休暇を終えた六課の面々は公開意見陳述会へ向けて動き出した。
休暇明けの朝、リフレッシュした皆に向けて、はやては六課の真の目的を明かした。

ちょっぴり驚いたりする者もいたが、重要な任務に隊員たちは俄然やる気になって当日へ向けての準備へと取り掛かっていったのだった。
宿舎に住まわせてもらっているとはいえ、微妙な立場にいるRXとセッテの二人は少し様子の違う皆を見ながら、当日自分達がどう動くかを決めようとしていた。
陳述会の様子は中継されることになっているが、オークションの時のように共に警備につくことも当然選択肢に入っていた。
だがそのことを相談してみると、はやて達は首を横にふった。

「光太郎さん達には何時も通り何か起こってから援護に来てもらおうと思ってます」
「そうなのか?」

少しずつ情報も漏れており、RX達が六課にいるというのは公然の秘密と言っていい。

だがRX達の性格が会場の警備に組み込むには不向きだった。

もし他の場所で大きな犯罪が起こったり、人目につかない場所で犯罪に遭遇した誰かがいれば二人はそこへ向かうだろうと皆考えていた。
普段は皆それを求めており、人によっては今回の事件が起こるかも曖昧な状況で警備にしておくことには若干の抵抗感さえ感じるほどだった。

それに何より、はやては自信に満ちた顔をRXに向けた。
はやてだけは少し不満気だったが。

「私達に任せといてください。もちろん、警備もいつもよりうんと厳重になってますから。ほんまは、前線丸ごとで警備させてもらえたらええんやけど……建物の中に入れるんも私たち三人だけになりそうやし」
「まぁ、三人揃ってれば、大抵のことは何とかなるよ」
「前線メンバーも大丈夫。しっかり鍛えてきてる。副隊長たちも今までにないくらい万全だし」
「皆のデバイスリミッターも、明日からはサードまで上げていくしね」
「ここを押さえれば、この事件は、一気に好転していくと思う」
「うん」
「だからきっと、大丈夫」

頼もしい返事を返されたRXは納得した様子を見せ、フェイトと視線を交わした。
二人の目配せに気づいたはやては、眉間に皺を寄せた。

「ちょっと場所移そっか」

そう言って歩き出すはやての後を心配そうな顔をしたフェイト達が付いて行く。
廊下を食堂に向かって歩きながら、はやては言う。

「ヴィヴィオのことやったら、心配いらんって。カリムも念のためってシャッハを付けてくれてるから大丈夫や」
「ごめんはやて。でも、やっぱり気になっちゃって……本当に、どうして今更もう一度検査なんて」

少し後ろを歩くRXへチラリと視線を向ける。
フェイトが謝りながらも口にした疑問はもっともだった。

リンディから預かり、六課の宿舎にいるはずのヴィヴィオは今、フェイト達と引き離され教会の施設にいる。

それは休暇をあけてすぐのことだった。
可愛らしい来客を六課の皆は笑顔で迎え、共に過ごそうとしていた所へカリムとリンディの二人から緊急の連絡が入った。
何事かと朝食を取るのも後にしたはやて達に、カリムはヴィヴィオの検査をさせて欲しいと願い出た。

親しくしているし、六課の後ろ盾でもあるカリムの頼みだ。
大抵は快く返事をするはやても最初、カリムに詳しい説明を求めずにはいられなかった。

元になった人物が誰であるかは分からずじまいだったものの、ヴィヴィオの検査については数年前、引き取る前後に済ませている。
それが今になって突然もう一度というのだから。

「私を嫌ってる人たちの嫌がらせよ」

若干疲労の残る顔でカリムは、はやて達に説明した。

(こちらは公開していないのではやて達も知らなかったが)近くに迫った公開意見陳述会に際して、教会も話し合いが開かれる。
カリムがそうであるように、本局や各世界の代表達の一部がそのまま教会でも高い地位をもつ人物であることから、同時に行われてきたらしい。

管理局の内部に派閥があるように、教会の中にも派閥はある。その内のあるグループがカリム等の足を引っ張る為に粗探しをした。
その結果、今更数年前のヴィヴィオの件が浮上した…カリムの見解では、純粋な気持ちからか他に難癖をつける材料が他になかったのだろうと判断している。
純粋な気持ちから、というのは約300年前の古代ベルカ時代の人物を元にした人造生命体がいると知った彼らがそれが誰であるか知りたがったとしてもそう不思議なことではないらしい。
カリムはそう説明してくれたが、はやて達は納得出来なかった。
何か違和感があった。相手側かカリムか。
それはわからないが、カリムはまだ何か話していないことがある…そんな気がした。

