*




 よく空調の効いた部屋の冷たい風が妬ましい。
 部屋の中にある機械から間欠的に出る蒸せ返るような熱風が恨めしい。
 脇腹に走る久し振りに味わった鈍い痛みが私を糾弾するようで堪らなく苛立たしい。
 身体中に走る倦怠感は脳の活動を阻害する。今こそ世界最高峰の頭脳をフル回転させなくてはならないというのに、それができない。
 負けるはずがなかった。全ては計算通りだった。失敗など、この天才にあるはずがなかった。それでも、負けた。失敗したのだ。
 それも、あまりにあっさりとした顛末で。
「ドクタァァァァァ!」
「静かにしてくださいクアットロ。ドクターは怪我されているのですよ」
 部屋に乱入してきたクアットロを咎めるウーノ。今の私は、白衣もワイシャツも脱いで包帯を彼女に巻いてもらっていた。
 傷は決して浅くはない。が、鍛えているわけでもなし、この程度は仕方ない。
 さいわい医療技術が進んでいるで問題はなし。片方の腕はサイボーグ化しているわけだし。
「ドクター、すぐに反撃しましょう! このままでは収まりませんわ!」
 我々の六課壊滅作戦は失敗した。ガジェットの大半を失い、頼みの綱だった新世代ライダーシステムは負けはしなかったものの抑えこまれ、切り札の私は敗北した。
 少々敵を甘く見過ぎていた。新型ガジェットですら対抗できない六課の若年兵、新世代ライダーシステムも圧倒するにはまだ力不足。
 本来はあそこまで大胆に動いた以上、すぐに新しい隠れ家を用意しなくてはならない。しかし、今の私達にはそれをすることも難しい。
「落ち着きたまえ、クアットロ。我々にはまだ、ここがあるではないか」
「え……?」
 こちらから攻めては勝てない。もうガジェットという攻性戦力はほとんど残されていないのだから。
 ならば、籠城戦を取るまでだろう。
 好都合にも本局は動くのに二週間かかり、地上本部は割く戦力に欠ける以上、六課は単独で作戦を開始するだろう。
 それならば、こちらにも手がある。
「カズマ君、今度はお互い本気でぶつかり合おうじゃないか」
 脂汗を額に浮かべながら。
 今までにないくらいの獰猛な笑みを、私は浮かべていた。



   リリカル×ライダー

   第二十話『反撃』



 今回、スカリエッティの襲撃を退けたことで六課は食堂にてささやかな戦勝会が開かれていた。
 まだスカリエッティを逮捕したわけではないので精々が食事会程度のものだが、皆の表情はとても生き生きとしたものだった。
「今回はありがとね。フェイトちゃん、はやてちゃん」
「私は何もしてへんよ……」
 そんな戦勝会のテーブルの一つを私とフェイトちゃん、なのはちゃんの三人で陣取っていった。
 今回一番傷の深かった私は参席するなとシャマルに言われてたんやけど、それでも二人と話がしたくて無理矢理同席したのだ。
 まぁ、傷も隊員の中で一番深いだけで大したものではないし。
 各々の注文はオーソドックスなものばかり。戦勝会というより、三人揃っての久し振りの夕食という感じやな。
「フェイトちゃんから聞いたよ? 私を諌めるためにフェイトちゃんをわざわざ増援にしたんでしょ」
「たまたま手が開いとるのがフェイトちゃんやったんよ」
 恥ずかしい。大したことをやれていない上に全て読まれているということが。なのはちゃんは昔から勘が鋭かったもんなぁ。
 それをにこにこ微笑みながら見つめるフェイトちゃんを見るとますます恥ずかしくなってきた。
「もう、止め止め! 頬が熱うなったやんか!」
「はやてって素直じゃないよね」
 クスクス笑うフェイトちゃんに釣られてなのはちゃんまでにゃははと笑い出す。全くこの二人は……。
 でも本当に良かった。フォワード陣は今や新型ガジェット相手でも余裕で戦えるレベルにもなったし、ナンバーズの新兵器にもこちらは上手く対応した。
 一番厄介だったスカリエッティもカズマ君が倒してくれたし、本当に六課は最強の部隊に育ったんや。私も鼻が高い。
 解散まで後二週間もないのが惜しいところやけど。
「はやて、そう言えばこれからどうするか決めたの?」
 ワイングラスをテーブルに置いて口元をナプキンで拭きながら疑問を口にするフェイトちゃん。このお上品さはリンディさんの教育やな。
 なのはちゃんもスパゲッティのヌードルを音を立てずに啜ってからこちらに顔を向ける。
 お互い分隊長って立ち位置やし、気になるんやろうな。もちろん説明するつもりやったけど。
「今から発表するつもりやったんよ。どうせなら、纏めてみんなに説明した方が手間が省けるやろ?」
 私は席を立った。
 さて、そろそろ仕事をせなな。


