『マクロスなのは』第22話「ティアナの疑心」



六課にサジタリウス小隊が来てから2週間。ティアナ・ランスターは不安に苛まれていた。
なのはの〝個人的都合〟がサジタリウス小隊のさくらに対するプライベート訓練であると知ったからだ。
無論彼女はそれだけで怒るような狭い心の持ち主ではない。
そしてさくらに対してもまた、敵意を持っているわけでもない。
それどころか戦法が似ているため、ティアナはさくらに「地上における射撃戦」を。逆にさくらは一撃必殺である「魔力砲撃による狙撃」を教えたり、果ては部屋に招待して泊まり会を開くほどに馬が合った。
そんなティアナが不安に思うこと、それはさくらの技量向上のスピードが異様に早いことだった。
年齢も階級も2つ~3つ上であることは確かだが、それ以上の何かがあるような気がしてならなかった。
そこでティアナは朝早く起き出し、訓練を覗くことにした。

(*)

0530時 宿舎
そこの玄関では、一通り身支度したティアナが訓練場に向かって走っていた。

(やっば・・・・・・30分も過ぎちゃってる・・・・・・)

ティアナはその身の不覚を恨んだ。
朝起きると、すでにさくらから聞いていた開始時刻、5時を回っていたのだ。
そして彼女にはもう1つ不覚があった。それは─────

「ねぇティア、さくら先輩頑張ってるかな?」

背後を走る青い髪にハチマキを着けた相棒が聞いてきた。
彼女の相棒であるスバルは、今回朝が早いため起こさないつもりだった。しかし寝坊に慌てたティアナは、起き上がった際に頭を二段ベッドの上の段にぶつけ、そこで寝ていた彼女を起こしてしまっていた。
ティアナは走る速度が鈍らないようにしながら振り向く。

「たぶんね。でもいいの? あんた、昨日遅く寝てなかった?」

ティアナの脳裏に、家族に手紙を書くため机に向かっていたスバルの姿がフラッシュバックする。
しかしスバルはかぶりを振った。

「ううん。私の体は2~3日寝なくても通常行動には何の問題もないように〝できてる〟から全然大丈夫ぅ~。それに、ここまで来て引き返せないよ」

「ま、そうよね」

そうこうするうちに訓練場に到着した。しかしなのはにも、さくらにさえ見学しに行くことを言っていないため隠れて見ることになる。
茂みに隠れ、模擬戦をやっているらしいなのは逹を見つけたスバルが一言。