しかし、リンディとフェイトは困ったような表情で視線を交わし、お互いが同じような気持ちであることを確認した。

過去の誰かの情報を元に生み出された命であるということは承知して引きとって育ててきたのだ。
今更誰が元になったのか判明したところで変わるほどこれまで築いてきた気持ちは軽くはない。

だから、世話になっている友人のために今回は大きな問題には発展しないだろうと、思うことにした。

リンディ達には対応に辟易しているのか、珍しく怒りを滲ませながら説明したカリムの「お願いします」は効果的だったのだ。
六課設立に際し、影で尽力してくれたことだけではなく、これまでの行動からも彼女は信頼できる。
彼女の顔を立てるためにならばと、二人はヴィヴィオが承諾したのならという条件で承諾したのだった。

ヴィヴィオが彼女らのことを慮って承諾すると言うことは分かりきっていたが。

だがそれを聞いたRXは、何か嫌な予感がすると言って、フェイト達の気持ちを煽り続けていた。
物言いたげに見えるバッタ男の肩に、最近生傷が増えたザフィーラが手を置いた。

「気持ちはわかるが、それくらいにしておいくてれ。お前の嫌な予感はハズレない気がするから主達が不安がってしまう」
「……そうだな。気持ちも考えずにすまない」

はやて達に謝罪して、RXは仕事に戻っていった。
残されたはやて達も悪い方へと考えないように、重い空気の漂うその場から離れて行く。

カリムと同じく、彼女らも近くに行われる公開意見陳述会に向けて、準備を進めなければならなかった。
基本的に仕事の上でははやて達任せのRXが直ぐに引き下がらないことと当たりすぎる嫌な予感は予言阻止に向けて動こうとする六課には幸先が悪かったとしても、カリムの顔も立て、予言も阻止するのが彼女らの仕事だった。


 *

はやて達が準備に追われている頃、同じようにスカリエッティ達も準備に追われていた。
特に、今が何年も続いていた仕事の最終段階となるドゥーエは、砕け散った水槽の前で徹夜が続く有様だった。

彼女の他には殆ど誰も立ち寄らない部屋だったからいいものの、余人には余り見せられない有様で手を動かし続ける。

「これでレジアスが関与した証拠はすべて改竄済みっと」

最後に勢い良く空中に浮かんだキーを押して、ドゥーエは作業を終了した。
背伸びをして、体をほぐした彼女は隈の浮いた目を壊れた水槽とその周りに浮いた肉片に向けた。

ドゥーエが壊した水槽に入っていたそれらは、人間の脳であり…
旧暦の時代に次元世界を平定し、時空管理局設立後一線を退いた3人の人物が、その後も次元世界を見守るために作った組織・管理局最高評議会の成れの果てだった。

一応は管理局の最高意思決定機関となってはいるが、平時は運営方針に口出しすることはなく、長らくレジアスの大きなバックボーンとなってもいた。
同時に裏では様々なことに暗躍しており、レジアスを信頼し、共にアインヘリアルの運用計画を進行させたり、スカリエッテの創造主かつクライアントでもある―有り体に言って邪魔な存在だった。
(レジアスにも教えていなかったことだが、)その為、何年も前からドゥーエはスカリエッティの命令に従って管理局員になりすまし、最高評議会メンバーの傍に秘書・メンテナンス担当として潜入していた。

最近はプライベートで使うことも増えたが、本来ドゥーエのISはこういう使い方をするためのものでドゥーエ自身の有能さも手伝い、最高評議会メンバーの信頼を勝ち取っていた。
ここ1,2年は直接彼らの姿を見ていたのはドゥーエだけだったということだけを見ても、彼らがドゥーエに向ける信頼がどれほどのものかわかることだろう。
全てはスカリエッティが行動を起こすタイミングで彼らを殺害する為に…そしてそのタイミングが来た今、ドゥーエはその命令を実行し彼らを始末した。

今までの任務と同じく、最後まで最高評議会メンバーはドゥーエのことに気付かなかった。
10年前、初めての任務でたぶらかした聖遺物担当の司祭が失脚した後までドゥーエを信じていたように、容れ物が壊される寸前になっても裏切られたことが信じられないようだった。
盗まれた聖骸布の持ち主と同じ、約300年前の古代ベルカ時代の人物を元にした人造生命体を見つけるなり大慌てする羽目になっているように……これで管理局も大慌てすることになるのだろう。

