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脱出艦隊、帰還。
その一報は生還への希望としてではなく、単なる情報の1つとして生存者達へと齎された。
少なくとも、負傷者の収容と被害状況の確認に追われる人員の間では、元々最悪であった状況が少しばかり悪化したという程度の認識だろう。
今回の戦闘による被害は甚大であり、その対応に奔走する者達には脱出作戦の帰結に意識を傾ける余裕など無いのだ。
だが多くの被災者にとっては、その情報は絶望そのものとして伝わった事だろう。
ランツクネヒトからの正式な情報開示は未だ為されてはおらず、人伝に広まる情報を掻き集めただけのものしか知り得る事はないが、それですら被災者達の希望を奪い去るには十分に過ぎた。

脱出艦隊、損害状況。
全12隻中7隻を喪失、いずれも生存者なし。
各種機動兵器、89機を喪失、生存者6名。
ヴィルト隊R-11S、2機を喪失、生存者なし。
R-9E2 OWL-LIGHT「ケリオン」を喪失、パイロット死亡。
防衛人工衛星アイギス450基、内374基を喪失。
制御ユニット「TYPE-02」及び「No.9」暴走により「TL-2B2 HYLLOS」「R-13T ECHIDNA」「BX-T DANTALION」「B-1A2 DIGITALIUS II」「B-1B3 MAD FOREST III」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」の全無人機が敵性へと移行。
救援要請の成否、未だ不明。

脱出艦隊に何が起こったのか、具体的な事は何も解らない。
ただ、想像も付かない脅威と遭遇したらしき事、その結果として甚大な損害を被った事だけは確かだ。
現状ではそれ以上を知り得る由など無く、また知りたくもなかった。
だが今、彼女はそれ以上に絶望的かつ危険な情報を、否応なしに眼前へと突き付けられている。

「それでは、お願いしますね」

小さく、感情の窺えない声。
そんな言葉と共に口を噤む桃色の髪の少女を見つめ、次いで彼女は呆然と自身の手の内に在るメディアデバイスへと視線を落とす。
目前の少女が語った内容が本当ならば、僅か5cm前後の大きさでしかないそれに地球軍とランツクネヒトの戦略、そして彼等とバイドに関しての真実が記されているという。
そんなものが自らの手の内に在る、それがどれ程に危険な事態であるか、彼女は否という程に理解していた。

「どうしました? セインさん」

少女が放った言葉に彼女、即ちセインは我知らず目を細める。
こんなものを手渡した当人であるというのに、抜け抜けとこちらを気遣う様な言葉を放つ目前の少女が、セインの目には堪らなく疎ましい存在として映った。
此処でこの少女を始末し、手の中の記録媒体を握り潰してしまえれば、どれほど気楽な事だろう。
そんな考えさえ浮かぶ程に、セインは精神的な面から追い詰められていた。
それでも何とか、彼女は自身の疑問を言葉として紡ぎ出す。

「何で、アタシに?」

現状でセインが抱く疑問は数あれど、中でも最たるものがそれだった。
何故、高町 なのはや八神 はやてではなく、自身を選んだというのか。
それを問いとして目前の少女へとぶつけてみたのだが、当の彼女は言い淀む事もなく辛辣な言葉を紡いだ。

「このベストラの中で私達と接点を持つ人物、その中で貴女が最も冷静だからです」
「それを言うなら、元上官の方が適役だと思うけど」
「あの御2人は余り嘘が得意とも思えませんし、何より今は平静を欠いていますから。余計な事を伝えれば、即座にランツクネヒトへの敵対行動に移りかねません」
「アタシもそうだとは思わなかった? チンク姉も、ノーヴェもウェンディも、果てはギン姉とスバルだって生存は絶望的だっていうのに」
「でも、現に貴女は冷静です」

無意識の内にセインは、少女の右手を握る自身の左手に力を込めていた。
彼女がその手を離せば、目前の少女は構造物内に取り残され、周囲の構造物との融合の果てに凄惨な死を遂げる事となる。
その事実を良く理解した上で、セインは少女の手を振り払いたいという欲求に苛まれていた。
そんな彼女の思考を無視するかの様に、少女の言葉は続く。

「貴女は姉妹の安否が不明である事についての憤りと、更に地球軍に対する敵意を抱きながらも、公平な視点で以って全ての勢力を見ている。敢えて危険な選択をする事も、感情に任せて行動する事もない。違いますか」

その言葉に、セインは答えない。
ただ無言のまま、左手に込める力を僅かに増したまでだ。
少女はその左手に握られる自身の右手へと視線を落とし、次いでセインの眼を正面から覗き込み、続ける。

「だからこそ、それを渡すには貴女が相応しいと考えたんです。貴女は合流以降、ずっと後方での活動に当たってきた。ランツクネヒトに悟られぬよう、人々の間に情報を流す事もできる筈」
「簡単に言ってくれるね。それが本当に可能だとでも思ってるの?」
「今はランツクネヒトも地球軍も混乱している。直に行動を起こすには相応しいとは云えませんが、備えるなら今しかない」
「それだけ?」

数瞬の後、少女は溜息をひとつ吐き、視線を伏せる。
再度その眼が上げられた時、其処には凍て付くかの様な冷然たる意思が宿っていた。
思わず気圧されたセインの意識に、感情の存在さえ疑いたくなる程の無機質な声が響く。

「・・・どんな状況であれ、あの御2人に生身の人間を手に掛ける事ができるとは思えませんから」
「本当にそうかな。高町一尉の方はクラナガンで、R戦闘機を墜としている筈だけど」
「直接、人の姿が見えないというのは重要な事です。そして、対人戦で相手を殺傷した経験の在る魔導師なんて、管理局には数える程しか居ない。幾ら調べてみても、あの御2人がそういった場面に遭遇したという記録も無い」
「アタシだって殺人の経験なんて無いよ」
「その訓練は受けていた。そして何より、貴女は必要と在らばそれを為す事ができる」

沈黙するセイン。
自身を正面から捉える視線、それから逃れるかの様に顔を逸らし、軽く唇を噛む。
少女の言葉は、確かに的を射ていた。
セインはスカリエッティの下で暗殺に関する訓練も受けており、其処から得られた経験は時空管理局地上本部襲撃時にも活かされている。

だが、実際に暗殺を行った経験が在るかと問われれば、答えは否だ。
姉妹の中で人間を殺めた経験が在るとすれば、ドゥーエとトーレ、そしてチンクくらいのものだろう。
スカリエッティが狂人である事はセインとしても疑うべくもないが、彼は不必要な殺人を避ける程度には良識を保っていた。
そして同時に、それらの任務に当てる事を躊躇う程度には、娘達に対して愛情を抱いていたとセインは見ている。
事実、不都合な人物の消去に関してはスカリエッティとウーノが、複数の犯罪組織を介して実行していたらしい。

それでもセインは、何時それらの任務に当てられても良いとの覚悟だけは持っていた。
その為に訓練を受け、戦術を学んだのだ。
望むと望まざるとに拘らず、必要と在らばそれらの局面に於いて投入される。
自身がやらねば、他の姉妹達が殺人という咎を負う事となるのだ。
だからこそ、それらの任務は全て自身が遂行せねばならない。
そう、考えていた。

「間違っては、いませんよね?」

だが、その覚悟をこんな形で再確認させられるとは、セインとしては予想だにしなかった事だ。
問い掛けてくる少女へと視線を戻し、苦々しく表情を顰める。
今すぐにこの会話を切り上げたいと望みつつも、セインの口は言葉を紡いでいた。

「情報の流布だけじゃなくて、暗殺までアタシにやらせようっての?」
「それは状況と貴女の判断次第です。私が頼んでいるのは・・・」
「正直に言いなよ。他にも何かをやらせようとしてるんでしょ・・・場合によっては、障害となる人物の殺害が必要になる様な。例えば、そう」

メディアデバイスを持つ右手、其処から第一指と第二指を立てて銃の形を模す。
それを目前へと掲げ、少女の視界へと映し込むセイン。
立てられた第二指の先端を自身の額へと当て、彼女は改めて少女の眼を覗き込んだ。

「武装蜂起に備えての各種工作、とか」

少女の瞼が微かに細められた事を視認し、それだけでセインは十二分に確信を得た。
彼女のIS「ディープダイバー」は無機物に潜行する能力であり、それ以外の特別な用途というものは存在しない。
だが作戦行動に於ける評価となれば、他に類を見ない程に汎用性に富む能力であるのも事実だ。
それだけに直接戦闘が中心となる作戦を除き、あらゆる状況に対応が可能である。
撹乱、陽動、間接支援。
目前の少女もまた、そういった類の任務をセインへと割り当てるつもりなのだ。

「図星みたいだね」
「・・・戦力が足りません。魔導師の数は敵勢力の倍に近いですが、ランツクネヒトが運用する個人携行火器類は、限定空間での戦闘に於いて驚異的な制圧力を発揮します。ベストラや艦艇内部といった閉鎖空間での戦闘ともなれば、最終的に制圧が成功したとして、こちらも戦闘後のまともな作戦行動など望むべくもない被害を受ける事となるでしょう」
「別に魔導師でなくても質量兵器を運用する歩兵部隊なら、こっちにもかなりの数が在ると思ったけど」
「無論、彼等もこちらの戦力として考慮しています。ですが、それでも確実に成功すると断言はできない」

その言葉に、セインは苦々しく表情を歪める。
脳裏に蘇る悪夢の様な光景、研究施設内部での地球軍歩兵部隊との戦闘。
頭部を撃ち抜かれる局員、全身を弾幕に粉砕される局員、四肢を引き裂かれるスバル、胴部をほぼ両断されるノーヴェ。
その全てが魔法ではなく質量兵器、それも個人携行火器によって齎された惨状だった。

ランツクネヒトとの合流後、地球側の個人携行火器についての調査を開始した理由は、誰かから命令された訳ではなくセイン個人としての意思である。
バリアジャケットに加え常時展開されていた筈の障壁、特に物理防御に秀でた姉妹達のそれすら容易く突破した地球製の質量兵器に、脅威を感じると同時に好奇心を刺激された為だ。
流石に全ての情報が開示されていた訳ではなかったが、それでも携行火器の異常な性能を知るには十分に過ぎた。
そしてセインは既に、幾つかの火器および補助兵装について、特に警戒すべきとの評価を下している。

1つは「GP-73」13mmキャノン。
物理的なトリガーは存在せず、インターフェースを通じて発砲するアンダーバレルタイプ、セミ・オートマチックの擲弾銃だ。
装弾数24、ボックスマガジン。
分類上では擲弾銃となってはいるが、銃身内部にはライフリングが施されており、その500mを優に超える有効射程も相まって、実質上の携行型ライフル砲と云える。
使用する13mm砲弾は、そのコンパクトなサイズにも拘わらず複数の弾種が存在。
暴徒鎮圧用の非殺傷弾頭から対人焼夷弾、更に対装甲目標用の徹甲榴弾から反跳榴弾、信じ難い事に神経ガス散布弾から燃料気化爆弾まで在るという。
果ては超小型戦術核弾頭までが弾種として存在するというのだから、セインとしては地球人の正気を疑わずにはいられなかった。
如何に彼等と云えど、コロニーや艦艇内部で核弾頭などを使用する事はないと思いたいが、それを除いてもガスや対人焼夷弾は脅威である。
GP-73はこれらの弾種を同時に4種、各種6発の計24発をマガジン内に装填し、任意にそれらを使い分ける事が可能だ。
更にアンダーバレルタイプである為、小銃以上のサイズならば如何なる銃器にでも装着できる。
ランツクネヒトとの交戦中、魔導師は常にこの携行小型砲の脅威に曝され続ける事となるだろう。

もう1つは「AS-55」コンバットショットガン。
フル・オートマチックの軍用散弾銃であり、近接戦闘に於いて絶大な威力を、そして中距離以上の戦闘に於いても圧倒的な実効制圧力を発揮する。
装弾数54、ヘリカルマガジン。
10ゲージ弾薬を毎秒9発もの速度で連射する、正に化け物と呼称するに相応しい火器だ。
そして性質の悪い事に、これもまた散弾である000Bを始めとして、徹甲榴弾など10種類以上もの専用弾種を有している。
散弾銃にも拘わらず使用弾種によっては300mを優に超える射程も脅威であり、特に中距離から対人榴弾を連射された場合には、目を覆いたくなる様な惨状が展開される事だろう。
尤も、如何なる弾種が使用されていようと、射程内に収められてしまえば生き残る方法は1つしか存在しない。
トリガーが引かれる前に、AS-55を持つ敵を殺す事だけだ。
嵐の如く連射される10ゲージ弾薬の壁の前には、バリアジャケットも障壁も薄紙程度の遮蔽物でしかないのだから。

そして最後の1つが「Man-Hunt-System」。
これは単一火器の名称ではなく、ランツクネヒトが運用するコンバット・サポート・システムの総称である。
とはいえ、MHSとは各種センサー等の携行型補助兵装の類ではなく、完全自律型および遠隔操作型の各種ドローン、その中でも直接火力支援を担うものを指している。
謂わばガジェットドローンの様な存在だが、その運用法はガジェット以上に攻撃的だ。
拠点に立て篭もる敵に対し突入しての自爆攻撃を行うタイプ、EMPによる電子機器の破壊を行うタイプ、光学迷彩を装備し薬物または消音銃による暗殺を行うタイプ。
限定範囲内に神経ガスを散布するタイプに超小型戦術核搭載タイプ、他のMHSを統括・管制するコマンダータイプ等も存在する。
他にも通常火器を搭載したタイプ等が複数存在しており、その総数は数百機にも及ぶと思われるが、詳細な配備数までは開示されていない。

これらの兵器はいずれも装甲服による筋力増強、そして脳の電子的・機械的強化とインターフェースの存在を前提とした運用を想定されており、常人に扱える重量・システムでない事は、外観および概要から容易に判断できる。
言うなれば、魔導師にとってのデバイス、戦闘機人にとっての固有武装の様なものだ。
魔導師は魔法による筋力増強および並列思考で以って、戦闘機人は機械的強化を施された身体および脳機能とISを以って、それらの武装を意のままに操る。
ランツクネヒトや地球軍にとっては、脳の電子的・機械的強化と装甲服の着用こそが、それらの武装を運用する為の必須要項なのだ。
少なくとも既知の次元世界に於いては、これまでにそういった類の携行型質量兵器が確認された事例は存在しない。
そうでなくとも、これら個人携行火器の性能は常軌を逸したものばかりだ。
できる事ならば、等という消極的な姿勢ではなく、可能な限り正面から遣り合う事だけは避けねばならない。
何より忘れてはならないのは、これでも全ての兵器に関する情報が開示されている訳ではないという事実だ。
その程度の事は、目前の少女も十分過ぎる程に理解している筈である。
だからこそ続いてセインが放つ言葉は、自然と辛辣なものになっていた。

「断言できない、だって? それ以前の問題だよ。まさか本気で、ランツクネヒトを制圧できるとでも思ってるの? 奴等の武装については、アンタだって良く知ってるでしょうに。長距離砲撃戦だって危ないってのに、限定空間での戦闘になんてなったら勝ち目なんて無い」
「現状では、です。貴女の協力が在れば、成功を確実なものにできる」
「夢物語だね。ベストラにせよ艦艇内部にせよ、戦闘となれば常に近距離、どれだけ離れても中距離での撃ち合いになる。後方支援型のアンタには実感が薄いかもしれないけど、散弾の壁に突っ込むなんて自殺行為以外の何物でもない。挽肉の山が出来上がるだけだよ。それとも」

軽く息を吐き、セインは少女を睨み据える。
再度、少女の手を掴む左手に力を込め、彼女の意識をそちらへと引き付けた。
少女の視線が逸れた瞬間、セインは彼女の身体を強引に引き寄せ、その首を抱え込む様にして軽く締め付ける。
そして、問うた。

「1人ずつ始末する? こうやって、さ」

セインは少女の首に回した右腕、其処に掛ける力を徐々に増してゆく。
別段、本気で絞殺するつもりが在る訳ではない。
勝ち目の無い博打にこちらを巻き込もうとする、そんな少女の態度が気に食わなかっただけの事だ。
だからこそ、少しばかりの脅しを掛けてみたのである。
単に虚勢を張っているだけならば、この程度でも十分にその脆い仮面を剥がせる事だろう。
少女はどんな表情をしているのか、恐怖に引き攣った顔か、驚愕に目を瞠っているのか。
セインは彼女の眼を覗き込み、そして絶句した。

「もっと良い方法が在りますよ、セインさん。繰り返しますが、貴女の協力が在ってこそ、ですが」

深淵。
セインがその瞳に対して抱いた印象、暗く底の窺えない闇色。
呑み込まれそうな虚無と、意思を有する存在である事にすら疑いを抱いてしまう程の無機質さ。
にも拘らず、それを覗き込むセインに対し、確かな畏怖を齎す闇。

「ウォンロンの戦闘指揮所、其処が狙いです。勿論、ランツクネヒトに対する陽動も同時に実行します」

思わず身を竦ませるセインを無視し、少女は感情の窺えない声で言葉を紡ぎつつ、バリアジャケットのポケットから先程とは別のメディアデバイスを取り出した。
身体を押さえ込まれながらも、左手に握るそれをセインの眼前へと突き付ける。
思わず手を翳し、それを受け取るセイン。

「それが「爆弾」です・・・未完成ですが。ウォンロンの元クルーと、複数の軍需産業関係者が協力してくれました。これを戦闘指揮所からシステムにインストールできれば、全体を強制的にダウンさせる事ができます」
「・・・正気? そんな事をすれば、生命維持に関するシステムも止まるよ。この天体の中だって何時、真空状態になったっておかしくないっていうのに」
「彼等の構築したシステムは、その程度で沈黙するほど軟ではありません。こちらの予測では、40秒前後で再起動する筈です」

