碧空、遠くにだけ見える白い雲。
雲を隔てる大地と、人の生活が感じられる家々。
澄み渡る空の下に人々の営み、その光景は平和の一言に尽きる。

――――――石畳をリズミカルに叩く音

人がいて、家があって、街があって。
雨に濡れて、風に揺れて、陽に照らされる。
日常はめくるめく巡っていく。

――――――いくつもの風を追い越しながら

そこには笑顔があった。
その為に多くの時間を費やした。
だからこその平和がこの街には溢れていた。

――――――高く広がる空に声を上げた。

「こんのクソ鳥、こんなところにいやがったか!」

ムラサキツバメが見下ろした光景に一つの黒い影。
高速で飛行するツバメだ、次々に移り行く街並みになど目も留まらぬはずだ。
それでもツバメはその影…一人の男から目を離せなかった。
空を飛ぶこともかなわぬ人の身、大地から足を離なせない人間が鳥に追いつくはずもない。
だが、現に男は寸分遅れずツバメの後について来る。
常識はずれもいいところだ、人間にしても、鳥から見ても。
生物は常識外のものを恐怖する、ならば常識外の速度で迫るその男はツバメにとって恐怖になりえるのではないか?
しかし、ツバメに恐怖はなかった。
むしろ男を興味深く、そして面白いと感じていた。
男に敵意はあるが、殺意はない。
ただただツバメと速さ比べをしたいだけ、それをツバメは如実に感じ取っていた。
戯れか、ならば追いついてみろ――――――ツバメは速度を上げる。
男の口に笑みがこぼれる。

「上等じゃねーか、このクソ鳥!絶対、ぶち抜いてやるぜ!!」

ツバメの加速を挑戦と捉えた男はそれを好意的に受け取った。
好戦的な男だ、売られた喧嘩は必ず買う。
男にとってそれは短所であり、同時に美徳でもあった。
好戦的な性格が美徳か、と問われると首を捻りたくなるもなる。
だがしかし、間違いなくそれは彼の美徳であった。
言い換えれば挑戦を恐れない精神の持ち主、とも言える。
彼は挑戦を恐れない、彼は挑戦しないことを許さない。
挑み続けること、それはあくなき向上心の証である。

駆ける、人の作った石畳を駆ける。
駆ける、人が作った家の壁を駆け上がる。
翔る、家の屋根から燦燦と輝く太陽のいる大空を翔け――――――

「うわわわっ!!!」
「シッショー!!!」

魔法少女と正面衝突した。



出会った少女と男。
一瞬の邂逅だが、閃光のような出会い。
だからこそ輝かしい話になりえるかもしれない。

チップ・ザナフ、大統領を目指す風来坊はこの日、魔法少女と出会う(事故る)。



魔法少女リリカルなのは GG ver.β

2.5 Sack A Sage

空の主演が太陽から月に変わって数刻、平等に大地を静かに照らす。
生命はその優しい光に誘われるように眠りにつく。
花も鳥も風も、月に誘われて眠りにつく。
生きとし生けるもの達が穏やかに安らぎを得る時間、その中に未だ眠らないものたちの影が二つ。

「Damm!どうして当たりやがらねぇ!!」

細身ながらに引き締まり、全くといって無駄がない。
その肉体はしなやかな柔軟性により俊敏に動く。
すでにその動きは人の域に留まっておらず、まさに目にも留まらぬ動きをしていた。
縦横無尽に、まるで重力を無視したかのような動きをし続ける男だったがその全てが虚しく空を切り続けている。
逆立つ白髪は汗に濡れ、元より赤かった目はより赤さを増したかのよう―――――文字通り血眼になって空を切り続ける。
若かりし頃のチップ・ザナフ、一度は薬におぼれその身を破滅させた過去を持つ。
そんな彼を立ち直らせてくれた人物がいた。
それこそチップが血眼になって攻撃している男、毅であった。
毅の動きは明らかにチップよりも遅い、しかしその全てを毅は無造作に、いとも簡単に避け続けていた。
それはまるで宙を舞う木の葉のように、流れる水のように自然に身を任せている。
チップの攻撃は確かに鋭く迅い。
が、それだけだ。迅いだけ、とは言うものの先にも言ったがそれはすでに人の域を超越している。
人の目には見えないものを人が避けている、それもいとも簡単そうに。