自分の元を離れたドゥーエが予定通りの行動を起こしたことを聞けば、スカリエッティや姉妹達も驚くだろうかと考えて、ドゥーエは鼻で笑った。
感謝はするだろうがスカリエッティが驚くとは思えない。
なぜなら姉妹達に対する愛情が目減りしたわけではないし、管理局最高評議会を始末することが最終的にドゥーエとレジアスにとって有利に働くことが、スカリエッティにわからないはずがないからだ。

最後に適当な犯罪者に罪を擦り付ける工作をして、ドゥーエは部屋を後にした。
公開意見陳述会までゆっくりと休息を取り、スカリエッティと姉妹達が行動を起こした後にまた動き出さなければならない。
事が終わった後、レジアスの影響力が残って入ればより良い形で姉妹達に救援を送ることが出来るはずだとドゥーエは信じていた。


 *

そうして迎えた公開意見陳述会当日。

本局や各世界の代表が会場入りし、陸士達が、機動六課の面々が警備についていた。

中継が行われ、アナウンサーが言う。

「本局や各世界の代表によるミッドチルダ地上管理局の運営に関する意見交換が目的のこの公開意見陳述会。
今回は特に、かねてから議論が絶えない、地上防衛用の迎撃兵器、アインヘリアルの運用についての問題が話し合われると思われます」

しかし公開意見陳述会は開始直後、大きな通信画面が開かれ、中断された。
中に入ることを許されていた六課の隊長達だけが、何者がそれを行ったのか直感した。
はやて達はロングアーチに指示を出す為、目に付きにくい手元に通信画面を開く。

一秒でも早く、中継を切らせなければならない。

何かがあるとすれば、襲撃だろうと考えていた彼らの前に開いた画面の中で白衣が翻っていた。
案の定、画面の中央には口元を釣り上げたスカリエッティが映り、会場にいる本局や各世界から集まった代表達を見渡した。
驚き、怒りや中には何が起こるのかと興味深げに集まる視線を一身に受けている…それが十分に良くわかったスカリエッティは笑みを大きくし口を開いた。

「管理局員諸君、ごきげんよう。ジェイル・スカリエッティだ。お招きしていただいたことに感謝するよ。ありがとう」

手元の紙を見ながら挨拶したスカリエッティに、誰かがテーブルを叩いて立ち上がった。
スカリエッティが誰か調べたのか、彼の手元にも小さな画面が開いていた。

「次元犯罪「ボリュームを上げてくれ。うん、これでいい。私がお邪魔したのは他でもない…本局が犯している裏切りについて証言をする為だと認識していたのだが」

大音量で無理やり言葉を遮ったスカリエッティは、一旦言葉を切って出席する代表達の何人かと顔を合わせた。
関係者と思われたくないのか視線を合わそうともしない彼らにスカリエッティは肩を竦めた。
他の出席者が注目を浴びて、眉間を押さえたりする彼らに言う。その時には、音量はまた下げられていた。

「来るのが若干早かったかね?」
「そこまでや。スカリエッティ、ここにはアンタの言葉を鵜呑みにするような人は誰もおらん。はよ逃げた方がええんとちゃうか?」
「いやいやそれには及ばないさ。八神二等陸佐。ゆっくりと逆探知なりなんなりするといい」

はやてに余裕を持った態度を見せたスカリエッティが、手のひらを上にむけて腕を横に払うと出席者の手元に、何らかの記録を思われるデータが表示した新たな画面が開いた。

「今送ったのは、私が管理局本局の手で生み出されたことを証明するデータだ。本局はこれまで私を強力に支援してある裏切りを行おうとしていた…」

「でまかせだ! 管理局がこんなことを行うはずがないッ!!」

それを一瞥するなり、会場がざわついた。空気が凍り付いていく様に愉悦を感じながら、スカリエッティのテンションは上がっていく…
反論を無視したスカリエッティは大げさに胸を押さえ嘆きながら言う。

「だが私もひとりの人間だ。彼らに命を握られている身ではあるが、罪の意識に耐えられなくなってしまってね」
「ドクター・スカリエッティ「黙りたまえ!! 次元犯罪者と手を結んだ者に「貴方がッ!! 貴方が耐えきれなくなった裏切りとは一体……?」

腹を括ったのか、先程スカリエッティと無関係な態度をとろうとしていた者の一人が尋ねようとして、隣に座っていた者から黙れと怒鳴りつけられる。
だが、叱責を受けても彼は怯まない。何かに強い信念に突き動かされているらしかった。

「ああそうだったね。時空管理局本局は、聖王の遺産の中でも最も重要な聖遺物、聖王のゆりかごを我が物とする為にこのミッドチルダに秘匿している…更に、更にだ!! 彼らはなんと事も有ろうに聖遺物から聖王陛下を再生させたんだ!!」

