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「増大だと? 計測系異常の可能性は」
『所属勢力を問わず、本艦を含めた全ての魔導兵器で同様の現象が確認されているとの事です。間違い在りません、明らかに炉心出力が上昇しています』

隔離空間の拡大より87時間、本局の陥落確認より82時間後。
無数の勢力が入り乱れての隔離空間内部艦隊戦、その戦局は混沌の様相を呈していた。
質量・魔導兵器、既存兵器と未確認兵器の砲火が入り乱れる戦場。
だが、戦域に存在する勢力の数は、極端に言い表してしまえば僅か3つに過ぎない。
バイド、地球軍、その両者を除いた全勢力による混成艦隊戦力。
物量も技術体系も異なるそれらが、互いの存在を否定し合い、同時に互いを喰らい合っているのだ。

そして現在、管理局艦隊を含めた混成艦隊の様相は、その勢力に属する当人達でさえ全容を捉え切れないまでの多様性を誇り、度重なるバイドの大規模攻勢に対し正面から抗戦できる程の規模と戦力を有するまでに到っていた。
魔導兵器と質量兵器、既知の魔法技術体系を始めとした無数の未知なる技術体系が入り混じる、次元世界史上にも類を見ない大規模混成艦隊。
数万隻もの戦闘艦が入り乱れる、巨大という形容すら生易しい程の規模となった艦隊の中、百数十隻のXV級次元航行艦は、とある一勢力による協力の下、艦体に負った損傷の修復措置を受けている最中であった。

「暴走、或いは爆発の危険性は」
『全く以って不可解な事ですが、炉心内部に出力元不明の4重結界が展開しているんです。明らかに外部からの干渉によるものですが、どの勢力が如何なる目的で実行したかについては全く不明です』
「「彼等」はどうだ、干渉は不可能か?」
『難しいでしょうね。「彼等」の艦艇や機動兵器は外観から判別できる様に、我々とは異なる技術体系を基に構築されています。どちらかと云えば、地球軍に近い。艦の兵装は全て質量兵器だし、何よりこの状況下でも一切の魔力反応が検出されません。「彼等」の技術体系は、提示された情報通りに純粋科学技術から成っている』
「地球軍と同等の科学力を有しているという訳でもない限り、こちらへの干渉など在り得ないという事だな」
『残念ながら「彼等」の科学力では、其処までには至っていないと考えられます。艦艇も兵器も我々より遥かに強力ですが、魔法技術体系に関する知識は無きに等しい。魔法との接触すら初めてであるとの情報を信じるなら、炉心制御どころかシステムへの簡易介入すら困難な筈です』
「「AC-51Η」は? 増幅率はどうなっている」

艦隊中枢であった第10支局艦艇は、約80時間前にバイドの複合武装体からの攻撃を受け轟沈。
総数90を超える陽電子砲撃を全方位より浴びせ掛けられ、巨大な支局艦艇は爆発すら起こす事もできずに消滅した。
僅かに残された残骸だけが空間を漂う中、残存艦艇は宛ら発狂したかの様な激しさで以って、アルカンシェルによる連続砲撃を全方位へと放ち続けたのだ。
その砲撃により、常に相対距離を詰めんと迫り来る中距離および短距離運用型機動兵器群については、文字通りの一網打尽とする事ができた。
しかし、陽電子砲を始めとする超長距離砲撃兵装を備えた大規模兵器群および艦艇群については、それらの兵装とアルカンシェル、双方の間に存在する圧倒的なまでの射程の差により、効果的な打撃を与える事は不可能。
せめてもの抵抗として「AC-51Η」により増幅された魔力、その全てを注ぎ込んでの超長距離通常魔導砲撃を実行してはいたが、建造構想を無視しての運用を実行した結果として、攻撃全般に関するシステムがダウンする艦艇が続出する事態となったのだ。
そしてクロノが指揮を執るクラウディアもまた、同様の事態へと陥った艦の1つであった。

抵抗手段が失われつつある中、艦隊の壊滅は時間の問題と思われた。
だが、そんな絶望的な状況下で、救いの手は意外な方向より齎される事となる。
第66観測指定世界バルバートル合衆国、第71管理世界メイフィールド王朝。
互いに敵対状況下に在る2勢力の艦隊が、共同作戦行動として管理局艦隊に対する援護を開始したのだ。
更には第179観測指定世界エムデン連邦、第148管理世界ダオイェン共和国、其々が有する艦隊戦力の一部が合流。
それだけに止まらず、既知か否かを問わず無数の勢力に属する艦隊戦力が次々に合流し、徐々に大規模な混成艦隊を形成し始めたのである。

『機能していません』
「何だと?」
『「AC-51Η」は魔力供給系統から隔絶されています。6つもの結界が、バイド体を完全に封じ込めているんです。当然ですが、我々の手によるものではありません』
「では、それも外部からの干渉なのか」
『ええ、間違いなく。誰が何の為に、と訊かれてもお手上げですが』

各艦隊が他勢力との合流を選択した背景には、複数の理由が在った。
自身等の戦力のみでは継戦不可能と判断した勢力も在れば、静止衛星軌道上の大規模施設内に存在する民間人の保護を求めてきた勢力も在る。
戦後の管理世界に於ける発言力の強化を狙っているらしき勢力も在れば、守護するべき自らの世界をバイドによって完全に破壊され、帰るべき地を失った勢力すらも在った。
これまでに存在が観測されていた世界から、初の接触となる未知の世界まで。
あらゆる世界の有する艦隊戦力が其々の意図を以って集結し、圧倒的な物量と技術力を有するバイドに対し、辛うじて抗し得る巨大勢力を形成するに至ったのだ。
だがそれでも、想像を絶する物量で以って押し寄せるバイド群を前にして、合流を重ねてなお数で劣る混成艦隊が遠からず押し潰される事は明白だった。
各勢力間での艦艇性能の差、兵装の相違等により、総合的な戦力ではバイドのそれに後れを取っていたのだ。

このままでは、いずれ圧し潰される。
焦燥に駆られたか徐々に統制を失い始める混成艦隊を救った存在は、未知の超高速航行技術によって空間の彼方より現れた、1隻の巨大な戦艦を旗艦とする大規模な艦隊だった。
現在は巨大なバイド体と成り果てた、時空管理局・本局艦艇。
それですら、なお当該戦艦には遠く及ばないという、常軌を逸した巨大さ。
全長68km、全高10km、最大全幅12kmにも及ぶそれが、数千隻もの艦艇群を引き連れて出現したのだ。

『ただ、今のところそれ以外に異常は発生していません。それどころか、出力の増大に伴って攻撃システムへの魔力供給量が跳ね上がっています』
「具体的には」
『現時点でMC404の射程が約314%に増大、アルカンシェル・バレルプログラムへの魔力供給量最大値が407%に増大しています。推進系の出力は193%に増大、防御障壁の魔力密度は89%上昇です』
「・・・凄まじいな」

無論の事、混成艦隊は混乱。
想像を絶するほどに巨大な戦艦と大規模な艦隊が、一切の前触れなくバイド群の中心域に突入してきたのであるから、その瞬間を観測した混成艦隊を襲った衝撃は凄まじいものだった。
バイドの増援ではないかとの通信が交わされもしたが、その言葉はすぐに途絶える事となる。
出現直後に不明艦隊の周囲を埋め尽くした爆発は、全てバイド群が破壊された際に発生したものであったのだ。
不明艦隊は、バイドのみを選択的に攻撃している。
その事実を理解すると同時に、混成艦隊内部で飛び交う通信には無数の歓声が上がった。
巨大戦艦と周囲の艦隊が放つ高密度の砲火により、周囲のバイド群が薙ぎ払われるかの如く破壊されてゆく様は凄まじく、混成艦隊に希望を齎すには十分に過ぎたのだ。
だが、その希望が畏怖へと変貌するまで、然程に時間は掛からなかった。

爆発。
正にそうとしか、その攻撃を形容する術はなかった。
巨大な艦体の各所、無数に設置された兵装の全てが、一斉に砲撃を開始したのだ。
それらは全て質量兵器による攻撃であり、ミサイルを始めとする有実体弾と光学兵器、更には明らかに波動粒子を用いていると判断できる砲撃すら含まれていた。
巨艦を中心として、爆発としか言い表し様のない砲撃の壁が形成され、それらは一瞬後に全方位のバイド群を呑み込む。
混成艦隊が展開する方面ですら例外ではなく、無数のミサイルが艦艇群の間を縫う様にして通過し、その先に存在するバイド群の中心へと踊り込んでいた。

『それと、もうお気付きかもしれませんが・・・』
「リンカーコア、だろう?」
『ええ』

そして、閃光。
全てが白く染まり、XV級のブリッジドーム内が眩い光に埋め尽くされた。
十数秒後、衝撃。
クロノを含め、全てのブリッジクルーが自らの持ち場から弾き飛ばされる程の衝撃が、数十秒に亘って荒れ狂った。
衝撃は余りにも凄まじく、漸くそれが収まった時には、激痛に耐えているらしき複数の呻きがブリッジドーム内に響いていた程だ。
クロノも例外ではなく、コンソールへと強かに打ち付けた額からは夥しい量の血液が流れ、更には左前腕部の骨格に罅が入っていた。
それでも、一定の間隔を置いて襲い来る激痛を無視しブリッジドーム内を仰ぐと、其処にはクラウディアへと襲い掛かる業火の壁が在ったのだ。
再度に襲い掛かった衝撃を認識した、その場面を最後にクロノの記憶は途切れ、次に意識を取り戻した時には艦長席にて医療魔法による治療を受けていた。
クラウディア被害状況、重傷者11名、右舷推進ユニット停止。

混成艦隊を襲った閃光と衝撃、そして業火の壁が無数の核爆発により発生したものであったとの報告が他の艦艇より齎される頃には、既に探知可能域内のバイド群は極一部を残し消滅していた。
圧倒的な密度を以って嵐の如く襲い掛かった砲火の前に、迎撃も回避も儘ならず一方的に殲滅されたというのだ。
信じ難い報告ではあったが、事実としてバイド群の反応を示すものは、嘗ての本局艦艇を含む極僅か。
30を超える惑星を物理的に崩壊させた戦略級大規模光学兵器運用施設でさえ、その構造物の殆どを失い単なるデブリと成り果てていた。
そして、クロノを始めとする全てのブリッジクルーが、ドーム内に浮かび上がる隔離空間内部の映像を唖然として見上げる中、事態は更なる急転を迎える。
巨大戦艦から全方位へと、未知の言語による合成音声の通信と共に、複数パターンでの呼び掛けが開始されたのだ。

『私自身はリンカーコアを持たないので何とも言えませんが、複数の部下が異常を訴えています。皆、魔導師としての活動に従事できる程の適性は有していない筈なのですが、この数時間で明らかに総魔力量が増えているそうです』
「だろうな、僕もそうだ」
『やはりですか。第8支局の連中が言うには魔力保有量、制御能力、変換効率から瞬間最大出力に到るまで、あらゆる魔導資質が無条件で強化されているらしいとの事です。今この瞬間も、更なる強化が持続的に起こっていると』

予想だにしなかった事態の変化に、混成艦隊を成す各勢力は、各々が知り得る限りの言語を以って返信を開始した。
意味を為さない遣り取りが十数分間に亘って続く中、エムデン連邦艦隊に属する通信技師が、特定パターンでの意思の疎通に成功。
当該パターンは混成艦隊に属する全勢力へと直ちに公開され、不明艦隊とのシステムを介した自動翻訳、音声ではなく文面による意思疎通が開始される。
その後の遣り取りによって明らかとなった事実は、既知の認識を超える次元世界の広大さ、そして予測以上の事態の深刻さであった。

管理世界による探索の手が及ばぬ、深次元世界。
彼等はその更なる深淵、数百にも及ぶ世界に跨っての一大文明圏を築く、既知の人類とは起源を異にする高次知的生命体群であった。
非常に高度な科学力を有する彼等ではあるが、しかし魔法技術体系については全く知識を有してはいない。
管理世界の概念にして千数百年という、膨大な時間を掛けて発達させてきた純粋科学技術のみを以ってして、管理世界に匹敵する巨大文明圏を構築するに至ったというのだ。

「・・・魔導兵器の性能向上に、魔導師の資質強化か。兵器に関しては、御丁寧にも暴走を抑制する為の結界付き。だというのに、何処の誰が何の為に、更に云えばどうやってこんな事をしているのか全く判らない。何とも薄気味の悪い話だな」
『バイドでしょうか? 何かを企んでいるのでは・・・』
「敵対勢力の戦力を向上させて何になる・・・まあ、在り得ない話とは言い切れないが。今更何が起こっても、もう驚かないさ」
『同感です。もう一生分の驚愕を使い果たした気分ですよ』

それだけでなく、彼等が提示した情報を信用するのならば、当該文明圏は眼前のそれと同規模・同型の巨大戦艦を計7艦、其々に異なる武装が施されたそれを有しているという。
現在、それらの艦艇は隔離空間内部の各所に於いて不明勢力、即ちバイド群との交戦を継続しているとの事。
更に、隔離空間内部各所に於いて、この宙域と同様の複数勢力による混成艦隊が形成され、周辺惑星を護るべく激しい戦闘が展開されているというのだ。
余りにも信じ難い規模の情報ではあるが、次元世界の広大さを考慮するならば、然るべき状況と云えるのだろう。
そして、バイドに対する大規模抵抗勢力が多数存在するという事実は頼もしいが、しかし少し観点を変えたならばその情報は、バイドが無限とも思える程に広大な次元世界、その全てを呑み込んだのではないかという最悪の推測が事実であると証明するものでもあるのだ。
状況が好転していると判断するには、余りにも懸念要素が多過ぎた。