「ふむ…」

それまで回避に徹底していた毅はチップの猛攻を避けながら、頃合を見定める。
チップの相も変わらず鋭い突きを紙一重で避ける、チップの手首を両手で添えるように掴む。
この時点でチップは毅に手首を掴まれていることに気づいていない。
毅はチップの突きの勢いを殺さないように、そのベクトルを変えていき真逆方向に変更する。

「Why!?」

関節の曲がらない方向へチップの手首を大地に向け、毅はそのまま体の力を抜く。
気づいた時にはすでに足が大地から離れ、寝転んでいた。
毅は自分の力を全く使わずに―――――つまりはチップの力をそのまま利用してチップを地に伏せた。
自然と空を仰ぐ形になったチップ、空には満天の星空。
負けるたびに見てきたお馴染みの星屑達。
負けん気が強く、負けを人一倍嫌うチップだったが、負けるたびに眺めるこの景色だけは嫌いになれなかった。






「ちっきしょう…どうして勝てねぇ」

ドラッグの中毒症状もすっかり抜けて、薬の誘惑に打ち勝ったチップは日々、毅との組み手に勤しんできた。
そしてその全てに負けてきた、その度にこうして反省を繰り返す。
そうやって修正を繰り返すことで今の自分がある、それは間違いない。
しかし、積み重ねてきた自分の技が未だ毅に届いたことはない。
そう、届いたことがないのだ。
敗因はそこにあるのはわかりきっている。

「なぁ、師匠。どうして俺の攻撃は師匠にあたらねぇんだ?」

焚き火越し、寝転んだ体勢から飛び起きる。
炎の向こうにいつもと変わらず静かに瞑想にふける毅の姿があった。
今までチップはなるべく毅に聞かずに自分で考えて戦ってきた。
考えるだけ考えた、お飾りになりかけた脳みそを総動員して知恵を振り絞った。
そうしてついに行き詰った。
それまで毅に聞かなかったのは単に倒すべき相手からの助言に頼りたくなかったからだった。
だが、このままでは毅にこの拳は届かない。
毅は倒すべき目標でもあり、もっとも頼れる人物でもある。
この相反する要素を持ち合わせた相手にチップはプライドを捨て意見を求めた。
―――――――それは間違いなく、チップという人間において大きな一歩だった。
毅は変わらずに無表情を貫く、その鉄面皮の裏側に愛弟子の確かな成長への喜びを隠しながら。

「お前の攻撃は当たれば痛いからだ」

しかしまだ若い―――――――まだまだ考えてももらわなければ、チップのためにならない。
そう考えた毅は答えをはぐらかす、嘘ではないが真実でもない。
ただ一つの心理をチップの思考への呼び水として伝えることにした。

「…まだ当たってもいない攻撃が痛い訳ねぇだろ。意味がわからねぇ」
「誰だって痛い思いはしたくない」

的を得ないアドバイスに若干の苛立ちを覚える。
そのピリピリした空気を肌で感じながら毅は続ける。

「痛いと思うから必死に避けるのだ」
「だから、その必死に避ける師匠に一発当ててぇんだよ」
「必死なのだよ、誰しも。しかし、必死という意味を考えたことがあるか?」
「あぁん?エターナル・フォース・ブリザードだろ?要は?」
「…なんだ、それは?」
「相手は死ぬ、それ即ち“必死”だろ?」