今度こそ、本当に会場の空気は固まってしまった。

『聖王のゆりかご』古代ベルカ当時の呼称では「戦船」と呼ばれる古代ベルカの王「聖王」が所持していた超大型質量兵器で、数キロメートルほどある空中戦艦。
聖王家一族はこの中で生まれ、この中で育ち、死んでいったことから「ゆりかご」の名が付いた。
かつて聖王の元、世界を席巻し破壊した。旧暦462年の大規模次元震の引き金となったとも言われるが、そこまで知っている者は数少ない。

所以から聖王教会の教えをそこそこ囓っていれば、「戦船」あるいは「ゆりかご」の逸話を幾つか耳にする聖王教会にとって重要すぎる聖遺物であることは確かである。
聖王を包んだ布を聖骸布と呼ぶ彼らにとっての重要性は、計り知れない。

「では証拠をお見せしよう………」

スカリエッティは白衣を翻し、彼の背後にあるものを示した。

そこに何があるのか予想がついたはやては唇をかみ締める。
画面からスカリエッティが消え、残ったのは彼が掲げた腕だった。
その延長線上、短い階段を超えた先、壁に埋め込まれたような台座に女の子が座らされていた。
二辺に球体を埋め込んだ三角形の中央…

「ココこそが、本局が秘匿し私に調べさせた聖王のゆりかご。そして彼女こそが、つい先日信仰心厚い方々の必死の活動により保護された聖王陛下だ」
「う、うぇぇん…痛いよぉ、怖いよぉ~!ママー!ママー!! 助けてよぉ、RX!!」
「ヴィヴィオ…!? どうしてあそこに」

フェイトが息を呑み、座席から立ち上がった。
再び画面の中へとスカリエッティが顔をだし、泣き喚く少女を見た会場の反応を伺いながら、嘲笑った。

「聖王陛下がゆりかごに帰還されたにも関わらずこの反応とは……信者諸君、不敬にも程があると思わないかね? 聖王としての教育を施さなかったとは、汚いな流石管理局汚い」

そう言うスカリエッティの背中から聞こえてくる泣き声が、同じ場所から響きだした光と音によってかき消されていく。
スカリエッティが身を退く。玉座の周囲に埋め込まれた球体から流れだす雷が、ヴィヴィオの体に流れ込んでいた。

「見えるかい? 待ち望んだ主を得て、古代の技術と英知の結晶は今その力を発揮する!」

どういうわけかクリアに聞こえるスカリエッティの笑い声の中、苦しむヴィヴィオの体からから虹色の光が溢れ出そうとしていた。

「聖王陛下、私が貴方を有るべき姿へと戻して差し上げよう。さぁ! いよいよ復活の時だ。待ち望んだ主を得て、古代の技術と英知の結晶は今その力を発揮する!」

光に照らされて、暗い影となったスカリエッティが画面の中でくるくると回る。
陸の担当部署から緊急の通信画面が開かれ、爆発や大地震が、戦艦クラスの反応が観測され、混乱に陥っている事が伝えられる。

「これこそが、君たちが忌避しながらも求めていた絶対の力! 旧暦の時代、一度は世界を席捲し、そして破壊した。古代ベルカの悪魔の英知」

虹色に画面が染まり、眩しさに人々は目を瞑った。
ヴィヴィオの悲鳴とスカリエッティの笑い声が、目を閉じた彼らの耳により強く響く。

「ククク…一人の信者として聖王陛下とゆりかごをお助けできて非常に満足しているよ。いや本当に。その証拠に…私は条件次第で聖王教会になら自首する用意があるが、どうするかね?」

画面が一方的に閉じられたことにより眩いばかりの虹色の光が消え、ゆっくりと皆が目を開いていく。
直ぐに飛び出そうとするフェイトの腕を、彼女らの立場上見過ごすことが許されないはやてが掴んだ。
もちろん立場だけで引き止めたのではなく、これほどまでに自信満々に管理局をコケにしたスカリエッティが何の備えもしていないはずがないと思い、こちらも万全の体制で臨まなければならないと部隊長として判断したからだ。
そんなはやての考えなど露知らず、周りではスカリエッティが合図を送った管理局に席を置く聖職者達を取り囲み、各世界の代表者たちが自分勝手に話し合いに興じ始めている。
はやて達のことは全く当てにしていないようだった。

