あの戦いから半年が過ぎた。
 ゼストは独房の中で、レジアス・ゲイズと面会したらしい。その時、どんな会話がなされたのか、公式記録には残っていない。ただその数日後、満足したようにゼストは息を引き取った。
 ルーテシアは、無事意識を取り戻した母親と共に、別の次元世界で穏やかな日々を送っている。ルーテシアの性格は、原形をとどめていないほど明るくなった。その話を聞くたび、昌浩の胸はきりきりと痛む。
 ナンバーズたちの更生も進んでいる。スカリエッティとナンバーズの一部は更生の意思を示さず収監されているが、大半は更生プログラムを終えて出所した。
 チンク、ウェンディ、ディエチ、ノーヴェの四名はスバル・ナカジマの父親が引き取り、これでノーヴェとスバルは名実共に姉妹となった。出所した他のメンバーは聖王教会に預けられている。
 ヴィヴィオは、なのはが正式に養子とし、高町ヴィヴィオとして幸せに暮らしている。
 機動六課は任期満了して解散となり、メンバーはそれぞれの道を歩き始めた。ちなみにスバルは休みの日になると、太裳のところに通信を送ってくる。その日を太裳は一日千秋の思いで待ちわびている。

 昌浩が中学二年の春休みに入った頃、なのはとフェイトとヴィヴィオ、はやてと守護騎士一同が昌浩の家を訪れた。
「その節はお世話になりました」
 晴明と昌浩を前に、はやてたちは心からの感謝を述べる。スカリエッティ逮捕後のごたごたで、直接顔を合わせるのは、あの戦い以来だ。
 ヴィヴィオの面倒は、いつも通り太陰と玄武に任せている。
「うー。昌浩さんを見ると、あの時の筋肉痛を思い出してしまいます」
「俺もだよ」
 リインと昌浩は遠い目で腕をさする。あの戦いで無茶をし過ぎて、二人とも筋肉痛で一週間動けなかったのだ。昌浩の怪我の治癒には、さらに半月かかった。おかげで昌浩は、夏休みを大幅に延長する羽目になった。
 ちなみに天一も昌浩とほぼ同時期に回復を果たしている。
 半分近く残っていた夏休みの宿題は、六課のメンバーが総出でやってくれた。それが昌浩個人に支払われた報酬だが、少し割に合わないとは思ったのは内緒だ。
「よく勝てたよね、私たち」
「うん。もう一度やれって言われても、たぶん無理」
 なのはとフェイトが顔を見合わせて苦笑する。ルーテシアとアギトの協力がなければ、絶対に負けていた。それぐらいギリギリの勝負だった。
「あの時は、昌浩君にみっともないところ見られたな」
 泣き顔を見られるなど、はやて、一生の不覚だ。
「いや、あれは俺が悪いんだよ、はやて姉ちゃん」
「うーん。やっぱり姉ちゃんは照れ臭いな。はやてでええよ」
「わかりました。はやてさん」
「さんもいらん。家族に遠慮は無用やよ」
「わかりました、はやて。じゃあ、俺も呼び捨てでいいです」
「了解や。昌浩」
 はやてがウインクし、昌浩も笑顔を返す。
「粗茶ですが」
 扉を開けて、白いワイシャツにパンツルックの長身の女性が入ってくる。女性ははやてたちの前に淡々と湯飲みを置いていく。
「おい、もう少し愛想良くしろ」
「こうか? 難しいな」
 もっくんに注意され、女性はひきつった笑みを浮かべる。後ろでは、菓子を持った長い髪の女性が控えている。
「はやて。お前らに一言言ってやりたいんだが」
「なんや、もっくん」
「どうして俺が、こいつら三人の保護責任者をやらねばならんのだ!」
 もっくんが机に置いた書類をばしばし叩く。保護責任者欄には、はっきり十二神将、騰蛇と記載されている。
 茶を持ってきたのはトーレで、菓子を持ってきたのはセッテだった。
「つれないこと言わないで下さいよ、師匠」
 さらにアギトがもっくんの背に乗っている。
 トーレは騰蛇との決着をつけるためにここに来た。ついでにトーレを尊敬しているセッテも、一緒についてきた。
 収監されているスカリエッティ、ウーノ、ドゥーエ、クアットロたちには悪いと思っているが、トーレたちは新しい目標を見つけてしまったのだ。
 スカリエッティは更生したナンバーズを裏切り者と罵りながらも、新たな道を歩んでいることに、心のどこかで喜んでいるようだった。
