人という存在は、自らと違う存在に異常なまでの嫌悪を見せる。
皮膚の色、手足の欠如、生まれついてから持つ障害。
そしてその事実は、時としてどんなに鋭い武器よりもその心を深く傷つける。
もしも動物や昆虫のように、本来持つ姿が根本的に人間と違うならばそれほどの感情は抱かないかもしれない。
だが外見上は人の形をしておきながら、その皮の下が人の形を持たなければどうなるだろう。
答えは簡単だ、化け物と呼ばれて嫌悪される以外にない。
例え争いを好まなくとも関係ない、平和的共存を望もうとも関係ない、人間的思考を持とうとも関係ない。
スバル・ナカジマもそうだった。
何も知らない者から見れば、普通の人間と認識するかもしれない。
しかしその身体の中には、人間が生体機能を働く為に必要な臓器は存在しておらず、異形の機械が蠢いている。
出来ることなら、戦闘機人であることは誰にも知られたくなかった。
それを知られた先にあるのは拒絶しかないから。
共に戦った仲間達は違ったが、忘れることは出来ない。
忘れることは出来なかった。




スバルは物静かで、落ち着いた雰囲気の少女だった。
聞こえは良いが消極的な面が強く、実際の所は根暗に等しい。
ただ弱いだけで、泣き虫で、ノロマで、何か得意なことがあるわけでもなくて、誰かに頼って生きていくしかできなかった。
積極的で明るい姉と違って一人じゃ何も出来ないし、ましてや誰かを守る為に動こうなんて思ったこともない。
それでも誰かを気遣える優しさは持っていた。
幼かった彼女は気弱な一面を持っていていたが、初めは仲良くできていた。
周りにいた彼らとの交流、暖かい言葉。
沢山遊んだこともあった。
お互いに無垢に、無邪気に。
ただそれだけでよかった。
でも、終わりはあっけなく来てしまう。

「あの子の腕、変じゃない?」
「何か怖い……」
「正直、気持ち悪い……」

どこからかともなく声が聞こえる。それはスバルにとって忘れることの出来ない物だった。
その声から感じられるのは恐怖、嫌悪、拒絶――
振り向くと、そこにはいつも共に遊んでいたみんなが立っていた。
しかし彼らは、まるで病原菌でも見るかのような冷たい視線を突き刺さしてきて、全てを拒絶するような言葉をぶつけてくる。
彼女には何故そのように言われるのか理解出来なかった。
一体何を言っているの、どうしてそんなことを言うの。
言葉を出そうとしても出ない。
嗚咽が動かない、唇が震えてしまう。
背を向けるかのように去っていこうとする彼らに手を差し伸ばしたが、パチンと乾いた音を立てながら勢いよく払いのけられてしまう。

「来ないでよ!」
「え……?」
「あっち行って!」

嫌悪の表情を浮かべながら、乱暴な言葉をぶつける。
その言葉は、スバルの背筋を凍らせるのに充分な威力を持っていた。
掌の痛みすらも感じさせないくらいに。
突き刺された言葉の意味が分からず、叩かれたという事実を受け入れるのに数秒の時間が必要だった。
ふと、痛みを感じる手に視線を落とす。
その途端、視界に飛び込んできた物によってスバルの顔が青ざめてしまった。

「こ、これは……その……」

震える口からは掠れたような声しか出ない。
スバルの両腕は、いつも見慣れているそれではなかった。
そこには肌色の皮膚は存在せず、この世に存在する物とは思えない程、複雑に絡み合った金属回路が指先までに剥き出しとなっている。
無数の色を持つケーブルの中には、鉄のような臭いを放つ赤い液体が、音を立てながら流れていた。
腕からは鼻を覆いたくなるような鉛の匂いと、酷い重量感が彼女に襲いかかり、一層彼女の顔を恐怖に歪めてしまう。
不気味な駆動音を上げながら生き物のように蠢いているそれは、彼女が異形の存在であることの証。
普通の人間と違うことは誰が見ても明白だった。
スバルは分かっていた、これが本当の自分だと。
けれど認めなかった、認めたくない。

