海鳴市、バニングス邸―――04:04 p.m.
五代雄介がアルフと共に待機していたのは、アリサ達が今いる部屋の真上。
子供たちは子供たちだけで居た方がいいという判断で、少し離れた場所に居た。
心配するなというのは難しい話ではあるが、心配せずとも警備体制は万全。
バニングス家の屋敷の周囲に設置されたのは、エリアサーチに用いられる無数のサーチャー。
仮にその監視の目を潜り抜けて侵入してきたとしても、アリサにはなのは達がついているのだ。
エース級の魔導師が二人も付いていれば、みすみす針を撃ち込まれる事もないだろう。
もしも未確認が侵入したとしても、その場合はすぐに念話でアルフへと連絡が来る。
そうなればすぐにクウガに変身して、もう一度42号と戦い、今度こそ倒すまで。
対策としては万全だった。
雄介とアルフが待機している間、二人で雑談をする事もあった。
未確認や、クウガの話から、他愛のない雑談まで、様々な話題だ。
元の世界で未確認が起こした事件の話をする度、アルフは義憤を感じていたようだ。
まともな人間らしさを持った者が、未確認のやり方を批判しない筈がない。
と言っても雄介が話を聞いたところ、どうやらアルフは人間では無いらしいが。
暇な時間を二人は雑談で過ごし、話が尽きて来た頃に、TVを付けることにした。
もしかしたら何か未確認の情報がニュースで取り上げられているかも知れないと思ったからだ。
案の定、昼時から夕方にかけてのワイドショーでは未確認が起こした事件が大々的に取り上げられていた。
TV画面の中のコメンテーターは、42号が起こした事件を悪質な快楽殺人だと批評していた。
普通の人間から見ればそう映るのだろう。未確認生命体などと言っても、理解出来る訳がない。
やがてシーンが変わり、亡くなった子供たちの名前が名簿として一覧に表示されていく。
雄介が思い返すのは、かつて42号が起こした事件の事。
亡くなった緑川学院の中学生男子が、顔写真と共にTV画面に映し出されていく。
一人、また一人と。映し出される度に募るのは、被害者への悲しみと、未確認への怒りと憎しみ。
あの悪夢が、またこうして繰り返されているのだ。
それも、今度のターゲットは自分が居候している家の主と同い年の女の子ばかり。
幸いにもはやてにはまだ何も起きてはいないが、それでも身近な人物と近い者が殺されていくのは我慢ならない。
こんな所で死んでいい筈の無い命が、あんな奴らの為に次々と奪われていく。
奥歯を噛み砕かん勢いで、雄介は歯を食いしばった。
テーブルの下で、拳に込められる力はより一層増し、掌の皮膚に爪が食い込んで行く。
怒りに震える雄介を現実に引き戻したのは、アルフだった。
「許せない……子供だけを狙って殺すなんて、やる事が汚いんだよ!」
雄介とは向かい合わせの形で、テーブルに座っていたアルフが憤怒した。
右の拳を左の掌に撃ち当てて、怒りが込められた眼差しで告げる。
アルフもまた、雄介と同じように怒りにその身を震わしているようだった。
「だから……もうこれ以上は、絶対に誰も殺させない」
「雄介、未確認と戦うなら、私達にも協力させておくれよ。許せないんだ、あいつだけは!」
アルフの申し出に、雄介は頷いた。
本当はこんな女の子たちを危険な戦いには巻き込みたくない。
だが、アルフはきっと……いや、アルフのみならず、なのはたちにも共通して言える。
まず間違いなく、断った所で認めないだろうし、無理矢理にでも協力したいと申し出るだろう。
それが解りきっているから、雄介は否定はしない。
と言っても、本当に危険な戦いになったら彼女たちに戦わせるつもりは無い。
だが、元の世界での戦いだって、雄介一人ではどうにもならない事だって多々あった。
この世界でだって、きっと管理局の皆さんの協力が無ければ、被害は増える一方だろう。
そういう一面も考慮したからこそ、雄介は拒否はしなかった。
一緒に協力して、未確認を倒すんだ。
「――ッ!?」
不意に、アルフが立ち上がった。
何事かと視線を向ければ、アルフの表情は既に臨戦態勢。
恐らくは、念話というテレパシー能力で、何らかの連絡が来たのだろう。
となれば、考えられる最悪の要因は。
「まさか、未確認!?」
「そうらしい! 行くよ、雄介!」
言うが早いか、既にアルフは駆け出していた。
ドアを蹴破らん勢いで、廊下へと走り去って行く。
うかうかしてはいられない。雄介もすぐに後を追おうとした、その時であった。
――パリィン!
