魔術士オーフェンStrikers第十二話

初めて出会ってからそろそろ一ヶ月くらいになるのだろうか?
もの凄まじくダルそうに試着室に入っていくオーフェンを見送りながら、はやてはぼんやりと思い返していた。
悪い人じゃないのは一目見て分かった。――――ああいや、嘘だ。
仕方がない。人を見た目で測るような事はしたくはないが如何せん風貌が凶悪過ぎる。
今でこそ慣れはしたが廊下の角でばったりあの顔に出くわしたりすると、たまに悲鳴を上げそうになるし…。
ちなみに一番最近では休憩室で居眠りしてたルキノを起こしてやろうとしたらしいオーフェンが、目を覚ました彼女本人に泣きながら殴りかかられている。
後日の本人曰く「だ、だだだだって起きたら目の前に物凄い顔がこっちに向かって手を伸ばしてきててもう咄嗟になんたらかんたら…」
――――話を聞いている内にちょっとクスッとしてしまった所で誰がわたしを責められようか。

……えー、閑話休題――――――
性格の方も品行方正とは言い難いが、意外と常識者ではある。反面――――これは最近気付いた事だ――――結構面倒臭がりだったりもする。
それはまぁいいのだが、女の子相手に平気で暴力を振るうのはなんとかしてもらいたい所である。
…だが、これだけたやすく挙げられる短所がいくつもあるというのに今現在機動六課内で彼に話しかけるのを躊躇う人間というのがちょっと思い当たらない。

非公式ではあるが特別指導員というポストに就いた後もフォワードの子達からの反応は上々だったし、特にティアナなどは妙に懐いていてよく一緒に話している所を見かける事がある。
もっともスバルから聞いた話ではただの談笑というわけではなく主に訓練メニューについての話らしいが…。
スターズに預かってもらっているなのはの話でもプログラムの作成などには積極的に関わってくれているらしく、勉強になるとすら言っていたっけ。
逆に書類仕事はすぐサボりたがるから困っていると珍しく愚痴をこぼしてもいたが…。
その時のなのはの様子を思い出して軽く微笑する。
(あとは、そうやなぁ…。あの口の悪さはまぁ、ご愛嬌やな。それでも―――)
そう、それでもだ。本当によくやってくれていると思う。面と向かってはとても言えないが、本当に感謝している。
この間の出撃でも危険な任務の中、エリオとキャロの身をしっかりと守ってくれた。
いきなり今まで居た場所とは異なる世界に飛ばされてまだ何日も経っていない。慣れない環境の中で自分の方が大変だというのに―――

だからこそ、力になりたいと思う。
何を隠しているのかは分からない。何がそんなに知られたくないのかは分からない。
ひょっとしたら自分がしている事は超絶なおせっかいなのかもとも思う。
(ま、実際おせっかいに違いないんやろうけど…)
だが―――今のままでいいとはとても思えない。
このままでは何も進展しないし、何よりちゃんと私達と向き合ってほしい。
そう決意し、こんな回りくどい真似をしてまで彼を街まで連れ出したのだ。具体的な目的は二つ。
一つは彼自身の為。近頃六課内で彼の周りの動きがギクシャクしているのははやて自身も当然気付いていた。
――――というか家に帰ると毎日のように自分の目の前でグチグチと愚痴っている身内が約一名いるので気が付かないワケもないのだが――――。
だからこの外出で恐らくは溜まっているであろうストレスを少しでも発散してもらえればと…。
二つ目は、誰のためでもない自分自身が納得する為。
彼が自分の過去を、正確には過去の一部を何故頑なに隠そうとするのかが知りたい。理由はさっき言った通りだ。

(何よりもまず話し合い―――っちゅうんは、ホントはなのはちゃんのポリシーなんやけどな…)
ホゥ…と、張り詰めかけた気持ちを吐息に変えて吐き出す。チラリと横目で淡い色のカーテンに仕切られた試着室に視線を向ける。が、一向にそこが開く気配はない。
「遅いなぁ…」
壁に寄り掛かり、再びため息を漏らす。
(しゃーない。もっかいこの後の事確認しとこか)
終わる頃には流石に出てきているだろう。そう結論付けるとはやては鞄からタウンマップを取り出し、ブツブツと何事かを呟きながら自分達今いる地点から近いスポットに〇を書き込んでいく。

