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それは、人の嗚咽だった。
会話の様にも聞こえる音、小さな呟き声。
三叉路を曲がり、その先を覗き込むと、其処には床面に蹲る女性の姿。
その全身は赤黒く染め上げられ、床面にも同様の色が拡がっている。
周囲には無数の肉片が散乱し、壁面も天井面も、一様にどす黒い赤に塗り潰されていた。

更に、女性の傍へと近付く。
嗚咽は、明らかに言語を含んでいた。
どうやら、恋人と過ごした時間の思い出を、腕の中の物体へと語り続けているらしい。
彼女が抱える物体、他よりも幾分か大きな肉塊。

それは、人の胴部だった。
頭部も、腕部も、脚部も無い。
本来ならば接続されている筈の部位、それら全てが失われた胴部だけ。
男性のものらしきそれは左側面が大きく抉れ、剥き出しとなり損壊した肋骨の間から、破れた肺の組織と心臓が零れ出している。
寸断されている剥き出しの脊椎、引き裂かれ解れて女性の手の甲に張り付く筋組織、重力に従い垂れ下がる腸。
どうやらこの肉塊こそが、女性が語る輝かしい思い出、其処に登場する恋人の成れの果てらしい。
直後、彼等についての個人情報が提供される。

女性は本局1038航空隊所属、アネット・ブレナン二等空尉。
誘導操作弾による射撃戦と、近代ベルカ式とミッドチルダ式を高度に融合させた近距離戦闘、双方を得意とする汎用型の魔導師、総合AAA。
使用デバイスはカットラス型、及びダガー型の2種。
肉塊は本局1107航空隊所属、ジェフリー・アーキン二等空尉。
デバイスによる中距離制圧射撃と、表層展開型障壁を用いた近代ベルカ式格闘戦を得意とし、センターガードとフロントアタッカーの二役を担う汎用型、総合AAA+。
使用デバイスは突撃小銃型およびPDW型、障壁展開に用いるライオットシールド型の3種。

周囲の状況から推測するに、2名は複数の魔導師と共に行動中、意図せぬ形でランツクネヒト分隊と遭遇し、しかしながら突発的な交戦の結果、これを殲滅する事に成功したらしい。
肉片に混じり散乱する装甲服の残骸から、少なくとも10名前後のランツクネヒト隊員を殺害した事が解る。
だが、戦闘によって魔導師側が受けた被害は甚大だった。
ブレナン二等空尉、彼女を除く全員が殺害されたのだ。
突発的な遭遇戦、近代ベルカ式を含む大威力魔法と、対人用とは思えぬ過剰な火力を有する質量兵器。
双方が正面から衝突した結果、如何なる惨劇が巻き起こったかは容易に想像できる。

増幅された魔力により繰り出される強烈な打撃、蹴撃、刺突、斬撃、直射弾、誘導操作弾、簡易砲撃。
ランツクネヒト隊員達は骨格を砕かれ、肉体を抉られ、四肢を斬り飛ばされ、全身を穿たれ、痕跡すら残さずに消滅した事だろう。
マズルフラッシュと共に連射される6.8mm弾、10ゲージ000B、13mm砲弾、7.62mm磁気・炸薬複合加速投射弾。
魔導師達は骨格を撃ち抜かれ、肉体を粉砕され、四肢を吹き飛ばされ、構造物諸共に細分化された事だろう。

周囲に散乱する10ゲージ弾薬の薬莢、そして壁面から天井面に掛けて穿たれた無数の細かな弾痕から推測するに、アーキン二等空尉は至近距離からAS-55による000Bの連射を浴びたらしい。
恐らくはブレナン二等空尉が狙われ、咄嗟に彼女を射線から押し出しつつ敵を銃撃したのだろう。
傍に転がるランツクネヒト隊員の死体、ヘルメットとマスクごと大きく抉れたその頭部と、無数の弾痕が穿たれた胴部。
それこそがアーキン二等空尉の戦果を、無言の内に物語っている。
だが、その際に攻撃を実行した人物は、彼だけではなかった。
結果的には射殺されたランツクネヒト隊員もまた、アーキン二等空尉とほぼ同時にAS-55のトリガーを引いていたのだ。

毎秒9発もの速度で連射される10ゲージ000Bの散弾は、彼が展開していた障壁をいとも容易く瞬時に、且つライオットシールドごと破壊したに違いない。
弾雨は空尉の四肢、そして頭部を瞬間的に粉砕し、無数の肉片へと変えた。
そして、所持者である隊員がアーキン二等空尉からの銃撃により死亡した後も、AS-55はトリガーを引き絞られたまま10ゲージ弾薬を連射し続けたのだろう。
吹き荒れる000Bの暴風により、双方に幾人の死傷者が発生したかは不明だ。
尤も、その頃にはブレナン二等空尉、彼女以外の全員が死亡していた可能性も在るのだが。

そして、注意深く観察してみれば、ブレナン二等空尉は視力を失っている事が分かる。
俯いた彼女の頭部を側面から捉えたところ、両眼の周辺が深く抉れていたのだ。
更には肉塊を抱える両腕、それらについても前腕部の中程から先が失われており、止め処なく血液を溢れさせ続けている。
アーキン二等空尉の生命を奪ったランツクネヒト隊員、彼が放った散弾によるものか否かは不明だが、彼女もまた銃撃により負傷していたのだ。
出血量からして、保って10分といったところか。
高度医療魔法を使用した処で、彼女の生命を繋ぎ止められる可能性は低い。
第一に、こちらは治癒系魔法の使用など不可能であり、縦しんば可能であったとして、此処で彼女を救う事により重大なメリットが生じるとは思えなかった。
最早、この周辺に得るべき情報は無いと、他のエリアに視点を移動する。

粒子集束技術研究区、実験体搬送用トラムチューブ第4点検通路。
其処では11名のランツクネヒト隊員達が、視界の左手に向かって激しい銃撃を行っていた。
こちらの視界、その下方。
複数種の銃器が絶え間なくマズルフラッシュを放ち続けており、視界外に位置する何者かへと凄まじい弾雨の嵐を叩き付けている。
点検通路はそれなりの広さを有する空間だが、それを考慮しても過剰なまでの銃撃だ。
彼等の正面に位置しているのであろう敵対者は、既に原形を留めぬ無数の肉片と化している事と思われた。

だが、その直後。
視界が激しく揺らぐと同時、手前の壁面を貫通する巨大な光の奔流、1条。
その光条は射撃中の隊員1名を側面から襲い、彼の身体を完全に呑み込み瞬時に消滅させ、更に向かいの壁面をも貫通してゆく。
強大な魔力の奔流、集束砲撃魔法。
正面に位置する敵が陽動である事を悟ったのだろう、残る10名の隊員達は弾かれた様に銃口を側面へと向ける。
だが、そんな彼等の対応を嘲笑うかの様に、連続して撃ち込まれる砲撃。
隊員達には、反撃を行う余裕など無かった。
飛散する壁面の破片と連続して襲い掛かる衝撃波に体勢を崩され、トリガーを引いた処で照準を定める事すら不可能なのだ。
反撃が不可能である以上、彼等は単なる標的でしかない。
10名の隊員達、漆黒の装甲服に覆われたその身体が次々に消し飛び、銃器の破片と僅かに残った四肢の一部が床面へと散乱する。

そうして、最初の砲撃から僅か3秒にも満たぬ間に、11名のランツクネヒト隊員達は僅かな肉片を残し、消滅した。
その数秒後、衝撃によって傾いた視界の内へと現れる、魔導師らしき8名の人物達。
彼等こそが、砲撃を実行した魔導師の一隊だろう。
指揮官らしき男性がランツクネヒト隊員達の死体、正確には彼の足下に転がる軍用ブーツに覆われた右足首を一瞥し、今なお床面より垂直に立ち続けるそれを軽く蹴り倒す。
次いで、彼は敵部隊の殲滅確認を宣言し、これより索敵に移行するとの指示を発した。
直後、8名は飛翔魔法により視界内から姿を消し、後には僅かな人体の欠片と無数の構造物残骸のみが残される。
問題は無いと判断、視点を移動。

第18資材保管庫は、地獄と呼称するに相応しい状況だった。
当該保管庫の構造は、特殊合金製の壁面によりエリアを30もの小区画に分割し、その上方に網目状の通路が掛かっているというものだ。
クレーン、または重力制御を用いて資材を搬入する設計の為、人員の出入も通路からエレベーターを用いて行う。
そして、幾つかの小区画には其々200名前後の被災者が避難しており、区画毎に数人の魔導師か、或いは質量兵器にて武装した兵士が護衛に就いていた。
保管庫に被災者の一部を集め、其処へと続く通路に魔導師と兵士達を配置して、防衛態勢を築いていたのだろう。
だが、現状から判断するに、防衛隊はランツクネヒトによって殲滅されてしまったらしい。

8名のランツクネヒト隊員が、魔導師のものらしき死体、そして肉片が散乱する通路を闊歩しつつ、遠方の区画へと13mm砲弾を撃ち込んでいる。
それらの砲弾が各区画へと吸い込まれると、直後に巨大な爆発か、或いは大量の業火、時には大量の肉片と血飛沫が区画内より噴き上がるのだ。
砲弾が撃ち込まれたにも拘らず視覚的な変化が確認されない場合は、恐らくは神経ガス散布弾が使用されているのだろう。
周囲には無数の被災者より発せられる悲鳴が1つの巨大な音となって響き続け、爆発の轟音ですらその中に呑まれ霞んでゆく。
そして格納庫中央部、一際広大な区画の上方では、足場に集合した14名のランツクネヒト隊員達が、只管に下方へと銃撃を浴びせ掛けていた。
散弾から対人榴弾、対人焼夷弾に12.7mm弾。
更にはガウスライフル「GR-32」による掃射までもが、中央区画内に存在する1000名以上もの被災者達、その頭上へと撃ち込まれ続けているのだ。

人体が引き裂かれる、などという生易しい光景ではない。
凄まじいまでの悲鳴は徐々に小さくなり、大量の血液と肉片が上方の通路に届かんばかりの高さにまで、常に噴き上がり続ける。
隊員の1名が使用する大型の銃器、分隊支援火器「MG-63」。
それに用いられている12.7mm弾は全弾が超小型の対人榴弾であり、区画内では途切れる事なく小規模な爆発が継続しているのだ。
噴火の如く噴き上がる血飛沫を拡大すれば、その中には辛うじて原形を留めている四肢の一部から骨片、剥がれた頭皮から爪や歯、更には乳児の半身等までもが含まれていると判る。
数千発の銃弾による巨大な挽肉機、其処に放り込まれた1000名以上もの被災者達。
銃撃は一向に止む様子を見せず、響き渡る悲鳴だけが急速にその数を減らしゆく。
第18資材保管庫に存在していた被災者、総数5103名。
その内の生存者数が0となる瞬間は、そう遠いものではあるまい。
当該エリアについても、これ以上に得られる情報は無いだろう。

