『ドラなの』第1章 後編


(*)

のび太達は努力の甲斐あって試合に間に合った。
また、のび太以外のメンツは己が居場所(練習場所)を守らんと健闘した。しかし彼は守備をすればエラーし、打席に立てば三振してしまう。
そして紆余曲折の末迎えた最終回。点差は善戦もあって、たったの1点!
ツーアウトで打者となったのび太は相手チームの油断もあってかフォアボールになって出塁。続く1本のツーベースヒットによって3塁まで進む。
来る2アウトランナー2、3塁。
1打逆転のこのチャンスに打者はジャイアン!
自らのチームの思いを一身に背負った彼はこの緊張感をものともせず飛翔してきた白球を打ち抜き、左中間を貫く絶妙なヒットを生産した。
ランナーが本塁を強襲する。
誰もがジャイアンズの勝利。もしくは同点、延長を確信した。だが・・・・・・

「うわっ!」

悲鳴と共にあがる土埃。
のび太がホーム手前で派手に転倒してしまったのだ。
南校野球チームはその事態に、諦めかけていたホームヘの返球を急ぐ!
のび太も最後の力を振り絞って這いながらでもホームベースを目指す!
そして両陣営に永遠にも思える時が過ぎて、審判が高らかに宣言した。

「タッチアウト!ゲームセット!」

その後のび太がジャイアンからの制裁に逃げ回ることになったことは言うまでもないであろう。
しかしまだ彼の災難は終わらない。
満身創痍で帰宅したのび太を待っていたのは彼の母、野比たま子であった。
彼女は例の紙切れの示す結果を知ると泣きあり嘆きありの攻め方がコロコロ変わるお叱りで小一時間ほど彼を叱ると、ある部屋へ連行する。そこにはまさに足の踏み場のないという形容詞がぴったりなほど散らかった場所だった。

「昨日片付けなさいってあれほど言ったでしょ!?今日こそは片付けてもらいますからね。それまでお夕食は抜きです!」

彼女はのび太に強い調子でそう告げると、彼の部屋を出ていった。

「・・・・・・」

のび太はそのボロ雑巾のように疲れた体にムチ打つと、瞳に涙をためながらも片付けを始めた。
まずは多数の本の転がった本棚付近。
さっきの図書室と違って整理の行き届いていないそれは難航を極めた。
本棚周囲には大小大きさの違う本が一緒くたに積まれており、本棚もエントロピーが増大しすぎてどこかの世紀末のように荒廃していた。
ここまでくると一度世界を焼き払って(本を全て棚から取り出してリセットして)再構築した方が見栄えもよく比較的楽なのだが、彼にそこまで思考する余裕はなかった。
とにかく棚に並ぶ本を横に圧縮して無理やり空間を生み出すと、手当たり次第に本をぶち込んでいく。
しかし基礎のしっかりしていない家が崩れるように、そのような間に合わせの片付けでは先は見えていた。
彼が本棚に付属した引き出しを勢いよく閉めた時だ。
それによって震度1弱という体感すらできない地震が発生。だがそれは致命的であった。
規格外の大きさだがかろうじて棚に収まっていた図鑑がまず滑り出す。それは両隣りの本を動かし、中性子が周囲のウランやプルトニウム原子核に当たって次々核分裂を引き起こして行くように連鎖的に事態を悪化させていく。


運命は余りにも、明白だった。


のび太は雪崩と化して自らを埋めた本達の中で大粒の涙を流しながら、彼がもっとも信頼の置く親友の名を力一杯叫んだ。

「ドラえもぉぉぉーーーん!!」

(*)

その頃ドラえもんは一階の居間でテレビ鑑賞に興じていた。
しかし昼間おやつとして買ってきた大好物のどら焼もすでに底をつき、横になっているため徐々に睡魔が襲ってくる。
テレビも『2000年問題は起こらなかった』とか『新2000円札がどう』とか彼には全く関係ない話題を流しており、余計に眠くなる。彼には2000年問題など論外だし、来年“超大国のあるビル二棟と五角形の政府機関に旅客機が突っ込む”ことだって知っている。
20世紀~22世紀の主な事件ならお守りしてきたセワシの学習の傍ら何があったかぐらいはデータベースに収まっている。
となると『ニュースなんか見なくてもいいじゃん』と思われるかも知れない。だが彼はこの時代の出来事しか知らず、背景を含む雰囲気を知らない。
それはその時代でしか解らぬもの。データベース化して年表のように列挙された情報でなく、断片的であっても“生”な情報が彼にはもっとも重要であった。
まぁそれはまたさて置き、うとうとと微睡む彼の背後に人影が現れる。そして―――――