二人は今、ミッドガルの首都にして最大都市であるクラナガン、そのとあるデパートにいた。


◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇

「―――――というわけで手頃にショッピングにしよういう事になりました」
「誰に言ってるんだ誰に…。ていうか何がというわけなんだ」
明後日の方向に向かって無駄に明るい声を張り上げるはやてに半眼を向けながらオーフェンがそう呟く。と、彼女は満面の笑みのまま、
「私の隣にいる誰かさんにこんな時間から遠出すんのはメンドイから嫌だ。とか身も蓋もない事言われてしまったので渋々近場で済ます事にした“というわけ”なんですよ。
いや~、まさか選んどいたスポット一つ残らず潰されるとは夢にも思いませんでしたわぁ~」
あっはっはっは、と快活に笑うはやて。笑ってはいるが目が笑っていない。むしろ据わってさえいるようにも見える。
まぁ怒るのも無理はないかと思いはするが、それでもオーフェンは肩を竦めずにはいられなかった。
「そりゃそうだろ。列車の修理するだけでもう午後回っちまってんだぞ。分かんねえだろうが魔術ってのは意外と疲れるんだよ。
この上五時間も六時間も掛けて、んな面倒くさそうな場所連れまわされるハメになりゃ俺じゃなくても二の足踏むってんだ」
「め、面倒…。こないに可愛い女の子横に置いといてそないな事しか言えへんなんて甲斐性無しや思われてまいますよ?」
「こんだけいいように引っ張り回されてる時点で甲斐性も何もあったもんじゃないような気もするけどな」
新品のシャツの襟元を確かめるように首を二、三度回しながら言う。
その服装はすでに六課の制服ではなく、黒のYシャツと黒のスラックスという出で立ちだ。
自分で服を選ぼうとすると、どうしても配色が黒に偏ってしまうのはやはりというか何というか黒魔術士の性なのだろう。
両手に持った紙袋の中にはあと何着かの服と他に生活に必要になりそうな品を片っ端から選んで買った物が入っている。
六課に居る間は衣食住が保障されているので必要ないだろうとも思ったのだが、「いずれ買う事になるのだから早い方がいいに決まってる」というはやての言葉に押し切られた。
言ってる事は正しいと思うし心遣いが有難くもあるのだが、荷物の何割かに女物の服やら何やらが紛れているのはどういう事なのだろうか。そういう事なんだろうな。いつの間に買ったんだ。
(まぁいいけどよ。金出してもらってるんだし荷物持ちくらい)
自分自身に納得させる心地で呟く。ついでに言えば女に振り回されるのにはいい加減慣れっこでもある。
これまでの女難の数々を思い返せばそれこそこの程度―――
「可愛いもんだよな実際…」
「は?」
「こっちの話だ。ンな事よりいつまで歩くんだ?俺としてはこの荷物を下ろせる所に向かっててほしいんだが」
こちらのしみじみとした呟きに小首を傾げてくるはやてにヒラヒラと手を振って答えてやりながら別の話題を振る。
「もうすぐですよ。ここを抜ければちょい大きめの道に出る筈やから今日はそこを中心に色々見て回りましょ」
「いや、ンな事よりこれ下ろせる所に…」
「あ~せやけどどないしよ。もう必要なもんはさっきのデパートで粗方揃えてもうたしなぁ」
「なあ」
「まぁええか。買い物なんて計画なしで動いた方が良い物が見つかるもんやって昔なのはちゃんのお母ちゃんも言っとったし」
「お~い」
「あ、せや!六課のみんなにお土産買ってってあげな。え~っと、この辺でおいしいもの買えるお店は~」
「…………………」
とうとう沈黙して胡乱な目で見つめる。するとはやては、その反応が欲しかったとばかりに満面の笑みを浮かべながら振り返る。
「ちなみに喫茶店があるんはだ~いぶ先ですね」
「……………あっそ………」
そうとしか言えず、やはりさっさと謝っておくべきだったと軽く後悔しながらオーフェンは荷物を持つ手に力を込め直した。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