第1港湾施設内ターミナルでは、第97管理外世界側の非戦闘員が524名、ランツクネヒトによる護衛を受けつつ輸送艦艇へと搭乗している最中だった。
非戦闘員達が慌しくゲートを潜る中、12名のランツクネヒト隊員達は周囲警戒を続けている。
どうやら彼等は、第88民間旅客輸送船団人員の一部を、ベストラから脱出させるつもりらしい。
防衛艦隊旗艦ウォンロンの戦闘指揮所に対する破壊工作実行後、制圧されたウォンロンのシステムからベストラに対して実行された各種妨害工作。
それにより遠距離間での通信、及びシステムによる各種サポートの使用も不可能となった現在、非戦闘員を護り切る事は非常に困難。
そう判断したのか、分断されたランツクネヒトの一部は、ベストラの放棄を選択したらしい。

非戦闘員の殆どがゲートを潜り、取り残された者が居ないかと、ランツクネヒトが周囲の確認を開始する。
そうして、最後の集団である28名の非戦闘員達がゲートを潜ろうとした瞬間に、それは起こった。
ゲートの向こう、艦艇停泊中のベースを含むエリアが、突如として爆発したのだ。
瞬間的に視界を埋め尽くすノイズ。
今まさにゲートを潜らんとしていた28名は、唯1人の例外も無く一瞬にして全身を粉砕され、肉片と鮮血の壁となって後方へと飛散する。
装甲服を纏っているランツクネヒトの隊員達は、身体が四散する事こそなかったものの凄まじい勢いで吹き飛ばされ、明らかに致命傷を受けるであろう速度にて周囲の構造物へと叩き付けられていた。
一体、何が起こったのか。

本来ならばゲートが存在している筈の壁面、それが跡形も無く崩壊していた。
その先に拡がる広大な空間には、全てを焼き尽くさんばかりの業火が揺らめいている。
しかし、重力制御機構が停止したらしく、炎は奇妙に揺らめき膨張した後、始めからそんなものは無かったのだと云わんばかりに掻き消えた。
周囲を覆い尽くす、大量の黒煙。
視界をサーマル・モードに変更すると、周囲構造物の殆どが白く染め上げられた。
かなりの高温、構造物が赤熱しているのだ。

そんな中、遥か前方に拡がる広大な空間、比較的低温な大気に満たされた其処を横切る、巨大な熱源。
赤外線の放射を遮断しているのか、徐々に薄れゆく赤い光。
防衛艦隊旗艦、ウォンロン。
第148管理世界ダオイェン共和国に於いて違法に建造され、僅かに2時間前まではランツクネヒトによる管制下に在った、巨大な空母型戦闘艦。
その艦艇は今や、ベストラを脱出せんとしていた第88民間旅客輸送船団艦艇、それを第1港湾施設ごと砲撃によって跡形も無く吹き飛ばし、傲然とコロニーの周囲を航行しているのだ。
輸送艦艇に乗り込んでいた約500名の非戦闘員は、ウォンロンより放たれた高密度集束魔力砲撃、計8発ものそれによって艦艇ごと撃ち抜かれ、更に着弾後の魔力爆発により完全に消滅した事だろう。
最早、何人であろうと、このコロニーから逃れる事は不可能だ。

無重力中に浮かび上がったランツクネヒト隊員達、その身体が僅かに身動ぎする。
まだ、息が在ったのだ。
だが次の瞬間、ウォンロンから直射弾の弾幕が放たれる。
時間にすれば1秒にも満たない、瞬間的な掃射。
可能な限り構造物を破壊せぬよう、しかし確実に装甲服を粉砕し人体を破壊する程度に魔力密度を調節された、数十万もの弾体。
視界の全てが魔力光に覆われ、次いでノイズに支配される。
何も見えず、何も聴こえない。
だが、たとえ全ての情報が正常に得られていたとして、既に観測すべきものは何もかも消え失せてしまった。
よって、特に問題は無いだろう。

次に視点を移した居住区の一画では、見慣れた姿が視界へと映り込む。
その人物等は、ベストラの現状を何ひとつ知らぬ被災者達の中に紛れ、周囲の人々と何事かを話し合っていた。
八神 はやて、高町 なのは。
特に深刻な負傷の様子が見受けられないなのはに対し、はやては左前腕部の半ばより先の部位が失われていた。
どうやらこの2名については、ランツクネヒトとの交戦状況下に於いて有効戦力たり得ない、と判断されたらしい。
よって、真実を知らされる事もなく、何が起きているかを伝えられる事もなく、非戦闘員と負傷者に紛れて避難させられたのだろう。
彼女達の処遇を決定した者、それが誰であるかはある程度まで予想できるが、賢明な判断と云える。
これからの状況の推移を周囲と話し合う2人、彼女達の存在を含め、当該エリアに見るべき箇所は無い。

第11小型艦艇格納庫では、第18資材保管庫とは真逆の光景が繰り広げられていた。
広大な格納庫、天井面に設置された計6基の旋回式自動銃座。
恐らくは遠隔操作されているのであろう、それらは格納庫内に存在する29名のランツクネヒト隊員達、そして第97管理外世界の非戦闘員達483名を機銃の射界へと捉え、猛烈な連射によって次々に殺害してゆく。
現在、其々の銃座が使用している12.7mm弾種については、3基が劣化ウランを用いたAPFSDS、残る3基には対人榴弾が供給されていた。
物陰に隠れた敵に対してはAPFSDSを撃ち込み、遮蔽物ごと撃ち抜き射殺。
遮蔽物を貫通してくるAPFSDSの掃射から逃れるべく、不用意に姿を現した人影の集団に対しては、対人榴弾を用いての掃射。
6基の銃座は連携し、格納庫内の人員を見る間に屠り去ってゆく。

ランツクネヒトと非戦闘員達は、小型艦艇にてベストラを脱しようと、この格納庫へと踏み入ったらしい。
リンクが切断された事には気付いたのだろうが、しかしシステムの制御を奪取されているとまでは予測していなかったのだろう。
彼等は銃座が機能を停止していると誤認し、非戦闘員を伴って格納庫内へと侵入。
だが実際には、彼等は常に監視されていた。
そうして、全てのランツクネヒト隊員と非戦闘員が格納庫内へと侵入した後、外部へと続くドアは完全に閉鎖され、更には全銃座が展開し掃射を開始したのだ。
不意を突かれた為か、満足な応射も出来ぬままに四散してゆくランツクネヒトの隊員達。
逃げ惑う非戦闘員達もまた、次々に弾け飛んでは赤い飛沫と化してゆく。
このエリアについては、特に問題は無いだろう。

居住区、第2浄水施設。
職員ラウンジへと続く通路を駆ける、6名のランツクネヒト隊員達。
漆黒の重厚な装甲服に身を包み、着膨れしたかの様なその外観は、一見しただけでは酷く鈍重な印象を受けるものだ。
だが実際の処、装甲服自体が強靭な人工筋肉を内蔵している為、そのサポートを受ける事により、彼等は常人離れした高機動性を獲得している。
事実、視界に映る彼等は重火器を携帯しながらにして、時速34kmもの速度を維持し移動を続けていた。
魔導師、または戦闘機人には及ばないまでも、非魔導師としては信じ難い速度だ。
だが、魔導師であろうがなかろうが、人工筋肉による筋力増強を受けようが受けまいが、彼等の後方より迫る追跡者にとっては、些末な違いに過ぎなかったらしい。

隊員達を側面から捉えつつ移動する視界の中、突如として彼等を襲う金色の閃光。
轟音、そして衝撃波。
激しく回転し、次いでノイズに埋め尽くされる視界。
漸くノイズが除去され映し出された光景の中では、吹き飛ばされ壁面へと叩き付けられたらしきランツクネヒト隊員達が、ふらつきながらも立ち上がろうとしていた。
遅れて噴き上がる、幾条もの業火の線。
合金製の周囲構造物には凄まじい破壊の跡が刻まれ、吹き飛んだ点検用ハッチからは複数のケーブルが零れ出している。
だが其処には、そんな構造物の破壊などよりも、明らかに異常な点が在った。
視界へと映り込む隊員は5名であり、残る1名が何処にも存在しないのだ。
他の隊員達も、その異常に気付いていたのだろう。
2名と3名に分かれて銃器を構え、其々が通路上の異なる方向を警戒する。

直後、またも閃光。
衝撃波が通路内を完全に呑み込み、再び隊員達の身体を吹き飛ばす。
今度はノイズが奔りはしたものの、対衝撃策を取っていた事もあり、視界の揺れは僅かなものに収まった。
衝撃に揺さ振られながらも、通路内の光景は問題なく映し出されている。
その為、其処には閃光の正体と、それにより齎される破壊の詳細が鮮明に映り込んでいた。
瞬間的な閃光、それは空間を覆い尽くすものではなく、想像を絶する速度にて空間を貫く光条。
そして、その光条は其々AS-55とGR-32を構え警戒中だった2名の隊員、事も在ろうに彼等の正面から飛来し、トリガーを引く暇さえ与えずに2名の中央を貫いたのだ。

光条の通過により発生した衝撃波は4名のランツクネヒト隊員を吹き飛ばし、砲弾の如き速度にて壁面へと叩き付ける。
だが、光条に対して背を向けていた3名、その中央に位置していた1名の隊員については、吹き飛ばされる等という生易しい結果では済まなかった。
光条の直撃を受けた次の瞬間、彼の姿は視界内から完全に消え失せてしまったのだ。
空間を貫いた光条、その通過と共に連れ去られたかの様に。
だが、実際は違う。
彼は光条に連れ去られたのではなく、消滅させられたのだ。

瞬間的ではあるが、一連の様子は鮮明に視界へと映り込んでいた。
金色の発光体、その内より突き出す鈍色の矛先。
それは隊員の身体を背面より貫き、そのまま胴部を半ばより上下に分断した。
装甲服を纏った隊員の身体は、発光体の余りの速度に一瞬にして引き裂かれていたのだ。
そして、千切れ飛んだ身体は衝撃波により細分化され、更に閃光の内へと呑まれて塵すらも残さずに消滅した。
後には僅かな光の残滓と、壁面へと叩き付けられた4名の隊員が残るのみ。

光の正体は、噴射炎だった。
想像を絶する出力で以って魔力炎を噴射、それを推進力として突撃する矛先。
更に、魔力炎は推進力としてのみでなく、実効的な攻撃手段としても利用されていた。
矛先による突撃と衝撃波により細分化された攻撃対象を、それ自体が巨大な槍と化した魔力炎、その中へと呑み込み焼却、消滅させているのだ。
極大出力となった魔力、その全てを推進力へと変換して実行される突撃は、狂気の沙汰としか云い様がない。
そして現在、その狂気の突撃は1度ならず2度までもランツクネヒト隊員達を襲い、既に2名の存在を消し去っていた。
だが、攻撃は更に続く。

3度目の攻撃は、2度目のそれから3秒も経たぬ内に実行された。
吹き飛ばされた4名の隊員達が立ち直る暇すら与えず、蹲る彼等を巻き込む形での突撃。
1名が消滅、残る3名の身体がいとも容易く浮き上がり、紙切れの如く宙を舞う。
壁面へ、天井面へ、床面へと打ち付けられ、あらぬ方向へと捻じ曲がる四肢。
直後、4度目の突撃。
天井面から床面へと落下中の1名が直撃を受け、その身体が一瞬にして消滅する。
残るは、2名。

