どうして心など持って生まれたのか、星霜の下を飛び交うクワットロは思った。
追随するガジェットが抱えるのは重傷を負ったトーレとセイン、両者共にすでに意識は無い。
命に関わるモノではないが生涯に関わりうる怪我であろう事は予測できた。
浅い呼吸、意識は無くとも苦痛に歪む表情。
彼女らのバイタルを小まめにチェックしながらゾッとした。
人を超えるために生み出された戦闘機人だ、弱いわけがない。
その戦闘機人を子供のように扱い、ここまで損傷させるソルの能力を畏怖した。
姉妹を案ずる心配とソルへの恐怖、感情のダブルブッキングがクワットロを圧迫する。

「んもう、らしくありませんわ」

自分でも自覚はしている、だからと言ってどうなるものでもない。
いつもの通り皮肉を飛ばし、余裕を振りまくなんて出来ない。
それでも精一杯の空元気でいつもの通り振舞おうとする。
意識がないとは言え、姉妹たちの手前だ、この場で唯一五体満足な自分が平静を保っていなくてはどうする。
もうじきアジトへとたどり着く、それまではそばにいてられるのはクワットロだけ。
それまでは、それまでは自身の不安や弱気が姉妹に伝わらぬように。
皮肉な笑顔を絶やさぬように、決して涙を流さぬように。
クワットロは星霜を飛ぶ、痛みに耐える二人の姉妹を抱えて。

「こんなことになるのならいっそ丸ごと機械にしてくれればいいのに」

その一言は誰にも聞かれずに夜に吸い込まれていった。
それが死んだチンクへの痛烈な皮肉となるものなのか、それともクワットロの本心なのかはわからないまま。


星霜を飛ぶ、一筋の流れ星のように、いつか消える光のように。







魔法少女リリカルなのは GG ver.β

04.Walk in the dusk


トーレとセイン、そしてギアとなったチンクの戦闘の傍ら、クワットロはバックアップ目的で近隣に待機していた。
ソルとの戦いでは必ず飛行もままならぬほどにやられてしまうのがほとんどだ。
故に、戦闘に参加しない誰かが此度のクワットロのように近隣に控えている。
元々、直接戦闘に向かないクワットロはバックアップにつく事が多かった。
傍目で傍観しているのは始めこそ楽でいいと感じていた。
しかし敗北を何度も数えるごとに、他のナンバーズ達の悲痛な表情を傍らで何も出来ないで見せられることはいつしかクワットロにとって苦痛になっていた。
他人の痛みを何とも思わないクワットロだったが、ソルとの戦いを通じてそれを理解してしまったのだった。

「ふぅ…着きましたわよ、ドクター」
「ご苦労だった、すぐに処置室へ」
「了解ですわ」

アジトへ着きスカリエッティに連絡をとり、指示を仰ぐ。
ここ最近では恒例となった流れだ、あとの流れはガジェットたちがやってくれる。
完全な流れ作業、望まぬにしろ定着してしまった一連、飽きが来る以前に嫌になる。
いわば敗戦処理、誰かの後始末だ。
………苦しそうに横たわる二人が運ばれていく。

「――――――――――っ」

歯が軋むほどに食いしばる、冷酷で残酷、他人の痛みに鈍感であったクワットロが姉妹の惨状を目の前にして。
この風景を何度も見てきた、自分だけ五体満足なままそれをただ眺めていた。
それがいつしかどうしようもなく嫌になった。
嫌だった、もうどうしようもないほどに。















「全身打撲、その際に腰椎を亜脱臼している。下半身の麻痺は免れない…」

ポッド内に浮かぶトーレを見ながらスカリエッティは無感情に呟く。
続けざまにとなりのポッドへと目をやる、中にはトーレと同じようにセインが浮かんでいる。

「セインは………頭部強打による急性硬膜下血腫、脳実質にも損傷があるやも知れないな」

いかにスカリエッティが生命操作技術に長けていたとしても、直せないものが存在する。
特に神経線維、大脳から脊髄にかけての修復は困難を極める。
さらに、セインの脳実質へのダメージばかりは直せない。
生きる上での全ての機能の管制を行っている大脳、その機能はおおよそ初めから機能局在、つまりどの部分がどの機能を司るかが決まってはいるが、それは長い年月をかけて
形成されていく側面も少なからず存在している。
例えば、知能などがその最たる例だろう。
スカリエッティと言えども時間には逆らえない、重ねてきた時を改竄する術など存在しない。
トーレの麻痺についても同じことが言える。
ただ動くだけでいいのであれば問題は無いが、以前のような動きが出来るようになるまでには時間を要する。
いかに戦闘機人とて、ベースが人間である以上その調整にも限界がある。
此度の損傷は、その限界を超えた次元にある。

「ドクター」
「言わんとしていることは理解できているよ、ウーノ。判断に私情は挟まないさ」

暗にほのめかされる二人の状態、秘書とは言えスカリエッティほど生命操作技術に長けているわけではないウーノが見てもわかる。
すでに修復できるレベルの損傷ではない、仮に修復できたとしても長い時間をかけて付き合わなければならない「障害」を持つことになる。