「実戦さながらだね・・・・・・」

彼女の言う通り、訓練場を超低空で浮かぶなのはとさくらの2人は、中距離で撃ち合い激戦を繰り広げていた。

──────────

さくらのカートリッジ弾がなのは目掛けて発砲される。
なのははそれを数発迎撃するが、数が多いため魔力障壁とシールド型PPBを併用して幾重にも張り巡らす。
そうして着弾したカートリッジは1番外側にあった魔力障壁に着弾し、そこで爆発した。
爆発は一瞬にして障壁を破り、内部のもう1枚を破るが、外から3枚目に展開されたシールド型PPBに完全にブロックされた。
いわゆる〝スペースド・アーマー〟の原理を応用したシールド展開術だ。
最近アップデートされたカートリッジ弾は、成形炸薬型と触発または遅発砲弾型、そして空中炸裂型の3種類のモードの選択が可能だ。
成形炸薬型は装甲を高温高圧のジェットで溶かし、内部の乗員(主に装甲車の)を殺傷する質量兵器の成形炸薬(HEAT)弾と同様に、炎熱変換のジェットでそれを行う。
〝スペースド・アーマー〟は、主に装甲車に使われる機構で、対成形炸薬装甲として有名だ。
高温高圧のジェットは最初の1枚目で最大の威力を発揮する。そのため1枚目と2枚目の間の空間を設けることにより、ジェットを減衰、無力化するのだ。
さくらの発射したのはホログラム弾だが、ホログラムによってこの現象が精密に再現されている。
しかし残念ながらこの現象は1秒に満たない間に起こるので、ティアナ逹にはなのはがシールドを2枚犠牲にして身を守ったとしか認識できなかった。
なのははシールドを解除すると、その機動力を生かしてローリングするように次弾を回避して同時に反撃に転じる。
放たれた10を超える大量の魔力誘導弾。1発1発に〝撃墜〟という揺るがぬ意思のこもった誘導弾は鋭い機動でさくらに迫る。
さくらはEXギアからチャフとフレア。ライフルからは魔力弾を連続発射して後方から迫るそれらを撃ち落とす。輝く光弾に数発の誘導弾が吸い寄せられ、無益に自爆した。
その間もなのはから次々と畳みこむように放たれる誘導弾。その数は最初から数えて40は超えているだろう。
さくらは迎撃を続けながらも健気に牽制射撃を織り混ぜ、ようやく空中炸裂設定のカートリッジ弾の弾幕で作った散弾でなのはに回避の時間を作らせることに成功する。
しかし稼げた時間はコンマ5秒に満たない。
それでもさくらはなのはから無理やりもぎ取った隙を突いて、したたかに生成していたらしいハイマニューバ誘導弾で応戦した。

──────────

ティアナはその模擬戦を見ながら息を飲んだ。
いつも自分達がやっている模擬戦のほとんどが、例え難しくともクリアが可能なように作られたゲームに感じられる程の息つかせぬ攻防。
これほど内容が密ならば、短い内に技量が格段に向上するのもわかる気がする。
しかし同時に、ある疑問が頭をもたげた。

(どうしてなのはさんは私達にゆっくりと基本ばかり教えるんだろう・・・・・・?)

確かに4人もいるため、多少ゆっくりになることがあるかもしれない。しかし最近では個々の訓練になって手が足りないというわけではないはずだ。
またなのはの教導は、ティアナのアカデミーの教官曰く、

「期間は短いが、テンポよく、スピーディー。内容がしっかりしており、エースの名に恥じぬ教導」

と絶賛していた。
つまりなのはは極めて短時間で新人を1人前まで叩き上げられるということになる。
しかし自分は教導が始まって5カ月が経ったというのに、強くなった〝実感が〟持てずにいた。
そしてそのことが、彼女は1つの結論を導き出させてしまった。

「なのはさんは・・・・・・私達に手を抜いてる・・・・・・」

「え?」

スバルがキョトンとした顔で振り返る。
そんな彼女にティアナは自分の結論を並びたてた。
スバルはそれを静かに聞いていたが、どうも懐疑的だったようだ。
しかしこちらの言い分も理解できると見え、折衷案を提案してきた。

「じゃあ、今度の定期模擬戦で、なのはさんに勝っちゃうってのはどうかな?」

スバルの言う定期模擬戦とは、数ある模擬戦の中で唯一日程の決まった模擬戦の事だ。
基本演習の合間に行われる模擬戦は〝抜き打ち〟が常道だが、普段忙しいフェイトが参加するため、やむを得ずスケジュールとして組み込まれていた。
この模擬戦は、今目前で行われている2人の模擬戦に負けず劣らずハードであり、形式は分隊ごとに分隊長vs新人2人で行われる。ちなみに新人の目標は隊長に一撃を与えることだ。
この5カ月で4度行われたが、スターズの2人は3度完璧に押さえ込まれ、4度目で初めて時間切れという引き分けに持ち込んでいた。
なのはによると、訓練の進度に応じて難度を上げているため、引き分けられれば十分合格だという。
確かにこれに勝てば、彼女の驚きは大であろう。

「面白そうね。でも訓練どうりやると引き分けちゃうから、何か秘策を考えなきゃ」

2人はその後、時間が許すまでその場で対策を考えた。

(*)

