人影の絶えた町に、レオの聖衣をまとったノーヴェが立っていた。
 見上げる先には、虹のようにアーチを描く光の道。ウイングロードの上でスバルとティアナが戦闘態勢を取っていた。
「前回あれだけ手酷くやられたのに、お前も懲りないな。タイプゼロセカンド」
「私もいるんだけど?」
 ティアナが不快感をあらわにする。
「一人も二人も違いはねぇ。前回同様、とっとと終わらせてやる!」
 ノーヴェはエアライナーを伸ばした。
「スバル、行って!」
「了解」
 スバルはティアナを肩に担ぎ上げると、ノーヴェに背を向けて走り出す。
「おい!」
 いきなり逃げ出した相手を、ノーヴェは慌てて追いかける。しかし、スバルの速度は量産型ストラーダによって格段に向上している。
 スバルに担がれたままのティアナがクロスミラージュを連射する。追いかけているノーヴェに道を選ぶ自由はなく、避けきれなかった魔力弾が黄金聖衣の表面で火花を上げる。
「追いつけねぇ!」
 スバルとノーヴェの差は一向に縮まらない。
 弱点を見抜かれていることに、ノーヴェは気がついた。エアライナーの展開速度は、コスモの力を借りてもそれほど速くなっているわけではない。せいぜい音速の十倍程度。どうやらこれがエアライナーの限界らしい。
 道の展開速度が変わらないのに、銃撃まで受けては追いつくのは難しかった。
「ああもう、本当にかっこ悪い!」
「この作戦考えたの、ティアじゃん!」 
 荷物のように運ばれるティアナが毒づき、スバルが言い返す。
 スバルがウインドロードで移動を、ティアナがクロスミラージュで攻撃を担当する。
 いかに黄金聖衣でも、魔力ダメージを無効化できるわけではない。どんなにわずかでも、このままノーヴェの体力を削っていけば、いずれ勝機をつかめるはずだ。
 決め手に欠ける作戦だったので不安だったが、どうにかなりそうだと、ティアナは胸を撫で下ろした。
「なんてな」
 ノーヴェが獰猛に犬歯をむき出し、光の道を蹴って跳んだ。
 ノーヴェは足元に一瞬だけエアライナーを展開し、そこを足場に次の一歩を踏み出していく。
 光の波紋を残しながら、黄金の獅子が天を駆ける。
 エアライナーよりもノーヴェの走る速度の方が速いのだ。律儀に道の展開を待つ必要はない。エアライナーではなく、エアランナーとでも呼ぶべきか。
「弱点なんて、とっくに克服済みだ!」
 道という枷から解き放たれたノーヴェが、銃撃を華麗にかわし、みるみるスバルに追いついていく。
 ティアナが咄嗟に自分たちの幻影を発生させた。
「無駄だぜ、ライトニングプラズマ!」
 閃光と化した無数の蹴りが、幻影ごとスバルとティアナを吹き飛ばした。

 一仕事終えたウェンディは、のんびりと空中遊泳を楽しんでいた。
「いやー。いい天気っスねぇ」
 仰向けになって太陽の光を全身に浴びる。まるで雲のベッドに寝そべっているようだった。
 ウェンディはサジタリアスの聖衣を心底気に入っていた。
 ライディングボードで飛行するのも、あれはあれで趣があるが、やはり一度はトーレたちのように自由に空を飛んでみたかったのだ。飛行できない他の姉妹たちには悪いが、なまじ空を飛べるだけに、余計に憧れは強かった。
 できれば、いつまでもこうしていたい気分だったが、敵が徐々に接近してきている。
「まったく無粋な奴っス」
 雲の隙間から姿を現したのは、足から光の翼を生やしたなのはだった。すでにリミットブレイクを発動し、限界を超えた強化がなされている。
 大物の出現に、ウェンディは少しだけやる気を出した。
「それじゃとっとと片づけさせてもらうっス」
 ウェンディが光速の拳を繰り出す。
『Round Shield』
 強固なシールドが、ウェンディの拳を受け止めた。
「へえ、やるじゃないっスか」
 ウェンディの賛辞に、なのはは無言だった。両腕を軽く横に開き、直立姿勢でウェンディを見つめ返している。