「みんな、もう行こうよ……」
「そうだね……」
「あたしもあんなお化けと一緒にいたくない……」

不意に聞こえてきた彼らの言葉により、スバルは顔を上げる。
気がつくと、彼らは皆自分から逃げるように去っていこうとしていた。

「ま、待って……みんな待って……!」

無意識のうちに、大きく見開いた彼女の瞳からは涙が溢れていた。
大粒の涙によって視界が遮られても、前が見えなくなっても必死に跡を追いながら機械仕掛けの腕を伸ばした。
しかし、その思いを裏切るかのように彼らは自分から遠ざかっていく。
必死に足を進めても、一向に追いつく気配がしない。
私は何もしないよ、怖くないよ。
だから置いていかないで、独りにしないで。
搾り出すように胸の中に宿る思いを何とか形にしようとするが、口が全く動かず、言葉が出ない。
気がつくと、霧がかかったかのように辺りの景色が不鮮明になり、スバルは足を止めてしまう。
同時に、辺りの空気が凍り付いたような感じがした。
世界から温度が消えて、あらゆる音が消滅したかのように錯覚する。
それによって彼女は一瞬だけ呆気にとられてしまうが、動揺しながらも周囲を見渡す。
しかし、そこには虚無が広がるだけで一切の気配が感じられない。
まるで自分一人を残して、世界の全てが消えていってしまうような恐怖をスバルは感じてしまい、身震いしてしまう。
彼女は叫んだ。
父の名前を、姉の名前を、自分と親しい彼らの名を。
けれど何も返ってこない。いくら必死に声を出しても誰も答えてくれない。
その恐怖から逃れようと彼女は再び走り出す。
しかしどれだけ進んでも虚無が続くだけで、何も見えてこない。
けれど足を進める。
しかしその最中、地面に足を躓いてしまい勢いよく転んでしまう。
両膝が痛い。
それでも彼女は起き上がろうとするが、タールのような辺りの暗黒はスバルの身体にねっとりとまとわりつき、口や鼻から体内へと流れ込む。
息が出来ない、苦しい、痛い、寒い――
虚無はスバルの身体からぬくもりを奪い、鉛のように重く押し潰そうとする。
ここから離れようともがいても、どうすることも出来ない。
誰も助けてくれない。
寂しい、辛い、怖い、こんなの嫌だ、死にたくない、帰りたい――
彼女は救いを求めながら重く感じる手を伸ばすが、涙で歪む視界の先には虚無があるだけで何もない。
やがて立つのも億劫になってしまい、泣き疲れたスバルは瞳を閉じてしまう。
けれど独りになりたくなかった、みんなに会いたかった。
また、笑顔で語り合いたかった。
たったそれだけでいい。
誰か……助けて――!



彼女の頬に一筋の涙が通じて、地面に零れ落ちた。
その途端、これまでの責め苦が嘘のように体が暖かくなり、軽さを取り戻していく。
何かがおかしい。
スバルは恐る恐る目を開く。
すると、虚無の中に朝日のように暖かい日差しが射し込んでいた。
そして突然、光は辺りの虚無を照らしていく。
あまりの眩しさに耐えきれず、彼女は再び目を閉じた。
一体これが何なのかは分からない。
けれど彼女から安心が生まれた、まるでそれはスバルの心から恐怖という感情を、一欠片も残さずに洗い流していくようだった。



光に慣れた彼女が目を開けると、そこは今まで広がっていた虚無ではない。
辺りからは鈴虫の鳴き声が多く響き渡り、穏やかな風が吹いている。
淡い夕日に照らされたその公園は、自分がよく知る場所だった。

「大丈夫だ」

ふと、どこからともなく優しげな声が聞こえる。
いつなのかは覚えていないけど、聞いたことがあるという確かな記憶があった。
後ろを振り向くと、そこに誰かが立っていた。

「――が言っていた……」

声がまた聞こえる。
男の人だろうけど、太陽を背に立っているせいで彼の顔はよく見えない。
声も微かながらにしか聞こえない。
けれども、声の主には敵意がないことを感じ取ることが出来る。
そして、絶対なる強さを秘める笑顔を浮かべていたことも確信出来た。

