考えている暇なんてなかった、誰かが孤独に苛まれている
戦いのさなか、それも命がけの最中でも相手のことを傷つけたくないと思っている優しい少女
誰よりも誰かのことを思える少女がどうしてたった一人で苦しんでいるのか?
それが不満でならなかった、何より孤独の辛さをなのはは知っているから余計に

悲しみを共有しあえる事、孤独な人間の相反する願いを知っているから
   
だからこそそんな少女に心惹かれた、この子と友達になりたいと心から願った
想いを伝える事が出来るのは言葉だけではないことを知っている、きっと自分の魔法は想いを伝える為にも使えるはず
不屈の心の名の下に、何度だって想いを伝えよう、君に届くまで




魔法が自身の生きる道と信じたなのはは鍛錬に明け暮れる
自分の魔法が誰かの役に立つのなら、とただただ漠然とした目的の為に鍛え続ける
そんな毎日に皹を入れるのはやはり闘争だった
闇の書の騎士達、主への絶対的な忠誠の為に戦う四人の騎士、それぞれが一つの目的の為に戦う、とても強固な誓いで結ばれた騎士達との戦いは激戦を極めた
言葉では分かり合えない、だから戦うんだ、必死の思いを魔法に乗せて
どんな犠牲を強いても、守りたいものがある、お互いが譲れないものの為に命を奮い立たせて

高町なのはは尊きその願いと言えど、それを許すわけにはいかない、その願いは理解できても実行はさせまい
その願いの為に傷つけられるもの存在を知っていたから

勝つにしろ負けるにしろ、待っているのは悲しき未来
それなら、いっそ悲しむのなら私なりの悲しみ方をしたい、そう想った



敵意は愛に似ている
戦うために相手の行動を考え
戦うために相手の心理を読み
戦うために相手に与える攻撃を仕組み
そして想いを攻撃で伝える
より自分の優位を考えながら、同時に相手のことを想う
相手と交錯する瞬間、そこに熱い感情が生まれ、血が滾る
現実に木津突き、そして相手を傷つける
敵意は愛に似ている


  
想いは伝わってきた、今までだって、そしてこれからだって

     信じていた






魔法少女リリカルなのは GG ver.β

03.The Mask Does Not Laugh


「うわぁ……」

思わず感嘆の声を上げる、チップに言われたとおりに飛んできた先にあったのは“幻想”の風景だった。
不規則に立ち並ぶ岩々、草一つ生えない大地、それだけであればこうも心を魅了したりはしないだろう。
艶やかな藍色をした空に散らばる星々、シンプルな二つのコントラストが類を見ないほどの美しさを湛えている。
故に幻想、人が心の奥底で描き続ける夢の景色である
まさしく世界の果て、といったところか
遥かなる星の世界に繋がるであろうこの地の果て、未だ見たことのない何かが待ち受けるであろうことを考えると胸が躍るようで。

「すごい……」

二人の間に会話は生まれなかった。
何故なら、語るまでもなく二人の見解は一致していたから。
ただただ、美しい。
その美しさに魅了されて、心を満たされて
そしてその美しさを形容する言葉が想起できない

星空の下でくるりとバレルロール、360度に広がるパノラマ、大地と星空の境目を独占しているようでとても気分がいい。
ふと、大地に足を下ろし四肢を投げ出して空を仰ぐ。
大地から空を目指すように突き立つ岩、その先には果てなく広がる碧紺のカーテン。



「…………………はぁ」

どれくらいその場に横たわっていただろうかわからない。
いつまでもここにいたい気持ちは否めない、でもそれは許されない。
それでも出発前のあの陰鬱な気分と比べれば、幾分マシだ。
これだけ美しい世界がある、それだけで戦える気がするから。
この戦いを乗り切って、もう一度ここへ来て、また同じように大地に寝そべりたい。
それがこの上ないほどの動機になってくれている。

勢いよく飛び起きる、同じように隣で体を起こしているフェイトの姿が目に映る。
その瞳はすでに綺麗なものを眺める少女のものではなくなっていた。

「フェイトちゃん、気づいた?」
「うん、見渡す限りずっと岩だらけのはずなのに、ちらほら岩がないところがある」
「それも一つ一つがクレーターみたいにぽっこりと」
「よく見れば焦げた跡があちこちにある………」
「場所はもう特定できてるよ」
「それじゃ、行ってみようか?」

ただ寝そべっていたわけではない、この辺りの地理をデバイスに探らせていたのである。
チップが言うとおり、この辺りで戦いが、しかもかなりの規模の戦いがあったようだ。
不規則の中にある規則性、どこにでも空を指差す岩々が規則正しく乱立している。
それなのに、ところどころ不規則に広大な空白が存在していること。
そしてその空白は大体にして大地が焼け焦げていること。
最後に――――――――――その戦いがつい先ほどまで繰り広げられていたであろうこと。

近くにいる、これほどの規模の破壊力を持った人物はそれほど存在しないだろう。
恐怖は、間違いなくある。
それでも進まなければならない、真実を知るために。

「行こう、なのは」
「うん、フェイトちゃん」

静かに空を上がる二人の表情は硬い。
何が起こるかわからない故に――――――――――――待ち受ける未知故に
二人は飛ぶ、険しき贖罪の道をなぞるように。




「………フェイトちゃん!」
「見つけた………!」

高空から見下ろしてもわかるほど巨大な生物が横たわっている。
爬虫類を思わせる、獰猛な牙と大地を這うための力強い四肢、体長は20メートルはありそうな巨大な生物の頭部に男はいた。
赤いショートジャケットに、“Free”と銘打たれたバックル、所々にベルトで装った白いジーンズ、紅白のコントラストに黒いインナーがアクセントを添える。
一見ただの成人男性にも見えなくもない、無駄のない引き締まった肉体が足元の爬虫類を屠ったという事実に目を伏せればただの引き締まった男で話は終わるかもしれない。
それで話が終わらないのは大地に突き刺さる一振りの剣の存在だろう。
飾り気がなく無骨な黒い柄と四角いブロック上の真っ赤な鍔、そこから伸びる刀身は遠目から見ても切れ味がいいとはお世辞にもいえない。
その剣の用途が切り裂くのではなく叩き斬ることに重点を置かれているのが良くわかる。
それは男が鎮座している爬虫類を見ても一目瞭然である。
爬虫類は全身を膾切りに、酷いところは切断されているところもある。
切断………もしくはそこから先が灰になったかという可能性もある。
チップから戦闘スタイルは聞いている。
生物の限界を超えた法力を放出、生み出される炎は灰すら残さぬほど。
………そんな相手と戦って死なずにすんでいるチップって実は防御力高いんじゃないかというのは置いておいて。
繰り出す攻撃の全てが荒削りでありながら一撃必中、性格が如実に戦闘スタイルに反映されているらしい。

なのはとフェイトは心を決めて男のそばに舞い降りる。
仕留めた獲物に腰掛けた男―――――――――ソル=バッドガイは近くに降り立ったなのは達に何ら反応を見せない。
興味がない………違う、興味を示さないのであればとっくの当にソルはその場から去っていただろう。
この場から立ち去らなかったのには理由がある。
なのは達が来るのを、自分の下に来るのが当たり前のことであるかのように。
それは二人が来るのを待っていたかのようにも見える。