それからは別段何事もなく時間が過ぎていった。
オーフェンも色々と言いたい事はあったが目的さえ決まってしまえばあとは不満を漏らさずに付き合っていた。
キエサルヒマの文明とどこか面影を感じる街造りに興味を抱いたというのも理由の一つだろう。
見慣れない物を見るたびに感心したり首を傾げたりと、少なくとも退屈はしなかった。
はやての方は言うに及ばずというか、そもそもショッピングが嫌いな女など探す方が難しい。
当然の如く彼女もそのクチのようで、楽しそうに端の店から順々に梯子していく様子は年相応の少女のソレだった。
また、異文化に触れるオーフェンの挙動が元々旺盛な彼女の悪戯心を騒がせるのか、電子機器の店やゲーム屋などで質問を求められる度に面白半分から出た出任せを言ってそれを納得顔で頷く彼を見て楽しむという少々悪趣味とも言える趣に興じたりもした。(後日、真実を及び聞いたオーフェンにかなり激烈な逆襲(肉体的な意味で)を見舞われる事になるのだが、持ち前のボウケン心が燃え盛っている今の彼女にそんな事が予見出来るわけもなかった)

結局日が傾くまで街中を練り歩き、ようやく腰を落としたのは予定していた喫茶店ではなく、通りを抜けた先にある少し大きめの自然公園に設えてあるベンチの上だった。
幸いというかなんというか今の季節は日が落ちてからもそれほど気温は落ちない。
夕暮れの中、少し遠くの広場で野球の練習に勤しむ少年達に視線を傾けながらオーフェンは途中の自販機で買った缶コーヒーのプルトップを引いた。
「五、六時間―――か。店回ってるだけで以外と潰せるもんだな」
「せやなぁ。お手軽やったけどこれはこれで楽しめましたね」
こちらの言葉にハフゥー、と満足のため息を吐きながらはやてが答える。彼女の手にもホットの缶コーヒーがあるが、フタも開けずにさっきからお手玉の如く右手と左手の間を行ったり来たりさせている。
「オーフェンさんはどうでした?」
「ん?」
「いえ、ちゃんと楽しめてたやろか思て。今日はなんやかんや言うても私が無理やり連れ出してしもたようなもんやし。ちょう気になって…」
眉根を顰めた笑顔で弱弱しくそう言うはやてにしかしオーフェンは冷めた視線を送りながら缶コーヒーを口元に寄せる。
「今更しおらしくなられてもな。どんな演技したってそっちの荷物は持たねぇからな」
と、はやての側にある六課のみんなへの土産が入った荷物を指差す。するとはやてはムッとしたように頬を膨らませると、
「ほんっまイケズやなぁ。人がせっかく素直に謝っとるっちゅうのに…。オーフェンさん私の事キライなん?」
「おう」
「うおあ」
「いや冗談だけどな。――――ま、実際いい気分転換だったんじゃねぇかな。こんだけ何も考えずに羽伸ばせたのはホントに久しぶりだった」
ありがとうな、と。拳を振り上げ詰め寄ってきていたはやてからはあくまで視線を逸らしつつ呟く。
「……う……そ、それやったら、まぁええんですけどね」
するとはやては一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、何故か更に機嫌を損ねたようにプイっとそっぽを向くと、これまた何故だかゴニョゴニョとハッキリしない声音でそう呟きそれきり黙り込んでしまった。
小さい声で「不意打ちや…」などという言葉が聞こえたような気がしなくもないが、意味が分からなかったので放っておく事にした。
二人きりなのだから一人が口を噤めば、自然会話はなくなる。
なんとはなしに手持ちぶたさを覚えてオーフェンは空を仰ぐと、夕暮れ時の心地よい涼風が髪を凪いでいった。
赤らみ始めた空はもう幾ばくもしない内に夜空へと変わるだろう。
面白いものだと思う。太陽も、星も、月も、次元を隔てていても同じものが同じ場所に見えているというのは…。
いや、星やら月やらだけではない。人間の文明もこちらの方が遥かに発達しているとはいえ、どこかキエサルヒマと似通った部分を感じる所が多々あった。
食べた事があるような料理。使った事がある食器。同じような寝心地のベッド。コンクリートで舗装された道。服装。細かい部分を上げればまだまだある。
(…まぁ違ってなきゃおかしいってんでもないけどよ)
自分などがいくら考えたところで答えなど出ようはずがないというのは分かる。
が、あるいは仮にこの世界の仕組みというものを理解している誰かというものがいたとして、
もしも、仮にそんな絶対者のような者がいたとして、
そして仮にその者が自らの存在を明るみに出したとして、例えば、この世界の人間はそれを神と呼ぶのだろうか?