変わらず瞑想を続ける毅の眉間に皺が寄る。
まだ、薬が抜けきってないのか?
………いや、元々こういう輩だったか、毅はそう思い直す。

「必死という定義も色々あるのだということだ」
「また小難しいことを…」
「………………」

前言撤回する、この男何も成長していない。
早く何とかしなければ、毅は婉曲した言い方を改める。

「チップよ、お前の防御力は紙だ」
「それと攻撃が当たらないことに何の関係があるんだ?」
「しかしお前が紙なら私の防御力は“膜”だ」
「膜?何言ってやがる?」
「膜は触れただけで破れる、触れただけだ」
「…………?」
「触れ方は一つではない、ということだ」

その一言を機に毅は立ち上がる。
ゆっくりと首をかしげるチップに背を向けて森へと歩を進める。
―――――――足元にある小石に気づかぬまま

「!!」

考え込んでいたチップは突然の物音に考えるのを中断し、身構える。

「……何してんだよ、師匠」

が、そこには己が師が横たわっているだけであった。
毅は足首を抱え込んでいる、新手の修行か?チップがそう思ったのもつかの間だった。

「……………折れたかもしれない」








「そりゃねぇだろ、師匠!!」
「きゃっ!」

夢の中とは言え、あんまりな展開にチップは思わず飛び起きてしまった。
自分がどうして夢を見る羽目になったかも忘れて。

「あん?」

何やら少女の小さな悲鳴が聞こえた気がした、その方を見やれば尻餅をついた金髪の少女の姿があった。

============================================================
「そうかよ…世話になったな」
「いえ、こちらこそすみませんでした」

チップとフェイトは頭を下げあう。
次元管理局の存在を上手くはぐらかしながらチップに事情を説明する。
当然、自分たちがスカリエッティおよびソル=バッドガイを追っている事も。

「しっかし、空を飛ぶガ…女か。とんでもねぇな」
「そ、そうなんですか?」
「いなくはねぇが、そういった奴らは大抵MONONOKEだな」
「モノノケ、ですか?」

物の怪、人にとりついて祟(たた)りをする死霊・生き霊・妖怪の類を言う。
まだ海鳴りに住み始めて数ヶ月しか経ってないフェイトには聞きなじみのない言葉だったため、チップの言葉を100%理解出来ていなかった。
それは不幸中の幸いと言うべきか、どうか。
その言葉の意味を知っていれば、今自分たちがいる世界の異質さをよく理解できた事だろう。

「それよりも…そこにくたばっている女の具合はどうだ?」
「怪我はないんですが…どうにも目を覚ましません」

チップと空中で衝突したのはなのはのほうだった。
突然、高空まで猛スピードで現れたチップを避けきれずに空中で衝突、チップともども気を失ってしまっていた。
戦闘中であれば避けられたかもしれない、避けられないまでも防御は出来ただろう。
そうであればなのはが気を失うことなどおそらくなかっただろう。
非戦闘中であってしかも敵との戦闘の危険性がほとんどない場所での飛行中だ、突然現れたチップに反応するほうが難しい。
絵に描いたようなたんこぶを頭に作り、寝込んでいるなのはを心配そうに見つめるフェイト。
それを見たチップはどうにもバツが悪くなり、思わず顔を背けて舌打ちをする。

「チッ、まずい事しちまったかもな…未来の大統領が女を撥ねただなんて洒落になんねぇぜ」

大統領、というフレーズが気になったフェイトはなのはからチップに視線を移す。

「未来の大統領?」
「あぁ、そうだ。俺は大統領になる」

聞いてから後悔することは数多くある。
今回の質問もどうやらその範疇に入りそうだ。
フェイトの中でのチップの人物像が少しずつ出来上がっていく。

「俺は大統領になって、この世界を平和にするんだ!」
「……………………」

言葉を失うとはこういうことか、フェイトは開いた口がふさがらなかった。
大統領になる?目の前の、チンピラに見えなくもない日本かぶれの忍者が?
……とまではフェイトは思っていないが、少なくとも大統領を目指すような品格のある人物には間違っても見えなかった。
驚くフェイトの顔を見て、少しだけ機嫌を損ねるチップ。