と、大きな破砕音が響いた。
テラスの方から聞こえた音に、雄介はすぐさま方向転換。
急いでテラスへと飛び出し、真下を見やる。
雄介の眼下に居るのは、以前見た姿よりもさらに露出度を増したフェイトと、憎き敵・42号。
フェイトがバルディッシュで42号を押さえつけて、そのまま庭へと落下して行くのが見えた。
そこからの行動は、迅速なものだった。
「超変身ッ!」
掛け声と共に、雄介の身体は蒼き外骨格に覆われる。
振り上げた手刀で、バニングス邸のテラスの手すりを叩き上げた。
クウガの力を持ってすれば、手すりに使われていた棒などあっと言う間に跳ね上がる。
アリサちゃんの家には悪いが、今は一刻を争っていられない。
クウガが飛び降りると同時に、手すりは凛とした鈴の音を響かせる龍撃棍へと早変わり。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁッ!」
アルフ達によって拘束されていた42号が自由を取り戻した。
だが、今度は逃げる隙は絶対に与えない。与えてはならない。
クウガが振るう龍撃棍が、42号の顔面を叩く。
叩き込まれる封印エネルギーを振り払うように、42号は頭を振った。
そして、すぐに後方に向かって駆け出した。
こいつはまた、逃げるつもりだ。
汚い手口で子供を殺し、不利になれば逃げる。
クウガの心に、再び影が差した。
怒りと憎しみと言う名の影は、クウガの心を蝕むように拡がって行く。
「逃がさない……!」
『Accel Shooter』
それに義憤を感じていたのはクウガだけではなかった。
背後に控えた高町なのはが、魔法を発動した。
足元に形成されるは、桃色の魔法陣。
無数に射出された魔力で構成されたスフィアが、42号を囲むように飛び交う。
それは42号を全方位から取り囲み、一瞬の後に襲撃。
桃色の光弾全てが閃き、42号が居た空間が爆発。
爆煙によって全ての視界がふさがれる。
されど、その中で自由に動ける者が只一人。
駆け出したクウガの装甲は、気付けば赤へと変わっていた。
怒りを体現する唸り声を漏らしながら、クウガが爆煙に飛び込んだ。
未だ視界の覚束ない爆煙の中。
42号の首を肩手で掴み、そのまま首を握り潰さん勢いで握力を込める。
そのまま自分の眼前まで引き寄せ、獏煙の中でも良く見える位置に42号の顔面を捉えた。
「まさか今度の世界でも邪魔するなんて……クウガ!」
「うぅぅぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
唸り声と共に、飛び出したのはクウガの拳。
未確認と同等以上の怪力で以て打ち出された拳は、42号の顔面を確かに捉えた。
クウガの赤い拳は42号にめり込み、42号が口から鮮血を吐き出した。
だけど、こんなものじゃない。殺された子供たちの苦しみは、この程度では済まない。
一度は押し殺した筈の怒りと憎しみが、再び込み上げて来る。
あの時、もう怒りに任せた戦いはしないと決めたのに。
「――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」
クウガの拳が、42号の顔面を真正面から打ち砕いた。
ばきばき、と。不吉な破砕音が響いて、42号の顔面の装甲に亀裂が入る。
何度も何度も殴りつけ、42号の顔は真っ赤な鮮血で彩られて行く。
嫌な感覚だった。誰かを殴るのは、嫌で嫌でたまらない。苦痛でしかない。
誰かを傷つけるのも、傷つけられるのも、雄介は嫌いだった。
だけど、それでも。
コイツだけは、この未確認だけは許せない。
嫌な感情も、心を締め付けるこの苦痛も押し殺して。
激情の任せて、クウガは42号を殴り続ける。
脳裏に蘇るのは、凄まじき戦士のビジョン。
