学校中にチャイムが鳴り響く。それは授業の終わりを告げる鐘。
今日一日の授業を終わらせ、学校から解放された学生の足取りは軽い。
生徒達は皆、解放感で軽くなった足取りで学校から下校してゆく。
だけれど、今日ばかりはなのは達も皆と一緒に下校する訳には行かなかった。
なのは達には、どうしても行かねばならぬ場所があったから。
「ナノハーヌ、アリサーヌ達にはきちんと説明しなくて良かったのか?」
「あー、アリサちゃんやすずかちゃんはもう、分かってくれてるから、ね」
高級リムジンに揺られながら、剣が口を開ける。
本当ならば今日も、アリサやすずか達と一緒に下校する筈だったのだが……。
今日だけはどうしても外せない用事があると言って、先に学校を出てしまった。
だけど、アリサ達はそれに関して決して深く詮索しようとはしなかった。
「アリサちゃんらも、それについてはもう分かってくれてるから。
私らが魔道師やって事も、アリサちゃん達には言われへんような仕事があるって事も」
はやてがアリサ達の気持ちを代弁した。
当然、はやて達とてアリサ達に隠し事をするつもりはない。
機密事項などで無い限りは、機会さえあれば、話して聞かせる。
それがなのは達に出来る、せめてものアリサ達への気遣い。
どうせ話しても分からないから、とか。そういう理由で隠し事をしたりはしないのだ。
「うん……友達、だからね」
と、微笑みを浮かべてフェイト。
友達だから、必要以上に何もかもを連絡し合わなくとも、分かる。
今何処で何をしているとか、そんな細かなことまではわからないけれど、それでも。
今それぞれがどんな気持ちで自分達と接しているか、くらいは分かる。
それが心から接する事が出来る、本当の友達だから。
「友達、か。いい言葉の響きだ! ナノハーヌ達の友情は特に清らかで、美しい!」
「そうかな……? 剣君だって、友達くらいいるでしょ?」
「まあな! 俺にも素晴らしい親友がいるぞ! 美しく、きららに輝く友……カッ! ガーミがな!」
それが加賀美新の事であるという事に、最早説明は不要だった。
そもそも剣はまともに誰かの名前を呼ぶという事があまりない。
それ故に、なのはもアリサも訳の分からない名前で呼ばれているのだが……。
出来る事ならきちんと「高町なのは」と呼んで欲しい、と思うのがなのはの本音であった。
「だが勿論、ナノハーヌやハ・ヤーテ、それにフェイト達も俺の友達だ!」
「えっ……ちょっと待って。なんでフェイトちゃんだけはまともな呼び方なん?」
「何を言って居るんだハ・ヤーテ! フェイトの名前は元々英名だろう。
これ以上弄ったら訳が分からない事になるじゃないか!」
「いやいやいや、私らの名前も結構訳の分からへん事になってるよ!?」
はやての全力のツッコミであったが、その言葉は剣には届かない。
何を考えているのか……否、何も考えていないのか、ただ幸せそうに微笑んで居た。
だけど、そんな剣の笑顔を見れば、はやてとしてもこれ以上責め立てる事も出来はしない。
大きな嘆息を一つ落として、リムジンの中からぼんやりと外の景色を眺める。
と、そうこうしている内に、間もなくリムジンは目的地へと到着した。
窓から見える店の看板を見て、はやてが感想を告げる。
「西洋洗濯舗、菊地……? 一見、普通のクリーニング屋さんやけど……」
「一見も何も乾の奴はただの一般人だっつうの。お前らみたいな秘密組織じゃねえんだよ」
言いながらリムジンから真っ先に降りたのは、海堂直也であった。
それに続いて、運転を任されて居たじいやという人物以外の全員が降車する。
小さな町のクリーニング屋にこれだけの人数が一挙に押し掛けるのはいかがなものか。
そんな疑問をなのはは抱いて、しかし口に出す事はしなかった。
◆
乾巧は現在、非常に機嫌が悪かった。
クリーニング屋の店番を任されながらも、仕事に身が入りはしない。
気だるそうに頬杖をついて、手元のボールペンを指で弄くりまわす。
そんな巧は誰がどう見たって近寄り難いオーラ全開な訳で。
「ねぇちょっと啓太郎……今日の巧どうしたのよ?」
「し、知らないよ……タッ君、昨日帰って来てからずっとああなんだ」
物陰から顔だけをだして、小声で会話する。
このクリーニング屋の家主である菊池啓太郎と、居候である園田真理だ。