「………お前のような反応をする奴はゴマンと見てきたぜ」
「いえ、馬鹿にしているつもりは…」
「まだ、馬鹿にしてるとも何とも言ってねぇ」
「あ、うぅ…」

慌てて取り繕おうとしたのが命取り、ますますチップの機嫌を損ねてしまった。
酷い罪悪感に苛まれ、頭を抱えて涙目になるフェイト。

「…別にかまわねぇよ、俺は元ジャンキーで人間を辞めるすれすれのところまで行った人間だしな」
「い、いえ!あの…」
「だから、なりてぇんだよ。大統領に」

自虐的な物言いを聞いた時にはついに涙があふれそうになったフェイトだったが、次にチップが口にした言葉が涙を留めた。
純粋で、穢れなき願い。
それが一人の少女の涙をせき止めた。

「俺みたいな奴を増やしちゃいけねぇ、その為には腐った場所を知っている俺が先導を切らなきゃなれねぇ」
「………………」

またも言葉が出なかった、しかし今度はいい意味で。
確かに装いはそれにふさわしいとは思えない。
忍者が大統領の国などギャグの世界だ。
しかし――――――それを信じてみてもいいと思ってしまった。
むしろその世界を見てみたいとさえ思ってしまった。
どん底を知ったものだからこそ、それを高みに伝えたい。
その気持ちを知っている、フェイトはそれを誰よりも理解できた。
涙はどこかに消えた、変わりに自然と笑みがこぼれた。
フェイトの表情の変化を見て、またチップの表情が渋くなる。

「…何がおかしいんだよ」
「え?」
「顔が笑ってやがる」
「あ!これは…あはは!」

どうしてか、笑いをこらえる気にはならなかった。
そこに馬鹿がいる、心より世界を重んじる夢を見る馬鹿がいる。
社会的な常識が欠けたものを馬鹿という。
しかし、それの何が悪い。
いつだって世界を切り開くのは新しい発想を持った一握りの人間だ。
そういった人間は必ずそれまでの常識にとらわれない考えを持った人間だ。
必ず馬鹿と言われただろう人間のみが世界を切り広げる。
その世界に何があるかは誰にもわからない、それでもフェイトは信じたくなった。
誰もが笑って暮らせる世界を、この馬鹿は切り開いてくれると。
それを考えただけで頬緩む、それがフェイトの笑いが止まらない理由だった。

「はぁ、ガキ相手に熱くなってる暇はねぇんだよ」
「ははは、そうですね。私にかまっているよりも有意義な時間の使い方がありそうですよ、大統領さん」
「生意気なガキだ」
「そうかもしれませんね」

舌打ちが響く、朗らかに、まるで気分のいい時に歌う鼻歌のような。
チップが求めたものがそこにある、不機嫌になどなろうものか。
フェイトが笑いをこらえられない、楽しげで幸せそうな笑顔を。
そしてそんな笑顔こそ、チップが心からも願うものなのだから。
彼の願う世界とは“薬のない世界”である。
それはあまりに具体的すぎて、実を言うと未だチップの中で漠然としたイメージしかない。
薬を根絶して、一体どうするのか?
その先をまだ考えていないのである。
薬をない世界――――――自分のような人間が生まれない世界。
チップは自分の描くifの世界を夢見ている、もしもあの時薬に手を出さなかったら。
あの時薬に関わるしか生きる術はなかった、他にのたれ死ぬ他になかっただろう。
だが、もしもあの時それ以外の道があったとしたら、それこそ真っ向に生きていけたなら。

きっと今のフェイトのように笑うことが出来たのではないだろうか?


