*
わたしが到着した時、二人の過酷な戦いは既に始まっていた。
長い長い、死闘とも呼べる戦い。苦難の末に勝利を手にしたのは、カズマ君だった。
「良かった……」
「なのは」
びくっと肩を振るわせてしまう。慌てて振り返るとフェイトちゃんが立っていた。何故
か自分と同じようにバリアジャケットを纏って。
「いつからいたの?」
「なのはの後だよ。でもはやては流石だね、自分が行けないから代わりにリィンを行かせる辺り隙がない」
冗談めかした口調でそういうフェイトちゃん。こんな楽しそうなフェイトちゃんは久し振りに見たかもしれない。もちろん普段がつまらなそうと言う訳じゃないけれど。
そんなフェイトちゃんは白いコートを翻しながらわたしに背を向けた。
「さ、行こうか」
フェイトちゃんが手を差し伸べてくる。断る理由はないし、何よりわたしも早くカズマ君に会いたかったので、すぐにその手を握った。その手はとても温かい。
その時、光が臨海第八空港を包み込んだ。
リリカル×ライダー
第十四話『スカリエッティ』
「お前――――!」
怒りが頭の隅々までを支配し、思考能力を完全に奪わせる。闘争本能が頭をもたげ、身体を操作しようとする。それは俺の意思では
決してない。
だが俺はそれでも構わない。この怒り、そして悲しみに決着が着くなら、俺は幾らでも本能に身を預ける……!
「君は面白いなぁ。オリジナルの力を持つ者がどういった人物か、興味はあったんだ」
ジェイル・スカリエッティ。なのは達が追う天才科学者にして災厄をもたらす凶悪犯罪者。通称『無限の欲望《アンリミテッド・デザイア》』。
俺はコイツと戦うつもりはなかった。それはなのは達の役割だと思っていたからだ。だが、俺にも戦う理由が出来てしまった。そう
だ、だから俺は奴を倒す。奴の所業を、絶対に許しはしない。
「待って、カズマ」
誰かがぽん、と俺の右肩を叩いた。柔らかい手、そして冷静な声。それで、水をかけられたように頭が平静を取り戻した。
後ろを見れば黒いフィットスーツに白いコートという出で立ちのフェイトが立っている。多分、これが彼女のバリアジャケットなのだ
ろう。
「フェイト……なんで」
「なのはも一緒だよ」
前を見れば、いつの間にか白いバリアジャケットを纏い、レイジングハートを構えたなのはがいた。顔は、見えないが。
「レイジングハート! エクシード、ドライ
ブ!」
『Ignition』
彼女の冷静な声とレイジングハートの電子音声の後、杖とも槍とも取れる形状だったレイジングハートが一瞬にして変形、六枚の桜
色をした魔法の羽根を伸ばす巨大な突撃槍に変化した。
ただ槍というより、なのはの特性的には巨砲という方が正しいかもしれないが。
それに合わせ、なのはの服装もより防御を重視した、鋭角的な形に変化していた。
「ノコノコそちらから向かって来るとは、好都合だよ六課の諸君!」
両手を広げ、まるで舞台の人みたいな仰々しい仕草をするスカリエッティ。だが二人はそれを気にも止めずに動き出す。
「フェイトちゃん、行くよ!」
「うん!」
いつの間にか鎌型デバイス、バルディッシュを展開していたフェイトが白いコートをはためかせながら飛翔する。
黒のフィットスーツに包まれたしなやかな肢体をひねり、その鎌を鋭く構える。
そんな二人とスカリエッティの間に割って入る、三つの影。
「ドクターはやらせんぞ」
「トーレ! セッテも……」
フェイトが目の前の人物を見て苦虫を噛み潰したような顔をする。因縁の敵を見つけたような表情だ。もしかしたら彼女達が、件の
戦闘機人なのか。
彼女の目の前に割り込んだ女性――トーレはばっさりと切って短髪にした髪を揺らしながら紫のフィットスーツに包まれた引き締まった体を捻って独特なポーズを取る。
その腹の部分にあるのは――
「……まさか、ライダーシステム!?」
「はっはっは! オリジナルよ、君の実力を
見せてくれ!」
残りの二人、片方は眼鏡を付けて底意地の悪そうな笑みを浮かべた女と無表情に包まれたセッテと呼ばれた少女、二人も腰のベルト
に手をかける。
「変身!」
『Open Up』
三人の姿が変化する。
それは、見たこともないデザインのライダーだった。
「嘘、だろ……」
「驚いたかね?