「………ではどうなさるつもりですか?」
「命を取り留めるだけなら造作も無いよ、まずは意識レベルを上げる」

命は取り留められる、その言葉にほんの少しだけ安堵して――――――――同時に少しだけ落胆して――――――――。
命あらば、命があるから、命があればいい、死ぬわけではない、だなんて無責任な言葉だ。
故にウーノは落胆した、彼女達が今後味わうだろう苦労を思うと心が沈む。

「その後です、この子達を―――――破棄しますか?今後彼女達が作戦に参加できるレベルに戻れるとは到底思えません」
「破棄、か。………ウーノ、君はどうしたらいいと思う?」
「私、ですか?最終的にはドクターの判断を尊重します、しかし………私個人の感情を吐露すれば、生きていて欲しい、ただそれだけです」
「彼女達がそれを拒んでも?」
「私個人の意思です、この際彼女達の意思は判断材料に加えません」

どちらにしてもらしからぬ物言いだった。
珍しく私情を吐露したウーノもそうだが、スカリエッティがこのような質問をしたこともだ。
共に、ナンバーズの負傷から少なからず動揺しているのが如実に現れた一瞬だった。

「そうだったな、君の意見を聞いているのに彼女達の意思を加味しろというのは、いささか不躾だね。すまない」
「いえ、構いません。ドクターが言わんとしていることも理解できます。彼女達が生き長らえさせられて納得するかどうか、という事ですね」
「彼女たちは自分たちのことを兵器だと思っている。その認識自体は間違ってはいないと思う。僕も戦闘機人を兵器と思っているから」

ウーノの表情は何も変わらない、ウーノも自身を兵器の末端と捉えている。
スカリエッティが大本の作戦発案者であるとするならば、ウーノは具体的な作戦を練り上げて具体的な戦術を提示し、実働部隊に指示する役割を担っている。
それがウーノの存在意義である、全く持ってそれを疑っていないからこそ、その言葉に感じるものは無い。
自身を人間と思っていたならばその言葉に反感を覚えたかもしれないが、兵器であるならば反感を覚える理由は無い。

「兵器としての存在意義を捨てる、アイデンティティーの喪失だな」
「そもそも兵器であるのならそこに感情を持つことすらおかしいかと」
「そうだね、その点ではギアは完成されている。生命体でありながら戦績に感情が加担しない」
「………ドクターは彼女らにもギアへの改造を考えているのですか?」

表情がこわばるのがウーノ自身にもわかった、微かな、でも確かに。
チンクの変貌を知っている、それがポッドの中で眠る二人にも起きるのかと思うと怖くなる。

「いや、ギアへの改造は僕としては行わないつもりでいる」
「兵器として完成しているギアはドクターの目指すところではないのですか?」
「難しい質問だね。回答に難儀してしまうよ」

考えこむように目を瞑る、腕を組みとんとんとその腕を規則正しく指が叩く。
時間にして数秒にしか過ぎないのだが、ウーノにはどうしてかとても長く感じた。
ゆっくりと目を開ける。

「こういう答え方は卑怯かもしれないが、生理的に嫌なんだよ」
「は?」

仮にも科学者の端くれたる彼が理論的な根拠を述べずに、感情に基づく答えを述べたことに驚きを隠せない。
あまりにも予想だにしなかった答えに、素っ頓狂な声を上げてしまった。
咳払いを一つ。

「はは、そんな顔をされるだろうと思ったよ。でも事実なんだよ、理屈で言えばギア以上の兵器は思いつかないんだ。でも、どうしてか認めたくない自分がいる」
「珍しいですね、ドクターが感情論だなんて」
「自分でもそう思うよ」

薄暗い廊下に並ぶメンテナンスポッドが淡く光を放っている。
その中に浮かんでいる二人、トーレとセインはその話を聞けばなんと反応しただろうか?
トーレなら一笑に付して終わりかもしれない、セインならその意見に賛同してブーたれるのではないだろうか?
ウーノは物言わぬ二人を見て思った。
あぁ、そういえばドクターはチンクに言い寄られた時も難儀な顔をしていた気がする。
結局気圧される形で改造を施すことになってしまったが、あの時もドクターはかなり渋っていた気がする。

「チンクはね…こうなることを知っていたんだろうが、覚悟の上だったんだろうね。感情を失くしてでも…姉妹達の存在意義が磨耗してしまう前に何とかしたいって気持ちが強かったんだろうね。僕はそれを無碍に出来なかった」
「チンクは………最後まで勇敢に戦い抜きました、姉妹を守るために」
「あぁ、わかっているさ」

ギアというものがどんなものであるか、実物は見たことはないがこの世界の歴史がその恐ろしさを実証している。
世界の人口の半分以上を葬り去り、100年にもわたる戦乱を起こした。
従来の生物に埋め込むことで、全ての生物はギアとなりえる。
ギアとなった生物はとあるギアの支配下に置かれ、忠実で死を恐れない自律兵器となる。
人型のギアもいたと聞く、しかし人型のギアでさえも要は人の形をした兵器なのである。
言葉は要らない、破壊することがギアにとって唯一のコミュニケーション方法なのだからそんなものに意味は無い。

