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屋内より出でて最初に目に入ったのは、青い空と降り注ぐ陽光だった。
機械的強化の為された視覚は瞬時に受光量を調節、周囲の場景を的確に捉える。
それは物理的とも思える巨大な不可視の力となって、ギンガを圧倒した。

彼女の眼前に拡がるは、巨大な都市。
広大な森林公園を挟んで林立する摩天楼の群れだった。
視界に映る範囲内では、それらの建造物は最も低いものでさえ500mは下るまい。
霞み掛かる事もなく異様なまでに澄み切った大気の中、灰色の森が延々と拡がる様は圧巻だった。
その光景を呆けた様に見つめるギンガの背中に、聞き慣れた少女の声が掛けられる。

「お待たせしました、ギンガさん」

振り返れば、声の主は背後の建物、即ち医療施設を出てこちらへと歩み寄って来るところだった。
キャロ・ル・ルシエ。
旧機動六課、ライトニング分隊フルバック。
第6管理世界アルザス地方出身、竜召喚士。
使役竜フリードリヒ及び真竜ヴォルテールの2騎を従え、更に補助系魔法に長けた後方支援特化型の魔導師。
六課解散後は自然保護隊へと復帰し、パートナーであるエリオと共に第61管理世界スプールスでの職務に就いていた。

だがスプールスは隔離空間発生の際、ごく初期に於いてその内へと呑まれてしまう。
その事実に、キャロとエリオを知る誰もが彼等の生存を悲観し、絶望した。
2人は優秀な魔導師だが、クラナガンと本局を襲ったバイドの脅威から判断するに、とても抗い切れるものではないと思われたのだ。
無論、望みを完全に捨て去った訳ではなかったが、それが絶対であるとの確信は決して伴ってはいなかった。
戦闘収束直後からクラナガン西部区画での活動に当たり、その被害の凄惨さを目の当たりにしていたギンガなどは、特に諦観の念が強い者の内に入る。
事実、民営武装警察を名乗る2人から管理世界の住民が多数生存している事実を聞かされるまで、ギンガは第61管理世界の人員は現地住民もろとも全滅した可能性が高いと判断していた。
元々の人口が比較的少数である上に、管理局公認の小規模自治組織が存在する為に武装局員はキャロとエリオを含め200名程度しか配備されていなかった事もあり、組織的な抵抗すら困難ではないかと考えていたのだ。
だがこの瞬間、現実として彼女は生きてギンガの前に存在していた。

「乗って下さい。会談の場所までは30分程です」

キャロはギンガを促しつつ、エントランスの目と鼻の先に停められた車へと歩み寄る。
数年前、第97管理外世界の自家用車をモデルに製造され、流行となったランドクルーザータイプに似た形状の車両。
見慣れないデザインのそれは管理世界のものではなく、元々この都市に放置されていたものらしい。
慣れた様子で運転席に着くキャロに戸惑いつつも、ギンガは助手席へと乗り込んだ。
明らかにサイズの合わないステアリング・ホイールに、まさか本当に運転するのかと危ぶんだギンガだったが、その懸念は直後に解消される。

「コートニー・ヒルズ8013、無条件」

その言葉がキャロから放たれるや否や、フロントガラスに「The destination was set」という文字列が表示され、しかし同時に「Please install the seat belt」との文字列が浮かんだ。
だが、車体が動き出す訳でもなく、表示に変化が現れる訳でもない。
訝しむギンガに、運転席のキャロから声が掛けられる。

「シートベルトです、ギンガさん」

言われて漸く表示の意味に気付いたギンガは、少々慌しくシートベルトを装着した。
文字列が消え「Start」との表示が現れると、車体はゆっくりと加速を開始する。
ステアリング・ホイールは動かないが、身体への負担をまるで感じない見事な軌道でカーブを描く車体。
医療施設の敷地を出で、やがてハイウェイへ入ると公園を貫いて都市を目指す。
流れゆく緑の場景、前方のビル群を半ば呆けつつ眺めるギンガ。
そして公園を脱するまであと僅かという処で、発車時から沈黙を保っていたキャロが言葉を発した。

「これだけは覚えておいて下さい。此処では管理世界と第97管理外世界、双方の勢力間で協力体制が築かれています」

ギンガは迫り来るビル群から視線を引き剥がし、自身の隣に座するキャロを見やる。
彼女は記憶の中のそれよりも幾分大人びた表情で、フロントガラス越しの場景を眺めていた。
暫し間を置き、ギンガへと視線を移す事もなく、続ける。

「攻撃隊と武装警察との戦闘が続発した事で、魔導師に対する警戒感が強まっています。外部の状況については既に聞き及んでいますが、此処では切り離して考えて下さい」
「何を言って・・・だって彼等は!」

その言葉に、思わず食って掛かるギンガ。
しかし直後、こちらを向いたキャロの眼を見るや否や、ギンガは気圧された様に口を閉ざす。
ガラス球の様な冷たさを湛えた、無機質な眼。
凡そ感情といったものを感じ取れぬその眼光に、ギンガは見覚えがあった。
凍り付く彼女を無感動に見据えたまま、キャロは言葉を紡ぐ。

「先の戦闘により武装警察側に死者が出ています。私達と彼等は一月に亘って相互理解と防衛態勢の共同構築に努めてきましたが、今回の事例で僅かながら互いの間に軋轢が生じているんです」
「それは・・・」
「彼等は質量兵器を用いてはいますが、本来の護衛対象である旅客船団乗員と分け隔てなく管理世界の住民を救助し、保護してきました。当然の事ですが、管理局の質量兵器に対する姿勢も理解した上で。
このコロニーの機能を回復し、各種生産プラントを再稼働させ、食料と居住空間を提供した。初めは少なからず抵抗を訴える声も在りましたが、それも次第に薄れていきました。私達と彼等の間には、確かな信頼があったんです・・・昨日までは」

キャロは其処で言葉を区切り、正面へと向き直った。
彼女の声色に、責める響きは全く無い。
にも拘らず、ギンガは確かな拒絶を感じ取っていた。
凡そ嘗ての戦友に向けられるものではない、無機質な負の感情を。

「タイミングも悪かった。ギンガさんを始めとする攻撃隊の面々を保護した直後から、捜索隊によって保護される、或いは自力で此処へ辿り着く被災者の数が爆発的に増え始めたんです。
昨日までは4000人だった被災者の数は、僅か12時間で38000人を超えました。外部で、何かが起きている」

車両はビル群の隙間へと侵入し、速度を落とす事なく走り続ける。
ハイウェイに他の車両の影は無く、対向車と擦れ違う事もない。
だが高架道路の下には複数の車両とそれらの周囲に散在する人影、頭上にはビル群の隙間を縫う様にして飛行するヘリや強襲艇の影が見受けられた。
本来の人口には遠く及ばないまでも、それなりの数の人間がこの都市を居住空間として利用しているらしい。
そして、それらの中には管理世界住民のものである影も、少なからず含まれているのだろう。

「非戦闘員の殆どはミッドチルダ以外の管理世界から転送されたものです。多くは第97管理外世界の人員を警戒していますが、現状で質量兵器を用いる事については比較的寛容でした。戦力が絶対的に不足している以上、仕方のない事だと。
ところが、新たに加わった管理局員の一部が、周囲の被災者を扇動し始めたんです」
「扇動?」

ハイウェイを降りるべく、車両は車線を変更する。
都市部への侵入直前まで周囲に拡がっていた森林は、どうやらこの巨大施設を再稼働させた際に何らかの処置で以って回復させたものらしく、その効果は都市部の街路樹までは及んでいないらしい。
周囲に点在する街路樹はいずれも朽ち果てており、都市内部には一切の緑が存在しなかった。

「ミッドチルダを破壊し多くの人々を無差別に殺戮した存在が、第97管理外世界で建造された質量兵器である事を忘れてはならない。既に十分な数の魔導師が揃った以上、質量兵器で武装した違法組織による庇護下に留まる必要はない、と」
「・・・その主張が間違っているとでも?」

ギンガは再度、車外の場景から引き剥がした視線をキャロへと向ける。
知らず険のある声を発してしまったが、キャロは全く動じた素振りを見せない。
彼女はギンガの声を無視するかの様に、自身の言葉を紡ぐ。

「幸いな事に、早くから此処に居る局員や非戦闘員の多くに関しては、その呼び掛けに呼応する様子はありません。これまでに構築した共同防衛体制の重要さは皆が認識していますし・・・」
「襲撃当時にミッドチルダ以外の管理世界へ赴任していた、或いは元々ミッドチルダと縁遠い局員にとって、地球軍の脅威はバイドのそれと比して然程の問題ではない。ミッドチルダ以外の世界にとっては、それこそ地球軍と事を構えるメリットがまるで無い」

言葉を遮り、ギンガが確信を突くかの様に発言する。
キャロは再度言葉を紡ごうとするでもなく、口を閉ざして前方を見つめ続けていた。

「ミッドチルダを除く殆どの世界は、第97管理外世界との相互不干渉策を支持している。直接的な被害を受けた訳でもない彼等にしてみれば、バイドと地球軍が互いに潰し合ってくれるのならば関わり合いにならないのが一番。
そして早くから第97管理外世界の勢力と協調関係にあった貴女達からしてみれば、後から合流して一方的に武装勢力との協調体制を非難する私達は目障りな・・・いいえ」