「ソル=バッドガイさん、ですね?」

ヘッドギアの奥に隠れていた瞳が少しだけ覗けた、暗くともわかる赤茶の瞳。
睨むような視線にほんの少しだけ畏怖を覚えたが、会話を続けていく。

「先日は危ないところを助けていただき、誠にありがとうございます」
「あぁ」

短く、ぶっきらぼうに言い放つ。
どこか冷たく聞こえるその言葉はなのは達の緊張をより一層高めた。
どう繕ったって、ソルという男は変わらないだろう。
何せ、こちらの世界では珍しい空を飛ぶ人間を目にしたところで目の色、声色変えずに話す。
ただの少女に対してオドオドとした態度をとるのも問題ではあるが、不遜な態度を一環として変えないのはおそらく地の性格の問題であろう。
とてもではないが冷静にはなれそうもない、表情に出さないようにつとめるもののどうしたって強張ってしまう。
かろうじて取り留めた作業記憶領野にて話題の処理を行い、主題のみを抽出して言葉にする。

「時空管理局よりあなたに出頭要請を願います」
「時空管理局………覚えがねぇな」

覚えがないのは組織の名か、それとも出頭要請の理由についてかは判断がつきかねる。
前者はともかくとして後者について本人に覚えがない場合はややこしいことになる。
もっとも、出頭要請の理由はなのは達が決めることではない。
お上が決めたことを忠実にこなす部下がいてこそ組織というものは成り立つ。
このあり方は人が文明を築き上げるのに必ず普遍の原則でもある。
それでも、中にはそれを良しとしない人間も少なからず存在するわけで

「…私達にもわかりません、だから聞かせてほしい、あなたのことを」

なのはとフェイトもそういった組織よりも個を重んじる輩のようだ。
組織のあり方を知らぬのも無理も無い話、齢十にも満たない少女に社会の仕組みを正しく理解しろというほうが難しい。
さらに著しく作業記憶の領域が狭まった状態の二人に、組織としての判断と個人の理性を天秤にかけることは難しいと見える。
フンッ、とため息を一つ、眼前の二人の少女には聞こえないくらいのため息を。

「聞く耳ねぇな、それに義理もない」
「それでも聞かなければ納得できないんです」
「納得できなければ仕事は出来ねぇか?」
「出来そうもありません、話もせずに事を進めてしまえば、わかり合える機会さえ失ってしまいかねません」

やや感情が言葉に乗る。
組織としての理由ではなく二人の少女の心、本音だった。
前言を撤回、二人は初めから組織と個人を天秤にすらかけてすらいない。
生の感情をむき出しのままに赴いた、多感な少女。
初めからこの場に組織の人間などいないのだった。
たった一人で行動する事が多いソルは、そのスタイル同様群れるのを好まない。
故に、組織というものも苦手でありもっともうっとおしく思う類のものである。
とはいえ、オブラートに包めない子供というのも苦手ではあるが。
ストレートな物言いは嫌いではない。

「あなたは何をしたのですか?」
「覚えがねぇって言ってるだろうが…」
「そんなはずはありません、それだけの強さを得るためにどれだけの時間を費やしたのか、そしてその力で一体何がしたいのか…そこからあなたを考えたい」

一つ、二つ、三つ。
膝に置いた指を叩く、まるで何かを思案するかのようにゆっくりと。
六十分の一を指が刻む、それが30を数えた時点でソルは動きを止めた。

「…この世界の人類の半分を殺した」
「なっ!?そんな………?」

間をおかれて放たれた言葉に衝撃を受け、思わずたじろぐ。
思ったよりも真に受けた姿が滑稽に見えて、ソルはもう一度ため息をつく。

「と言ったところでお前達は信じるのか?」

人類の半分を?そんな馬鹿な。話が荒唐無稽すぎる。
信じろというのか、こんな規模の違う話を?
馬鹿げている、そんなものは嘘だ、と投げ出してしまいたい。
きっと自分達をからかっているのだろう、子供だと思って馬鹿にしているだろう。
そう思ってしまえばどんなに楽だろうか?
嘘だと断じてしまうのは非常に簡単だ、信じないのであればそれ以降考える必要だってない。
―――――――微かに震える足に力を込め、大地を踏みしだく。
だが、しかし。
考える必要があると判断したから少女達はソルの前にいる。
組織としての建前どおり、組織の末端としてその任務内容に疑問をはさまずにいればこんな話を聞くこともなかっただろうに。
それでも二人はソルとのコミュニケーションを望んだ。
ソルの人となりを知ることを選んだ、故に。

「…信じなければ、何も出来ません。」

震える足を押さえ込み、少女達は険しき道を選んだ。

「話にならん、消え失せろ」
「それが真実だとすれば、私達はあなたを連れて帰らなければならない」
「それがあなたの理由なんですね?」
「くどいな、うざってぇ。ガキの相手はゴメンだぜ」

明確な拒絶を聞いてもなのは達は引き下がらなかった、そしてソルもまたそこから立ち去ろうとはしなかった。

「一緒に来ては……くれませんか」

無言のうちにソルは腰掛けた異形に突き刺した剣の柄を握る。

「………お願いです、私達を助けてくれたあなたと戦いたくありません」
「気が合うな、こちとらガキの相手は面倒だ、3度は言わん――――――――失せろ、消し炭にするぞ」

立ち上がり、手にした剣を勢いよく異形から抜き取る。
生々しい肉が千切れるような音が――――――――――聞こえない。
変わりにこの世から跡形もなく異形を燃やし尽くす爆炎の音が耳を貫く。
ちりちりと肌が熱せられる、ベクトルがなのは達に向いていないにも拘らずこの熱量。
逃げ出すことは出来ない、なのはとフェイトはソルの最後通告を受けて尚退かなかった。
心に巣食っていた怯えは見る影もなく小さくなっている。
変わりに大きくなったのは迷い。
きっとソルもそうなのだろう、誰しも触れられたくない、譲りたくない何かを持っている
ヴォルケンリッターの騎士達がそうだったように―――――いや、誰だってそうなんだ、譲れないものがあるから戦うしかなくなるんだ 
 言葉で伝わらない行き場をなくした想いが巡っていく、行き着いた手段は結局、戦いしかなかった
故に、逃げるという選択肢は存在しない。
思いを知るために想いを伝える、魔法に乗せて

「帰れません、あなたの話を聞くまでは!」

デバイスを待機状態から立ち上げ、それぞれの手に杖が握られる。
対するソルは剣を逆手に持ち、もう片方の手は腰に当てている。

「組織の建前ではなくエゴを突き通すってか。賢しいガキが、どうなっても知らんぞ」

とても構えているとは思えない、しかしどうしてかソルには一部の隙も見当たらない。
故になのはとフェイトにも隙は許されない。
それはまるで静かに燃え盛るマグマを、いつぞ牙を剥くかわからない活火山を相手にしているかのような緊張感。
無論、大自然を相手取るなど比喩表現としてもおかしくはあるかもしれない。
しかし、例えるものが他に見当たらないのだ。
当然だ、なのは達は人の限界を超えた人を相手にした事がないのだから。
厳密に言えばヴォルケンリッターは人間ではない、しかしかの騎士達とは重圧の種類が違う。
騎士の誇りを超越した、尊き誓いから湧き出る気迫、彼らの命がけの感情から来る重圧。
だが、目の前のソルにそのようなものは感じない、ただただ本能に直接訴えかけるような恐怖感。
根源のわからない恐怖感がなのは達に必要以上の重圧となって畳み掛ける。