「カズマ、聞いたわよ。怪人を迎撃した上にスカリエッティまで撃退したんですって?」
「僕も聞きましたよ。翼の生えたバイクで颯爽と部隊長の危機を救ったって!」
 何故だか、俺はフォワードメンバーが座る席に相席していた。
 本当はなのは達と相席したかったのだが、まぁ、それは流石に止めておいた。俺も、親友同士で語り合ってる席に突撃するほど馬鹿じゃない。
 それは良いとして、何でこうなったんだか……。まぁ、エリオとキャロに引っ張られてきて座らされたんだが。
「別に大したことはしてないぞティアナ。それとエリオ、その噂は微妙に脚色されてる」
 まぁ、実際は何一つ間違っていないのだが。
 しかし恐れられたり驚かれたりはあったが、こうやって純粋に尊敬されたのは初めてで、少しくすぐったい。
 俺はその照れを誤魔化すようにここの名物である山盛りのスパゲッティをかっ込んだ。
「はやて部隊長から写真を見せてもらったらすっごく綺麗でしたよ。今度は私も後ろに乗せてもらいたいなぁ」
「あ! それなら今度私のマッハキャリバーと競争しようよ!」
 キャロとスバルが好き勝手騒ぐのは流しておく。
 後ろのスペースは翼で潰れるから二人乗りは無理だとして、下手にスバルの提案に乗ったらはやてやなのはに大目玉を食らうのは間違いないからだ。
(なのは……)
 俺は結局、何もしてやれなかった。はやての指示通り、フェイトが急行するのに邪魔なガジェットの相手やはやての援護くらいしか出来なかったのだ。
 でも、フェイトやはやてと違って、俺は同じ部隊に所属する仲間に過ぎない。プライバシーに踏み込める親友とはやはり違うということか。
 俺は、これだけの異形の力を手にしていながら、何もできない。
「はぁい! 皆、聞いて聞いて!」
 そのとき、食堂全体にはやての声が響き渡った。
 見ればはやてが立ち上がり、引き締まった表情で周りを見回していた。何か通達でもあるのだろうか。
「今回の活躍は見事やった、皆よう頑張った!
 けどスカリエッティはまだ捕まっとらん。私達の任務はまだ終わってない! そこで……明日から本格的にスカリエッティの隠れ家を攻撃する!
 だから今日はゆっくり楽しんでほしい。以上や!」
 明日から総攻撃。
 その通達に俺はもちろん、フォワードメンバーすらも驚愕の表情を浮かべていた。
 それだけじゃない。食堂にいる六課隊員の大半が驚きを隠せない状況だった。
「「オオオォォォォォ!」」
 しかし数秒のタイムラグを置いて、隊員達のテンションは最高潮に達した。
「……こんな急にそんな無茶なぁ」
「バカねスバル。こんなときだからこそ部隊長は決断したんでしょ」
 フォワードメンバーでは唯一、ティアナだけが冷静だった。逆に、スバルは一番混乱していた。キャロとエリオは素直に拍手していたが、これは普通の反応だろう。
 こう言っては何だが、俺とスバルは成績が良いだけで馬鹿っぽいというレッテルは剥がれないらしい。
「ティアナさん。それはつまり、時間を置かずに打って出た方が良い、ということでしょうか?」
「そういうこと。ほら、エリオは分かってるじゃない」
「ティアはいじわるだよ~……」
 つまりはやての考えは態勢を建て直す前にスカリエッティを叩きたい、ということだろう。逃げられたら後が面倒というのもある。
 こちらはそれほど損害を出さずに済んだ訳だし、はやての案は一理ある。だが、少し疑問も残る。
「じゃあ管理局の他の部隊も一緒に攻め込むのか?」
 基地に攻め入るなら相応の戦力が必要だ。攻城戦はたいてい守備側の三倍の戦力が必要と言われているし、増援は不可欠だ。
 だが、それをあっさりとティアナは否定した。
「無理ね」
「どうしてだ!?」
「政治的な事情もあるけど……大半が復興作業に従事してるからまともに動かせないのよ。本局は動くのに最低二週間はかかるしね」
 色々と事情があるらしい。
 しかしそれだと不安がかなり残る。六課は少ない面子による精鋭部隊だが、それは電撃戦のときに最大限の力を発揮する一方で待ち構えている敵に対しては相性はあまり良くない。
 というのはあくまで俺が見た限りの話だが。
「ま、心配いらないわよ。前だって上手くいったんだし、今の私達は前よりずっと強くなっているんだしね」
 確かに俺は六課の真の実力を知らない。でも皆が自信に満ちた表情を浮かべる光景を目にすれば、自然と確信が生まれていた。
 必ず、勝てると。
 アンデッドももう敵対する奴はいないはず。後はスカリエッティと決着を付けるだけだ……!
「とにかく、明日は頑張ろうな」
「「おーっ!」」
 スバル、エリオの二人が右の拳を上げる。
 俺は四人の自信と落ち着きのある笑みを見て、改めて戦いの決意を固めた。



