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『I-12より管制室! エリア全域の重力が地表と水平に偏向! 一体どうなっているんです!?』
『こちらC-02、Gエリア全域との連絡が途絶えた! 信じられん・・・街が、街が落ちていってるんだ! 何もかも「上に」落ちて行く!』
『こちら、F-17・・・誰か・・・重力が・・・14G・・・呼吸が・・・もう・・・』

錯綜する無数の全包囲通信はいずれも、コロニーが想像もつかない異常に襲われている事を知らしめていた。
G-08エリアへと向かった調査部隊が管制室との交信を絶った事から、周辺エリアでの活動に当たっている複数の部隊へと調査要請が出された、その僅か2分後。
コロニー全域へと危険性異常物体検出警報が発令され、Gエリア周辺域の異常を知らせる報告が隣接する全てのエリアより飛び込み始めたのだ。
それらの内容は支離滅裂で要領を得なかったものの、総じて俄には信じ難いものばかりである。

人が空中へ落ちてゆくとの報告に始まり、ビル群が垂直に潰れ始めた、車両が地表と水平に飛んでくる、遥か頭上からビルや車両が落下してくる等々。
中には、飛行中のヘリに上空から数十人の生身の人間が降り注ぎ、十数人がローターへと巻き込まれた上、ヘリそのものも突如として上下を反転して背面飛行を開始し、挙句の果てに制御を失い垂直に地表へと墜落したとの報告もあった。
異常の規模は瞬く間に膨れ上がり、今やコロニー全域の半分近くに当たる74のエリアで何らかの被害が発生している。
それらの情報を統合的に分析して判明したのは、G-08エリアを中心として重力異常が発生し、その影響範囲が急速に他のエリアへと拡大している事実だった。

「管制室、D-18の避難状況は!? あとどれくらい残ってるんスか!?」
『不明です! 情報が錯綜しており、人員の正確な位置把握は不可能! D-06から17エリア、偏向重力増大! 直ちにCエリアへ退避して下さい!』
「言われなくても分かってるッス!」

管制室からの退避勧告に、ウェンディは苛立ちを隠そうともせずに声を張り上げる。
偏向重力発生直後から、彼女はパニックに陥った非戦闘員の避難誘導を行う姉妹達と分かれ、上空から取り残された者が居ないか捜索に当たっていた。
既に100人以上を発見し管制室へと連絡したが、それらの生存者全てが回収された訳ではない。
唯でさえ偏向重力下で身動きの取れない被災者が多い上に、魔導師を除けば各勢力の戦闘要員でさえ独自の飛行は不可能なのだ。
自在に宙を舞う事のできる魔導師と、ヘリや強襲艇が無ければ浮かび上がる事さえできない非魔導師。
その一点に於ける両者間の大き過ぎる差が、この異常事態下で浮き彫りとなっている。

「分かってるんスよ、そんな事・・・!」

呟き、ライディングボードの推力を最大にまで引き上げると、彼女は建ち並ぶビル群の屋上を横目にしつつ、地表と「平行」に上昇を開始した。
落下せぬようボードの縁を握り締め、徐々に上昇角を釣り上げてゆく。
ボードに「乗って」いる以上、垂直上昇は不可能ではないにせよ、余り実行したくはない機動だった。
大きく螺旋軌道を描きながら、ウェンディは高度を上げてゆく。

ウェンディ自身に飛行能力は無く、空中機動に関してはその全てをライディングボードに頼っていると云っても過言ではない。
姉妹や陸戦魔導師にも飛行能力を有していない者は多いが、彼等は固有装備またはデバイスに「AC-47β」を装着する事によって最低限の飛行能力を得ていた。
無論の事ながらウェンディも例外ではなく、ライディングボードには「AC-47β」が組み込まれている。
しかし、ボードはその運用構想上ウェンディから完全に独立しており、ギンガやスバルのデバイス、或いはノーヴェのガンナックル・ジェットエッジの様に身体へと装着している訳ではない。
ボードから引き剥がされでもすれば、後は重力に任せて落下する他ないのだ。
チンクやセインの様に自身へと同期させる方法もあったのだが、ウェンディはボードの強化が為されなければ意味が無いと、この提案を断っていた。
今となっては、悔やむより他ない判断だったが。

何もかもが異常だった。
突如として水平に落下を始める人間、破片を撒き散らしながら道路を転がってゆく車両群。
ビルの壁面を覆い尽くす光透過性硬化樹脂の窓、その内側には数十人の人々が張り付き、身動きも取れずに救助を待っていた。
強大な力を秘めた魔導・質量兵器が為す術もなく道路を滑り落ち、相次ぐ建造物との衝突に姿勢を崩し更に遠方へと落下、爆発。
空間制圧に用いられる特殊反応弾頭が暴発し、その爆発へと巻き込まれたビル群は基部を破壊され、上部はそのまま地表と平行に落下を始める。
落下するビルが他のビルを巻き込み、それらのビルがまた崩壊し更に多くのビル群を巻き込んで落下。
轟音と共に続くドミノ倒しの様な崩壊の連鎖に紛れ、其処彼処で無数の爆発が発生する。
しかもそれらの爆炎は地表に沿って上昇する為、辛うじて街灯や建造物外壁にしがみ付いている生存者達を片端から呑み込んでいた。
通信ウィンドウからは絶えず無数の悲鳴が上がり続け、しかし徐々に静まり返ってゆく。
それも一時の事で、重力偏向域が拡大するにつれ、新たな悲鳴と救援要請が飛び込んでくるのだ。

『畜生、何なんだよこれ! 何が起こってるってんだ!?』
「アタシに訊くな! こっちが教えて欲しい位ッス!」

通信越しのノーヴェの悪態に、こちらも怒声混じりの大声を返す。
実際、異常の原因など重力制御システムのトラブルしか考え付かなかった。
だが管制室によれば各エリアのシステムは正常に機能しており、トラブルなど一切に亘って発生していないとの事だ。
ならば別の要因があるのだろうが、それが何であるのかがまるで解らない。
異常の規模だけは秒を追う毎に拡大しているというのに、それが何によって齎されているのかが全く不明なのだ。

『其処の魔導師、乗れ!』

上昇を続けるウェンディの耳へと、新たに通信越しの声が飛び込む。
周囲を見回すと、1機の強襲艇が接近してくるではないか。
戦闘機人であるウェンディを魔導師と呼んだ事から管理局員でない事は分かっていたが、成程ランツクネヒトの人員だった様だ。
やはり地表に対し平行に上昇する機動を取りつつ、強襲艇は速度をウェンディのそれに合わせる。
そのハッチが開き、機内の人影が彼女を招く様に腕を振った。
ウェンディは即座に強襲艇へと接近し、ボードごとハッチ内部へと滑り込む。
閉じられるハッチ。

「助かったッス!」
『この偏向重力の中で良く無事だったな。本機はこのままBエリアに向かう。向こうはまだ正常な重力を保っているからな』
「他の生存者は?」
『トラムの全路線にAエリアまでの緊急循環を実行させている。整備工場の車両に至るまで、全てオンラインだ。トラムのパワーなら、偏向重力下でも問題なくAエリアまで到達できる』
「・・・車両内の人間は?」
『それ以上の打てる手は無い。無事である事を祈るしかないとさ』

マスク越しに語られる言葉に、ウェンディはノーヴェ達がトラムを利用すると言っていた事を思い出した。
偏向重力に逆らわずステーションへと至る事のできる経路を確保、スバルを中心として誘導は順調に進んでいるとの報告があったのだ。
本当にトラムで偏向重力影響域を脱出できるのかと危ぶんでいたウェンディだったが、この分なら問題は無さそうだと安堵する。
だが、それも長くは続かなかった。
機体を襲う衝撃、展開されるウィンドウ。

『C-09から12エリア、偏向重力の発生を確認!』

偏向重力影響域拡大、Cエリア到達。
体勢を崩していたウェンディの背に、冷たい感覚が奔った。
姉妹は、ギンガ達は何処に居るのか。
そう問い掛けようとする自身を必死に抑える彼女の耳に、続いて奇妙な報告が飛び込む。

『D-09から12エリア、重力逆転・・・E-09から12、重力逆転から偏向状態へと移行』

知らず、ウェンディは目前のランツクネヒト隊員と顔を見合わせていた。
マスク越しではあるが、彼もまた彼女と同様の疑問を抱いているであろう事は明らかだ。
そして、その疑問を裏付ける様に新たな報告が齎される。

『第2メイントラムチューブ内より高バイド係数検出。検出源、D-10エリア通過』

やはりか、とウェンディは確信を深めた。
G-08エリアを中心とする重力異常は、距離が増大するにつれ性質が変化している。
E・G・Hエリアでは重力が逆転し、Fエリアでは重力作用方向こそ正常なものの10Gを超える異常重力が掛かっていた。
これら4つのエリアでは、偏向重力が地表に対し垂直方向へと作用している。
だがD・Iエリアでは、偏向重力は地表に対し平行に作用していた。
即ち、隣接するE・Hエリアへと吸い寄せる様に、水平方向へと。
ところが、第2メイントラムチューブ内の「何か」がDエリアへと侵入すると、重力逆転状態にあったEエリアは重力偏向状態へと移行し、まるで入れ替わるかの様に偏向状態にあったDエリアは逆転状態へと移行した。
同時に、隣接するCエリアでは偏向重力が発生している。
これらの事象が意味する事とは何か。

『解析終了・・・偏向重力発生源、特定。メイントラムチューブ内移動体、バイド係数検出源。目標、第71管理世界・メイフィールド近衛軍所属、機動型魔導兵器アンヴィル』

そう、重力異常域は移動している。
汚染されたのであろう機動兵器を中心として展開され、その移動に合わせて影響域も拡大しているのだ。
だが重力逆転状態から偏向状態への移行が観測された事で、その影響範囲には限りが在る事が判明した。

