アルハザードを覆う闇。
一切の光が差し込むことがない、漆黒の空間。
そこに存在するのは、黒一色。
あらゆる生物に、生理的恐怖を与えるような世界だった。
如何に百戦錬磨の存在といえども、ここに放り込まれれば畏怖に沈ませることは容易。
アンノウンハンドの名を持つこの暗闇は、とある存在によって生み出されていた。
幾千もの世界、幾千もの時代、幾千もの惑星、幾千もの次元、幾千もの宇宙、幾千もの銀河。
それらには、数え切れないほどの命が存在している。
希望を抱きながら、生き続ける者達。
しかし、それの影となるように命を脅かす絶望も存在する。
いくつもの時代で脅威となった、悪魔達。
その魂達が今、アンノウンハンドによって集められた。
宇宙を覆う暗闇の中心部である惑星、アルハザードへと。
闇は、宇宙の星々すらも飲み込んでいた。
色とりどりの輝きは一瞬の内に、黒で塗りつぶされていく。
既にこの宇宙の全ては、アンノウンハンドに飲み込まれていた。
無論、それだけで終わることはない。
この宇宙だけで、満足するわけがなかった。
果てにまで辿り着いた闇は、壁を突き破ろうとする。
しかし、それは出来なかった。
自らが生み出した闇を、拒む者達がいるため。
アルハザードに忍び込み、怪人を次々と倒す戦士達。
闇を切り裂き、アルハザードに近づいてくる光の巨人。
そしてこの宇宙を覆う邪魔な壁を、別の宇宙より作る者達。
邪魔者は、数え切れなかった。
だが、相手が抗えるのも時間の問題。
既にこちらから、別の宇宙に配下を送り込めるほどに進行が進んでいる。
この宇宙を覆う壁は、さほど意味を成さない。
(…………潰す時か)
鼓動が、鳴り響いている。
それは闇に包まれたこの宇宙だけでなく、外の銀河にも聞こえていた。
アンノウンハンドの中央にいる者は、冷たく決断をする。
かつてM80さそり座球状星団に住む住民達は、とある巨人を生み出した。
白銀の英雄、ウルトラマンノアを模した黒き巨人。
しかしある時より、宇宙の脅威と変貌した。
それから長き時が流れた末、ウルトラマンノアによって破壊される。
されどその精神は、潰えていなかった。
肉体が滅んだ後、自らの特性を使ってあらゆる場所から、エネルギーを取り込んだ。
そうして、ようやく全てを取り戻す。
かつて自分を滅ぼしたウルトラマンノア。
そしてそれと同等の存在を全て、滅ぼすために。
それは、このアンノウンハンドを生み出す存在。
それは、数多に存在する脅威の頂点に立つ存在。
それは、アルハザードが存在する宇宙の全てを闇で包んだ者。
それは、ダークサイドノアと呼ばれる者。
それは、邪悪なる暗黒破壊神。
冥王と呼ばれる、宇宙の闇。
それを中心として蠢く、アンノウンハンド。
異形の形を取ると、動き出す。
主の意志のまま、全てを滅ぼすために。
そんな中、冥王は一つの存在に目を向ける。
自身の邪魔をする存在の一つである『仮面ライダー』。
今より呼び出すのは、それと敵対してきた怪人達の中でも、特に高い能力を持つ者だ。
『クウガの世界』より魂を連れてきた、全てのグロンギの頂点に立つ王。
元々の能力に、更なる闇の力を加えてやった。
アルハザードに忍び込んだ鼠どもは、これに任せればいいだろう。
「クウガ…………」
グロンギは呟いた。
漆黒の空間では、明らかに異質さを醸し出している純白の身体。
しかしその内面は、アンノウンハンドを彷彿とさせるほどの、闇が蠢いていた。
この者の目的はただ一つ。
自分を倒した宿敵と同じ姿を持つ戦士と、戦うこと。
現に、先程から何度も見つめている。
アルハザードで戦う古代から蘇った戦士、仮面ライダークウガを。