「Hum。で、お前ら何を探してんだ?」
「え?」
「借りを作ったままってのは寝つきが悪いからな、俺にできる事があればやってやるよ」
「そんな、借りだなんて…」
「未来の大統領がガキの一匹や二匹救えねぇでどうする?」
「そんな、悪いです、そんな……」
「それに、Give and Takeってやつだ。悪く思うなら俺が立候補した時に俺に投票してくれりゃいい」

さて、フェイトは困ってしまった。
チップの好意はありがたい、素直に甘えたいところだが、ここは管理外世界。
そこで探索活動をしていること自体、この世界の秩序を乱しかねないのに、赤の他人を巻き込むわけにもいかない。
まぁ、すでにチップを轢いてしまった事からして十二分によろしくないのだが…。
フェイト個人としては、チップに協力を仰いでもいいと思った。
が、それは個人で判断していい範囲の問題ではなく、ここは丁重に断るほかに選択肢はない。
苦渋の表情でフェイトは意を決し、チップに断りの意を伝える決心をする。

「出たね、ゴルゴムの紙怪人!!管理局の嘱託魔導士高町なのはがお相手します!!!」

絶妙のタイミングでなのはが飛び起きて、レイジングハートをチップに向ける。
もちろん目は虚ろで焦点も合っていない。
言っていることもちぐはぐだが、自分の身分だけは一字一句間違わずに言えている。
それが性質が悪く、何かの間違いであってほしいとフェイトは眉間を押さえた。
そして、

「BULLSHIT!?てめぇら聖戦管理局のもんかよ!一杯食わされたぜ!」
「聖戦、管理局?」
「聞く耳もたねぇ!大統領になる前に成敗してやる!!」

今まで伏せてきた管理局の名前がこうも裏目に出るとは思わなかった。
管理局の名前を聞くだけで豹変し、戦闘態勢に入るチップ。
全てが裏目に出たフェイトは目頭を押さえる、両者を止めることさえ忘れて。

「師匠………見ててくれよ」

右手につけたブレードを固定しなおす、甲高い音が森に鳴り響く。
その音でようやくなのはは目を覚ます。

「あ、あれ?え、っと…私……」
「ガキといえども容赦しねぇぞ!!洗いざらい吐いてもらうぜ!!」

状況を読みきれていないなのはだったが、目の前の相手が自分に襲い掛かろうとするのだけは理解できた。
ここまでの経緯は全くわからない、寝起きに攻撃される覚えは全くないが戦いが避けられないというのなら仕方があるまい。
こみ上げる怒りを奥にしまい、レイジングハートを握りなおし――――――矛先にいるはずの男の姿がいないことに気づいた。

「αブレード!」

なのはの背後から男の声が聞こえた、じゃりじゃりと地面を削る音と共に。
何をされたか全くわからなかった、なのははオートプロテクションが発動していることでようやく自分が攻撃されたことに気づく。
それでも防ぎきれなかったのか、バリアジャケットの左腕の裾がほんの少し切れている。
レイジングハートの反応速度すらも上回るその速さになのはは驚愕する。
もしも、これ以上に早い技があるとすれば致命傷にすらなりうる。

「妙な術を使いやがって!スシ!!」

左手になのはの魔力の光に似た桃色の光をまとった拳を放つ。
今度はオートプロテクションが間に合ったが、先よりも数段重い一撃に思わず後ずさる。

「スキヤキ!バンザイ!!」
「うわっわわ!!」

足元を刈る足払いにバランスを崩した隙に、間髪いれずに飛び上がって踵落とし。
なのはは思い切って後ろに倒れこみ、そのまま背後に飛びずさる。
相手の得意な間合いをクロスレンジと判断したなのははそのまま空中に逃げる、距離を置いて砲撃で完封する。
そうでもしなければ、自分に勝機はない。

「シュート!」

後退間際にディバイン・シューター、牽制を行いながら間合いを保つ。

「うぉわ!てんめぇ!」

7発のディバイン・シューターのうち、2発を被弾したチップ。
後退するなのはを追撃するつもりで全力で飛んでいたためカウンター気味で当たってしまう。

「効くかよ!TOO LATE!!」

迫りくる5発を前にチップは額に指を当て、念じる。
チップの姿がその場から消えて、土煙だけが残る。
視界から消えたチップを探すなのはだったが、視界に移るのは自分の背後から伸びてくるチップのブレードだった。