恐らく、半径3km圏内は垂直方向への重力異常域。
そして3kmから9km圏は、水平方向への重力異常域だ。
尤も、それはこのコロニー内に於いて観測された異常に過ぎない。
その気になれば如何なる方向にでも、自在に重力偏向制御を実行できると考えた方が妥当だろう。
現状では偏向重力によって吸い寄せ、其処から上空へと放り出すか、過大重力によって押し潰すかの戦術を採っているのだ。

『ペレグリン隊、及び「アクラブ」がC-12エリアへと急行中。慣性制御機構搭載機は援護に向かえ』
『魔導師隊は各機体と連携、C-12エリアへの援護に向かって下さい!』

管制室より発せられる、ランツクネヒト及び管理局オペレーターからの指示。
ウェンディは手にしたライディングボードの縁を握り直すと再度、目前の隊員へと視線を投げ掛ける。
どうやら彼の方でも問いたい事が在るらしく、微かな光を放つゴーグルは既に彼女へと向けられていた。
迷う事なく、ウェンディは問いを発する。

「この強襲艇は慣性制御を?」
『勿論だ。機体外部にフィールドを展開する事もできる』
「偏向重力の中でも?」
『問題ない。アンタ、長距離砲撃はできるか?』
「勿論ッス」

ボードを掲げ、先端部の砲口を見せ付けるウェンディ。
隊員は納得したらしく、頭上のカーゴボックスへ手を伸ばすと、其処から装甲に覆われたレンズの無いゴーグルの様な物を取り出した。
次いで、彼は自身のバックパックからケースを取り出し、その中から薄く緑掛かった色のスポーツサングラスを取り出す。
ゴーグルを傍らに置き、サングラスを手に小さなウィンドウを開くと5秒ほど何らかの操作を実行。
そして操作が終了しウィンドウが閉じられると、彼はサングラスをウェンディの目前へと差し出し、こう告げた。

『私物だが、コイツが機体の機動予測を教えてくれる。砲撃戦では役に立つ筈だ』

その言葉にウェンディは、数秒ほど差し出されたサングラスを見つめると、やがて徐にそれを受け取る。
フレームのサイズは有機的に自動調節されるらしく、テンプルを展開して耳に掛けると全体が程良く固定された。
そして表示される各種情報。
現在の偏向重力作用方向、機体の姿勢、ウェンディ自身の照準機能に合わせた周囲環境簡易表示。
今は「Stand-by」との表示が浮かんでいるが、恐らくはこの機体の機動予測を表示するのであろうウィンドウも在る。
見るからに重々しいゴーグルの扱いに慣れていないであろうウェンディを気遣ったのか、どうやら本来はあのゴーグルに備わっている機能の一部を、限定的ながらも私物のサングラスに移し替えたらしい。
暫し周囲を見回した後、ウェンディは三度隊員へと向き直ると言葉を紡ぐ。

「その、有難うッス。これ・・・」
『上部ハッチから出て砲撃してくれ。慣性制御が在る以上、落ちる事はないだろうが警戒だけはしておく事。こちらも30mm電磁投射砲とMPM・・・多目的ミサイルで援護するが、本命はR戦闘機と各勢力の機動兵器、それと砲撃魔導師だ』

最後まで言葉を紡がせずに、彼は立ち上がりつつ作戦上の補足点を述べる。
そして、そのまま壁際へと歩み寄りハッチを開くと、ウェンディにそうした様に腕を振って招く仕草をした。
直後、床面から火花を散らしつつ機内へと滑り込んでくる影。
その正体へと思い至るや否や、ウェンディは頓狂な声を上げる。

「ノーヴェ・・・チンク姉!?」
「無事だったか、ウェンディ」

ジェットエッジによって滑り込んできたノーヴェ、その背から飛び降りるチンク。
2人の無事に安堵の息を零し、ウェンディは彼女等の傍へと駆け寄る。
見たところ、ノーヴェに疲労の色が濃い。
この偏向重力の中、此処までチンクを背負ってエアライナーで滑走してきたのだろう。
簡易飛行が可能となっているとはいえ、テンプレート上から落下せぬよう走り続ける事は酷く神経を磨り減らすに違いない。

「ノーヴェ、しっかり・・・大丈夫ッスか?」
「何とか・・・」
「他の連中は? もう安全圏まで脱したんスか」
「セインは引き続き非戦闘員の誘導に当たっている。ギンガとスバルは別の機体と合流している筈だ。それに・・・」

其処まで続けると何故かチンクは、僅かに次の言葉を紡ぐ事を躊躇うかの様な素振りを見せた。
微かにランツクネヒト隊員の方を見やり、再度ウェンディへと視線を戻す。
そして、意を決した様に声を絞り出した。

「・・・エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエも向かってきている。私達はR戦闘機による攻撃に引き続き、敵を挟み撃ちにするぞ」
「正気ッスか? ルシエはともかく、モンディアルは近接型ッスよ」
「私とノーヴェ、ギンガとスバルも近接型だ。敵の装甲に対魔力以外の特殊防壁が無い事は既に判明している。私かスバルのIS、若しくはモンディアルのデバイスによる攻撃で撃破する事も可能だろう」

そんな言葉を交わしていると、背後から肩を叩かれるウェンディ。
振り返れば、隊員が握り拳から親指を立て、天井面を指し示していた。
同時に機内の照明が、通常灯から赤い非常灯へと切り替わる。

『そろそろだ、3人とも上部ハッチへ行け。アンタと俺達は、そっちの2人の接近を援護する』
「おい、本当に大丈夫なんだろうな。ハッチから出た瞬間に落っこちるなんて冗談じゃないぜ」
『機体上部は下方垂直に1Gのフィールドが展開されている。機体がどんな姿勢になったとしても落ちる事はない筈だ』
「偏向重力は? 何Gまで耐えられるんだ」
『心配しなくても20Gでも30Gでも耐えられる。単一方向ならな』

隊員の言葉が終わるや否や、機内に警告音が響く。
続いて聴覚へと飛び込んできたのは、恐らくはパイロットのものであろう音声。
戦闘が開始された事を告げる、淡々とした言葉。

『アクラブ、接敵』

衝撃が機体を揺るがす。
ライディングボードを抱え直し上部ハッチへと向かう中で、ウェンディはサングラス越しに先を行く姉妹達を見つめつつ、初めてR戦闘機群の健闘を願った。
この2人が積極的攻勢に移行せねばならない、そんな状況が訪れない事を。

『目標がメイントラムチューブを出た。C-12エリア、アンヴィルを視認』

現状では、その願いも叶いそうにないが。

*  *


噴火と見紛わんばかりの爆発。
それと共に無数のビル群が基部より弾け飛び、膨大な質量の残骸が偏向重力に捉われ上方へと落下してゆく。
数十mから数百mにも達するコンクリートの建造物が次々に崩壊しつつ、宛ら豪雨の如く宙空へと落下してゆく様は、見る者に薄ら寒い感覚を齎すものだ。
少なくとも、強襲艇の機体上部よりその光景を間近で目にしているスバルにとっては、悪夢という単語以上に適切な表現を導き出す事ができなかった。
嘗ては千数百万もの人々が暮らしていた都市が、眼前で積木の様に崩れて宙へと巻き上げられているのだ。
宙空には小惑星帯にも似た瓦礫の雲が形成され、不気味に蠢くそれらの中からは地鳴りの様な音が轟き続けている。
そんな常軌を逸した惨状に意識を囚われるスバルに、傍らから鋭い叱責の念話が飛んだ。

『スバル、目標に集中して!』

なのはだ。
彼女もまたレイジングハートを構えたまま、噴き上がる瓦礫の中心を見据えている。
管制室からの報告によれば眼前の現象は、汚染された第71管理世界の機動兵器、アンヴィルによって引き起こされているという。
俄には信じ難い事だが、その機動兵器は先程の迎撃戦の最中にバイドにより汚染され、バイド係数の変動を巧妙に偽装したままコロニー内部へと格納されたらしい。
停電を機に正体を現した汚染体は、G-08エリアを格納区として使用していたメイフィールド近衛軍のみならず、停電調査の為に派遣された部隊と地上の非戦闘員をも巻き込み、この重力異常を引き起こしたという訳だ。
そして、通信の途絶した調査部隊の構成人員名簿には、スバルやギンガ、なのはも良く知る人物が名を連ねていた。
無事でいて欲しい、そう願う心とは裏腹に、理性は冷徹に現実を突き付けてくる。
恐らくはもう、彼女は生きてはいないと。

『アクラブ、攻撃する』

意図せぬ内に拳を握りしめていたスバルの意識に、念話へと変換されたR戦闘機からの通信が飛び込む。
地球軍及びランツクネヒトはインターフェースを通じての超高速通信を用いているのだが、無論の事ながらそれを魔導師が扱う事はできない。
かといって音声による通信では、常に轟音が満ちる戦域でまともな情報の交換が行える訳もない。
其処で考案された相互通信手段が、インターフェースによる通信を念話と同期させる事だった。
意外にも然程に労する事もなく構築に成功したこのシステムにより、魔導師と地球軍、ランツクネヒト間に於ける通信利便性は飛躍的に向上。
結果、こうしてR戦闘機からの通信も、オペレーターを介する事なく受信する事が可能となったのだ。

『魔導師隊、攻撃に備えよ』

パイロットからの警告が放たれた直後、噴き上がる瓦礫の中心で青い閃光が爆発する。
一帯の空間を埋め尽くす数百万トンもの瓦礫が一瞬にして消し飛び、青い光の残滓が無数の球体となって宙空へと拡散。
空間の歪みとして可視化する程の衝撃波と轟音がスバル達の強襲艇を激しく揺るがした後には、全ての瓦礫が消え去った奇妙な空白の空間だけが在った。
その中央に浮かぶは、炎と煙を噴き出し続ける巨大な濃群青の異形。
アンヴィルだ。