「この世界を偶然見つけ出し、興味本位であれこれ探索してみたはいいが………彼女達があぁもソル=バッドガイに執着するとは思わなかったよ」
「戦闘データのサンプリングの為の相手が偶然にもこの世界でも最強クラスの使い手であるとは思いもしませんでした」
「僕も彼には興味があった、しかしこれでは本業が疎かになってしまう。本末転倒だ。」
「妹達の不始末は私のマネージングミスです。大変申し訳ございません」
「いや、構わないさ。彼女達の敗北は僕の敗北でもある。勝利を願っているのは僕も同じだから」

敗北など誰もが拒むものである、受け入れがたいのは戦闘機人とて同じである。
兵器としてのプライド、というある種存在し得ないものがソル=バッドガイの存在を容認しなかった。
くしくもそれは姉妹の間で共通した見解であったこと、それが幸か不幸かの判断はつきかねる。
確実にスカリエッティの計画には必要があるとは思えない、それでもスカリエッティは彼女らのプライドを尊重した。
戦闘機人たちにプライドが合ったように彼にもプライドがあったから、自身の作品である戦闘機人がただの人間に劣ることを彼自身も許せなかったからだ。

結局、スカリエッティの計画は中止せざるを得ないというべきなのだろう。









ウーノのいったとおり、この世界での戦闘能力のサンプリングの為にソル=バッドガイは交戦相手として選ばれた。
ランダムに名前が売れた賞金稼ぎを抽出した結果、たまたまソルを選んでしまった。
対戦相手に賞金稼ぎを選んだ理由は単純明快、たとえ行方不明になったとしても大きな問題にはなりえないだろうと判断したからだ。
しかし、先も言ったがここでソルを選んでしまったのは完全な人選ミスである。
初戦はこちらの存在など知りもしないソルに対してチンクとトーレの近接戦闘コンビで奇襲を行った。
しかし結果は惨敗、トーレのヒットアンドアウェイ、チンクの空間発破がソルには届かなかった。
初見だろうと奇襲だろうと、ソルはその全てに対応して見せた。
こちらから全速で突貫しようが、インパクトの瞬間を見切りヴォルカニックヴァイパーでカウンターを合わせてくる。
全方位無作為攻撃を行えば、多様なバリエーションのガンフレイムでその全てを相殺される。
手が出せずソルの様子を伺ってみれば、強引に接近して掴まれてはぶっきらぼうに投げられる。
惨敗も惨敗、相手の能力を測る間もなく、ただわかったことは現時点での自分達ではソルには及ばないということ。

次は近接がダメなら遠距離砲撃はどうか、というコンセプトで砲撃役のディエチとかく乱役にセイン、両方の補佐にクワットロというアウトレンジ一辺倒のシフトを組んで挑んだ。
結果から言うと、これも惨敗。
かく乱役のセインに攻撃力が皆無であると知られるや否や、まず指揮役のクワットロをターゲッティング。
ディープダイバーのみが頼りのセインは手持ちの小型の銃で奇襲を仕掛けるものの、その全てをソルは無視してクワットロ目掛けて一直線。
無論、クワットロもシルバーカーテンで応戦するも、作り出した幻覚の全てをも無視して本物のクワットロに突き進む。
遠距離からの支援砲撃もクワットロを助け出すには至らず、結局クワットロはDループでボコボコにされてしまった。
その支援砲撃で居場所がばれたディエチも幸ループで壁に叩きつけられて気を失う。
一人残されたセインは結局のところ、怪我一つ負わずに済んだ………いや、済んでしまったというべきか。
ソルに敵の数の内とすらみなされなかった、即ちいかに自分が無力なことを嫌というほど理解させられたという事。

「………クソッ、待てよ!まだ私が残ってるぞ!!背中を見せるなよ!」

ディエチをクワットロを倒し、すでにナンバーズに背を向けてその場を去ろうとしているソルにセインの悲痛な叫び。
しかしその言葉はソルには届かない、振り返らずにゆっくりと歩き去っていく。
悔しくて涙が流れた、近くにあったディエチのイノーカスカノンに手を伸ばす。

「後悔させてやる、私を、残して置いたことを!」

涙でぐちゃぐちゃになりながら、イノーカスカノンを持ち上げるが、上手く持ち上がらない。
何とか抱えあげたはいいもののソルへ照準を合わせられない。
それでもいい、それでもいいからソルをこちらに振り向かせたい一心でセインはトリガーを引き絞る。
砲口は沈黙したまま。

「何でだよ…撃てよ、弾吐き出せよ…私が……弱いから…ダメなのかよぉ……」

そもそもイノーカスカノンはディエチ用に調整されて、ディエチのIS“ヘビィバレル”によって初めて作動するもの。
初めからセインが扱えるような代物ではない。
やっとの思いで抱えあげた砲身を落とす無機質な音、その後に誰かが大地に膝をつく音がした。
涙が止まらなかった、横たわる二人の姉妹の傍らで何も出来ずに蹲っていることが悔しくて、地に這い蹲り、嗚咽を漏らす。


それ以降、セインはISに頼らない戦闘方法を模索し始める、その一つがライティングボードである。
誰にでも扱えるとは言え、本来はそれ専用のISがあって本来の性能を発揮できる武器なのだが、それをセインは血がにじむような努力でボードを我が物にした。