当然、小さな家の中である為に、二人の会話も全て巧に丸聞こえ。
巧はぴくりと眉間に力を込めて、それでも無視を決め込んだ。
「啓太郎、うっかり巧のパンツ焦がしちゃったりしたんじゃないの?」
「ええ!? 何で僕なんだよ! 真理ちゃんだって昨日の晩御飯にうどん出したじゃないか!」
「あれくらいのうどん、ふーふーしたらすぐ冷めるでしょ。そんな事で一々機嫌悪くされてたらキリないわよ!」
アレは態と巧に聞こえる様に繰り広げているのであろうか、と。
そんな疑問を浮かべてしまう程に、二人の口喧嘩は威風堂々としたものであった。
だけど多分、あの二人は何の考えも無しに言い争っているのだろうとすぐに結論付ける。
草加雅人じゃあるまいし、あの二人はそんな性格の悪い芸当が出来る人間達じゃない。
と言っても、その草加でさえ今の巧にとっては失ってしまった大切な仲間の一人。
王を巡ったあの戦いで散って行った戦友を蔑む程、巧の性格は歪んでは居なかった。
「じゃあ何であんなに不機嫌なのさ」
「それをあんたが聞き出してくるのよ」
「えっ!?」
言うが早いか、巧のすぐ真横に啓太郎が躍り出た。
真理が啓太郎の背中を無理矢理押し出したのだろう。
巧は大きなため息を一つ落として、啓太郎に視線を向ける。
言いたい事があるなら言え。そういう目を、啓太郎にぶつけた。
「えっと……タッ君、具合でも悪いの……? アイロンがけもプレスもまだみたいだけど……」
「ああ、今日はかったるいんだよ」
「かったるいって……! もう、どうしちゃったのさタッ君、昨日から何だか可笑しいよ!」
「ゴチャゴチャうるせえな、誰にだってかったるい日くらいあるだろうが」
言いながら、ボールペンをテーブルに叩きつけた。
啓太郎が悪い奴ではないと言う事は、巧にも良く解る。
だけど、この能天気さと平和さは、時にどうしようもなく腹が立つのだ。
「酷いよタッ君! 折角最近平和になって、タッ君も優しくなってきたと思ってたのに!」
「平和かどうかなんてわかんねえだろ。そう思ってるのは俺達の周りだけかも知れねえじゃねえか」
「な、何だよそれ……!」
そう。彼らの周囲は、少なくとも平和だった。
最近彼らの前に、オルフェノクが現れる事自体が無かったから。
それというのも、スマートブレインという大企業の壊滅による所が大きい。
そもそもオルフェノクに人を襲う事を強制していたのは、あの大企業の連中だ。
となれば、あの会社が潰れた時点で強制的に人を襲わされるオルフェノクは居なくなる。
当然巧達が出会うオルフェノクの数も激減し、ファイズの役目も大幅に減っていた。
このまま、ファイズの役目なんて二度と訪れて欲しくは無かった。
残された命を人間として……叶うかどうかも分からない夢の為に生きる。
そんな余生が送れたなら、どんなに良かっただろう。
「ああクソ、ムシャクシャするぜ。おい啓太郎、ちょっと店番任せた」
「えっ!? 何処行くのさタッ君!?」
「散歩だ散歩」
「何だよそれ! ……もう、仕方ないなぁ。すぐ戻ってきてよね!」
「ああ、多分な」
それだけ言って、巧はクリーニング屋から外に出た。
啓太郎は啓太郎で、巧に気を遣ってくれているのだろう。
だからこそ、店番放置で散歩なんて無責任な行動を許してくれたのだ。
それくらいはいくら鈍い巧でも分かる様になっていたし、だからこそ罪悪感もあった。
気に食わないが、気分が落ち着いたら一言くらい礼を言ってやってもいいかも知れない。
そんならしくもない事を考えながら店を出た矢先――巧を待って居たのは、更なる厄介事であった。
「……よ、よお乾! 久しぶり、じゃねえか!」
「お前っ……!」
そこに居たのは、ここ暫くずっと姿を見せなかった男。
デニムのジャケットに、不精髭。整った顔立ちなのに、どうしても二枚目には見えない。
どう見たって三枚目な苦笑いを浮かべながら手を掲げるそいつは、忘れられないかつての戦友。
木場勇治らと共に、人間として戦ったオルフェノクの一人(時々違ったけど)――海堂直也であった。
それから巧はサイドバッシャーを駆って、とある喫茶店へ訪れた。
先導するリムジンに付き従って訪れたこの喫茶店、名はハカランダというらしい。
客もまばらな夕刻の喫茶店。円形のテーブル席に座り、まずは軽く、全員の自己紹介。