緩やかな下り坂の先、円を描く様に建ち並ぶ高層ビル6棟の中央底部、階層状大型モール。
その最深部に位置する大規模ロータリー交差点へと差し掛かった車両は減速。
他に走行する車両も無い中、律儀に中央帯の周囲を回り始める。

「それ以上に、危険な存在だった。デバイスを押収して、戦闘能力を奪う程度には」

フロントガラスに「Caution」の表示。
こちらが侵入してきた路線とは異なる方面から、巨大な鉄塊が交差点へと侵入してくる。
それは無限軌道ではなく、何らかの機関で以って路面より僅かに浮上する事で移動する、一種の戦車の様なものらしい。
濃緑色に塗装された巨体は幅50m以上もある複数車線をほぼ完全に埋め尽くしつつ、機関が発する振動によりギンガ達の車両を揺らしながら中央を周回、出現時とは異なる方面へと姿を消す。
同時にこちらの車両が速度を上げ、戦車の出現した方面へと進路を取った。
ギンガは窓の外に拡がる灰色の景色へと視線を移して頬杖を突き、呟く。

「変わったわね、キャロ」

加速する車両の前方上空を横切る漆黒の影、その側面には其々に異なる色の小さな人影が2つ併飛行している。
武装警察の強襲艇、そして空戦魔導師。
相容れない筈の2つの勢力に属する者達が、決定的に異なる互いの速度を合わせつつ見事な編隊を組んで空を翔けていた。

「貴女だけじゃない、エリオも。たった2年で・・・それとも、この一月の間かしら。随分と人の死に対して無頓着になったみたい。貴方達だって、クラナガンの惨状を知らない訳ではないでしょうに」

前方、停車した8輪装甲車の傍に複数の人影。
漆黒のアーマーに身を包んだ数人は肩から質量兵器を下げており、彼等と言葉を交わしているほぼ同数の人影は明らかにバリアジャケットを纏っていた。
視界へと映り込むその光景に、ギンガの胸中へと言い様の無い暗い感情が滲みだす。

「31万人が死んだわ。何の罪もない人々が、31万も。原形を留めている遺体なんかほんの一握り、今だって死者の数は増え続けてる。まだ六課に居た頃、休日に貴女とエリオが遊びに行ったショッピングモールだって跡形もなく吹き飛んだのよ」

装甲車の傍を走り抜ける車両。
デバイスを通じて投射されているのであろう空間ウィンドウを、実に自然な様子で覗き込む魔導師と武装警察人員の姿が、ギンガの意識を黒く侵してゆく。

「スバルが貴方達に教えたアイスクリームショップも、ティアナが教えてくれた洋服店も・・・みんな、みんな瓦礫と灰になったわ。何もかも、其処に居た人々もろとも。六課に居た局員やその家族だって、数え切れないほど亡くなっている」

前方上空を横切る、複数のコンテナを抱えた2機の大型輸送ヘリ。
ギンガにとって見た事もない奇妙な形状の機体、その前方を先導する様に飛んでいる機種の異なる大型ヘリは、明らかに管理局のものだ。
これもまた先程の強襲艇と空戦魔導師同様、一糸乱れぬ編隊飛行を続けている。

「私達の街・・・貴方達の街でもあったのよ。貴方達が命懸けで戦い、護った街。誰も彼もが傷付きながら、決して諦めずに戦って護り抜いた街だった。少なくともそれ相応の愛着はあると思っていたのだけれど」

不当な言い分だという事は解っていた。
彼等はこの一月、外部からの支援を受けられぬこの閉ざされた空間の中で必死に足掻き、生き抜いてきたのだろう。
抵抗の術を持たぬ非戦闘員を護る為に、それこそ公然と質量兵器を用いる勢力とすら協調して。
外部の現状を知ったところで彼等がそれに感けている暇は無く、これまで共に戦い抜いてきた武装警察との敵対を選択する筈もない。
そんな事は疾うに理解している、そのつもりだった。

「どうやら勝手な思い込みだったようね。貴方達にとってクラナガンは、一時的に身を寄せていた場所に過ぎなかったのかしら」

それでもギンガは、自身の口を突いて出る言葉を抑える事ができない。
眼を閉じる度に瞼の裏へと浮かび上がるクラナガンの惨状が、此処で沈黙する事を良しとしない。
都市を蹂躙する鋼鉄の巨獣と巨人の軍勢、忌まわしき戦闘機の群れが意識へと纏わり付いて離れない。
それら全ての事象が、第97管理外世界の勢力の存在を是としない。
彼等との協調を図る管理局員が存在している、その事実を許容する事ができない。

「汚染された地球製の兵器による被害を受けたから、私達が第97管理外世界を敵視しているとでも思っているの? 残念だけど違うわ。彼等が、地球軍がクラナガンと本局で何をしたか、貴女だって知っている筈よ。
地球軍は民間人への配慮なんか一切しなかった。クラナガンを巻き込みながら砲撃を続け、それだけで数万の人々を虐殺したのよ。これでもまだ・・・」
「2億です」

唐突に放たれる、キャロの声。
彼女が口にした数字が何を意味するのか、ギンガは咄嗟に判断できなかった。
だが、続く言葉に彼女の意識が凍り付く。

「これまでに判明している犠牲者の数ですよ、ギンガさん。スプールスだけで約160万、他の世界も合わせると2億2000万前後になります」

絶句するギンガ。
キャロはそんな彼女へと視線を向け、醒めた声で続ける。

「順当な数値でしょう? スプールス単独での人口はごく少数ですが、41の世界の総人口は14億に達します。初期に壊滅した第122管理世界だけでも3億もの住民が居た。こうなる事は容易に予測できた筈です」

淡々と述べられる正論に、ギンガは返す言葉を見付ける事ができない。
無論の事、管理局も隔離空間内部に於ける人的被害を予測してはいた。
だがそれは、数十万という単位での話だ。
僅か一月の間に犠牲者数が億単位にまで達している等という事実は、完全に予測の範疇を超えていた。

「この数値も、恐らくは死亡している、と間接的に判断を下す事ができた予測上のものに過ぎません。現状では約12億人が生死不明となっていますが、これも形式上の表現です。実際には既に死亡しているか、或いは汚染生態系の一部になっているでしょう」

真っ直ぐにギンガの目を見据えるキャロの視線には、如何なる熱も宿ってはいない。
少なくとも、ギンガにはそう思えた。
凍り付くのではと錯覚する程に無機質な視線を外す事なく、彼女は機械の如く冷静に言葉を紡ぐ。

「スプールスでは隔離空間発生から24時間で43万人が死亡。残る117万の犠牲者は其処から私達が転移するまでの6時間で発生しました。主な死因は負傷及びバイドによる生体汚染。いずれも汚染された原生生物による居住区への襲撃によるものです」
「原生・・・」

キャロのその言葉を、ギンガはすぐに理解する事ができなかった。
スプールスの原生生物が高度な知性を有している事は、管理世界に於いて広く知られている。
言わばキャロの使役竜であるフリードリヒと同等の知性を有する個体が数多く生息し、それらが互いの生息域を過剰に侵す事なく高度な共存形態を構築しているのだ。
多種多様な種に亘って構築された、人類のそれとは異なるスプールス独自の疑似社会体制。
現地住民もまた体制の一部として組み込まれていたが、原生植物の大量枯死から始まった32年前の生態系変異を阻止した事から、彼等は更に管理局員をも共存に相応しい存在であると認識。
以来、原生生物と現地住民、そして管理局との間には良好な関係が築かれていた。
そんな彼等が居住区を襲い住民を殺戮した等と、すぐに信じられるものではない。

「抵抗は・・・?」
「200名ばかりの魔導師と非武装の次元航行艦2隻で何ができると思います? 隔離空間の発生直後、軌道上から全土に「何か」が落着しました。その2時間後にはありとあらゆる生命体が変異し、各地の居住区を襲い始めたんです。
防衛線を築く事も、取り残された民間人の救助さえもできなかった。自分達の居住区に立て篭もりながら、数時間前までは意志の疎通さえ可能だった生命体が津波の様に襲って来るのを只管に迎え撃つ事しかできなかった。
巡回ではよく一緒に空を飛んでいた翼竜の一団や、何時もフリードとじゃれていた水竜の子供達もその中に居た。エリオ君が密猟団を撃退して取り返した卵から孵ったオオガラスの雛も、以前に私が保護したシトカオウルの親子も居た。
リンカーコアと識別用マーカーで辛うじて判別できるだけの、眼も耳も体毛も無い、体内に無数の寄生虫を宿した化け物になって」

淀みなく繋がる言葉の羅列に圧倒され、ギンガは沈黙する。
平静に語り続けるキャロだが、その内容は異常極まりない。
クラナガンのそれを遥かに超える犠牲者数、狂った原生生物による襲撃、魔導師達が為す術もなく籠城戦へと追い込まれた事実。
だが続く言葉は、更なる衝撃をギンガへと齎した。

「髪の先ほどの羽虫も、植物でさえ脅威になった。勿論、人間だって例外じゃありません」
「え・・・?」
「襲って来る敵性体の中には、現地住民や管理局員のバイタルを発するものが少なからずありました。襲撃時の外観からは予測も付きませんでしたが、後の解析の結果から元は人間だったものの集合体と判明しました」

車内に沈黙が落ちる。
ギンガは言葉もなく自身の隣に座する少女を見つめるが、キャロは前方へと視線を戻しそれ以上を語ろうとはしない。
何時しか車両はとあるビルの周囲を回り、地下へと続くトンネルに向かう路線へと進入していた。
どうやら、このビルが目的の場所らしい。
褐色の光が照らし出すトンネル内部へと車両が進入した直後、漸くギンガは言葉を絞り出す。