     ・・・



「いらっしゃいませー」
 何人目の客だっけ……ああ、確か六人目か。確かさっきは子どもだったな。今度は――サラリーマンらしきスーツを着た初老の男。
 何だ、子どものためにゲームを買いにでも来たのか?
 男は真っ直ぐカウンターに向かってくる。無言で。こんな見るからに怪しい奴は初めてだ。サングラスまでしてる。
 ま、僕には関係ないけど。人間程度かアンデッドに勝てるわけないし。
「何かお探しですかー?」
「ああ、キングのピースを探しにね」
 懐から取り出したのはチェスに使われるキングのピース。それをガラスケースに置く。ガラスと硬質な木製のピースがカツンと固い音を響かせた。
 そして男は、サングラスを静かに取った。
「久し振りだな、キングよ」
「……へぇ、アンタか」
 曖昧な笑みを浮かべた男はサングラスを懐に仕舞う。その目は奴に比べてずっと大人しいが、同時に考えが読めない。
 ホント、いつものことながらコイツは怪しげなヤツだ。一緒にいても面白くない。
 最も、コイツにはむしろ感謝しているのだが。
「良い店だ。開店は大変だったろう」
「ボクには優秀な奴隷がいたからね。でも全部封印されちゃったよ」
「そう、剣崎君も残すところ後一枚になったわけだ」
 後一枚……その言われ方はマジでウザい。一瞬殴りたくなっちゃったよ。でもやらない。コイツ相手じゃ、楽しくないからさ。
 コイツは本当に、苛立たしいヤツだよ。
「ボクに封印されろ、って?」
「そうだな。しかし、今の生活を悪くないと思うのだったら、その必要はない」
「それは……」
 正直、この男の指示で動くのはムカついた。
 だが戸籍登録から街で見たゲーム屋を作ろうと思い、土地を確保して資金を用意し、そして開店して子どもの相手をしてて、ボクは思ったんだ。
 楽しい、って。
「剣崎君達はいよいよ奴の本拠地に乗り込むようだ」
「……へぇ」
「ここが奴の居場所だ」
 ガラスケースがまた甲高い音を立てる。その音源は、一枚の情報メディア。
 ボクには何故か、ボク達アンデッドを封印するラウズカードに、一瞬見えた。
「奴を倒せるのは、全てが揃った剣崎君だけだ。そして剣崎君自身を救うのは、君だ」
 ボクは右手で、その情報メディアを握っていた。
 忌むべきものに一瞬見えてしまうような、不吉な代物を。
「剣崎君を、頼む」
 懐からサングラスを取り出し、白髪混じりの紫髪を整える。
 ヤツが去っていく。
 残ったのは、キングのピースと情報メディアだった。



