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約15分。
衝突警報の発令、そしてコロニー全体を強烈な衝撃が襲ってから、これまでに経過した時間だ。
警報音が鳴り響き、赤と黄色の回転灯の光に埋め尽くされた、ベストラ内部セクター間連絡通路。
其処を、居住区シェルターより脱したなのはを含む数名の魔導師達は、自身等が発揮し得る最高速度で以って翔けていた。
大型車両での通行を想定して建造されているのであろう通路は、魔導師が飛翔魔法によって高速飛行するに当たり最適な空間である。
構造物が崩落している地点は多々在れど、それらもなのは程の技量を有する空戦魔導師の前には、全く障害たり得なかった。
しかし、物理的障害は存在しないも同然であるとはいえ、彼女達の飛行経路は平穏という表現から程遠い状況である。

『一尉、これは・・・』
『考えるのは後だよ。飛行に集中して』

戸惑う様に発せられた念話に、なのはは鋭く応答した。
彼女の視界には、崩落した構造物の残骸と共に散乱する無数の肉片と、床面から天井面までを赤黒く染め上げる大量の血痕が映り込んでいる。
そして、壁面に穿たれた無数の弾痕、明らかに砲撃魔法によるものと判別できる大規模な破壊痕。
何らかの恐ろしい力学的干渉により無惨にも引き裂かれた、人体であったものの成れの果て。
それら全ての周囲に散乱する、ランツクネヒト装甲服と多種多様な衣服の一部、質量兵器とデバイスの破片。

『しかし、一尉。明らかにこれは、ランツクネヒトと魔導師による交戦の跡です。これまでに確認した痕跡から判断できるだけでも、間違いなく数百人は死んでいる』
『我々が察知し得ぬ内に、ランツクネヒトと被災者の間で大規模な衝突が在った事は間違いない。此処に来るまでランツクネヒトは疎か、魔導師の1人とさえ遭遇しなかった事も異常だ。一体、戦闘要員は何処へ消えたんだ?』

前方から後方へと過ぎる、破損した大量の臓器と骨格が積み重なって形成された、肉塊の小山。
通路上に数多の血流を生み出すそれを明確に視認してしまったなのはは、腹部より込み上げる嘔気を必死に堪える。
周囲の魔力残滓と構造物の損壊状況から推測するに、恐らくは非殺傷設定を解除した近代ベルカ式による攻撃を受けた人間達の成れの果てだろう。
これまでに幾度となく向き合い、時に敵対し、時に教え導き、時に良き戦友であった者達が有する戦闘技術。
敵対すればこの上なく恐ろしく、味方であればこの上なく頼もしい、近代ベルカ式という近接戦闘主体魔法体系。
気高く義に満ちたその技術が、非殺傷設定という制約を解いた、唯それだけの事で目を背けたくなる程に凄惨な殺戮を生み出したというのか。
或いは、あの肉塊は魔導師によって生み出されたものではなく、逆にランツクネヒトが運用する質量兵器群によって殺戮された魔導師達のものなのだろうか。

『きっと、外殻に出ている。衝突警報が出たって事は、要因は外に在るんだもの』
『其処に誰かが居たとして、それは本当に味方なのか? 次元世界の連中ならば未だしも、敵対を選択したランツクネヒトだったら?』

余計な思考を振り払おうとするかの様に発した念話は、更なる疑問によって上塗りされる。
果たして、外殻には誰かが居るのか。
何物かが存在したとして、それはこちらにとって味方か、或いは敵対する者か。

なのはとて最悪の事態、それに遭遇する可能性を考えなかった訳ではない。
外殻に展開する勢力がランツクネヒトであり、彼等がこちらに対し明確に敵対を選択しているとすれば、魔導師達は忽ち質量兵器による弾幕に曝される事となる。
際限が無いと錯覚する程に魔導資質が強化され続けている現状でさえ、ランツクネヒトが有する携行型質量兵器群、そして何よりR戦闘機群は、未だ魔導師にとって絶対的な脅威そのものなのだ。
散弾と榴弾の暴風に呑み込まれる事も、波動砲の砲撃によって跡形も無く消し飛ばされる事も、どちらも御免であった。

しかし現段階では、外殻の様子を知る術が無い。
如何なる理由か、こちらからの指示に対し、システムが全く応答しないのだ。
システムが沈黙した訳でない事は、鳴り響く警告音と明滅する回転灯群の光が証明している。
汚染の可能性も考えはしたが、それを確かめる術すら無かった。
そして如何なる理由か、居住区シェルター内部からの指示ならば、システムは正常に応答するのだ。
この事実が意味するものとは、何か。

『何で、私達はあそこに居たんやろうな』
『・・・はやてちゃん?』

はやてからの念話。
呟く様に放たれたそれに、なのはは問い掛ける様に彼女の名を呼ぶ。
B-1A2によるコロニー襲撃時、はやては自身の左前腕部と共にザフィーラを失った。
その直前にはシャマルまでもが死亡しており、彼女の精神が危うい処まで追い詰められている事は、誰の目にも明らかだったのだ。
だからこそ、なのはは彼女にシェルターへ残るよう言い聞かせた。
この場に残る被災者達を護って欲しいと頼む事で、負傷者であるはやてを可能な限り前線から遠ざけようとしたのだ。

だが、そんななのはの願いは、当のはやてによって拒絶された。
広域殲滅型魔法の行使に特化した自身が、戦線に加わらないという訳にはいかない。
バイド、又は地球軍を相手取るならば、手数は少しでも多い方が良い。
そう主張し、はやてはなのは達と共にシェルターを発った。
リインと融合し、夜天の書を胴部に固定した上で、残された右腕にシュベルトクロイツを携えたその姿。
そんな鬼気迫るはやての様相に、なのはは圧倒されていた。
幽鬼の様な無感動さで戦場へと赴かんとする彼女は、思わず目を背けたくなる程の鬼気と、今にも崩れ落ちそうな危うさに満ちている。

『ヴィータは、シェルターに居らんかった。キャロも、エリオも、セインも』

続いて放たれる念話。
唯、事実のみを続けるその内容に、なのはは疑問を覚えた。
一体、はやては何を謂わんとしているのか。

『魔導師にせよ兵士にせよ、あのシェルター内に居った戦闘要員の数は100名足らずやった。そして、そのほぼ全員に共通する点が在る』
『共通の・・・?』
『皆、ランツクネヒトとの協調体制に肯定的やった』

瞬間、後方のはやてを見やるなのは。
前方認識はレイジングハートに一任している為、障害物へと激突する心配は無い。
彼女の視界の中央には、シュベルトクロイツを携えて宙を翔けるはやての姿。
虚ろな紺碧の双眸がなのはを、或いはその先に存在するであろう何かを、射抜く様に見詰めていた。
なのはの身体を奔る、冷たい感覚。
はやては、続ける。

『この場に居るのは、ランツクネヒトと・・・延いては、第97管理外世界との敵対を選択する事に、否定的な見解を示していた人間ばかりや』

数瞬ばかり、なのはは思考へと沈んだ。
そうして、はやての言葉が正しいものであると気付く。
確かに、この場に存在する面々は協調体制を重視し、被災者達の間に蔓延していた第97管理外世界に対する強硬論について、否定的な立場を取っていた者達だ。
結論に至るまでの経緯は各々に異なってはいるであろうが、第97管理外世界との戦端を開く事が事態の解決に結び付くものではない、との思想は全員に共通している。
だが、それだけでは理解できない点も在った。

『アンタ等はどうなんだ。少なくとも、第97管理外世界に対する強硬論に反対している様には思えなかったが』

1名の魔導師が、なのはが抱いていた疑念そのものを念話として放つ。
はやての推察が正しいのならば、何故なのはと彼女までもが、あのシェルターに「隔離」されていたのか。
当たっていて欲しくはない推測が、なのはの思考を占めてゆく。
だが、はやては無情にその答えを述べた。

『私達が、第97管理外世界の・・・地球の出身者だからやろ』

知らず、唇を噛み締めるなのは。
聞きたくはない言葉、認めたくはない推測。
だが、はやての言葉は続く。

『このベストラで「誰か」が「何か」をしようと企んだ時、私達はソイツ等の目に邪魔な存在として映ったんや。ランツクネヒトと地球軍を肯定的に見ている人間、地球を故郷とする人間・・・だから、あのシェルターに私達を隔離した』
『邪魔っていうのは、どういう意味での事だ。護る為に手間が掛かるという事か、それとも潜在的な脅威となるって事か』

言うな、聞きたくない。
そんな声ならぬ声が、念話として紡ぎ出される事はない。
なのはの意思の外、交わされる念話が無機質に、淡々と事実を浮き彫りにしてゆく。

『前者なら「誰か」はランツクネヒトね。なら、後者は・・・』
『シェルターに居た連中を除く被災者達か。じゃあ「何か」ってのは何なんだ?』

前方、新たな肉塊の集合体。
その周囲に大量の薬莢が散乱している事を確認し、なのはは叫び出しそうになる自身を必死に抑える。
自身達が知り得ぬ間に、このベストラで発生した「何か」。
なのはは既に事態についての推測、その内容に対する確信を得ていた。
だからこそ、自身の後方にて交わされる念話を、何としても遮りたかったのだ。

『この死体の山を見れば解るやろ? 結論を出したんや・・・私達の、知り得ないところで』

轟音が、振動となって肌へと響く。
レイジングハートを強く握り締め、通路の先を睨むなのは。
振動は更に大きくなり、防音結界を突破した騒音が微かに鼓膜を震わせる。

『結局、連中は私達と・・・』

その瞬間、なのはの前方約100m。
構造物の全てが崩落し、床面下へと呑み込まれた。
顔面を襲う、強烈な風圧。

『止まって!』

咄嗟の制止。
危うく崩落地点へと突入する、その寸前で一同の前進が止まった。
唐突に眼前へと現出した惨状に、なのはは唖然と周囲を見回す。

「何が起こったの・・・?」
「おい、あまり近付くな」

崩落跡は、惨憺たる有様だった。
連絡通路に沿う形で数十m、更に両側面方向へと100m以上もの範囲が完全に崩壊していたのだ。
デバイスを用いての走査により破壊の規模は判明したものの、粉塵が周囲を覆い尽くしており、視覚的に崩落箇所の全貌を捉える事ができない。
そして数十秒ほどが経過して、漸く破壊痕を詳細に観察する事が可能となった。

「上は・・・何も見えないな。真っ暗だ」
「何処まで続いているの?」

ベストラは居住型に見受けられる様な、円筒形型の構造を有するコロニーではない。
17層もの層状構造物が重なる様にして構築され、更にそれらの間隙を埋める様にして無数の各種構造物が配されている。
外観的には、巨大な箱型構造物という形容が最も相応しいだろう。
第1層上部より第17層下部まで15.8km、最小規模である第4層の面積が291.6平方km、最大規模である第12層の面積が543.4平方km。
表層部の至る箇所に無尽蔵とも思える数の防衛兵装を配し、各種センサーを始めとする機能構造体が無数に突出した、一見するとデブリの集合体にも見える軍事コロニー。
なのは達の現在位置は、第4層のほぼ中央だ。
第1層上部から現在位置までは、3km前後もの距離が在る筈である。

「外殻から此処まで貫通してる・・・なんて事は、ないよね・・・?」
「だとしたら、その原因なんて考えたくもありませんね」
「おい、あれ!」

何かを見付けたのか、1名の魔導師が声を上げた。
見れば、彼は足下に拡がる空間、崩落した構造物が積み重なる其処を覗き込んでいる。
なのはは彼が指し示す先、其処彼処から白い煙が立ち上り続ける地点の中心へと視線を移した。
そして、それを視界へと捉える。

「・・・戦闘機?」
「R戦闘機か」
「いや、違う・・・見た事も無いタイプだ。バイドの新型かも」
「待て、待ってくれ・・・目標、魔力を発しているぞ。何だ、これは?」

崩落跡の最下部に横たわる、白に近い灰色の装甲。
損壊した表層の其処彼処から内部機構を露にし、大量の火花を散らす金属塊。
無惨に折れ飛んだ三角翼が、数十mほど離れた地点で業火を噴き上げている。
形状からして、明らかに戦闘機類に属する機動兵器であると判るも、しかし何処か確信する事を妨げる半有機的な外観。
そして何より異常な点、その戦闘機から膨大な量の魔力が検出されているという事実。

「例の、クラナガンの機体と同類か?」
「何とも言えませんが・・・何だ? 振動して・・・」

更に、異常な点。
灰色の機体が、微かに霞んで見える。
見間違いかとも思われたが、そうでない事はすぐに解った。
落下した構造物の破片が機体に触れるや否や粉砕され、一瞬にして細かな粒子となって消失したのだ。
機体表層部、超高周波振動。
良く見れば、機体下部の構造物も徐々に粉砕が進んでいるのか、機体は少しずつ瓦礫の中へと埋没してゆくではないか。
その光景を目にしたなのはの脳裏に、在り得る筈のない可能性が浮かぶ。

「・・・振動破砕?」
「あれを知っているのか?」

先天的固有技能「振動破砕」。
即ち、なのはにとって嘗ての教え子であるスバル、彼女が有するISである。
四肢末端部から接触対象へと振動波を送り込み、対象内部にて発生する共鳴現象によって目標を破壊するという、実質的に防御不可能とも云える格闘戦特化型ISだ。
それによって為される破壊の様相と、眼下の不明機によって構造物が粉砕される様相。
双方が、余りにも似通っていた。
片や戦闘機人とはいえ魔導師、片や所属不明の戦闘機。
共通点など在ろう筈もないというのに、何故こんな事が思い浮かぶのだろうか。

「ランツクネヒトと地球軍の連中が、スバル達の解析結果を流用して作り上げた機体、とは考えられんかな」
「まさか。こんな短期間の内に?」
「在り得ない事とは思わんけどな。連中の事なら、何をやっても不思議とは思わへんよ。寧ろ・・・」
「足下、退がれ!」

突然の警告。
反射的に後方へ飛ぶと同時、数瞬前まで立っていた床面が、呑み込まれる様にして階下へと消えてゆく。
なのはは驚愕に目を見開きつつ、20mほど後方の地点へと降り立った。
そして、新たな崩落地点を見据える。

奇妙な感覚だった。
崩落の前兆となる振動どころか、崩落の瞬間でさえも衝撃を感じなかったのだ。
宛ら流砂の如き静かさで、床面は下方へと呑み込まれていった。
通常の破壊ならば、断じてあの様には崩れまい。
一体、何が起こったのか。
その疑問に答えたのは、警告を発した者とは別の魔導師だった。

「あの崩落際・・・何なんだ?」

その言葉に、なのはは気付く。
崩落地点周囲の破壊された構造物、その断面が飴細工の様に溶け落ちているのだ。
状況からして高熱による融解かと思われたが、しかしこれといって熱は感じられない。
ならば何故、構造物が溶解しているのか。
其処彼処から白煙の立ち上る崩落跡を見つめつつ、一同は焦燥を含んだ言葉を交わし始める。

「どういう事だ、未知の攻撃か? これも、あの不明機がやったのか」
「あの煙は炎じゃありませんね。もしかすると、酸かも」
「酸か。酸で溶ける様な材質なのか、此処の構造物は?」
「知りませんよ。波動粒子か何かが関係しているのでは?」

なのはは周囲で交わされる言葉を意識の片隅へと捉えつつ、白煙を上げ続ける崩落跡を見据えていた。
何をどうすれば、この様に奇怪な様相の破壊を齎す事ができるというのか。
粉砕とも、消滅とも異なる、溶解という余りにも異常な破壊。
魔導師がこの様な破壊を起こすとは考え難く、よって地球軍かランツクネヒト、或いはバイドが関わる攻撃の結果であろう。
そんな事を思考しつつ、彼女は視線を天井面へと投じる。

其処で漸くなのはは、天井面へと拡がりつつある染みの存在に気付いた。
5mほど前方、不気味に泡立ち始める構造物。
新たな崩落か、と身構える彼女の眼前、天井面が4m程の範囲に亘って溶け落ちる。
そして、その異形は姿を現した。

「え・・・」

衝撃。
穿たれた穴から零れる様に落下したそれは、前方の床面へと叩き付けられた。
溶解した構造物の成れの果てに塗れ、生々しい音と共に構造物から跳ね返る異形。
床面で弾んだ後に静止した落下物を視界へと捉えたなのはは、その余りにおぞましく醜悪な全貌に言葉を失う。

それは、巨大な胎児にも似た存在だった。
母親の胎内、人間としての姿を形作る途上のそれ。
しかし、そうでない事はすぐに解った。
先ず、その異形には四肢が存在しない。
両腕部が存在する筈である箇所からは、抉れた表層部の下より電子機器の集合体らしき金属部位が覗いているのみ。
両脚部も同じく存在せず、下部からは蛇腹状の尾らしき器官が延びていた。
胎児ですらない、発生初期の胚としか形容できぬ異形。
だが、その存在は更に、胚としても在り得ぬ奇形を有していた。

前後へと不自然に伸長した2mは在ろうかという頭部、その至る箇所へと埋め込まれた金属機器。
胚には在る筈のない口腔、無数に並んだ鋭く歪で不揃いな歯。
前側頭部に穿たれた巨大な眼窩、本来は其処に存在していたであろう眼球が消失し、今は黒々とした闇だけが満ちている。
そして何より、眼窩より40cmほど離れた位置に穿たれた貫通痕、20cm程も在るそれが実に6箇所。
止め処なく噴き出し続ける赤黒い血液、脳漿らしき液体に圧され流れ出る肉片。
異形は、既に絶命していた。

異形の死骸、その余りに凄惨な様相。
なのはは、無意識の内に後退っていた。
彼女が怯んだ要因は、何も視覚的なものばかりではない。
死骸より漂う鼻を突く刺激臭、酢酸臭と死臭を混ぜ合わせたかの様なそれ。
眼窩の奥に泡立つ漆黒の液体、強酸に蝕まれた傷口の様な口腔。
それら全てが生理的嫌悪感を煽り、物理的とすら思える不可視の圧力となってなのはを遠ざける。
しかし直後、それらの嫌悪感はより現実的な脅威となり、なのは達へと襲い掛かった。

「う・・・!?」

知らず、声が漏れる。
死骸が、痙攣を始めていた。
否、痙攣などという生易しいものではない。
宛ら何かに突き動かされているかの様に、四肢の無い胴部を中心として繰り返し床面から跳ねているのだ。
反射的にレイジングハートを構えるなのはの背後で、他の面々が同じく各々のデバイスを構えた事が分かった。
総員が警戒する中、異変は更に進行する。

「ぐ、うっ!?」
「今度は何だ・・・?」

死骸の胸部から、大量の血液が噴き出したのだ。
分厚い肉質を内側から「何か」が突き上げ、腐肉の塊にも似た表層部が裂け始めていた。
死骸の胸部が不自然に膨らむ度に、何かが千切れる異音が周囲へと響く。
そんな事が数度に亘って続いた後、卵が割れる様な音、そして噴き上がる大量の血飛沫と共に、死骸の胸部を喰い破ったそれが遂に姿を現した。
鮮血と肉片を纏い、死骸の内より現れた、それは。

「ッ・・・! 退がってッ!」



死骸のそれをも凌駕する異形、もうひとつの「頭部」だった。



「ひ・・・!」
「あの化け物、寄生されていたのか!?」
「警戒を・・・ッが!?」

直後、死骸より現れた頭部が、鼓膜を破らんばかりの絶叫を上げる。
それは猛獣の咆哮にも似て、しかし同時に女性の金切り声にも似たものだった。
断末魔の悲鳴、或いは赤子の産声とも取れるそれは、頭蓋の内を反響しているかの様になのはの意識を蝕んでゆく。
防音結界など、何ら用を果たしていない。
一瞬でも気を緩めれば即座に意識を奪い兼ねない絶叫が、崩落跡を中心とする一帯を完全に支配していた。
掌で耳部を押さえ、必死に耐えるなのは。
そんな彼女の視界に、こちらへと向けられた異形の頭部が映り込む。
瞬間、全身の血が凍ったかの様な錯覚。

胸部より現れた寄生体の口腔、並んだ歪な歯牙の間から、赤黒い泡が溢れ出している。
吐血しているのか、との思考は一瞬にして掻き消えた。
血泡の量が数瞬の内に膨れ上がり、死骸の周囲を埋め尽くしたのだ。
漆黒の泡は、成長する細胞群の如く爆発的に増殖、瞬く間に周囲の構造物を侵蝕し始める。
異様な刺激臭を放ちつつ、恐るべき速度にて溶解してゆく構造物。
その光景になのはは、崩落の原因は眼前の異形であると悟る。
異形の口腔より溢れ返る血泡は、恐らくは未知の極強酸性液体なのだ。