「その、人だった汚染体は・・・」
「排除しました」

返された答えは、簡潔なものだった。
躊躇いながらも、ギンガは更に問い掛ける。

「貴女も、それを?」

暫しの沈黙の後、キャロは首を横に振る。
何処か安堵を覚えつつ、しかしギンガにはもうひとつ気掛りな事があった。

「・・・エリオも?」

返答は無い。
車両は広大な地下駐車場へと入り、速度を落としつつガラス張りのエントランスへと向かう。
ドアが開き、車両はそのままエントランス内部へと進入。
其処で漸く、キャロは口を開いた。

「エリオ君は・・・」

そして、紡がれる言葉。
それはギンガの意識に、歪な楔となって打ち込まれた。



「沢山、殺しました。私の、代わりに・・・」



エントランスを抜けた先、吹き抜け式のホール最下層。
車両が停止し、目的地へと到着した事を告げる表示が浮かび上がる。

「・・・会場は144階です。誘導に従って下さい」

掠れた声。
目前のステアリングホイールを虚ろに見つめる、竜召喚士の少女。
ギンガはそんな彼女へと掛けるべき言葉を見付ける事も出来ずに、エレベーターフロアからこちらへ歩み寄る局員と武装勢力人員、その姿を見つめる事しかできなかった。

*  *


沈黙が満ちる部屋の中、彼女は只管に耐えていた。
この会議室へと入室して以降、一時も薄れる事のない緊迫感は多大な圧力となって彼女を苛んでいる。
見知った顔が少ない事もそれに拍車を掛けていたが、何よりも彼女の精神を蝕んでいたのは焦燥と困惑だった。

そもそも意識が回復した約4時間前の時点からして、彼女の置かれた状況は異常なものだったのだ。
意識を失う前に目にした最後の光景は、ユニゾンした自身の主の視界を通して意識へと焼き付く、異形の砲口より放たれた発砲炎の閃光。
ところが目覚めた直後に視界へと映り込んだ光景は、透明なシリンダー越しに彼女を見つめる局員と、その背後に立つ白衣を纏った人物の姿。
シリンダーはすぐに開放され、混乱する彼女に対し局員は状況説明を始めた。

曰く、攻撃隊は甚大な被害を受けながらも、ティアナの作戦により大型敵性体の撃破に成功。
直後に現れた2機のR戦闘機に対し、攻撃隊は非敵対的接触を試みた。
しかしこの時、敵性体は完全に沈黙してはおらず、攻撃隊を背後より奇襲。
これに対しR戦闘機は波動砲による攻撃を実行、その余波によって攻撃隊までもが被害を受け、更に地球軍歩兵部隊との戦闘を経て生存者全員が拘束されたのだという。

だが、解らないのは此処からだ。
生存者は地球軍の強襲艇へと搭乗させられたが、行き先が告げられる事はなかった。
しかし離陸より約30分後、突然の警報音と共に強襲艇は着陸。
其処から更に2時間程が経過した頃、地球軍兵士のそれとは僅かに異なる装甲服に身を包んだ一団と共に、数名の局員が乗り込んできたのだという。
混乱する一同に対し彼等は、自身等が隔離空間内に於ける生存者である事、地球軍とはまた異なる第97管理外世界の勢力との協調体制にある事を告げ、生存者の居住域となっている廃棄スペースコロニーへと向かう事を宣告。
そして目的地へと到着したものの押収されたデバイスが返却される様子はなく、実質上として彼女達は一部局員と武装勢力との共同監視下にあるという。

彼女は報告の内容に混乱しつつも、主や家族、そして他の生存者達の安否を尋ねた。
幸いな事に武装勢力の有する高度な医療技術により、若干強引な処置ではあったが大多数は命を取り留めたという。
その言葉に安堵したのも束の間、彼女は武装勢力との協調体制にある局員により会談への出席を求められた。
どうやら他にも多数の局員や民間人が保護されているらしく、不必要な衝突を避けるべく武装勢力側が状況説明の場を設けたらしい。
そうして、コロニー端部の施設からこのビルへとヘリによって移動したのが、約20分前の事だ。

会談の場となった144階のホールには、宙空に浮かぶホログラムの企業ロゴを囲む様に設置された環状のテーブル。
其処には既に十数名の局員が着席しており、ある者は警戒の色を隠そうともせずに、またある者は冷静に会談の開始を待っていた。
彼女は自身の名が表示されたウィンドウの許へと歩み寄り、その席に腰を下ろして周囲の様子を窺う。
その時に気付いたのだが、隣の席に浮かぶウィンドウには彼女が良く知る人物の名が表示されていた。
未だ空席の其処に着くべき人物の到着を待ちながら、彼女は重苦しい沈黙に耐え続ける。

「リイン曹長?」

その時、漸く待ち侘びた声が耳に届いた。
背後へと振り返れば、其処には見慣れた紫の髪。

「ギンガ・・・」

ギンガ・ナカジマ。
旧機動六課スターズ分隊フロントアタッカー、スバル・ナカジマの姉。
彼女が呆然とこちらを見つめ、立ち尽くしていた。
しかしすぐに表情を改め、毅然として自身の席へと歩み寄り腰を下ろす。
そして、小声で言葉を紡ぎ始めた。

「・・・ご無事で何よりです、リイン曹長」
「ギンガこそ、無事で良かったです・・・やっぱり、貴女も彼等に・・・?」
「・・・ええ」

ホールの壁際に立つ武装勢力人員と局員の姿を視界へと捉えながら、リインはギンガへと問い掛ける。
数秒ほどその場の面々を見渡していたギンガだったが、やがて無難な話題を切り出した。

「その姿を見るのは久し振りですね」
「流石にいつもの格好って訳にはいきませんから」

ギンガの言葉通り、今のリインの姿は通常の妖精の様なものではない。
人間の子供とほぼ同じ大きさにまで変化した、魔法技術体系を有しない管理外世界に於ける活動時の姿を取っている。
ギンガはリインの言葉に軽く頷きながらも、真に問い掛けたい事柄は別にあるらしく、何かを探す様に視線を周囲へと彷徨わせていた。
やがて決意したのか、恐る恐るといった様子で声を発する。

「あの・・・八神二佐は、どちらに・・・?」

その問いにリインは、暫し言葉を失った。
恐らくギンガは、各攻撃隊に於いて実質上の指揮官に当たる局員が一堂に会しているこの状況で、リインの主であるはやての姿が無い事を訝しんでいるのだろう。
だが、リインが口籠った理由ははやての事ではない。
報告として耳にしたものではあるが、ギンガの姉妹ともいえる少女達の安否こそが問題だった。

「・・・マイスターはやては今、医療施設で治療を受けています。多分、私は代理として呼ばれたんでしょう」
「ヴィータ三尉やザフィーラは? 確かシャマル先生も・・・」
「3人とも治療中らしいです。それと・・・」

数瞬ばかり言い淀むも、リインは心を決めて言葉を紡ぐ。
どの道、いずれは伝えねばならない事なのだから。

「・・・スバルと、ティアナも。他にもセインとノーヴェが治療を受けていると・・・」
「それって・・・!」

ギンガが身を乗り出し掛けるも、その言葉が最後まで続く事はなかった。
ホール外への扉が閉ざされ、それとは別に開放された扉から、灰色の野戦服に身を包んだ人物が入室してきた為だ。
白髪交じりの黒髪を短く刈り詰めたその男性は、外見から判断するに40台後半といったところだろうか。
軽く室内の一同を見渡しつつ、足を止めずに声を発する。

「お待たせしました。では、始めましょう」

環状テーブルに沿って座する20名程の局員、その対面の席へと歩み寄った男性は、腰を下ろす事なく再度その場の全員を見渡した。
その手には資料らしきものは何1つ携えられていない。
全ての情報は、恐らくは電子的強化を施されているであろう、その頭脳の内部に収められているのだろう。
知らず視線に敵意が籠もる事を自覚するリインだったが、その先に位置する男性は至って平静に言葉を紡ぎ始めた。

「既に聞き及んでおられる方も含め、改めて自己紹介を。PSC「ランツクネヒト」第11独立大隊指揮官ハシム・アフマド、階級は中佐です」

PSC「ランツクネヒト」。
聞き慣れない単語、そして古代ベルカ史を学ぶ中で耳にした単語が重なった事で、リインは数瞬ほど自身の記憶を辿る。
そして思い出したのは、第97管理外世界に於いて報道を通じて耳にしたアルファベットの羅列。
「PMC」或いは「PSC」と呼称される組織、民間軍事請負企業。
続く「ランツクネヒト」とは、古代ベルカ史の一時期に於いては聖王に仕える近衛騎士団に冠された名だ。
恐らく第97管理外世界に於いては、ヨーロッパに関連する何らかの名称なのだろう。
そんな事を思考するリインを余所に、アフマドと名乗った男性の声は続く。

「ご存じの通り、我々は時空管理局体制下に於いて第97管理外世界と識別される惑星の未来、即ち22世紀の地球文明圏に属する勢力です。遡る事68日前、第88民間旅客輸送船団護衛の任務に就いていた我々は、バイドによりこの人工天体内部へと強制転送されました。
最初の管理世界被災者との遭遇は40日前の事です。我々は彼等を保護し、情報交換を開始しました」