予期せぬ巨大勢力の出現、そして錯綜する大量の情報に混乱し掛ける混成艦隊。
しかし結果として、艦隊戦力は大幅な強化が為された。
不明艦隊との意思疎通の結果、混成艦隊は彼等との共闘体制を取る事となったのである。
そして今、クラウディアを含む20隻のXV級次元航行艦は、巨大戦艦内部へと収納された上での修復措置を受けている最中だ。
20隻ものXV級を同時に収納可能という点はともかくとして、艦艇内部での修復措置そのものについては正に技術の差を明確に見せ付けられた。
数十万ものパーツに分割された修復機器、一見しただけでは壁面としか判別できぬそれが津波の如く蠢き、クラウディアの艦体を完全に覆い尽くしてしまったのだ。
直後、要請に従いリンクを実行したシステムを介し、ブリッジドーム内には艦体修復状況および修復措置完了までの予測所要時間が表示された。
予測所要時間、410秒。
現在、残り60秒弱である。

『そういえば、地球軍の挙動にも異変が見られるそうです。R戦闘機群の機動が鈍くなった、等という報告が飛び交っていますが、そちらでは確認していますか?』
「ああ、複数の勢力が確認している。どういう訳か、彼等は急激な戦闘機動を控えている様だ。高速性は相変わらずだが、物理法則を無視した異常な機動などは実行頻度が下がっている。尤も、それも観測し得る範囲では、の話だが」
『やはり、地球軍艦隊にも何らかの異常が起こっているのでしょうか』
「分からない。だが、希望的観測に基いての状況判断は禁物だ。他のクルーにもそれは言い聞かせてくれ・・・以上」
『了解しました』

ウィンドウを閉じるとほぼ同時、スクリーン上に修復措置完了との文面が表示された。
巨大戦艦内部との情報交換に関しては、音声による意思疎通は一切用いられていない。
全て、文章での遣り取りとなっている。
当初に巨大戦艦側が用いていた未知の言語による合成音声での通信は、これまで解析に成功した他文明の言語を基に構築したものであるという。
彼等自身の文明圏にて用いられている言語については、何ひとつ明らかとなってはいないのだ。
こちらからの情報提供に関しては、システムを介する事によって音声をパターンへと自動変換する事が可能である為、特に不自由は無かった。
だがそれでも、意識中へと生じる僅かな違和感ばかりは如何ともし難い。

何よりこちらには誰1人として、彼等の生命個体としての外観を目にした者が存在しないのだ。
こちらと同様、既知の人類と似通った共通点を多く有する姿なのか、或いは全く異なる外観なのか。
若しくは存在概念からして、こちらとは根本的に異なる存在なのかもしれない。
現時点に於いて判明している事実は、彼等が非常に高度な純粋科学技術から成る巨大文明圏を築き上げた存在であり、実際にその文明圏が有する戦力の一端が眼前に存在し、そしてこちらに対して協力的な姿勢を保っているという、この3点のみである。

『艦長、自動修復措置の完了を確認しました。艦体外殻損傷率、各箇所とも0%です・・・完全に修復されています』
「右舷推進系はどうだ」
『小型リペアユニット、数百体による修復を確認しました。メカニズムに関わる情報を収集された虞は在りますが、現時点では・・・』
「それは気にするな。どの道、他の艦艇からも情報は収集しているだろう。本艦だけが機密を保ったとしても、何の意味も無い」
『了解しました・・・修復機器群、本艦より離れます。前方、隔壁開放』
『艦長、巨大艦艇内部より指示が在りました。微速前進し、艦艇外へと離脱せよとの事です』
「こちらでも確認した。送信準備、彼等に礼を言わなければな」

ともかく、彼等にこちらへの敵対的意思が無い事だけは、既に確定しているのだ。
少なくとも地球軍と比較すれば、遥かに友好的な勢力であると云えるだろう。
クラウディアの周囲を覆う無数の修復機器群が離れ行く様を、ドーム内の映像越しに見つめつつクロノは思考する。
地球軍は敵か、それとも味方か。
本局艦艇の陥落とバイド汚染による変貌を確認した直後に、本局直衛艦隊より地球軍からの攻撃を受けているとの通信が発せられていた、と伝える情報も存在するが、真偽は定かではない。
こちらから情報の詳細を問う前に、その報告を齎した情報通信艦艇が数十機のゲインズから陽電子砲の一斉砲撃を浴び、僅かな残骸のみを残し消滅してしまったが為だ。
他の艦艇に関しては、バイド群からの激しいジャミングによって通常通信の維持すら覚束ない状況であり、それ以上の真偽を追求する余地など在りはしなかった。
少なくとも現時点では、真相を知り得る術は無い。

そして現在、第97管理外世界の静止衛星軌道上付近に留まる地球軍艦隊は幾分かその艦艇数を減じ、しかし今なお健在と云える様相であった。
クラナガンでの戦闘に於いて捕虜となったR戦闘機パイロット、第10支局艦艇と共に塵となったその人物は、国連宇宙軍・第17異層次元航行艦隊の艦艇総数を40隻と供述していたが、当該艦隊の実態は更に多くの艦艇によって構成されるものであったらしい。
艦隊出現直後に確認された艦艇数こそ供述通りであったものの、更に20隻以上もの艦艇が浅異層次元潜行状態にて潜んでいたのだ。
艦艇総数70を超える規模かとまで思われた艦隊は、しかし常軌を逸したバイドの物量を前に、50艦前後にまでその数を減じていた。
大型バイド体と化した本局艦艇、其処から放たれた対浅異層次元極広域戦略攻撃により撃沈されたであろう浅異層次元潜行中艦艇の存在を考慮すれば、本来ならば艦艇総数80隻以上もの規模を有する艦隊であったと推測できる。
彼等は現時点までに、30隻前後の艦艇を失っている筈だ。

『接続を確認。艦長、どうぞ』
「こちら時空管理局次元航行部隊所属、XV級次元航行艦クラウディア。損傷箇所の修復完了を確認、貴艦の厚意と支援に心より感謝する。幸運を・・・以上」
『送信を確認』

だが、それ程までに損害を受けておりながら尚、地球軍艦隊は圧倒的な脅威として戦域に君臨していた。
浅異層次元潜行状態に在ったのだろう、艦隊旗艦である「UFBS-AE3 NIFLHEIM」に匹敵する程に巨大な、箱状の艦艇。
艦隊が有する数百機のR戦闘機、それらの母艦として機能していたと推測される空母型らしき3隻の巨大艦艇は、バイド化した本局からの戦略級対浅異層次元攻撃によって破壊され、デブリとなって隔離空間内部へと出現した。
これによりR戦闘機群は、帰るべき母艦を失った事となる。
他の艦艇にも機体収容機構が備わってはいるのだろうが、それらの能力は空母には及ぶべくもないだろう。
補給や損傷を負った機の修復が滞る事は避けられず、地球軍の継戦能力は大きく殺がれる筈だ。
そんな他勢力の予想を裏切り、3隻もの空母を失いながら、地球軍艦隊の継戦能力は一向に衰える様子を見せなかった。
彼等は未だに、無尽蔵かとすら思える数の核弾頭を絶え間なく放ち続け、偏向光学兵器と荷電粒子砲、更には波動砲と陽電子砲によって、周囲のバイド群に対する殲滅作戦行動を継続しているのだ。
出現より40時間を超え、なお尽きる兆候すら覗えぬ地球軍艦隊の弾薬類に、如何なる技術が用いられているのかと誰もが疑問を覚えたが、それに関しては約34時間前に解消される事となった。
地球軍艦隊が、奇妙な行動を執り始めたのだ。

あらゆる勢力が警戒の意図を以って観測を継続する中、戦域を漂う無数の残骸、友軍艦艇からバイド群のものに至るまでを含むそれらを、作業機らしき機体群および偏向重力によって収集し、貪欲に艦艇内部へと収納し始める地球軍艦艇。
何をしているのかと訝しんだクロノであったが、その地球軍艦隊の行動が示す意図を見抜いたのは、既に混成艦隊所属艦艇群に対する修復支援を開始していた巨大戦艦、それを運用する勢力だった。
彼等がシステムを介した自動翻訳文面にて指摘した事実は、超高効率原子変換による弾薬製造の可能性。
どうやら彼等の巨大戦艦も原子変換による弾薬製造機構を備えているらしく、地球軍艦隊の行動の真意を見抜くに至ったのだ。
彼らより齎された事実はその時点でも驚愕すべきものであったが、続けて更に信じ難い情報が告げられる事となる。
少なくとも彼等の技術では、地球軍艦艇程度の規模しか有しない構造物内に、原子変換設備を内蔵する事など不可能であるというのだ。
更に云うならば、恐らくはバイドの複合武装体にも、同様の機能が備わっている可能性が高いという。
即ち、地球軍とバイドに関して云えば、弾薬の枯渇など期待するだけ無駄であるという事だ。
地球軍、そしてバイドは、核を始めとする各種戦略級兵器を、限定条件が存在するとはいえ、半ば無尽蔵に使用する事が可能なのであろう。

「微速前進、艦艇内部より離脱せよ」
『不明勢力より返信・・・クラウディア、貴艦の健闘を祈る。幸運を・・・以上です』
「・・・了解した」

新たに発覚した恐るべき事実に、混成艦隊内には動揺が拡がった。
だがそれも、現在は完全に収束している。
地球軍艦艇と同じく原子変換機構を有する巨大戦艦が、各種弾薬および補給物資提供の実行を提言した為だ。
既に、質量兵器を運用する艦艇については弾薬の供給が開始されており、その他にも燃料から医療品に到るまで、あらゆる物資が巨大戦艦から提供されている。

そして、管理局艦隊を始めとした魔法技術体系から成る兵器群については、数時間前から原因不明の出力増大現象が確認されていた。
圧倒的出力で以って各システムへと供給される魔力は、単純に艦載兵装の性能を底上げするだけではなく、機動性についても劇的な向上という恩恵を齎している。
懸念事項を挙げるとするならば、増大した魔力量に供給系が耐えられるか、といった点だろう。
だがそれも、各勢力に於いて独自に対処できる程度のもの。
魔法技術体系全般に共通する柔軟さこそが、この状況に対する兵器群の適応を可能としているのだ。

だが一方で、気掛りな事象も在った。
確認し得る範囲、その内で例外なく発生している魔導資質の強化である。
魔力炉の出力増大と時を同じくして始まったこの現象は、今この瞬間でさえ全ての魔導師が有するリンカーコアを強制的に進化させているのだ。
先程の通信では強化の程度について触れはしなかったが、実際には信じ難い程の魔力が自身の内に渦巻いている事を感じ取っていた。
クロノ自身の魔導師ランクはS+だが、魔力保有量はAA+相当の筈である。
ところが現在、彼が自身の内へと感じ取っている魔力量はSランクどころか、この魔力は本当にリンカーコアより齎されているものなのか、との疑いを抱く程に強大なものであった。
何せ、小型魔導兵器への搭載を目的とした汎用魔力炉の出力、それに匹敵する程の魔力が常に満ち満ちているのだ。
微細な量の魔力を常に放出し続ける事で安定を保ってはいるものの、宛ら自身が高密度魔力結晶体そのものと化したかの様な緊張がクロノを支配していた。
恐らくは、この隔離空間内部に存在する魔導師、その全てが同様の感覚に襲われている事だろう。

全く、生きた心地がしない。
何処からか際限なく供給される魔力は、次第にその瞬間量を増し続けている。
通常、これ程の量の魔力がリンカーコアを圧迫し続ければ、魔導資質それ自体が損なわれる例を始めとして、最悪の場合は死亡する可能性すら在るのだ。
にも拘らず自身は現在、身体にもリンカーコアにも、僅かなりとも異常を覚えてはいない。
その事実こそが、逆に自身の違和感と不安を煽っている。
継続的な魔力の放出も、自身が暴走を危惧して実行している事だが、恐らくは止めたところで何ら異常など起きはしまい。
リンカーコアに関しても魔力炉と同じく、暴走阻止を目的とした何らかの干渉が為されているのだ。

だが、何処の勢力が如何なる目的で以って、この様な干渉を実行しているのか。
バイドと次元世界、双方の相打ちを狙う地球軍の工作か。
或いは、侵蝕によって高性能な戦力を手中に収める事を目的とした、バイドからの干渉なのか。
そのどちらでもない新たな不明勢力による、予測の付け様も無い恐るべき目的に基いた作戦行動なのか。

『艦長。エムデン連邦軍ルフトヴァッフェ所属、第3次元巡航艦隊旗艦「マエル・ラデック」より入電。巨大戦艦の艦種および艦名を特定したとの事です』
「艦名だと?」
『疑似的ではありますが、近似の意義を持つ単語を特定したと伝えています』

並列思考の一端を状況分析へと当てつつ、クロノはクルーからの報告に異なる区画の思考を加速させる。
巨大戦艦の明確な艦種および艦名については、今に至るまで確定してはいなかった。
当該情報の提示を要請はしたのだが、該当する概念を示す言語が存在しない、との答えが返されたのだ。
どうやらエムデン連邦軍内では、それ以降も艦種と艦名の特定を諦めてはいなかったらしい。
散発的ながら大規模な戦闘、そして艦艇群の修復と補給作業とが続いていた為に、未だ巨大戦艦については仮の名称となるコールサインすら決定されてはいなかった。
だが少なくともこれからは、何と呼称すべきか、という疑問について悩まされる事は無いだろう。

そんな事を思考しつつ、クロノは念話にて加速を指示した。
周囲を覆う金属製の構造物内より脱したクラウディアは、すぐさま指示通りに加速。
ブリッジドーム内に映し出されるは、隔離空間内に浮かぶ無数の艦艇と天体群。
それらを視界へと捉え、何処からか供給され続ける膨大な魔力によって疲労すら解消された身体を深く艦長席へと預けながら、クロノは報告の続きを促す。

「それで、詳細は」
『お待ちを・・・読み上げます』

クラウディア、転進。
ドーム内の映像反転、表示対象は天体と艦艇群から巨大な「壁」へと移行。
「壁」は明らかに人工物であり、また各所に備えられた無数の巨大な砲塔から、恐らくは軍事目的によって建造されたものであると判断できる。
砲塔の規模はユニット単独でさえクラウディアの倍近くも在り、更に単砲身型と連装回転式多砲身型の存在が見て取れた。
更にはミサイル発射口であろうか、無数のハッチが各所に設置されている。
それらはクラウディアが離脱した艦艇格納デッキへのハッチを更に上回る規模であり、予測ではあるが1箇所毎に数百基ものミサイルが装填されているのであろう。

