『マクロスなのは』第25話「先遣隊」


SMSはアクティブ・ソナー作戦が行われたその日の内に、フォールド空間の座標に向けて無人戦闘機(AIF-7F『ゴースト』)部隊を派遣した。
しかしその結果は残念なものだった。
そこには土台から外れたフォールドブースターが浮いていただけだったのだ。
その事実は関係者を大いに失望させたが、ゴーストの持ち帰ったフォールドブースターは驚くべきことを記録していた。
ブースターが外れる寸前に記録したのであろう、アルト達の緊急デフォールドした座標だ。
その知らせに一番狂喜したのはルカだった。

「やった!これでランカさん達を迎えに行けますよ!」

単体でフォールド空間に取り残された場合、生存は絶望的だった。なぜならそんなことをすれば最後、三次元の物体は時空エネルギーの圧力に耐えられず機体が即座に圧壊、自爆するからだ。
しかしデフォールドしているなら話は別だ。
大気圏の離脱及び突入。そして星間航行能力のあるVF-25の生存性(サバイバビリティ)があれば大抵何とかなるはずだった。
しかしその座標はフォールド断層内のサブ・スペースと呼ばれる使わない・・・・・・いや、使ってはいけないゲート位置だった。
この空間に開いたゲートは普段使うゲートとは違って、通常空間との相対位置に必ずしも一致しない。
つまり入って10秒でデフォールドしても隣の銀河だった。という事が起こり得る。そのため救助はフォールド空間を経由せねばならなそうだった。
―――――しかし救助の準備に取り掛かったSMSに横やりが入った。

『ここから先は我々が行おう。ご苦労』

突然の通達。差出人は新・統合軍だった。
最近風当たりの悪い新・統合軍としては、目に見える成果が欲しかったのだろう。
〝救出〟という美味しいところだけ持っていく理不尽で一方的な申し出だったが、悔しいことにSMSは民間企業であり新・統合軍は大切なスポンサーだった。
そうして今度はその座標に救援の先遣隊として統合軍のゴーストが一機送られることになった。
そのゴーストはフォールドクォーツを応用した通信機が装備されており、これを中継器として向こう側とのリンクが確立できるはずだった。

(*)

新・統合軍 ステルスクルーザー艦内 統合指揮管制所

そこでは一人のオペレーターがフォールド空間に突入したゴーストのオペレートを行っていた。

(なんてことはない。いつもの飛行をすればいいんだ)

そう彼は自分に言い聞かせるもののふと手元を見ると、いつも扱うタッチパネル式のコンソールパネルの上に額から垂れたのであろう汗が一滴滴っていた。
この空調の利く艦内で汗を滴らせていたとなると、よほど緊張しているらしいことを再認識せざるを得なかった。今自分のやっていることは全銀河に名を轟かす超時空シンデレラ、ランカ・リーの救出作戦に他ならないのだ。
この作戦を見事成功させた日には、昇進させてもらえるかもしれない。それに何よりの名誉だ。そうすればフロンティアで役立たずの烙印を押されている統合軍軍人の妻や子供として肩身の狭い思いをしてるだろう家族に大手を振って歩いてもらえる。
はっきり言って何度も軍には失望させられた。

(だがフロンティアを守るのも、そこに生きる人を救うのも我らが新統合軍だ!目先の金が目当ての民間軍事プロバイダなんかに任せておけるか!)

ハイスクール時代の新・統合軍のパレードを見て、この道を自信を持って進んだあの頃の自分に間違いはないはずだ。
そうでなくとも変えて見せる。そのための力は今手許にある。世界最高峰の技術の粋を結集した「ゴースト」という力が。彼は今それを何不自由なく操作できる自分に感謝した。
事実、その技量は客観的に見ても称賛に値すべきものであった。彼のゴーストはフォールド空間の磁気嵐の中を有線で航行しているが、ある時は自身がスティックを握って誘導し、またある時は巧みな判断で磁気嵐を先読みしてゴーストの自律航法装置に指示を出した。
そうして長い航路の末、目的の座標へとたどり着いた。
ちらりとのぞいたステータス表はオールグリーン。ゴーストは無傷で辿りつけたようだ。
しかし安堵のため息など吐いている暇はない。まだ彼も、そして相棒(ゴースト)も仕事を終えていないのだ。
手元のパネルからゴーストに積んだスーパーフォールドブースターを活性化。フォールドゲートが開いた。
フォールド中継器作動確認。周囲にレーダー反応・・・・・・なし。エンジンリスタート。スーパーフォールドブースター最大出力。

