「結界出力を10万増強・・・そっとだ、そっと外せ・・・」
「プログラム、侵入を開始。外部制御回路の解析に入ります」
「いいぞ、そのままだ。乱暴に扱うな。丁寧に、丁寧に・・・計測値がまた跳ね上がったぞ。出力を20万増強・・・」

時空管理局第14支局。
本局への緊急連絡という形で中間報告を終えた解析班は、本格的に不明機兵装の解析に入っていた。
というのも、本来は機体の解析を行う予定であったのだが、魔法によるシステムへの介入不能、そして制御中枢に直結しているとみられる自爆機構の発見などにより、先ずは補助兵装の解析と相成ったのだった。
方法は至って単純。
制御装置らしき4本のロッドの内1本を取り外し、其処に擬似的に組み上げたシステムを強制的に介入させようというものだ。
対象である「フォース」が、魔力増幅触媒として機能した事を受けての判断だった。

「まただ、計測値上昇。出力を10万増強」
「大丈夫なんですか? このままじゃ結界ごとボン! ですよ?」
「あと400万も余裕があるのに、随分と弱気じゃないか。問題ない、続けろ」

ただ、解析法が決定に至るまでの過程で、少々の反論が生じた。
制御装置を外す事によって、高エネルギー収束体であるフォースが暴走するのでは、との危惧だ。
しかしその意見も、兵器としての観点からの分析によって霧散した。

フォースに取り付けられた制御装置は4つ。
実戦投入された兵器であるからには、設計当初から戦闘行為による損傷を考慮されている筈。
つまり、4本の内1本が欠落した程度では、エネルギー収束体が暴走する事など有り得ない。
それでは兵器として不完全である。
不完全な兵器ならば、実戦に投入される筈が無い。

その見解により、制御装置の除去によるシステムへの介入・解析法が採用された。
結界によってフォースを空間に固定し、機械式アームによって制御装置を引き剥がす作業が始まったのだ。
しかし、フォースの固定こそ上手くいったものの、制御装置の除去段階に至ったその時、予想だにしなかった問題が発生した。
収束エネルギーの漏出である。

「・・・くそ、また上昇した。出力、40万増強」

制御装置の剥離が進むにつれ、徐々に上昇する結界内のエネルギー計測値。
その都度、結界出力を上げる事で対処しているものの、今のところ暴走に至る様子は無い。
いざという時の為に、ロストロギア暴走に備えた緊急用即時展開型超高出力結界発生システムもスタンバイしている為、解析操作続行との判断が下された。
そして、操作開始から約50分後。

「見えました、主任。制御装置の内側です」
「ああ、見える。あれがそうか」

高出力魔力振動刃とアームによって引き剥がされた制御装置の内側に、白い紐状の物が見て取れた。
一見すると植物の根の様にも見えるそれは、神経組織に酷似した機構らしい。

「端子を接続しろ。恐らくあれが制御中枢へのアクセスラインだ。力尽くで割り込むぞ」

主任の指示と共に、神経組織を取り囲む様にミッドチルダ式魔法陣が浮かび上がる。
更にその外側に、正三角形の魔法陣。
システムとの相性を考慮し、念の為に組み上げられたベルカ式プログラムだった。
やがて白い光が、発光するミッドチルダ式魔方陣の中心から神経組織へと、溶け込む様に拡がり始めた。
介入成功。
解析班の其処彼処から歓声が上がる。
主任は込み上げる勝利の感覚を堪え、矢継ぎ早に指示を出した。

