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その恐ろしい衝撃は、外殻崩落跡から出現した2体目の666、それを撃破した直後に襲い掛ってきた。
十数分前、Aエリア近辺外殻で発生した核爆発。
40kmもの距離を隔てて展開する魔導師、そして強襲艇を始めとした各機動兵器群に多大な被害を齎したそれとは、判然とはしないながらも何かが異なる衝撃。
宙空に浮かぶ強襲艇の重力偏向フィールド、エネルギー障壁と共に複合展開された不可視のそれを容易く打ち破り、爆風と錯覚する程の勢いで全身を打ち据える。
吹き飛ばされた身体が強襲艇の側面へと打ち付けられるかに思われたが、機体が瞬間的に上昇した事でその事態は避けられた。
20mほど吹き飛ばされ、フィールド外へと逸したところで体勢を立て直したなのはは、バリアジャケットの防音機能すら貫いた轟音に表情を顰めつつ念話を飛ばす。

『今のは!?』
『分からん! 核ではないみたいやけど・・・』

その問いに返されたはやての念話は、なのはのそれと同様に焦燥を色濃く含んでいた。
本来ならばコロニーを脱出する輸送艦内の人員、或いは防衛艦隊から何らかの報告が在っても良い筈なのだが、先程の核爆発からというもの輸送艦群は全て沈黙したままだ。
そして防衛艦隊の7隻も、アイギスの汚染と所属不明艦艇の接近を告げる警告を最後に、一切の連絡を絶っている。
頭上で激しく瞬く光を見る限り全滅してはいない様だが、400基を超えるアイギスに包囲された状態から何隻が生還できるものか。

1基のアイギスに搭載されている戦術核は5発。
既に各爆破地点に於いて120基のアイギスが撃破されている事を考慮しても、1400発以上もの戦術核がコロニーを包囲している計算となる。
現状で防衛艦隊とそれに属する機動兵器群が壊滅すれば、このコロニーのみならずベストラまでもが核による飽和攻撃を受ける事となるだろう。
先の1発以降、コロニーに戦術核が着弾した様子は無い。
この事からも艦隊の奮戦は疑うべくもないが、それも長くは保たないだろう。

コロニー周辺にはシュトラオス隊のR-11Sが4機、戦術核迎撃の為に展開している。
艦隊からの警告が齎された直後、コロニー内より現れた4機は誘導照射型波動砲の一斉砲撃により、頭上へと展開する40基のアイギスを瞬く間に殲滅して退けた。
これにより、コロニー外殻へと展開する部隊は戦術核とレーザーの脅威を免れ、現在まで666との交戦を継続する事ができたのだ。
他の2箇所の爆破地点に於いては、一方はペレグリン隊、残る一方はアクラブとヤタガラスがアイギスを殲滅した。
彼らは今、輸送艦群とベストラの防衛に当たっている。
各種兵器および資源、食料生産を担う3つのプラントに関しては、既に放棄が決定したとの報告が在った。
アイギス群が汚染された今、それら全てを護り抜くには戦力が絶対的に不足している為だ。

艦隊と行動を共にしていたであろうゴエモンとの通信は途絶している。
ゆりかごとの交戦中になのはが目にしたものと同じ、青白い巨大な爆発が闇の彼方で発生していた事から推測するに、恐らくはR-9Cと同様の戦略攻撃を実行したのだろう。
その破滅的な威力は彼女も良く理解してはいたが、それは同時に圧倒的な力を有するR戦闘機が、それ程の攻撃を実行せざるを得ない状況へ追い込まれている事を意味してもいるのだ。

戦況は極めて悪い。
加えて原因不明の衝撃。
満足に情報を得る事もできず、外殻に展開する人員は例外なく混乱の直中へ陥ろうとしていた。
そして独自に分析を試みる猶予さえ無く、次なる凶報が意識へと飛び込む。

『シュトラオス2より総員、警告。第2爆破地点より666出現、総数3。高速離脱中』
『こちらシュトラオス3、国連宇宙軍所属艦艇のコロニー突入を確認した。目標、未だ健在。繰り返す、目標健在』

シュトラオス隊からの警告。
直後、周囲の大気を切り裂く異音と共に、巨大な影が頭上の空間を突き抜ける。
咄嗟に視線を向けるも、闇の中で瞬く閃光以外の何かをその先に見出す事はできなかった。
だが、警告は更に続く。

『シュトラオス1、第3爆破地点に666、2体の出現を確認した。目標はコロニーより高速離脱中』
『逃げ出したのか?』

なのははレイジングハートを構えたまま、油断なく周囲へと視線を奔らせた。
だが、コロニー外殻上に於いて戦闘が行われている様子は無い。
闇の彼方、全方位より響く重々しい爆発音と衝撃波だけが、周囲の大気を絶えず震わせている。
一体、何が起きているのかと不審を募らせるなのはの意識へ、各方面から更に複数の報告が飛び込んできた。

『ビクター2、突入艦艇を視認した。艦体後部が外殻から突き出ている・・・こいつはヨトゥンヘイム級だ。見える範囲でだが、損傷が酷い。ゴエモンにやられたのか』
『Aエリア港湾施設、外殻部が閉鎖されている。内部に輸送艦艇8隻を確認』
『冗談じゃない、12000人が閉じ込められている計算だぞ!』
『こちらアクラブ。輸送艦群、第1陣の7隻がベストラへ到達。第2陣は5隻が航行中、1隻撃沈、1隻が推進部を損傷し漂流中』

複数の情報を並列思考で以って処理しつつ、なのはは傍らのはやてを見やる。
果たして予想通り、彼女は片手を額へと当てつつ表情を顰めていた。
はやては他を圧倒する魔力量と出力を有しているが、同時に並列思考等の分野に於いては苦手を抱えている。
この瞬間でさえ次から次へと飛び込んでくる情報を処理し切れず、脳に若干の負荷が掛っているのだ。
普段は思考へと入り込む情報量を適切に調節しているのだが、現状では全ての情報を処理すべく、負荷を承知で苦手な高速処理に力を注いでいるらしい。
気遣う言葉を掛けようとするなのはだが、それより早くヴィータからの念話が飛ぶ。

『地球軍の艦って事は、汚染体か? このコロニーもヤバイんじゃないか』
『それは専門家に訊くのが一番やな・・・ほら』

呟く様なはやての念話に続き、なのは達の傍らへと展開されるウィンドウ。
其処にはコロニーへと突入した艦艇のものらしき構造図が立体表示され、その複数個所が赤く点滅している。
次いで意識へと飛び込む、新たな報告。

『簡易スキャン終了。目標艦艇、機能健在。しかし損傷が激しく、システム凍結状態。汚染の為か、非常処理プログラムが発動しない』
『つまり?』
『ゴエモンは任務を果たしたらしい。目標艦艇、自動修復プログラムを発動中。艦内よりリペアユニットの展開を確認した』

なのはは目を凝らし、Aエリア方面を見やる。
流石に40km先に突き出す艦艇構造物を捉える事は出来なかったが、恐らくは巨大なそれがコロニーへと突き立っているのだろう。
滲む焦燥を押し隠し、勤めて無感動に念話を紡ぐ。

『破壊するべき・・・かな?』
『だとしても、余裕が在ればこそだろう。あの艦とアイギスはともかく、666を放っておく訳にもゆくまい』
『どういう意味だ』

返されたザフィーラの言葉に、問い返すヴィータ。
見れば、人型となり頭上の闇を見上げる彼の顔には、焦燥の入り混じった忌々しげな表情が浮かんでいた。
視線を動かす事もなく、彼は続ける。