そして次の瞬間、一帯に拡散していた波動粒子の光球が、波動砲の砲撃によって損傷したアンヴィルへと一斉に襲い掛かる。
加速開始直後こそスバルの眼で弾体の軌跡を追う事も出来たが、一瞬後の更なる加速で全ての弾体が完全に視界から消え去った。
想像を絶する瞬間加速を行った数百もの弾体は、その全てが寸分の狂いも無くアンヴィルの装甲へと殺到したらしい。
濃群青の装甲が無数の小爆発と共に弾け飛び、その内部より大量の赤い液体が宙へと噴き出す。
直後、アンヴィルの砲撃により地表に開いた直径1kmを優に超える巨大な穴、其処から砲弾の如く飛び出す白い機影。

「R-9A4 WAVE MASTER」
コールサイン「アクラブ」。
最初期型の波動砲、スタンダードタイプと呼称されるそれを基に数多の新型波動砲が開発される中、純粋に出力の増大のみを念頭に置かれ開発されたという機体。
現在このコロニーに存在する、あらゆる魔導・質量兵器のそれを遥かに上回る貫通力を有する「スタンダードⅢ」波動砲を搭載し、同じくスタンダードタイプのフォース、そのレーザー変換効率上昇型を運用するこの機体は、最初期型R-9Aの直系最終型とも云える存在らしい。
他機種の様に個性的とも云える武装を有する訳ではないが、純粋に貫通性能を強化されたその波動砲は驚異的な破壊を齎す。
更にスタンダードⅢの特徴としては、着弾後に拡散する余剰エネルギーに集束・誘導性を持たせ、再度目標へと着弾させる機能が挙げられるだろう。
砲撃そのものの威力も驚異的だが、この弾体がまた凄まじい。

コロニー防衛に就いているR戦闘機各機の戦闘記録映像は繰り返し見たが、それらの中でもアクラブの戦闘記録は群を抜いて壮絶なものだった。
全ての性能が高水準で安定している為か、常に状況を選ばず出撃してきたらしきアクラブは、合流後に発生した迎撃戦に於いて単機で31隻もの汚染艦艇を撃沈している。
コロニー防衛艦隊にはアクラブ以上に対艦隊戦に適した機体も存在し、実際にそれ以上の戦果を上げてもいた。
だが、それは他機種及びアイギスの支援を受けている上での戦果だ。
一切の支援を受けず単機で31隻の艦艇を撃沈したアクラブは、パイロットの技能も然る事ながら、機体そのものが有する能力も異常であるとしか云い様がない。
そして、そのアクラブによる砲撃が今、1つの区画を巻き添えにアンヴィルの装甲を喰い破った。
だが、しかし。

『・・・まだ動いています! 目標健在!』

装甲の穴を埋め尽くすかの様に湧き出る、金属光沢を併せ持った赤錆色の肉塊。
それらの隙間を埋める様に、無数の小さな触手が先を争う様に表層部へと伸長を始める。
大量の血液と肉片が飛び散る中、奇妙な燐光を纏った触手先端の爪状部位がもがく様に宙を掻いていた。
その余りに醜悪な光景に、スバルは込み上げる吐き気を覚える。
管制室、ランツクネヒトオペレーターより通信。

『解析終了。目標、高次寄生体「トリプルシクス」。高度重力制御による戦域重力環境操作を用いた撹乱戦術を用いる。警戒せよ』

「BFL-666 HIGHER-ORDER PARASITISM LIFE『TRIPLE SIX』」
ウィンドウに表示された名称に、スバルは思わず眉を顰めた。
No.666とは、偶然にしては随分と意地の悪い事だ。
スバルの知る限り、666という数字には1つとして良い意味が無い。
悪魔、悪霊、災厄、戦争。
多くの世界でこの数字は不吉の象徴とされており、それはミッドチルダも例外ではない。
第97管理外世界に於いても同様であるか否かはスバルの知るところではないが、たとえそうでなくとも良い心象である筈がなかった。

『こちらアクラブ、敵主砲に捕捉された。このまま引き付ける』
『魔導師隊、攻撃せよ』

そして遂に、魔導師への攻撃指令が発せられる。
アンヴィルの主砲はアクラブを捕捉しており、残る武装は機体四方を固める魔導砲のみ。
しかも、それら魔導砲の可動範囲はごく狭い事が判明していた。
射界にさえ入らなければ、大した脅威ではない。

『こちら高町、撃ちます!』
『ウェンディ、砲撃する!』

なのは、ウェンディのそれと共に複数の念話が意識へと飛び込み、次いで桜色の閃光がスバルの視界を満たす。
身体を揺るがす衝撃、リンカーコアを圧迫する程の高密度魔力。
ディバインバスター・エクステンション。
行く手を塞ぐ瓦礫の全てを撃ち抜き、アンヴィルの装甲へと突き立つ閃光。
同時に複数の砲撃が目標を直撃、装甲下より湧き出していた触手を根こそぎ吹き飛ばした。
攻撃は更に続く。

『FOX3』

足下の強襲艇、その下部で赤い光が炸裂。
直後に白煙を引きつつ、6基の飛翔体が目標へと突進を開始する。
多目的ミサイル、射出。
更に、全身を揺さ振る小刻みな振動と共に、青い光が連続して機首の下方で瞬く。
30mm電磁投射砲による掃射だ。
強襲艇は掃射を続行しつつ、急加速を掛ける。
ギンガから念話。

『スバル、用意は良い!?』
『勿論!』

答えつつ、右手を強く握り締める。
戦闘機人としての機能を覚醒させ、自身のISである振動粉砕を軽く発動させるスバル。
その時、各強襲艇より放たれた数十基のミサイルがアンヴィルへと着弾し、凄まじい爆発が宙空を埋め尽くした。
30mm電磁投射砲の掃射が止み、機体は螺旋軌道を描く様にして目標の最終視認位置へと向かう。
敵性体が未だ活動していたとしても、波動砲に引き続きこれだけの砲撃とミサイル、電磁投射砲の掃射を浴びたのだ。
装甲は殆ど残ってはいないであろう事を考えれば、彼女自身の振動拳かエリオのメッサー・アングリフで仕留める事ができるだろう。
縦しんば装甲が残っていたとしても、チンクのランブルデトネイターで爆破すればかなりの損傷を与えられる筈だ。
3方からの同時奇襲、如何に重力を操ったとしても、それら全てを回避する方法は無い。

『行け!』

パイロットからの通信と共に機首が下がり、急激に下方へと軌道を変更する。
その瞬間に合わせ、スバルはギンガと共に機体を蹴って飛び出した。
途端、背後へと引き摺られるかの様な強い偏向重力が全身を襲う。
ギア・エクセリオンの状態であるマッハキャリバーを重力作用方向へと向けウイングロードを展開、同様の措置を取ったギンガと並ぶ様にして宙を滑走し始めた。

『重力がこっちに作用してる!』
『チンク、ノーヴェ! そっちはどう!?』
『問題ない、行くぞ!』

スバル達の突進を妨げる偏向重力は、しかし目標を挟んで反対方向から奇襲を掛けるノーヴェ達には格好の加速環境となっている様だ。
未だ消えぬ爆炎の中では、魔力光が連続して瞬いている。
恐らくはアンヴィル主砲の砲撃だろう。
どうやらアクラブは、見事に敵の照準を引き付けているらしい。

『取り付いた!』
『こちらチンク、これより残存装甲の爆破に移る!』

途端、偏向重力作用方向が逆転する。
どうやら装甲に取り付いたノーヴェ等に目標が気付き、偏向重力で以って引き剥がそうと試みているらしい。
だがそれは、今度はスバル等に最適の加速環境を与える事となった。

『ギン姉、今だよ!』
『分かってる!』

ウイングロードを頭上へと90度まで湾曲させ、火花を散らしつつその上を駆ける。
「AC-47β」によって増幅された魔力で以って展開されたウイングロードの先端は、既に目標表層部へと突き立っている筈だ。
振動粉砕の出力を上げ、接触の瞬間に備える。
直後、爆炎を切り裂き現れる、濃紺青の鉄塊。

「はぁぁあああッ!」

ギンガが先行、裂帛の気合いと共にリボルバーナックルを振り下ろす。
本来ならば魔導師の攻撃程度では傷も付かぬ筈の装甲は、度重なる攻撃の損傷から衝撃に耐える事も出来ずに粉砕され、5m程に亘る巨大な穴を穿たれた。
破壊された装甲内部より覗く、醜悪な肉塊。
そして、咄嗟に飛び退くギンガを追う様にして、血飛沫と共に無数の触手が肉塊より出現する。

『この化け物!』

念話と共に殺到する、複数の砲撃。
消し飛ぶ触手、宙へと飛び散る抉れた肉塊の破片。
その光景を視界へと収めつつスバルは更に加速、雄叫びと共に振り被った右腕を振り抜く。

「っりゃああああぁぁぁぁッ!」

衝撃、轟音。
リボルバーナックルが肉塊へと打ち込まれ、螺旋運動を付加された振動エネルギーが寄生体666の全体を侵す。
ほぼ同時、振動拳とは別の巨大な衝撃が、666の巨大な体躯を震わせた。

『爆破したぞ、やれ!』

チンク、ランブルデトネイター起爆。
直後に振動エネルギーが、肉塊の各所を内部から食い破る。
鈍い破裂音と共に、これまでを上回る勢いで噴き上がる血液と肉片。
破裂は1箇所に留まらず、666の其処彼処で肉塊が弾け飛ぶ。
仕留めたか、と安堵するスバルだったが、直後に飛び込んできた念話に意識が凍り付いた。