12時間後

ティアナとスバルの2人は通常の訓練を終え、宿舎の反対側にある雑木林に集まっていた。

「ティアは何か思いついた? 私は全然~」

早くも投げ出した相棒に不敵な笑顔を見せてみる。

「大丈夫、ばっちりよ」

サムズアップ(握った拳から親指を上に突き出す動作)して見せると、スバルは

「さっすがティア!」

と囃し立てた。

「じゃあ作戦を話すわよ。まず、通常のクロスシフトAを装うの」

クロスシフトとは、2人の戦術の名前だ。
ティアナの射撃で敵を釘付けし、スバルが接近戦で止めを刺す方法がA。その逆のBの2種類がある。

「私は最初にクロスファイアで誘導弾をばらまいて姿をくらますから、あんたはなのはさんを、まるでこっちが本命であるように見せかけて釘付けにして。そのあと私が砲撃する」

「え? ティア、砲撃はまだ時間がかかるから無理だって─────」

そう言うスバルのおでこを軽く指で弾く。

「バーカ、フェイク(幻影)に決まってるでしょ。第一、私の砲撃が歴戦のなのはさんの魔力障壁を貫けるわけない。引き分けならそれでも良いけど、私達は勝たなきゃいけないの。だから私は─────」

ティアナはカード型になったクロスミラージュを起動、2発ロードする。
果たしてそこには銃剣を着けた一丁拳銃の姿があった。
ティアナが接近戦という発想がなかったスバルが絶句する中、話を続ける。

「これならシールドを切り裂いて一撃を与えることぐらいは、できるはずよ」

スバルも驚くとうり、なのはも想定していないはずだ。訓練では射撃と指揮が主な内容で、接近戦など習ってない。
失敗すれば一網打尽だが、成功すれば見返りは大きい。
ティアナは作戦に確かな手応えを持って、特別訓練に臨んだ。

(*)

その後1週間、通常の訓練の合間を縫ってスバルと新戦術〝クロスシフトC〟の訓練に明け暮れた。
内容は主にティアナの近接戦闘の訓練と、上空に止まるであろうなのはへの隠密接近である。
近接戦闘についてはスバルは臨時教官として適役であり問題はなかったが、接近方法に難があることがわかった。
空を飛べない2人はスバルのウィングロードが〝空〟への唯一の足場であり、スバル自身はマッハキャリバーのおかげで約90度の斜面を余裕で登る事ができる。
しかし己の足で走るしかないティアナにはスバルの使用する急斜面のウィングロードは使えない。
しかしティアナに合わせるという客観的に見て極めて特殊で無駄な機動はなのはに作戦が感ずかれる可能性があり、訓練は困難を極めた。
そこは結局

『どうせ1発勝負なんだから』

というティアナの一言により、なのはの上空を通るウィングロードを敷き、そこにクロスミラージュのアンカーを打ち込んで一気に上がる案が採用されることになった。

(*)

模擬戦前日の夜

2人は特訓による最終調整を終え、明日に備えての余念がなかった。
いつもはデバイスの自己修繕機能やクリーニングキットによる整備、1回で終わらせるところだが、今回はオーバーホールして1部品ごとに磨いていた。

2100時

オーバーホールを始めて1時間が経ったこの時、2人の部屋に訪問者がやってきた。
〝ピンポーン〟というインターホンに、ティアナはトリガープル(引き金)を磨く手を休め

「開いてますよ」

と訪問者に呼び掛けた。

「失礼します。うわ・・・・・・なんだか凄いことになってますね・・・・・・」

入ってきて目を白黒させたのは、さくらだった。
確かに部品数の比較的少ないティアナはともかく、可動部が多いため必然的に部品数も多いスバルのデバイスの部品が、床一面に広げられている光景は驚くに値するだろう。