各々がソルを打倒する為に腕を磨いた。
戦闘機人のアドバンテージであるリアルタイム・データリンクを利用しコンビネーションを一から練り直して、さらにその精度を大幅に上げた。
それぞれがそれぞれの長所を徹底的に伸ばし、各々の短所をコンビネーションによって補う方法をとり、戦闘機人である利点を最大限に生かすように訓練を重ねた。
無論、それはソルを相手にするという前提の下に組まれたコンビネーションである。
汎用性は無いかもしれない、最終的な目的は管理局の瓦解だがその為に練り上げた戦術が使える保証は無い。
この時点ですでに彼女らは本来の目的を見失っていたのかもしれない。

いつからだろう、彼女らが兵器としての意義を自分らに問い始めたのは。
いつからなのだろう、彼女らが自分達の存在意義が磨耗していると感じ始めたのは。
戦うごとに彼女達の顔から表情が乏しくなってきた、元々は子供のように笑いあう姉妹だったのに。

「何故だ!人を壊すのが兵器としての役目なはずだ!それがどうしてたった一人の人間すら壊せない!!」

壁に拳を叩きつけるトーレ、憤怒の表情を浮かべる彼女を見ても他の姉妹に表情の変化は乏しい。

「………そもそも人間なの、あいつ?」

人を超えた生命を作るのが戦闘機人計画の究極である、闘争を人間の本質を考えたスカリエッティは生命を兵器として転用する技術を求めて今に至る。
しかし、その戦闘機人達は今、その存在意義を疑いつつある。
人間を超えるべくして生み出された自分達がたった一人の人間を超えることすら出来ない、それが姉妹たちにとってどうしても納得がいかなかった。
セインが言う様にソルが人間ではないほうが納得がいく、しかしそれで彼女達の憤りが解消されるかというと、NOである。
人間ではないから何だというのだ、兵器の真髄は破壊だ、たった一つの生命体を消し去ることも出来ないで何が兵器だ。

「そんなことを言っても始まらないのはわかってはいるんだけどね………」
「気持ちは姉妹全員が同じだ、なぁ、クワットロ?」
「何ですかぁ~?私だって悔しいですよぉ~、疑っているんですか?だから聞いてみたんですかぁ?」

場を明るくさせるためのチンクなりのジョークなのだろう、それにクワットロも乗じて朗らかに答える。
だからクワ姉は、本当に?クワットロ、なんて周りから聞こえる、姉妹が姉妹を思うが故に、チンクの意図に乗っかる。
ほんの少しだけ、空気が軽くなったような気がした。

「しかし、だが私たちは間違いなく兵器であり、ドクターの尖兵だ。私達の敗北は博士の敗北でもある」
「ろくでなし、ひとでなしの博士だけど、どんなに負けが込んでも私達には優しい」
「………結構な毒を吐くのね、ディエチ」

姉妹が姉妹を思うように、ナンバーズもスカリエッティを思っていた。
例え歪んだ生まれ方をさせられたとしても、彼女たちはそれを憎んではいなかった。
もしかしたら憎むことが出来ないように細工をしていたのかもしれない、しかしそんなことはナンバーズにとってどうでもよかった。
彼女達に自身の生を疑うような者はいない、例え生まれがどうであったとしても自分は自分でしかないことを知っていた。
知りうる術がなかったのも要因の一つだが、同じように生まれてきた姉妹たちの存在はそこに疑問を抱かせなかった。
自分自身の生を疑うことは姉妹の生を疑うに同義である、故に彼女らはその歪な出で立ちを受け入れたのだろう。

「が…私たちは私達の存在意義を懸けて戦わなければならない、ドクターの為にも、私達の為にも」
「自身のアイデンティティね………、でもさ、チンク姉さま?」
「なんだ、クワットロ」
「ぶっちゃけ、あんなの放っておいても問題ないのにね、存在意義云々は置いておいて、最終的な目的には関係ないじゃない?」
「そういうお前だって負け戦に幾度と無くつきあっているじゃないか」
「だって私がいないと前線指揮が成り立たないじゃありませんか?トーレお姉さまが戦闘に集中できるように私が指揮をとって差し上げているのですよ?」
「それを言われると敵わないな」

セインが自身の弱点である汎用性を高めた一方で、クワットロは自身の長所である指揮能力および幻惑によるかく乱を徹底して高めた。
姉妹達が勝利をつかめるように、リスクが少ない戦術を考案し指示、全体のバランスを考えマネージメントをする為にナンバーズ全員の細かな数値を正確に把握している。
他人に興味がないクワットロにしては全く持って異例ではある、しかし適材適所をもっとも理解していたのは他ならぬクワットロだ。
戦闘適正がほとんどない自身を生かすためにもっとも効率的な方法を採用、実行したのだろう。
口では意味がないと言っているが、真に打倒ソルを目指しているのはクワットロなのかもしれない。

「ねぇ………勝ち負けってそんなに大切なことなのかな?」
「どうした、セイン」
「ソルに勝つことが私達の宿願ではあるかもしれない、でもドクターにとって本当に有益なのかな、って事」
「ドクターのメリットにならないのなら勝ち負けにこだわる必要は無い、と?」
「究極的には。だって私達兵器だもの」
「………確かに一理ある、な」