「まもなくデフォールドします。3、2、1」

画面いっぱいにゲートが近づいて―――――

「どうした?」

突然砂嵐になった画面に何が起こったかわからない上官が詰め寄ってきた。
何が起こったのか分からないのは彼も同じだった。予定ではゲートをそのまま突破。後に中継器を介してあちら側とコンタクトするはずだったのだ。
ゴーストのステータス表はリンク途絶を表示し、緊急ビーコンの応答もなかった。

(ウソだろ?全部うまくいってたはずだろ!?)

操作ミス・・・・・・いや、無かったはずだ。
整備不良は・・・・・・三日前オーバーホールしたのにそれはないよな。
磁気嵐にやられた・・・・・・記録を見る限りそんな様子はない。
可能性は潰れていき、ついにはなくなってしまった。つまり、何もわからないのだ。だから彼にはありのままを伝えるしかなかった。

「それが・・・・・・リンクが切れました。原因不明です」

「なに!?」

その上官はともかく状況を確認するとゴーストの回収を最優先して、ゴーストまで伸びているはずのフォールドクォーツの粒子入りのワイヤーを手繰り寄せる。
しかしその先には何もなくて・・・・・・
彼は改めて自分が失敗したのだということを思い知らされた。

(*)

その頃マクロス・クォーターのバーでは一番美味しいところを持っていかれたため、調査隊の隊員達がクサっていた。
特に悔しいのはルカだ。

「酷すぎますよ統合軍は!後少しってところで良いだけところだけ持っていって─────!」

「まぁまぁ、ナナセちゃんには私が伝えるわ。『あなたの彼がランカちゃんを見つけた』って」

シェリルがグロッキーな彼をなだめる。ハタチ前なのに周囲に合わせてお酒を頼んだ彼だが、あれから三時間。まだ一度も口を着けていなかった。

(まったく、まだ子供なんだから)

口には出さなかった。
そこにオズマ少佐が血相変えてバーに飛び込んできた。

「隊長? どうしました?」

「統合軍の先遣隊のゴーストが消息を断ったらしい」

「「え!?」」

その場の一同が唖然とした。

(*)

先のバジュラとの闘争においてあまり目立たなかったゴーストだが、そのサバイバビリティと戦闘力は世界最高峰だ。
そう簡単に落とされぬよう戦略・戦術システムと対ハッキングプログラムは毎週のように更新され、各種探知機から武装まで毎年アップデートされている。
それが消息不明となると事態は深刻だった。
即座に合同捜査という運びとなり、再びSMSが表舞台に立つことになった。

(*)

フォールド空間

そこには精密な調査をするためSMSから派遣されたルカ率いる調査隊と護衛のピクシー小隊が展開を始めようとしていた。
母艦となっているのは新・統合軍のノーザンプトン級ステルスフリゲートだ。
今回ゴーストの行方不明の理由もわからず、まだ表向き新・統合軍の管轄として扱われているため船だけ回したらしい。

(僕達の命の重さはこの船一隻分ってことか)

ルカは艦長席に座って指揮を取るコンピューター頼りのお飾りペーパーエリートに視線を投げると、ため息をつく。
しかし彼は容姿はともかく大人だった。すぐに

(僕達だけで行かせなかったことを評価すべきか)

