本局ビルNMCCは、依然として混乱状態が続いていた。
局員同士の念話の利用と市警察からの無線機の提供で応急の連絡態勢は整ったものの、
今までの空間モニターでの通信とは勝手の違う連絡方法に、状況を伝えるのに苦労している有様であった。
「第29再開発区画から超巨大ガジェットドローンが出現したって通報の件はどうなった? 確認は取ったのか!?」
「37区から、本局方面へ向けて一般車両に擬態したガジェットドローンが進行中との通報が…」
「16区のメイリンガル通りでは、人型ガジェットドローンが所構わず砲撃や破壊活動を行っていて、死傷者が多数出てます、
至急陸士部隊の派遣を!」
「―――はい、現在、武装隊と航空隊を向かわせていますが、空間モニターが使用不能なため連絡が上手く取れず…」
「イラルメルタハイウェイは、人型ガジェットドローンの出現で、上下線各所とも多重衝突事故が発生! 車両の進入は不可能との事です!」
各部署から続々と入ってくる報告に、長官は表情をしかめながら呻く。
「何て事だ、我々管理局はこの時の為に居るというのに…!!」
苛立ちをテーブルにぶつける長官に対して、ゲンヤは努めて落ち着いた口調で言う。
「仕方ないでしょう。我々が今まで相手してきたのは、個人や小規模な組織レベルの次元犯罪者ばかりで、
 こんな大規模な軍事攻撃を行える、国家規模の敵と戦った事はありませんから」
長官以下幹部たちが対策に頭を悩ませていた時、類人猿似の顔以外の部分が白い体毛に覆われた士官が一名やって来て、敬礼しながら報告する。
「聖王教会から、増援の方が参られました」
士官の報告に対して、呼吸器を装着する犬の毛のような髪の幕僚が不審そうに言う。
「増援だと? 向こうも今、手が回らない筈じゃ?」
幕僚たちが訝しげに首を捻ると、カリムたち5人が席にやって来た。
「聖王教会騎士カリム・グラシアです。法王の命でこちらの応援に駆け付けました」
カリムの申し出に対して、土気色の皺だらけの肌に異様に広い額の、少将の階級章を付けた人間型生物の幹部が答える。
「カリム殿、お気遣いは有り難いが、現在こちらは通信が寸断されて部隊間の連絡が取りづらい状況でして、出来る事はほとんどないかと…」
「通信が不可能な状況ですね?」
カリムが尋ねると、ゲンヤが頷いて答える。
「ええ、軍民双方の空間モニターが総て作動不能に陥ってるんですが、直せるので?」
カリムが振り向くと、オットーは頷いて答える。
「僕とディードでネットワークの状況を見てみます。上手く行けば、通信システムを回復出来るかもしれません」
オットーの言葉に、中将の階級章を付けた小人の幹部がすがる様に言う。
「今の状況では大変ありがたいですな、早速お願いしたい」
「君、あの子たちに席を用意してもらえないか?」
長官がそう言うと中将は急いでNMCCに向かい、オペレーターたちに説明して席を空けてもらった。

「IS、ツインブレイズ」
ディードは二本の剣型デバイスを開くと、それを鍵ぐらいの大きさに縮めてコンソールのイグニションポートに差し込む。
準備を終えたディードは、隣席のオットーに頷く。
「IS、レイストーム」
オットーはコンソールにISを展開させ、ネットワークと直接リンクする。
その様子を見たオペレーターの何人かが、嫌悪感もあらわに近くの同僚とヒソヒソ話し込む。
「どう?」
ディードが尋ねると、オットーは首をひねりながら答える。
「難しいね、軍用、民間用のネットワークは完全に使用不能になってる」
「と、なると…やっぱり私たちでサーバーの代役を?」
ディートの言葉に、オットーは頷く。
「うん、そうだね」
二人は互いに頷くと、遠巻きに様子を見ているオペレーターたちに声をかける。
「聞いてください。僕たちがサーバーシステムの代用をしますので、システムの復旧をお願いします」
それを聞いたオペレーターたちは、急いで自分の持ち場へと戻る。
「プリズナーボックスでファイアウォールを構築すれば、ウイルスの侵入を抑える事はできるから…」
「通信回線を、未使用の回線に切り替える必要が…」
二人の間でしばらくやり取りがあった後、オペレーターたちのコンソールが息を吹き返した。
「映像が戻ります!」
しばらくしてから、人間の顔ながら金魚のように離れた赤い目に、つぶれたかのように大きく平べったい鼻が人類的基準では不気味な、
白い肌のオペレーターがそう叫ぶ
と同時に、それまで使用不能の表示だらけだったNMCCのモニターに、クラナガン市街の惨状が次々と映し出される。
ビルや車や人間を無差別に砲撃する一つ目ロボットの大群。
一般車両を弾き飛ばし、通りを我が物顔で走る種々雑多な乗用車軍団。
街路を蹂躙しながら爆走する、二輪の巨大なロボット…。
「あれは一体…」
幕僚の一人が発したこの一言以上に、この場にいる者たちの気持ちを代弁する台詞はなかった。

