フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
刈割/切通
初日/8時34分52秒
―――ひっ ひぃ ひ ひぃ ひひっ ひ ぃ―――
乱れた耳障りな呼吸。
無意味に振り回される錆び付いた鍬。
血のような赤に染まった水、それに満たされた棚田。
フェイトは目を開けた。頭痛の余韻がまだ頭に残っている。自然と眉間に皺が寄り、思わず手で額を押さえた。
取り敢えずのところ、近くに屍人はいないようだ。
しばらく頭を休めてから、再び濃霧に包まれた山道の中をさまよい始める。
雨に濡れた砂利と泥を踏む度に、ぐじゅりと嫌な感触が足に伝わった。湿気で満ちた質量のある空気で、息が詰まりそうだ。
実際はそんなことないだろうが、これが夢なら今すぐ醒めてほしい。
疲労でいささか働かない思考回路の中、フェイトはそう思った。
目覚めてから夜が明けて現在に至るまでの数時間、フェイトは取り敢えず人がいる場所を目指して歩き続けた。
真夜中に起きた地震はかなり大きかった上に、爆音で流れたあのサイレン、赤い雨。現地でも必ず騒ぎになっているはずだろう。
そう考えて辿り着いた人里で、フェイトは予測の範疇を大きく超えた光景を見ることになった。
村には、屍のような姿に変異した現地の人々が、なんの疑問も抱いてないかのような振る舞いで『生活』していた。更に雨だけではなく、村の水という水が、血のような赤に染まっていた。
人間のフェイトからすると、その光景はさながら『地獄』に例えられるものに見えた。
そしてそのどこにも、フェイトの、人間の居場所などは無かった。
なぜ彼等がそうなって、なぜ全ての水が赤く染まったのか原因は分からない。
だが彼等はフェイトを見つけるやいなや攻撃を始め、その命を奪おうと追い回してきた。
現地人に対する攻撃を認められていない現状を考慮した上、ショックと恐怖の中で逃げることしかできず、フェイトは与えられた能力を頼りに人気の無い場所へ逃げてきたのだ。
それからは多発している不可解かつ厄介な現象を前に、原因の手掛かりに成り得るものを求めて歩き回った。
しかしここ数時間、そういったものはまるで見つかっていないし、その上正常な人間と思しき生存者達も見当たらなかった。
(ティアナとキャロも見あたらないし……二人ともどこにいるんだろう、無事ならいいんだけど)
無事だとしたらティアナもキャロも、既に村の外に行ってしまった場合もある。
いないようなら、その時は村から出て行き、都市部まで様子を見に行くしかない。
考えたくは無いが、この赤い水で満たされ、人々が異常な状態になる事象が、この地帯だけでなく、他の地域でも多発的に起きているという可能性もある。
(これが大規模に起きてないことを祈る……けど、私が無力であるうちは、あること無いこと考えてても仕方ない、か)
由緒ある局の執務官として、ライトニング隊長として情け無いが、魔法も使えないこの状況で、頼りになるのは仲間の、管理局からの救援だ。
現時点ではそれに望みを託すしかないだろう。
その中で自分のやるべきことと言えば、やはりキャロとティアナと合流して、無事にこの状況を切り抜けること。それと出来ればこの異変の原因を探ること。
いずれにせよ、異変の発端となった地震や、数時間前にも鳴り響いたサイレン、それに赤い雨や水、突然授かった超能力、変異した村人達は何かしらの関係があると考えていいだろう。
もしかしたら、管理局もまだ見ぬ地球に眠っていたロストロギアが発動したのか。その可能性も否めない。
(それで赤い水が現地人の変異の原因だとしたら、私も危ないのかな)
絶対にあってほしくないが考えられる中では一番有り得る可能性だ。
思わず頭の隅で、村人達と同じように目から血を流し、意味不明な言葉を呟きながら徘徊する自分を想像して、嫌悪感と静かな恐怖に気持ちが揺らぐ。
だがフェイトはあくまで自分がライトニングの隊長であることを思い返し、冷静を取り繕って手のひらを見た。
(私の身体にはまだ何も異変が無いみたいだけど……ん?)
