此処は海鳴町の一角に存在する桜台と呼ばれる公園、辺りは薄く霧が張るこの場所に一人の少女が姿を合わす、
その少女は栗色の髪を左右に束ね、年相応の服装を着こなす人物、高町なのはである。
彼女は前回の戦いの後、嘱託魔導師として管理局に配属となり、日夜魔法技術向上の為トレーニングを行っているのである。
そして今日もこの公園に備え付けてあるゴミ箱から空き缶を一つ取り出すとベンチに置き、
一定の距離を空けると足下に円状のミッドチルダ式魔法陣を広げ、なのはの指先に桜色の魔力弾が一つ生み出される。
ディバインシューター、自動追尾を持つ射撃魔法で基本ともいえる魔法の一つであり、
集中力を養うには最も適した魔法ともいえる代物である。
そしてディバインシューターは空き缶に命中し高々と宙に浮かすと更に命中させていく、
その間なのはは集中力を高める為に目を瞑り額にうっすらと汗が滲みながらも、
次々に命中させて数を100に到達させると最後の締めとして空き缶をゴミ箱に捨てる為、
撃ち抜くが空き缶を掠める程度に終わり地面へと落下して終了した。
なのはは空き缶を拾い上げゴミ箱に戻すと胸元で光るレイジングハートに評価を伺う、
評価は80点と中々な高評価を貰い、なのはは朝のトレーニングを終了し家路へと立とうとしたところ、
レイジングハートが次元振を感知、周囲を警戒するように促すとなのはに緊張が走る。
するとなのはの目線から少し上の空間にひびが走り砕けると黒い渦のような穴が発生、
なのははレイジングハートを起動させて構えていると、穴から何かが姿を現す。
それは―――
すね毛の生えた右足であった………
「なっ何?なんなの?何でなの??」
目の前に突然現れたすね毛の生えた右足に、なのはは動揺を隠せず慌てふためいていた。
それもそのハズ、今まで生きて来た9年間の中で、魔法少女となった時以上の衝撃を受けたからである。
いや…例え何十年生きたとしても、空中に浮かぶすね毛の生えた右足を見れば誰でも混乱するであろう……
それはさておき、なのは今までの経験をフルに活用して今の状況を把握しようとしていると、
目の前の右足がずり下がるようにして左足そして藁の腰蓑が姿を現し、腰蓑が風に揺られていた。
「きゃあああああああ!!!」
そんな異様な状況になのはは絶叫し、頭を抑え横に何度も振り錯乱状態となり、既に今の現状を把握する事すら出来ない状態と化していた。
そして宙に浮く腰蓑から目を逸らしうずくまると、涙を浮かべながら必死に現実逃避を繰り返す。
(これは夢!きっと夢なの!!)
すると後方からドスンッといった音が聞こえ、顔だけ向けると次元の切れ目が閉じており、
辺りは何事も無かったかの様に静寂に包まれた。
そしてなのはの足下には、すね毛を生やし藁の腰蓑を付け上半身は裸の、首下には草の葉で出来た首飾りを付けた、
白い髭を蓄え左右に合計四枚の葉っぱに額部分には太陽を彷彿とした顔が描かれた髪飾りを付けた禿オヤジが倒れていた。
その姿はまさに変態そのものであった……
なのはは恐る恐るオヤジに近づくと、意識を取り戻したのか急にオヤジは目を見開き、
小さな悲鳴と共に思わずなのはは後退りすると、オヤジはゆっくりと起きあがりなのはを見つめる。
…暫く膠着状態が続きなのはが息を呑んでいると、オヤジの口が開き始める。
「どちら様ですかのぅ?」
オヤジは辺りを見渡し首を傾げ、混乱している様子を浮かべており、
なのはは恐る恐るオヤジに話し掛け、今いる場所を説明すると、
オヤジは紳士的に頭を下げてなのはに礼を述べる。
「これはこれはご親切に、ワシの名前はアドバーグ・エルドル、ご覧の通り――」
「変態ですね」
「……いえ、ワシは――」
「どう見ても変態です、ありがとうごさいました」
なのはは一つ礼を述べ、急いでその場から立ち去ろうと振り向くと、
オヤジはなのはの肩を掴んで力強く反発し、なのはは思わず青ざめ後退りする、するとオヤジは自分の説明を始めた。
オヤジの名はアドバーグ・エルドルと言う何処かの錬金術師か勇者を思わせる名前で、
彼の世界に存在する元キタの村の村長であったのだが、
とある事情により今はキタの村の伝統の踊り、キタキタ踊りの継承者となって後継者を捜しに旅をしているのだという。
「…つまりその格好はそのキタキタ踊りの為の衣装って訳なの?」
「さよう」
腰に手を当て胸を張り堂々と見せつけるオヤジに正直直視する事が出来ないなのは。
…しかし本当に踊り子なのだろうか?もし本当なら全世界の踊り子に申し訳が立たないのではないのか…
それにキタキタ踊りと言うのも気になる、むしろ本当は体のいい嘘で、ただの変態なのではないだろうか?