それから、ここに連れて来られた理由と、現状で話すべき内容を聞き終えた巧は、嘆息した。
「……で、オルフェノクの王を復活させようとしてる奴らが居るって事かよ」
「そういうこっちゃ。優しい優しい俺様ぁお前らが襲われてんじゃねえかと気が気でなかったんだよ」
巧の視線が、海堂を射抜く様に見詰める。
この男は本当に調子がいい。根はいい奴なのだろうが、それでも違和感を抱かずには居られない。
敵ではないにしろ、これまでも海堂は、調子に乗った訳のわからない行動が多すぎたのだから。
そんな理由もあって、海堂が調子に乗った発言をする度に、巧は眉に皺を寄せる事となった。
そこで、気まずそうな海堂を心配してか、今度はフェイトが口を開く。
「でも、海堂さんが巧さん達を心配してたのは本当なんだよ。ね、なのは?」
「うんうん、だって海堂さん、昨日あんなに真剣に巧さん達を助けてやってくれって頼んでたもんね」
なのはの言葉は事実だ。
昨日海堂が剣やなのは達に頼んだ事とは、「巧達を助けてやって欲しい」という事。
というよりも、巧と行動を共にする啓太郎や真理達を守って欲しい、の方が正確だが。
ファイズに変身出来る巧は別として、その巧と関わった無力な真理達は非常に危ない。
もしも人質に取られでもすれば、下手をすれば彼女らの命が危険に晒されてしまうのだ。
そこで海堂は自ら頭を下げ、管理局やZECTといった組織に、彼女らを守って欲しいと依頼した。
そして、海堂の申し出に真っ先に乗ったのは、他でもない神代剣であった。
「安心するがいい。高貴なる者は、高貴なる友からの願いを断らない!
貴様のその高貴な願いは、この俺が確かに聞き届けた! 俺は願いを聞いてやる事に於いても頂点に立つ男だからな!」
「はっはっ、さっすが剣くん。俺ぁ君のような高貴な友達を持ててシアワセだよ!」
「おお、そう言ってくれるか海堂! ならば俺達もまた、エヴリバ~ディ・友達だ!!」
目の前でがっし! と握手する二人に、巧は頭が痛くなる思いであった。
事は重大なのだ。オルフェノクの王が復活するかも知れないというのに、こいつらは能天気過ぎる。
海堂は海堂で本当に自分達の事を考えていてくれたらしいが、それでもこいつの言動を見てると不安になる。
何と言っても、こいつらは頼りないのだ。海堂も頼りなければ、頼んだ相手も頼りない。
剣に至ってはどう見ても馬鹿だし、それ以外は幼い子供が所属する訳の分からない組織。
ZECTとやらも信頼出来ないし、なのは達の所属する組織に至っては信じてすら居ない。
いきなり別の世界だの魔法だの言われて、素直に信じれる訳が無いのだから。
「だいたいお前ら、守るったってどうやって守るってんだよ。まさか24時間張り込む気か?」
「ああ、そのまさかだ! 俺の配下のZECT部隊に、君たちの護衛任務を任命した! 大船に乗った気で居るがいい!」
「そのZECTだか何だかって組織が信用出来ないつってんだよ! 少なくとも、お前を見てる限りじゃたまらなく不安だぜ」
苛立ちと一緒に、言葉を吐き出した。
この神代剣という男、どこからどう見たって馬鹿だ。
正真正銘の馬鹿である海堂と馬が合っている時点で、揺るぎない馬鹿だ。
だからこそ、そんな上司に命令されて言う通りに動く組織というのが、イマイチ信頼出来ない。
仮に律儀にこんな上司の言う通りに働いているのだとしたら、一言くらい労ってやりたいとさえ思った。
「何を言うんだ巧。俺は守る事に於いても頂点に――」
「ああ、剣くんはこんなんですけど、ZECTの力は信用出来る筈なんで、安心して大丈夫やと思います!」
「おい、ハ・ヤーテ! 俺の言葉を遮るとは許し難――」
「それにこう見えて剣君の実力は本物です! そこは信頼して大丈夫な筈です!」
剣と海堂に任せていては埒が明かないと判断したのだろう。
未だ小学四年生であるにも関わらず、彼女らは既に二人よりもまともだ。
巧としても、剣と海堂の漫才に付き合うよりは、彼女らと話した方が話が早かった。
大の大人よりも十歳にも満たない子供の方が大人びているとは、皮肉な話である。
「ZECTかて、まともな理由さえあればちゃんと働いてくれます。
剣君はこんなんですけど、今回の任務は人類の為にも必要や思いますから、多分大丈夫な筈です」