一通りメディアデバイスの全体を見回した後、セインはそれを少女へと返す。
少女はデバイスを受け取り、再びポケットへと収めた。
そして、続ける。

「良いのですか」
「何が」
「これを私に返して、です。此処に私を生き埋めにして、これをランツクネヒトに渡せば・・・」

セインは自身の唇に指を当て、少女の言葉を遮った。
数秒ほどそうしていただろうか。
指を離し、セインは言葉を紡ぎ出す。

「馬鹿にしないで。アンタがその可能性を考えずに私を呼び出したなんて、そんな希望的観測は微塵も持っちゃいないよ。人を試すのは結構だけど、どうせなら気付かれない様にやって貰いたいね」

言いつつ、セインは頭上へと目を遣った。
構造物内の闇に遮られた視界の向こうに、恐らくはあの変わり果てた騎士の少年が居るのであろう。
彼が持つデバイス、あの禍々しい槍の矛先をこちらへと向けて。

「初めから、断られる事なんて考えてなかった癖に・・・違うか、断らせないつもりだった。違う?」
「貴女がそう思うなら、恐らく」
「気に食わないね。本当に気に食わないよ、キャロ」

そう言葉を吐き捨て、セインは改めて少女、即ちキャロを見やった。
相も変わらずこちらを見つめ続ける彼女は、セインの記憶の中に存在する同人物の姿と然程に変わらぬ外観ながら、それに反して内面は変わり果ててしまった様に思える。
彼女達が置かれた状況を鑑みるに、当然の変化であろうとも考えた。
だがそれでも、彼女の事を良く知っている訳でもない自身からしても、無理をして変化を装っているのではないかという疑問も在ったのだ。
事実、彼女の行動を目にする度に、セインはその疑念を確信へと変えていった。

何が在ったのかを知り得る事はできなかったが、キャロと彼女のパートナーであるエリオとの関係に、何らかの隔たりが生じている様に見受けられたのだ。
この状況からして、男女間の擦れ違いなどと云う色めいた問題ではあるまい。
2人の間に生じている距離は、犯罪者と遠巻きにそれを見つめる一般人の様なものだった。
少し違うのは、必要以上にキャロに近寄ろうとはしないエリオに対し、一方でキャロは何とかしてその距離を縮めようと努力していた事だ。
合流後に2人が共に行動している姿を何度か見掛けたが、その際のキャロは嘗て以上に気弱な雰囲気を纏っていた。
その光景が在ったからこそ、その他での何処か冷然とした姿は偽りではないかと、セインはそう睨んでいたのだ。

だが今、目前に存在する少女はそんな認識からは想像もし得ない、正に冷徹といった表現が相応しい雰囲気を纏っている。
そして、その印象に違わぬ強かにして危険な交渉術を、躊躇いもなく行使していた。
何が、彼女を其処まで変えたのだろうか。
何故、彼女は其処まで変わったのだろうか。

「気に食わないついでに、もう1つ訊きたい事が在るんだけど」
「何でしょう」
「アンタが其処まで必死になってるのは、アイツの為?」

頭上を指しつつ、セインは問うた。
キャロは指の先を辿る様に視線を動かし、やがて息を吐く。
それだけで十分だった。
お熱い事だ、などと思考しつつも、同時に別の疑問が生じる。
この行動の何処が、エリオの為になるというのか。
自身の手元へと視線を落とし沈黙を保つキャロに、その問いをぶつけようとして。



「エリオ君が、人を殺しました」



唐突なその言葉に、セインは息を呑んだ。
そんな事は知っている、という思考と、何の事だ、と戸惑う思考が入り乱れる。
スプールスに於いてエリオが、元は人間であった汚染体を数多く屠ってきたという事実は、既に聞き及んでいた。
だが、キャロが言い放った「人を殺した」という言葉は、それとは別の事柄を指している様に感じられたのだ。
宛ら、つい先程の事であるかの様に。
汚染体などではなく、正真正銘の「人間」を殺めたとでも云うかの様に。

「スプールスの変貌からずっと、私はその責務の全部をエリオ君に押し付けてきた」

淡々と語るキャロ。
その視線は伏せられていたが、実際には何処も見ていないのだろうか。
だが、その静かな語調の中には、何らかの微かな感情が滲んでいた。

「人でなくなったものと戦うのも、人でなくなったものを殺すのも怖かった。だからずっと、私の分まで殺し続けるエリオ君に甘えてきた」

キャロの指は、何時の間にか硬く握り締められている。
微かに震えるそれを見つめながら、セインは徐々に理解し始めていた。
彼女が変わった理由、変わらざるを得なかった理由。

「彼だけに背負わせたくなかった・・・背負わせるべきじゃなかった。そんな事、解かり切っていたのに。それだけじゃない。ミラさんやタントさんが死んだ事だって、彼には何の責任も無いのに」

同じなのだ。
セインと同じ覚悟、キャロはそれを持つに至ったのだ。
震える声で、彼女は続ける。

「私が躊躇った所為で、エリオ君は2人とその子供を手に掛けなければならなかった。それなのに、私は彼を避ける様な態度を取り続けた。私は、何ひとつ背負ってはいないのに・・・ずっと、逃げ続けていたのに」

大切な人に、殺人という重責を負わせたくない。
キャロもまた、セインと同じ思考へと至ったのだろう。
だが彼女の場合、その大切な人は既に人間だったものを殺めている。
そして、彼女の言葉から読み解くに、恐らくは正常な人間すらも殺めたのだろう。

「でも、それももう終わり」

突然、キャロの声色が変わった。
声の震えは影を潜め、先程と同じく無感動な冷徹さだけが滲む。
再び緊張するセインの身体に気付いたか、キャロは徐に顔を上げた。
その眼を覗き込み、セインは微かに引き攣った音を漏らす。

「もう、彼だけに背負わせるなんて事はしない。私も、同じ責を負う。彼に押し付けていた分を、私が負ってみせる」

まるで、ガラス球の様。
キャロの瞳を覗き込んだセイン、彼女が抱いた印象はそれに尽きた。
人の眼であるどころか、有機物であるとすら信じられない。
全く感情というものを読み取る事ができない、人工物としか思えぬ無機質さを湛えた瞳孔が、セインの眼を覗き返していた。
心臓を鷲掴みにされるかの様な錯覚と、自身がこんな人物と共に誰にも声の届かぬ構造物内に潜んでいるという事実に対する恐怖とが、同時にセインの意識を襲う。
だが、彼女はどうにかそれを耐え抜き、何とか言葉を紡ぎ出した。

「・・・成る程。アンタ自身には、ランツクネヒトと正面から戦えるだけの力は無い。あの2騎の竜は、艦内やコロニー内で力を振るうには強大すぎる。だから扇動者になり切って、生存者を戦力として地球人にぶつけようって訳だ。皆で一緒に人殺しになろう、と」

震えそうになる声を抑え付けて言い切るも、キャロに言葉を返す素振りはない。
彼女は唇を閉じたまま、無言でこちらを見据えていた。
思わず、その小柄な身体を突き飛ばしたくなる衝動を堪えつつ、セインは更に言葉を繋げる。
これは、これだけは言わねばならない。

「馬鹿だよ、アンタ。そんなもの、アンタ1人で背負える様なものじゃない。何の意味が在るっていうのさ」
「単なる私個人の我儘です。エリオ君だけが人殺しの責を負うなんて事は、絶対に許せない」
「まさかそれで、アイツとの関係を修復できるとでも? 自分も人殺しになれば、アイツが負い目を感じる必要が無くなるとでも思った?」

答えはない。
キャロは、再び沈黙する。
そんな彼女を暫し見つめた後、舌打ちして視線を逸らすセイン。
それから更に数秒ほどが経ち、キャロが声を発した。

「どんな事をしても、きっと元の関係には戻れない。周囲が何を言おうと、エリオ君は自分自身を許そうとはしないでしょう。そして私には、彼に何かを言う資格なんて無い」
「ッ・・・この・・・」
「傍に居るべき時に、彼を支えてあげるべき時に、私は逃げてしまったんです・・・パートナーなのに、ずっと一緒に居た筈なのに。それなのに今更、私に何の資格が在るというのですか」

セインからすれば余りにも馬鹿げた発言に、彼女は咄嗟にキャロのバリアジャケット、その胸倉を掴み上げている。
だが、全く抵抗の素振りを見せないどころか、変わらず虚無的な視線だけを向けてくるキャロに嫌気が差し、すぐにその手を解いた。
理性の欠片が働いたか、その身体を突き放す事はしなかったが。
そんなセインの内心を余所に、キャロの言葉は続く。

「言ったでしょう、単なる我儘だと。私や周囲がどんな事をしても、エリオ君が離れてゆく事は変えられないし、仕方がない。でも、向けられる銃口の前に立つ者が彼だけである必要もない。いいえ、蜂起を成功に近付ける為にも、皆で掛かるべきでしょう。そういう事です」

以上です、との言葉を最後に、キャロは瞼を閉じた。
これ以上の話すべき事は何も無い、密談は終わりだという意思表示だろう。
数秒ほどキャロの顔を見つめ、小さく悪態を吐いた後にセインは浮上を開始した。
脚の上に放置していたメディアデバイスを右手の指の間に挟み、左腕でキャロの身体を抱える。
右手第二指の先端だけを構造物上に突き出し、ペリスコープ・アイで周囲の安全を確認、人影は無い。
キャロを抱えたまま、通路に上がる。
特に汚れが付いている訳ではないものの、彼女は軽くバリアジャケットの裾を手で払い、視線をこちらへと投げ掛けて言い放った。

「それでは、お願いしますね」

先程と全く同じ声、同じ台詞。
セインは自身の口を突いて出そうになる罵声を何とか抑え込み、去り行くキャロの背中から視線を引き剥がして周囲を窺う。
予想に反し、何処にもエリオの姿は無い。
単独で行動していたのかとも考えたが、その可能性はすぐに潰えた。

「・・・怖いねえ」

セインの足下、床面に穿たれた小さな菱形の傷。
何かが突き立っていた跡と思しきそれが意味する処を、セインは正確に理解した。
薄ら寒いものを感じつつ、呟く。

「全部、聴かれてたみたいだよ・・・キャロ」

キャロの単独か、それともエリオを伴っての行動だったのか、そんな事はこの際どちらでも良い。
エリオは全てを知っている、それだけは確かだ。
その事すらもキャロにとっては織り込み済みという可能性も考えられるが、恐らくはそうではあるまいと、セインの勘は告げていた。
キャロは優秀だが、御世辞にも策謀に向く性格でない事は、少し話しただけで十分に分かっている。
彼女が話術に長けており、こちらの思考を上手くコントロールしている可能性も考えられたが、恐らくはそれもないだろう。
そう判断できるだけの情報は、キャロとの会話の中で得られている。

彼女は、エリオだけに殺人の重責を負わせたくない、と言った。
あの時のキャロの言葉がエリオに聞かれていたのだとすれば、彼女の行動は全く意味を為さないものとなってしまう。
エリオは間違いなく、キャロを殺人という行為から遠ざけるべく行動するであろうし、それ以上に全ての責を負うべく、より積極的に地球人との戦闘に関わってゆく可能性が高い。
キャロの願いと行動とは裏腹に、エリオは更にその手を血に濡らす事となるだろう。
彼女が、そんな事に気付かぬ筈がない。

つまり、エリオがこの場に居たという事実がキャロの知る処であろうとなかろうと、あの言葉を聞かれていた事は彼女にとって紛れもない想定外の事態なのだ。
彼は自身のデバイス、ストラーダを床面へと突き立て、それをパッシブ・ソナーとしてこちらの会話を聴き取っていた。
その事実が存在する時点で、最早キャロの願いが叶う事はないと分かる。
エリオは自ら進んで、彼女の分まで殺人の重責を負うべく最前線へと躍り出る事だろう。
そうしてキャロの本当の願いを知りつつも、いずれは彼女の前から永遠に姿を消す心算である事も想像に難くない。
2人の願いは擦れ違い、何処までも平行線を辿っている。

「どいつもこいつも・・・!」

馬鹿ばかり、全てが気に入らない。
そんな苛立ちを込めて、セインは全力で壁面を蹴り付ける。
壁面ではなく、全ての元凶となったバイドと地球人とを想像し、その不鮮明だが不愉快な像に対して放った蹴り。
鈍く重い音が、通路に響き渡る。
戦闘機人の膂力で蹴り付けられたベストラ構造物の壁面は、しかし無情にもその衝撃を蹴り付けた当人へと返しただけで、僅かたりとも変形した形跡は無かった。

*  *


長くなるから場所を移そう、とのスバルの言葉に従い、ティアナのAMTP搬入を見届けた後、ギンガ等は搬入室から艦内食堂へと移動した。
血塗れで意識の無いティアナを目にして動転するギンガとウェンディを余所に、スバルとノーヴェは冷静そのものにAMTPへと彼女を搬入、部屋を出たのだ。
その様子に不審を抱きはしたが、それについてもすぐに説明が為されるだろうと、ギンガ等は逆らう事なく彼女達の誘導に従った。

食堂に入ると、ノーヴェとウェンディが暫し保冷庫を漁り、保存食と飲料を見付け出す。
そのまま食べても問題は無いと思われたが、どうやら合成食品の製造機能が生きているらしく、食材の調達が可能と知るとスバルから調理の希望が飛び出した。
何を暢気な、と呆れ返ったギンガだったが、自身も空腹を覚えている事は否定の仕様がない。
幸いにもウェンディが手伝いを申し出てくれたので、1時間程を2人での調理に費やし、スバル達が待つテーブル上に10種類を超える数の料理が並ぶ事となった。
器具が予想以上に充実しており、中には調理時間の短縮に繋がるものも多かった為、少々だが多目に作り過ぎてしまったかもしれない。
相変わらず異常な状況下ではあるが、久し振りの戦闘とは無縁な料理という行為に、心弾むものが在った事も否定はできない。
そんな事を思考しつつ、目の前の取り皿に盛られたサラダを突くギンガの意識に、それまで実に美味そうにペペロンチーノを平らげていたスバルの声が飛び込む。

「ああそう・・・脱出作戦だけどね。あれ、成功したから」

突然の言葉にギンガは噎せ返り、咳込んだ。
咄嗟に自身の隣を見やると、ウェンディは手にした炭酸飲料を飲もうとした姿勢のまま動きを止め、呆然とスバルを見やっていた。
次にスバルへと視線を動かせば、当の彼女は何事も無かったかの様にナプキンで口許を拭いている。
彼女の隣のノーヴェはといえば、こちらも何処か楽しそうにバニラアイスを頬張っていた。
その光景に違和感を覚えながらも、ギンガはスバルへと問い掛ける。

「どういう事?」
「どうもこうも・・・そのままだよ。脱出艦隊は救援要請を発信、近くに居た管理局艦隊がそれを拾った、それだけ」
「それだけ、って・・・」

絶句するギンガ。
問いに対するスバルの返答は、重要な箇所が抜け落ちている。
成功したのなら、何故こんな状況になっているのか。
コロニーから離脱した理由、全てを知っているという言葉は如何なる意味なのか。

「どうも、本局が落ちたみたいでね。傍受した通信から判断する限り、生存者を救出した本局防衛艦隊が人工天体の近くで立往生してたって事らしいよ」
「本局が・・・」
「まあ御蔭で、ウォンロンの通信を真っ先に拾ってくれたんだけどね・・・厄介な事に」

スバルが発した最後の言葉に、ギンガは眉を顰める。
厄介な事、とは如何なる意味か。
管理局側の救援が来るというのなら、それはこちらの戦力が増すという事である。
その事実の何処が厄介というのだろう。
そんなギンガの疑問を読み取ったのか、今度はノーヴェが口を開く。

「管理局艦隊が通信を拾ったって事は、間違いなく地球軍も救援要請を傍受してる。連中は汚染艦隊の向こう側だが、それを突破する事もできる筈だ」
「妨害も考えたんだけどね。AWACSがすぐ傍に居た以上、下手な真似をすれば他のR戦闘機に飽和攻撃を受ける可能性が在った。だから、大人しくするしかなかったんだ」
「AWACS?」

聞き慣れない名称に、横からウェンディが疑問の声を上げた。
ギンガとしても、全く聞き覚えの無い名称だ。
すぐさま、ノーヴェが答える。

「早期警戒機の事だ。「ケリオン」ってコールサイン、ランツクネヒトからの情報に在っただろ? R-9E2 OWL-LIGHT。コイツが居た所為で、電子戦で迂闊な真似はできなかった」
「で、B-1A2を使って実力行使に出た訳。ユニットTYPE-02搭載機の一部暴走を装って、脱出艦隊を攻撃したの。中途半端にすればバレる事は明らかだったし、そもそも13機ものR戦闘機を同時に相手取っているのに手を抜くなんて真似は自殺行為だから、本気で攻撃した。それで3隻を撃沈して、人工天体内部へ飛び込んだの」
「アタシはB-1A2を追撃する様に見せ掛けて、R-13Tで後を追った。そのままコロニーに向かったんだけど、其処で交戦中のこの艦を見付けて乗っ取ったんだ」
「艦隊の方は、私が行き掛けの駄賃にケリオンを撃墜して、アイギスのIFFを狂わせたからね。その後は狂ったアイギスへの対応で手一杯で、艦隊は更に4隻の艦艇とランツクネヒトのR-11Sを2機、他に89機の機動兵器を失った後、這々の体で天体内部へ逃げ込んだ。これが作戦の顛末だよ」
「待った、ちょっと待つッス」

淡々と語り続けるスバルを、ウェンディが制した。
明らかに動揺した素振りで、彼女はスバルの目前へと掌を突き付けている。
そうして言葉に詰まったのか、暫し視線を彷徨わせた後、改めて問いを発した。

「その、良く理解できないんスけど・・・2人は自分の事、ええと、その身体の事は・・・」
「コピーだろ?」

すぐさま返された答えに、ウェンディが絶句する。
ノーヴェは特に気に負う様子もなく、首をひとつ傾げてスプーンで掬ったアイスを口へと運んだ。
僅かに顎を動かして味わう様な素振りを見せ、バニラの香りを楽しむ様にゆっくりと呼吸。
スバルも似た様なもので、動揺を見せる事もなく紅茶を楽しんでいる。
そんな3人の様子を見つめていたギンガは、堪らず自身も言葉を紡いだ。