それでも戦いは避けられない、すでに覚悟は決まっている。
ある程度ソルの情報は揃っている、近接戦闘に長け、炎を自在に操り、人間の限界を超えた出力の攻撃を連発する。
繰り出す攻撃全てが必殺、牽制の一撃すら相手を軽々と屠りかねない。
もしも欠点があるとするならば、空戦魔導士と比してリーチが短いこと、陸戦を主としているため空からの攻撃に弱い点。
なのはとフェイトが突くとするならば、そこしかない。
フェイトですら接近戦で引けをとりかねない、なのはの出力すらも敵わないかもしれない。
ならば相手の攻撃範囲外からの絨毯爆撃で手を出させない、なのは達にとってもっとも勝機が高い戦術だった。
問題はソルが己の弱点である空戦をなのは達に許すか、という事。
前にチップと一戦交えられたことはなのは達にとって僥倖だった。
チップを通してソルがどのような動きが出来るのかをある程度推し量ることが出来るからだ。
フェイトに迫るほどの機動力を誇るチップが何とか戦うことが出来るほどの男だ。
あの速度を持ってしても、“やっと”戦うことが出来るのだ。

「………………」

フェイトのつま先に力がこもる、ジャリッ、とブーツが砂をかむ音がする。
ソルはまだ動かない。
先手はとらせまい、フェイトとソルの間で緊張が高まる。
なのはとフェイトの間でプランは決まっていた。
フェイトが近接戦闘で牽制している間になのはが高空から砲撃を仕掛ける。
ソルに対空攻撃をさせない為に、“繰り出す攻撃の全てが一撃必殺”の間合いに入り込み牽制する。
いかにフェイトが近接戦闘を得意としているからといって、あまりに危険な戦術である。
だからといって、牽制もなしに大技に移行できる相手でもない。
制空権を握るためには相手の注意を空に向けないことが肝になる。
なのはではソルの近接攻撃を裁ききることが出来ない、いくら防御に優れたなのはでもソルの攻撃を受けきれるとは言いがたい
故に、陸戦での牽制は近接戦闘を得意とするフェイトが行う

「ふっ…!」

低空をすべる様に突貫するフェイト、一気に間合いをつめる。
その速度は並の人間なら目にも留まらぬだろう。
だが――――――――

「シッ!」
相手は並の人間などではない。
横薙ぎ、返してもう一撃。
炎の軌跡を伴いながら剣が奔る、懐に勢いよく飛び込んだもののソルの迎撃の鋭さに思わず後退する
腹部が熱い、剣先はもちろん避けている、しかし伴った炎熱が軽くフェイトを焼いていた………致命傷ではない、かすり傷だ。
どうやらソルの攻撃は剣のリーチよりも炎の分少し長いようだ。

「Rock it!」

後退するフェイトをさらに追いすがる、剣を持たない空手に炎を纏い突進してくる。
さながら火山の爆発で飛んでくる岩塊のような一撃、当たれば火傷では済まない。
それをバルディッシュの柄で逸らす、ちりちりと焼くような感覚にひるまずに飛び上がり、黄金色の大鎌で後頭部を刈る。
ソルは強引に方向転換しつつ、突進の勢いをそのままに手にした剣を振り下ろす
戦斧と鉄塊がぶつかり合い、激しい稲光と焔が轟き響く。
互いに不安定な体勢での強引な一撃により大きく後ずさる。
フェイトは空中で体勢を整え、ソルは地に手を着きながら大地を削る。
間髪いれず低空からフォトンランサー、フェイトの攻撃がソルが体勢を整える前に繰り出される
迫りくるフォトンランサーを軽く飛んで避けたソルはそのまま空中で体を捻りつつ踵落としを繰り出す。

「フンッ!」

バルディッシュの柄でそれを受け止める…が、炎の推進力を得た蹴りの威力はフェイトの予想を軽く超え、フェイトは受け流すことも出来ず大地に叩きつけられてしまう。

「くっ…ぅぁあ!」
「アクセル!いって!!」

その隙を逃さまいと追撃を仕掛けるソルだが、背後から迫りくる魔力弾に気づき剣を強引に背後に振り抜く。

「うぜぇえ!おぉお!!」

いくつかの魔力弾を相殺し、残りを剣の柄部分を前に突き出して眼前に火の玉を作り出し全てを消し去る。
余剰魔力を自身に吸収しつつ、体幹を回旋させて力を溜め込み、大地に剣を突き立てる。

「ガンフレイム!」

地を這うように進む炎は大地を削る溶岩のように魔力弾の主、なのはめがけてまっすぐに向かっていく
横に回避しつつ、アクセルシューターを連射、剣でかき消しつつソルもガンフレイムで応戦する
戦線に復帰したフェイトが背後から切りかかる、背後に剣を回し背中越しにフェイトの攻撃を防ぎつつ、なのはの魔力弾をシールドにに似た防壁で防ぐ

「ちっ、小賢しい…」

やまない魔力弾の雨、高速で斬りかかるフェイトにソルは徐々に劣勢を強いられる。
………なのはとフェイトの共闘、いわばダブルスでの戦闘経験は実はあまりない。
P.T事件から半年、そして闇の書事件からまだ幾ばくも経っていない今、時間的にそのような機会は自然と限られてくる。
二人が友となってまだ半年強、闇の書事件の際にも実際二人が連携を組んで戦ったのは、闇の書の管制プログラムくらいのものであった。
ヴォルケンリッターとの戦いを経て、さらにナンバーズから受けた敗北を味わいなのは達は連携の大切さを学んだ。
あの敗北からなのは達はソルの世界の情報を集めるのと平行して緻密な連携を練り上げていた。
ありとあらゆるシチュエーションを想定し、数知れないほどのバリエーションを試し、数え切れないほどの失敗を重ね―――――――
その結果が今、ソルを劣勢に追いやっている結果に繋がっている。

「調子に乗りやがって…!」

埒が明かないと踏んだソルはまず近場にいるフェイトに標的を絞る。
ソルは魔力弾の威力がそれほどでもないこと見透かし、そちらへの防御を即座に切り捨てる。
誘導弾であることはすでに分析済み、いくつかの魔力弾を被弾しながらも背中からだけは打たれないように位置を入れ替えながらフェイトへと手を伸ばす。

「くっ、なんて無茶な!」
「てめぇの心配をしてろ!」
横から何発か魔力弾を受けながらもフェイトの胸倉を掴み、空中へ放り投げる。
その方向は絨毯爆撃の為に移動したなのはの方向、この時点で二人は作戦がソルに見抜かれていることを悟る。

「―――――――ディバイン」

が、好機は逃せない、なのはの砲撃のチャージはすんでいる。
フェイトが射線上から退避したのを確認するが早いか否か、暴発寸前の大砲の引き金を引き絞る。

「バスタァァァアーーーーーー!!!!」

ディバインバスター・エクステンション、空から桃色の流星が大地へと落ちていく
直撃コース、ソルが避けようとしたとてあの距離では間に合わない―――――――避けようとするならば、だ
剣は大地に置くかのように、体は跪くかのように―――――――――しかしその目は獲物を刈る猛獣の目。
全身に力を溜め込み、剣には炎を灯し、炎はすぐに焔となりて燃え上がる。
噴出するマグマのように標的を燃やしつくさんと爆ぜる!

「ヴォルカニックヴァイパーーーー!!!!」

直撃したと思われた桃色の流星は、突如大地から噴出するマグマに引き裂かれる、勢いは止まること知らずどんなになのはが魔力を込めてもソルは止まらない
ちりちりとソルの放つ熱がなのはの頬を焼く、目下4,5メートル程にまで迫ってきたソルに恐怖を抱かずにいられない。
全力全開の一撃が届かない、迫り来る炎に全て焼かれてしまう。
脳裏にちらりと浮かんだ自分の敗北のイメージ、全身を無残に焼かれて横たわるなのはの姿。
傍らには同じように引き裂かれたフェイトの姿が。

(負けるもんか…)

ちらりと、ほんの一瞬だけ横にいるフェイトを見やる。
ソルと近接戦闘で何度も斬りかかった代償は大きく、幾つもの傷がフェイトの体に存在する。
それでも尚、フェイトはディバインバスターが押し返されている現状を見て、ソルに飛び掛ろうとしている。
それに比べて、今の自分は何だ?
フェイトが命を懸けて作ったチャンスを不意にしようとしている、あまつさえ自分だけ先に諦めようとしてはいまいか?
それを情けないと思わないのか?