「まあ、それならいいんだけどよ」
ぶっきらぼうに言い放って、巧はそっぽを向いた。
聞けばZECTという組織は、人類を守る為、人類自ら戦う組織らしい。
つまりは、あの上層部から腐り切った大企業よりはマシだと言う事だ。
それならば、護衛をしてくれる分には問題は無いだろうし、デメリットも無い。
いざとなれば今まで通り、自分がファイズの力で敵から守ってやればいいだけの話だ。
念の為、後で三原にも連絡を入れておこう。と、そこまで考えて巧は席を立った。
「何処へ行くんですか? 巧さん」
「帰る。店番も残ってるしな」
「帰るって……もっと作戦とか、練った方がええんとちゃいます……?」
はやての言葉は尤もだった。
敵が動き出したと分かった以上、こちらもただ守るだけでは駄目だ。
こちらから敵の親玉を潰して、二度と王を復活させようなどとは思わせない様にする。
そうする事で人類とオルフェノクの戦争は今度こそ終わるのだろうが……。
「敵の正体だって分かってないんだ。ここでギャアギャア騒いでたって仕方ないだろ」
「それはそうですけど……」
「要は今まで通り、人間を襲うオルフェノクをブッ潰しゃあいいんだろ?」
それならあの頃と同じ、何も変わってはいない。
奴ら、人類の滅亡を望むオルフェノクの集団……スマートブレインと戦った時と、何も違いは無い。
あの戦いで一度倒した王を、奴らがもう一度復活させようとするなら、巧は全力でそれを邪魔をするだけだ。
それに、現状で王に繋がる手掛かりが自分達しか居ないのなら、放っておいても向こうから仕掛けてくるだろう。
その時はいつも通り、ファイズの力で返り討ちにして、敵の情報を洗い浚い吐かせてやればいい。
だからこそ、ここでこれ以上見えない未来について話し合う事は、全くの無意味だと思えた。
ついでに言うと、剣と海堂にこれ以上関わっていると、巧の頭痛も限界を超えそうだった。
(潰されてたまるかよ……せっかく俺達が守った人間の未来を)
右の拳をぐぐっと握り締めて、巧はハカランダから退出、駐輪場へ向かう。
木場や草加、結花や澤田、それから名も知らぬ流星塾生達……あの戦いで散った、大勢の犠牲。
数々の犠牲の上にようやく勝ち取ったこの平和を、オルフェノクなんかに壊されたくは無かった。
王を復活させようとしている奴らへの怒りを隠そうともせず、巧は拳に力を込める。
ぱらぱら、と。握った拳から、僅かに灰色の灰が零れ落ちた。
「これはいけない……貴方自身、もうそんなに長くは無い様子じゃないですか」
「お前ら……!」
不意に、巧に声を掛けて来たのは見知らぬ男。
サイドバッシャーに跨ろうとした所で、その脚を止め、男に向き直る。
昨日巧が倒した高校生達と同じ高校の制服を着た男子生徒、二人組――否。
昨日自分が、この手で倒した筈の高校生達だった。
「何でまだ生きてんだよ、お前ら……!」
「我々の味方になるというのであれば、教えない事もありませんが」
「ふざけんな!」
言うが早いか、巧はニーラーシャトルから取り出した銀のベルトを腰に巻き付けていた。
それから、携帯電話に番号を打ち込む。555、ENTER。ファイズに変身する為の変身コードだ。
敵の高校生が指をぱちん、と鳴らすと同時、巧はファイズフォンをベルトに叩き込んでいた。
巧の全身に真っ赤なフォトンブラッドが駆け廻って、その姿をファイズに変えるまでに一秒と掛からなかった。
「行くぜ」
手首を軽くスナップさせ、足首をぐっと捻り込み、構える。
巧が変身したファイズの、いつも通りの戦闘スタイルであった。
しかし、相対する高校生二人は全く動じない。
それどころか――不敵に微笑んでいた。
「何の考えも無しに、我々がここにやられに来るとでも?」
「何……?」
それからようやく気付く。
自分を、ひいてはハカランダを包囲する、大勢の高校生達の存在に。
男女含めて、二十人程であろうか。その全てが、灰色のブレザーを着こなした若者達。
先程あの高校生が指を鳴らしたのは、隠れていた仲間に出て来る様に要求する合図。
そこまで気付いて、巧はファイズの仮面の下、苛立ちと共に舌を鳴らした。
「さあ、どうしますか、乾巧。我々に協力すると言うのなら、悪い様にはしませんよ。