「でも、まぐれは続かないっスよ」
 ウェンディは素早く上方に回ると、後頭部めがけてかかとを落とす。
 なのはは微動だにしない。しかし、再びシールドがウェンディのかかとを受け止める。
 攻撃からワンテンポ遅れて、なのはがウェンディを見上げる。その瞳は、まるで湖面のように静かに凪いでいた。
 ウェンディは攻撃を続けるが、ことごとくシールドによって防がれる。
「そんな、なんでっスか!?」
 ウェンディは動揺を抑えられずに叫ぶ。
 どうして光速の動きについてこられるのか。なのははシールドから一拍遅れてウェンディを見る。予測して防いでいるなら、先に視線が動くはずだ。
 ウェンディはなのはが左手に持つレイジングハートに目をやった。なのはが直立不動で攻められるままにしていた理由にようやく気付く。
「まさか、オートガード!?」
 デバイスに搭載されている術者を守る為の自動防御機能。しかし、それは本来そこまで高性能な物ではない。なのははレイジングハートに魔力を集中させ、オートガード機能を極限まで高めていた。
「滅茶苦茶っスよ、こんな戦い方」
 攻撃も速さも捨て、なのはは己のデバイスに命運を託していた。もしレイジングハートが防御に失敗すれば、光速拳は容赦なくなのはを貫く。そんな極限状態にあって微塵も揺るがないなのはの瞳が、ウェンディには恐ろしかった。
「あんたは空中要塞っスか!」
 口に出してから、ウェンディは比喩が間違っていることに気がついた。
 堅固な要塞には威圧感はあっても、こんな不気味さはない。
 無感情にウェンディを見つめるその姿は、白いバリアジャケットと光の翼が合わさって、まるで罪人を裁く無慈悲な天使のようだった。
 ウェンディは不吉な想像を頭から締め出し、黄金の弓を取りだした。
「なら、シールドごと貫くのみっス!」
 ありったけのコスモを集中させた黄金の矢をつがえ、弦を引き絞る。神をも射抜く黄金の矢が、なのはめがけて放たれる。
「…………えっ?」
 一瞬、ウェンディは何が起きたのかわからなかった。
 光をまとったなのはが、ウェンディにぶつかっていた。
 なのはとて全魔力を推力に傾ければ、ウェンディと同等のスピードは出せる。ただし適正の問題で、細かい機動は行えない。ウェンディが最大の攻撃を放つ際にできる一瞬の隙を見越して放たれたA.C.Sドライバーだった。
 なのはの右腕には、黄金の矢が深々と突き刺さっていた。負傷は最初から覚悟の上だったのだろう。こんな戦法を顔色一つ変えずやり遂げたなのはに向かって、ウェンディは素直な感想を送った。
「あんた、いかれてるっスよ」
 サジタリアスの聖衣がウェンディから離れていく。翼を失ったウェンディは大地へと落下して行った。

 空中で半人半馬のオブジェとなった聖衣に、ウェンディは手を伸ばした。しかし、ウェンディがどれほど求めても、偽りの主に黄金聖衣は振り向いてくれない。
 凄まじい勢いで地面が迫ってくる。調子に乗って、高度を上げ過ぎたようだ。この高さから落ちては、さしもの戦闘機人も助からない。
 唯一ウェンディを助けられる可能性のあるなのはは、黄金の矢によって体勢を大きく崩している。すぐには動けないだろう。
 風が耳元でごうごうと唸るのを聞きながら、ウェンディは己の死を悟った。
 脳裏をよぎる走馬灯は、すぐに終わってしまった。人生を振り返れるほど稼働時間が長いわけではない。
 代わりに思い出したのは、星座の伝説と一緒に読んだある物語だった。
 イカロスという青年が、孤島の迷宮から脱出する話だった。イカロスは父親と共にろうで固めた鳥の羽で、島の外へと飛び立った。しかし、イカロスは父親の警告を忘れ、高度を上げ過ぎた。太陽に近づきすぎたイカロスの翼は熱で溶け、墜落して死んでしまった。
 最初に読んだ時は、別にどうとも思わなかった。せいぜいが間抜けな男という感想くらいだ。