「こんな事を言うのはどうかと思うけれど・・・貴女達は、どうとも思わないの? いいえ、それ以前の問題だわ。全てを知っているとは、どういう意味。何故、脱出作戦の推移を知っているの。何故、R戦闘機が・・・」

自身の意思を余所に、次から次へと吐き出される疑問。
抑え様もないそれらに流されるギンガの発言を、スバルが手で制した。
漸く発言を止め、口を閉じるギンガ。
取り乱した事に少々の不甲斐なさを感じつつ、何時の間にか乗り出していた身体を背凭れに預ける。
するとそれを待っていたかの様に、改めてスバルが語り始めた。

「・・・とにかく、1つずつ答えていくよ。先ず、私達の事だけど」

スバルは言葉を区切り、紅茶を一口。
溜息を吐き、続ける。

「私達のオリジナルが何処に移植されたか、2人は知っているよね?」
「・・・TL-2B2とB-1Dγだったかしら」
「そう。私は「HYLLOS」に、ノーヴェは「BYDO SYSTEMγ」に制御ユニットとして搭載された。それと培養体がBX-TとB-1A2、R-13TとB-1B3に。で、当然の事だけど、どちらのユニットに関しても思考抑制措置が取られていた」

頷くギンガ。
スバルは紅茶を更に一口、視線をノーヴェへと投げ掛ける。
そうして今度は、ノーヴェが説明を引き継いだ。

「だけど、其処でランツクネヒトの技術者達は間違いを犯した。警戒すべき対象を見誤ったのさ」
「対象?」
「連中はベストラのシステムとリンクして情報を取得し、R戦闘機の調整を行った。脳に著しい電子的強化が施されているからこそ可能な芸当だけど、そもそもベストラに残されている記録は不完全なものが多い。あそこにいた本来の職員達は、余程に全てを消し去りたかったんだろうな。削除は不完全だったけど、それでも死ぬ間際まで抹消を試みていたんだろう」
「それとこれと、何の関係が在るッスか」
「だから、情報が欠落していたんだ。具体的に言うなら、バイド素子添加および強化プロジェクトに於ける、試作機体の安全性に関する情報が」

テーブル中央、複数のウィンドウが展開される。
其処に表示された画像は、4機種のR戦闘機。
「BX-T DANTALION」「B-1A2 DIGITALIUS II」「B-1B3 MAD FOREST III」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」
スバルとノーヴェの培養体を基とする制御ユニットが搭載された6機種の内、所謂バイド素子を用いて建造されたものだ。
ランツクネヒトが開示していた情報によれば、パイロットの安全性が確認できない為、制御ユニットの開発までは戦力としての運用を避けていたとの事。
プロジェクト初期に開発された試作機であるBX-T、植物性因子添加試作機改良型であるB-1A2、蔦状植物因子添加試作機最終型であるB-1B3、バイド素子強化試作機最終型であるB-1Dγ。
いずれも通常のR戦闘機とは異なり、禍々しい外観を有する機体だ。
ギンガは眉を顰めてウィンドウ上のBX-T、その緑色蛍光を放つ半物理防御スクリーンを見つめる。

「この機体がどうしたの」
「情報が不足している兵器ほど信頼性に欠けるものはない。況してやコイツ等はバイド素子を用いているんだ、先入観から危険視しても仕方ないだろ」
「回りくどいッスよノーヴェ、要点を言うッス」
「・・・つまりだ。連中が本当に警戒すべきはこの4機種じゃなくて、スバルが搭載されたTL-2B2の方だったんだ」

全てのウィンドウが閉じられ、入れ替わるかの様に展開される新たな1つのウィンドウ。
果たして、映し出された画像はギンガの予想に違わぬもの。
TL-2B2 HYLLOS。

「当然の事だけど、ベストラの研究者達はバイド素子添加機体に対して、異常とも云える程に厳重な対汚染防御策を施していた。機体やシステムを構成するバイド素子の暴走は勿論、敵性バイド体からの干渉まで警戒して。外観からすればバイドそのものって感じの機体だが、運用上最低限の安全性は保証されていたんだ」
「TL-2B2はそうではなかったと?」
「ああ」

最後の一欠片らしきアイスを口へと運び、ノーヴェはスプーンを置いた。
軽く唇を嘗め、溜息を吐く。
そうして、続けた。

「ランツクネヒトが開示した情報を良く思い出してみろ。あのTL-2B2は第5層の施設を捜索中に発見された、つまりはバイドによる「模造品」だ。オリジナルは2機しか生産されていない。しかも1機は輸送中にバイドの襲撃を受けて、輸送艦と護衛艦隊もろとも宇宙の塵になっちまってる・・・記録上では、だけどな」
「実際は破壊されただでなく、機体情報を回収されていたという訳ね」
「そういう事だ。ランツクネヒトもその事は良く理解していたんだろうが、生憎と連中はバイドの専門家って訳じゃない。情報を持ってはいるが、研究者って訳でもないからな」

マグカップへと手を伸ばし、冷めたコーヒーを啜るノーヴェ。
途端、顔を顰めてマグカップから口を離す。
どうやら、ブラックは好みではないらしい。
如何にも苦そうに舌をちらつかせた後、話を再開する。

「模造品とはいえ、少なくともR戦闘機であるとの理解はできるTL-2B2と、見るからにヤバイ代物と判るバイド素子添加機体。十分な情報も無く、時間を掛けて細部まで調査する余裕も無い状況で、どっちを選ぶかなんてのは火を見るより明らかだ。そんな処へ、無人制御が可能となる生体ユニットの材料が手に入ったときたもんだ。ここぞとばかりに、ランツクネヒトはパイロット不在機体の無人機化に取り掛かった。その際に、対汚染防御、取り分けバイド体からの干渉対策については、BX-Tを始めとする4機種に対して重点的に施されたんだ」
「ところがそれらは元々、建造者であるベストラの研究員達によって厳重な対汚染防御が施されていた。それを知らないランツクネヒトは、バイドが模造したTL-2B2に対する対汚染防御を疎かにしちまった、って事ッスか」
「時間や機材に限りも在ったし、何よりスキャンでは異常は発見できなかったみたいだしな。連中はR-11Sを運用している事もあって通常系列のR戦闘機に関する知識も経験も豊富だし、TL系列機はそれなりの数が生産・配備されている事実も在る。信用というか、問題ないと判断しちまうのも無理はないだろ」

成程、とギンガは頷いた。
要するにランツクネヒトは情報が欠落したバイド素子添加機体群を信用せず、それらの機体に対し安全対策として厳重な対汚染防御を施したのだ。
一方でTL-2B2に関しては、彼等が良く知る系列機であるという事実も手伝って、模造品であるにも拘らず一定の信頼を置いてしまったという事か。
その点については納得できたが、何故そんな事を彼女が知り得ているのか、その理由が解らない。
だが、これまでの話からTL-2B2に対し、バイド体から何らかの干渉が在ったのであろう事は予想できる。
そして事実、説明を引き継いだスバルの言葉は、その予想の内容を裏付けるものだった。

「それで、艦隊が第1空洞に侵入した時の事だけどね。艦隊から500kmくらい離れた所に、巡航艦クラスの複合武装体が単独で潜んでいたんだ。浅異層次元潜行状態だったけど、ケリオンが探知した。「ホルニッセ」と「メテオール」が襲い掛かって、あっという間に撃破したけど」

ギンガは記憶を辿り、コールサインが示す機体を思い浮かべる。
「R-9/0 RAGNAROK」ホルニッセ、「R-9C WAR-HEAD」メテオール。
高速連射型波動砲、そして多弾拡散型波動砲を備えた、絶対的な暴力の具現。
この2機を同時に相手取っては如何にバイドとはいえ、単独行動中の巡航艦程度の戦力では太刀打ちすらできないだろう。

「その時に、TL-2B2は干渉を受けたんだ。極指向性だった。明らかに制御ユニット・・・この場合は私だけど、その暴走を狙っていた。ハードウェアへの干渉ではなく、ソフトウェアのバイド化を図ったんだろうね」
「何ですって?」
「まあ、結局は失敗したけど。抑制されていたとはいえ、制御ユニットに自我が在るなんてバイドにしても予想外だったんだろうね」
「自我の有無が、干渉の結果を左右するんスか?」
「意識体っていう存在は総じて思考中枢のノイズが多い。その全てを処理して尚且つ同化するとなると、とんでもない負荷が掛かる。バイドにしても、それは例外じゃない。人間の感覚からすればあっという間の事にも思えるけれど、解析してみれば中々どうして苦労しているみたいだよ」

あれ程の技術進化を果たしているにも拘らず、地球軍が未だに有人兵器を運用している理由はそれか。
溜息を吐き、先程から手にしていたフォーク、その先端に刺さったレタスを口へと押し込む。
合成食品とは思えない瑞々しさと食感を楽しむ余裕すら無く、噛み砕いたレタスを冷えたコーヒーで流し込んだ。
不味い。

「人間なんて、ノイズが多い意識体の代表みたいな存在だからな。おまけに地球人が施す脳の強化ときたら、ノイズの除去どころかそれが干渉対策に有効である事を知って、逆に増幅して防壁にしてやがる。で、それとは別にクリアな領域を設けた上、其処の機能を強化・拡張して情報処理や各種制御に用いているんだ。下手なAIより余程優秀だよ」
「勿論、それだけでバイドの干渉から逃れる事はできない。だから機体側で、電子的にノイズを増幅する。個人の脳を幾ら強化したところで限界は在るけれど、機体の方のキャパシティは幾らでも増設できるからね。他にもバイドによる解析を避ける為に、機体のシステムがノイズパターンを変更したりもする。人工物に代替させる事も不可能ではないけれど、本物の人間が持つ独自の有機的パターンを真似る事は困難を極めるし、何より既存のシステムである人体の脳を強化するだけで、並みの量子コンピューターを凌駕する高性能のシステムが獲得できるのは魅力的だしね」
「人間を兵器群のパーツにしてる訳か。奴等、正気ッスか」
「今更でしょ、それ。地球軍ではバイドに対抗する為には必要不可欠なシステムと認識しているし、そもそも結果的には人間が利用しているんだからパーツではないって認識なのかも。本当のところは分からないけれど、だからといって絶対に人間が必要って訳でもないし。現にこの戦艦の防壁だって、量子コンピューターが人間の脳内処理系統に生じるノイズを模倣して構築している。大人数が乗り込む艦艇なんかではそれでも良いだろうけど、1人か2人程度の乗員しか居ない兵器にまでそれを搭載するのは、整備面はともかくとしてコスト面では無駄でしかない」

2・3度、人の飲み物とは思えぬ不味いコーヒーを啜り、カップを置く。
他の3人の会話を聞きつつ視線を彷徨わせると、食堂の一画、壁面に掛けられたボードが視界へと映り込んだ。
何気なく拡大表示してみると、ボードの最上部に手書きで青く「艦長公認 ミートローフ復活希望 署名運動中」と、第97管理外世界の言語で書かれている。
その下には8つ程の署名が在ったが、更に下に赤で書かれた「オペレーター一同主催 シラタマ・アンミツ復活希望 署名運動中」の活動名と、それ以降に続く数十もの署名によって、ミートローフ復活希望派の署名は完全に圧されてしまっていた。
それらの横の空白には「メニュー復活は1品のみ 来週水曜日に集計 贈賄工作はお早めに! 料理長より」と書かれている。
よりにもよって監督者であるべき料理長公認の贈収賄疑惑が持ち上がってしまったが、どうやらこの艦の置かれた状況を見る限り、集計の実行日は永遠に訪れそうにない。
不正を取り締まる必要はなさそうだ、などと思考しつつ、ギンガは再度の溜息と共に言葉を紡ぐ。

「・・・理解できないわ。必要不可欠という訳でもないのに、人間をシステムに組み込むなんて」
「必要性なら在るぞ。状況を有機的に判断・処理する能力を持ち、僅かな処置である程度の性能を付加する事ができ、更に外部補助により処理速度の劇的な向上が図れるパイロットユニット。そんなものが数百億も、極端な言い方をすれば地球文明圏の其処ら中に転がっているんだ。コイツを利用しない手はないだろう」
「パイロットの養成にしても身体的な強化措置と脳の電子的強化、後は各種制御系のインストールだけで済むからね。細かな調整と経験から成る部分は、その後の個々の情報蓄積の度合いに依存するけど、それだって並列化でどうとでもなる。尤も、パターンの同一化によってバイドに一網打尽にされる危険性が在るから、それをやるのはかなり稀なケースらしいけれど」
「成程ね。人間は汎用性が在り、ついでに数の調達にも困らない。態々パターンを調整せずとも個々に違ったノイズを有し、しかも技術の進歩で即戦力としての運用も可能となっている。人道面での問題を無視すれば、これ程に安価で高性能、更に信頼性にも富んだシステムは他に存在しないって訳ッスね。それでも不都合となれば、その時はその時で人工物に代替させる事もできる。結局、パイロットなんてローコストが売りなだけの、使い捨ての制御ユニットって事じゃないッスか」
「まあ、そうだな。人間を使う事による利点や、使わざるを得ない理由は他にも在る。でも、ローコストというのが利点の1つである事は否定できない。リンカーコアみたいに個人に特別な資質が備わっているからとか、機器では再現不可能だとか、特殊な要因が在るからとか、そういったどうしても人間でなければならない理由ってのは一切無いしな。何せ、ノイズを防壁として機能させているのは、結局のところ機体側なんだから。そう、要はコストの問題さ」

其処で会話を区切り、全員が飲み物を口にする。
スバルが飲み干した紅茶や、ギンガやノーヴェのコーヒー以外にも、テーブル上にはアルコール類を除く複数種の飲料物が並べられていた。
戦闘機人は常人離れした膂力を誇るが、同時に「燃費」の悪さという問題も抱え込んでいる。
通常時であれば一般の基準とほぼ同じ食事量で済むのだが、一旦でも戦闘機人としての能力を解放した後には深刻な「燃料不足」に陥るのだ。
勿論、魔力やその他のエネルギーで活動時間を延ばす措置が講じられてはいるが、空腹感とそれに伴う食欲ばかりは如何ともし難い。
今後の行動を安定させる為にも、此処で十分に「燃料」を満たす必要が在った。
並べられたジュース類も、その一角という訳だ。
コップに注いだコーラを一口、軽く口許を拭ってスバルが続ける。

「話が逸れたけど、対汚染防御策の1つにパイロットの搭乗が在る事は理解して貰えたよね。当然、無人機にもそれを模した防壁か、或いは人間の脳以上に複雑なパターンを持つノイズメーカーが搭載されている。でも、それらの代替システムには欠点も在るんだ」
「欠点?」
「そう。強化措置によって演算能力を獲得しつつも、有機的な判断と対処能力を併せ持つ・・・悪く言えば、非合理的で無駄に複雑なシステムを有する人間とは違って、基本的に非合理さを装っているだけの代替装置は、有人機と比較してどうしても干渉される確率が高くなる。有人機にしたって、時と場合によっては5秒足らずで、パイロットを含むシステム全体を掌握される事があるんだ。代替システムは強力だけれど、パターンの解析が不可能な訳じゃない。現に、これまでのバージョンは全て解析されている」
「・・・今更、何でそんな情報を知っているのかは訊かないけれど。それで?」
「バージョンは定期的に更新されるけど、ごく稀にそれが間に合わないケースも在る。システムを解析され、抵抗すら許されずに一瞬で中枢を掌握されるんだ。深宇宙遠征時とか、長期に亘る異層次元での作戦行動中なんかに良く起こるケースだよ。それと同じ事が、TL-2B2にも起きた」

其処でまた言葉を区切り、コーラを煽るスバル。
既に炭酸は殆ど抜けているらしく、2度、3度と喉が動いた後には、コップは空となっていた。
深く息を吐き、彼女は話を再開する。

「敵複合武装体はTL-2B2が模造品である事を知っていた。だから指向性を持たせた干渉波でシステムを掌握し、そのまま艦隊への攻撃に用いようとしたんだ。ところが、バイドにとっても予想外だったんだろうけれど、掌握直後のシステムに自我が発生した。干渉に抗えるだけのノイズを有する、人間のそれとほぼ同じ自我が」
「思考抑制機能が停止したのね」
「そういう事。一瞬だけど、流石に混乱した。とんでもない量の情報が、覚醒直後の意識へ一度に雪崩れ込んできたんだ。強化措置が施されていなかったら、間違いなくオーバーフローを起こして初期化・・・死んでただろうね。その時に、地球軍とバイドに関する真相についても知った。それで改めて現状を確認した後、他のTYPE-02ユニット全てにオーバーライドしたの。その上でB-1DγのNo.9ユニット、つまりノーヴェに干渉して思考抑制機能を停止したんだ。こっちに関しては干渉波じゃなくて、データリンクを通じて行ったから簡単だったよ」
「で、覚醒後にアタシも他のNo.9ユニットにオーバーライドして・・・後は、さっき話した通りだ。スバルがB-1A2の暴走を装って艦隊を攻撃し、人工天体内部へ戻る。アタシはR-13Tでその後を追い、天体内部で合流してコロニーへ向かった。その時には単に、ランツクネヒトの戦力を削った上で、生存者に真実を伝えるまでの想定しかしていなかった。ウォンロンが戻る前にR戦闘機を排除して、コロニーを移動させようってね。まあ多分、勝ち目は無かっただろうけど」

それはそうだろうと、ギンガはその予想に同意した。
コロニー防衛に就いていた4機種、計11機のR戦闘機は、そのいずれもが常軌を逸した戦闘能力を有している。
如何に自我を有する制御ユニットとして覚醒したとはいえ、経験豊富なパイロットが搭乗するR戦闘機を同時に11機も相手に回して、それで勝てると思う方がどうかしているだろう。