と思いなおすと、自らが座る艦のセンサー類が統合制御監視できる部所である科学・調査ステーションのコンソールパネルを弾いた。
艦に搭載された各種長距離センサーではゴーストが入ろうとしたフォールドゲートの座標に異常は見られない。また、レーダーにも反応はないようだった。
しかしゴーストが行方不明になったことは厳然とした事実であり、宙域に吹き荒れる磁気嵐がセンサーを妨害し、敵機が隠れている可能性も否定できない。
ルカは最新の観測データをこの船の格納庫で翼を休める己が愛機『RVF-25』に転送。その席を統合軍ではない、SMSから連れてきた調査隊の一人に任せると、格納庫に向かった。

(*)

ノーザンプトン級ステルスフリゲートは〝フリゲート〟の名に違わず配備数が多く、基本設計は30年以上変わっていない。しかし高速性とステルス性に長け、現在もマイナーチェンジしながら継続して量産が続けられて、各移民船団の主力護衛艦艇として活躍する優秀な艦種である。
それを証明する例としては、過去にバロータ戦役において第37次超長距離移民船団(マクロス7船団)が行なった突入作戦『オペレーション・スターゲイザー』の際、この重要な作戦に母艦『スターゲイザー』として同型艦が使用されていることなどが挙げられる。
さて、この艦はひし形の艦体構造と直線的なフォルムによってパッシブ・ステルス性を向上させている。また、フリゲートと言えど全長は252.5メートルと第二次世界大戦の大和型(全長263メートル、基準排水量64000トン)に匹敵し、兵装は粒子加速(ビーム)砲や反応弾を含めた各種ミサイルなので火力では比較にならない。
しかし運用重量約1200トン(質量)とまさに駆逐艦クラスであり、その差から生み出される内部空間はバルキリー隊などの機動部隊を運用するに十分な広さを提供していた。
SMSのピクシー小隊を率いるクラン・クラン大尉も愛機クァドラン・レアと一緒に格納庫にいた。
彼女の傍らにはバジュラとの抗争時からピクシーの二番機を務めるネネ・ローラが同じようにクアドラン内で出撃待機に入っている。
クランはその首に掛かるペンダントを愛しい物のように〝ギュッ〟とその手に握った。
そのペンダントの先には彼女の愛した人の遺品がある。
その彼が〝見えすぎる目〟の矯正のために掛けていたそれはアルトにとってのVF-25Fというように、今となっては彼女に掛かった呪い(カース)だった。
彼は無防備だった自分を守るために何のためらいもなくその身を盾にして死んだ。
愛のため殉じる。
『そんな陳腐な言葉』と鼻で笑われるかもしれない。しかし彼は自らや大切な友人達を守りきれたことに安堵して散った。
そのためクランはこのペンダントから彼の分まで〝生きる〟という呪いにも似た使命を背負っていた。

(ミシェル、お前は私が戦うことを望んでいないかもしれない。だが、私はゼントランなんだ。お前の守った人達は私が守り続けてみせる!)

クランは決意を新たにしながらRVF-25に搭乗を始めたルカを見やった。

(*)

『クラン大尉、僕の『アルゲス』の探知範囲から出ないでくださいよ』

「わかっている」

クランは応えると、ノイズの激しい自機搭載のレーダーから目を離した。
彼女らは今、例のデフォールド座標に向かっている。
SMSのクァドランに搭載された各種レーダーシステムは、新・統合軍より高性能のものを装備しているが、この磁気嵐の中では役に立たなかった。
一方ルカの搭乗するRVF-25の装備するイージスパックはレーダードーム『アルゲス』に代表される強力なレーダーシステムと大容量・超高速コンピューターを搭載。その索敵能力と管制能力はルカの技量も相まって本式のレーダー特化型護衛艦一隻分に匹敵し、航空隊の〝目〟として機能する。
現在ルカはその強力なレーダーシステムとコンピューターを駆使して磁気嵐を寸分の隙なく解析、ノイズを補正し、三機の中で唯一正確なレーダー情報を入手していた。
しかしデータリンク電波も撹乱されてしまうので、ルカから届く音声通信と自身の目だけが頼りだった。