その度に、圧倒的とも呼べる恐怖を与えた。
ならば、不足はないだろう。
(行け、貴様の出番だ)
冥王は指令を下す。
それに聞いたグロンギは、笑みを浮かべながら向かった。
侵入者が現れたアルハザードへと。
かつてこのグロンギは、自身のいた世界で三万人を超える人間を虐殺した。
それだけでなく、ズやメの位を持つ同族達すらも、一瞬で葬る狂気を併せ持つ。
ならば、不足はない。
グロンギがアルハザードへ降り立った一方で、アンノウンハンドからは次々と異形が生まれていく。
かつて『ウルトラマン』によって潰された、異形。
かつて『仮面ライダー』によって潰された、異形。
かつて『スーパー戦隊』によって潰された、異形。
かつて『プリキュア』によって潰された、異形。
それだけではない、希望を踏みにじってきた存在達。
それら全てを、冥王は手にした。
宇宙で輝く、星の数にも届くほどの兵隊達。
冥王が望むままに、数多の宇宙へと進行していた。
アンノウンハンドは、アルハザードが存在する宇宙の全てを飲み込んで未だ、蠢いている。
闇を司る、神となった暗黒の巨人によって。
破壊神が望むのは、ただ一つ。
平行して存在する全ての大宇宙を、飲む込むこと。
そして、全ての頂点に君臨すること。
邪悪なる暗黒破壊神 ダークザギは闇の中央で、その瞳を輝かせていた。
グロンギの王は、アルハザードへと向かう。
主より与えられた指令を果たすため。
グロンギという種族は、本来ならば誰かに従う性分ではない。
だが、ダークザギにとっては配下にさせることなど、造作もなかった。
その支配は、王すらも可能とする。
しかし彼が歩むのは、決して強制されたからではない。
自らが、そう願ったのだ。
異世界に存在する、もう一人のクウガと戦う。
その思いを胸に、王は笑っていた。
忘れもしないあの日。
吹雪の中で、血を吐き続けながらクウガと殴り合った。
あの時感じた、感情。
恐怖。
興奮。
歓喜。
数え切れないほどの思いを、感じた。
今度のクウガも、自分をきっと笑顔にしてくれる。
「待っててね、クウガ」
アンノウンハンドの中で、王は一人で呟いた。
それはとても穏やかなようで、周りの闇のようにどす黒い。
暖かみといった物は、一片たりとも感じ取れなかった。
そして、王は見つける。
アルハザードで戦うもう一人のクウガを。
彼の口元は、より一層歪んだ。
――アークルが、警告を伝えている
グロンギの王は、ただ一人佇んでいた。
吹雪が荒れ狂っている、山の中を。
彼にはもう、自分以外の何も残されていない。
同族も、故郷も、世界も。
故に、誰かに振り向くことはしない。
ごく希に、同族が自分の元に訪れることがある。
しかしその目的は、自分ではない。
究極の力と、王の称号だ。
数え切れないほどの同族が、無謀にも挑みにやって来る。
だがその度に、葬ってやった。
そこに、感情は何一つとして込めていない。
自分を笑顔に出来ない愚か者など、消えたところで何も変わらないからだ。
同族など、蛆虫に等しい。
そんな王が関心を持つのは、これから現れる宿敵。
究極の力を持つ、クウガだけだった。
そして、ついに現れる。
自身と同じ存在となった、究極の戦士が。
辺りの光景に反するように、身体が黒い。
その瞳は、赤かった。
――なれたんだね
王は、笑顔を浮かべる。
クウガから放たれる、圧倒的な存在感。
クウガから放たれる、圧倒的な恐怖。
クウガから放たれる、圧倒的な力。
それら全てが、王を笑顔にさせるには充分だった。
そして、王も全ての力を解き放つ。
――究極の力を、持つ者に!