テーブル中央のホログラムが変化し、無数の情報が表示される。
同時にリイン自身の眼前にもウィンドウが出現し、その上に幾つかのタッチパネルが表示された。
その中の1つ「Link M-Device system」と表示された青いパネルが点滅している。
同時に隣に座するギンガの目前へと、背後から何かが差し出される様子が目に入った。

「え?」

呆けた様なギンガの声。
何事かとリインはそちらへ視線を移し、次いで自身の目を疑う。
ギンガが呆然と見つめているそれは、何と待機状態のブリッツキャリバーだった。
咄嗟に他の面々を見やると、彼等もギンガ同様に返却されたデバイスを前に呆けている。
何の意図があって、と思考に沈むよりも早く、アフマドの声が響いた。

「バイド体を利用した魔力増幅機構は押収させて頂きましたが、貴方がたのデバイスを返却します。起動し、ウィンドウ上の点滅しているパネルを通じてデータリンクを実行して下さい」

リインはホールの壁際に控える局員達を視界の端へと捉え、成程、と納得した。
デバイス及び並列思考については、局員の協力を得て解析済みらしい。
この返却の意図も、口頭での説明より並列思考を用いての情報取得の方が時間的に早い、との判断だろう。
デバイスの支援を得て情報を一挙に取得し、個々の並列思考能力を用いて状況を理解せよという訳だ。

「正気か・・・?」
「御心配なく。優秀な管理局員と我が隊員が控えております」

局員の1人が零した言葉に対し、アフマドは悪びれる様子もなく答える。
もしこの場でデバイスを用いて敵対行為に移行すれば、彼等に協力する局員の非殺傷設定の魔法により昏倒、それで通用しないのならば質量兵器により射殺する用意があるという意味の返答だろう。
脅しではない。
その時になれば、彼等は躊躇なく砲撃を放ち、引き金を引くのだろう。

「30分後から質疑応答の時間を取ります。では、どうぞ」

その言葉の後、アフマドは目前の席に腰を下ろした。
どうやら情報を得ない事には、これ以上の状況の進展は望むべくもないらしい。
だが、やはり警戒心が先立つのか、誰1人として操作を実行しようとはしない。
此処は先ず、自身が安全性を確かめるべきだろうか。
少なくともユニゾンデバイスである自身ならば、他の局員よりは情報処理能力に秀でている。
自身の能力が何処まで通用するか定かではないが、少なくとも通常の魔導師以上には情報戦に対応できるだろう。

熟考の結果、リインは自身の姿を通常の状態へと戻す。
身体変化に自身のリソースを割いている余裕は無い。
何より、アフマドの言葉を信用した訳ではないのだ。
全くの無防備では、ある瞬間に前触れなく思考中枢を掌握される可能性もある。
僅かに躊躇い、しかし最大限の警戒を以って、リインはパネルに掌を触れた。

「曹長・・・?」
「・・・大丈夫」

膨大ながら、必要事項のみを的確に選別された情報の奔流。
リインが感じ取ったのは、それだけだった。
特に異状もなく、正常に機能する並列思考で以って情報を確認してゆく。
そうしてリインは自身と生存者の置かれた状況を、提示された情報の中で正確に把握した。

第88民間旅客輸送船団人員、2518名。
PSCランツクネヒト第11独立大隊人員、821名。
合流した地球軍人員、67名。
保護された次元世界民間人、34701名。
保護された次元世界軍事組織人員、3160名。
保護された管理局員、1704名。
確認済み生存者総数、42971名。
合流後の戦闘及び捜索中に於ける現在までの死者・行方不明者総数、894名。

生存者の所属を確認しつつ、同時にリインは周囲の環境についても情報を紐解いてゆく。
しかしその内容は、俄には理解し難いものだ。
その最たるものが、この人工天体の構造と規模である。

天体は多層構造から成っており、基本的に廃棄物から成る外殻の内部に第1層、続いて広大な空洞を挟んで第2層と続く。
現在のところ第5層までが確認されており、其々の層の厚さは400km前後。
これらの層は各種兵器生産プラントであり、地球圏及び次元世界の兵器を基に大規模な模倣を行っている。
空洞はこれらの基となるオリジナル、及び生産された兵器群の保管空間らしい。
更には兵器群の外部への転送開始点、侵入者迎撃用の戦闘空間をも兼ねているという。
空洞の幅は700km前後であり、一部ドーム状の隔離空間、シャフトタワーを除き各層を繋ぐ構造物は存在しない。
つまりこの天体は、空洞状の巨大な球形構造物を更に巨大な球形構造物が覆い、それが連続して1つの巨大人工天体となっているのだ。
ランツクネヒトによる分析では、この天体はダイソン・スフィアと呼称される、小規模の恒星を内包した一種のエネルギー供給施設ではないかという。
建造者がバイドか、それとも汚染された未知の超高度文明かは定かではないが、提示された情報を信用するのならば少なくとも22世紀の地球によるものではない。
外部より転送された被災者、及び合流した地球軍人員からの情報によれば、天体直径は約1,426,000kmとの事。
各層の通過には厳重な防衛設備、及び大規模な艦隊戦力による防衛陣を突破せねばならず、浅異層次元潜航を用いての通過を除いては試みた例がない。
異常なまでの防衛体制から、この天体は兵器生産以外にも「何か」を護る為の大規模なシェルターとしての役割を担っていると、ランツクネヒトはそう分析している。

次に、生存者達の居住空間だ。
この都市は、西暦2166年の地球圏に於いて「リヒトシュタイン都市群」と呼称される宇宙都市を構成していた14基のスペースコロニー、その行方不明となった6基の内1基であるらしい。
ランツクネヒトは第3空洞にてこのコロニーを発見、占拠。
汚染を警戒しつつ機能を回復し、各種生産プラントを再稼働。
これにより大気及び食糧問題は解決する事となったが、防衛体制に関しては絶対的な戦力の不足という問題があった。
そこで彼等は、第3空洞に存在する複数の施設を奪取する作戦を敢行、兵器生産プラントを含む4つのコロニーを占拠し、それらを緊急用推進システムで以って移動させコロニー群を形成。
周囲に有り余る資源を用いて「アイギス」と呼称される防衛人工衛星を大量生産し、これをコロニー群の周囲に配備しているという。
流石に詳細なスペックは明らかにされていないが、長射程・超高速の戦術核弾頭搭載宙間迎撃用ミサイル、更に長距離狙撃型光学兵器を搭載した機動衛星らしい。
完全にオートメーション化された生産ラインを昼夜問わず全力稼働させている為、現在までに894基が生産され、内450基がコロニー群防衛に就いているという。
残るアイギスは第3空洞全域に於ける制圧戦に赴いており、新たに生産されたものについては順次前線へと送り込まれ続けている。

そして、こちらの戦力だ。
ランツクネヒトと第88民間旅客輸送船団は数隻の輸送艦を有していたが、これらの有する武装は決して強力なものではない。
しかし彼等は16機のR戦闘機を有しており、これらを中心に転送後初期の戦闘を潜り抜けてきたのだ。

「R-11S TROPICAL ANGEL」
嘗て第4廃棄都市区画での戦闘に於いて、その異常な機動性を以って局員を追い詰め、更にガジェット群に対し圧倒的な暴力を叩き付け殲滅した赤い機体群。
恐らくはその同系統に位置するであろう、酷似した構造的特徴を持つ機体。
彼等はこれを用いてコロニー群に迫るバイドを殲滅し、同時に第3空洞周辺に転送された被災者達を発見、救助隊へと連絡していたのだ。

それだけではない。
合流した地球軍の中にも、複数機のR戦闘機が含まれていた。
「R-9A4 WAVE MASTER」「R-9AD3 KING'S MIND」「R-9C WAR-HEAD」「R-9/0 RAGNAROK」「R-9E2 OWL-LIGHT」「TL-2B HERAKLES」「R-13B CHARON」
どの機体も名称以外の情報は一切記されてはいないが、R戦闘機の例に漏れず異常な戦闘能力を有しているのだろう。

魔導師はどうか。
先ず管理局員1704名の内、戦闘可能な魔導師の数は1425名。
そして各世界の軍事組織人員3160名の内、確認済み戦闘可能魔導師の数は343名。
合計1768名の内、Aランク以上は496名。
悪くない数だ。
更に軍事組織人員の内1508名は魔導兵器、或いは質量兵器の扱いに精通しており、中には機動兵器の運用に携わっていた者も居る。
それらの兵器そのものも少なからず転移している為、防衛体制は異常とも取れる程に厳重なものだ。
他にも十数隻の戦闘艦が存在し、コロニー群の防衛に当たっている。

信じ難いのは、これ程の戦力を有しているにも拘らず、天体脱出の作戦計画が殆ど構築されていなかった事だ。
主な要因は、バイドの常軌を逸した物量である。
天体外部へと脱出する為には、2つの空洞と3つの層を突破せねばならない。
しかしこの2ヶ月、敵戦力の駆逐に成功したのは第3空洞の一部に於いてのみ。
この上、第2空洞と第1空洞、及び第3層から第1層までの敵防衛陣を突破するには、明らかに戦力が足りない。
よって彼等は、偵察を目的とした浅異層次元潜航を除き、各層の通過を実行した事例は無いという。
このコロニーに存在する被災者及び管理局員はいずれも、偵察任務中の機体によって発見されたか、第3層、第4層からの自力での脱出に成功した上で、幸運にも制圧任務に当たっていたアイギスによって発見された者達らしい。
更に、外部の状況が殆ど不明という事実も、脱出作戦の立案に大きな影を落としていた。
外部からの新たな転送被災者が数多く保護され、更に地球軍部隊との合流を果たした事で多くの情報が得られたが、それは此処12時間での事だ。
それ以前の外部の状況は、第2空洞での戦況悪化及び対浅異層次元潜航兵装を搭載した敵艦艇の出現もあり、ほぼ全ての情報が不明だった。
遵って地球軍、或いは管理局部隊の到達を待ち、その上で外部と連絡を取り脱出作戦を立案するという、謂わば籠城戦が開始される事となる。

