先史から旧暦の時代まで、ミッドチルダは惑星全体が一つの都市だった。
古代ベルカを滅ぼした大規模次元震に巻き込まれ、壊滅的被害をこうむってから数百年経った現在では、
首都クラナガン及び幾つかの都市やベルカ自治領以外の地域は、森に覆われた遺跡となって眠りに付いている。
その遺跡の奥深く、崩れかけた廃墟の一角に古い戦闘機が鎮座している。
瓦礫と蔦に覆われかけた機体、数世紀分の埃が積もったコクピット。
どう見ても動くとは思えない戦闘機の計器類が突然光り、エンジンが点火する。
轟音と共に瓦礫が吹き飛び、機体が上昇すると共に蔦が引きちぎられる。
突然の爆音に驚いた、廃墟をねぐらとする生物たちが方々に逃げ出す。
戦闘機は廃墟内をゆっくりと上昇しながら、大出力で信号を発信する。
“こちらは航空参謀スタースクリーム。
我がデストロンの勇士たちよ、時は満ちた! 今こそ総てを焼き尽くす劫火と共に、我々の存在をこの世界の人間どもに知らしめるのだ!”

突然、席上の空間モニター全部にブロックノイズが生じ、意味不明の文字列が流れたかと思うと、“只今回線は使用不能となっております”という表示が現れた。
「何だこれは!?」
長官は戸惑った表情でシモンズ達の方を見るが、彼らも首を横に振るばかり。
NMCCの方を見ると、そちらでも同様の混乱が起こっているのが分かった。
只事ではない様子に部屋を飛び出した長官の後を、なのは達が慌てて追う。
「どうした、何が起こった?」
長官が大声で呼び掛けると、身長2メートル弱の鮫の顔をした技官が駆け寄って返答する。
「通信が途絶しました。NMCCの通信システムが、総て機能不全に陥っております」
「原因は?」
「判りません、現在調査中で―――」
「お話し中失礼します!」
息せき切って駆け付けて来た、蛸みたいな長いしわくちゃ顔にワラスボの口をした技官が、話を遮って報告を始める。
「原因が判明しました。タイコンデロガに侵入した“敵”が、ネットワークに仕込んだウイルスによるものであります」
「隔離したのではなかったのか?」
蛸顔の技官は頷くと詳しい説明を始める。
「そのつもりでしたが、ウイルスはOSの一部に姿を変えて潜伏し、政府系ネットワークを通じて感染を拡げておりました。
現在、ミッドチルダ全域の地上・衛星通信は、軍・民両方とも使用不能です」
長官は空間モニターを開くと、私用の通信回線に繋ぐ。
使用不能という表示が出ると、今度は専用の極秘回線に接続を切り替えるが、ここも結果は同じだった。
「長官、まずは念話での通信に切り替えた方が」
ゲンヤ少将がそう耳打ちすると、何を言うべきか考えあぐねていた長官は、落ち着きを取り戻して頷いた。
「通信が回復するまで、局員間の連絡は念話で行うように。
それから、本局ビル内での魔力の使用も許可する」
矢継ぎ早に命令を下し始めた長官の後ろで、ギンガがシグナムに話しかける。
「シグナム二尉、これが敵の攻撃の第一波だとすると…」
シグナムも厳しい表情で頷いた。
「ああ、第二波はクラナガンと聖王教会…だな」
シグナムはアギトに振り向く。
「ユニゾンが必要になるかも知れん、準備はいいか?」
「旨いものを腹いっぱい食ったから、いつでもOKだぜ!!」
シグナムの問いかけに、アギトはガッツポーズで答えた。

―――8

クラナガン市街には“廃棄都市区画”と呼ばれる、廃墟となっている街区が幾つかある。
ほとんどは先史・旧暦時代の遺跡だが、災害や事故で使用不能になった街区もある。
現在“第29再開発区画”として、大型建機を大量動員して急ピッチで取り壊し作業が行われているこの街区は、
元々は“臨海第8空港”と呼ばれた、ミッドチルダ国内及び次元世界航行用旅客船へのシャトル発着場であった。
今行われているのは、ディエチがクアットロの指示の下、ヴィヴィオが乗っていたヘリを撃墜しようとした29階建て雑居ビルの爆破解体である。
作業自体は滞りなく終わったものの、その後10メートル近くもある巨大ショベルカーを入れて瓦礫の後片付けを始めた時、異変が起こった。