「人が歩むのは人の道、その道を切り開くのは――」

太陽を背にした彼は手を差し伸べてくる。
スバルも思わず手を伸ばした。
その手を掴もうと、その手を握ろうとして、必死に手を伸ばした。
先程の虚無の時とは違い、彼女の身体は軽やかに動く。
いつの間にか、周辺が朝日の如く強い光に包まれていくが、彼女はそれに気を止めなかった。
辿り着くまであと一歩。

「未来で待ってるぞ……」

やがてスバルは彼に届くと確信し、その手を掴もうとした瞬間だった――



「……!?」

その手を掴むことはなく、彼女は目を覚ました。
瞼を開けると、そこには薄暗い部屋の天井に目掛けて伸ばしている自分の腕しか見えない。
また、あの夢を見た。
ここは虚無の中でも、夕日に照らされた公園でもなく、自分が居候してる天道家の空き部屋の布団の中であることを確認しながら、スバルは起き上がる。
窓からは眺められる外は、太陽が昇り始めたばかりなのか薄暗い。
時計を見ると、午前六時という早い時間を指していた。

「何なんだろ、あの夢……」

ぽつりと呟きながら、スバルは先程見た夢を思い返す。
奇妙な夢だった。
ここ最近の彼女は眠りにつくと必ずと言っていいほど、あの夢を見る。
突如ミッドチルダから飛ばされ、この世界で暮らすようになってから。
そして、昔のことを思い出すようになっていた。
まだ魔導師になる前、紅蓮の炎に包まれた瓦礫の世界の中で尊敬する恩師、高町なのはと出会うよりずっと昔の自分。
戦闘機人であることを周りの友達に知られてしまい、気味悪がられ、いじめられていた――
いや、それはただの言い訳だ。あの頃の自分は弱くて、何も出来ずにみんなに迷惑ばかりかけていた。
それじゃあ嫌われても仕方がないかもしれない。
そして、あの夢の最後には決まって誰かが自分の後ろに立っていた。
顔はよく見えなかったけど、自分が知る人物な気がする。
何でそう言い切れるのかは自分でも分からない。
けれど確信を持てた。
夢に出てくる彼とはずっと昔、会ったことがあると。
そして、自分は彼と何か大事な約束を交わしていることを――



ある日何の前触れもなく、突然管理外世界に飛ばされてからもう随分経ちました。
まただ、また浮かび上がってきた。
最近思い浮かべるあの光景。
ただの夢かもしれないのに、どこか懐かしさを感じる。
まるで実際に経験してきたかのように。

強くて、優しくて、格好良かったあの人。
その出会いがあったから、今のあたしがある。
でも、その前に何か大事な出会いがあった気がする。
あたしに生きる意味ときっかけを与えてくれた出会いが……




仮面ライダーカブト レボリューション
始まります



仮面ライダーカブト レボリューション

01 新章・開幕






閑静な住宅街の一角に佇む洋食店、Bistro la Salle。
そこは閑静な住宅街の中としては珍しく、連日多くの客で賑わっている一軒だった。
その日もスバル・ナカジマは、Salleで使われている花模様のアップリケが縫いつけられたエプロンを着て、キッチンの流し場で使い終えた食器の後片付けをしていた。
昼食の時間帯が過ぎていて、先程まで盛況だった店内はまるで嘘のように静寂に包まれている。
シェフである日下部ひよりが作るこの店の料理は、一品残らず一流レストランのそれに匹敵する物だ。
スバルはそれを納得していた。
現に彼女もこの店の賄い料理を食したことがあり、それを大いに絶賛した。
最初は天道から無理矢理課せられてしまったアルバイトだが、このような褒美があるのならむしろ大歓迎だ。

「頑張ってますね~! スバルさん」

大量の皿洗いを続けていると、ほんわかとした柔らかい声をかけられる。
その言葉にスバルは振り向き、手を止めた。
長く整った長髪。歳相応に整い、生き生きとした顔立ち。
Salleの店員であることを証明する赤いエプロンを掛けた女性、高鳥蓮華が笑顔を浮かべながら厨房に入ってきた。