その時、意図しての行動の結果か否かは不明だが、1名の隊員が手にしていたAS-55がマズルフラッシュを放つ。
直後、連続して発生する爆発と、その直中へと突入する光条。
激しく揺れ、ノイズに埋め尽くされる視界。
この施設を訪れる直前に、彼等は機動兵器と交戦していたのだろうか。
どうやらAS-55には000Bではなく、榴弾が装填されていたらしい。
爆発の規模と特性から推測するに、対人榴弾ではなく徹甲榴弾か。

そうして数秒後、通路の床面から見上げる格好となって機能を回復した視界には、完全に破壊された通路と、其処に佇む新たな人影が映り込んでいた。
赤黒い染みが拡がるバリアジャケット、矛先を下に左脇下へと抱えられた槍型デバイス、血の様に赤い髪。
エリオ・モンディアルが、其処に佇んでいた。
先程の光条は彼が使用する近代ベルカ式魔法、メッサー・アングリフの発動により生じていたものだったのだ。
矛先へと触れるもの全てを細分化し、更に全身を覆う噴射炎によって残滓すら消滅させるという、何処までも純粋に対象の殺害のみを目的とした魔法。
自身を砲撃そのものと化す、そんな表現でさえ過言ではない程の暴挙。
だが、絶大なる破壊と絶対的な死を齎すそれは、彼自身に対して強固な防御を確約するものではなかったらしい。

5度目の突撃の際、突如として発砲されたAS-55。
放たれた数発の徹甲榴弾は、凄まじい爆発を起こし通路を破壊した。
本来ならば射撃を実行した当人を含め、友軍の至近距離へと着弾した榴弾はシステムからのサポートにより安全装置が作動、起爆しない筈だ。
だが現在、システムはその大部分が沈黙しているか、或いは反乱勢力により掌握されており、ランツクネヒトからすれば機能停止と同様の状態に在った。
其処で彼等は苦肉の策として、全弾薬の安全装置を解除していたのだろう。
その対処が災いし信管が作動、通路へと着弾した榴弾は起爆。
そしてエリオは、連続発生した爆発、その直中へと突入してしまったのだ。
傾いた視界の中、無言のままに佇むエリオ。
彼の眼前へと翳された左手、止め処なく溢れ続ける血液。

指が、足りない。
彼の左手、第四指と第五指が、根元から千切れ飛んでいた。
深く抉れた肉、その間から突き出す細い骨格。
傷口からは絶えず血液が噴き出し、バリアジャケットの裾を赤く汚してゆく。
エリオは感情の浮かばぬ無表情のまま、そんな自身の左手を無言で見つめ続けていた。
宛ら、些末な事とでも云わんばかりに、痛覚など存在しないかの様に。

視界の端、蠢く影。
エリオが自身の左手から視線を離し、影の方向を見やる。
それは、1名のランツクネヒト隊員だった。
まだ、息が在ったらしい。
うつ伏せのまま立ち上がろうとするも、バランスが保てないらしく再び倒れ込む。
それもその筈、彼の右脚は膝部から先が在らぬ方向へと捻じれ、左脚もまた歪に折れ曲がっていた。
左腕も明らかに骨折していると分かる状態であり、正常な機能を維持している四肢は右腕のみ。
それでも彼は残された腕部のみで以って、身体を起こそうと試み続ける。
だがエリオは、その試みの続行を許しはしなかった。

ストラーダの柄を左上腕部と胴部の間に挟んだまま、何かを目指し歩き出すエリオ。
彼は生存しているランツクネヒト隊員の背後を通り過ぎ、もう1名の隊員、上半身が失われ既に死体となったそれへと歩み寄る。
そうして、死体より噴き出す大量の血液を意にも介さない様子で、その腰部より何かを引き抜いた。
マシンピストル「MP-27」。
エリオは右手でグリップを握り、慣れた様子で最終安全装置を解除する。
本来、ランツクネヒトが運用する火器類は、登録された人物以外には使用できない。
だが、居住コロニーがバイドによる襲撃を受けた際から続くシステムの混乱、そして反乱によるシステム奪取により、今や誰もがランツクネヒトの火器類を、全種についてではないにせよ使用する事ができる。
そしてエリオもまた、右手に握るMP-27を有効に活用した。

生存しているランツクネヒト隊員、その傍へと歩み寄るエリオ。
隊員は既に意識が朦朧としているのか、エリオの接近に気付く様子は無い。
そして隊員の右側面へと立ったエリオは、其処で右腕を突き出した。
漆黒のヘルメット、その右側面上部へと突き付けられる銃口。
マズルフラッシュ、銃声。
隊員の頭部、下顎部左側面が内部より破裂する。
その中から、爆発と見紛うばかりの勢いで以って噴き出す肉片と骨片、大量の血液。
発砲の瞬間、不自然な震えの奔った隊員の身体が、次いで力を失い崩れ落ちた。

隊員を射殺したエリオは、MP-27のマガジンリリースボタンを押し、弾倉を足下へと落とす。
左手に残された3本の指でスライドを引き、チャンバー内の9mm弾を排莢、銃を死体の上へと放り捨てた。
次いで、左脇下に抱えていたストラーダを右手に握り、周囲を一瞥する。
そして、彼はこちらに気付いたらしい。
こちらへと歩み寄るエリオ、視界を塞ぐ様に映し出されるブーツ。
次の瞬間、全てが闇に閉ざされる。
だが、特に問題は無い。
視点を次のエリアへ。

第3港湾施設、第2ドック。
其処ではランツクネヒトの強襲艇と、戦車型魔導兵器が交戦中であった。
中空にて不規則な機動を取りつつ30mm電磁投射砲を連射する強襲艇、反重力式駆動機構により柔軟な回避行動を取りつつ魔導砲撃を放つ戦車。
魔導機関の出力増大により、異常なまでに堅固となった魔力障壁を備える戦車に対し、強襲艇は思わぬ苦戦を強いられている様だ。
30mm電磁投射砲弾は魔力障壁自体を突破する事には成功しているものの、運動エネルギーが減衰した事によって戦車の装甲を貫通するには至っていない。
一方で、戦車より連続して放たれる魔導砲撃弾体は、明らかにSランク集束砲撃魔法に相当する魔力量・密度を有している。
そして既に、これまでに実行された双方の攻撃により、第2ドック内は業火と構造物の残骸によって埋め尽くされ、本来の機能を完全に喪失していた。
被害は当該施設のみに止まらず、第3港湾施設に隣接する複数のエリアにまで及んでいる事だろう。

戦車が拡散砲撃を放ち、一部の弾体が強襲艇の左側面を掠める。
瞬間、当該箇所の装甲が吹き飛んだ。
大量の黒煙が噴き出し、強襲艇の周囲を覆ってゆく。
直後、強襲艇の下部に瞬く、複数の赤い閃光。
強襲艇、多目的ミサイル6基、同時射出。
瞬時に最高速度にまで達したそれらは、しかし目標である戦車へと着弾する事はなかった。

戦車の砲塔、前後左右の対角線上に配置された複数の箱状ユニットより、一斉に放たれるフレア、チャフ、魔力集束体。
次元世界に於いて既知となる、あらゆる種類の誘導機能撹乱型防御策。
それらはミサイル群の予測進路上へと拡散し、弾頭が有する誘導機能を撹乱する。
ミサイルが有する高速性、そして強襲艇と戦車間の距離が500m足らずである事などから、軌道が大きく逸れる事はない。
だが、直撃を避ける、或いは疑似反応による近接信管の誤作動を誘発するには、双方間に存在する距離は十分に過ぎた。
計6基のミサイルは、内3基が魔力集束体の炸裂に巻き込まれて自爆し、1基が床面へと突入して起爆、残る2基が近接信管により戦車付近にて炸裂する。
だが、やはり直撃でない事からか、戦車を撃破するには至らない。

すると、これ以上の交戦は不可能と判断したのか、突如として強襲艇が前方へと加速。
不意を突かれる格好となった戦車は、拡散砲撃の連射で以って強襲艇の撃墜を試みる。
だが、強襲艇は大量のフレア及びチャフを射出、戦車砲塔の照準機能を阻害。
そのまま戦車直上20mの高度を突き抜け、更なる加速を掛けつつ再度に6基のミサイルを放つ。
ミサイル群は瞬間的に加速、港湾施設へと続く艦艇搬入用通路とドックとを隔てる第1隔壁、その中心部へと円を描く様に着弾し炸裂。
大量の火花と粉塵、隔壁へと穿たれる直径30m程度の穴。
強襲艇はその穴へと突入するつもりなのか、更に急激な加速を掛ける。

直後、左右のドック内壁面を貫通し、強襲艇へと襲い掛かる無数の魔導砲撃弾体。
それらは砲撃の壁となり、挟み込む様にして強襲艇を呑み込んだ。
装甲へと次々に穿たれる直径50cm前後の着弾痕が、強襲艇の機体を凄まじい勢いで削り取ってゆく。
そして、強襲艇は僅か数瞬の内に原形を留めぬ鉄塊となり、そのまま隔壁に穿たれた穴から5mほど離れた位置へと激突した。
轟音と衝撃がドック内を揺るがす中、砲撃によって崩壊した左右の壁面、その残骸の中から2両の戦車型魔導兵器が現れる。

2両の戦車は互いに異なる、更には先程まで単独にて強襲艇と交戦していた1両とも別種であると判る、其々に特異な外観を有していた。
其々の共通点は、徹底的に機能性を追求して建造された兵器が有する無機質かつ武骨な外観、そして駆動部に反重力式駆動機構を採用しているとの事柄のみ。
明らかに、異なる勢力によって建造されたと判る、計3両の戦車型魔導兵器。
それらは互いに連携、ランツクネヒトの強襲艇を追い詰めた上で誘導し、見事な戦術で以って敵機を撃墜するに至ったのだ。
高度な戦術を共同展開する様子からは、勢力内に於いて高水準での意思統一が為されている事実が窺えた。
反乱勢力については、これまでに得られた情報と総合して、内部分裂等の問題が発生する可能性は低いと判断して良いだろう。

魔導砲撃弾体炸裂、搭載弾薬類誘爆。
轟音と共に強襲艇の残骸が爆発し、巨大な爆炎の壁となってドック内の全てを呑み込む。
だが、異常なまでに魔力密度が上昇した障壁を備える戦車群には、これと云った損傷など生じてはいまい。
唯、視界についてはその限りではなく、暗転の後に機能が回復する事はなかった。
視点を移動、次のエリアに対する観測を開始。

居住区、ショッピングモール。
職員の為の娯楽施設が集合する商業エリアは、周囲の全てを巻き込んだ阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
退避中であった1382名もの被災者と、彼等の誘導と護衛に当たっていた77名の魔導師、そして各世界の軍事組織に属する62名の兵士。
彼等は約40分前に、Man-Hunt-Systemユニット群によって当初の避難地点を襲撃され、これの撃退には成功したものの、籠城中のシェルターを破壊された反乱勢力の一団である。
MHSを遠隔操作していたランツクネヒト分隊を殲滅した後、新たな避難場所を求めて居住区へと迷い込んだのだ。