黒い身体に、黒い瞳。金の四本角に、血管のような金のライン。
雷を纏った凄まじきクウガのビジョンが、今の自分に重なるのを感じた。
身体が、拳が。ばちばちと、電撃を帯びて行く。
されど雄介は、金の力を使おうとした覚えは無い。
雄介のビジョンの中で、赤いクウガの装甲はみるみる黒く変わって行くのを感じた。
46号を倒した時と同じだ。また、黒の金のクウガになろうとしている。
電撃を帯びた、何度目になるか解らないパンチが、42号に撃ち込まれた。
また、この身体は黒くなってしまうのか。
そう考えた、その時だった。
「五代さん、後ろ!」
「な……っ!?」
クウガの足元に、気味が悪い程の輝きを放つ魔法陣が形成されていた。
自分の身に起こった異変と、なのはの声に振り返る。
魔法陣の中王、地面から競り上がるように現れたのは、金色の騎士。
大きさはクウガと同等か、それ以上。
特徴的なのは、中世の騎士が身に纏うものと良く似た甲冑。
銀色の盾と剣を装備したそれからは、凡そ感情という物が感じられなかった。
「何だ、コイツ……ッ!」
無言で剣を振り下ろす騎士の攻撃を、地面を転がり回避。
立ち上がり様に騎士を見やるクウガには、焦りが感じられた。
そんなクウガの狼狽を知ってか知らずか、クウガの周囲に展開されるは三つの魔法陣。
クウガを取り囲むように展開されたその全てから、同じような騎士が召喚された。
EPISODE.18 傀儡
クウガの左右に召喚された騎士は、最初に現れた騎士のバージョン違いと言った感じだった。
変わっているのは、頭部の甲冑の形状と、武装。
それぞれが微妙に違った形をしてはいるが、やはり一番目にを引くのはその大きさか。
後から左右に現れた二体は、最初に現れた騎士よりも大柄で、より剛健な武器を備えていた。
片方は巨大なスパイクハンマー。片方は巨大な斧槍。
そして背後に現れた騎士は、唯一金色では無かった。
翼を生やした緑の騎士で、脚は無い。代わりに龍に似た尾が装着されている。
「プレシアの傀儡兵……!? そんな馬鹿な、何でここに!!」
アルフが絶叫した。
フェイトもまた、目を見開いて絶句している。
どうやらこの騎士達の名前は「傀儡兵」というらしい。
傀儡というからには、何者かに操られているのだろうか。
そんな疑問に答えるように、なのはが叫んだ。
「五代さん! 今現れたのは全部ただの人形です、中に人はいません!」
「――!? そっか、解った!」
驚きは一瞬。
すぐに対応し、クウガは安心した。
こいつらはただの人形。攻撃してくるなら、倒すまで。
剣を振り抜いた一体目の傀儡兵の攻撃を背後に飛び退いて回避。
今度は背後に居た傀儡兵が、そのスパイクハンマーを振り下ろす。
だが、そんな攻撃をまともに受けるクウガではない。
再び地面を転がり、今度は誰も居ない方向へと退避。
そのまま、一気に腰を上げはしない。
腰を深く落とした形のまま、右脚に力を込める。
両腕を広げ、右脚のマイティアンクレットに炎の力が宿って行く。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
一気に飛び上がり、上空で一回転。
突き出されたクウガの右脚は、燃え盛る炎の様に加熱され、加速。
上空から急降下するマイティキックに対抗する事無く(というよりも出来ずに)
最初に現れた傀儡兵は、そのボディに壮絶な破壊力を叩きつけられた。
鉄を砕いて破壊するような音が破砕音と共に、一体目の傀儡兵は爆発。
封印エネルギーを叩き込まれたその身体はバラバラに砕け散った。
鎧の残骸の真っただ中に着地したクウガに、今度は斧槍を持った傀儡兵が突撃して来た。
「超変身ッ!」
臆す事無く、“合言葉”を唱える。