     ・・・



 カズマは今、クラナガンの街中をブルースペイダーで駆け抜けていた。
 明日には総攻撃ということから、戦勝会が終わるとすぐに準備は始まっていて、カズマはかえって邪魔になると感じていたのだ。
 そのためガジェットの捜索という名目で、カズマは街に繰り出していた。
 クラナガンは大きい。しかし、現在は前のJS事件の爪痕があちこちに残っているため、走れる箇所は自然と限られてくる。
 そんな道でも、いやそんな道だからこそ車は少なくない。カズマはブルースペイダーのアクセルを解放させ、その間をすり抜けるように駆け抜けていく。
 アトミックブラストエンジンは心地良いフィーリングで出力を上げていき、颯爽と車体を踊らせる。
 ジョーカーになった後も、ずっと相棒として共に戦ってきた存在。それ故に、ブルースペイダーに特別な想いをカズマは抱いていた。
 そんなカズマはある店のそばを通る。『KING GAME』という看板を出した、その店。
 ブルースペイダーは自然と、その店の前に停まっていた。
「まだ開いてるよな……」
 ドアの前にまで近付く。しかし、そこには一枚の張り紙がしてあった。
『長期休業します』
 たった一行、それだけが記された張り紙が。
「どういうことだ?」
 店のドア自体は鍵がしてあって開かない。
 裏に回ろうかとも思うカズマだが、それを遮るものがあった。車からのクラクション。
 振り向けば、意外の人物がそこにいた。
「こんなところにいたんだ、カズマ」
 それを鳴らしたのは、フェイトだった。
「フェイトか。どうしたんだ、こんなところに?」
「一段落着いたから、カズマを探しにきたんだよ」
 フェイトは自前のスポーツカーに乗ってここまで来ていた。焦茶色の、天板から後ろまで斜めにカットされたように伸びるノッチバッククーペ。
 正直、優しげなフェイトのイメージからかけ離れたバリバリのスポーツカーだった。はやてに「ゲテモノカー」と言われるのは、それが原因だろう。
 もっとも、カズマにとっては全く別の印象を抱かせるものだったのだが。
「そう言えば、フェイトの車は前から思ってたけど――」
「――けど……?」
「カッコイイよな」
「ホント!?」
 いきなり窓から上半身を乗り出して目を輝かせるフェイト。流石の反応に驚くカズマだが、それ以上に反応することなく話を続けていた。
「地球のフェラーリに近い外観だよな。俺は車に関してはそこまで詳しくはないが、デカイ車体だし、エンジンも相応のものが載ってそうだな」
「わかる!? 実は私の名字と一緒の車が地球にあってね、それに近い見た目の車をミッドで探して、この子にしたんだ! それでね――」
 いつもの落ち着いた雰囲気を吹き飛ばすハイテンションで話に食いついていた。
 なのはといい、はやてといい、車に興味のある人間がフェイトの周りにいなかったことを考えれば、無理はない。
 そんなフェイトにカズマは大した驚きもなく普通に応対する。六課の面子ならドン引きだったかもしれないが、カズマにそういうのは通用しなかった。
 そうして立ち話を延々と続ける二人だったが、ふいにフェイトが一つの提案をした。
「そうだ、せっかくだからドライブしようよ。その子とこの子で」
「ああ、良いぞ」
「ただし、カズマは変身して乗ってほしいな」
「……は?」
 時刻はそろそろ7時を過ぎようとしており、確かに日は落ちて周りは暗くなっている。しかしクラナガンの街が闇に染まることはないし、ましてや人がいなくなることもない。
 むしろ地球と同じく帰宅ラッシュで道は賑わいを増しつつあった。
「大丈夫、良いところを知ってるんだ。そこまで行ってからでいいよ。それに念話も変身しないと出来ないでしょ?」
「……それは、そうだな」
 カズマも少し悩んだ後、あっさりと了承した。
 そしてフェイトのスポーツカーとカズマのブルースペイダーが走り出した。
 フェイトの車を追いかける形でカズマはブルースペイダーを操る。混雑を避けたルート選択を行っているためか、フェイトもカズマもスピードは速い。
 フェイトは次々とシフトチェンジを行い、その速度は時速100kmを越える。一方のカズマは、ギアを変えることなくアクセル操作のみで加速していく。
 車も少しずつ少なくなっていき、峠道に入ったところで、車の影もなくなっていった。
「よし――変身!」
『――Drive Ignition』
 ブルースペイダーの上でカズマがチェンジデバイスを装着し、その魔力を解放する。
 スペードマークが塗り潰されたブレイドの鎧というデザインのバリアジャケットを着たことで、ブルースペイダーの走行モードが変化する。