そんな彼等を最初に発見したのは味方勢力ではなく、通信網の寸断により状況を把握し切れていない、ランツクネヒトの分隊だった。
少なくとも表面上は友好的な姿勢で以って接触してきた彼等に対し、反乱勢力集団もまた偽りの友好的姿勢で以って対応。
そして、隙を突いての攻撃により、分隊の全員を拘束する事に成功した。
1名たりとも犠牲を出す事のない、完璧な勝利。
だが、順調に推移しているかに見えた状況も、其処までであった。
ランツクネヒト分隊を拘束する際の状況を、在ろう事か他の分隊、それも複数によって目撃されていたのだ。
その事実に彼等が気付いた時には、状況は既に取り返しが付かないまでに悪化していた。
ショッピングモールは重武装のランツクネヒト隊員73名、そして130機ものMHS群によって、完全に包囲されていたのだ。

その後の展開については、実に単純なものだった。
当該エリアの構造上、互いに逃げ場など存在しない中で繰り広げられる、銃撃と砲撃の激しい応報。
銃撃によって弾け飛ぶ魔導師、榴弾によって粉砕される兵士、砲撃によって消滅するランツクネヒト隊員、モール内へと侵入したMHS群によって殺害されてゆく被災者達。
銃撃に次ぐ銃撃、砲撃に次ぐ砲撃、爆発に次ぐ爆発。
既に視点は17回にも亘って切り替わり、しかし数秒も経たぬ内にノイズに覆われるか、或いは暗転する事を繰り返していた。
そして音声もまた、無数の銃声と爆発音、悲鳴と絶叫とに埋め尽くされ、早々とその正常な機能を喪失してしまうのだ。

モール内の床面は無数の薬莢と肉片とに覆われ、大量の血液が小川の如き流れを形成している。
壁面は弾痕と血痕とに覆われているか、或いは壁面そのものが崩壊していた。
天井面も同様であり、其処彼処が崩落し床面もろとも巨大な縦穴を形成している。
散乱する臓器と四肢、転がる頭部。
所属も老若男女も問わず、エリア内は無数の死体によって埋め尽くされていた。
硝煙と死臭とに満たされた空間の中、反乱勢力とランツクネヒトは未だに戦闘を継続しているのだ。

そして、18回目の視点変更。
視界には、ランツクネヒト分隊との激しい戦闘を繰り広げる、反乱勢力の1部隊が映り込んでいた。
崩落した構造物の陰に隠れつつ、直射弾と砲撃を放ち続ける魔導師、火器による射撃を継続する兵士。
銃弾と砲撃によって織り成される暴風は、しかし1名の兵士が遮蔽物ごと全身を粉砕された事により勢いを弱める。
AS-55による射撃、徹甲榴弾だ。
視界の手前へと後退を開始する反乱勢力部隊、追撃すべく銃撃の激しさを増す前方のランツクネヒト分隊。
魔導師が更に1名、障壁を突破した銃弾、背面から貫通したそれによって胸部を吹き飛ばされる。
更に、銃弾の嵐を掻い潜る様にして接近する、十数機のMHS。
状況は、既に決したかと思われた。

直後、前方118mに位置するランツクネヒト分隊、その側面の壁が一瞬にして解体される。
破壊ではなく、解体。
粉砕されたのではなく、切り刻まれたのだ。
想定外の事態であったのか、ランツクネヒト分隊の行動に、僅か1秒にも満たぬ硬直が生まれる。
それでも彼等は反射的に、崩落を始めた壁面へと銃口を向けるが、その一瞬の硬直が致命的なものとなった。
切り刻まれた壁面を吹き飛ばし、その奥より雪崩れ込んできた者達からすれば、僅か一瞬の遅れであろうと先手を取るには十分な猶予であったのだ。

アームドデバイスを携えた一団、近代ベルカ式魔導師。
ハルバード型アームドデバイスを手にした女性を先頭に、凄まじい勢いで以って側面より分隊へと襲い掛かる。
宙を舞う構造物残骸の中、突き進む彼等の姿勢には一切の躊躇が無い。
ランツクネヒト隊員、総数14名。
近代ベルカ式魔導師、総数11名。
僅かに3名の数的優勢など、近代ベルカ式魔導師による至近距離からの奇襲の前では、何ら意味を持たない。
そして、先頭の女性魔導師、彼女が手にするハルバード先端部のピック。
それが1名のランツクネヒト隊員、その胴部中心を貫くと同時に、極めて短時間且つ一方的な殲滅戦の幕が上がる。

魔導師達は、敵にトリガーを引く暇さえ与えはしない。
こと近接戦闘に於いて、古代・近代を問わずベルカ式は最も優秀な戦闘技術であり、それを用いる魔導師は敵対者にとって恐怖の象徴でもある。
中・長距離での戦闘に於いて些か打撃力に欠ける面は在るものの、その欠点を補って余り在る程に突き抜けた近接戦闘能力。
ベルカ式魔導師とは正しく、絶対的暴力の体現者に他ならない。
近接戦闘に於ける死神、独立した意思を有する暴力。
その接近を許した時点で、ランツクネヒト隊員達の命運は決していたのだ。

1名の隊員、その胴部を貫通し背面へと突き出したハルバードのピックが、更に1名の胴部を捉える。
直後、串刺しとなった隊員2名の頭部が、ブロードソードの一閃により纏めて刎ね飛ばされた。
ハンドガンを構える腕は斬り飛ばされ、顔面を覆うマスクに対し垂直に刺し込まれるスティレット。
最上段から振り下ろされる巨大なガントレット、魔力を纏った拳によってヘルメット諸共に卵の如く粉砕される頭部。
胴部へと突き立てられるバヨネット、装甲服に密着した銃口から撃ち込まれる数十発もの直射弾。
頸部を引き裂くダガー、心臓へと吸い込まれるククリ。
上半身を粉砕するパルチザン、刃を受けんとした銃身ごと全身を両断する薙刀。

ランツクネヒト隊員の中には、ナイフによる近接格闘術で以って応戦し、魔導師に対し一矢を報いる事に成功した者も在った。
しかし彼は抵抗の代償として、投擲された8本のナイフとジャベリンにより全身を貫かれ絶命。
別の隊員はMP-27により1名の魔導師、その頸部を撃ち抜き致命傷を負わせる事に成功していた。
だが彼もまた、別の魔導師が振るうバトルアックスにより、頭頂部と股間に掛けての線から身体を両断される。
吹き荒れる血風、僅か4秒にも満たない短時間の殺戮劇。
絶対的な暴力の嵐が過ぎ去った後、其処には原形を留めぬ14名分の肉片だけが残されていた。
視点を変更、他のエリアへ。

管制区、中央管制室。
コロニー全体の機能を司る、ベストラの中枢部。
幅120m、奥行144m、高さ20mもの広大なホールには、無数のコンソール及び固定式大型スクリーンが配置されている。
だが今や、俯瞰からの視界に映るそれら構造物は、半数以上が原形を留めていない。
粉砕されたコンソール、引き裂かれた床面、崩落した天井面、割れ落ちたスクリーン。
天井と床面との間に設置されていた各種機器構造物は、例外なく破壊され落下した上で炎に覆われており、照明が消えたホール内を赤々と照らし上げている。
更に、床面を埋め尽くす構造物の残骸、それらの周囲には破壊された人体の一部が無数に散乱していた。
恐らくは構造物の陰に身を潜めていたのであろうが、その行動も空しく強力な攻撃により遮蔽物もろとも粉砕されてしまったらしい。

そして、未だに原形を留めている、少数の構造物。
それらの陰には、計6名のランツクネヒト隊員達が身を隠していた。
不意を突かれた為か、或いは戦闘要員ではないのか。
彼等の手にAS-55やGR-32といった重火器は見当たらず、いずれもMP-27を始めとするハンドガンかPDW程度の軽火器しか携帯してはいない。
にも拘らず、彼等はコンソールの陰から僅かに腕を出し、視界外に対しての射撃を継続していた。
何としても当該施設を死守せんとする、彼等の意思の表れであろう行動は、しかし直後に容易く蹂躙される結果となる。

視界外より突如として襲い掛かる、巨大な炎の壁。
その業火は2名の隊員をコンソールごと呑み込み、彼等の身体を一瞬にして灰燼へと帰してしまう。
一方で、咄嗟に遮蔽物の陰より飛び出した4名の内、1名は両脚部に炎を受け膝部以降の部位を喪失。
残る3名は体勢を立て直し、再び射撃体勢を取った。
ところが直後、一切の前触れなく1名の姿が掻き消える。
床面へと叩き付けられ、1度だけ跳ね返って静止するMP-27。
残された2名は、眼前で起こった現象を理解できないらしく、トリガーに掛けた第二指を引く動作に遅れが生じた。

そうして生まれた一瞬の隙を突き、視界外より突進する真紅の影。
床面に対し垂直に振り下ろされる、巨大なハンマーヘッド。
大量の血飛沫となって弾ける隊員、粉砕される床面構造物。
数瞬ほど遅れて轟音が響き渡り、凄まじい衝撃に視界が揺れる。
残る1名の隊員は、衝撃によって崩された体勢を何とか回復、襲撃者から3m程の距離にて射撃体勢へ。
ハンマーヘッドを振り下ろした真紅の影、小柄なそれへと突き付けられるPDWの銃口。
だが、トリガーが引かれるよりも僅かに早く、横薙ぎに振り抜かれたハンマーヘッドが彼を捉えた。
瞬間、血液を充填された風船の如く弾ける、隊員の身体。
遅れて届く、大質量の鉄塊が空気を切り裂く音と鈍い打撃音、破裂音と水音。
赤い飛沫が周囲を染め上げ、燻っていた小さな炎を掻き消した。
後に残るは、胴部より千切れ飛んだ四肢のみ。
襲撃者は真紅に染め上げられたハンマーヘッドを一閃、鮮血を振り払って肩部へと担ぎ、床面を這う1名へと向き直る。

業火により両脚部を灰と化された隊員は、それでも腕部のみの力で以って床面を這い、コンソールの1基へと縋り付いていた。
何らかの操作を終えたらしき彼は、力尽きたかの様に床面へと落下。
うつ伏せの状態から側面へと身体を半回転させ、仰向けになると同時にMP-27を構える。
銃口の先には、巨大なハンマーを手にした影。
だが、襲撃者は動かない。
宛ら、敵対者の殲滅は完了した、とでも云わんばかりに。

そうして、トリガーが引かれるかと思われた、その直前。
隊員の身体が、唐突に床面へと沈み込む。
水面へと沈む石の如く、一瞬にして構造物内へと呑まれたのだ。
否、彼は呑み込まれたのではない。
構造物内に潜む何者かによって、抵抗すら許されずに引き摺り込まれたのだ。
彼の身体が床面へと消えた後、其処に残されるは所有者を失ったMP-27のみ。

そして、ハンマーを手にした襲撃者、それ以外の人影が途絶えたホール内。
視界外より、小柄な影が歩み出る。
肩下にまで達する髪とバリアジャケット、双方に共通する柔らかな桃色。
キャロ・ル・ルシエ。
彼女は周囲を埋め尽くす大量の肉片と血痕の中、それらを気に留める様子もなく、コンソールを目指して歩み続ける。
そんなキャロを見つめる、ハンマーを担いだ真紅の影、ヴィータ。
更に、コンソール傍らの床面より現れる、水色の髪。
ISディープダイバーによって、構造物内へと潜行していたセインだ。
彼女達は互いに言葉を交わす事もなく、ヴィータとセインはコンソールの操作を開始したキャロを、距離を置いて見つめている。