『スバル、逃げて!』

反射的に視線を上げれば、砲塔に穿たれた魔導砲の砲口が、破壊された装甲の残骸上に立つスバルを捉えているではないか。
寄生体はどうやら、アンヴィルのシステムをも完全に支配下に置いているらしい。
有機部位を破壊したとしても、666はアンヴィルとしての活動まで停止する訳ではないのだ。
そんな事を思考しつつ、スバルは装甲上にウイングロードを展開、基部の陰を目指し滑走を開始する。
頭上から押さえ付けるかの様に作用する強大な偏向重力により、戦闘機人の膂力を以ってしてもそれ程の速力は出ない。
砲撃されてしまえばそれまでだが、その危惧が現実のものとはならない事をスバルは理解していた。
偏向重力により加速しつつ、直上より落下してくる金色の閃光。

『ライトニング01、接敵』

視界が白一色に染まり、衝撃が全身を打ち据える。
バリアジャケットによる防護をも突き抜けてくる鋭い破裂音に聴覚が麻痺し、一瞬ながら周囲の状況が完全に不明となった。
直後に光の残滓が消え去った視界には、砲塔であった物の残骸の上に立つエリオと、血飛沫と共に装甲より引き抜かれるストラーダ、そのカートリッジシステムに装着された「AC-47β」より噴き出す圧縮魔力の光が映り込む。
次いで、全身を襲う浮遊感。

『666の活動停止を確認。偏向重力消失、無重力状態へと移行』

足下、装甲の残骸を蹴り666より離れる。
念の為に慣れない飛翔魔法を発動し、中空に身体を固定。
傍らに寄ってきたギンガ、チンクやノーヴェと共に機能を停止したアンヴィル、666の死骸を眺める。
拉げた砲塔と僅かに残った基部、機体の其処彼処から覗く肉腫と触手。
無重力状態の中、大量の血液を噴き出すそれから離れる人影。
エリオだ。

『・・・アイツ、あんな所から』

ノーヴェの独り言の様な念話に、スバルは頭上を見上げる。
視線の先には、接近してくる強襲艇の影。
次いでノーヴェへと視線を向けると、彼女は軽く首を振りつつ呟く。

『あの強襲艇、4kmは離れていたぞ。其処から5秒足らずで突っ込んできたんだ』
『最後の1kmで姿が掻き消えやがった。再加速したんだろうが、もうアタシの眼じゃ追えない』

チンク、そしてノーヴェの言葉に、スバルは強襲艇へと乗り込むエリオの姿を改めて視界へと捉える。
先の迎撃戦に於ける攻撃もそうだったが、現在のエリオの戦い方には嘗ての面影が殆ど見受けられない。
複雑で緻密な技巧の一切を切り捨てたかの如く、只管に大出力を活かした突進を以って敵性体を貫くその様は、騎士というよりは発射されたミサイルと表現する方が相応しく感じられる。
魔導師が音速を突破する事、それ自体は不自然な事ではない。
数こそ少ないものの、フェイトを始めとして実行可能な魔導師は実際に存在するのだ、
だがノーヴェの言葉が正しければ突進時のエリオは、少なくとも秒速1000m以上もの速度に達していた事になる。
幾らストラーダに複数箇所の違法改造が施されているとはいえ、明らかに異常な速度。
物理的な意味での異常ではなく、近接戦闘を主とする騎士がその速度に達する事、それ自体が異常なのだ。

通常、それ程の速度が必要となる敵性体が相手ともなれば、近接戦闘特化型であるベルカ式を用いる魔導師の出る幕はほぼ無いと言って良い。
それこそなのはの様な砲撃魔導師が出張るか、そもそも通常の敵性体がその速度に達する例がごく稀である事を鑑みれば、次元航行艦を始めとする魔導兵器の土壇場である。
戦域が限定空間でもない限り、フェイトですら近接戦闘を挑もうとは考えもしないだろう。
その速度が求められる要因が敵性体の防御の厚さであるならば猶更で、そういった目標は貫通力に優れた集束砲撃魔法によって撃破する事が常だった。

だがエリオは、常軌を逸した速度に物を言わせて、敵性体の防御を貫く戦法を取っている。
まともではない。
あれだけの速度での突進を受ければ、たとえ非殺傷設定であっても衝撃だけで対象を即死させる事が可能だろう。
しかも、問題はそれだけではない。
目標精密空間座標特定、対風圧障壁展開、接触時衝撃緩和、軌道保持。
魔力噴射と魔力刃の展開のみならず、これだけの事を同時にこなさねばならないのだ。
スバルが知るエリオの力量でそれら全てを実行するとなれば、それこそ2度か3度の使用で意識が飛びかねない。
眼前で実行されたそれなど、たった1度の突進で「AC-47β」のエネルギー蓄積率が臨界を迎えていた。
それは即ち、当たりさえすれば如何なる敵であろうと一撃で屠れる程の威力を秘める反面、それが失敗した際には続く攻撃手段が存在しない事を意味しているのだ。

命中すれば敵が死に、外れれば自身が死ぬ。
エリオが行っている攻撃は、そういうものだ。
否、たとえ命中したとして、彼の身体が無事である筈がない。
バリアジャケットと衝撃緩和魔法によって護られているとはいえ、超音速に達しながら生身で敵性体表層へと「着弾」しているのだ。
全身の筋肉は至る箇所で断裂し、骨格は崩壊寸前にまで傷め付けられている事だろう。
だが、それでも彼は顔色一つ変えずに、いとも平然と次の行動へと移っている。
考えたくはない可能性だが、戦闘機人と同じく肉体の機械的強化を実行したのか、或いはナノマシンによる高速復元を用いているのか。

『666沈黙。C-12エリア周辺域の偏向重力は完全に消失しました。しかしGエリア周辺域は依然・・・』

管制室からの報告に、スバルは自身の思考を打ち切る。
エリオの事は気になるが、今はそれどころではない。
このエリアの重力異常を引き起こしていた敵性体は排除したものの、依然としてG-08エリアを中心とする重力偏向域は健在なのだ。
そして報告によれば、アンヴィルはまだ8機が健在の筈である。
残る重力偏向域の発生源は、間違いなくこの内の数機だろう。
コロニー自体と生存者の被害は既に甚大だが、この666という敵性体が打倒し得る存在である事は確かめる事ができた。
後は、1機残らず叩き潰すだけだ。
スバルは周囲に念話を飛ばす。

『このまま行こう。魔導師と強襲艇も集まってきているし、次はペレグリン隊も加わる。纏めて片付けるよ』
『ヤタガラスもこちらへ向かっているそうだ。街が火の海になる前に始末を・・・』
『警告! FからHエリア全域、偏向重力増大! 最大検出重力値43G、基部構造物の変形を確認!』

膨大な質量の金属塊が捻じ切られるかの様な、巨獣の咆哮にも似た異質な轟音。
咄嗟にGエリア方面へと視線を投げ掛ける。
視界へと映り込むは、渦を巻く灰色の壁。

『・・・嘘でしょ?』

それは、コンクリートの渦だった。
地表部から引き剥がされたありとあらゆる構造物が、複数方向からの偏向重力の干渉によって圧縮され、渦状に回転しているのだ。
恐らくは数億トンにも達するであろう瓦礫の集合体が、スバル等をその中心へと誘うかの様に蠢く光景は、見る者に形容し難い恐怖感を齎すものだった。
呆然とした様を隠す事もなく、ノーヴェが呟く。

『あれ・・・全部、ビルか?』
『多分・・・!』

瞬間、瓦礫の渦の中心に閃光。
スバルを含め、4人全員が咄嗟に散開する。
直後に空間を突き抜ける魔力砲弾、6発。
弾体通過に伴う衝撃波に煽られ、スバルの意図よりも更に長距離へと飛ばされる。
何とか体勢を立て直し瓦礫の渦へと視線を向けると、更に十数回に亘って閃光が瞬いた。

『回避だ!』

その警告と同時、各機が回避機動へと移行。
アクラブ及び到着したペレグリン隊のR戦闘機群は危なげも無く砲弾を躱し、第1陣の強襲艇群も何とか全機が回避に成功する。
だが、増援の強襲艇群は違った。
恐らくは自動操縦であろう機体も含め魔導師隊を乗せた数十機のそれらは、5機毎に編隊を組みつつ戦域へと接近していたのだ。
更に、無重力下で周囲に浮遊する巨大な瓦礫を避ける為に、其々の編隊はごく近距離に展開していた。
その為に満足な回避機動を取る事もできず、10機前後の機体が砲弾の直撃を受けてしまう。
直後、白い閃光がスバルの視界を覆い尽くし、先程とは比較にならぬ程に強烈な衝撃が全身を襲った。

「うあああぁぁッ!?」

全身を打ち据える衝撃と意識を揺さ振る轟音に、思わず悲鳴を上げるスバル。
Sランク砲撃魔法に相当する集束魔力を30cm前後にまで凝縮しているという魔力砲弾は、強襲艇の装甲を容易く撃ち抜き、更にその内部で凝縮魔力を解放し巨大な魔力爆発を引き起こしたのだ。
吹き飛ばされる身体を何とか制御し、漸く強襲艇群の方向を見やった時には、既に20機程が撃墜されていた。
拡がりゆく炎の帯を見つめながら、スバルは我知らず拳を握り締める。
管制室より通信。

『魔導師隊および強襲艇は退避して下さい! 残る敵性体はR戦闘機が引き受けます!』

スバルの眼前、下方より強襲艇の機体が浮かび上がる。
その開放されたハッチから身を乗り出すギンガの姿を捉え、彼女は迷う事なくハッチ内部へと滑り込んだ。
ハッチ閉鎖。

「スバル、無事!? 良かった、随分と遠くまで吹き飛ばされたみたいだったから」
「このまま退避するの?」

ギンガの言葉が終わるのを待たず、スバルは問いを発した。
見れば、機内にはチンクとノーヴェ、ウェンディとランツクネヒト隊員の姿もある。
チンク等は一様に何処か強張った表情を浮かべ、続くギンガの言葉を待っている様に見えた。

