えてきた。
 スバルとティアナは絶句した。巨大な鋼鉄の巨人が二人の前に鎮座していた。
 人の形を忠実に模したシルエットでありながら、その姿はまさに異形。まず第一に、その巨人には顔が二つあった。
 左右の側面から牛のような角を生やした頭部の凛々しい顔。そして胴体部分に模られた鬼神のような厳つい第二の顔。まるで顔の化け物である。

 だが何よりもスバルとティアナを驚愕せしめたのは、目の前の存在が巨大な人型の機械兵器であるという事実そのものだった。
 これまで確認されてきたものとは随分と意匠が異なるが、間違いない。これは、この機体は―――!

「「―――ガンメン!」」

 呆然としたような二人の声が、重要貨物室に響き渡った。



 ―――つづく

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最終更新:2009年10月18日 09:47