霊石アマダムは雄介のイメージに応え、クウガの体組織を変形させていく。
赤のクウガの生体装甲は、すぐに銀色の屈強な鎧へと変型。
太陽光を受けて煌めく銀色の鎧は、紫のラインによって縁取られる。
身に纏うは、どんな攻撃をも受け付けない無敵の鎧・タイタンブロッカー。
大きな複眼が赤から紫へと変わる事で、超変身は完了した。
――邪悪なるものあらば、鋼の鎧を身につけ地割れの如く邪悪を切り裂く戦士あり――
戦士クウガの、紫の姿。
その名は、クウガ・タイタンフォーム。
傀儡兵は大きく振りかぶった斧槍を、クウガに叩き付ける。
されど、クウガはそれを回避しようともしない。
そもそも回避する必要が無いからだ。
斧槍による一撃を受けたくらいで、クウガの鎧には傷一つ付ける事は叶わない。
傀儡兵の攻撃などまるで意に介さず、クウガは先程倒した傀儡兵が取り落とした剣を拾い上げた。
それは一瞬の動作にして、一瞬の閃き。
安っぽい作りをした鉄の剣は、クウガの意思に応えるように変身。
クウガに握り締められるは、金の装飾が施された紫の柄。
同じく金の鍔の中央に納められるのは、紫の宝玉。
紫の刀身は突き刺した地面を砕く事で、その重量を体現していた。
紫のクウガの固有武装、伝説の剣・タイタンソードだ。
「ふんッ!」
相当な重量を秘めている筈のタイタンソードを、クウガは軽々しく持ち上げた。
紫の剣を横一線に振り抜き、眼前の傀儡兵の脇腹から叩き付ける。
それは、巨大な重量の鉄をぶつけたような、鈍く重たい破壊音を響かせた。
そのままタイタンソードは、傀儡兵の鎧を砕く様に引き裂いて行く。
傀儡兵の身体が凡そ半分程度まで切り裂かれた所で、中身がからっぽである事に気付いた。
本当に魔法で動く只の人形なんだな、と思う。
その証拠に、身体の半分を切り裂かれても傀儡兵はまだ腕を振り上げていた。
振り上げた腕から繰り出されるのは、通用しないと解っている筈の斧槍による攻撃。
クウガの肩を守る銀の装甲に斧槍の刃は弾かれ、それと同時にクウガはタイタンソードを振り抜いた。
上半身と下半身が二つに分かれた傀儡兵は、力を失ったように地面に落下。
クウガが一歩前進すれば、怪力が秘められたクウガの脚は、傀儡兵の鎧を踏み砕いた。
顔を上げたクウガがその視界に捉えたのは、最後の一体がスパイクハンマーを掲げて突進して来る姿。
受けて立とうとばかりに、クウガは両足で地面を踏み締め、タイタンソードを構える。
眼前まで迫った傀儡兵は、大きなモーションと共に真上からスパイクハンマーを振り下ろした。
対するクウガは、タイタンソードの柄と刀身を持ち、その一撃を受け切る。
「ぐっ……!」
見た目通りの重量に、クウガの腕に振動が伝わる。
巨大な質量との激突は、クウガの手から肩までをびりびりと震わした。
されど、それだけだ。未確認と比べれば、この程度は大した事ではない。
タイタンソードでスパイクハンマーを跳ね上げた。
腕を上方へと跳ね上げられた傀儡兵のボディには、トドメを刺すには十分な隙が出来る。
出来た隙は一瞬だが、クウガにとってはそれだけで十分だ。
両手でタイタンソードを構え直し、その切先を傀儡兵に向ける。
タイタンソードの刀身は、クウガの意思に応える様にその切先を伸ばした。
「ハァッ!」
掛け声と共に、両腕を突き出す。
両腕のリングに納められたハンドコントロールオーブで生成された封印エネルギーは
タイタンソードへと流れ込み、その一撃は傀儡兵の胴体とマントを一直線に貫いた。
タイタンフォームの必殺技「カラミティタイタン」が炸裂したのだ。
封印エネルギーを叩き込まれた傀儡兵の身体は爆発し、粉々に砕け散った。
最後に残るは、緑色の飛行型傀儡兵のみ。