ふと、手のひらの向こう、深い霧に包まれた切通に目が行く。
そこに仰向けに倒れている誰かの姿が見えた。
変異した村人かと思いフェイトは警戒心を強めた。
目を瞑り、意識を倒れている誰かに向ける。
しかし視界は真っ暗なまま、何も映らない。気絶でもしているのだろうか。
そう思い、目を開けて能力を切る。
それから相手が人間であるという場合も考え、フェイトは身構えながら、倒れている人物近付いた。
近付いてみて、フェイトは思わず息を呑んだ。
倒れていたのは、肌が死体のように青白いわけではなく、目から血も流れていない、人間の若い男だった。
歳はフェイトと同じぐらいだろうか。
現代の日本では余り着られないような古風な服装、レースの編み込まれた白い長袖のシャツと、脚のラインが目立つ黒い長ズボン。
真ん中で綺麗に分けられた髪型に、割合整った顔立ちが特徴的だ。
しかしその目は固く閉じられており、微動だにしない。
「大丈夫ですか!?」
人間だと分かると、フェイトはすぐさま駆け寄って男に呼び掛けた。だが反応は無い。誰かに襲われたのだろうか、男は気絶しているようだ。
目立った外傷も無いことを確認して、フェイトは男の肩を掴んで軽く揺らした。
「聞こえてますか!?しっかりして下さい!」
揺らしながら呼び掛けていると、やがて男の眉間がピクリと動いた。眉を潜め、「うぅ……」と呻く。
(よかった、生きてる)とフェイトは安堵して、男の目覚めを待った。少ししてから男は薄目を開け、ゆっくりと瞳をフェイトに向けた。
「ん……誰、だ?」
切れ長の目を瞬かせて呟く男。それからフェイトの返答を待たずに、やや苦しげに表情を歪めながら、男は上体を起こした。
「大丈夫ですか?」とフェイトが恐る恐る聞くと、男は何も言わず軽く手を挙げて、フェイトを黙らせた。
「余所者……外国人か。日本語が分かるのか?」
男は後頭部を手で抑えながら立ち上がって、フェイトに振り返ると、怪訝そうに眉を潜めた。
「はい。もしかして、あの村の人達に襲われたんですか?」
男に聞き返しながらフェイトも立ち上がり、膝についた泥をはたき落とす。
男はフェイトの質問に「いや……」と否定して、呆然と間を空けてから、突然気付いたようにフェイトを見た。
「そうだ、髪が長くて黒い服を着た少女と緑の服を着た余所者の男を見なかったか!?」
いきなり慌て始めた男にフェイトは驚き、やや言葉に詰まりながらも「見てません」と答えた。
すると男は舌打ちをして、怒りを堪えるかのように右往左往し始めた。うろつきながら「あいつ絶対に許さないからな」などとも呟いている。
余程我慢ならないことがあったのか、男は歯を噛みしめ、悔しさを隠そうともせず態度の全面に表している。
「秘祭には美耶子が必要なのに……誑かして連れて行きやがって」
ひさい?みやこ?