純白に染まった世界に、色が塗られていった。
究極の力を持つ者達が繰り広げる、死闘によって。
漆黒の鎧を纏うクウガは、拳を振るう。
純白の皮膚を纏ったグロンギは、拳を振るう。
その度に、鮮血が舞った。
夥しいほどの赤が、世界に広がる。
一度殴るたびに、戦士達の中である感情が強くなっていた。
クウガは、悲しみが。
グロンギは、喜びが。
相反する思いが、拳と共に激突している。
一体どれ程殴ったのか、誰にも分からない。
いや、気に止める者などいなかった。
それに意味など何一つとして、存在しない。
やがて彼らの身体は、人間の者へと変わった。
戦いによって、傷が刻まれたため。
クウガとグロンギは、互いの頬に拳を叩き込む。
それが、最後の一撃となる。
極寒の吹雪が荒れる中で、彼らは倒れた。
――究極の闇をもたらす者
「――――ウガっ、クウガっ!」
何処からともなく、声が聞こえる。
それによって、頭に流れる光景に意識を向けていたクウガが、一気に覚醒した。
続いて、視界がぐらついてるのを感じる。
誰かが自分の身体を、揺さ振っているようだった。
「はっ!?」
「クウガっ!?」
目を覚ましたクウガは、辺りをキョロキョロと見渡す。
これでもう、三度目だった。
全身が凍り付くような感覚を感じて、何の前触れもなく奇妙な光景が脳裏に映る。
アルティメットフォームに変身したクウガが、白いグロンギと戦う場面。
一度見る度に、金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
そして、感じるのだ。
遠くで何者かが、自分を監視しているような目線を。
そんなクウガの様子を、キュアピーチは心配そうな表情で見つめていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「えっ…………あ、ああ!」
上目遣いの少女を見て、クウガは惚けたように返答する。
言動に力を込めるも、やはり不自然さは隠しきれなかった。
そんなクウガを見たディケイドは、軽い溜息を吐く。
「ユウスケ……しっかりしろ」
「分かってるよ、士!」
「なら、ボサッとするな。行くぞ」
いつものように乱暴で、皮肉の混じった言葉を告げた。
そこに呆れはあるが、怒りはない。
長い旅の付き合いによって、クウガはそれを知っている。
故に、ディケイドの言葉に不快感を覚えることはなかった。
不意にクウガは、自分を心配してくれたキュアピーチに振り向く。
「ラブちゃん、ごめん! でも、俺は本当に大丈夫だから」
ハキハキと告げると、彼は前を向いた。
未だ現れるかもしれない、敵に立ち向かうために。
しかし、キュアピーチの違和感は消えなかった。
クウガのような立派な戦士が、こんな事になるなんておかしい。
絶対に、何かを隠している。
「クウガ……」
でも、こんな状況で無理に聞きだすことも出来ない。
今はやるべき事は、みんなと一緒にこの世界にいる敵と戦うことだ。
微かながらの不安を抱きながらも、キュアピーチも進む。
周辺の敵は、ひとまず全て撃破した。
それでも、誰一人として安堵していない。
周りを包む闇は、未だに濃いままだからだ。
敵の胃袋とも呼べるこのアルハザード。
そんな場所で、一瞬でも油断すれば敗北に繋がる。
故に、誰一人として気を抜いていない。
「どうやら、こんな場所なら相当のお宝が眠ってそうだな」
そんな中、緊張感を壊すような言葉が出る。
声の主であるディエンドは、鼻歌と共に呟いた。
「大ショッカーみたいに、多くの世界の化け物が蠢くアルハザード……やっぱり、来て正解だったかな」
「お前という奴は…………」