『まもなくデフォールド座標です。ローラ少尉、ワープバブルの位相範囲を最大にしてください』

『・・・・・・はい』

ルカの指示に編隊の最後尾に位置するネネのスーパーフォールドブースターが全力稼働。時空エネルギーの圧力に対抗するために展開されるワープバブル徐々に大きくなり、デフォールド座標までをバブルで包んだ。
ネネはそのまま定点となり、ルカとクランは周囲を警戒しつつ前進。デフォールド座標の調査を開始する。

『─────走査完了。付近に機影なし。フォールドゲートを開きます』

ルカの声が届き、RVF-25の主翼にくくりつけられたフォールドブースターが光を発する。
目前の空間に亀裂が入り、フォールドゲートを形成した。
クランは油断なくゲートに向かってクァドランのガトリング砲を照準するが、ゲートは我関せずとばかりにそこにあるだけだ。

『・・・・・・大丈夫みたいですね』

「ああ」

どうやら取り越し苦労だったようだ。おそらくゴーストも統合軍のバカが操作を間違えて故障させてしまったのだろう。

(これだからデブラン(ちっこいの)の作る機械は─────)

と自らの搭乗するゼネラル・ギャラクシー社再設計のクァドラン・レアを棚に置いてため息を着いた。

『それじゃこのままデフォールドします。クラン大尉は先導願います』

「わかった」

彼女は応え機体を前進させようとするが、寸前で左端の方で視界を遮る〝もの〟の存在に気づいた。
胸元に入れていたペンダントが飛び出し、漂っていたようだ。
クランは危ない、危ない。とペンダントトップについた眼鏡の入った容器を掴み胸元に戻す。だがその先にあった左舷を映すディスプレイに光を捉える。
クランの手は即座に動き、ルカのRVF-25を突き飛ばした。

『うわっ!』

ルカの悲鳴と共に、さっきまでバルキリーがいた場所を5メートルほどの光弾が貫いていった。

「ルカ!今のはなんだ!?」

通信を送りながらその物体に腕部のガトリング砲をぶち込む。しかしそれらの弾幕は空しく空を切った。

『現在走査中!─────ダメだ!レーダー反応なし!目標はステルス、もしくは何らかのエネルギー体です!引き続き解析します!』

「チィ!」

クランは機体を横滑りさせて迫る黄色い光球を回避する。ルカもバトロイドに可変してガンポッドを照準、掃射するが、レーダーに映らないので普段コンピューター補正頼りの彼には荷が重い。
そうしているうちに蛇行していた光球は突然180度速度ベクトルを変えると、ルカに突入を始めた。

「おのれ!ミシェル、私に力を!」

クランはその胸に鎮座するペンダントに願掛けすると、機体の出力リミッターと『キメリコラ特殊イナーシャ・ベクトルコントロールシステム』のリミッターをオーバーライド。
機体の主機が瞬間的な200%の稼働によって悲鳴のような高周波の唸りをあげ、まるでゴーストのように設計の限界性能を引き出して加速する。
華奢な彼女の体に人間には到底耐えられない数十Gという莫大な力が働くが、メルトランディである彼女は遺伝的にハイGに耐えられる。それに"守る"と決め、そのための翼を与えられている彼女にとってそれは些末な問題にすぎなかった。
その速度そのままにルカと光球の間に割って入った。設計限界からの瞬間停止によって限界を迎えた慣性制御システムが煙をあげて吹き飛ぶが、クランの瞳はまっすぐに迫ってくる光球から離れなかった。