「ハラキリ!」
「させないよ!!」

喉元に迫り来るブレードを振り払い、レイジングハートで後方にいるチップをなぎ払う。
すかさずとび蹴りで対抗するチップ。

「やぁあ!」
「ショーグン!!βブレード!!」

蹴りに続きブレードを振り上げながら迫りくるチップを紙一重で交わし、そのまま距離を置いて着地する。
チップよりも先に着地し、同時に砲撃魔法の詠唱を始める。

「ディバイン…」
「フジヤマゲイシャ!!」

なのはよりも遅れて着地したはずのチップだったが、なのはよりも早く次の行動に移っていた。
今までの攻撃の何よりも早い、すでに目視できるスピードの域を超えている。

(迅いっ!!……でも!)

先に見えなかったαブレードよりも距離が開いている。
視覚は反応出来なくともなのはの卓越した戦術勘がチップの姿を捉えている。
間に合う、少なくとも相打ちにはなる。
これまでチップの攻撃を受け続けてきたなのはには一つの確信があった。
チップの攻撃は、迅いが軽い。
遅いが重い攻撃が主体のなのはにとってもっともやりにくい相手とも言える。
しかし、このタイプの相手ならば、

(相打ちに持ち込めば…押し勝てる!!)

目の前に迫り来る影、暴発寸前までに凝縮された魔力。
その二つが重なり合うその刹那――――――

「いい加減にしなさい!二人とも!!!」

その場にいた誰よりも早く、そして誰よりも強い一撃。
バルディッシュ・ザンバーモードの横っ腹のリーチに富んだ一撃が激突寸前の二人を吹き飛ばした。

「シッショー!!」
「あ、お花畑…」




「ほんっっっっっっっっとうに!!すみませんでした!!!!」
「こっちこそ、悪かった。今腹切って詫びるぜ」
「いやいやいやいやいや!!やめてください!!!」
「いざ、HARAKIRI!!」

後に意識を取り戻したなのはとチップに事情を説明(今度は管理局のことも話した)、そうしてお互いがお互いに謝罪しあう泥沼の展開に。
意外や意外、チップは説明を聞かないタイプかと思ったがそうではなく、自身に非があればそれを認める潔さを持った人物であった。
しかし、その潔さがこの二人して土下座しあい、はたまた切腹するなどと言った馬鹿げた状態に陥っている。
三度、頭を抱えるフェイト、埒が明かない為条件を提示する。

「では、こうしましょう。チップさんにわかることがあればお教えください、それでこの件は水に流しませんか?」
「あぁ、俺でわかることがあれば何でも答えるぜ」
「ちょ、ちょっとフェイトちゃん!」

なのはがフェイトに異議を申し立てるが、フェイトの“そもそも誰のせいでこうなったんだ?”という殺意にも似た視線を浴びせられ、無言のうちに却下。
先の謝罪合戦の名残か正座したままのなのは、チップに並んで正座しているその様はまるでフェイトに二人そろって叱られているようだった。
どこか滑稽な空気を残しながら会話は進んでいく。

「私達はジェイル・スカリエッティという次元犯罪者を追っています」
「カメレオンジェイル?聞かねぇな」
「真面目に言っているんですか?というかその単語を言いたいだけではないでしょうね?」
「違げぇよ、ともかく!そんなやつの名前は知らねぇな」

ぶっきらぼうに言い放つ、もちろん正座のまま。
やけに姿勢がいいのは、日本に傾倒し、外人ながらに忍術を学んだ故か………間違った日本に傾倒しているのはこの際置いておく。
どうしてアークシステムワークスの忍者は碌なのがいないのか…。
閑話休題、チップが嘘を言っているようには見えない。
そもそも嘘を言えるような人物ではないことはフェイト自身がよく知っている。
さて、チップがスカリエッティを知らないというのなら仕方がない。