フェイトは男の様子と言動に引っかかりを覚え戸惑う。
みやこ、というのが黒い服を着た少女のことなのだろうか。幸運なことに、この男は少なからずなにか情報を持っているようだ。
しかしながら話そうにも、男は右往左往したまま完全に自分の世界に入り込んでしまっている。
とりあえずフェイトは、無理矢理にでも話の糸口を掴むために自分から名乗ることにした。
「私、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンって言います。日本に留学している大学生です」
留学で来た大学生というのは、勿論その場をやり切るための嘘だ。
男は苛立ちを表情に孕ませたまま、フェイトに向き直る。
「ん、フェイト……なんだって?」
海外の名前に聞き覚えが無いのだろう。男は変なものを見るような顔でフェイトに聞き返す。
「フェイトでいいです。あなたは?」
「……神代淳。この村を束ねる神代家の、次期党首だ」
(村を束ねる……)
淳の話が本当かどうかは分からない。しかし党首ならこの村について、それに伴いなにかこの異常について知っているかもしれない。
疲れているからか、そんな安直な望みが頭に浮かぶ。そもそも現地人という立場から何かを知っている可能性もある。
だが、まずは有力者の次期党首を自称する淳が、どうしてこんなところにいるのかという疑問から聞かなければ。
「神代さんはどうしてあそこに倒れていたんですか?村の人に襲われたわけじゃないんですよね?」
自分は査察官ではなく、執務官だ。
対人交渉に長けているわけではないが、せめて管理局の法を違反した者を取り調べる時のように、なるべく語調を柔らかくして話を探る。
しかし淳は眉を潜めて、鬱陶しそうに睨み返してきた。
「助けてもらったことは事実だし、それには礼を言うが、お前の質問に答えなければならない義理はないね」
威圧的に言葉を返す淳。気絶のダメージと疲労で気が立っているのだろうか、とフェイトは思いながら、対話を続けようと試みる。
「答える義理はなくとも、あんなところで一人で倒れているなんて危ないじゃないですか」
「ここは人間のいるべき場所じゃないのに危ないも糞もあるか」
だが淳の高圧的な態度は変わらない。
しかし、まるで何かを知っているかのような口振りだ。やはり現状の異変に関して、情報を持っているのだろうか。
このまま顔色を窺って聞き出すこともできるが、状況が状況なので、フェイトは早速聞きたい話を切り出した。
「人間のいるべき場所じゃないって……何か知ってるんですか?」
「なにがだ?」
「この状況について、です」
問いただすフェイトに、淳は小馬鹿にしたような笑みを浮かべて「さあな」とだけ言い放つ。
この時点で、先程からの上から目線な態度は淳の素なのだろう、とフェイトは理解した。
しかし同時に、淳の醸し出す『裕福で傲慢なお坊っちゃん』といった雰囲気の裏に、何かを隠していることをフェイトは確信していた。
「この村の有力者なんですよね?それにさっきも『ひさい』がどうとかって」
「そんなの、お前が知ったことじゃないだろ」
淳は話を強制的に切るように冷たく言い放つと、しびれを切らしたのか、フェイトを残しておもむろに歩き出した。
だがここで彼を逃すわけにはいかない。この事態を招いた何かについて、淳が何らかの情報を持っているだろうから。
立ち去る淳をフェイトは咄嗟に追いかけた。
「必要あります!」
「知るか、とにかく僕に答える義理は無い」
あくまで冷たくあしらうだけで、こちらに振り向きもしない。フェイトは思い切って足を踏み出し、淳の目の前に回り込んだ。
さすがに淳も、一瞬驚いた表情を見せて、足を止める。淳の切れ長の目を、フェイトは真正面から見つめた。
「私の、大事な仲間が巻き込まれてるんです……お願いします、なにか知っているなら教えて下さい」
突然のフェイトの挙動に、淳は言葉を詰まらせ、視線を泳がせる。これは行ける、そう思ってフェイトはもう一度「お願いします」と静かな声で頼んだ。
すると淳はフェイトの身体と顔の間で、何度か視線を往復させてから不適な笑みを浮かべた。
「ふん……仕方ないな。まぁ既に災厄は起こってしまったんだし、少しくらいは教えてやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
淳に頭を下げ、やった、とフェイトは内心で喜んだ。どうやら探りは上手くいったようだ。