次いで映像が下方へと移動すると、其処にはブースターノズル4基が列を為して配置されていた。
円形のノズルは単基につき直径3kmを超えるという、途方も無く巨大なものだ。
注意深く観察すれば、4基のノズルを挟んだ反対側に、更に同型のノズルが複数存在していると分かる。
ノズルの総数、計8基。
推進系の一端を担っているらしき周辺部位のみですら、12km以上にも亘る巨大な構造体を形成していた。
そして何よりも、異様なその外観、「壁」のほぼ全体を覆う「緑」掛かった特殊外殻装甲。

極大という概念ですら、なお及ばぬ程の圧倒的な規模。
暴虐という表現ですら、なお及ばぬ程の絶対的な暴力。
未知なる文明、未知なる技術によって建造された、余りにも巨大、余りにも強大なる異形の「壁」。



『目標艦艇、完全独立型移動重拠点艦「グリーン・インフェルノ」。繰り返します。目標艦艇名、グリーン・インフェルノ』



数万隻の艦艇群、その中枢に君臨する「緑の地獄」。
異形の巨大戦艦に対して与えられた、管理世界周辺域での新たな言語による呼称。
損傷艦艇群に対しての修復支援を継続するその艦は、これより移動を開始するとの警告、そして目標宙域の座標を周囲へと発信しつつ、徐々に加速を開始していた。
新たなバイド群の出現を探知、守勢より積極的攻勢へと移行したのだ。

寸分違わず全くの同時、一斉に稼働を開始する無数の巨大砲塔。
その規模と外観に見合わぬ、有機的な動作と速度で以って旋回し、砲口をバイド群へと突き付ける。
新たな警告、砲撃余波影響範囲外への離脱指示。
クロノは即座に、再度の転進を命じる。

「進路変更、モード4。第11分艦隊と合流後、データリンク実行」
『了解』

クラウディア、自動航行。
無重力下での艦艇運用に於いて、口頭を用いての正確にして迅速な指示の実行は困難を極めるものだ。
よって管理局艦艇に於いては、艦艇とクルーとを念話によって接続し感覚的な運用を可能とする操艦支援機能および、状況に応じてシステムが操艦全般を管制する自動航行機能が備えられている。
現在はクロノの指示によって操艦を実行しているものの、正確な方位等の設定を担っている存在はクルーではなく、艦のシステムだ。
他艦艇とのデータリンクが実行されれば、単独ではなく複数のシステムが互いの操艦機能に干渉する事となる。
否、操艦のみではない。
艦隊防衛から攻撃行動に到るまで、その殆どの情報管理がクルーの手を離れ、各艦艇のシステムによって構築された大規模情報網へと委ねられるのだ。
それは最早、システムの創造主である人間にすら理解できぬ複雑さ、そして規模で以って構築された情報の砦と云えよう。
だが、クロノは思考する。

今ならば、今ならば或いは。
この艦のシステムが負担している膨大な量の情報、その大部分を自身の能力で以って処理できるのではないか。
魔導資質の強化の度合いは、この数分間で更に増大している。
並列思考の数は既に40を超え、しかし脳には僅かたりとも負荷など掛かってはいない。
思考速度は通常時の数倍にも達し、全ての感覚を介して得られる情報は瞬く間に処理され脳内へと蓄積される。
自身の全てが研ぎ澄まされ、洗練された感覚。
僅かでも緊張を緩めようものならば、己に不可能な事など何も無いと、途端に錯覚しそうな危うさが自身を満たしている。
だが、それは完全な気の迷い等ではなく、現実としてリンカーコアより齎される膨大な魔力、そして加速し拡大してゆく自身の感覚が、その様な認識の構築を助長しているのだ。

「厄介な・・・」

歯痒い。
この状況が、とても歯痒い。
今ならば魔導師として、即ち1個体としてすら、バイド体と渡り合う事が可能であるとすら思える。
バインドで敵のあらゆる動きを封じ、膨大な投射量の直射弾幕にて兵装を破壊し、欠片の生存すら許さぬ極寒の牢獄に陥れた後に粉砕できるという自信が在る。
だが、飽くまで自信であって確信ではない。
この感覚が単なる錯覚ではないと、そう断言する事は誰であろうと不可能だ。

バイドは、そして地球軍は、飽くまで生身の存在でしかない魔導師が抗し得る程、生易しい存在ではない。
単体の兵器を相手取るならばともかくとして、組織または群体としての彼等と渡り合うには、彼等が運用する兵器群、それと亘り得る能力を有する兵器を、それこそ彼等を上回る規模に至るまで生産、保有し運用せねばならない。
現時点でそれに該当する存在は、管理局に於いては次元航行艦に他ならない。
戦略魔導砲アルカンシェルを始めとする、魔導師には決して到達し得ない射程と効果範囲を備えた、攻撃目標とその周辺域に対し圧倒的な破壊を齎す魔導兵器群。
魔導師の有する資質が大幅に強化されたとはいえ、同じく強化された魔導兵器となど比較の仕様もない。
その様な考察は無意味であり、正しく愚の骨頂と云えるだろう。
だが、それを理解した上で尚、自らの内にて荒れ狂う魔力が、こう訴えるのだ。

今なら、戦える。
次元航行艦の艦長、巨大な兵器を稼働させるシステムの一部としてではなく、単体の魔導師として敵と渡り合い、その上で打倒できる筈だ。
魔導師は、魔法は、無力などではない。
この隔離空間内部で展開する艦隊戦、それに於いてすら有効戦力たり得る存在なのだ。
それを、証明してやる。
次元航行艦も、通常魔導砲も、戦略魔導砲も必要ない。
核、波動砲、陽電子砲、全て不要。
自身が有する魔導師としての力量のみで以って、眼前に存在する脅威の全てを排除してやる。

「思い上がるな・・・」

声を発した自らですら聞き取れぬ程の小声、しかし確固たる意思を込めて、クロノは自身を罵倒する。
己の力を過信するな、身の程を知れ、その様な思考は正常ではないのだ、と。
次元空間での戦闘に於いて魔導師は全くの無力であり、だからこそ魔導兵器運用プラットフォームとしての次元航行艦が開発され、現実として管理世界での戦場に於いて主力の座に君臨しているのだ。
魔導師の有する資質が強化された、その程度の事で次元空間での戦闘に適応できると云うのならば、始めから艦載型魔導兵器の開発など行われてはいない。
魔導兵器を開発する為に注ぎ込まれた資本も技術も、魔導師またはデバイスの強化・発展に充てられていた事だろう。
それを実行したとして、次元空間に於いて有用たる戦力とは成り得ないからこそ、殆どの世界は次元航行艦隊を保有しているのだ。
勘違いをしてはならない。
現在、隔離空間内部に存在する全ての魔導師を襲っているであろう、この抗い難い誘惑は、現状に於いて魔導師の有用性を示すという機会を与えるものではない。
逃れられぬ死へと誘う死神の鎌、甘い蜜の香りを帯びた死毒なのだ。

そう、如何に魔導資質の強化が為されているとはいえ、この隔離空間内部に於いて魔導師は未だに無力。
魔導兵器群もまた魔導師と同様に強化が為され、質量兵器群に於いては比較する事すらおこがましい程に強大なものばかりが跋扈している。
況してや、現在の空間内は真空状態なのだ。
観測初期に於いては何らかの不明物質により満たされていた隔離空間だが、現在の状態は次元空間、或いは宇宙空間と何ら変わりが無い環境なのである。
その様な通常生命の存在を許さぬ死の空間に於いて、生身の魔導師が長時間に亘って戦闘を行う事など不可能だ。
それでなくとも、眼前の戦場では途轍もない速度と射程、規模での戦闘が繰り広げられている。
状況は魔導師の能力で以って適応できる範囲を遥かに逸脱しており、それを理解できぬ者など存在しないであろう事は明白であった。

『警告。グリーン・インフェルノ、砲撃を開始します』
「了解、第11分艦隊との合流を急げ」

だが、もしもだ。
もしも魔導師を運用する上での、最低限の条件が揃っていたのなら。
そんな状況下に、魔導師が存在したのなら。
彼等は、戦う事を避けられるだろうか。
敵対勢力と自身等との戦力差を冷静に分析し、戦闘の回避を選択できるのか。
異常なまでに強化された魔導資質によって翻弄されるが儘に、勝機など在りもしない戦闘へと自ら突入するのではないか。

『砲撃開始!』

巨大戦艦とクラウディアとの相対距離、約11km。
グリーン・インフェルノ、砲撃開始。
弾体射出時に砲口より拡散する余剰エネルギーが、艦体各所を青白く照らし上げた。
更に、無数のミサイルが各所ハッチより射出され、青白い燐光を空間へと残しつつ前方および下方のバイド群、総数1万体を優に超える複合武装体の直中へと突入してゆく。
数千発の砲弾と、同じく数千基のミサイル群。
その全てが核弾頭を搭載していると知り得た際、クロノの心中へと去来した感情は憤り等ではなく、諦観そのものだった。
最早、管理局の理念が通用する状況ではないと、既に解り切っていた筈の事実を改めて眼前へと突き付けられたのだ。
だが、今は違う。
少なくとも魔導兵器に関しては、辛うじて質量兵器と同一次元での戦闘が可能となったのだ。

『リンク完了、各艦砲撃態勢』
『核弾頭、起爆!』
「機関、最大戦速。アルカンシェル、バレル展開」

核弾頭、全弾体起爆。
核爆発の衝撃が艦を揺るがす中、白光に埋め尽くされるブリッジドーム内に、機関最大出力を示す警告音が響く。
アルカンシェル、バレル展開。
有効射程は通常の3倍以上にも伸長してはいるものの、それでもなおバイド群が有する質量兵器のそれには遥かに劣る。
よって管理局艦隊を始めとする、魔法技術体系により構成された兵器群を運用する勢力には、核爆発直後の混乱を突いて距離を詰め最大射程距離より魔導兵器を撃ち込む、それ以外に執り得る戦術は存在しなかった。
だが、このまま原因不明の強化が進行するならば、その問題についても解決は時間の問題だろう。

『前方49000、敵複合武装体を探知』
「MC404、自動砲撃!」

ドーム内の一角、無数の核爆発を掻い潜ったらしき、3体の複合武装体が拡大表示される。
コードネーム「ボルド」2体、及びコードネーム・コンバイラ1体。
信じ難い事に、バイド群は核爆発の直中に在りながら、その破滅的なエネルギーの輻射に耐え抜く事が間々在った。
しかし確かに損傷を負ってはいる為、残存を確認する度に他の艦艇が突撃、殲滅行動を繰り返している。
そして、今回もまた同様の状況であった。
残存バイド群は既にこちらを探知している筈だが、管理局艦隊を含む数千隻の艦艇が同時に、更に後方より超長距離運用型質量兵器群による援護を受けつつ突入するのだ。
如何に高性能の複合武装体とはいえ、効果的な迎撃の術など在ろう筈もない。

忽ちの内に、クラウディアを含む8艦からの同時砲撃を受けた2体のボルドが爆発、四散する。
残るコンバイラは上部ハッチよりミサイルを放ったものの、その全てを射出直後の加速開始前段階にて小型次元航行機群により撃破され、更に数機が翼端より展開した巨大な魔力刃によって推進ユニットを引き裂かれ、完全に行動能力を奪われた。
其処へ後方より数十発もの荷電粒子砲撃が飛来し、回避行動を取る事すら不可能となったコンバイラの中央ユニットを貫く。
コンバイラ、爆発。
クラウディアは他の艦艇群と共に前進、その爆発を一瞬にして後方へと追い遣り、更に数百体の複合武装体を補足する。

『目標補足、距離142000!』
「リンク再確認、距離85000にて砲撃と通達せよ」
『機関部より緊急。艦長、炉心出力が更に上昇しました』
「推進系への供給率は?」
『現在218%を超えました。尚も上昇中、よって更なる加速が可能です。しかし・・・』
「最大戦速を維持、指示が在るまでは決して減速するな」
『距離95000! 艦長!』
「各員、衝撃に備えよ!」

長距離攻撃に対し応射するバイド群、その正面へと突撃する第11分艦隊、XV級8隻。
ドーム内へと映り込むその全艦が、クラウディアと同じくアルカンシェル・バレルプログラムを展開していた。
そして遂に、目標バイド群を射程内へと収めた、その瞬間。

『85000!』
「発射!」

一斉砲撃。
8艦が同時に、アルカンシェル弾体を解き放った。
白光を放つ弾体は85000の距離を数秒にて翔け抜け、バイド群の中央へと踊り込む。
ほぼ同時、バイド群が無数のミサイルを放った。
数千発、恐らくは全て核弾頭。
だが、もう遅い。

『弾体炸裂、今!』

アルカンシェル弾体、炸裂。
先程以上の強烈な閃光と共に、空間歪曲発生を示す警告音が響く。
衝撃に揺さ振られる艦体。

「目標の状態を報告せよ」
『目標、反応を確認できません。複合武装体、総数447・・・殲滅を確認』

発光が止んだ後、其処にはバイド群も、数千基の核弾頭も存在しなかった。
第11分艦隊のみならず千数百隻の艦艇が一斉に放った戦略魔導砲撃、それらの炸裂により発生した大規模空間歪曲に呑み込まれ、全てが消滅したのだ。
本来ならば空間歪曲すら耐え抜いたであろう複合武装体群は、しかし先の核爆発により重大な損傷を受けていた為か、僅かなりとも破片を残す事すらなく消失していた。
クロノは並列思考の一端にて全方位索敵情報を解析し、全ての敵影が排除された事を確認する。

「敵増援の殲滅を確認した。進路変更、モード3。第2戦速にて母艦隊との合流を目指せ」

クラウディア、自動回頭。
百数十秒前まではバイド群が存在していた空間へと背を向け、グリーン・インフェルノを中枢とした母艦隊を目指す。
数十時間前には予測だにしなかった、対バイド戦に於ける圧倒的な勝利。
そんな現状を前に、クロノの胸中を満たすものは希望ではなく、際限なく湧き起こる疑心と不安だった。