『奴等が向かったのは生産プラントの方角だ。バイドが何を企んでいるのかまでは分からないが、碌な事でないのは明らかだろう』

その言葉が終るかどうかというところで、意識の中へと響く警告音と共にウィンドウが開く。
点滅する赤いそれには、黒々とした「WARNING」の表示が浮かんでいた。
呆けた様にそれを見やるなのはへと、三度ザフィーラからの念話が届く。

『そら、始まったぞ!』
『アクラブより総員、警告! 各種プラント周辺域、偏向重力発生! プラント群が移動を開始、コロニーへと接近中!』

途端、なのはは自身の血の気が引いてゆく事を自覚した。
傍らを見れば、はやてとヴィータも同様らしい。
2人は呆然と、頭上に拡がる闇の果てへと視線を向けていた。
そして、なのはがそんな2人を見やる間にも、念話と通信が慌しく乱れ飛ぶ。

『どういう事だ? 化け物は何を企んでいる!』
『こちらヤタガラス、目標を確認した。プラント群、更に加速。コロニーへの衝突まで340秒』
『こちらペレグリン4、資源生産プラント外殻に666を確認した。目標は完全に取り付いて・・・プラント防衛システムの起動を確認、攻撃を受けている!』
『聞こえるか? こちらはコロニー防衛艦隊、駆逐艦バロールだ! 食量生産プラントに取り付いた666を確認、攻撃を試みるもアイギス群の妨害により接近できず! プラント移動中、このままではコロニーに衝突する!』

数秒ほど呆け、なのはは666の意図を理解した。
同時に、その余りの凶悪さに戦慄する。
666はコロニーを内部から崩壊させる事を断念し、3つのプラントによる質量攻撃へと移行、膨大な質量によって3方からコロニーを押し潰す心算なのだ。

『プラントの位置は!?』

我に返ると同時、なのははレイジングハートの矛先を宙空へと突き付ける。
デバイスを通して闇を探るも、迫り来るプラントの影を見出す事はできない。
彼女は再度、念話のみならず声すら張り上げて目標の位置を問うた。

『位置情報を! 早く!』
『無駄だ、距離が在り過ぎる! 砲撃魔法が届く距離じゃない!』
『こちらハリアット! 魔導師総員、デバイスに目標のイメージを送る!』

直後、レイジングハートを通じて視界へと表示される、赤い光の線で構築された巨大建造物。
未だ彼方ではあるが、確実に迫り来るその影。
拡大表示されたプラント、その絶望的なまでの巨大さに、なのはは震える様な吐息を漏らす。

『・・・大き過ぎる』
『30kmもあるんや、魔導師でどうこうなる大きさやないで・・・』

となれば、防衛艦隊に属するL級かR戦闘機、或いは各種機動兵器群によって対処するしかない。
だが今、それらは汚染されたアイギスと、同じく汚染されたらしきプラントの防衛システムにより、目標に対する攻撃態勢へと移行する事ができずにいる。
戦術核の迎撃に就いているシュトラオス隊は、コロニーを離れる訳にはいかない。
動けるのは魔導師を含む、コロニー外殻へと展開中の部隊だけなのだ。
だが、そんななのはの焦燥を嘲笑うかの様に、次なる凶報が齎される。

『ビクター2より警告! 突入艦艇、推進部からの発光を確認!』
『目標艦、再起動! 推進部、噴射炎を視認した!』

弾かれた様にAエリア方面を見やるなのは。
視線の先、遥か前方のコロニー外殻に、青白い巨大な光源が出現していた。
同時に周囲の大気を通じて伝わる、足下のコロニーを震わせる振動。

『待てよ、おい・・・まさか』
『突き破る気!?』

直後に障壁を突き抜ける、壮絶な破壊音。
聴覚のみならず全身を震えさせるそれに、なのはは思わず身を竦ませた。
しかし彼女は誰よりも早く念話を飛ばし、突入艦艇の現状を確かめる。

『ビクター2、目標艦の様子は!?』
『・・・目標、更にコロニー内部へ侵入・・・対称面の外殻を突き破って離脱、加速中!』
『シュトラオス隊、追撃を!』
『戦術核が絶えず飛来している、追撃は不可能!』

突入艦艇、コロニーを貫通し離脱。
驚異の一端が、再び戦域へと舞い戻ったのだ。
R戦闘機群は、其々が展開する位置での防衛戦闘を放棄する事ができない。
目標艦艇との距離が離れれば、長距離砲撃による一方的な攻撃を受ける事となるだろう。
だが、それを追撃し得る戦力が存在しないのだ。

『ベストラよりコロニー外殻展開中の総員へ、緊急』

怒号の様な念話が飛び交う中、ベストラからの通信が意識へと飛び込む。
どうやらベストラへと到達した輸送艦群の第1陣、其処に乗り込んでいたランツクネヒトがあちらに司令部を移したらしい。
何かしらの解決策が齎されるかと期待するなのはだったが、通信越しに放たれた言葉は非情なものだった。

『0518時を以ち、司令部は居住コロニー「リヒトシュタイン05」の完全放棄を決定した。総員、直ちに当該コロニーより離脱せよ。宙間移動能力不搭載の機動兵器は全て破棄、パイロットは魔導師と共に強襲艇へ』
『どういう事だ! コロニー内の生存者は!?』
『コロニー外部の人員を優先、内部の生存者救出は時間的猶予の面から不可能と判断した。プラントとコロニーの衝突を待ち、こちらから戦略核弾頭を搭載した宙間巡航弾を撃ち込む』

戦略核。
その単語を聞き留めた瞬間に、なのはは悟った。
司令部はコロニー内部の生存者諸共、666を含む汚染体を殲滅するつもりなのだ。
思わずレイジングハートの柄を握る手に力を込めるなのはの傍らで、はやてが悲鳴の様な声を張り上げる。

『戦略核って・・・輸送艦はどうなるんや、8隻も閉じ込められてるんやで!』
『大体そんな物が在るなら、さっさとプラントに撃ち込めば良いだろうに!』
『現状では巡航弾を迎撃される可能性が高く、更に言えばそちらのコロニー及びベストラも炸裂時の効果範囲内だ。こちらは既に移動を開始している。
プラント群とコロニーの衝突後、プラント防衛システムの停止または損傷、及びベストラの安全圏への離脱を以って攻撃を実行する』
『ふざけるな! カルディナにアルカンシェルを使わせるか、R戦闘機に攻撃を命じろ! 波動砲でも核融合でも、プラントを破壊するには十分な筈だ!』

コロニー防衛に当たる人員の1名が叫んだ言葉に、司令部は数秒ほど沈黙した。
その僅かな間にも、遥か頭上に位置するプラントのイメージは、少しずつ崩壊しながらこちらへと接近してくる。
胸中へと沸き起こる焦燥に我知らず歯軋りしつつも、なのはは一語一句すらも聞き逃すまいと通信に意識を傾けた。
そして、司令部からの返答が届く。