状況をまるで理解していないような言動に、シンケンレッドは呆れる。
以前、出会った時には分かっていたが、この男の行動原理は『お宝』とやらを手に入れることのみ。
それはそれで結構だが、こんな場面でそんな脳天気な言葉を吐けるなんて。
弱音よりはマシかもしれないが、これはこれで困る。
内心で毒を吐くシンケンレッドの前で、ディエンドは腕を広げた。
「何を言ってるんだい、殿様。こういう場所なら、相応のお宝が隠されてるに決まってるじゃないか」
「ふざけるな。お前は今の状況が分かってるのか?」
「当たり前じゃないか。邪魔する奴は倒すことでしょ?」
敵地で取るとは思えない、あまりにも脳天気な態度。
シンケンレッドは辟易して、溜息を吐いた。
だが、咎めたところで態度を改めるとも思えない。
諦めを抱いたシンケンレッドは、ディケイドとトーマの方に振り向いた。
「…………この男はいつもこうなのか?」
「今更、何言ってるんだ」
「そうですね…………はは」
片や鼻息を鳴らしながら、片や苦笑いと共に答える。
二人の対応を見て、シンケンレッドは同情心を感じた。
こんな胡散臭い男に、何度も振り回されるなんて。
戦力にはなるが、こんな態度を取られては困る。
しかし、ここで思っても仕方がない。
シンケンレッドは、辺りの闇に意識を向けた。
その瞬間、彼は歩みを止める。
闇の中より、新たなる気配を感じたため。
彼に合わせて、他の五人も足を止めた。
「やれやれ、新手か」
「予想は出来ていたがな」
「来るんですね……!」
ディケイドはぼやき、シンケンレッドは得物を握り、キュアピーチは構えを取る。
その瞬間、闇の中より人型のシルエットが、いくつも浮かび上がってきた。
新たなる敵が迫っていると、誰もが察する。
直後、それを掻き分けるかのように、何かが飛び出してきた。
禍々しい赤色が闇の中で輝く、高熱の球体。
それを見つけた六人は、同時に跳躍した。
すると、エネルギー弾は地面に激突し、爆発を起こす。
地面と大気が、轟音と共に震えた。
その際に生じた衝撃波に、誰もが吹き飛ばされそうになる。
それでも、体制を崩さずに全員は着地した。
そして、襲撃者達は闇の中より姿を現す。
「ククク、こんなゴキブリ六匹もロクに駆除できねえなんて……カスばっかだな!」
漆黒を掻き分けて出てきたのは、一人の男だった。
一切整っていない乱れた銀髪、猛獣のように鋭い瞳、百八十センチに到達する引き締まった巨体、それを包む黒のジャケットとレザーパンツ。
その右手には、トーマが握るディバイダーと酷似した、巨大な銃剣が握られていた。
側面には「928」の数字が刻まれている。
そして、もう片方の左手には金属製のグローブが、闇の中で輝いていた。
獰猛な笑い声を出す男を、トーマは知っている。
第23管理世界ルヴェラを初めとした、多くの世界で破壊活動を行っている凶悪犯罪者集団、フッケバイン。
その証拠である羽根を模した藍色のタトゥーが、左手首に刻まれていた。
フッケバイン構成員の一人、ヴェイロン。
続くように、暗闇の中から異形が次々と姿を現した。
「リントの戦士達か……!」
クウガの世界における古代の怪人、グロンギが呟く。
カブト虫の如く凛々しく伸びた角、鍛え抜かれた漆黒の肉体、身体の随所を覆う装甲、胸に飾られた装飾品、腹部に付属された金色のバックル。
その巨体からは、絶対なる威圧感が放たれていた。
警察から「未確認生命体第46号」と呼ばれたその異形は、かつて多くの警察官を殺害したグロンギ。
「ゴ」の中でも頂点に達するほどの実力を持ち、自らを「破壊のカリスマ」と称した未確認生命体、ゴ・ガドル・バ。