青のクウガになれば戦えない事は無いが、どうやらその必要も無さそうだった。
見上げれば、空を駆ける白き魔法少女が、緑の飛行兵を翻弄するように飛び回っていた。
◆
なのはの目の前で、クウガが二体目の傀儡兵を撃破するとほぼ同時。
緑の傀儡兵が、斧槍を携えてなのは達に向かって飛翔して来た。
すぐに上空へと飛び上がり、その一撃を回避。
「フェイトちゃん!」
「わ、わかってる……!」
なのはの呼び掛けに我を取り戻したフェイトは、すぐにバルディッシュを構え直した。
今自分たちと戦っている傀儡兵は、プレシアが使っていたものと同じものだ。
それを見て、かつてあれ程母親を盲愛していたフェイトが混乱しない訳が無かった。
何とか戦うだけの精神的余裕はあるようだが、やはり無理はさせない方がいいだろう。
「フェイトちゃんはアリサちゃん達をお願い!」
「う、うん……わかった、ありがとうなのは」
なのはの思惑を理解してか、フェイトはすぐにテラスからこの戦いを見守るアリサ達の元へと戻った。
どうやら、自分たちが未確認や傀儡兵と戦っている間も、アリサ達の身に危険は無かったらしい。
アリサの事もフェイトの事も、一先ずは安心。これで憂い無く戦う事が出来る。
なのはを追随するように、緑の飛行兵は尾をくねらせて翼を羽ばたかせる。
だが、あまり高く飛び過ぎて、関係の無い一般人にまで見られるのは避けたい。
何故なら、いくらバニングス家の敷地が広大とはいえ、結界が張られている訳ではないからだ。
基本的に未確認との戦闘はクウガが引き受ける事になっていた為に、まさか今回の様に空中での魔法戦になるなど予想もしていなかった。
なのはとフェイトはサポート役に徹し、クウガが42号を追い詰める。
それから、クウガに倒された42号を、爆発寸前に何処か安全な場所へと転送してしまう。
以上の作戦を前提として考えていた為に、魔法戦などに対応する為の結界の用意が不十分だったのだ。
こういった場合も想定して、次回以降は広域結界の準備も怠ってはいけないな、などと考えながら、なのはは飛ぶ。
ある程度上昇すれば、その場で旋回。
眼前に、再び三つの魔力スフィアを形成。
桃色の輝きを放つ光弾は、三方向から飛行兵を襲撃する。
ろくな知能も持たない操り人形の傀儡兵に、トリッキーな動きを見せるなのはの魔法を回避するのは不可能。
その全てが傀儡兵に着弾し、爆発。爆煙を撒き散らしながら、がくんと硬度を下げた。
落下して行く傀儡兵にディバインバスターを叩き込めばなのはの勝利だ。
だが、ここは親友であるアリサの家。バニングス家の敷地内の庭。
綺麗な芝生を傷つけるのは、なのはの望むところでは無い。
フェイトが居れば斬撃による物理攻撃で終わらせるのだが。
と、そこまで考えた所で気付いた。
物理攻撃を行える戦士が、今ここに一人居るではないか。
「五代さん……! その傀儡兵、お願いできますか!?」
なのはの問いかけに、紫の瞳の戦士は大きく頷いた。
再び「超変身」と唱えれば、その身体はすぐさま蒼へと変質して行く。
手に持った紫の剣は、一瞬の閃光と共に青の龍撃棍へと変型。
掛け声と共に青のクウガがジャンプした。凄まじい跳躍力だ。
一瞬の内に、未だ翼から煙を立てながら落下する傀儡兵の背中に飛び乗ってしまった。
「ハァッ!」
そして、青の龍撃棍を激しく回転させ、その先端を緑の傀儡兵の背中に叩き付けた。
青の宝玉から流れ込んだ封印エネルギーは、傀儡兵の鎧全体に伝達。
高度だけでなく、原形まで保てなくなった傀儡兵は、落下しながら爆発した。
着地した青のクウガは、すぐに周囲を見回す。
そうだ、こんな戦いをしている場合ではない。
なのはも上空から周囲を見渡すが、そこに先程取り逃がした未確認の姿は無い。
傀儡兵に邪魔され、憎き敵をまたしても取り逃がしてしまった。