しかし約8時間前、事態は更なる悪化を遂げた。
ある時点を以って、一切の浅異層次元潜航の実行が不可能となったのだ。
人工天体内部全域の浅異層次元に於いて、大型艦艇をすら粉砕する程の空間振動波が検出され続けているという。
幾度か探査機を送り込んだものの、その全てが潜航開始と同時に破壊される為、衝撃波発生源の特定は疎か正確な影響範囲すら判明してはいない。
現時点で確実となっているのは、浅異層次元潜航を用いての脱出が不可能となった、その一点のみである。

最後に、外部の状況だ。
12時間前、隔離空間は異常拡大し、確認済み次元世界全域を呑み込んだ。
しかし拡大はそれに留まらず、今もなお遠方へとその範囲を拡げている。
隔離空間内部へと転送された各惑星は異常距離にまで接近し、恒星と人工天体とを結んだ直線上に分布する形で、特定の一方向へと拡がる形で存在。
これが如何なる意味を持つのかは判然としないが、恒星を始点として人工天体と続き、更に各惑星がその先に散在するという円錐、若しくは円柱状の形態となっているらしい。
空間拡大が始まった12時間前から浅異層次元潜航が封じられる8時間前に掛けては、主に人工天体と各惑星までの空間、そして各惑星間の平均50,000kmという僅かな隙間を縫って艦隊戦が展開されていたという事実が、新たに保護された被災者及び地球軍人員の証言によって明らかとなっている。
これも俄には信じ難い事だが、次元世界の全保有戦力が戦線に加わっているにも拘らず、バイドとの戦闘は事実上の膠着状態にあるとの事。
ランツクネヒトもこの情報の真偽を疑ったが、空洞内に存在していた敵艦艇群の殆どが消失したという偵察結果が報告されていた事もあり、証言が真実であると結論付けた。
即ち、人工天体内部の敵戦力はその殆どが外部へと転送され、内部の防衛戦力は手薄になっている可能性が高いという事だ。

此処までの情報を確認すると、リインは一旦、全てのウィンドウを閉じる。
そうして暫し黙考した後、新たに1つのウィンドウを展開。
其処には、この12時間以内に保護された管理局員の名が、余す処なく記されていた。
リインはその中から複数の名を検索、詳細を表示する。
表示された検索結果を目にするや否や、彼女は有りっ丈の力で歯を食い縛った。

「はやてちゃん・・・!」

八神 はやて二等陸佐、重傷。
損傷臓器の培養完了、移植シーケンス実行中。
左腕部及び左脚部骨格、移植シーケンス実行中。
聴覚神経系、修復率94%。

「ッ・・・!」

次から次に表示される名と、その容体。
表示された情報に目を走らせる度、リインは自身の血の気が失せてゆく感覚を明確に認識する。

「そんな・・・」

ティアナ・ランスター一等陸士、軽傷。
治療完了。
ヴィータ三等空尉、軽傷。
治療完了。
シャマル非常武装局員、重傷。
損傷臓器の培養完了、移植シーケンス完了。
ザフィーラ非常武装局員、重傷。
極めて高い自己修復機能を保有、経過観察中。

まるで壊れた機械を修復するかの様な、無機質な単語の羅列。
リインの意識を凍て付かせるには、これだけでも十分だ。
しかし、それ以上に許容できない報告が、其処には記されていた。

セイン非常武装局員、小破。
戦闘機人の保有する自己修復機能調査の為、経過観察中。
チンク非常武装局員、中破。
フレーム損傷部位交換完了、有機組織回復経過観察中。
ウェンディ非常武装局員、中破。
フレーム損傷部位交換完了、有機組織回復経過観察中。

「・・・ッ」
「ギンガ・・・」

テーブルの軋む音。
自身の隣へと視線を投じれば、待機状態のブリッツキャリバーを手が震える程に握り締め、仇敵を前にしたかの如くウィンドウを見据えるギンガ。
其処に何が記されているかは、リインも良く理解している。
そして、ギンガの胸中に渦巻く感情が、如何なるものであるかも。
そのウィンドウには、彼女の肉親の状態を表しているとは到底思えない、残酷な言葉だけが表示されている。

スバル・ナカジマ一等陸士、大破・機能停止。
解体調査・解析完了後フレーム交換、再起動シーケンスへ移行。
現在の新規フレーム構築率、74%。
ノーヴェ非常武装局員、大破・機能停止。
解体調査・解析完了後フレーム交換、再起動シーケンスへ移行。
現在の新規フレーム構築率、68%。

恐らくはすぐにでも立ち上がり、視線の先に座する男へと襲い掛かりたいのだろう。
ギンガは瞳の色こそ変わってはいないが、その胸中には殺意が渦巻いているであろう事が容易に見て取れる。
だが、強靭な精神と冷徹なまでに現状を伝える理性が、立ち上がろうとする身体を抑え込んでいるのだ。
確かに文面そのものは非情以外の何物でもないが、冷静に考えれば全員が助かるという意味でもある。
少なくとも、今すぐに此処で事を構える必要性は無い。
たとえ此処で敵対を選択したとして、変化があるとすればこのホールに双方の死体が溢れ返る事になる位のものだろう。
ギンガもそれを理解しているからこそ、必死に自身を抑えているのだ。

「・・・時間です。では、質問があればどうぞ」

アフマドの声がホールに響く。
半透明のウィンドウ越しに砂漠気候下居住民の特徴が色濃く現れた顔を見据え、リインは小さなその拳を握り締めた。
その整った顔には、悲壮なまでの決意が宿っている。

この男には、問い質すべき事が山ほどあるのだ。
簡単に終わらせはしない。
少しでも有利な状況を保ち、彼等が持ち得るあらゆる情報を吐かせる。
その程度の成果さえも得られなければ、傷付いた家族に合わせる顔が無い。

そうして質疑応答に臨むべく、ウィンドウを閉じようと腕を伸ばすリイン。
だが掌がパネルに触れる直前、新たな情報が表示された事に気付く。
ウィンドウが掻き消える一瞬前に、最新の情報である事を示す赤の明滅を伴った文字の羅列が現れたのだ。
そしてリインは、その内容を正確に読み取っていた。



登録情報更新。
高町 なのは一等空尉、重傷。
損傷臓器の培養完了、移植シーケンス完了。
培養皮膚移植率、61%。
脊髄損傷部修復率、43%。

*  *


背後から響く、ドアのモーター音。
入室者の気配を感じ取りつつも、彼女はその場を動こうとはしなかった。
表向きは興味を示す素振りも見せず、しかし警戒は怠らずに相手の発言を待つ。
だが掛けられた声の主を特定するや否や、彼女はその警戒心すら捨て去って注意の範疇からその人物を外した。

「お話があります、ティアナさん」

彼女は答えない。
無言のままに眼前に並ぶ十数個のポッド、その内2つを見つめ続ける。
灰色の金属製ポッドは内部を窺う事はできないが、ティアナはその中にあるものが何かを知っていた。
そして、何が行われているのかも。

「重要な話があります。一緒に来て下さい」
「勝手に喋れば良い」

今度は一言だけ返し、再び沈黙する。
排出パイプ内を通る廃液の色は確認用の小窓から確認できるが、今は澄んだ無色の液体が流れていた。
4時間前には鮮烈な真紅の色が流れていたのだが、それも徐々に薄れ今やほぼ保護液のみが排出されるばかりである。
微動だにせず小窓を見つめ続けるティアナの背に、更に言葉が投げ掛けられた。

「貴女と同時に保護された局員の一団が、協力を拒んでいます。指揮官の指示が無い限り、独断での協力はできないと。八神二佐が治療中である旨を伝えましたが、今度は貴女の指示に従うと」
「分かった」

即答し、椅子より立ち上がる。
背後へと歩み寄る足音。
ティアナは自身の肩越しに掌を翳す。

「クロスミラージュを」

手渡されるカード、待機状態のクロスミラージュ。
ティアナは左手にそれを受け取ると念話を繋ぎ、ごく短く指示を発した。

『こちらランスター。これより私達はランツクネヒト・管理局合同部隊指揮下に入る。以上』

了解、との言葉が返された事を確認すると、彼女は念話を切る。
その内容を傍受していたのだろう、すぐさま背後から言葉が発せられた。

「賢明な判断に感謝します、ティアナさん」

その言葉が終わるか否かというところで、クロスミラージュをワンハンド・ダガーモードへと変貌させ、背後へと振り抜く。
突然の近接攻撃行動に、しかし背後の人物は見事に対応してみせた。
僅かに1歩退がり、紙一重でダガーモードによる魔力刃の旋回範囲外へと逃れると、その手に持つデバイスの切っ先を精確にティアナの喉許へと突き付け、それ以上の動きを封じる。
鋭い切っ先が微かに喉許の皮膚を掠める感覚に戦慄しながらも、彼女は次の動作に移る事すらできなかった右手のクロスミラージュ、ツーハンドモードへの移行に伴い出現したそれを握る指に力を込め、有らん限りの敵意を込めて眼前の人物を見据えた。
だが、その人物はまるで動じた素振りを見せず、ごく平静に言葉を紡ぐ。