そんななのはの些細な疑問が、のちに開かれる地獄の門の鍵であった事は知る由もなかった、
故になのはは禁断の言葉を口にする。
「それならその踊りを見せて欲しいの」
「なっ何ですと!?」
なのはの放ったその言葉はオヤジの脳裏に幾重にも響き渡り、目を輝かせ満面の笑みを浮かべる、
そんなオヤジの反応になのはは後退りを始めると、オヤジは歓喜を含んだ返事で答える。
「分かりましたぁ!!全身誠意で踊らせて貰いますぞぉ!!」
そう言うや否やオヤジは右手首と肘を直角に曲げ、左手も同様の形で曲げて下に向ける、
そして右足は膝を曲げつつ爪先立ち、左足は半歩下げつつ同様に膝を曲げながら爪先立ちといった格好で構え始めた。
するとどこからともなくプィ~~ヒャラ~ラ~っと笛の音が鳴り響き、
なのはは戸惑っているとオヤジは笛に合わせて歌い出す。
「キ~タよキタキタ春がキタ~~♪♪」
その歌を合図にオヤジは腕をゆっくり振り始め徐々に速めていくと、
今度は腰を上下左右に揺らし腰蓑が揺れ始め、更には軽快なステップを踏み始める。
その動きはまさに気色悪いの一言、なのはは堪えきれず背を向け目を逸らす。
だが…目を逸らした先にはいつの間にかオヤジが移動していて、ジッとなのはを見つめながら踊っていた。
なのはは驚き一歩後ろに下がると、それに合わせてオヤジは一歩前に出る。
もう一歩なのはは下がってはみるが、やはり先程と同様にオヤジは一歩前へと出る。
それは端から見れば、変態オヤジが変な踊りを踊り、九歳の女の子に近づこうとしている光景そのものであった。
そしてオヤジは更に踊りながら徐々に近づいてきており、
なのははその不快感が恐怖心に変わり、足を踏み出すことが出来ないでいた。
すると―――
《ディバインシューター!!》
「ぎょええええぇぇぇ!?」
なのはの危機感に反応したのかレイジングハートはディバインシューターを発射、
見事にオヤジに当たり、オヤジは崩れるようにして倒れた。
「れっレイジングハート!?」
《申し訳ありませんマスター、危機的状況だと思われたので……》
確かにいろんな意味で危機的状況であった、もしあの状況が続いていたらなのはの心には大きな傷跡を残していたのかもしれない。
そう考えればレイジングハートの行動は正しかったのかもしれない、しかしレイジングハートは律儀に謝罪の弁を述べる、
だが寧ろあの状況を脱却することが出来た事に感謝したい気持ちでいっぱいのなのはであった。
そして大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせるとオヤジの身を案じる、
何故ならオヤジが受けたディバインシューターには非殺傷設定の効果があるのだが、
直撃すれば並の人では十分に卒倒出来る威力があるからだ。
「オヤジさん!大丈夫な―――!?」
「いやいや、心配には及びませんぞ」
ピンピンしていた、むしろ何事も無かったかの様に腕を腰に当てて佇んでいる。
どうやらオヤジの話ではこの程度の事は日常茶飯事であるのだという。
…まぁ当然であろう、どれだけ心が広い人であろうともあの踊りで来られては、
攻撃をせざるを終えない…それほど不快な踊りであったのだ。
「では続きを―――」
「いえ、もう結構なの」
オヤジが踊りの構えをとろうとした瞬間、間髪入れずになのははキッパリと断り、
落ち込む表情を浮かべるオヤジを後目に次の問題に直面する。
それはこのオヤジをどうするかである、仮にもこのオヤジは次元の裂け目から現れた、つまり時空放流者という事になる。
今のなのはは時空管理局の嘱託魔導師として在籍しており、時空放流者を発見した際には
発見者が保護しなければならないという取り決めがあるのだ。
だが…なのはの家は御神流と呼ばれる武術を嗜んでおり、
そんな家にこのオヤジを家に連れてきたらどうなるだろう……
…確実に父や兄や姉の手による神速で抹殺されるであろう……
つまり家に連れて帰る訳にはいかない、というよりこのオヤジを連れて街中を歩きたくもない、
…となれば方法は一つしかない、なのはは早速レイジングハートを使って何処かと連絡を取り始めたのであった。
「………………で此処に連れてきた訳か」
「ゴメンねクロノ君」
此処はアースラのブリッジ、なのはの目の前にはクロノ・ハラオウンがしかめっ面で立ち、
艦長席にはリンディ・ハラオウンがお茶を啜っており、
オペレーター席ではエイミィ・リミエッタが情報を整理、または本局との連絡を取っていた。
その中でクロノは目を細めオヤジを疑いの目で見つめていると、エイミィから連絡が伝えられる。
…確かになのはの言い分通り、海鳴町の公園内でごく小規模の次元振が起きていたという。
クロノは一つため息を吐くとオヤジに話しかけ始めた。
「…取り敢えず君は何者だ?」
「申し遅れました、私の名はアドバーグ・エルドル、ご覧の通り―――」
「変態だな」
クロノの断言に力一杯否定するオヤジ、それを見て朝にも似たような事があったなぁと思うなのは、
そして一連の流れを聞いていると、朝の出来事に関するトラウマを思い出す。
…この流れが続けば自ずと‘あの踊り’に繋がってしまう、それだけはなんとしても阻止しなければならない!
