……ここは、何処だ。
 アイクは真っ先にそう思った。何せ、自分が立っているのは真っ暗な森の中。

 少しづつ、記憶がはっきりしてきた。確か、ここは親父と漆黒の騎士が戦った、因縁の―――――

そこまで思い出した瞬間、重苦しい金属音が聞こえてきた。
 まるで、これからがショーの始まりだと言わんばかりの、鈍い音が。
 アイクはその音に反応し、音のした方へと駆け出していく。

 まさか、自分の考えていることが正しいとしたら―――

 アイクは無我夢中で森の中を駆けていく。
 あの悪夢を繰り返さぬために。大切な人が奪われる前に。



 アイクがたどり着いた場所は、すでに戦場と化していた。
 父、グレイルと漆黒の騎士が剣と斧をぶつけあっている。
 グレイルがどれほど斧をぶつけようと躍起になっても、漆黒の騎士にはかすりもしなかった。

 誰の目から見ても、グレイルは押されていた。かつての力、かつて使っていた武器を失い、「老い」が今のグレイルを見るも無残な姿に変えたのだ。

跪き、乱れた息を整えるグレイル。そんな彼に、漆黒の騎士は先ほどまで使っていた神剣「ラグネル」を投げて、グレイルの前に突き刺した。

「…何のつもりだ。」

「貴殿との戦いを楽しみにしていた。まともな武器で手合わせ願いたい。」

そう伝え、腰に差してあったラグネルと瓜二つの剣、神剣「エタルド」を抜く。
そして、グレイルに突きつける。

「…神騎将、ガウェイン殿!!!!」

その名はアイクが聞いたこともない名だった。
 その名は、かつてグレイルがデイン王国に勤めていたころの二つ名。

 デインを抜けた今となっては、その名を知る者はほぼいないと思われていた。

 そんな、ほぼ機密事項扱いにも等しい名を知り、超人的な剣の腕を持つ。

 その男が、この戦いを楽しみにしている、と言った。
 それほどまでに、アイクの父親は強かったのだ。

「…昔、そんな名で呼ばれたこともあったな。」
 ラグネルを地面から引き抜く。

「だが…」
と続け、ラグネルを投げ返す。

「その名はとうの昔に捨てた。今の相棒は…これだ。」
ガウェイン、いや、グレイルはこの世でたった一つの斧、「ウルヴァン」を構えなおす。

だが、その言葉を発した瞬間にグレイルは死を覚悟するべきであった。
騎士にとって名を捨てるということは、それまでの自分、それまでの戦いのすべてを否定することになるのだから。

そんなことを思いつつ、漆黒の騎士は、

「…死ぬ気ですか。」
 と冷たく言い放つが、グレイルはそんなことは気にしていなかった。
 そして、次に彼の口から出た言葉は意外なものだった。

「…その声、覚えているぞ。たった10数年で師であるこのわしを追いぬいたつもりか?…フン、若造が…」

 さっきまで昔を懐かしむ表情が、突然こわばる。
 神騎将としての本能が目覚めたのか、それともただ単にキレただけか。

「これでも、食らうがいい!!」

 グレイルが斧を持って突進する。

 今思えば、これが父を救う唯一のチャンスだったかもしれない。

だが、アイクは戸惑っていた。

 今ここで出ていけば、確実に殺される。要するに、死ぬのが恐かったのだ。

 だが、ここで躊躇っていればグレイルが死ぬ。

 命を賭して身内を守るか、それとも未来を生きるために今ここで父を見殺しにするか。
 それは、非常に残酷な問いだった。

(俺は…)

 腰に差してある剣に手をかける。だが、抜くことができない。
 自分の命と他人の命を天秤にかけるには、このころのアイクは幼すぎた。

 そして、答えを出せぬまま―――静寂が訪れる。

 エタルドに貫かれ、驚愕に目を見開くグレイル。
 親父の生命は急速に失われつつあった。

「親父!!」
 アイクは父親のもとに駆け寄る。抱きとめた父親の体は、ぞっとするほど冷たかった。

 そして、そのまま二人は倒れこむ。

 そして、何処からか声が響いてきた。あの少女の声で。

「あなたは、また見殺しにするつもり…?」






「ッ!!!」
 飛び起きたアイクはぐっしょりと汗をかいていた。
 トラウマの記憶をリアルに、そして鮮やかに思い出した自分に対して舌打ちをする。

 原因は言うまでもなく、先日ルーテシアから言われた言葉だ。

「あなたはまた見殺しにするつもり…?」

 頭の中でその声がはっきりとリピートされる。
 本日のアイクの寝ざめは、最悪のようだった。



第14章「罪の意識」


 そのころ、教会ではちょっとした事件が起きていた。
 それは、先日保護した少女の姿が無い、というものであった。

「状況は?」
 なのはが状況をシャッハから聞き出す。

 なんでも、検査の合間に係員の目を盗んで脱走したとか。
 「ただの」少女ならそこまで問題は無いのだが、それならば係員が退避したり魔法の感知をするわけがない。

 魔力が十分にある(といっても、子供のレベルでそれなりの量である)ので、もしかしたら、の状況を考えて聖王教会は実質閉鎖状態にあった。

「早く見つかるといいですけど…」
 シャッハがつぶやく。
 実際、ここら一帯は隠れることができるようなものはほとんど何もないので、楽と言えば楽である。
「では、手分けして探しましょう!」
 なのはのその一言を合図に、なのはとシャッハ、そして運転役でついてきたシグナムは少女を探しに行った。