デモリッシャーは巨大な手で乗用車・大型トラックを掴んで放り投げ、車輪で街路を蹂躙しながら爆走していた。
「何だよありゃ!?」
デモリッシャーの後をローラースケート型デバイスで追いかける、おかっぱに似たショーットカットの真紅の髪の少女が、
周囲の惨状を目の当たりにして、驚愕と怒りの入り混じった声を上げる。
「どうするっスか、“ノーヴェ”?」
ディープピンクの髪を後ろにまとめた、ボード型のデバイスに乗って横を滑空する同年代の少女が尋ねると、
“ノーヴェ・ナカジマ”はデモリッシャーの背中を厳しい表情で睨み付けながら答えた。
「“ウェンディ”、お前はチンク姉に連絡を取れ! あたしは付近の陸士部隊に連絡を取って救助を要請する!!」
「OKっス!」
“ウェンディ・ナカジマ”は親指を上げると、念話で。
“こちらはウェンディっス、チンク姉、あのバケモノが見えてるっスか!?”
ウェンディの呼びかけに、念話で返事が返ってくる。
“ああ、姉も確認した”
陸士部隊への連絡を終えたノーヴェが、内心の不安を吐露する。
“チンク姉、どうすりゃいいんだ? あんなバケモノ相手にどう戦ったらいいか見当がつかねぇ!”
念話はノーヴェの焦りを諭す…と言うより、自分自身に鼓舞するように呼び掛ける。
“落ち着けノーヴェ、どんな強い敵でも必ずどこかに弱点はある”
それから少し間を置いてから、ウェンディに指示が来る。
“まずはウェンディ、何でもいいから攻撃してみてくれ、それである程度の強さが推測できるはず”
“了解っス!”
ウェンディはそう返事すると、自らのデバイス“ライディングボード”を加速させ、デモリッシャーの前へと出る。
“姉もすぐそちらへ合流する、それまで我慢してくれ”
“了解(っス)!”
ノーヴェとウェンディはチンクの言葉に力強く頷いた。

ウェンディはデモリッシャーの前方に出ると、ボードを反転させて真正面から相対し、自らのISを起動させる。
「エリアルショット!」
デバイスから声が出ると、砲口から数発エネルギーが弾丸の形になって放たれ、デモリッシャーの巨体で炸裂する。
しかし、デモリッシャーにとってはBB弾が当たった程度でしかなかった。
今度はデモリッシャーがお返しとばかりに、反対車線を走っていた乗用車を掴み上げ、ウェンディ目掛けて投げつける。
「いいっ!?」
面食らったウェンディは、慌てて防御用のISを展開する。
お陰で乗用車に直撃されるのは免れたが、牛の頭に人間の身体をした、四人の家族が悲鳴を上げながら必死に座席にしがみついているのが、
IS越しに見えた。
ウェンディは車が落ちるのを防ごうとISをもう一つ展開させるが、間に合わず摺り抜けてしまう。
「させるかよ!」
それを見たノーヴェは全速力で前に出ると、激突する直前に車を全身で受け止めた。
「サンキュっス、ノーヴェ!」
ウェンディは破顔し、親指を上げて礼を言う。