「ハァァァ!」

腕部にフルドライブのPPBを展開、雄叫びと共にその光球に正拳の一撃を放った。
激突した両者から発生した莫大な時空エネルギーの余波が電流として発現。クァドランの巨体を流れる。
その過電流によって機載の電子機器が次々システムダウンを起こし、沈黙していく。
しかしクァドランはいい意味でシンプルな機体だった。
その基本設計は何千何万周期もこの広い宇宙で戦い続けた『クァドラン・ロー』という機体だ。
『クァドラン・レア』はそれをゼネラル・ギャラクシー社が再設計、現代戦に対応するため多数の電子機器を装備し、武装を改装したものだ。
ゼントラーディの兵器群はプロトカルチャー設計のもので、その耐久年数は人間製のものとは比較にならない。
さる筋の調べによるとピコメートル単位の誤差すらないらしい品質の高さも挙げられるが、その設計のシンプルさが物を言っていたのだ。
その基本設計を受け継いだクァドラン・レアは元々各種電子機器などなくても操縦者さえいれば戦闘稼働が可能なほどのタフな機体だった。

『お姉様!』

遠方でワープバブルを維持するネネの悲鳴が耳を打つが、通信機はそれを最後に沈黙する。
絶縁破壊を起こした電気配線がスパークして目の前にあった前部モニターを吹き飛ばす。
腕部のガトリング砲に異常事態。それを警告するモニターがなかったが、彼女の髪の光ファイバーを利用したインターフェースによってそれを知り得たクランは緊急システムでそれをパージする。直後電子機器のスパークで弾薬に引火したそれは大爆発した。
次々機能が死んでいくクァドランの中でクランは必死に機体を操り、光球を押し留める。
おそらくVF-25やVF-27ではすでに機体は操縦者を見捨てて機能停止していただろう。
しかし各部分ごとに独立したブロック(ユニット)型という名の構造。そして正副二重(つまり四重)に確保された操縦用回線はこの状態でも操縦者を見捨てまいとなけなしの力を振り絞る。それはもはや奇跡に近い稼働だった。
その甲斐あってようやく光球は転進、左舷方向に流れていく。

「嘗めるなぁ!」

気合い一発。クランは機体前部を相手に向けると、前部を向いたまま旋回能力が死んでいた『対艦用インパクト・キャノン』をカンで照準。引き金を引いた。
元のビーム砲から対バジュラ用のMDE重量子ビーム砲に換装されたこの火器はあやまたず光球を貫き、爆散させた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

荒い息づかいがヘルメットの中を反響する。
クランは機体を動かそうと操作するが、ピクリとも動かなかった。気づけば主機である背後の『キメリコラ/ゼネラル・ギャラクシー熱核コンバータFC-2055µ』も停止している。
どうやら愛機は本当におシャカになってしまったようだった。

(お疲れ様だ。良く頑張ってくれた)

クランは敵を倒すという役目を果たして息絶えた愛機に告げると、非常用の爆裂ボルトに点火。コックピットハッチである前部装甲をパージすると、手を差し出すネネのクァドランに掴まってルカ共々母艦に帰還した。

(*)

「有人調査で判明したのは以下の通りです」

集めた調査隊員を前に、ルカは調査結果をスクリーンに投影しながら説明する。
調査隊を襲撃した光球は莫大な時空エネルギーの塊で、調査隊が磁気特性を持ち、レーダー波を発していたため自然と寄ってきたものであること。
レーダー波を吸収、結果アクティブ・レーダーで探知できないことからゴーストもおそらくこれに撃墜されたと思われることなどだ。

「─────しかし問題はこれだけではありません」

ルカはそう告げると、スクリーンに違う画像を展開する。

「これは・・・・・・次元断層シールド?」

調査隊の1人が驚愕に目を見開く。これは現代ではバジュラクイーンしか発生させたことがなく、次元断層によって位相空間内を外部の次元と隔てることで物理的な攻撃を完全に防ぐ現状では最強のシールドだ。

「はい。あの光球のエネルギー源を様々な調査結果をつき合わせて検討した結果〝フォールドゲートを自然発生の強力な次元断層シールド〟が塞いでいるという結論に達しました」

彼の説明によれば、光球がフォールドゲートを開いた時に初めて出現したことから関連性を調べてみると、開いたフォールドゲートの数値異常に気づいたという。
最初はサブスペースのゲートだからと気にしなかったが、どう考えてもエネルギーが莫大過ぎる。
そこでゲートを解析すると、どうやらアルト達が無理やりデフォールドした結果、次元連続体が寸断され莫大なエネルギーが流出。そこに溜まり、シールドを形成したらしい。