「――――ハッ」
何気ない空想がいつの間にか凄まじい皮肉を謳っていた事に気付き、口から失笑が洩れる。まったく、その神とやらがいない世界から来た男が一体何を考えているのだか…
「ま~た何か妙な事考えてます?」
「うお!?」
隙を突くように投げかけられた言葉にビクリと身体が跳ね上がる。慌てて横を向くといつの間にかはやてが膝に頬杖をついた姿勢でこちらを窺っていた。
口元をにんまりと笑みの形に変形させながら更に呟いてくる。
「ははぁ~ん?その驚き方はよっぽどやましい事やったんやねぇ。そろそろなのはちゃん辺りに夜這いでもかけよかな~、とか?」
「するか!!」
「ほんならフェイトちゃん?」
「違う!!」
「むぅ、年下は好みやないんか。せやったらシグナムか…シャマルか…ヴィータとかキャロやったらもう二度とわたしに話しかけんといてくださいね?」
「……お前が普段俺をどおゆう目で見てるのかよく分かった」
やはりこいつとはいずれ何らかの形で決着を付けねばなるまいと心の中で悲壮な決意を固めつつ、とりあえず一撃入れておこうと拳を固める。
が、はやては目ざとくこちらの攻撃色を感じ取ったのか、素早くベンチから立ち上がると大きく距離を取った。
「フフ~ン。ええ加減そうそう簡単には殴られてあげへんもんね~」
「ああそうかよ。良かったなこのタヌキ女が」
勝ち誇ったように胸を張るはやてに投げやりな舌打ちを返しながら、下ろし場所を失った拳骨を渋々収める。
一瞬追いかけて殴ろうかとも考えたのだが、どう考えても間抜けだったので止めた。
こちらの雰囲気からもう危険はない判断したのか、はやてが再び隣に腰を下ろしてくる。
「冗談や冗談。そんなに怒らんといてくださいよ」
「にしちゃあずいぶん棘があったぞ」
「ほんならプラスさっきのお返しも兼ねてっちゅう事で」
カラカラと笑うはやてを横目で見つつ「なんだよそりゃ…」と、嘆息する。
こうして会話していると、たまに―――というかごく頻繁に―――コイツが大組織の一部隊を率いている人間だという事を忘れてしまいそうになる。
「ほんで?結局なんやったんですか?」
「あん?」
質問の意味が分からず聞き返すと、はやては空を指差しながら言葉を重ねてきた。
「せやからさっきですよ。空見ながら何考えとったんですかって」
「あ~まぁなんつーか、改めて考えてみるとこっちの世界でキエサルヒマと同じ風景を拝んでるってのが少し不思議に思えて、な」
嘘は言っていないはずだよなと心の中で思いながらそう呟くが、はやては逆に疑問を深めたように眉を顰める。
「そんなんであんな辛そうな顔してたんですか?」
「……………」
予期しなかった不意打ちに思わず押し黙ってしまう。と、その反応に何を感じたのか、オーフェンの顔をじー、と見ていたはやてが急に口から盛大なため息を漏らした。
「その様子やとなんやまたプライベートな部分の話やったみたいですね」
「いや…」
心持ち沈んだ声音でそう言うはやてに返す言葉が思い浮かばず、結局いつものように曖昧な相槌を打つ。
