光の眩しさに耐えかねて、プレシアはゆっくりと目を開けた。周囲を見回すと、そこは大きな公園で、プレシアは芝生にしいたビニールシートの上でうたた寝をしていたようだった。
芝生や遊具では、たくさんの家族連れがはしゃいでいる。
「あ、やっと起きた」
目の前には、金色の髪をツインテールにした五才の女の子が立っていた。プレシアの娘アリシアだ。
プレシアは思わず娘を抱きしめていた。
「どうしたの、ママ? 怖い夢でも見たの?」
アリシアが気遣うように、プレシアの頬に左手をそえる。温かく優しい手だった。
プレシアは自分の手を見つめる。まだ若い頃の手だ。悪夢に長い間うなされていた気がするが、内容はどうしても思い出せなかった。
「……そうね。そうみたいね。でも、もう忘れてしまったわ」
「よかった。ママったら、せっかくお休みが取れたのに寝ちゃうんだもん」
「そうだったかしら。ごめんなさいね」
どうも前日の記憶が曖昧だ。仕事で揉めていたところまでは思い出せるのだが、いつ休みが取れたのだろうか。思い出そうとして、プレシアはやめた。今はただ娘と過ごすこの時間に浸っていたい。
むくれるアリシアの頭を撫でると、すぐに機嫌を直したようだった。
「ママ、今日はいっぱい、いーっぱい遊ぼうね」
「ええ、そうね」
アリシアに明るい笑顔を向けられ、プレシアは穏やかに微笑んだ。
テスタロッサ親子から少し離れた木陰のベンチに、小鳥遊とアルフ、なのはが座っていた。
小鳥遊は魔王に変身していた。三人は複雑な面持ちで、アリシアを、正確にはアリシアを演じているフェイトを眺めていた。
「小鳥遊、あんた、あの女に何したんだい?」
アルフが訊いた。あんなに穏やかで優しいプレシアを見たのは初めてだ。あるいは、あれこそがプレシアの本来の姿なのか。
「俺の魔法は、あるゆるものをちっちゃくできます。人の記憶だって例外じゃありません」
プレシアがアリシアを失ってからの記憶を極限まで縮小し、思い出せなくした。それから、プレシアとフェイトの肉体を若返らせ、記憶との誤差を修正した。
「これでよかったのかな?」
小鳥遊は自らに問いかける。
テスタロッサ親子がいるのは嘘と虚構で塗り固められた舞台だ。どんなに幸せでも、そこに本物はない。必死でアリシアの演技を続けるフェイトが道化のようで痛ましい。
「いいんだよ! これがフェイトの願いなんだから」
アルフが小鳥遊の背中を思いっきり叩く。
プレシアの病はすでに手の施しようがなく、残された時間はわずかしかない。例え、愛されていなくても、フェイトは母を愛している。フェイトの最後の親孝行は、アリシアを完璧に演じることだった。
「大丈夫、本物よりいい偽物だって、きっとありますよ」
強く叩かれ過ぎて咳き込んでいる小鳥遊に、なのはは安心させるように言った。
プレシアを前に、フェイトは天真爛漫に振舞う。アリシアの記憶を掘り起こし、できる限りしぐさを再現する。
フェイトの胸中は限りなく複雑だった。騙していることへの罪悪感と、母の為と言いながら、母に優しくされるたびに嬉しく思う自分への後ろめたさ。そして、結局プレシアが愛していたのはアリシア唯一人なのだと言う確認。
覚悟していたつもりだったが、心に苦悩が雪のように降り積もっていく。だが、絶対にそれを表に出すわけにはいかない。
プレシアの記憶は思い出せなくなっているだけで、消えたわけではない。いつでも復活する危険をはらんでいる。
まるで綱渡りをしている道化師の気分だった。たった一つのミスが命取りになる。しかし、どんなに滑稽でも、心が痛くても、フェイトは演技に集中する。母の為にできることなど、他にないのだ。
ひとしきり遊んだ後、プレシアが控えめに欠伸をした。
「ママ、眠いの?」
「やっぱり仕事の疲れが残ってるのかしらね」
「私は遊んでるから、ママはゆっくりしてて」
「ごめんなさいね。今の仕事が終わったら、もっとちゃんと時間が取れるようになるから」
プレシアはビニールシートの上に座り、ふと思い出したように言った。