2名の隊員を灰燼に帰した業火は、フリードリヒのブラストフレアだろう。
フリードの姿は視界内に存在しないが、後方に待機しているのか。
炎によりランツクネヒト隊員達が散開した後、セインがディープダイバーにより奇襲を仕掛け、更にヴィータが強襲を実行したのだ。
キャロが大火力による後方支援を、セインがISによる攪乱を、ヴィータが近接戦闘能力による突撃を担当する。
僅か3名にも拘らず、彼女達は高度な複合戦術を駆使していた。
しかし、完成された連携とは裏腹に、彼女達の間には埋め難い距離感が生じている様に見受けられる。
必要以上に歩み寄ろうとはせず、同一の目的の為に互いを利用し合う関係。
その表現こそが、彼女達の間柄を的確に表しているだろう。

そして十数秒後、コンソールを操作していたキャロが、小さく声を発した。
やられた、との呟き。
セインとヴィータが、僅かに身を乗り出す。
どうした、との問い掛けに対し、キャロが返した答えは簡潔なもの。
非常推進系をロックされた、と。
其処で唐突に、視界が闇に閉ざされる。
意識へと割り込む、声ならぬ声。

『其処までだよ、ティア』

視界へと映し出される、無機質な室内。
先程までの、複数視界より齎される光学的情報を複合した映像情報とは異なる、人型生命体固有の視覚装置のみを介しての視界。
2度、3度と瞬きをし、次いで彼女は周囲を見渡す。
此処は、何処だったか。

「気分はどう?」
「・・・まあまあね」

傍らからの問い掛けに言葉を返しつつ、ティアナは自身の脳内に記録された情報を引き出す。
此処はスバルとノーヴェが確保した生産施設内部、支局艦艇のそれを模して建造された居住区だ。
スバル、ノーヴェ、ギンガ、ウェンディ、ティアナ。
5人の為だけに、僅か3時間で建造された、大人数による使用など想定されてはいない施設。
スバルとノーヴェが奪取した情報、それを用いる事で形成されたこの空間に於いては、あらゆる技術の使用が可能であり、あらゆる機構を作成する機能を有し、尚且つあらゆる束縛が存在しない。
やろうと思えば、ティアナ個人の意思のみによって、短時間の内にレリックを大量生成する事さえも可能である。

そして数秒前まで、ティアナは自身に付与された新たな「機能」の動作確認を兼ね、ベストラにて継続中である武装蜂起に対する偵察活動を実行していた。
方法は、実に単純なもの。
ベストラから400kmの位置に中継機を配置し、それを介してコロニー内部の監視機器群、及び反乱勢力によって奪取されたMHSを数十機ほど制御下に置いたのだ。
後は、其々の端末より送信される情報を総合し、映像および音声として脳内へと再構築すれば良い。
偵察活動は順調に推移し、ベストラ内部の状況に関する各種情報を収集する事に成功。
其処で唐突に、スバルからの干渉によって接続を切断され、ティアナ個人としての感覚状態へと回帰したのだ。

「・・・眼が痛いわ」
「開きっぱなしだったからね。フェイズが進めば向こうと同時に身体も動かせるけれど、今はまだ無理だよ。リンクの時には座って、目は瞑っておかなきゃね」

スバルは、ティアナが背を預けるリクライニングチェア、その傍らへと佇んでいた。
左手にストローボトル、右手には2つのミニサンドが載せられた皿。
スバルは右手の皿を差し出し、ティアナにミニサンドを勧める。
ティアナは腕を伸ばし、1つを受け取った。

「両方、食べないの?」
「無理、入らないわよ。アンタが食べなさい」
「じゃ、遠慮なく」

スバルは左隣のリクライニングチェアへと腰を下ろし、皿を腿上に於いてミニサンドを齧り始める。
ティアナもまた全身の力を抜き、可能な限り寛ぐ事を心掛けつつミニサンドを口にした。
焼いたベーコンが香ばしく、程良いドレッシングの酸味が美味い。
一口分を咀嚼し飲み込んで、思わず溜息をひとつ。
更にもう一口を齧ろうとしたところで、スバルが言葉を発した。

「キャロ達、上手くやったみたいだね」
「・・・そうね。少なくとも、予想よりは随分とマシな状況だった」
「インターフェースの使い勝手はどう? 気分が悪いとかは」
「無いわ、何もかも至って正常。思ってたより情報量が多くて、ちょっと混乱しただけ」

ティアナは言葉を交わしつつ、自身の視界内へと室内俯瞰映像を表示する。
それは天井面に設置された監視システムを通じての視界であり、本来ならばウィンドウを介しての方法以外に、映像情報を確認する術は無い筈であった。
しかし現在のティアナにとって、それは自身の意思で以って遠隔操作される複数の端末、その1つでしかない。
そして、彼女が複数機器とのダイレクトリンクという、スバルやノーヴェのそれと同様の能力を備えている理由。

「・・・まさか、こんなに簡単とはね」
「驚いた? これでも地球軍ほどじゃないんだけど、こっちには各種医療魔法も在るしね。向こうよりは好条件が揃ってるから」

ティアナは、スバル等が開発したインターフェースを、脳内へと移植されていた。
施術自体は実に簡潔なものであり、頸部より挿入したナノチューブを脳髄へと到達させ、ナノマシン集約体となる複数のコアを配置したのみである。
その後、インターフェース構築用のナノマシンを、静脈より注入。
既に未来の管理世界に於いて完成されていた技術とはいえ、スバル等による幾分の改良が加えられている事も在り、施術はAMTP内での実行となった。
しかし、施術所要時間は20分足らず。
ティアナは麻酔によって眠りに落ち、意識が戻った時には、既にインターフェース構築のフェイズ1は完了していた。
これにより、彼女はスバル等と同等とまでは至らずとも、オーバーライド及びダイレクトリンクによる各種システムの感覚的操作能力、情報の大量流入に対する同時並列処理能力を獲得したのだ。

インターフェースの構築段階は未だ途上であり、構築フェイズの進行により機能は更に拡張される。
各種機能情報はダイレクトに脳内へと送信されるが、その際に生じると思われた違和感が全く無い。
その正常であるという感覚が却って違和感となり、ティアナはその克服に苦心していた。
人間として有する本来の機能外である感覚を自身へと組み込みながら、それが異常な事象であると認識できない。
結局は、そんな自身に対する戸惑いであり、大して意味の無いアイデンティティから生じる違和感であるとは理解している。
それは、自身が戦闘機人であるとの現実に苦悩していた嘗てのスバル、その心境に似るものではあるのだろうが、現状に於いては何ら意味を持たないばかりか、以降の活動を阻害する要因としか成り得ない。
人間としての純粋な感覚に固執する自身の意識に対し、ティアナは嫌悪の感情すら抱き始めていた。
そして、自身の苦悩に対してすら憤りを抱える彼女が好意的な認識など抱ける筈もない、優柔不断さを抱えた者達。
そんな人物が2名、この居住区内には存在していた。

「ギンガさんと、ウェンディは?」
「ノーヴェと一緒。今は巡航艦を見てる」

ギンガ、そしてウェンディ。
2人は真実を知り得ておきながら、スバルとノーヴェからのインターフェース移植提案に対し、返答を保留した。
自意識を新たなシステムとして発展させるとの事実に、躊躇いと恐れを抱いているのだろう。
そんな2人の姿は、ティアナの心中へと嫌悪感を生じさせるには、十分に足るものだった。

僅か5名で戦況に変化を齎すとなれば、何らかの代償を支払わねばならない事は明らかだ。
かといって、生命を投げ出す事を強要している訳ではない。
脳が有する本来の機能を拡張し、更に新たな機能を追加するだけの事だ。
現状に於いて各名が有する能力のみでは、これより先の状況には対応できない。
だからこその提案であるにも拘らず、2人はそれを受ける事に躊躇いを抱いているのだ。
それがティアナにとっては苛立たしく、更に彼女達のそれに似た戸惑いを抱く自身をも許容する事ができない。
苛立ちから、ティアナは小さく舌打ちを漏らす。
すると、その音を聴き留めたのか、スバルが言葉を紡ぎ始めた。

「余り気にしない方が良いよ、ティア。2人は何も間違っていない。勿論、ティアもね。自分自身が変化する事は、誰だって怖い。私達だって、こうなる前に選択権が在れば、絶対に断ってた」
「・・・だからこそよ。自分で選んだ事なのに、私はこの機能を完全に受け入れる事ができていない。他に選択肢が無い事は解り切っている筈なのに、あの2人は自分で選び取る事をしない」

ミニサンドの残りを一口で頬張り、咀嚼して飲み下す。
再び、深い溜息。
ナノマシンによる各種身体機能強化により、肉体的な疲労は感じられない。
しかしティアナの意識は、確実に休息を必要としていた。
儘ならぬ感情と、強化されたにも拘らずそれに振り回される身体。
その言葉は、自然と胸中より沸き起こったものだった。

「感情か・・・厄介ね、これ。いっそ、これも・・・」
「無ければ良いとか言ったら、流石に怒るよ」

驚き、スバルを見やるティアナ。
スバルはリクライニングチェアから身を起こし、こちらを見据えていた。
何処までも真剣な眼、冷徹にティアナを射抜く視線。
思わず息を呑む彼女を前に、スバルは続ける。

「それは、地球軍と同じ思考だ。戦場に於いて感情とは単なるノイズであり、行動阻害要因に過ぎない。そんなものは不要だ、消し去ってしまえ。地球軍は・・・地球人は、そう考えている」
「消し去るって?」
「表向きには、何らかの対策が取られている訳じゃない。表向きにはね。でも実際には、抑制プログラムが存在するんだ。元々からして地球軍の連中は冷徹だけれども、人である以上は感情が昂る事も在る。そして作戦行動中にそれが起きた時には、抑制プログラムにより感情の起伏がリセットされるんだ」
「何、それ・・・」

絶句するティアナ。
地球軍に於いては兵士個人が有する感情ですら、システムによる制御下に置かれているというのだ。
これまでに得られた情報からも分かり切っていた事ではあるが、地球軍は人間を単なる兵器の部品と看做している。
強制的な感情の抑制など、人格そのものに対する否定、それ以外の何物でもない。
僅かずつ、しかし溶岩の如く胸中へと湧き起こる、確かな怒り。
途端、スバルが声を発する。

「それだよ」
「・・・何?」
「ティア、凄く怒ってるでしょ、今。それこそが、魔導師のアドバンテージなの」

彼女が発した言葉の意味を、即座に理解する事はできない、その筈であった。
少なくともこれまでのティアナであれば、数秒程度の思考の後に、スバルの云わんとするところを理解した事だろう。
今は、違う。
一瞬にして展開する、80もの並列思考。
システムによるバックアップを受け、通常の数十倍にまで加速する思考速度。
刹那にすら満たぬ間に、ティアナは「解析」を完了。
それにより得られた「結果」を、音声として「出力」する。

「リミッターの、破壊」
「正解」

再び、リクライニングチェアへと背を預けるスバル。
ドリンクを啜り、僅かに溜息。
そして、続ける。

「魔導師には感情が必要だよ。感情の昂りはソフトとハード、両方に備わったリミッターを破壊する切っ掛けになる。感情がこれらの抑制限界を振り切った時、魔導資質を始めとする各種スペックの劇的な向上が齎されるんだ。それで、戦力の増強が図れる。地球軍は個人資質や、こういった個体意識現象に基く戦力の開発および運用を酷く嫌うけれど、魔導資質因子保有者を戦力の要とする勢力にとっては、決して無視する事のできないファクターだ。感情を失くした魔導師なんて、ガジェットと大差ない。精々が使い捨ての駒にしかならないよ」