『艦隊は戦術核の迎撃で手一杯だ。カルディナはアルカンシェルの連続砲撃によりアイギスを牽制している為、現在の座標から動く事はできない。ペレグリン隊はベストラ周辺で、アクラブとヤタガラスは輸送艦群第2陣の周囲で戦術核を迎撃中だ。
シュトラオス隊もそちらを離れる事はできない。コロニー周辺に展開していたアイギス群を殲滅した際とは状況が違う。残存するアイギス群は高機動戦術を採っており、各機は排除に梃子摺っているのが現状だ。よってプラントへの攻撃は不可能。
繰り返す。総員、直ちに現任務を放棄し、コロニーからの離脱を開始せよ』

なのは達の眼前、先程まで行動を共にしていた強襲艇が頭上より現れた。
機体側面のハッチが開き、その場の4人を招き入れるかの様に機内に明りが点く。
その赤い光を見据えながら、なのはは傍らの親友とその家族へと、ごく短い問いを発した。

『従う?』
『まさか』

返された言葉はそれだけ。
だが、十分だった。
視線を合わせる事すらせずに、なのはは前方へと飛翔する。
強襲艇の機体を飛び越し、更に加速。

『こちら高町、港湾施設内の輸送艦救出に向かいます!』
『グレイン、同じく』
『こちら八神、高町一尉に同行する』
『ビクター2、これより閉鎖部の破壊を試みる。強襲艇の連中、その気が在るのなら手を貸してくれ』

可能な限りの速度で宙を翔けるなのは達の頭上を、より飛翔速度に特化した数名の魔導師と、数機の強襲艇を含む機動兵器群が追い抜いてゆく。
それらの影が目指す先は1つ、輸送艦群が閉じ込められているAエリア港湾施設だ。
前方では既に無数の光が瞬いており、障壁越しにも鼓膜を叩く轟音が徐々にその音量を増す。

『もう始めている連中が居るな』
『単純に壊せば良いって訳やないで。ヴィータ、暴走したらアカンよ』
『分かってるよ!』

交わされる念話を意識の端へと捉えつつ、漸く視界へと映り込んだ港湾施設外殻部は、その数箇所から噴火と見紛うばかりの爆炎を噴き上げていた。
機動兵器群と魔導師達が8箇所の地点に分散しており、其々の集団が外殻へと激しい攻撃を繰り返しているのだ。
なのはは滞空する最寄りの魔導師、何処かしらの次元世界の軍服型バリアジャケットを纏った男性の肩を叩き、念話で以って問い掛ける。

『現在の状況は?』
『見ての通りだ。外部ロックユニットは全て破壊した。後は内部に8箇所、非常用のユニットが在るらしい。そいつを壊せばハッチは緊急開放されるそうだ』
『それで、問題は?』
『魔導師では外殻をぶち抜く事ができないんだ。この辺りは特に強度が高いらしく、さっきから何度も集束砲撃を撃ち込んでいるが表面を削るのが精々だ』

そう念話を交わしつつ、彼は200mほど離れた地点に位置する戦車型の機動兵器を指した。
見ればその兵器は、アンヴィルの主砲に匹敵する魔導砲撃を、連続して外殻へと撃ち込み続けている。
周囲から響く轟音の為に聴覚が麻痺しており、今の今までその存在に気付く事さえできなかったのだ。
爆炎と共に噴き上がる外殻の破片を見やるなのはの意識に、男性の念話が続けて響く。

『流石にあれ位の兵器ともなると、何とか外殻の破壊はできる。ただ機体数が少ないし、余りやり過ぎるとハッチ内の輸送艦まで巻き込んでしまう』
『他の兵器は? あの戦車以外にも、かなりの種類が在っただろ』
『専門家じゃないから詳しい事までは解らないが・・・対空兵装の半数は威力不足、対地・対艦を含むその他の兵装は威力過剰だそうだ。結局のところ、魔導師以上に強力な魔導砲撃を放てる程度が丁度良いらしい』
『・・・目も当てられんわ。つまり質量兵器は殆ど役立たずって事か?』
『そういう事だな。あれが外殻を吹き飛ばすのを待って、後は俺達がロックを破壊するしかない』
『でも、それじゃあ・・・』
『ああ、間に合わん』

その言葉を最後に男性は念話を切り、頭上へと視線を向けた。
なのはもそれに倣い、迫り来るプラントを見上げる。
先程よりも更に圧迫感を増したそれは、あろう事か外殻の其処彼処から無数の砲火を周囲の空間へと放ちつつ、明らかにこのコロニーへと接近しつつあった。
そして再度、司令部からの警告が発せられる。

『繰り返す。0518時を以ち、司令部は居住コロニー・リヒトシュタイン05の完全放棄を決定した。総員、直ちに当該コロニーより離脱せよ。宙間移動能力不搭載の機動兵器は全て破棄・・・』
『黙ってろ司令部! 10000人を見捨てられる訳がないだろう!』
『プラントと当該コロニーの衝突後、戦略核による攻撃を実行する。繰り返す・・・』
『外殻を貫通した! 魔導師隊、ロックを破壊しろ!』

機動兵器からの通信。
弾かれる様に飛翔へと移り、なのはは破壊された外殻の上へと移動した。
そうして周囲へと拡がりゆく粉塵の中央へと狙いを定めると、レイジングハートの矛先へと魔力の集束を開始する。
周囲の魔導師が起こしたものか、一陣の突風が粉塵を跡形も無く吹き散らした。
それを見届け、宣言。

『こちら高町、撃ちます!』

轟音、放たれる桜色の光条。
破壊された外殻の奥、デバイスを通して青く発光する様に表示されたロックユニットへと、強大な集束砲撃魔法が突き立つ。
目標の破壊を確信した直後、レイジングハートが無機質に攻撃の結果を告げた。

『The target is not destroyed』
「嘘・・・」

思わず小さな呻きを漏らし、なのはは未だ健在なユニットを拡大表示する。
明らかに損傷はごく僅か、機能が損なわれている様子はない。
想像を遥かに超える強固さに、なのはは信じ難い思いでレイジングハートを強く握り締める。

『・・・こちら高町、砲撃を撃ち込むも目標健在・・・思ったより硬い!』
『こっちもだ! 2発撃ち込んでもまだ壊れない!』

100mほど離れた地点、やはり同じ様に2名の魔導師が、破壊された外殻部の上でデバイスを構えていた。
直後に青い光条が撃ち下ろされるも、どうやら結果は芳しいものではなかったらしい。
焦燥を色濃く含んだ念話が、全方位へと放たれる。

『少しは壊れましたが、完全な破壊は無理です! もっと人手が要ります!』
『くそ、何でこんな不必要に硬いんだ!?』
『非常時に汚染体を封じ込める為だ。長くは保たないが、艦隊が到達するまでの時間は稼げる』
『それで跡形も無く吹き飛ばす訳か』

傍らへと並んだはやてが、すぐさまラグナロクの砲撃体勢に入る様子を視界の端へと捉えながら、なのはもまたスターライトブレイカーの砲撃体勢へと移行。
集束を開始し、狙いを僅かに修正する。
はやてがユニット上部を狙っている為、彼女は砲撃同士の干渉を避けるべくユニット下部を狙うのだ。
そして、砲撃。
純白と桜色の魔力光が4条、同時にロックユニットへと突き立つ。
噴き上がる魔力の爆炎。
直後に飛び込む、歓喜と焦燥の双方を含む念話。

『ロックユニットの破壊を確認! 残り7基!』
『こちらも破壊した! 繰り返す、目標破壊!』
『残り6基!』
『畜生、どうやっても間に合わない!』

三度、なのはは頭上を仰ぐ。
視界に映るプラントの影は、更に巨大なものとなっていた。
迫り来る膨大な質量の壁。
その現実を改めて認識した瞬間、なのはは自身の背が凍ったかの様な、得体の知れない冷たさを覚えた。