セインの一言が波紋を生む。
自分達の存在意義は兵器として存在している前にスカリエッティの為に存在している、と。

「一つだけ確認するが、セイン。落ち着いて聞いて正直に答えてくれ。場合によっては私の発言をお前は侮辱として受けとれる可能性がある」
「………わかった」
「お前はドクターのせいにしてこの戦いを放棄しようとしているわけではないよな」
「…わからない、でもあの男と戦うのは怖い、って感情があるのは認める」
「………大丈夫だ、それは私とて一緒だ」
「あら、トーレお姉さまもですの?」
「戦いに赴く感情ある者が恐怖を失くすなど不可能だ」

ナンバーズにはリアルタイムでお互いが持つ情報をリンクする能力がある。
しかし、それによってアップデートされるのはただの数値であって、主観的な感想などは付随されていない。
あくまで無機質で、ただあったことを羅列して送る、それだけである。

「怖いよ、あの男は兵器として生まれた私達よりもずっと強いんだ。いつか壊されるんじゃないかって気がしてならないんだ」
「ソルをロックオンして引き金を引き絞るのはとても勇気がいる、次の瞬間には発射された砲弾をもろともせず自分を燃やしに来るかも、って」
「…幻覚すら全て纏めて燃やし尽くされるような感覚は二度と味わいたくありませんの」
「一撃、また一撃と交えるだけで生きた心地はしない。その威力に手の感覚がなくなっていく、それが死を連想させる」
「同感だ、ランブルデトネイターの爆発がこうも心もとないと、恐怖を感じざるを得ない」

リンクされている訳でもないのに、同じ気持ちで敵と相対していた、その事実はセインにとって幾ばくかの救いとなりえたか。
否、結果としてセインに戦いを束縛させる要因を作ったに過ぎないのかもしれない。
姉妹が恐怖を抱きながら戦っている、それを助けたいと思う、ならば戦いから逃げるわけにはいかない。

「怖いさ。ドクターに強要されているわけでもないから辞めたっていいんだ、しかし………」
「どうして…なのかは私達が兵器だから、か」
「結局、堂々巡り。私達が兵器として自分達を認識するのなら、破壊することに意義があるのだろう」

自分たちは兵器として生まれた、兵器としての存在意義しか見出せないからナンバーズは戦うのだろう。
兵器が自分達の意思を持って戦う、その矛盾に誰も気づけないまま。











それからセインの容態が落ち着くまで、一ヶ月程度たった。
セイン、トーレが戦闘不能、チンクが死亡したことで前線戦闘が現状では機能しない。
残ったメンバーはディエチとクアットロ、相手にソルを想定した場合では役不足。
新しく戦闘機人を製造する計画はあるものの、付け焼刃で通用するとは到底思えない。
全てはナンバーズがソルに固執しているが故、しかしそれを抑制しないスカリエッティ。
打倒ソル、などスカリエッティは目指してはいないのにも関わらずソルに拘るナンバーズたちを容認している、それがこの現状だ。
スカリエッティの計画は実質、頓挫寸前であった。

「………………飽きた」

状態が安定したとは言え、まだベッド上で臥床している時間のほうが長いセインは何も変わらない部屋の天井を眺めながら呟いた。
奇跡的に後遺症がほとんど残らずに済んだとは言え、脳実質を傷める重傷を負ったセインはドクターから安静を命じられていた。
体の稼働率は60%といったところか、何とか戦闘をこなせるだろうが………。
同じく重傷を負ったトーレは基礎フレームから修復するそうだ、腰椎の亜脱臼による半身不随を直すにはそのほうが時間もかからず、能力値も前と同程度を期待できる。
しかし時間を短縮できるとはいえ、完全新規作成とほぼ変わらない手間がかかる、完全復帰にはセインよりも時間を要するだろう。
暇を持て余す日々を送るセインだが、そばにあるシュミレーションマシンでの実戦シュミレートを欠かすことは無かった。
相手はやはりソル、今までの戦闘データから可能な限り忠実にソルを再現している。
戦闘形式、人数を設定する、そこには今まで並んでいた姉妹の名前が一人欠けている。
シュミレーションマシンもまたナンバーズと情報をリンクしており、ここでの連携パターンなどもリアルタイムで各ナンバーズ間で更新される。
それ故に、すでにリンクする先がないチンクの名前はシュミレーションマシンにはない。
見るたびに、チンクがいないことを嫌というほど思い知らされる。
涙を流すこともあった、叫びだすこともあった。
それでも、セインは戦いをやめようとはしなかった。
シュミレーションでの戦績は悪くない、四苦八苦した末に編み出したコンビネーションがソルを打倒する事も珍しくない。
もしかしたら、ひょっとすると………そんな甘い考えを抱きながら実戦に挑んだのは数知れず。
その結果は言わなくともわかるだろう。

「………っ!」

今後を考えてのメンバー編成、セイン、クアットロ、ディエチ。
前線で戦えるのはセイン一人、とは言え近接戦が決して得意ではないセインにかかる負担はとても大きい。
火を見るよりも明らかな結末、今回アップデートされたデータのソルは容赦なくこちらを殺しに来る。
対峙してライディングボードでヒット・アンド・アウェイを繰り返すしか出来ないセインは、数度の交錯のうちに真っ二つに切り捨てられてしまう。

「…くっそ」

バタリとベッドに倒れこむセイン、シュミレーションとはいえ、自分が殺される様は気持ちのいいものではない。
いよいよシュミレーションでも安定した勝率を保てなくなり、気持ちは際限なく落ち込んでいくのを感じる。