「プログラム侵攻率をモニタしろ。浸透の完了を確認した後に解析を始めるぞ」
「はい! プログラム侵攻率、23%。26・・・28・・・33・・・」

歓喜を滲ませて返事を返し、侵攻率を読み上げる分析官。
彼女の口から紡がれる数値が60を超えた事を確認した主任は、背後の部下へと新たな指示を飛ばす。

「局長に連絡だ。それと結界出力を180万まで・・・」
「主任!」

緊迫した声。
周囲の局員達が一斉に、計器を前にした分析官へと目を遣る。

「侵攻率、0%! あらゆる数値が0を指しています!」
「何だと?」

騒然となる隔離区。
技術者達が慌てて手元の計器へと目を落とすと、つい先程まであった反応が全て消失している。
主任は反射的に、結界の出力を設計限界値まで引き上げていた。
更に周囲の局員達も、何を言われずとも緊急用結界の起動に備える。
しかし異変は、彼等の想像を遥かに超える規模・速度にて進行していた。

「プログラム、逆侵攻を受けています! 侵攻率、40%! 52、66、82・・・!」
「主任、フィールドが!」

悲鳴の様な叫び声に視線を上げれば、神経組織を染めていた白いミッドチルダ式プログラムの光が、フォースと同じく禍々しいオレンジの光によって、先程とは逆に侵食されてゆく様が目に入った。
光は数秒で空中の魔法陣へと到達し、その輝きを自身の色へと染めてゆく。
やがて魔方陣はオレンジの光によって完全に支配されたが、それでも侵食は留まる所を知らなかった。

「ベルカ式プログラム、解析対象からの干渉を受けています!」
「馬鹿な!」

局員達の目前で、信じられない現象が起こる。
オレンジの光が、接続すらされていないベルカ式プログラムを侵食し始めたのだ。
ものの数秒で侵食され尽くしたプログラムを、誰もが呆然と見つめる。
しかしその驚愕も、突如として鳴り響いた別の警告音によって取って代わられた。

「エネルギー計測値上昇! 結界が保ちません!」

見れば、結界内のエネルギー計測値が凄まじい勢いで上昇している。
結界出力値は既に最大値である630万を指しているが、誤作動を起こした結界内魔力計測機器は580万を指し、しかもその数値は未だに上昇を続けていた。
主任が顔色を変え、叫ぶ。

「対ロストロギア結界を起動しろ! A1班を残し総員退避! 隔壁閉鎖!」
「・・・起動しました!」
「動力区画、魔力炉出力を上げろ! 結界出力が足りない!」
『冗談は止して下さい! これ以上出力を上げたら魔力炉が吹っ飛びますよ!?』
「今やらなきゃ隔離区が跡形無く吹っ飛ぶんだよ! いいからやれ!」
「主任、計器が!」

白、緑、赤。
各々の色に発光していた空間ウィンドウが、次々にオレンジの光に侵食されてゆく。
戦慄と共にそれらを見つめる技術者達の背後で、彼等以外の局員が退避した事を確認したシステムによって隔壁が閉じられた。
その表面に表示された巨大な警告ウィンドウもまた、一瞬の内に破滅のオレンジへと変貌する。

「結界出力上昇! 680、770、850・・・」
「緊急用結界、1290万で出力固定!」
「結界内エネルギー計測値、更に増大・・・690、720、760・・・」

こんな馬鹿な事があるか。
馬鹿でかい魔力炉の出力を、高々6m前後のエネルギー収束体が上回る?
有り得ない。
こんな事は有り得ないのだ。

「940・・・1020・・・結界破壊・・・1110・・・」

オレンジの発光と共に球体が膨れ上がり、周囲を赤い光が飛び回る。
侵食された数十のウィンドウを埋め尽くすかの様に、新たに無数の空間ウィンドウが展開され、隔離区域を第97管理外世界の文字が埋め尽くした。
無数に現れては次々に消えるそれらのウィンドウの中に、繰り返し表示される「BYDO」という単語がある事に気付く者は居ない。
そして遂に、フォースを中心に空間が歪曲する。
警報発令。