だがそんな彼らの前に再びモニターが開き、今回の協議で話し合われるはずだったアインヘリアルが映し出された。
映し出されたアインヘリアルは、どういう意図でなのかは会場にいる者達には判断できなかったが、動き出そうとしていた。
状況についていけない彼らには、アインヘリアルとアインヘリアルの開発計画を推し進めていたレジアスとを見つめることしか出来なかった。
だがその時、嫌みったらしい笑い声がまた会場に響いた。

「管理局諸君…いやここは司祭様に聞いたほうがいいのかなあぁ? どうも私には聖王陛下を攻撃しようとしているように見えるんだが、管理局はこの醜聞を隠す為に聖王陛下ごとゆりかごを消し去ろうとかそういうつもりなのかな?」

それに対しレジアスは、無言を貫いた。

「まぁ答えは聞いてないんだがね」

アインヘリアルの一部が突如爆発を起こし吹き飛んだ。
破損箇所の近くには眼帯をし、ボディスーツの上からコートを羽織った少女が立っていた。

「……愛らしい」

思わず口から出てしまったらしい一言のせいで、周りからキツイ視線と暖かい視線をを向けられた紳士は咳払いをする。
隣に立っていた紳士が握手を求めたが、彼はやんわりと断った。

「ごほんっ、いや失礼」
「…………ええっと、正当防衛をさせていただいたよ」

そんな彼らを視界に入れないようにしながらスカリエッティは手早く締めくくった。
そして再び画面が閉じられた。

 *

通信を閉じ、浮かび上がっていくゆりかごの中で意気揚々と踊っている創造主を淀み冷え切った目で見つめながらも、ウーノの動きは淀みがない。
今の内容を含めた、ウーノのISとスカリエッティが研究の為に予め与えられていた権限を使用して集めた情報を編集して、このミッドチルダや他の管理世界で広めることが彼女に求められた仕事だった。
ウーノのISとスカリエッティが研究の為に予め与えられていた権限を使用すれば大抵の情報は自由に集められるのだ。

とはいえ、現時点でのこちらの戦力は所詮不完全な状態の戦艦一隻に過ぎない。今の状態では管理局の普通の戦艦と大差ないと言う程度の力しかないのだ。
ゆりかごは衛星軌道上に達し、二つの月から魔力を受けて初めて本来の力を…高い防御性能と精密狙撃や魔力爆撃など強力な対地・対艦攻撃が可能になるほか、次元跳躍攻撃をも行える程の能力を取り戻すのだ。
今の状態では管理局の普通の戦艦と大差ないと言う程度の力しかないのだ。

「あれ程挑発する必要があったとは思えませんが?」
「あんまり面白い顔をしてたからつい、ねぇ。まぁこれで彼らが暫く揉めてくれればそれでいい時間稼ぎが出来る。機動六課が戦力を十分に発揮できなければもっといいんだがね」
「?」
「分からないかい? つまり、ヴィヴィオ・ハラオウンは誰かということさ」

そう言ってスカリエッティはヴィヴィオについて彼が調べ上げたデータを空中に表示させる。

「ヴィヴィオ・ハラオウンを生み出したやり方は、ほぼ古代ベルカと同じ方法が使われている。
母体がどうか場所とか、私に言わせればほんの些細な条件を除けばだがね。(技術的にはこのケースに限っては母体を使う方がミスは少ないだろうがね)
まぁ、重要なのは『ゆりかご』が起動させられるかどうかさ。『ゆりかご』は起動し、彼女は聖王の能力も使用可能だ。聖王となるには十分な条件だろうね」

虹色の光が収まった台座には、強制的に戦闘用の姿…大人の体にまで成長したヴィヴィオが台座に座っている。
今の姿からは、ヴィヴィオが短い人生の中で誰の影響を受けたのかや生まれがよくわかる。

戦闘機人より若干黒い色のボディスーツ。
ベルカの騎士と似たジャケットとスカート。
それらに胴などには金属のパーツをつけ、甲冑を思い起こさせる形状にした。
姉達そのままではなく、サイドテールにした辺りが少し面白いが…顔を隠す仮面をヴィヴィオは手にしていた。

「だが、その次の聖王となるはずの子供を保護した後、管理局はハラオウン家と言う管理局でここ数年影響力を高くした家に引き取らせた。
少なくとも数百年前のベルカの人間だと言うことについてはわかっていたにも関わらず、何故か調査はそれがわかったところで終了だ……」

ヴィヴィオの元になった情報は、ドゥーエに盗ませた聖骸布から得たモノだ。
スカリエッティしか出来ない仕事の為に、最高評議会は他の研究者に生み出させたのだろう。
そしてRXに救出されてしまったが、依然変わらず管理局の手にあったから放置されていた。