「では、ソル・バッドガイという人物は知っていますか」
「…知ってるぜ」

短く、簡潔に。
鋭い視線がフェイトを射抜く、そこにソルとチップとの浅からぬ縁を感じ取った。

「俺よりも強い野郎はゴマンといる、まだまだ精進しなきゃならねぇ…が、こいつには修行しても追いつけるかどうかわからねぇ」
「…チップさんが?」
「あぁ、何度か戦って勝った事だってあるが、そのどれも本気で戦ってねぇ。正直、底が知れねぇ気に食わない野郎だ」

なのはと互角に戦えたチップが敵いそうもない実力の持ち主…とんでもない話だ。
フェイトも、そしてなのはもその話に驚きを隠せない。
チップが言うにはソル以上に強い人間はいない、いるとするならばそれは人間ではなく化け物だと。

「戦う前に震えたのはあれが初めてだ、結局野郎をぶっ倒す事は出来なかった、勝負が終わった後何事もなかったかのように帰っていきやがった」
「とんでもない話です、チップさんの速さをもってしても倒せないなんて」
「でもよ、多分そんな悪いやつじゃねぇな、多分」

唐突に切り出される違った切り口のソルの人物像。
チップは薄々感づいているらしい、自分たちがソルの捕縛を命じられている事を。

「捕まえられるようなことは…してるかもしれねぇが、その次元管理局、っていうのか?そこに目をつけられるようなことをするような奴じゃねぇ」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「もし他の次元世界とかに手を出すような野郎だとしたら…もっと下賤な野郎ならこっちの世界がまず目茶目茶になってるだろう?」
「他の世界にここにはない何かがあって、どうしてもそれが欲しい…と思ったとか」
「多分、ねぇな。それならとっくのとうにこっちから行方を眩ませてんじゃねぇのか?」

確かに、一理ある。
この世界にはどうやら次元を渡る手段はない。
独自の魔法体系を構築してきたこの世界では魔法…この世界で言う法術が主にエネルギー問題解決に使われている。
その果てに軍事的に転用され、ギアが生み出された。
そして100年もの間、人類とギアとの間で戦争が続けられた。
そんな世界にどうして次元を渡る技術が生み出されるであろう?
人類の存続をかけた戦いのさなかにそんな余裕がないのは火を見るよりも明らかだ。
…もっとも次元をわたる手段がないかといえばそうではない。
厳密には次元を渡っていない…いや、管理局の定義する次元とは違う世界を行き来する手段は確かに存在する。
言うなればこの世界は多元世界、いくつもの層を持ちそれらを束ねて一つとした世界になっている。
例えば、なのは達が一番初めに行き着いた世界、こちらの世界ではHellと呼ばれている世界がその例だ。
Hell…捻りも何もないまさしく地獄、この地球上には存在しない別次元の世界。
そういった数々の世界を束ねてこの世界が形成されているようだ。
故に、これだけの魔法文化を誇りながらも、次元を渡る手段を確立できない…いや気づけないのかもしれない。
また閑話休題。

「それに…他に固執するもんでもあるんじゃねぇか?あの破壊神ジャスティスを破壊した時なんていつものあいつらしくなかったな」
「ジャスティス?聖戦の元凶である史上最悪のギア?」

史上最悪、という言葉にほんの少しだけ眉をひそめるチップ、それこそなのはやフェイトが気づかない程度に。
すぐに表情を引き締め話を続ける。

「あぁ、聖戦を終わらせたのはあいつと言っても過言じゃねぇ」
「……ますます遠い存在に思えてきた」
「とは言え、話が通じねぇ相手じゃねぇ、話してみりゃいいんじゃねぇか?」

お前が言うな、という言葉を胸のうちにしまいつつチップの助言を記憶する。
話の通じない相手ではない、チップの言ではすさまじい力はあるものの理性を持った人間であると言うこと。
制御不能の存在なのはその力量の問題であるだけなのだ。
不安も増強されたが、少なからず希望もわいた。
アースラを出発した時のような悲壮感はすでにない。