「砲撃魔導師ならともかく、近接戦闘型の私達にできる事はもう無い。このままAエリアまで戻って非戦闘員の誘導に当たりましょう」
「誘導って・・・何処へ逃げるんスか? そう遠くない内にコロニー全体がスクラップになっちまうッスよ?」
「それは・・・」

ウェンディの発言に、ギンガの言葉が途切れる。
そう、このまま案全域へと脱したとして、666の移動と共に重力偏向域が拡大する事は火を見るより明らかだ。
R戦闘機群が短時間で666を排除する可能性はあれど、たとえ楽観的なその推測が現実のものとなったとしても、その後にこのコロニーが正常な機能を維持している確率は限りなく低い。
一体、非戦闘員を何処へ運ぶというのか。
答えたのは、ランツクネヒト隊員だった。

『非戦闘員はベストラへ移送する』
「ベストラへ?」
『一応は軍事施設だからな。少々窮屈だが、このコロニーよりは遥かに強固だ。自律推進機能もある事だし、どんな状況にも対応できる』
「輸送艦の準備は・・・」
『もう暫く掛かる。準備が整うまでに何とか誘導を・・・』

突き上げる様な衝撃。
隊員の言葉は言い切られる事なく途切れ、全員が天井面へと叩き付けられる。
スバルは咄嗟に腕で頭部を庇ったが、それでも凄まじい衝撃が全身へと奔った。
僅かに呻き、しかしその声はすぐに小さな悲鳴へと変わる。
天井面へ叩きつけられた際と同等の勢いで、今度は床面へと叩き落とされたのだ。
全身を強かに打ち付け、それでも何とか身を起こせば、同様に呻きつつも意識を保っている他の4人の姿が在った。
ノーヴェが肩を押さえつつ、叫ぶ。

「何だよ、今の!」
「偏向重力か? もう此処まで!」
『違う。一瞬だが、慣性制御システムが停止したらしい。コックピット、何があった』

立ち上がろうとするギンガに手を貸し、スバルは軽く腕を振る。
異常は無い。
安堵に息を吐くが、傍らから発せられた声に不穏なものを感じ取り、振り返る。

『ダレン、応答しろ。どうした?』

コックピットへと呼び掛ける隊員。
恐らくはインターフェースによる通信も併用しているのだろうが、どうにもパイロットからの応答が無いらしい。
数度に亘って呼び掛けを行った後、彼は壁際に備えられたラックから自動小銃を取り外し、弾倉を点検しつつ言葉を発する。

『コックピットを確認してくる。何かあったのかもしれない』
「パイロットのバイタルは?」
『周囲のバイタルが残らず消えている。システム自体が沈黙した、だけなら良いんだが』

言いつつ、安全装置を解除する隊員。
ふとスバルは、自身の内に沸き起こる言い知れない不安に突き動かされる様にして、意識せず言葉を発していた。

「私も行く」
『様子を見に行くだけだ、すぐに終わる』
「バイド相手に油断なんか論外でしょう」

コックピットへと足を進める彼の後に続くスバル。
チンクも同行するつもりらしい。
隊員を先頭に1つ目のドアを潜り、コックピットへと続くドアの前に立つ。
だが、ドアは開かない。

「壊れているのか」

チンクの問いに答えず、隊員はウィンドウを展開して何らかの操作を施す。
数秒ほどで終了したらしく、彼はウィンドウを閉じると自動小銃を構えた。
手を翳し、スバル等に壁際へ位置する様に指示を出す。

『開放する』

そして金属音と共に、分厚いブラストドアが開放された。
先頭の隊員に続き、スバルはコックピット内部へと突入しようとして。

『来るな!』

唐突に発せられた警告を聴き留めながらも間に合わず、彼女はコックピット内部へと滑り込む。
視線の先、呆然と立ち尽くす隊員の姿。
その、向こうには。

「ッ・・・!」
「スバル、何が・・・!」



散乱するコンクリートの破片、圧縮された空間。
左舷側を押し潰されたコックピット、壁面に密着している床面。
その僅かな隙間から突き出す、装甲服に覆われた人間の右腕があった。



「う・・・!」
『退がってろ!』

コックピット内を染める夥しい量の血液。
噎せ返る様な鉄の臭いに思わず声を漏らすスバルを余所に、隊員は残された右舷側の座席に着くとコンソールに指を走らせる。
操縦の大部分はインターフェースを通じて行うのだろう、座席横の操縦桿を握る様子はない。
吐き気を堪えながらチンクと共にその様子を見守るスバルだったが、すぐに焦燥を滲ませる声が上がった。

『クソ、瓦礫が・・・』
「どうした?」
『瓦礫が向かってくる! これは砲撃だ!』

隊員の言葉と同時、スバル等の前にウィンドウが展開される。
其処に映る光景に、彼女は息を呑んだ。
灰色の渦の中心域から、何かが飛来してくる。
明らかに人工物と判る、その直線的な外観を持つ物体とは。



『ビルだ! ビルが飛んでくる!』



直後、一切の前触れなく襲い掛かった衝撃に、スバルは為す術なく壁面へと叩き付けられる。
次いで天井面へ、床面へ、再度壁面へ。
周囲の構造物だけでなくチンクとも衝突を繰り返し、更に座席に着く隊員とも接触して彼を弾き飛ばす。
自身のものか、それともチンクのものかも判然としない悲鳴が響く中、最後に床面へと叩き付けられたところで漸く衝撃が収まった。

「っ・・・う・・・」

悲鳴を上げる全身に力を入れ、よろめきつつも身体を起こすスバル。
額からは血が流れていたが、それを拭う余裕すら無い。
周囲を見渡すと、チンクは意識を失ったのか微動だにせずに倒れ伏し、ランツクネヒト隊員は頭部を振りつつぎこちない動きで立ち上がろうとしていた。
微かに咳き込み口内の血を吐き出すと、スバルは幾分掠れた声で隊員へと問い掛ける。

「今のは・・・?」
『済まない、瓦礫を回避できなかったんだ。この機体はB-19エリアに墜落した』

スバルの問いに答えつつ、彼は展開したウィンドウ上に忙しなく指を走らせ始めた。
どうやら機体の状態を確認している様だが、瞬く間に赤い点滅に埋め尽くされてゆくウィンドウが損傷の激しさを如実に物語っている。
彼は10秒ほど操作を続け、ウィンドウを閉じると小さく悪態を吐いた。

『クソ、エンジンも慣性制御も死んでいる。コイツはもう駄目だ』
「じゃあ・・・」
『脱出しよう。彼女を起こしてくれ』

少々ふらつきながら、彼はコックピットを出る。
スバルはチンクに深刻な傷が無い事を確かめるとその肩を揺すり、彼女の意識を呼び覚ました。
覚醒した直後は僅かに混乱していたチンクだったが、機体を捨てる事を告げられるとすぐに行動を開始する。

「周囲の状況は?」
「取り敢えず出てみないと分からない。墜落って言うんだから、地面は在ると思うけど」
「怪しいものだな」

兵員輸送室へ入ると、格納室へと続くドアの前でノーヴェが2人を待っていた。
彼女は頭部より出血するスバルと腕を押さえるチンクを目にするや、焦燥を隠そうともせずに声を上げる。

「その怪我・・・」
「姉は大丈夫だ。スバルも大した傷ではない」
「そういう事」

そうしてノーヴェを促すと、彼女はギンガとウェンディは後部ハッチの開放に当たっていると告げた。
どうにも瓦礫が邪魔をしているらしく、戦闘機人の膂力で以って無理矢理にハッチを抉じ開けようとしているらしい。
だが、格納室へと入ったスバル等の視界へと飛び込んできた光景は、歩兵携行型ミサイルの弾頭を分解するランツクネヒト隊員の姿だった。
何をしているのかと、スバルは傍らのギンガに問い掛ける。

「ギン姉、何してるの?」
「・・・ハッチは開きそうにないわ。機体の上にビルが丸ごと1つ圧し掛かっているみたいなの」
「生き埋めって事か」
「幸い、すぐ下に空洞が在るみたいでね。床を爆破して脱出するしかなさそうよ」
『終わったぞ、退がってくれ』

隊員の言葉にそちらを見やると、彼はスプレー缶の様な物から床面へと吹き付けたゲル状物質の中央に、分解した弾頭の内部機器を張り付けているところだった。
彼は小さなチップの様な物を張り付けた機器の中から抜き出し、それをヘルメットの後部に挿入する。
そして、誘導に従い全員が兵員輸送室へと退避すると、彼は伏せるように指示し、呟いた。

『起爆する』

轟音。
機体が震え、一時的に聴覚が麻痺する。
肩を叩かれ身を起こすと、隊員は格納室へのドアを開けようと苦心していた。
どうやら爆発でドアが歪んでしまったらしく、装甲服による筋力増強が在るとはいえ、彼の独力では開放にまで至らない様だ。
すぐにスバルとノーヴェが手を貸し、3人掛かりでドアを抉じ開ける。
火花が散り、小さな炎が其処彼処に揺らめく中をどうにか進んで行くと、床面に大穴の開いた格納室へと辿り着いた。
ウェンディが穴の中を覗き込む。

「見えた、トラムの路線ッス・・・下はショッピングモールか何かだったんスかね。随分奥までブチ抜いちまったみたいッスよ」
「深さは?」
「40mってとこスかね・・・ああ、周りは所々が崩落してるから、身体を引っ掛けながら降りるのはなしッスよ」

その言葉に隊員の方を見やると、彼は小さく肩を落として溜息を吐いた様に見えた。
周囲からの視線が煩わしいのか、ヘルメットに手をやり、暫し無言。
やがて手を離すと、何処か装った様に無感動な声色で言葉を発する。