『緊急事態。艦内に次元断層が確認されました。局員はナビの誘導に従い、最寄りの脱出艇へと避難して下さい。緊急事態。艦内に・・・』
「緊急結界、破損!」

空間歪曲、拡大。
此処にきて、主任は悟る。



こいつは兵器なんかじゃない。
人間の理解を超える、純粋な「悪意」そのものだ。
第97管理外世界の連中はそいつを機械で押し込めて、無理矢理人間の兵器に仕立て上げたのだ。
正気じゃない、狂ってる。
こいつを生み出した存在も、こいつを兵器として運用する者も。



直後、肉眼での視認すら可能となった空間の歪みが、隔離区域を呑み込んだ。



時空管理局本局20番ドック。
先の戦闘による損傷を受け、修復の為にドック入りしたクラウディア。
その艦橋でクロノ・ハラオウンは、不明機との戦闘によって得た情報の分析を繰り返す。
本来ならばクルーが行うべき作業なのだが、クロノは第14支局から送られてきた不明機の解析情報と照らし合わせた上で、もう一度あの戦闘に対する総合的な評価を下したかった。
無論、「次」の戦闘に備える為に。

第97管理外世界を包囲していた艦隊の消失。
時空管理局の受けた衝撃は大きかった。
転移直前の艦艇が砲撃により撤退し、新たに戦略魔導砲アルカンシェルを搭載した3隻のVX級次元航行艦が派遣されるまでの僅か6時間で、総艦艇数40を優に超える大艦隊が姿を消したのだ。

無論の事、管理局艦艇は直ちに捜索を開始。
しかし、突如として生じた虚数空間からの砲撃により、1隻が推進システムの一部を損傷。
直後、3隻の周囲を取り囲む様に5隻の不明艦艇が姿を現した。
通常航行ではない。
先の砲撃と同じく、極小規模の次元断層が発生し、その中から艦艇が姿を現したのだ。
魔力を動力源とする管理局の艦艇では決して不可能な、虚数空間への潜伏・航行。
不意を打たれた管理局艦艇は、完全に包囲された。
不明艦隊は質量兵器による攻撃を開始。

しかし、管理局艦艇の艦長達は優秀であった。
砲撃を受け損傷した1隻が即座に応戦、敵艦隊が怯んだ隙を突き2隻が異なる方向へと突進、更に弾幕を張る。
敵艦隊の注意が2隻へと移った瞬間を狙い、損傷艦は全速にて後進を掛け、同時にアルカンシェルをチャージ。
2隻が次元空間へと脱した事を確認し、アルカンシェルを発射。
敵艦との距離が思いの他近かった事もあり、空間歪曲に敵を巻き込む事はできなかったものの、不意を突く事には成功した。
その隙に損傷艦は次元空間へと脱出。
そこで他の2隻と合流を果たし、推進補助を受けながら本局へと帰還したのだ。
こうして、第97管理外世界を舞台とする艦隊戦は幕を閉じた。

管理局創設以来、数えるほどにしか発生していない本格的な艦隊戦。
「ゆりかご」の件があるとはいえ、あれは単一目標に対する砲撃戦である。
数に勝る敵艦隊との戦闘経験などあろう筈も無い彼等が今回の戦闘を生き延びる事ができたのは、ひとえに艦長達の指揮能力の高さ、そしてクルーの優秀さによるものだろう。
艦の性能面に於いても、敵に劣っているとは思えない。
虚数空間への潜行可能という事実は厄介ではあるものの、戦闘に於いては互角の能力を有しているだろう。
問題は艦そのものではなく、「艦載機」の方だ。
第14支局からの報告によれば、あの球体は放たれた魔法の悉くを吸収してしまうらしい。
超高威力の魔法ならば打つ手はあるかもしれないが、そんな魔法を扱えるのはほんの一握りの魔導士だけ、少なくともAAAランク以上の魔導士のみである。
やはり、戦闘の主体は次元航行艦となるだろう。

