炎と煙、そして構造物の破片を周囲に撒き散らしながら、魔神はビル内を破壊しつつ突き進んで行く。
進路上にあるものはことごとく薙ぎ倒され、凄まじい破壊から逃げようと右往左往する人間たち。
ビルの外壁を突き破ると、魔神はゆりかごから人型に変形しつつ、オフィス街へ着陸…というよりは
墜落する。
路上にある車・街路樹・街灯が、前転姿勢でゴロゴロ転がる魔神に潰され、弾き飛ばされ、人々が
パニックに陥って逃げ惑う。
魔神はそのまま突き当たりにあるアール・ヌーヴォー様式のオフィスビルに激突し、瓦礫が上から
降りかかって来た。
石材や金属材の破片を振り払いながら立ち上がると、メガトロンは右手あるなのはの身体を顔の前に
持って来る。
意識不明の重体に陥っているのは、生命反応を確認するまでもない。
「ふん、やはり儂の相手はあいつにしか務まらんか」
そう呟くと、興味を失ったメガトロンは、なのはを無造作に放り捨てた。「なのはーっ!!」
なのはの身体が路面に叩き付けられる寸前、駆け付けたヴィータが抱き留めた。
ヴィータ自身もスタースクリームにやられたダメージで身体のあちこちは傷だらけだっだが、それには
構わずなのはに必死になって呼び掛ける。
「なのは! おい、しっかりしろ!」
いくら呼び掛けても何の反応も返って来ない状態に、ヴィータの呼びかけが途絶える。
力なくもたれるなのはを呆然と見つめるヴィータの脳裏に、ある光景が浮かび上がっていた。
純白の雪を染める夥しい量の鮮血。
背後から胸を貫かれるという、命に関わる重傷を負いながらも、なおもヴィータを気遣うなのは。
だが、あの時はなのはにもヴィータの呼び掛けに応えられる程度の意識がまだあった。
今は意識不明で身体が何箇所も複雑骨折や粉砕骨折している事、そのどれもが致命傷になりかねない
重大なダメージである事が、こうして抱えているだけでも判る。
胸が微かに上下しているのが分からなければ、死んでいると思っても不思議ではない。
ヴィータの眼に、深く青い怒りの炎が浮かび上がった。
なのはの身体を優しく横たえると、ヴィータは立ち去ろうとするメガトロンに振り向く。
「てめぇ…待ちやがれ!」
ヴィータには眼もくれず、メガトロンは悠然と歩を進める。
「待てっつってんだろ!」
そう叫んで鉄球を一個撃ち込むと、ようやくメガトロンは止まって振り向いた。
「何か用か? 人間」
メガトロンは面倒臭そうに言うが、それが余計ヴィータの怒りを煽る。
「許さねぇぞ! よくも…よくもなのはを…!」
怒りに燃えてグラーフアイゼンを構えるヴィータを、メガトロンは無関心に見遣るだけだった。
「止めておけ、貴様では儂には勝てん」
「うるせぇ!」
「無駄死にしたくなくばその人間を連れて立ち去れ。今ならまだ助かるかも知れんぞ」
そう言って背を向けたメガトロンに、激昂したヴィータが跳び上がってアイゼンを振りかぶる。
メガトロンはそれを軽く避けると、右腕のチェーンメイスを出して逆にヴィータを殴り飛ばす。
直撃を受けたヴィータは墜落しかかるが、何とか体勢を立て直して落ちるのを防ぐ。
なおも怒りを燃やしてメガトロンを睨み付けるヴィータに、メガトロンは凍り付くような冷たい
視線を浴びせながら言った。
「来い、試してやる」
グラーフアイゼンにカートリッジが立て続けに装填されるとギガントフォルムへと変形し、ヴィータ
の足元にベルカ式魔方陣が展開される。
次いでアイゼンの槌部分の前にドリルが、尾部にはジェットエンジンの噴射口が現れる、ヴィータ
の切り札“ツェアシュテールングスハンマー”だ。
噴射口から炎が噴き出ると、ヴィータの身体は独楽のように回転を始めた。
ヴィータは高速回転で勢いを付けて再度メガトロンへアイゼンを振りかぶる。
メガトロンが右腕を上げて防ぐと、腕を突き破らんとドリルが高速回転を始めて盛大に火花を巻き上げる。
「ぶち抜けぇーっ!」
必死の形相で叫ぶヴィータとは逆に、メガトロンは辟易したように首を振ると左腕をヴィータに向ける。
すると腕の中から砲が現れ、ヴィータ目掛けて立て続けに砲弾が発射される。
なのはが受けたフュージョンカノン程の威力ではないが、強力な砲弾の直撃を何発も受けたヴィータ
は吹き飛ばされ、なのはのすぐ横に叩き付けられた。
「ぐっ…!」
ヴィータはうめき声をあげながら起き上がると、手元のアイゼンに眼を向ける。
すると、まるでそれを合図としたかのように、グラーフアイゼンの槌の部分全体にひびが走り、粉々に
砕け散ってしまう。
「ア…アイゼン!?」
ヴィータはそう一言口にしたきり絶句する。
グラーフアイゼンがあまりにも呆気なく壊れた事が切っ掛けで、ヴィータの中で荒れ狂っていた激情の
波が静まって行く。
ヴィータは呆然とした表情で、アイゼンを握っていた手から、生死の境をさまようなのはへ眼を向ける。
結果的に自分のデバイスに無理を強いてしまった事、なのはの救護を後回しにしてしまった事…これら
の事実を否応なく自覚させられる。
それらに対する自責の念、メガトロンに対する憎悪、様々な感情がヴィータの中でまぜこぜになり、
自然と涙が溢れ出した。
「この儂に刃向かう事の恐ろしさを思い知ったか。だが、もう遅いぞ!」
その声に顔を上げると、メガトロンが二人を蟻の如く踏み潰そうと足を上げるのが見える。
「この愚か者めが、思い知れ!!」
ヴィータが反射的になのはに覆いかぶさった次の瞬間、轟音と共に巻き上がった土埃が辺り一面を包んだ。
目を開けると、ヴィータはなのはと自分が未だに潰されていない事に驚く。
何故自分たちが生き永らえているのか、疑問に思いながら周囲を見渡すと、メガトロンとは
全く別の、青みがかった銀色に四本の指が付いた機械の足の間に自分たちが居る事に気づく。
反射的に見上げると、メガトロンよりやや小柄ながら、それでも巨大な人型機械がそびえ立っている。
一瞬、新手の敵かとヴィータは警戒したが、それなら自分たちをかばう形で立つはずがないし、
メガトロンを見上げる青い光の目には邪悪さが感じられないのが分かった。
スチールブルーの装甲に包まれた機械の巨人。
ヴィータにはそれが、はやてから聞いたギリシア神話に登場する、天空を支える神アトラスを連想させた。
“アトラス”は、しばらくメガトロンと相対した後、天から響く雷鳴の如き重く響く、しかし父のような深い
威厳に満ちた静かな声で言う。
「メガトロン」
それに大してメガトロンも相手の名を呼んで返した。
「“コンボイ”か」