貴船に降り立った昌浩たちを、無数の妖怪が取り囲んだ。猿に鳥に牛にヤギ、種類も様々な妖怪たちが大地に、木の上にひしめいている。
「大歓迎だな」
「やはりここで間違いない」
もっくんが紅蓮へと変化しながら言った。
ここは本宮のやや開けた場所だ。しかし、木々が多いので、迂闊に炎を使えない。雨が降らず乾燥しているので、下手をすると貴船が全焼してしまう。
「窮奇の姿はないな」
人間の姿に変化したザフィーラが周囲を見渡して言った。
「ならば、おびき出すまで」
シグナムがレヴァンティンを構える。
「臨める兵(つわもの)闘う者、皆陣列(やぶ)れて前に在り!」
昌浩の指先から魔力で出来た白銀の刃が放たれる。
それを合図に、運命をかけた一戦が始まった。
以前と同じ草原に出たクロノたちを、再び十二神将が出迎えた。
青龍、白虎、太陰、玄武、六合の五人だ。
「今日も引くつもりはないようだな」
青龍が険呑に言った。
「無論だ」
「剛砕破(ごうさいは)!」
青龍の手から本気の一撃が放たれる。光弾が地面に当たり、激しく土砂を巻き上げる。
クロノが思わず目を覆うと、砂のカーテンを突き破って太陰が現れる。
「またお前か!」
「またって何よ!」
クロノと太陰が空中で激しい接戦を繰り広げる。
「……」
「……」
ユーノは玄武と対峙していた。なのはの援護に行きたいのだが、目の前の敵を無視もできない。
とにかく足止めしようと、ユーノがバインドの魔法を放つ。
「波流壁!」
同時に玄武が水の結界を作り出す。ユーノのバインドが玄武を拘束し、玄武の結界がユーノの動きを封じる。
「しまった!」
ユーノは転移を試みるが、結界はそれすらも阻む。一方の玄武は涼しい顔で拘束されている。
お互いに完全に手詰まりだった。
その横では、アルフと六合が肉弾戦を演じている。
そして、
「はあああああああ!!」
「どおりゃああああ!!」
青龍と白虎が気合の声と共に、攻撃を繰り出す。
「もういやー! なんでこの人たち、こんなに怒ってるのー!?」
なのはとフェイトは男二人から必死に逃げていた。前回にも増して迫力が増している。
青龍たちが、なのはたちを執拗に狙うのは、放たれる魔力から、二人が最強の敵だと察したからだ。
飛べない青龍では、逃げられると追いきれない。それで白虎と連携することにした。白虎が空から、青龍が地上から攻める。
幼い外見に惑わされない。真っ先に全力で潰す。青龍たちはそう決めていた。
その様子を、晴明は部屋でシャマルと共に眺めていた。
「だんだん可哀想になってきたのう」
晴明としては足止めさえしてくれればいいのだが、血の気の多い青龍は完全に本気だ。
半泣きで逃げ回る女の子二人に、晴明は同情を禁じ得ない。
「晴明さんは、どうしてここまで私たちに協力してくれるんですか?」
シャマルが疑問をぶつける。窮奇退治は利害の一致としても、時空監理局の追手まで防いでくれるのはやり過ぎだと思う。
「お主たちが悪い人間には見えぬからよ」
晴明は人を食った笑みを浮かべる。
「それだけですか?」
晴明はそっと溜息をついた。今は十二神将のほとんどが出払っている。本音で語っても問題あるまい。
「わしの後継者は昌浩と決めておる。十二神将もいずれあやつが受け継ぐだろう。しかし、十二神将のほとんどが昌浩の力を疑っている。中には絶対に認めないと息巻いている者もいるほどじゃ」
「それで窮奇退治ですか?」
「そうじゃ。わしの助けなしで、窮奇を倒せば、昌浩の実力を認めざるを得まい。その後、気に入られるかどうかは、昌浩次第じゃ」
晴明が窮奇退治に本腰を入れていないのは明らかだったが、そんな理由とは思わなかった。
振り返ってみれば、十二神将が全員一緒のところを見たことがない。まさかそこまで仲が悪いとは。
(私たちは仲良しでよかった)
たった四人しかいないヴォルケンリッターの仲が悪かったら、目も当てられない。
「でも、私たちの手助けはいいんですか?」
「どこの馬の骨ともしれない連中と協力し目的を遂げる。それはそれで度量の広さの証明になる」
「馬の骨は酷いですよ」
「やや、これは失敬」
二人して朗らかに笑う。
利用できるものはすべて利用し、いくつもの目的を同時に遂げる。まさに老獪。それでいて根底にあるのは、悪意ではなく孫に対する深い愛情だ。
(家族っていいな)
これまでは漠然と家族というものを考えてきた。しかし、昌浩の家庭を見て、家族を本当に理解できた気がする。