「まぁだ、まだ!負けられないから!!!」

カートリッジを二発ロードする、なのはが手にする杖の御名は不屈の心“レイジングハート”。
不屈を名乗るものがどうして諦めるだろうか、いや諦めるはずがない、諦められるはずがない。
大切な、譲れないものがあるのなら、ここで負けるのを容認することなど出来るわけがない。

「ぬぅ!」

閃光は勢いを取り戻し、噴出するマグマを押しとどめる。
さらに威力をあげてようやくソルの上昇は止まり、引き裂かれたはずの桃色の閃光が一気に押し戻す。

「…ぅぉあ!!」

奔流に飲み込まれたソルは小さくうめきを上げながら、大地に叩きつけられる。
大きく土煙が上がる、肩で大きく息をするなのは、手にしたレイジングハートもそれにならうように砲身から排気する。
クリーンヒットだ、押し返され威力が減弱していたとしてもディバインバスターの直撃だ、これで倒れなければ手詰まりだ

「なのは、大丈夫?」
「それはこっちの台詞だよ…フェイトちゃん」

肩で息をする二人、未だ晴れぬ土煙の向こうを見やりながらお互いを案じる。
小さからぬダメージを受けたフェイト、大きく魔力を消費したなのは。
考えうる最高の連携で何とかソルに一撃入れたが、現状でわかるのはそれだけだ。
仮にソルがこれで倒れなかった場合を考える。
正直、考えたくもない、彼を倒すためにどれだけの魔力を使わなければならないのか、考えるだけで眩暈がする。

「どう、なのは?」
「手ごたえはあったよ、でも、それだけ」
「………………」

土煙が晴れる。
そこには平然と立ち、首に手を当てながら骨を鳴らしているソルの姿があった。
唾液を嚥下する音が聞こえる、心臓が大きく拍動する。
今、二人の脳裏に共通の単語が浮かんでいた。

「―――――――化け物、なの?」
「ふぅ、やれやれだぜ」

非殺傷設定の砲撃とは言え、直撃すれば魔力を大幅に削り取られて昏倒するだろう一撃だ。
この世界の“法力”とは互換性がある事も事前調査で判明している、なのはの魔法はこの世界で有効である裏づけは確かにある。
その確たる事実を否定するかのように、全力全開の砲撃を受けて尚平然としている目の前の男に畏怖を抱かずにいられなかった。
言われたことはあっても人に言ったことのない“化け物”という単語が口から出てくる所からしてなのはの動揺具合がわかる。

「この辺にしておけ」
「どういう意味でしょうか?」

見上げるようにソル、見下ろすようにフェイトが会話する。

「無理だ、てめぇらじゃ俺を倒せない」
「そんなことやってみなければ、「大概にしろ、現実を見ろ。お前の渾身の一撃は俺に倒せたのか?」」
ソルの言葉に押し黙ってしまう二人、確かに手を抜いた覚えなどない、体の底から渾身の力を振り絞った。
その結果がこの現状では返す言葉もない。

「ここらで仕舞いだ、退け。てめぇらに付き合ってる暇はねぇ」
「退けません、話を聞くまでは」
「ガキのわがままか」

盛大にため息を一つ。

「ガキです、子供なんです、聞き訳がないです!」
「開き直りやがって…」
「諦めたくない、きっとまだ方法はある」
「仮にあったとしても、それを探させる時間を与えると思っているのか?」
「作ります、考えます、何度だって!」

どこまでも意固地な二人を前にして半ばあきれ気味にもう一つため息。

「はぁ…話にならねぇ………ちったぁ頭を冷やせ」
「…………」
「話せない理由を考えたことはあるのか?」

ソルのその言葉に二人は考え込む。
口元に人差し指を当ててうなるなのは。
顎を持ち腕を組んでうな垂れるフェイト。
しばらくして二人は答えが見つかったのか、思考の海を抜け出してソルを直視しなおす。

「個人的に私達が気に入らない」
「気が乗らないから」
「ちっ、てめぇら…なめてんのか」
「え、違うんですか」
(どこまでマジなんだ………)

今日何度目になるかわからないため息、首を振りながら。
ダメだ、こいつら。
ついにソルは我侭な子供を前に折れることになる。

近場の手ごろの岩に腰掛けるソル。
それを対話の意思と判断し、なのはやフェイトもソルのそばに降り立つ。

「そもそも俺に懸けられている容疑は何だ?」
「広域次元犯罪者という扱いでした」
「では聞くが、この世界が見つかったのはつい最近じゃなかったのか」
「何故それを知っているのですか?」
「ナンバーズとはすでに何度か接触している、奴らが現れるようになったのはごく最近だ」

ここに来て新たな事実が発覚する、ソルとナンバーズとの接触はあの時の一度ではない。
何度かの接触、おそらくはその全てが戦闘に発展しているだろう。
色々な次元を渡り犯罪を犯している集団でありその尖兵たるナンバーズ。
どういった経緯の末にぶつかり合うようになったかは定かではないが、現状では敵対しているのは間違いない。
しかし疑問は未だ残っている、それがソルが次元犯罪者であるかどうかという説明にはまずなり得ない。
ソルがスカリエッティと同様に次元を渡り歩いて犯罪を起こしている証拠にはつながらない。

「それでもこちらの世界に次元を渡る手段があれば、説明になりません」
「そうだ、その次元を渡る手段があればな」

その言葉が一つの確信に繋がる。
次元犯罪者、数々の世界で犯罪を犯す………次元を渡り歩いて。

「!………そうか、管理外世界!」
「次元を渡る手段がある時点で管理外世界とは言えなくなる可能性がある、ってこと?」
「管理外世界ってのには大雑把に分けて二種類あるのだろう、管理する必要のない世界と管理できない世界、違うか?」
「管理する必要のない世界というのは………あぁっとつまり魔法文明に頼らなくともいいほどに文明が発達している世界のことですね」
「そうだ、そして管理できない世界ってのにはさらに三種類ある。未発見の世界は論外。次元を渡る手段を持った文明はその管理下におく必要があるのは理解できるな?
――――――――――――――――――――問題は管理する為にリスクを伴う世界を指す」
「魔法文明が発達していたとしても、ですか?」
「流出してしまえばマズイ代物がある…とすれば?」

その言葉を聞いて二人は脳裏に共通の言葉が浮かび上がる。
この世界に大きな傷跡を残した生体兵器の名前を。

「ギア、でしたか」
「そこまでだ、それ以上は深入りすると元の世界に帰すわけにはいかなくなる」
「この世界の歴史についてはすでにある程度流出しています、確か人類の大半が死に絶えたとされる聖戦」
「生体兵器ギア、そのギアの指揮を執る完成型ギア1号、ジャスティス」
「………歴史程度なら、お伽でまだ済む、か」

ソルが次元犯罪者ではない可能性が出てきた、つい最近まで未発見だった世界。
未発見だった理由がもしも次元を渡る手段が確立していないためだとしたら?
それはいい、ソルが次元犯罪者でないのならそれに越したことは無い。
問題はこの世界が管理外であった理由が、管理するのにリスクを伴う世界だとしたら。
管理局がその存在を秘匿するほどの世界に渡ったスカリエッティ達は一体どうなるのだろうか?
その理由であるギアについて彼らが興味を示したとしたら。