無数の血泡が弾ける音と共に、異形の口腔を中心として赤黒い塊が膨れ上がる。
前進の血が凍ったかの様な悪寒を覚え、なのはは2歩、3歩と後退さった。
レイジングハートの矛先は、血泡を吐き出し続ける口腔へと向けられている。
彼女には、予感が在った。
異形が何らかの攻撃行動を起こすという、確信めいた予感が在ったのだ。
そして、その予感は直後に的中する。

『起きた・・・化け物が起き上ったぞ!』

死骸が、その体躯を起こしていた。
頭部に穿たれた貫通痕から夥しい量の血液と脳漿を溢しつつ、尾のみを床面へと接した状態で佇んでいる。
否、それは立っているのではない。
何らかの方法、恐らくは重力制御によって、3mは在ろうかという巨躯を浮かばせているのだ。
だが、その現象は明らかに、死骸の意思によって制御されているものではない。
死骸の胸部に宿る、異形の寄生体によって操られているのだと、なのはは確信していた。

寄生体の口腔より溢れ返る血泡が、更にその量を増す。
赤黒い奔流は、今や通路の床面を覆い尽くさんばかりに拡がっていた。
そして数瞬後、血泡に覆われた範囲の床面が、音も無く溶解し崩落する。
反射的に身を強張らせるなのはの眼前で、微かな音と振動のみを残し、床面が跡形も無く消失したのだ。
その下の構造物を含めた何もかも、破片さえも残さずに全てが溶け落ちてしまった。
異様な光景を前に、湧き起こる怖気を抑え込もうと腐心するなのはだったが、新たに視界へと飛び込んできた異変が彼女の意思を挫く。

血泡が、球状に膨脹していた。
口腔より零れ落ちる事なく、その前面に止まり膨れ上がる、赤黒い球体。
注視すると、その球体は赤黒いだけでなく、黄金色にも似た色彩の水泡をも含んでいる。
それが、宛ら魔力集束時に形成される魔力球の様に、異形の口腔前の空間に浮かびつつ膨張しているのだ。
異形が、何をしようとしているのか。
この場に存在する誰もが、恐らくはなのはと同様の結論に至った事だろう。

『逃げて!』



砲撃だ。



『壁を!』

なのはを含めた数人の叫びと念話が、総員の間を翔け抜ける。
咄嗟に放ったショートバスターと、同じく他の面々が放った砲撃が壁面を破壊。
一同が飛翔魔法を発動させ、壁面に穿たれた穴へと飛び込むとほぼ同時、背後の通路を赤黒い奔流が埋め尽くす。

轟音、衝撃、異形の絶叫。
恐怖に抗うかの様に歯を食い縛りつつ、なのははベストラが幾度目かの悪夢に襲われている事を理解する。
飛び込んだ隣接する連絡通路、その薄闇の中に外殻へと続く扉の存在を願うも、視界へと映り込むは延々と続く通路壁面のみ。
背後、何かが蠢く異音。

『追ってきた・・・!』
『構えて! 此処で迎撃するよ!』

崩壊した壁面跡へと振り向き、レイジングハートの矛先を突き付ける。
壁面に穿たれた穴の奥から近付く、排水口が詰まった際にも似た耳障りな異音。
なのはは掌に滲む汗ごと、レイジングハートの柄を固く握り締める。
闇からの脱出口は、未だ見出せなかった。

*  *


4体目の異形、その胸部にストラーダを突き立てた時、エリオはそれを目の当たりにした。
矛先に貫かれた寄生体の頭上、異形の頸部から胸部に掛けて、虫食い痕の様な無数の穴が開いている。
これまでに得た情報から推測するに、恐らくは極強酸性の体液を噴霧する為の器官であろう。
エリオはストラーダを引き抜く為の動作を中断し、即座にサンダーレイジを発動。
瞬間、ストラーダの矛先を中心として、雷の暴風が吹き荒れる。
否、それはもはや暴風などという生易しいものではなく、雷光の爆発と呼称するに相応しいものだった。
時間にすれば、僅か3秒足らず。
巨大な紫電の球体が掻き消えた後、其処にはエリオとストラーダを除き、何物も存在してはいなかった。

『Watch your back』

ストラーダからの警告。
エリオは咄嗟に、矛先を頭上へと向けて魔力噴射を実行する。
ブースターノズルより噴き出す圧縮魔力の奔流、視界の一部を埋め尽くす金色の閃光。
急激な加速により、弾かれた様に頭上方向へと移動するエリオ。
その足下の空間を、背後より飛来した2条の赤い奔流が貫いた。
泡状極強酸性液体による砲撃。

サイドブースター推力偏向、作動。
瞬時に後方へと振り向くエリオ、その視界に映り込む2体の異形。
四肢の無いそれらが、もがく様にして宙空を漂っている。
そして発せられる、聴く者の鼓膜を破壊せんばかりの絶叫。
金切り声と呼称するに相応しいそれを聴くエリオは、何をするでもなく無表情のまま。
彼の視界は既に、異形の背後より振り下ろされる巨大なハンマーヘッドを捉えていた。

直後、異形の1体が風船の如く弾け飛ぶ。
加速された大質量の鉄塊は、対象を吹き飛ばすだけに止まらず、その存在を微塵に打ち砕いたのだ。
大量の血飛沫と肉片とが、無重力の宙空内へと花火の如く拡がってゆく。
残る1体が背後の敵の存在に気付いたか、相も変わらず緩慢な動きで前後を入れ替えんとしていた。
だがそれよりも、ハンマーヘッドが横薙ぎに振るわれる動作の方が、圧倒的に早い。
1体目の異形に続き、2体目もまた鮮血の爆発となって消失する。

遠心力によってハンマーヘッドから振り払われる、大量の血液。
伸長した柄の先、それを振るっているであろう人物までを視界に捉える事なく、エリオは頭上へと視線を移す。
彼の視界に映るは、ベストラ第5層側面、外殻構造物。
表層には数十機の機動兵器が展開し、絶え間なく誘導型質量兵器と長距離砲撃とを放ち続けていた。
それらの攻撃はエリオ達から幾らか離れた空間を突き抜け、彼の足下に拡がる広大な闇の中へと消えてゆく。
その数瞬後、彼方にて無数の閃光が炸裂するのだ。
機動兵器群による長距離迎撃は、順調に機能している。
そして、エリオを始めとする魔導師達の任務は、迎撃を掻い潜って接近してきたバイド体の撃破だ。

『E-11より応援要請。複数のバイド体が外殻に取り付いている』

念話を受けた直後、エリオは金色の閃光と化した。
ブースターノズルより圧縮魔力を噴射、一瞬にして最大推力へ。
推進機関に火の入ったミサイルの如く、緩やかな曲線軌道を描きつつ加速する。
2秒と掛からずに音速を突破したエリオが向かうは、応援要請を発した外殻E-11。

ベストラは完全独立型自己推進機能を有する、超大型の宙間軍事施設である。
通常艦艇とは比べるべくもない鈍足ではあるものの、搭載された102基もの大規模ザイオング慣性制御システムにより、あらゆる空間中に於いて柔軟な機動を実行する事が可能だ。
施設内外に対して偏向重力場を発生させる機能をも有しており、施設中心から80km以内の空間に於ける重力作用は完全制御下となる。
更に、外殻には各種長距離迎撃兵器が無数に設置されており、それらの弾薬についても核弾頭を始めとする各種弾頭が供給されていた。
そして、施設は通常航行時に前方となる側面を北として、東西南北に区画が設定されている。
応援要請を発した部隊の位置は、第11層の西部区画だ。

目標地点到達までの所要時間、約60秒。
サイドブースターの間欠作動により進路を微調節するエリオの視界に、自身の後方より現れた複数の白い影が映り込む。
それらの影は一瞬にしてエリオを追い抜き、輝く青い粒子の尾を引いて彼方へと消えた。
一拍ほど遅れてエリオの全身を襲う、衝撃と轟音。
体勢を崩すという事はなかったが、当初の進路より僅かに軌道が逸れていた。
すぐさま進路を修正し、彼方へと消えた影に思考を巡らせる。

影の正体は、所属不明の機動兵器だ。
殆ど白に近い灰色の装甲に覆われた2機種の戦闘機、ランツクネヒトとの交戦中に突如として出現したそれら。
流石に警戒を解く事こそないものの、エリオ達がそれらを敵ではないと判断するに至るまで、然程に時間は掛からなかった。
戦闘機群は先ず地球軍とランツクネヒトが有するR戦闘機群へと襲い掛かり、圧倒的な物量を背景とする濃密な弾幕、そして魔力素と波動粒子とを用いた砲撃の一斉射によって、波動砲を放つ暇さえ与えずに潰走させたのだ。
恐らくは、ほぼ同時に被災者達がアイギスとウォンロンの制御を奪取した事も影響してはいたのであろうが、R戦闘機が為す術も無く逃亡する様は、俄には信じられない光景であった。

所属不明戦闘機群は更に、ベストラからの脱出を図るランツクネヒトと第88民間旅客輸送船団の艦艇、及び強襲艇群への攻撃を開始。
被災者達に奪取されたウォンロンに対する攻撃を阻止し、更に敵艦および敵機を瞬く間に殲滅して退けた戦闘機群は、その後もベストラ周囲に留まり続ける。
明らかにベストラを守護せんとするそれらの行動に、被災者達は不審を覚えつつも頼らざるを得なかった。
何よりも、蜂起に際して最大の障害となっていたR戦闘機群を排除した事実が在る為、味方であると断ずるには到らないが明確な敵でもない、との認識が被災者達の間に定着している。
更には不明戦闘機群が有する武装の性能が、被災者達が有する如何なる戦力のそれをも凌駕していた事も、判断に大きな影響を齎していた。

数千機の所属不明戦闘機群という、圧倒的な物量による強襲で以って排除された、ランツクネヒト及び地球軍艦艇、そしてR戦闘機群。
ウォンロンの制圧とアイギスの制御権奪取、更にはベストラ内部に於ける第97管理外世界人員の殲滅に成功した事も在り、状況は順調に推移しているかに思われた。
しかし、比較的優位であった状況は、実に呆気なく崩れ去る。
中央管制室に立て篭もっていたランツクネヒト隊員が、最後の抵抗として非常推進系を稼働させた上でシステムをロックしたのだ。
設定された進路は、あろう事かシャフトタワーを通じ、人工天体の更に深部へと向かうものだった。
自身等の敗北を悟ったらしきランツクネヒトは、被災者達をベストラ諸共バイドに喰らわせんと試みたのだ。

無論、被災者達は状況の打開を図った。
システムの再掌握、更にはウォンロンによる推進系の破壊まで、ベストラの航行を止める為にあらゆる手段を模索。
だが、それらの試みは、全て失敗に終わった。
システムの制圧は成らず、全102基ものザイオング慣性制御システムの内21基を破壊したところで、航行に微塵の支障も生じはしなかったのだ。
遂にはシャフトタワー侵入口の破壊による物理的阻止すら試みたものの、衝突の際にベストラが崩壊する可能性が在る為、結局は断念せざるを得なかった。

その後、ベストラは第4層を通過、第4空洞へと侵入。
更に第5・6・7・8・9層を通過した時点で、汚染された機動兵器が徐々にベストラへと群がり始めた。
だが、ベストラの航行阻止に際しては無力であったウォンロン、そして不明戦闘機群がそれらの接近を見落とす筈がない。
敵の大半が全領域対応型機動兵器「CANCER」を中核とした集団であった事もあり、迎撃は比較的容易に進行した。
敵機動兵器群による防衛線突破は成らず、ベストラは脅威を乗り切ったかに思われたのだ。
しかし、第12層通過直後。
シャフトタワー構造物が途絶え、ベストラが広大な空洞内部へと侵入した瞬間に、それは現れた。

彼方より放たれた無数の砲撃、瞬く間に400機前後の不明戦闘機を撃墜したそれら。
即座にウォンロンが反撃を開始し、闇に潜む何者かへと魔導砲撃を撃ち込む。
更に不明戦闘機群の砲撃が放たれ、彼方にて無数の閃光が炸裂した。
強烈な光を背に浮かび上がる、無数の小さな影。
そして、砲撃の合間を縫う様にして、それら影の内1つがベストラへと取り付いた。

四肢の無い胎児、奇怪な形状の頭部。
醜悪という言葉以外に表現する術の無い、おぞましい外観。
悲鳴の様な咆哮と共に極強酸性の体液を撒き散らし、更には胸部に宿した寄生体の口腔から、同じく極強酸性体液による砲撃を放つ異形。
周囲の構造物を溶解させつつ、のたうつかの様に荒れ狂うその異形の姿に、エリオは見覚えが在った。
今は無きリヒトシュタイン05コロニーにて、ランツクネヒトより提示された情報の中に、その存在についての報告が在ったのだ。

「BFL-011 DOBKERADOPS」
22世紀の地球に於いて対バイドミッションが発令された後、地球人類が最初に遭遇したA級バイド。
環境適応力および進化多様性に富み、これまでに14もの変種が確認されている。
無機物を素材として短時間の内に発生した個体も在れば、既に死滅した細胞群を再活性させた上で、腐食したまま活動を再開した死骸そのものの個体も在った。
そして、更には地球軍により撃破された個体の残骸を回収し、蘇生させた上で戦略級機動兵器として重武装化と機動力の付加を施された個体まで存在するという。
なのは達と交戦したという個体、即ち「ZABTOM」だ。
ベストラへと取り付いた個体もまた、大きさこそ3m程度とはいえ、外観の特徴からしてドブケラドプスの一種である事は疑い様が無かった。
施設に残されていた研究記録から、現在はドブケラドプスの幼体であろうと看做されている。

外殻へと取り付いた個体は19、その全ては機動兵器群および外殻へと展開した魔導師達によって、瞬く間に排除された。
しかし、その後も敵性体の飛来が止む事はなく、それどころか飛来数は秒を追う毎に増加し続けている。
必然的に、防衛線を突破し外殻へと到達する個体数も増加し、魔導師達と機動兵器群は休む間も無く戦闘を続行する事となった。
ベストラ外殻に配備された防御兵器群の起動に成功した事で、一時は窮地を脱したかに思われたものの、敵性体の飛来数が更に増加した事で結局は危機的状況が続いている。
不明戦闘機群とウォンロンも凄まじい迎撃戦闘を展開してはいるのだが、しかし全方位より飛来する敵性体群の殲滅には至っていない。

一方で、ベストラ内部では朗報も在った。
施設機能の完全奪取を模索していたチームが、コロニー航行機能の掌握に成功したのだ。
彼等は即座に航行設定を破棄し、ザイオング慣性制御システムを用いてコロニーの減速を開始した。
これ以上、人工天体内部へと進攻する事態を避ける為に。
しかし、その努力も完全に報われた訳ではなかった。
漸く減速を開始した矢先、進行方向上にて網目状に張り巡らされた、巨大有機構造体の壁面が確認されたのだ。

ベストラに搭載されたザイオング慣性制御システムは、大規模施設に搭載されるタイプとしては極めて柔軟かつ、大出力による機動を可能とするものである。
しかし、飽くまで大型艦艇にも及ばぬ機動性であり、当然ながらR戦闘機群のそれとは比較にもならない。
況してや、瞬間的な減速や静止など不可能である。
余りにも巨大な質量より発生する慣性を、瞬時に0へと引き戻す事など出来得る筈もない。
よってベストラは、衝突によって致命的な損傷を受ける速度ではないものの、北部区画より有機構造体へと突入する事態となってしまったのだ。

突入後に判明した事実だが、壁面はニューロン状の巨大有機構造体、腐食した肉塊の如き色のそれが無数に連なって形成されたものであり、更に幾重にも折り重なる様にして分厚い層構造を構築していた。
数十から数百mもの穴が至る箇所に開いてはいるものの、それらの奥には網目状に拡がる有機構造体、そして迫り来る無数のドブケラドプス幼体以外には何も確認する事ができない。
すぐにでも離脱したいところではあったが、しかし信じ難い事に有機構造体は既に外殻へと侵食を始めており、ザイオング慣性制御システムの最大出力を以ってしても引き剥がす事は叶わなかった。
そして、有機構造体は柔軟性と耐久性に富み、膨大なベストラの質量をいとも容易く受け止める程に強靭である。
更には常軌を逸した再生能力を有しているらしく、不明戦闘機群とウォンロンが幾度となく砲撃で以って破壊せんと試みてはいるものの、それらは損傷する端から高速増殖を繰り返しては、数十秒程度で構造体の修復を成し遂げてしまうのだ。

前方へと突破する事もできず、後方へと離脱する事もできず。
ベストラの機動を完全に封じられたまま、被災者達は決死の迎撃戦を展開する事となった。
際限なく押し寄せる敵性体の群れを前に、徐々に沈黙してゆく防御兵器群。
魔導師を始めとする人員の被害も、既に40名を超えた。
このままでは徒に戦力を消耗するばかりであり、何らかの方法で状況を打開せねば生存は望めないだろう。
しかし現状では、有効な打開策を見出すに至っていない。

『E-11、バイド体の殲滅を完了した。不明戦闘機群による攻撃だ』
『第1層上部外殻中央付近、敵性体と不明戦闘機が施設内部に突っ込んだ。約200秒前だ。仕留め損ねたのかもしれん』

状況の変化を伝える念話を受け、エリオはE-11へと向かう進路を変更、第1層を目指す。
現在位置から最大速度で向かえば、40秒程度で不明戦闘機の突入地点へと到達できるだろう。
ストラーダの矛先を足下へと向け圧縮魔力を噴射、再加速。
弓形の軌道を描き、金色の魔力残滓による軌跡を曳きつつ空間を引き裂くエリオ。
そして、第1層へと到達するや否や身体の上下を反転させ、足下を外殻へと向ける。
ストラーダを介し、不明機体突入地点を視界へと拡大表示。

第1層上部外殻中央付近、直径20mを超える歪な形状の穴が穿たれている。
不明戦闘機は高速かつ、何らかの方法で構造物を破壊しつつ突入したのだろう。
穴の縁は工作用機械で以って切り取られたかの如く、不自然なまでに整然としていた。
突入した不明戦闘機とは恐らく、特殊突撃機能を備えたタイプなのだろう。
三角翼と鋭利な針にも似た砲身を備えたその機体が高速で敵性体へと突撃し、体当たりで以って目標を完膚なきまでに粉砕する様子が、これまでに幾度となく確認されている。
その映像を確認した技術者達による解析結果は、機体表層部を高速振動させる事により攻撃対象の構成材質を分解しつつ破壊しているのであろう、との事であった。
そして、その報告こそがエリオに、とある確信を抱かせるに至ったのだ。

あれは、あの不明戦闘機群は、スバル達だ。
彼女達は見付けたのだ。
自身本来の肉体を奪われ、R戦闘機という歪な戦略級戦闘特化個体へと変貌させられながら、バイドと地球軍を打倒する術を見出したのだ。
不明戦闘機群を建造した存在とはバイドでも地球人でもなく、双方が有する技術を吸収したスバル達である可能性が高い。
突撃時に観測される機体表層部の高速振動は、恐らくはスバルのISである振動破砕を応用した技術であろう。
そして、不明戦闘機群の砲撃は波動粒子のみならず、それ以上に大量の超高密度圧縮魔力を用い放たれている。
間違いない。
彼女達は遂に、次元世界が生存する為の糸口を掴んだのだ。

『管制室よりライトニング01、現在位置を知らせよ』
『ライトニング01より管制室。現在位置、第1層上部外殻。不明機体突入地点へと向かっている』
『ライトニング、其処に魔導師の一団が居ないか? 厄介な連中が迷い出たかもしれん』

管制室からの念話。
エリオは突入地点の周囲に、複数の人影を認める。
不明戦闘機の突入跡から次々に現れ、20名前後にまで数を増すそれら。
魔導師だ。

『・・・確認した。第2シェルターの人員だ』

集団の中になのはとはやての姿を認め、居住区シェルターに隔離されていた一団が現状を認識したのだ、と判断するエリオ。
接近する彼に気付いたのだろう、集団の中の1名がこちらを指し、何事かを叫んでいる。
エリオはストラーダの矛先を後方へと向け、メインノズルより圧縮魔力を噴射。
自身の全身運動に急制動を掛け、集団から50m程の距離を置いて宙空に静止する。