ニュージェネレーション、新世代ライダーシステムと私は呼んでいるのだがね。私はこれについてあまり知らないが、知らないなりに自らで工夫してこれらを作ったのだよ」
彼女ら、新世代ライダーシステムと奴が呼ぶ姿に目を向ける。その中でもトーレの変身体は隊長格だからか、最も立派な設えになっ
ている。
頭は菱形のアイ・センサーの周囲を金色のフェイスガードとAの形にアレンジしたチークガードが包み込む。
胴は肩の部分が張り出した黒と金を組み合わせた配色の強固なアーマーでがっしりと保護されている。そして脇には一振りの剣。
残りの二人もそれぞれ似たような外観をしていた。
セッテが緑色、もう一人が赤色を基調としていることとフェイスガードが省略されていたりアーマーが軽量化されているのが特徴か。
二人は武器もそれぞれ槍とボウガンという異なるものが装備されている。
「行くぞ!」
「ッ!」
トーレが先に動き出す。彼女のアーマーごしに腕と足から紫のエネルギー翼が発生し、舞い上がるような軽やかな動きでフェイトに迫る。
ワンテンポ遅れて、フェイトも雷の光刃を伸ばすバルディッシュを構え、彼女の突撃に対処する構えを見せる。
「私はあなたを抑える」
そう言ってなのはに迫るのはセッテだ。右手に持つ槍とは別に、左手でブーメラン状の曲刀を投げ放ちながら彼女はなのは目掛けて突撃する。
「しょうがないわねぇ、私も援護してあげる」
そう皮肉気な口調で喋る赤いアーマーを纏う女もボウガンをなのはに向けて構える。
「なのは、俺も援護を――」
「カズマ君はスカリエッティをお願い!」
その台詞にハッとする。そうだ、俺には戦わなければならない相手がいるのだ。こいつらの相手はしていられない。
「ようやく君との舞台が用意出来たよ」
何処か気味の悪さを覚える紫の長髪を揺らしながら明らかに薄気味悪い笑みを浮かべて近付くスカリエッティ。
彼も何かベルトらしきものを装着しているが、細部はよく見えない。
「さぁ、パーティーの始まりだ!」
『Open up』
その聞き覚えのある電子音声、そして眼前に展開される紫のエネルギーフィールド。中央に描かれたスパイダーの紋章。
奴を通り越すように動くオリハルコンエレメントに包まれ、スカリエッティは姿形を変えた。
「レン、ゲル……!?」
「ハッハッハ! やはり君は見覚えがあるらしいな!」
深緑を基調としつつも金色の縁取りが施された鎧はどこか気品と王者の風格を漂わせる。
また頭は垂直に伸びた二本の角がさりげなくも自己主張しており、派手ではないが王冠のようなデザインで纏められている。
そのシックながらも豪奢な姿は犯罪者とは思えない堂々としたもの。これが、レンゲル。スカリエッティが変身するライダーシステム。
「どうしてお前がレンゲルのベルトを!」
「これは魔力を利用して作られた偽物だよ。安心したまえ」
レンゲルのクラッシャーから心底愉快そうな声が漏れる。
確かにレンゲルの鎧からは魔力が検出されている。ならばあのレンゲルクロスはチェンジデバイスみたいなものなのだろうか。
だがその外見はオリジナルのライダーシステムと寸分違わない。
「そんなことはどうでもいい……俺は、お前を倒す!」
そうだ、今はスカリエッティがレンゲルのレプリカを使っていようが関係ない。俺は、奴を倒す。
ブレイラウザー片手に走り出す。一瞬で二人の距離は零になると同時に、俺は剣を垂直に振り落とした。
「ふむ、この程度かね?」
剣先を見る。そして俺の表情が驚愕で染まった。何故ならブレイラウザーが、片手で掴まれていたからだ。
正確には人差し指と中指。その二本の指に、ブレイラウザーは綺麗に挟まれていた。
「なっ……」
「これでは拍子抜けだな!」
ガツンと腹にハンマーを叩き付けられたような衝撃が走る。蹴られた。けれど、ただの蹴りとは思えない威力だった。
「ふむ、私が期待していたほどのものではないな」
面白くなさそうに手首を捻り、いつの間にか現れていた短槍を掴み上げるスカリエッティ。
短槍は一瞬にして伸長し、刃先が割れて僧侶が用いるものと違って鋭い刃が付いた錫杖に変わる。
俺はブレイラウザーのカードホルダーを展開し扇状に広げてカードを引き抜いた。
『――THUNDER』
アンデッドの力がブレイラウザーに伝わり、電光の閃きを白刃に纏わせていく。青い稲妻が剣から溢れ出し、その解放を今か今かと急
かせる。
「あああああああっ!」
俺は雄叫びと共に剣を振りかざし、その雷撃を解き放つ。蒼雷は空間に伝播し、一筋の槍となってスカリエッティに襲い掛かる――
――!