「それなら、なおさらスカリエッティを止めなくちゃ!」
「最悪の場合、他の世界でも聖戦が起きてしまう」

事の重大さを理解した二人、一方のソルは二人から興味を無くしたかのようにあらぬ方向を見ている。
遥か遠く、地平線の向こうを睨んでいる。

「ちっ、のろのろしてやがるから…話は後にしろ」

視線の先には何もないように思える、しかしただならぬ危険を察知したなのは達は空中へと飛び上がる
矢先に足元から浮上してきたライティングボード、空中へと逃れたなのは達は間一髪その攻撃を避けることに成功する
が、肝心のボードには誰もいなかった、陽動、ボードの主のセインはなのは達のさらに後方へと現れる
無論それをソルが見逃すわけもない、大地から生えているセインに飛び掛る、が背後から猛スピードで突進してきた影に追撃は抑えられる
ナンバーズ最速を誇り、かつ最強の個人戦闘能力を誇るトーレだった
前方のボードはオートパイロットで正確になのはたちを狙ってくる、さらに後方にはセインが狙撃しようとしている
同じ方向へ回避してまずはボードの突進を回避する、そこを狙い済ましてくるだろうセインの狙撃をなのはが弾く
舌打ちをしつつ手元に戻ってきたボードに飛び乗り、トーレを援護しつつ後退。
それに合わせてトーレも後退し、ソルたちと対峙する

「性懲りもなく…大概しつけぇな」
「どうとでも言え、命ある限り貴様の首を狙い続ける」

トーレの言葉にはどこか因縁めいたものを感じる、その事からもソルとナンバーズが以前にも交戦したことがあるのがわかる。
しかし、トーレの言葉には因縁を超えた何かを感じる、恨み、憎しみといった類ではない。
根源はもっと澄んだ意思のようにも感じる。

「スカリエッティの…ナンバーズ!」
「この前の…!高町なのはとフェイト・テスタロッサ、ソル・バッドガイとつるんでいたのか!」

つるんでいる?ただ話をしているだけなのに?
そもそも苦労してやっと話が出来たというのに?

「ソルさんと話をしている最中に………邪魔をしないで!」
「何だって女ばっかり…しかもガキばかり…手間だぜ」

ソルを狙う二つグループ、なのは達とナンバーズ。
しかしなのは達はナンバーズが標的でもある、ソルとは敵対する理由がなくなったため、必然的に利害が一致してくる
ここにナンバーズ対ソル・なのは・フェイトの図式が出来上がる

「ソルさん」

一瞥、ソルは視線すらなのは達に預けようとはしない。
ソルとてこの状況で全てを敵に回すのは少々骨が折れるのだろう。
共闘の意思を組み、言葉少なに賛同する。

「邪魔だけはするな」
「えぇ、あなたに助けられた恩をここで返します」

相も変わらずぶっきらぼうなその言葉、しかし今はそれが頼もしく聞こえるから不思議なものだ。

2on3、しかし遅れてナンバーズ陣に一人。
音もなく、呼吸…さらには心臓の音すらも聞こえないような
死人が動いている、とでも言えばいいのだろうか。
確かに人の形をしているが、ただそれだけだった。
薄青い肌は血が通っていないかのよう、一つ一つの動作が機械のように無機質で
何より―――――白い髪の奥に隠された碧眼が血で濡れたかのように真っ赤であった
なのはやフェイトにも覚えがある、爆発する短剣を使った接近戦を得意とするナンバーズNo.5、チンク。
しかしそれは姿かたちのみを似せた人形のように意思が全くなかった
ヘッドギアに手を当てるソル、指の間から見えるクリムゾンレッドの瞳。

「思考が………ざらつくな………てめぇ、まさか」

ソルの思考にノイズが奔る、波長が合いすぎる故にそれを嫌う―――――――――同属嫌悪とも言うべき感覚がソルに襲い掛かる。
その瞳に殺気が灯るわずかなタイムラグ。
無論、そんな事情など敵にとっては絶好の好機でしかない。
ナンバーズ最速を誇るトーレが一瞬にしてソルの懐へと突貫する。
それをかわしきれず、またその勢いを殺しきれず後方に吹き飛ばされる

「ソルさん!!」
「構うな!その白髪チビに注意を払え!!」

吹き飛ばされながらソルは言外にトーレの相手を担うと伝える。
同様になのは達に突進してくるチンク、無数のナイフを背後に浮かべながら。
難なくそれを避けるなのはとフェイト、しかしチンクの後に浮かぶナイフがその軌道を予知していたかのように二人に襲い掛かる
地面を転がるようにそれを避ける、それに合わせてチンクは地面を蹴りつける。
散弾銃のような土塊が襲い掛かる、ただの目くらましかと思った矢先、礫の向こうのチンクの瞳と視線が合った。
その瞳には何の意図も感じられない、意思が感じられないそれに恐怖を覚え、さらに飛びずさる。
礫は先まで二人がいた場所で、幾重もの細かな爆発を起こす。
規模は小さいかもしれない、しかしその威力は岩で出来た大地を容易く抉り取る。
大地に両手をつくチンク、その手先から火花、火のついた導火線、その先にいるのは爆殺対象。
自分達に向かってくる火花を上空に飛ぶことで避ける二人、それをライティングボードで狙撃するセイン。
いくつかの放物線が飛び交う、しかしそれを遮るかのようにチンクのナイフが飛来する。
ナイフと射撃が交差し爆発する、その爆発が次々と飛来するナイフに飛び火し誘爆を引き起こす。

「くっ、ゴメン!チンク姉!!」

その光景に違和感を抱く、ナンバーズは今まで機械の様なコンビネーションを駆使して戦ってきているはずなのに、こんなイージーミスを犯すとは思えない。
セインの瞳にも困惑の色が浮かんでいる、セインにとっても予想外の出来事なのだろうか?
では、当のチンクはどうなのだろうか?
その瞳には変わらない、何の感情も映し出されていない。
セインに変化はない、あるとしたらチンクだ。
喜怒哀楽に富んだ表情を持つ戦闘機人のなかで命の鼓動すら感じさせぬ異質な存在。

いや、兵器としてのあり方としては正しいのかもしれない、元より兵器とは人を殺すためだけに存在する、そこに余計な感情を付与するのはいつだって人間の仕事だ。
そういう意味ではセインやトーレ、他のナンバーズたちの方が異質なのかもしれない。

しかし、すでになのは達にはその“異質”が正しいことなのだと刷り込まれている。
故に、二人は今の無機質なチンクの様に恐怖を抱いた。
その純粋なあり方に、ただただ殺すためだけの存在意義に。

一方、トーレとソルの戦いは佳境へ向かっていた。
ソルを凌駕するスピードで戦いを繰り広げていくトーレ、しかしそのスピードもソルの防御を崩すことができなかった。
徐々にトーレはスピードを落とさざるを得なかった、ソルの攻撃によりそれまでのスピードを維持できなくなってきたからだ。
ソルの一見、大雑把に見える攻撃はしっかりと高速で動くトーレを捉えクリーンヒットを重ねていく。

「吹き飛べ」
「ぐっ…ぁぁあ!」

龍のシルエットを描く炎と共に繰り出されて拳は、トーレの鳩尾を抉りこむ。
岩肌に叩きつけられ、派手にバウンドするトーレに追い討ちをかけるソル。

「もらったぁ!」

全身を炎の弾丸へと変え、ミッドチルダのもベルカにも見られない独特の紋章を弾頭に急襲する。
強烈に叩きつけられた痛みを抱えながら、賢明に空中で体勢を整え回避を試みるも、火の玉と化したソルからは逃れられない。