帰ったらきっと、はやてともっといい関係が築けるだろう。シャマルは心からそう思った。
貴船の戦いは苦戦が続いていた。
延焼の危険があるので、広範囲攻撃ができないのだ。これだけ激しく攻められては、昌浩も大技を使う余裕がない。
一匹ずつ倒すしかないので、数に劣る昌浩たちは不利だった。
「くそ、この前にみたいに結界に引きずり込んでくれれば」
「泣き言を言うな。目の前の敵に集中しろ」
苛立つヴィータをシグナムがたしなめる。
「でも、このままじゃ防ぎ切れねぇよ!」
「危ない、ヴィータ!」
昌浩がヴィータを抱えて地面を転がる。鋭い爪が昌浩の肩を軽く掠める。
ヴィータはすぐさま体勢を立て直し、アイゼンで猿の妖怪を叩きつぶす。
しかし、その一瞬の攻防で、昌浩たちは紅蓮たちから引き離されていた。
紅蓮たちと昌浩たちの間に、妖怪の群れが殺到する。完全に分断された。
「やべぇ! 逃げるぞ!」
合流は無理と判断したヴィータと昌浩は、敵の包囲網の一角を破り山林の中へと入って行く。
「裂破!」
「くらえー!」
山道を駆け降りながら、昌浩の放つ術が、ヴィータの鉄球が、追いすがる妖怪を吹き飛ばす。
ヴィータ一人なら飛べばいいのだが、昌浩を置いてはいけないし、昌浩を背負って飛べば前回の二の舞だ。
脳裏に、刃に貫かれた昌浩の姿が蘇る。あんな思いは二度とごめんだ。
「ヴィータ!」
昌浩の声に、ヴィータは我に返る。
二人は川べりまで追いつめられていた。
「飛び越えるぞ!」
ヴィータが昌浩の首根っこをつかむ。
ヴィータと昌浩の体が宙に浮き、川を飛び越えようとした瞬間、川から伸びた触手が二人の足をつかんだ。
「しまった!」
振りほどく暇もなく、触手は二人を川の中へと引きずりこんだ。
「昌浩、とっとと起きろ!」
背中に衝撃が走り、昌浩は痛みで覚醒する。
うつ伏せに倒れた昌浩の背中を、ヴィータが踏みつけている。どうやら蹴り起こされたらしい。
「ヴィータ……」
「文句は後だ。見ろ」
川の中に引きずり込まれたはずなのに、そこは巨大な宮殿の中だった。
太い柱がいくつも立ち並び、本来なら玉座か祭壇があるべき場所には、巨大な翼を生やした虎が座っていた。
「窮奇!」
「我が城にようこそ。気に入ってもらえたかな」
窮奇が喉の奥で笑う。ここは窮奇が作り出した異界の中だった。
「一人で来るとはいい度胸じゃねえか! ぶっ潰してやる!」
ヴィータがアイゼンを振りかぶる。
「ふっ」
窮奇の魔力が大地を割る。そこから生じた不可視の壁がヴィータと昌浩を隔てる。
「ヴィータ!」
昌浩が壁を叩く。壁の向こうではヴィータがアイゼンを振りまわしているが、壁はびくともしない。音も完全に遮断している。
「貴様、我の配下にならぬか?」
「お前は彰子を殺そうとしている。そんな奴の仲間になんて、なるものか!」
「それは誤解だ。我はこの傷を癒すため、力ある者を欲している。だが、少しばかり血を貰うだけで、命まで奪うつもりはない」
窮奇が前足で地面を叩くと、彰子の姿が空中に浮かびあがる。
自室らしい場所で、彰子は熱に浮かされていた。その手には傷があった。
「彰子!」
「あれは我が配下がつけた刻印。決して癒えぬ傷、消えぬ傷」
傷からわき出す瘴気が、彰子の体をむしばんでいた。
「この苦しみから解放してやれるのは、我だけだ。それに貴様、この娘が欲しいのではないか?」
「!」
「我なら、その願いを叶えられる。この娘をさらい、この異界で幸せに暮らすといい。誰にも邪魔されぬ」
苦しむ彰子の姿が消え、代わりに幸せそうに笑う昌浩と彰子の姿が映し出される。
昌浩は凍りついた眼差しでそれを眺める。
窮奇がゆっくりと前に進み出る。昌浩の肩の傷から出た血が、手に伝い落ちている。窮奇は長い舌でそれを舐めとった。
窮奇の首の傷がみるみる塞がっていく。
昌浩が落ちるのは時間の問題だ。窮奇は自らの勝利を確信した。
「昌浩、昌浩!」
ヴィータが全力で壁を叩く。こちらの声は届かないが、向こう側の声はすべてこちらに届いていた。
「シャマル、転送を! シャマル!?」
シャマルとの通信が途絶している。ヴィータは完全に孤立していた。
窮奇が勝ち誇ったように目を細める。ヴィータの眼前で、昌浩が闇に落ちる姿を見せつけようとしている。
「駄目だ、昌浩!」
ヴィータが叫ぶが、昌浩は茫然と立ったままだ。
諦めかけた好きな人を手に入れられるのだ。抗えるわけがない。
窮奇の傷が癒え、魔力がますます強くなる。
(もう駄目なのか?)