「またこれにより時空までも捻じ曲げられているらしく、波動的に変動して時間の進行速度が変化しているようです。計算上では現時点で、あちら側ではゆうに3カ月以上が経っているものと考えられます」

「それじゃランカはもう―――――!」

部下であるアルトはともかく、溺愛する妹の安否を第一に置いているらしいスカル小隊隊長は顔面を蒼白にして拳を握る。
20日やそこらならVF-25は問題なく稼働して星間航行できる程度の移動手段になるだろう。コールドスリープを使えば酸素も食料も何とかなる。しかしそれ以上となると機体はパイロットの整備だけでは維持できない。三カ月ともなれば宇宙はまず飛べまい。そうなると搭乗者達の生存率は飛躍的に低くなる。なぜなら全くわからない未開の場所で、人間にあった生存可能惑星が見つかる可能性は限りなくゼロに近い。
その事実は宇宙開拓者であった自分達がよく知っていた。

「いえ、オズマ隊長、その点は大丈夫です。あちら側には一定以上の生存可能惑星があるみたいなんです。時間の変動の正確な係数も接近した時収集したデータからランカさんのフォールドウェーブを解析してわかったものですし・・・・・・彼らはまだ、僕たちが迎えにくるのを待ってくれています」

自分達にとっては一週間も経っていない事柄だが、あちらにとっては三カ月以上。これだけ長いと捜索は打ち切られたと判断するはずだが、まだ生きて待っていてくれているという事実はオズマを含め調査隊隊員達を今まで以上に奮い立せた。
しかし―――――

「しかし現時点で二つの障害があります。ゲートを開くと溜まったエネルギーがフォールド空間に溢れ出して光球という形に発現、これが今回のように第一の障害となります。もっともこちらに関してはクラン大尉のようにバルキリーレベルの重量子ビームの直撃か金属性実体弾で消滅させたり反らすことができるでしょう。しかし第二の障害である断層シールドは現用の戦術反応弾頭、DE(ディメンション・イーター)弾頭を含めても突破は不可能です」

「ちょっと待て、それじゃアイツらを助けに行けないってのか!?」

希望が出てきたと思った矢先、絶望に落とされたことで調査隊の一人が感情も露に机を叩く。

「安心してくだい。手はあります」

「なん・・・・・・だと?」

ルカは不敵な笑みを浮かべるとそれを告げた。

「僕らには断層シールドを〝素〟で突破できるバジュラ達がいるじゃないですか」

調査隊員達は

「「その手があったか!」」

と喜ぶと、上げたり下げたりしてもったいぶったルカにオズマを筆頭とした者共からスリーパーホールドなどの〝手厚い歓迎〟が施された。

「・・・・・・バカどもが」

「そうですよね。これだから殿方は―――――ってお姉様!?」

「私も混ぜろぉ~!」

楽しそうに両腕を振り回しながら闘争の渦の中に突貫して行った大学の先輩で小隊長である青髪の少女にネネは

(これはこれでありかも・・・・・・)

と思ったそうな。

(*)