この状況は、何時まで続くのか。
敵大規模増援とその殲滅は、既に7度に亘って繰り返されている。
戦域に存在するバイド群の殲滅後、増援が出現するまでには常に一定の間隔が在った。
約8時間。
多少の差異は在れど、それが次なる増援の出現までに残された猶予である。

バイドの物量は、文字通りの無限なのか。
恐らくは全次元世界を呑み込んだ隔離空間、その全域にて大規模艦隊戦を展開し、更に幾度となく殲滅されながらも、なお尽きる事なく送り込まれる膨大な戦力。
この戦域のみに於いてすら、既に150000を超える数の複合武装体が撃破、殲滅されている。
隔離空間全域にて同様の状況が発生していると仮定するならば、既に撃破された複合武装体の総数は10000000を超えている可能性すら在るのだ。
グリーン・インフェルノが出現し状況が好転した後に於いてすら、戦闘の度に混成艦隊は少なからぬ被害を受け続けている。
この状況が延々と続くのならば、いずれ艦隊戦力は摩耗し、圧倒的な物量によって圧し潰される事となるだろう。
本当に終わりは在るのか、無いならば如何にしてこの状況を打ち破るのか。

そして、地球軍。
今なお勢力として独立状態を保つ彼等は、今後に起こり得る状況の変化に於いて如何なる行動を執るのか。
飽くまでも中立に近い位置を保つのか、或いは敵対を選択するのか。
バイドに対する積極的攻勢を示すのか、このまま何らかの要因による状況の変化を待つのか。
本局艦艇陥落との関連性は在るのか、それとも全くの無関係か。

それだけではない。
本局より脱出したと思われる、直衛艦隊を含めた数百隻もの次元航行艦は、何処へ消えたのか。
それらを探知したとの報告は本局の陥落直後に齎された僅かな数のみであり、バイド群からのジャミングが消失した後には完全に途絶えていた。
そもそも、本局あるいはそれらの艦艇群が何らかの信号を発してはいない限り、こちらがその存在を感知する事は不可能なのだ。
隔離空間拡大時に各世界および勢力の探知と特定に至った理由も、それらより発せられる各種信号を受信・解析したが為である。
だが今、本局より脱出したらしき小型次元航行艦群および直衛艦隊のそれは、受信が全く確認されない状況にある。
彼等はどうなった、無事なのか、バイド或いは地球軍によって撃沈されたのか。

『艦長!』

複数の並列思考へと沈み掛けていたクロノは、クルーからの呼び掛けによって我へと返る。
現在の状況認識すら維持できないとは、これでは並列思考を用いる意味が無いではないか。
内心にて自身を叱責しつつ、クロノは問いを返した。

「どうした」
『後方161000、敵複合武装体を探知しました』
「増援か」
『いえ、それが・・・敵複合武装体、1体です』
「何だって?」
『目標、コンバイラ単体。周囲に他の複合武装体は確認されません・・・グリーン・インフェルノより入電、砲撃警告です』

クロノはウィンドウを展開、クラウディア後方の映像を表示する。
果たして其処には、クラウディアからすれば左前方の下方より見上げる形で、1体のコンバイラが映り込んでいた。
先程までは確かに存在などしなかったそれは、何らかの行動を起こすでもなく、ただ空間中に在る。
一体あれは何なのか、等と思考する暇も在ればこそ、グリーン・インフェルノよりコンバイラへと強烈な砲火が叩き込まれた。
目標が単体の複合武装体である為か、核弾頭による攻撃ではなく、大口径電磁投射砲によるものだ。
4発の弾体が一瞬にして数十万もの距離を翔け抜け、微動だにしないコンバイラの各ユニットをいとも容易く貫いた。

『目標撃破』

コンバイラを中心に、膨大な量の火花と破片が噴き上がる。
業火を噴きつつ空間中へと四散してゆく、巨大な2基のメイン・エンジンユニット。
セントラルユニットは中心部を2発の弾体によって貫かれ、小爆発を繰り返しつつ崩壊してゆく。
その様をウィンドウ越しに見据え、クロノは浅く息を吐いた。

複合武装体が単体にて出現した、との報告を受けた際には嫌な予感がしたものだが、どうやら単なる思い過ごしだった様だ。
目標は呆気なく撃破され、小爆発を繰り返すその姿は、今にも塵と化さんばかりだ。
だが、気を弛める事はできない。
遅くとも8時間後には、次なる増援が出現するのであろう。
根本的な打開策を探らねば、無為な戦闘を重ねての消耗の果てに圧殺される、等という最悪の事態にもなり兼ねない。
どうにかして、バイドの根源に当たる部位を叩かねばなるまい。

そんな事を思考しつつ、クロノはウィンドウを閉じた。
回頭は必要ないとの指示を下し、艦長席の背凭れに深く身体を預ける。
肉体的にも精神的にも、疲労は無い。
だが一方で、張り詰めた精神の何処かは、安らかな眠りを欲していた。
根を詰め過ぎても、それにより真っ当な判断が下せなくなったのでは意味が無い。
そろそろ仮眠を取るべきだろうか。

『目標に異変!』

クルーからの報告が、クロノの思考を打ち砕く。
即座にウィンドウを展開し、破壊された複合武装体の残骸を拡大表示。
そうして映し出されたものを視界の中心へと捉えた瞬間、クロノは己が目の異常を疑った。

「何だ、これは?」

脈動。
少なくともクロノは、その現象を言い表す為に用いる事ができる単語を、それ以外に知り得なかった。
4発もの電磁投射砲弾によって貫かれ、完全に機能を停止したかと思われた複合武装体、コンバイラ。
その外殻装甲表層部が、細かく規則的に蠢いているのだ。
それは正しく、既知の生命体の大多数が有する、血管系の脈動とも云うべきもの。
細かく幾重にも枝分かれしたそれらが、セントラルユニットの残骸、その表層全体を覆っているのだ。

それだけではない。
脈動する血管系にも似た網目状の何かは残骸表層のみならず、周囲の空間中にまで拡がっていた。
宛も血管系が生命体の皮膚を内から食い破り、外部の空間そのものを侵蝕しているかの如き異様な光景。
否、その様に見えるのではない。
事実、あれらは空間を侵蝕しているのだろう。
脈動する何かは徐々にその範囲を拡げ、それに沿う様にして複合武装体の残骸が膨張を始めたのだ。
瞬間、叫ぶクロノ。

「MC308、全バレル展開! 目標、複合武装体残骸!」
『バレル展開、確認しました!』
「撃て!」

クラウディア後方、4門のバレルプログラムが展開し、それらが同時に魔導砲撃を放つ。
クロノと同様の危機感を覚えたのであろう、周囲のXV級からも後方への砲撃が放たれていた。
彼等のみならず、遠方より超長距離支援を行っていた他勢力艦隊も、同様に異常を感じ取っていたらしい。
荷電粒子砲撃と電磁投射砲弾、更に無数のミサイルが複合武装体を目掛け、空間を引き裂きつつ殺到してゆく。
これだけの一斉砲火を浴びれば、それこそ僅かな残骸すらも残るまい。
そして、数秒後。

『着弾・・・いえ、違います! 目標失索!』
「馬鹿な!」

着弾の直前、複合武装体は霞の如く消失していた。
信じ難い現象を前に無数の通信が錯綜し、全ての艦艇があらゆる索敵手段で以って周囲の空間を探り始める。
クロノもまた、クラウディアが有する全ての索敵機能を用いて、消えた複合武装体の行方を探り始めた。
だが数秒後、目標は実に呆気なく発見される。
在り得る筈のない方位、在り得る筈のない位置に。

『敵複合武装体、再探知! 本艦前方266000!』

新たなウィンドウが展開し、遥か前方の空間に浮かび上がる目標が拡大表示される。
映し出されたそれは紛れもなく、クラウディア後方にて消失した複合武装体。
先程よりも更に範囲を広げた網目状の揺らぎ、それに沿う様にして各ユニットが分離してゆく。
目標が瞬間的な空間転移を行ったのだと思い至った時には既に、異変は止め様が無い時点にまで進行していた。

『目標、大きさが・・・凄まじい速度で肥大化しています!』
「詳細を報告せよ!」
『不明です! しかし、間違いなく大型化しています・・・信じられない、明らかに形態が変わっている!』

明らかな動揺を孕んだ、クルーの声。
クロノは数秒と掛けずに、彼女の内心を理解した。
彼の視界にも明確に映り込む、異形の変貌。
それが如何に異常な光景であるのか、何と呼称すべき現象であるのかを、彼は正確に理解していた。

「成長・・・進化している・・・?」

外殻から内部機構までを電磁投射砲弾に貫通され、徐々に崩壊を始めていた筈の巨体。
だが今、分離した各ユニットは再接合し、更に大型かつ歪な形状となっている。
左右のメイン・エンジンユニットは全体的に膨脹し、外観的には特に下方への伸長が著しい。
宛ら腕部の如くセントラルユニットの両側面へと接合したそれは、推進部というよりは巨大な盾としての機能を有しているか様に見受けられる。
一方でセントラルユニットもまた、更なる異形へと変貌を遂げていた。
ユニットの全高および全幅は70%程度の伸長だが、全長は3倍以上にも膨れ上がっている。
そして何より、肥大化したセントラルユニット前部中央の僅かに下方、前方へと突き出した長大な構造物。
4つの部位に分かれた先端部、その中央に覗く環状機構は、明らかに何らかのエネルギーを集束・凝縮する為のものだ。
恐らくは陽電子砲なのであろうが、ユニット単体にも拘らずXV級の倍に相当する全長と、常軌を逸した規模である。

そして、それら全てを総合し、判明した異形の全体像。
全高1390m、全長、1911m、全幅2085m。
変貌以前より形容し難い全貌ではあったが、今や完全に理解を超える異形と成り果てた複合武装体、コードネーム・コンバイラ。
否、今となっては、その呼称が適切なものであるかすら疑わしい。
名称不明の存在となったその異形は、圧倒的な存在感を放ちつつ空間中を漂う。
ところが数秒後、その巨体が唐突に姿勢を変えた。
その瞬間、クロノは脳裏へと生じた危機感に急かされる様にして、鋭く指示を発する。

「機関、最大戦速! 目標をアルカンシェル射程内に捉えろ!」
『目標、後部ノズル発光!』

だが、僅かに遅かった。
複合武装体、両舷メイン・エンジンユニット後部。
複数のブースターノズルを発生源として、巨大な噴射炎が爆発する。

『目標、急加速!』
「逃がすな、追撃せよ!」

加速してゆく複合武装体。
その進行方向には、グリーン・インフェルノを中心とする母艦隊が存在する。
目標が実質上の艦隊旗艦である当該艦艇、その撃沈を狙っている事は明らかだった。
無論、周囲の艦艇群がそれを許す訳はない。
クラウディアは最大戦速にて、目標の追撃を開始した。
しかし数瞬後、凄まじい加速によって徐々に分艦隊を引き離し行く目標より、40基を超える大型ミサイルが放たれる。
それらが如何なる弾頭を有しているか、そんな事は思考するまでもない。
クルーより警告。

『目標、核弾頭発射!』
「最大戦速を維持、迎撃は他艦に任せろ!」

クラウディア、追撃継続。
迎撃態勢を取るまでもないと、クロノは判断した。
その任については、より攻撃精度に優れた兵装を有する艦が担うのだ。
そして、クロノの判断は正解だった。
複数の艦艇より連続して、電磁投射砲を始めとする超長距離精密砲撃が放たれ始めたのだ。
無数の弾体が核弾頭群へと殺到し、起爆前のそれらを次々に破壊してゆく。
だが、全ての弾頭を撃破するには至らなかった。
激しい迎撃を掻い潜った2基の弾頭が、遂に起爆したのだ。
凄まじい閃光とエネルギー輻射、そして未知の粒子拡散技術により齎される強烈な衝撃。
座席より放り出されそうになる身体を必死に押さえつつ、クロノは叫ぶ。

「目標を補足し続けろ! 母艦隊への突入だけは何としても・・・」
『反応数、増大・・・艦長!』

だが、その言葉を最後まで紡ぐ事はできなかった。
十数秒後、漸く視界を再確保した彼は、ドーム内の映像上に信じ難い光景を見出す。
核爆発の発生直前までには、決して存在しなかった、異常な光景。
クロノの視界、ドーム内に映し出された隔離空間内部。

「・・・どうなってる?」



加速中の目標と同型の複合武装体群が、空間内を埋め尽くしていた。



「索敵、出現の瞬間は」
『不明です! システム混乱中の数秒間で転移したのではないかと・・・』
『新型複合武装体、総数6250!』

こんな馬鹿な事が在り得るのか。
複合武装体が成長、或いは進化とも云える変貌を遂げたのは、僅かに数十秒前の事だ。
だがこの瞬間、艦隊による探知可能範囲内には、6000を超える複合武装体が存在しているという。
これは、如何なる現象なのか。
既に進化は完了しており、その上で1体の複合武装体のみを戦域へと転移させたのだろうか。

或いは。
或いは、想像するだに恐ろしい可能性だが。
数十秒、実に数十秒の間に。
僅か1体の複合武装体が遂げた進化を、他の全ての個体へと反映させたとでもいうのか。

『グリーン・インフェルノより警告! これより核弾頭による敵性体群の殲滅へと移行、直ちに安全圏へと退避せよとの事です!』
「・・・了解した。転進、モード2・・・待て! 進路戻せ、モード4!」

この様な状況となっては最早、グリーン・インフェルノによる殲滅に頼る他ない。
当該艦艇が有する圧倒的な火力の前には、XV級による援護など足手纏いとしか成り得ないだろう。
そう判断したが故の指示は、直後に発言者であるクロノ自身の言葉によって撤回された。
目標、複合武装体群に異変。