「こんばんわ~さくら先輩」

マッハキャリバーのローラー部を組み立て、油を挿すスバルが手許から目を離さずに挨拶する。

「こんばんは。明日の準備ですか?」

さくらの質問にティアナが頷き、作業に戻る。

「そうですか・・・・・・じゃあ、邪魔しちゃ悪いですね。私の教導期間はもう終わりましたから、また明日にでも〝これ〟やりましょうね」

さくらはトランプをシャッフルする手真似をする。

「は~い。待ってますよぅ~」

スバルの返事を聞くと、さくらは出ていった。
さくらが持っていた冊子には、2人とも気づかなかった。
この時もし、もっとさくらと話を続けていたら、この先の未来は違ったかもしれない。

(*)

さくらはロビーに着くと、ソファーに座り、何度も読み返したその冊子を再び開いた。
それは20ページほどで、訓練終了とともになのはから

「今後の参考に」

と貰ったものだった。
そこにはこの3週間の訓練記録や今後の「近・中距離機動砲撃戦術」の発展予想。短い今回の訓練期間で抜けきれなかったクセの解消方法や、この戦術のバルキリーへの転換に関するアイデアやアドバイスなどのあれこれが書いてある。
しかもこれらは全てなのはの経験に基づいて書かれており、とてもデータベース化して〝量産〟されたどこにでもあるような対策集とは違う、思いやりがあった。
なぜならどれも自分の特性に合わせてわざわざ新たに書いてくれたものらしく、彼女の砲撃のように正確に的を射ている。
そんな目から鱗の冊子の最後にはこう〝手書き〟で書かれていた。


──────────


3週間の訓練ご苦労様
さくらちゃんはこの3週間よく頑張ったと思います。
戦術はテクニックさえ身につければできるものではなく、基本の習得が最低条件です。だから少し厳しかったかもしれないけど、よく着いてきてくれました。ありがとう。
でも1つ、謝らせてね。
演技でも意地悪な態度を取ってごめんなさい。本当はうちの4人みたいにゆっくり、優しく教えてあげたかったのだけど、出来なくてごめん。
これからも空を守る友達でいてね。
私はさくらちゃんと一緒に空を飛べる時を楽しみに待ってます。

高町なのは

Dear my friend 工藤さくらちゃんへ


──────────


さくらは読み返すうちに何度も込み上げる嬉しさに身震いした。

(やっぱりなのはさんはいい人だった!だってずっと私を見ていてくれたんだもの!)

こうしてなのはの教導の卒業生から構成された俗に言う〝なのは軍団〟の名簿にまた1人、その名が加えられた。
そこに宿舎内に併設された大浴場から出てきたのか、マイ桶にタオル等を入れて持つ、アルトと天城が現れた。

「よう、さくらちゃん。どうだい、訓練の方は?」

なんにも知らない天城が聞く。彼はこの3週間、アルトとの模擬戦と小隊としての任務(スクランブル待機など)に徹していた。
そのためこの3週間で20数回あった敵出現の報の内、小規模だった15回は天城と基地航空隊のCAP任務部隊のみでケリをつけていた。
この働きのおかげで、六課の4人やさくらの訓練を中止しなくてもよくなり、大変感謝されていた。

「はい、今日終わりましたよ。とてもいい経験ができました。これも支えて下さった天城さんやアルト隊長のおかげです。本当にありがとうございました」

アルトは深々と頭を下げるさくらから、机に広げられている冊子に視線を移す。

「お、早速読んでるみたいだな」

さくらは顔を上げて

「はい!」

と頷くと、冊子を手に取り胸に抱く。

「もう感動しちゃって・・・・・・まさかここまで私のために考えてくれているなんて!」

「だから言っただろ。諦めずに頑張ることだって」

「はい!アルト隊長のお言葉があったればこそです!」

シンパシーで通じ合っている2人はともかく、天城にはなんのことかわからず首を捻るが、2人は構わず話を続けていった。

「それにしてもアルト隊長の言う通りですね。ティアナさん達が羨ましいです」

なんでもさくらは冊子を受け取った後、なのはから六課の4人の分を見せてもらったという。
なのはによると、4人の教導がちょうど半年になるため、明日の模擬戦終了時に渡すらしい。