その様子を見たデモリッシャーは、次に前方や対向車線の車を手当たり次第に掴んで、次々と放り投げてくる。
「二度も同じ手は食わないっスよ!」
ウェンディはそう言って投げられる車を回避しながら、ISを次々と展開して投げられた車を受け止める。
その隙にノーヴェは“エアライナー”と呼ばれる空中移動用のISを展開してデモリッシャーの顔の所まで一気に駆け上がる。
「人の命を…オモチャにするんじゃねぇ!」
ノーヴェは怒気を声と力に篭めて、右手に付いた自らの武具“ガンナックル”をデモリッシャーの顔面に叩き込む。
その反動でデモリッシャーの顔が捻じれるが、ダメージは全く受けていない。
「痛くもかゆくもねえぜ!」
ミッド語でデモリッシャーはそう言い返すと、自分たちの言葉で罵倒された事に驚いたノーヴェに思い切り頭突きを食らわせる。
弾き飛ばされたノーヴェは、エアライナーを展開して墜落するのを防ぐも、ダメージが抜けきっておらず体をふらつかせる。
「危ないっスよノーヴェ!」
ウェンディの叫びにノーヴェが振り向くと、頭上からデモリッシャーの車輪が迫ってくるのが見える。
慌てて退避しようとするものの、とても間に合いそうには見えない。
ウェンディが助けに行こうとしたとき、その横を猛スピードで人影が走り抜けた。
デモリッシャーに潰されそうになる次の瞬間、一人の人影がノーヴェの体を掴んで横をすり抜けた。
「大丈夫かノーヴェ?」
「チンク姉!」
銀髪のストレートヘアーで左目にアイパッチを付けた、小学生にしか見えない“チンク・ナカジマ”が、ノーヴェの肩を支えていた。
「二人とも待たせたな」

「急いでください!」
魔神の格納庫内で最後まで残っていた三つ目の蝙蝠のような姿の技師が、教会騎士に急き立てられながらデータを次々とセーブしていた。
「よし、終了だ」
技師が最後のデータをセーブし終えてモニターを消した時、重々しい轟音と共にすぐ横に大きな氷の塊が落ちてきた。
仰天した技師が落ちてきた方振り向くと、覚醒した魔神が身体に付いた氷を払い落とそうと身動きを始めたのが見えた。
「さあ、早く!」
騎士がそう言って腕を掴むと、技師は慌てて出口へと走り出した。

「魔神が目覚める、全員構えるのだ!」
法王の命が下ると、Aランク以上の魔導師で構成される教会騎士及びセクター7直属の連合部隊が一斉にベルカ式魔方陣を展開させる。
魔神が身体の戒めを解こうと身動きする度に、氷の塊や重い資材が格納庫のあちこちに飛び散るが、魔導師たちはプロテクションシールドを展開して防ぐ。
完全に自由になった魔神は、溶岩よりも赤く輝く眼で周囲を睥睨すると、両腕を誇示するように突き上げる。
そして、地の底より噴き上がるマグマの鳴動よりも凄まじい咆哮をもって、高らかに宣言した。
「余は“破壊大帝メガトロン”! デストロン軍団のリーダーだ!!この前は儂の目覚めを邪魔してくれおったが、今や誰にも止める事は出来ぬ!」
それと共にメガトロンの右腕がチェーンメイスに変形し、周囲に散らばった氷や瓦礫を薙ぎ払う。
魔導師たちは再度プロテクションシールドを展開してそれらを防ぐと、メガトロンに向けて一斉に攻撃魔法を放つ。
だが、それらはメガトロンの体表面でことごとく弾き返されるばかり。
「その程度でこの儂が倒せるか」
メガトロンは魔導師たちの必死の攻撃を嘲笑う。
「行かせん!」
法王がそう言って魔方陣を展開させながら気合いの声を上げると、メガトロンの足元と天井から、氷の刃が幾つも突き出る。
それは瞬く間に魔神を取り囲み、押し潰さんばかりに包み込んだ。
その様子に、教会騎士から驚愕のどよめきが上がる。
だが次の瞬間、強力なエネルギー弾が氷の壁を突き破り、魔導師部隊すぐ真上の天井を粉々に吹き飛ばす。
「いかん、逃げよ!」
法王の言葉と同時に天井が崩落を始め、逃げる魔導師たちを大量の瓦礫と土砂が襲う。
魔導師たちの混乱を尻目に、メガトロンは悠々とチェーンメイスで氷の壁を砕いて再び姿を現すと、両腕を前に突き出す。
すると、腕が一体化して一つの巨大な砲となる。
“フュージョンキャノン”と呼ばれるその巨砲から、強力なエネルギー弾が発射され、崩落から辛くも逃れた魔導師たちを木の葉のように吹き飛ばす。
エネルギー弾は次々と撃ち出され、魔導師たちはなすすべもなくやられて行く。
メガトロンは、壊滅した部隊を一瞥すると、冷然と言い放つ。
「少しはやるようだな。だが、儂を止めるにはまったくの力不足よ」
メガトロンは背後の壁を振り向くと、チェーンメイスでもって壁面を破壊する。
壁の向こうに、かつて自分が搬入されたトンネルが見えて来ると、メガトロンの体が幾つものパーツに分裂して変形を始めた。
砲撃で吹き飛ばされ。重傷を負って地面に倒れ伏す法王が、苦痛と必死に闘いながら顔を上げると、メガトロンが三角形の宇宙船へと変わるのが見えた。
その姿は、教会の伝承に恐怖と共に伝えられている“聖王のゆりかご”そのもの。