「ふふふふふ……面白そうだね、君達!」
龍を思わせる姿の灰色の怪人が、笑い声を漏らしている。
それは555の世界に存在する、オルフェノクと呼ばれる人類の進化系だった。
見る者全てを震え上がらせるような不気味な表情、頭部より大きく伸びた二本の角、異常に筋肉が発達した二メートルを超える巨体、龍の顔を模した両腕のかぎ爪。
言葉を発したオルフェノクの背後には、髪が乱れた細い身体の青年が、幽霊のように映し出されていた。
555の世界には、オルフェノクを束ねるスマートブレインと呼ばれる大企業が存在する。
そこには、ごく稀に「上の上」の実力を誇る者も現れ、ラッキークローバーの名を持つ四人組を結成していた。
現れたオルフェノクはその一角、北崎と呼ばれる青年。
しかし彼には、もう一つの呼称がある。
ドラゴンオルフェノクの名を持つ、圧倒的実力を誇るオルフェノクだった。
「流石は歴戦の戦士達……しかし、ここまでだ!」
恰幅のいい壮年の男性が、静かに口を開く。
前方がほんの少しだけ跳ねたオールバックの髪型、凛々しさを感じさせる口髭、両耳に二つずつ付けられた金色のピアス、風に揺れる漆黒のマント、胸元で輝くクリスタル、身体を守る軽量の装甲。
一見すると、紳士と呼ぶに相応しい穏やかな雰囲気を感じさせる。
しかしその瞳は、獲物を狙う鷹の如く鋭かった。
かつて、自身が満足できるお菓子を食べるためにデザート王国を支配し、プリキュア達をお菓子にしようと企んだ男。
ムシバーンは姿を現すのと同時に、マントと装甲を己の身体から剥ぎ取る。
彼はその腰よりエネルギーの刃を手に取り、力強く握り締めた。
「こんな所まで来るとは感動的だな……だが、目障りだ!」
ブレイドの世界に潜んでいた死神が、嘲笑を向ける。
カミキリムシの如く頭部から伸びた二本の触角、白い肉体の至る所から飛び出る棘、体の随所に塗られた赤、禍々しい表情を守る真紅のバイザー、血のように煌く胸の球体。
その手には、己の背丈ほど巨大な純白の鎌、デスサイズが握られていた。
かつてブレイドの世界を支配するために、人間の姿を借りてBOARDに進入して、邪神フォーティーンの力を狙ったもう一人のジョーカー。
志村純一。
またの名を、アルビノジョーカー。
「おやおや……随分と無礼なお客様達だなぁ!」
先程シンケンレッドが倒したスコルプと同じ、エターナルの構成員が邪悪な笑みを浮かべていた。
ムカデの物に酷似した長い触覚、腰にまで伸びた黄緑色の長髪、紫色の骨格に守られた肉体。
エターナルの中でも、屈指の実力者であるメンバー、ムカーディア。
「てめえら……少しは喰いがいがありそうじゃねえか!」
電王の世界で人類に牙を剥いていた悪のライダーが、獲物を狙う獣のように吼える。
金色に輝く全身の装甲、全てを喰らうワニを思わせる形状、胸から鋭く伸びた二本の角、鎧の下に存在する強化スーツ。
左手には、黄金色に煌めいている刃、ガオウガッシャーが握られている。
多くのイマジンを従えて、時の列車デンライナーをハイジャックした、強盗団の首領。
神の路線を狙い、全ての時間を消そうと企んだ狂える牙の王、牙王。
仮面ライダーガオウ。
「次から次へと……懲りない奴らだな!」
暗闇から現れた者達を見たディケイドは、仮面の下で顔を顰めた。
予想は出来ていたが、ここまで邪魔な連中を相手にさせられては辟易する。
だが、いつものように蹴散らせばいいだけの事。
ディケイドはそう思いながら、ライドブッカーを再び構えた。
「クックック、ようやく見つけたぜぇ……クソカスがぁ!」
「お前は……!」
ヴェイロンは鋭い歯をむき出しにするような笑みを、トーマに向ける。