紡がれるスバルの言葉に、成程とティアナは息を吐いた。
確かにスバルの言葉通り、常に演算結果に従っているばかりでは、単なる機械と大差ない。
それでは、現状を打開する事など不可能だ。
感情とは尊ばれて然るべきものである、等という主張ではない。
時に不合理な行動を誘発し、時に爆発的な力を生み出す。
その不安定かつ不確定な変動性により齎される、ソフトとハード双方に於ける有機的変化の連続。
それこそが、極めて高度な演算に基き戦力を運用する地球軍とバイド、双方に対する最大の脅威となる。

だからこそ、一見すると非合理性の塊である感情が、魔導資質因子保有者には必要なのだ。
魔導師達には、まだ十二分に働いて貰わねばならない。
その為の舞台も、既に整えられているのだから。
そんな思考を一瞬にして終えると、ティアナはスバルの言葉に対する皮肉を紡ぐ。

「それって、つまりはこういう事でしょ。せっかく人様が空間法則まで書き換えてまで優位な状況を演出してやったんだから、せめて戦術レベルでは敵と互角に戦ってみろ、ってところかしら。違う?」

その言葉を受け、こちらを見ないままに肩を竦めてみせるスバル。
人工天体内部の大規模生産施設をオーバーライドにより制圧した後、スバル等が最初に着手した行動は「Λ」の建造を開始する事だった。
既にバイドの手によるR戦闘機の生産を開始していた施設は、実に6000km以上も離れた地点からのスバルとノーヴェによる干渉を受け、僅か20秒足らずで2人による制御下に置かれたのだ。
流石はバイドにより構築された施設と云うべきか、魔法技術体系の極致たる「Λ」であろうと、基礎であるジュエルシードを構築するに当たって何ら問題は無かった。
3時間と経たぬ内に大量生産されたジュエルシードの山を、ティアナは不思議と醒めた感覚で以って見つめていたものだ。
しかし、ジュエルシードの生産は容易に進行したとはいえ、目指す「Λ」の完成には相当の時間が掛かるものとティアナは考えていた。
ところが、その思考はスバルの言葉により、実に呆気なく否定される。
確かに時間が必要ではあるが、それでも120時間以内には建造が完了するというのだ。

そして現時点に於いて、限定的ではあるものの「Λ」は既に活動を開始している。
全体としては建造途上であるが、中枢機能に関しては既に構築が完了しているのだ。
バイドが有する技術を応用し建造された「Λ」は、オリジナルをも凌駕する能力を有していた。
オリジナルの「Λ」は戦力の自律生産、及び完全自律侵攻に特化した機能を有していたが、スバル等が建造した新たな「Λ」は更に攻撃的、且つ絶対的な能力を獲得している。
それは奇しくも、オリジナルの「Λ」に対抗すべく創造されたバイド、その能力を模倣せんとする試みから生み出されたもの。
バイドが有する空間侵蝕能力を、魔導因子で以って再現せんとした結果。
次元世界に於ける既知の兵器概念、そして魔法概念をすら覆す、余りにも強大なそれ。

「「Λ」が在れば、誰もがAランク以上の魔導師になれるものね」



同一時空間内に存在する、全ての魔導因子へと干渉する力。
自然状態にて存在する物質に対し、強制的に魔導因子を付与する力。



「何もかも、観測可能範囲内の全てを、魔法技術体系から成る文明にとって最も都合の良いものに変えてしまう・・・その空間に於ける法則さえも。全く、とんだズルよね」

「Λ」とは、単なる戦略級魔導兵器ではない。
バイドのそれにまでは及ばぬものの、空間そのものを創り変える力。
他概念の全てを、魔法という単一概念の下に統合する事すら可能な、次元世界に於ける存在としての究極点に位置する個体。
あらゆる存在、あらゆる法則を、魔法技術体系にとって「都合の良いもの」に変えてしまう能力。
あらゆる存在、あらゆる法則を、敵対技術体系にとって「脅威となるもの」に変えてしまう能力。
スバルとノーヴェが目指す到達点とは、魔法という概念の視点から捉えた世界そのものを、あらゆる面で「都合の良いもの」へと改変する事だった。

「違うよ、ティア。それじゃあ、まだ足りない。あの機能は未完成なんだ。機能が本格的に稼働を始めれば、誰もが魔導師になれる。何ら問題なく、無条件で」
「へえ。なら、現時点で高ランクを有する魔導師は?」

現状の世界には「こんな筈ではなかった事」が蔓延っている。
蹂躙される人々、奪われる故郷、裏切られる希望。
誰もが理不尽な脅威を憎悪し、自身の無力さに絶望していた。
だが「Λ」が全てを変える。
改変された世界は「こんな筈ではなかった事」ではなく、それに替わり「当然の結果」によって満たされるのだ。
迫る敵は迎撃され、故郷を破壊せんとする者共は打倒され、曖昧な希望は確定した未来となる。
理不尽な脅威は単なる敵対勢力へと変貌し、纏わり付く無力さは圧倒的な力によって確固たる自信と化す事だろう。

現在、隔離空間内部全域に於いて発生している各種魔導因子の強化は、他ならぬ「Λ」による空間改変操作の第1段階だ。
全てのリンカーコアは強制的に進化を遂げ、魔導因子を供給エネルギーとする機関は例外なく出力が増大している。
世界そのものを変貌させんとするスバル達の意思は、既に全ての勢力が観測し得る事象として具現化していた。
だが、世界を改変する事、それのみで現状を完全に打開する事は可能なのか。

「既存のランクじゃ意味を成さない、純粋な超越体になるだろうね」
「その結果、バイドや地球軍に対して優位に立てるのかしら」

ティアナからの問い掛け、幾度目かのそれに対し、スバルは沈黙で以って返す。
実のところ当のティアナとて、その疑問に対する答えは、既に自身の思考によって導き出していた。
にも拘らず態々、音声として出力した理由は、単なる再確認の為だ。
スバルもそれは理解しているのだろう、暫しの後に言葉を紡ぎ出す。

「対等にはなれる。でも、それは見掛け上だけ。圧倒的な物量を誇るバイドと、理不尽なまでの戦闘能力を有した兵器を運用する地球軍。幾ら魔導因子が格段に強化されているとはいえ、彼等と拮抗するには向こうの数十倍、数百倍もの戦力が必要になる。それも、とんでもない損害を受ける事を前提として」
「1の敵戦力を滅ぼす為に、こっちは100の戦力が必要になる。話にならないわ」
「100ならまだ良い方だよ。第17異層次元航行艦隊だけを相手取るとして考えても、1000や2000じゃ到底足りない。B系列の機体素子には記録されていない、未知の新型兵器が配備されている可能性も在る事を考慮に入れたら、それこそ10000でも足りないかもしれない。1個艦隊でこれなんだから、地球軍全体を敵に回すなんて考えたら、どうやっても勝ち目なんか無い。バイドに至っては、それこそ話にもならない」
「それで、あの艦隊?」

リンクを接続、情報を呼び出すティアナ。
本来は映像として出力されるそれを、ウィンドウ等による空間表示を行わず、意識内へと直接転送する。
周囲状況に関する以外の情報取得に際し、視覚を介する意味は無い。
情報の転送を実行した事により、スバルも同様の映像を認識しているのだ。
此処にインターフェースを有しない人物が存在すれば話は別であるが、ティアナとスバルの2名しか居ない現状に於いては、態々ウィンドウを展開する必要性は皆無である。
意識内にて映像出力されるは、灰白色の艦艇群により埋め尽くされた、隔離空間内部の光景。
2種類の大型艦艇と、同じく2種類の艦載機により構成された、余りにも巨大な規模の艦隊。

「良いでしょ、あれ。あれなら「Λ」で複製できるし、何より後々に次元世界で独自に建造する事も出来る」
「単にR戦闘機を複製するよりも、ずっと高効率って訳ね」

バイドにより模倣・生産されたR戦闘機群を奪取するとの作戦は、意外な形で中断される事となった。
何とバイドは、1度目の22世紀地球圏にて建造されたR戦闘機を寸分違わず模倣するのではなく、解析情報を基に新たなR戦闘機を開発しての運用を実行していたのだ。
正確に云うならば、22世紀地球圏に於いては構想段階、或いは試作機の建造に止まった機体を、無尽蔵の生産能力を背景に大量生産し、戦域へと投入している。
コスト等の問題など、バイドには存在しない。
バイド因子への適合性のみを優先し、地球圏に於いては実用化の可能性など全く無い機体を、無尽蔵に生産し続けているのだ。

現在までに、バイドによる生産・運用が確認されたR戦闘機は4機種。
「B-3A MISTY LADY」「B-3A2 MISTY LADY II」「B-3B METALLIC DAWN」「B-3B2 METALLIC DAWN II」
これらのコードネームは、1度目の22世紀地球圏に於いて命名されたものだ。
B-3A系列機の建造は1機のみ、B-3A2は構想段階にて霧状防護膜研究プロジェクトそのものが中止された。
B-3BとB-3B2は共に1機が建造されたものの、やはり流体金属制御研究プロジェクトの中止により、以降の生産は為されていない。
だが、今や隔離空間内部はB-3A及びB-3A2によって埋め尽くされ、B-3B及びB-3B2は人工天体内部の何処かにその存在を潜めているのだ。
そして、制圧後の生産施設に残された数千機のB系列機体を解析し、スバルとノーヴェが導き出した結論は、R戦闘機群奪取計画の破棄というものだった。

計画破棄を決定した背景には、複数の理由が在る。
1つは、施設に於いて生産されていたB系列機体4機種が有する性能、それが余りに不安定であった事。
1つは、4機種が隔離空間内部に於いて、既に各方面の混成艦隊戦力と交戦状態に突入していた事。
1つは、機体構造の各所に、複数のブラックボックスが存在している事。
これら問題点の内、スバル達は特にブラックボックスの存在を憂慮した。

ベストラが異層次元へと転移してから現在までに、実に4年もの月日が経過している。
その間にもバイドと地球軍は、一瞬たりとも技術進化の速度を緩めはしなかったであろう。
即ち、今やスバルとノーヴェのハードとなったB系列機体群、其処に記録されている情報は既に過去のものとなっているのだ。
巨大なシステムそのものと化したスバルとノーヴェではあったが、だからといって全知全能の存在となった訳ではない。
彼女達は4年間の技術的空白も、ある程度は現状にて保有する情報によりカバーできると予測していたのだ。
しかし現実の過酷さは、彼女達の予想をも上回っていた。
生産施設そのものに約6000箇所ものブラックボックスが確認された事で、将来に亘る恒久的戦力生産機能の確保、その成功が疑問視される事となったのだ。
無論の事、それらブラックボックスに対する技術的解析は、現在も継続されている。
だが、その成果は芳しいものではない。
無数のブラックボックスを内包したまま生産を継続する事は、余りに多くの危険を孕む行為である。
何より、当該施設にて生産されているB系列機体では「Λ」の能力を最大限に発揮できない。
攻撃面に於いて魔導因子を用いている事が、局地限定破壊兵器であると同時に究極の支援兵器でもある「Λ」の能力を、最大限に有効利用する為の必須要項なのだ。