そんな見解を他の艦艇指揮官と述べ合ったのが3時間前。
クロノは現在、戦闘そのものとは異なる情報に注目していた。

「画像拡大」

魔力を用いて空中に映像を映し出す空間ウィンドウ。
そこに映し出される、白亜の艦体。
周囲に虹色の弾幕を形成するその艦の名を、L級次元航行艦エスティアといった。

「画像処理、解像度を上げろ」

そもそもの疑問は、「誰がエスティアを運用していたのか?」という事だった。
L級の時点で高度に自動化された管理局艦艇は、操艦だけならば1人でも可能だ。
しかし先の戦闘の様に、全兵装を用いて高速飛行体を迎撃するとなると、少なくともブリッジクルーが3名、兵装担当の技術官が8名は必要である。
だが23年前のエスティア撃沈の際、艦内に残っていたのは艦長であるクライド・ハラオウン1人の筈。
その彼にしても、冷静に考えれば23年もの間、虚数空間の中で命を保っていたとは考えられない。
しかし現に、エスティアは対空魔導兵装を使用し、更に戦闘機動すら行いつつ不明機との戦闘を繰り広げていたのだ。
誰が、「何者が」エスティアを操艦していたのか?

映像記録のエスティアを徹底的に分析し、クロノはそれを見付け出した。
左舷推進システム外殻、其処に刻まれた文字の羅列。
記録との照合の結果、本来は存在する筈の無いマーキングである事が確認された。
つまりエスティアは、何者かによってそれを刻まれたのだ。

「・・・やはりな」

そして遂に、拡大されたその名称が、クロノの眼前へと現れる。
忌まわしき計画、忌まわしき狂気の名。



「SUMPLE-D7 PROJECT『R-TYPE』」



艦内に、敵襲を知らせる警報が鳴り響いた。



少なくともこの次元は、既知の異層次元とは構造を異にしているらしい。
1つの次元内に通常三次元空間が複数存在する、「新種」の異層次元。
唐突に22世紀の太陽系と繋がったその次元には、21世紀の地球と、これまで一般には存在すら知られなかった高度文明都市と巨大異層次元航行艦。
どうやらこの次元は、異層次元・・・「海」を支配する勢力が、各三次元空間・・・「陸」を統括しているらしい。
ならば、差し詰め我々は「海賊」か。

防御隔壁の向こう、果て無き次元の海を思い描きつつ、彼は空間ウィンドウを見詰める。
電子技術の発達により実現された空中に映し出される映像は、先程から静止したまま動き出す気配が無い。
彼は静止した画像を瞬きもせずに視界へと捉えつつ、司令官の証である帽子を被り直した。

地球軍では異層次元航行艦隊司令に対し、各状況に於いて常識外とも思える決定権が与えられている。
これは、異層次元を航行する艦艇が常に地球とのリアルタイム通信経路を確保している訳ではない事、突発性、または偶発性のバイドによる脅威に対し速やかに対応する事を目的としての措置であった。
元からこうであった訳ではない。
2164年に起こった「デモンシード・クライシス」、「サタニック・ラプソディー」の両事件による、苦い経験を基に構築されたシステムである。

これらの事件に於いて地球軍は、指揮系統の混乱からまともに行動を起こす事すら不可能であった。
「サタニック・ラプソディー」発生直後、軍は緊急展開が間に合わず、複数の主要都市の壊滅を許してしまっている。
太陽系内に展開していた複数の艦隊は、司令部との連絡が付かない事、突如として現れたバイド攻撃体との戦闘により動くに動けず、結局は「R」開発陣及び競合する各企業が送り込んだ3機の新型R戦闘機により事態は収束。
「デモンシード・クライシス」に至っては、軍は投入する片端から兵器群のコントロールをバイドの種子により奪われ、徒に被害を拡大させただけだった。
極め付けに、事態を収拾したのは軍ではなく、都市戦闘を想定して開発された「R」派生型である「R-11B PEACE MAKER」を駆る民営武装警察。
軍に対する信頼は、文字通り地に墜ちた。