『――Blizzard』
その瞬間、スカリエッティが一枚のカードを錫杖の後ろに付いたカードリーダーに通す。刹那、魔法陣が出現し、絶対零度の吹雪を吐
き出した。
雷を巧みに取り込むようにブリザードは広がり、瞬く間に雷は拡散していく。まるで難攻不落の壁に取り込まれるように。
レンゲルの仮面でスカリエッティの顔は見えない。それでも俺は、ニタリと歪んだ奴の顔を幻視してしまった。
「ふむ、確かにカードによる魔法は威力が通常より高くなるよう設計されているが、果たしてオリジナルはそれに負ける程度の威力な
のかな……?」
マスクの下で何か呟いているが、そんなことは気にもならない。いや、気にする余裕もない。
何故、どうして奴に防がれたんだ……?
「――そうか、君は疲れているのではないかね?」
「何だと!?」
奴に馬鹿にされたことが俺の怒りを更に膨らませ――
――ドクン。
(――ッ!)
そうだ、冷静になれ。俺の本能が囁いてくる。奴に勝ちたければ冷徹な思考を貫け、と。俺は怒りで突っ走り過ぎる。落ち着かなけれ
ば。
確かに俺は今消耗している。慣れないジャックフォームに変身し、長い戦いを終えたばかりだ。それに比べ、相手は無傷。
ここは、退くべきなのかもしれない。
(くそっ!)
俺は慣れない念話を使用するべく、システムを起動させた。
『なのは、フェイト。今は退こう』
『カズマ!? どうして……』
『カズマ君! 今取り逃がしたらまたたくさんの人が泣いちゃうんだよ!?』
確かにそうだ。今こいつを取り逃がせば、新たな犠牲者が出る可能性がある。だが、今俺達が倒れては何の意味もない。
だから俺は、現時点でもっとも冷静な対応ができる人物に念話を繋げた。
『はやて! スカリエッティは万全の準備をしてきてる。撤退命令を出してくれ』
『私も確認したわ。リィンに転送させる』
『はやてちゃん!』
『なのはちゃん! 冷静になりや!』
びくんとなのはが肩を震わせる。その隙にとセッテが槍を振りかざす。
「みなさん、転送!」
その一瞬後、リィンの声を聞きながら俺達は臨海第八空港から消え去った。
・・・
「……」
ここは部隊長室。すなわち私の部屋。書類が山積みされた私のデスクと隣にあるミニチュアのようなリィンの机、そして来客用のソ
ファしかない一室。
今ここは、重苦しい空気に支配されていた。
「――なのはちゃん、フェイトちゃん。顔を上げてくれんか?」
私が精一杯の声をかけるが、二人はショックと怒りからか反応さえしてはくれなかった。あるいは疲れ果てて応える気力も湧かないの
かもしれない。
今回の戦闘機人は以前とは比べ物にならないほど力を増しており、リミッター付きの二人には辛い相手だったはずだし。
一方のカズマ君は意外と冷静そうな顔で何やら考え事をしているようだった。一番最初に冷静でなくなった人が最初に落ち着くなん
て皮肉だなと思うけど。
「カズマ君、今回のスカリエッティが用意したアレって――」
「――ああ、たぶんチェンジデバイスみたいなものだと思う」
ロングアーチによる観測データではないので確証は難しいが、リィンの測定データではスカリエッティの装備が魔力で構成されているのは確かだった。
ただしチェンジデバイスのように自発的に魔力を発生させるわけではなく、あくまでスカリエッティの魔力で動くデバイスのようだったけれど。
ちなみに戦闘機人の方は魔力ではない。魔力に似せたエネルギーをスカリエッティは利用したに違いないとはシャーリーの言だ。
戦闘機人はインヒューレント・スキルという固有能力を持ち、それを扱うための科学エネルギーがそれに値するらしい。
「じゃあカズマ君ならスカリエッティの装備が持つ弱点とか分かる?」
「それが分かれば苦戦しないだろ」
それもそうだった。
カズマ君が一瞬だけ悔しそうに表情を歪める。冷静なようでいて、怒りが収まったわけじゃないのだろう。
隣のリィンと目を合わせてため息をつく。スカリエッティの出現より、この空気の方が私には問題だった。まぁ、奴のせいではあるが。
そんな沈み込んだ空気の漂う部隊長室。そのドアが突然開け放たれた。
「失礼しま……も、申し訳ありませんでしたっ!」
入ってきたのはティアナだった。スカリエッティの破棄した基地について報告書を纏めてきたのだろう。
普段ならともかく、今はノックもせず入ったのは失敗だったと思う。何せこの空気だ、ティアナなら余計に自分のミスに気付いただろう。
「ティアナ、報告書はここに置いてってな」
「は、はい……。すみませんでした」
「ええよ、次から気を付けてな」
取り敢えずフォローはしておく。この空気、そして隊長陣の異常な状況を見てショックを受けたのは目に見えて分かったからだ。後で説明しておこう。
そのとき、私はある案を思い付いたのだった。
「そうや……カズマ君、フォワード陣に入ったらええんやない?」
「はぁ!?」
ティアナとカズマ君の叫びが重なる。思わず見合わせる姿など、なかなか笑えるものだったのは内緒な。
ちなみに思い付きではあるが何も考えずに言ったわけじゃないで?