『エリオ、聞こえてる? これはどういう事、何が起こっているの?』
『あの化け物と戦闘機は何だ? バイドの襲撃を受けているのか!』
『下に在った死体の山は、あれは何や! エリオ、答えんか!』

自身へと向けて放たれる複数の念話、その悉くを無視しつつ眼下の集団を見下ろすエリオ。
質問に答える暇も、状況を説明するだけの猶予も無い。
何より、説明を行ったとして、彼等がそれを受け入れるという確証すらも無い。
最悪、地球人に対する殲滅を実行したこちらに反発し、敵対を選択する事も在り得る。
此処は彼等からの呼び掛けを無視し、敢えて何も知らせぬまま敵性体との戦闘に引き摺り込む事が、最も望ましい展開だろう。

『エリオ!』
『エリオ、答えて! 聞こえているんでしょう!?』

眼下の一団から視線を外し、エリオはストラーダを介して周辺域に対する索敵を行う。
ドブケラドプス幼体は極強酸性体液による砲撃こそ脅威ではあるものの、それを除けば霧状体液の散布以外には、取り立てて見るべき攻撃手段を有してはいなかった。
不用意に接近すれば、噛み付かれるか尾に打たれる事も在り得るのであろうが、当然ながら無意味にそんな事を実行する者は居ない。
精々、エリオを含むベルカ式魔導師が、近接攻撃を繰り出す為に接近する程度のものだ。
そして、彼等が標的への接近に成功したのであれば、既に戦闘の趨勢は決している。
幼体は満足な迎撃も反撃も行えぬまま、アームドデバイスによる一撃を受けて絶命するのだ。
形勢は未だ予断を許さないものの、幼体に対する攻略法は既に確立しつつあった。

周囲に敵性体が存在しない事を確認し、エリオは再び眼下へと視線を落とす。
飛翔魔法を発動したなのは達が、すぐ其処にまで迫っていた。
その場より離脱すべく、エリオは幾度目かの魔力噴射を実行せんとする。
直前、管制室より念話が飛び込んだ。

『管制室より総員、緊急! 新たな敵性体と思しき複数の反応が接近中、北部区画外殻到達まで80秒!』

エリオは咄嗟に、ストラーダの矛先を北部区画の方角へと向け、メインノズルより圧縮魔力の爆発を推進力として解放。
驚愕の表情を浮かべるなのは達を置き去りにし、瞬時に音速を超え北部区画を目指す。
そんな彼の視界へと、ストラーダを介して表示される映像。
其処には、網目状に拡がる有機構造体の間を縫う様にしてベストラへと迫り来る、巨大な異形の全貌が映し出されていた。

未知の敵性体、全長200m前後の多関節生物型。
長大な体躯先端および尾部に、頭部らしき部位が存在している。
左右へと鋏状に位置する巨大な牙、上下に位置する複眼らしき一対の巨大な器官。
体躯側面には極端に小さな、多足類の脚にも似た器官が無数に並んでおり、その数は優に1000を超えるだろう。
蛇の如く身体を捩りつつ宙空を進むそれは、しかし然程に高速ではないらしい。

『バルトロより管制室、敵性体の排除に向かう』
『管制室よりバルトロ、攻撃は不許可。目標の詳細不明につき、接近を禁ずる。総員、現在位置にて待機せよ』

管制室からの指示。
妥当な判断だと、エリオは内心にて納得する。
バイド生命体の異常性には、これまでにも幾度となく辛酸を舐めさせられてきた。
確固たる対策も無いまま迂闊に手を出せば、こちらが多大な犠牲を払う事となる。
先ずは敵性体の特性を見極め、それを熟知してから反撃に臨むのだ。

約30秒後、第1層上部外殻北端付近へと到達するエリオ。
彼の視界には既に、網目状有機構造体の奥より接近する、複数の敵性体の全貌が映り込んでいた。
個体毎に大きさが異なるのか、全長30m程度の個体も在れば、優に400mを超える個体も存在している。
2箇所に位置する頭部の内1つをこちらへと向け、徐々にベストラへと接近してくるそれら。
自己保存など微塵も考慮していない突撃、施設への体当たりによる突入か。

『目標、体当たりを仕掛けてくる模様。遠距離攻撃手段を用いる様子は無い』
『接触時に特殊な攻撃手段を用いる可能性も在る。外殻への接触を待ち、攻撃行動を観察せよ』

周囲に現れる、複数の魔導師の姿。
後方を見やれば、其処には1km程の距離を置き、魔導師と機動兵器が続々と集結を始めている。
今頃は第17層下部外殻北端、そして東部および西部区画外殻にも、同様に魔導師と機動兵器が集結している事だろう。
更には、無数の白い影が周囲の空間を飛び交っている。
不明戦闘機群もまた、有機構造体の周囲へと集結しているのだ。
準備が整った事を確認し、エリオは前方へと視線を戻す。
敵性体は、数秒で外殻へと到達する位置にまで迫っていた。

『目標、接触!』

敵性体群の一部が、有機構造体に面した北部区画外殻へと喰らい付く。
僅かに遅れて届く、衝撃と振動。
上部外殻末端部はエリオの足下から緩やかな斜面となっており、其処彼処に各種センサー群を始めとする構造物が存在していた。
現在、迎撃機構は意図的に停止されており、兵器群は外殻内部へと収納されている。
それらは敵性体に対する情報収集が完了した後に展開され、一斉砲火による弾幕を浴びせ掛ける事だろう。
外殻装甲および封鎖されたハッチ等の上、数十体の異形が牙を突き立てている。
膨大な質量を活かした突撃は、しかし外殻を突破するには至らなかったらしい。
無数の鋭い脚による攻撃も、僅かに装甲を傷付ける程度だ。
予想外の光景に我知らず眉を顰めるエリオ、交わされる念話。

『何をやっている?』
『外殻装甲を突破できなかったんだろう・・・多分。こいつら、失敗作か?』
『こちら管制室。目標に特異な変化は見られるか』 
『管制室、見ている通りです。連中、這いずり回るだけで特に何もしてこない。攻撃しますか?』

即答は無い。
管制室にしても、判断を下し難い状況なのだろう。
事実、エリオ個人の思考としても、眼前の光景は理解し難いものが在った。
これまでに遭遇してきたバイド生命体は、外観こそ醜悪なだけの歪な存在であったものの、一方で単一機能面を徹底的に突き詰めた非常に合理的な脅威でもあったのだ。
スプールスにて交戦した生命体群を例に挙げれば、攻撃を受ける事によって体内に存在する無数の寄生体を散布し、それらの物量で以って周囲の生命体群を圧倒し汚染するといった具合である。
よって、眼前にて外殻上を這い回る敵性体についても、何らかの特性を有していると思われた。
しかし、その特性が発現する様子、それが無い。
無様に外殻へと張り付き、牙と脚を忙しなく動かすだけのそれらは、とてもではないが脅威であるとは思えなかった。

『外殻に重大な損害は確認されない。目標、低脅威度と認識。距離を置き、長距離砲撃にて攻撃を実行せよ。管制室より総員、攻撃を許可する』

管制室、攻撃許可。
エリオの左右、砲撃魔導師達が自身等のデバイスを構える。
甲高い異音と共に集束する魔力素、魔法陣の中心へと形成され肥大してゆく魔力球。
様々な色の光球が膨れ上がる様を暫し見つめ、エリオは眼下の敵性体群へと視線を戻す。
相変わらず単なる蟲の様に這い回るそれらは、こちらへと接近するでもなく外殻への攻撃、意味の無いその行動を継続していた。

『・・・呑気な奴等だ』

エリオの右隣、念話にて呟きながらも照準を定める砲撃魔導師。
彼が手にしているデバイスの先端では、白色の光球が破裂せんばかりに膨れ上がっている。
視界の殆どが複数色の閃光に染め上げられる中、エリオの意識に攻撃の引き金となる言葉が木霊した。

『撃て!』

閃光。
衝撃と轟音が壁となって襲い掛かり、左右からエリオを圧迫。
思わず細めた目、狭められた視界の中で、胴部中央に砲撃の直撃を受けた敵性体が、体躯を半ばから切断される。
直後、砲撃そのものが分散炸裂し、無数の魔力爆発が外殻上を覆い尽くした。
外殻そのものを破壊せぬよう、貫通力に特化した砲撃魔法ではなく、範囲殲滅型のそれを選択したのだ。
数秒ほど爆発が続き、それらが発する閃光と轟音が掻き消えた後には、光り輝く魔力残滓のカーテンのみが残されていた。
業火の如く立ち上るそれらはエリオの視界を覆い尽くし、その先に拡がる光景を完全に遮断している。
だが、これ程の規模での一斉砲撃を受け、その上で敵性体が生存しているとは考え難い。
暫し無言のまま、眼前の光景を睨み据えていたエリオであったが、やがて緊張を解くと息を吐く。

『反応消失・・・敵性体は全滅だ。皆、良くやってくれた』

周囲の砲撃魔導師達が、大きく息を吐いた。
彼等もまた、緊張に曝されていたのだ。
構えていたデバイスの矛先を下ろし、周囲を見渡す。
幾ら索敵を実行しても、生存している敵性体を発見する事はできなかった。
僅かな痕跡すら残さず、消滅してしまったのだろう。

『管制室より総員、所定防衛地点に戻れ。北部区画外壁への配置については追って連絡する』
『第2シェルターの連中はどうする?』

自身の意識へと飛び込んだ問いに、エリオは後方の一団に紛れ込んだ、嘗ての上官達を見やる。
断片的にではあるが、状況を理解し始めているのだろう。
彼等は、困惑と猜疑の滲む表情を浮かべ、周囲を見回していた。
管制室は、其処に居るキャロ達は、如何なる対処を取るのか。

『管制室より総員、連中には手を出すな。状況説明も不要だ。ウルスラ、彼等をW-01物資搬入口へ誘導せよ』
『始末するのか? 今なら格好の状況だが・・・』
『いや、こちらから部隊を向かわせる。説得は彼等が行うそうだ』

説得とは何とも可笑しな話だと、なのは達を見据えつつエリオは思う。
その様な生易しい状況でない事は、誰の目にも明らかである。
デバイスの矛先と質量兵器の銃口、そして迎撃兵装の砲口を突き付けて行う状況説明を説得などとは、平時であれば口が裂けても言えはしまい。
だが今は、それが必要とされる状況なのだ。

『ライトニング01より管制室、S-04に・・・』
『管制室よりライトニング01、W-02へ向かえ。不測の事態に備え、指定地点にて待機せよ』
『・・・了解』

自身の所定防衛地点に戻ろうとするエリオへと、新たな指令が下される。
どうやら管制室は彼を、なのは達に対する説得時の保険として配備する心算らしい。
魔導資質強化の結果、現時点でエリオはオーバーSランクに匹敵する魔力保有量、瞬間最大出力、変換効率を備えるまでに至っている。
とはいえ、元々がオーバーSランクである上、極めて強力な砲撃魔法を有する魔導師が2名以上、それらを同時に相手取るのだ。
果たして、近代ベルカ式を用いる自身の戦術が、何処まで通じるものか。
冷静に思考しつつ現在位置を離れんとするエリオだが、すぐに動作を中断し有機構造体の方角を見やる。
危機的状況は、未だ過ぎ去ってはいないらしい。

『管制室より総員、警告! 新たな敵集団が接近中、警戒せよ!』

有機構造体の遥か奥、視界へと拡大表示される蠢く影。
また、あの敵性体だ。
多足類そのものの体躯を波打たせ、徐々にこちらへと接近してくる。
視認可能総数、約30体。

『またか。管制室、敵性体総数は?』
『総数183体。余り多くはないな、各地点に於いて多くても30体前後の計算だ』
『迎撃する』
『いや、こちらで高出力光学兵器による狙撃を行う。総員、現在位置にて待機せよ』

外殻各所にて、警告灯の黄色の光が明滅を始める。
開放されてゆくハッチ、迫り出す迎撃兵器群。
一見するとミサイルコンテナの様にも思える形状のそれらは、複数種の大出力光学発振機を内蔵している。
砲口となる前部装甲板上に照射用の力場を形成する事により、脆弱な内部機構を外部へと曝す事なく砲撃を可能とした超長距離狙撃型純粋光学兵器群。

そして数瞬後、有機構造体の方角へと向けられた兵器群の力場形成面に、微かな光が灯った。
超高出力光学兵器の砲撃は、余りにも強烈かつ一瞬である。
砲撃が実行された、その瞬間には焦点温度1400000Kの光条が目標を貫いているのだ。
砲撃対象は疎か、距離を置いて観測する第三者であっても、光条そのものを視認する事は不可能に近い。
攻撃照準波を検出する、或いは予測回避を実行する等の対策は存在するものの、実質的に完全な回避を確約する手段は存在しないのだ。

尤も、目標装甲素材の耐熱限界値が焦点温度を上回っていた事例、各種障壁からの干渉により光条が拡散してしまう欠点などが存在する為、今や純粋光学兵器の殆どは主力兵器の座から転落している。
事実、このベストラ外殻に配置された迎撃兵器群の主力は、純粋光学兵器ではなく電磁投射砲だ。
純粋光学兵器群が有する問題としては、アンチレーザー・コーティングが施されている目標に対しては殆ど無力、空間歪曲を用いた防御手段に対しては全く為す術が無いという点が挙げられる。
発振または集束時の触媒に波動粒子を用いる事で各種干渉手段の突破は可能となるものの、そんな対策を取るよりは初めから波動兵器を用いた方が効率も良い。
更に付け加えるならば、光学兵器による攻撃に波動粒子を付加するよりも、実体弾頭に対してそれを実行する方が遥かに容易かつ実用的である。
例外として、フォースを介しての出力増幅を用いるR戦闘機群が存在するが、あれらが実装する光学兵器は他のそれらとは根本的に異なる代物だ。
光としての性質そのものが変容する程の波動粒子を内包した光条と、通常の純粋光学兵器群より照射される光条が同一のものである筈がない。
ほぼ回避不能という攻撃能力を有しながらも複数の対策が存在し、それらを実装している目標に対しては徹底的に無力となってしまう兵器群。
それが、純粋光学兵器群だった。
だが、今回の様な有機敵性体に対しては、絶大な威力を発揮する事だろう。

『射線上からの人員離脱を確認。砲撃まで5秒』

背後に出現した砲台を一瞥した後、彼方の敵性体群を見据えるエリオ。
それらがベストラへと到達するまで、あと15秒というところだろうか。
どうやら、先程よりは速力を増しているらしい。
迫り繰るそれらが蒸発する様を観測せんと、エリオが微かに目を細めて。

『照射』



瞬間、後方へと弾き飛ばされた。



「ッ・・・!?」

肺より圧し出される空気、瞬間的に麻痺する感覚。
直後、更なる衝撃。
視界が赤く染まり、全身が激しく打ち付けられる。
四肢を引き裂かんばかりの強大な力、エリオの身体を翻弄するそれ。
数瞬か、或いは数秒か。
2度に亘り襲い掛かった衝撃を経て、エリオは漸く自身が静止した事を認識した。

視覚が、聴覚が機能していない。
身体の何処かしらを動かす事もできず、声を発する事すらできない。
唯、痛覚だけは徐々に回復していた。
全身を襲う、痺れにも似たそれ。
漸く回復した感覚に従い、エリオは身体を動かそうと試みる。
瞬間、全身を奔る激痛。

「ッぎ・・・!」

零れる呻き。
自身の声を認識した事で、エリオは聴覚の機能が回復した事を知る。
視界が閉ざされているのは、瞼を閉じている為だろう。
顔面の筋肉を引き攣らせつつ、エリオは閉ざされていた瞼を徐々に見開いた。

先ず、視界へと映り込んだものは、赤黒い液体。
視界の殆どを埋め尽くす、血溜まりだった。
何処からか溢れ返る血液は、黒に近い鈍色の構造物上にて不気味に波打っている。
自身が外殻上に、うつ伏せの状態で張り付いている事を、エリオは漸く理解した。
そして、身体の右側面に感じる、冷たく硬質な金属の感触。
外殻上に突出した、何らかの構造物か。
恐らくは、衝撃によって弾き飛ばされ外殻装甲へと打ち付けられた後、宙空へと放り出される途中で突出した構造物に衝突し、それが幸いして外殻上に留まる事ができたのであろう。

「ぐ、うッ!?」

外殻に手を突き、軽く力を込めるエリオ。
僅かな力ではあったが、低重力下ではそれで十分だった。
反動で身体を浮き上がらせると同時に、球状となった血液が周囲へと拡散する。
右手に、金属の感触。
視線を右手へと落とせば、其処にはストラーダの柄が確りと握り締められていた。
どうやら、衝撃に翻弄されながらも、自身のデバイスを手放す事態は避けられたらしい。
その事実に僅かな安堵を覚えつつ、エリオは周囲へと視線を巡らせる。
そして、絶句した。

「何だ・・・」

外殻が、抉れている。
否、抉れている等という、生易しい程度の破壊ではない。
外殻が、完全に崩壊していた。
クレーターに酷似した巨大な穴が其処彼処に穿たれ、それら全てから異様な白煙と、破壊された構造物の残骸が噴き上がっている。

視界を巡らせるも、人影は無い。
全員が退避したのか、或いは吹き飛んだのか。
周囲の空間は漂う無数の残骸に埋め尽くされており、それらの中を飛行できる状態ではない。
人間の頭部ほどの大きさも在るそれらは明らかに、飛翔魔法発動時に展開する障壁程度で弾ける代物ではなかった。
無論、それはエリオにとっても同様であり、現状ではストラーダによる高速移動など望むべくも無い。
そんな真似を実行に移せば、彼の身体は瞬く間に挽肉となる事だろう。

「くそ・・・!」

何が起きたのか。
全身を襲う激痛に呻きつつ、思考を加速させるエリオ。
新たに出現した敵性体について脅威度は低いとの判断が下された事、管制室により超長距離狙撃型純粋光学兵器群を用いての砲撃が実行された事は覚えている。
だが、其処までだ。
その後に何が起こったのか、全く理解できないのだ。
砲撃の瞬間、彼の身体は一切の前兆もなく、唐突に吹き飛ばされていた。
その事象が、強烈な衝撃波によって引き起こされたものであるとは理解しているが、では何処からそれが発生したのかが解らない。
何らかの攻撃が外殻に着弾したのか、或いは光学兵器群の異常か。

エリオは咳込みながらも、ストラーダのノズルより微弱な魔力噴射を行い、外殻へと降り立つ。
構造物表層から僅か2mの作用域とはいえ、外殻上には0.2Gの人工重力が存在していた。
エリオの脚部に掛かる荷重は、通常の20%程度。
しかし、明らかな重傷を負っている彼の身体にとっては、その程度の荷重でさえ危険なものであった。

「ぐ、あ!」

接地の瞬間、自重に耐え切れずによろめく身体を、咄嗟に突き出したストラーダの柄を杖とする事で支えるエリオ。
荒い呼吸を繰り返す彼の頭上を、衝撃波を撒き散らしながら通過する存在。
何とか持ち上げた視線の先、闇の奥へと消えゆく複数の白い影。
不明戦闘機群だ。
少なくとも数機は、先程の状況を掻い潜る事に成功していたらしい。
その光景を認識し安堵の息を漏らすと同時、エリオの意識へと飛び込む念話。

『・・・応答を・・・聴こえるか・・・誰か・・・』
「・・・管制室か?」
『被害状況・・・駄目だ、応答が無い・・・呼び掛けを・・・』
「こちら、ライトニング01・・・管制室、聴こえるか?」
『・・・応答せよ・・・状況不明・・・』

応答せよとの言葉、こちらからの呼び掛けに対する無反応。
エリオは、管制室が外殻の状況を把握していないと判断する。
先程の衝撃、恐らくは爆発によるそれが発生した際に、外部観測機器の殆どが沈黙したのだろう。
他方面の外殻でも、同様の事態が発生しているのだろうか。

「誰か、誰か居ないのか? 聴こえるなら応答を・・・」

エリオは自身の傍らへとウィンドウを展開し、音声にて全方位通信を試みる。
受信の確立を少しでも高める為、念話ではなくこちらを選択したのだ。
だが、ウィンドウ上に表示されるはノイズのみであり、音声に関しても正常に接続される様子は無い。
当然ながら、未だ呼び掛けを続ける管制室が、エリオからの通信に気付く様子も無かった。
回線は、受信のみが辛うじて機能している。