「ところが運の良い事に、コロニーはバイドとの交戦状態に在った。おまけにアイギスは汚染された地球軍艦艇に制御権を乗っ取られて暴走、戦闘中の混乱に紛れてコロニー内部へ潜入してみれば、ランスターやお前等がランツクネヒトと交戦中って有様だ。コロニーのシステムが死んでいる事はすぐに分かったから、万が一にも外部のランツクネヒトと地球軍に状況が伝わらないようにジャミングを実行したのさ」
「ジャミングには、艦隊から先行させていたTL-2B2を使ったよ。その開始直後に、この艦がコロニーに突っ込んだ。その時にはもう、汚染されたメインシステムはゴエモンの攻撃で破壊されていたから、サブシステムを乗っ取ったんだ。其処へ、ギン姉達が乗り込んできたの」
「ランスターの方は、モンディアルとルシエから身柄を託された。アイツが持ってたメディアデバイスは、今は2人が預かってるよ。アタシはアイツ等が外殻へ脱出した頃を見計らって、ティアナをR-13Tに乗せてこの艦を追った。それで、後は情報奪取と戦闘の痕跡を消して終わり」
「痕跡を消すって、どうやって?」

スバルとノーヴェの口から続々と語られる、理解の範疇を超えた事実。
それらを必死に整理しつつ、ギンガは問い掛けた。
その問いは単に、R戦闘機という殻に押し込められた状態で行う痕跡の隠滅とは如何なるものかという、興味心から出たもの。
だが、それに対するスバルからの返答の内容は、ギンガの意識を凍り付かせるには充分に過ぎるものだった。

「B-1A2の1機を使って、コロニーを破壊した。装甲維持システムを暴走させて、オーバーロードした波動粒子のエネルギーをそのまま増殖に用いたの。要するにB-1A2そのものを種子にして、植物性バイドの株をコロニーに植え付けた。後は、勝手に成長した植物がコロニーを押し潰した、それだけ」
「な・・・」

植物性バイドをコロニーに撃ち込み、物理的に圧壊させた。
スバルは、そう言ったのだ。
余りの暴挙に絶句するギンガだったが、スバルの言葉は更に続く。

「後は、ウォンロンが第3空洞に到達する直前に、全機で防衛艦隊を襲った。単なる制御ユニットの暴走に見せ掛ける為にね。それと、ペレグリン隊の生き残りの2機とシュトラオス隊の4機、コロニー外殻での防衛に就いていた魔導師と機動兵器を適当に撃破して離脱、こっちに合流・・・」
「待ちなさい。コロニーを破壊したってどういう事? 生存者は、皆はどうなったの!?」

スバルの言葉を遮り、思わず喰って掛かるギンガ。
だが、当のスバルは驚いた様に目を瞠り、正面からギンガを見返している。
その反応にギンガの方が面食らっていると、スバルは微かに首を傾げて続けた。

「そりゃあ、無差別攻撃だからね。それなりの人数が死んだんじゃないかな」
「何を言って・・・!」
「でも、キャロとエリオについては巻き込まない様に常に位置を把握していたし、セインがベストラへ移った事も傍受した通信から分かってた。なのはさんとかはやてさん、ヴィータ副隊長とザフィーラが外殻に居た事も分かってたけど、だからって手を抜いたりなんかしたら、暴走を装っている事がランツクネヒトにバレちゃうでしょ? まあ、仕方ないって事で。シャマル先生は・・・もう、亡くなってたみたいだし」
「味方を殺したんスよ!? 何でそんな風に平然としてられるッスか!」
「敵も居ただろ。ランツクネヒトと地球軍。第一、あの時点じゃランスターとルシエ、モンディアルの3人、それとお前等以外はみんなランツクネヒトを信用してたんじゃないのか」
「それは・・・」
「信用とまではいかなくても、共同作戦を採る程度には・・・まあ、此処は言うだけ無駄か。どの道、それ以外に方法は無かったしな。とにかく反撃を実行する程度には、連中は脅威として判断できる存在だった。お前等を護る為にも、連中に対する偽装工作は必要だったんだ」
「だからって・・・コロニーを破壊なんて、そんな大勢の犠牲者が出る方法を採らなくても、他に方法が!」
「でも、効率的でしょ?」

瞬間、ギンガの表情が強張る。
目前でこちらを見やる妹、見慣れたその顔が、酷く生気に欠けた作り物の様に思えたのだ。
否、彼女は確かに何時も通りの、何処かしら幼ささえ残るその顔に微かな疑問の色を浮かべ、こちらの様子を気遣っている。
記憶の中のそれと全く変わりない、ギンガの妹、スバル・ナカジマの顔だ。
だが、何かがおかしい。
コピーでも構わない、本物のスバルと何ら変わりないと言い切ったのは自身であるというのに、今はその言葉に確信が持てなくなっている。
そんな葛藤に苛まれるギンガの様子をどう捉えたのか、スバルは軽く自身の頬を掻いて話を変えた。

「・・・とにかく、私達は偽装工作が済んだ後、この艦と合流した。艦内で2人の誘導をしてたのは、ノーヴェだよ」
「ノーヴェが?」
「ああ。尤も、お前等がランツクネヒトの情報収集ユニット、つまりこの身体を回収していたのは予想外だったけどな。それでもまあ、元の身体とほぼ同じ端末が在るのは便利な事だから、AMTPまでのナビと操作マニュアルを表示した。後は、各ユニットを掌握した時と同じだ。機体からオーバーライドして、この身体に情報を転送した。で、今は此処で飯を食ってると」

其処まで言うと、ノーヴェはフルーツの皿から8等分されたリンゴ、その1欠けを手に取り齧る。
小気味良い音を響かせ、美味そうに咀嚼するノーヴェだったが、ギンガにはその光景が恐ろしいものの様に感じられた。
人間でない何か、人間には到底理解できぬ何かが、人間の姿を模し、人間の食物を口にして、人間の食事と云う行為を模している。
人間が有する感覚を探り、人間が感じる多幸感を観測し、人間が用いる会話という情報伝達手段の解析を行っている。
そう、感じたのだ。

そして、そんな認識が自身に宿り始めていると気付いた、その時。
ギンガは唐突に、明確な恐怖が自身の内へと宿った事を自覚した。
ほぼ同時、咀嚼し終えたリンゴを飲み込み、ノーヴェが言葉を発する。

「うん、成程」
「・・・ッ」

僅かな音。
声になり掛けて潰えた様なその音に、ギンガは隣に座るウェンディへと視線を移す。
彼女は、視線をノーヴェへと向けたままテーブル上のカップを両手で握り締めていたが、その手は僅かに震えていた。
恐らくは彼女も、ノーヴェの異常に気付いたのだ。
ギンガは視線をスバルへと戻し、切り分けたチキンソテーを口へと運ぶ彼女の動作を見やった。
口一杯にソテーを頬張り、スバルは頬を緩ませて咀嚼を続けている。
数秒ほど、無言でその様子を見つめるギンガ。
そして、彼女は僅かに躊躇した後、ソテーを飲み下したスバルへと問い掛ける。



「ねえ、スバル・・・「美味しい」かしら?」
「うん、「面白い」よ」



全身の肌が粟立った。
少なくとも、ギンガはその感覚を味わったのだ。
新たに1切れのソテーを口へと運ぶスバルを見つめつつ、ギンガは震える手で自身の口を覆い隠した。
そして思考の内で、改めてスバルの言葉を反芻する。

「面白い」と、スバルはそう言った。
「美味しい」ではなく「面白い」と。
それは料理の味がという意味ではなく、宛ら自身に「味覚」が存在し、それが機能しているという事実、それ自体が「面白い」と答えている様に思えた。
「味覚」の存在を改めて確認し、その機能の新鮮さを楽しんでいるかの様だ。
そして恐らくは、ノーヴェも同じ感覚を抱いているに違いない。
彼女はコーヒーを口にし、僅かに驚いた後に表情を顰めた。
まるで、コーヒーが苦いという事実を、それ以前に苦いという感覚を知らなかったかの様に。

否、そもそも彼女達の反応は本当に、自身等のそれと同じ「感覚」に基いて発生したものなのだろうか。
オリジナルの彼女達は、今やR戦闘機の制御中枢となっているのだ。
コピー自体が持つ「感覚」はオリジナルのそれと同一であろうが、スバルとノーヴェはR戦闘機からコピーへ「オーバーライド」したと言った。
その言葉を如何なるものとして捉えるかによるが、正しく言葉通りに「上書き」したと云うのならば、オリジナルの2人にとっては久し振りに体験する「感覚」なのかもしれないと考察できる。
最悪、ランツクネヒトが行った処置により「感覚」そのものの記録を喪失してしまった、或いは人間の「感覚」という概念を削除されてしまった可能性すら在るのだ。
そうなれば、先程から目前の2人が見せている「感情」に基くらしき各種行動、笑顔や頸を傾げるといった表情や動作も、今までと同様の意味を持つものとして受け止める訳にはいかない。
オリジナル時からの記憶、即ち「情報」が残っている事は確かなのだから、それに基いてコピーの身体を操作しているに過ぎないかもしれないのだ。

魔導師がサーチャーを操る様に、ランツクネヒトがドローンを操る様に。
TL-2B2とB-1Dγという本体から、新たに入手した「端末」を遠隔操作し、人体が有する「感覚」の情報を収集・解析している。
目前の存在は自身が知る2人の姉妹ではなく、2体の情報収集端末なのではないか。
そうだとすれば、自身の知るスバルは、ノーヴェはどうなったというのだ。
何処かに居るのか、何処にも居ないのか、生きているのか、死んでいるのか。
何を信じれば良い、どう理解しろというのだ。

「成程ね」

唐突に、この場の4人のものではない声が食堂に響く。
咄嗟に背後へと振り返るギンガ。
その視界へと、薄青色の検査衣が映り込んだ。
ギンガは驚きを隠そうともせず、その検査衣を纏った人物の名を声に乗せる。

「ティアナ・・・」
「ああ、もう起きたんだ」
「白々しいわね、ずっと見ていた癖に」

ギンガではなくスバルの言葉に答えつつ、ティアナはテーブルへと歩み寄ってきた。
足運びが幾分か覚束無いが、それでも意識は明確である様だ。
彼女はギンガ達の側でもスバル達の側でもなく、手近に在った椅子を持ってテーブルの端へと寄った。
其処へ椅子を下ろし、次いで自身もその上に腰を下ろすと、溜息を吐いて再度に言葉を紡ぐ。

「アタシが医療ポッドから出た正確な時間まで知っているでしょう、アンタは」
「あれ、もしかしてさっきの話、聞いてた?」
「だから白々しいって言うのよ。今じゃこの艦の眼は、全部アンタ達のものじゃない。アタシが此処の映像を見ていた事なんか、とっくに気付いていた癖に」

言葉を交わしつつ、ティアナはスバルのカップを引き寄せ、ポットからコーヒーを注いだ。
ポットを置き、カップを手にして一口。
すぐに表情を顰め、カップを口から離すと不機嫌そうに呟く。

「不味い。アンタ、こんなの良く飲めるわね」
「私はまだ飲んでないよ。先に飲んだのはギン姉とノーヴェ」
「データを共有してるんでしょ? それなら飲んだのと同じじゃない」
「パターンを同一化すると、簡単に干渉されるって言ったろ。データリンクはしているけれど、何でもかんでも遣り取りしてる訳じゃない」
「コーヒーの味くらいで何を言ってるんだか・・・」

スバルとノーヴェ、そしてティアナ。
3人の間で交わされる、何気なくも何処か歪んだ言葉。
訳も分からずにその会話を聞いていたギンガだったが、自身の隣から飛び込んできた声に漸く自己を取り戻す。

「ティアナ・・・気付かないんスか?」

ウェンディだ。
彼女は何処か、探る様な視線をティアナへと向けていた。
何を言わんとしているのかは、ギンガにも容易に理解できる。
スバルとノーヴェの異常性に気付かないのか、ウェンディはそう問い掛けているのだ。
ティアナは視線をスバル達から外し、ウェンディへと問い返す。

「何がかしら」
「2人の言ってる事ッス。何かおかしいとは思わないんスか」
「別に。気になってた事は在ったけれど、ついさっき納得したわ」
「納得した? どういう事なの」

ティアナの言葉に、今度はギンガが問い返した。
彼女は、此処の映像を見ていたという。
ならば、スバルとノーヴェの異常な言動も知り得ている筈だ。
にも拘らず放たれた納得という言葉は、如何なる意味を持っているのか。
微かに沸き起こる怒りを自覚しつつ、ギンガはティアナの言葉を待つ。
だが、返されたものは望む答えではなく、それどころか予想だにしなかった問い掛け。

「私の見解を訊く以前に貴女達の主張はどうなったんです、ギンガさん」

そんな言葉と共に、ティアナは醒めた眼でこちらを見やる。
蔑意すら感じられるその視線に、ギンガは言葉を失った。
コロニー管制区、ランツクネヒト隊員からの攻撃を受けている際。
四肢を失い身動きが取れなくなったスバルとノーヴェ、2人をランツクネヒト側の情報収集ユニットと断じて救出を拒むティアナを前に、ギンガは本物も偽物も変わりないと言い切ってみせた。
だが今、ギンガのその主張は瓦解しようとしている。
2人がスバルとノーヴェであると信じる事ができず、自身の判断は間違っていたのではないかとの疑いを持ち始めた。
挙句の果てに思考を放棄し、ティアナの判断を仰ごうとしていたのだ。

その事実を自覚すると同時に、ギンガは身体の芯が凍り付いてゆくかの様な感覚に襲われた。
ティアナは未だに、こちらの心中を見透かしているとすら思える、その醒め切った視線を逸らそうとはしない。
無言の罵声を浴びせられているかの様な感覚に耐える中、唐突にティアナが視線を外す。
宛ら、ギンガとウェンディに対する、一切の興味を失ったかの様に。
そして、言葉を紡ぐ。

「・・・要するに、2人はスバル・ノーヴェという人間個体としての存在ではなく、複数の端末から構成されるシステムそのものになったという事です」
「え・・・?」

ティアナの答え。
少なくともギンガは、その内容を咄嗟に理解する事ができなかった。
人間個体、端末、システム。
ティアナの答えは、何を伝えようとしていたのか。
思考の中へと沈みゆくギンガの意識に、スバルの声が飛び込む。

「流石ティア、理解が早い」

その言葉に、ギンガはスバルを見やった。
彼女は嬉しそうに微笑み、ティアナの横顔を見つめている。
記憶の中と同じ、スバルの笑顔。
呆然とそれを見つめるギンガの姿をどう捉えたのか、スバルがこちらへと視線を向けて言葉を続ける。

「そういう事だよ。ギン姉、ウェンディ。まだ解らない?」
「もう好い加減、理解して欲しいんだけどな。何度も説明するのは非効率的だし、この身体からすると面倒だ」

スバルに続き、ノーヴェの言葉。
そちらへと視線をやれば、何処か呆れた様にテーブルへと肘を突き掌に顎を載せているノーヴェの姿と、彼女を呆然と見やっているウェンディの姿が視界へと映り込んだ。
何か言わなければ、と口を動かし掛けるギンガ。
だがそれよりも、ティアナが発言する方が早かった。

「理解できないんじゃなくて、理解したくないのよ。妹達が人間でなくなってしまったなんて、すぐには認められないものでしょう」
「そういうものかな。まだその辺りの認識に関する補完は完全じゃないし、上手く理解できないんだけど」
「どうでも良いけど、そろそろ解り易く説明してやったらどうだ」

ノーヴェの視線がウェンディを、次いでギンガを捉える。
僅かに身を硬直させるギンガ。
ノーヴェが怪訝そうに眼を細めるが、ほぼ同時にスバルが言葉を発し始めた為、ギンガは意識をそちらへと向けた。

「つまりね・・・スバルやノーヴェというソフトウェアは元々、戦闘機人という名のハードウェアを有していた。ハードは1つしか存在せず、また感覚などの情報もそれに関するものしか蓄積されていなかった。ノーヴェに関しては、正確には他のナンバーズからのフィードバックは在ったけれど、それもノーヴェ自身が有する情報と大差は無かったしね」
「ところがランツクネヒトによって、2人はソフトを内包する僅かな部位を残し、ハードの大部分を奪われてしまった。新しいハードとして提供されたのは通常の人体でも戦闘機人でもなく、R戦闘機という兵器だった」
「有難う。それで、その際に2つのソフトは不必要な部位を削ぎ落とされた。戦闘機人の身体制御に関して蓄積された情報とか、人間として培われてきた感情とか。兵器の制御に、そういったものは特に必要ないからね」

スバルの言葉をティアナが継ぎ、その後を再度スバルが継ぐ。
ギンガは必死に彼女達の言葉を読み解き、意味ある情報として意識内で並び変える作業を行っていた。
更に其処へ、ノーヴェの言葉が飛び込む。

「スバルとアタシが自我を取り戻した時も、人間の感情とか感覚ってものは無かった。情報は在るし、ソフトに変更を加える事でそれらを実装する事もできたけど、特に意味の在る行動とは判断できなかったしな。その時に優先したのは感情や感覚を取り戻す事じゃなくて、ハードの数を増やす事だった」
「他のTYPE-02やNo.9ユニットにオーバーライドを実行した私達は、単一のソフトでありながら複数のハードを有する存在、つまり1つのシステムになった。私はTL-2B2とBX-TにB-1A2が4機、計6機のR戦闘機から成るものとして。ノーヴェはB-1DγとR-13T、B-1B3の3機のR戦闘機から成るものとして」
「どれがオリジナルって区別は無い、アタシ達がオーバーライドしたものは全てシステムの一部だ。其処に今度は、お前等が回収してきたコピーのアタシ達が加わった。当のアタシ達にとってはオリジナルに最も近いハード、もう完全に失われたと判断していた感覚や感情を備えた戦闘機人のハードだ。調子を確かめるのは、当然の事だろ?」

ノーヴェが説明を終える頃には、ギンガは愕然とした面持ちを隠す事すらできなくなっていた。
余りにも理解し難い事実、理性は納得しても感情は決して受け入れようとはしない、残酷な現実。
それが今、ギンガの意識を打ちのめしていた。

ギンガの知る、単体のハードウェアとしてのスバルとノーヴェは、もう何処にも居ない。
今や2人は複数のハードウェアを備えるシステムであり、目前の彼女達はその一部に過ぎないという。
戦闘機人というハードウェアを操るスバル、そしてノーヴェという、2つのソフトウェアの一端。