貴方もオリジナルのオルフェノクだ。幹部級の待遇で招き入れると、我々のトップは言っています」
「悪いが俺はそんなもんには興味ないんでね」
「そうですか……いえ、実はあの喫茶店の中には既に我々の手の者が数人紛れ込んでましてね……。
あまり残念な回答をされると、海堂直也諸共残った人間達も、まとめて皆殺しという事になってしまいますが……」
言うが早いか、高校生たちの姿が一斉に灰色の異形へと変わった。
犬だか猫だか知れない哺乳類に、見た事も無い様な植物、果ては魚介類から鳥類まで。
一々全員の外見を覚えるのが億劫になる程、大量のオルフェノクがファイズを取り囲んで居た。
見れば喫茶店の中でも数人の客が、オルフェノクの姿へと変貌を遂げ、不敵に佇んでいた。
最悪の状況になる前に少しでも時間を稼ごうと、巧は目の前のオルフェノクに向き直る。
「おい、汚ねえぞ! あの喫茶店の連中は何の関係もねえだろ!」
「ええ、関係ありませんよ。だって、あそこにいる客はどうせ、“たかが人間”なんですから」
「お前ら……!!」
人間だから、殺す事に躊躇いはない。
そんな主張を含んだ言葉を聞いて、巧は言い様の無い怒りを覚えた。
こいつらはもう、本当の意味で人間では無い。身体だけでなく、心までも……。
人間らしい一切の想いを捨てて、本気でオルフェノクだけの世界を創ろうとしてやがる。
「さあ、どうします。貴方が少しでも反抗的な行動を取れば、あの喫茶店への一斉攻撃を開始します。
ああ、一応言っておきますが、アクセルメモリーに少しでも触れた時も、無条件に皆殺しです。期待などしない様に」
「お前ら、ご丁寧にファイズアクセルの事まで調べたのかよ」
「当然です。正直言って、貴方のアクセルはブラスターよりも脅威ですから」
ニーラーシャトルに詰め込んだままのトランクボックスをちらと見る。
スペックで言えば圧倒的にファイズブラスターの方が上なのだが、それでも――。
それでもファイズアクセルの方が、こいつらにとっては格段に恐ろしいのだろう。
現に巧も、一体多の戦いでは高確率でファイズアクセルを使用していたのだ。
数える程しか使って居ないブラスターよりも危険視されるのは当然か。
「あと十秒待ちましょう。それまでに決断しなければ、我々は行動を開始します」
決められる訳がなかった。
オルフェノクの王を蘇らせる為に手を貸すなどと、絶対にあってはならない。
かといって、巧という人間の性格上、ハカランダの店員や客を犠牲にする気にもなれない。
嘲る様に、たった十秒しかないカウントを刻んで行く目の前のオルフェノクに、激しい怒りを覚える。
今回は、状況があまりにも悪すぎた。こんな数のオルフェノクが攻め込んで来るなどと、誰が想像出来ようか。
万事休すか――と、思えたその瞬間であった。
「何だ、アレは――!?」
「何、この、竜巻――!?」
数人のオルフェノクの絶叫が響いた。
それに驚愕したのは、ファイズだけでは無い。
先程までファイズと会話をしていたオルフェノクも、だ。
何事かと見遣れば、そこに顕在するはこの広場に突然現れた漆黒の竜巻。
されど、それは普通の竜巻では無い。地面と平行に、真横に向かって伸びる竜巻。
竜巻は、喫茶店を狙って居たオルフェノクの身体に突き刺さり――
「何だ、ありゃあ……!?」
竜巻の先端が、ドリルの如くオルフェノクの身体を貫いた。
刹那の内にオルフェノクの身体から青い炎が噴き出して、それでも竜巻は止まらない。
二人目のオルフェノクの身体を貫き、そのまま三人目のオルフェノクまで――
たった一撃で三体のオルフェノクの身体に風穴を開けて、その身体を灰に帰したのだ。
ファイズの驚愕冷めやらぬ内に、竜巻は漆黒の鎧の戦士へと姿を変えて、その場に着地した。
赤いハートの複眼に、同じくハートの形をしたベルト。漆黒と金の鎧を纏った戦士だった。
「何だ、あいつは! 乾巧の仲間か!?」
「ええい、構うな! こうなったらあのライダー諸共叩き潰せ!」
リーダー格と思しきオルフェノクが、号令をかけた。
残ったオルフェノク達が、慌てて体勢を立て直そうとするが――もう遅い。
仮面ライダーを相手に一度でも体勢を崩したとあれば、もうそのオルフェノクに未来はない。
漆黒のライダーの勢いはまさに鬼神の如く、擦れ違うオルフェノク全てに一太刀を叩き込む。