その事実を受け止め、なのはの拳に自然と力が入る。
自分の不甲斐なさに、後悔せずには居られなかった。
◆
先程の戦闘から数時間が経過し、空は既に夜闇に覆われていた。
先程までは脅えていたアリサも、既に元の元気を取り戻して居た。
いや、本当は脅えているのだろう。本当は怖いのだろう。
いつ殺されるか解らないのだ、怖くて仕方がないに決まっている。
それでも、自分を守ってくれるなのは達を悲しませたくはないから、アリサは笑顔で居る。
子供だけど、強い心の持ち主だ。
そう雄介は感じた。
一方で、なのはとフェイトの気分は落ちたままだった。
フェイトの過去についてはあまり知らないが、どうやら今日戦った傀儡兵とやらに因縁があるらしい。
気にはなるが、向こうから話してくれない限り、不用意に聞くのは良くない。
だからフェイトについては保留。
それよりも問題なのは、もう一人の方だ。
なのはは明らかに、42号の殺人方法に自分と同じ憤りを感じていた。
それはなのはと話せば解る事だし、恐らくなのはという少女の性格は自分に一番近い。
出来る事なら、命を奪い合う様な戦いはしたくはない。
笑顔で居れたら、それが一番に決まっている。
様々な面で自分と似た部分のあるなのはだからこそ、今度の未確認に義憤を感じて居た事は痛い程良く解った。
だからこそ、解る。下手をすれば、自分と同じように、憎しみで戦ってしまうかも知れない。
憎しみに囚われて戦ってしまった自分が言えた義理ではないが、まだ小さな子供の内から、
殺したいと言う程の憎しみを覚えて育つのを、雄介は黙って見ている訳には行かない。
友達が殺された事を悲しみ、その犯人に恨みを持つのは仕方がない。
だけど、憎しみの心を持ったまま戦えば、絶対に良い結果にはならない。
雄介は、「よし!」と一声、立ち上がった。
「なのはちゃん!」
「え……五代さん?」
ポケットから取り出した三つのお手玉を、眼前でジャグリングして見せる。
決して笑顔を絶やさずに、楽しそうな表情で、お手玉を空中で回転させる。
どう?とばかりになのはに笑顔を向ければ、なのはも次第に笑顔になって行った。
本当に優しい女の子なんだな、と。雄介は思った。
雄介がこうやって元気づけようとしているのが解れば、笑顔を作って安心させようとする。
自分もなのはと同じ立場であったなら、きっとなのはと同じ行動を取っただろう。
やがてジャグリングの手も止まり、一息の休憩を入れる。
なのはは笑顔のまま、言った。
「あはは……ありがとう、五代さん」
「ううん、いいよ。ちょっとは元気出た?」
「うん、私は大丈夫だよ」
口元で小さな笑みを作り、「そっか」と呟いた。
なのはの横に腰掛け、なのはと目線の高さを合わせる。
きっとなのはは大丈夫だけど、大丈夫じゃない。
今のままじゃ、まだ駄目なんだ。
「やっぱり42号のやり方、気に入らないか」
「当然だよ。人を殺していい筈が無い……ましてや子供ばっかり狙うなんて」
「うん、俺もきっとなのはちゃんと同じ気持ちだよ」
なのはの表情に、陰りが差した。
やはりこの少女は、人一倍優しいが故に、人一倍42号を憎んでいるのだろう。
それはいずれ殺意に変わるかも知れないし、もしかしたらもう変わっているかも知れない。
「俺さ、42号と戦った時、生まれて初めて『殺してやりたい!』って思ったんだ」
「え……?」
「でも、それじゃダメだって解った。憎しみで戦っちゃいけないんだって
だからもう二度と憎しみで戦ったりしないって、決めたんだけど」
「無理、だった……?」
なのはが後の言葉を続けた。
先程のクウガの戦いを見れば、あれが憎しみで戦っているかどうかは誰にでも解る。
雄介は、「うん」と一言呟き、言葉を続けた。