 案の定、一番最初に見つけたのはなのはだった。
 だが、幸か不幸か懐いてしまった。

 それもそうだろう。少女が怯えているときに優しい女性が手を差し伸べる。
 それだけで、子供というものは懐いてしまうのだ。…もっとも、それに加えて外見が良ければ、の話だが。

 その少女は、名前をヴィヴィオと名乗った。そして、母を探していることも。

 それを見かねて、起動六課まで連れてきて、フォワード陣に相手をしてもらおうという魂胆だったが、それはいささか傲慢だったようだ。

「うぇぇええーーーん!!行っちゃやだーーーー!!」

 駄々っ子のように(というかむしろすでに駄々っ子である)泣き叫ぶヴィヴィオ。
 その様子をモニターしていたフェイトとはやてが、なのはとフォワード陣の所にやってきた。

 無論、アイクとセネリオもいたのだが、二人はあえてヴィヴィオに近づかないでいた。
 それを変と悟ったのか、スバルがこっそりと耳打ちする。

「アイクさん、セネリオさん、どうしてこっちに来ないんですか?」
「俺らが行ったら、泣くだろう。」
「右に同じです。」

 つまり、ゴリラの様なムキムキの筋肉を持つ男と、人見知りで冷徹な物言いしかしない人物がヴィヴィオに接したら、泣いてしまうと思ったのだ。

 と、そこになのはの声が入る。

「それじゃ、ライトニングの二人はヴィヴィオのこと、お願いね。スターズは、そろそろデスクワークの時間だから、行くよ。」

 そう言ってティアナとスバルが部屋を出ようとした時だった。

「ティアナ、少しいいか。」
「……?」
 アイクがティアナを呼びとめる。心なしか、その時のアイクの表情は迷っているような、苦しんでいるような気がした。

 その雰囲気を察したティアナは、アイクの瞳を真正面から受け止める。
 いまだに、じっと見つめられると頬が赤くなるのだが、この時ばかりはそうは言ってられなかった。

「………ティアナ。仮に、自分の犯した罪が誰にも裁かれないとしたら、お前は…どうする?」

 その言葉の意味を真に理解することができるのは、あの時にルーテシアの言葉を聞いた者だけだろう。
 だが、あの言葉がもたらす苦痛と苦悩はアイクにしか理解できなかった。

 それを知ってか知らずか、ティアナが答える。
「うーん…私だったら、罪のことを忘れて生きるか、ひそかに償いながら生きると思います。」
「具体的に、どう償うんだ?」
「えと、例えば…人を殺してしまったときとかは、その人のことを忘れないようにして二度と殺人をしない…とか、です。」

 それは、果たして正しいのか。それを尋ねたかったが、神ならぬ人の身にそんな抽象的な答えが出せるわけではない。
「ありがとう、ティアナ。」

 素直にお礼を言っておく。
「いえ、どういたしまして。」
 ティアナも笑顔で返す。

 さて、と一息ついてティアナが立ち去ろうとした瞬間だった。


 ドサッ

 アイクとセネリオが倒れ始めた。
「アイクさん!?セネリオさん!」

 ティアナとエリオ、キャロが駆け寄って体を揺らすが意識はない。
 その様子をおびえた目でヴィヴィオが見つめていた。



(ここは…)
 暗闇の中。だが、意識がある。この感覚には覚えがあった。

(また女神ですか。)

――――――その通り。

朗らかな、しかし優雅な声でアスタテューヌが受け応えした。

――――――アイク、あなたの加護を封印しようと思って。

(封印?どういうことだ?)

――――――あなたの中に、女神の力を封じ込めるの。これで、女神の加護同士の反発は起こらないと思うけど…

(何かあるんですか?)

――――――これは、あくまでも封印。あなたがその封印を解きたいと願えば、いつでも簡単に解けてしまう、脆いもの。強い心でまたそれを封じ込めればいいんだけどね。

 そういって、アスタテューヌは女神の加護の封印を施す。

――――――これでよし。あとは、何か聞きたいこととかある?

(…罪を償うには、どうしたらいい?)

 先ほどの問いを、女神に尋ねる。その姿は、さながら懺悔のようだった。

――――――じゃあ、あなたは何の罪を許されたいの?