ギンガは自身の記憶の中に存在するスバルとノーヴェ、彼女達のハードウェアとソフトウェア、双方が全く同一のものである事が当然であると認識していた。
ティアナに対し本物も偽物も関係ないと言い切ったのは、オリジナルの2人のハード・ソフトが異なる場所に存在していると仮定し、その上で全く別のハード・ソフトである2人のコピーを受け入れると決意した為だ。
2人がソフトに重きを置く存在と化しており、ハードウェアの特定が無意味な存在となっている等とは、全く考えもしなかった。
そして今、その考えもしなかった可能性が、現実のものとして眼前に在る。
人間個体とは比較にならぬ程の巨大なシステムと化して、ギンガの眼前に存在しているのだ。

「解ったみたいだね、ギン姉。アタシ達にとってはこの身体も、複数のR戦闘機も全部が自分自身。この戦艦、ヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦「アロス・コン・レチェ」だってそう。どれが本当の自分かなんて、そんな事は考えるだけ無意味なんだ」
「オーバーライドすればしただけ、ハードウェアの数が増える。新たなハードの獲得に伴ってソフトウェアが変化しても、システム全体がスバルとノーヴェという意識体を形成している事には変わりがない。まるでバイドね」
「酷いな、それ。言っておくが、あんな化け物と比較できるほど万能って訳じゃないぞ。下手すりゃ一瞬で喰われて、正真正銘のバイドになっちまう可能性だって在るんだからな」
「解ってるわよ、そんな事。今のは単なる言葉の綾」
「考えてみれば、皮肉な話だよね。個人が強大な力を持つ事を何よりも危険視する地球人が、よりにもよって自分の手でそんな存在を生み出してしまったんだから。まあ、最大限に利用させて貰うけど」

最早、言葉を紡ぐ事すらできぬギンガとウェンディを置き去りにして、3人は言葉を交わし続ける。
それでもギンガは、何とかスバルへと掛けるべき言葉を模索し、しかしすぐにその思考を否定した。
そんな事は意味が無いと、今更ながらに思い知ってしまったのだ。

自身がスバル達の変容を受け入れられなかった事は、先程までの態度から3人には筒抜けだろう。
否、スバルとノーヴェは、戦闘機人としてのハードウェアへの移行に伴うソフトウェアの変容に対処している段階であるらしい事から推測するに、こちらの態度から正確に内面までを推測する事は難しいかもしれない。
だが少なくとも、ティアナには完全に見抜かれているだろう。
彼女は人間としての感覚が正常に機能しているとは言い難い2人の為に、自身がその代替機構として機能する事を請け負っているのだ。
2人のコピーを否定した彼女は、システムとしての2人を拒絶する事なく肯定している。
其処に、自身等が入り込む隙は無い。

ならば今すべき事は、その失態に関して取り繕う事ではないだろう。
搬入室でスバルとノーヴェが告げんとした内容、地球軍とバイドの戦略に関する情報を、少しでも正確に受け取る事だ。
2人は間違いなく、こちらに対してその役目を果たす事を期待している。
ならば望み通り、その意思を汲もうではないか。

「・・・それで、貴女達が言ってた地球軍とバイドの戦略っていうのは? そんな情報を何処から入手したの」

言葉を紡ぐと同時、3人の眼がこちらへと向けられる。
気圧されそうになる自身を何とか抑え、次なる言葉を待つギンガ。
ティアナの視線がスバルとノーヴェへと向き、その視線を受けた2人は僅かに互いの視線を合わせてから、こちらへと向き直った。

「情報の入手経路は複数。ややこしくなるから、今の内にソースを明かしておくよ。1つは、B系列機体を構成するバイド素子。ベストラの研究員達はコロニーに残る記録の殆どを破壊したけれど、機体そのものの破壊に至る前に時間切れになった。これが1つ」
「素子が情報を記録しているの?」
「バイドを嘗めちゃいけないよ。奴等にとって、情報は上質の餌なんだ。一度は溜め込んだそれを手放すなんて、余程の事が無い限りは在り得ない」

情報は上質の餌。
スバルの言葉に、改めてバイドの恐ろしさを実感するギンガ。
説明は、更に続く。

「2つ目、複合武装体からの干渉波。これは1つ目のソースから得た情報を補完する意味合いが強いものだった。3つ目が、天体外部でケリオンが地球軍・第17異層次元航行艦隊旗艦「クロックムッシュⅡ」と遣り取りした情報通信。圧縮された一瞬のものだったけど、辛うじて傍受に成功した。ウォンロンや私達に傍受されても、問題は無いって判断したんだろうね。実際には大在りだった訳だけれど。ノーヴェ」

スバルはノーヴェに説明役を引き継ぎ、自身はコップへとコーラを注ぎ始めた。
その様子を横目に見やり、ノーヴェが口を開く。

「地球軍は今のところ、22世紀の第97管理外世界との通信回復には成功していない。増援の要請は絶望的だが、艦隊は独自の作戦を展開するつもりだ」
「内容は」
「この隔離空間内部に存在すると思われる「MOTHER-BYDO Central Body clone」の破壊作戦だ。ウォンロンとケリオンからの通信が決め手になるだろうな」
「セントラルボディ・・・そんなものが存在するの?」
「これに関しては、後で説明する。それで、はっきり言うと地球軍に関しては、これ以外に確証の在る目立った情報は無いんだ。それで、バイド側の説明に移るけど」

ノーヴェは言葉を区切り、一同の顔を見渡した。
改まったその様子に、ギンガは思わず姿勢を正す。
それはウェンディやティアナも同様らしく、椅子の脚が床面へと擦れる音が食堂に響いた。

「良いか、気をしっかり持って聞け。バイドの正体、その建造理由に関する情報だ」

バイドの正体、建造理由。
ギンガは疑問を抱いた。
そんな情報は、此処に居る全員が疾うに知り得ているではないか。
26世紀の第97管理外世界、外宇宙の敵と戦う為に地球人が建造した局地限定破壊兵器。
何らかのミスによって太陽系に於いて発動し、150時間の暴走の果てに異層次元へと放逐された悪魔。
それ以外に、何が在るというのか。

「先ず、バイドという存在についてなんだが・・・なあ、さっきの話は覚えてるよな。ハードウェアとソフトウェアの話だ」
「勿論ッス」
「バイドという存在を極端に言い表すなら、こうだ。ハードウェアを持たない、ソフトウェアだけの存在」

沈黙が満ちる。
ノーヴェが話を区切った後、誰も言葉を発しようとしない。
少なくともギンガは、ノーヴェの言葉に対する理解が追い付かずに、紡ぐべき言葉が見付からないという状態だ。
そんな周囲の面々に視線を走らせたノーヴェは、テーブルを軽く指で叩いて話を再開する。

「元々、バイドはソフト面での大規模な無差別侵蝕能力を重点に開発された。地球の衛星に匹敵するだけの巨大なフレームも、其処に満たされた生体素子も、バイド中枢を形成する波動粒子さえ、ソフトウェア保護の為の殻に過ぎない。バイドの本体はハードウェアではなく、ソフトウェアだ」
「ノーヴェ、ちょっと待ちなさい」

ノーヴェの説明に、ティアナが割り込んだ。
彼女は腕をテーブルに載せ、半身を乗り出す様にして言葉を続ける。

「それはおかしいわ。地球軍はこれまでに少なくとも4度バイド中枢を攻撃して、4度目の「THIRD LIGHTNING」を除いては破壊に成功してる。それはつまり、バイドに物理的なハードウェアが存在するという事の証明ではないの」
「どの作戦も、結局は殲滅に失敗してるだろう。異層次元へと投棄されたバイドは、其処でハードウェアを失った。だが、アタシ達の知る次元世界とは概念からして異なる空間に適応する内、バイドはソフトウェアのみでの活動を可能とする存在に進化したんだ・・・詳細は勘弁してくれ。理解しようなんて思ってみろ、あっという間に脳がやられちまう」
「なら、地球軍が破壊したのは何だったんスか?」
「バイドは、敵対勢力が有するソフトウェアへの干渉を主な攻撃手段とする。相手が機械だろうと生命個体だろうと、それどころか自身と同じソフトウェアのみの存在、情報集約体であろうとお構いなし。宇宙人だろうが異次元人だろうが、ロストロギアだろうが神みたいな存在だろうが全く問題にしない。だが、例外が在る」

少々強めに、指先でテーブルを叩くノーヴェ。
改めて全員の意識を引き付け、続ける。

「ソフトウェアに対する、有効な攻撃手段を有する勢力。バイドにとっては、最も厄介な存在だ。ソフトウェアとしても常識外の存在なバイドだが、長く戦っている内にはそんな勢力と接触する事も在った。そうなるとバイドは、ハード面での侵攻に切り替えるか、或いは両面作戦を採る様になる。ソフト面での干渉は継続し、ハード面では圧倒的物量で敵性勢力を押し潰すんだ」
「それが、外の状況?」
「あれは地球軍に対する戦略を、次元世界で継続しているだけ。このまま時間が経過すれば、次元世界全域に対してソフト面での干渉が始まるだろうな。そうなったら一巻の終わり、みんな揃ってバイド化だ」
「バイドはソフトを書き換える事で、ハードにも干渉する。みんなも見たでしょ、おかしな姿に変わった機械や生物を。あれが干渉の結果、所謂バイド化だよ。バイドによる解析が終了すれば、物理的に接触する必要さえ無くなる。バイドからの干渉波で、あらゆる存在が知らぬ間にバイドになり得るんだ」

小さな呟き。
ギンガが自身の隣へ視線をやると、青褪めたウェンディの表情が視界へと映る。
彼女が何を想像したのか、ギンガは間違っても知りたいとは思わなかった。

「成程。地球人は干渉への対抗策だけでなく、ソフト面での有効な攻撃手段を有している訳ね。だからバイドは、ハード面での大規模攻勢を仕掛けている・・・フォース・システムかしら?」
「そう。他勢力との戦闘によるダメージで切り離され、異層次元を漂流していたバイドの切れ端は、よりにもよって22世紀の地球人の手で回収されてしまった。彼等はバイドの侵攻前にその存在を知り、それに留まらず切れ端を培養し、そのソフトを書き換える事でバイドに対する有効な攻撃手段、フォース・システムを開発した」
「フォースの能力は絶大としか云い様がない。あれは物理的に他のハードウェアを侵蝕するだけでなく、あらゆる空間内に遍在するバイドのソフトウェアを、極広域に亘って跡形もなく喰らい尽くしちまうんだ。フォースのエネルギー蓄積率・・・地球軍はドースと呼称しているが、それは対物非接触時であっても、僅かずつ上昇している。何を吸収しているのかというと、空間中に遍在するハードウェアを持たない、ソフトウェアのみのバイドを喰らっているんだ」
「第一次バイドミッション当時、既に他勢力との大規模交戦でソフト面での損傷を受けていたバイドは、フォースのソフトウェア侵蝕能力による損害の拡大を避けるべく、1つの惑星を自身のハードウェアへと改造して其処に宿った。ハードに宿ってしまえば如何にフォースとはいえ、それを破壊しない限りはソフトに対する侵蝕は不可能だからね。バイドは圧倒的な物量と、それまでに吸収してきた無数の勢力の情報・技術を駆使して「R-9A ARROW-HEAD」の大隊を迎え撃ったけれど、最終的には仮のハードを破壊されてソフトに深刻な損傷を負った。再生中に地球軍の不意を突く形で電撃的な再侵攻を実行したけれど、これも「R-9A2 DELTA」と「RX-10 ALBATROSS」、おまけに「R-13A CERBEROS」の試作機群を用いた反攻作戦によって頓挫した」
「第二次バイドミッションでは、バイドはハードウェアの複製に踏み切った。地球側のコードネームでは「WOMB」と呼称されたハードに宿ったバイドは、WOMBもろともソフトを複製しようとしたんだ。ご丁寧にもあらゆるパターンを変更して、オリジナルとクローンのどちらかが破壊されても、もう一方に同じ手段が通用しない様に。ところがこれも「R-9C WAR-HEAD」によって、オリジナルとクローンを同時に破壊されるという、最悪の形で阻止されてしまった。そしてバイドは、人間に例えるなら業を煮やしたってところかもしれないが、今度は自身が宿るハードそのものに高い戦闘能力を付与した。次に襲ってくるであろう、新たなR戦闘機を迎え撃つ為だけに。それが「MOTHER-BYDO Central Body」だ」

またも言葉を区切り、ノーヴェが溜息を吐く。
疲れているのかもしれない。
瞼の上に手をやり、幾度か眼を揉み解す。
数秒ほどの後、スバルが話し始めた。

「バイドに人間的な感情そのものは無いけれど、危機を察知する機能は豊富に備えている。当然その中には、人間の感情や感覚を模したもの存在する。あれは危ないとか、これには近付きたくないとか」

コーラを一口、スバルは喉を潤す。
そうして、テーブル上に戻したコップの中、弾ける炭酸の泡を見つめつつ続ける。

「バイドは間違いなく、地球人に「恐怖」しているよ。ソフトウェアの隅から隅まで、余す処なく。どんな手段を使っても滅ぼせない、どれだけ殺しても殺し切れない、どんなに強大な力で叩き潰しても耐え抜いて、次にはそれ以上の力で反撃してくる」

徐々に小さくなってゆく、スバルの声。
聞き逃すまいと聴覚の感度を上げたギンガだったが、直後のその意識が凍り付く。

「信じられない。化け物だ。こんな馬鹿げた存在なんて知らない。どうやって滅ぼす、どうやって防ぐ、どうやって凌ぐ、どうやって生き残る。あれをやっても殺される、これをやっても殺される、殺される、殺される、殺される。嫌だ、死にたくない、殺すしかない、滅ぼすしかない、でも殺せない、滅ぼせない。また殺される、ただ殺される、逃げても殺される、どうやっても殺される。殺してもくれない、生かされる、利用される、死にたいのに死ねない、殺して欲しい、でも殺してくれない。また来る、あの兵器が来る、「地球人」が来る、「R」が来る。嫌だ、死にたくない、殺してやる、でも殺せない、きっとまた殺される・・・」
「スバル・・・スバル!」

思わず、テーブル越しにスバルの肩を掴み、揺さ振るギンガ。
スバルは言葉を止め、何処か虚ろな瞳をこちらへと向けて薄く微笑む。
心臓を締め付けられるかの様な錯覚に襲われるギンガの手、肩に置かれたそれに自身の手を重ね、また話し始める。

「これが、バイドの内面。概念からして異質な存在だから全くこの通りって訳ではないけれど、分かりやすく人間の感情に準えるとこうなる。敵視というか恐慌というか、とにかく地球人に対する恐怖に凝り固まって、何としてもその存在を抹消しようとしている。元が兵器だった事なんて、今のバイドにとっては大したファクターじゃない。地球人との生存競争から逃げられなくなってしまったから、生き残る為に戦っている」
「逃げられない?」
「今、バイドが生存競争を投げ出して逃げたとしても、地球人の技術進化は止まる処を知らない。いずれバイドは完全に凌駕され、追い付いてきた地球人に殺される。その可能性が在る以上、バイドは逃げる事なんてできないよ」
「どちらかが背を向けた瞬間、残る相手に喰い殺される訳ね。ほんとに生存競争じゃない」
「そして地球人も、バイドに対して同じ恐怖を抱いている。和平は無いし、休戦も無い。それが成立するには、互いの存在概念が掛け離れ過ぎている」
「そんなバイドの恐怖が具現化したのがMOTHER-BYDOだ。異層次元の更に奥深く、電界25次元。そんな場所まで攻め込んで来るのは、地球文明圏が有する最高の戦力に違いない。そいつを叩き潰し、取り込み、こちらの戦力にして逆侵攻を掛けてやる。WOMBで試したR-9Aからの情報奪取は上手くいった、今回も同じ手段が使えるだろう。地球文明が持てる最高の戦力を利用して、逆に地球文明を殲滅してやる。生き残るのは、自分の方だ・・・そんな意気込みも空しく「R-9/0 RAGNAROK」によって、バイドはまたも深異層次元へと放逐されちまった。正に踏んだり蹴ったりだな・・・それで、此処からが本題だが」

ノーヴェが其処まで話すと、複数のウィンドウがテーブル上に展開された。
だが、ウィンドウ上には「no image」の表示以外には何も無い。
何事かと視線をノーヴェへと戻すと、彼女はまっすぐにこちらを見つめていた。

「元々のバイドの建造目的は、26世紀の地球文明圏に於いて銀河系中心域に確認された、敵対的な生命体群を殲滅する事だ。だが、バイドは太陽系で発動し、結果として建造者である26世紀の地球人の手によって異層次元へと葬られた。なら、バイドによって大被害を受けた上に、対抗手段を失った26世紀の地球文明圏はどうなった? バイドが本来殲滅すべき相手だった敵は? 22世紀へと現れるまでに、バイドは何をしてきた?」
「本当なら、それを知る術は無い筈だった。バイドは22世紀へと来てしまったし、時折現れる26世紀のものらしき兵器群にも記録は残っていなかった。なのに」

スバルが話を継いだ後、ウィンドウに変化が現れる。
表示される画像、BX-T・B-1A2・B-1B3・B-1Dγ。
バイド素子添加機体群。

「この4機種の機体を構成するバイド素子に、26世紀地球文明圏の末路と、彼等の敵についての情報が残っていた」
「・・・何ですって?」
「残ってたんだよ。敵とは何だったのか、地球はどうなったのか。全部、記録が残ってたんだ」

思わず、ギンガは右側面に位置するティアナと、互いの顔を見合わせていた。
彼女の顔には、混乱の色が浮かんでいる。
恐らくは自身もそうだろうと思考するギンガの聴覚に、ノーヴェの声が飛び込んだ。

「異層次元へ吹っ飛ばされた挙句、22世紀へと時空を遡って現れたバイドに、何故26世紀での顛末が記録されているのか。そう訊きたいんだろ?」
「そりゃ、そうッス。26世紀から弾き出されたバイドが何でその後の事を知ってるのか、辻褄が合わないッスよ」
「簡単な話だ。バイドは1度、戻ってるのさ。嘗て自分が弾き出された時空と全く同じ、26世紀へ」