「セイン、熱心なのはいいが体を休めてはいるかい?」

スカリエッティが部屋に入ってきた、計ったかのようなタイミングからするとずっと機を見計らっていたのだろう。
あいも変わらず感情が読めない微笑を浮かべ話しかけてくる、最近それを少しだけ疎ましく思うことがある。
ちょうどこんな時、チンクが死んだというのに何も変わらない様は特に。

「休みすぎて怠けて腐っちゃいそうだよ」
「退屈なのはわかるがね。しかし、君の体がまだ本調子ではないのは理解しているだろう?」
「わかってるよ、でもこのままじゃいけない事くらいドクターだってわかるだろう?」
「………今は巡りが悪いだけだ。機を待とう」
「機、って何?体が治ってそれからのこと?それから何をするって言うの?」
「その時になってから考えればいい」
「考えたって何にもならない問題だってある。だから、チンク姉は死んだんだ」

徐々に語調が強くなるのを感じながらも、セインは食って掛かる。
この行動に生産性は無い、スカリエッティを攻めたとてチンクは戻ってこないし、ソルにだって勝てやしない。
無論、セインの心情を理解しているスカリエッティは彼女を咎めたりはしない。
ベッドに腰掛けたまま睨みつけていた視線をふと自分の両手に移す。
知らず知らずのうちに握り締めていた両手には感覚がない、それほどにまでセインの憤りは激しい。

「君達にとってチンクが姉妹であるように、私にとっても君たちは娘同然だ。私にも感じるものがないわけではない」
「………その割に」
「その割に………何だい?」
「やっぱり…いい」
「ふむ………。話を続けよう。確かに娘と思っている。しかし同時に私の【作品】でもある。それは理解しているだろう?」
「今聞くとすごくむかつく事実だね、わかっちゃいたけど頭にくるよ。今の今まで何も感じなかったって言うのに」

セインが途中まで言いかけた話、スカリエッティとナンバーズの関係について。
“娘と思っている”というのも事実、しかし“作品でもある”というのも事実。
二つの事実を天秤にかけて、どちらかに傾く、それがナンバーズにとって苛立ちでもある。
彼女たちは自分達が兵器であることにプライドを持っている、しかしその半面で彼女達は兵器に必要の無い感情を持っていることに苦悩することがある。
その感情は巡り巡ってスカリエッティの元に回ってきて、それを上手く中和し事なきを得る。
だが、中和したはいいが今度はいらないはずの感情に振り回されている事実を兵器としてのプライドが許さないのだ。
堂々巡り、彼女達が戦闘機人である限り永遠に付きまとう命題なのかもしれない。
その命題ゆえに、スカリエッティの天秤がどちらに傾こうとも苛立ちが消えることは無い。
そして今回は兵器側に天秤が傾いた――――――チンクを完全なる兵器に改造した事を、セインの持つ人間の側面が怒りを覚えているのだ。

「君たちは歪だ、人をさらに高次の存在に押し上げる為の存在ゆえ、人でもなく兵器でもない境界を漂うしかできない」
「そうしたのはドクターでしょ?」
「全く持ってその通りだ、しかしそういった歪さを私は愛している」
「そんなの私達にしてみればただのコンプレックスでしかないよ」
「進化の過程での痛みだ、甘んじて受けてくれたまえ」
「………無責任」

スカリエッティは狂っている、セインは思った。
人のコンプレックスが愛おしいだなんて、なんてはた迷惑なんだろう。
こっちはそれで気が狂いそうな想いをしているというのに。
どうして自分達をそんな歪な存在に仕立てたのか、全く持って理解できない。
そしてどうして今になってチンクからその歪さを取り除いた―――――――――人としての側面を排除し、兵器として特化させたのか知りたくなった。

「どうしてチンク姉をあんなにしたの?」
「ギア細胞が人体に及ぼす影響が知りたかったから、とでも言えば君の怒りは燃え上がるのだろうね」
「………っ!…それだけの理由?」

思わずスカリエッティに殴りかかるところだった。
チンクを慕う人としての側面が爆発しかかったが、かろうじて抑えることができた。
セインが自分を抑えたから?それもあるが、今までほとんど変わらなかったスカリエッティの表情に変化が現れたからだった。

「チンクにね、言われたんだよ」
「それは知ってるよ、でもドクターはそれを止めなかった「止めたんだよ」…え?」
「止めたさ、いきなり人体に及ぼす影響を試すだなんてそんなことは出来ない………僕もギア化には反対だったんだ」
「なら、どうして………」
「君と同じさ、彼女もやはり歪だったんだよ」

どうして、人は全て分かり合えないだろう。
そんなのナンバーズにとって………姉妹なら誰だって想ってたのに。
お互いがお互いの無事を祈って戦ってきたはずなのに、どうして―――――――――

「一人で抜け駆けだなんて………ずるいじゃん」
「彼女には現在私が知りえる情報を全てを説明した。ほとんど解明されていないことも、包み隠さず。それでも今より強くなる可能性があるなら、と引かなかったんだ」
「………チンク姉らしいや」
「正直、私にも彼女が正常に稼動するかどうか予想がつかなかった。現在、この世界のギアはほとんどが休眠状態になっている。もしかしたらチンクもそうなってしまう可能性のほうが大きかった」
「でも実際、私達と一緒に戦ってくれた」
「本来、ギアは一体の指揮型ギアによって統制されていた。しかしその指揮型ギアがいなくなった為休眠状態になっていると考えられる。ならばどうしてチンクは稼動したのか」
「稼動、ね」