「やっぱりさ、どうしても考えちゃうんだよね。殺されちゃった子供達の事」
「私も、そうだよ。殺された皆の事考えたら、私もあの未確認の事、殺してやりたいって思った……」
俯き、罰が悪そうに言った。
「でも、そんな気持ちで戦ったら、私も未確認と同じになっちゃうのかな」
「……そんな事無いよ。誰かの為に戦うのは、未確認には絶対に出来ない事だから」
「じゃあ、私はどうすればいいのかな……未確認の事は殺したい。この手で殺してやりたい。
でも、そんな事を考えちゃう自分が嫌……自分でもどうすればいいのか、わかんない」
「わからなくてもいいんだよ。俺だって、どう戦えばいいのかなんて未だにわかんないもん
でも、その答えは自分の中でしか出せないんだ」
雄介の言葉を聞いても、なのはは無言で俯いたままだった。
許せない未確認を殺してやりたいという感情と、その感情を嫌う優しい心。
その狭間で、なのはは苦しんでいる。
だけど、自分が答えを教えてあげる事は出来ない。
「だから、沢山考えて、沢山悩んで、それで自分だけの答えを見付ければいいんだよ。
なのはちゃんがアイツを殺したいって思うのは当然だし、俺にも気持ちはわかるよ
だけど、その感情に任せて、考える事をやめちゃうのは、駄目だと思う」
「もっと悩んで……考えて……五代さんも、そうして来たの?」
「うん、そうだよ。俺も小さい頃は色んな事で沢山悩んだ。でも、そうやって皆大きくなって行くんだ」
なのはは、「そっか」と一言呟いて、僅かに微笑んだ。
少しは肩の重荷が取れたのか、先程よりかは明るい表情をして、なのはは雄介に視線を向けた。
「ありがとう、五代さん。何となくわかったよ。わかんないけど、わかった
あの未確認の事は今でも殺してしまいたいって思うけど、私はそんな考えに負けない。
次戦う事があっても、私は憎しみで戦ったりしないって、約束する」
「そっか」
「だから、五代さんも私と約束して欲しいの」
「え……?」
微笑み、頷く雄介に持ち出されたのは、なのはからの条件。
なのはからこれを言ってくるのは、少し予想外だった。
だけど、雄介にはなのはが何を言うのかがだいたい理解出来た。
「私も約束するから、五代さんももう、憎しみで戦ったりしないって約束して欲しいの
きっと五代さんなら、戦い始めたばかりの私なんかよりも、ずっと答えに近づいてる筈だから……
だから五代さんも私と一緒に悩んで、考えて……憎しみに負けないで欲しいんだ」
「うん……わかった、約束するよ。ありがとう、なのはちゃん」
微笑み返す雄介は、右腕でサムズアップを作った。
もう自分は大丈夫。約束したからには、絶対に守って見せる。
その思いを乗せたサムズアップは、なのはにも届いたようだ。
なのはもまた親指を突き出し、サムズアップで返してくれた。
◆
海鳴市の外れにある、もう使われてはいない廃墟にゴ・ジャラジ・ダは居た。
顔面は原形を留め無い程に腫れ上がり、口と鼻からは大量の血液を垂れ流しにしている。
管理局が仕掛けたサーチャーとやらの監視を掻い潜り、バニングス家に侵入したまでは良かったが、その後が問題だった。
針を撃ち込む前に二人の魔導師によって邪魔されてしまい、その隙にクウガにまで攻撃されてしまったのだ。
激情したクウガによって殴られ、結果的に与えられた総ダメージは甚大なもの。
ぼろぼろの身体を引きずって、何とかこの場所へと逃げ込んだのだ。
「――ゼダダ・ビギジュス・ガバギ・クウガ……!!」
絶対に許さない。
その思いを吐き出し、窓の向こうの月に向かって吠える。
今度という今度は、ジャラジにとっても我慢の限界だ。
何故こう何度もゲゲルを邪魔されなければならない。
何故こうも一方的に殴られなければならない。
