ウェンディ
合石岳/三隅林道
初日/4時27分51秒



「うぅ、頭が痛いっス……。
なんだったんスかあのサイレンは……」

 雨が降る寂れた林道を、頭を抱えてとぼとぼと歩きながら、ウェンディは呟いた。
 スカリエッティの作り出した戦闘機人作品群、ナンバーズの中で11という番号を付けられているウェンディは
 仲間のナンバーズであるノーヴェ、クアットロと、魔導師のルーテシア、ゼスト
 そして複合機のアギトと共にレリック捜索のため地球に来ていた。

 機動六課も必ず現地に来るだろうと予測していたスカリエッティは送り込んだ大量のガジェットをナンバーズ達に引き連れさせ、
 ウェンディ達は散開して各々で山中に身を隠していた。
 レリックもそうだが、目的は他に六課の隊員達がガジェットと戦闘を繰り広げているところで襲いかかってちょっかいを出すことにもあった。

 深夜になると、案の定機動六課の隊員が来てガジェットとの戦闘を開始。
 ウェンディ達は山中に隠れて襲いかかる機を伺っていた。
 しかし程なくして通信に原因不明の異常が生じ、ISも謎のシステムダウンを引き起こし始めた。
 空を見るとガジェット達も次から次へと落下を始めており、しまいには地面が大きく揺れ出した。
 次から次へと飛び込んで来る問題に、ウェンディが大慌てしていると、
 どこからともなく爆音でサイレンが鳴り響いたのだ。
 ウェンディはその場で気を失い、そしてついさっき目を覚まして、現在に至る。

「相変わらずISは発動できないし、通信回線は開けないし……」

 ウェンディの固有装備であるライディングボードは、機動できない場合、移動の邪魔になるのは必須なので
既に目覚めた場所に置いてきている。
 移動には徒歩、通信もできないので助けを呼ぶことはもちろん仲間の安否も確認できない。
 加えて誕生してからのほとんどをスカリエッティのラボで過ごしたウェンディにとって、全く身に覚えの無い偏狭世界。

「大体、どこっスかここはーー!!」

 ウェンディの叫び声が山間に切なくこだます。
 状況は見るからに最悪だった。

「はぁ……やってらんないっスよ」

 跳ね返ってきた山びこを聞いて、なんともやり切れない思いに駆られたウェンディは、溜め息を吐いて歩き出す。
 その時だった。

「あ」

 突然足元が、地面が無くなった。
 支えを失った身体はバランスを崩して落下し始める。

―――ヤバい!!

 なにも見えない真っ暗闇に身を投げ出され、わけもわからずウェンディはとっさに死を覚悟した。
 しばしの浮遊感が身体を包み込む。

「うぉあがっ!!!」

 そして間もなく、背中を起点として全身に衝撃が走った。

げほっ、ごほっ

 もんどり打って咳き込む。
 叩きつけられ、肺から押し出された空気が喉に絡まったのだ。

「いっつつつつ………」

 何かの穴に落ちたのだろうか、完全な暗闇に包まれていて周りは何も見えない。
 背中をさすりながら壁に手をつくと、ゴツゴツと固い感触がした。
 足元には大量の石ころがあり、ウェンディが落ちてきた拍子に崩れたのだろう、
石ころが壁を転がって地面に落下する音がしばらく続いていた。
 土埃が上がっているのか、息を吸うとたちまちむせる。
 ウェンディは岩壁に手をつき、咳き込みながら立ち上がった。

「げほっ、げほっ、うぇ……もぉ、今度はなんなんスか!!」

 洞窟か何かなのだろうか。
 ウェンディの怒声は何度も反響した。

「……真っ暗で何も見えないっス」

 あの気絶以来、戦闘機人の備えている暗視機能やその他視覚機能もほとんど失われており、
 せめても暗闇の中で微かに補正がかかるぐらいである。

(こんなとこ、それこそ誰も助けに来やしないだろうし……)

「ホント、しっちゃかめっちゃかっスよ……」

 自分の手が見えるか見えないかギリギリの闇の中、ウェンディは悲壮感溢れる声調で呟いた。
 しかしその場に留まって朽ちるのを待つわけにもいかない。
 ウェンディはとりあえず壁に手をつきながら歩み始める。
 しかしまた穴かなにかがあっては堪らない。
 一歩一歩、確かめながら歩みを進めた。

「……全く、作業内容としてはなんの問題も無いとか言っておきながらなんなんスかこの状況は。
問題ありありじゃないっスか」

 一緒に来たノーヴェと自分に、相変わらずな飄々とした態度で指示を下したナンバーズ4番、クアットロの顔を思い浮かべながら愚痴をこぼす。
 別にクアットロが嫌いだというわけではない。
 単純にそうでもしていないとやり切れないからだ。