「本人たちの強い希望なんやから、しゃあないやん。もっくん、自分の発言には責任持たなかんよ」
 もっくんの己の軽口を後悔する。もう一度挑戦して来いなんて言うんじゃなかった。好きにしろなんて言うんじゃなかった。
「モテモテだな、騰蛇」
「勾、からかう為だけに出てくるな!」
 突然顕現して笑いを堪える勾陣を、もっくんが怒鳴る。
「ところで、昌浩。管理局入り、考えてくれたか?」
「はい。やっぱり俺、高校までは、こっちで陰陽師の修行を続けます」
「そっか。まあ、当面、やばい事件はなさそうやし、好きにしたらええ。ただし、今から入ってきても、一般隊員や。こき使ったるから、覚悟しとき」
「はい、はやて」
「…………」
 なのはが部屋の片隅をじっと見つめる。晴明につき従っていた青龍が不機嫌な顔で顕現した。
「何か用か?」
「こんにちは、宵藍(しょうらん)さん」
「晴明!」
 青龍が激昂する。それは先代の晴明が、青龍に与えたもう一つの名だった。気性の激しい青龍が穏やかになるよう、願いの込められた名前。その名を呼べるのは、今の晴明だけだ。
「仕方なかろう。わし一人が言っても効果がないんじゃから。一人より二人じゃ」
「晴明さんから宵藍の名前を聞きだしたんだから、私の一勝でいいよね。これで通算一勝一敗三分け。次で決着だね」
 なのはが満面の笑みで言う。
「今のを勝負と誰が認めるか。戦績は貴様の一分け三敗だ」
「最初の二戦、私、負けてないもん」
「なのは……どれだけ負けず嫌いなの?」
 戦績でもめるなのはと青龍を、フェイトが呆れたように眺めていた。
 一通り近況報告を済ませ、雑談に興が乗りだした頃、はやてが時計を見ながら言った。
「どれ、そろそろお暇しようか」
「え、もう?」
「事件は山積みなんよ。今度の休暇には、ゆっくりさせてもらうからな」
「彩輝。その時は、また手合わせ願おう」
 シグナムが六合に告げる。六合が無言で首肯する。
「ザフィーラ。今度は酒に付き合ってもらうからな」
「心得た。騰蛇よ」
「もっくん、アギトたちのことお願いね?」
「…………」
 フェイトに頼まれ、もっくんは苦虫をかみつぶしたような表情になる。放り出してしまいたいが、それができる性格でもない。当分は三人の面倒をみる生活が続くのだろう。
「晴明さんも体に気をつけて下さいね」
「シャマル殿、心遣い痛み入る」
「またね、宵藍さん」
「二度と来るな!」
 笑顔のなのはに言い放つと、青龍は隠形してしまう。
「またね、玄武、太陰」
「うむ。ヴィヴィオも元気で」
「はいはい、またね」
 子ども三人が別れの挨拶をする。玄武と太陰はヴィヴィオの一番の友達だった。
「またな。昌浩」
「うん。またね、ヴィータ」
 昌浩とヴィータが笑顔で手を振り合う。
 みんなの姿が道の向こうに消えるまで、昌浩は手を振り続けた。

 帰り道の途中で、はやてが口を開いた。なのは、フェイト、ヴィヴィオは、別行動を取っている。
「なあ、ヴィータ。お願いがあるんやけど」
「なんだよ、はやて?」
「もしよかったら、昌浩、くれへんかな?」
「へっ?」
 ヴィータだけでなく、守護騎士全員が凍りつく。
「いやー。年下に興味なかったんやけど、姉ちゃんって呼ばれたら、胸がこう、きゅんってなってな。イチコロやったわ」
「は、はやて?」
「あ、別に私、愛人でも全然構へんよ。もちろんその逆で、ヴィータが愛人でもOKやからな」
 ヴィータは頭が真っ白になっていた。
 はやては腕時計に目を落とすと足を速める。
「おっと、時間がやばいな。みんな走るで」
「は、はやて~」
 泣きそうな声を上げながら、ヴィータがはやてを追いかける。
「ははっ。主はやては冗談がきつい」
「まったくだ」
「もう、はやてちゃんったら」
「あはは。そうですね」
 残された四人が乾いた笑いを上げる。守護騎士と主で三角関係など、修羅場過ぎる。あれははやての冗談だ。四人は精神衛生上、そう思い込むことにした。

                           終

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最終更新:2012年07月16日 22:13