『済まないが、誰か下まで降ろしてくれ』

小さく噴き出す音。
ウェンディが口元に手をやり、顔を背けていた。
ノーヴェはにやつき、チンクは肩を竦める。
ギンガは何処か同情の滲む視線を隊員へと向けていた。
その4人の反応が気に入らなかったのか、彼は首を回して特に反応を示さなかったスバルへとゴーグルを向ける。
数瞬ほど呆けていたスバルだが、やがて小さく笑みを浮かべると、にこやかに言い放った。
ちょっとした嫌がらせ、色々と蓄積した鬱憤を晴らす為の、ささやかな報復だ。

「お姫様抱っこで良いです?」

*  *


「ナカジマ一等陸士の搭乗機が撃墜されました」

その報告を受けた時、よくも動揺を表に現わさなかったものだと、ティアナは自身を褒めてやりたかった。
彼女の視線の先、遥か30km前方では数億トンもの瓦礫が渦を巻き、周囲のあらゆる構造物を破壊し尽くしている。
それだけではなく、数分前からは瓦礫による「砲撃」が開始されていた。
偏向重力をカタパルトとして打ち出される、数百万トンもの「砲弾」。
しかもそれらは1つや2つという数ではなく、数十もの未だ造形を保つビル群が散弾の如く放たれるのだ。
更にその「弾速」たるや、明らかに魔導師が回避できる速度ではない。

現にランツクネヒトの強襲艇ですら、飛来する瓦礫を躱し切れずに衝突、次々に撃墜されている。
如何に強固な装甲とエネルギー障壁を有するとはいえ、数百万トンの質量による衝突を受けて無事でいられる筈もない。
直撃を受けてなお、半数の機体が瓦礫を貫き飛行を続けている時点で異常ではあるのだが、それでも連続して襲い来る純粋質量攻撃に耐え切れはしないのだ。
いずれは墜落し、膨大な質量によって押し潰される。
そして何より、敵の攻撃は瓦礫による砲撃だけではない。
搭載する戦術級魔導砲による砲撃も、瓦礫の投射と同時に実行されているのだ。

今のところ、魔導師の出る余地は無い。
スバルやチンク、エリオ等の攻撃によって汚染されたアンヴィルの1機を撃破したとの事だが、あの瓦礫の渦の中心には更に8機の同型敵性体が存在している。
だが、近接戦闘特化型魔導師は言うまでもなく、現状では砲撃魔導師ですらできる事は無い。
あの瓦礫の渦を躱しつつ目標に有効打を与えるともなれば、攻撃はR戦闘機に任せる他ないのだ。
ティアナとて、それは理解していた。

敵は強大な魔導兵器であり、元々からして魔導師が相手取るべき存在ではない。
そんなものを撃破できたスバル達が、異常と云えば異常なのだ。
後はR戦闘機群に任せ、目標撃破の報告を待てば良い。
解ってはいる、解ってはいるのだが。

「戦況は?」
「膠着状態・・・いえ、徐々に押し込まれてきています。アクラブが波動砲の出力制限解除を要請しましたが、管制室はこれを却下。同様にペレグリン隊からの要請も既に却下されています」
「敵どころかコロニーそのものが保たない、か」

これである。
魔導師隊の退避を促し前面に出たは良いが、予想に反しR戦闘機群はこれといった有効打を与えられずにいるのだ。
Iエリア方面からはヤタガラスとシュトラオス隊の4機が攻撃を仕掛けているが、そちらからもこれといって有効な打撃を与えたという報告は無い。
瓦礫の砲撃による被害は既にこのAエリアにも達しており、被害は秒を追う毎に拡大してゆく。
つい先程も、ティアナ達の布陣するビルから数kmほど離れた地点にビルが落下し、周囲の数棟を巻き込んで一帯が崩壊したばかり。
全力での砲撃が禁じられた今、R戦闘機群は敵性体の砲撃を躱しつつ、Aエリア及びIエリア方面へと飛散する瓦礫を迎撃する事で手一杯だ。

役立たずめ。
遥か前方で炸裂する青い閃光を眺めつつ、ティアナは内心で悪態を吐く。
瓦礫の完全な迎撃には及ばず、かといって過剰な破壊力の為に波動砲の最大出力による殲滅は実行できない。
ミサイルやフォースを介しての光学・実弾兵器による攻撃も、膨大な質量の防壁に阻まれて敵性体にまで到らない。
全くの役立たずである。

「駄目ね、これは」
「管制室はコロニーの放棄を決定。総員、誘導に従い直ちに最寄りの港湾施設へ集合せよとの事です」

微動だにせず渦の中心を見つめ、ティアナは思考する。
重力偏向域内に生存者が在ると仮定しても、その数は2桁が良いところだろう。
40Gもの重力に曝されて、生命活動を保っていられる人間など存在しない。
精々が重力偏向域の端部に浮かぶビルの残骸、その内部で身動きが取れなくなっている生存者程度のものだ。
救出活動など無意味、1秒でも早くコロニーを脱出する他ない。
だが、その前に。

「輸送艦、出港準備完了。搭乗を開始しました」
「生存者の数と搭乗完了までの時間は」
「確認された生存者数は現在のところ35038名、搭乗完了まで1200秒程度。しかし各艦は収容限界に達すると共に順次出港を予定」
「半数が出港したところでセキュリティを破壊、管制室に向かうわ。足の確保は?」
「既に小型輸送艇を確保しています。勿論、第97管理外世界の物ではありません」

轟音と震動。
またもビルが降り注ぐ。
非戦闘員は混乱の極みにあるだろうが、優秀な誘導システムと各勢力の懸命な努力によって、大多数は滞りなく避難を進めていた。
魔導師は非戦闘員と共に退避し、ランツクネヒトと地球軍はR戦闘機群を除き非戦闘員の輸送に追われている。
その他の勢力が有する戦力も既にコロニー外壁へと移動し、輸送艇による回収を待っている状態だ。

状況は完全に、ティアナの意図した通りに進行している。
敵性体がもう少し派手に暴れてくれれば、計画は盤石なものとなるのだが、高望みする訳にもいかない。
何より敵性体には、R戦闘機群との戦闘をできる限り長引かせて貰わねばならないのだ。
被害が過剰に拡大すれば、間違いなく彼等は最大出力での砲撃に打って出るだろう。
そうなればティアナの計画は泡と消え、彼女達自身もコロニーと共に消滅する事となる。
それでは意味が無い。
何としても情報を入手し、それを外部へと伝えなければならないのだ。

「異層次元生命体、ね・・・」

高次侵略性異層次元生命体。
ランツクネヒトより提示されたバイドに関する情報、その中に記されていた名称である。
異層次元の狭間より22世紀の第97管理外世界へと出現し、破壊と暴虐の限りを尽くした悪しき存在。
文明を蝕み生態系を侵す、完全にして最悪の生命体。
質量を持つ粒子によって構成されながら同時に波動としての性質を備え、実体の有無に関らずあらゆる存在に伝搬し、侵蝕する。

情報の内容そのものは、クラナガンにて捕虜となったR戦闘機パイロット達から得られたものと大差は無い。
だがティアナを含め、少なからぬ者が其処に不審を覚えた。
バイドに関する詳細な解析結果が提示されていない事は未だしも、出現に至るまでの経緯に対する推測すら記載されていなかったのだ。
幾度か独自に情報収集を試みたが、目ぼしい結果は得られなかった。

情報が隠蔽されている。
その可能性に辿り着くまで、然程に時間は掛からなかった。
地球軍も、そしてランツクネヒトも。
バイドに関する何らかの重要情報を、徹底的に隔離し隠蔽しているのだ。

「ランスター陸士、第1陣が出港しました」
「了解・・・行きましょう」

背後からの呼び掛けに答え、ティアナは屋上を後にするべく瓦礫の渦に背を向ける。
作戦が成功すれば、バイドに関する真実が明らかになるだろう。
その内容がどうであれ、地球軍に対し何らかの形での切り札にはなり得る筈だ。
そう、管理局にとって、敵はバイドだけではない。
現状に於いては一時的な協力関係を結んではいるが、いずれ決定的な敵対関係へと移行する事は明らかなのだ。
ならば、その時に少しでも敵より優位に立つ為に、得られる情報は全て集めておくに越した事はない。
この非常事態下だ。
システム中枢が持ち去られたとして、コロニーそのものが消失してしまえば、それを知り得る者は居ない。

エレベーターは使用せず、屋上から直接に道路へと降下する。
瓦礫の落下は続いているが、最早それも関係の無い事だ。
トラムステーションへと向かい、システムを掌握した車両へと乗り込む。
全員が搭乗した後、彼女は宣言した。

「A-00エリア、管制区へ」

ドアが閉じ、トラムが発車する。
今やティアナの行動を阻む者は、何処にも存在しない。
冷徹な思考に突き動かされる彼女の行動を知る者は、車両内の十数名だけだった。

*  *


着々と進む爆破準備。
はやてはヴィータとザフィーラを引き連れ、コロニー外壁に佇んでその作業を見つめていた。
シャマルからの連絡は無く、またそれが望むべくもないものである事は既に理解している。
彼女はG-08エリアへと停電の調査に向かい、其処で発生した偏向重力に巻き込まれて消息を絶ったのだ。

G-08エリアのみならず、F・G・Hエリア全域については、既に避難した者を除き生存者は皆無であるとの見解が、つい先程に管制室より齎された。
これらのエリアは既に40Gを超える偏向重力に曝されており、人間が生存できる環境ではないというのだ。
犠牲者の遺体はウィンドウ越しにはやても目にしたが、その余りの凄惨さに、直視できたのは僅か数秒の事だった。
強大な重力によって拉げ、ほぼ平面となった赤い肉塊。
赤い血肉の其処彼処から突き出す白、骨格のなれの果て。