「デバイスを下ろして下さい」
「黙れ」

微かにクロスミラージュを揺らすと、全く同時に喉許へと鋭い痛みが奔った。
まるで隙が無い。
この瞬間にティアナが採り得る如何なる行動よりも早く、デバイスの切っ先が彼女の喉を食い破るだろう。
その事実へと思考が至って尚、ティアナはデバイスを退こうとはしなかった。
代わりに、自身へとデバイスを突き付ける相手の顔を真っ向から見据え、吐き捨てる様に呟く。

「随分と胸糞悪い顔をする様になったじゃない、エリオ」

燃える様な紅い髪、ティアナとほぼ同じ背丈。
感情の窺えない瞳、節くれ立った傷だらけの指。
記憶の中に残るその姿とは懸け離れた、ティアナの知らないエリオ・モンディアルが其処に居た。

「もう一度言います。デバイスを下ろして下さい、ティアナさん」
「・・・派手に弄ったものね。本当にそれがストラーダとは思わなかったわ」

エリオが発した再度の警告を無視し、ティアナは自身の喉許に突き付けられたストラーダを備に観察する。
白亜の槍は元の優美さを失い、剥げ落ちた塗装の代わりに無数の傷が鈍色の表層部を覆っていた。
更に、短期間の内に違法な改造を重ねたのか、明らかに以前とは異なる造形が複数箇所に見受けられる。
特に顕著なのが各部推進ノズルであり、ヘッドブースター、リアブースター、サイドブースターのいずれもが以前とは異なる外観となっていた。
サイドブースターは新たに追加された装甲板の下部に内蔵されているのか、推進用魔力噴出口の機能は装甲板上に開けられた十数個の穴が担っているらしい。
ヘッドブースター及びリアブースターは完全に別個のユニットと化しており、長方形のボックスが2つ重なった様なユニット内部から覗く計6基の平面ノズルは、恐らくは高度な推力偏向機能を備えているのだろうと予測できる。
総じて各部位は、以前と比較してかなり大型化していた。
どうやらスピーアフォルムの近接格闘戦能力を切り捨て、デューゼンフォルムの大推力による突撃能力に特化させた改造らしい。
そしてカートリッジシステムには、攻撃隊から鹵獲したものか「AC-47β」が装着されている。
眼前に立つエリオは、2年前の彼では満足に構える事すらできなかったであろうそれを片腕のみで操り、まるで自身の腕と一体化しているかの様な自然体で以って穂先を彼女へと突き付けていた。
ストラーダ自体の近接戦闘能力は失われても、エリオ自身の技量と体力がそれを補っていると見た方が正解だろう。

「最後の警告です。デバイスを下ろし、待機状態に戻して下さい」

形勢が悪過ぎる。
そう判断し、ティアナはクロスミラージュを待機状態へと戻した。
それを確認したエリオも穂先を引くが、ストラーダを待機状態へと戻す事はしない。
用心深い事だ、などと思考しながら、ティアナは再びポッドへと視線を戻す。

「・・・気に入りませんか、地球軍との共闘は」
「大いにね」

エリオの問いに対し、間髪入れずに返すティアナ。
その言葉に偽りなど無く、彼女は現状を心底より忌々しく思っていた。
エリオもその言葉が真実であると判断したのか、数秒ほど沈黙する。
そして再度、その真意を問い掛けた。

「理由はクラナガンの件ですか? それとも本局?」
「・・・それもあるわね」
「では、質量兵器の運用?」
「理由の1つではあるわ」
「地球軍との交戦で、攻撃隊に死者が出た事・・・」
「アタシが気に入らないのはね・・・エリオ」

エリオの言葉を遮る、ティアナの声。
彼女はポッドから視線を外す事なく、毅然と言葉を返す。
だが、固く握られたその拳は、抑え切れない感情に震えていた。

「其処まで知っていながら、平然とアイツらとの共闘を諭すアンタ達の事よ」

返答はない。
2つのポッド下に展開された、小さなウィンドウ。
其処に表示された「Analytical sequence」のゲージが端まで達すると同時、表示が「Complete」に変化し室内に警告音が響いた。
ポッド下部がゆっくりとスライドし全体が横倒しになると、そのまま奥の壁面へと格納されてゆく。
1つ目のポッドに続き2つ目が格納され搬入口が閉じられると、搬出された2つのポッドの隙間を埋める様に残りのポッドがスライド、端の壁面から新たに2つのポッドが搬入された。
そうして、オートメーション管理された全ての作業が終了すると、室内には静寂のみが残る。
それを見届けてなお、ティアナはその場を動こうとはしなかった。

「心配しなくても、2人はすぐに戻ります。あと2時間といったところです」
「そうね。彼等は「修理」が得意みたいだから」
「それが理由ですか?」

ティアナは振り返り、エリオを見やる。
その心中には敵意と蔑意とが渦巻き、彼を嘗ての戦友であると捉える意識などは微塵も残ってはいない。
先程の様にデバイスを構える事こそないが、余程に意識して自制せねば今にも掴み掛かってしまいそうだった。

「砲撃に私達を巻き込み、銃撃で3人を殺し、スバルとノーヴェをバラバラにした。それに飽き足らず、今度は2人を分解しての解析調査」
「治療の為です」
「脳髄を取り出して、丸ごと新しい身体に入れ替える事を治療って言うのならね」

辛辣な言葉を吐き捨て、エリオの目を見据える。
彼の様子に動揺は見受けられない。
全くの無表情のまま、クロスミラージュによる近接攻撃範囲外から、ティアナに対する警戒を続けている。

「詭弁だわ。アイツらは言っていた。修復し、再起動させると。地球軍もランツクネヒトも、スバル達を兵器としか見ていない。幾らでも換えの利く消耗品だと思っている」
「ティアナさん」
「見ていた筈なのに。スバル達が一緒に笑い合っている所を見ていた筈なのに。今だって、チンクやウェンディ達がどんな振る舞いをしているか見ている癖に。普通の人間と何も変わらないって知っている癖に!」
「ティアナさん」
「その事を知っている癖に! アンタ達はそれを受け入れている! スバル達が人間じゃないって言われているも同然なのに!」
「なら、此処に居て下さい」

その酷く醒めた声にティアナは、一瞬の事ながら心中で荒れ狂う敵意さえ忘れた。
対するエリオは相変わらずの無表情だが、それは平静さを保っているという以前に、その瞳が作り物めいてさえ見える。
彼はティアナの言葉に込められた意味のみを読み取り、しかしそれに伴う心情の一切を受け流しているかの様だ。
そんな印象を裏付けるかの様に再度、冷酷な問いがティアナへと放たれる。

「ティアナさんが僕達を敵視しているという事は解りました。先程は了承して戴けましたが、恐らくは行動を共にしていた攻撃隊の皆さんも同様でしょう。それで、どうします」
「どう、って・・・」
「妥協も共闘もできないというのならば、それでも構いません。強制はしないし、その権限もない。脱出ルートの確保まで、非戦闘員と一緒に此処で待機していて下さい。無論、デバイスは再度押収させて戴きますが」
「・・・本気なの?」
「こういった主張をしているのは、ティアナさんだけではないんです。何があっても協力はしないという部隊もあれば、それでは済まずに警告なしでこちらの調査部隊に攻撃を仕掛けた部隊もある。
幸い、過半数の局員は現状に対してある程度の理解を・・・というよりも、妥協を選択してくれました。彼等はこの天体を脱出する、非戦闘員を護るという二点に於いてのみ、ランツクネヒトと地球軍との共闘を了承している。
勿論、彼等を信頼した訳でもなければ、敵ではないと認識を改めた訳でもないでしょう。要は生存の為に、お互いを利用し合う関係です」

そう語りつつ、エリオはストラーダをバリアジャケットの背面へとやり、其処に固定した。
改造にランツクネヒトの技術者が関わっていたのか、待機状態への移行機能が損なわれているらしい。
持ち運びの為、バリアジャケットに固定用アタッチメントを設けた様だ。
自身の背丈ほどもあるストラーダを背負いながら、エリオは自身の首筋へと手を添えると凝りを解す様に頭を動かしつつ、幾分柔らかくなった声で言葉を紡ぐ。

「僕達の様に早くからランツクネヒトと協調関係にある人間は、今さら彼等を切り捨てる事なんかできない。それをするには、彼等に対して恩義があり過ぎる。だから、その辺りは大目に見てくれると助かります。
そして確かに、彼等はスバルさん達を一種の生態兵器と看做している。でもそれは差別的な認識というよりは、彼等の職業病みたいなものです」
「何が言いたいの」
「彼等にとっては魔導師も戦闘機人も、それどころか自分達でさえ兵器みたいなものだという事です。戦闘機人は言わずもがな、生身で宙を飛び未知のエネルギー攻撃を放つ魔導師も一種の兵器。
自分達に至っては、R戦闘機を始めとする各種機動兵器を動かす為の部品みたいなものという認識なんでしょう。彼等にしてみれば、人間を治す事も機械を直す事も一緒なのかも」

大した事ではないとばかりに放たれた言葉に、ティアナは衝撃を受けた。
自身が兵器である、若しくは単なる一部品である等と意識しつつ、それを受け入れる事ができる者などが存在するのか。
彼等は嘗ての一部ナンバーズの様に、意図して情報を制限されていた訳でもなく、社会と接する機会が無かった訳でもないだろう。
にも拘らず、エリオの言葉を信じるならば、彼等は自身が無機質な機械部品であるという認識を、人間としてのアイデンティティーと同時に併せ持っている事になる。
スバルも、その事で随分と悩んだ事があると、JS事件の後に吐露してくれた事があった。