「……そう言えば、前に妹が欲しいって言ってたわね」
それはかつてアリシアが無邪気に口にしたお願いだった。妹がいれば留守番も寂しくないからと。
「妹の名前……フェイトってどうかしら」
衝撃でフェイトの鼓動が跳ね上がる。プレシアは気がつくことなく、フェイトの頬に手を当て言葉を続けた。
「いつか、三人でピクニックに行きましょう。その頃には、きっと今よりもっと幸せになってるから」
汗ばむほどの陽気なのに、プレシアの手は氷のように冷たくなっている。最後の命の灯火が消えようとしていた。
「うん。約束だよ」
果たされることのない約束をする。フェイトはこみあげてくる涙を見られないよう、プレシアに抱きつき顔を押し付けた。
「それじゃあ、少し眠らせてもらうわね」
「お休みなさい、ママ」
プレシアは最後にゆっくりと呟いた。
「お休み…………フェイト」
まぶたが閉じられる。文字通り眠るように、プレシアは静かに息を引き取った。
母の亡骸を前に、フェイトはプレシアの最後の言葉に戸惑っていた。
ただ名前を言い間違えただけか、あるいは、どこかで記憶を取り戻していたのか。プレシアが死んだ今となっては、真実は闇の中だ。
「母さん」
もしかしたら最後の最後に、プレシアはアリシアの代わりではなく、フェイトを娘として認めてくれたのかもしれない。
幸せな夢を見ていて欲しかった。それだけなのに、幸せな夢を届けてもらったのは、フェイトの方だった。
「母さん……母さん!」
フェイトは繰り返し繰り返し呼びかけながら、プレシアにすがりつき涙を流していた。
時の庭園の決戦から数日が経った。
ジュエルシードはアースラが厳重に保管している。フェイトとアルフは犯罪に加担したとして拘留中だ。
アースラの艦長室でリンディは唸っていた。昨晩は徹夜で報告書を作成していたのだが、どうにも進みが悪い。
「書けないことが多すぎるのよね」
ぽぷら、小鳥遊、松本の三名をどう報告するかが悩みどころだった。
非魔力保持者が魔法使いになれるだけでも研究の価値が充分なのに、誰も彼も能力が特異すぎる。
ぽぷらは身長を魔力に変換できる。当人だけなら自然回復できない不便な力なのだが、他人の身長も変換可能というのが問題だ。
町で使えば、無力な一般市民が大威力砲撃の弾に早変わりだ。しかも時の庭園では、複数の身長を同時変換して出力を限りなく増大させた。もし百人単位のエネルギーを束ねられるなら、一発で敵軍を殲滅できるかもしれない。
次に小鳥遊。小鳥遊の攻撃を受けたクロノは完全に三才児の肉体に若返っていた。もし縮小魔法をかけ続ければ、人類の悲願、永遠の命が手に入るかもしれない。
最後に松本だが、歩く虚数空間と言っても差し支えない能力だ。領域内で使えるのは機械と己の肉体のみ。似たような研究がないわけではないが、松本の力を解析できれば、技術は飛躍的に進歩するだろう。
時空管理局の過激な一派が知れば、適当な理由をつけて三人をミッドチルダに連行しかねない。そして、それは後の世の火種になるだろう。
報告書は慎重に慎重を重ねて書かねばならない。
『どうもー』
リンディの隣に通信画面が開き、相馬が映し出される。
『おかげでみんな無事帰ってくることができました。ありがとうございます』
「こちらこそ、だいぶ迷惑をかけてしまったわね」
『いえいえ。俺も少し事態を甘く考えてましたからね。こんなことなら、最初の通信で、もっとちゃんと伝えておくべきでした』
「いまさら言っても仕方ないことよ」
『そう言ってもらえると、こちらも助かります。ところで、報告書の作成に手間取っているそうですね』
「相変わらず耳が早いわね」
リンディは苦笑する。
『お礼と言ってはなんですが、少しお手伝いします。まずいところは適当に省いて書いちゃってください。上は何も言ってきませんから』
「……また“脅迫”したのね」
『やだなぁ。“説得”って言って下さいよ』
相馬は時空管理局上層部の弱みまで握っているようだ。