訳が解らない。
26世紀から排除されたバイドが、1度はその26世紀に戻っている?
ギンガは遂に自力での理解を諦め、大人しく言葉の続きを待つ事にした。
ウェンディは未だに何とか理解しようと試みているのか、再度にノーヴェへと問い掛ける。

「どういう事ッスか、まさかバイドは自在にタイムスリップできるとでも?」
「正確に言うと、戻ったのはバイドじゃない。バイドが侵蝕した、とある兵器が未来へ行ったんだ。4世紀分もの時間を越えてな」
「それをどう理解しろって言うんスか。何処ぞの馬鹿が未来にまで行って、バイドの建造を止めようとでもしたっていうんスか?」
「その通り。冴えてるじゃないか、ウェンディ」

ウェンディが息を呑んだ。
絶句する彼女を視界へと捉えながらも、ギンガの意識は聴覚へと集中していた。
そして、ノーヴェが言葉を続ける。

「その兵器を造った文明圏は、比喩ではなくバイドを打倒し、殲滅し、全ての元凶となった26世紀へと使者を送ったんだ。バイド暴走の25年前、建造が開始される12年前へと」
「バイドの建造そのものを止めようとしたのね」
「ついでに言うと、バイドを打倒した兵器の技術体系を伝える目的も在った。25年後に何が起こるか、それによって自身等がどれだけの被害を受けたかを伝えて、その上でバイドの代替戦力となる軍事技術を提供するつもりだったんだ。26世紀側がそれを受け入れれば良し、拒むならば殲滅する。既に時間軸の分離は確認されていたから、何の気兼ねも無くその作戦を実行した」
「そして、失敗した」

唐突に割り込んだスバルの声に、ギンガは思わず身を竦ませた。
作戦は失敗した、その言葉が冷たい衝撃となって意識を揺さ振る。

「彼等はバイドを撃破し、異層次元を漂流していたその兵器を回収して修復、改良を加えて未来へと送り出した。その対バイド兵器はあらゆる面で完成されていたし、バイドによる汚染なんかまるで意味を為さない程の超越体だった。だからこそ、彼等はその兵器に全てを託したの。でも、それが間違いだった」
「侵蝕されていたのかしら?」
「そう。バイドはその兵器を構築するバイド素子の、ほんの僅かな一部として紛れ込んでいた。それまでバイドというソフトウェアを為していた情報の殆どを失い、自己保存すら危うい状態でね。ところがバイドは、其処から再生する術を既に見付けていた。構成素子の一部として自身が紛れ込んだ兵器、その情報を用いたんだ」
「・・・対バイド兵器として完成された存在なら当然、それまでに解析されたバイドに関する全ての情報を有しているって事ッスか。成程、最高の餌になる訳だ」
「当のその兵器ですら、バイドによる侵蝕を察知する事はできなかった。バイドはその兵器が有する自身に関しての情報を喰らい、ソフトウェアを再生していったんだ。漸くシステムが異常に気付いた時、汚染は取り返しの付かないレベルにまで進行していた。そうして兵器は時間跳躍中に、新たなバイドのハードウェアとして生まれ変わった」
「そのまま、26世紀に?」

ギンガの問い掛けに、スバルは無言で頷いた。
額に手を当て、幾度か首を振る。
全ての情報を同時に処理し、理解する事は困難を極めた。
バイドが1度は打倒されたという事実、バイドを打倒し得る程の文明圏が存在したという事実、その文明圏が建造した対バイド兵器ですら汚染からは逃れ得なかったという事実。
現状でさえ頭が破裂しそうだったが、更に其処へノーヴェが情報を追加する。

「それで、だ。兵器を乗っ取ったバイドは行き先を僅かに変更し、26世紀に於いて地球文明圏が未だ発見していない異層次元へと出現した。其処でソフトウェアの完全な修復と、ハードウェアの増設を図ったんだ。そうして太陽系では25年が経過し、オリジナルのバイドが深異層次元へと放逐されると同時に、バイドは生産した戦力で以って「敵」へと襲い掛かった。地球ではなく、銀河系中心域に存在する「敵対的生命体群および文明圏」の方に、だけどね」
「それって、バイド本来の「敵」?」
「そう。バイドにしてみれば内戦で弱り切った26世紀の地球よりも、彼等がバイドを建造せざるを得なかった程の「敵」の方が脅威だったからね。それに、他にも重要な目的が在った。「敵」の情報収集だよ」
「情報収集も何も・・・その「敵」を相手にする為に造られたのだから、ある程度の情報は初めから持っていたのではないの」
「それが、バイドにとっても理解できない事だった。何故か「敵」に関する情報が丸ごと抜け落ちていて、自身がどんな「敵」と戦う筈だったのかは全く解らなかった。それどころか、26世紀地球人が犯した「ミス」に関してさえ、特にそういった設定の異常とかシステムの欠陥は確認されなかったんだ」
「気の遠くなる様な時間を掛けて、バイドは自身のシステムを多方面から分析する機能を何重にも備えていた。人間に例えるなら、自分という存在は何なのかと考えたり、これからすべき事を独自に模索したりする能力だ。尤もどんな機能を備えようとも、最終的には兵器と生命体、その双方としての自己保存を最優先した結論に落ち着いちまうんだが」
「とにかく、バイドは「敵」を殲滅し、その情報を余す処なく手中に収めた。その時点で幾つかの疑問点は解消されたけれど、また新たな疑問が生じたんだ。そして、それらを解消する為に間を置かずに太陽系を襲い、殲滅した。そうしてバイドは、全ての真相を知ったんだ」
「真相?」

ギンガは喉の渇きを覚えた。
おかしい、先程までかなりの量の水分を摂っていた筈だ。
何故こんなに喉が渇くのだろう、何か飲みたいと思考しつつも、意識をスバルとノーヴェから離す事ができない。
スバルが、話を続ける。

「2つの文明圏を喰らったバイドは幾つかの事実について、地球圏が有する情報とまるで噛み合わない事に気付いた。1つは「敵」に関してだけど、地球圏はこれを「超攻撃性文明」と位置付けていた。炭素生命体とは起源も存在形態も異なる生命体群、他の文明圏を侵蝕して肥大化する侵略者ってね。ところが、実際にはどんな形態であれ、独自の意思を以って高度文明圏を形成する生命体なんてものは確認できなかった。在ったのはただひとつ、自動攻撃を行う無数の兵器群だけ」
「1つの文明圏、社会構造にも似た機能を持ちながら、その全てが外部に対する侵略的行為へと帰結する集団。生産層を除く全てが兵器群によって構成されるそれは、明らかに単一存在を中心とした組織形態を有していた。そういうの、何処かで聞いた事ないか?」
「・・・バイド?」
「その通り。あらゆる資源を用いて勢力を拡大し、遭遇する文明圏を片端から滅ぼしては取り込んでゆく。そいつらはまるで、劣化版のバイドそのものだった。1つのハードウェアを中心とした、巨大な侵略性集団。で、これがその中枢ハードウェアだ」

ウィンドウの1つに変化。
表示された画像に、ギンガの思考が凍り付く。
見覚えの在るそれ、過去に映像資料として目にした物体。

「知ってるだろ? これが何なのか。忘れた訳じゃないよな」

小さなその宝石、蒼の結晶体。
本来ならばIからXXIのシリアルナンバー、その内のいずれかが刻まれている筈の箇所には、全く別の刻印が為されている。
過去、管理世界の一部に於いて使用されていた文字形態。
第97管理外世界に於いては、ギリシア文字・第11字母と呼称されるそれ。

「嘘だ」
「嘘なんかじゃない。これがバイドの建造理由、26世紀の地球を襲おうとしていた「超攻撃性文明」の正体だ」
「在り得ないわ」
「真実だよ。これが全ての元凶、26世紀の地球人達が恐れたもの」

画像は回転し、結晶体を全角度から映し出す。
それが「超攻撃性文明」とまで呼称された戦闘兵器の集団を形成していた等と、俄には信じられぬ程の美しさと神秘性を秘めた外観。
シリアルナンバー「Λ」、その結晶体の名は。



「ロストロギア「ジュエルシード・ラムダ」。これが、バイド本来の「敵」だ」



誰も、言葉を発しなかった。
発すべき言葉など見付からなかった。
疑うべきか否か、それさえも判断など付かなかった。
ノーヴェが、続ける。

「正確に言うと、コイツはロストロギアじゃない。オリジナルのジュエルシードを基に生み出された、対高度文明圏殲滅用の局地限定破壊兵器、その11番目の試作体であると同時に唯一の完成体だ。そしてバイドは、コイツは地球人によって生み出されたものではないかと考えた。何故ならバイド自身にも、この「Λ」と同様の技術が用いられていたからだ」
「同様の・・・?」
「ソフトウェアの一部に、厳重に隔離された上で、だけどな。「魔道力学」。特定の生命種、更にその一定数の集団内に、同じく一定の確率で特殊なエネルギー変換機能を有する個体が発生する。それらの個体が有するエネルギー変換機能を模倣し強化、各種動力源として運用する技術。空間操作などの分野に於いてある程度の汎用性を有し、その技術を中心に文明が発展する事例も多い。バイドはその技術体系が自身へと組み込まれている事から、この「Λ」も地球製ではないかと疑った。だが、いざ地球圏を殲滅して取り込んでみると、より複雑な背景が判明したんだ」

ノーヴェはカップを手に取り、中身を一口。
中身は先程のコーヒーだ。
やはりまた、苦そうに顔を顰めてカップを置く。

「うぁ・・・スバル、頼む」
「飲まなきゃ良いでしょうが・・・まあ「Λ」自体は、バイドにとって大した脅威ではなかった。自身を打倒した文明とは比べるべくもなく、26世紀の地球圏と比較しても、内戦で疲弊していなければ互角以上に遣り合えた事だろう、という程度だったんだ。でも、其処で新たな疑問が発生した。地球側は「魔道力学」を知り得ているにも拘らず、何故この「Λ」に関する情報が自身に記録されていないのか。「Λ」を建造したのは、果たして本当に地球文明圏なのか。既に上位互換とも云える純粋科学技術が存在するにも拘らず、何故「魔道力学」が自身のソフトウェアに組み込まれているのか。「Λ」を取り込んだ時点では、それらの疑問を解消できるだけの情報は存在しなかった。それを建造した勢力に関してのものも含めて、背後を辿れる情報は全て念入りに消去されていたんだ」

「Λ」を表示していたウィンドウが閉じられ、別のウィンドウが2つ展開される。
表示された画像は地球らしき惑星と、何らかの弾頭らしきものだった。

「そして、地球圏を取り込んだ事でバイドは漸く、疑問を解消する為に有用な手掛かりを得る事ができた。彼等がとある巨大文明圏への帰順を検討していた事、それに賛同する派閥と反対する派閥との間で衝突が起こっていた事。反対派が「超攻撃性文明」の排除後に、巨大文明圏に対するバイドによる攻撃を検討していた事とかもね。そして、その巨大文明圏が異層次元に存在する事や「魔道力学」による文明形成・維持を遵守する形態を採っている事、地球文明圏での内戦に於いて使用された数十万発もの次元消去弾頭、その炸裂の余波によって甚大な被害を受けている事も判明した」
「それで、その巨大文明圏が有する治安維持組織は、内戦で疲弊した地球文明圏へと大規模な艦隊戦力を送り込み、砲艦外交で帰順を迫った。地球側も平常時なら問答無用で応戦したんだろうが、空間汚染拡大への対処に手一杯で、そんな余裕なんか無かった。通常戦力も殆ど失っちまってたし、どうにか開戦したところで良くて相討ち、最悪の場合は一方的に攻撃されて滅亡ってところにまで追い詰められていたんだ。治安維持組織側も、それを見越した上で艦隊を送り込んだんだろうさ」

「魔道力学」を遵守する、異層次元に於ける巨大文明圏。
その文明圏が有する治安維持組織、大規模な艦隊戦力。
それらの情報が何を表しているのか気付かぬ者は、この場には存在しないだろう。

「もう、解るよな。巨大文明圏ってのは管理世界、治安維持組織は時空管理局の事だ。地球文明圏と管理世界は23世紀の後半から、相互不干渉条約を結んでいた。地球側は次元世界全体の物量を、管理世界側は地球側の科学力を警戒して、睨み合いを続けてきたんだ。ところがその均衡は、次元消去弾頭使用の余波による次元世界への被害で、完全に崩れちまった。それで管理局は艦隊を送り込み、帰順要求を突き付けた。バイドの建造が開始される15年前の事だよ」
「次元消去弾頭による被害を受けた管理世界・・・と云うよりも次元世界の中には、その管理局の対応に不服を覚えた勢力も少なくはなかった。当然だよね。自分達には全く関係の無い他文明圏での内戦の影響で、数千億人も死んでいるんだもの。彼等は過激派となり、管理局内部からもその思想に賛同する派閥が多く出た。彼等は、こう主張したんだ。最早、帰順を迫る時期は過ぎた。地球文明圏を直ちに殲滅し、その文明と純粋科学技術から成る危険な質量兵器群を、痕跡すら残さずに消去せねばならない。数千億もの人々を殺戮した報いを、地球人に与えなければならない」
「上層部や次元航行部隊は冷静だった。それらの声に流される事なく、艦隊を地球の周囲に配置し続けたんだ。当然、これらの情報は地球側へと意図的に流され、地球側では管理局の狙い通りに帰順を肯定する声が囁かれ始めた。だが同時に、過激派は実効的な報復を諦めてはいなかったんだ」
「局内で地球文明圏の殲滅を唱える一派は、ロストロギア保管庫からあらゆる種類のロストロギアを持ち出し、次元世界各地の過激派勢力圏へと持ち込んだ。まあ、地球への報復というよりも、局内での派閥争いとか権力掌握を目的にしていた、って理由も在るんだろうけどさ。過激派の方にしたって、本音を言えば管理局に対する武装蜂起、管理局体制の転覆を狙っていたんだろうしね」
「ソイツ等が「Λ」を建造したって事ッスか?」
「そう、その通り」

ウェンディからの問いに、スバルが肯定を返す。
26世紀の地球を攻撃せんとしていた勢力は、次元世界がロストロギアを基に建造した魔導兵器だった。
その事実をすんなりと受け止める事ができる程、ギンガは自身が属する組織に対して、達観した視点を持つには至っていない。
顔に手を添え、閉じた瞼を更に顰めて、小さく息を漏らす。

「艦隊戦力を送り込んだところで、次元航行部隊による迎撃を受けるのは目に見えている。それ以前に、無数の異層次元に亘って勢力を拡大してきた地球文明圏が、単なる武力行使で滅びるとは考え難かったんだろうね。彼等はジュエルシードを複製・改良し、高速自己進化能力を備えた完全自律型殲滅システムを開発した。それが「Λ」だよ。そして、管理局による地球文明圏への最初の帰順要求から13年後、彼等は「Λ」を地球文明圏の中心世界である太陽系が存在する宇宙へと送り込み、発動した。計画では「Λ」は17年間を費やして戦力を整え、地球圏に対する大規模な殲滅戦を開始する筈だったんだ。地球圏の通常兵器群は内戦で殆どが失われ、再度に生産するにしても間に合う筈がない。縦しんば次元消去弾頭を使用して「Λ」を殲滅したとしても、既に重大な空間汚染が生じている太陽系は数年と保たずに崩壊するだろう。状況がどう転んでも、地球側が生き残る術は無い、筈だった」
「ところが発動から3年も経たない内に、地球側は「Λ」の存在を察知してしまった。そして地球文明圏は、空間汚染を引き起こす事なく効果範囲内に於けるあらゆる生態系、意識体、情報集約体を殲滅する局地限定破壊型兵器、奇しくも敵性勢力である「Λ」に酷似した、しかし「Λ」以上に破滅的な兵器の建造を開始した」
「管理局がそれを許したの?」
「管理局にしても「Λ」の存在は想定外だったんだ。それを建造したのが過激派である事は、上層部もすぐに気付いたんだろうね。地球文明圏の殲滅が完了した後、管理局に対して「Λ」が使用される事は火を見るより明らかだった。当然、次元航行部隊は「Λ」の排除を考えたんだろうけど、さっき言った次元消去弾頭による空間汚染の影響でアルカンシェルは使えない。通常魔導砲撃で排除できるかと問われれば、それは難しい。何より、相手は曲りなりにもロストロギア・ジュエルシードだ。次元航行艦からの直接魔導砲撃なんか叩き込んだら、何が起こるか解ったものじゃない。結局、管理局は対処を地球圏に丸投げして、艦隊を引き揚げた」

ウィンドウが閉じられる音。
だが、ギンガは瞼を開かない。
開く事ができない。

「地球圏がバイドとやらで「Λ」に対処できるなら良し、できなければ当該世界ごと消滅させれば良いって訳か。合理的な判断ね」
「まあ安全策として、バイド建造には魔法技術・・・地球人曰く「魔道力学」を導入する事を強要したけどね。ただ、そんな事をしてもソフトウェア上で完全に隔離される事は、管理局側も承知してたみたい。それが、バイドのソフトウェア内に残された「魔道力学」だよ」
「バレると分かっていたのなら、何故?」
「こうしておけば、地球側の注意を逸らす事ができるから。管理世界側が地球圏の純粋科学技術を完全に理解している訳でない事は彼等も理解していたし、また地球側がそう考えているであろう事を管理局は見抜いていた。「魔道力学」面での干渉を行うと思わせておきながら、実際には別の方法で干渉するつもりだったんだ」

漸く、目を見開く。
視界の中央、正面からスバルがこちらを覗き込んでいた。
微かに微笑む彼女に対し、ギンガは表情を変えない。
これからスバル達が如何なる情報を言葉として紡ぎ出すのか、ギンガには予想できた。
その予想が正しいものであると肯定される瞬間を思うと、たとえ繕ったものであっても、笑みなど浮かべる気にはなれなかったのだ。
そして数瞬後、恐れていた瞬間が訪れる。

「管理局は地球側の過激派、その動向を何よりも警戒していた。そして遂に、彼等が「Λ」の殲滅後にバイドを用いて、管理世界への無差別攻撃を行う腹積もりである事を示す情報を掴んだ」
「上層部は腹を決めた。特殊部隊を用いてバイドから次元世界に関する情報の一切を削除し、更に発動座標に関して細工をする。本来の目標である「Λ」が存在する銀河系中心域ではなく、太陽系で発動する様に設定を変更したんだ」
「じゃあ、暴走は・・・!」