「来い」と言い、つかつかと先を行く淳の足取りに合わせて、フェイトもその後をついて行く。
実のところ淳はフェイトの美貌、そして育った胸や体つきに目を付けただけなのだが、フェイトにそれに気づく感性は無かった。
―――――――――――――――――
やがて林を歩いていると、前方の道が横たわる大量の土砂と倒れた樹木によって途切れていた。あの地震によって地面が崩れたのだろう。
しかし偶然にも途切れた道の左手に、フェイトの目線程の高さがある、石の積まれた生け垣のようなものが土砂から覗いており、その上を通っていけば向こう側の空間へと行けそうだった。
上ると、それは生け垣というより何かの台座のようだった。
土砂に一部飲み込まれた表面には少しだけ生け垣の上には例の赤い水が薄く張っている。
フェイトはそれを気持ち悪く思いながらも、2メートルほど先で途切れている生け垣をさっさと下りていく淳の後を追った。
生け垣を下りると、目の前には棚田が広がっていた。
深い霧で先は見えないが、棚田は全て石を積み上げて作られており、見たところ先の生け垣も棚田の一部だったようだ。
その棚田を飲み込んでいる崩れた土砂に、街灯を押し曲げられ、倒れかかっている。
田のいずれもが赤い水に満たされており、それらはまるで山伝いに上へと伸びる、無数の血の溜め池のようだった。
そんな異様な光景に、フェイトは恐れおののきつつも、その中を先導して歩く淳から話を聞いていた。
聞くところによると、淳はこの村の教会に向かっているようだ。そこは比較的安全らしく、避難して来ている人も少なからずいるらしい。
もしかしたらキャロやティアナもそこにいるかもしれない。日本奥地のこんな閉鎖的な村に、西洋宗教の教会があることに疑問を感じつつも、フェイトは望みを掛けてその教会を目指してついて行くことにした。
棚田を囲むように通っている広い道をゆっくりとしたペースで歩く二人。変異した村人の確かな気配を近くに感じたが、とりあえず今のところは自分達が気付かれるような位置にはいないようだ。
相変わらず深い靄に包まれた景色の中で、周囲を壁のように囲む山の稜線が巨大な影となって見える。
妙に閉鎖的な雰囲気が漂う場所だな。かつて日本に住んでいた経験があるにも関わらず、まるで知らない場所にいるかのような気分だ。
そうフェイトは思いながら周りを見渡していると、ふと棚田の中に立つ、木材を奇妙な形に組んだ案山子のようなものを見つけた。
しかし手袋や農夫の格好をしているわけでもなく、そもそも人の形をしていない。
更によく見て、フェイトは息を呑んだ。
犬だろうか、剥がされた獣の皮らしきものが無造作に縫い合わされ、組木の天辺にかぶせてある。
なぜ閑散とした棚田の中にそんな禍々しいものが立っているのか。そんな、組木を凝視するフェイトの様子に、淳が気付いた。
「あぁ、あれは眞魚字架だな」
組木を一瞥しながら、なんともないように淳は言った。
「マナ字架?」
「この羽生蛇村に古くからある眞魚教の象徴だ」
「マナ教……」
その名前を確かめるように、フェイトは呟いた。聞いたこともない宗教だ。教会と聞いたからにはキリスト教やそれに似た宗教かと思っていたが。
一応、マナ教という名前に注意をしつつも、フェイトは一番聞きたい情報を得るために、話を切り出した。
「……ところで、神代さんはどうしてあそこで倒れていたんですか?」
すると淳は恥じているのか、しばしの沈黙の後、やや言いにくそうにしてから答えた。
「妹と、緑色の服を着た男にやられたのさ」
「妹?それが、みやこっていう?」
「ああ」
誑かしやがって、という先程の言葉を思うに、その男に妹が教唆されて淳を襲ったということなのだろう。
「それでその……緑色の服を着た人というのは?」
「さあな。ただ、あの出で立ちは外部から、都市部から来た奴に違いないだろう。
秘祭を盗み見ていた上に美耶子を誑かしやがって」
淳の口から、また『ひさい』という言葉が飛び出した。フェイトはそれを糸口に、淳の知っている秘密を聞き出そうとした。
「その『ひさい』ってなんなんですか?」
すると淳は振り向き、フェイトを睨み付けて、即座に答えた。
「その名の通りだろ。一部の者以外に知られてはいけない祭、儀式だ。
だからもちろん、お前にその内容を教えることはできない」
その言葉から『ひさい』が『秘祭』と表記するだろうことは予想がついた。淳の様子や言動からしてそれは、村の中でもタブーな存在なのかもしれない。