ヴィータが膝を屈しかけた時、昌浩が口を開いた。
「さあ、返答やいかに?」
「……断る」
静かに、だが、はっきりと昌浩は言った。
「何故だ!?」
窮奇が狼狽する。
「ここには蛍がいない! だから、駄目なんだ!」
今にも泣き出しそうな顔で昌浩が叫ぶ。
一緒に蛍を見に行くと約束した。その約束も果たせずに、自分の思いだけを押し付けることはできない。
(そっか。お前はそういう奴だったよな)
自分の身を顧みず、他人の幸福を願える存在。ただそれだけの為に全力を尽くす少年。そんな少年だからこそ、ヴィータは惹かれたのだ。
窮奇の動揺が結界にも伝わったのか、表面がかすかに揺らめく。
「アイゼン!」
ヴィータ渾身の一撃が、結界を粉砕する。
「ヴィータ!」
「その化け物をとっとと倒すぞ!」
「おのれ! 小癪なガキどもが!」
「ガキだけじゃないぞ」
天井に裂け目が走り、シグナム、ザフィーラ、紅蓮が姿を現す。
「貴様の配下はすべて倒した。後はお前だけだ」
紅蓮が全身に炎をまといながら言った。
よほど激しい戦いをくぐりぬけたのか、全員傷だらけだ。だが、その体からは活力がみなぎっている。
「ならば、貴様ら全員喰らってやるわ!」
窮奇の全身から紅い稲妻が放射される。
ザフィーラの展開したバリアがそれを防ぐ。
「鋼の軛!」
ザフィーラの咆哮と共に、地面から無数の鋭い棘が生え、窮奇の体をズタズタに切り裂く。
「はあああああああ!」
紅蓮の体から炎の蛇が放たれる。蛇は龍へと姿を転じ、白銀に輝き、窮奇を炎に包む。
「シュツルムファルケン!」
レヴァンティンが弓へと形を変える。放たれた矢が、窮奇の眉間を正確に射抜く。
「ギガントシュラーク!」
巨大化したグラーフアイゼンが窮奇の角を叩き折る。
「舐めるな! この程度で我が倒せるものか!」
満身創痍になりながらも、窮奇の魔力は衰えない。大地が裂け、瘴気が噴き出す。
「化け物め」
あの化け物を倒すには、もっと力がいる。
『昌浩君。これを使って!』
空間に出来た裂け目のおかげで、シャマルとの交信が回復する。昌浩の足元に緑の魔法陣が広がり、中から一振りの剣が浮かび上がる。
『晴明さんが鍛えた降魔の剣よ』
昌浩は剣を手に取る。強い力を感じる。
(駄目だ。これでもまだ足りない)
昌浩はこれまで培った知識を総動員する。
自分だけの力で足りなければ、どうすればいいか。
神の力を借りればいい。ここは龍神の住まう貴船。そして、神の力を借りる最もいい方法。
それは、
「この国の言葉でお願いする、だ!」
昌浩が走る。早口で呪文を唱えながら。
窮奇の振り上げた前足をザフィーラが両腕で受け止める。
「行け!」
瘴気を避け、ヴィータが無数の鉄球を打ち出す。
「邪魔はさせねぇ!」
窮奇が怯み、翼を開く。飛んで逃げようとしているのだ。
「させん!」
シグナムが右の羽根を切りつけ、紅蓮の炎が左の羽根を焼く。
窮奇がでたらめに魔力の刃を放つ。それらが昌浩の足を、肩を掠め、血を流させるが、昌浩は止まらない。
駆け抜けた昌浩が剣を突き出す。肉を貫く手ごたえ。呪文はすでに完成している。
「雷電神勅、急々如律令!」
龍神が封印から解き放たれ、純白の雷を窮奇に落とす。
「ぐぬあああああああああああ!」
窮奇が断末魔の悲鳴を上げる。雷によってその身を焼かれ、体内で炸裂した魔力が体を砕く。大妖怪、窮奇の最後だった。
「終わった」
昌浩がその場にへたり込む。魔力はもう空っぽだ。立ち上がる気力もない。
窮奇が死んだことで、世界が音を立ててゆっくりと崩れていく。
「昌浩」
ヴィータが心配そうに声をかける。
様子を察したシグナム、ザフィーラ、紅蓮が一足先に元の空間に戻る。
滅びゆく世界には、二人しかいない。
「……俺さぁ、窮奇の誘いに乗りかけたんだ」
「…………」
「もし彰子と一緒に暮らせるなら、それも悪くないって」
昌浩の声はかすれていた。何かを堪えるように上を向いている。