「オーフェンさんのそうゆうとこ、みんな心配してるんですよ?
言いたない事なんて誰にでもあるやろうし、無理強いするつもりもないんやけど…なんや結構深刻そうな問題みたいやから…」
まぁ、大きなお世話や言われたらそれまでなんやけど…と、はやてが苦笑いで小さく零す。薄々気付いてはいたが、今までずいぶんと気を使わせていたのだという事実を目の当たりにしてオーフェンは内心で歯噛みした。
「思わねぇよ。そこまで恥知らずじゃない。ただ、な…」
ベンチから立ち上がる。
心なしか冷え始めた風に襟元を寄せながらオーフェンは、はやての方へ振り返った。
「いざ話すとなると本当に突拍子もない話なんだよ。言い辛い事があるってのも本当だしな。例えば――――そうだな、」
瞑目する。しばしの逡巡の後、オーフェンは神妙な声音で呟いた。
「もし俺が人類史上最悪の犯罪者だとか呼ばれてた人間だとしたら、お前どうする?」
「……………そりゃ、驚きますけど……」
戯れを許さぬこちらの声にグッと息を飲む音をさせた後、たっぷり十秒間も間を開けて答えが返ってくる。
冷静を装ってはいるが、隠し切れない驚愕がその蒼色の瞳を見開かせていた。
おおむね予想の範囲内のリアクションに妙な諦観を覚えながら用意していたセリフを紡ぐ。
「そういうワケだ。出来れば放っておいてほしい。心配しなくてもこっちで何かやらかすつもりはないし、もしどうしてもそんな人間を置いておけないってんなら…せめてダミアンの件に片がつくまで待ってくれないか?
奴の始末がついたら―――」
「ちょ、ちょう待ってください!何勝手に話進めとるんですか!?」
会話を打ち切ろうとするこちらの気配を察したのか、慌てた様子ではやてが詰め寄ってくる。
未だ動揺からは立ち直れていないのか、その瞳は揺れたままだ。
「わたしはオーフェンさんを追い出すつもりなんて欠片もあらへんし、六課のみんなかてきっと…。
それに…そ、そうや、その前にキチンと説明してくださいよ!ただ単に犯罪者や言われたって納得できるわけ…」
ああ、出来ないだろう。それを口にするかどうかはまた別の問題だが、自分が逆の立場でもきっと無理だと思う。
はやてはぎゅっと唇を引き結んだまま、こちらの言葉を待っている。
「…なら慣れておけよ。納得出来ない事なんざきっとこの先いくらでも起こるぜ?」
「そうやったとしても、慣れるつもりもなぁなぁにして知らんふりするつもりもわたしはありません」
「そりゃ立派だ」
「茶化さんといてください。オーフェンさん、さっきの発言はわたし個人の感情だけやなく機動六課部隊長の立場から見ても黙っとるわけにはいかへんのですよ」
それはつまり自分が管理局の概念を害する存在であった場合、敵対するのも止む無しという意味か。
必死に自制してはいるが言葉を重ねるごとに気の毒なほど顔色を悪くしていくはやてを見てそう一人ごちる。
彼女がその結果を良しと思ってくれていない事も、まぁ分かる。