エリオは震える手で暫しウィンドウを操作し、やがて諦観と共にそれを閉じた。
管制室からは、変わらず呼び掛けが続いている。
恐らく彼等は、外殻の人員が全滅したのでは、との危惧を抱いているのだろう。
こちらの存在を知らせる術が無い以上、このまま現在位置に留まる事に意味は無い。
軽く外殻を蹴り、身体を浮かばせ重力作用域を脱した、その直後。

『撃つな!』

突如として意識へと飛び込んだ全方位通信に、全身を強張らせるエリオ。
知らず、彼は周囲を見回す。
人影は無い。
他方面の外殻より発せられたものか。

『攻撃中止! 攻撃中止だ! 総員、撃つな!』

再び飛び込む、全方位通信。
殆ど絶叫と化したその様相に、エリオは再び身体を強張らせる。
様子がおかしい。
攻撃を中止せよとの指示は、如何なる理由により発せられたものか。
恐らくは繋がるまいと思考しつつも、エリオは状況確認の為に呼び掛けを試みる。

「こちらライトニング01、応答を・・・」
『撃つなと言ってるんだ、撃つな! あれは生体機雷だ!』

唐突に意識中へと飛び込んだ聞き慣れない名称に、エリオは続く自身の言葉を呑み込んだ。
生体機雷。
言葉通り、生体組織を用いて形成された、炸裂式の範囲制圧兵器なのであろうか。
彼の思考に浮かぶ疑問を余所に、通信は続く。

『W-12、サルトンより警告! 敵性体、有機質機雷としての性質を有している! 起爆条件は頭部に対する攻撃だ!』

通信越しに放たれる、緊迫した叫び。
エリオは反射的に、そして無意識に周囲へと視線を巡らせている。
敵性体、視認できず。

『まるで地雷だ! 1発でも頭部に着弾すると、次の瞬間には体節が砲弾みたいに突っ込んでくる! 速過ぎて視認も回避もできない!』
「・・・畜生」

悪態を吐くエリオ。
彼方を睨む彼の視線の先に、複数の長大な影が蠢いていた。
先程の敵性体が群れを成し、三度ベストラへと接近しているのだ。

『射撃および単純砲撃による攻撃は避けろ! 範囲殲滅型魔法か、空間制圧型兵器による攻撃で消滅させるんだ! 体節の1つでも残ったら、それが突っ込んできて爆発するぞ!』

敵性体群、加速。
同時に、エリオの遥か頭上を翔け抜ける幾つかの光条、白亜の光を放つ砲撃魔法。
それらは高速にて敵性体群へと突入し、直後に閃光を放ち炸裂した。
無数の魔力爆発が連なり、空間を埋め尽くしてゆく。
恐らくは、古代ベルカ式直射型砲撃魔法、フレースヴェルグ。
少なくとも、はやては無事であったらしい。
かなり後方まで吹き飛ばされた様だが、直射型砲撃を放てる程度には健在なのだろう。

「流石・・・」

無数の白亜の爆発、瞬く間に視界を埋め尽くしたそれに、エリオは微かに声を漏らす。
はやても、先程の警告を受信していたのだろう。
その内容を直ちに理解し、範囲殲滅型砲撃魔法を放ったのだ。
指揮官という立場上、前線に出る事は稀である筈の彼女ではあるが、咄嗟の状況認識力と判断力は突出しているらしい。
しかし残念ながら、敵性体の殲滅には至らなかった様だ。
消えゆく魔力爆発、その先より迫り来る数十体の影。

「くそッ!」

悪態をひとつ、エリオはストラーダより魔力噴射を実行。
軋む身体を無視し、瞬時に200mほど上昇する。
眼下を見回すものの、周囲に他の人員は見当たらない。
遥か彼方で閃光が瞬いているが、あれらは不明機体群が敵性体との戦闘を行っているものであろう。
後方から砲撃が放たれる様子も無い。
はやてが砲撃を連射できる訳ではない事はエリオも承知しているが、なのはは何をしているのだろうか。
もしや、戦闘への復帰が不可能な程に負傷しているのか。

圧縮魔力再噴射、敵性体群へと向け加速を開始。
比較的小型の1体に狙いを定め、軌道修正と共に更に加速。
迫り来る異形の頭部、不気味に光を照り返す巨大な牙と複眼。
左右に開閉を繰り返す異形の顎部を見据えつつ、エリオは思考する。

頭部への攻撃は、致命的な反撃を誘発してしまう。
極めて強力な範囲殲滅型の攻撃で以って、跡形も無く消滅させてしまえば問題は無いが、自身はそれに分類される長距離攻撃手段を有していない。
しかし、後方から新たな戦術級砲撃が飛来する様子は無く、周囲に他の人員の存在を見出す事もできない。
不明戦闘機群は遠方にて大規模な戦闘を展開しており、こちらに対する支援は望むべくもないだろう。
だが、それでも眼前の敵性体群、それらとの交戦を回避する事はできない。

施設外殻は先程の爆発によって既に、其処彼処に巨大な穴が穿たれている。
それらの内の幾つかは、施設内部の大規模アクセスラインにまで達している事だろう。
其処に敵性体が侵入すれば、どれ程の被害が発生するであろうか。
間違い無く、凄惨な事態となるだろう。
仮に、敵性体の侵入後に施設内の戦闘要員が迎撃に当たったとして、攻撃が敵性体の頭部へと直撃してしまえば、更に凄惨な被害が齎される事となる。
最悪の事態を回避する為にも、自身が此処で敵性体群を排除せねばならない。

策と呼べる程のものですらないが、考えは在った。
頭部への攻撃が起爆の条件であるのならば、胴部へのそれはどうか。
1箇所を切断した程度で、バイド生命体が活動を停止する等という甘い思考は有していないが、ならば絶命するまで斬り刻むまでだ。
胴部の切断が起爆の条件を満たしてしまう虞は在るが、眼下の外殻上に人影が認められない以上、大して問題は在るまい。
精々、自身が消し飛ぶ程度のものだろう。

ブースター、出力最大。
メインノズル、最大推力へ。
対空気抵抗・対衝撃魔力障壁、展開。
あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、急激に引き延ばされる体感時間。
加速する思考の中、エリオは改めて敵性体の胴部中央に狙いを定める。
「着弾」まで、1秒。

「・・・ッ!」

衝撃。
視界を埋め尽くすまでに接近した敵性体の体表面が、紫電を纏ったストラーダの矛先によって穿たれる。
異形の強固な体組織を瞬時に気化させ、分解してゆく鋼の牙。
瞬間、最大出力での放電。
リンカーコアの強化に伴い、劇的に増大した魔力容量および瞬間最大出力、機械の如く精密化した制御能力および変換効率。
それら全ての機能を限界まで発現させ、発生した膨大な電力を破壊槌と成し、敵性体へと打ち込む。
メインノズルより噴出する圧縮魔力は業火を発し、更に高圧の電流を帯びる破壊的な奔流と化していた。
エリオに纏い付くそれは周囲のあらゆる存在を瞬時に焼き尽くし、更に超高速機動に伴い発生する衝撃波が全てを粉砕する。
今やエリオは、標的へと向け飛翔するミサイルそのものであった。

防音障壁により無音となった意識の中、視界を遮る存在が消滅してなお、エリオが速度を緩める事はない。
急激な軌道修正を行い、魔力残滓による放物線状の軌跡を描きつつ、次なる標的へと向かう。
全身の負傷など、既に意識外へと追い遣られていた。
エリオの思考を埋め尽くすは、敵性体の排除という目的のみ。
業火と紫電を撒き散らし、往く手を阻むもの全てを滅ぼす、金色の魔弾。
巨大なバイド生命体でさえ、その進攻を止める事は叶わない。
全長数十mにも達する異形の体躯、それらの中央部を次々に貫き、蒸発させてゆくエリオ。
時に弧を描き、時に稲妻の如く折れ曲がる軌跡。
荒れ狂う雷撃による無慈悲な蹂躙が終焉を告げたのは、敵性体の全てが体躯を分断された直後の事であった。

「・・・ッく!」

ストラーダの矛先を進行方向の逆へと向け、メインノズルより圧縮魔力の噴射を行うエリオ。
急激な減速と共に、彼の全身を覆っていた魔力の暴風、業火と紫電によって形成されていたそれが、凄まじい衝撃波と化して拡散する。
膨大な量の圧縮魔力、極限まで凝縮されていたそれが一瞬にして開放され、炸裂したのだ。
エリオを中心として巻き起こる、巨大な魔力の爆発。
周囲に浮かぶ構造物、或いは敵性体の残骸が残らず消し飛び、後には高熱に揺らぐ大気のみが残された。
虚無と化した空間の中心、エリオは荒い呼吸を繰り返す。

手応えは在った。
ストラーダは確実に敵性体を穿ち、その体躯の一部を消滅せしめたのだ。
確認した敵性体の総数は34体。
その全てを貫き、引き裂き、焼き払った。
衝撃波による周囲への副次効果も考慮すれば、敵性体が生命活動を維持している可能性は極めて低い。
恐らくは、体躯の両端に位置する2箇所の頭部、その周辺を除く殆どの部位が消失している事だろう。

「ストラーダ!」
『Impossible to detect』

ストラーダに索敵を命じるエリオ。
しかし、高密度の圧縮魔力が炸裂した余波か、生体探知機能が動作しない。
魔力素を介して索敵を行うデバイス類に対し、魔力爆発は最も効果的な撹乱効果を発揮するのだ。
舌打ちをひとつ、エリオは周囲を見回し索敵を行う。
ある程度ベストラから離れた為か、周囲は薄暗く視界が利かない。
それでも彼は、無駄とは理解しつつも、敵影を探さずにはいられなかった。
せめて、自身が撃破した敵性体の残骸、その程度は確認したかったのだ。

「駄目か」

だが、それは叶わない。
先程の様に其処彼処に光源となる爆発が発生している訳でも、ベストラから照明弾が放たれている訳でもない。
外殻から2kmも離れてしまえば、其処はもう漆黒の闇の中だ。
現在位置からは外殻上の各種光源を薄らと視認する事が可能だが、更に500mほど離れれば完全にベストラを見失う事だろう。
これ以上の単独行動は危険であると判断し、エリオはストラーダの矛先をベストラへと向ける。
だが、直後。

「・・・これは?」

エリオの意識へと飛び込む、奇妙な異音。
鋏の刃を打ち鳴らしているか様な、金属的なそれ。
微かではあるが、その音が幾重にも連なり、周囲の空間に響いている。
デバイスによる集音機能が、微かな音を拾い上げているのだ。
咄嗟に周囲を見回すが、それらしき異音の発生源は見当たらない。
だが、この瞬間も耳障りな金属音は、確かに発せられ続けている。
そればかりか、徐々にその音量と数を増し続けているのだ。

「誰か・・・この音が聴こえるか? 誰も居ないのか!」

全方位通信。
だが、応答は無い。
闇より迫り来る音は、更にその数を増している。
湧き起こる焦燥感に圧され、知らず声を荒げるエリオ。

「こちらライトニング01! 誰でも良い、何か・・・!?」

しかしエリオは、その呼び掛けを中断した。
せざるを得なかったのだ。
彼の意識は、視界へと映り込んだ何かに集中していた。

「今のは・・・」

その輪郭を、明確に捉えた訳ではない。
だが、確かに見えたのだ。
闇の奥に蠢く、奇妙に歪んだ無数の影。
ベストラ外殻上より発せられる光、それを微かに照り返す褐色の生体表層。
金属音が更に数を増し、音と音の間隔までもが徐々に短くなる。
音源、接近中。

「ストラーダ!」
『Sonic move』

迫る危険を察知し、エリオはソニックムーブを発動。
下肢に奔る、微かな痺れ。
一瞬にして加速し、僅かに4秒前後で外殻へと到達する。
推力偏向ノズル稼動、逆噴射実行。
エリオは両脚部を進行方向へと突き出し、接地に備えた体勢を取ると同時、それに気付く。

「あ・・・」



彼の右脚、膝部から先が無かった。



『Watch out!』
「ッ!?」

ストラーダからの警告。
意識中に生じた空白は、瞬間的ながら致命的なものであった。
接地まで1秒、姿勢制御が完了していない。
最早、手遅れだった。

「ッ・・・ガ、ァ!」

残された左脚、そして左腕を突き出し、最低限の接地体勢を整える。
だが、それも衝撃を軽減するには、貧弱に過ぎるものだった。
接地の瞬間、エリオの全体重を受けてしまった左脚部は、一瞬の内に捩れて折れ曲がる。
足首が捩れ爪先と踵部の方向が入れ替わり、張り裂けた皮膚と筋肉から噴き出す血液。
三箇所で折れ曲がった下腿部、皮膚下から飛び出す骨格と筋組織。
膝部までもが可動範囲を大きく超えて捩曲がり、断裂した筋組織と粉砕された骨片が四散。
そして、瞬時に崩壊した左脚部を支点として、速度を保ったままにエリオの身体が前方へと倒れ込む。

突き出された左腕部。
左脚部の接触によって幾分か速度は落ちたものの、エリオの身体は未だ高速にて移動している。
そんな状態下で構造物へと接触した左腕部が、やはり左脚部と同様に折れ曲がった。
否、折れたのではない。
エリオの左腕部は、肘部から先が失われていた。
外殻表層に突出した無数の構造物、その内の1つへ接触すると同時に千切れ飛んでしまったのだ。
その際の衝撃により、エリオの身体は錐揉み状態へと陥る。
回転する視界、消失する平衡感覚。
直後、全身を粉砕せんばかりの衝撃。
数瞬か、或いは数秒か。
エリオの意識が、確かに闇へと沈んだ。

「う・・・」

開ける視界。
意識が、急速に浮かび上がる。
だが、身体を動かす事ができない。
仰向けのまま、全く動かせないのだ。
両脚部、左腕部が存在するべき箇所には微かな痺れが奔り、それ以外の一切の感覚が抜け落ちている。

「あ・・・」

しかし1箇所だけ、エリオの意思に従い稼動する部位が在った。
右腕部だ。
最早、痛覚とも呼べない微かな痺れに支配されたそれは、辛うじて未だ彼の制御下に在った。
震えるそれをぎこちなく動かし、掌部を構造物に突いて身体を傾ける。
鋭い痺れが全身を貫いたが、エリオは最早それを意にも介さなかった。
感覚の異常など、気に留めるだけ無駄である事は、既に理解していたのだ。
頭部から出血している事にも気付いてはいたが、無視して瞼を押し上げる。
低重力下である事が幸いし、血液が眼球上へと伝う事は無かった。
そしてエリオは、薄らと霞む視界の中に、無数の蠢く影を見出す。

「・・・蟲?」

放たれた呟き。
エリオの視界に映り込む存在について表現するならば、正しくその言葉こそが適当であった。
微細な脚部を無数に蠢かせ、高速かつ不規則な軌道を描く無数の生命体。
余りにも醜悪な外観を周囲へと見せ付けながら、巨大な顎部を打ち鳴らしつつ群れるそれら。
エリオは唐突に、その正体に気付く。

あれは、先程の敵性体だ。
自身は、致命的な反撃を誘発する敵性体頭部への攻撃を避け、目標の胴部を切断。
それでは飽き足らず、放電と推進炎による焼却までも実行した。
一連の攻撃により、敵性体群は残らず絶命したものと判断していたのだ。
甘かった。
敵性体は、生命活動を停止してなどいない。
胴部を幾箇所にも亘って切断され、それらの内の殆どを消滅させられてなお、生命活動を維持していたのだ。
そして今、敵性体群は信じ難い程におぞましい外観へと化し、自身の視界を埋め尽くしている。

「ッ・・・! 化け物が・・・!」

切断された敵性体は、絶命したのではない。
体節毎に複数の個体へと分裂し、1個の長大な個体から群体へと変態したのだ。
先程に自身が切断した敵性体、恐らくはそれらの内の殆どが。

「くそ・・・この襤褸め」

悪態を吐くと同時に右腕部に込められていた力が霧散し、エリオは身体を支え切れずに再び背を外殻上へと預けた。
見上げる彼の視線の先、切断された敵性体の一部が無数に、宛ら蜂の群れの如く密集している。
牙を有する個体、切断面から体液を撒き散らす個体、生体機能の維持限界を超えたらしく唐突に群れから遊離する個体。
既に痛覚すら麻痺した身体を横たえたまま、呆然とそれらを見つめるエリオ。
彼は自身が置かれた状況を客観的に、そして冷徹に分析していた。

自身がやれる事は、全てやり遂げた。
恐らくは他方面でも、敵性体の特性に気付いた事だろう。
これ以上にできる事は、何も無い。
キャロの事は気掛りだが、最早どうしようもないのだ。
自身の生命維持機能は、既に限界を迎えつつある。
今更、何をする程の事もない。
後の事はキャロが、彼女に賛同する者達が、上手く片付けてくれる事だろう。
考えてみれば、彼女と自身が離れる為にも、丁度良い機会だ。
このまま、意識を失ってしまえば良い。

体温が急速に失われていく事を、エリオは自身の感覚で察していた。
出血が激し過ぎる。
無数の小さな傷はともかく、四肢の内3箇所が失われているのだ。
今更、止血をしたところでどうにかなるものではないという事も、彼は既に理解していた。
幸運にも味方に発見され、AMTPへと搬入される事が在れば、或いは生き長らえる事も可能かもしれない。
だがエリオは、そんな幸運が起こる事を期待する程、楽観的な思考を有してはいなかった。
吐血混じりの激しい咳を繰り返しつつも、徐々に静かになってゆく呼吸音。
その変化を自身で認識しつつ、彼は静かに瞼を下ろす。
しかし、直後に意識へと飛び込んだ通信音声は、彼が安息の眠りに就く事を許しはしなかった。

『・・・展開を完了した。味方の姿は確認できない・・・外殻は酷く破壊されている』
『ライトニング02、我々は現状維持を?』
『こちらライトニング02。現在S-02第1予備アレイ・ハッチ、作業員運搬リフトにて移動中。外殻到達まで40秒です』

途端、エリオは瞼を見開く。
開かれた視界の中に、敵性体群の影は無い。
あれ程に群れていた蟲共が、1体すら残さずに姿を消していたのだ。
軋む身体に鞭打ち、頭部を回らせて南部区画方面へと視界を向ける。
渦を巻く様に蠢き、遠ざかりつつある異形の群れ。
敵性体群、南部区画へと向け進攻中。

「・・・馬鹿な!」
『こちらデニム、了解した・・・呼び掛けに対する反応が無い。誰も居ないのか』
「何を・・・何をやって・・・!」
『誰か応答を・・・聴こえますか? こちらライトニング02、外殻の状況を・・・』

咄嗟に右腕部を動かそうとするも、それが実行される事はない。
エリオの身体は、微かに揺れ動いただけだ。
霞み始めた視界は、彼に残された時間が余りにも少ないという事実を、雄弁に物語っている。
敵性体との交戦など、望むべくもない。
だからこそ、せめて敵性体の情報を伝えようと、エリオは念話の発信と共に声を振り絞る。

ベストラ内部から新たに展開したのであろう、キャロを含む友軍部隊。
考えたくもない事ではあるが、彼等は敵性体の特性を知り得ていない可能性が在る。
光学兵器群による狙撃実行後に発生した、敵性体の拡散と自爆。
それ以降、管制室が外殻からの情報を遮断された状態に在った事は、想像に難くない。
そして状況を確認する為に、キャロを含む新たな部隊が外殻へと展開する事も、予想されて然るべき事態であった筈だ。
だがエリオは、その可能性を失念していた。
敵性体の排除に意識を傾け過ぎ、外部情報を遮断された内部の人員が如何なる行動に出るか、その予測を怠ったのだ。

「来るな・・・来るんじゃない! 敵が向かってるぞ!」
『もうすぐ外殻です・・・こちらライトニング02、外殻の状況を・・・』
「来るなと言ってるんだ! 駄目だ、戻れ!」
『外殻に到達・・・ヴォルテール?』
『散れ!』
「ライトニング! 応答してくれ、ライトニング・・・キャロ!」

通信越しに飛び込む、ヴォルテールの咆哮。
記憶の中のそれとは異なり、明らかに苦痛の色を含んでいると判る。
続いて、困惑した様に自らの守護竜の名を叫ぶキャロの声、他の隊員達の絶叫。