既知のR戦闘機は各種能力面で現行の機体に劣り、バイドが生産している機種についてはブラックボックスが多過ぎる。
更に、生産する戦力は攻撃面に於いて、魔導因子を利用するものでなければならない。
だが、それら全ての要項を満たす機体など、記録上には存在しなかった。
ならば、如何なる戦力を生産するのか。
スバルとノーヴェの答えは、ティアナを驚愕させた。

これまでに得られた技術的情報を用いて、完全に新規となる兵器体系を構築する。
2人は、そう宣言した。
魔法技術体系を根幹とし、地球軍とバイドの技術を応用して構築された、次元世界固有となる兵器体系を創り上げると。
彼女達は、僅か1時間足らずの内に10の16乗にも及ぶ桁のシミュレートと再設計を繰り返し、最終的に4種の兵器を建造するに至る。

「EX-Ftr44」
スタンダードな設計を有する、高速戦闘能力および超長距離砲撃戦能力特化型戦闘機。
スバルの先天固有技能、即ちISである「振動破砕」のシステムを応用し、機体表層部を微振動させての超高速突撃衝突という、凡そ戦闘機が有するものとは思えぬ近接格闘攻撃能力を有する機体。
更には、波動粒子および魔力素を集束し圧縮融合、指向性を付与し加速しつつ解放する事で砲撃と為す、波動砲と集束砲撃魔法とのハイブリッドとも云える戦術兵器を機体下部に搭載。
機体呼称「四十四型」。

「EX-Bmm55」
生命個体にも似た外観、頭部と胴部、更に兵装を内蔵した腕部から成る、高機動格闘戦闘能力特化型戦闘機。
四十四型が備える光学兵器の強化型および偏向光学兵器、2種の光学兵器を有する機体。
当該機体に搭載された戦術兵器は、広域殲滅能力に特化した中距離拡散型。
機体呼称「五十五型」。

「EX-CR01」
デルタ型艦体の上部にメインセンサー群が集中する艦橋、及び2基の戦術級光学兵器搭載砲塔。
艦体後方下部に突出した2基のエンジンユニット、前方下部に突出する艦首砲ユニット。
五十五型に採用された中距離拡散型砲撃機構、その発展型である長距離拡散砲撃機構を搭載。
艦艇呼称「兆級巡航艦」。

「EX-BS01」
前後に伸長した円柱型の艦体、後部にはエンジンユニットとメインセンサーが集合する艦橋。
艦橋前方の左右側面に2基、艦体下部に1基の戦術級光学兵器搭載砲塔、艦首には3基の波動粒子・魔力素集束ユニットを配置。
超長射程・極広範囲影響域を誇る、戦略級砲撃機構を搭載。
艦艇呼称「京級戦艦」。

其々の呼称については、採用された設計プログラム管理番号、またはシミュレート実行回数より名付けられた。
そして、これらの兵器群を構成する材質類には、魔力素を始めとする複数の魔導因子が付与されている。
即ち、構成物質の原子レベルからして、例外なく魔導因子を内包しているのだ。
この要素により、兵器群は「Λ」による支援を最大限に活かす事が可能となる。

あらゆる存在に対し、強制的に魔導因子を付与する「Λ」。
既に何らかのエネルギーを内包した加工が施されている例を除き、その対象の差異など問題にはならない。
それこそ1粒の砂であろうと、生物個体であろうと、果ては惑星そのものであろうと「Λ」の干渉からは逃れられないのだ。
残念ながら地球軍、及び彼等により空間隔離された第97管理外世界に対しては、干渉が及ぶ事はなかった。
バイドによる干渉への対抗策を豊富に備える地球軍であるからして、こちらとしても成功する等とは微塵も期待していなかったが。
しかし、隔離空間内部にすら存在する、多種多様な宙間物質はそうではない。
自然状態であるそれらは「Λ」の干渉を受け、例外なく魔導因子を有する存在と化す事だろう。
即ち、兵器群の構成材質たる資源を、無尽蔵に確保する事が可能となるのだ。

この施設に於いて建造された兵器群は、各種性能調整とデータ収集を目的としたものを含めても、四十四型および五十五型が各16機、兆級巡航艦が8隻、京級戦艦が6隻といった程度である。
現状に於いて隔離空間内部を埋め尽くしている艦艇群および戦闘機群は、この施設にて建造されたものではない。
否、正確には「建造」されたものですらない。
あれらは全て「Λ」の干渉により、宙間物質を基に「発生」したものである。
「Λ」は隔離空間内部のあらゆる座標へと干渉し、宙間物質へと魔導因子を付与。
更に、それら魔導因子へと干渉し、僅か15秒の間に400000隻の艦艇、そして28000000機もの戦闘機を「発生」させたのだ。
そして、全ての艦艇群および戦闘機群は「Λ」を介し、例外なくスバルとノーヴェの制御下に在る。
ベストラでの武装蜂起実行に際しても、防衛任務に就いていたR戦闘機群を、四十四型および五十五型、計4000機の戦闘機群が強襲し撹乱した。
無論、それら戦闘機群による作戦行動も、2人による管制下に在ったのだ。
結果、敵機の撃墜には至らずとも、R戦闘機群はベストラを離れ、天体内部の何処かへと逃亡した。

無尽蔵の資源と新規魔法技術体系によって構築され、空間中のあらゆる座標へと「発生」する大規模艦隊。
幾度撃破されようとも、その都度「Λ」からの干渉により「再発生」し、作戦目的の達成、或いはスバル達による変更が無い限り、決して作戦行動を中断する事のない兵器群。
損害を恐れる事も、些末な倫理観に縛られる事もない。
システム中枢たる「Λ」を制御するスバルとノーヴェに関しても、感情等の要因により各種判断を左右される虞はない。
常に的確な判断を下し、圧倒的物量で以って敵対勢力を圧殺する、完全独立艦隊勢力。
しかし、無尽蔵の資源により支えられる兵器群も、決して無敵の存在という訳ではない。

地球軍、そしてバイド。
これら2勢力は、共に「Λ」への対抗を可能とする手段を有している。
バイドは「Λ」により「発生」する艦隊、その規模に匹敵し得る物量と、空間に対する無差別侵蝕能力。
地球軍はR戦闘機を始めとした兵器群が有する圧倒的な性能と、波動粒子を用いる多種多様な攻撃手段、そしてデルタ・ウェポンを始めとする空間干渉型兵器。
これらの手段を用いての大規模な反撃、或いは侵蝕を受ける事が在れば、艦隊の「発生」機構のみならず「Λ」そのものにまで深刻な打撃を受けかねない。

特に警戒すべきは、地球軍艦隊とこちらの兵器群との間に存在する、如何ともし難い性能差だ。
京級戦艦は地球軍のニヴルヘイム級にも匹敵する艦体規模を誇るが、搭載兵器群のそれを含めた総合性能については、双方の間に大きな隔たりが在る。
それは、四十四型および五十五型戦闘機と、地球軍が運用するR戦闘機群、それらの間についても同様の事が云えた。
機動性、フォース、光学兵器、電磁投射砲、ミサイル、波動砲、デルタ・ウェポン。
何もかもが、こちらの性能を凌駕しているか、或いは開発の成功にすら至ってはいない機能ばかり。
こちらの優位が確立されている事柄と云えば、精々が物量面のみである。

其処でスバルとノーヴェは、僅かでも状況を優位とする為に、空間そのものに対する干渉を用いての各種妨害活動を開始した。
具体例を上げるならば、特定範囲内に於ける物理法則の歪曲による、ザイオング慣性制御システムの無効化等である。
この試みは、当初の予測を上回る成果を挙げた。
各種防御策と極めて高度な制御系により、システムを無効化する事ができる時間は一瞬にも満たぬ刹那。
しかし、高機動中のR戦闘機群に対する効果は、絶大なものであった。
その刹那の間に、兵器群は内部系統に重大な損傷を生じ、パイロットの身体が圧壊する。
慣性制御システムの停止は瞬間的なものだが、それでも地球軍からすれば正しく致命的な問題であったのだ。
これにより、地球軍艦隊の一部は現在、その活動を幾分か消極的なものへと変化させている。

だがスバルとノーヴェは、この程度の対応で満足などしなかった。
詳細は未だ開示されてはいないものの、彼女達は他にも何かを画策している。
ティアナはそれを知りつつも、これまで詳細を彼女達に質そうとはしなかった。
こちらから問い質すまでもなく、適切な時期が来ればスバル達の方から自主的に伝えられる、と考えている為だ。
そして、今こそがその時期であると、ティアナは予測していた。

「・・・それで、話は変わるけど。アンタは何の為に、此処に来たのかしら」
「酷いなぁ、ティアナを心配してに決まって・・・」
「嘘ね」

問い掛けに対するスバルの返答を、ティアナの言葉が遮る。
心配していた等と、そんな言葉は明らかに嘘だ。
ティアナの心身共に異常が無い事は、スバル達には筒抜けなのだから。
身体に関する異常の有無は、インターフェースによるリンクを介して知る事ができる。
心理状態に関しても、バイタルデータを解析する事で、ある程度の予測が可能である筈だ。
よって、スバルが此処を訪れた理由は、ティアナの身を案じての事などではない。
ティアナは、更に問い質す。

「まあ、本当の理由はすぐに話してくれるんでしょう・・・でも何故、口頭で伝えるのかしら? 律儀に付き合っている私も私だけれど」
「お喋りは嫌い?」
「必要性が無いって言ってるのよ。インターフェースを介して情報を転送すれば、全て一瞬で終わるのに。何の理由が在って、態々こんな・・・」
「言ったでしょ、感情は必要だって。それは人間性の有無にも繋がる。当然、逆も然りだよ。合理性だけを重視して会話を放棄すれば、いずれは人間らしい意思の疎通さえ捨てる事になる。繰り返すけど、それじゃあ・・・」
「ガジェットと大差ない」
「その通り」
「それで、用件は?」

リクライニングチェアより身を起こし、こちらへと向けた顔に呆けた様な表情を浮かべるスバル。
諦めた様に首を振り、再度に背凭れへと体重を預ける。
ティアナは無言。
そして、スバルが問う。

「良い知らせと悪い知らせ、あと悪い知らせに悪い知らせ、おまけに悪い知らせと物凄く悪い知らせが在るんだけど。どれから聞きたい?」
「・・・悪い方から」

溜息を吐き、返答。
スバルが、壁面へと大型ウィンドウを展開する。
インターフェースは使用しない心算らしい。
表示される映像、人工天体外部。

「じゃあ、悪い方の1つ目。京級戦艦1200隻および兆級巡航艦10800隻、四十四型25000機と五十五型25000機。以上の戦力による第17異層次元航行艦隊に対しての攻撃は、僅かな損害を齎す事には成功したけれど、総合的に見れば失敗。敵艦隊からの反撃により投入戦力は壊滅、残ったのは兆級が86隻と四十四型が203機、五十五型が132機だけ」
「地球は?」
「健在。こっちの砲撃は、唯の1発も大気圏まで到達していない。連中、惑星周辺の空間を歪曲させたんだ。この状況下でそんな事が可能だなんて、とんでもない科学力だよ」
「敵の損害は」
「R戦闘機、計11機を撃墜。ニヴルヘイム級ロック・ローモンド、京級戦艦の艦首砲による攻撃を受け、艦体後部右側面に深刻な損傷」
「それだけ?」
「それだけ。ロック・ローモンドは、数千機のB-3A2に襲われていたんだ。それでもバイドとこっちの戦力、両方を殲滅して退ける処が凄いけれど、最後の最後でケチが付いた。18隻の兆級を巻き込んで放たれた京級からの砲撃を、まともに受けちゃったんだ」
「成程。それで、次は?」
「ロック・ローモンドが大気圏内へと降下、不時着した。言っておくけど、地球にじゃないよ。航行システムに異常を来したのか、或いは地球への落着を避ける為だったのかは知らないけれど。いきなり加速して、別の惑星まで突っ走ったんだ」
「何処なの」
「ミッドチルダ。よりにもよって、クラナガンのど真ん中」