…覚悟の、決め時だろうか。
はぁぁぁぁ…と、この日一番の盛大なため息を吐いてとりあえずベンチに座り直す。それに習って鼻を啜りながらはやてが隣に腰を下ろすのを横目で窺いながら呟く。
「少し長くなるぞ…」
「…ん」

コクリと頷くはやてを一瞥してから、考える。さぁ、一体どこから話してやるのが一番適当なのだろうか、と。






◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇


―――――ドラゴン種族――――――
キエサルヒマの歴史を語る上において避けては通れないのがこの種族である。力ある種族、かつて世界でもっとも繁栄した種族達だった。

ウォー・ドラゴン=スレイプニル
ウィールド・ドラゴン=ノルニル
ディープ・ドラゴン=フェンリル
フェアリー・ドラゴン=ヴァルキリー
レッド・ドラゴン=バーサーカー
ミスト・ドラゴン=トロール

この六種族。魔術を生み出し、使いこなすこの六種の獣達によって世界は支配されていた。
人間種族の繁栄が栄え、最盛期を迎えた今でもそれは変わらない。彼らに魔術を行使する力があったからだ。
魔術とは条世界法則(システム・ユグドラシル)、つまりは世界を構成する根本的な法則を生態的な力で操る技術である。
魔術を行使する為には何らかの合図―――媒体を必要とし、その媒体が及ぶ範囲でしか魔術は発揮されない。
行使された魔術は強烈無比で、彼らは事実上、無敵の力を得ていた。
魔術を持たない生物がドラゴン種族の力に及ぶ事は決してない。彼らは世界を六種族で分け合ったようなものだった。
だが霊長類最強を自負していた彼らの誇りと栄華は瞬く間に終焉を迎える事となる。魔術と同時にこの世に生まれたものがあったのだ。
彼らは魔術を手に入れると同時に、魔術では決して抗えない天敵をも生み出してしまっていた。
世界の法則たる万能の力を法則に支配される側であるはずの存在が手にするという致命的な矛盾をシステムに内包してしまったのだ。
その結果、システムは次第に狂い始め、やがて法則そのものが絶大な力と肉の生命、意思、感情、知恵を持った生物として顕現してしまった。
常世界法則の擬人化。ドラゴン種族はそれを「神々の現出」と呼んだ。
なぜ彼らがそんなものを神と呼んだのかは定かではない。おそらくは神々らが自らそう名乗ったのだろう。それが一番理に適っている気がする。
常世界法則としての神は全知全能にして零知零能(れいちれいのう)。現出した神々はそのどちらでもなくなった。
彼らは万能ではないが、万能よりほんのわずかに劣る力を持って生まれてきた。
伝説を素直に信じるならば、神々は本能的にドラゴン種族を敵と見なしたのだろう。即座に敵対した…。
ドラゴン種族達に勝ち目は無かった。
戦いに敗北した彼らは住処を追いやられるようにキエサルヒマと呼ばれる小さな小陸に逃げ込み、神々からの追撃を免れる為にそれぞれのドラゴン種族達の代表である始祖魔術士6匹が協力して島全体を強力な結界で覆い、聖域と呼ばれる施設に引き篭もったのが約1000年前。
それから原住民との大陸の覇権を賭けた戦争。運命の女神ヴェルザンディの遣わした魔獣達との戦い。そして女神自身の大陸への来臨。
これによって大陸は滅亡の危機に陥るが、一匹のドラゴンが自身の身体を犠牲にして女神を結界の外へ押し戻し、自身の体で結界の穴を塞いだ事でこの戦争は一応の収束を見せる。
六種のドラゴン、その内『沈黙の獣』ウィールド・ドラゴンの始祖魔術士であったオーリオウルの手によって―――
女神とドラゴン種族の決戦は大陸史上最大の激戦となり、これとほぼ同時期に大陸に漂着していた人間種族の文明は一気に原始レベルにまで退行してしまったらしい。
そして、その人間種族こそが大陸に再び滅亡を招き入れる種火となってしまう。約100年後、遺跡の調査に訪れた人間が結界の綻びから突き出ていた女神の足をこちら側に引っ張り込んでしまったのだ。
大陸に再び女神来臨の危機が訪れるが、それでも尚、結界の狭間で、女神に首を折られながらもオーリオウルは必死に女神の侵入を食い止めていた。

その後200年もの間、オーリオウルはたった独り遺跡の跡地に建てられた神殿の奥深くで、いまだ侵入を諦めようとしない女神と必死で拮抗する事になる。
が、ついに限界を迎えたオーリオウルは一人の魔女の助力を得て、最後の力を振り絞り女神を結界の外へ再度押し戻し、絶命した。
この時すでにアイルマンカー結界は決定的な破綻を迎えつつあった。聖域の真上に再び生じる結界の綻び。今度こそ女神は大陸へ侵入してくる。
事ここに至って…いや、すでに何百年も前から絶望の極地にあった聖域のドラゴン種族達は、恐るべき手段を取った。
アイルマンカー結界の縮小案。つまりドラゴン種族は自分達の住処以外の全てを、人間を、地人を、大陸を、切り捨てる事を選択したのだ。