「駄目・・・」

微かな声。
始めはそれが、自身のものであるとは思いもしなかった。
だが再度に同じ声が聞こえた時、漸くなのはは自身が小さな呟きを零している事に気付く。

「来ないで」
『衝突まで120秒!』

なのはは見た。
見えてしまったのだ。
迫り来るプラント外殻、既に表層の構造物すら見えるまでに接近したそれ。
その、ほぼ中央に取り付いた、腫瘍の如き異形の肉塊。
蠢く触手に埋もれる濃紺青の装甲、汚染体666。

「来ないで・・・!」

恐怖からではなく、絶望からでもなく。
ただ懇願のみから、なのははその言葉を紡いでいた。
足下のコロニー、その内部に閉じ込められた12000人の非戦闘員。
通信すら回復しない今も、彼らは恐怖に打ち震えながら救助を待っているのだろう。
なのは達がこの場に留まっているのは、単に彼らを助けたいが為だ。
汚染体との戦闘を積極的に選択する意思など、微塵も在りはしない。
だから、だからこそ。

「放っておいて・・・!」

構うな、放っておいてくれ。
通じる筈もないという事は理解しながらも、なのははそう祈らずにはいられなかった。
非戦闘員を助けたい、それだけなのだ。
だというのに何故、バイドは其処までして非戦闘員の殲滅に拘るのか。
何故、666はベストラを狙わない。
何故、防衛艦隊との戦闘に加わろうとしないのだ。

『衝突まで90秒!』
『高町、こちらへ来い!』

ザフィーラからの念話。
振り返れば、彼ははやてとヴィータを背後に庇う様にして、迫り来るプラントを見上げていた。
離脱は間に合わない。
かといって膨大な質量に抗う事もできない。
2人を庇っているのは、反射的な行動によるものだろう。

レイジングハートを握り直し、なのはは改めて頭上を見据えた。
そうしてプラント外殻に取り付いた666へと狙いを定め、魔力の集束を開始する。
恐らくは皆、同じ思考へと至ったのだろう。
コロニー外殻の至る箇所で魔力集束が発生している事を、なのははリンカーコアを通して感じ取っていた。
あらゆる機動兵器がプラントへと砲口を向け、更にはランツクネヒトの強襲艇でさえ離脱する様子はなく、ウェポンベイを展開してプラントへと機首を向けている。
なのはが、彼等が成さんとしている事は、唯1つ。

「やるしかない・・・!」

最後まで抗ってやる。
最終的には圧倒的な力に蹂躙されるのだとしても、刹那の時まで抵抗してやる。
護るべき人々を見捨て、敵を前に逃げ出したりなどしない。
バイドが彼らの生命を奪うというのなら、対価としてバイドの生命を貰い受けるまでだ。

『来やがれ、クソッタレ!』
『発射、発射!』

ブラスタービットを展開、暴力的なまでの膨大な魔力が、5つの魔力球へと集束する。
徐々に膨れ上がる魔力球、その桜色の光に霞む様にして、プラントの影が浮かび上がっていた。
周囲では長射程を有する機動兵器群が、ミサイルや砲弾、魔導砲撃を一斉に放ち始める。
なのはもそれに続かんと、魔力球の中心へとレイジングハートの矛先を突き付けた。

「スターライト・・・」

魔力球が、より一層に眩い光を放つ。
そして、なのはが暴発寸前の圧縮魔力に指向性を与え、迫り来る666へと向かい解き放つ直前。
トリガーボイスを紡がんとした、正にその瞬間に。

「ブレイカー・・・!?」



プラントが、無数の閃光に呑まれた。



「な・・・」

直後、なのは達の頭上へと強襲艇が躍り出る。
慣性制御フィールド内に侵入した事を感じ取った瞬間、壮絶な衝撃が全身を打ち据えた。
薄れゆく意識を危ういところで繋ぎ留め、なのはは周囲を見渡す。

その時、視界の端に何かが映り込んだ。
強烈な光の奔流の中、遥か彼方に浮かぶ灰色の影。
一瞬後には消えてしまったが、確かに存在したそれ。
それが何であったかを思考する暇さえ無く、新たな念話が意識へと飛び込んだ。

『アイギス、制御系回復! 繰り返す、アイギスの制御を奪還した!』

*  *


『何が起きたの・・・?』

呆然とした様子を隠す事もなく紡がれる、キャロの念話。
フリードの背でそれを受けつつ、エリオは遥か頭上に拡がる爆炎の壁を見据えていた。
今もなお拡がりゆくそれは、本来ならばこのコロニーをも呑み込んでいた筈だ。
だがその事態は、実際には起こり得ない。
襲い来る爆炎は全て、このコロニーを守護していたR戦闘機によって消し飛ばされたのだ。

「DELTA-WEAPON」
R戦闘機、精確にはフォースに標準搭載された、戦略級広域空間殲滅兵装。
攻撃および敵性体を分解・吸収した際、フォースへと蓄積される膨大なエネルギー。
これをバイド体により増幅し一挙に解放する事で、限定空間域の物理法則、更には管理世界すら知り得ない異層次元に於ける空間法則にすら干渉し、プログラムされた事象を同一空間上へと具現化するという、空間干渉型ロストロギアに匹敵する純粋科学技術。
当然ながら詳細な理論までは開示されておらず、また開示されたとしても理解できるとも思えないが。

シュトラオス隊の4機、R-11Sが発動したデルタ・ウェポンは、周囲の空間に核融合反応を強制励起させるタイプだ。
破滅的な総量と密度を以って広域を襲うエネルギー輻射は、如何なる装甲・防衛手段であっても破壊を免れる事はできない。
汚染体は言うに及ばず、戦艦等の大型兵器群であっても致命的な損傷を被る程の爆発。
如何な超大型建造物たるプラントであろうと、この爆発の前には旧式の外殻装甲パネルに覆われただけの脆い鉄塊に過ぎない。
況してやその残骸など、瞬く間に消滅してしまう。

『アイギスだよ。プラントを核攻撃したんだ』

エリオは見た。
迫り来るプラント目掛け突き進む、無数の青い光点。
その全てが、戦術核を搭載したミサイルの噴射炎だった。
制御を奪還されたアイギス群が、防衛目標であるコロニーへと向かう3基のプラントを止めるべく、一斉に戦術核を放ったのだろう。
尤も、秒速500m超という速度で迫り来る全長30kmものプラントを外部から完全に破壊する事は、如何な核兵器と云えども不可能。
そこでアイギス群は、プラント内部からの破壊を選択したらしい。
恐らくは先んじてレーザーによる砲撃を行い、それによって破壊された外殻の内部へと戦術核を撃ち込んだに違いない。
閃光が発せられた瞬間にエリオは、プラントが内部から弾け飛ぶ様を確かに目にした。
そうして飛来する無数の残骸、そして核爆発の衝撃と熱線をシュトラオス隊が、コロニーを巻き込まぬよう発動範囲を極限まで抑えたデルタ・ウェポンで迎撃・消去したのだ。

未だ眩む両眼を瞼の上から揉みながら、エリオは安堵の息を吐く。
全く、幸運としか云い様が無かった。
エリオ達は外殻での戦闘に一切関与していない。
否、できなかった。
つい先程まで、コロニー内部で様子を窺っていたのだ。