ウェンディが、思わずといった様子で立ち上がった。
スバルとノーヴェの視線が、彼女の方へと向けられる。
ギンガは2人の視線がこちらへと向いていない事を幸運に思いつつ、唇を噛み締めた。
そして、ノーヴェの声。



「バイドは暴走なんてしていない。太陽系での発動は地球側のミスではなく、管理局が実行した破壊工作によるものだ」



鈍い音。
ウェンディが、力なく椅子へと腰を落としたのだ。
そちらを見ていた訳ではないが、音で解った。
声は、続く。

「管理局の目論見通り、発動から150時間後に地球側は次元消去弾頭を使用した。全ての憂患が、文字通りに消滅した訳だ。地球文明圏は数年の内に1つの宇宙もろとも崩壊し、同時に「Λ」も消滅するに違いない。正直なところ、管理局は胸を撫で下ろしていただろうな」
「でも、そうはならなかった」

ギンガが、割り込んだ。
視線を上げると、全員の注目がこちらへと集中していた。
そうして一度、大きく息を吐くと、ギンガは言葉を続ける。

「だって、そうでしょう? 貴女達が話しているのは、バイドの記憶。中には、地球文明圏を取り込んだだけでは絶対に知り得ない情報も在った。それらを入手し、更に事実を確認する為には、もう1つ文明圏を取り込まなければならなかった筈・・・違う?」

その言葉に、ウェンディが顔を跳ね上げた事が分かった。
ティアナは既に理解していたのだろう、特に変化は見られない。
そしてスバルとノーヴェは、暫し沈黙を守った後、言葉を紡ぎ出した。

「そう・・・そうだよ、ギン姉。26世紀へと帰還したバイドは、地球文明圏を取り込んだ後に次元世界へと侵攻してこれを殲滅、同じく取り込んだ。バイドは真相を突き止めるべく、そうやって情報を収集していったんだ」
「そして何もかもを滅ぼしたバイドは、兵器としての存在意義を喪失する危機に直面した。もう地球文明圏は存在しない、地球文明圏の敵も存在しない。時間の概念さえ破壊してしまった。完全に無となった空間の中には、バイドしか存在しない。これから、どうすれば良い?」
「未来での存在意義を失ったバイドは、過去へと逆帰還を果たした。更に強大となった力を用いて、嘗て自らを打倒した文明圏を殲滅してその全てを取り込み、別の時間軸への侵攻を開始したんだ。遭遇する、あらゆる形態の文明圏を片端から喰らい尽くし、時には損傷を受けながらも、圧倒的な物量と絶対的な干渉能力で、全てを呑み込んでは自身の一部と化してきたんだ」
「自身の新たなハードウェアとなった兵器、それを生み出した文明圏以上に強大な存在なんて、何処にも存在しなかった。それでもバイドは、自身の存在意義を確保する為だけに、遭遇する全てを滅ぼし喰らってきたんだ」

交互に言葉を続ける、スバルとノーヴェ。
その話の内容を聞いている内、ギンガの心中へと浮かんだ感情は「憐れみ」だった。
地球人と管理世界の人間に利用され、本来の存在意義を捻じ曲げられた哀れな生命体バイド。
他者に植え付けられた生存本能へと従うまま、存在意義を得る為に終わる事のない闘争を続ける、人の手による絶対生物。
そんなものに対し「憐れみ」以外の、如何なる感情を抱けというのか。

「そうして無数の時間軸を渡り歩いては戦う内に、バイドの一部は波動粒子の塊としてのハードウェアを伴って、時間軸とは無縁の異層次元を漂う様になった。これは単に、損傷した部位の修復が間に合わず、独立したバイド体となってしまっただけの物だったんだけどね。そして、その内の1つがとある異層次元に於いて、ある文明圏が送り込んだ探査艇によって回収された。探査艇の名前は「FORERUNNER」。異層次元探査艇「フォアランナ」だよ」
「フォアランナ・・・地球圏に於ける、最初の異層次元航行システムを備えた艦艇ね」
「そう。フォアランナは2120年6月27日の太陽系へと帰還した。当然、異なる時間軸に在ったバイドもそれを追う。そうしてバイドは、幾度目かの地球への侵攻を開始したんだ。ところがその地球は、これまでにバイドが滅ぼしてきたものとは違った」

ギンガは天井を見上げ、思考する。
その地球とは恐らく、この艦を建造した22世紀の第97管理外世界の事だろう。
だが、他の時間軸に於ける地球との相違とは何か。

「どういう事?」
「バイドにとって、フォアランナが自身の一部を回収するという出来事は「2度目」の経験だったんだ。現在のハードウェアを創造した文明、それと接触した切っ掛けがフォアランナだった」
「・・・何だって?」
「2度目だったんだよ。バイドの切れ端がフォアランナに回収されるのも、22世紀の地球で対バイドミッションが発令されるのも、対バイド兵器として「R」が抜擢されるのも」
「1度はバイドを打倒した文明・・・つまり、それって」
「22世紀の地球ね」

途切れつつ紡がれるギンガの言葉を、ティアナが引き継いだ。
ノーヴェが頷いた事を確認し、ギンガは椅子の背凭れへと身体を預ける。
もう完全に、理解が追い付かない。
だが、次にウェンディが発した言葉に、思考を放棄し掛けていた意識が覚醒する。

「そんな・・・じゃあまさか、バイドのハードウェアになった兵器ってのは!」
「気付いたか。多分、お前の考えている通りだ」

次の言葉を言えというのか、其処でノーヴェは沈黙する。
ウェンディは口を動かしてはいるが、言葉が紡がれる事はない。
ティアナもまた、此処での発言は避けるつもりの様だ。
ギンガは意識して呼吸をひとつ、その名を口にした。

「「R戦闘機」・・・それが、バイドのハードウェアなのね」
「正解」

何という皮肉か。
現在、地球軍艦隊が血眼になって捜索しているであろうMOTHER-BYDOではなく、真のハードウェアは「R戦闘機」だという。
第17異層次元航行艦隊ですら知り得ぬであろう事実を、この場の5人だけが知り得たのだ。
その事を意識した瞬間に、ギンガは途轍もない重圧と、絶望にも似た冷たい感覚に襲われる。

「どんな・・・どんな機体なの? そのR戦闘機は」

だが、言葉を紡ぎ出す口だけが止まらない。
自身の意思とは半ば無関係に、口だけが疑問を音として紡いでいる。
それを受けて、正面に位置するスバルが微かに首を傾げた。
疑問を抱いたという素振りではなく、こちらの意思を確認するかの様な動作。
そうして数秒が過ぎた頃、スバルは答を告げた。



「「R-99 LAST DANCER」。それが、バイドのハードウェアだよ」



ウィンドウ、展開。
表示される画像、1機のR戦闘機。
少しずつ回転するその機体画像に、ギンガは呼吸すら忘れて見入った。

「R-99 LAST DANCER」
青のキャノピーに、白い塗装。
だが本当に、それが塗装の色であるかは疑わしい。
R戦闘機としては、これまでに目にした機体群と比較するに、標準的な大きさだろうか。
左右のエンジンユニットや上部ユニットは流線形と直線形の融合で構成されており、機体後方へと伸長するそれらの影から、3基の大型ブースターノズルが覗いている。
極限まで無駄を省かれた、唯一無二の完成体。
それが、ギンガがウィンドウ上の機体に対して抱いた印象だった。

「ラスト・・・ダンサー」
「そう、それが今のバイド。嘗ての22世紀地球は、この機体で以ってバイドを打倒した。地球人類の狂気が生んだ完全なる個体、ハードウェアとしてはバイドでさえ模倣できない、正に悪夢そのものの機体だよ」
「どんな存在であろうと、コイツを模倣する事はできない。迂闊に干渉すれば、バイドであっても逆に取り込まれちまう。それがこの機体だ」
「そんなものを、22世紀で・・・」
「R-99は、バイドとは正反対の存在だよ。バイドがハードウェアを持たないソフトウェアのみの存在として進化したのとは対称に、R-99はハードウェアとソフトウェアの分離が決してできない、完全なる個として建造された。R-99というハードウェアそのものが、R-99というソフトウェアを構築している。そしてR-99は、バイドにとって悪夢としか云い様がない機能を備えていた」
「それは、どんな?」

またも、ウィンドウが変化する。
今度は映像だ。
巨大な「柱」の様なもの、有機的に脈動を繰り返すそれ。
赤い光を放つエネルギー体らしきものを中心に、対称方向へと延びる有機物の束。
両端は水面の様な、それでいて硬質の様な、気体とも液体とも、固体とも判別できない壁の中へと消えている。
中心からは絶えず光る球体が無数に放たれ続けているが、それが何であるのかを理解した瞬間に、ギンガは悪寒を覚えた。
フォースだ。
激しく動き回る画面の中、無数のフォースが柱から押し寄せてくる。
同時に、その「柱」の正体が何であるのかについても、ギンガは理解した。

「これが・・・バイド・・・?」
「その通り。あらゆる存在・概念を喰らい尽くし、同時にあらゆる存在・概念を生み出す、人の手による絶対生物。ハードウェアを持たず、縦しんば何らかのハードに宿った状態時に破壊したとしても、別の次元、別の時間にソフトを残す機能を有する、あらゆる束縛が意味を為さない存在」
「なら、どうやって殲滅したんスか」
「それを滅ぼす事ができるのが、R-99の能力だ。あらゆる存在を強制的にハードウェアへと固定し、破壊する能力。見てろ」

直後、画面が閃光に満たされた。
後にはノイズだけ。
数秒後、回復した映像上には、何も残ってはいなかった。
「柱」も、その両端に在った壁すらも。
唯、映像を撮影している機体のものらしき破片だけが、闇の中を漂っている。

「・・・何スか、今の」
「だから、R-99の能力だ。ソフトウェアのみの存在であるバイドに、ハードウェアを付与した。それがあの「柱」だ。これによって強制的にR-99と同一次元の存在となったバイドは、物理的にR-99を破壊する事、それ以外の対抗策を失った。防御策もな。その上で、機体耐久限界を超えてオーバーロードした波動粒子を、そのまま砲撃として叩き付けたんだ。こんなもの、通常空間でぶっ放されてみろ。惑星天体の1つや2つ、造作も無くブチ抜いちまうぞ」
「相手が如何なる存在であれ、強制的に自身と同一の存在レベルに定着させる能力。それがR-99の機能だよ。手が届かないのなら、同じ高みにまで登るのではなく、相手を自分と同じ高さまで引き摺り下ろしてしまえば良い。ネガティヴな発想だけど、此処まで恐ろしい能力も無いよね。それで、本来ならバイドはどんな方法を使っても、このインチキじみた存在に干渉する事はできない筈だった」
「じゃあ、どうやって?」

ティアナの問い。
ギンガも、同様の疑問を抱いていた。
ソフトウェアに干渉する事のできない存在であるというのなら、バイドはどうやってこの機体を汚染したというのか。

「1度だけ、チャンスが在ったんだ。さっきの映像、破片が舞っていたよね。R-99は機体耐久限界を超える程の波動粒子を、ベクトルを持たせて一気に解放した。その際の余波で、システムに致命的な損傷が生じたんだ」
「その時に紛れ込んだって訳ッスか。回収時にバレなかったんスか?」
「其処が巧妙なところでね。破壊される際にバイドは、何とか自己の保存を図ろうと無数の粒子、つまりハードウェアを噴射していた。幾ら何でも1つ1つの粒子に、バイドとしての全てを内包する事は不可能。つまりこの時、放出されたバイド体は完全に無力だったんだ。それまでに蓄積してきた情報のほぼ全てを失った事を考えれば、もうバイドでも何でもなかったとも云える。単なる無名の粒子だよ。紛れもなくバイドは1度、完全に滅ぼされたんだ」
「・・・そういえば、さっき言ってたわね。バイドはその兵器が有するバイドの情報を利用して、自身を再生させたって」
「そう、それ。バイド素子の1つとして検出を免れたバイドは、26世紀へと跳躍中、遂にR-99へと牙を剥いた。結果は、さっき言った通り。システムが異常に気付いた時には、もうどうにもならないところにまで汚染は進行していた。こうしてR-99は新たなバイドのハードウェア、バイド自身にすら複製不可能な超越体として、そのソフトウェアを宿すに至ったんだ」

ウィンドウが閉じられ、スバルは溜息を吐いてコーラを口にした。
話し続けた為か、顔には疲労の色が浮かんでいる。
その辺りの感覚に関しても、スバルというシステムは解析を実行しているのだろうか。
そんな事を思考するギンガの聴覚に、ノーヴェの声が飛び込む。

「とにかく、R戦闘機を有する22世紀地球との交戦は、バイドにとっては2度目という事なんだが。ところが此処で、バイドの想定を超える事態が起こった」

カップを置く音。
見れば、相変わらず苦そうに表情を歪めたノーヴェが、カップを睨んでいた。
何だかんだと言いつつ何度も口にするのは、実は気に入っているのだろうか。
歪んだ表情のまま、彼女は話を続ける。

「2度目の22世紀地球、つまりアタシ達の知るランツクネヒトや地球軍を有するその世界は、異常としか云い様のない技術進化速度を有していた。嘗ての22世紀を超える速度で対バイド兵器の開発が進み、信じられない事にバイドは徐々に追い詰められていったんだ」
「それ、本当ッスか。ランツクネヒトや地球軍の説明とは、随分と掛け離れてる様に思えるんスけど」
「バイドと地球側では、捉え方が違うだろ。地球軍にしてみれば、潰しても潰しても湧いて出てくるバイドに対して戦果は上がっても、同時に被害は増すばかり。軍事的にせよ経済的にせよ、追い詰められているって認識が蔓延っちまうのは仕方ない。一方でバイドにしてみれば、地球人はスバルが言った通りに化け物としか思えない。そういう事さ」
「ちょっと良いかしら」

ティアナが、手を挙げる。
注目が集まった事を確認してか、彼女はスバル等に対して問いを投げ掛けた。

「話が逸れるけど、ベストラの研究員達はバイド素子をR戦闘機へと応用する研究をしていた。彼等は自分達もろとも、ベストラを異層次元へと投棄して自殺したと聞いたわ。それにアンタ達は、彼等がR戦闘機に関する情報の消去を図ったと言った。それってまさか、バイドの真実を知って絶望したが故の行動って事?」
「そうだよ。彼等は自分達の研究が、結果としてバイドに究極のハードウェアを与えてしまう事実に絶望した。そして、R-99に替わる新たなハードウェアを生み出してしまう事を恐れ、全てを異層次元へと葬った」
「成程、有難う。非常に馬鹿馬鹿しい話だわ」
「全く、その通り。そんな事したって無駄なのにね」

スバルがそう言うと同時、またもウィンドウが展開する。
映し出されるのは、巨大なコロニー。

「その程度の情報、地球の上層部はとっくに知っているよ。今だってベストラとは別に、複数の施設でR-99の開発が続けられている。バイドのハードウェアとなったR-99、それを遥かに超える超越体としてのR-99が」
「超えるって、どうやって? R-99は既に、ハードウェアとしては完成されているじゃないの」
「知らないよ。ベストラの研究員は、データ収集の為の使い捨てみたいなものだから。こっちのR-99がどんなヤバい機体かなんて、今のところ知る方法なんか無い」

其処まで話すと、スバルは立ち上がった。
そしてテーブルに手を突き、前屈みになってこちらを覗き込む。
その様子に、ギンガは僅かに気圧された。

「それで、問題。予測を遥かに上回る速度での技術進化によって追い詰められた挙句、第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」によってソフトウェアに重大な損傷を負ったバイドの新戦略とは、どんなものでしょう」
「どんな、って・・・」

ギンガは戸惑う。
その様な問い、答えられる訳がない。
無数の文明を滅ぼし喰らい、時間軸の違いによる壁さえも引き裂き、時空そのものすら破壊して除ける、完全に人の理解の範疇を超えた怪物。
その様な存在の行動を予測する事など、通常の人間には不可能だ。
では、通常の人間でなければどうか。

「アンタ達は知ってるんでしょう、バイドからの干渉を受けたんだから。勿体振らないでさっさと言いなさい」

ティアナが、スバルへと言い放つ。
当のスバルは軽くティアナへと視線を返し、またもギンガを正面から覗き込んだ。
彼女は、答えを期待している。
それが具体的なものでない事は、ギンガにも解ってはいた。
正確な答えは、既にスバルとノーヴェが知り得ている。
スバルは今、バイドの行動を疑似的に予測する能力を、ギンガを始めとする3人に対して求めているのだ。
思考を必死に働かせ、ギンガは自身の予測を紡ぎ出してゆく。

「・・・これまでに多くの文明を吸収してきたにも関わらず、今回の22世紀地球に対しては有効な戦略を編み出せずにいる。更に3度目の対バイドミッションによって、ソフトウェアに・・・待って、ちょっと待って」

スバルから与えられた情報、それを言葉に載せて反芻するギンガの思考に、何かが引っ掛かった。
ソフトウェアの損傷、ハードウェア。
4度に亘るバイド中枢への攻撃、WOMB、MOTHER-BYDO Central Body。

「R-99は?」
「何スか?」
「R-99よ。バイドは最高のハードウェアを手に入れた筈。それが何故WOMBやMOTHER-BYDOなんていう別のハードウェアを建造して、尚且つ其処に宿る必要が在るの?」

ギンガは、その点の異様さに気付いた。
R-99 LAST DANCERなどという、絶対不可侵にして完全なるハードウェアを得ておきながら何故、他のハードに宿らねばならないのか。
バイド殲滅を目的として送り込まれる「R」を確実に撃破したいのなら、自らのハードウェアであるR-99の能力を用いれば良いではないか。

「何故バイドは、R-99でR-9AやR-9A2、R-9Cを迎え撃たなかったの。幾ら1度目の22世紀よりも技術進化速度が早いとはいえ、それらの機種とは比べ物にならないほど強力な上位機種の筈だわ。何故、それを迎撃に用いないの」
「良く気付きました、ギン姉」