 穏やかな声で尋ねる。
(俺は…?)
 何を許されたいのだろうか。
 父を見殺しにしたことか。それとも、戦争で多くの命を奪ったことだろうか。
あるいは、その両方か。

(…人殺しの罪だ。)
 全てをひっくるめた、アイク自身の罪だった。

――――――…そうね。今は、まだ答えはあげられない。それは、私から与えるものではないわ。

(そうか…)

――――――でも、ヒントくらいならあげられるわ。「その罪で苦しんでいる人は、あなただけではない。」

(なんだって?)
 そう尋ねるが、それがアスタテューヌに届くことは無く、視界は光に包まれた。




 目覚めた場所は、先ほどのヴィヴィオ達がいた部屋だ。
 どうやら、壁にもたれかかって寝ていたようである。
「あっ!目が覚めましたか!」

 そう言って、エリオとキャロがヴィヴィオを置いて駆け寄ってくる。

「突然どうしたんですか?」
「どこか悪いところでもあるんですか!?」
 目覚めた二人に質問を浴びせる。
 その様子をおびえながらヴィヴィオが見ていた。

「…大丈夫です。ところで、あなたたちは何を?」
「え…と、なのはさんたちが、この子のことよろしくって…」

 ずいぶんと災難な話だった。
「………もしかして、それは僕たちもですか?」

 冷たい声でセネリオが聞く。
「えっと…そうしてくれると、ありがたいん、ですけど…」

 苦笑を浮かべ、冷や汗を流しながら頼み込む。特にすることも無かったので、
「まあ、いいでしょう。」
 と意外に乗り気であった。

 だが、それで彼の人見知りは治るわけもなく、アイクの見た目が変化するわけでもないので、ヴィヴィオが彼らに懐くまでに2時間の時間を有したのだった。





 すっかり暗くなった景色に浮かぶ満月と街のネオン。
 それらをいつもの河原で眺めながらアイクは傍らにあるラグネルを握り締め、アスタテューヌが言ったことを考えていた。

―――――「その罪で苦しんでいる人は、あなただけではない。」
 冷静に考えれば、その意味はおのずと理解できた。

(俺が共に戦った人たちは、この罪を抱えているんだよな…)
 人殺しの罪を抱えて、なお生きる。誰がどこで暮らそうと、その事実は消え去ることはない。
 それでも、あいつらは生きている。
 ミカヤ、サザ、傭兵団の皆、クリミアの王宮騎士団――――
 挙げたらきりがない。
 彼らは罪と向かい合うなり、逃げるなりしているのだ。もしかしたら、答えを出していないのは自分だけではないか、と俯きながら思う。

(やはり…殺人の罪は…)
 アイクの中に一つの答えが浮かぶ。償うでもなく、逃げるでもなく。
(「死」によって償われるのか?)
 それはよくあること。多くの人を死に追いやった人物は死によって償われる。
 そんな考えが頭をよぎった瞬間だった。

「アイクさん、またここにいたんですか。」
 ティアナがやってきた。バリアジャケットを着ている姿からして、夜の訓練が終わったところだろう。

「なぜ俺がここにいると思ったんだ?」
「だって、前にもここに来たじゃないですか。」
 笑顔でそう答える。そして、アイクの隣に座る。

「まだ…悩んでるんですか?」
「俺の罪はそう簡単には消えない。そこで、償う方法を考えていてな…」
 なぜか、ティアナにはこの悩みを打ち明ける。
 心のどこかで彼女を許している証拠だった。
「俺は、「死」をもって償うべきなのか…」

 その言葉に、ティアナは激怒した。
「そんなことあるわけないじゃないですか!!」
 いきなりの怒号に、アイクは目を丸くする。
「死んで償うなんて、そんな悲しいこと、言わないでください…」
 そして、涙目になっていく。

「ティアナ…」
「お願いです、死なないで…」
 どうやら、慰める立場と慰められる側が入れ変わってしまったようだ。
 アイクは、最初の方こそ驚いたものの、少しづつうれしさを感じていた。
 これまで傭兵として生きていたアイクにとって、ここまで自分の心配をしてくれることがありがたかったのだ。

「落ち着いたか」
「はい……」
 アイクに泣きついて、8分ほどが経過した。
「すみません…」
 顔を真っ赤にして謝るティアナ。対して、アイクは穏やかな気持ちになっていた。
「でも、とにかく死んで償うのはなしですよ?」
「わかったさ。」
 ぶっきらぼうに告げる。
 そして、戦いの中で見せる微笑とは正反対の柔らかい微笑みを浮かべた。

「ティアナ…ありがとう。」
 その言葉と微笑みを受け取り、ティアナはさらに真っ赤になる。
「はい…」
 俯きながらも、その顔はとても嬉しそうだった。



「さて、そろそろ戻るか。」
 そう言って、アイクが立ちあがる。
 それに続き、ティアナが立ちあがろうとしたところ、
「ッ…」
 ぐらり、と体が揺れる。立ちくらみだろう。
「おっと…」
 その体をアイクが抱きとめる。とっさにティアナは離れようとするが、立ちくらみが抜けきっていない。
「あ…」
「部屋まで送ってやろう。」
 そういって、ティアナをお姫様だっこする。また顔が真っ赤になったが、アイクはそんなことには気づかない。

 そうして送り届けられたティアナは数日の間、スバルにその手の話題でいろいろとつつかれることになるのだった。




  時は少し前にさかのぼる。


 デイン王城:王室

「サザ、ベグニオンに行くわよ。」
「ミカヤ、何を―――」
「ひとつ、確かめたいことがあるの。」

 To be continued……


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最終更新:2011年05月20日 22:40