その両刃の剣で切り裂かれたオルフェノクは、瞬く間に青の炎を噴き出して、崩れ落ちて行く。
だが、これでは駄目だ。これでは人質が殺されてしまう。
ファイズは黒のライダーに駆けより、叫んだ。
「おい、待てよお前! これじゃあの喫茶店の中の人質が殺されちまう!」
「その心配は無い」
「あ……?」
黒のライダーが、その赤きハートの複眼を喫茶店の窓ガラスに向ける。
ファイズもまた、釣られる様に喫茶店へと視線を向け、店内の激闘をその眼に映す。
一陣の風が、紫の風が店の中を駆け廻った。刹那の内に、店内で無数の青の炎が上がって行く。
紫の風は紫の鎧の戦士としてファイズの視界に留まって、最後に残ったオルフェノクに刃を振り下ろす。
その戦闘能力たるや、まさに剣の達人と呼ぶに相応しい。相手のあらゆる行動を許さずに、圧倒的な太刀筋で一刀両断。
頭から股まで、真っ二つに切り裂かれたオルフェノクは、青の炎と灰を撒き散らして、その場に崩れ落ちた。
「すげえな、あれが神代か……?」
疑問の声を上げるが、それに答える者は居ない。
気付けば、黒のライダーは他のオルフェノクの狩りを再開していた。
ファイズの視界の先で、オルフェノクが振り下ろした灰色の剣を、両刃の剣で受け止め――
「トゥッ!」
「ひっ――」
次の瞬間には、オルフェノクの腹部に押し当てられた弓が、光を放っていた。
発射された光の矢は容易くオルフェノクの身体を貫いて、小さな風穴を数発空ける。
すぐに穴は崩れ落ちて来た灰で見えなくなったが、そんなオルフェノクにも容赦はしない。
掛け声を一斉、両刃の剣を振り上げ、矢継ぎ早に振り下ろし、オルフェノクを灰へと帰した。
「この程度の力であの店をどうこうしようとしていたとは……笑わせる」
漆黒の仮面の下で、嘲るように男が言った。
仮面の性質の所為か、籠った様に聞こえるその声は、酷く不気味に聞こえた。
だけれど、この状況では何よりも心強く聞こえる気さえする。
出来る事ならば、敵には回したくないものだ。
「巧さんと、はじっ……カリスさん! 後は私達に任せて下さい!」
「……!?」
今度は空からの声だった。
カリスさんと呼ばれた漆黒のライダーが、過剰にその声に反応する。
見上げた空に浮かんでいるのは、漆黒の翼で空を舞う少女――八神はやてだ。
驚愕だった。魔法が本当にあった事、あんな少女が空を飛べる事。何にしても驚愕だ。
「おいおい、魔法ってマジだったのかよ……」
そんな疑問に答える様に、桜色の閃光が空から舞い降りる。
極太のレーザーにしか見えない閃光は、一匹目のオルフェノクを易々と飲み込んだ。
オルフェノクの絶叫が聞こえる中、空から降り注ぐレーザーは更にその圧力を強める。
そのままゆっくりと、さながら全てを呑む込む局地台風の如く勢いで、二匹目のオルフェノクへ迫る。
後は一匹目と同じだ。ゆっくりと、しかし確実に的を狙って照射されるレーザーが、次々と敵を飲み込んで行く。
驚愕するファイズの黄色の視線の先で、黄金の槍にも見える杖を振りかざしているのは、高町なのは。
それに対し巧は何事かを述べようと思ったが、もう驚愕過ぎて感想の言葉すら浮かばなかった。
やがてレーザーの照射が終わり、身体のあちこちに青の炎を灯したオルフェノクが現れる。
なのはが放った光線は確かにとんでもない威力だが、それだけでオルフェノクを死に至らしめる事は出来なかったらしい。
だけど、それで助かったのかと問われれば、そんな事はない。
間髪いれずに上空から降り注いだのは、赤のナイフの嵐。
「――穿て、ブラッディーダガー」
気付けば、右手を振りかざした八神はやてが、上空で何事かを詠唱していた。
それに伴って、血の様な輝きを宿した刃が、オルフェノクの脳天から突き刺さってゆく。
赤き血の刃はオルフェノクの身体を貫き、その脳天から青の炎を噴き出して、崩れ落ちてゆく。
高町なのはの砲撃で戦闘能力の大半を奪い、八神はやてがトドメを刺す。
効率的な戦い方だ。それこそ、本当に子供なのかと疑いたくなる程に。
ともあれ、これで残ったオルフェノクの数は十体を切った。
「クソッ……らぁぁっ!!」
「あん?」
今度は、ファイズの背後だった。
何かの虫に似た不格好なオルフェノクが、激情してその拳を振り上げる。