 それは、人を越えし力に相応しい荒馬の嘶き。
『ふふ、私も本気を出さなきゃ大変そうだね――!』
 フェイトはそれをバックミラーで確認して口元に笑みを浮かべる。普段の街乗りでは着けないドライビンググローブを纏った両手でハンドルを握り直しながら。
 ギアを一速落とすフェイト。それによってモータの回転数が跳ね上がり、荒々しく峠道を蹴飛ばすように進む。
 それに対してカズマは遂にギアチェンジを行い、アトミックブラストエンジンの本領を発揮させていく。
「なぁ、フェイト」
『何?』
 二人がカーブにさしかかる。
 フェイトはブレーキとアクセルを使いこなしてドリフトを敢行することで、加速を維持したままで獰猛に駆ける。
 カズマはそれと反対にハンドルを強引に曲げて無理矢理カーブを抜ける。技術もへったくれもない、ただの力業。
「ありがとな。俺は、なのはに何もしてやれなかった」
『ううん。カズマは、カズマに出来る最大限のことをしてくれた。私の方こそ、感謝してるんだよ?』
 カーブを抜けて広がる僅かな直線コース。ぴったりとフェイトの後ろに付くカズマ。
 フェイトは再びシフトアップを行い、アクセルを踏み込んで加速する。テスタロッサの名を受け継ぐ彼女の愛車は、直線コースを荒々しく駆け抜ける。
 カズマは姿勢を前傾姿勢に変える。ブルースペイダーの前に付いたカウルが整流効果を生み、カズマ自身が抵抗になることもなくスムーズに加速する。
「なのはは……どうだった?」
『うん。なのはも今の自分とヴィヴィオのことで板挟みになってたみたい。でも――』
「でも?」
 再びカーブ。先ほどよりもキツイ角度の道は、危険と背中合わせの難所。
 そこでカズマは、さらなる一手に出る。
「おりゃあああああ!」
『嘘!?』
 そう、このカーブに隣接する斜面を、ガードレールを飛び越えて強引に突破したのだ。
 フェイトはこれに驚いたことで曲がる準備に一瞬遅れ、慌ててブレーキでスピードを落とし、ゆるゆると曲がる。
 遂にカズマが、先頭を奪い取ったのだった。
「話の続きを言ってくれ」
『う、うん。――それで、なのはが言ってたんだ。「カズマくんみたいに、悩みすぎず真っ直ぐやれることをやるしかないんだってことに気付いたんだ」って』
「やれることをやるしかない……か」
『確かに私と話してなのはは落ち着いてくれたけど、でもなのはが自分の回答を見つけ出せたのはやっぱりカズマのおかげだと思う』
 再び直線コース。だが道幅が先ほどより広く、大きな車が並走しても問題ないくらいになる。
 フェイトは意を決してバルディッシュをダッシュボードに設けられた溝にはめ込む。
 バルディッシュの制御下に入った車はモーターへかかる電圧を一気に高められ、瞬く間に回転数が激増していく。
 まるで悲鳴のような轟音と共に、カズマの隣へぴったりとくっついた。
「やるな……。でも、やっぱり俺は何もやっていないな」
『ふんっ――。ううん、それでもカズマは凄いと思うよ』
 カズマのブルースペイダーとフェイトのスポーツカー。
 二人を迎えるのは最後のカーブ。ほぼ直角であるのと同時に道幅はぐっと狭くなっていて、一台分の余裕しかない。
 だが二人はそれに躊躇いを持ちはしない。互いに異なる方法でアクセルを最大限にかけ、スピードを込めていく。
『カズマは、あんな体を抱えていても強く真っ直ぐに生きてると思う。だから、私はずっと今のまま頑張って欲しいと思うな』
「フェイト……」
『さぁ、最後のカーブだよ!』
 カズマはインコースにいる分、有利ではある。しかしフェイトは車である故に、パワーで押し込めばバイクでは勝ち目は薄い。
 二人は同時に一速落とした。それによりぐっと回転数が高まり、甲高い音を響かせながらエンジン、モーターが互いにパワーを漲らせる。
『――MACH』
『Sonic Move』
 二人は普通のレースではあり得ない異常手段を取る。
 そう、二人は戦闘用の魔法、カードの力を投入したのである。
 フェイトのソニックムーブは瞬間的に車を加速させたことで無理矢理ブルースペイダーの前に滑り込んだ。しかし大質量の車を加速させるのには限界がある。
 一方のカズマはラウズカードの力でトップスピード自体が引き上げられたことで、ソニックムーブで出来た差を一気に縮める。
 そして――
『Absorb Queen,Fusion Jack』
「ウェアアアァァァァァ!」
 バサリ、と羽ばたく音と共に形成されるオリハルコンウィング。
 カズマはフェイトの真上を、飛び越えていった。