現在、元のサイズに戻ったクロノはフェイトの罪を少しでも軽減できるよう、関係各所を駆けずり回っている。母親の指示に従っていただけだから、無罪は無理でも、執行猶予は取れるだろう。
その際、やけに交渉がすんなりいくと首を傾げていたが、おそらくそちらにも相馬が手を回しているのだろう。
「相馬君。あなたは一体時空管理局の何を知ってるの?」
リンディの瞳に鋭い光が宿る。時空管理局の仕事にリンディは誇りを持っている。たくさんの人を助けられる貴い仕事だ。
しかし、組織は大きくなるにつれて、それに比例した闇を抱えることになる。
もし相馬が時空管理局の闇を知っているなら、教えて欲しかった。危険だろうし、何もできないかもしれない。それでも罪を正す機会を逃したくはなかった。
『買いかぶらないでください。俺は何も知りませんよ。俺が知ってる秘密なんてこの程度です』
相馬は一枚の写真を取りだした。
写っていたのは、白髪の男が娘ほど年の離れた女と、いかがわしい店に入って行くところだった。時空管理局でもかなり上に位置する男で、無論妻子持ちである。
他にも何枚か見せてもらったが、子供の頃のおねしょの写真やら、若い頃のはっちゃけ過ぎた写真などだった。
どれもこれも当人としては墓の下まで持って行きたい秘密だろう。あまりにつまらない秘密にリンディは堪え切れずに吹き出した。
『どんなに巨大で立派な組織だって、動かしている歯車は矮小で愛すべき人間たちですよ』
「そうね、そうだったわね」
少し考え過ぎていたようだ。リンディは笑い過ぎて滲んだ涙を指で拭う。
「ねえ、相馬君その写真何枚か、もらえないかしら?」
色々と利用価値がありそうだ。
『わかりました。おまけでテスタロッサさんの裁判の担当者決まったら教えてください。早く終わるように“説得”しますから』
「ええ、“説得”よろしくね」
相馬とリンディは笑顔で通信を終えた。
ワグナリアは本来のスタッフが戻ってきたので、高町兄妹が手伝う必要はなくなった。残されたわずかな滞在日を、高町兄妹は北海道旅行に使っている。今日は近くにある温泉に遊びに行っているはずだ。
杏子たちチーム・ワグナリアの記憶は小鳥遊によって縮小され、思い出す様子もない。完全にいつもの日常に戻ったかのようだった。ごく一部を除いては。
「佐藤、カレー作ってくれ。大盛りでな」
「なんで、あんたは忘れてないんだよ」
杏子の為に料理を作りながら、佐藤がぼやく。時の庭園での戦いはきれいさっぱり忘れているくせに、杏子は佐藤との約束だけはしっかりと覚えていた。
おかげで客がいてもいなくても、佐藤はひっきりなしに料理を作る羽目になっていた。これが一カ月も続くのかと思うとげんなりする。
約束を反故にするつもりはなかったが、小鳥遊が記憶を縮小したと教えられ、てっきり頻度が減るだろうと思っていたが甘かったようだ。
「ごめんなさーい!」
フロアから恒例の伊波の悲鳴と小鳥遊を殴り倒す音が響く。
「……伊波さん。俺はもう駄目です」
小鳥遊は力なく地面に横たわったまま、起き上がる気配がない。
「小鳥遊君、しっかりして!」
「こんな癒しのない世界なら……いっそこのまま死なせてください」
「種島さん、早く来てー!」
急激にワグナリアからちっちゃいものがいなくなり、小鳥遊は抜け殻のようになっていた。変人年増の巣窟でバイトを始めて小鳥遊のミニコンは悪化したが、ちっちゃいものに囲まれていても悪化するようだ。
ちなみに種島が店に来るまで、まだ三時間ある。
「あっ、佐藤君」
キッチンに八千代がやってくる。店は暇だし、いつもの店長話だろう。
「あのね、杏子さんがね……?」
喋り始めたところで、八千代が不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「佐藤君、前は私が杏子さんの話をすると複雑そうな顔してたのに、今日はあんまり変わらないのね。何かあった?」
「別に」
八千代の観察眼に内心で舌を巻きながら、佐藤は表情を変えずに答える。
これだけの観察眼があるのに、どうして四年間の片思いに気づかないのか。それから、複雑な顔になると知っていたなら、少しは控えて欲しかった。