『複合武装体群、不明物体を射出!』
「数は?」
『カウント不能! 目標物の数が多過ぎます!』
『画像、拡大します』

複合武装体群より射出される、明らかにミサイルとは異なる無数の物体。
拡大表示されたそれらを視界へと捉え、クロノは眉を顰める。
その物体は何らかの機動兵器の残骸、或いは基礎フレームとしか思えぬ外観だった。
最小限の質量しか持たぬ、僅かな負荷が掛かっただけでも折れてしまうのではとすら思える、余りにも脆弱な構造。
更に云えば中枢らしきユニット、翼部、尾部の3つのユニットから構成されているらしきそれは、しかし互いのユニットが完全に独立していた。
3つのユニットは物理的接合が為されておらず、互いに一定の距離を維持しつつ単体としての構造を為しているらしい。
余りにも歪で、何らかの正常な機能体であるとは到底思えぬ、奇妙な物体。
だが、それらは決して単なる残骸などではなく、構造体の後方より噴射炎を煌かせつつ、明らかに自身が生み出した推力によって加速してゆく。

『不明物体群、接近』
『光学兵器搭載艦艇、不明物体群を攻撃します!』

1つ確かな事は、あれらの正体が何であろうと、詰まるところバイド以外では在り得ない。
その点については、深く考える必要すら無かった。
そして、クラウディアを始めとする管理局艦艇が手を下すまでもなく、質量兵器搭載型艦艇群より長距離光学兵器の光条が放たれる。
無数の光条は狙い違わずに接近中の不明物体群を捉え、その脆弱な外観の構造体を容易く貫いた、かに思われた。
だが、数瞬後。

『目標撃破・・・いえ、お待ちを。目標・・・目標、健在・・・?』
「回避されたのか」

自らの判断に確信が持てないのか、報告を口籠るクルー。
その頭上に拡がるドーム内の映像は、1体たりとも欠ける事なく接近中の目標群を映し出している。
瞬間的な事が故にセンサーを介して得た情報となるが、レーザーは目標群を正確に捉えていた筈だ。
だが現実には、それらは無傷のままにこちらへと接近し続けている。
一体、何が起こったのか。

『確かに目標を捉えた筈なのですが、特に変化は・・・目標群、更に加速。急速接近!』
「迎撃開始! MBS自動管制!」

直後、目標群は突如として急加速。
クロノは直射魔導弾幕による迎撃を指示、すぐさま命令が実行された事を確認する。
クラウディアより放たれた無数の直射弾は、他艦艇群より放たれたレーザー、魔導弾と共に目標群へと殺到、着弾し。

『目標・・・!?』



そのまま、霞の如く掻き消えた。



「MC404、自動管制!」

最早、クロノは動じない。
光学兵器による撃墜が確認されなかった時点で、こうなる事は半ば予測していたのだ。
状況を苦々しく思いつつ、彼は小さく息を吐く。

バイドは恐らく、光学兵器および魔導兵器による攻撃に対して、ある程度の無効化を実現するシステムを開発したのだ。
直撃したかに思われたレーザー、そして直射弾は何らかの原理により急激に減衰され、目標を構成するユニットを傷付ける事もできずに消失。
そして今、目標群は健在にして、更に高速で接近中という訳である。
目標は明らかに攻撃態勢を取っており、すぐにでも撃破せねば何らかの攻撃を受ける事となるだろう。
だからこそ、より強力な魔導砲による砲撃を指示したのだ。
直射弾程度の魔力密度では、弾体が目標へと達する前に減衰、消滅してしまう。
では、圧倒的魔力密度を有する集束魔導砲撃ならば、どうか。

『MC404、砲撃開始!』
『各勢力艦艇群、物質弾体型質量兵器による攻撃を開始!』

どうやら意見を交わすまでもなく、周囲の艦艇群も同様の結論へと達したらしい。
各勢力艦艇が次々に魔導砲撃、そして質量弾体による攻撃を開始。
直後に他艦艇より通信が入り、ほぼ同時に砲撃が数体の目標を纏めて撃破した。

『「オリオール」より全艦隊へ、警告! 目標周囲、何らかの気体が防御膜層を形成している! 低集束魔導弾および光学兵器は目標に対して無効、高出力兵装および質量弾体にて迎撃に当たれ!』
『目標撃破! 艦長、砲撃は有効です!』
「砲撃続行! 第3戦速、モード2!」

クロノは指示を下し、目標の1体をウィンドウ上へと拡大表示する。
果たしてオリオールからの報告通り、目標の周囲を包み込む様にして何らかの気体、霧状のそれが密集していた。
更には数秒後、その気体が高密度の魔力素を内包している事実がセンサー群の解析によって判明し、クロノは自身の推測が的を射ていたと確信する。
高密度魔力素によって形成された、対光学・魔力兵器防護膜。
光学兵器類による攻撃は防御膜を構成する粒子への乱反射により減衰し、魔導兵器による攻撃もまた高密度魔力素による干渉から霧散してしまうのだ。

超高機動体に対し、最大の威力を発揮する筈である光学兵器および魔導弾幕が全く通用しない、強力な防御策を備えた敵性体。
恐るべき存在だが、仕掛けさえ見抜いてしまえば対処法は幾らでも在る。
防御膜による干渉を受けない質量弾体で以って攻撃するか、或いは高密度魔力で以って防御膜もろとも撃ち抜くかだ。

『迎撃、問題ありません! 接近中の目標群、約20%の撃破に成功!』
「砲撃を継続せよ。各分艦隊に混乱の様子は見受けられない、このまま母艦隊まで圧し進むぞ。機関、最大戦速」

暴風の如き激しい砲火が、接近中の不明物体群へと殺到する。
次々に巻き起こる爆発、襲い掛かる砲火の僅かな間隙を縫って接近を試みる不明物体群。
その総数は余りにも膨大であり、これだけの砲火が浴びせ掛けられているにも拘らず、未だ6割が健在であった。
だが、殲滅の完了は時間の問題だ。
そう判断し、クロノは増速を命じた。

『目標に異変!』

直後、新たなウィンドウが展開される。
拡大表示されたそれ、接近中の不明物体。
霧状の防御膜に覆われたその先端部付近に、青白い光を放つ粒子が集束を始めているではないか
その光景を目にしたクロノは、唐突にある事実へと思い至った。

目標物体、その構造。
明らかに酷似している。
同一という訳ではないが、各ユニットの基本構造が確かに似ているのだ。
あの忌まわしき存在、第97管理外世界の人間達が造り出した、悪魔の兵器体系に。

「R戦闘機・・・なのか?」

そんな筈は無いと、クロノは自身の思考を否定する。
キャノピーなど、何処にも存在しない。
ノズルすら見受けられない。
余りにも薄い板状のユニットを中心に、辛うじて戦闘機としての面影が見受けられるだけの構造を成した、兵器とも単なる残骸とも付かぬ存在。
そんな物体が何故、R戦闘機に酷似していると思えたのだろうか。
第一にあれらの不明物体は、地球軍ではなくバイドによって運用されているのだ。
バイドがR戦闘機を有している可能性など、僅かたりとも考慮されてはいなかった。
だが、現実として不明物体群は、明らかに波動粒子の集束を行っている。
目標群、波動砲発射態勢。

「砲撃中断、回避行動!」
『回避、モード7! 各艦艇、散開します!』
『目標2体「カタリナ」に接近! 回避、間に合いません!』

そして、数秒後。
更なる加速によってXV級カタリナへと接近した、2体の目標。
その前方部より、それは放たれた。

『目標、砲撃・・・いえ、これは・・・霧・・・?』

霧の爆発。
正にそれとしか表現の仕様がない、異様な砲撃。
指向性を有する爆発、それと見紛うばかりの威力で以って目標より噴出した、膨大な量の霧状気体。
それは一瞬にしてカタリナの艦体を覆い尽くし、更に予測される進路上へと散布され霧の集合体を形作る。
咄嗟に叫ぶクロノ。

「本艦へと接近中の目標を優先的に追跡! 通信士、カタリナに繋げ!」
『ローロンス、目標撃破!』

両艦からの砲撃により撃破される、カタリナを攻撃した2体の目標。
だが、それらより放たれた霧は空間に留まり、一向に薄れる様子は無い。
霧状気体によるジャミング効果か、繋がっては途切れを繰り返す通信状況を苛立たしく思いつつ、クロノはカタリナへと呼び掛ける。

「こちらクラウディア、ハラオウンだ。カタリナ、貴艦の状況を知らせよ」
『通信状態が維持できません。霧によるジャミングかと』
「回復操作を継続せよ。カタリナ、こちらクラウディア。応答せよ、カタリナ! ベルトラン艦長、イグナシオ!」
『通信、エリア非限定にて回復しました。繋ぎます』
「カタリナ、聞こえるか? こちらは・・・ッ!?」

通信状態が回復し、通信士が音声を出力した瞬間。
クラウディアのブリッジドーム内に、耳を覆いたくなる様な絶叫が解き放たれた。
クロノは思わず身を強張らせ、驚愕と困惑とに目を見開く。
艦長席の下方では、クルー等が狼狽えつつ掌で耳を押さえていた。
無数の絶叫、即ち悲鳴は、未だにドーム内へと響き続けている。

これは本当に人間の声なのかと、そんな疑いすら生じる程に獣染みた絶叫。
状況からしてそれを発している者は、カタリナのクルー以外には在り得ない。
だが、彼等は何故、こんな絶叫を上げ続けているのか。
これは1人、2人という程度の人数から発せられているものではない。
エリア非限定での通信である事を考慮すれば、恐らくはカタリナに搭乗する全クルーの悲鳴なのだろう。

生きながらにして臓腑を抉られているかの如き、それを聴く者の心底から潜在的な恐怖を呼び覚ます叫び。
眼下のクルー達の中には掌で耳を塞ぎ、闇に怯える子供の様に背を丸めている者達の姿すら在った。
気の所為か、彼等の身体は震えているかの様にも見える。
強制的に認識させられる死という概念への恐怖に耐え切れず、只管に身を縮めて叫びが止む時を待ち侘びているのだ。
クロノ自身とて例外ではなく、僅かでも気を緩めようものならば即座に、心中より際限なく湧き起こる恐怖に呑み込まれるであろうとの自覚が在った。
だが、彼の中に息衝く矜持と艦長としての責務が、恐怖に屈するという選択を許しはしない。
上擦りそうになる声を強靭な意志で抑えつつ、クロノは通信越しに響き続ける壮絶な悲鳴、それを掻き消さんばかりに声を振り絞り叫んだ。

「目標群から目を離すな! 次は我々がやられるぞ! 右舷前方40、不明物体接近中!」
『・・・MC404・・・優先目標設定しました!』
「カタリナはまだ沈黙していない! 観測を継続、変化が在れば・・・」
『艦長、カタリナが!』

クルーからの報告に接近中の不明物体から視線を外し、再び霧の集合体を見やるクロノ。
雲の様な集合体の表層から時折、カタリナの白い艦体が覗いている。
カタリナが増速した事によって、徐々に霧が引き剥がされているらしい。
気付けば何時の間か悲鳴は止み、入れ替わるかの様に低い呻きがブリッジドーム内に響いていた。
異物の詰まった排水口が立てる様な、空気が漏れる際のくぐもった音。
まだ、誰かが生存している。
そんな希望と共にドームの一角を見上げるクロノの視線の先、霧の壁を切り裂いて現れた白亜の艦体は。

「・・・何て事だ」



原形を留めない程に「腐食」し、溶け落ちていた。



「イグナシオ・・・!」

クルー達の悲鳴。
次いで複数のウィンドウが展開し、解析結果を自動表示。
リンクを通じ、情報を艦のシステムより直接取得したクロノは湧き起こる絶望に圧される様にして、無意識の内に友の名を呼ぶ。
そんな彼の眼前で、本来有すべき質量の約60%を喪失したカタリナは、辛うじて前進を続けていた。
単なる汚泥の塊の如き惨状となりながらも尚、推進機関が機能を維持しているのだ。

そして、通信越しに響く無数の呻き声は、未だ途絶えてはいない。
艦内に、生存者が居る。
如何なる惨状となっていようとも、カタリナのクルーはまだ生きているのだ。
クロノは咄嗟に、周囲の艦艇へと救援要請を発するべく、ウィンドウを展開していた。
だが、彼が言葉を紡ぎ出す、その直前。

『艦長・・・カタリナが・・・!』

カタリナが、艦体の半ばより「折れた」。
宛ら、熱によって融け出した飴細工の様に、呆気なく。
その瞬間、通信越しに響き続けていた呻きが唐突に途絶え、静寂のみがブリッジドーム内を支配した。
下方でクルー達が息を呑んだ、その程度の微かな音ですら確かな波となり、リンクを介す事もなくクロノの聴覚を、意識を揺さ振る。
そして、視界が歪むかの様な錯覚が襲い来る中、クルーの掠れた声がリンク越しに意識内へと響いた。

『カタリナ・・・轟沈』

崩壊は止まらない。
2つに分かたれたカタリナの艦体は更に腐食が進み、徐々に細分化されてゆく。
そうして十数秒後、宙域には僅かな破片と、大量の細かな粒子だけが残された。
カタリナ、消滅。

「アルカンシェル、バレル展開! 照準、目標群B!」
『バレル展開、確認!』

クロノが、吼える。
アルカンシェルによる砲撃を指示、接近中の目標群へと照準。
ドーム内に映し出される無数の敵機群、それら全てに友軍艦艇の照準を示すマーカーが重なっていた。

「目標個体をR戦闘機16番として登録! 以後、敵機と呼称する!」
『目標を16番として登録、確認しました』
『前方、強烈な発光!』

遥か前方、黄昏時のそれにも似た色の光が、無数に炸裂する。
その光が何を意味するものか、クロノは既に知り得ていた。
母艦隊が、複合武装体群の射程内へと捉えられたのだ。

『陽電子砲撃です! 無数の大規模爆発を確認、母艦隊に被害が!』
「通信状態維持、情報を随時報告せよ! 目標群、及び他艦艇とのリンクはどうなっている!」
『目標群を射程内に捕捉しました! リンク維持を確認、砲撃可能!』
「発射は「ハンナ・カティ」が管制する。各員、衝撃に備えよ!」