     ・・・



 しゅごー、しゅごー、と蒸気にも似た独特の魔力を排出する音が響く一室。
 スカリエッティの秘密基地だった。
 彼は基地の各所をコンピュータで確認しつつ、ガジェットの最終調整と、レンゲルクロスの最終試験を行っていた。
 結果は、良好。
「クク……カズマ君との戦いが楽しみだねぇ」
 変身を解いて基地の調整を行いながら、顔に卑屈な笑みを貼り付ける。
 それに付き従うのが、ウーノだった。
 ウーノは自らのISでスカリエッティをサポートしつつ、レンゲルクロスに複雑な視線を向ける。
 何も口には出さない。いや、口に出来なかった。
「ドクター、ライダーシステムのチェックが完了しました」
「ご苦労だったね、トーレ。そしてセッテ」
「ドクタァ、私のことは忘れてませぇん?」
 報告に上がってきたトーレとセッテの間を強引に突破してクアットロがスカリエッティの目の前に立つ。
「まさか、そんなはずはないだろう? クアットロ」
 眼鏡の内側でぎらぎらと目を光らせるクアットロの頬を撫でるスカリエッティ。その手は体をなぞりながら腹部にまで達する。
 そこには、体の輪郭線を浮かび上がらせるフィットスーツにめり込んだベルトの姿があった。だがそこで手は止まらず、今度は脇を撫で上げる。
 その手が辿り付いたのは左手首の上。そこには新たな機械が装着されていた。
「ウーノ、私のサポートを頼むよ」
「はい、ドクター。お任せください」
 スカリエッティとナンバーズ。たったの一日で準備を整えた五人は、機動六課の存在を待ち構えてほくそ笑む。
 そんな彼らに来客があった。
「あー、いたいた。気持ちの悪い男に、変態臭い女達」
 染めた金髪にチャラチャラとした首飾り。赤いパーカーにカジュアルなシャツとズボン。
 軽い外見の若者にしか見えない男は、しかしその外見を遙かに凌駕する化け物としての力を持つ。
 その名をキング。本名をコーカサスアンデッドという。
「おやぁ、君をお呼びではなかったのだがねぇ」
「ボクも用はないよ。ただ一つ、良いことしてやろうと思ってさぁ」
 終始機嫌が悪いのか、いつもの人を小馬鹿にしたような笑みを引っ込めて喋るキング。
 その額からコーカサスオオカブトの勇壮な角が生える。それをキングは掴み、引っこ抜いた。
 それは分厚い刃を持った大剣、オーバーオールだった。
「ほう、我々に協力してくれるのかね?」
 その姿にトーレとセッテは警戒する一方で、スカリエッティは微動だにしなかった。
「ああ、ボクがブレイドを倒してやるよ」
 それは、この台詞を予想していたからなのかも、しれなかった。



   ・・・



 六課によるスカリエッティ捕獲作戦が始動する。
 カズマ、なのは、フェイト、はやて、フォワードチーム、各々が交錯する思いを持って、最後の決着を付けるべく邁進する。
 それに立ち塞がるのは局地戦用ガジェットと、新たな力を手にしたナンバーズだった。

   次回『激突』

   Revive Brave Heart



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最終更新:2010年10月10日 11:07