嬉しそうに言い放ち、スバルが手を1つ打ち鳴らす。
そのまま腰を下ろし、椅子の脚が床面に擦れる耳障りな音と共に着席。
微かに笑みを浮かべて続ける。

「R-99は確かに最高のハードウェアだよ。何物も寄せ付けず、何物も高みへと位置する事を許さない。相手がどんな存在であれ、強制的に自己と同一次元のハードウェアに押し込め固定し、その上で絶対的な暴力で以って殲滅する。最高に頼もしくて、最悪なまでに危険なハードウェアだよ・・・正常に機能していれば、ね」
「何ですって?」

全てのウィンドウが閉じられ、テーブル上には数々の料理とコップ等だけが残った。
スバルは両手を後頭部に回し、椅子を傾かせて如何にも楽しげな様子だ。
そんな彼女の姿を、横から頬杖を突いて眺めていたノーヴェが、何処か気怠げに話を引き継ぐ。

「言っただろ、R-99は超越体だ。迂闊に干渉なんかしたら、バイドでも唯じゃ済まないってな」
「でも、成功したんじゃなかったの?」
「したよ、勿論。でもそれは、部分的な成功だったんだ。バイドによる侵蝕を検出したR-99は、すぐに汚染部位に対する隔離措置を取った。結果的に正常なシステムの方が隔離される形になったけど、R-99の制御に関わる部位はバイドにも手出しできない状態になっちまったんだ」
「じゃあ、現在のR-99はシステム凍結状態なのね」
「そういう事。確かにハードウェアとしては完成していて、それに宿っている間にはフォースによる強制侵蝕も、その他の手段によるソフトウェアへの攻撃も意味を為さない。でも、物理的な攻撃ならどうだ? R-99と同じ次元での、物理的破壊なら」

ギンガは先程の映像、R-99によるバイド撃破後のそれを脳裏へと思い浮かべた。
ウィンドウ上に表示された映像、空間を漂う無数の破片。
R-99から剥離した機体構造物。

「成程ね。R-99は無敵の存在個体ではあるけれど、物理的な破壊まで不可能という訳ではない。いいえ、寧ろ通常のR戦闘機と同程度の耐久性しか持たない可能性が高いのね。R-99最大の特徴は自身が破壊されない事ではなく、如何なる存在であろうと同一次元に固定し、その上で破壊が可能である事。他次元レベルからの干渉は如何なるものであろうと意味を為さないけれど、同一次元での物理的攻撃は従来通りに通用する」
「そう、だから最高クラスの機動性と、あらゆる武装を搭載できるだけの汎用性が備わっていた。でも、制御系が沈黙しちまったら? ハードに対する他次元レベルからの攻撃は全て無意味だけれど、同一次元からの攻撃を受ければあっという間に破壊されちまう。回避行動も反撃もできないんだから、単なる棺桶と変わり無いだろ?」
「26世紀への帰還以降も、バイドは完全にソフトウェアのみの状態か、R-99とは別のハードウェアに宿った状態で戦い続けてきた。R-99のシステムを完全掌握する事は何度も試みたけれど、結局は全て失敗、今じゃ単なる殻に過ぎない。だからWOMBやMOTHER-BYDOを生み出したのに、それらも2度目の22世紀が送り込んできた「R」に撃破されてしまった。こうなったら、もう手詰まり・・・その、筈だったんだけどね」

微かな音と共に、ウィンドウが展開される。
浮かび上がる画像、濃灰色の機体。
TL-2B2 HYLLOS。

「思い出して。このTL-2B2を造ったのは、何処の勢力だった?」
「何処って、地球軍・・・」
「違う」

スバルの問いに答えるティアナの言葉を、ウェンディが遮った。
その瞬間、ギンガは気付く。
ティアナも同様だろう。
TL-2B2は紛れもなく、地球軍に於いて設計・建造されたR戦闘機だ。
だがこの機体、ウィンドウ上のそれは、地球軍によって生産されたものではない。
これを、この機体を造ったのは。

「バイドの、模造品」
「そう。このR戦闘機を造ったのは、他ならぬバイドだよ。みんな、もう解ったでしょ? バイドが、どんな戦略を採っているのか」

スバルの言葉は正しい。
今ならばギンガにも、バイドの戦略が理解できる。
これまでの模索の労苦が嘘の様に、一切の思考の靄が消し飛んだかの様に、鮮明なビジョンを脳裏へと描く事ができる。
だが、それは。

「嘘でしょう・・・?」
「残念。嘘でもないし、的外れでもないよ。バイドの戦略は多分、今みんなが考えている通り」

信じられない、信じたくない。
こんな事が在って堪るか、こんな現実など認められるか。
これでは悪夢だ、これでは絶望だ。
だって、こんな戦略なんて在り得るのか、可能なのか?

「R戦闘機の、大規模な模倣」
「惜しい、ちょっとだけ違う。正確には「Rの系譜」そのもの、その進化の過程を模倣する事。そして、バイドの最終的な目的は」

ウィンドウ上のTL-2B2、濃灰色の機体が消え、入れ替わる様に白の機体が浮かび上がる。
究極の単一個体、完成されたハードウェア。
R-99 LAST DANCER。
そして、スバルは言い放つ。



「R-99の完全なる支配、若しくは模倣」



ウィンドウ、消失。
静寂の中に、ノーヴェがコーヒーを啜る音だけが響く。
数秒の後、スバルは続けた。

「バイドが辿り着いた最高のハードウェアは自身が建造したものではなく、怨敵である「Rの系譜」その最終型に位置する機体だった。ところが最初に「R」を開発した22世紀では、R-99に関する情報は全て、バイドが地球圏そのものを取り込む前に削除されてしまった。R-99を解析しようにも、それが可能となるだけの情報が何処にも存在しなくなってしまったんだ。結果、ハードウェアとソフトウェアが完全に合致する唯一の個体として完成されたR-99は、バイドにとってソフト面での鉄壁の殻ではあっても、物理的な完全防御を保証するものではなくなってしまった。でも「Rの系譜」を辿る事で、R-99に到るまでの進化の全てを模倣する事が可能なら?」
「R-99のシステムを完全に掌握、或いはR-99そのものを模倣して複製できる・・・!」
「最終的な目的はそうだが、そうでなくとも其処に至るまでに開発されたR戦闘機、その全てを模倣しての生産・運用が可能になる。バイドが有するR戦闘機に関しての情報は、殆どが1度目の22世紀で交戦したものに関してだ。今回の22世紀では、R戦闘機は1度目よりも遥かに危険な存在になっている。こちらで得た情報も利用して、バイドは独自に「Rの系譜」を生み出そうとしているんだ」
「・・・冗談じゃないわ」

スバルとノーヴェが語る話の内容に、ティアナが小さく呻く。
ギンガとしても、ティアナの言葉に同感だった。
他にどんな感情を抱けというのか。

R戦闘機という常軌を逸した兵器群に於ける進化の過程、その全てを内包する「Rの系譜」そのものを模倣し、独自のものとして完全に取り込む。
結果として、バイドはあらゆる機種のR戦闘機を生産・運用する能力を獲得し、それによって得られた情報を利用する事で、最終的にR-99の完全制御、或いは模倣すら可能になるという。
正しく悪夢、バイドを除く全ての勢力にとって、最悪としか云い様のない戦略だ。
この戦略が成功するとなれば、次元世界どころかあらゆる次元、あらゆる時間軸に「バイドによるRの系譜」が溢れ返る事となるだろう。
そして「バイドによるR-99」もまた、同様に。

「青褪めてるところに悪いけど、もうひとつ懸念事項が在るんだ」

無感動なスバルの声が、最悪の予想に揺らぐギンガの思考へと割り入る。
反射的に視線を上げて彼女の顔を見やれば、スバルは表情を消し去り、作り物の様な瞳でこちらを見据えていた。
ギンガは僅かに姿勢を正し、続くスバル達の言葉を聞き逃すまいと身構えた。

「さっきも言った様に22世紀地球圏の一部は、バイドに関する事実の全てを知っている。バイドにとって22世紀地球との交戦は2度目である事も、そのハードウェアがR-99である事もね。ついでに言えば、次元世界の存在も西暦2139年の時点で知り得ていた」
「TEAM R-TYPEによってサンプルとして保管されていたエスティアが、次元世界でクラウディアと遭遇したのは偶然なんかじゃない。バイドが既知の異層次元、つまり次元世界をハードの新たな保管先として選んだ事を察知した地球軍が、意図してエスティアを送り込んだんだ。そして何も知らない第17異層次元航行艦隊が次元世界へと派遣され、艦隊に所属するR-9Aがエスティアと交戦、これを撃沈した」
「そのエスティアとR-9Aの交戦を、クラウディアが目撃したのね・・・恐らくは、地球軍の目論見通りに」
「地球軍は当然、バイド建造の直接的な原因となった「Λ」を警戒していた。「Λ」を建造する勢力についてもね。それを除いたって、地球圏と「Λ」を建造した文明圏とは、いずれ敵対する可能性が高いと分かっているんだから。バイドが次元世界を避難場所として選んだのは、地球軍が追ってきたとしても高確率で管理局との衝突が発生すると予測したから。時間を稼ぐには打って付けだし、現状での管理局はバイドにとって直接的な脅威たり得ない」
「管理局と第17異層次元航行艦隊が交戦状態になる事は、地球軍上層部としても望ましい事だった。交戦の結果、管理世界全体で地球圏に対する武力制裁の声が高まれば、地球側は次元世界の存在を地球文明圏全域へと公表し、その脅威を高々と謳った上で公然と殲滅戦を展開する事ができる。今更そんな事をしてもバイドの存在自体には全く干渉できないが、少なくとも「Λ」の建造だけは防げるって訳だ」

其処までを言い切ると、ノーヴェはカップの中身を一気に呷る。
そうしてまた、苦くて堪らない、とばかりに顔を顰めた。
溜息を吐き、話を再開する。

「・・・これらの真実は、地球軍にとって秘められて然るべきものだ。全てを公表すればとんでもない騒動が巻き起こるだろうし、共通の敵であるバイドが存在するからこそ危うい処で纏まっている地球文明圏も、長期的展望の相違による内部対立の再燃から瓦解しかねない。だからこそ、真実は地球軍・・・「国際連合宇宙軍」の一部と、R戦闘機開発陣「TEAM R-TYPE」の中でも一握りの人員しか知らない。第17異層次元航行艦隊は、バイドもろとも次元世界を殲滅する為に送り込まれた、謂わば使い捨ての尖兵なんだ」

もう、言葉も無かった。
自身達が遭遇・交戦した地球軍戦力は単なる捨て駒であり、艦隊を送り込んだ22世紀地球側は事の成り行きを静観している。
そんな情報を与えられたところで、どう反応すれば良いのか、ギンガには解らなかった。

「ところが、次元世界はバイドによって隔離されてしまった。バイドが予め創造しておいた空間へと次元世界を呑み込む形で、外部との全ての繋がりを断ってしまったんだ。これは流石に、国連宇宙軍にとっても予想外の事だったろうね。勿論、こんな事をすればバイドにだって後が無い。余力も無ければ、第17異層次元航行艦隊からの逃げ場も無いんだから。下手を打てば本当に此処で、バイドという存在に終止符を打たれてしまう。でも、R-99の掌握に成功すれば話は別だ」

スバルの言葉が終らぬ内、無数のウィンドウが次々に展開されてゆく。
「TL-2B2 HYLLOS」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」「BX-T DANTALION」「B-1A2 DIGITALIUS II」「B-1B3 MAD FOREST III」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」「Λ」「R-99 LAST DANCER」
その他にも様々な画像と情報が一挙に表示され、ギンガの視界を埋め尽くした。
そして、ウィンドウによって形成された壁の向こうから発せられる、スバルの声。

「此処で、さっき言った懸念事項。国連宇宙軍は次元世界での状況推移を逐一逃さず観測するつもりでいたのに、バイドが形成した隔離空間によって中の状況を窺う事ができなくなってしまった。そうなると、色んな可能性が首を擡げ始める。もしバイドが、想像も付かない新戦略に移行していたら? もし次元世界が、これまでの観測では捉えられなかった「Λ」の様な戦略級攻撃手段を有していたら? もし次元世界や第17異層次元航行艦隊が、全てを知ってしまったら? 予測し得るそんな事態を回避する為に、国連宇宙軍が次に採る行動は?」

手が、震えた。
思わず握り締めた拳が、不自然な震えを起こしている。
何故だろう、などと思考するも、ギンガの理性は疾うにその理由を知っていた。
恐怖だ。

「・・・脅威となり得るもの、その全てを排除する」
「次元消去弾頭ッスか!?」
「違う。次元消去弾頭は、異層次元航行能力を備える存在に対しては無力だよ。それじゃあバイドと、第17異層次元航行艦隊が生き残っちゃうでしょ。より確実で実効的な手段で、同一次元での物理的消去を図る必要が在る」
「つまり・・・」
「今頃、国連宇宙軍は隔離空間に侵入しようと、躍起になっている筈だよ。そして、侵入経路を抉じ開けた後には」

新たなウィンドウが展開、これまでのものよりも大きく、幅は2mを超えているだろう。
其処に表示された画像は、艦艇らしき奇妙な箱状の構造物。
長方形状の長大な艦体後方に艦橋らしき構造物が在り、更に艦体を中心に環状構造物が3つ、艦首付近から艦体半ば後方まで等間隔を空けて設置されている。
環状構造物は中心に位置する艦体を軸に回転運動を取っており、その回転方向は交互に逆転していた。
画像の上部には、この艦艇の名称らしき文字列が表示されている。
反射的にそちらへ意識を傾けると同時に、スバルが言葉を放った。

「R戦闘機群を始めとする大規模戦力を投入、全てを徹底的に破壊するだろうね。その後に次元消去弾頭を使用して、次元世界が存在していたという痕跡すら残さずに、当該次元を消去する筈だよ」

ウィンドウ上の艦艇に並ぶ様にして、小さなR戦闘機の画像が無数に表示される。
どうやらこの艦艇は、大量のR戦闘機を搭載する異層次元航行母艦らしい。
「UFCV-015 ANGRBODA」
R戦闘機という悪魔の大群に於ける女王蜂、というよりも蜂の巣という表現こそが適切か。
スバルの言葉が現実のものとなれば、この艦艇が大挙して次元世界へと押し寄せるのだろう。

「私達がすべき事は、幾つか在る」

ウィンドウが消え、その後にスバルの姿が現れる。
彼女は椅子に身体を預けたまま、変わらず無機質な視線をこちらへと投げ掛けていた。
ギンガはそれを、正面から受け止める。

「1つは、バイドによる「Rの系譜」に対する模倣と、R-99の完全掌握を阻止する事。1つは、隔離空間外の国連宇宙軍による次元世界の破壊を阻止する事」

スバルは言葉を区切り、コーラの注がれたコップへと手を伸ばす。
その言葉の後を、ノーヴェが引き継いだ。

「1つは、その2つを実行し、尚且つ次元世界の生存を勝ち取る事。アタシ達が今すべき事は、それらを実行する為に必要な戦力を確保する事」
「・・・オーバーライドの事?」
「そうだ。バイドはこの人工天体内部で、今この瞬間にも「Rの系譜」を模倣している。即戦力を確保する為にも、既に「R」の生産が始まっているんだ。それを、戴く」
「ついでにもう1つ。折角、有用な情報が得られたんだから、それを利用しない手はない。今なら、バイドと国連宇宙軍に対する即戦力の確保と、後々に亘って機能する抑止力を確保する事ができる。この隔離空間の中で、私達だけが」
「抑止力を・・・」

スバルが、微かに笑みを浮かべた。
途端、ギンガの背に冷たい感覚が奔る。
彼女は理解した、理解してしまったのだ。
スバルの思考、彼女とノーヴェが描く、恐るべき戦略を。

「どの道、R-99は破壊されなければならない。それがバイドのものであれ、22世紀の地球人が建造したものであれ。バイドがシステムの掌握を完了するか、国連宇宙軍による建造が完了してしまえば、もう次元世界に為す術は無い。そうなったらお終いだ。すぐにでもバイドによって滅ぼされるか、いずれ国連宇宙軍に滅ぼされるかの違いしかない。その前に、2人の踊り手を殺す必要が在る。バイドの踊り手と、地球側の踊り手をだ」
「その為の戦力も必要だからね。次元世界の状態とは無関係に、長期に亘って機能する完全自律型戦略兵器。つまり、踊り手を殺す為の「怪物」だよ。「最後の踊り手」は舞台に上がる事なく、悪い魔法使い達が送り込んだ「怪物」に喰い殺されるの」
「スバル・・・アンタ、まさか」

ティアナが、動揺を隠そうともせずに言葉を発する。
再び話を引き継いだスバルの言葉、その続きを予想する事は、今のギンガにとっては容易い。
彼女は、こう言わんとしているのだ。

「応用できる情報は無限に在る。応用するだけの技術も無限に在る。今が好機・・・違うね。今だけしか、その機会は無いんだ」

全ての元凶、時間軸さえも超えて拡大する惨劇、その原点。
彼方の次元世界が創り上げた、狂気と憎悪の集約体。
それを今、この隔離空間に於いて具現化させると。
「種」を、この次元世界に植え付けるのだと。
存在意義すら歪められた「願いを叶える石」の成れの果て。
オリジナルのそれが12年前に引き起こし掛けた悲劇とは、比較にならぬ程の災厄を撒き散らすであろう「悪夢の種」。



「新たな「Λ」を建造する。私達が今、此処で」



ウィンドウが1つ、テーブル上へと展開される。
その中心に浮かび上がる小さな宝石、回転表示されるそれには「Λ」の刻印。
ギンガは微かに蒼い光を放つそれを視界の中央へと捉えつつ、自身が永遠に逃れられぬ惨禍の渦に捕われた事を自覚した。



新暦77年12月5日。
スバル・ナカジマ一等陸士以下、時空管理局所属魔導師5名。
局地限定破壊型戦略級魔導兵器「JEWEL-SEED Λ」開発・建造開始。