「ドラえもぉぉぉん!」

「んぎゃぁぁ!な、なに!?」

のび太に突然飛びかかられたドラえもんの悲鳴が部屋に木霊する。
そして暴れるのび太によってテレビのリモコンのボタンが押され、シドニーオリンピックがどうとやらと告げていたニュースから番組が変わった。
途端に聞こえてくる音楽。

「ああっ!芽衣(めい)ちゃんだ!」

ドラえもんがテレビに食いつき、のび太も続く。
画面にはアニメが始まっており、原作『CRANNAD』という名称に続き、タイトルが浮かんだ。
『魔法少女リリカル☆めい』と。
これは最近流行っているアニメで、主人公である春原(すのはら)芽衣が魔法で“普通のハプニング”や“それなりに凶悪でない敵”と戦い、恋に魔法にと振り回される純情少女を描いた“正統派”魔法少女ものである。
そして『素敵に無敵この魔法~大丈夫、私に任せてね!』というサビもキャッチーなオープニングも終わり、CM。ようやく本編に突入する。
今回は高校の寮にいる兄に会いに行く話らしかった。しかしその前に彼女は自分の部屋の片付けをしなければならないようだ。

――――――――――

「ん~面倒くさいなぁ・・・・・・そうだ!」

彼女はポケットから赤い玉を出すと、

「リリカル・マジカル!」

と呪文を唱える。
すると服が光の粒子となって飛び散り、無地に黒ラインを施した学校の制服のような服に変わった。何を隠そう、地味だがこれが彼女の魔法使いのスタイルなのだ!
そして彼女は同時に出現した棒の先に羽の生えたハートを付けたようなファンシーなステッキを振ると、再び呪文を唱える。

「リリカル・マジカル、お部屋よ綺麗になぁれ!」

ステッキから飛び出る理屈不問の魔法の粒子。それは部屋を包んで発光すると、あら不思議。部屋は綺麗に整頓された状態でそこにあった。

「ついでに宿題もお願いね♪」

ステッキに一振りされたノートとエンピツが自走を始め、彼女に出されていた宿題をひとりでにやりはじめた。
そこで彼女は気づいたように携帯電話でどこかへ掛け始める。実はまだ兄に会いに行くことを話していないことに気づいたのだ。
液晶に映る『兄携帯』という表示を確認すると、

「ポチッとな」

と前時代的なセリフをかけ声に通話ボタンを押した。
数回の呼び出し音。

『もしもし』

「あ、お兄ちゃん?」

『・・・・・・そうだ。お前の人生最大の汚点である所の、兄の春原陽平だ』

「何言ってるの?」

こちらの返答に遠いい声で

『簡単に流された・・・・・・』

という声と猫の鳴き声が入る。

「あのねお兄ちゃん、今からそっちに行こうと思うんだけど―――――」

『悪い、妹よ。実は今、ムショ(刑務所)の中なんだ。ヘマして捕まっっちまってな』

「またそうやって逃げるぅ~!絶対に行くからね。お土産は何がいい?」

『“土偶”』

「そんなものが欲しいの?」

『ああ、ぜひ頼む』

「ん~、お兄ちゃんがそう言うなら持ってくよ・・・・・・」

彼女は携帯から耳を離すと液晶に表示された時計を見る。そのため携帯から流れる『はは、まだ気付かないのか?俺はな、君のお兄ちゃんじゃなくて岡崎―――――』というセリフを聞き逃した。