シャマルもこうなって死んだのか。
そう叫び出したくなる自身を抑え、はやては無言のままに立ち尽くす。
たとえ些細な事であっても余計な言葉を吐けば、それはそのまま周囲の全てに対する憎悪の言葉に変貌するのではないかという、恐怖にも似た確信が在ったのだ。
それは傍らのヴィータも同じらしく、彼女は先程から俯いたまま無言を貫いている。
ザフィーラは良く解らない。
普段から彼は、自身の感情を押し殺すところが在る。
守護獣としての姿を取る彼は付かず離れずの位置で警戒態勢を取ったまま、一切の感情が読み取れない瞳で以って、爆破準備に奔走する無数の人影や頭上を旋回する輸送艇群を見やっていた。

「はやてちゃん」

背後からの声。
振り返り、白いバリアジャケットが視界へと入ると、はやては掠れた声でその人物の名を呼んだ。

「・・・なのはちゃん」

名を呼ばれると、なのはははやての隣へと歩み寄る。
そのまま、先程まではやてが見つめていた爆破準備の様子を見やる事、数秒。
呟く様にして、彼女は言葉を紡ぐ。

「シャマルさんの事・・・さっき、聞いたよ」

はやては言葉を返さない。
そんな余裕は無かった。
意味の無い言葉を吐き出しそうになる口を無理やりに引き結び、視線をなのはの方へと投じる。
そして生じる、微かな違和感。

「なのはちゃん・・・スバル達と一緒に行動してたんじゃ・・・」

そう、なのははスバルとノーヴェの心を気遣い、共に行動を続けていた筈だ。
偏向重力の発生後に別れた可能性はあるが、それでもこの場にどちらの姿も無い事は、何かおかしいと感じさせるものだった。
訝しむはやての耳に飛び込む、なのはの声。

「撃墜されたよ」

瞬間、はやては自身の呼吸が止まった事を感じ取る。
自分は随分と間の抜けた顔をしているのだろう、そんな事を考えもした。
自身の傍ら、なのはとは反対の方向からの声が鼓膜を震わせる。

「なに・・・なに言ってんだよ、なのは・・・撃墜ってどういう事だよ」

ヴィータだ。
彼女は声の震えを隠そうともせずに、なのはへと問いを投げ掛ける。
対するなのはは、何処か虚無感すら感じさせる静かな声色で、ヴィータからの問いに答えた。

「搭乗していた強襲艇に、ビルが直撃して・・・そのまま、Bエリアに墜落したみたい」
「連絡は、何か連絡は無かったのかよ?」

返されたのは、沈黙。
耳に届いた小さな音にヴィータの方を見やれば、彼女はグラーフアイゼンの柄に額を押し付ける様にして、外殻へと両の膝を突いていた。
小さく何事かを呟いてはいるが、その内容までは聞き取れない。
そしてはやてもまた、なのはへと掛けるべき言葉を見付ける事ができなかった。
沈黙を破ったのは、第三者からの通信。

『起爆準備完了。総員退避せよ』

途端、展開されるウィンドウと鳴り響く警報。
「WARNING」の表示が赤く点滅し、直ちにこの場を離れろとの指示が飛ぶ。
はやては呆としたまま、ウィンドウ上で赤と黒に点滅する文字を眺めていた。

「主はやて、退避を」

ザフィーラの声。
何時の間にか人の姿をとった彼が、はやての背後に佇んでいた。
ぎこちなく頷き、この場から退避すべくはやて達は宙へと浮かび上がる。

『上手くいくと思う?』

飛びながら、念話でなのはが問うた。
その質問がこの作戦の成否を指しているのだとはやては気付いたが、即座に返す言葉を見付けられずに沈黙する。
頭上を追い抜く、数機の機動兵器。

ランツクネヒトが立案したこの作戦は、要するに敵性体の足止めを目的としたものだ。
現在コロニー内では、中心軸へと向かって渦状に偏向重力が作用している。
渦によって集められた数億トンの瓦礫は666を護る盾であり、同時に敵に対して投射する砲弾としても利用されていた。
8体の666はその渦の各所に位置し、侵蝕されたアンヴィルが有する戦術級魔導砲によって渦の外部に対し無差別砲撃を実行しているのだ。
666単体により発生する重力偏向域は、発生源である本体を中心として3km以内が垂直方向に、9km以内が水平方向へと作用している。
これらを突破して敵性体を撃破するには、波動砲による最大出力での砲撃が必要となるだろう。

だが、此処で問題が生じた。
波動砲の全力砲撃に、コロニー自体が耐えられないというのだ。
未だ非戦闘員の脱出が完了していない以上、砲撃を実行する事はできない。
かといってこのままでは、瓦礫の渦を引き連れたまま666がAエリアへと侵入してしまう。
重力偏向域がAエリアへと達する事だけは、何としても避けねばならない。
其処で立案されたのが、この作戦だった。
コロニー構造体の一部を爆破解体し、分離した部位を偏向重力に乗せてそのまま666を押し潰す。
数億トンどころではない、数十億トンもの特殊合金の塊が、40Gもの重力によってコロニー中心へと引き寄せられるのだ。

この作戦によって666を撃破できる可能性は低い。
敵性体は間違いなく偏向重力の作用方向を変えるであろうし、そうでなくとも侵食されたアンヴィルはかなりの機動性を有しているのだ。
だがそれでも、迫り来る構造体を避ける為に隙は生じる。
666が渦の外へと脱するか、或いはこちらを排除すべく外殻に現れるか。
前者であれば目標はR戦闘機群によって撃破され、後者であれば魔導師が中心となり出現直後の目標を叩く。
慣性制御が可能な機体の周囲に位置すれば666の偏向重力を無力化できる為、魔導師も積極的に攻勢へと加わる事ができるのだ。
縦しんば666が渦を脱せず、更に外殻へ姿を現す事もなかったとして、非戦闘員脱出の為の時間は稼げる。
脱出さえ済んでしまえば、それこそ何も憂える事は無い。
R戦闘機群による最大出力での砲撃、或いは遠方からのアイギスによる一斉攻撃で以って、コロニーごと全てを消し去るまでだ。

『爆破まで90秒』

6kmほど離れたところで強襲艇の1機に身を寄せ、はやて達は砲撃の準備に入る。
はやてはラグナロクを、なのははスターライトブレイカー・ブラスター3を。
ヴィータとザフィーラは砲撃に加わりはしないが、警戒の為に其々シュワルベフリーゲンと鋼の軛の発動態勢に入る。

『60秒前』
「ねえ、本当に当てにされてると思う?」
「・・・ランツクネヒトの事か?」

唐突ななのはの問いに、はやては頭上へと視線をやった。
肉眼で捉える事はできないが、漆黒の闇の中には数百機ものアイギス、そして1機のR戦闘機が潜んでいる筈だ。
重厚な外観に濃蒼色の装甲、機首に備えられた1対の前翼。

「R-9AD3 KING'S MIND」
コールサイン「ゴエモン」。
波動砲に用いられている波動粒子集束技術を応用し、質量を有する「デコイ」を複数同時構築する機能を備えた機体。
デコイは攪乱だけでなく、敵性体に対する実効的な打撃力を発揮するという。
艦隊戦などに於いては単機で戦艦にも匹敵する打撃力を発揮するというが、それがどういった形でのものかははやての知るところではない。
現時点で判明している事実は、少なくともこの機体をコロニー内部で運用する事は不可能である、といった程度の事だ。

ランツクネヒトが魔導師の戦力を高く評価している事は間違いない。
だが同時に、決してこちらを信頼している訳ではあるまい。
これがエリオやキャロ達の様に、早くから協力関係にあった者達ならば話は別かもしれないが、少なくとも後から合流した攻撃隊の面々は間違いなく警戒されている。
そして今、彼等は666の撃破に魔導師の戦力を充ててはいるが、同時にアイギスとゴエモンという安全策を用意していた。
アイギスの有する長距離光学兵器、R戦闘機のミサイル程度ならば援護に用いるかもしれないが、しかし同時にアイギスは戦術核を、R戦闘機は波動砲を有しているのだ。
最悪の場合それらを用いて、コロニーもろとも666を殲滅するつもりなのだろう。

『30秒前』
「保険は在るみたいやし、それなりには期待しとるんやと思う」
「それなりには、ね・・・」
『10秒前。8、7、6・・・』

爆破の瞬間が迫る。
コロニー構造体は3方面で爆破され、偏向重力の渦を覆う様にして内部へと引き込まれてゆく筈だ。
落下部位外縁部を爆破した後、構造体をアイギスの光学兵器が撃ち抜く手筈になっている。
後は、敵が出現するその時を待てば良い。

『3、2、1、爆破』

前方、閃光の壁が出現する。
直後に轟音、衝撃。
更に、宙空より無数の光条が連続して爆破跡へと突き立つ。
アイギスの光学兵器は継続照射型ではなく、レーザーを機銃の様に高速連射するタイプらしい。
レーザーの火線が複数、爆破跡をなぞる様に周回する。
そして掃射が止んだ直後、宙空に浮かぶはやて達の身体を揺さ振る程の衝撃が、地震の際のそれにも似た金属的な轟音と共に周囲を襲った。
はやて達の眼前で、高範囲に亘って外殻が内部へと沈んで行く。
コロニー構造体、落下開始。

『総員、攻撃態勢!』

念話が奔り、はやてはシュベルトクロイツを持つ手に力を込めた。
今は余計な事を考えている暇は無い。
此処で666の殲滅に失敗すれば、未だコロニー内部に残る非戦闘員の脱出は絶望的だ。
偏向重力によって押し潰されるか、はたまた波動砲と戦術核によって消滅するか。
いずれにしても、碌な結末にはなるまい。