新たにウィンドウが展開され、アルカンシェル発射までの秒数が表示される。
ドーム内の正面には前方より接近中の敵機群と、その遥か先にて発生する無数の巨大な火球が映り込んでいた。
爆発はグリーン・インフェルノを始めとする無数の艦艇、それらより放たれた核弾頭によるものだろう。
陽電子砲撃による被害は受けたものの母艦隊は未だ健在であるらしく、猛烈な反撃による無数の核爆発、そして空間歪曲が前方の宙域を埋め尽くしてゆく。
一方で、クラウディアが属する分艦隊もまた敵機群による砲撃を耐え抜き、反撃の瞬間を迎えつつあった。
アルカンシェル、発射まで15秒。

『友軍勢力艦艇より、核弾頭の発射を確認!』
「減速、第2戦速へ! 弾頭の炸裂に巻き込まれるな!」
『発射まで10秒!』
「本艦は敵機群の殲滅を確認の後、複合武装体の追撃へと・・・」
『目標、散開!』

だが、発射まで5秒と迫った、その時。
前方の集団を含む全敵機群が、一切の前兆なく散開した。
どうやら友軍艦艇が放った核弾頭に反応し、攻撃よりも回避行動を優先したらしい。
その突然の変化にクロノの思考へと一瞬の躊躇が生じたものの、もはや発射の中断は不可能と判断し、彼は攻撃行動の継続を選択する。

『発射!』

衝撃と共に放たれる、純白に輝く弾体。
第11分艦隊、撃沈されたカタリナを除く7隻による、アルカンシェルの一斉砲撃。
7条の光の尾が、敵機群を目掛け空間中を突き抜ける。
そして砲撃は、第11分艦隊が実行したそれのみならず、全ての友軍勢力艦艇より放たれていた。
戦略魔導砲、電磁投射砲、荷電粒子砲、ミサイル。
光学兵器および低集束型魔導兵器を除く、あらゆる兵器の弾体が巨大な壁を形成し、敵機群へと襲い掛かる。
直後、無数の爆発。

「MC404、バレル展開数最大! 中距離拡散砲撃、用意!」
『艦長!?』
「核弾頭を迎撃された! 来るぞ、波動砲だ! 撃たれる前に撃墜しろ!」
『弾体炸裂、今!』

アルカンシェル、弾体炸裂。
第11分艦隊より放たれた7発を含む、計60発以上ものそれらが、極広域に亘って空間歪曲層を形成する。
だが、無意味。
敵機群は核弾頭の迎撃によって生じた複数の間隙、其処を急激な加速で以って突破しており、既に空間歪曲層のこちら側に位置していた。
戦略魔導砲撃による敵機群迎撃、失敗。

『バレル展開、確認!』
「撃て!」

バレルプログラム展開数20超、高密度魔力による集束砲撃。
敵機群の撹乱を目的とする中距離拡散砲撃が、複数の分艦隊を形成する管理局艦艇の全てより放たれていた。
艦艇搭載兵装の射程距離が比較的短い為、管理局艦隊を含む幾つかの勢力は全艦隊の中で常に、交戦中の敵勢力へと最も近い位置に展開しているのだ。
そしてこの瞬間もまた、艦隊最前列にてXV級による敵機群の迎撃が開始された。
魔導兵器が有する運用面での柔軟性を活かし、中距離拡散砲撃による高密度魔力の防壁を形成したのだ。
だが、その結果は望ましいものとはならなかった。

『撃墜3、確認! 残存敵機群、尚も接近中!』
「砲撃を継続しろ! 敵機を見失うな、常に捕捉して・・・」
『目標失索! 目標失索です! 敵機群の反応消失、捕捉不能!』

撃墜数、僅かに3機。
更にシステムが敵機群を失索、捕捉不能との報告。
そして事実、リンクを介して得られた情報は、敵機群の反応が完全に消失した事を告げていた。
余りに異常な事態に、クロノは愕然としつつもドーム内の映像、その隅々にまで視線を走らせる。
敵機を捕捉・拡大表示していた複数のウィンドウは、敵機群の反応消失と同時、それら映像の全てがエラーメッセージの表示に取って代わられていた。
表示が意味するもの、それは敵機群そのものが消失したという事実に他ならない。

「・・・在り得ない!」

クロノは最終的な捕捉座標および各種情報より、現在の敵機群の位置を予測、周辺宙域を視覚的に拡大表示する。
敵機群は消失などしていない、何処かに存在する筈だと、彼は確信していた。
転送、或いは浅異層次元潜行の可能性も存在するが、何故この距離でそれを実行したのか、論理的な説明ができない。
何より、これまでの戦闘を通じてバイドが浅異層次元潜行を使用した形跡など、1度たりとも観測されてはいないのだ。
未知の技術による転送こそ幾度となく実行されてはいるものの、少なくともこちらが観測できる形での浅異層次元潜行運用方法を執ってはいない。
接近中であった敵機群もまた同様であるのならば、観測し得る状態として周辺の宙域に存在する筈なのだ。

「見付けたぞ!」

その予測は的中した。
分艦隊後方、敵機群発見。
砲撃の壁を微々たる損害にて容易く突破し、既に後方の艦隊を射程内に収めている。
敵機群は迎撃に当たっていた艦隊を無視し、その後方、より大規模な分艦隊の集団に対する攻撃を選択したのだ。
こちらの存在を完全に無視した敵戦術、それに対し湧き起こる憤りを堪えつつ、クロノは敵機群を光学的に分析する。

余りに奇妙な状況。
光学的に捕捉した敵機群だけであっても、その構成機体数は数百に達していた。
1体の複合武装体が40機前後の機体を射出していた事実より推測すれば、戦域には実に250000機もの敵機が存在している事となる。
分艦隊への攻撃に当たっているのはその半数であると仮定しても、周辺宙域には125000もの敵機が潜んでいる筈だ。
ところが、センサー群には何ら反応が無い。
明らかな能動的妨害、バイドによる何らかの工作が為されているのだ。

『ダニロフ解放戦線第2艦隊所属「ユーリ・アレクサンドロフ」より、全方位通信。敵機群内に、球状兵装を備えた個体を確認、撃墜・・・』
「撃墜だと? 目視で?」

唐突に思考へと割り込んだ報告の内容に、クロノは驚きの声を漏らす。
システムが目標を捕捉できぬ状況下にも拘らず、敵機の撃墜に成功したとは凄まじい。
偶然の結果であったとしても、驚くべき事だ。
だが、真にクロノを驚愕させる情報は、続くクルーの報告によって齎された。

『直後、撃墜した個体周辺の敵機群に対する索敵機能が回復。現状では推測の域を出ないものの、ジャミング機能を有しているのは機体側ではなく、球状兵装側である可能性が高いとの事です』

球状兵装、恐らくはフォース。
センサー群による索敵を妨害しているジャミング・システムは、機体にではなくフォースに搭載されているのだという。
その報告を受けるや否や、クロノは新たな指示を発していた。

「敵性ジャミングの解析を開始しろ! 全艦艇と情報を共有、障壁の解除を許可する! MC404及び308、手動管制! 友軍艦艇とのリンクを再確認し、誤射対策を・・・」
『閃光を確認! 敵機群、砲撃!』

指示の言葉も終わらぬ内、艦隊各所にて閃光が奔る。
直後に発生し、空間を埋め尽くさんばかりに膨脹する、霧の集合体。
また、あの強力な腐食性ガスが撒布されたのかと警戒するクロノであったが、状況は彼の予測を超える程に悪化していた。

『全方位通信、発信多数・・・艦長!』

新たに展開したウィンドウ上、表示される拡大映像。
霧に呑まれる友軍艦艇、そして発生する無数の細かな閃光。
その光景を目にするや否や、クロノの意識へと生じる微かな違和感。
霧の中で発生している、この閃光は何なのか。

『友軍艦艇より警告! 艦体が霧に接触すると発火、いえ、爆発すると・・・これは・・・これはカタリナを撃沈したものではありません! 爆発性の・・・』

クルーが、その報告の内容を言い切る事はなかった。
拡大映像を表示しているウィンドウのみならず、ドーム内の全てが閃光に埋め尽くされたのだ。
複数の小さな悲鳴が上がる中、クロノは一瞬だけ翳した掌で視界を庇い、すぐさま状況の把握に移る。
センサー群および通信系統の出力を最大にまで引き上げ、効果範囲内の情報を貪欲に収集。
結果、判明した事実は。

「・・・やってくれたな」

被害状況。
分艦隊群を形成する全艦艇、その約20%に当たる1600隻前後が轟沈。
対して、敵機群の損害状況については、一切の情報が得られていない。
被撃墜数は何機か、或いは1機たりとも撃墜されてはいないのか。
何1つ、判明してはいないのだ。

だが、敵機群が用いる砲撃については収集した情報を基に、ある程度の予測を立てる事ができた。
先程の閃光、巨大な爆発。
敵機群が搭載している波動砲は極強酸性、或いは爆発性のガスによる砲撃を行うものだ。
特に爆発性ガスによる砲撃については、複数機体からの同時砲撃によって効果範囲、威力共に破滅的なものとなるらしい。
砲撃により発生した霧は、他の物質に触れる事で強制的に化学反応を起こし、小規模爆発を連鎖的に誘発する。
単独では大した脅威とはなり得ない規模の爆発だが、しかし一瞬たりとも間隙を挟む事なく連続発生するそれらは、総合的には複数の次元航行艦を数秒と掛からずに解体する程の破壊力を有しているのだ。

更に厄介な事に、霧は空間中に留まる性質が在るらしい。
砲撃直後からの数秒、その間に他物質との接触による化学反応を起こすに至らなかった霧は、同じく化学反応段階へと至らなかった霧の集合体群と融合を重ね、極広域を覆う大規模ガス雲を形成。
そして時間経過、或いは一定以上の規模に達する事により、ガス雲は突如として激しい自己反応を起こし爆発。
大気が存在しない空間にも拘らず、自由空間蒸気圧爆発と同様の現象を引き起こすのだ。
だが、その威力は通常の蒸気雲爆発とは比較にならない。
核爆発にすら耐え得る艦艇群を破片すら残さずに消滅せしめる爆発が、単なる既知の蒸気雲爆発などである筈がない。

『敵機群を視認、接近中! 明らかにこちらを狙っています!』
「砲撃継続! 回避運動、モード4!」

超高機動にて襲い来る敵機群。
目視にて一時的にその全貌を捉える事は可能なものの、センサー群による捕捉は未だ不可能。
クルーとシステムとのリンク構築による手動管制砲撃は、敵機が有する馬鹿げた機動性により目標機体へと掠りもしない。
気休めとは知りつつも展開される直射弾幕は、稀に目標を捉えても防御膜によって弾体の魔力結合を解かれ、機体構造物へと達する前に霧散してしまう。
クラウディアには最早、ランダムパターンでの回避運動を継続しつつ照準すら定まらぬ砲撃を放ち続ける、それ以外の選択肢など残されてはいなかった。
それは、他の艦艇についても同様だ。
本来の所属を問わず、周囲に展開する全ての艦艇が手動管制砲撃を実行しつつ、のた打ち回る様にして敵機群より逃れんと足掻いていた。
追い詰められたが故の行動か、システムからの警告を無視しての砲撃が繰り返されているらしく、戦域の其処彼処で友軍艦艇への誤射が発生。
艦隊の瓦解は、もはや時間の問題だった。

「リンクだけは何としても維持しろ! 他艦艇に接触すれば終わりだ!」
『直上98000、敵機群捕捉! 機数100機以上!』

そして遂に、最も恐れていた事態が現実のものとなる。
クラウディア直上、拡大表示された映像の中心に、オレンジの光が6つ。
フォースを装備した1機を中心に20機前後の敵機から成る集団、それが6つ寄り集まった総数120機前後の敵機群。
明らかな攻撃態勢にて接近中のそれらを、この距離に至るまで見落としていたのだ。

既にこちらは、敵機群の砲撃射程内へと捉われ掛けている。
否、クラウディアだけではない。
恐らくは20秒以内に、第11分艦隊の全艦艇が敵機からの砲撃に呑み込まれ、跡形もなく消滅する事となるだろう。
アルカンシェル及びMC404については射界外、直射弾であるMBSは通用しない。
他勢力艦艇より放たれた電磁投射砲弾が、辛うじて数機を撃墜したものの、既に状況は手遅れだ。

「全速後退、艦首仰角最大! MC404、バレルプログラム仰角最大!」

だが、クロノは抵抗を選択した。
艦を後退させつつ、艦尾からの下降を指示。
バレルプログラム群、最大仰角。

「炉心出力の全てをMC404に回せ! 長距離拡散砲撃、用意!」

クルー達は、何も言葉を挟まない。
皆、クロノの真意を理解しているのだろう。
淡々と指示に従い、迎撃態勢を整えてゆく。

クロノが選択した戦術は、極めて単純なものだ。
接近中の敵機群を長距離拡散砲撃の射程内へと捉え、砲撃により撹乱、あわよくば殲滅を狙う。
他の管理局艦艇にしても、同様の判断へと至ったらしい。
分艦隊に属する全XV級が、MC404による長距離迎撃態勢へと移行している。

敵機群が運用する波動砲は霧状のガスを噴出するという特性上か、これまでに観測された他の波動砲による砲撃と比較して、幾分か射程が短い。
MC404への魔力供給値を限界まで引き上げれば、敵機が有する波動砲の射程を僅かに上回る事ができるだろう。
だが、それでも砲撃のタイミングは、殆ど同時となる筈だ。
相討ちとなる事は確実、避けられはしない。

「機関停止、惰性航行! MC404、魔力集束継続! 危険域は無視しろ!」

それでも、この戦術により6つもの敵集団を撹乱、或いは殲滅できる。
ジャミングを実行している機体を撃墜するだけでも、状況は著しく改善される筈だ。
後の事は残存艦艇群に任せる他ないが、混成艦隊を成す彼等の技量と戦力ならば、必ずや活路を切り開いてくれる事だろう。