「あ、もう時間だから切るね。それじゃ後でね」


ピッ


何か兄と違う声な気がしたが気にしない。

「そういえば近くで古い遺跡が出たんだっけ・・・・・・土偶はそこから内緒で一個ぐらいもらってくればいいかな♪」

そしてステッキをホウキへと変化させるとそれに股がり、

「行ってきまぁーす!♪」

と言いながら青空へと飛翔していった。

――――――――――

「行ってらっしゃい」

ドラえもんは再びCMへと突入したテレビに柔和な笑みをもらしながらそう言った。
しかしのび太はこれに他の感慨を得たようだ。

「・・・・・・ドラえもん」

「ん?」

「これだよ、これ」

「何が?」

「魔法だよ!魔法があればいいんだ!」

唐突なのび太のセリフにドラえもんは目を白黒させることしかできなかった。

(*)


20分後

のび太の部屋には何か小さな粒を撒くドラえもんとのび太の姿があった。

「魔法なんてないんだよ」

「どうしてさ?」

「昔は魔法と呼ばれた不思議な出来事も全て科学で解き明かされてるんだ。魔法はね、迷信なの」

ドラえもんはそうはっきりと告げると、『ロボッター』をまんべんなく撒ききった事を確認して号令を出す。

「元の場所に戻れ!」

すると床一面に散らかっていた物達に、意志の力が目覚めたように動き出す。
ある物は本棚へ。ある物は押し入れに。またある物はハンガーに己を掛ける。
しかしただ元に戻るだけではない。新しく増えたものや大小及び内容によるジャンル分けなどの整理がされていなかった本も、粒(ロボッター)に内蔵されたセンサーでくっついた物の用法などの構成情報を精査。粒同士の相互データリンクで最適の収納スペースを探し当て、自分達を収納した。

「迷信は息の根を止められて、こういう科学の世の中になったのさ」

しかしのび太は理屈でわかっても納得いかなかった。

「・・・・・・ちぇっ、科学じゃなくて魔法が発達すれば良かったのに。魔法が使えたらきっともっと便利だったと思うよ。呪文1つで何だってさ、ホイホイホイっとね」

のび太はそう言いながら片付けから逃れた小さなフィギュアを拾い上げると、大きな本によって新たに誕生したディスプレイ用の台にそれを乗せた。

(*)


その夜

のび太は布団の中で、普段あまり使わない脳をフル回転させてある事項と格闘していた。
もちろん『魔法を実現させるにはどうすればよいか?』だ。

「・・・・・・ねぇ、ドラえもん」

自らの呼び掛けに押し入れの襖が開く。しかしもう寝ていたのか不機嫌そうだ。

「・・・・・・なんだよ?」

「どうにかして魔法を使えるようにならないかな?」

「わからない奴だな!何回も言っただろ!?魔法なんて迷信だって!」

物凄く眠いのかドラえもんはそのままぐったりしてしまう。

「でも・・・・・・何か少しの工夫で出来るような気がするんだけど・・・・・・引っ込んじゃった・・・・・・」

「・・・・・・そうかい、わかった。二度と起こすな!!」


ピシャッ


襖が勢いよく閉められる。
寝不足は人を変える。ドラえもんは人ではないが、おかげで頑(かたく)なになっていた。
一方昼寝のおかげで全快しているのび太は

「ちぇっ」

と舌打ちながら更に考える。
方法を考えるのには疲れたので、仮に魔法が使えたらという問いにシフトする。

「(魔法が使えたらどうなるかな?・・・・・・やっぱりホウキでみんな空を飛ぶんだろうなぁ~)」

彼の想像はどんどん膨らむ。

「“もしも”魔法が・・・・・・あれ?」

何気なく口をついて出た言葉に言い知れぬ違和感を覚えたのび太は、直後その副詞を名詞に持つある道具の存在に気づいてしまった。
即座に掛け布団が蹴り飛ばされ、押し入れの襖が開け放たれた。

「ドラえもん、起きてよ!」

「・・・・・・なんだよのび太くん・・・・・・」

「思いついたんだよ!」

「・・・・・・何を?」

「魔法を使えるようにする工夫だよ!『もしもボックス』!電話を掛ければどんな世界でも本当になるっていう」

「・・・・・・ああ、その手があったか・・・・・・」

「どう?出来るんでしょ!?」

しかしドラえもんは即答しない。

「ん~、実はもしもボックスは星の数ほどあるパラレルワールドから最も近い世界を探し出してくる道具なんだ。だから科学でまったく説明がつかないような魔法の世界があるかどうか・・・・・・」