だが彼等は、それをごく自然に受け入れている。
自身が人間であり、そして同時に強大な兵器の一端を成す部品と同様の存在でもあるという事実を、当然の事として認識しているのだ。
そうでなければ、他者を自己と同様の兵器として看做す事などできる訳がない。
自身が人間であり兵器である事が当然であるからこそ、他者を兵器の一種と看做す事ができるのだ。

其処に葛藤が無かった、とは言い切れない。
それを断言できる程、ティアナは彼等を知らない。
エリオの言っている事も彼の主観であり、彼等が実際に持つ認識とは掛け離れたものかもしれない。
だが実際、彼等はスバル達への治療行為を修復と言い切った。
ティアナはスバル達を人間であると捉えている。
この事実がある以上、彼女が真に彼等の存在を受け入れ、認める事はない。
そして、それを受け入れるエリオ達、その思想と行動を認める事も決してないだろう。

「理解できないなら、それでも構いません。ただ、僕達はこの一月、彼等と一緒に戦い抜いてきた。貴女達が彼等を認められなくても、僕達は彼等の力を認めている。彼等の倫理観が歪んでいる事も、そうでなければ生き残れなかった事も知っている。
でも皆が皆、それを受け入れられる訳じゃない事も理解しています。ですから、ティアナさん。貴女は僕達を理解する必要はない。ランツクネヒトも、地球軍の事も理解する必要はない。ただ、生きて此処から脱出する為に、利用するに値する存在だと認識してくれれば良いんです」

その言葉はこれまでの葛藤が嘘の様な自然さで、それこそ異様なまでに抵抗なくティアナの意識の底へと落ち着いた。
エリオの語った内容は正しく、R戦闘機との交渉に臨む前にティアナが思考していた、地球軍に対するスタンスそのものだ。
彼等を、彼等と協調するエリオ達を認めるべく妥協する事も、そして解かり合おうとする努力も必要もない。
必要な事は、彼等が強大な戦力を有し、限定的ではあれこちらに対し協力を求めているという事実を理解する事だ。
少なくともこの勢力下に於いては、地球軍も勝手な振る舞いはできない筈。
唯でさえ微妙な緊張を孕んでいる現状を掻き乱す様な事があれば、局員以前にランツクネヒトが黙ってはいまい。

地球軍の有する7機のR戦闘機はランツクネヒトの指揮下にあり、ランツクネヒトは一部局員と密接な協調関係にある。
自身等は彼等に戦力を提供する傍ら、彼等の戦力を利用すれば良いのだ。
彼等はこちらの戦力を、少なくとも四六時中に亘って警戒する程度には評価している。
こちらで得た情報では、保護された攻撃隊の中には僅か11名で大型汚染体を6体と無数の汚染体群を同時に相手取り、その全てを殲滅して退けた部隊すらあった。
そしてティアナ達も例外ではなく、強大な汚染体を魔導師の独力で撃破した実績がある。
彼等としてもR戦闘機を始めとする機動兵器群を有しているとはいえ、バイドを撃破し得る程の戦力を放置しておく余裕は無いと考えられる。
自身等が生き残る為に、そして非戦闘員を護る為にバイドと戦えば、それが彼らとの共闘となるのだ。

今この瞬間、ティアナを始めとする局員に求められているものは、相互理解によって結ばれる人間関係ではない。
この天体を脱出するまでの、上面だけの軽薄な協調体制。
それで良いのだ。
如何に受け入れ難い手段によるものであろうと、スバルとノーヴェは助かり、なのはやはやても急速に快方へと向かいつつある。
彼等を理解する役割は、エリオ達を始めとする現状の協調体制を築いた者達が担うべきものだ。
自身等は彼等を利用し、次元世界被災者と共に生き抜く事だけを考えれば良い。

生き残る為に、利用し尽くす。
地球軍を、ランツクネヒトを、エリオ達を。
徹底的に利用して、使い潰すのだ。

「・・・何をすれば良いの」

絞り出す様な、ティアナの声。
それは消極的ながら、エリオからの要請を受け入れた事を意味していた。
対する答えは、すぐに返される。

「現在、第3空洞の制圧はほぼ完了しています。想定外の事態が発生しない限りは、36時間以内に脱出作戦が開始される予定です」

其処でふと、ティアナは疑問を覚えた。
エリオの言葉は、数時間前にランツクネヒト側から提供された情報に矛盾している。
彼女の知る限りでは、天体脱出の目処は全く立っていなかった筈だ。
その疑問を、そのままエリオへとぶつける。

「脱出計画はまだ白紙のままなんじゃなかったかしら?」
「R-11S 4機と80基のアイギスを投入しての強行偵察の結果、メインシャフトタワー周辺域の防衛艦隊が消失している事が分かったんです。シャフトを通じてアイギスによる広域偵察を行ったところ、第2空洞の敵戦力も殆どが消えていた。第1空洞も同様です」
「どういう事かしら」
「ランツクネヒトは、空洞内部の敵戦力が天体外部へと転送されたものと考えています。今頃は恐らく、全次元世界を含む管理局艦隊、そして地球軍艦隊と交戦中でしょう」

エリオは問いに答えたが、それでティアナの抱える疑問の全てが氷解した訳ではない。
寧ろ、更に訊ねるべき事が増えただけだ。

「そんな状況で外部へ脱出して大丈夫なの? 最悪、脱出直後に敵の大規模艦隊と遭遇する事も考えられるわ」
「それについてはアイギスがカバーします。当然ながら地球軍もこちらに気付くでしょうし、何より僕等には切り札がある」
「切り札?」

その奇妙な言葉に、ティアナは表情を顰める。
20を超えるR戦闘機に、今この瞬間でさえ数を増し続ける数百基の防衛人工衛星、500名近い高ランク魔導師。
この上、更なる強大な戦力となり得るものが、このコロニーに存在するというのか。
そんな思考が如実に浮かんだ彼女の表情をどう取ったのか、エリオはウィンドウを開き何事かを小声で呟く。
そしてウィンドウを閉じ、ティアナへと背を向けると、首を捻って彼女を促した。

「丁度、ヴィータ副隊長達が移動したところです。僕等も行きましょう」
「何処へ?」

ドアへと向かうエリオを追い掛け、ティアナは歩き始める。
記憶の中のそれよりも長大となったストラーダ、それを背負うロングコート状のバリアジャケット。
ふと、寂しさにも似た微かな感情に襲われ、その背中を見つめていた彼女の目前で、エリオは肩ごと背後へと振り返る。
ドアの傍らに浮かんだキーウィンドウ上に、そちらを見る事もなく指を走らせながら、彼はその口に薄く笑みを浮かべた。



「悪魔の巣に、ですよ」

*  *


悪意の巣窟。
その施設に対しヴィータが抱いた印象は、正にその一言に集約されるものだった。
今頃はリインやギンガを含む指揮官クラスの面々に対しランツクネヒト側より幾度目かの会談が開かれているであろう中、彼女を含む数名は居住空間となっているコロニーを離れ、シャトルによってこの得体の知れない軍事コロニーへと訪れたのだ。
目的は1つ、ランツクネヒトと一部局員の言う、切り札とやらの正体を知る為である。

「URANUS-Orbital BIONICS LABORATORY CODE-BESTLA」

コードネーム「ベストラ」。
それが、この巨大軍事コロニーの名だ。
提示された情報によればこの研究施設は、西暦2134年に発生した「バイドの切れ端」による木星ラボ消失事件の発覚直後に天王星衛星軌道上へと建造され、以降30年以上に亘ってR戦闘機及びフォース開発の中心基地として機能していたという。
その後、フォースに関する研究開発の中心は冥王星衛星軌道上へと建造された新たな大規模研究施設へと移されたが、R戦闘機の開発については変わらずベストラが中心基地として機能し続ける。
西暦2162年には、研究資材として搬入されたバイド体の制御に失敗し施設の85%が有機質細胞群によって侵食・汚染され、更に施設内にバイド生態系が構築される重大な事故が発生したが、これは翌年の第一次バイドミッションに於いて戦線投入されたR-9A ARROW-HEADによる制圧対象となった。
そして施設奪還後も数多の機種を生み出し続け、対バイド戦線に多大な貢献を続けていたベストラだったが、その歴史は唐突に、誰もが予期しなかった形で閉じられる事となる。

西暦2170年12月25日、午後6時00分。
降誕祭の終了と時を同じくして、ベストラは異層次元の果てへと消えた。
非常用追跡衛星群は機能を停止しており、転移先の空間座標を特定する事は叶わなかった。
犠牲者数11519名。
内7000名以上がR戦闘機、またはフォースの開発に携わる職員だった。

その精確な転移時刻と防衛艦隊に対する情報操作の痕跡等から、調査機関はバイドによる汚染ではなく人為的要因による転移、それも長期に亘る計画の末に実行された集団的内部犯による破壊的行為であると断定。
無論の事ながら、軍上層部はこの事実を隠蔽せんと画策した。
ところが、複数のネットワークを通じ遠方よりベストラ消失の瞬間を収めた映像が流出、其処に浮かび上がった数々の不審点から、民間及び軍内部でもベストラ職員による破壊工作説が有力視され始める。
情報の流出元は防衛艦隊所属の一部R戦闘機パイロット達と判明、諜報部が身柄を押さえるべく彼等の滞在する居住区を訪れるも、既に全員がナノマシンによる自殺を果たした後だった。
彼等がベストラ職員と交友を持っていた事実は判明していたが、それ以上の情報は全てが消失、事件の真相は迷宮入りとなる。