『敵機群、射界に捉えました! 砲撃準備完了!』
「射程内へと確実に侵入するまで待て! カウント15!」
『15秒前!』

艦首が敵機群の方角へと向き、全バレルが目標を射界へと捉える。
敵機群、MC404射程内侵入までの予測時間、15秒。
ウィンドウ上に表示される数字が0を示した数瞬後に、クラウディアは艦内のクルー諸共、宙域を漂う微かな残骸と化す事だろう。
或いは、これまでに撃沈された艦艇群と同じく、破片すらも残さずに消滅するかもしれない。
だが同時に、それなりの代償を得る事はできる。
こちらが滅せられる時は、敵機群も道連れだ。
そんな事を思考しつつ、クロノは艦内の全区画へと音声を繋ぎ、言葉を紡ぐ。

「ハラオウンより総員。君達と共に戦えた事、何よりも光栄に思う・・・ありがとう」

クラウディア、全クルーへの感謝を示す言葉。
続けて放たれた謝罪の言葉は、システムを介する事なく、小さな音となって宙空へと溶けて消えた。
クルー等からの返答は無いが、反発の言葉が上がる事もない。
MC404、砲撃まで5秒。

クルーの誰もが、数秒後に訪れる結末を静かに受け入れんとしている。
その事実を理解し、彼等に対する深い感謝の念を抱くクロノ。
同時に彼は、生死不明となったままの母と義妹、ミッドチルダに残される妻と子供達の無事を願う。
しかし直後、クロノの意識からは一切の柵が掃われ、彼の思考は決定的な支持を下す為だけの機構と化した。
そして、ウィンドウ上の数字が0となった、その瞬間。

「撃て!」

衝撃。
これまでのものとは比較にならぬ程に強烈な閃光が、ドーム内を埋め尽くす。
最大数にまで同時展開したバレルプログラム、それら全てより発せられた閃光。
MC404、長距離拡散砲撃。
光のカーテンの反対側では、恐らくこちらと同様に、敵機群が波動砲による砲撃を放っている事だろう。
数瞬後には、霧がクラウディアの艦体を覆い尽くす筈だ。

リンカーコアの過剰な強化、更には極限の集中により、異常とすら云えるまでに加速した思考。
一瞬が10秒程にまで引き延ばされた体感時間の中、終わりの時が訪れる瞬間を、不思議と穏やかな心持ちで以って待ち受けるクロノ。
そんな彼の視界、その端へと映り込む奇妙な影。

幻覚だろうか。
その白い影はこちらが放った砲撃の手前、空間中に忽然と出現したかの様に思えた。
奇妙な形状の、翼部らしき左右一対の構造物。
それらに挟まれる様にして存在する中心の構造物は、下方へと近付くに従って窄まり、円錐に近い形状となっていた。
中心構造物には淡く青い光が灯っており、その数は10を超えている。

ふと、意識中に過ぎる奇妙な既視感。
影の全体的な形状に、クロノは見覚えが在る様な気がした。
何処かで目にした、何らかの存在に似ている。
その疑念を受け、40を超える並列思考の一部が影に対する分析、そして記憶情報の検索を開始。
刹那の間に完了したそれらの処理は、幾つかの異なる答えを導き出した。

ある思考は訴える。
純白の小さな翼、まるで神話に描かれる天使の様だと。
ある思考は分析する。
不自然なまでに整った左右対称の形状、明らかな人工物であると。
ある思考は警告する。
現状下に於いて出現する存在など、何らかの兵器以外には有り得ないと。

「回避運動!」

刹那、クロノは叫んでいた。
思考の結果、等という悠長なプロセスを経ての行動ではない。
これまでに蓄積された膨大な情報、そして1生命個体としての本能より発せられた、致命的な危機を回避せんとするが為の絶叫。
同時に、彼は操艦をクルーに任せる事なく、システムとのリンクを介して強制的に転舵を実行する。
左舷傾斜-70度、艦首仰角110度。
巨大な艦体が左舷方向へと傾斜し、更に急激な上昇機動により、当初の進路を大きく逸脱する。
ブリッジドーム内に響く、幾重ものクルー達の声。
多くの者は、状況を把握できないのか困惑の声を上げつつも、手先だけは休む事なく各々の操作を継続している。
ドーム内に表示される外部映像は艦の機動に合わせ流れゆき、空間中に存在する無数の影を次々に捉えていた。

影は、1つではなかった。
無数の、それこそバイド群の個体総数に匹敵するかと思われる程のそれらが、光学捕捉可能域内の空間中を埋め尽くしていたのだ。
センサー群より得られる情報もまた、艦体周辺を無数の不明物体が取り囲んでいるとの事実を示している。
そして今や、影は複数の光源からの光を反射するだけの存在ではなく、自らが眩い光を発し始めていた。
正確には影そのものではなく、その前面に集束する紫掛かった光の粒子、その集束体が放つ輝き。
ドーム内へと映り込む無数の同型の影、その全てが同様の粒子集束を実行していた。
これから何が起こるのか、クロノが予想し得る可能性は、唯1つ。

『ガス雲、接近!』



「砲撃」だ。



「総員、衝撃・・・」

クルーへの警告。
その言葉を、最後まで言い切る事はできなかった。
閃光がドーム内を埋め尽くし、拡散粒子を介してのエネルギー移動によるものか、強烈な衝撃が艦体を揺るがす。
悲鳴、そして警報。
同時に、クロノの身体は前方へと投げ出され、赤く明滅する警告ウィンドウによって埋め尽くされたコンソールへと、強かに打ち付けられる。
胸部から腹部に衝撃、口内に拡がる鉄分の臭い。
思考速度低下、薄れる意識。

「くそ・・・ッ」

だが、彼はコンソールに手を掛け、床面へと崩れ落ちそうになる身体を無理矢理に引き起こす。
一体、何が起こったのか。
それを確認する前に意識を失う事など、彼の艦長としての矜持が許容しなかった。
システムとのリンクは、既に断たれている。
咳込みつつも、ドーム内の各所へと視線を走らせるクロノ。
下方に位置するクルー等は、床面に蹲り咳込む者から、果ては伏したまま微動だにしない者も居る。
負傷者、多数。

次に、クロノは外部映像を見やった。
だが、警告灯の赤と黄色の光が明滅するドーム内には、本来の壁面が拡がるばかり。
映像途絶、外部状況の確認不可能。
クロノはシステムの修復を試みるべく、ウィンドウを展開せんとした。
だが、反応が無い。
幾度か同じ試みを繰り返すも、システムは沈黙したままだ。

「どうなっているんだ・・・」

呟きつつ、立ち上がるクロノ。
艦体が崩壊した訳でもなく、自身の身体も意識も消失していない事から推測するに、敵機群の霧による砲撃を受けた訳ではないらしい。
下方では比較的軽傷で済んだらしきクルー等が、微動だにしない他のクルー等を助け起こしている。
クロノは待機状態のデュランダルを手に、コンソールから身を乗り出した。
自身も重傷者の介助に加わり、更にシステムの復旧を行うべく、下層に直接下降しようと考えたのだ。

だが、その直前に映像表示機能が再起動、ドーム内に展開したスクリーン上をノイズが埋め尽くす。
クロノはデュランダルを懐に戻し、再度ウィンドウの展開を試みた。
問題なく展開されるウィンドウ、システム自動復旧中との表示。
直後、ドーム内のノイズが消え去り、外部映像が正常に表示された。
映像表示機能、復旧完了。
クロノは隔離空間内部の映像を視界へと収め、其処に映り込んだものを余す処なく意識へと捉える。
そして、絶句した。

「何だ、こいつらは?」

ドーム内へと映し出される、隔離空間内部。
其処にはもう、無数の敵機群も、迫り来るガス雲も存在しない。
広大な空間には、敵機群の攻撃を掻い潜る事に成功した友軍艦艇群、そして無数の奇妙な飛翔体群のみが存在している。
空間中を縦横無尽に翔ける飛翔体、その1群を静止画像として撮影し拡大表示。
そして、とある事実に気付く。

飛翔体は、全てが同型ではなかった。
先程、クラウディアの眼前に現れた、あの個体。
前後に伸長した奇怪な形状の頭部、半月状の胴部。
その左右側面に突き出した翼状の腕部構造物、其処から前方へと伸長する槍状構造物。
頭部先端付近に点る、センサー群によるものらしき3つの赤い光。
人型とも、戦闘機型とも付かぬ、奇形としか云い様のない全貌。
それ以外に、明らかに別種と判る個体が存在していた。

中枢部より後部下方へと突き出した三角翼、垂直尾翼としては余りに重厚な上部構造物。
キャノピー、或いはセンサー群であろうか、微かな青い光を纏った鋭い先端部。
そして、巨大な針にも似た外観、中枢部下方に備えられた砲身らしき構造物。
明らかな戦闘機型でありながら、機械的な直線と有機的な曲線が混在する全貌。

更に、無数に飛び交う小型の飛翔体、それら以上に信じ難い存在が出現していた。
隔離空間内部を埋め尽くす、白に近い灰色の装甲に覆われた、無数の巨大な影。
クラウディア直上、そして直下を追い抜いてゆくそれらの影を、呆然と見つめるクロノ。
その思考は、既に正常な機能を失い掛けている。
何が起きているのか、理解などできる筈もない。
彼の眼前に現出している光景には、理解の余地など微塵も存在しない。
そんな中、回復したリンク越しに意識へと届く、色濃い混乱が滲んだクルーの声。

『艦長・・・見えておられますか? センサー群は正常です・・・これは、これは幻覚では・・・』
「解っている・・・見えているさ、僕にも」

三角状の艦体、艦首となる頂点付近の上部には奇妙な形状の砲塔らしき構造物が2つ、後方となる辺部中央には艦橋らしき構造物。
更に、艦橋を挟む様にしてエンジンユニットらしき左右一対の構造物が存在し、それらは艦体を挟んで反対、即ち下方へと伸長している。
一方で、艦首からも下方へと構造物が伸長し、それらは宛ら、艦体を支える三脚の様な配置となっていた。
XV級の約3倍にまで達する巨体にも拘らず、中型次元航行機のそれと錯覚する程の高機動。
戦闘機宛らに3隻毎の集団を形成し、一糸乱れぬ編隊行動にて空間中を徘徊する。

もう1種の艦艇、先の艦艇と比較しても、更に異様な外観を有するそれ。
円柱状の艦体を中心とし、その中央部から後方に掛けてエンジンユニット、艦橋構造物等が密集。
艦体後部の体積は、前部と比較して実に3倍程度にまで膨れ上がっている。
全幅および全高は三角状艦艇と然程に変わらぬものの、全長は明らかにその倍以上は在るだろう。
一方で、艦橋構造物の外観は、三角状艦艇と何ら変わりが無い。
そして、円柱状の艦体先端部、半球状の艦首付近。
艦体より両舷斜め上方45度および下方垂直へと突き出す、アンテナ群にも似た3つの構造物。
余程に頑強な物質にて形成されているのか、其々の構造物は細い支柱1本によって艦体と接続されているのみ。
にも拘らず、それら支柱の中間部には、XV級の艦体にすら匹敵する規模の構造物が接続されている。
支柱は構造物との接続箇所から更に伸長した後に分岐、艦体前方への伸長部位から更に2本へと分岐していた。
巨大なレーダー群にも思えるそれらは、如何なる運用目的の下に設置された物なのか。
現状に於いては、何ら判明してはいない。

異形の飛翔体群、異形の艦艇群。
空間を埋め尽くさんばかりに存在するそれらを、誰もが言葉少なに呆然と見つめている。
クロノもまた、その内の1人だった。
先程、クルーからの報告に言葉を返して以降、彼は何をするでもなく映像を見つめ続けている。
次に執るべき行動を判断するどころか、現状を理解する事すら不可能なのだ。
十数秒ほど思考を放棄し、理解の及ばぬ光景を眺めていたところで、誰がそれを責められようか。

「冗談だろう・・・」

それでも、彼はクルーの誰よりも早く意識を持ち直した。
そして、眼前に拡がる光景を改めて意識中へと捉え、思わず呻きにも似た言葉を漏らす。
光学的に捕捉し得る数だけでも、明らかに500隻は存在するであろう大型艦艇。
それらの艦艇は、各々が周囲に三角状艦艇の集団、3隻毎に形成されるそれを3集団まで引き連れ、計10隻の艦艇から成る分艦隊を形成している。
即ち、光学的捕捉可能域内に限定しても、大型艦艇500隻以上、及び三角状艦艇4500隻以上が存在する計算となるのだ。
各種センサー群による捕捉可能域内では、反応総数は既に40000を超えている。
同様の現象が戦域全体にて発生していると仮定すれば、その数は数倍、或いは数十から数百倍にも達する事だろう。
飛翔体群に関しては、艦載機である可能性が高い。
飛翔体のサイズからして、各艦艇につき少なくとも数十機、多ければ100機以上が搭載されていると見るべきか。
となれば、戦域全体に存在する飛翔体の総数は、どれだけ少なく見積もったとしても優に1000000機を超えるという事か。

混成艦隊の総戦力は疎か、バイドの物量さえ凌駕し得る、圧倒的なまでの戦力。
そんなものを有する不明勢力が、僅か十数秒の内に戦域へと出現している。
だが、真にクロノを驚愕せしめた事実は、不明勢力の規模などではない。

空間中に漂う僅かな粒子、明らかに波動粒子と判るそれ。
先程の飛翔体群による砲撃、その残滓らしきそれを、各種センサー群が解析していた。
その結果、システムを介してクロノの意識中へと転送された、とある情報。
俄には信じ難い、しかし紛れもない真実。
クロノは、呆然と呟く。

「魔力反応・・・だって?」

その数値は、戦略魔導砲のそれと比較すれば、決して大きいものではなかった。
艦載型通常魔導砲による砲撃と大差ない数値、魔法技術体系から成る兵器としてはごく平凡なもの。
だが、その反応が波動粒子の観測と同時に検出されたとなれば、話は全くの別物となる。

魔力と波動粒子、双方を用いての攻撃を実行する兵器に関しては、現在に至るまで1種しか確認されてはいなかった。
地球軍およびバイドによるクラナガン襲撃時に確認された、漆黒と濃紫色の装甲を有するR戦闘機。
魔力を集束し、更には波動粒子としての性質をも付与した上で砲撃と為す、次元世界に於ける技術体系と22世紀の第97管理外世界に於ける技術体系、双方の融合により創造された兵器。
地球軍を除き、短期間の内にそれを実現し得る勢力など、バイド以外には存在しないと思われていた。
そして事実、当該兵器種を運用する新たな勢力の存在は、これまで確認されなかったのだ。