瞼を下ろし、額に手をやるティアナ。
こうまで災難が続くと、ミッドチルダと地球の間にはバイド以外にも因縁が在るのではないか、との思考さえ浮かんでくる。
勿論、これといった根拠は無いのだが。
再び瞼を上げ、スバルに続きを促す。

「次は?」
「本局・・・今は「元」本局か。A級バイド「BFL-233 BELMATE」、形状の変化と移動開始を確認。どうにも、新たな形態へと進化しているみたいだね。それと、極めて大規模な艦艇が複数出現、現在バイドを除く全勢力と交戦中」
「正確な規模は」
「全長287km、全高76km、全幅98km。西暦2165年、第二次バイドミッションに於いて確認された、超巨大戦艦「BCA-097 PRISONER」だね。これが6隻」
「最悪ね」
「うん、最悪。それで次は、ベストラの方。武装蜂起は成功を収めつつあるけれど、ランツクネヒトが最後にとんでもない事を仕出かしてくれたみたい」
「キャロが言ってた、あれ?」
「そう。コロニーの非常推進系を弄った上、ロックしたみたいなの。ベストラは、徐々に加速してる。ウォンロンが停止させようと試みているけれど、多分駄目だね。本局脱出艦隊は第3層を通過中で、ベストラへの誘導は順調、でも合流は確実に遅れる。何より問題なのはベストラの進路上に、物凄い数のA級バイドが巣食うエリアが存在してるって事」
「ああ、そう」

ティアナは、深く溜息を吐いた。
厄介な事ほど、纏めて押し寄せるものだ。
出来る事ならば、独力で状況を切り抜けて欲しいところだが、そう上手く事が運びはしまい。
こちらからも、戦力を提供せねばならないだろう。

「次は、物凄く悪い知らせね」
「・・・今更、何を言われたって驚かないわよ。何なの?」
「新たな地球軍艦隊の、隔離空間内部への侵入を確認した」

弾かれた様に、スバルへと視線を向ける。
彼女は、一切の感情が抜け落ちたかの様な、無機質な表情で以ってティアナを見つめていた。
そして、続ける。

「「UFDD-03 HRESVELGR」の上位互換型らしき、情報に無い未知の艦艇が2隻、約1時間前に第172戦区で確認された。その13分後、第036戦区で「UFCV-015 ANGRBODA」ブースター装着型4隻を確認」
「・・・こっちへ、向かっているのね」
「それも、とんでもない速度でね。もうとっくに、人工天体の周囲にまで到達している筈なんだ。でも捕捉できないし、行動を起こしてもいない。実際には何らかの活動を開始しているのかもしれないけれど、私達にはそれを観測する事ができない」
「時間が無い、って事か」
「というより、時間切れ。何時になったら動くのか、予測は可能だけれど、的中するかまでは保証できない」

ウィンドウへと表示される、地球軍空母艦艇の全貌。
アングルボダ級との名称らしきそれ、3つの環状構造物が回転する箱状の艦体後部。
艦体そのものの3分の2にも相当するかという、巨大なブースターユニットが接続されている。
艦艇全長、実に7110m。
その内に搭載されているであろうR戦闘機の総数など、考えたくもなかった。
再び額へと手をやり、ティアナは呟く。

「何それ、いよいよ終わりじゃない。空母が4隻、しかも捕捉できないですって?」
「もっと居るかも。空母の取り巻きが2隻だけなんて在り得ないし、そもそもアングルボダだって4隻だけとは限らないじゃない」
「・・・本当、最悪」
「うん、本当に最悪。じゃあ、良い知らせも聞く?」
「聞かなきゃやってられないわ。何なの」
「もうすぐ完成するよ、あれ」

ウィンドウに変化。
映し出されたそれに、ティアナの視界は釘付けとなった。
蒼の結晶体、刻み込まれたシリアルナンバー。
この数十時間に於いて、記録としては幾度も目にしたそれ。
ジュエルシード「Λ」。
外観としては小さな宝石である筈のそれは、しかしティアナ個人としての記憶、その内に存在する情報のいずれにも合致しない全貌を有していた。
半ば無意識の内に、スバルへと問い掛けるティアナ。

「・・・あれは、何」
「見ての通り「Λ」だよ。建造計画を見直して、所要時間の短縮に成功したんだ。あと2時間ほどで完成するよ」
「私が訊いてるのは、そんな事じゃないの」

右手の第二指を突き出し、ウィンドウを指す。
何処か可笑しそうにこちらを見つめるスバル、その眼を正面から覗き込むティアナ。
そして、言葉を繋げる。

「あれが「Λ」なのは私でも判る。その事じゃなくて、何の心算でこんなものを模ったのか、って訊いているの」
「模ったなんて、そんな無意味な事する訳がないじゃない。あれは正真正銘、外観通りの機能を有しているの」
「余計に性質が悪いわ。態々あんなものを設計してたの、アンタ達」
「私達が設計したんじゃない。あれも1度目の22世紀地球圏で構想されたんだ。高密度炭素結晶装甲の実験機としてね。当り前だけど、実際には建造されなかった。でも「Λ」にとっては、正に打って付けでしょ?」
「それに何の意味が在るっていうの」
「本来「Λ」自体は戦闘能力を有していない。それじゃ駄目だ。相手は何でも有りのバイドと地球軍だよ? いきなり「Λ」中枢へと攻撃を仕掛けてきたって、何もおかしくないでしょ」
「だから、これ?」

もう1度、ウィンドウの中央へと指先を突き付けるティアナ。
変わらず其処に鎮座する、蒼い光を纏った巨大かつ歪な結晶体。
ウィンドウ上部には、黄色に光る半透明の文字列によって、結晶体の名称が表示されている。
だが、その結晶体には大きさと形状以外にも、複数の異常な点が在った。
本来ならば在り得る筈のない部位が、結晶体の外観に存在しているのだ。

一対の主翼と、同じく一対の垂直尾翼らしき突起物。
前後に伸長した結晶体の後部、計4ヶ所より突き出すそれら。
結晶体の表層部へと接続されているのではなく、結晶体そのものが変形して突起物を構築している。
即ち、主翼と尾翼を含めた全てが、単独の結晶構造体から成っているのだ。
その外観は正しく、あの忌まわしき兵器体系のそれ。

「良い名前でしょ? 純粋科学技術によって生み出されたバイド及び地球軍の技術と、魔法技術体系によって生み出された「Λ」の融合。偶然とは思えない程、ピッタリな名前だよね」

R戦闘機。
ジュエルシード「Λ」によって構築されたそれが、ウィンドウ上に鎮座していた。
或いは、R戦闘機の形状を取った「Λ」と表現すべきだろうか。
いずれにせよ、狂気の沙汰としか思えぬ創造物が、其処に存在していた。
そして、戦慄と共にティアナの意識へと浮かぶ、とある疑問。

「まさか、フォースも・・・」
「当然、在るよ。ただ、今は実体化していない。必要な時、必要なだけ「発生」させられるしね。その気になれば、戦域をフォースで埋め尽くす事だってできる。まあ、上手く行くとは思えないけれど」
「フォースは、デルタ・ウェポンを?」
「搭載していない。あれの開発には失敗したからね。でも、これのフォースには面白い仕掛けが在る。すぐに見せてあげるよ」

スバルが立ち上がり、ウィンドウへと歩み寄る。
ティアナは彼女の背面を、呆けた様に見つめる事しかできない。
ウィンドウの正面へと立ったスバルが、こちらへと振り返る。
ティアナの全身に、微かな震えが奔った。
それは恐れによるものではなく、確かな精神の昂りより齎される震え。
そして紡がれる、子供の様に無邪気な、それでいて何処か無機的なスバルの言葉。

「前哨戦は、もうおしまい。ここからは反撃の時間だよ、ティア。敵味方の「識別」はもう済んでるから、後は簡単。「味方」でないものは、みんな壊しちゃえば良いの」

ウィンドウ上の「Λ」へと接続されていた各種機器が、一斉に機体より離れゆく。
蒼の結晶体によって構築された機体は、既に自らの機能により自律浮遊していた。
そして、ウィンドウ中央へと移動した機体名称の下部へと、新たな表示が展開する。
次元世界の守護者にして、その他の全てに対する殲滅者の誕生を意味する、極短い一文。
その傍らへと立つスバルが、謳う様に告げる。

「御命令を、ランスター「司令官」殿。今や貴女は、純粋な人間としては唯1人、独自に「Λ」を保有し、それに対する無条件での指揮権を持つ人物となった。貴女は独自の戦力を生産し、独自に作戦行動を執る事ができる。私達とは異なる戦略の下、敵勢力に対する脅威となる事ができる。さあ、ティア」

其処で漸く、ティアナは理解した。
自身は知らぬ間に、スバル達によるテストを受けていたのだ。
そして知らぬ間に合格し、知らぬ間に認められ、知らぬ間に力を与えられていた。
彼女は、自身ですら知り得ぬ間に、スバル達と同じ場所に立っていたのだ。

「これが、ティアの「力」だよ」

ウィンドウ上に映し出される「Λ」。
その左右に位置する壁面が、上下に収納されてゆく。
そして、解放された壁面の奥より現れたそれらは、蒼い光を発する結晶体。
ウィンドウの中央に位置するそれと、全く同じ外観を有する機体が、更に2機。
計3機の「Λ」が、其処に存在していた。

未だに呆けるティアナの眼前、歩み寄るスバル。
彼女は、その表情に柔らかな笑みを浮かべ、告げる。
祝福の言葉、新生を謳う言葉を。



「ようこそ、私達の世界へ」



瞬間、想像を絶する程に大量の情報が、ティアナの意識へと流れ込んだ。
ティアナ・ランスターという個が情報の氾濫に呑まれてもなお、彼女は自己が確かに存在しているとの認識を保ち続けている。
そして同時に、ティアナは自身が巨大なシステムへと変貌した事、個にして全なる存在へと昇華した事を悟った。
意識の中枢にして一端、とあるハードの視界を通じて得られた情報が、ティアナという存在の新生を祝う鐘の音の様に、彼女の意識中へと響き亘っている。
瞬時に、その情報の意味する処を理解したティアナは、電子的に構築された広大な世界の中、声ならぬ声にて快哉の声を上げた。



「B-5D DIAMOND WEDDING Λ」
「TYPE-N」試験評価開始。
「TYPE-S」試験評価開始。
「TYPE-T」試験評価開始。