ティアナ・ランスター
山中/分校付近
初日/2時14分48秒




 意識を取り戻すと共に、ティアナは全身に鈍い痛みを感じた。
 不明瞭な意識の中、自分がどこにいるかも分からない。
 とりあえず自分が外で仰向けに寝転がっていることは分かった。

 手を動かすと、少し湿った土と、濡れた木の葉の感触がする。
 周りには雨が降っていた。
 顔や手足を、細かい水滴が絶え間なく叩いている。

「うぅ……」

 身体の至る所に走る鈍い痛みにティアナは呻き声をあげた。
 目を開けても視界がぼやけてよく見えない。
 仰向けになったままじっと空中を眺めていると、視界は徐々に回復してきた。

 見えたのは夜空……と言っても生い茂った枝と葉に阻まれている上に
黒雲が垂れ込めていて、その様子は暗澹としている。

「ここは……?」

 思わず呟きながら、上体を起こす。

「っ……ててて」

 ぴりぴりと身体に走る痛みに自然と表情が険しくなった。

(全身打撲か……まぁ、あの高さから落ちて死ななかったのが不思議なくらいね)

 立ち上がって周りを見渡すと、自分が山の中にいることが分かった。
 やや傾斜した地面には大量の木の葉や雑草、周りは樹ばかりだ。
 雨が木の葉を叩く音が、暗闇の中で絶え間なく流れている。
 あとは不気味なくらい静寂に沈んだ闇が辺りに広がっていた。

(そうだ、キャロ!!)

 意識を失う直前に、共に戦っていた仲間のキャロ・ル・ルシエ。
 彼女の存在を思い出した途端、ティアナの胸中が不安でざわつきだした。

(無事だといいんだけど……)

 そう思ってとりあえずは通信と、状況整理の手伝いのためにと、
 自身のインテリジェント・デバイス、クロスミラージュを求めて身体をまさぐる。

 ところが

(あ、あれ!?)

「……ウソ」

 暗闇の中、身体をまさぐって分かったことは、
バリアジャケットは解けて、今は元の私服姿に戻っていること。
 そして愛機、クロスミラージュが少なくとも手元には無いこと。

「落としたとかシャレになんないわよ……」

 突如として膨れ上がった不安に、ティアナは思わず独り言を呟いた。

(この辺りには落ちてなさそうだし……。
思念通話は………やっぱり駄目ね)

 ということになるとキャロは近辺にいないか、気絶しているか、あるいは――

(……さすがにそれは無いわよね)

 思わず考えてしまったネガティブな予想を脳内で打ち消す。
 その代わりに、一刻も早くキャロを探し出して現状を打開せねば、という焦燥感に似た思いが沸き立った。

(とりあえず、ここにずっといても埒が開かないわ。
ここら辺には確か集落があったはず……)

 任務前に頭に入れた現地情報を頼りに、とりあえず山を下りることに決めたティアナは、
 溜め息を吐いてから、ゆっくりと斜面を下り始めた。

 暗闇の中、手探りで木々や葉を避けながら、状況の整理を始める。

(私がキャロの操るフリードの背に乗って、
ガジェットと戦っていたのはさっきのことなのかな)

 正直、気絶してからどれほど経ったのか、全く想像できなかった。

(でもまあそう遠い昔じゃないことは確か。
それで戦闘していたらガジェット達が突然堕ち始めて………)

 そこでティアナは立ち止まった。

(…………あのサイレンは、一体なんだったの?)

 勝手に出力停止して墜ちていったガジェット達を呆然と眺めていたら、妙な悪寒が身体を駆け巡った。
その直後だ。

 つんざくような、それでいて身体の底から響くような爆音のサイレンが辺りに轟いたのだ。
 その後すぐさま、フリードが錯乱したように暴れ出し、そしてティアナは振り落とされた。

(しかも気絶したのは地面に叩き付けられた衝撃のせいじゃなかった……)

 そう、鳴り響くサイレンの中、ティアナは空中に放り出されてから遠ざかっていくフリードとしがみつくキャロを見ていた。
 記憶がないのはそこからであって、地面に叩きつけられたことが直接的な原因ではない。

(あのサイレン……相手側の新手の兵器かなにかか。
どちらにしろ、良いものではないことは確かね)

 ひとまずは結論付け、ティアナは再び山を下り始めた。


 しかし闇の中で自分がどこにいるのかも分からないまま宛もなく歩き続けていると、
 さすがのティアナも、自然と気分が不安な方向に傾いていった。

(今何時頃なのかしら……)