コロニー内部で偏向重力の渦が発生して以降、エリオとキャロはBエリアから動く事ができなかった。
強襲艇への避難が間に合わず、構造物内部へと侵入して状況の変化を待つ他なかったのだ。
幸いな事に2人の傍にはフリードが居た為、本来の姿に戻ったその背に乗ってトラムチューブ内を移動。
Cエリアのシャトル・ポート内で、襲い掛かる偏向重力に耐え続けていたヴォルテールの許へと辿り着く事ができた。
そしてコロニー内から666が離脱した隙を突いて脱出するつもりだったのだが、崩落に次ぐ崩落でポートからの脱出に時間が掛ってしまったのだ。
何とか力技で道を切り開き、輸送艦が閉じ込められているAエリア港湾施設を目指したものの、施設内部へと侵入する事は叶わなかった。
仕方なくAエリア構造物の端に開いた崩落跡、不明艦艇が突入・離脱した際に穿たれた巨大な穴から外殻上へと向かう最中に、プラントを破壊した核の光が視界へと飛び込んだという訳だ。

外殻での戦闘に関与できなかった以上、エリオ達がこの瞬間に生きているという現実は、彼らの力が及ばぬところで決定されたという事に他ならない。
それを決定したのは外殻で戦闘を行っていた部隊でも、R戦闘機群でもなかった。
全てを決定付けたのは制御を回復したアイギス群であり、戦闘に当たっていた人間の意思に依るものではないのだ。
無論、ベストラか防衛艦隊の人員が、何らかの方法でアイギスの制御権を奪還した事も考えられる。
しかし、それを確かめる方法が無い以上、幸運であったと云う他ない。
少なくとも、エリオ自身はそう考えている。
そして幸運にも拾った生命、特にキャロのそれが無用な危険に曝される事は、今の彼にとって最も忌むべき事態だった。

『このまま外殻へ出よう。すぐに強襲艇が迎えに来る』
『迎えって・・・輸送艦はどうするの?』
『僕等が何かするより、ランツクネヒトの救出部隊に任せた方が早いし確実だ。外の部隊と合流したら、その足で・・・』
『待って!』

エリオの言葉を遮り、キャロが念話で以って叫ぶ。
突然のそれにエリオは、彼が背に乗るフリードと並んで上昇するヴォルテール、その掌の上に膝を突いているキャロを見やった。
彼女は崩壊した階層構造の一画を指し示し、続ける。

『ねえ、あれ・・・ティアナさんじゃないかな』

その言葉にエリオは、キャロが指す方向を注視した。
見れば、崩落した階層の1つ、壁面に寄り掛かる様にして立つ複数の影が在るではないか。
そしてその中には、見覚えの在るデザインのバリアジャケットが紛れていた。
エリオは無言のまま自らが騎乗する使役竜の背を叩き、フリードは正確にその意を酌んで人影の方向へと飛翔する。
少し近付けば、はっきりと判った。
キャロの言葉通り、影はティアナを含む3名の局員だったのだ。
コロニー構造物内は未だに人工重力が機能しているらしく、3名はコロニー中心へと頭部を向ける形で佇んでいる。
即ちエリオ達から見て、天地が逆転した状態という訳だ。
人工重力の影響域、その直前まで崩落面へと接近したフリードの背から、エリオは声を投げ掛けた。

「御無事で何よりです、ティアナさん」
『・・・アンタ達もね。見た感じ掠り傷1つ無さそうで、羨ましい事だわ』

返されたのは音声による返答ではなく、念話を用いてのもの。
どうやら喋る事すら億劫らしい。
尤も、それは見た目からして容易に判別できる事実だったのだが。

「・・・崩落に巻き込まれたんですか?」
『そんなところよ』

ティアナの全身は、至る箇所が血に塗れていた。
特に酷いのは右大腿部で、傷を押さえる掌の下から止め処なく血液が溢れ続けている。
他2名もかなりの負傷が見受けられ、一刻も早く応急処置を施さねば危険だろう。

「今、キャロを呼びます。すぐに治療を受けて下さい」

離れた位置に待たせたヴォルテール、その掌の上のキャロへと合図を送る。
まだ完全にコロニー外部へと脱した訳ではなく、構造物に遮られた念話の接続が回復していない。
外殻の部隊に繋がるか否かも既に試したが、結果は失敗に終わった。
ランツクネヒトの用いる通信ならば問題は無いのだろうが、生憎とコロニーのシステムは既に沈黙しており、更に言えばエリオもキャロも疑似的に構築された念話として通信を用いているに過ぎない。
よって、距離が離れている以上、意思の疎通はハンドシグナルで以って行う他ないのだ。

「ティアナさん、その怪我・・・!」
「・・・大した傷じゃないわ。出血が派手なだけ」

接近してきたヴォルテール、その掌からティアナ達の許へと移動したキャロは、すぐさま医療魔法による応急処置を開始した。
ティアナの希望により、処置は他の2名から行うらしい。
その様を暫く見やった後、エリオは改めて3人の様子を観察し始める。
飛散する微細な破片によって切り裂かれたのか、3人共に全身へと切創が刻まれていた。
僅かではあるが皮膚が抉れている箇所も在り、こんな状態で良く此処まで辿り着けたものだと感心する。
そもそも、こんな所で何をしていたというのだろう。
そんな事を思考し始めた時だった。

『・・・ベストラ・・・外殻に展開・・・戦闘・・・』

ノイズ混じりの音声。
小さなウィンドウが、エリオの傍らに現れていた。
通信が回復したのかと、彼はすぐにウィンドウの操作を開始する。

「こちらライトニング01、応答願います・・・ライトニングよりベストラ、聞こえますか」
『直ちに回収機を送る。総員、ベストラへ移動せよ。輸送艦の救出については、こちらから新たに部隊を派遣する』
『重傷者28名、緊急搬送を求む・・・訂正、27名だ。死者62名・・・』
「ベストラ、応答を・・・誰か、聞こえませんか」

操作を続けるエリオ。
だが受信はできても、こちらからの発信ができない。
旧式の無線なら未だしも、これ程までに発達した通信システムでそんな事が有り得るのか。
そんな疑問を抱くエリオの側面、治療を続けていたキャロが小さく呟きを漏らした。
ほんの些細な、しかし決して無視できぬ言葉。



「これって・・・銃創?」



ストラーダの矛先がティアナ達へと向けられるのと、キャロの小さな悲鳴が上がったのは、ほぼ同時だった。
エリオの視線の先、5mほど離れた崩落面の階層。
上下逆転した光景の中で、ティアナがキャロを取り押さえている。
ティアナの手にはダガーモードとなったクロスミラージュが握られており、その刃はキャロの背後から彼女の首筋へと当てられていた。
そして、エリオを見据えるティアナの眼。
凍える程に無機質な光を宿した瞳が、明らかな敵意を以って彼を射抜いていた。
傍らの局員達もまた、其々のデバイスの矛先をエリオへと向けている。
だが、この場に於いて無機質な敵意を宿している人物は、もう1人存在した。
エリオ自身である。

「警告する。直ちにデバイスを捨てろ」

凡そ普段の彼からは想像も付かない、明確な敵意と冷酷な殺意とに満ち満ちた声。
口を塞がれる様にして押さえ付けられているキャロ、その瞳が大きく見開かれる。
彼女がティアナの行動に驚愕している事は確かだが、この反応はエリオに対するものだろう。
だが今は、それに感けている余裕が無い。
エリオはストラーダの矛先をティアナへと向けたまま、最後の警告を放つ。