『目標、急速接近!』

そして遂に、周囲に漂う粉塵を突き破る様にして、濃紺青の装甲が現れる。
再度、宙空より降り注ぐ光学兵器。
加えて強襲艇からのミサイルと電磁投射砲弾、各種機動兵器からの質量・魔導兵器による攻撃、更に高速直射弾が襲い掛かる。
はやては弾け飛ぶ濃紺青の装甲とその内部より覗く醜悪な肉塊、そして自身の側面で膨れ上がる桜色の魔力光を視界に捉えつつ、不思議に醒めた感覚と共にシュベルトクロイツを振り下ろした。

*  *


その奇妙な反応に、彼は並列思考の一端をそちらへと傾けた。
コロニー外殻での戦闘が開始されてから、約80秒。
既に1機の666が撃破されており、今のところ彼が攻勢に加わらねばならないという状況には至っていない。
このまま事が順調に推移するか否かは不明だが、少なくとも各爆破地点に40基ものアイギスが配置されている以上、如何に666とはいえ撃破に手古摺る事はあるまいとの考えが在った。
そんな折に、第3空洞内部の哨戒に当たっていたアイギスの1基から、奇妙な反応が報告されてきたのだ。
同様の報告は防衛艦隊も受けている筈であり、事実、艦隊旗艦であるL級次元航行艦「カルディナ」からは、直ちに反応源の調査に向かえとの指令が新たに5基のアイギスへと下されていた。
反応源の位置はシャフトタワー近辺、即ち脱出艦隊が辿った経路上である。

バイドか、と思考したのは一瞬の事。
しかし即座に、有り得ない事だと他の並列思考がそれを否定する。
シャフトタワー内部に配置されたアイギス群からは、これといった異常を伝える報告は入っていない。
即ち、シャフトタワー近辺に敵は存在しないか、或いはアイギスそのものが汚染されていると考えられる。
だが後者では有り得ない。
アイギス群は互いに、常時モニタリングを実行している。
1基でも異常が発覚すれば、すぐさま他のアイギスが対抗措置を取るのだ。
その内容は対バイド戦に適応すべくかなり過激なもので、ソフトウェアに異常が発覚すれば即座にそれを適性体としてマークする程である。
だが今、そういった類の反応は無い。
アイギス群が汚染されている可能性は、限りなく低いのだ。

では、この反応は何なのか。
解析の結果、どうやら何らかの艦艇が高速で接近しているらしい。
アイギスは敵性艦艇ではないと判別しているが、しかし同時に友軍艦艇であるとも認識していない。
否、正確には友軍に属するどの艦艇であるかという報告がないのだ。
もしこれが脱出艦隊に属する艦艇であれば、作戦は失敗したか、或いは予想以上に早く外部と接触できたという事になる。
よって迅速に真相を確認せねばならない。

『ゴエモンよりカルディナ、外殻での戦闘は順調に推移している。不明艦艇の確認に向かうべきか』
『カルディナよりゴエモン、その必要は無い。既に第107観測指定世界の艦艇が確認に向かっている。アイギスと合流の後、外部より目標艦艇を調査する』
『了解、666に対する警戒を継続する』

インターフェースによる通信を終え、彼は並列思考の幾つかを広域レーダーの反応へと集中させる。
宙間に存在する数百もの青い表示は、全て友軍のものだ。
その殆どがアイギスだが、防衛艦隊や各勢力の機動兵器のものも存在している。
そして接近する不明艦艇もまた、青いマークとして表示されていた。
これが赤くなるか、それとも艦名が表示されるのか、等と思考した瞬間。



複数の表示が、赤く染まった。



刹那、ザイオング慣性制御システムの出力を最大限にまで引き上げ、同時にスラスター出力を最大に叩き込む。
機体を拘束する一切の現象を振り切り、機体はフォースとビットを引き連れ、一瞬にして秒速250kmを突破。
デコイ・システム及び波動砲ユニット、波動粒子供給経路接続完了。
波動砲、充填開始。

何が起きたのか。
数十もの友軍表示が、一瞬にして敵性を示す赤い表示へと切り換わった。
周囲のアイギスと情報を交換すれば、どうやら友軍がバイドにより汚染されたらしい。
既にアイギス群は攻撃態勢を取っており、何時でも攻撃を開始できる状態だ。
敵性体の位置を確認し、瞬時に機体の前後を入れ替える。
そのまま減速せずにこれまでの経路を逆に辿り、彼は汚染体を確認すべく各種センサー出力を引き上げた。

だが、どうにもおかしい。
センサーを通じて得られる情報は、何処にも汚染体など存在しないという事実を示していた。
汚染体の座標に感度を集中してみても同様で、其処には友軍機動兵器、或いは友軍艦艇が存在しているだけだ。
通信を試みると、特に異状は無いとの応答が返ってくる。
何度確認しても、結果は同じ。
一体、これはどういう事か。

システムアナライザを起動、全システムをチェック。
結果は異状なし。
複数のアイギスとのサブリンクを実行、インターフェースを通じ状況を確認する。
音声ではない、純粋な情報のやり取り。
だがインターフェースを通じての処理により、提示された情報の大部分は別として、簡易な応答は言語として認識する事ができる。

『ゴエモンよりアイギス、汚染体の詳細を提示せよ』
『目標機能中枢、異常発生。IFFの消失及びバイド係数の上昇を確認。これらを汚染体としてマーク』
『それは独自の解析結果か』
『友軍艦艇とのダイレクトリンクにより情報を取得。汚染は尚も拡大中』

友軍艦艇からの情報提供に基づく、汚染体の識別。
そんな事はある筈がない。
防衛艦隊はベストラを通じてアイギスとリンクしており、艦艇からの直接リンクは不可能なのだ。
それが可能であるのは、ランツクネヒトによる改修を施された脱出艦隊旗艦ウォンロンのみである。

『ダイレクトリンク中の艦艇名は』

他に考え得るとすれば、可能性は1つしかない。
だがそれは、決して望ましいものではないのだ。
それができる存在とは、1つしか存在し得ない。



『木星軌道防衛艦隊・第2遊撃部隊所属、ヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦「アロス・コン・レチェ」』



地球軍艦艇。
それしか有り得ないのだ。

『ゴエモンより全軍へ、緊急!』

全方位通信。
インターフェースを用い、更に肉声で以って全軍へと呼び掛ける。
応答を待っている暇は無い。
混乱した各勢力の声を無視し、半ば叫ぶ様に続ける。

『国連宇宙軍所属、ヨトゥンヘイム級次元航行艦アロス・コン・レチェ出現、防衛網へ接近中! 目標艦は汚染されている! 繰り返す、目標は汚染されている!』

被ロック警告。
咄嗟に機体を下へと滑らせると、無数の光条が空間を貫く。
同時に、波動砲の充填率が臨界に達した。
デコイ展開、総数6機。
波動粒子によって形成されたデコイは、外観から各種反応に至るまで、彼の搭乗機であるR-9AD3と寸分も違わない。
フォースとビットでさえ、全く同様に再現されていた。
そして本体である彼の機体を含め、その全ての機首には波動粒子の集束を示す青い光が纏わり付いている。

『目標艦からの欺瞞情報により、アイギスの制御を掌握された! 現在アイギス群は、防衛艦隊戦力を汚染体と判断している! 繰り返す、アイギスの制御を奪取された!』

直後、彼は機体をほぼ反転させ、シャフトタワーの方角へと機首を向けた。
そして、砲撃。
青い閃光が光学的視界を埋め尽くし、無数の爆発が彼方までを埋め尽くす。
アイギス、30基前後を撃破。
遥か前方、何かに着弾した波動粒子が爆発する。
距離、約7200km。

『防衛艦隊は直ちにアイギスの排除を開始せよ! 最優先防衛目標はベストラ及び輸送艦群! ミサイルだけは何があっても通すな!』

複数の着弾箇所より業火を噴き減速しつつ、しかし決して停止する事なく接近してくる艦艇。
全長3700mにも達するそれは、先程の砲撃で慣性制御システムが停止したのか、後部メインエンジンの推力のみで以って航行しているらしい。
その黒々とした艦体上部、センサー類の集中する艦橋周辺に配置された6基の砲塔、計12門の砲口がこちらを捉える。
極高出力長距離光学兵器及び荷電粒子砲を搭載した、半自動選択式多機能砲塔。
更に艦体前部に位置する宙間巡航弾のハッチが開放され、無数の被ロック警告がインターフェースを通じて意識へと鳴り響く。

波動砲、再充填開始。
フォース・コントロールシステム、対空レーザー選択。
再びザイオング慣性制御システムの出力を引き上げ、アロス・コン・レチェの下方へと潜り込むべく機動を開始する。
だが、周囲の空間を埋め尽くすアイギスより掃射される光学兵器の火線が、それを許さない。
目標移動速度、秒速59km。
再度加速中。

『ゴエモンよりアクラブ、直ちに応援を要請する! シュトラオス隊、直ちにアイギスの排除に当たれ! コロニーが攻撃対象になるのも時間の問題だ!』
『アクラブより全軍!』

あらゆる方位より放たれる光学兵器を回避しつつ、何とかアロス・コン・レチェへの攻撃を試みる彼の意識に、アクラブからの通信が飛び込む。
形成したデコイをアイギスに衝突させ、連続して8基を撃破。
更に多目的ミサイルを発射し、その爆発に5基を巻き込む。
急激に機首を引き上げズーム上昇。
波動砲充填率、臨界。
再度、砲撃を実行しようとして。



『Aエリア外殻、戦術核の起爆を確認! 繰り返す! コロニーに戦術核が着弾した!』



至近距離のアイギス群より、18基のミサイルが発射される。
戦術核弾頭搭載宙間迎撃用ミサイル。
明らかに回避不能であると分かるそれらが、高速で機体へと迫り来る様をインターフェース越しに意識へと捉えつつ、彼は無感動にトリガーを引く。
直後、青と白の閃光が彼の視界を塗り潰した。