 方向も、場所も、時間も。
 現状が分かるものが何一つ無いという状況なのだから、不安になるのは仕方がないと言えば仕方がなかった。
幸いにも機動六課で毎日、隊長陣に鍛えられてきたおかげで
 体力はまだまだ有り余っている。
 少なくとも日が登った後までは歩き続けられるだろう。

 そう考えながら、横たわっていた倒木を跨いで行った時だった。


――――せんせ―――たす―て―――

「……え?」

 木の葉が擦れ合う音の中に、微かに何かが聞こえた。
 ティアナは息を殺して、耳を澄ました。


――――せ―せい!―はやく―きて――


 雨音の中、確かに聞こえた。
 少女の声。
 なにかの放送だろうか、声には雑音やハウリングが混じり合っていた。

 放送はティアナの眼下から。
 つまりティアナの下りている山の麓から聞こえてきた。

 ティアナは不審に思った。
 まずこんな深夜の山中で、少女が放送を流すこと自体おかしいし、
なにより少女の声からは焦燥感や恐怖といったものが感じられた。

(なにかあったのは確かね。でもこんな山奥で一体なにが……)

「ぅぐっ!!」

 その時、頭の中に電気を流されたような、鋭い頭痛がティアナの身体を揺らした。
 目をつぶり、歯を食いしばって頭痛に耐えようとする。
 すると、酷い頭痛と同時に、奇妙なイメージが頭の中をよぎった。

(な、なにこれ……)

―――春海ちゃん!春海ちゃんどこ!?―――

(いやイメージというより、これは……誰かの視点?)

 頭痛と共にティアナが視たのは、誰かが必死に
『春海』という人物を探している視点だった。

(も、もしかして、さっきの女の子?)

 脳裏に流れる映像の中の声から、
その『春海』という、恐らく少女は先程放送で流れた少女のものだろうとティアナは推測した。

―――春海ちゃん!―――

 声の主が女性だということは、声質からすぐに分かった。
 女性は木造の建物の中を、懐中電灯と先の曲がった鉄棒のようなものを持ちながら必死な様子で動き回っている。

「……っ」

 余りの頭の痛さに、ティアナは弾かれるように目を開けた。
 すると目の前には相変わらずの静寂と闇に包まれた森が広がっており、
先程までの頭痛は嘘のように無くなっていた。
 当然、周囲からはなんの声も聞こえない。
 突然の頭痛から解放されたティアナは、自身を落ち着かせるように深い呼吸を繰り返した。

「今のは一体……」

(幻覚?いや)

 ティアナにはとても幻覚には思えなかった。
 頭の中に流れた女性の息づかいも、視点も、その全てが嫌に生々しかった。

(リアルタイムで起きてることだとしたら……)

 いや、ありえる。

 ティアナは自分でも不思議に思いながら直感した。
 先程流れた放送。
 あの少女が『春海』だとして、幻覚で視た視点の主が、
その助けを求める声を聞いて救出に向かっているのだとしたら、可能性は十分にありえる。

……しかしどうしてそんなものを視たのだろうか。

(思念通話の類?でも魔力的なものは一切感じられなかった)

 それに他人の視界を盗み見る魔法だなんて、
今まで魔導関連の勉強を熱心にしてきたティアナでも聞いたことがなかった。

(そもそもなんでいきなり……
もしかしてあのサイレンが?いや、でも)

 わからない。
 あのサイレンといい、放送と幻覚といい、理解のしがたい事象が続き、頭の中で整理が出来ない。

「……………」

 少しの沈黙の後、ティアナは頭をがりがりと掻いて、大きな溜め息を吐いた。

(考えてたって仕方ないわね。
……さっきの幻覚が本当だとしたら、その二人に会うまでだわ)

 そうしたら、現状を取り巻く不気味な事象について何かが分かるかもしれない。
 そんな期待を抱いて、ティアナは放送の発信源となったであろう山の麓を目指して再び歩み始める。

 しかし何歩か歩いて、すぐに足を止めた。

「ん?」

 斜面に立つ自分の目の前には、下の方で植わっている木々の葉が生い茂っている。
 その葉と枝の間に、何かが見えた。

「あれは……」

 眼下に広がる森。
 目を凝らすと、その合間にわずかながら灯っている明かりが見えた。
 火などの原始的な光ではなく、電気的な揺らがない光。

 もしかして、あそこが放送の発信源かもしれない。
 そう直感したティアナは、兎にも角にもその明かりを目指して歩みを早めた。

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最終更新:2013年03月13日 00:23