「繰り返す。デバイスを・・・」
「警告よ。デバイスを置き、こちらへ来なさい。それ以外の行動は敵対と看做させて貰うわ」

エリオの声を遮り放たれる、ティアナからの警告。
正気を疑う様なティアナの言葉に、彼は僅かに目を見開いた。
足下と背後から迫る、荒れ狂う魔力。
それを押し止める様に、再度ティアナの声が放たれる。

「フリード、貴方とヴォルテールもよ。鳴き声のひとつでも上げたら、貴方達の主人の命は保証しない」

更に高まる魔力密度。
だが、それらが砲撃として放たれる事はない。
フリードもヴォルテールも、放てばキャロを巻き込んでしまうと理解している。
彼らの知能は人間と比較しても遜色ないどころか、一部に於いては凌駕してさえいるのだ。
ティアナの言葉を理解できぬ道理が無い上に、何よりも現状でこちらから仕掛ける事が可能な者はエリオしか存在しない、その事を良く理解している筈だ。
だからこそ、彼等はティアナの言葉通りに沈黙を保っている。
しかし万が一の事が在れば、跡形も無くティアナ達を消し去るつもりである事も確かだ。
ティアナもそれを理解しているからこそ、先程の警告を発したのだろう。
エリオは付け入る隙を見せた自身を内心で罵りつつも、眼前の敵へと言葉を投げ掛ける。

「何をやったんです? 銃撃戦なんて穏やかじゃないですよ」
「聞こえなかった? デバイスを捨てろと言ったのよ」
「相手はどうしたんです、殺したんですか? 随分と手酷くやられたところを見ると、相手はランツクネヒトですか」

ティアナの右大腿部、未だ血液が溢れる銃創を見やりながら、エリオは問うた。
傷は深く抉れているが、弾体は貫通している様に見受けられる。
脚部が原形を留めているという事は、恐らくは対人用の9mmによるものだろうか。
そんな事を思考するエリオの目前で、ティアナはダガーモードの刃を深くキャロの首筋へと押し当てる事で行動を促した。

「急ぎなさい、余り長く待つつもりは無いわ」

刃の当てられた箇所から、幾筋もの赤い線が延びる。
キャロの瞳が揺らぎ、小さな呻きが漏れた。
ティアナは変わらず平静を保ったまま、僅かながら更に刃を押し込む。
くぐもったキャロの悲鳴。
嫌でも理解せざるを得なかった。
彼女は、本気だ。

「3つ数えるわ。その間に投降するか、それとも彼女ごと私達を殺すか決めなさい」

エリオは考える。
近接戦闘であれその他の何であれ、速度に関しては絶対的にこちらが有利だ。
ストラーダの矛先は、既にティアナへと狙いを定めてある。
後は瞬間的な魔力噴射を行えば、ストラーダは自身の手の内より射出されティアナの半身を微塵に打ち砕くだろう。
同時にその余波は、傍らの2人をも殺傷する事となる。
無論ながら、ティアナに拘束されているキャロすらも。

では、射出速度を抑えてはどうか。
ティアナを殺害し、キャロを軽傷で救い出す事はできる。
だが、他の2人は良くて軽傷、最悪の場合は無傷のまま生存する事となるだろう。
後は至極単純だ。
1人が得物を手放したエリオを殺し、残る1人がキャロを殺す。
フリードもヴォルテールも、その強大過ぎる力が災いして手を出す事はできない。
状況の支配権がティアナに在る事を、エリオは認めざるを得なかった。

「1つ・・・」

ストラーダをフリードの背に預け、其処からティアナ達の許へと跳ぶ。
体を捻り上下を逆転、そして着地。
視線を上げ、ティアナへと向き直る。

「2つ・・・」
「・・・言う通りにしましたよ、ティアナさん」

両の掌を翳し、抵抗の意が無い事を示すエリオ。
ティアナの腕の中で、涙を零しながら首を振ってもがくキャロ。
キャロの首筋へと更に食い込む刃を意に介する素振りすら見せず、一挙一動すら見逃さないとばかりにエリオを見据えるティアナ。
そして、エリオの背後から迫る2つの足音。

「跪け」

背後の声に、エリオは無言のまま従った。
掌を後頭部に回して組み、両膝を床面へと突く。
だが、視線だけは変わらずティアナを、その腕へと囚われたキャロを捉え続けていた。
魔力の刃は未だ、彼女の首筋へと吸い付いたまま離れない。
そのバリアジャケットは溢れだす血液によって、既に胸元まで紅く染まっていた。
我知らず歯軋りし、エリオは心中を埋め尽くす憎悪もそのままに、射抜く様な視線をティアナへと向ける。

これから恐らく、自身は意識を奪われる。
では、その後に待つものは何だ。
自身がどうなろうと知った事ではないが、キャロはどうなるのか。
フリードとヴォルテールが居る以上、殺される事はないだろうが、しかし何事も無かったかの様に解放される筈もない。
結局、自分は彼女を護り切る事ができなかったのだ。

「そのままよ。おかしな事は考えないで」

自身の無力さを呪うエリオへと、ティアナが声を投げ掛ける。
此処で漸く彼女は、ダガーモードの刃をキャロの首筋から離した。
刃が離れた後に残るは、血液が滲み出す一筋の赤い線。
傷は頸動脈まで至ってはいないらしいが、それでも薄皮が裂かれただけに留まらず、刃が皮下組織にまで喰い込んでいた事を窺わせる。
キャロの口を抑えていた左手が離れ、彼女は小さく震える声を漏らした。

「エリオ君・・・!」
「黙ってなさい」

クロスミラージュ、ダガーモードからツーハンド・ガンズモードへと移行。
左手に握られたクロスミラージュの銃口はキャロの顎下に、残る一方の銃口はエリオの額へと向けられている。
抑え切れぬ憤怒の感情に身体を震わせ、エリオは軋みが上がる程に歯を噛み締めた。
そんな彼を見下ろし、ティアナが口を開く。

「それで・・・こうして先手を取った訳だけれど」

止めを刺す前の気紛れか。
キャロに対する罪悪感と、不甲斐ない己への失望。
それらの狭間でエリオは、眼前に佇む憎むべき敵の言葉を一語一句逃さず聞き取ろうと、聴覚に意識を集中した。
そして、ティアナは続ける。

「そろそろこっちの話を聞いて貰えるかしら・・・ライトニング? できれば冷静に・・・戦闘は無しで・・・」

紡がれたのは、全く予想外の言葉。
唖然とするエリオ。
しかしすぐに、彼は異常に気付いた。
ティアナの身体が、不自然に揺れている。

「全く・・・慣れない事、するものじゃ・・・ないわね・・・」

ティアナの手から滑り落ち、床面へと叩き付けられるクロスミラージュ。
遂にはキャロを取り押さえていた腕すらも離れ、その身体はよろめきながら後退りする。
唐突に解放されその場にへたり込んだキャロも、呆然とそんなティアナを見つめていた。
異常を感じ取ったのか、フリードとヴォルテールも攻撃態勢を解き、しかし未だ警戒しつつ事の成り行きを見守っているらしい。
そんなエリオ達の目前でティアナは、再度に壁面へと背を預けて数度、口を手で覆って苦しげに咳込む。
指の間から溢れ出る液体、黒味掛かった赤。
エリオは我知らず、彼女の名を口にする。