「あ、蓮華さん」

彼女は先輩としてひよりや竹宮弓子と共に、スバルにこの店で働くにおいて必要なことをレクチャーしてくれた女性だ。年齢はスバルとさほど変わらない。
そしてスバルは持ち前の明るさがあってか、樹花の時と同じように蓮華との意気投合をあっさりと果たす。
以来、スバルにとってSalleで働く時間は一種の安らぎにもなっていた。
人命救助のようにこの手で命を救うことは出来ないが、ここでは毎日のように数多く訪れる人々の笑顔を見ることが出来るので、元々の仕事とは違う意味でやり甲斐を感じている。
特に家族連れが、この店の料理を満面の笑みを浮かべながら食する様子は、見ていてとても気分が良くなる物だった。
出来ることなら手作りの料理をここに来る人達に作って喜ばせたいが、それはひよりや蓮華の役割であり、自分のやる事はこうした雑用だ。

「最初はどうなるかと思いましたが、やはり師匠の目に狂いはありませんでしたね! あなたが来てから結構楽になりましたよ」
「ありがとうございます!」

蓮華の言葉にスバルは満面の笑みで答える。ここで言う蓮華の師匠とは、天道総司その人だ。
スバルには詳しい経緯を聞くことは出来なかったが、かつて蓮華は天道に救われたことがあるらしい。
そして天道とひよりの指南の元、彼女はここで料理の修業を重ね続け、今に至る。
最も、蓮華が師と慕う天道にはそんなつもりは微塵も無いようだが。
しかしスバルは、にわかにその話を信じることが出来ない。
部屋を貸して貰っている相手に言うのは失礼極まりないが、彼の性格はとにかく唯我独尊の一言に相応しい物だ。
世界は自分を中心に回っていると思っているのか独善的な面が強く、何事も自分のルールに沿っての行動が多々見られる。
けれど、天道に対して悪い感情は抱けなかった。
言ってることはよく分からないし、こちらから話しかけても冷たく返されることもあった。
本来ならば好きになる要素など無いはずなのに。
何故そうなのかは彼女自身分からないが、少なくとも反感や嫌悪感を抱いたことは一度もなかった。
それどころか、ごく希に彼に惹かれることもある。

「いやいや、あなたがこんなに結果を残してくれるとは私も教えた甲斐があったものです。これからも頑張りに期待してますよ~」
「そりゃあ勿論、バリバリ頑張りますよ!」

スバルは誇らしげに答えると、流し台に溜まっている大量の食器を洗うために両手を再び動かした。
左手で食用皿を支え、右手に持った食器用洗剤が染みこんだスポンジを食器に押し付けて、適度な力を込めながら上下左右に擦り寄せる。
スポンジは、Salle自慢の食用ソースと油が付着した洋食皿の上を抵抗もなく動き、次第に元の純白さを取り戻していく。
洗剤によって剥がれた汚れを水道水で洗い流した皿を邪魔にならない場所に置くと、次の皿を洗い始める。
元々、故郷のミッドチルダで数年間も一人暮らしをしてきた彼女にとって、この程度の作業など何てことも無かった。
集中していたお陰か、ようやく最後の食器も汚れが落ちた。
スバルはそれをタオルで拭いて、食器棚に戻す。
その直後、入り口のドアが音を立てながら開いた。
すると外から、四人の家族連れが現れる。

「「いらっしゃいませー!」」

キッチンから出てきたスバルと蓮華は、客に眩い笑顔を向けた。
そのまま彼女達は、一家を素早くテーブルに案内する。
そして、それぞれの仕事に取りかかった。
スバルは、四人の注文を一つ一つメモに残す。
蓮華はキッチンに戻って、大量の氷で冷えた水の入ったポットと、人数分のコップをトレーに乗せた。
彼女はそれを、一家に差し出す。

「「それでは、ごゆっくりどうぞー!」」

快晴な笑顔を保ったまま、二人はキッチンに戻った。
彼女達はすぐさま、食材と調理器具を取り出す。
鍋に水を入れ、まな板に乗せた食材を包丁で切り、オリーブオイルを暖めたフライパンにかける。
スバルはスープを作るために、残った食材を鍋の中に軽い音を立てながら投入する。
蓮華は細切れとなった野菜を、フライパンに流し込んだ。
彼女達はそれぞれ、注文された料理を作るために、両手を動かした。
コンロから火が燃え上がる音。
包丁が食材を刻む軽やかな音。
フライパンの中で食材が熱される音。
多種多様の音が、まるでリズムを奏でるかのように、キッチンの中で広がっていた。

