『こちらライトニング分隊分隊長、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。現地時間23時49分、まもなく××県上空に到達します』


 機動六課本舎、司令室であるロングアーチにライトニング隊隊長、フェイト・T・ハラオウンの淡々とした報告が流れた。
 ロングアーチの巨大なモニターには、通信によりフェイトの視界が映し出されている。
 第97管理外世界『地球』。その中のアジアと呼ばれる地域にある小さな島国、日本。
 フェイトは日本の地上より遥か上空、雲の中を滑空していた。

 その時刻、日本国の内陸部は厚い雨雲に包まれており、深夜ということもあって視界は最悪だった。

「ティアナとキャロの様子はどうや?」

 六課の部隊長である八神はやてがオペレーターのシャリオに聞いた。

「ガジェット相手に空中戦を展開中。二人とも善戦していますよ」

 シャリオの返答を聞いていたスターズ隊長、高町なのはは安心した表情で、副隊長であるヴィータに笑いかけた。

「よくやってるみたいですね」

「だな」
ヴィータも満足げに頷く。

 十数時間前、管理外世界である地球、日本国の内陸部にて遺失物の微弱な反応が感知された。
僅かな反応はすぐに消失してしまったが、それから間もなくレリックの可能性が高いという報告を受け、
 スターズ、ライトニングの隊員であるスバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、キャロ・ル・ルシエ、エリオ・モンディアルの四名は直ちに地球へ向かいレリックの探索を開始。
 その監視役として、隊長であるフェイトも地球へ向かった。

 そしてスバルとエリオ、ティアナとキャロの二手に分かれての探索中、数時間前にティアナとキャロがレリックの微弱な反応を再び探知した。
 両名で反応元に向かったところ、例の大量のガジェット達に遭遇。


 現在は雨の中、ティアナとキャロは、キャロの使役竜であるフリードに乗ってガジェット相手に空中戦を展開している。
 フェイトは現場からかなり離れていた場所にいたものの、加勢と様子見を兼ねて現場を目指して飛行していた。

「うーん、やっぱり地元ではあんまり厄介ごとは起きてほしくないかなぁ」

 なのはがモニターを眺めながら、溜め息まじりにそう呟く。
 それを聞いていたはやてが「そうやな」と言って小さく笑った。

「幸いなんは相手側も事を大きくしたくないのか、あんま派手な動きをしてけえへんってことやな」

 現状、ガジェット達は地上に降りての戦闘はしようとせず、基本的に空中から動こうとはしない。
 攻撃も、派手な爆撃などはしてこず小さな攻撃を繰り返している。
 はやて達からすれば、現地の文明に戦闘を気付かれることを極力避けているように見えた。

「ま、事を大きくしたくないんはこっちも同じやけどな」

 ただ、大技を使えないのは六課側も同じだ。
 はやての言葉を聞きながら、なのはは嬉しそうに笑った。

「二人ともその制限の中でよく頑張ってるね。力の加減が上手いよ」

「ああ、ティアナもキャロも成長したな」
 シグナムもそれに同調して頷いた。

 そんな中、再びフェイトの声がロングアーチに流れる。

『現場に到着しました』

 それと同時にモニターに映像が映し出される。
 闇夜と雨により不明瞭な画面の中、無数の小さな赤い光が飛んでいた。
 ガジェット達の目が放つ光だ。
 そして一際明るい光が、その中でぽつぽつと灯っては消えた。
 光の正体は爆発や発射されたエネルギー弾であることはすぐに分かった。

 キャロの使い魔である白竜のフリードに、キャロとティアナが跨り、雨の中滑空しながら無数のガジェットを撃墜しているのだ。

「フェイト隊長から見て状況はどうや?」

『……まだ私の出る必要は無さそうですね』

 その声調は、やはりどこか嬉しそうだ。
 その間にも優雅に舞うフリードの背中からエネルギー弾が発射され、ガジェットを一体一体確実に仕留めている。

「まだ、か。ティアナとキャロで終わってまうかもしれへんよ?」

『ふふっ、だといいんですけどね。
とりあえず私は様子を見ています。
相手がガジェットだけとは限りませんから』

「そうやな、頼むわ」

 現時点ではガジェット以外の反応は一切無い。
 それに反応があったとしても、その場合はすぐさま撤退するようにティアナとキャロには伝えてあったし、そのために高速移動を誇るフェイトがいるのだ。
 加えて肝心のレリックの反応は現在消失しており、大量のガジェットがいる辺りからして罠の可能性も否めなかった。