『くそ、何なんだ! 総員、警戒せよ! 高速飛翔体多数、完全に包囲されているぞ!』
「撃つな、撃つんじゃない! 駄目だキャロ、逃げろ! 逃げてくれ!」
『信じられん、こっちの機動に・・・』
「交戦するな、逃げろ!」
『大型敵性体、接近!』
『頭部を狙え!』
「止せぇッ!」
『撃て!』

攻撃を止めるべく、エリオは絶叫する。
だが、その叫びは届かない。
轟音とノイズ、それらを最後に途絶える通信。

「あ・・・う、あ・・・!」

零れる声は、意味を成さず。
闇により視界が閉ざされゆく中で、エリオは全てが手遅れであった事を理解する。
キャロ達は敵性体への攻撃、何としても避けるべき頭部へのそれを実行してしまったのだ。
その結果として何が起きるか、起こってしまったのか。
エリオは、身を以って知り得ている。

「キャロ・・・返事を・・・キャロ・・・!」

救えなかった。
もう、手遅れなのだ。
衝撃波と異形の破片、襲い掛かるそれらの瀑布に、何もかもが呑まれて。

「畜生・・・畜生・・・ッ!」

呪いの言葉。
傷という傷から生命の証を止め処なく溢し続けながら、エリオは嗚咽と共に絶望の声を吐き続ける。
怨嗟の念を叫ぼうにも、最早それだけの力など残されてはいない。
死が、すぐ其処にまで迫っている。

「畜生・・・!」

闇に満たされゆく視界の中、虹色の光が弾けた様な気がした。
エリオはそれに対し、何ら関心を見出せない。
彼は、出来得る限りの事をやり遂げた、との納得を得たままに逝ける筈だった。
だが今や、その様な感情は欠片さえも残されてはいない。

「役立たずめ・・・!」

自身を罵倒しつつ、エリオは宙空を仰ぎ見る。
視線の遥か先、闇を引き裂く複数の白い影。
恐らくは不明戦闘機群だろうと、エリオは焦点が定まらぬ思考の片隅で推測する。
今となっては如何でも良い事と、その情報を意識の外へと押し遣らんとした、その時。
眩い2条の光線が、宙空より闇を切り裂いた。

「・・・っ!」

閃光は一瞬。
外殻の彼方、数瞬ほど遅れて噴き上がる、巨大な爆炎の壁。
約1秒後に到達した衝撃がエリオの身体を舞い上げ、続けて襲った轟音が聴覚と意識を苛む。
そのまま数十mを吹き飛ばされ、外殻上へと戻る事なく宙空を漂うエリオ。
彼の思考は既に、状況の変遷を理解していた。

奴等だ。
遂に、戻ってきたのだ。
地球軍。

先程に目にした白い影は、不明戦闘機群などではなかった。
あれは、R戦闘機だ。
不明戦闘機群の強襲により、ベストラから逃亡したR戦闘機群。
それらがバイドを、被災者達を殲滅すべく、この施設へと戻ってきたのだ。

「お終いか・・・」

無重力中を漂いつつ、エリオは瞼を下ろす。
地球軍が戻ってきてしまった以上、事態の好転など望むべくもない。
一時は状況を支配したかに思えた叛乱も、結局はバイドという強大かつ不確定な要素によって瓦解してしまった。
その後の混乱を打開する事も出来ず、しかもバイドの殲滅を旨とするR戦闘機群の襲来。
既にパイロット達にとっては、被災者の殲滅など二の次に過ぎないのかもしれない。
この場に存在するバイド生命体群の殲滅に成功したのならば、その時にはベストラなど塵も残さず消滅している事だろう。

深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
失われた四肢からの激痛は、既にその殆どが薄らいでいた。
大量の失血に伴う、痛覚の麻痺だろう。
自身に残された時間は長くはないと、エリオは他人事の様に思考する。
そんな彼の意識へと、微かな音が飛び込んできた。
聴き慣れた魔力噴射音。
そして、エリオに残された唯一の四肢である右腕に、冷たい金属の質感が接触する。
そちらへと視線を遣り、エリオは息を呑んだ。

「・・・ストラーダ?」

其処に在ったそれは、彼の相棒。
先程の衝撃によって吹き飛ばされ、主から引き離されて尚、自らの意思でエリオの許まで戻ってきたのだ。
天体内部への転送以降、度重なる違法改造を経た鈍色のそれは全体に無数の傷が刻まれてはいるものの、機能に障害は生じていない。
そして、寡黙なそのデバイスとしては極めて珍しく、ストラーダは自ら言葉を発した。

『Watch this』

その言葉と共に、エリオの傍らへと展開されるウィンドウ。
其処から更に、ベストラの立体構造図が投影される。
恐らくは、ウォンロンのシステムを介しての、超広域魔力走査。
ベストラの異常に気付いたウォンロンが、自らの危険をも顧みずに直接支援を開始したのだろう。
そして、投影されたベストラ構造図の各所、表示される無数の魔力反応。
それらは不規則に、だが極めて激しく明滅を繰り返している。
エリオは双眸を限界まで見開き、友軍の魔力反応を示す光点、青色のそれらに見入っていた。

「生存者・・・まだ、残って・・・!」
『Watch』

再度に言葉を放つストラーダ。
拡大表示される画像、外殻S-02。
新たに生存者のコールサインが複数表示される中、その見慣れた名称が在った。

「キャロ・・・!」

ライトニング02。
他1名の反応と共に高速で以って移動しつつ、周囲に無数の直射弾を放ち続ける光点。
周囲では複数の反応が高速機動と攻撃を継続しており、更にそれらの反応は徐々に同一点へと集結しつつあった。
彼等は、まだ戦い続けている。
彼女は、今この瞬間も生きて、そして戦っているのだ。
ならば自身にも、まだやるべき事が在る。

『Get up Master. Go』
「ああ・・・行こう、ストラーダ」

その言葉と共に、エリオの右手がストラーダの柄を掴む。
相棒へと呟く彼の目には最早、諦めの色は無い。
既に痛覚が麻痺している事実でさえ、今となっては好都合とすら思えた。
ストラーダのサイドブースターを作動させ、姿勢を安定状態へと推移させる。
先程まで、僅かばかり身体を動かしただけでも全身を襲っていた激痛が、嘘の様に消え失せていた。
死が近付いている事の証明かとエリオは思考するが、それでも残された右腕、そして肘部から先が失われた左腕の名残は、異常など無いかの様に軽快に動く。
脚部も同様で、大腿部のみが残された右脚、膝部以下を粉砕された左脚も、残存する部位は問題なく動かす事ができた。
独りで立つ事も、満足に物を掴む事も不可能だが、どちらの行動も無重力中では然程に必要あるまい。
身体機能の確認を終え、エリオは独り宣言する。

「ライトニング01、これより生存者救援に向かう!」

爆発。
金色の魔力光が炸裂し、エリオとストラーダが雷光と化す。
光の尾を引き、魔力光の残滓を闇へと飛散させつつ、護るべき者の許へと突き進む金色の流星。
その往く手を阻む敵性体群が、雷光に触れるや否や欠片さえも残さずに消滅する。
身体、そしてリンカーコアに対するあらゆる負荷を無視し、闇を引き裂き翔けるエリオ。
微かな希望に、意識を奪われた彼は気付かない。



失われた四肢の断面からの出血が、既に止まっている事実に。
肘部が、膝部が、半ばまで再生されている事実に。
今この瞬間でさえ、リンカーコアの出力が増大している事実に。
生存者の情報を齎したウィンドウが、ウォンロンからの干渉によって展開されたものではないという事実に。



雷光の騎士にも、その相棒たる鉄槍にも気付かれる事はなく。
緩やかに、しかし確実に。
「現実」が、歪み始めていた。

*  *


光学兵器群による狙撃を実行した直後、管制室を襲った微かな振動。
その瞬間から、外殻との連絡は完全に途絶えた。
回復を試みはしたものの、システムは沈黙したまま。
復旧には時間が必要であると判明した際に、偵察を目的とする部隊の編成が提案された事は、実に自然な流れであった。
そして、今回の武装蜂起に於ける事実上の指揮官であるキャロもまた、自身の外殻上への展開を望んだ。

無論の事、反対の声は大きかった。
指揮官が自ら前線に出る事は、可能な限り避けるべきであると。
それらの意見に対しキャロは、今となっては自身が指揮官たるべき理由は無い、と反論した。

武装蜂起は成功し、地球人とバイドの真実は生存者のほぼ全てに知れ渡った。
自身が担うべきは其処へと至るまで、そして至った後の責任を負う事であり、生存者全体の指揮を執る事に関しては自身以上の適任者が幾らでも居る。
そして自身は竜召喚士であり、絶大な火力を有する使役竜および真竜を使役できる、現状に於いては唯一の人材である。
その火力を死蔵するべきではなく、その余裕も無い筈。
外部に如何なる脅威が存在しているかを観測できない以上、現有の最大火力で以って事態の収拾に当たるべきではないか。

そうして反対の意見を封じたキャロは、すぐさま部隊を編成し南部区画へと向かった。
S-02外殻へと通じるアレイ・ハッチ、其処へと直結する大型リフト。
外殻への移動手段として其処を選択した理由は、ヴォルテールを外殻上に展開させる為だ。
ベストラ内部に待機していたヴォルテール、それを外部へと移動させる為には巨大なハッチが必要となる。
直径90mを超える、巨大な非常用星間通信アレイアンテナ。
それを外殻上へと展開させる為の大型リフトとハッチは、正にヴォルテールの移動に最適な設備だった。
他方面については、既に16名の魔導師から成る別動隊が、W-07外殻へと向かっている。
彼等はキャロ達よりも先に外殻へと到達し、外部状況に関する報告を齎す筈であった。
更にはフリードが、キャロの命によって彼等の援護に就いている。
いずれにしても、偵察隊としては規格外の戦力だ。

アクセスラインを通じてヴォルテールを移動させ、大型物資搬入口を通じてリフトまで誘導。
アレイアンテナ未搭載のリフト上、ヴォルテールを配置。
だが此処で、予想外の問題が発生した。
リフト上に防護服を着用していない人員が存在する状態で上昇を実行すると、システム全体が強制的にシャットダウンされてしまうのだ。
アンテナからの輻射による健康被害を避ける為の措置なのだろうが、バリアジャケットを纏った魔導師達からすれば無用の措置でしかない。
仕方なく、キャロ達はヴォルテールのみを大型リフトで外殻上へと運搬させ、自身等は隣接する作業員運搬用リフトへと移動した。
幾分かは簡潔であるこちらのシステムへとオーバーライドし安全回路をキャンセル、先行して上昇中のヴォルテールを追い掛ける形で上昇。

既に外殻への展開を終えた別動隊からは、味方の姿が確認できないとの報告が齎される。
キャロもまた、自身の声と念話で以って呼び掛けを行うも、ウィンドウ越しに返されるのは沈黙のみ。
最悪の事態を想像しつつも、彼女は外殻への展開を止めようとはしなかった。
止めた処で、事態が好転する訳ではない。

「もうすぐ外殻です・・・こちらライトニング02、外殻の状況を・・・」

そしてヴォルテールに遅れる事4秒、キャロ達は外殻上へと到達した。
リフトを降りエアロックへと侵入し通過、次いで外殻上へと繋がる耐爆扉を開放。
鼓膜へと突き刺さる真竜の咆哮、同時に彼女達の視界へと映り込んだそれは。

「外殻に到達・・・ヴォルテール?」



怒り狂う「右前部翼の無い」ヴォルテールの姿だった。



「散れ!」

誰かが叫ぶと同時に、キャロの身体は抱え上げられ、強制的に移動を開始していた。
回転する視界、金属の構造物を削る凄絶な異音。
何が起きているのかを理解するよりも早く、全方位へと放たれた念話が意識中へと飛び込む。

『くそ、何なんだ! 総員、警戒せよ! 高速飛翔体多数、完全に包囲されているぞ!』

其処で漸く、キャロは気付いた。
自身等の周囲、無数の「何か」が渦を巻く様にして飛び交っている。
それらは高速かつ不規則な機動で飛翔している為、その姿を鮮明に捉える事はできない。
だが、少なくとも敵性存在である事だけは確かだ。

『蟲だ、蟲共が・・・!』
『信じられん、こっちの機動に喰らい付いてくる! 』

散開した隊員達より飛び込む、緊迫した様相の念話。
彼等は、飛翔体からの攻撃を受けているらしい。
すぐさまキャロは、自らの使役する真竜へと呼び掛ける。

『ヴォルテール! 空間制圧、無制限!』

400mほど離れた地点、爆発する紅蓮の光。
ヴォルテールによる砲撃、ギオ・エルガ。
閃光が宙空を埋め尽くし、一瞬ではあるが周囲に存在する異形群の影を浮き上がらせた。

「何、これ・・・!」

多過ぎる。
砲撃の瞬間、ヴォルテールの周囲に位置していた無数の影が、魔力爆発の余波によって跡形も無く消し飛んだ。
しかし、ヴォルテールを中心とした約200m以内を除く、ほぼ全ての空間が飛翔体の影によって埋め尽くされていたのだ。
そして、断続的に鳴り響く、無数の金属音。

『来やがった!』

キャロを抱える隊員、彼が念話を発するとほぼ同時、再度に視界が激しく揺さ振られる。
急激な加速、回避行動。
慣性により上下左右へと振り回される感覚の中で、キャロは自己の内に沸き起こる焦燥を抑え込む事に必死だった。
ヴォルテールが上げる苦痛の咆哮が、彼女の内で絶え間なく響き続けているのだ。
そして、その咆哮はヴォルテールの身に起きている異常を余す処なく、詳細にキャロへと伝えていた。

ヴォルテール、右前翼部喪失。
更に右脚部および左腕部切断、脱落。
直立姿勢保持不可、宙空浮遊状態へと移行。

『大型敵性体、接近!』
『頭部を狙え!』

至近距離から響く金属音の破壊音、ほぼ同時に飛び込む念話。
キャロは必死に視界を廻らせ、周囲の状況を把握せんとする。
輪郭を鮮明に捉える事はできないが、何やら蟲にも似た異形が飛び交っているらしい。
更に遠方へと目を凝らせば、薄闇の奥からはより大型の異形が接近中であると判る。
だが既に、散開した隊員達は迎撃態勢を整えていた。
そして、攻撃。

『撃て!』

直後、一切の前触れ無く襲い掛かってきた衝撃に、キャロの身体は木の葉の如く吹き飛ばされていた。
強烈な圧力により、肺の内より圧し出される空気、暗転する視界。
微かに意識へと響いた念話は、自身を抱える隊員のもの。

『畜生!』

どうやら彼は、あの衝撃の中でもキャロの身体を離す事なく、吹き飛ばされるままに回避行動へと移行したらしい。
身体に掛かる圧力の方向が、不規則かつ連続的に変化している事を認識しつつ、キャロは反射的に閉じられていた瞼を開く。
眼前、凄まじい速度で以って視界の下方へと流れゆく、外殻構造物の壁。
回避行動継続、高速飛翔中。

『今のはやばかった! 何だ、何が爆発しやがった!?』
『クリン03より全調査隊員! 誰か、無事な者は居る!?』

爆発。
意識中へと飛び込んできたその言葉に、キャロは何が起きたのかを悟る。
敵性体からの反撃、広範囲爆撃だ。

『こちらライトニング02。クリン03、敵による攻撃がどんなものだったか、分かりますか?』

キャロは、念話を発した隊員へと問い掛ける。
彼女の位置からは、反撃の詳細が掴めなかったのだ。
しかしながら、ある程度の予想は付いていた。

『ライトニング02、これは自爆攻撃です! 敵は攻撃を受けた直後に外殻へ突入、爆発しました!』

そして報告の内容は、彼女の予想と殆ど違わぬもの。
では、起爆条件は何か。
直前までの情報を纏めつつ、総数16もの高速並列思考によって、キャロは瞬く間に解へと辿り着く。

『起爆条件は、頭部への被弾である可能性が高いですね』
『恐らくは。大型の敵性体は、生体機雷の様な役割を果たしているのでしょう』
『待て、小型の奴と大型の奴は、同類じゃないのか? 全長が異なるだけで、外観もそれ以外のサイズも殆ど同じ・・・』
『前方、敵性体14!』

念話を交わしつつ、進路上に敵性体を確認したキャロ。
咄嗟にウイングシューターを放ち、敵性体の撹乱を試みる。
しかし、彼女の意思の下に放たれた直射弾幕は、当人の想定をも超えた閃光の瀑布となって敵性体を呑み込んだ。
小型敵性体14、殲滅。
自らが為した事ながら、俄には信じ難い光景に唖然とするキャロ。
霧散してゆく魔力残滓の中心を貫いて飛翔した後、確認の意味を込めて念話を発する。

『また、出力が増大している・・・何処まで上がるの?』
『有り難い事じゃないか、バイドの仕業でなければ』

念話を返しつつ、キャロを抱える隊員が更に飛翔速度を上げた。
外殻壁面が視界中を流れゆく速度が増し、自身等を覆う対風圧障壁が更に堅固となった事を実感するキャロ。
そんな彼女の意識に、自身の守護竜と使役竜からの念話が飛び込む。
ヴォルテール、部位欠損の重大損傷を受けるも、戦闘継続に問題なし。
フリードリヒ、友軍と連携し周囲の敵性体を殲滅中。
そうして念話を交わす間にも、多方面から次々に報告が飛び込んで来る。

『やっぱりだ、小さい奴は起爆しない。自爆するのは大型だけだ』
『ニンバニより総員、緊急! ウォンロンが此方の事態に気付いた! 不明戦闘機群の増援と合流、ベストラへ急行中!』
『良い知らせだ、気付いてくれたか!』
『こちらメレディン02、生存者との合流に成功しました。総数17名、現在は敵性体群と交戦中です』
『ボルジア、負傷者を収容した。現在、最寄りのハッチへ向かっている。此処に来るまでにも、幾つかのグループと遭遇した』
『良いぞ、生存者の数は予想より遥かに多い。大多数が爆発から逃れている』

遠方、巨大な魔力爆発。
ヴォルテールが再び、ギオ・エルガを放ったのだ。
闇の中、照らし出される敵性体群の影。
周囲に群がりつつある無数の小型敵性体を確認し、キャロは直射弾幕を間断無く展開し続ける。
その間にも乱れ飛ぶ、無数の念話。
並列思考の半数を念話の傍受、そして分析思考へと傾けつつ、キャロは戦闘を継続する。

だが、それらの論理的思考とは別に、どうしても削除できない感情的思考が在った。
ともすれば、他の並列思考をも喰い尽くしかねない、半ば制御下を離れつつある思考。
キャロは冷静を装いつつも、しかし全霊を以ってしてその思考を抑え付けていた。
暴走させてはならない、そんな事を考えている暇は無い、現状でそんな思考を持つ事に意味は無いのだと、必死に自身へと言い聞かせる。
だが、唐突に飛び込んできた1つの念話が、そんな彼女の努力をいとも容易く打ち砕いた。

『第1層上部外殻、生存者と合流。爆発の直前まで同地点に居た、ライトニング01の消息が不明との事だ』

瞬間、キャロの意識を支配した思考は、唯ひとつ。
エリオ・モンディアル。
自身にとって最大の理解者、唯1人のパートナー。
何物にも代えられず、他の何よりも大切な存在。
彼は無事なのか、生きているのか。

「ライトニングは・・・!」

思わず口を突いて出そうになった言葉、それを強引に中断し呑み込むキャロ。
辛うじて、周囲から敵性体の影が消えた事を確認すると、彼女は我知らず俯いて唇を噛み締める。
微かに震える、固く握られた小さな拳。

キャロとて、疾うに理解している。
エリオは、彼女のパートナーであった少年は、その言葉が発せられる事を望んではいない。
彼女が彼の身を案じる事など、欠片も願ってはいないのだ。
否、或いは心の内で、それを望んでいてくれるのかもしれない。
だが、少なくとも表面的にはそれを窺わせず、更には彼の身を案じるキャロに対して憤りを、それ以上に不快感を抱くのだろうと。
彼女は、そう確信していた。