「ページ数は同じ20ページぐらいだったんですけど、内容の密度がすごいんです!よく入ったなぁ~ってぐらい」

「・・・・・・そういえば、俺も20ページ前後だったな。何かこだわりがあるのか?」

「はい、なのはさんによると─────


──────────


2時間前 六課隊舎3階 中央オフィス

ズラリとコンピューター端末が並ぶ中、さくらとなのはは通常勤務時間外で他には誰もいないこの部屋に来ていた。
なぜならなのはに明日4人に配ろうと思っているという冊子の添削の助言を求められたためだ。
さくらはまだ電子情報の文書をスクロールしていく。

「・・・・・・あの、なのはさん、どうして20ページに収めようとするんですか?この内容だと50ページぐらい使った方が無難だと思うんですが・・・・・・」

さくらは〝極めて〟よくまとまった文書を批評する。さくらの目には、この内容を記載するのに、A4用紙12枚(表紙、背表紙で2枚)は余りに少なく映った。
文字が小さくて多い、俗に言う〝マイクロフィルム〟のようだ。というわけではない。
図は効果的に使っているし、紙一面文字がびっしりというわけでも、文章の構成が下手というわけでもない。
たださくらには、行間からにじみ出る〝文字にならない声〟が聞こえて仕方ないのだ。
つまり、なのはの言いたいことがまだあるような気がしてならないのだ。
この寸評に、なのはは頭を掻いて

「う~ん、そうなんだけどね。今まで教導してきたみんなにこういうのをを渡してるんだけど、だいたいこれぐらいじゃないと実戦で活用しきれないんだよねぇ・・・・・・」

と困った顔。
どうやらこの20ページというのは経験則に基づいた数字らしい。
確かに貰った方も、多すぎて覚えきれなければ扱いきれないことになる。
ならばまとめた方が覚えやすいかもしれない。それに彼らにはまだ半年の教導期間があるのだ。

(覚える時間がそんなにないティアナさん逹にはちょうどいい分量なのかもしれないな)

さくらは思い直し、文書に目を戻した。


──────────


「なるほどな。あいつらしい理由だ」

思い返すと、アルトの冊子も確かに要点のよくまとまった構成で、重要事項を後で思い出すのに苦労した覚えがなかった。

「はい。それに時間が長かったせいか内容がよく練ってあって・・・・・・ちょっと、妬いちゃいますね」

さくらがいたずらっ子のような笑顔を作る。

「そうだな。あいつらに、なのはの優しさが伝わってるといいんだが・・・・・・」

アルトの呟きにさくらも

「そうですね・・・・・・」

としみじみ頷いた。

(*)

ティアナが目を開けるといつもの天井が見えた。
〝二段ベッドの上の段〟という名の天井は、ティアナの現(うつつ)への帰還に気づいたのか、ガタガタ揺れる。

「おはよ~、ティ~ア~」

顔を横に向け、天井の端から伸びる逆さの相棒の顔を意識のはっきりしない頭で数十秒眺める。するとやっと脳の言語中枢がアクセス状態になり、相棒の言った言葉の意味が、頭の中で固まる。

「・・・・・・おはよう。あんた、顔真っ赤よ」

「それはティアがなかなか返事してくれないからぁ~!」

彼女はそう言って頭を上に引っ込めた。
ティアナは起き上がろうとして、自らの右手が枕の下に入っていることに気づいた。

「・・・・・・あれ?」

引っ張ってみたが抜けない。
だが彼女の朦朧とした頭は〝なぜか?〟という問いを考えることを放棄し、枕に乗った頭を浮かせて抜くことに専念した。
すると、ゆっくり動き出した。
〝スーッ〟というシーツと枕を摩擦する音と共に出てきたのは縛ってあるのではないか?と、疑いたくなる程しっかりと握られた拳銃形態のクロスミラージュだった。
確か昨日、ベッドの中で目視による最終点検をしていたうちにウトウトしてそのまま眠ってしまったらしい。
初陣でゴーストを前に、クロスミラージュを落としてしまったことに悔しい思いがあった。そのため寝ながらも体の一部のように握り続けていられたのはこれまでの訓練の賜物だろうか?
ともかく、それを見て始めてティアナの意識は覚醒した。