無論リンディ達はあずかり知らぬことであろう。

教会内部でも、カリム等大半の関係者はこの件について知らされていなかった。
貴重な遺産の管理を預かる程の関係者がハニートラップにかかって聖骸布が盗まれたなどと言う醜聞は隠しておきたかったのだ。
そのせいで短慮な者達が簡単にスカリエッティにのせられてヴィヴィオを引渡してくれたのだが。

それは兎も角、RXから頼まれたこと、非合法に研究された施設から助け出したという素性を考慮したリンディ達は徹底した調査は行わなかったし、コネも使って穏便に手続きを済ませた。
ほぼ確実にそれで問題は起こらないと経験上わかっていたし、何よりもリンディらは新しい家族が可愛くて仕方がなかったからだ。

それはウーノにもわかる。スカリエッティにも狙いやすいという意味でよくわかっていた。

「わざと隠していたのではないか……という事ですか?」
「少なくとも『ゆりかご』については隠していた。それだけでもマズイ。更にそこへ聖王だ。
教会にとって重要かつ偉大すぎる貴人とその聖遺物の両方を秘匿していたなんてことがバレても教会と管理局はそのままなのかな?」

胡散臭いスカリエッティのタレこみには、スカリエッティが管理局最高評議会からの依頼で戦闘機人ドゥーエに聖王の遺伝情報が採取可能な聖遺物を盗ませたこと。
別に抱えている研究者にその遺伝情報から新たな聖王を生み出させたことがはっきりと記載されている。

スカリエッティを生み出し、スカリエッティのクライアントでもあった管理局の最高意思決定機関が命じたことが、はっきりと嘘、大げさ紛らわしい書き方でだが。

聖骸布を盗ませてまた別の研究者に作らせた管理局が偶然保護しただけなのか?
ハラオウン家と共に六課の後ろ盾となっている聖王教会の騎士カリム・グラシアが、教会の理事ともあろう者がヴィヴィオのことを多少なりとも知っていながら何の調査も行わず気付かなかったのだろうか?

邪推するだけなら幾らでも邪推できるだけの材料をスカリエッティは各世界にばら撒いた。

「ましてやその聖遺物を完全破壊する為に戦艦数隻を向かわせたり、局員を送り込んで全力全壊なんて、やれるのか…? 私にわかるのは、管理局は悪の組織だと思いたい人々が少なからずいるのだということさ。シンプルでいいからね」
「ドクターったら、こんな面白いコト私に黙って始めるなんてヒドいじゃないですかぁ」
「君はセッテに仕返しをしてからじゃないとやる気にならなさそうだったからねぇ」

他人をイライラさせるには十分すぎる笑みが二つ並んだ。
スカリエッティの元を離れたクアットロが、勝手に通信を繋いで一緒に笑っていた。

クアットロが出て行く際にガジェットを根こそぎ持っていったせいで地上本部襲撃等ができなかったというのに、スカリエッティは一緒になって楽しそうにしている。

「クアットロか……君はこの機会にセッテに仕返しをしたいだけだろう?」
「ええ、チャンスさえあれば、そうさせていただきますわ。構いませんわよね?」
「勿論さ。余りセッテに暴れられても困るからねぇ」

似通った笑顔で笑いあう二人の耳にウーノの咳払いが聞こえた。
二人ともウーノの機嫌が悪くなったことに気付いたらしく、笑い声が収まる。

「そ、そういえばドクター? 本当に自首してしまうの?」
「私に公の場で研究を続けさせ、人々にそれを提供することを認めるならだがね」
「そんなの無茶ですわ」
「私ごと聖王陛下と聖遺物を葬り去らせるというなら構わんさ。管理局の法に照らし合わせるなら…改心して管理局に奉仕すれば数年で無罪放免といった所だ。
奉仕するのを管理局にではなく管理世界の人々に、という風に変えさせたりも出来るかもしれないだろう?」
「ドクターの目的はそれですか?」

うんうんと、スカリエッティは大きく頷いた。
一見管理局を煽っていた時と変わらない様子だったが、ナンバーズの中でも長い年数スカリエッティに付き合ってきた二人には、その先を見据えた思考こそが彼の本性だと理解出来た。

もう何年も前からのことだ……
スカリエッティは、研究の為に生み出し、育て上げておいて、最後には成果を倫理的に問題がある等という理由で断念するアホ共に付き合い続けるという茶番に………早速、限界が来ていた。