「ヴィータたちとも約束したのに、窮奇を倒すって、なのに……」
昌浩が静かに嗚咽を漏らす。
ヴィータはこういう時、慰める言葉を持たない。だから、こう言った。
「私は何も聞いてない。だから、好きにしろ」
ヴィータが昌浩と背中合わせで座る。
「ごめん。それから、ありがとう。ヴィータ」
昌浩は静かに泣いた。世界が消えるぎりぎりまで、ヴィータは一緒にいてくれた。
言葉はなくとも、ただ背中から伝わる温もりが、昌浩は嬉しかった。
しとしとと雨が降る。
蘇った龍神が盛大に雨を降らせていた。
封印を解いてくれたお礼に、龍神は昌浩たちの傷を治してくれた。
一晩経って、昌浩たちは再び晴明の部屋に集められた。
「皆、本当にご苦労だった。特にシグナム殿、ヴィータ殿、シャマル殿、ザフィーラ殿には、この晴明、どれだけ感謝しても足りません」
「いえ、我々も目的を達成できました」
窮奇の魔力を回収しても、闇の書は完成しなかった。しかし、そのページの大半は埋まっていた。これならば、主はやても目を覚ますだろう。
「さて、彰子様についてなのだが」
昌浩の表情が暗くなる。結婚の日取りが決まったのだろうか。
「うちで預かることになった」
「はあ!? どういうことですか、じい様」
「彰子様にかけられたのは、決して解けぬ呪い。このまま天皇の元に嫁げば、天皇にも呪いの穢れが及んでしまう。そんなことできるわけなかろう」
「じゃあ、結婚は?」
「彰子様の異母妹で、そっくりな方がいる。その方を彰子様として嫁がせるそうじゃ」
「そうですか」
昌浩は気が抜けたように座り込む。
昌浩の一念が、決まったはずの運命を変えたのだ。しかし、当の昌浩にその実感はない。
「彰子さまの呪いは、常に陰陽師が側にいて清め続けるしかない。そこでうちで預かることになったのじゃ。それにしても昌浩や」
晴明は扇で顔を覆って、泣き真似をする。
「じい様は情けないぞ。窮奇を倒すのに夢中で、彰子様にかけられた呪いを綺麗さっぱり忘れるとは。何たる未熟。これは一から修行のやり直しじゃのう」
昌浩は喉まで出かかった怒声を飲み込む。腹は立つが、今回ばかりはさすがに言い返せない。
「よ、よかったじゃないか、昌浩」
ヴィータがばしばしと背中を叩いた。わざとらしいほどに明るい笑顔だ。
「ありがとう。でも痛いよ、ヴィータ」
「さて、目的も果たしたし、帰るぞ、みんな」
ヴィータが静かに立ち上がる。
「えっ? もう少しゆっくりして行っても」
「すまないな、昌浩殿。我らも主の容体が心配なのだ」
シグナムも立ち上がって言った。
「早くアイスやケーキを食いたいぜ」
「ガスコンロが懐かしいわ」
シャマルが肩を回しながら言った。家事は嫌いではないのだが、現代文明に慣れた身に火打ち石から火を起こすのは重労働だった。他にも洗濯や裁縫、家事だけで一日がかりだ。
「そっか。もうお別れなんだ」
「なんて顔してんだよ、昌浩。私たちと別れるのが、そんなに寂しいのか?」
「べ、別に寂しくなんか……」
「へっ。お前がどうしてもって言うなら、会いに来てやってもいいぜ?」
「素直じゃ……痛!」
からかおうとしたシャマルの足をヴィータが踏みつける。
「本当? 絶対また会おうね。約束だよ」
「しょうがねぇな」
腕組みしながら、ヴィータが言った。
庭に出た四人は時空転移を開始する。
「あ、そうだ」
思い出したように昌浩が言った。
「この前の占い、ようやくわかったよ。これからヴィータたちにはとてつもない困難が立ちはだかる。でも、大丈夫。信じて頑張っていれば、きっと君たちを助けてくれる人が現れる。道は開ける、だって」
「なんだよ、それ」
ヴィータは苦笑する。漠然としていて、まったく参考にならない。
「でも、まあ、覚えておいてやるよ」
「みんな、本当にありがとう!」
ヴィータたちの姿が空の彼方に消える。
昌浩はいつまでも手を振っていた。