無駄に大きな動き。パニック状態丸出しの絶叫。間違いなく、こいつは弱い。
ファイズとして戦い続けて来た巧が、その判断を下すまでに掛かる時間はほんの一瞬。
手首をぶらっとスナップさせ、軸足をぐっと捻り込み、方向転換。
スナップを利かせた右腕を、そのまま真っ直ぐに突き出した。
「あぐっ……」
オルフェノクの拳はファイズの仮面の真横を通り抜けて――
ファイズの拳だけが、オルフェノクの鳩尾をピンポイントで捉えていた。
そのまま動きを止めたオルフェノクを弾き飛ばして、左腰のツールを手に取る。
銀色の高性能カメラにミッションメモリーを挿入し、その形をパンチングユニットへと変型させる。
それを右腕に装着し、即座にベルトに装着した携帯のENTERボタンをプッシュ。
同時に走り出したファイズの身体。それに応える様に走り出した赤のフォトンブラッド。
「やぁああああああああっ!!!」
掛け声と共に、ファイズショットを握り締めた拳を突き出した。
パンチが命中すると同時、壮絶な衝撃がオルフェノクの全身を駆け巡る。
高圧力のフォトンによる必殺パンチを受けたオルフェノクの身体に浮かび上がる「φ」の文字。
同時に、全身から青の炎を噴き出したオルフェノクは、その身体を痙攣させながら、灰へと姿を変えた。
「チッ……撤収だ! 撤収しろ!」
再び聞こえる号令。
先程まで余裕綽々でファイズに詰め寄っていたリーダー格が、血相を変えて手を振り上げる。
それに先導されて、残ったたった五人程のオルフェノクが、一斉にあらゆる方向へと走り出す。
ここまで散々無駄に人を殺そうとしておいて、いざ自分が危うくなれば逃げるつもりだ。
そんな事は絶対にさせない。こいつらを逃がせば、また必要の無い死者が出る。
だから――
――Complete――
――Start Up――
全身に流れる赤のフォトンブラッドが、高出力の銀へと変色してゆく。
残ったオルフェノクは八体。少しばかり数は多いが、この力なら全員仕留められる。
右腰のポインティングマーカーツールにミッションメモリーを挿入して、右脚に装着。
音速を越えたファイズが、高出力のフォトンで形成された円錐を射出する。
「やあああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
一匹目。円錐へと飛び蹴りを叩き込み、フォトンの円錐はファイズのキックと共に、ドリルの如く敵を削った。
二匹目。一匹目と何ら変わることなく、赤の円錐はドリルとなりて、ファイズのキックが敵の身体を貫通した。
三匹目。赤の円錐に飛び込み、自分の身体をフォトンにまで還元。敵の身体の中を駆け巡り、そのまま貫通。
四匹目。円錐と共に、敵の体内を高出力で駆け巡り、一瞬のうちに離脱したファイズは、これも見事撃破。
五匹目の敵へと狙いを定め、手首を軽くスナップさせた――その瞬間。
「ハァアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「――何!?」
突如として現れたのは、金色の閃光。
ファイズアクセルの音速の空間の中で、同じ時間を共有する存在。
金色のツインテールを揺らした、まだ幼い少女が、漆黒の鎌を持って、オルフェノクへと肉薄。
一瞬の動きで、漆黒の鎌を振り上げた。ファイズのフォトンにも似た光の刃が、漆黒の鎌から噴き出して――
次の瞬間には、時間が停まったままのオルフェノクの身体を紙きれの様に引き裂いていた。
少女の名を、巧は知っている。フェイト・T・ハラオウン……あの小学生だ。
――RIDER SLASH――
しかし、それだけで終わりはしない。
電子音と共に現れたのは、神代剣が変身した紫の仮面ライダー。
蠍の仮面を身に付けたそいつは、毒々しい液体を撒き散らしながら、その刃を振るった。
フェイトの時と同じく、その刃は残ったオルフェノクの身体を容赦なく引き裂く。
怒涛の勢いそのままに、二匹目のオルフェノクをも続けて滅多切り。
一瞬のうちに、紫の蠍の刃が、オルフェノク二体を灰に帰していた。
残る一匹は、ファイズが一度倒したオルフェノク。
どういう訳か生き返って、巧にまた顔を見せたあの高校生。
無様な姿を晒し、何とか逃げ遂せようと背中を向けるそいつに、ファイズは脚を向けた。