「―――――ここまではいいかね?」
饒舌な語り一旦を区切り、ダミアン・ルーウはその涼風のような静かな声音で周囲の人間に問いかけた。
まるで講義の最中、生徒に質問を促す程度の呼びかけだが、話の内容そのものは聞く方からすれば常軌を逸したものだった。
自らのラボの中、愛用の椅子に深く腰掛けダミアンの話に耳を傾けていたスカリエッティを初め、ナンバーズの上位陣であるウーノ、トーレ、クアットロ、チンクは皆不審気に眉を顰めてお互いの顔を見合わせている。
クアットロなどは胡散臭い物を見るような視線を隠しもせずダミアンに向けていた。
「…二つほどいいかい?」
と、珍しく何事かを考え込むように顎に指先を触れさせながらスカリエッティが口を開いた。
ダミアンが視線で促すとスカリエッティは軽く頷き、
「まず一つ目だ。さっきそのドラゴン種族とやらは魔術を扱うと言っていたが、君が使うのも魔術なんだろう?
君の説明だと、魔術はドラゴン種族にしか使えないというように聞こえたんだが」
「確かに人間に魔術を扱う術などないな。我々が魔術を使えるのはひとえにドラゴン種族との混血種だからだ」
「…ドラゴンと人間の混血?」
「ウィールド・ドラゴン。天人とも呼ばれる我々人間の姿に非常によく似たドラゴンだ。
純粋な遺伝なのだよ。もっとも威力も応用性もドラゴン種族のそれとは比べるべくもないがね」
「人間に似たドラゴン?そぉんなの聞いた事ありませんね~」
「君こそ人の話は聞いておくべきだな。わたしと君等の世界ではおそらくドラゴンにおける一般的な定義からして違っている。
―――フム。興味深くはあるか…。情報が断絶された異世界同士の情報が微妙にリンクしている理由とは何だろうな?」
「ぜ~んぶあなたの妄想って線が一番説得力がある気がしますねぇ」
実際興味を引いたように腕組みをして考え込むダミアンにクアットロが自分のおさげの先を弄りながら白けたようにそう呟く。
彼女がダミアンへ送る視線は疑いすら通り越してもはや完全に痴呆症の老人に向けられるソレだった。
「いい加減口を慎めクアットロ。ダミアン殿はノーヴェの恩人だぞ。これ以上の無礼は私が許さん」
「……別にわたしの恩人ってわけでもないですし~―――って、いや~んチンクちゃんってばこわ~い」
無言で眼光を強めるチンクにクアットロが冷や汗を垂らしながら思わず身を引く。
「も~冗談よぉ。わたしだってノーヴェちゃんの事は感謝しているんだもの。そんなに睨むなんて酷いじゃない…」
よよよ、と演技臭く泣き崩れるクアットロに今度はチンクが狼狽する番だった。
「あ…す、すまんクアットロ…。わたしが短慮だった…。許してくれ…」
「ぐす…いいえ、いいの…。分かってくれれば…」
ちょろいわ…と目に涙を貯めながら心の中で舌を出す。ペコリと小さな頭を下げ、目を伏せるチンクから視線を外すと、ウーノとトーレが呆れたような表情でこちらを見ていた。
純粋な妹で遊ぶのが楽しいか?大方そんなところだろうが…姉連中に自分がどんな評価を受けているのか透けて見えるようで少しヘコむ。
(…丸っきり口から出任せってわけでもないんですけどねぇ…)
三週間前、例の任務でノーヴェが負った手傷は中々に深刻なものだった。
外部の損傷は小さな火傷程度で大した物ではなかったが、問題は身体の内側、件の魔術士の拳を食らった箇所の臓器機関の一部が破裂していたのだ。
文句なしの重傷。少なくともこのまま放置すれば間違いなく機能停止に至るであろう事は疑いようもなかった。
が、わずかの検査でそれらの事を察知したスカリエッティがオペの用意をウーノに指示する間に、事の全ては済んでいた。
一瞬だった。傍らで成り行きを聞いてノーヴェの重傷を察したダミアンがその場で軽く手を振る動作を見せると、それだけでノーヴェの頬に浮かんでいた火傷の痕が消えた。
同時に真っ青だった顔色が急速に赤みを取り戻していき、浅く小さかった呼吸すら正常なものへと戻っていた。
何をしたのか、誰も理解出来ずにいる内にダミアンは事態を―――やはりと言うべきか―――完結に説明した。
癒したと、そう一言呟いてこの白魔術士は消えた。そう、消えたのだ。
彼はこの三週間もの間、スカリエッティ一味の前から完全に消息を絶っていた。
が、つい先ほどだ。いきなり姿を現したと思ったら、こんな訳の分からない歴史の授業を延々と続けてる。