新・統合軍とバジュラクイーンを交えた協議の結果、先遣隊として個体番号1024号。通称「アイくん」、そしてブレラ中尉搭乗のVF-27『ルシファー』が選定された。
アイくんが選ばれた主な理由としては第一に赤色をした大きなバジュラ、つまり成虫バジュラであること。
そして第二に幼生の時にランカに育てられたため、個体としての知能が高く、クイーンからの誘導を切られても完全な自立行動が可能だったことなどが挙げられる。
またVF-27が行けるカラクリについては、これもまたルカの隠し球である。
実は例の断層シールドには通常兵器の単体による攻撃は通用しないが、強力な歌エネルギーのサウンドウェーブと強力な重量子ビームか、重量子反応砲の相乗効果で突破可能という結論が出ていたのだ。
そこで特定のサブスペースを探し出せる高性能センサーと重量子反応砲によって唯一あちらから能動的に帰還できるマクロス・クォーターを送り込むことを考えたのだが、ここで問題となったのは向こうとこちら側との時差であった。
最も近い時の時差でも10倍強。つまり仮にマクロス・クォーターが突入までに10秒かかってしまうと、先に突入した先端部分と後部との時差は100秒となって船体自体が引き裂かれる。
そこでSMS技術班は、フォールド空間内で外界と次元的位相を持って断絶させるフォールドのワープバブルをヒントに時差から内部空間を守る時空シールド(ディストーション・シールド)を考案した。
しかしそのための改修は数時間かかることが予想され、あちら側の時間軸で三~四カ月ほど掛かってしまう。
かと言って先遣隊であるアイくんには行った先での生活支援などできないことが多い。また、何かを随伴させようにも彼の突入方法はクォーターのようなシールドに守られた物でなく、重量子ビームで空いた穴に爪を掛けて無理やり広げ、飛び込むという荒い方法だ。
そこでその荒業時に耐え、かつアルト達の支援に対応できるであろうVF-27に白羽の矢が立ったのだった。
そして先のブリーフィングの六時間後には先遣隊の突入が真近に迫っていた。

(*)

惑星『フロンティア』の宙域ではアイくんを見送る艦艇が集っていた。
みなアイくんの所属部隊である民間軍事プロバイダ「惑星フロンティア防衛隊」の異種属混成艦隊だ。
嫌気から統合軍を飛び出した人間とゼントラーディの艦艇に加え、バジュラの空母級が実験的に一隻配備されている。規模は小さいが、半年前にさらに広域を担当する新・統合軍艦隊を突破したはぐれゼントラーディの五個艦隊を水際で一日以上足止めするという輝かしい戦歴を誇っており、その有用性を高く知らしめた現在SMS最大のライバル会社だ。
なお余談であるが、この事件は統合軍艦隊到着前にシェリルとランカを数万光年先からスーパーフォールドして輸送したSMSの介入で収束しており、新・統合軍の威厳をさらに貶め、彼らのいいとこなしの代名詞のような事件となっていた。
防衛隊主力バルキリーであるVF-171の編隊がアイくんをフォールドゲート前で待つSMSのマクロスクォーターまで送り届けると、その深緑の翼を翻しながら惑星軌道上の母艦へと戻っていく。

『帰ってこいよ!戦友!』

フォールド通信波に乗ってやってきたそのうちの一機のバルキリーパイロットの声に、最近覚えた片腕の指を一本だけ立てるという行為を返した。人間流に言うとサムズアップと言うそうで、パイロット達がやっていたのを真似てみたのだ。初めてこれをやった時にはフォールド翻訳機以外の意思疎通ができたと喜んでくれた。
それ以来険悪だった自分達と仲良くしてくれたように思う。おかげで人間とは自分の真似をされると嬉しいらしいことは〝我々全体で〟学習済みだ。
彼は今回の見送りなど破格の待遇は努力が認められて自分達、バジュラという生物もまた、人間やゼントラーディ逹にとっても戦友であり友人であると認められたからだと思っていた。

『これより未知の空間に旅立つ、アイ君に敬礼!』

アイくんにはまだ階級というものがよくわからなかったが〝この部隊のバジュラ・クイーン〟と認識する声がフォールド通信波で放たれる。
元フロンティア新・統合軍防衛艦隊司令、今の防衛隊の艦隊司令であるバックフライトの声だったそれは光を凌駕するスピードで各艦に波及して、一斉に敬礼を放たせた。もちろんバジュラ空母級の仲間達も学習を生かして敬礼の真似事をしていた。
アイくんは一度礼を言うように宙返りしてフォールドゲートへと突入していき、シェリル座乗のクォーターも続いていった。

(*)