 しかし、今なら理解できる。空がどれだけ人を魅せるか。鳥ならぬ人間が飛ぶことが、どれだけ楽しいか。ウェンディは死ぬことは怖くない。ただ、もう飛べなくなることだけが、無性に悲しかった。きっとイカロスも同じ気持ちだったのだろう。
 こぼれた涙が空へと舞い上がっていく。右腕を高く掲げ、ウェンディはぽつりと呟いた。
「……また飛びたかったスね」
 もう贅沢は言わない。ライディングボードでも、他の何でもいい。もう一度、風を感じて空を飛べるなら、それはどんなに素敵なことだろうとウェンディは思った。
 地表まで残り数メートル。ウェンディはそっと目を閉じた。
 その時、強い衝撃がウェンディの右腕に走った。
「飛べるよ」
 お日様のように温かい声だった。顔を上げると、太陽を背になのはが微笑んでいた。杖を持ちかえる暇もなかったのだろう。なのはは矢が刺さったままの右腕で、ウェンディの全体重を支えていた。
「あなたが望むなら、きっとやり直せる。また飛べるよ」
 矢傷から溢れた鮮血が、バリアジャケットの袖を赤く染め、ウェンディの顔に滴り落ちてくる。
 ウェンディでさえ腕がちぎれると思ったほどの衝撃だ。想像を絶する激痛が、なのはを襲っているだろう。
 その痛みを覚悟でなのははウェンディを助け、あまつさえ笑顔を向けてくれているのだ。たくさんの人と仲間を傷つけた犯罪者を。
 優しいなのはの微笑みを見つめ返し、ウェンディは素直な感想を口にした。
「あんた……やっぱりいかれてるっスよ」

 草むらに横たわったウェンディが、穏やかな寝息を立てている。助かって気が抜けたのと、魔力ダメージの影響だろう。
 なのはは念の為、ウェンディをバインドで拘束すると、アースラに戦闘終了の連絡を入れ、身柄の確保を頼む。
 落ちていくウェンディを見た時、なのはは間に合わないと思った。
だが、ウェンディが空に向かって手を伸ばすのを見て知ってしまった。この子はなのはと同じで空に魅せられているんだと。
 気がつくと、後のことなど何も考えず、なのははウェンディを助けていた。
 どうにかウェンディを助けられはしたものの、代償は大きかった。矢傷がさらに広がり大量の血が溢れだしている。
 なのはは右腕に刺さった矢をつかむと、一息に引き抜く。矢尻についた返しが傷口を抉り、焼けつくような痛みが襲ってくる。喉まで出かかった悲鳴を、歯を食いしばって押し殺す。
 なのはは呼吸を落ち着けると、軽く右手の指を動かした。傷は深くとも、幸い神経に傷はつかなかったようだ。ただしこの腕では、大威力砲撃は使えない。得意技が封じられ、なのはの戦闘力は半減している。
 包帯代わりにバインドで傷口を絞め上げ、止血を行う。
「いかれてるか」
 ウェンディの最後の言葉を思い出し、なのははため息をついた。
「知ってるよ」
 サジタリアスのオブジェに矢を戻すと、なのはは右腕をだらりと下げたまま歩きだした。

「ライトニングプラズマ!」
 吹き飛ばされたスバルとティアナが壁をぶち破り、床の上を激しく転がる。
 空から叩き落されてからも、スバルたちの戦いは続いていた。しかし、連携と幻術を駆使しても、速度の差を埋めることはできなかった。
 スバルはぼんやりとした頭で、周囲の状況を確認する。
 埃っぽい空気と薄暗い空間。どうやら廃ビルの中のようだ。吹き抜け構造で広さも高さもそれなりにある。
 満身創痍のスバルが、壁に手をついて立ち上がる。しかし、ティアナは動かない。
 仲間の様子を窺うと、完全に気を失っていた。無理もないと思う。戦闘機人のスバルでさえ、ようやく意識を保っていられる損傷だ。生身のティアナでは、むしろ死んでいないのが不思議なくらいだ。
「さすがだな、タイプゼロセカンド。まだ動けたか」
 黄金の輝きが薄闇を照らしながら近づいてくる。
 仮にスバルが五体満足だったとしても、勝ち目はないし、逃げることもできない。
(私が投降すれば、ティアだけでも助かるかな?)