瓦礫を掬い上げ、重巨大ダンプカーの荷台へ降ろす作業をしていたショベルカーが、突然動きを止めた。
運転していた三十代半ばの日系人男性オペレーターは、怪訝な表情でギアやアクセルを操作するが、何の反応もない。
外部に連絡を取ろうとしたが、空間モニターには“只今回線は使用不能となっております”という表示が出ているだけ。
魔導師資格を持つ彼は、イグニションポートに差し込まれたデバイスに話し掛けた。
「“インフェクター”どうした、何かあったのか?」
「判りません。突然―――」
それに対してデバイスが答えようとした時、耳をつんざくような強烈なノイズ音が席内のスピーカーから発せられ、
デバイスがポートから弾き出されたかのように飛び出す。
面食らったオペレーターがデバイスを咄嗟にキャッチするのと同時に、運転席のドアが開き、彼は悲鳴と共に外へ放り出された。

デバイスがホールディングネットを展開し、オペレーターは激突死を免れた。
言葉もなく呆然と座り込むオペレーターに作業員たちが駆け寄って来た時、ゴガガギギという奇妙な駆動音と共にショベルカーが変形を始めた。
ブームとアームが二つに割れて横に広がる。
それが腕のような形になって地面へ振り下ろされると、直撃を食らったダンプカーがメチャクチャに破壊される。
土煙と共に瓦礫やダンプの破片が盛大に噴き上がり、逃げ惑う作業員たちに降りかかって来る。
両腕を支えにして車体が持ち上がると、キャタピラ部分が上下に移動して車輪の形に変形する。
最後に車体内部が開き、凶暴を絵に描いたような顔が出現する。
身長60メートル近い機械の化け物は、周囲の混乱など意にも介さず、土やコンクリート片を豪快に巻き上げながら、市街地の方へと走り出す。
ビルドロン部隊採掘兵“デモリッシャー”が顕現した瞬間であった。

市内、郊外、あらゆる場所で車が突然乗っていた人間を放り出し、人型の大型ロボットに変形を始めたのだ。
信号待ちで停車していた時に放り出された者は幸運な方で、高速道路では運転中いきなり放り出された人間や、
変形したロボットの攻撃によってわずか数分で悲惨な状況となった。
ロボットたちは所かまわず砲撃や破壊活動を始め、管理局が状況の把握に躍起になっているうちに、「JS事件」など比にならない程被害は拡大していた。

聖王教会近くの峡谷を、スタースクリームがX型の翼を展開して、水面スレスレの超低空を音速で飛んでいる。
真正面にダムが見えても、戦闘機は速度を落とさない。
あわや激突すると思われた瞬間、戦闘機は直角に機首を変えて壁面を上昇する。
ダムの上に出た次の瞬間、戦闘機瞬時に人間型ロボットに変形して降りたった。
スタースクリームは、案内人からのデータと周囲の走査結果を照合して、教会及びセクター7に電気を供給している発電所を確認。
左腕を上げると、そこへ目掛けてプロトン魚雷と呼ばれるまばゆい光の玉を三発発射した。

発電所が爆破される音は微かに聞こえるか聞こえないか程度だったが、教会内総ての照明が二・三度瞬いた後、フッと消える。
セクター7も同じように明かりが消え、突然の暗闇に周囲の賑わいが一瞬にして途絶える。
すぐに非常灯に切り替わり、明かりが点ると、驚愕の静寂は混乱のざわめきに取って代わられた。
法王は、再び点灯した照明を仰ぎながら、溜息混じりに呟く。
「どうやら、これまでのようじゃな」

魔神の冷却システムを統括する制御室は、非常用電源が切れたために大混乱に陥った。
空間モニターによる通信が使用不能の状況では、頼りになるのは念話と己の目・耳・口である。
伝令役の職員が走り回り、念話がやかましく響く状況下で、職員は必死になってシステムの故障の原因を突き止めようとする。
その原因であるフレンジーは、施設内のダクトを、誰にも邪魔される事なく縦横無尽に走り回り、電気設備や冷却システムを片っ端から破壊して回っていた。
例え原因がすぐに判明したとしても、修理が間に合う状態ではない。
ネットワークに直結していない為に難を逃れた“魔神”の冷却状況を示すモニターが、急激な温度上昇を検知して警報を発し始めた。

「聖下! 魔神を冷却しているシステムが機能不全に陥ったと報告がありました」
 カリム達を案内したエージェントが、息せき切って駆け付けると、法王は頷いて指示を出す。
「奥の院は放棄する。技師及び職員と参拝客を至急教会から退避させよ、教会騎士団も動員して、可及的速やかに行うのだ」
まるでその声を合図としたかのように、溶けた氷の欠片が魔神から剥がれ落ちた。

法王の指示の下、教会全体に緊急放送が流される。
「参拝客の皆様にお伝え致します、只今奥の院にて非常事態が発生致しました。
 法王聖下の命により、皆様は脩道士及び教会騎士の指示に従い、直ちに教会より避難して下さい。
 尚、避難誘導以外の教会騎士は、直ちに奥の院へ集結して下さい」

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最終更新:2010年01月17日 19:35