フォールド空間内サブスペース 予定座標

今も補強などの改装作業の進むクォーターのブリッジのステージでは、シェリルがステージ衣装に身を包み、たたずんでいた。
また飛行甲板には出現するだろう光球に対して射撃を行うマイクローン化したクラン大尉の搭乗するVF-25Gや多数の人型陸戦兵器(デストロイド)がずらりと配置され、壮観な光景を出現させていた。
そして─────

「全艦、準備完了」

ディスプレイに浮かび上がった合図にキャシーの声が花を添える。その知らせに艦の長たるワイルダーは凛と号令を発した。

「野郎ども!我らの姫君に必ず〝希望〟を送り届けるぞ!作戦開始!!」

ワイルダーの号令一下アイくんの体内フォールド機関を活性化。予定座標にフォールドゲートを開いた。
同時に飛行甲板の部隊が一斉に射撃を開始し、出現した光球の撹乱を開始した。
それに呼応するようにシェリルはマイクを握りしめると歌い始めた。

〈ここからは『射手座午後9時Don't be late』をBGMにすることを推奨します〉

吹き荒れる磁気嵐に対抗するため重力制御装置が全力稼働でクォーターの姿勢を制御する。
その人工重力によって重力が歪められるが、撃ち出される弾体は距離に反比例して直進していく。
そして甲板が一瞬火山みたいに光ったかと思えば、巨大な砲弾とミサイルが飛翔して行った。
VB-6『ケーニッヒ・モンスター』の32センチレールカノンから撃ち出されたDE(ディメンション・イーター)弾四発と、両腕に装備された六門の重対艦ミサイルだ。
四発の砲弾はフォールドゲートに熱いキス。真っ黒な異空間を作り出して、シールドを削った。
一方ミサイルに釣られた腹ペコ光球は反応弾頭に匹敵する爆発に呑まれ霧消した。

「第2ステージ開始!」

キャシーの指令にアイくんは背中に背負う甲羅から伸びた巨大な針にエネルギーを集束し始め、無防備になった彼に迫る光球をVF-27自慢の高機動で動き回り、展開した弾幕がその行く手を阻む。しかしそれのみではとても間に合わない。

「持ってけぇぇぇ!」

クランは叫びと共にVF-25Gの装備するSSL-9B ドラグノフ・アンチ・マテリアル・ライフルから55ミリ超高初速MDE弾を撃ち出し、流星のようにアイくんに迫った光球のことごとくを散らし、撃墜する。
また同時に砲弾とサウンドウエーブによって不安定になった次元断層シールドにアイくんの、ゼントラーディの2000メートル級戦艦をも一撃で沈める重量子ビームが放たれた。
着弾、そして大爆発。
だがそれを持ってしても穿たれた穴は1メートルに満たなかった。
しかもそれすら徐々に閉じていく。

「飛んでけぇ!」

クランの叫びが聞こえたのかアイくんは尾を振って突進。その穴に自らの針と手を突き入れ、力任せにこじ開けようとする。
シェリルは渾身の歌で、クラン達は弾幕でアイくんを援護する。
全員思いが届いたのかシールドのヒビが広がっていく。そしてガラスの割れるような音と共にシールドを無力化。VFー27がその間隙を縫ってゲートに突入。アイくんは一度こちらを返り見るようにして突入していった。

「ゲート消失!ブレラ中尉からの通信リンク待機中・・・・・・」

クォーターのブリッジにて通信・火器管制を務めるラム・ホアが耳にインカムを押し当てながら待つ。
VF-27に積んだ特殊なフォールド通信機ですぐさま通信リンクを確立、向こうの状況を送ってもらう手筈になっていたのだ。しかしその視線の先の時差修正タイムラインが一時間、ついには一日を超えても通信リンクが確立されることはなかった・・・・・・

to be continue ・・・・・・

――――――――――
次回予告

新人たちに与えられた久しぶりの休日
しかしそれは嵐の前触れに過ぎなかった・・・・・・
そして動き出す敵の正体とは?
次回マクロスなのは第26話「メディカル・プライム」
偉大なるベルカに、栄光あれ!

――――――――――




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最終更新:2011年12月11日 20:52