「い…行かせるわけには……!」
法王は再び魔方陣を展開させると、死力を振り絞って自分の杖型デバイスを向ける。
すると、吹き上がる炎と共にデバイスが連結刃となってメガトロン目がけて伸び、ゆりかごとなったメガトロンに命中する。
炎は金属の巨体を覆い尽くし、焼き尽くさんばかりに激しく燃え上がる。
「さっきよりも威力が落ちてるぞ、これでは勝負にならんな」
メガトロンは冷然と言うと、エンジンを起動させる。
法王が最後に見たものは、格納庫全体を覆う強烈な閃光と自分めがけて走ってくる衝撃波であった。

メガトロンはトンネル内を上昇し、分厚いコンクリートと複合金属で出来た、入口の封印の壁を体当たりで粉々に破壊して空へと踊り出る。
突然、大地を震わせる轟音と共に奥の院の建物が吹き飛んで巨大な飛行物体が現れた事で、教会内はパニック状態に陥った。
逃惑う信徒や、それを押しと止めようとする教会騎士と修道士で混乱状態の地上は意にも介さず、メガトロンは周囲を飛行しながらスキャンすると、
教会本部の中枢部である大聖堂へと再び人間型形態に変形しながら着地する。
同時にスタースクリームが大聖堂隣の塔に、同じく人間型ロボットに変形しながら降り立った。
「お久しぶりでございますメガトロン様、スタースクリーム只今参上いたし―――」
メガトロンはスタースクリームの 挨拶を苛立たしげに手を振って遮る。
「おべんちゃらはいい、それよりオールスパークの行方はどうした?」
その質問に、スタースクリームは言葉を選びながら報告する。
「申し訳ございません、つい最近…約500年前までの足取りは掴めましたが、それ以後再び行方不明です」
それを聞いたメガトロンから、憤怒の唸りが上がる。
「またしくじりおったなスタースクリーム! 何が何でも探し出せ!!」
「まぁ、お待ちをメガトロン様」
怒鳴りつけられたスタースクリームは、取り成すように両手を上げて振りながら言った。
「確かにオールスパークは未だ行方不明です、探し出すにはやはりメガトロン様のお力がなければ無理と判断たしまして、まずは復活願いましたわけで」
そこで一度言葉を切ると、少し考えてから話を再開する。
「それに、ある程度手掛かりとなりそうな人物もこちらで確保してあります、その者の協力とメガトロン様のお力があれば、我々だけで探し出すよりも遙かに早く見つかります」
スタースクリームの弁明を聞いたメガトロンは、首を横に振りながら言った。
「ふん、やたらと口先だけは達者になりおって。まあいい、この世界に関するデータを全て寄こせ」
「はい、只今」
スタースクリームは直ちにミッドチルダ、ベルカの歴史や政治、次元世界の情勢に関するデータを送信する。
データのやり取りは、わずか数秒ほどで終わった。
「なるほどな…で、もう一つの作戦は?」
メガトロンの質問にスタースクリームは即座に答える。
「現在、ジャガーとインセクトロンにリアルギアの連中を案内人に同行させて遂行中です」
メガトロンは頷いて言う。
「よかろう。お前の作戦、そのまま進めてみろ」
スタースクリームは、頭を下げて答えた。
「ありがとうございます、必ずや成功させて見せます」

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最終更新:2010年04月27日 00:28