「…てめぇらガキの癖に大変だな」
「望んでやっていることです、私の魔法の使い方はこうあるべきなんです、誰かの為になれるのなら」

誰かのためになるのなら、その言葉はこれからのチップのモットーとなるべき言葉なのだろう。
世のため、人のため…チップは世界から薬をなくすために大統領を目指している。
ただただ誰かの為に、そうやって世界を動かさなければならない事をチップは知っている。
だがなのはの言葉はチップにとって何故か悲しく聞こえた。
本人がそう言うのならそれでいい、昔のチップなら何も気に留めない一言だったかもしれない。
しかし、理由はわからないがどうしてか悲しかった。
子供が望んでやっている、大人の仕事を。
その姿は以前、薬の売人として大人たちに働かせられていたチップ自身と知らず知らずの内に重ねてしまっていたのにチップは気づかない。
だから、何となく悲しかった。

「薬の根絶のほかに、やらなきゃならねぇ事があるかもしれねぇな」
「何の話です?」
「いや、こっちの話だ、気にするな」

風が吹いている、森がさわさわとざわめいている。
風に吹かれている、それぞれが別々の風に吹かれている。
頃合を告げる風。

「ソルの野郎に会ったのは…意外と最近だな、ここよりずっと北に行けば星と岩だけの場所に出る、そこで一戦やったのが最後だな」
「ちなみにどれくらい前ですか?」
「あぁ~、一昨日…いや昨日か?」
「最近にも程があるね…初めっから聞いておくべきだったかな?」

苦笑い、そっぽを向いて頭をかくチップ。

「あ~…よくわからねぇが、頑張れよな」
「色々とありがとうございました」
「チップさんも頑張って大統領になってくださいね、私、応援してます」
「応!よかったらお前らも投票してくれよな!!」

強い風が吹いた、それにつられてチップはなのは達に背を向けて走り始める。
出会ったときと同じように追い風すらも味方にしながら。

「…おもしろい人だったね」
「なのはも中々おもしろいことしてくれたね」
「えぇっと、フェイトちゃん、ちょっと怒ってる?」
「いいや、全然」

その“全然”に全く感情がこもっていないところになのはは恐怖を覚える。

「ところで、チップさん私達に投票権がないことわかってないのかな?」
「多分、ね」
「にゃはは」
「でも…チップさんらしいよ」







===================================================

「見つけたぜ、このクソ鳥!!」

なのは達と出会う前に追っていたムラサキツバメをはるか前方に確認する。
人には決して追いつけないであろうスピードで空を飛ぶ。
それならば、懲りずに追いすがるあの人間は何なのだろう?
人ではない?否、正真正銘の人間である。
その人間がどうしてツバメを追っているのか?
届かぬとわかっていてどうして追いかけるのか?
否、それは前提からして間違っている。
人間は――――――チップ・ザナフは追いつけないなどと思っていない。
必ず、追いついてみせる、と胸に誓っている。

ムラサキツバメはどうしてか楽しかった。
自分の天敵になりうる人間に追われているのにも関わらず。
命の危険すら感じるような場面なのにも関わらず、楽しそうに鳴く。
空に響く、鳥の声。
それは、長い旅路の間、冷たい風に耐えて編隊を組むツバメが、一日の終わりに互いにかける声。
言葉には出来ないけれど、あえてするのならこうなる。

――わたしがいて、あなたがいて、うれしい――

「あんの鳥、なめやがって!!ぜってーぶち抜いてやる!!!」

チップも笑っていた、目指すべき目標があんなにも高い場所にいてくれる事。
それがうれしいから。

鳥は飛ぶ、共に入れる喜びを感じながら。
人は翔る、高みを望む夢を追いかけながら。

 

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最終更新:2009年12月06日 15:04