 弱った心が諦めて楽になれと囁きかける。しかし、スバルは頭を振って甘い誘惑を断ち切る。そんな不確実な願望にすがるわけにはいかない。
 小さい頃のスバルは、臆病で泣いてばかりいた。姉が格闘技の練習しているのを見つめながら、戦いで人を傷つけるのが怖くて、嫌でしょうがなかった。
 でも、災害現場からなのはによって助けだされ、人を守れる力もあるのだと知った。それからは、誰かを守れる存在になるために一生懸命走り続けてきた。
 スバルの後ろにはティアナがいる。大切な友人一人守れずして、夢を叶えるなんてできるはずがない。例え無駄なあがきだとしても、最後の最後まで戦い抜いてみせる。
 マッハキャリバーのタイヤが回転し、スバルが走り出す。ソニックムーブによって加速された拳を繰り出す。
「遅いんだよ!」
 ノーヴェの回し蹴りが、スバルのこめかみに炸裂する。
 やはり速度が足りない。カートリッジシステムが搭載されていない量産型ストラーダでは、エリオのように魔法の重ねがけをすることもできない。
 スバルはそれでも果敢に向かっていくが、攻撃がことごとく空を切る。
「お前……?」
 ノーヴェが避けたわけではない。そもそも狙っている方向が見当違いなのだ。スバルのぼやけた眼差しに、ノーヴェは気がついた。
「目が見えてないのか。だったら、大人しく寝てろ!」
 スバルはティアナの隣まで殴り飛ばされる。ライトニングプラズマはスバルの内部機構にもかなりのダメージを与えていた。
 目は霞み、耳もろくに音を拾ってくれない。口の中を派手に切ったらしく、溢れた血の味とにおいのせいで、味覚も嗅覚もあまり機能していない。ダメージを受け過ぎた体は、痺れたようになってほとんど感覚がなくなっている。
 マッハキャリバーが動作をサポートしてくれるが、外界から刺激を受け取れないスバルでは対応しきれない。
 見えない目でスバルは、ティアナの顔を探す。
(ティアは本当にすごいね)
 スバルがティアナを尊敬しているところは、諦めない心だ。どんな逆境でも負けん気の強さで立ち上ってくる。例え今日負けたとしても、明日勝つために頑張れる。
 ただ強いだけだったら、スバルもそこまで憧れはしなかっただろう。ティアナの心はとても繊細で、ともすればあっさり折れそうに思える時もある。鋼の様な心ではない。しなやかで強靭、脆く繊細、と相反する要素を兼ね備えている。
 そんな強さに憧れて、スバルはティアナと一緒にいる。いつか自分も同じくらい心が強くなれるんじゃないかと信じて。
(お願い、ティア。私に勇気を分けて)
 大切な友人を守りたい。その一心でスバルは限界を超えた体で立ち上がる。
 不意にスバルの視界に満天の星空が映った。過去の記憶でも再現されているのかと思ったが、星空はスバルの体内から感じられた。
(違う。これは宇宙だ)
 訓練中に聖闘士たちから教えられたことがある。コスモの正体は、人間の持つ六感を超えた先にある第七感だと。故に他の感覚を封じれば一時的にコスモを増大させることができる。
(これがコスモ!)