「はやて部隊長、それはどういった理由からでしょうか? スターズ、ライトニング両分隊は今の状態でバランスが取れていると思う
のですが」
慌ててティアナが反論をまくし立ててくる。そこまでして反発する内容だろうか。
フェイトちゃんとなのはちゃんが大人しいなと思ってソファを見たら、二人は肩を寄せ合って寝ていた。
「もちろん所属はロングアーチのままや。指揮はリィンに任せるつもり」
「聞いてませんよ、はやてちゃん!?」
リィンが元々高い声でさらに素っ頓狂な声を上げる。そんなに驚くことだったのだろうか。
「しかしザフィーラさんが不在なら六課の防衛戦力として必要なのでは……」
「大丈夫や。これからはどちらかの分隊を防衛に就かせるつもりやから」
ティアナが驚いたように目を見開く。これは以前からの決定事項だ。単に言うタイミングが早すぎただけで。
本当ならシグナムとヴィータに任せるつもりだったのだが、二人が出撃したいということでこういうことになったのだ。
確かにフォワード陣のメンバーではスカリエッティの強化戦闘機人を相手にするのは難しい。だからこそ防衛に重点を絞ったわけだ。
そして、今回の発想がそれにアレンジを加える。
「今回からは出撃分隊にサポートとしてカズマ君を付けるつもりや。これで打撃力不足をカバーする」
そう、カズマ君は止めてもスカリエッティの元に向かうはず。それを逆手に取った手段だ。これならカズマ君のそばに誰かを付けて
おくことができる。
もちろんそれだけじゃない。彼は飛行魔法も使えるから遊撃班としても妥当だった。
「ちょっと待ってくれよ、俺はまだ何も言ってないぞ」
ぐっと黙り込んだティアナに続いてカズマ君が反論の声を上げてきた。どうしてこう私の意見に反対する人ばかり……。
「ええやないの、私への恩返しということで」
「ぐっ、それをここで出すか……?」
カズマ君が呆れたような表情を浮かべる。
それに私は、とびきりの笑みで応えることにした。
・・・
「どうだったかね、トーレ」
巨大な地下空洞を利用したドーム状の施設。
天井には幾多のパイプがのたくるように走り、壁にはコンソールやモニターが敷き詰め
られ、中央には立体映像投影装置を埋め込んだ机が置かれた場所。
そんな秘密基地じみた施設に五つの人影。その一つであるスカリエッティが長身の女性、
トーレに問いかける。
「最高ですよ、ドクター。『グレイブ』ならフェイト相手でも全く問題ありません」
トーレは表情一つ変えずに淡々と告げる。だがフェイトの名前を出したときだけ口調が一瞬固くなっていた。
「ふむ、そうか。流石は私だな。しかし君も彼女には対抗意識を燃やしているようだな」
「そのようなことはありません」
断言だった。
それを聞き狂ったように笑い声を上げるスカリエッティ。トーレは一瞬だけ眉を潜めたが、すぐに無表情に戻した。
「それよりもぉ、これからどうするんですぅ?」
蔑むようでいて媚びるような独特の口調。発生源にいるのは眼鏡をかけた女。その顔には、寒気のするような笑みが張り付いている。
「クアットロ、待ちたまえ。ゲームはまだ始まったばかりだ」
スカリエッティはニタリと嗤う。その顔を見て、クアットロもまた笑みを深めた。ただただ、心底楽しそうに。愉快そうに。
彼を見るもう一人の人物、ウーノは何も言わない。ただ表情を曇らせたまま、彼を見続けるだけ。
たった五人で時空管理局に抵抗する彼らは、しかしそれを感じさせないほど今を楽しんでいた。そう、彼らが始めた、新しいゲームを。
・・・
強大な力をつけたスカリエッティに対抗するべく苦悩する機動六課。しかしガジェットの反応を受けてカズマも出撃を果たす。
一方、首都クラナガンでは王の少年が平凡な生活を迎えていた。
第十五話 『ガジェット』
Revive Brave Heart
最終更新:2009年11月05日 08:49