彼の職員等が何を思い、この巨大施設を道連れにしての死を選択したのか。
ヴィータには、それが理解できる気がした。
彼等は多分、恐ろしくなったのだ。
バイドが、ではない。
自身等が生み出したもの、自身等の意思を離れ暴走するそれらが恐ろしくなったのだ。

このベストラで開発された対バイド兵器群は、異層次元を含む地球圏全域にて大規模な生産ラインが設けられていた。
それらは無尽蔵に兵器を、R戦闘機を生み出し続ける。
混迷する対バイド戦線に、軍はR戦闘機に対しより強大な力を求めた事だろう。
ベストラはその要求に応え、常に新たな力を創造し続けた。
しかしその力もバイドの圧倒的攻勢、汚染能力、何よりも物量を前にして、然程の期間を置かずに潰えてしまう。

軍は更に強大な力を求める。
ベストラはそれに応える。
バイドは自殺的な攻勢でその力を排除する。
軍はより破滅的な力を求める。
ベストラはそれに応える。
バイドは侵食と汚染を以ってその力を奪い取る。
軍は何よりも絶対的な力を求める。
ベストラはそれに応える。
バイドは人智を超えた物量でその力を押し潰す。

そんなサイクルを繰り返す内に、ある瞬間、ふと彼等は気付いてしまったのだろう。
自身等の生み出すそれが、バイドに匹敵する邪悪となっていた事に。
希望の象徴ではなく、絶望の産物である事に。

全てを侵し、汚染し、喰らう、異層次元の果てより具現化した悪夢、バイド。
追い詰められた人類の足掻き、反撃の鏃として生み出された力、R戦闘機。
一瞬たりとも進化と増殖を止めぬバイドに引き離されまいと、彼等は人類の有する英知の全てを注ぎ込んで開発を続けた。
それは、一時的に拮抗する事はあれど、優位になる事など決してない瀬戸際の戦い。

だが、自身等の生み出した力がバイドのそれに酷似、或いは全く同様の存在となってしまった事に気付いた時、彼等の心中は如何なるものであっただろう。
彼等の倫理観は歪んでいる、それは間違いない。
提示された情報の内容からも、それは疑い様の無い事実だ。
だがそれも切迫した状況と、常軌を逸した狂気とに曝されたが故の事なのだろう。
狂気と相対する為に正気を捨て、自らもまた狂気の徒となる。
そうする事で、人は自身の精神を護るのだ。

だが、彼等は気付いた。
気付いて、失った筈の正気を取り戻してしまった。
自らの生み出したものを前に、人が至ってはならない領域へと踏み入った事を認識してしまったのだ。
だからこそ彼等は、苦悩の末に死を選ぶに至った。
全てを道連れに、この施設に存在する何もかもを消し去る為に。

だと、いうのに。
遥か異層次元の彼方、この悪意だけが集う闇の中で、それは発見されてしまった。
既に全ての職員が死に絶えた中で、悪意の集約体だけが生き永らえるこの地獄の大釜、その蓋が開放されてしまった。
何としてでも生き残らんとする、生命ある者達の手によって。

「・・・既に制御ユニットの培養が開始されており、これらの機体は各機に搭載されるユニットの調整完了と同時に実戦投入される事となります」

ヴィータの目前で言葉を紡ぐのは、ランツクネヒトの人員ではない。
それは紛れもなく管理局員、それも指揮官クラスの魔導師だ。
彼女は立て板に水を流すかの如く、淀みない口調で自身の背後に並ぶ兵器群のスペックを語り続ける。

「・・・まさかそのユニットは、人の姿をしているのか?」
「いいえ、培養されるのは飽くまで情報処理系統のみです。既に素体が遺伝子レベルでの調整を受けている為・・・」

傍らの局員が放った問いも、それに対する返答の内容も、どちらもヴィータの意識の端を掠めるのみで、その中心を捉えるには至らない。
彼女の意識は、完全に別のところへと囚われていた。
説明を続ける管理局員、その背後に並ぶ機体群に。

「これらは全て無人機として運用されます。パイロットに関する対汚染防御面での問題、更に敵生産プラントより回収されたあちらの機種については、バイドによる模倣である事を考慮し・・・」

それらは、余りにもおぞましい存在だった。
黒地に黄色の塗装が施された実験機、灰色の塗装が施された大型の機体はまだ良い。
その2機は単に整備中であり、数人の技術者が機体の周囲で何らかの作業を行っている。
だが、他の4機種はそうではなかった。
それらが正真正銘のR戦闘機であると説明されてはいたが、とても信じる気にはなれなかった。
先の2機種の様に金属製の台座へと固定され、無数のケーブルと複雑な機器によって調整を受け、レーザースクリーンによって全体を検査されていれば、一切の迷いなく現前の存在をR戦闘機と呼称される兵器の一種であると認識できただろう。
だが、それらは違った。
完成された兵器であると認識するには、余りにも醜悪に過ぎた。

「何だよ・・・これ・・・!」

緑掛かった半透明の半物理防御スクリーンを備えた、濃紫色の機体。
スクリーン下には醜悪な有機組織が息衝き、接続された十数本のチューブからは得体の知れない液体がスクリーン内部へと送り込まれている。
脳髄にも、甲虫の背にも見える有機組織は常時、僅かながら縦に伸縮を繰り返していた。
それは明らかな生命活動、呼吸をしているかの様にも見える。

巨大な植物の種子、或いは寄生虫の一種にも見える機体。
その表層には申し訳程度の機械部品しか見受けられず、機体の殆どが植物体の有機組織で構築されていた。
僅かな機械部品は武装・航行補助の類というよりも、観測機器の様なものらしい。
その機体は計4機、其々が薬液に満たされた巨大な培養槽の中、外界から完全に隔絶されて其処にある。

蔦状、球状の植物器官が密集した機体。
こちらは先の機体以上に機械部品が少なく、機体後部に位置する円盤状の器官から前方へと絡まり合うかの様に蔦が伸び、それらの周囲を複数の球状器官が取り囲んでいる。
球体は胞子嚢にも、腐敗した肉腫の様にも見えた。
この機体もまた、先程のそれとは異なる色の薬液に満たされた培養槽の中、特殊な人工光の照射環境下にて外界より隔離されている。

「以上の様に制御ユニットの培養に成功した事で、これまで戦線投入が不可能だったこれらの機体を運用する事が可能となり、天体脱出に於いて重要な・・・」

そして、何よりも。
ヴィータの正面、閉鎖された対汚染防御障壁。
直接に内部を窺う事はできず、障壁の前に展開された巨大なウィンドウを通して、その機体の全貌が浮かび上がっている。
他の3機種と比しても、明らかに巨大、明らかに邪悪な影。
機体各所の機械部品は装甲としての機能を併せ持っているらしいが、同時に内部の肉塊を封じる為の拘束具の様にも見て取れる。
そして、その印象は決して気の所為などではなく、事実ウィンドウ上には「Control Rate」との項目があり、90%台から僅か40%台まで、機体各部について複数の制御率が表示されていた。
しかもそれらの数値は完全に固定されてはおらず、リアルタイムで変動を続けている。

この機体は、完全な制御下にある訳ではない。
ベストラ所属のR戦闘機開発陣は暴走直前の肉塊、恐らくはバイド体であるそれを、フォースではなく機体構築に利用した。
僅かでも制御に狂いが生じれば即座に人類へと牙を剥くであろう悪魔を、その悪魔と同一の存在であるバイドに対する力として変貌させたのだ
そして、気付いたのだろう。
自身等が生み出したものは、R戦闘機などではないと。
それは決して、希望などではないと。
彼等は、気付いたのだ。



自らが生み出したものは、バイドそのものなのだと。



ウィンドウ上に、新たに複数の表示が出現する。
それらは各機体に搭載される制御ユニットが、正式に決定された事を告げるものだった。
表示された各機体名、そして2種類のユニット名に、ヴィータは震える様な声を吐き出す。

「こんなの・・・あんまりだ・・・!」

その表示の意味を理解した攻撃隊員の間に、明らかに憤りを含んだ声が拡がり始めた。
だが、それを眺める局員は、僅かたりとも動揺する素振りを見せない。
同じ局員同士の間に存在する、残酷なまでの認識の隔たり。
漸くそれを理解したヴィータは、これ以上は何も目にしたくはないとばかりに、その瞼を下ろした。
否が応にも脳裏へと反芻される複数の名に、自身の心中が黒く染まりゆく事を実感しながら。



Unit「TYPE-02」
「TL-2B2 HYLLOS」Stand-by.
「BX-T DANTALION」Isolating.
「B-1A2 DIGITALIUS II」Isolating.

Unit「No.9」
「R-13T ECHIDNA」Stand-by.
「B-1B3 MAD FOREST III」Isolating.
「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」Isolation release.



警報、金属音。
再び開かれるヴィータの視界。
その視界に映るは、徐々に格納されてゆく障壁。

人類の希望の地にして、絶望の生まれた地、ベストラ研究所。
職員達の絶望と共に発動した、破滅への転送より4年。
決して開かれる事の無い筈であった悪魔の檻は、今まさにヴィータの眼前で開放されようとしていた。