「ティアナさん・・・?」
「まさか、あれでも・・・仕留め・・・損なってた、なんて・・・ね・・・」
「ティアナさんッ!」

背を壁面へと擦りながら、ティアナの身体は摺り落ちる様に床面へと倒れ込んだ。
壁面に残されたのは、放物線状の赤い模様。
咄嗟に駆け出し、倒れたティアナを抱き起こす。
その時、同じく駆け寄ってきたのであろうキャロが、ティアナの背を見るや小さく悲鳴を漏らした。
ティアナを抱きかかえたまま何事かとキャロへ視線を移せば、彼女はフィジカルヒールを発動させると同時に、叫ぶ様に言い放つ。



「背中、撃たれてる! 3発も!」



視線を落としてティアナの背面を見やったエリオは、其処に穿たれた複数の穴を視界へ捉えるや、自身の血の気が引いてゆく事を鮮烈に自覚した。
水泡が潰れる小さな音と共に、一定の間隔を置いて血を噴き出す3つの穴。
射撃手は狙いを定めるつもりなど無かったのか、銃創は左肩に1つ、背面に2つ穿たれている。
大腿部のそれを含めれば、ティアナは4発もの銃弾を受けている事になるのだ。
だが、この3つの銃創は大腿部のそれとは異なり、明らかに新しい。
まるでたった今、この場で穿たれたかの様に。

「ッ・・・!」

フリードの咆哮、警告の意を示すそれ。
瞬間、エリオは弾かれた様に、他の2名の局員へと視線を移す。
果たして視線の先、彼等は床面へと倒れ伏し、その身体の至る箇所から大量の血液を溢れさせていた。
何時の間にと驚愕するエリオだったが、胸元に感じた違和感に再度、視線を腕の中のティアナへと落とす。
彼女は血塗れの手に掴んだ正方形の何かを、エリオのバリアジャケットに備えられたポケットへ入れようとしていた。
出血によるショック症状なのか、酷く震える手を必死に動かし、何とかその行為をやり遂げる。
そして何事かを伝えようと必死に、しかし生気の感じられない血の気の失せた表情で口を動かすティアナ。
思わずキャロと共にその手を握り締め、エリオは自身の耳をティアナの口許へと近付ける。
鼓膜を震わせるのは空気の漏れる異音と、酷く掠れた小さな声。

「真実を・・・地球軍の、計画・・・覚られないで・・・なのはさん達に・・・伝えて・・・」
「エリオ君・・・」

自身の名を呼ぶ声に、エリオはキャロを見やる。
すると彼女は、何事かを恐れる様な表情でエリオの後方、崩落した階層内を指していた。
周囲に響く重々しい、硬い靴底が床面を叩く音。
明らかに軍用ブーツのそれと判る靴音に、エリオはゆっくりと背後へ振り返る。

果たして背後の暗がりの中に、闇よりもなお黒々とした装甲服の影が浮かび上がっていた。
僅かに前屈みになっているのか、通常よりも幾分だが低い位置に視覚装置の赤い光が点っている。
だが、常ならば2つ在る筈のその光は何故か1つしか見受けられず、しかも影は奇妙に揺らいでいた。
何かがおかしいと感じたのも束の間の事、数歩ほど進み出た影の全貌を視界へと捉えるや否や、エリオは息を呑んだ。

「何が・・・!?」

エリオの予想通り、影の正体はランツクネヒトの隊員だった。
だが、その左腕は上腕部から千切れ飛び、左脚は大腿部が大きく抉れて骨格が露出している。
破片を受けたのか、腹部右側面には喰い千切られたかの様な傷があり、其処から内臓器官の一部が覗いていた。
ヘルメットは左側面の一部が粉砕されており、左眼に当たる視覚装置は周囲を覆うマスクの一部と共に損なわれている。
本来ならばマスクの破損した部位からは左眼が覗いている筈だが、当の眼球は周囲の皮膚諸共に失われており、剥き出しの皮下組織と黒々とした眼窩だけが、滲み出す血液を絶え間なく溢し続けていた。

「ひ・・・!」

直視してしまったらしきキャロが、背後で引き攣った悲鳴を上げる。
だがエリオは、隊員から注意を逸らす事ができなかった。
正確には隊員の残された右腕、その手に握られた物体からだ。

20cm程の銃身に、それを僅かに上回る全長のサプレッサー。
一見すると通常のハンドガンに見受けられるが、エリオはそれがマシンピストル、即ち9mm弾を連射可能な質量兵器であると知っていた。
そして同時に、何故ティアナが3発もの銃弾を受けていながら頭部などの致命的な箇所への被弾が無かったのか、その理由へと思い至る。

隊員は致命傷を狙わなかったのではなく、照準を定める事、それ自体が不可能だったのだ。
自身も明らかに致命傷を負っている上に、既にかなりの出血が在ったのだろう。
銃を握る手は震え、大腿部が抉れているにも拘らず歩を進める脚は、しかし1歩毎に不安定によろめく。
両の掌で銃を支えようにも左腕は上腕部から千切れて失われ、震える右腕のみでは照準すら覚束ない。
よって、少しでも命中率を上げる為にフルオートでの射撃を選択したのだろう。
だが、ハンドガン程度の小型銃器から9mm弾を連射した際に発生する強烈な反動を、装甲服の筋力増強が在るとはいえ、弱った右腕の筋力のみで完全に押さえ込む事などできる筈もない。
連続する衝撃に照準は激しく揺れ、十数発の内3発がティアナへと着弾したというところだろう。
もし銃弾がティアナの身体を貫通していれば、その腕に拘束されていたキャロも、今この瞬間に生死の境を彷徨う事態となっていたかもしれない。
その後、隊員は弾倉に残る全ての銃弾を用いて残る2名の局員を射殺し、今こうしてエリオ達の前へと姿を現したという事か。

「・・・これは一体どういう事です? 何故、戦闘なんか・・・!」

どうにか絞り出した言葉は、小さな金属音によって遮られた。
隊員の右腕、サプレッサー先端の銃口がこちらへと向けられている。
不規則に揺れるそれは照準など定まりようもない事を十二分に知らせてはいたが、しかしフルオートである事を考慮すれば、エリオどころかキャロまでが完全に射界へと捉えられている事だろう。
下手に動く事はできない。
互いの距離が近過ぎる為、フリードもヴォルテールも介入の手段が無い。
そもそもティアナとランツクネヒト隊員、現状に於いてどちらを擁護するべきかさえも不明なのだ。

ランツクネヒトとティアナ達は何故、互いにこれ程の惨状となるまで戦闘を行う必要性が在ったのか。
どちらかが攻撃を実行し、それが皮切りとなって交戦状態に陥ったと考えるのが自然ではある。
では、その攻撃はどちらから行われたのか、それを実行した理由は何なのか。

「何故、銃を向けるんです? 僕達は何も知らない」

語り掛けても、隊員は何も言葉を返さない。
エリオ達へと銃口を突き付けたまま、覚束ない足取りで徐々に距離を詰めてくる。
だが何故、この距離で撃とうとしないのか。
其処に思考が至り、エリオは気付く。

ティアナは言っていた。
真実を伝えろ、地球軍の計画、覚られるな。
そして、今は自身のバリアジャケットのポケットに収められている、何らかのメディアデバイスらしき物体。
何故かAエリアに展開していたティアナ達、彼女達を追ってきたランツクネヒト隊員。
これらの事実から導き出される、現状の背景とは。