スカリエッティの底に溜まっていく澱みが時折、公の事件として現れるようになった。
より派手に、より大きく、スカリエッティの起こすトラブルは増えていった。

ナンバーズに世話をされて、これでも少しなりを潜めていたが……スカリエッティは今、アルハザードとはまた別の超高度な文明が生み出した創世王という不思議なものに触れた、今。

「そうだ。私は日のあたる場所に出る。たかが魔道士相手にデバイスを作って満足してるようなカス共や本棚に押し込められて整理してるだけの腑抜け共なんぞが……! 私こそが、太陽に照らされる(人々に賞賛される)価値があるッ!」

胸を叩く音が、ゆりかごの「玉座の間」に響いた。

「新たな創世王に新たなゴルゴムが必要となる必然があるなら……ッ、生み出すのは私だ。私だけが生み出せるだけの才能があるッ!!」

その時、エマージェンシーコールが、スカリエッティ達の体を貫いた。
細胞をざわつかせる嫌な音にさらされる彼らの前に巨大な画面が開いた。

黒い肌、燃えるような赤い複眼が太陽に照らされ、光り輝いていた。
スカリエッティから与えられた血色のマントが風に靡き、火花が散った。

「RX……」

聖王が玉座から立ち上がった。

 *

公開陳述会の様子はRXもすぐに目にすることになった。
元々公開されていたが、スカリエッティによってより広範囲に情報が流されたお陰であった。
リアルタイムに近い速さで公開されているにもかかわらず改竄されているのだが、余程注意しなければわからないだろう。
もっとも、改竄されているかどうかなどRXには関係のないことだったが。

管理局最高評議会がスカリエッティを生み出し研究や犯罪を指示していたことは局員や人々を困惑させ、
裏切り行為を行っていた評議会以下の人々に対して真偽は兎も角としても怒りを持たせていた。

RXがウーノらと暮らしていた頃、近くに暮らす信者達を目にする機会はあったが、管理局の手が回らないような状況を起こすような人々ではなかった。
不正に対する自浄作用ならクロノ達が動き出している。

ヴィヴィオが、泣いて助けを求めている。
重要なのはそれだけだ。

他の誰かの助けが届きにくい場所に、泣いている子供がいればどうするか?

「RX、君と争うつもりはないんだがね」

空へと浮かび上がったRXの聴覚にスカリエッティの声が届く。
どうやらスカリエッティから渡されたマントを通して声が聞こえているようだ。

「それなら今すぐにヴィヴィオを帰すんだ!! 幼い子供を攫い、自分が犯した罪を正当化する為に利用するなど、この俺が許さんッ!!」
「フゥ……ある逸話では、この船は君の前の創世王と戦っている。聖王陛下にお願いして調べてもらえば、君は故郷に帰れるはずだ…勿論、それは聖王陛下とゆりかごがセットになって初めて出来る事だと私が保証しよう。それでもかい?」
「それがどうしたッ!!」
「そうか……じゃあ君が拳を下ろさざるを得ない状況を用意するまで眠っていてもらおう」

間髪入れずに返事を突き返されたスカリエッティがため息混じりに返すと、上昇していたRXの動きが停止した。
隣でデータを操作していたウーノもため息をついて、手を止めた。
RXの補助器具であったマントが、スカリエッティの指示でRXの能力を押さえ込む為に蠢いた。

「「攻撃対象特定が困難」で「発動が遅く」「消費魔力が大きい」んだが、そのデバイスを対象にして聖王陛下がやれば関係がないと思わないかね…では聖王陛下、よろしくお願いしますよ」
「………悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ。凍てつけ!! 『エターナルコフィン』」

かつて、闇の書に対処する為にクロノが使用したランクSオーバーの高等魔法が完全な形で発動する。
対象を半永久的に凍てつく眠りへと封じ込める魔法は、ゆりかごの動力源から送られる莫大な魔力を使用して本来の魔法の性能以上の効果を生み出していた。

だがその時、不思議なことが起こった。
キングストーンの光がRXから放たれ、何事もなかったかのようにRXは動き出す。
流石のスカリエッティ達もそれには苦笑いしか浮かばなかったが、スカリエッティは次を指示することは忘れなかった。

「どうするんですかドクター?」
「……嬉しそうだねウーノ?」
「そんなことはありませんわ」
「ククク…………確かにインチキ臭い強さだ。だがまぁ、眠っていた方が幸せだったんだがね。そんなに強くない方がさぁ」

マントに細工があるというのならば……RXは落下しはじめた自分の体をゲル化させる。
ゲル化して移動すれば一瞬後には、聖王のゆりかごの内部へと突入することだって出来る……だがその時、RXの超感覚はゆりかごから魔法が放たれることを察知した。
奇妙なことに、その魔法はRXを標的にしていなかった。
標的とされた箇所にも、生命エネルギーの揺らめきは見えず、何かが動く音もしていない。