スプールスを襲った、バイド生命体種子の落着に端を発する悪夢。
醜悪な汚染生命体へと成り果てたタントとミラ、そして彼等の子供、未だ胎児であったそれを含む3人。
彼等であったものを殺めた彼に対し、理不尽な恨みと憤りを抱き、歩み寄る事を拒んだのは自身だ。
一方的に距離を置き、道を分かったのも自身である。
それでも彼は、自身への批難は疎か、弁解さえもしなかった。
自身が突き付けた心無い無言の拒絶を、ただ静かに受け入れたのだ。
そうして、漸く自身の間違いに気付いた時には、既に2人の間には歩み寄りなど望むべくもない距離が存在していた。
歩み寄ろうと試みる自身を、今度は彼の方から拒み始めたのだ。

分かっている。
彼が自身の心を気遣う余り、傷付けまいとして距離を置こうとしている事も。
恐らくはタントとミラ、更にその子供を殺めたとの自責から、自身と距離を置こうとしている事も。
武装蜂起直前にセインへと語った通り、彼は此方への配慮と自責の念に基き、更に自身から離れてゆく事だろう。
以前の様に共に歩む事など決して望みはせず、自身とは完全に異なる道を選択し歩んでゆくのだ。
分たれた線は、二度と交わりはしない。
交わる事すら、望んではいないのだ。
一方の線がそれを望んでも、残る一方はより離れる事をこそ望んでいるのだから。

『・・・生存者の探索を続行。大型敵性体に対しては、範囲殲滅型の攻撃のみで対処を』

だからキャロは、彼の名を呼ばなかった。
彼がそれを望まない、望んではいけないと考えているからこそ、呼ばないのだ。
キャロの為であれ、或いは彼自身の為であれ、それが彼の選択であるからこそ尊重する。
彼女にとって他の何物よりも彼が大切であるからこそ、彼女と離れる事を選んだ彼の意思を尊重するのだ。

パートナーとして、或いは家族として。
そして、彼に対して好意を寄せ、叶うならば未来を共に歩みたいとまで望んでいた、最も近しい異性として。
彼が何よりも救いを必要としていた時期、自身にはできる事が、すべき事が幾つも在った筈だ。
それにも拘らず彼を避け、その心を癒すどころか引き裂いてしまった自身に、彼の選択を批難する権利など在りはしない。
どれ程までに狂おしく想おうとも、自身が彼の傍に寄り添う事はできない。
それは決して叶わない望み、それ以前に許される事のない望みなのだ。

エリオが、自身に望んでいる事。
それはパートナーとして共にある事ではなく、有能な指揮官として状況の推移を掌握し続ける事だ。
生存者を導く者として、敵対勢力に損害を与える者として。
エリオは自身に、有能な「機構」たれと望んでいるのだ。
それ以外には、何も必要ない。
必要とされてはならない。
彼の本意がどうであろうとも、自身は「それ以上」を望んではならないのだ。
そんな事を望む権利は疾うに、自ら放棄してしまったのだから。

『良いのか?』
『何がです。それより周囲を警戒して下さい。敵性体は、まだ残存しています』

キャロを抱える隊員、彼が気遣う様に放した念話。
彼女は即座に、それを刎ね付ける。
その思考に迷いは、既に存在しない。

『ヴォルテールを、敵性体の密集地に移動させます。各員、周囲の状況を確認後・・・』
『逃げろ!』

それは、突然の事だった。
キャロの念話は、味方の発したそれによって遮られ、次いで閃光と衝撃が全身を襲う。
全身が硬い物質に叩き付けられる感覚、激しく揺さ振られる脳と臓器。
数瞬ほど意識が闇へと沈み、次いで覚醒する。
何も見えず、何も聴こえない。
だが、全身を襲う激痛と共に回復した感覚から、自身が中空を漂っている事だけは理解できた。
視覚および聴覚、未だ回復せず。

『誰か・・・おい、誰か! 聴こえるか? 今の爆発を見たか!?』
『ミサイルだ、今のはミサイルだぞ! ウォンロンのじゃない、速度が速過ぎる! 敵性高速誘導弾、S-04に着弾!』
『E-08、レーザーの連続照射を受けている! 現時点で東側外殻の47%が融解、爆発!』

飛び込む念話、加速する思考。
回復しつつある視界の機能を確かめつつ、キャロは現状の把握に努める。
バイドの新手が出現したのか、或いは。

『バイドじゃない、地球軍だ! R戦闘機を視認した! R-11Sだ!』
『有機構造体、爆発炎上中! ヤタガラスです! R-9Sk2 DOMINIONS、確認!』

地球軍。
その名称を認識すると同時、全ての感覚機能が正常化される。
再び、全身を襲う激痛。
身体を見下ろせば、バリアジャケットの其処彼処が赤く染まっている。

そして彼女の胴部、抱え込む様にして回された右腕。
バリアジャケットの一部を掴む掌から上部へと視線を辿らせれば、その先には上腕部の断面が露となっていた。
恐らくは先程の衝撃によって、キャロを抱えていた隊員の腕部が千切れてしまったのだろう。

鮮血を噴き出す腕部の断面を、暫し呆然と見つめるキャロ。
次いで彼女は、何時の間にか自身の傍らへと展開されていたウィンドウ、その存在に気付いた。
反射的に目を凝らせば、視界を通じて飛び込んでくる生存者の位置情報。
恐らくはウォンロンから直接、ケリュケイオンへと干渉し表示されたものだ。

生存者を示す無数の光点、そしてコールサイン。
それらの内、自身を抱えていた人物のバイタルが健在である事を確認し、キャロは知らず安堵の息を吐いた。
しかし直後、別の疑問と焦燥が彼女の思考を支配する。
1度は完全に抑制した筈のそれ。
未だ燻り続け、ともすれば容易く燃え上がる感情。
それに流されるがまま、キャロはその言葉を口にせんとして。

「エリオ君・・・ライトニング01は・・・ッ!?」

直後、キャロの身体は紙の如く吹き飛ばされた。
彼女の華奢な身体に掛かる、明らかに負荷限界を超えた風圧、そして遠心力。
突然の事態に思考が停止するも、視界の端に映り込んだ光景がそのまま記憶へと焼き付く。
青白い閃光の爆発、恐らくはR戦闘機の波動砲による砲撃。
キャロは、その砲撃の余波を受けたのだ。
そうして数秒、或いは後十秒後。
飛翔魔法により漸く身体の回転が収まった頃、キャロの身体は其処彼処に深刻な損傷を負っていた。

右上腕部、感覚麻痺。
胸部に鈍痛、呼吸困難。
咳込むと同時に口部へと当てた掌には、瞬く間に鮮血が溢れ返る。
臓器損傷、それもかなり深刻な度合いらしい。
折れた肋骨が、肺に突き刺さっている可能性が高い。

「は・・・あ、が・・・!」

言葉を口にしようとするも、声を出す事ができない。
そればかりか呼吸を繰り返す度、徐々に胸部が内側より圧迫されてきている。
間違い無い。
肺に開いた穴から空気が胸腔内へと漏れ出し、他の臓器を圧迫しているのだ。
緊急性気胸。

再び咳込むキャロ。
その際の苦しさは、先程の比ではなかった。
呼吸ができない。
喉の奥から血が溢れ、赤黒い飛沫となって無重力中へと吐き出される。
苦しさの余り、何時しかキャロの双眸からは、涙が止め処なく零れていた。

明確に迫り来る、死という終焉。
だが状況は、彼女がショック死するまでに要する僅かな時間、それすらも与えてはくれなかった。
閃光に照らし出される闇の奥、群れを成し渦と化した、数十体もの小型敵性体の影が浮かび上がる。
巨大な挽肉機と化したそれが、キャロを呑み込むべく徐々に迫っていたのだ。
彼女はしかし、十数秒後には自身を微塵と化すであろう刃の壁を、回避する素振りすら無く諦観と共に見詰めていた。
キャロは冷徹に、回避の為の行動を起こすには、既に手遅れであると判断。
飛翔速度は負傷により大幅に減ぜられ、縦しんば回避を実行したとしても、敵性体群は軌道を僅かに修正するだけで事足りる。
逃れる術など、もう残されてはいない。

「エリオ、君・・・」

期待に、応えられなかった。
共に在る事が許されないのならば、せめて期待された役目は果たさねばと誓っていた。
なのに、それさえも果たせなかった。
何処までも惨めで、無意味で、愚かしい。
笑える程に滑稽な最期だ。
パートナーに対する裏切者には、相応しい終わり方かもしれない。

でも、これだけは。
せめてこれだけは、祈らせて欲しい。
大切な人に全てを押し付けてしまった、馬鹿な自分に残された、たった1つの願い。

どうか、幸せになって欲しい。
全てが終わったならば、役立たずの事など忘れて。
今度こそ、本当に信頼できるパートナーと共に。
そして、出来得るならば直接、自らの口で伝えたかった言葉。

「ごめんね・・・」

眼前まで迫った、敵性体群の渦。
キャロは咳込みながらも、静かに瞼を下ろす。
そして衝撃、閉ざされた視界の内に白い光、次いで雷鳴の様な轟音。
自身が吹き飛ばされている事を実感し、考えていた程のものではないな、と訝しく思うキャロ。
身体は、まだ激しく揺さ振られている。
だが、胸部と背面に何かが触れている事を感じ取れた。
知らず安堵を覚える温かさを備えたそれは、宛ら人の身体であるかの様に感じられた。
流れ出た血液の温度を誤認しているのかと、キャロは僅かに瞼を押し上げる。

「・・・え?」

そして、開かれた視界に映り込んだもの。
見慣れたバリアジャケットの肩口、鮮血に塗れ、黄金色の魔力残滓を纏ったそれ。
自身が目にしているものを信じられず、キャロは驚愕に目を瞠った。
同時に、心底より湧き上がる仄かな期待と、それを遥かに上回る恐怖。
相反する2つの思考が、彼女の意識内で鬩ぎ合う。

これは、きっと彼だ。
本当に、そうなのだろうか。
このバリアジャケット、間違いない。
彼が来る筈がない。
来てくれた、嬉しい。
共に在る事など許されないと、そう自身に誓った癖に。
もう一度、最期にもう一度だけ、彼の顔を。
止めろ、見るな、もし彼でなかったら。

「キャロ」

その声が聴覚へと飛び込んだ瞬間、其処が限界だった。
堪え切れず、キャロは顔を上げる。
果たして其処には、此方を見下ろすエリオの顔が在った。
声にもならぬ震えた吐息を漏らすキャロに、エリオは感情に乏しい眼差しを向けている。
そして、続く言葉は。

「ごめん」



直後、キャロの胸部には、ストラーダの矛先が突き立てられていた。



「エリオ・・・」
「ごめん、キャロ」

軽い衝撃、そして胸部から拡がる鈍い痛み、鉄の臭い。
だがキャロは、安堵と共にエリオの名を呼び、その顔に淡い笑みを浮かべる。
同時に彼女は、エリオが満身創痍としか形容できない、余りにも凄惨な傷を負っている事に気付いていた。
左右の脚部が半ばから切断、或いは原形すら残さずに破壊されている。
背面に回されている左腕も、感触からするに半ばより先が失われているのだろう。
それに気付いたからこそ、彼の行動を僅かな疑問すら無く受け入れる事ができたのだ。

エリオは、これ程までに傷付きながらも、自らの任務を放棄しなかった。
なのに、自身は役目を果たせず、こんな処で死の淵に瀕している。
そんな役立たずは、必要無いという事だろう。
否、彼の事であるから表層は兎も角として、内心はそうではないだろう。
恐らくは此方を放っておけず、しかし救う手段も無い事から、せめて苦しまずに逝かせるべきと考えたのかもしれない。
どちらにせよ、有り難い事だ。
バイドや地球軍に殺される事に比べれば、何と幸せな最期だろうか。
どうせ、数分の内に消える生命なのだ。
報いを受けられた事は、望外の幸運である。
このまま、意識を閉じて、そのまま。

「もう大丈夫」

エリオの声。
ふと、キャロは違和感を覚えた。
胸腔内部より生じていた圧迫感が、唐突に消え失せたのだ。
胸部の鈍痛こそ残ってはいるものの、既に呼吸の際に伴う苦痛は大分に薄れている。

「・・・手荒なやり方でごめん。ストラーダで胸部穿孔をやったんだ。大丈夫、臓器は外してる・・・素人治療だけど、他に方法が無かったから」
「何で・・・」
「喋らないで、まだ胸に穴が開いてる・・・小指くらいの。医療魔法で、傷を塞いで。今なら瞬きする間に治る」

エリオの言葉に従い、霞み掛かった意識ながらも医療魔法を発動させるキャロ。
但し、医療対象は自身ではなかった。
彼女が対象と定めた存在は、満身創痍のエリオ。
キャロは自身の治療よりも、エリオの負傷を癒す事を優先したのだ。
だが、その結果は全く予想外のものとなった。

「あ・・・」
「凄いな」

エリオ単体に対して発動した筈の医療用結界が、完全に2人の周囲を覆ってしまったのだ。
結果、完治はしないまでも、急速に癒えてゆく双方の身体。
やはり、異常な治癒速度だ。
数秒の内に胸部の鈍痛、そして違和感までもが消え去り、全身の細かな傷までもが忽ちの内に癒える。
リンカーコアの出力が増大している、それだけでは説明の付かぬ現象だ。
だが、如何なる理由であろうと、身体の違和感が大幅に減じた事だけは確かである。
微かに咳込み、口許の血を拭うと、キャロは改めてエリオを見やる。
自然と零れる、疑問の言葉。

「どうして・・・此処に?」
「管制室との連絡が途絶えてから、外部の状況が其方に伝わっていない可能性を考えたんだ。あの敵性体の情報も伝える必要が在る、と思ったんだけど」

エリオは言葉を切り、視線を上げる。
つられて彼と同じ方向を見やれば、闇の彼方に浮かび上がるベストラの外殻。
闇の中で巨大構造物を照らし出す光源は、外殻の至る箇所より撃ち上げられる直射弾と魔導砲撃、更には無数の質量兵器群が放つ砲火、そして無数の爆発。
その中でも一際巨大な紅蓮の閃光は、ヴォルテールが放つギオ・エルガだ。

だが直後、外殻から幾分手前の空間で、紫電の光が爆発する。
衝撃、そして防音結界が意味を成さない程の轟音。
エリオがストラーダによる姿勢維持を行っている為か、2人は僅かな距離を吹き飛ばされる程度で済んだ。
再度に視線を向けた外殻上では、撃ち上げられる攻撃の密度が明らかに低下している。
先程の閃光、恐らくは波動砲による砲撃であろうが、外殻を狙ったものではなかったらしい。
しかし、その余波は外殻上に展開する此方の戦力、それらを害するには十二分なものであったのだろう。
直接的に狙われたのであろう敵性体群は、文字通り塵すらも残されてはいまい。

「思い上がりだったみたいだ。これ以上なく上手くやっているよ・・・地球軍さえ出てこなければ、もっと良かったんだけど」
「どうして?」
「だから、情報を・・・」
「どうして・・・?」

其処で漸く、エリオも気付いたのだろう。
キャロが、今にも泣き出しそうな表情をしている事に。
余程に想定外の事であったのか、戸惑いの表情を浮かべるエリオ。
だがキャロには最早、彼の動揺を気遣うだけの余裕は無かった。

どうして、来てしまったのだ。
共に在れないから、傍には居られないから、自らの意思で歩み寄る事を諦めたというのに。
どれ程に望んでも叶わぬ願いだから、二度と陽の当たらぬ奥底へ封じ込めてしまおうと思っていたのに。
彼と共に在れない事を考えるだけで、彼の心を踏み躙ってしまった事を思い出すだけで。
それだけで、死んでしまいたいとまで思った事すら在るけれど。
それでも、如何なる形であれ、彼が自身に生きる事を望んでいるのだから。
せめて、彼の望むキャロ・ル・ルシエとして。
自身の生命すら秤に掛ける事のできる、優秀で冷徹な指揮官であろうと誓ったのに。

「キャロ・・・?」
「どうして・・・っ!」

今なら、間に合う。
一言、たった一言。
自身が望む言葉を、言ってくれるだけで良い。
否、同じ意味なら、どんな言葉でも良い。
指揮を執れ、味方と合流しろ、竜達を動かせ、迎撃を続行しろ。
此処に居るな、戦場に向かえ。
そう言ってくれれば、1人でも戦える。
彼がそう言ってくれるのならば、たった独りでも歩んでいける。
彼が、そう願うのならば。

「どうしてッ!」
「キャロ」

頭頂部に置かれる手。
エリオの右手だ。
思わず言葉を止めるキャロの目前、困った様な笑みを浮かべているエリオ。
そして、彼が告げた言葉。



「間に合って、良かった」



滲み、ぼやけるエリオの顔。
もう、耐えられなかった。
大粒の涙が頬を伝い、零れ落ちている事を感じながら、キャロは声を上げて泣く。
戦場の直中に在りながら、周囲は異様なまでに静かに感じられた。
無数の閃光が爆発し、リンカーコアに異常な負荷が掛かる程の魔力の余波を感じ取りながらも、それら全てが存在しないかの様に泣き続ける。
自身が何かを叫んでいる様にも思えたが、如何なる言葉を紡いでいるのかは当のキャロにも分からない。
ただ、胸中に渦巻いていたあらゆる感情、その全てをぶつけているのだという事だけは理解していた。

エリオは、何も言わない。
彼は無言のまま、自身の胸に顔を埋めて叫び続けるキャロ、その髪を撫ぜ続けていた。
何時かのスプールス、タントやミラと共に過ごした優しい時間。
その時に触れたものと寸分違わぬ、優しい手。
だからこそキャロは、更に声を上げて叫び続ける。
彼の表情、彼の目、彼の言葉、彼の声。
其処に込められた真意を理解してしまったからこそ、更に増す涙と共に泣き続ける。

彼は、自身が指揮官である事など、望んではいない。
殺し合いの直中に身を置く事など、望んではいないのだ。
彼が望んでいる事は、余りにも優しく、しかし余りにも残酷な事。

生きていて欲しい。
それがキャロに対する、エリオの願い。
出来得るならば戦いの場を離れて、幸福に生きて欲しい。
何ともありふれた、しかし如何にも彼らしい、優しく温かい願い。
何時か2人が共に願った、何時か未来に訪れるであろう日々を想う、幸せな祈り。
嘗てと同じそれを、彼は今も願い続けていてくれたのだと、キャロは悟った。
だが、その願いは優しくも、同時に最も残酷な形へと変貌を遂げていたのだ。

エリオが思い描く、自身の幸福。
その傍には、彼が居ない。
彼の存在が、何処にも無いのだ。
此方の幸せを願いながら、その隣に彼自身が寄り添う事など有り得ないと、そう結論付けてしまっている。
それが、此方を疎ましく思っての結論ならば、どれ程に救われた事か。
此方を見やる、彼の目。
その眼差しは嘗てと何ら変わり無く、未だに自身を、護るべき人、大切な人として捉えているそれ。
それ程に此方を想ってくれている癖に、此方が彼を想っている事すら知っている癖に。
彼を傷付けてしまった事を悔いている事にさえ、疾うに気付いている癖に。

彼は、それを受け入れられない。
彼は、恐れている。
共に在る事を受け入れてしまえば、二度と槍を振るう事など出来ぬと。
タントやミラ、その子供の生命を奪いながら、それを悔いる事も出来ぬ自身。
家族同然であった人々の死を悼む事すらできぬ自身が、大切な人の想いを受け入れる事が出来ようか。
縦しんば想いを受け入れ、自身が彼等の生命を奪った事を悔いてしまったならば、それ以後に槍を振るう事など出来る訳がない。
そうなれば自身は、間違い無く過去の罪に押し潰される。
自身の槍を振るい、大切な人を護る事すら出来なくなる。
その恐怖に、彼は全霊を以って抗っているのだ。

だからこそ、彼は。
護る為に。
只管に、護る為に。
「キャロ・ル・ルシエ」を護る槍、それを振るい続ける意思を失わないが為に。
「エリオ・モンディアル」はいずれ、自分の傍から消える心算なのだ。

「・・・ごめんね、キャロ」

優しい声。
これまでの距離を埋めようとするかの様に、キャロはエリオの胸で泣き続ける。
不思議と彼女には、今のエリオの胸中が我がものであるかの様に理解できた。
そして同時に、エリオもまた自身の心を覗いているのだと、そう確信している。
理由は解らないが、知ろうとも思わない。

離れていた心は繋がった。
だが、其処に浮き彫りとなったものは、決して共に歩む事の出来ぬ未来だけ。
2人が離れる未来を、エリオは納得尽くで受け入れているのだ。
だが、キャロはそうではない。
納得などしておらず、する心算もない。
2人の想いは、擦れ違ってなどいないのだ。
ならば何故、離れなければならないというのだ。
そんな答えなど、納得できる筈がない。