(そうだ。今日はXデーだったわね)

ティアナはムクリと起き上がると、頬を叩いて気合いを入れ直し、洗面台へと向かった。

(*)

「―――――はい、それでは今月の定期模擬戦、行ってみようか!」

「はい!」

市街地になった戦場(訓練場)は今、ティアナとスバル、そしてなのはしかいない。
ライトニング分隊とヴィータは遠方のビルから観戦していた。

「それでね、今日はEXギアのアルトくんが参加しま~す」

なのはの一言に唖然とする2人。それを尻目にアルトがなにくわぬ顔で参上した。

「よぅ、俺も混ぜてもらうぜ」

「何で、何でですか!?」

「安心しろ。俺は直接、戦闘には関与しない。ただ、今日はホログラムの調子が悪いだろ?」

頷く2人。今日はアルトの言う通り、静止物の具現化は問題ないのだが、ホログラム製の模擬弾などの高速移動物の映りが劣悪だった。
そのため午前、午後の訓練は共に予備の実弾(魔力が封入されている実戦用のカートリッジ弾)で行われていた。

「それでスバルが殴り合う分にはいつも通りなんだが、なのはもティアナも非殺傷設定で戦うことになる。だからもしもの時の保険だそうだ」

アルトはEXギアを着けながら器用に肩を竦めて見せた。
以前にも記述したように、非殺傷設定と言えどAランクを越えるリンカーコア保有者の砲撃は危険なのだ。
なのはの〝AA〟級の砲撃をもし、シールド等で減衰せず直撃を受けた場合、被弾場所には2度の魔力火傷を負うことになる。
魔力火傷は全身に3度で致死レベルなため、死にはしないが危険と言わざるをえない。
そこでアルトは負傷の場合の緊急搬送などの保険と言うことらしかった。
とりあえず彼の戦力外通知に安心した2人は

「バリアジャケットに着替えて」

というなのはの指示通りにすると、相棒とアイコンタクトした。
アルトが空中に飛び上がると全ての準備が整う。
ジリジリと夏の暑い日射しがホログラムのアスファルトを、建物を、そして生身のティアナ達を熱する。

「それではよーい、始め!」

(*)

ヴィータやフェイト、ライトニングの2人にアルトのおまけとして来たさくらは、ビルの中から観戦していた。
ホログラムとは便利なもので、本物と同じように太陽からの赤外線を完全にシャットアウト。また冷房がつくためバリアジャケットをしていなくともずいぶん涼しかった。
そして今そこでは模擬戦の様子が手に取るようにわかった。

「・・・・・・お、クロスシフトだな」

ヴィータがホロディスプレイに映るティアナ達を見て呟く。

『クロスファイヤー、シュート!』

その名の通り両腕をクロスして放たれた大量の誘導弾は上空に居座るなのはへと殺到する。

「・・・・・なんだ? このへなちょこな機動は?」

「コントロールはいいみたいだけど・・・・・・」

ヴィータとフェイトが首を捻る。
それらは『とりあえず数だけでも揃えてみました』とでも言って、当たるかどうかを度外視して放たれているように思えた。
「たぶんなのはさんの回避行動を抑制するのが目的ではないでしょうか」

「・・・・・・まぁ、そうか」

さくらの推測は妥当だった。これがスバルが要のクロスシフトAであるなら、なのはの回避機動の制御は必須であり、納得できる。
しかし─────

(こんな露骨な作戦をアイツがなのは相手にやるのか)

ヴィータは引っ掛かるものを感じながらもなのはに対して本当に強行突破し、弾かれたスバルを眺める内、

(新人ならそんなもんか)

と疑念を打ち切った。

(*)

「こらスバル、ダメだよ!そんな危ない機動!」

弾かれ飛んでいったスバルを、口で追い打ちする。

「すみません!でも、ちゃんと防ぎますから!」

彼女はそう返すと戦闘機動を再開した。
背後から風を切る音。それに任せて見もせずに後方から来た誘導弾をひょいと回避する。
そうして今まで存在を忘れていたもう1人の敵戦力を思い出した。

(ティアナは?)