だが、今は違う。
周囲の空間を埋め尽くす不明勢力、それが運用する兵器群は、明らかに魔力と波動粒子の双方を用いての砲撃を実行したのだ。
それも、唯の砲撃ではない。
バイドにより繰り出されたR戦闘機群、それらが放った波動砲による霧の砲撃を相殺するに止まらず、霧の壁の先に展開していたR戦闘機群をも殲滅して除けるという、異常な攻撃。
そんな攻撃を放つ兵器が艦載機に搭載されているという、少なくとも次元世界に於いては他に類の無い兵器体系。

恐らく、単機に於ける各種性能は、地球軍が有するR戦闘機のそれには及ぶまい。
彼等が創造した兵器群は、他と比較するという行為、それ自体が愚かしいと思える程に異常な存在だ。
飛翔体群が放った砲撃は確かに強力だが、それでも地球軍が運用する波動砲には及ばない。
しかし、それは飽くまで単機ならばの話だ。
複数の飛翔体からの同時砲撃ともなれば、その威力および範囲は、R戦闘機のそれを大きく凌駕する事となる。
10機も集まれば、戦略級とも云える規模にまで膨れ上がるだろう。

では、100機での同時砲撃ならば、どうか。
1000機では、10000機では、100000機では。
1000000機での同時砲撃ならば、如何なる規模となるのか。

『大質量物体、転移・・・バイドです! 新型複合武装体を確認、無数!』
『未確認機体群、魔力素の集束を・・・いえ、艦艇もです! 不明勢力艦艇群および機体群、魔力素の集束を開始!』

新型複合武装体群、再転移。
不明勢力、攻撃態勢へ移行。
今度は飛翔体群のみならず、三角状艦艇の艦首構造物下方、そして巨大艦艇の艦首にまで、魔力素を含んだ光の粒子が集束してゆく。
全戦力を用い、出現直後のバイド群を殲滅するつもりか。

「総員、身体を固定しろ! 衝撃が来るぞ!」

クロノは、語気も鋭く叫んだ。
先程の衝撃、あれは間違いなく魔力素によるものだ。
本来、真空中で衝撃は伝播しない。
たとえエネルギーの発生源が核爆発であろうと、それを伝播する物質が存在しない以上、直接的なエネルギー輻射による破壊以外に効果は望めないのだ。
だが、地球軍およびバイドを含む複数の勢力は、管理世界に於いては未知となる粒子拡散技術を各種弾頭に搭載しており、大気中と同等か、或いはそれ以上に強力な衝撃波の伝播・拡散を可能としていた。
それら以外にも、波動砲を始めとする粒子集束型質量兵器の砲撃時に於いて、波動粒子を伝播物質とするらしき強烈な衝撃波の発生が観測されている。
一方で魔導兵器群についても、アルカンシェルを始めとした戦略魔導砲等による砲撃時に於いては、大量の魔力素を伝播物質として衝撃波が発生するのだ。

先程の、飛翔体群による一斉砲撃。
クラウディアを襲った衝撃は、魔力素と何らかの粒子を伝播物質として齎されたものだろう。
今度の砲撃は、艦艇群のそれをも含めた更に大規模なものだ。
砲撃の余波だけで艦体が破壊されるとは流石に考え難いが、しかし艦内のクルーは徒では済むまい。
よって、出来得る限り衝撃に備え、身体を護る必要性が在る。

クロノもまた、身体を固定するべく艦長席へ戻らんとした。
だが、唐突に鳴り響く警告音に、彼の動作が停止する。
友軍艦艇より長距離全方位通信、緊急。
余程に急いでいたのか、暗号化すら為されてはいない。
リンクを介し、音声としての出力を設定するクロノ。
直後、ドーム内へと響き渡った言葉に、彼の思考が硬直した。

『警告! 不明勢力艦隊、地球軍艦隊へと急速接近中! 艦艇群及び艦載機群、攻撃態勢!』

クロノは咄嗟に、隔離空間内部に浮かぶ第97管理外世界、その惑星を新たに展開したウィンドウ上へと拡大表示する。
映像上にて、地球軍艦隊の艦影を捉える事はできなかった。
しかし一方で、第97管理外世界へと向けて殺到する無数の艦艇群、それらの艦影については鮮明にウィンドウ上へと映し出されている。
全艦影の前部、艦首に集束する紫掛かった光の粒子。
同じく粒子の集束を開始している飛翔体群を周囲へと無数に展開し、艦艇と艦載機による壁そのものとなって第97管理外世界へと迫る。
彼等の狙いは、明らかに地球軍艦隊だ。

「馬鹿な、正気か!?」

クロノは自身の思考を、意図せず声にして叫んでいた。
彼の驚愕は、2つの事柄に関して生じたもの。
共に信じ難く、理解できない事実に対する困惑でもあった。

1つは、このタイミングで地球軍艦隊への明確な敵対的行動を開始するという、不明勢力の戦略。
地球軍艦隊が恐るべき総合戦力を有しているとの事実については、既に全ての勢力が知り得ていると云っても過言ではない。
無尽蔵とも思える物量にて押し寄せるバイド群に対し、単独勢力での抗戦にも拘らず互角、或いは優勢とすら判断できる戦況を維持する事すら可能という、常軌を逸した戦力。
それ故か彼等は、これまで如何なる勢力に与する事もなく、只管に自身等と第97管理外世界の防衛に務めていた。
混成艦隊としても、小規模ながらバイドに対する最大の有効戦力であり、同時に決して友軍とは為り得ず、しかし明確に敵性であると断言する事もできぬ地球軍艦隊に対し、これより先の状況に於ける対応内容の決定という問題を先送りにし続けていたのだ。

友軍として混成艦隊へと加わる事を要請したところで、地球軍艦隊がそれを受け入れるであろう、との予測を導き出した勢力は皆無。
かといって明確に敵対を選択すれば、彼等が有する恐るべき戦力の一端、その矛先が遠からず次元世界へと向けられる事は明らかだ。
よって、現状での最善策とは地球軍艦隊に対して不干渉を維持しつつ、出現したバイド群を殲滅する際に彼等の戦力を利用する事であるとの認識が、混成艦隊内部に於いては浸透していた。
だが、不明勢力はその認識を完全に無視し、地球軍に対する攻撃を独善的に実行せんとしている。
その攻撃は不明勢力単独での判断により実行されるものであるが、しかし地球軍が事実の通りに状況を認識するとは限らない。
不明勢力による攻撃が次元世界の総意によって為されたものであると判断されれば、直後から混成艦隊は地球軍の積極的攻撃対象に加えられる事となるだろう。
状況は、極めて危険だ。

そしてもう1つは、展開する地球軍艦隊の背後、第97管理外世界の存在を無視した不明勢力の行動。
惑星を背に展開する地球軍艦隊に対し、不明勢力が全方位より飽和攻撃を仕掛ける心算である事は、誰の目にも明らかだ。
当然ながら、その様な戦略攻撃が実行されれば、第97管理外世界にまで被害が及ぶ事は避けられない。
数万、数十万もの砲撃は地球軍艦隊のみならず、大気圏を突き抜け地表へと到達、少なくとも上部マントル層までを容易く貫く事だろう。
海洋の消滅、大陸の崩壊、そして遂には惑星全体の破壊へと至るであろう事は、想像に難くない。
無論の事、惑星上に存在する総数200にも迫る国家群も、其処に暮らす70億もの地球人も、残らず消滅する事となる。
如何なる勢力であろうと、その事実に思い至らぬ筈がないのだ。

だが、その事実にも拘らず、不明勢力は今まさに砲撃を実行せんとしている。
地球軍艦隊の殲滅が最優先であると云わんばかりに。
第97管理外世界の存亡など知った事かと云わんばかりに。
否、その様な生易しい戦略に基いての行動ではない。
不明勢力の動向からは、明らかな意思が読み取れる。
理解できぬ訳ではないが、しかし決して理解してはならない意思。
同意する思考は在れど、しかし決して同意する事など在ってはならぬ意思。
彼等は、明らかに彼等は。

「ふざけるな・・・」



「地球軍」諸共、「地球」を滅ぼす心算なのだ。



「認めるか・・・ッ!」

知らず、クロノは呟いていた。
無駄な足掻き、意味の無い行動とは知りつつも、その腕をドーム内に映る「地球」へと伸ばす。
宛ら、その手に「地球」を掴み取らんとするかの様に。
友人達、知人達、それらの家族。
意識中を翔ける記憶、幾つもの顔。

彼等は知らない。
何も、知らないのだ。
あの惑星は飽くまで「21世紀の地球」であり、地球軍が所属する「22世紀の地球」ではない。
バイドとの接触も、異層次元への進出も遂げてはいない、閉塞された世界。
其処に暮らす70億もの人々は、この瞬間に自らの頭上に拡がる隔離空間、その存在すら知り得る事はない。
他の世界は独力で、或いは他勢力からの干渉によって、惑星と隔離空間内部とを隔てる偽りの空、微細空間歪曲による通常宇宙空間環境の限定的光学反映技術を用いて形成された極薄膜層空間を破壊し、惑星外の状況を正確に把握している。
しかし21世紀の地球には、当該空間消去が可能となる技術など存在しない。
また、地球軍により構築された異常なまでに強固な防衛網の存在下、他勢力からの干渉など成功する筈もなく、またバイドを除いて積極的な干渉を試みる勢力も存在しなかった。
結果として、地球の国家群は隔離空間を観測するに到らず、依然として通常宇宙空間を認識し続けている筈なのだ。

彼等には、抵抗の為の術が無い。
逃げる事もできない。
認識する事もできない。
1度でも攻撃を受ければ、惑星の周囲で何が起こっているのかを欠片ほども知る事なく、数十億の人命が消え去る事だろう。
そんな事は、全ての勢力が理解している。
否、理解できない訳がない。
にも拘らず不明勢力は、そんな地球をも巻き添えにして、地球軍艦隊に対する戦略攻撃を実行する心算なのだ。

「止せ・・・」

際限なく上昇し続ける、外部検出魔力値。
集束される魔力と波動粒子は更にその密度を増し、今や映像の殆どが紫光によって埋め尽くされている。
艦のシステムを介さずとも、直接にリンカーコアを圧迫される感覚。
心臓を握り潰されるかの様なそれに息を詰まらせながらも、クロノは病的とも云える様相で呟き続ける。

「御願いだ・・・!」

殺される。
殺されてしまう。
妻の、母の、義妹の、娘の、息子の、自身の。
友人が、知人が、その家族が、その周囲の人々が。
海沿いの都市、爽やかな潮風が吹き抜ける、あの美しい町に暮らす、優しく温かな人々が。
理不尽に、一方的に、不条理に。
無慈悲な、魔力素と波動粒子の奔流によって。

「止めてくれッ!」



存在した証ごと、殺されてしまう。



「止せぇッ!」

爆発。
強烈な光が、ドーム内を完全に埋め尽くす。
衝撃に弾かれる身体、轟音に破壊される聴覚。
肉体を襲う衝撃、精神を襲う絶望、そしてリンカーコアを襲う強大な負荷。

知らず放たれた懇願の絶叫は何処へと届く事もなく、無情な轟音に呑まれ掻き消えた。
誰に対するとも知れぬ怨嗟と憤怒により加速する思考は、しかし直後に襲い掛かった更なる衝撃によって粉砕される。
クロノの身体は周囲の構造物へと幾度も打ち付けられ、漸く静止した頃には全身が血塗れとなっていた。
艦内重力発生機構が停止したのか、奇妙な浮遊感。
同時、奇跡的に機能を維持していたらしきシステムを介し、新たな情報が齎される。

隔離空間内部、バイド係数増大。
本局艦艇変異体、形状変化および移動開始を確認。
大質量物体複数、転移確認。
転移物体規模、計測不能。

クロノは、行動を起こさない。
否、起こせない。
彼は、既に理解していた。
理解せざるを得なかった。
仰向けのまま宙を漂い、咳込み、吐血し、擦れた呼吸を繰り返すクロノ。

戦局は、変化するものと考えていた。
魔導兵器群の強化、リンカーコアの強化。
大規模戦力の増援、新たな協調体制の形成、圧倒的な攻勢の実現。
バイドも、地球軍も、戦略の変更を余儀なくされるものと考えていたのだ。

現実には、何も変わらなかった。
管理局艦隊を含む混成勢力が如何に強大になろうとも、バイドと地球軍はそれまでと同様の戦略を堅持し続けたのだ。
即ち、圧倒的な物量による殲滅戦、他を超越する各種性能を有した兵器群による独自継戦。
それだけならば、まだ対処の仕様は在っただろう。
だが、バイドは新型複合武装体群および独自開発したらしきR戦闘機群を投入し、地球軍の継戦能力は衰える兆候すら見せはしない。
挙句、新たな不明勢力までもが出現し、地球軍とバイド双方への攻撃を開始する始末だ。

何も、変えられなかった。
光の壁を形成する光学兵器も、射程が向上した通常魔導砲も、機銃の如く連射される電磁投射砲も、出力が増大した戦略魔導砲も、嵐の如く放たれ続ける核弾頭も。
何1つ、変えられはしなかった。
管理局は、混成艦隊は。
未だに状況へと対応しているに過ぎず、自らが戦場の中心とは成り得ていない。
自らの世界が脅威に曝され、それに抗うべく戦いを選択したにも拘らず。

「・・・ふざけてる」



クロノ達は、傍観者に過ぎなかった。



「畜生・・・ッ!」

意識が、闇に呑まれてゆく。
安息を齎すそれではなく、無慈悲なまでに無機質な闇。
コールタールの如く絡み付く絶望の中、クロノは自身の中で決定的な何かが変化した事を自覚する。
決して譲れない筈であった、自己の中心を成す何か。
完全に意識が失われるまでの僅かな間、崩れ去ったそれが全く別のものへと再構築されてゆく事を、クロノは不思議と醒めた感覚で以って捉えていた。