だからこそ、彼女は誓う。
波動粒子にも似た青い光の粒子が舞い踊る中、言葉にならない嗚咽を零しながらも、涙に濡れた目で以ってエリオを睨み据えるキャロ。
そうして、驚いた様な表情を浮かべる彼に向かい、宣言する。
声と、念話と、繋がった心と。
それら全てで以って「宣戦布告」を行うのだ。

「槍なんて振るわなくていい! 護る事だってしなくていい! ただ傍に居てくれれば、それだけでいい!」
「キャロ・・・?」
「エリオ君は何も悪くない! タントさんやミラさんの事だって、誰の所為でもない! 何もかもみんな、あの星と管理世界から始まった事なのに! ずっと未来の、まだ生まれてもいない人達から始まった事なのに!」
「キャロ、落ち着いて・・・!」
『離れなきゃ護れないのなら、護らなくていい! そんな幸せ要らない! 貴方を傷付けながら生きて往くくらいなら、此処で死んでしまった方がいい!』

双方の声は次第に、音とは異なるものへと変貌してゆく。
だがキャロは、気付かない。
熱に浮かされた様に叫び続ける彼女は、周囲の空間そのものが歪み始めた事ですら、知覚の外へと追い遣っている。
急激に高まる、空間中の魔力密度。
火花の如く弾ける、青い魔力素の光。

『そうでなければ駄目なの!? 誰かが戦わなければ、他の誰かが幸せになる事すら許されないの!?』
『キャロ、止めるんだ!』
『そんな世界なんて要らない! 誰かが不幸にならなきゃ存続できない世界なんて、護りたくない! そんな世界、私は絶対に認めない! そんな、そんな・・・!』

其処で、何かに気付いたのだろう。
エリオは、その表情に焦燥の色を浮かべ「両手」でキャロの肩を掴んだ。
彼が目にしている光景、それはキャロにも「伝わって」いた。
彼の視覚が、聴覚が、意識が。
余りにも鮮明に、宛ら我がものであるかの如く、キャロの意思へと投影されている。

より広範囲に亘り可視化する空間の歪み、キャロの周囲へと集束する青い光の粒子。
何らかのエネルギーが、彼女を中心として集束を始めていた。
周囲を埋め尽くす、青白い光。
その光景は、余りにも似過ぎている。
波動砲、波動粒子の集束。
此処だけでなく、背後のベストラ外殻上、その其処彼処でも同様の現象が起こっているらしい。
外殻上の数十ヶ所で、青白い光が膨れ上がっている。
異常な光景を視界へと捉え、驚愕と焦燥の念を抱くエリオ。
そしてキャロもまた、エリオの意識を通じて、その光景を認識していた。

それでも、彼女の言葉は止まらない。
彼女の「願い」は止まらない。
そして、極限まで圧縮された魔力素、無数の青い魔力球が周囲の空間を埋め尽くした、その瞬間。



『そんな世界、壊れてしまえばいい!』



閃光と共に、世界が「壊れた」。

*  *


閃光と共に消滅する、ドブケラドプスの幼体。
自身の背後に位置していたその個体は、遠方より放たれた直射魔導砲撃の直撃を受け、僅かな塵すら残さずに消失したのだ。
光条が消え去った後、残されたものは僅かに漂う魔力素の粒子のみ。
僅か1秒にも満たぬ事態の推移を、彼女は咄嗟に背後へと振り返ろうとした姿勢のまま、呆然と見つめていた。

『・・・大丈夫だったか?』

意識へと飛び込む念話。
砲撃を放った魔導師からのものだ。
此方を気遣いつつも何処かしら戸惑いの色を含んだそれに、彼女もまた若干の混乱を滲ませた念話で以って返す。
ただ、その内容は問い掛けに対する返答ではなく、相手に対する新たな問い掛けだった。

『どうやって、気付いた?』

それが彼女、ヴィータの脳裏に浮かんだ疑問。
急激な魔力出力の上昇、それに伴う一時的な感覚の混乱。
その現象は、彼女に致命的な隙を生じさせるには、十分に過ぎるものであった。
そうでなくとも、ベルカ式魔法の使い手であるヴィータは、高速にて飛翔する小型敵性体群への対処に手間取っていたのである。
僅かな集中の乱れは、遂に最悪の事態を招いてしまったのだ。

背後、排水口が詰まった際のものにも似た、不快な異音。
頭部を廻らせ、視界の端にそれを捉えた時には、既に事態は手遅れだった。
ドブケラドプス幼体、背後に占位、砲撃態勢。

しかし、極強酸性体液の奔流が、ヴィータを襲う事はなかった。
突如として空間を貫いた、直射魔導砲撃。
なのはのディバインバスターにも匹敵するそれが2発、僅かに数瞬の差異を以って飛来したのだ。
幼体は先ず下半身を、次いで残された上半身を消し飛ばされて消滅。
そうして、ヴィータは砲撃が飛来した彼方へと視線を遣り、今に至る。

気付く筈がないのだ。
ヴィータは念話を発しつつ戦闘を行っていた訳ではなく、咄嗟に援護を求める事など不可能であった。
そして、周囲の其処彼処で戦闘が行われてはいたものの、混乱の中で味方との連携など保たれてはいなかった。
偶然にヴィータの危機を目にしたのだとしても、それこそ彼女と殆ど同時に敵性体の存在に気付かなければ、あのタイミングでの砲撃など不可能である筈だ。

だが、彼は気付いた。
信じ難い事ではあるが、彼はヴィータとほぼ同時に敵性体の存在を察知し、反射的に砲撃を放つ事で彼女を危機的状況より救い出したのだ。
本来であれば、戦闘の最中に起こった幸運な偶然で片付けられる、その程度の出来事。
しかし、それが決して偶然などではない事に、ヴィータは気付いていた。

『お前、さっき「避けろ」って言ったか?』
『アンタ「ヤバい」って叫ばなかったか?』

双方より同時に発せられる問い。
その内容に、ヴィータは独り納得すると同時、驚愕を覚える。
やはり、気の所為などではなかった。
砲撃の主はヴィータの意識を読み、ヴィータもまた相手の意識を読み取っていたのだ。

『何だ、こいつは。念話の術式が暴走でもしたか?』
『そんなの聞いた事も無い。やっぱり、この青い魔力素が原因か』

念話を交わしつつ、ヴィータは周囲へと視線を奔らせる。
自身の周囲へと纏わり付く、青白い光を放つ魔力素の粒子。
何時からか身体へと帯び始め、次第に密度を増しゆくそれに対し、しかし何故か警戒感を抱く気にはなれなかった。
それどころか、密度が高まるにつれリンカーコアの魔力出力は更に増大し、更には全身の傷までもが癒え始めたのだ。

『本当に何なんだ、コレ・・・リンカーコアの出力増大も、ひょっとしてコイツが原因なのか』
『知るか、そんな事。大体、悪影響どころかこっちが有利に・・・敵機、接近!』

瞬間、またしても混濁した意識中に映り込む、白い機体の影。
「R-11S TROPICAL ANGEL」
ランツクネヒトの機体、ヴィータの背後から突進してくる。

「くそッ!」

悪態をひとつ、反射的に飛翔魔法を発動、瞬時に20m程を移動し衝突を回避するヴィータ。
巨大な風切り音と共に、宙空を突き抜けてゆくR戦闘機。
ヴィータは衝撃に吹き飛ばされながらも、咄嗟に鉄球を構築しグラーフアイゼンを叩き付ける。
シュワルベフリーゲン。
常ならば4個までである鉄球の同時構築数は、瞬間的な生成にも拘らず30を優に超えていた。
それらの鉄球はハンマーヘッドが打ち付けられるや否や、ライフル弾の如き速度で射出されR戦闘機を追う。

R戦闘機群の機動は、妙に鈍い。
真相は定かではないが、何らかの制約が掛かっているかの様に、以前の常軌を逸した機動性が鳴りを潜めている。
しかし、如何にR戦闘機群の機動性が異様なまでに落ち込んでいるとはいえ、鉄球の速度はR-11Sへと追い縋るまでには到らない。
瞬間的に亜光速へと達するような異常極まる機動こそ行わないものの、閉所ですら音速の数倍で飛行可能という信じ難い速度性は未だに健在なのだ。
鉄球が苦も無く引き離され、瞬く間に振り切られた事を確認するや否や、再度ヴィータは悪態を吐いた。

「くそったれ!」
『諦めろ。あれを撃ち墜とすには最低でも極超音速クラスのミサイルを用意するか、さもなきゃクラナガンみたいに砲撃魔法の乱れ撃ちでもするしかないぜ』
「じゃあやれよ! お前も砲撃魔導師だろうが!」
『たった1人で乱射なんぞできるか。こっちは機械じゃないんだ、タイミングを合わせるのだって一苦労なんだぞ』
「だからって・・・ああ、クソ!」

またもや、闇の彼方に白い影。
防音結界をも無効果する程の轟音が周囲を埋め尽くし、至る箇所で波動粒子と魔力素の青い光が爆発、明滅を繰り返している。
どうやらR戦闘機群は有機構造体の奥より押し寄せる無数のバイド生命体群を殲滅しつつ、折を見てベストラへと攻撃を加えているらしい。
詰まる所、此方との交戦は片手間で事足りると判断されているのだ。
その事実が、ヴィータには面白くない。

「畜生どもめ・・・」

忌々しげに呟き、自身の頭部を上回る大きさの鉄球を構築する。
コメートフリーゲン。
炸裂型の大型鉄球を打ち出し、制圧攻撃を行う中距離射撃魔法。
だが、嘗てはあらゆる敵に対し暴威を振るったこの魔法も、R戦闘機が相手では分が悪い。
幾らリンカーコアが強化されていようとも炸裂範囲の拡大には限界が在り、それこそ超高速性と高機動性の双方を有するR戦闘機群に対しては、半ば運任せで起爆する以外には運用の手立てなど無いだろう。

「もっと派手に吹っ飛ばせりゃあ・・・」

知らず、零れる呟き。
更なる爆発力、効果範囲が欲しい。
巨大な、それこそ空間を埋め尽くすほどの爆発を起こせるのならば、撃墜には到らずとも1機か2機の敵機に損害は与えられるだろうに。

「え・・・?」

瞬間、自身の周囲、膨大な量の魔力が集束する感覚。
突然に襲い掛かった異常な感覚に驚き、ヴィータは周囲を見回す。
何も変わりは無い、阿鼻叫喚の戦場。
今の感覚は何だったのかと、視線を正面へと戻す。

「何だ・・・」

それは、気の所為であったのか。
宙空に浮かぶ鉄球、自身が生成したそれが、青白く発光していた様に見えたのだ。
しかし、それも一瞬の事。
幾ら凝視しても、其処には何の変哲もない黒々とした鉄球が浮かんでいるだけだ。

「まさか、だよな・・・?」

恐る恐る、自らが生み出した鉄球へと触れる。
冷たい。
その単なる鉄球からは、自身が込めたそれ以外には魔力を感じ取る事ができなかった。
次の瞬間、頭上から襲い掛かる爆音。
反射的に上を見やれば、どうやら第17層外殻周辺にミサイルが着弾したらしい。
外殻上から噴き上がる業火、散発的な魔導弾の応射。
そして、外殻上を舐める様にして飛行し、次いで離れゆく白い影。
その光景を目にし、ヴィータは自身の迷いを強引に振り払う。

「あの野郎ッ、逃がすか!」

瞬時に鉄球から距離を置きつつ、グラーフアイゼンをギガントフォルムへと移行。
闇の奥に浮かび上がるR戦闘機の機影は、再び外殻上へと接近しようとしている。
此方の行動に気付かない事など有り得ないのだが、特に回避行動へと移行する様子は無い。
直撃などする筈もなく、縦しんば炸裂型であったとしても、効果範囲に捉えられる虞は皆無。
そう、判断されたのだろう。
ヴィータの意識を塗り潰す、憤怒と殺意。
彼女は、その負の感情に駆られるがまま、圧倒的質量の鉄槌を振り被る。
そして、咆哮。

「くたばれぇぇェェッ!」

魔力により強化された渾身の力で以って、巨大なハンマーヘッドが振り抜かれる。
大気を押し退けて空を引き裂いたそれは、鉄球を打撃面の中心へと的確に捉え、火花と轟音とを撒き散らしつつ砲弾の如く打ち出した。
ヴィータの魔力光による赤い光の尾を引き、闇の彼方へと消えゆく鉄球。
しかし、質量兵器の弾速には到底及ばぬ速度のそれを、R-11Sらしき影は苦もなく回避し、更に爆発効果範囲より容易に脱してしまう。
判り切っていた結果とはいえ、悔しさに表情を歪めるヴィータ。
その、直後。

「な、うあッ!?」



核爆発もかくやという閃光が、ヴィータの視界を完全に覆い尽くした。



「うあああぁッ!」

意識を破壊せんばかりの爆音、襲い来る巨大な衝撃と圧力の壁。
ヴィータは数百mに亘って吹き飛ばされ、漸く姿勢の安定に成功する頃には、既に意識が朦朧としていた。
だが、その意識を覆う霞さえも異常な治癒速度によって、身体異常と共に数秒で拭い去られてしまう。
そうして、再度に覚醒したヴィータは、改めて眼前に出現した爆発の残滓へと意識を向けた。
其処で、気付く。

「おい、まさか・・・」

視界を覆い尽くす、爆炎の残滓。
それは、想像していた様な紅蓮の炎ではなく、波動粒子にも似た青白い炎によって形成されていた。
そして、物理的な痛覚すら伴ってリンカーコアを圧迫する、余りにも膨大に過ぎる量の魔力素。
時折、残された業火の間を奔る紫電の光は、炎と化した青白い魔力素が結合して発生した魔力性の放電らしい。

そして、何よりも信じ難い事実。
周囲へと拡散する爆炎の一部、青白い光を放つ魔力残滓。
それらは紛れもなく、ヴィータ自身の魔力を内包していた。
青白い光を放つ粒子が消えゆく際に、明らかにヴィータの魔力光と判る、赤い光の残滓が拡散しているのだ。

「アタシが・・・やったのか? あの爆発が?」

呆然と、周囲を見回すヴィータ。
明らかに混乱していると分かる念話が間を置かずに飛び交い、現状を把握しようと各方面から報告が押し寄せる。
全方位へと発せられるそれらを拾いつつも、ヴィータは行動を起こすでもなく硬直していた。

『今の爆発は魔力か、誰がやったんだ!?』
『R戦闘機が爆発に巻き込まれたぞ! 誰か、敵機の状態を!』
『報告! R-11S、1機の撃墜を確認! バラバラだ、跡形も無い! もう1機が爆発に巻き込まれた様だが、そっちは逃げられた!』

R-11S、1機を撃墜。
その事実が、混乱へと更に拍車を掛ける。
だが状況はヴィータに、何時までも呆けている事を許しはしなかった。

『後ろだ、馬鹿!』

三度、意識の混濁。
ヴィータの背後、R-11S接近中。
相も変わらずの高速性だが、先程と比較すると幾分か遅く感じられる。
装甲の破片を撒き散らしている事から推測するに、恐らくはコメートフリーゲンによる爆発に巻き込まれたという、もう1機のR-11Sなのだろう。
幾分か速度が落ちている事から、回避は可能であろうと思われた。
だが、飛翔魔法を発動した直後に、予想外の衝撃がヴィータを襲う。

「あ、がッ!」
『おい!?』

電磁投射砲だ。
R戦闘機に標準装備されている、機銃型兵装。
波動砲への警戒が先行し、この兵装の存在を失念していたのだ。
そう思い至った時には、ヴィータの背面はバリアジャケットごと切り裂かれていた。
直撃ではなく、弾体通過の余波によるものだ。
縦しんば弾体が直撃していれば、今頃ヴィータの身体は粒子にまで細分化されていた事だろう。

「う・・・う・・・!」
『後ろに飛べ!』

念話での警告。
ヴィータは背面の激痛に呻きながらも、警告に従い咄嗟に後方へと飛ぶ。
直後、眼前を掠める、余りにも巨大な青い砲撃。
轟音に聴覚が麻痺し、撒き散らされる衝撃波によって更に後方へと弾かれつつ、ヴィータはそれが波動砲による砲撃であると判断する。
しかし、違和感。

何故、R-11Sとは反対の方向から、波動砲が放たれたのか。
他のR戦闘機による砲撃であったとして、波動粒子弾体が突き進む方向には、先程ヴィータを攻撃したR-11Sが飛行中である。
これでは、宛らR戦闘機を狙っての砲撃ではないか。
心中に浮かんだ疑問にヴィータが行動を起こすよりも早く、その答えは味方からの念話によって齎される。

『R-11S、更に1機の撃墜を確認! 今の砲撃は何だ、誰が放ったんだ?』
『さっきの爆発と同じ魔力光だ!』
『魔力残滓が緑色よ。爆発の時とは別人だわ』

それら念話の内容にヴィータは数瞬ほど呆け、次いで砲撃が飛来した方向へと視線を向けた。
その方向には、先程からヴィータとの間で意識の混濁を生じている砲撃魔導師、彼が居る。
推測ではなく、確信だ。
意識の混濁は続いており、半ば混乱している彼の思考までもが、この瞬間もヴィータの意識中へと流入しているのだから。

『・・・今の、お前の砲撃か?』
『その言葉からすると、さっきの爆発はアンタで間違い無いんだな?』

交わす念話は、それだけで済んだ。
同時に互いが、一連の現象について確信を得た事を知る。
コメートフリーゲンの爆発も、先程の砲撃も。
第三者からの介入によって、本来ならば有り得ない爆発力の付与、射程および破壊力の増大が為されていたのだ。
あの大量の魔力素、誰のものでもない青白い魔力光。

『・・・もう退がった方が良い。背中をやられてるんだろ? 治癒能力が向上しているとはいえ、医療魔法も無しじゃ遠からず死ぬぞ』
『要らねえよ。アタシは他人とは、ちょっとばかり身体の造りが違うんだ』
『成る程。ヴォルケンリッター、魔法生命体か』

自身の正体に関する発言。
だが、ヴィータは動じない。
意識の混濁が更に深部へと及び始めている現状、いずれは知れる事と予測していたのだ。
更に言えば、相手の素性もまた、ヴィータの知る処となっている。
隠蔽しようと望めば、恐らくは可能なのだろう。
だが、相手は特に隠す処も無く、情報を曝け出している。
ならばヴィータも、自身に関する情報を隠す気にはならなかった。
何より、この状況下で互いの素性を知った処で、其処に何の意味が在るというのか。

『そういうお前は、反管理局組織か。潜入工作とは恐れ入るぜ』
『元、だけどな。今となっては宿無しだよ。それよりアンタの身体、今じゃ殆ど人間と同じになってるんだろ。さっさと戻って治療を受けろよ』
『要らねえって言って・・・おい、どうした?』

突然、相手の意識がヴィータから逸れる。
互いの意識が剥離した事から推測するに、どうやら高次元での意識共有を維持する為には、常に互いの存在を認識しておかねばならないらしい。
そして数秒後、再度に意識が共有される。

『ああ、その・・・たぶん、問題発生だ』
『何がだ・・・いや、いい。こっちにも見えてる。確かに大問題だ』
『だろ?』

ヴィータは背後へと振り返り、巨大有機構造体の壁を見やった。
共有される視界、総合的に齎される各種情報。
無数の念話が、慌しく奔り始める。

『あれは・・・嘘だろ、何でこんな時に!』
『警告! 総員、直ちに北部外殻近辺より退避せよ! 未確認大型敵性体、接近中!』
『未確認? 新種の敵性体か?』

闇の中に蠢く、赤い光。
鋼色の異形が時折、構造物の陰より覗く。
ヴィータは、確かにそれを見た。
何かが、此方を覗き込んでいる。
有機構造体の奥、得体の知れない存在が、此方の動きを窺っているのだ。

『おい、何なんだ!』
『分からない。だが、あの奥に何かが居る・・・くそ、幼体だ! 幼体の群れが出やがった!』
『私達にも見えています! 砲撃が来る!』
『射線上の連中、こっちの考えは通じているよな? 其処を退け、撃つぞ!』