首を回して周囲を見渡すと、左目の視界の一点が一瞬真っ赤に染まった。
残像による視界不良はすぐに回復し、ビルの屋上から伸びる赤い一条の光線が目に入った。
その先にはこちらをレーザー照準し、見慣れないターゲットゲージで狙うティアナの姿があった。

(砲撃!)

長距離スナイピングはさくらの十八番であり、彼女がそれを教えたかも・・・いや、教えるよう〝仕組んだ〟のだから使ってくるだろう。さくらの訓練を認めたのもその目的を達成するためでもあったからだ。

(ちょっと失敗だけど・・・・・・うん、まぁ合格かな)

レーザー照準によるロックは正確だが、こちらに発見されるリスクを増やし、事実こちらが発見できたので失敗だ。
だがティアナなら通常のデバイス補正でも十分当たるだろうし、その場合不意討ちなので十分勝算がある。
ティアナ達は私のシールドを絶対破れない聖壁のように思っているようだが、実はそうじゃない。
2.5ランクダウンした私は、すでに成長したスバルの攻撃を受け止めるのに精一杯で、続く砲撃を受け止めるなんてとてもじゃないけどできない。
だから今回の模擬戦は自信が付くように〝普通に頑張れば十分自分に一撃を与えることができる〟ような戦力配分がなされていた。
そして絶妙なタイミングでスバルが再び迫る。
私はティアナを見なかったことにすると、スバルに相対した。
こちらが放つ誘導弾を、スバルは機動と迎撃で乗り切り殴りかかって来る。

「うぉりぁぁぁ!」

打たれたその腕は轟音とスパークと共にシールドに当たり、進攻を止めた。

(さぁ、今だよ!)

なのはは待ったが、なかなか撃って来なかった。

(*)

こうして、彼女の思いを他所に、ティアナ達の作戦が最終段階を迎えた。

(*)

ティアナは幻影を連続続行にすると、自身に光学迷彩とクロスミラージュのOT『アクティブ・ステルス・システム』を作動。隠れていたビルの1階から出る。
あれほど

『ティアナ・ランスターここにあり!』

とわざわざレーザーポインターで示したのに、〝気づいてもらえない〟とは。
自分がここにいないという引き付けが十分でないかもしれないが、予想通りの場所でスバルと相対している今が好機だ。
ティアナはアンカーを2人の相対している上空のウィングロードに打ち込み、巻き上げて急速に上昇していく。
まもなく幻影は解除されるだろうが問題ない。何しろあの幻影に気づいていないのだから。
そしてついに2人を通り越して最高点へ。
ティアナは右手のアンカーを頼りに天井(ウィングロード)に足を着くと、左手のクロスミラージュを2発ロード。魔力刃を展開する。
激突した2人は1歩もその場を動かない。
ティアナは自らを言い聞かせるように呟く。

「バリアを抜いて、一撃!」

最終目標地点をロックオン!
ティアナは意を決し、アンカーを解除すると同時に天井を蹴った。


この日、白い悪魔は確かに降臨したという・・・・・・


To be continue ・・・・・・

――――――――――
次回予告

「あら、もう完成させたの?」
グレイスは変更リストに載った『ユダ・システム』の一行にそう呟いた。
次回マクロスなのは第23話「ガジェットⅡ型改」
「幸運を」

――――――――――




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年08月17日 23:12