再開された店長話を聞き流しながら、佐藤は八千代の顔を眺める。
ぽぷらの気持ちを知らなければ、きっとまだ片思いは続いていただろう。だが、ぽぷらから告白された時、佐藤はどうしても断ることができなかった。ユーノが指摘した通り、ぽぷらを大切に思う気持ちも佐藤の中には確かにあったのだ。
ぽぷらを選んだことに後悔はない。ただ実ることのなかった片思いに、心の中で別れを告げる。八千代とはきっといい友人のままでいられるだろう。
話が一段落し、八千代が去っていく。入れ替わりに相馬が近づいてきた。
「いやー。相変わらず轟さんの店長話は長いね」
佐藤が眉を潜める。相馬の笑顔がいつもより輝いている。ろくでもないことを考えている証拠だ。
「ところで、佐藤君。種島さんとはうまくいってる?」
「なっ!?」
佐藤の顔から血の気が引いていく。バイト中にばれるようなへまをした覚えはないのだが。
「まさか佐藤君と種島さんが付き合うことになるなんて、夢にも思わなかったよ」
相馬は感心したようにしきりに頷いていた。いつものことだが、相馬の情報網は本当に油断ならない。
「待て。お前は俺と八千代を応援してたんじゃなかったのか?」
「ううん。俺はヘタレな佐藤君をからかえればそれでいいよ」
「ほほう。そうだったんですか」
にゅっとフロアから山田が顔を出す。どうやら盗み聞きしていたらしい。
「やはり山田の言う通りになりましたね。さすがは山田です」
山田は自画自賛すると、佐藤を意味ありげに見た。
「それにしても、これで佐藤さんも小鳥遊さんの仲間ですね。ロリコン佐藤さんと呼んであげましょう」
「そうだね、これからは小鳥遊君を変態とは呼べないよね」
山田と相馬が声を上げて笑う。
「……てめえら、記憶が飛ぶまでぶん殴る!!」
「佐藤君、本気で怖いんだけど!」
怒った佐藤から、相馬と山田が一目散に逃げていく。右手にフライパン(相馬用)、左手におたま(山田用)を持ち、佐藤は相馬たちを追いかけていった。
夜、バイトが終わり、佐藤はいつものようにぽぷらを車で家まで送っていた。
ぽぷらは珍しく思い詰めた表情をしていた。相馬たちに二人の関係がばれたことは、ぽぷらはまだ知らないはずだ。バイト中に失敗したわけでもないし、思い詰める理由が見当たらなかった。
家に到着するが、ぽぷらは車から降りようとしない。
「どうした?」
さすがに心配になり、佐藤が声をかけた。すると、ぽぷらは潤んだ瞳で、佐藤を見上げてきた。
「佐藤さん。私、今夜は帰りたくない」
思いがけない発言に、佐藤はハンドルに頭を打ちつけた。
「おまっ、意味がわかって……」
「もちろんわかってるよ」
ぽぷらは佐藤の方に身を乗り出す。その分だけ、佐藤は後ろにのけぞる。
「だって、今日は……」
ぽぷらが愁いを帯びた表情を浮かべる。普段は子供っぽいぽぷらの顔が、その時だけやけに大人びて見えた。
「今日は…………晩御飯がピーマンの肉詰めなの!」
佐藤は後頭部を窓ガラスに思いっきり打ちつけた。ぽぷらはピーマンが大嫌いだ。
「……ぽぷら」
「何?」
「頼むから、もう少し大人になってくれ!」
佐藤はぽぷらの襟首をつかむと、猫のように車外に放り出す。
「佐藤さん、ひっどーい!」
ぽぷらが文句を言うが、佐藤は取り合わず車を発進させる。
これまでは鈍感な八千代に悩んできた。どうやら、これからはお子様なぽぷらに悩まされることになりそうだ。
「女難の相でもあるのか、俺は」
気持ちが反映したのか、佐藤の運転はいつもより少しだけ荒かった。
事件解決から一週間が経ち、とうとう別れの日がやってきた。
プレシアの遺体はアリシアと共に故郷の大地に埋葬されることが決定している。
人気のない広場で、なのは、フェイト、ぽぷらは泣きながら別れを惜しみ、再会を誓っていた。フェイトの裁判はどんなに早くとも半年かかると言われている。
アルフは主人の別れを見守りながら、ふと人数が減っていることに気がついた。見回すと、隅の方で小鳥遊とクロノがしゃがみこんでいた。恐ろしく暗いオーラをまとっている。