「あぁぁぁあぁぁぁあ!!!!!!」

再び大地に叩き伏せられるトーレ、しかし大地に隕石でも落ちたかのようなクレータの中心に横たわり立ち上がることはなかった。

「………っ、はっ…」
「おい」

痛みに辛うじて目を開ける、傍らにはソルが見下ろしている。

「………今までは…加減していたとでも…いうのか」
「そんなことはどうでもいい、質問に答えろ」

トーレが見た今までのソルとは比べ物にならない、これまでならソルとそれなりに戦えていたというのに。
今回はなすすべも無く、それこそ惨敗を喫してしまった。
屈辱に表情をゆがませる、そんなトーレなどお構いなし、ソルは背後を目配せしながら―――――――チンクを見やりながら問いかける

「奴の変貌振り…どういうことだ」
「…全ては…お前に勝つ…為だ」
「違ぇ、理由じゃない、具体的に何を施した」
「………よく…知っているはずだ、お前の同類になっただけだ」
「………クソが」

トーレと戦っていた時よりも激しい感情の昂ぶりを見せるソル、これまで何度となく戦ってきたトーレだったが、こんなにも感情的になっているソルは初めてだった。
それがどうしようもなく悔しい。
結局、トーレはソルを怒らせるほどの技量で迫ることができなかったのだから。

「そこで寝てろ…聞きだすことが出来たからな」
「………いい加減、殺せ」
「手前が指図するな」

トーレとの戦闘でチンクとなのは達との戦闘空域からやや離れてしまった。
しかして、大した問題にはならない。
二つの足に力を込める、踏みしだく大地に皹が入るほどに。
その力で大地を駆けるならそれほど時間はかかるまい。
最後に、ソルが話しかける。
それは確かな死刑宣告。

「焦らずとも、消し炭にしてやる…あそこにいる化け物の次にな」

鉢金の奥の赤茶色の瞳がトーレを射抜く、今まで感じなかった明確な殺意を感じる瞳だ。
しかしトーレはすでに恐怖は感じなかった。
すでに敗北を幾つも重ねた身、敗者がのうのうと生き恥をさらしている現状こそ異常なのだと認識しているトーレだからこそ。
死をすでに受け入れているトーレだからこそ、恐怖を感じなかったのだろう。
その身にすでに感情を抱く資格はない、すでに死に体となっているトーレはソルが走り去る様を無感情に見送った。
何も感じない、トーレの意思がその存在意義を手放したかのように。

その頃、なのは達は劣勢を強いられていた。
爆発する散弾、追尾してくる導火線、無作為な空間爆破。
非殺傷設定を解かれたそれらはなのは達の神経を削っていく。
それはすでに戦いとはいえないのかもしれない、狩られる側と狩る側、展開は一方的になりつつある。
必死に爆破から逃げ回る二人と言えど、チンクの猛攻の全てを避けることは敵わず傷だけが増えていく

「くっ…どうして、あの子…?」

………いや、傷だけではない、少なくともなのはには戸惑いが胸のうちを埋めていく。
今いちキレのないなのは、をフォローすることも出来ず、無論なのはの不調を埋めるような働きをチンク相手に出来るわけもなく、結果としてフェイトもなのはに引きづられて劣勢を強いられる。
とは言え、なのはの不調がなかったとしても結果は同じなのかもしれない。
今のチンクは以前のチンクとは違い、遠距離レンジ以外のどこでも戦うことができる。
圧倒的手数と穴のない空間性攻撃により付け入る隙が見当たらない、あれをかいくぐるとなると無傷ではまず済まないだろう。
フェイトの防御ではおそらく無理だろう、なのはの防御で何とかなるやもしれないがスピードが足りない。
チンクの元にたどり着く前に飽和攻撃を受けてしまうだろう、そうなれば防御どころの話ではない。

「数が…多いっ!」

迫り来る導火線は空をも走る、その一つ一つを丁寧に鎮火しつつ散弾の効果範囲から逃れるよう移動する。
その先にランダムに爆破する空間、その範囲を見極めて進行方向を決定する。
そこまでだ、二人に出来るのはそこまででしかなく反撃に移る余裕などないのだ。
非殺傷設定を解かれたその爆発を食らえば五体満足ではいられない、そういった余裕のなさにより反撃の糸口を見つけられずにいる。

誘導弾の一種とも考えられるがチンクの攻撃の性質を考えれば恐ろしい推測に結びつく。
以前は投げナイフに魔力を込め、それを爆発させていた。
しかし今は何もない空間を爆破することも可能となっているが、実際は違う。
この世界に何もない空間など存在しない、必ず何かが存在している、例えば空気中に無数に浮かぶ塵芥。
おそらくチンクはその塵芥を媒介にして爆発させているのではないだろうか?
散弾は蹴り出す土を、導火線と空間爆破は塵芥を。
空間爆破と導火線は原理は一緒だが、その作用が違う。
一転集中型の爆発を起こす導火線と空間を無作為に爆破する…よく見てみれば空間を爆発させる前に導火線が走っているのがわかる。
とは言え、爆発するまで集中型なのか無作為型なのかの区別がつかない、強いて言えば1テンポ置いてから爆発するのが無作為型なのだがその1テンポを見極めるには至難の業だ。
フェイトもなのはもチンクの攻撃パターンは解析できた。
だが

「あの子は…!どうして…!!」

なのはの困惑は広がるばかりでもはや戦闘どころではない。
チンクのそのあまりの変貌振りが、あまりにも人間離れした情動の無さが戸惑いを生む。
なのははチンクの変化を受け入れきれずにいた。
言葉は、魔法は必ず相手に届く、今もなのははそう信じている。
相手が機械や人形で無い限り絶対にこの想いは伝わるはずだと。
想いを理解して尚、それを受け入れられないのならば戦うほかに無いのだろう。
しかし、チンクには想いが届くことすらも無い、届けるべき心がないのだ。

「なのはっ!今はっ!!」
「そうだけど、それでも!!」

フェイトの抑制の声も頭に入っていないようで、散漫な動きを繰り返すなのは。
ギリギリ攻撃範囲を逃れるような消極的な動き、ひたすら後退を繰り返すだけの戦いは悪戯に戦闘範囲を拡大していく。
その跡はわかりやすく道となっている、大地を削りまるで巨大な蛇がうねりながら進んだかのように。

「どうしてなの!あの子はこの前まで…ちゃんとお話できて…!!」
「お前らが心配することじゃ、ない!!」

ボードに乗って急襲してきたセインが叫ぶ、その叫びはどこか悲しみを帯びている。

「チンク姉は…私達が幸せになる為に自分を変えたんだ!私達を守るために自分の身を捧げたんだ!!」
「そんな!そんな幸せだなんて!」
「あぁ!そんなの幸せじゃないのかもしれない!そんな事わかってる!わからない奴なんて姉妹にはいない!!」
「それなら、どうして!!」

すでにセインはチンクのサポートを放棄している…いや放棄せざるを得なかった。
加速していくチンクの攻撃密度はセインの処理速度を上回る。
ただでさえ戦闘向きではないセイン、しかしその不利を血のにじむような努力でライティングボードの試作型を乗りこなすことで克服したとて限界がある。
今のチンクのサポートはこの世界の誰にも出来はしないだろう、広範囲を巻き込むチンクのスタイルにをサポートするにはボードでの高速戦闘は不向きすぎる。
それでもセインはチンクのサポートをしようと思った。

「姉妹を、家族を!思っているからだろ!!それが例え一方通行だとしてもその思いは間違いなく尊いんだ!!」

家族だから、例え人ではなくとも。
生まれも育ちも人ではなかった、それでもそこに家族としての形だけはあった。
例え、どんなに変わり果てようとその事実だけは変わり得ない。
見届けようと思った、チンクがその命を賭して挑む戦いを。
それが家族として出来るサポートだと信じているから。