みやこ、という淳の妹も何かしらの役割としてその儀式に必要な人物に違いない。
そう考えると淳が、秘祭を盗み見てみやこを連れて行った『緑色の服を着た男』に怒りを覚えるのも仕方がないと思える。
しかし、ふと推理して思った。
それがこの異変となんの関係があると言うのだろうか?あるとして、そこに一体どんな秘密があるのだろう。
疑問に思い、フェイトは即座に淳に質問を投げかけた。
「その秘祭、というのはなにかこの異変と関わりが?」
「あるさ。儀式が失敗したから、俺達は神である堕辰子の怒りに触れて、この異界に放り込まれたんだ」
「はい?」
思わず聞き返したフェイトに、淳は鬱陶しそうにため息を吐きながらも、同じことを繰り返した。
「だから儀式が失敗したから、俺達は異界に放り込まれたんだよ」
思わず足取りが止まりかけつつ、なんとか歩みを続けながらも、フェイトは口を開けたまま絶句した。
とりあえず、その儀式とやらとこの状況が直接的に関わりがあると淳が言っていることは分かった。しかし、神に『だたつし』、異界……話が突飛過ぎるが、淳に嘘を言っているような態度は無い。
混乱して口を噤んだフェイトの方に、淳は怪訝そうに目を細めて振り向いた。
「どうした?今度はだんまりか」
「いや……その」
色々聞きたいことはある、が、ありすぎて逆になにから聞けばいいのか分からないというのが、フェイトの心境だった。
「驚いたにしても、お前は表情が分かりやすいな。流石は外国人だ」
冷ややかに笑う淳を前に、フェイトのこんがらがった思考回路は徐々に解けていった。だたつしとは?ここが異界なのか?異界とはどういう意味なのか?
質問は多々あるが、先程の言葉をそのまま受け取るなら、淳は自分から、自分がこの状況の原因と関わっていると自ら白状したようなものだ。
本当にそれが原因なんだとしたら、その秘祭とやらは管理局で言う重犯罪に判定されかねない危険なことなのかもしれない。
それに原因が分かれば、この状況への打開策が見つかるかもしれない。なんとしても、その秘祭とやらの全容を知っておかなければ。
「……その儀式はなんのための儀式なんですか?」
「お前は俺の話を聞いていなかったのか?秘祭の内容は一切教えられない」
やはりそう簡単には教えてくれないだろう。歯がゆくて、苛立たしく拳を握り締める。もし魔法が使えたなら、局員を名乗って少々強引だとしても話を聞き出せるのに。
「じゃあ、だたつしってなんなんですか?なんて書くんですか?」
「ふん、それを知ってどうする?」
更に小馬鹿するように鼻で笑う淳に、流石のフェイトも語調が強くなる。
「知りたいから聞いているんです!」
「それが人に物を聞く態度か?」
フェイトの大声に反応し、淳も表情に冷たい怒りを見え隠れさせる。
しかしフェイトも、この期に及んで傲慢な態度をとり続ける淳に対し呆れにも近い苛立ちを覚えた。
「物を聞く態度って……こんな状況なのにどうしてそんなことを言えるんですか?」
幾分か感情を表情に出しながら、フェイトは言った。すると淳はあからさまに不快な顔をしながら「ちっ」と大きな舌打ちをして、何も言わずにフェイトから顔を背けて歩き始めた。
「ちょ、ちょっと!まだ話は……」
フェイトがその腕に掴みかかると、淳はその手を引き離そうと激しく抵抗した。
「うるさい!離せ外国人!」
「あなたこそ!どうして話してくれないんですか!?」
「何度も言ってるだろ!痴呆なのかお前は!?」
「痴呆って……」
雨に濡れた泥道の真ん中で堂々と掴み合い、大声で怒鳴る淳と、それに比べれば静かだが普段よりは荒げた声で言い返すフェイト。
淳に掴みかかりながら、こんな姿を局の仲間達に見られたらきっと呆れられ窘められるだろう、とフェイトは不意に思った。
だがそれも全ては、仲間達の元に戻ってからの話である。そのために、この男の持つ情報は必要不可欠なのだ。
「とにかく話を!」
「うるさい!」
淳が叫んだ、その直後だ。
ぱぁん
どこからともなく甲高い、乾いた破裂音が聞こえてきた。ほぼ同時に、淳を掴んでいたフェイトの腕に何かが掠る。
即座に鋭い痛みが腕に走り、見ると服が切れ、裂けた皮膚から血が溢れ出していた。
淳とフェイトは途端に黙り、血相を変えて離れた。辺りを見渡すが人影は見当たらない。
あの音、服の切れ目から焼け焦げたような臭いがする。
(は、発砲……!?)