「あの二人、どうしたんだい?」
近くにいた佐藤に尋ねる。
「未来を教えて欲しいって言うから、教えてやったんだ」
小鳥遊には、十年後なのはとフェイトがどんな大人になっているか。クロノには将来の結婚相手を教えた。
アルフが近づくと、覇気のない呟きが漂ってくる。
「僕がエイミィと結婚? そんな馬鹿な」
クロノは別にエイミィが嫌いなわけではなく、むしろ大切な友人だと思っている。しかし、クロノの好みはなのはのような年下の女の子で、いつかきっと素敵な出会いがあると信じていたのだ。
案外、ロマンチックなところがあったらしい。
「嘘だ。フェイトちゃんとなのはちゃんが年増になるなんて嘘だ。フェイトちゃんたちみたいな魔法少女は、きっといつまで経ってもちっちゃいままなんだ」
小鳥遊はマジ泣きしながら現実逃避をしていた。
「おい、小鳥遊」
アルフは小鳥遊の胸倉をつかみ上げる。
「何年後だろうと、フェイトに年増って言ったら、承知しないからね」
牙をむき出し恫喝する。このままではフェイトの悪夢が正夢になりそうだ。
「やだなぁ。そんなこと……」
小鳥遊が視線をそらす。すでに言わない自信がないらしい。
アルフは盛大に溜息を吐いた。やはり筋金入りのミニコンだ。
時の庭園での最後の瞬間、ジュエルシードのエネルギー障壁が弱まったが、あの原因は小鳥遊だった。
あの時、小鳥遊は朦朧とした意識の中で、全員が親指サイズまで縮んでいるのを見て、心の底から満足した。ジュエルシードは願望を叶える。小鳥遊の願望が叶ったことにより、接続されていたジュエルシードの力が弱まったのだ。
「しょうがないね。取引しよう」
「取引?」
「そう。あんたの願いは私が叶えてやる。その代わり、あんたはフェイトに年増って言わない」
「どうやって叶えてくれるんです?」
「これなら文句ないだろう」
アルフが対小鳥遊用最終必殺技を発動させる。体が光に包まれ、子どもフォームへと変身する。
「アルフさん、可愛い!」
「抱きつくな!」
感激のあまり抱きつこうとする小鳥遊の顔を、アルフが足で押しとどめる。
その時、佐藤がアルフの肩を軽くつついた。なのはたちとの別れを終えたフェイトが、こちらにやってくるところだった。
フェイトは儚げな笑顔で小鳥遊に話しかけた。
「宗太さん、また遊びに行ってもいいですか?」
「もちろん、いつでも歓迎するよ。俺だけじゃなく、姉さんたちもなずなもきっと喜ぶ。フェイトちゃんもアルフさんももう家族みたいなものなんだから」
フェイトは幸せそうに家族という言葉を噛みしめる。アリシアの記憶以外で、フェイトに家族の温もりを教えてくれたのは小鳥遊家だった。教育係だったリニスも優しくしてくれたが、それは先生としての優しさだった。
これまで小鳥遊に対して漠然と抱えていた思いがある。フェイトはその思いを素直に言葉にした。
「宗太さんって……なんだかお父さんみたい」
フェイトにもアリシアにも父の記憶はない。少々家庭的すぎる気はするが、フェイトに取って小鳥遊は初めての父親のような人だった。
「…………」
「宗太さん?」
小鳥遊はしばし無言で立ちつくしていたかと思うと、いきなり鼻血を出してぶっ倒れた。
「宗太さん!?」
フェイトが慌てて抱き起こすと、小鳥遊は感極まった様子で目を閉じていた。
「俺、もういつ死んでも構いません」
「宗太さん、しっかりー!」
不幸でも死ぬが、幸せでも死ぬらしい。本当に難儀な性質である。
その頃、なのははユーノと並んで歩いていた。
小鳥遊たちがいる辺りがやけに騒々しいが、ユーノはそれにも気づかないくらい緊張していた。
なのはに気持ちを伝えるには今しかないとわかっているのに、どうしても決心がつかない。心臓が早鐘を打ち、握った両手はじっとりと汗ばんでいた。
「ユーノ君、どうしたの? なんか変だよ?」
なのはが無邪気に訊いてくる。
アースラ出航の時刻が差し迫っている。ユーノは意を決してなのはと正面から向き合う。