「相手側の手の内側は分かり切ってるとか余裕こいてて、
結局相手の新兵器かなんかわかんないの食らわせられてるようじゃ、クア姉もまだまだっスねぇ」

 そう言ってウェンディは、脳裏に浮かんだ姉を鼻で笑った。

……いや、あのサイレンは本当に機動六課の兵器だったのか?
 ウェンディは自分の耳に押し寄せてきた音のうねりを思い出した。
 まるで猛獣の咆哮のような、鳴き声のような、あのサイレンからはなにか生物的なものを感じた。

(……なんか、不気味っスね)

 思い出して背筋が寒くなり、そのまま歩みを進める。


「ん?」

 不意にチカチカと発光するものが見えた。
 足元に積み重なっているであろう石の間から光が漏れている。
 ウェンディはかかんで光を覆いでいる石をどかした。
 途端、目に強烈な光が飛び込んできた。
 とっさに目をかばいながらも、恐る恐る光源に手を伸ばす。

 平たいものに手が触れた。
 手で探ると、どうやら光を放っているのはカード状の物体らしい。
 掴んで拾うと、物体がなんなのかすぐに分かった。

「………デバイス?」

 それは白いカード型のデバイスだった。
 カードの対角線にはバツ印のように赤く太い線が入っており、中心には黄色い半球状の物体がついている。

(なんでこんな偏狭世界にデバイスが……)

 インテリジェントデバイスなのか、ストレージデバイスなのかまでは分からないが、
 その型のデバイスをウェンディはスカリエッティのラボで見た覚えがあっだ。

「おーいなんか喋るっスよ」

 指で小突きながらデバイスに話し掛ける。
 しかしデバイスはちかちかと光を点滅させるだけで、音声を発しはしなかった。
 反応したということは、知能を持ったインテリジェントデバイスの類なのだろう。

「壊れてるんスかね?」

(……まあいっか。ちょうど暗くて困ってたところっスし)

 ライト代わりにカード型デバイスを持ち替え、カードの光を周りに向ける。
 周りには岩、岩、岩。
 やはり洞窟だった。
 そこそこ広い洞窟で、見上げると岩の天井が覆っており、その一部に穴が開いていた。

「あっから落ちたんっスねー……」

 問題なのはここからどうやって出るかだ。
 穴までの高さは六メートルほどあるだろうか、岩壁を登っていこうにも天井に張り付いて移動することはできない。
 穴には絶対に辿り着けないのだ。

 なにか脱出路はないのだろうか?
 そう思い、周囲を見回す。
 人為的に作られた空間なのだとしたら、なにかしらの通り道が存在していてもおかしくない。
 デバイスを片手に、洞窟の中を丹念に探し回る。

「お?」

 あった。
 自然の産物である石と岩の地面の中に、明らかに人為的なコンクリートで固めてある地面が紛れていた。
 その中央には取っ手のついた正方形の鉄蓋がしてある。

(マジでナイスっスよぉ!ツイてるツイてる!)

 そこで志気が上がったウェンディは意気揚々と鉄の蓋の取っ手に手を掛けて、思い切り引っ張った。

「……っ……ぐぅぬぬ……」

 体重をかけ、全力で鉄の蓋を引っ張る。
 錆びているのか、蓋は有り得ない程重かったが、一応は開いているらしい。
 戦闘機人であるウェンディの力を持ってしても蓋はかなり重かったが、それでも徐々に徐々に開いていき、
 しまいにウェンディが「ふんっ」息を入れると同時に蓋は完全に開いた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 ウェンディは息を切らしながら、開いた鉄蓋に近付く。
 デバイスで照らすと、そこには正方形の穴が空いており、その一面には鉄の梯子があった。
 どこへ続くか分からないがとりあえずここに留まっていても仕方がない。

 ウェンディは躊躇いなく梯子に足をかけ、穴の中へと降りていった。


 足を踏み込むたびに鉄の音が寂しく穴の中に響く。
 洞窟から下の階はさほど間が無いらしく、間もなくしてすぐに広い空間に出た。
 梯子から降りて、明かりを周りに向ける。
 先程の岩壁とは違って、コンクリートで固められた壁。
 天井はあまり高くなく、ウェンディが手を伸ばして跳躍すれば届くぐらいだ。

「なんなんスか、ここ」

 そこはトンネルだった。
 天井に沿ってパイプと配線が何本か通っており、壁には現地人の文字で何かの単語が書いてある。
 残念ながら他世界の語学教育を受けていないウェンディには、でかでかと白で書かれたその単語の意味は分からない。

(なんかの施設であるのは間違いないようっスけど……)

 ウェンディのいる場所でトンネルは途切れており、立ちふさがっているコンクリートの壁に、先程の鉄梯子は設置してあった。
 よって行き先は一方向に絞られている。

(まぁ、逆に分かりやすくていいっスね)
 前向きに考えながら、ウェンディはデバイスを片手に、トンネルの向こうを包む濃厚な闇へと足を踏み出した。

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最終更新:2013年03月13日 00:45