それらを踏まえ、翌年の第二次バイドミッション終了後、軍は大規模な組織改革を敢行。
指揮系統の大幅な見直しが為され、特に太陽系を離れて作戦行動を取る深宇宙遠征艦隊、異層次元航行艦隊司令に対してはそれまで以上の決定権が与えられた。
異層次元中継通信を用いた即時交信が可能とはいえ、最悪の場合バイドによって空間ごと取り込まれる可能性もある。
その様な状況に於いて、艦隊が地球と交信する術は無い。
かといって、太陽系外部に司令部機能を持つ拠点を築く事は、余りにもリスクが高すぎた。
よって、艦隊司令は独自の判断によって次元消去兵器を含む戦略兵器運用決定権を有し、同時に状況に対する最適な判断を下す為、各種作戦行動認可の権利を有する事となったのだ。

艦隊司令は太陽系外に於いて、常に軍司令部からの指示を疑う事ができる。
司令部の見落としは無いのか。
援軍の到達時刻は予定通りなのか。
敵勢力の情報は本当に正しいのか。
指令は艦隊を無用な危機に曝すものではないのか。
艦隊司令は外部より齎される全ての情報に対して自艦隊が収集する情報を照らし合わせ、その指令が艦隊を動かすに値するものか否かを判断する。
次元消去兵器による星系破壊すら可能な戦力を指揮するがゆえに、通常の軍組織では有り得ない権限を与えられる艦隊司令。
無論、組織としては叛乱という危険性をも内包する事となる。
しかし、それほどの危険を冒してでも即時対応を可能としなければ対処できないほど、バイドとは危険極まる存在なのだ。
他星系、或いは異層次元へと展開する各艦隊司令は、バイドに対し各々に異なる見解の下、戦線を展開している。
ある者は迎撃に徹し防衛ラインを死守し、またある者は積極的攻勢を仕掛け敵生産拠点を叩く。
ある者はバイド中枢の探索に力を注ぎ、またある者は異層次元を漂う兵器群を片端から殲滅する。
各々の見解も作戦も異なる彼等に共通するのは、艦隊司令としての高い能力、地球を守るという使命感、そして自らの艦隊を構成する数万の兵士達を、生きて地球へと送り返すという揺ぎ無い決意。
異層次元ポイント04137003へと向かう艦隊もまた、そんな者達の1人によって指揮されていた。

艦隊に存在する3隻の超弩級異層次元航行戦艦「ニヴルヘイム」級。
その1隻、旗艦「クロックムッシュⅡ」の艦橋で彼は、先の戦闘に於いて363部隊機が最後に送信した画像を前に思考する。
ウィンドウに映し出されるのは、バイドにより汚染され、363部隊機と死闘を繰り広げた不明艦艇。
地球軍の艦艇設計思想とは根本から異なる、優美ささえ感じさせる白亜の艦体。
しかし画像はその全体像ではなく、左舷後方の推進ユニットらしき部位の外殻装甲を映し出していた。
そこに刻まれた、明らかに英語と分かる文字の羅列。

「SUMPLE-D7 PROJECT『R-TYPE』」

そのウィンドウの隣にもうひとつ、異なる映像を映し出すウィンドウが現れた。
格納庫内の映像らしきそれには、1機の異層次元戦闘機とその特別整備班が映し出されている。
漆黒の強化フレームをベースに、所々にバイオレットの塗装と耐エネルギーコーティングを施された、新鋭実験機。