「な、なのは!」
ユーノの顔はゆでたトマトのように真っ赤だった。
「何?」
ユーノは深呼吸をして一息に言った。
「君が好きだ!」
「うん。私も好きだよ。大事なお友達だもん」
なのはの発言に、ユーノがよろめく。心がくじけそうになるが、これくらいなら予測の範囲内だ。
「そ、そうじゃなくて、種島さんと佐藤さんみたいな好きって言うこと!」
なのはの目が点になる。
「ふ、ふええええええええ!?」
どうにか気持ちは伝わったらしい。なのはが赤い顔で慌てふためいている。
「あの……それで……もし良かったら……」
しどろもどろでユーノは先を続けようとする。その時、
「そろそろ時間だ。出発するぞ」
クロノが冷厳に告げた。
「も、もうちょっと待って!」
「駄目だ」
クロノはユーノの肩をつかむと転送エリアまで無理やり引きずっていく。
「なのは、今度会ったら、返事を聞かせて!」
ユーノはどうにかそれだけを言い、なのはが赤い顔で首肯する。
みんなで手を振り、最後の別れの挨拶をする。フェイトやアルフ、ユーノ、クロノが、光に包まれアースラへと転送されていく。
こうしては魔法の世界の住人たちはミッドチルダへと、高町姉兄妹は海鳴市へと帰り、ワグナリアは日常を取り戻した。
それぞれの一生の思い出になるであろう夏は、こうして終わりを告げた。
エピローグ
あれから十年の月日が流れた。
フェイトはハラオウン家の正式な養子となり、フェイト・T・ハラオウンと名乗るようになった。ミドルネームのTは旧姓のテスタロッサのイニシャルだが、隠された別の意味があることを知る者は少ない。
フェイト・小鳥遊・ハラオウン。彼女のもう一つの家族の名前だ。
なのはとフェイトは時空管理局に就職し、多忙な日々を送っている。今日は珍しく二人とも休暇が取れたので、朝から一緒に遊びに出かけていた。
夕方になり、なのはたちは喫茶店に入って休憩する。
「そう言えば、エリオ君とキャロちゃん、元気にしてる?」
なのはがジュースを飲みながら言った。フェイトが後見人を務める子供たちの名前だ。
「うん。よかったら写真見る?」
フェイトは二枚の写真を取り出した。遊園地を背景に十歳くらいの少年と少女が笑顔で写っている。
かつてなのはや小鳥遊が自分にしてくれたように、フェイトは不幸な境遇にある子供たちに手を差し伸べることを生きがいにしていた。
「でも、忙しいのに大変じゃない?」
なのはが心配そうに言うと、フェイトは笑顔で応える。
「まあね。でも、二人の顔を見てたら、疲れなんてどこかに飛んでっちゃうから」
「そっか。可愛いもんね」
「うん。本当に可愛い」
フェイトは二人の写真を眺め、しみじみと呟いた。
「……本当に十二歳以上なんかにならなければいいのに」
「…………フェイトちゃん?」
聞いてはいけない台詞を聞いた気がして、なのはの顔が引きつった。
「あ、いけない。もうこんな時間」
フェイトは時間を見て慌てて立ち上がる。夕飯はキャロと一緒に取る約束になっているのだ。
「なのはは、これからユーノと会うんだよね?」
「うん」
なのはは少し赤い顔で頷く。ユーノは現在無限書庫で司書長をやっている。
十年前に告白されて以来、お互い忙しいのでなかなか会えないが、どうにかこうにか関係は続いている。今日はユーノも仕事を早く上がってくれる予定だった。
「じゃあ、ユーノによろしくね」
「うん。伝えておく」
フェイトが走って去っていく。しばらくすると、眼鏡を賭けたユーノが店にやってくる。
「お待たせ、なのは」
ユーノが声をかけるが、なのははフェイトが消えた方角をじっと見つめていた。
「なのは?」
重ねて呼びかけると、なのははようやく振り向いた。
「ユーノ君。お願いがあるんだけど」
「何?」
「無限書庫でミニコンの治療法探してくれないかな?」
「はっ?」
どうやら伝染病の類のようだ。フェイトが完全な小鳥遊家の一員となってしまう前に治療しないといけないと、なのはは真剣に思った。
終
最終更新:2012年10月30日 23:03