「お母さん、まだかな?」

そんな中、子どもの声が聞こえる。
不意にスバルはそれを聞き取って、キッチンから外を覗き込んだ。
視界の先では、小さな男の子が期待に満ちた笑顔を、母親と思われし女性に向けている。

「まだでしょ、もう少し待ちなさい」
「ええ~……」
「わがまま言っちゃ、だめだよ」

男の子の不満を、一緒にいた女の子が咎めた。
少しだけ身長が高いから、姉と思われる。
彼女に合わせるかのように、父親に見える男性も口を開いた。

「お母さんとお姉ちゃんの言うとおりだよ。まだ注文したばっかりなんだから、お店の人も困っちゃうよ」
「……わかった! 僕、待つよ!」
「うん、偉いぞ!」

父親は、少年の頭を優しく撫でる。
他の二人は、それを笑顔で見つめていた。
その光景は、まさに幸せな一時と呼ぶに相応しい。
どこにでも見られるが、かけがえのない暖かい時間。
キッチンに立つスバルは、そんな一家の触れ合いを見守っていた。
いつの間にか手が止まっているが、彼女は気づかない。

(みんな、どうしてるんだろうなぁ…………)

店に訪れた一家を見て、スバルは故郷の事を思い出す。
この世界に流されてから、既に一ヶ月以上の時間が経った。
ゲンヤもギンガも、自分がいなくなった事を心配しているに違いない。
長らく共に戦ってきた相棒、マッハキャリバーも。
新しく姉妹となったナンバーズ達が、寂しさを埋めてくれているかもしれない。
でも、彼女達だって自分を心配しているだろう。
なのはもティアナも。

(…………会いたいなぁ)

故郷に残した親しい人達を思い出して、スバルは寂しげな表情を浮かべる。
何の前触れもなく、故郷から引き離された。
そして、見知らぬ世界に辿り着く。
無論、この世界には素敵な物がたくさんある。
この店でアルバイトをしたり、樹花と町へ出かけるのはとても楽しい。
なにより、気の良い人がたくさんいる。
だけど、それでも。
やっぱり、故郷のミッドチルダが恋しい。
今頃、みんなはどうしてるのか。
スバルにはそれが、何よりも気がかりとなっている。
マッハキャリバーがあれば連絡が出来るが、それも出来ない。

「スバルさん、何やってるんですか?」
「えっ?」

悲愁と罪悪感を感じていると、声がかかる。
振り向くと、蓮華が呆れたような表情を浮かべていた。

「今は仕事中なんですから、しっかりしてください!」
「は、はいっ! ごめんなさいっ!」

叱責を受けたスバルは、慌てて調理を再開する。
幸いにも、食材が駄目になっていることはなかった。
元々料理が得意だった事があって、すぐに遅れを取り戻す。
それから、注文のスープをすぐに完成させた。
彼女はそれを食器に盛りつけて、トレーに乗せる。
そしてすぐに客席へと向かった。

「お待たせ致しましたー!」

スバルは溌剌とした笑顔で、四人分のスープとスプーンをテーブルに置く。
一家は皆、期待に満ちた表情を見せてくれていた。
それに満足感を覚えて、スバルは先程の言葉を復唱する。

「それでは、ごゆっくりどうぞ!」

軽く会釈をしながら、キッチンへと戻った。
トレーを元に戻しながら、スバルは横目で一家を見つめる。
そこではファミリー全員が、注文したスープを嬉しそうに口にしていた。
自分の作った料理が喜んで貰う事に、スバルは満足感を覚える。
しかし、もう一つ。
彼女の中に、ある感情が芽生えていた。
羨望という思い。

(…………いいなぁ)

その思いを胸に隠しながら、スバルは仕事に戻る。
今は仕事に集中すべき。
そうしないと、みんなに失礼だ。
やるべきことは、しっかりとやる。
ミッドでもこの世界でも、それは同じだ。
それでも、彼女の中では消えない。
遠く離れている、故郷への思いが。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年02月15日 00:05