「ヴォルケンリッターたちが移動を開始しました」
アースラでも、その動きは感知していた。
「数は?」
「四です」
「つまり、ここには闇の書の主はいなかったということでしょうか?」
「そうね。こちらが追っているのを知りながら、主の元を離れるとは考えにくい。ここには魔力の収集に来たと見るべきかもね」
クロノの疑問にリンディが答える。二度目の戦いでも、クロノたちは撤退せざるを得なかった。
クロノたちが戦った相手は闇の書がらみではないようだ。彼らは一度としてベルカ式の魔術を使わなかった。現地の協力者なのだろう。
できれば、もう少し調査をしたいのが本音だが、学校があるなのはたちの手前、あまり長く滞在できない。
なのはたちにとっても、早くこの時空を離れた方が精神衛生上いいだろう。あれ以来、なのはとフェイトは毎晩、青龍と白虎に追いかけられる悪夢を見ているらしい。
アースラはヴォルケンリッターを追って、元の時空へと進路を取った。
エピローグ
それからしばらくして、闇の書事件は解決した。
闇の書は元の夜天の書へと戻り、はやての足も治った。
その過程で、はやては悲しい別れを経験したが、今はなのはとフェイトという新たな友を得て、幸せに暮らしている。
昌浩の占いに出ていた助けてくれる人たちとは、なのはたちのことだったのだ。まさか時空監理局と和解する日が来るとは予想もしていなかった。
(お前の言う通りになったな、昌浩)
ヴィータは子犬の姿になったザフィーラと歩きながら、あの少年のことを思い出す。
事件が解決した後、あの世界での出来事を話したら、はやてが行きたいと言い出した。
何故か、なのはとフェイトは全力で断ったので、はやてと守護騎士だけであの世界に向かった。だが、大規模な次元震でも起きたのか、道は閉ざされ行くことはできなくなっていた。
でも、これでよかったのかもしれない。昌浩と彰子が仲良くしている姿を見ずに済んだのだから。昌浩の幸せを願っていても、これだけはどうしようもない。
一つだけ心残りなのは、また会おうという約束を果たせなかったことだ。
あの律儀な少年のことだから、きっといつまでもヴィータたちが現れるのを待っているだろう。
「ヴィータ」
ザフィーラが声を出す。
道の向こうから、一人の少年が走ってくる。その顔は昌浩に瓜二つだった。
「ま、」
思わず声をかけようとするが、少年はヴィータの横を走り抜けて行ってしまう。
(当り前か)
あの少年がここにいるわけがない。きっと他人の空似だろう。名前だって違うに決まっている。
「おーい、昌浩」
懐かしい声が、聞き慣れた名前を呼ぶ。
驚いて振り返ると、背の高い青年が少年を出迎えていた。
Tシャツにジーパンというラフな服装をしているのが、その顔は間違いなく紅蓮のものだった。
青年がこちらに気がつく。
「あ……」
青年は人差し指を口に当てると、そっと片目を閉じた。
ヴィータは、あの世界に着いたばかりの頃、交わした会話を思い出す。
あの世界はもしかしたら古い日本で、タイムスリップしたのかもれしれないと。その予想は正しかったのだ。
あの少年は昌浩の子孫なのだ。そして、十二神将は人ではない。紅蓮は千年の時を超えて生き続けているのだ。
紅蓮が後ろ手に手を振りながら去っていく。それを昌浩に似た少年が不思議そうに眺めている。
(いや、違う)
あれはきっと昌浩の生まれ変わりだ。たとえ前世の記憶はなくとも、また会おうという約束を果たしに来てくれたのだ。
瞳が涙に滲む。
「本当……律儀な奴だよ、お前は」
去りゆく二人の姿を、ヴィータはいつまでも見送っていた。
エピローグ2
ヴィータが帰ってその話をした翌日、シグナムは朝早く家を出た。
半日を費やして町を駆けまわり、ついに一軒の大きな屋敷を見つけた。その家の前にたたずむ夜色の外套をまとった男を。
シグナムは力強く呟いた。
「楽園よ。私は帰ってきた!」
終
最終更新:2012年07月16日 22:21