稼動という言葉にほんの少し引っかかるが、それはこの際無視する。
今、セインがもっとも知りたいのはどうしてチンクが私達と共に戦ってくれたのか、だから。

「ここから先は私の仮説だから話半分で聞き流しても構わない。稼動直後からソルとの戦いを観察していての仮説だ」
「わかった」
「ギアというのは本来、人類に敵対する存在、自律行動する兵器だ。故に稼動直後にそばに立ち会っていた私に向かってくるのではないかと、内心恐怖を感じていた
しかし、チンクは何も行動を起こさなかった。私に対して攻撃を仕掛けることもしない、その代わりコミュニケーションを取れるわけでもない。結局、君達と共に出撃するまで彼女は何も行動を起こさなかった」
(ドクターが反対するわけだ………)
「しかし、君達が出撃する時なってようやく彼女は動き出した。今までと変わらず、いつものように出撃した。何事も無かったかのようにね。そしてソル・バッドガイとの戦闘だ」
「………………」

セインにとって何よりも辛い記憶だった、今でもチンクに何もフォローできなかった事実が彼女を締め付ける。
何度と無くチンクを援護しようと駆けずっても、結局何の役にも立てなかった。
何も出来ずにソルに敗北した、あの時チンクに追従できたのならこんな結果にはならなかったかもしれない。

「その戦闘の様子は実におかしかった。それまでチンクは君たちを認識していたはずなのにソルと戦い始めてからは全く認識していなかったかかのようだった。
…いや、認識していたからこその戦い方だったのかな………」
「というと?」
「おそらく、チンクは初めから自分だけで戦うつもりだったのだろう。セインの援護射撃を阻んだのもおそらくチンクの意図によるものだ」
「そんな!どうして!!」
「レベルが違いすぎる事が一つ。そして刺し違えてでも倒すつもりでいたのだろう、君達に被害が及ばないように遠ざけるためだ」
「じゃあ、チンク姉は最後の最後まで…私たちのことを………」
「あくまでも私の仮説だよ。科学的ではない私情の乗った仮説だ、あてにはならないよ」

目頭が熱くなる、鉄面皮となった彼女は行動で愛情を示していた。
物を言えない代わりに、その全てを全身で表現していた事実がセインにとって嬉しくて、悲しい。最後の最後まで、それこそ死ぬ間際まで後を生きる姉妹のことを案じていた、それがどうしようもないほどに。

「ただ、一つ間違えないことは彼女が私達に残してくれたものがとても大きいものだと言うことだ」
「うん………うん……」

かみ締めるように頷く、頷くたびに雫が滴る。
暖かい涙だ、チンクが流せなくなった涙はとても暖かい、寂しさを洗い流してくれる、そんな気がした。
零れ落ちる涙が止まった、音も無くベッドから立ち上がるセイン、その様に何のよどみも無い。
スカリエッティはこの雰囲気が好きではなかった、まるで人間らしさのかけらも無いその動きがどうにも好きになれない。
嫌な予感がする、セインに何の迷いも淀みも感じられない、追い詰められたような、それとも吹っ切れたような。
スカリエッティの好む人の歪みが感じられない、過去に一度だけこのような感覚を覚えたことがある。
結局、その時も全く望まぬ仕事に手をつけなければならなかった。
表情は変えない、自身が何を思っているかをセインに気取られたくないから。
表に出してしまえば、現実もそれに従って変わってしまうような気がしたから。
心のうちで、そうではありませんように、だなんて柄にもない事を誰かに祈ってみる。
科学者たるものが神頼みなど笑わせる、いつもならそんな風に一笑に付すだろう行為に今は必死ですがってみる。

しかし、セインにその祈りは届かないようで

「ねぇ、ドクター」

その声はどこか無機質で―――――――――――

「私も、チンク姉みたいにしてくれる?」

―――――――――――冷たい機械が発するような

「………君もかい、言っておくけど僕は」
「ドクターの意見じゃない、私が聞きたいのは」

ゆっくりと振り向いたセインはスカリエッティを見つめる。
スカイブルーの瞳、そこに一切のにごりも無い、全く迷いなく澄んでいる。
為すべき道が定まった今、止まっている理由は無い。
セインはチンクの想いを受けてその意思を鉄のように硬くした。
自分達が姉妹であり、最後の最後までお互いを思いあえるのならば、人である必要なんてない。
そこに浮動的な不安定な人の暖かさなど必要ではない、欲しいのは――――――――――

「私を完全なる兵器に仕立て上げることは可能か、って事だよ」

―――――――――――絶対的な力、誰にも負けうることの無い圧倒的な力だ。





轟々と音を立てるいくつかのメンテナンスポット、魔女の釜とでも形容してもいいほど禍々しさに満ちている。
練り上げるは完全なる兵器、生贄は四人の少女。
ポッドの中の少女達の姿は確認できない、むしろそちらのほうが良かったのかどうかすら判断できず苦渋の表情を浮かべる女性がそれらの前に立ち尽くしている。
ナンバーズが長女、ウーノだった。
いつだってポーカーフェイスを崩さないウーノだが、妹達が変貌していく様を前にして無表情ではいられなかった。
ここにも確かな姉妹の絆がある、ウーノは直接戦闘に参加せずスカリエッティ直下の参謀役を勤めている。
故に、他のナンバーズとも交流は自然と少なくなるのだが、それでも彼女も姉妹という関係にあることは変わりない。

「私は、どこまでもドクターについていくだけ。それに今まで疑問など感じたことなどありませんでした」
「いつも、ありがたく思っている。君がいなければ私はここまで来れなかった」

お互いの言葉が過去を指し示している、確かにある時点までは間違いなく言葉の通りに思っていたのだろう。
それならば、一体今二人に去来する感情はどんなものなのだろうか?