間違いない、誰かに銃器で狙われている。フェイトが腕を押さえていると、すぐ近くの茂みからがさがさと音がした。
即座に振り向く二人に、鉄の塊が向けられる。
「了 解…… 射 殺 し ます」
そう言って二人に拳銃を向けていたのは、目から血を流した蒼白の警官だった。
息を呑む二人に向けて、警官は容赦なく引き金を引いた。再び鳴り響く発砲音に二人は身を竦める。
放たれた弾丸は地面に着弾したらしく、足元から甲高い音が聞こえてきた。
「くそっ!!」
淳はそう言い捨てると、即座にその場から元来た道に向かって走り出した。
フェイトは、淳を追おうと駆け出しそうになった衝動を抑え、逆方向の道に目をやった。
(……仕方ない!)
淳から聞き出したいことは多々あったが、同方向に言ったらあの警官に追撃され兼ねない。
まずは命だ。二人とも安全に退避するため、警官を攪乱するためと、フェイトは淳とは逆方向へと駆け出した。
「待ち なさ あ ぁあ い」
警官は制止を呼び掛けながら、フェイトの背中に向かって発砲した。
飛んできた弾丸は、揺れ動くフェイトの金髪を結ぶリボンに当たり、それを引き裂いた。
広がる髪の毛も意に介さず、フェイトは全速力で走り続ける。
今の騒ぎで他の村人達にも気付かれた可能性がある。一刻も早くこの地から去りたかった。
途中、橋が崩落した堀があったが、勢いでそれを飛び越える。
着地してからも走り続け、傷付いた腕を庇いながらフェイトは思考した。
まだ淳の言ったこと全てが信用に足るかも分からないが、先の話を信じるとなると、今起きている異変は、この村に根付く土着信仰と何か深い関係にあるらしい。
近頃管理局を騒がせているレリックや戦闘機人が絡んでいるという可能性も無きにしも非ずだ。
だが、淳に会ったことでフェイトの行動方針は固まった。
一つは、淳の零したマナ教とやらの概要、秘祭や『だたつし』についての調査。また一つは緑色の服を着た男と『みやこ』との接触。
キャロとティアナや、他の生存者との合流は引き続き目指すとして、まずは淳の連れて行こうとした『教会』に向かいたい。
(でも、その教会って一体どこに……)
問題はそこだ。淳からは教会とやらの場所を聞いていないためにどうやって行けばいいのか全く分からない。
ただ漠然と、『ここの近くにある』とは言っていた気がする。それに淳が先導していた道はこの方向だったし、なんとかなるかもしれない。
(……でも取りあえずは、ここを離れなきゃ)
こちらへと向けられる無数の意識達を、例の能力で確かに感じながら、フェイトは泥を蹴散らして道を駆け抜けて行った。
最終更新:2013年09月12日 22:47