魔法により、何の前触れもなく発生する雷、その効果を予測したRXはそれに従ってゲル化移動を行う。

移動を終え、ゲル化を解いたバイオライダーの体を巨大な雷が打った。
周囲への被害を考慮して制御された魔法の威力は、効果範囲にそのエネルギーの殆どが集中する…
それにも関わらず、雷の輝きは周囲を際限なく照らし、伝わっていく衝撃は尽くを破壊していく。
一瞬の間に通り過ぎていく雷の中で、バイオライダーはバイオブレードを抜いた。
息をつく暇もなく同じ雷がバイオライダーを襲おうとする。

だが雷に打たれながら、差し出したバイオブレードの刃に二度目の雷は吸収された。
必殺の武器であるバイオブレードには、エネルギー攻撃に対しては吸収・反射する盾としての能力も備わっていた。
バイオライダーは、バイオブレードを払うように振るい、反射された雷は聖王のゆりかごへと返される。

反射された雷がゆりかごの装甲に浅い傷跡を残すのを見る間も与えられずに、またバイオライダーの感覚は同じ雷が他の場所に放たれるのを察知した。

再びゲル化したバイオライダーは、再び何かの代わりとなって雷に打たれた。
すぐにまた別の場所へと雷が放たれる…、バイオライダーはゲル化を余儀なくされる。
雷がバイオライダーを襲う。

目の前にはやはり、子供が立っていた。
子供が庇われたことを認識する前に、新たに放たれることを察知したバイオライダーは突き動かされていく。

「レリックや私の作品を犠牲にしてとったデータは活用するさ……」

ゲル化を繰り返す体にスカリエッティの声が聞こえてくる。

「クク……君の弱点はその『無敵さ』さ。RX、ミッドチルダ全域の人間をランダムに狙い打ち、艦も一撃で落とす威力を持った次元跳躍魔法から人々を守れる人間などいない。君だけだ」

ウーノの調べ上げた場所へ、聖王が連続で範囲攻撃魔法を放つ。
カバーに入れば防げるようにする為に範囲を絞り、結果威力は高まってしまったが、RXを殺すには到底及ばないようでスカリエッティは安心した。
RXがそれ以外できない程度の間隔で撃ち続けるなど魔法のランク、消費される魔力の量から言って聖王のように無尽蔵の魔力を使用できなければ不可能なことだ。
この光景を見て、魔法の特定を行えば管理局にも良い牽制となる。

今のところ予定通り進んでいることを確認したスカリエッティによって、中継のチャンネルがジャックされた。

「『ゆりかご』を見て私の提出した証拠、私の技術が嘘やハッタリではないことは実感していただけたと思う。
さて、皆さん。ここからが重要なところだ。しっかりご静聴していただこう」

RXにはそれをゆっくりと見る暇はなかった。
RXを襲う雷が止むのも待たず、今もまた新たにミッドチルダのどこかへ降り注ごうとする雷の前触れが、はっきりと感じられる。

「『私はマスクド・ライダーを作り出せる。普段皆さんを守っているマスクド・ライダーの内一人は私が生み出したものだ』」

ゲル化を解き、雷を受け止めながらはっきりと耳にその言葉が聞こえた。
周囲に映る複数の画面に現れたスカリエッティが、セッテの、そしてセッテとよく似た姿をした姉妹の姿を提示する。

また雷がゆりかごから放たれるのが感じられた。
叫ぶ暇もなくRXはゲル化した……スカリエッティは大きく広げた手のひらを画面に向ける。

「私を認め、私に研究させてくださったなら、私は1年以内に管理世界全体、各管理世界にマスクド・ライダーを5名ずつ用意することを約束しよう。
私に今後も研究を続けさせてもらえたなら……!! 私は皆さんにこの技術を、提供する」

目も眩む光の中、RXは背後にいる子供の親が息を呑むのがわかった。

「皆さん、身に危険を感じたことは? 各家庭のご両親、お子さんに危険を感じたことはあるでしょう? 自分で身を守りたいと思ったことは? 私の技術を使えば、お子さんを自分の手で守ることが可能になる」
「それは素晴らしい…」

電流と共に、真っ黒な肌の上を人々の感嘆の声が流れた。

「私なら、5年以内に皆さんがマスクド・ライダーになれるようになる技術を提供出来る!!」

出来ることなら汚らわしい本局の連中ではなく、皆さんが私を受け入れることを望むとスカリエッティは締めくくった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年08月07日 10:40