「それでもやるだけやって見ようよ!ねぇ!?」

のび太のセリフにドラえもんの顔が先ほどのように柔和になる。

「もう、のび太くんはこういう時だけ頭働くんだからぁ~」

ドラえもんも“魔法”という単語には満更興味がない訳でもないようだ。押し入れから抜け出ると、彼の代名詞とも呼べるお腹のポケットに手が突っ込まれ、明らかにその容積を上回る巨大な物体が出てきた。

「もしもボックスぅ~」

どこからともなく聞こえる効果音に合わせて、最近携帯に押されて少なくなってきた電話ボックスが出現した。

「少し魔法を楽しんだら、すぐ元に戻すからね」

「わかってる、わかってる♪」

のび太は嬉々としてボックスに入ると受話器を取った。そして―――――

「もしも、魔法が使える世界になったら!」

(*)


同時刻 次元空間内 時空管理局所属次元航行船『アースラ』中央電算室

そこではこの部署の主であるエイミィが夜食のパンを片手に画面に向かっていた。しかし―――――

「あれ?」

エイミィは己の操る機器の異常に目を白黒させる。
アースラのセンサーが一瞬第97管理外世界への無許可の次元間転送を探知したのだが、警報どころかコンピューターログすら残っていない。
エイミィ自身、偶然次元レーダーを見ていなければこの異常に気づきもしなかっただろう。
とりあえず危険がないか艦のセンサーを全てその場所に集束して確認する。
するとやはり見間違いではなく、確かに次元移動の傷痕が残っていた。しかし更に精査しようとした彼女の前に表示されるのは―――――

「アクセス拒否!?どうして!?」

真っ赤に染まった『“ACCESS DENIAL”あなたにはこれ以上アクセスする権限がありません』というシステムウィンドウ。
今までこの部署の機能の全てを掌握していたと思っていた彼女は、片手をもぎ取られたと思う程のショックを味わっていた。
しかしどんなアプローチを掛けてもやはりシステムはその場所の精査を拒んだ。
万策尽きた彼女は今頃就寝中であろう艦長に通信を送った。
少し待って浮かび上がった通信ウィンドウには『クロノ・ハラオウン艦長 Sound only』の文字。どうやら見せられないほど荒れているようだ。エイミィは一度だけ寝起きの彼を見たことがある。普段制服をキリッと着こなしているだけに見た者全てが笑いを禁じ得なかっただろうあの姿をよく覚えている。

『・・・・・・どうしたんだエイミィ?また「寝ぼけてた」なんて止めてくれよ』

「あの時は徹夜が祟ってたからだよ!・・・・・・そんなことよりセンサーシステムがおかしいの。さっき無許可の次元間転送を探知したんだけど、コンピューター記録に残ってないし、精査しようとしたらアクセス拒否って表示されちゃって・・・・・・」

『それはおかしいな。管理局の機密指定場所じゃないんだよな?』

管理局にも関係者以外調べられない場所が存在する。例えば第97管理外世界では時空管理局への協力を密約している日本やアメリカ、イギリスなどの主要な政府機関だ。
結界を張らなかったり、その前に発生した魔法による被害や管理局の引き抜きによる人物の消滅、逆の出現について問題にならない。そして報道されないのはそれら機関の協力あってこそであった。

「うん。転送座標は普通の民家みたい」

『分析パターンは?』

「えっと・・・・・・青だって」

『パターン青。そうか、遂に使徒が・・・・・・』

「へ?“シト”?」

聞き慣れない単語にエイミィが聞き返す。

『ああ、この前見たアニメで―――――い、いや!何でもない!!こちらの話だ・・・・・・パターン青なら問題ない。“無視”してくれ』

「え?でも・・・・・・」

『何ででもだ。ちなみにこの事は完全に忘れるように。以上だ。もう遅いから早く寝ろよ』

クロノはそう一方的に告げると通信を切った。
エイミィは納得いかない気持ちになりながらも開いていたセンサーシステムのウィンドウを閉じていく。
最後の一枚にはその座標に存在する民家に住まう家族の名が記されていた。
『野比家』と。
それすら閉じたエイミィは早く忘れようと残ったパンを頬張って席を離れ、自室へと向かって行った。


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最終更新:2010年12月08日 20:53