「初めて、あなたを疑っています」
「………そうか」

静かにスカリエッティはウーノの言葉を受け止めた。
今まで信頼してきた秘書からかけられた疑念を、ただ静かに胸のうちに。
罪状を告げられる咎人のように、全ての罰を一身に受ける聖人のように。
スカリエッティに言葉は無かった、反論などない、疑念を抱くのは当然だと確信しているから。

「疑っています。だからこそ私はドクターの判断を尊重する」
「僕の?」
「………訂正します、妹達の願いを忠実に叶えたドクターの判断を尊重します」
「勿体無すぎるな、今の僕には過ぎた言葉だ」
「褒めているわけではないのですが」
「わかっているさ、わかっている。」

ふと、目の前にそびえるメンテナンスポッドに目を移す。
ポッドの中で彼女たちは最後の夢を見ているのだろうか、徐々に人の心を融かしていきながら。
ゆっくりと消えていく人間性、消えていく自我を恐れる感情すらも温度を失くしていく。
それでも彼女たちは絶対に失くならない絆を信じた、例え人でなくなったとしても姉妹としてこの世に存在する事実が消えないことを信じた。
スカリエッティは最後まで彼女達のギア化に反対だった。
最後まで反対していたセイン、他の姉妹についていったディエチ、目を覚ますや否や自身のギア化を懇願したトーレ。
以外にも一番初めにギア化を宣言したクワットロ。
各々が各々を思いやり、行き着いた結論がギア化。
どんなにスカリエッティが反対しようと、当のナンバーズ達がこうも希望してきたとなると一人だけ反対しているのも無駄だった。
半ば押し切られるような形でそれぞれにギア細胞を埋め込む改造を施して今に至る。

「では、私も準備に入ります」
「あぁ、じきに私も向かうよ」

ウーノも例外ではない、妹達が次々とギア化するのに続くように自身のギア化を希望してきた。
しかも現在ウーノが行っている秘書の仕事を継続できるようなギアにしろだなんて言い出した。
スカリエッティは確かに天才ではあるが、ギア細胞についての研究を始めたのはつい最近であり、ようやく生物への転用に成功したばかりだ。
確かに、ギアには数々の種類がいるが、スカリエッティにそこまで分化させる技術は無い。
ウーノの願いはまさに無理難題と言える。
しかし、スカリエッティは断りきれなかった、明らかに無理があるというのにも関わらずその願いを聞き入れた。

「ウーノ」
「はい?」
「今までありがとう、楽しかったよ」

去り行く背中に感謝の言葉をかけた。
ウーノの歩が止まる、ほんの少しだけ留まるがすぐにまた歩き始める。

「こちらこそ、あなたの娘で幸せでしたよ」

願いを聞き入れたのは、科学者としての意地だけではない。
そう、ウーノがスカリエッティのことを父と慕っていたように、スカリエッティもまたナンバーズを娘と思っていたから。
これから娘としてのウーノはいなくなる。
ならば、その願いくらい叶えてあげなくては何が父親か。
娘を人ならざるものに変える、鬼畜生にも劣る父親、されど父親。
本人にそのその自覚はないのかもしれない、最後の最後までギア化に反対した理由だって科学者としての理由だった。
自覚なき父親は非道にその手を染める、自覚は無くとも罪の意識を覚える。
家族と言うものを文字通り「作り出した」スカリエッティは家族という概念を正しく学習できなかった。
言葉の上でしか知ることができなかった、しかし科学者として自身の「作品」に愛情を持っていた。
「作品」注ぐ愛情を履き違えた、その決定的な矛盾に気づくことが出来なかった。
それ故にスカリエッティは罪の意識を覚えた。

メンテナンスポッドを背にするスカリエッティ、ポッドに正対するように配置されたメンテナンスベッド。
そこに一つの異形が横たわっていた。
全身を白と蒼の装甲で覆われ、真っ赤な長髪を持った人あらざる者、人に仇名すものの原罪。
スカリエッティがギアを知る切っ掛けとなった破壊神のレプリカ、ジャスティス。
今はその機能を停止して横たわっているが、すでに稼動出来るまでに修復は済んでいる。
チンクが自爆した後にソルを超遠距離から狙撃したのもこのジャスティスである。
この世界に瓦礫と死を溢れさせた原罪は静かにその時を待つように眠っている。

「罪ありき………ギア、か」

ジャスティスに向き直り一人呟く。
足元にいくつか雫が落ちる、それが何なのかを理解できないままスカリエッティもまたその時を待つ。
娘達の悲願が敵うその時を。

 

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最終更新:2010年01月25日 00:52