「R-9WF SWEET MEMORIES」

その甘い名称とは裏腹に、パイロット達が何よりも恐れる「R-9W」シリーズの最新鋭機である。
このシリーズの特徴としては、パイロットのメンタル面に与えられる異常なまでの負荷が上げられる。
生物の持つ先天的なエネルギーを用いた特殊波動砲の実験機として開発されたこのシリーズは、初代である「R-9W WISE MAN」、第二世代機「R-9WB HAPPY DAYS」共に、ある特徴を備えていた。
通常のR戦闘機に見られるラウンドキャノピーではなく、直線上の「試験管」型キャノピーを採用しているのである。
これはナノマシンを介した周囲の状況把握をより円滑に行う為の措置との事だったが、パイロット達にとってそんな事は関係なかった。
彼等にとって重要なのは、これらの機体に搭乗した仲間が消耗の余り自力で動けず、キャノピーごと次のパイロットへと「交換」される一連の光景だったのだ。
人間を機体と波動砲制御の為の単なる部品と看做したその開発思想に対し、パイロット達が抱いたのは反発を通り越して恐怖だった。

そして第三世代機であるR-9WFもまた、その恐怖の象徴たる試験管型キャノピーを備えている。
元よりR戦闘機は、倫理面での配慮に欠けたシリーズではある。
2121年に対バイドミッションが発令されてからというもの、地球文明圏の軍事技術は異常としか言い様の無い進化を遂げた。
凄まじい速度で増殖を続ける、癌細胞の如き兵器群。
それらによって得られた無限とも思える量のデータを反映し、対バイド兵器として完成された存在が「R」だ。
しかし、幾ら兵器が発達しようとも、それを操る人間が居なければ意味が無い。
無人電子制御兵器という手もあったが、それを大量配備してはバイドの思う壺、片端から敵戦力に組み込まれてしまう。
かといって、兵器を制御する人体は脆く、それに合わせて機体能力をスペックダウンさせていてはバイドには対抗できない。
「R」開発陣の下した決定は、当然の帰結と云えた。



「人体構造に合わせて機体をスペックダウンするのではなく、機体構造に合わせて人体に処置を施せば良い」



第二次バイドミッションにて出撃した「R-9C WAR-HEAD」。
パイロットは四肢を切断され、生態コンピューターとして機体中枢へと神経接続された。
第三次バイドミッションにて採用された「R-9/0 RAGNAROK」。
パイロットは過酷な機内環境に耐える為に、14歳少女の肉体へと幼体固定され、神経系を機体へと直結された。

無論、彼等は作戦終了後に回帰手術を受け、問題なく正常な肉体を取り戻している。
パイロット・インターフェースに関しても短期間の内に劇的な改良が為され、それらの機体運用時に於いて通常のパイロットが搭乗可能となった。
しかし「TEAM R-TYPE」に属する一部の技術者達にとって、それらは追い詰められたが故の苦肉の策ではなく、通常の機体開発に於いても反映されるべき事項に過ぎないと認識されているのも、また事実である。
彼等にとってパイロットとは所詮、機体の1パーツに過ぎないのだ。
使えなくなれば取り替えれば良い。
その思想が設計段階からして如実に表れた機体が、R-9Wシリーズだった。

そのR-9Wシリーズ最新鋭機、R-9WF。
一体どんな人間が搭乗するというのだろう。
パイロットのプロフィールは明らかに偽造であり、当てにはならない。
何より当の本人が、キャノピーから出る様子が無いのだ。
機体と共に送られた担当技術者達はそれを異常とも思わず、淡々と出撃準備を行っている。
恐らくパイロットは既に、何らかの処置を受けているのだろう。

何もかもがおかしい。
不明艦艇に刻まれた「SUMPLE-D7」、そして「PROJECT『R-TYPE』」の文字。
2166年時点で既に存在が判明していたという異層次元高度文明都市。
下されない殲滅指令。
見計らったかの様に派遣された新鋭R戦闘機。
検出されないバイド係数。

司令部は何を隠している?
敵は本当にバイドなのか?



バイドでないとすれば、司令部の目的は何だ?



3時間後。
出撃したR戦闘機群の部隊リストには、データ収集用偵察機「R-9E2 OWL-LIGHT」5機の各コールサインが追加されていた。



ミッドチルダ新暦77年10月27日。
「AB戦役」、勃発。

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最終更新:2015年10月26日 07:23