同時に、右脚のファイズポインターから射出された赤のフォトンが、敵の動きを拘束。
ファイズが飛び上がって、上空を一回転。右脚をまっすぐに突き出して、急降下する。
それに伴って、動き出したのは二人の戦士。
「「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」
タキオン粒子を纏わせた紫の刀を振りかぶった仮面ライダーが。
黄金の魔力刃を展開させた漆黒の鎌を構えた金髪の少女が。
二方向から、オルフェノクの身体にその刃を一閃。
黄金の閃光と紫の閃光が、オルフェノクを中心として交わった。
それはさながら、美しい光の×(クロス)を見ているようで。
最後にファイズのキックがオルフェノクの身体を貫通した。
――Reformation――
――CLOCK OVER――
こうして、超高速の時間は終わった。
元の時間の流れを取り戻した中、加速中の出来事を証明するのはオルフェノク達。
ファイズのキックを受けたオルフェノク達が、一斉に「φ」の紋章を浮かべ、崩れ落ちる。
同時、迸る電撃と、微かに残る黄金の魔力光と共に、青い炎を噴き出して崩れ落ちる他のオルフェノク。
最後に残った一匹のオルフェノクは、「φ」の紋章を浮かべ、身体からタキオンの電撃と魔力光を迸らせて――
「百瀬、さ……たす、け――」
何者かに助けを求めるオルフェノクの右腕は、しかし誰にも届く事無く、虚空を掴む。
こうして最後まで言葉を告げる事無く、リーダー格のオルフェノクの身体は、人型で無くなった。
全てが終わった後では、ただ地べたに高く積まれた灰が、青の炎を上げているだけにしか見えない。
巧はもう何度もこの光景を見て来た。これがオルフェノクとなった者の、哀れな末路なのだ。
「大丈夫だったか、我が友ナ・オーヤ!」
「お、おう……俺様は大丈夫だ、っちゅうかすげえなお前ら、圧倒的じゃねえか」
冷や汗を流しながらも感嘆する海堂に、蠍のライダーが駆け寄った。
即座に紫の鎧を解き放って、中から現れたのは、間抜けそうな顔をした神代剣。
本当に今さっきまで共に闘って居た蠍がこの男なのか、疑いたくなる程だった。
巧もファイズの装甲を解除して、海堂の元へ集まりつつある仲間達の元へ歩み寄る。
辺り一面に降り積もった大量の灰を、図らずも踏み締めて。
「巧さん、大丈夫でしたか……?」
「俺の事より、何だあの力は! あれの何処が魔法なんだ、嘘だろ!?」
「え、えぇっ……!?」
純白の学生服へと戻った高町なのはが、素っ頓狂な声を上げる。
こいつもまた、上空からオルフェノクを狙い撃っていた時とはまるで別人だ。
神代剣にしろ高町なのはにしろ、戦闘時に人が変わり過ぎている様に巧は思う。
実際の所は人格まで変わって居る訳ではないのだが、それを巧が知る術は無かった。
「残念やけど巧さん、あれが私らの魔法なんよ」
「いいや嘘だね! 俺はお前らのアレを魔法だなんて認めないぜ」
「ええええ……そんな頑なに!?」
しょうもない軽口を叩きながらも、巧は考える。
終わったと思っていたファイズの戦い。だけど、それは間違いだ。
戦いはまだ始まったばかりで、ここからがオルフェノクの王を巡る本当の戦いなのだ。
今度は敵も最初からオルフェノクの王の復活に全てを賭けて行動して来る事だろう。
巧と三原と海堂の三人だけで、何処まで対応出来るかは分からない。
だけど、今一緒に戦った彼女達――新たな仲間も一緒なら、或いは……。
「……ところで、さっきの黒い奴は一体何だったんだ?」
「ああ~……あの人は、まぁ当面は放っておいても大丈夫なんちゃうかなぁ……と」
「何だよ、それ。それにお前、さっきあの黒い奴の事、何か別の名前で呼ぼうとして無かったか?」
「え、えぇ~……そんな事あったかなぁ? 私何にも覚えてへんわぁ」
八神はやては、ひたすらに苦笑いを続けていた。
対する巧も、これ以上子供に問い詰めるのも馬鹿馬鹿しく思えて来た。
もしもあの黒い奴が敵であったならそうも行かないが、今回は助けてくれたのだ。
それ故に、もしも次に会う時が来れば、その時にでもまた話を聞けばいい。
この時巧は、仮面ライダーカリスに対して、その程度の認識しか持って居なかった。
最終更新:2011年01月06日 19:32