「油断は禁物だからね、フェイト隊長」

『大丈夫だよ、なのは隊長』

 少し心配そうにフェイトに呼び掛けたなのはの横で、ヴィータが目を細める。

「アナタが言えることですか……」

 そんなヴィータに、なのはは眉を下げながら微笑みかけた。

「一度失敗したからこそ、だよ」

「わかってますって」
 苦笑いしながら、ヴィータはひらひらと手を振った。

「どうや?レリックの反応は」

 はやてがシャリオに聞いた。

「未だ感知……できません、ね」

「じゃあ例の戦闘機人は?」

「依然、反応はないです」

 淡々と答えたのはオペレーターの一人、ルキノだった。
 それを聞き届けると、はやてはモニターに向き直った。

「フェイト隊長、現地でなにか変化は?」
 すぐさまフェイトの通信が返ってくる。

『いえ、特になに――ありません』

ザザッ

 不意に通信の中にノイズが入った。

『やっぱ――罠――じゃないで――うか?』

 立て続けにノイズが走り、フェイトの声が掻き乱される。

「ん?」

「どうした?」

『あれ?聞こえ――悪い――うですが……』

「……通信状態が悪いのか?」

 ヴィータがルキノに聞いた。

「いえ、状態は決して悪いわけではないんですが……」

ザザッ

 言い掛けている最中、映像に大きなノイズが走った。
 ノイズは徐々に増え、画面を大きく乱している。

「おかしいです、通信状態に問題はありませんし普通はこんな状態には……結界反応もありません」

 ルキノの不安げな声が聞こえ、はやては胸の中に言い知れぬ焦燥感を感じた。
 マイクを握り締め、フェイトへ語り掛ける。

「隊長?フェイト隊長?聞こえます?」

 乱れる画面を見つめて一拍置くとフェイトから反応があった。

『えっ?な――ですか?なん―――よく――聞き取れな――――』

 音声の乱れも酷く、フェイトの反応からロングアーチからの声はほとんど届いていないことが伺えた。

「スカリエッティのジャミングか?」

「可能性は否定できないですけど」

 淡々とした様子のシグナムになのはが不安げに返した。

「でもこれは……」

「み、見て下さい!ガジェット達の様子が!!」

 今まで黙々とキーボードを叩いていたオペレーターのアルトが叫び、全員の視線がモニターに集中する。
 乱れた画面の中、赤い光が続々と落下しては消えていく様子が見えた。
 ガジェット達が機能停止を引き起こして墜落しているのだ。

 それは明らかに異様な状況だった。
 その異様な状況とともにただならぬ予感が全員の胸中に芽生える。

『ガジェ――が突――落―――』

 フェイトからも恐らく報告であろう通信が届く。
 しかしノイズに掻き乱されてほとんど聞こえない。

(やっぱり罠やったんか?いや、それにしては何なんやこの違和感は……)

「ティアナとキャロは?」

 なのはが毅然とした声で問いかけた。

「墜ちてません。飛行を続けています」

「ということはAMFではないのか」

 表情は険しいが、相変わらず冷静な様子でシグナムは呟いた。

 そこでシャリオが「あっ!」と上擦った声をあげた。

「部隊長、現地より新たな反応が!」

「なんや?」

「これは……次元震!?」

 シャリオの口から飛び出したワードに、にロングアーチがどよめく。

「ウソやろ!?」

 なにかがおかしい、その予感が的中した。

「フェイト隊長!!フォワードの子達を連れてすぐにそこから離れて!!」

『な―――変――――空気が―――』

 はやてがマイクに向かって叫ぶ。
 しかし応答はノイズだらけでもはや言語が聞き取れない

「現地に膨大なエネルギーを観測!更に増幅しています!!」

「フェイト隊長!!」

「フェイトちゃん!!」

「テスタロッサ!!」

 必死の呼び掛けも全く通じない。
 映像は乱れによりほとんど見えなくなり、砂嵐状態になっている。

『地震――すご―――揺れ―――――っあ!!―――サイ――ン――音――――――――あっ―――落ち―――――ああ!―――あああ!!――』

 激しいノイズの中、フェイトの悲鳴が途切れ途切れに聞こえた。

ぶつっ

 それを最後に映像と音声が途切れた。
 全員が確信した。これはただ事では無いと。
ザーーーーーーーッ
 スピーカーから流れる砂嵐の音だけが静かになった室内に響いている。

「エネルギー反応、消失」

 その中、呆然とルキノが呟いた。

「……現地との通信が、完全に遮断されました」


 直後、はやてが勢いよく立ち上がり、足にぶつかった椅子が大きな音をたてた。
 ロングアーチにいた全員がはやてに注目する。

「反応の消失した地点は!?」

 唾の飛ぶ勢いでオペレーターの三人に聞いた。

「××県、三隅郡、羽生蛇村上空です」

「スターズとライトニングの隊長、副隊長は直ちに現地へ!」

「はい!」「了解!」

「シャリオとルキノとアルトは通信の回復を。急いで!!」

「了解しました!」

 はやての指令を皮切りになのは、ヴィータ、シグナムは司令室を飛び出して行った。
 オペレーターの三人も慌ただしくキーボードを叩き始める。

 はやては椅子に座り込み、通信途絶前の状況を思い出した。
 途切れる直前の通信の中で断片的に聞こえた単語。
 それにフェイトの、悲鳴。

(まさかレリックの暴走?)

 だが有り得ない話では無い。現に一級捜索指定の掛かっているロストロギア、レリックはこれまでに幾度となく暴走し、大事故を引き起こしてきた。
 ……しかし、現地でレリックの反応は消失していたはずだ。
 故意に暴走させるにしても、ロストロギアであるレリックの反応を早々に隠せるものでもない。

(いや、可能性はあるにはある……けど、じゃああのノイズは一体……?)

 はやてはフェイトとの通信が途絶した、その直前に入ったノイズに引っ掛かりを覚えた。

(それにフェイトちゃんの言うてた言葉……)

 スピーカーから断片的に聞こえた地震、揺れ、音、落ちる………
 考えれば考えるほど不吉な予感がとめどなく湧き上がる。

「一体なにが起こったんや……」

 モニターの映し出している砂嵐を険しい表情で見つめながら、はやては絞り出すように呟いた。





 はやて達は知る由も無かった。
 フェイト達のいた現地がどういう場所なのかということも、そこでは怪現象が頻繁していたことも、
今さっきまで時空が何度も揺らいでいたことも、
 画面の向こうで、けたたましいサイレンが鳴り響いていたことも………

新暦75年/22時34分27秒/ミッドチルダ六課隊舎

地球/日本時間 昭和78年/8月/00時00分00秒/羽生蛇村


 絶望の物語が、幕を開けた。

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最終更新:2013年03月13日 00:16