無数に交わされる念話、それらの内容。
やはり其処彼処で、味方間での意識共有が発生しているらしい。
そして、外殻上より放たれる、無数の魔導砲撃。
それら全てが青白い光を放ち、Sランクの砲撃魔導師ですら在り得ない程の、魔導兵器による砲撃にも匹敵する魔力の奔流となって、敵性体群へと襲い掛かる。
更に数秒後、着弾した砲撃が連鎖的に炸裂。
信じ難い範囲での魔力爆発が、有機構造体すらも細分化してゆく。
その光景を前に、ヴィータは堪らず叫んでいた。

「何なんだよ、これは! アタシ達に何が起こってるっていうんだ!?」
『知らねえよ! クソッたれ、身体が魔力炉にでもなった気分だ!』
『敵性体、更に接近中・・・駄目です、多過ぎる!』

魔力爆発によって殲滅された幼体群。
だが構造体の奥からは、更なる敵性体群が迫り来る。
その総数は、これまでに撃破した敵性体の総数、それすらも上回るだろう。
バイドが有する、無尽蔵の模倣能力。
その脅威が、眼前へと迫り来る。
R戦闘機群は2機が撃墜された事により、バイドと此方を潰し合わせる方針へと移行したのか、何処かへと消え事態を傍観しているらしい。
魔導資質が強化されているとはいえ、既に状況は生存者の手による対応が可能な範囲を逸脱していた。

『退却だ! 総員、ベストラより離脱しろ!』
『それで何処へ行けっていうんだ? ウォンロンはどうした、外部からの救援は?』
『ウォンロンは後方より出現した敵性体群と交戦中、外部艦隊による救援は絶望的だ!』
『おい、聞いてなかったのか? 向こうは駄目だ、挟み撃ちになってしまう!』
『それなら何処へ!?』

ヴィータは、ハンマーフォルムとなったグラーフアイゼンを肩に担ぎ、深い溜息を吐く。
彼女は、疲れていた。
これからどうすべきかと思考し、主の許へと戻ろうかと思い立つ。
事態が好転する様子など無く、この場を生きて切り抜けられる可能性は限りなく低い。
ならば最後くらいは、はやてと共に在ろうかと考えたのだ。
だが、その思考は思わぬ声によって中断する事となった。

「随分と悲観的な考えですね、副隊長」

背後から響いた声に、ヴィータは咄嗟に振り返る。
其処に、彼女は居た。
無重力中に漂う、赤味掛かった栗色の髪。
右手には拳銃型のデバイス、白と黒の配色が施されたバリアジャケット。
醒めた様に此方を見つめる、紺碧の瞳。

「気弱になっているんですね。似合いませんよ」



嘗ての部下、ティアナ・ランスターが其処に居た。



「ティアナ、お前・・・」
「ああ、キャロから聞いているんですね。御蔭さまで無事、戦線に復帰できました」

ヴィータの声に対し、身動ぎすらせずに答えるティアナ。
彼女の素振りに重傷を負っている様子は無く、キャロから聞かされていた負傷は既に完治しているものと思われた。
だが、それとは別の違和感が、ヴィータの胸中へと生じている。

「お前、何で・・・」
「私の意識が読み取れない理由ですか? 簡単です。この現象を起こしているのは、他ならぬ「私達」だからです」
「私達?」

轟音、絶叫。
有機構造体の方向へと振り返るヴィータ。
先の砲撃によって構造体の一部が千切れ、其処から無数の敵性体が此方へと押し寄せて来る。
宛ら洪水の様に迫り来る敵性体群の影に、ヴィータは他の念話を全て無視してティアナへと叫ぶ。

「訳の解らない事ばかりだけど、話は後だ! とっとと此処からずらかるぞ!」
「いいえ、その必要は在りません」

思い掛けない否定の言葉。
思わずその場に留まり、ティアナの顔を見つめるヴィータ。
相変わらず、感情の読めない瞳で以って此方を見やるティアナは、何処かしら作り物めいて見える。
余り愉快ではない想像を振り払おうとするヴィータに対し、ティアナは続けて言葉を紡いだ。

「そうですね、ある意味では作り物といえるかもしれません。私自身はもう、これがハードウェアという訳ではありませんから」
「お前、さっきから何を言ってるんだ? 良いから逃げろ、死にたいのか!」

此方の思考を一方的に読みつつ、現状を無視するかの様な発言を繰り返すティアナに、ヴィータは苛立ちと不安感を募らせる。
目前の人物は、本当に自身が知るティアナ・ランスターなのか。
そんな疑問が、脳裏へと浮かんでは消えてゆく。
だが、彼女はそんな思考を振り払うと、強引にティアナの腕を掴んだ。

「来い! はやて達と合流して逃げるぞ!」
「ですから、必要ないと言っているんです。救援は、もう到着していますから」

救援は到着している。
その言葉を耳にし、ヴィータは一瞬ながら動きを止めた。
ティアナの言葉、その意味する処を理解する事ができなかったのだ。
そして直後、視界の全てを埋め尽くす、白光の爆発。

「があッ!」

全身が砕けんばかりの衝撃。
奪われる視界、麻痺する聴覚。
数秒、或いは十数秒後であろうか。
漸く視覚が回復してきた頃、ヴィータは目元を覆っていた手を退かし、周囲を見渡す。
そして目にしたものは、信じ難い光景。

「何が・・・どうなってんだ?」



ベストラの周囲を埋め尽くす、100隻を優に超えるXV級次元航行艦。



「言ったでしょう。「救援」だって」
「まさか・・・救援要請は・・・」
「ええ、成功しました。彼等は本局の防衛に就いていた、管理局の艦隊です。救援要請を受けて、被災者を救助する為に此処まで来たんです。本来は合流まで、あと数時間は掛かる筈でしたが」

完全に消失した巨大有機構造体、そして敵性体群。
つい先程までそれらが存在していた空間を見据えつつ、ヴィータは何が起こったのかを理解した。
先程の閃光、恐らくはアルカンシェルによる戦略魔導砲撃だ。
あんなものを受ければ、バイド生命体とて一溜まりも在るまい。
接近中であったドブケラドプス幼体群は、文字通りに塵も残さず消滅したのだ。
飛び交う念話、歓喜に満ちたそれら。
だがヴィータには、喜びを分かち合う事よりも、更に気に掛かる事柄が在った。

「ティアナ。お前、アタシ達に何が起こっているのか、知っているのか」
「ええ」
「それは、お前がやっている事なのか」
「はい。「私達」がやっている事です」
「「私達」ってのは、誰の事だ」
「私とスバル、ノーヴェの3人・・・「3機」の事です」

ティアナへと視線を移すヴィータ。
彼女は相変わらず、無表情のままに其処に在る。
歯軋りをひとつ、ヴィータは更なる問いを投げ掛ける。

「艦隊の到着は、本来ならあと数時間は掛かると言ったな。あれはどういう意味だ」
「そのままの意味です。彼等はまだ、第10層を通過している最中だった。それを、貴方達が此処へ「呼んだ」んです」
「・・・さっきから訳が解らない事を。呼んだってのはどういう事だ、何を意味してる? お前等は私達に、いいや・・・「何に対して」何をしたんだ!?」

ティアナの眼を正面から鋭く睨み据え、幾分か声を荒げるヴィータ。
ティアナとスバル、そしてノーヴェは「何か」をしている。
その「何か」は個人の魔導資質および魔導機関を無差別に強化し、魔法技術体系にとって有利な状況を作り出しているのだ。
だが、如何にしてそれを成し遂げているのか、そして「何か」とは具体的にどの様な事なのか、核心たる情報が一切に亘って齎されていない。
心強さよりも不信感が勝る事は、自然な成り行きと云えた。
だからこそ、自身の胸中に蟠るそれを払拭しようと、ヴィータは更に問いを投げかけようとして。

「少し、世界に干渉しただけです。皆の「願い」が叶う様に」

ヴィータは、続く言葉を呑み込んだ。
「願い」。
そのティアナの発言に、彼女は呆気に取られて黙り込む。
だが、続くティアナの言葉は、忽ちの内にヴィータを覚醒させた。

「ジュエルシードって、御存知ですよね?」
「・・・ああ、勿論」
「所有者の「願い」を叶える宝石。スクライア族が発掘し、次元航行艦の事故によって第97管理外世界へと拡散した後、次元犯罪者プレシア・テスタロッサ・・・フェイトさんの実母によって奪取されたロストロギア」
「お前・・・ッ!」

何故それを、何処まで知っているのか。
激昂し掛けるヴィータであったが、何とか今にも掴み掛かろうとしていた自身の手を下ろす。
無駄だと悟ったが為の、諦観を含んだ抑制。
恐らくティアナは、此方の記憶を仔細漏らさず把握しているのだろう。
ならば、何を知っていても不思議ではない。

「プレシアは、娘であるアリシア・テスタロッサの死体を蘇生する為に、ジュエルシードを欲した。彼女の「願い」を叶えようとしたんです。結局は邪魔されて、実現されなかったけれど」
「・・・アイツ等が間違っていた、とでも言うのかよ」
「まさか。どんな要因が絡んだのであれ、プレシアは制御に失敗した。それだけが事実です」

ティアナが頭部を傾け、背後の管理局艦隊へと横目に視線を投じる。
同じくヴィータも其方を見やれば、XV級に紛れた数隻の支局艦艇から無数の魔導師が飛び立ち、此方へと向かっていた。
その中に、見慣れた黒いバリアジャケットと赤い髪を見出し、彼女は僅かな安堵と共に息を吐く。
接近する魔導師達へと視線を固定したまま、言葉を紡ぐティアナ。

「僅か9個のジュエルシードでは、直接的に彼女の「願い」を叶える事はできなかった。では逆に21個のジュエルシード、その全てが彼女の手元に在ったのなら? 彼女の「願い」は、問題なく叶えられたと思いませんか?」
「・・・いい加減に黙れよ、テメエ。それとも」
「全てのジュエルシードが在れば、リインフォースを救えたとは思いませんか」

瞬間、ティアナの頭部付近から、甲高い衝突音が響く。
無表情のまま微動だにしないティアナ、驚愕に眼を瞠るヴィータ。
ティアナの左側頭部を狙って振り抜かれたハンマーヘッドが、一切の前触れ無く空間中に現れた、青い薄層結晶構造体によって進行を遮られていた。
衝突音は、結晶構造体とハンマーヘッドが接触した際に発せられたものだ。
想定外の事態に硬直するヴィータを余所に、ティアナは表情を変えないまま左耳部に掌を当てる。

「非道いですね。鼓膜が破れましたよ」
「お前っ、それ・・・!」
「気付きましたか。そうです、これはジュエルシードですよ」

言いつつ、ティアナはグラーフアイゼンによって砕かれた薄層結晶構造体の一部、指先ほどの大きさとなった欠片を手にした。
それを、ヴィータへと差し出す。
呆然と、思考すら殆ど停止したまま、それを受け取るヴィータ。
次いで、自身の手の内に在るそれへと視線を落とし、彼女は背筋に怖気が奔った事を自覚する。

間違い無い。
オリジナルより遥かに小さく、また不格好ではあるが、紛れも無くジュエルシードだ。
この瞬間でさえ、自身のリンカーコアへと圧力を掛ける、指先ほどの大きさしかない青の結晶体。
ティアナはジュエルシードの薄層構造体を「発生」させ、それを防御壁としてグラーフアイゼンの一撃を防いだのだ。
そして、彼女の一連の発言。
その意味が、不鮮明ながらも理解できた。
彼女は、彼女達は、恐らく。

「お前等、ジュエルシードを・・・!」
「はい、複製しました」

どうやって、という問い掛けは発せられなかった。
その問いを発する以前に、ヴィータは現状に対して答えを導き出してしまったのだ。
そして、そんな彼女の思考を読んだのか、ティアナが言葉を繋げる。

「私達のシステムが本格的に起動した直後、誰かがこう願った。「地球軍のインターフェースに匹敵する、瞬間的な情報通信技能が欲しい」と。システムはその「願い」が有用であると判断し、それを叶えた」

2人の周囲、幾人かの魔導師が集まり始めた。
ヴィータを含む、それら全員の意識が共有され始める。
これが「願い」の結果。

「次に、彼女が願った。「大切な人が傷付く世界なんか要らない、壊れてしまえ」と。不利な制約を壊して再構築する事は既に始めていたので、システムは負傷者の治癒能力を例外なく向上させる事で、別方向からその「願い」を叶えた」

自身の肩に手をやるヴィータ。
背面の負傷は、何時の間にか痛覚が消失していた。
感覚が麻痺したのではなく、完全に治癒してしまったのか。
これも「願い」の結果。

「そしてこれは、魔法技術体系に属する、あらゆる人々が願った。「もっと出力を、容量を、射程を、威力を」。既にシステムはそれを成すべく活動していましたが、更にジュエルシードの魔力を供給する事で「願い」を叶えた」

波動粒子にも似た、青い光を放つ魔力素。
だがそれは、波動粒子などではない。
ヴィータは気付く。
これは、ジュエルシードの色だと。
これもまた「願い」の結果。

「それでも、押し寄せる敵性体群を前に絶望した人々が、救援の手を求めた。「救援を、1秒でも早く救援の到着を」。システムは緊急性の高い案件と判断し、人工天体内部の管理局艦隊をベストラ周辺にまで転移させる事で「願い」を叶えた」

周囲の管理局艦隊を良く見やれば、全ての艦艇が青い光を放つ魔力素の残滓を纏っていた。
恐らくは転移の際に、ジュエルシードより供給される魔力によって、機関最大出力を数十倍にまで増幅されたのだろう。
艦隊に纏う魔力素は、その際にバイド及び地球軍からの干渉を避ける為に展開されたのであろう、大規模次元障壁の残滓らしい。
この信じ難い現象もまた「願い」の結果。

「一体・・・どれだけのジュエルシードを・・・」
「数を訊いても、意味は在りません。恒久的に動作する「願い」を叶え続ける為のシステムですから」
「その、システム・・・ってのは、ジュエルシードの事じゃないのか?」

ヴィータは、それが気になっていた。
周囲の魔導師達も、同様なのだろう。
疑問が渦となり、共有された意識へと浮かび上がる。

「少し違います。全てのジュエルシードを統括する存在、世界への干渉を制御する中枢機構です」
「その、中枢ってのは、何処に?」
『後ろだ!』

突然の念話、警告。
ヴィータは周囲の魔導師が、一様に此方へとデバイスを向けている事に気付く。
だが、彼等の狙いはヴィータではない。
彼等は彼女の背後、其処に忽然と出現した「何か」に驚愕し、各々のデバイスを向けているのだ。

そして、ヴィータの背後より叩き付けられる、余りにも強大な魔力。
徐々に呼吸が乱れ、全身の感覚が麻痺してゆく。
視界の端で明滅する、青い光。
ティアナが右腕を上げ、徐にヴィータの背後を指した。

「「それ」が、システムの中枢」

錆び付いた機械の様に緩慢な動きで、ヴィータは背後へと振り返る。
徐々に視界を埋め尽くしてゆく、青く眩い魔力光。
そして数秒後、漸く「それ」を視界の中心へと捉えた瞬間、ヴィータの意識へと膨大な量の情報が流入する。
その結果、彼女は眼前の存在、その「異形」の正体を、正確に理解した。
理解してしまった。
否、させられたのだ。
青い魔力光を放つ、その巨大な結晶体。
余りにも異様かつ、決して許容できぬ存在としての外観を備えた、その「異形」。

「「それ」が、皆の「願い」を叶えてくれる「魔法の宝石」です」



ジュエルシードによって構築された、R戦闘機。



「そして、今の「私達」の中枢でもある」

反射的に、ティアナへと振り返る。
同時に、空間中へと響く、異様な咆哮。
全ての人員が視線を前方へと投じる中、ヴィータはティアナと向かい合ったまま、ガラス球の様に無機質な彼女の瞳を見つめていた。

怖いと。
恥じる事もなく、ヴィータは思う。
目の前に居るティアナが、とても怖い。
恐ろしく無機質、恐ろしく冷徹、恐ろしく希薄。
その身に纏うのは、人間としての温かみではなく、機械の様な冷たさ。
しかし圧迫感を感じる訳ではなく、それどころか眼前に佇んでいるというのに、其処に何も存在していないかの様に希薄な気配。
実態ではなく、立体投写画像であると言われれば納得してしまいそうな、得体の知れない存在。
それは僅かに視線を上げ、実際の発声であるのかすら疑わしい、音としての言葉を紡ぐ。

「私達は、この奥へと進む必要が在ります。其処に、バイドの中枢が在る」
「バイドの?」
「ええ。バイドが宿る殻、単一個体として完成された存在「R-99」が」

飛び交う無数の警告。
艦隊の全艦艇が、一斉に魔導砲撃を放つ。
青と白の光の奔流が、轟音と共に「何か」へと殺到。
だが、ヴィータは振り返らない。
砲撃が着弾したのか、魔力爆発の光が周囲を埋め尽くし、爆音が響く。
支局艦艇からの報告、攻撃失敗。
大型敵性体、健在。
目標、急速接近中。

「此処は、バイドにとっての最終防衛線です。此処を突破すれば、空間歪曲を利用して一気に中枢まで肉薄できる」
「正念場、って事か」
「ええ。当然、バイドも必死です。此処を通過する為には、防衛の要となっている敵性体を撃破する必要が在る」

ティアナが、視線でヴィータを促す。
徐に振り返り、魔力爆発の中心を見やるヴィータ。
そして、その異形を視界へと捉えた。
息を呑むヴィータ、無感動に言葉を紡ぐティアナ。

「可能かどうかは、また別の話ですが」

異形が再度、咆哮を上げる。
コロニーで提示された記録映像、なのはのレイジングハートに記録された映像。
いずれの外観とも異なる、更なる進化を遂げたらしきそれ。

節足動物のそれと酷似した下半身は脚部を取り払われ、慣性制御機構らしき5基のユニットが連なった、昆虫の幼生の如き外観へと変貌している。
片部から背面に掛けては、後方へと伸長する3連ユニット。
肩部からは前上方へと伸長する、左右対称のポッド型構造物。
主腕部の他に追加された、胴部に2対、脚部ユニットに1対の副腕。
上半身と下半身の接続部左右側面、突き出した1対の砲身。
修復された頭部装甲、更に巨大化した額のレリック。
周囲に纏う、虹色の魔力の暴風。
聖王の鎧、カイゼル・ファルベ。
此方を見据えるかの様に、空間中の一点へと留まる、その存在。

「今度ばかりは、データは在りません。全てが未知数ですので、其処は覚悟して下さい」



「BFL-011 DOBKERADOPS TYPE『ZABTOM』」



「・・・クソッたれが」

吐き捨て、グラーフアイゼンをギガントフォルムへ。
ザブトムの周囲、転移によって無数のドブケラドプス幼体が出現する。
恐らくザブトムは、同種生命体群の中枢として機能しているのだろう。
推測に過ぎないが、これまでに得られたバイド生命体群に関する情報を基に判断すれば、的を射ている可能性は高い。
バイドの適応能力を考慮すれば、中枢たるザブトムを撃破したところで種全体の絶滅には到らないであろうが、数時間に亘ってドブケラドプス種の戦力を大きく殺ぐ事ができるだろう。
数十名と共有された意識の中、結論は下された。
この場に於いて、ザブトムを撃破する。
それ以外に、選択肢は存在しない。

「やるしかねえんだろッ!」

咆哮。
2個の大型鉄球を生み出し、頭上の宙空へと放る。
ヴィータはグラーフアイゼンを振り被り、身体全体を大きく傾けて宙空の鉄球を睨み据えた。
共有意識を塗り潰す、壮絶な殺意。
もはや抑制など叶わず、その必要性すらも感じない。

意識の奥底より沸き起こる、漆黒にして激烈なる感情。
諦観、嫌悪、哀情、憎悪。
視線の先の存在、そして背後に位置する存在。
巨大なバイド生命体、そして嘗ては「ティアナ」であった、理解し難い存在に対するそれ。
強烈な衝動によって突き動かされるがまま、彼女は叫ぶ。

「要は、アレをぶっ殺すしかねえって事だろ!? ティアナ・・・いいや!」

己が否定と拒絶とを形と成し、決して認められぬそれらへと叩き付けんが為に。
決して相容れぬ異質なる存在、その全てを否定せんが為に。
有らん限りの殺意を爆発させ、破壊の象徴たる鉄槌を振り抜く、その直前。
ヴィータは、あらゆる負の感情を込め、絶叫した。



「この「化け物」め!」