 五感を封じられたことで、スバルのコスモが一時的に高まり覚醒したのだ。覚醒さえできれば、コスモも魔法も基本的な使い方は変わらない。
「燃え上がれ、私のコスモ!」
 スバルの闘志に呼応して、体の奥底から新たな力が湧き出してくる。
 スバルの前に巨大なコスモが君臨している。ノーヴェのコスモだ。弱った視覚を、コスモが補ってくれている。
「リボルバーキャノン!」
「何!?」
 スバルの右腕が、ノーヴェを捉える。コスモで加速された肉体を、魔法でさらに加速する。スバルはさらなる速さを手に入れていた。
 スバルとノーヴェの腕と足が激しくぶつかり合う。
 ノーヴェは最初の混乱から立ち直ると、口の端を歪めた。
「やっぱり遅ぇ!」
 スバルの拳が軽々と受け止められる。
(まだ届かない。もうちょっとなのに)
 いくら魔法で底上げしても、目覚めたばかりのコスモで、セブンセンシズに敵うわけがないのだ。

 激しい激突音の連続に、ティアナの意識は、まどろみの中から引き上げられる。
 足をひねったらしく、動くことはできそうにない。どうにか上体を起こすと、スバルとノーヴェが格闘戦を繰り広げていた。
 スバルの動きはノーヴェにこそ及ばないが、前より格段に速くなっている。この状況では、コスモに目覚めたとしか考えられない。
(まったく、あんたは……)
 いつもは頼りないくせに、ここ一番では才能を開花させる。妬ましいと感じたことも一度や二度ではない。
「でも、負けるつもりはないんだからね」
 ティアナは自分が凡人だと理解している。ならば、凡人にしかできない戦い方をすればいい。スバルが前衛を務めてくれるならば、ティアナはまだ戦える。
 ティアナはクロスミラージュを構える。弾丸の種類は弾速のもっとも速いものを選択する。威力は二の次だ。
 目ではスバルとノーヴェの動きは追えないにも関わらず、ティアナは躊躇わず弾丸を発射する。
 ノーヴェの足首にティアナの弾丸が命中する。
「なっ!?」
 ノーヴェが回避行動を取るが、腕に足に次々と弾丸が命中していく。
「凡人舐めんじゃないわよ。あんたの動き、単調すぎるのよ!」
 クロスミラージュを連射しながら、ティアナが叫ぶ。
 ノーヴェは光速戦闘に対応すべく、レオの黄金聖闘士アイオリアの戦闘パターンを取り入れている。
 性別、体格、戦い方、あらゆる要素が異なる戦闘パターンを無理やり融合させた結果、ノーヴェの動きはバリエーションを欠いている。
 これまでの戦闘でデータは充分取れた。ならば、どんなに速く動いても、ティアナには先が読める。
「光速見切る凡人がいるかっ!」
 ノーヴェは思わず言い返していた。
「スバル、クロスシフトB」
「さっすが、ティア!」
 スバルが俄然勢いづき、ティアナの射撃で動きの鈍ったノーヴェに突撃していく。
 ティアナはノーヴェだけでなく、スバルの動きまで完全に予測して射撃を行っていた。訓練校からの長い付き合いだ。どう動くかなんて、熟知している。
(ティア、今ちょっとかすったよ!?)
 やや泣きの入った声でスバルが訴える。
(うっさい! こっちはあんたのトップスピードに合わせてんだから、ちょっとでもスピード落としたら当たるからね!)
 スバルの耳の不調を察し、ティアナが念話を送る。
(そんな~!)