なのははクロノに注意を促そうと肩を叩こうとしていた。
…だが―――
「クロノ君あのね―――」
「君が其処まで主張するのなら踊って見せてくれ」
一足遅くクロノは禁断の言葉を口にし、その一言に目を輝かせ満面の笑みを浮かべるオヤジ、
一方でクロノの後ろでは、なのはがクロノの肩に触れるギリギリのところで左手が止まり青ざめていた。
あと一歩、あと一歩早く気付けば‘あの踊り’を防げたのに、なのはは悔しがるように左手を握り締め涙を浮かべる。
…そしてオヤジは先程なのはに見せた時と同様の構えで立つと、
どこからともなくプィ~~ヒャラ~ラ~っと笛の音が鳴り響き、
クロノ達はその音に驚き周囲を見渡しているとオヤジは歌い始めた。
「キ~タよキタキタ福がキタ~~♪♪」
先程とは若干歌詞を変えた歌を合図にゆっくりと踊り始める。
その踊りに顔色を変え青ざめるクロノに、含んだお茶が溢れ出すように口からこぼれ落ちるリンディ、
オペレーターでは笛の音により集中出来ないエイミィと、アースラ内は地獄と化した。
その中でオヤジはジッとクロノを見つめ踊り続けており、
クロノはその不快感に耐えきれず目を逸らすと逸らした先にはオヤジが踊っていた。
いつも冷静なクロノでも流石に驚き、またもや目を逸らすがオヤジはしつこくクロノを見て来ており冷や汗をかき始める、
するとオヤジは徐々に近づいていきクロノの前まで迫ると、
つい――――
「おぉああああぁぁぁぁ!?」
「クロノ君!!」
「はぁはぁ……すまない、不快だったのでつい………」
手に持っていたS2Uで思いっきりオヤジの顔を叩いたのである。
オヤジは頭にたんこぶを作り鼻血を垂らしており、
なのはが心配すると問題ないと答え、するとなのはから一つの提案を述べる。
「あの~、余り人の顔をジッと見ない方が――」
「何を申しますか!!」
なのはの提案にオヤジは顔を近づけて真剣な眼差しで否定する。
どうやらキタキタ踊りというのは見て貰っている人が楽しんでいるかどうか、
確認の意味も込めて常に人に目線を向けて踊るのだという。
…本来であれば踊り子としての矜持や気配りなのであるのだろうが、
今踊っているのはあのオヤジ、正直迷惑な話である。
そしてオヤジはすぐさま踊り始め基本的に真面目なクロノは律儀に踊りを耐えながら見続けていると、
オヤジは目線に興奮したのか踊りが激しさを増し、腕や足の動きは残像を発生させている程の動きであった。
「ヒィラリ~ヒラ~ヒラ~ヒヒラ~リ~ラ~♪♪」
「くっクロノ…これはキツい……!!」
「たっ耐えるんです!提督」
リンディ提督の率直な意見にクロノはそう答える中、またもやオヤジはクロノに目線を送り近づいてくると、
先程と同様に思いっきりぶん殴り、その後オヤジは幾度となくクロノに近づき、その度にクロノに殴られ続けていた。
何故に其処までクロノに固着しているのかというと、
感謝の気持ちを込めている…からだそうで、全くもってはた迷惑な話である。
それから暫くして踊りを終えたオヤジは顔にいくつも痣やたんこぶを拵えていたが、満足そうな顔をしていた。
一方で何度もオヤジを殴りつけていたクロノは肩で息をして、疲れた表情を浮かべながら本題に入る。
先ずはオヤジはどうやって此処に来たのか伺った。
…オヤジはいつもの如く後継者を探しに森を歩いていたところ、
蔦に足を取られ転倒、近くにあった大きく開いた穴に落ち、気がついたら公園にいたのだと語る。
…オヤジの証言に一同は静まり返り静寂が包み込むと、クロノは静かに…だが震える声で答える。
「…そんなバカな話があるか!!」
確かにその通りである、穴に落ちたら其処は違う世界でしたなど通用するハズがない、
しかしオヤジはあっけらかんとした表情を浮かべながら弁明を繰り返す、
その真剣な表情に本当なのだろうという風にさえ思えてくるが、オヤジの姿がそれを邪魔していた。
取り敢えずオヤジの証言は後回しにして、今度は元の世界へ戻る方法である。
此方は公園で起きた次元振の情報を基に、真剣に必死に早急に探し出そうとしているという。
だがその間は保護をしなければならない、クロノは頭を抱えながら暫く此処アースラで暮らして貰うとオヤジに告げる。
「おぉ!それは有り難い事ですぞ!!では感謝のキタキタ踊りを!!!」
『踊るな!!!』
アースラ全体が揺らぐような大きな声とクロノの冴えたツッコミが入り、オヤジの踊りを阻止する一同。
…だがキタキタおやじによる悪夢はまだまだ続くのであった。
終わり。
最終更新:2009年11月22日 23:42