クウガへの理不尽な恨みは、止まる事を知らない。
だが、自分にクウガを倒すのは恐らく無理だ。
だから、次は絶対にアリサとすずかを殺して、クウガを絶望させる。
それがクウガへの最高の復讐になるのだ。
そんな事を考えていると、不意にジャラジの耳朶を足音が打った。
カツン、カツンと靴の音を鳴らすのは一人の女。
月明かりに照らされた女の正体は、異世界の白い法衣に身を包んだ女だった。
「……リニスか」
「はい。プレシアから伝言を授かって来ました」
「何……?」
腫れ上がった醜い表情で、リニスに視線を向ける。
されどリニスは臆する事無く、冷たい表情で言葉を続ける。
どうやらこの女、相当に自分の事を嫌っているらしい。
「今回は、ゲゲルにおける“クウガというイレギュラー”への対抗策として、特別に傀儡兵を転送しましたが、
次は無いとの事です。もしももう一度クウガに追い詰められたとしても、二度と貴方を助けるつもりは無いし、
ゲゲルを達成するまでは帰って来なくていい。それが出来ないのなら死ねばいい、とプレシアが仰ってました」
イレギュラーがどうとか言っているが、それも本当のところは解らない。
自分も相当に陰険だが、あのプレシアという女はそれ以上だ。どうせ何か企んでいるのだろう。
そう考えれば、自分をまるで道具のように利用するプレシアに対する憤りも感じずにはいられなかった。
プレシアのやる事成す事全てが気に入らないし、そもそもこの伝言だってナメているようにしか思えない。
「随分とナメられたものだね……このゴ・ジャラジ・ダが!」
脅しの意味も込めて、吐息がかかるくらいの距離まで近づき、叫んだ。
されど、ジャラジの咆哮も、リニスはまるで意に介さない。
ただただ汚い物でも見るように、冷たい視線を送るだけ。
この女、自分と言う存在に全く恐怖を感じていないようだった。
「この際ですから言わせて貰いますけど……私は貴方のやり方は大嫌いです
本当なら、さっきだって助けたくなんて無かった。あのままクウガにやられてしまえば良かっ――」
「黙れッ!」
「きゃっ!?」
リニスの頬を、ジャラジの掌が叩いた。
比較的非力とは言え、ジャラジは仮にもグロンギだ。
グロンギの繰り出す平手を受けて、そのまま言葉を続けられる訳が無い。
リニスは頬を抑えて、地面に這いつくばった。
「わかってるよ、次でゲゲルを成功させればいいんだろ!」
「……無理だと思いますけどね」
「何だと……?」
頬を撫でながら、リニスが立ち上がった。
まるで汚い物でも見るかのような視線をジャラジに向ける。
この蔑むような眼が、ジャラジはたまらなく嫌いだった。
にじり寄るジャラジの言葉を無視し、リニスは足元に出来た魔法陣の中へと消えて行く。
最後までジャラジを軽蔑するような眼差しで、消えて行った。
気に入らない。何もかもが、気に入らない。
クウガも。ダグバも。リニスも。プレシアも。
皆皆、自分を見下す。誰一人として、自分を認めない。
やるべき事をやっているだけのジャラジが、こんな苦しみを受けなければ成らないのは可笑しい。
どいつもこいつも。世界そのものが、間違っている。
こうなったら、何としてもあの幼女二人を殺す。
殺して、皆を見返して見せる。
憤怒するジャラジは、この考え方自体がリニスに軽蔑されている事にも気付かない。
ましてや、リニスが最も気に掛けるフェイトや、その友達をゲゲルのターゲットにしたとあれば、嫌われるのも当然だった。
子供をターゲットにするだけでも悪質なのに、それが自分にとって娘同然の子供とあれば尚更だ。
だが、そんな事を知らないジャラジは、自分の考えが正しいと信じてゲゲルを続ける。
「絶対に殺してやる」と、その胸に誓って。
最終更新:2010年02月01日 02:04