 友を信じているが、さすがに体のすぐそばを、時には脇の下やら足の間やらを弾丸が通り抜けていくのは心臓に悪い。
 言い合いながら、スバルたちは戦闘を続行する。
 二人は知らない。互いの背中を追いかけていることを。立ち位置は違っても、二人は最高のパートナーだった。

 スバルとティアナの二人がかりの攻めに、ノーヴェは追い詰められていく。ノーヴェが殴りかかろうとするが、ティアナに軸足を銃撃され、大きくつんのめる。
 空振りしたノーヴェの右腕をスバルが抱え込み、そのまま関節を極めようとする。
 ノーヴェの右腕の先にスフィアが生成される。スフィアから放たれた弾丸が命中し、最後の気力を刈り取られたティアナの腕が地面に落ちる。
「しまった!」
 まさかこの局面で射撃を使うとは思っていなかった。
 スバルの動揺を見逃さず、ノーヴェが右腕を戻し後方に跳び退る。
 最初から狙っていたのか、あるいは偶然を利用したか。どちらにせよ形勢はスバルたちに一気に不利に傾いていく。
「ライトニングプラズマ!」
 迫りくるレオの技に、スバルの両腕が咄嗟に十三の星の軌跡を描く。訓練の合間に、戯れで教えてもらった技。あの時はできなかったが、今ならできるはずだ。
「ペガサス流星拳!」
 スバルの拳が流星となって、ノーヴェの蹴りと激突する。
「前にペガサスに言われた言葉をそのまま返すぜ。劣化コピーが通用するか!」
 流星拳が打ち砕かれ、ライトニングプラズマがスバルを滅多打ちにする。
 暗転しかける意識をスバルは根性でつなぎとめる。だが、次に必殺技を使われたらもう耐えられない。
 付け焼刃の流星拳では役に立たない。最後に頼れるのは、これまでの努力と身につけてきた技能だけ。
 一撃必倒、それこそがスバルの戦い方だ。
(相手が一億発の蹴りを放つなら、こっちは一億発分の威力を込めた一撃を放つ!)
 リボルバーナックルが唸りを上げて回転し、残っていたカートリッジを全てロードする。さらにありたっけのコスモを右腕に集中する。
 集められた力の大きさに、右腕が一回り膨れ上がる。この一撃を放てば、おそらくスバルの右腕は粉々に吹き飛ぶだろう。それでも構わない。自分と仲間を守れるなら、腕の一本くらい安いものだ。
 ノーヴェがライトニングプラズマの態勢に入る。スバルはそれより刹那早く踏み込んだ。
「一撃必倒」
「ライトニング――」
 スバルの強烈な踏み込みに耐えられず、マッハキャリバーの車輪がはじけ飛ぶ。
『Go buddy!』
 最後の力を振り絞り、マッハキャリバーがスバルの姿勢を支えてくれていた。
「ディバイン――」
「プラズマ!」
 黄金の蹴りが放たれる。正面から迫る無数の光は、まるで横薙ぎの豪雨のようだった。
「バスターッ!!」
 滅びの雨を吹き飛ばし、空色の光が建物内を満たした。

 光が晴れた後、床の上には倒れたノーヴェと、黄金の獅子のオブジェが鎮座していた。
 勝利を収めたものの、スバルに高揚感はない。
「……やっちゃったなぁ」
 右肘から先の感覚が完全に消失している。怖くて直視できないが、さぞかし酷いことになっているだろう。
 すぐに襲ってくるだろう激痛に備えて、スバルは目を閉じて歯を食いしばった。
 しかし、何時まで経っても激痛はやってこない。スバルは恐る恐る目を開けた。
 右肘の先は、多少出血しているものの、ちゃんと腕がついていた。
「あれ?」
 感覚がなかったのは、麻痺していただけらしい。痺れと共に徐々に感覚が戻ってくる。
 スバルは足元を見た。無事な腕とは対照的に、粉々になったリボルバーナックルの破片が散らばっていた。
 ディバインバスターの反動を、ほとんど肩代わりしてくれたのだろう。でなければ、腕が無事な理由の説明がつかないし、頑丈なリボルバーナックルがここまで壊れるはずがない。
「マッハキャリバー……あなたがやったの?」
『No』
 マッハキャリバーもスバルの姿勢制御に手いっぱいで、スバルの腕の保護にまで気を配る余裕はなかった。かと言って、知恵を持たぬアームドデバイスが独自の判断を下したはずもない。
 スバルはそっとリボルバーナックルの破片に触れる。不意に脳裏に懐かしい人の面影が蘇った。
「母さん?」
 リボルバーナックルは亡き母の形見だ。
「もしかして、母さんが守ってくれたの?」
 スバルの問いに答えるように、ビル内を一陣の風が吹いた。
 リボルバーナックルの破片を抱きしめ、スバルは静かに嗚咽を漏らした。

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最終更新:2013年07月20日 23:09