「私達を思ってあぁなったのなら!私はそれを!チンク姉の願ったとおりに、ありたいだけだ!!」
「馬鹿げてるよ!そんなの!!ならなんで戦うの!!」「人間の物差しで計るな!!私の意志がそうしたいと!こうすることが私の幸せだからだ!!」

セインの叫び共に加速するボード、なのはに対して特攻じみた攻撃を仕掛ける。
いつからかセインの気迫に飲まれたなのはは反応が遅れてしまった。
避けきれない、スピードに乗ったセインのボードはなのはを捉え――――――
「同感だ、人が首突っ込んでんじゃねぇ」
「ぐぁぁあ!!!」

られず、なのはの危機を救うようにセインを蹴り飛ばす。
互いにスピードに乗った状態での交錯、セインはソルの一撃を受け派手に吹き飛ばされていく。
カウンターで入った渾身の一撃だ、情け容赦があってできる攻撃ではない。
あの一撃を食らっては戦闘機人とて無事では済むまい。
思わずソルを見やるなのは、その瞬間背筋が凍った。

「………クソがっ!」

激しい怒りと深い悲しみ、それらが同居するかのようなソルの表情はなのはを凍りつかせる。
闇の書から発せられたあの激しい感情と同質の、気の遠くなるほどの年月を重ねて増大させた人の情が。
どれほど憎めばいいのだろう、どれだけの時間を費やせば憎しみは収まるのだろう?
闇の書事件の時ははやてを救うという目的の為に、そして明らかに矛盾する闇の書の言動と行動に隠れてその闇の書の放つ感情にまで行き届かなかった。
しかし、今回は違う。
一方的なコミュニケーション、意思疎通困難、まるで人ではないものを相手にしているかのような。
なのはの想いは届かず、内に募るばかり。
それがいつしか焦りとなって、迷いに変わり、混乱へと転じる。
届かない感情がオーバーロードして、なのはを混沌の渦へと引き釣り込む。
言葉が通じないなら、魔法で。
魔法が通じないから、言葉で。
だが、どちらも通じない相手にはどうしたらいいのだろう?

「なのは!動いて!!自分を…守って!!」
「……こんな、こんな事って」

最前線から退いてきたフェイトはなのはに後退を促す。
それと入れ替わりにセインを蹴り飛ばした勢いそのままにソルがチンクに向かって走り出す。
爆発の範囲内に入るや否や、チンクの爆撃が四方八方からソルを襲う。
機動力はフェイトに及ばず、なのはと互角以上の防御を誇るものの空戦を不得意とするソル。
行動範囲を制限され、それを機動力で埋めることは敵わない。
結果は火を見るよりも明らかだ、爆破されスクラップにされるのが目に見える。
誰が見ても無茶だ、混乱していたなのはすらそう思った。

「おぉぅぁあ!!」

横なぎに振るわれる剣、燃え盛るそれが爆発を相殺していく。
爆発で起こる熱量を剣から発せられる炎でかき消しながらソルは進む。
地を走る導火線はガンフレイムで、散弾は爆炎で。

「…すごい」

二人とソルの間に差が大きいのは、技量や出力よりも経験値の差が一番大きいかもしれない。
戦闘というものに必ずつきものである命のやり取り、それを排除することができる非殺傷設定。
技術の進歩によって魔力のみを削り、肉体にダメージを与えることなく妥当することができるこの技術は管理局にとって、犯罪者を捕縛するのにうってつけのものであった。
しかし犯罪者側にとって見れば、あまり意味を成さない技術の場合もある。
相手が殺人犯といった手合いには何の意味もなさない。
優れた素質を持っているとしたとしてもなのは達には自分に殺意を持った人間を相手にしたことはほとんどない。
その差が二人がチンクに対して踏み込めない理由となっている。
この差がソルがあの爆心地に踏み込んでいける理由である。

「グランドヴァイパッ!!」

無作為爆破空間を炎を纏いながら突っ切る。
地面すれすれ、地に伏せるような姿勢で滑るように飛び、爆破の下をくぐる。
ついにソルはチンクの足元に潜り込む、突進の勢いを殺さずにベクトルを上空へと変える。
先になのは達に繰り出したヴォルカニックヴァイパーがチンクを襲う。

「………………」
「てめぇ…!ぐっ!!」

かわそうともしないチンクはソルのヴォルカニックヴァイパーをまともに食らう。
しかしインパクトの瞬間にチンクのコートが爆発し、ソルの攻撃を殺す。
それほど大きな爆発ではなかったが、ソルの攻撃を逸らし間合いを空けるには十分すぎるほどの威力を持っていた。
空中で体勢を整えるソルだが、そこは無作為爆破のテリトリー内だった
なのは達ほど空戦を得意としておらず、機敏な動きができないソルはランダムに爆発するそれの直撃を何発も受けてしまう。

「うおぉぉぉお!」

チンクの攻撃範囲外まで弾き飛ばされるソル、地面への激突だけは避けたがそのダメージは小さくない。
ところどころ火傷を負い、中には肉が抉れて多量の出血が見られる箇所もある。
大地に膝をつく、しかし目線はチンクを捉えて離さない。
その憎しみも怒りも悲しみも、あの爆発を受けて尚びくともしない。

「おあつらえ向きだな、爆発反応装甲のつもりかよ…」

爆発反応装甲、攻撃のもたらす圧力に反応して、爆薬が起爆し内部へのダメージを防ぐ。
本来なら戦車などに使われる技術であるが、一説ではその内部への衝撃も少なくないと言われている。
当然だ、人が纏う防御機構などではない。
もっと大規模な兵器が装う武装であり、断じて人の身が扱える代物ではない。

「なんて、無茶な」
「そこまでして…こっちを…」

有耶無耶のうちに蚊帳の外に置かれたなのはとフェイトは絶句する。
すでにチンクは人では非ず、人を殺すために存在する兵器に他ならない。
兵器に保身などという概念は必要ない、その価値は敵を滅してこそのもの。
殺して殺して殺しつくす、ありとあらゆる生命体がチンクの敵である。

「そんな…どうして、どうして」
「引っ込んでろ」

いつの間にかソルは立ち上がり、もう一度あの爆心地に飛び込もうとしている。
なのはの肩を押しやり、前に進むソル。
その手を反射的に掴み、なのはは懇願する。

「あの子、助けられないですか?あの子とお話できないですか!?」
「話をする?今まで呆けてたガキが?」
「戦う理由が知りたいんです、何も知らないまま戦ったって、何を抱えて戦っているか、知りたいんです!」
「戦う理由なら教えてやる」

なのはの手を振り払い、裂帛の気合。

「熱っ!」

軽い衝撃、そして熱。
ソルの周りをまとまった火の粉のようなものが無数に飛び交っている。
クリムゾンジャケット、ソルが使う防御法術で炎を纏い、その熱で相手の攻撃を防ぐ代物だ。
生半可な攻撃ではソルには届かない、そして舞い散る火花にその身を焦がされてしまうだろう。

「奴がギアだからだ」
「そんな!」
「ギアになった理由など知った事ではない。だが奴はこうして牙を?いている。なら――――――」

下肢に込められた力が岩盤を踏み抜く、体幹を捻り勢いを溜め込む。
獰猛にかみ締められた歯、そしてチンクと同じクリムゾンレッドの瞳は殺意に燃えている。

「消し炭にするだけだ!」

大きな火柱状のガンフレイムが前進していく、チンクの起こす爆発をかき消しながら。
それを追いかけるように弾け飛ぶようにソルは飛び出した。
先よりもチンクの攻撃の密度が上がっている、攻撃対象をソル一人に絞ったせいだろうか。
しかし当のソルには関係の無いことだ。