クアットロの疑念もその辺にあるのだろう。何を考えているのか分からない。どうにも胡散臭い。
チンクにああ言ってしまった手前、露骨に表には出さないようにしているが、たとえどんな恩があろうが何の保障も無しにこの男を信用する気にはなれなかった。
(―――ま、じゃあ誰か信用してる人がいるんですか?って聞かれてもそれはそれで困るんですけどねぇ…)
嘆息交じりに胸中での問答を終え、話半分に聞いていた会話に意識を向けると、丁度スカリエッティが二本目の指を折る所だった。
「では二つ目。まぁこれは君の話とは関係ないかもしれないんだがね?この数週間君が何をしていたのか、差し支えなければ聞かせてもらえないかな」
「心配させてしまったかな?」
「大いにね。友達だろう?」
冗談か本気なのか分からないへらへらとしたいつもの笑い顔を浮かべるスカリエッティをこちらもいつも通り感情の読めない瞳で見つめ返す。
「……キエサルヒマへ帰還する方法を探していた。結局見つからなかったがな。だから君に協力を仰ごうとこちらまで出向いたのだ」
「ふぅん?」
そう首を傾げるスカリエッティに向けてダミアンがおもむろに手の平を差し出し、上向けると、その空間がぐにゃりとイビツに歪む。
反射的にトーレ達が身構えるが、それも一瞬。捩れた空間が元に戻るとダミアンの手には一振りの剣が握られていた。
赤い拵えの鞘に物々しい彫金が施された直刀。
「それは?」
「天人が鍛えた魔剣だ。銘はコルクト。大した能力はないが使い方さえ覚えれば役には立つ筈だ。
この剣を手間賃代わりに一つ頼みを聞いてほしい」
剣をテーブルに置き、神妙な声音でダミアンが続ける。
「君の願い、聖王の方舟だったか。それを手に入れた暁にはわたしをキエサルヒマへ帰す手助けをしてほしい」
テーブルに置かれた剣に手を伸ばしながら問い返す。
「わたしにメリットは?」
「その剣が手間賃代わりだと言っただろう―――と、言いたい所だがな。方舟が手に入るまで君に手を貸してやる。
条件としては破格だろう。なにより、わたしは少なからず君に恩を売っているはずだろう?」
言いながら視線を部屋の一点へと滑らせる。その先には培養液で満たされた三つの巨大なフラスコ。その内、中身が入っているのは一つだけだが…。
「もう稼動しているのだな…。とりあえず流石と言っておこうか」
ダミアンに習ってスカリエッティがフラスコの方へ陶酔にも似た表情を向ける。
「…ああ、まだ身体が馴染みきっていないらしくてね。今は練技場で下位のナンバーズ達相手に肩慣らし代わりの模擬戦中だよ」
「部下の命を大切に思うのならばすぐに止めさせる事だ。幾らわたしでも死んでしまっては癒せん。さて―――」
そう言い、ダミアンはスカリエッティの前まで歩み寄ると自分の右手を彼の前に差し出す。
「是か否か。そろそろ返事をもらおうかジェイル・スカリエッティ」
厳かに告げる声には一切の感情は見られない。自然、間近で見上げる形になったその顔を見た時、スカリエッティは思わず息を飲んだ。
圧倒的な虚無。そんなものが人の目に映るはずはないが、一瞬確かに見えた。その目の奥に宿るとてつもなく深い闇の色。
(…人の目を見て背筋が寒くなるなんていうのは初めての経験だな)
直感があった。この男は恐らく、いや間違いなく腹に何か一物抱えている。
手を組めば強力な味方だが出し抜かれれば近い将来もっとも邪魔な障害にもなり得るかもしれない。

―――だが、面白い。そうでなくては。

ゾクゾクと身体の内をかつて感じた事のない類の興奮が這い上がってくる。まるでエースとジョーカーが混在しているようなカード。
親友と天敵をいっぺんに手に入れたような気分だった。
狂気染みた笑みを口元に浮かべ、スカリエッティはゆっくりと立ち上がるとダミアンの手を取った。

「ああ、喜びと感謝を持って迎え入れるよ白魔術士殿。私の夢を助けてくれたまえ」

体温を感じないこの手を通して、わたしがあなたに抱く敵意が、友愛が、狂気が、敬意が、少しでも伝わればいいと願いながら…。

魔術士オーフェンstrikers 第十二話 終

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最終更新:2010年04月29日 22:18