その瞳は、肉食獣のような殺意に染まっていた。
血に飢えた視線を浴びるが、トーマは怯まずにECディバイダーを握り締める。
互いに敵意を向ける中、ヴェイロンは上着のポケットに手を入れた。
その中から、ピンポン球ほどのサイズに見えるボールが、取り出される。
表面が毒々しく塗られているそれらを見て、キュアピーチは驚愕で目を見開いた。
「まさか…………ソレワターセ! どうしてあなたが!?」
「ハッ、てめえみたいなメスガキが知る必要はねえよ!」
疑問の声は、乱暴に返される。
ヴェイロンがポケットより取り出した球体。
それは、キュアピーチにとって見覚えのある物だった。
かつてのラビリンスが、無限のメモリー・インフィニティとなったシフォンを奪う為に利用した、怪物を生み出すアイテムの中でも特に強い物。
ソレワターセが、ヴェイロンの手に握られていた。
「さあ……とっとと出てきやがれ、クサレカスが!」
男は勢いよく、ボールを投げる。
その瞬間、空中を漂うソレワターセ達は、球体から人型に変えていった。
すると、闇に飲み込まれるように消えていく。
直後、轟音と共に地面が大きく揺れた。
そして暗闇の中から、巨大なシルエットが飛び出してくる。
「グアアアアアァァァァァァッ!」
咆吼と共に現れたのは、巨大な蠍だった。
二十メートルはあると思われる全身、それを守る朱色の骨格、異様な大きさを誇る二つの鋏、胴体から左右に三本ずつ生えた節足生物特有の足、尾部から高く反り曲がるように伸びた毒針。
不気味な頭部に付けられたバイザーからは、六つの瞳が怪しく煌めいていた。
顎には、無数の牙が鋭く尖っている。
そして背中には、枝葉が四つ生えた一つ目の紋章が、大きく刻まれていた。
「あれは……まさか!」
現れた蠍の姿に、シンケンレッドはデジャブを感じる。
つい先程、烈火大斬刀とブレイドブレードの二刀流で両断した怪物、スコルプと酷似していた。
彼は驚愕を覚えるも、うろたえない。
一度倒した敵が再び現れるのは、既に慣れきっている。
外道衆は一度倒しても、二の目というもう一つの命を持ち、それを使って巨大化していた。
あれと似たような力を持つソレワターセによって、スコルプが生き返ったのだろう。
しかし、こう呑気に構えてなどいられない。
あれだけのサイズならば、脅威も相当の物だろう。
猛獣すらも怯むような咆哮を続けるスコルプを睨みながら、シンケンレッドは刃を向けた。
「くっ……!」
復活したスコルプを見て、キュアピーチは顔を顰める。
ヴェイロンが投げたソレワターセによって、再び現れた怪人。
その力は、恐らく何倍にも増大しているだろう。
だが、それでも逃げる事なんてしない。
「さあてぇ……次はこいつを試してみるか!」
笑っているヴェイロンが、懐より取り出した物。
それは、USBメモリのような形だった。
灰色に彩色されて、中央には禍々しく書かれた「B」の単語が刻まれている。
Wの世界を象徴する、超人的なエネルギーが内蔵されている記憶装置。
ガイアメモリが、ヴェイロンの手中に収められていた。
「それはガイアメモリ……何故、お前が!?」
「イチイチ同じことを言わせるんじゃねえ!」
『BILGENIA』
ディケイドの疑問を、先程のようにヴェイロンは遮る。
ガイアメモリに付属された、スイッチを押すことによって。
すると、無機質な電子音声が発せられた。
ヴェイロンはそれに満足したのか、左腕の袖を捲る。
その下から見えるのは、タトゥーの中心に刻まれている、何かの差込口のような紋章。
ガイアメモリの力を体内に流し込むための刻印、生体コネクタ。