「目障りだ!ヴァンデットリボルバー!!」

炎を蹴り上げるように上昇、そこからベクトルを急転換し燃え盛る剣を振り回しながら突き進む。
着地後間髪いれず、拳を前に突き出しながら突進する。
すでにチンクとの距離はクロスレンジ目前、チンクも投げナイフで反撃する。
ソルの四方八方にナイフを配置し、一斉にソルに襲い掛かる。
突き出した拳の熱が際限なく高まる。
片手が腕に添えられその衝撃に備える。
ナイフの幾つかがソルに突き刺さり爆発を起こす。
しかしクリムゾンジャケットの効果か、爆発はソルを止めるには至らない。
限界まで高まる熱がソルの拳から放たれる。

「消し飛べ」

放たれた炎の暴君はチンクのナイフを全て溶解させる。
ソルが放つタイランレイブの爆炎が放つ熱量を前にして残されるのはよくて消し炭のみ。
その効果範囲は狭いものの、その攻撃力は絶大だ。
ソルのいた場所一帯が溶解し、その蒸気と土煙で戦う二人の姿は見えない。
しかし、相対するチンクの隻眼は確かに捉えていた、地獄とも呼べる光景から飛び出してくるソルの姿を。

「はっ!」

首元を掴まれるチンク、人体の急所である首を掴まれてもチンクはうめき声一つ上げない。
変わりに至近距離にいるソルに対して爆撃を浴びせる。
その爆撃が一面を覆っていた土煙を晴らす。
何度も響く爆発音、すでに二人の戦闘の蚊帳の外にいるなのはとフェイトにもそれは伝わっている。

「これが……ギア」

戦慄。
戦いに慄き、身が引ける。
命のやり取りをしてこなかったわけではない、いつだってどんな時だって命がけで戦ってきた。
ただ、目的が相手の命ではなかった。
それが怯えとなり恐怖が心にこびり付く。

「仕舞いだ」

首を絞める、万力のような力を込めてその細首を砕こうと。
悲鳴は、ない。
チンクにはすでに悲鳴を上げる必要がない、両の目から血が溢れようとも関係ない。
眼前敵の殲滅のみを存在理由のチンクには痛みなど何の意味ももたらさない。
ランブルデトネイターを展開する、しかし刃先はソルと自分に向けて。
チンクは自分もろともランブルデトネイターでソルを葬るつもりのようだ。

「ぐぅぅぅぅぅぅうううぁあああ!!!!!」

展開、即、射出。
無数の投げナイフがソルとチンクに突き刺さっては爆発する。
クリムゾンジャケットで爆発のダメージを緩和できるとて、これだけの爆発はさすがに防ぎきる事は敵わず。
しかし爆発の礫にさらされながらも、ソルのその指はチンクを尚、締め上げる。

「ちぃ!………くたばれ」

その言葉と共にソルの手が爆発を起こす。
その爆発はチンクの体をばらばらに吹き飛ばす、首と体が袂を分かつ。
無残に肉片を散らしながら四散するチンク。
ぼとり、と無機質な音を立ててチンクの首らしきものが地面に落ちる。

「う…ぁ」
「………っ!」

思わず口元を押さえるなのは、顔を背けるフェイト。
うずくまり、胃から逆流してくる嘔吐物を必死にこらえる。
息ができない、涙が次から次へと止まらない。
今、人の形をした何かが殺された。
無残としか言いようがない、無事なところを見つけるのが難しいくらい。
人であった肉塊がそこに散らばっている。
人の死に行く姿を、しかもこんなにも残酷な方法で殺されるのを傍で見ることになろうとは思いもしなかった。
気持ちが悪い、肌を触る空気の感覚が嫌だ、この目に映る景色が気に入らない、何もかもが絶望に満ちているような。

「…………クソッ」

大地の所々に残り火、その真ん中に立ち尽くすソル。
傷だらけになった背中、満身創痍。
ただその怪我よりも、その佇まいが儚いものに見えなくもない。
何もかもが絶望に満ちた世界の中で、絶望以外の何かを見つけられたような気がした。
それがほんの少しだけ、フェイトの意識を現実に引き戻す。
しかし―――――――――――――

「あ、はは」

もう一人の少女は未だ現実に戻れずにいた。

「なの、は?」

蹲るなのはの表情は伺えない、ただ悲しげに笑う声だけが聞こえる。

「何も伝えられない、何も伝わらない…まま、死ん、だ」

焦点を失った言動は虚しく響く、しかし重く重くフェイトに響く。
親友の絶望が、これまで感じたことの無いほどの絶望が。
どんな時だって、なのはは戦ってでも伝えて。
それがどんな相手だろうと、どんな形になろうとも伝えられると信じていた。
信じていたものが幻想だった、自身の弱さに打ちひしがれる。
追い討ちをかけるように一切の情を挟まない戦いを垣間見てしまった。
命のやり取りが目的の戦いを知ってしまった、どんな理由すら寄せ付けない殺すか、殺されるかの。
それがどれだけ凄惨なのか、なのはは知ってしまった。
自身の理想と現実との違いに絶望してしまった。

「なのは………立てる?」

フェイトとて辛くないわけではない。
こみ上げてくる吐き気を懸命に抑えながら、なのはを気遣う。
凄惨な光景、陰鬱な景色。
星々と無骨な大地と血だまり。
そのアンバランスさは心の平衡すらおかしくしかねない。
そんな中を懸命にこらえた、いつだって自分を支えてくれた友に手を差し伸べるために。
フェイトの手が視界に映る、慈愛の手、なのはを想うが故の救いの手。
無意識のうちに手を伸ばす、助けを求めているわけではない――――――――――――自失状態にあるなのはにはそれを理解できない
ただただ無意識のうちにフェイトの手を取ろうと。
きっとここでその手を掴むことができたなら、誰かの温もりを感じることで平静を取り戻せたのなら。
誰かと共にその痛みを分け合えたなら、この現実を受け入れることが出来かもしれないのに。

フェイトの手となのはの手は無情にもすれ違う。

フェイトは視界の隅に光を見た、ほんの一瞬、しかし確かな感覚。
その光が星の瞬きではないことを即座に理解した。
この世の全てを滅する滅びの光。
そして即座に理解してしまう、その光の矛先が―――――――――――

差し伸べた手を戻して転身、出来る限りの、雷光の速さで駆け寄る。
血濡れの背中で一人佇んでいた、ソルの元へ。

「危ないっ!」

フェイトがソルの元へたどり着く頃には、針の先ほどの光が眼前を埋め尽くすほどの光となって迫っていた。
ソルもその光に気づくがすでに回避は間に合わない。
光と同時にソルの元へフェイトが飛び込んでくるのが見える。

「てめっ――――――」

刹那、光に飲み込まれる。
その景色を救いの手を掴めず、たった一人残されたなのはは眺めていることしか出来ず。

「あ――――――――――」

気づけば、そこには何もなくなっていた。
光が過ぎ去った後には、立ち並んでいた岩も一つとしてない。
すでに機能を停止した人の形をした兵器の欠片も。
目の前で戦闘機人をバラバラにしたソル・バッドガイも。

「あ、あああああ」

そして、なのはにとって掛け替えの無い友であるフェイト・テスタロッサの姿も。

「ああああああああああ!!!!!!!!!!」

全てがなくなった場所でたった一人取り残されたなのは。
ただ一人、無限の星空に向けて叫ぶ。
獣のように。

しかし、それは誰にも聞かれないまま、何も無い荒野にただ響くのみ………。

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最終更新:2009年12月06日 15:03