「今の俺は、ヴェイロンであってヴェイロンではない…………」
左腕のタトゥーを見せつけながら、ヴェイロンは大仰に語る。
そして、ガイアメモリをコネクタに差し込んだ。
するとヴェイロンの瞳から、不気味な輝きを発せられる。
直後、差し込まれたガイアメモリが、コネクタから体内へと沈み込んでいった。
それによって、ヴェイロンの全身はバキバキと音を鳴らしながら、変貌を始める。
皮膚が、毛根が、血管が、神経が、骨が、臓器が。
全てにガイアメモリの力が流れ、その機能を変えていく。
体内を駆け巡る膨大なエネルギーは、青白いオーラとなってヴェイロンの皮膚から漏れだした。
それは彼の全身を、瞬時に覆っていく。
「俺は更なる力を手に入れて、生まれ変わった!」
やがてヴェイロンはオーラを払うように、腕を大きく振るった。
するとその下から、異形の戦士が姿を現す。
ガイアメモリに内蔵された記憶を体内に注入して、膨大な力を手に入れた怪人。
Wの世界に存在する組織、ミュージアムが研究を重ねて誕生させた、町を泣かす悪魔。
ドーパントと呼ばれる超人へと、ヴェイロンは進化した。
絶滅した魚類の一種、ビルケニアの皮膚によく似た全身を守る鎧。
腹部で金色の輝きを放つベルト。
背中に羽織られた、風に棚引く赤いマント。
唯一露出している顔面の皮膚は白くなっており、瞼は紫に変色していた。
彼が差したガイアメモリは、とある世界の記憶を持つ。
遙か太古の時代より、地球に存在する暗黒結社ゴルゴムが、人類に牙を剥いてきた世界。
BLACKの世界にて、次期創世王の座を狙った大怪人の姿と、ヴェイロンは酷似していた。
「ハッハッハッハッハァッ! 俺は暗黒結社ゴルゴムの大怪人…………剣聖ビルゲニアの力を、手に入れたぁっ!」
剣聖ビルゲニア。
その記憶を流し込んだ事によって、ヴェイロンが得た姿。
二つの力が体内で溢れ出るのを感じて、空を掲げながら大きく笑った。
それに呼応するかのように、ビルゲニアの空いた左腕を位置する空間に、歪みが生じる。
刹那、虚空より一本の剣が現れた。
オリジナルのビルゲニアにとって、力の源と呼べる鋭い切れ味を持つ刃。
右手のディバイダー928に合わせるように、左手で魔剣ビルセイバーをビルゲニアは握った。
「君達……頑張って僕を楽しませてよ? そうじゃないと、生き返った意味がないんだから」
ドラゴンオルフェノクの背後に浮かび上がる北崎の虚像は、未だに嘲笑を浮かべている。
そこに込められている物。
弱者を如何に苦しめ、惨めな姿を晒させるかという愉悦。
そして、自信の絶対なる力を見せつけるという、歓喜。
ドラゴンオルフェノクにとって、この戦いはそれら二つを満たすための、ゲームに過ぎなかった。
ラッキークローバーに所属していた頃から、数え切れないほど繰り返してきた遊び。
それらと、何一つ変わらなかった。
「てめえら、まとめて潰してやるぜぇ!」
ヴェイロンの声でビルゲニアは、大きく吼える。
そのまま地面を蹴って、疾走を開始した。
それに続くように、他の七人も突進を開始する。
「チッ、ゾロゾロと来るな! お前ら、遅れるなよ!」
「分かり切った事を言うな!」
「はい、行きましょう!」
ディケイドは舌打ちと共に、シンケンレッドは咎めと共に、キュアピーチは活力と共に。
それぞれ、走り出した。
彼らについていくように、クウガとディエンドも地面を駆ける。
「わかりました!」
そしてトーマも、ディケイドの横で頷きながら敵の軍勢に向かっていった。
彼の瞳は、他の五人のように決意で燃え上がっている。
絶対に負けないという、闘志から生まれる炎が。
最終更新:2011年02月15日 00:07