「・・・彼女達に、何を「知られた」んです?」

瞬間、隊員が僅かに不自然な動きを見せた。
微かなものだったが、エリオはその動揺を見逃さない。
そして確信する。

「やっぱり」

間違いない。
ティアナ達はランツクネヒト、そして地球軍にとって致命的な情報を入手したのだ。
決して知られてはならない、不都合な事実を暴かれてしまった。
その時点で、ティアナ達は情報の奪取に気付いたランツクネヒトを、ランツクネヒトは情報を入手したティアナ達を殺害せねばならない理由が生じる。
攻撃がどちらから実行されたものであれ、今となってはその事実など大した問題ではないのだ。

「彼女は何かを言う前に、貴方に撃たれた」

ティアナがキャロを拘束し自身に投降を迫った理由は、状況を理解していない自身等がティアナ達を攻撃する危険性が在った為だろう。
だがその行動は、ティアナ達を殺害すべく追跡していた隊員に、絶好の機会を与えてしまう事となった。
それまでの戦闘を経て、ティアナ達は既に隊員を殺害したつもりだったのだろう。
ところが、常人離れした強靭さで生き延びていた隊員は、自身達に注意を向けているティアナ達の背後から9mmの弾雨を浴びせ掛けたのだ。
その隊員は今、何をしているのか。
ティアナ達と接触した自身達を撃つ事もせず、何を。

「それ程に、知られたくない事だったんですね?」

答えは1つ。
彼は待っている。
通信が回復する、その時を待っているのだ。
コロニー外に展開するランツクネヒト、或いは地球軍へとこの状況を知らせる為に。
自身等に関しては、ティアナからどれ程の情報を得たか、隊員が知る由も無い。
通常ならば時間的にも状況的にも、多くの情報を伝える事は不可能と判断できる。
だがそれは、通常の人間ならばの話だ。
自身もキャロも、そしてティアナも魔導師。
つまり念話という、魔導師のみが用いる事のできる通信手段が在るのだ。
それを通じて、既に情報の遣り取りが在ったのではないか。
隊員は、それを疑っているのだろう。
実際には、ティアナは念話を使う事もできぬ程に消耗していたのだが、彼にそれを知る由など在る筈もないのだ。

「ランツクネヒトは・・・地球軍は何を隠しているんですか」

本来ならば、有無を言わさず自身等をも射殺するつもりだったに違いない。
だがこの場には、フリードとヴォルテールが存在した。
主へと銃口が向けられている、自身が攻撃を実行すれば主を巻き込んでしまうという、この2つの事実によって彼等の行動が封じられている事は明らかだ。
しかし、この状況下で自身はともかくキャロが殺害される事が在れば、2騎は即座に行動を開始するだろう。
隊員は微塵の抵抗も許されずに殺害され、一連の事実が外殻に展開する部隊へと知らされる。
実際には、使役竜と守護竜である2騎と明確な意思の疎通を行える人物はキャロのみであり、その他の人間が彼らの意思を読み取るには複雑な術式が必要なのだが、目前の隊員が其処までの情報を得ている可能性は低い。
しかし同時に、2騎が非常に高い知性を有している事実は、既にランツクネヒトにも知れ渡っている。
その情報が災いしたのだろう、結果的に隊員は通信回復を待つ以外の選択肢を封じられてしまったのだ。

「・・・答えられませんか」

では、自身はどう動くべきか。
このまま時間だけが経過し、通信が回復する事が在れば、全てはランツクネヒトと地球軍の思惑通りに修正されるだろう。
自身とキャロ、フリードとヴォルテールは諸共に処理され、ティアナ達と共々、誇り高い戦死者としてリストに名を連ねる事となるに違いない。
それだけは、在ってはならない事だ。

「それでも構いません。貴方が話そうが話すまいが、もう関係ないんです」

真実を伝えなければ、地球軍の思惑を明らかにしなければならない。
勿論、それも在る。
ティアナ達の行動を、その犠牲を無駄にしてはならない。
無論の事、それも理解している。
だが自身には、それらよりも優先すべき事が在る。
他の全てを切り捨て、自身の生命すら捨ててでも成さなければならない事が在る。
たった1つ、他の何にも勝る誓い。
大切な人達を殺めながら、それに対し何ら感慨を抱けなくなってしまった自身に残された、最後の大切なもの。



「・・・全部聞いたぞ、「地球人」!」



キャロを、護る。



「キャロ!」

ティアナを左腕へと抱えたまま、JS事件後の2年間で習得したブリッツアクションを発動。
デバイスを通さずに発動した為に幾分か負荷が掛かるが、一瞬でキャロとの距離を詰め彼女の華奢な身体を残る右腕で抱え上げる。
キャロもエリオの意図を察知していたのだろう、接触に合わせて後方へと跳んでいた為に、衝撃は最小限に抑えられていた。
エリオの背を叩く衝撃、体勢が崩れる。

「エリオくんっ!」

僅かに遅れ、連続して聴覚へと飛び込んだ、小さな空気の破裂音。
ランツクネヒト隊員、9mm発砲。
悲痛な声を上げるキャロ。
それら全てを無視し、エリオはそのまま崩落跡へと飛び込んだ。
背後、爆発にも似た破壊音と衝撃。
ティアナとキャロを決して離さぬよう、エリオは2人をしっかりと抱えたまま人工重力域を脱し、無重力圏を突き進む。

「ヴォルテールッ!」

キャロが叫ぶと同時、背後へと現れる巨大な影。
周囲の階層から漏れ出る赤い警告灯の光に照らし出され、アルザスの守護竜は超然たるその威容を空間に浮かび上がらせていた。
そしてヴォルテールはその掌へと、3人の身体を優しく受け止める。
エリオはキャロの身体を解放し、細心の注意を払いつつティアナの身体を優しく横たえた。
ヴォルテールの頭部を見上げ、一言。

「エリオ君、背中・・・!」
「2人を、頼むよ」

キャロの言葉を無視し、ヴォルテールの頭上を横切るフリード、その背面を目掛け跳ぶ。
無重力中を突き進むエリオにタイミングを合わせ、寸分の狂い無く背面の中心へと受け止めるフリード。
そのまま旋回し、再度に先程の階層へと向かう1人と1騎。
視線の先、目的の箇所では粉塵が周囲の空間を埋め尽くし、その中に金色の魔力残滓が煌く。

エリオが隊員に発砲を促す台詞をぶつけ、被弾しながらも無重力圏へと脱した直後。
彼はフリードの背に預けたストラーダを遠隔操作し、最大出力での魔力噴射を実行させていた。
「AC-47β」によって増幅された魔力は、推進力を増す為に極限まで圧縮され、ランツクネヒトの改造によって増設されたプロペラントタンクへと蓄積される。
ティアナと対峙した時点で既に充填されていたそれを利用し、無重力中での銃撃を避ける為にストラーダを構造物へと突入させたのだ。
魔力付与等は行っていないものの、突入速度は音速の4倍以上である。
直撃など望むべくもないものの、余波はかなりのものであった筈だ。
だが、仕留めたという確証が無い以上、エリオは其処で済ませる気など毛頭なかった。

「ストラーダ!」

自身の側面へと手を翳し、相棒の名を叫ぶ。
瞬間、構造物内で爆発が起こった。
周囲の粉塵を消し飛ばし、宛らミサイルの如く飛来する、鈍色の槍。
音速を超えて側面の空間を突き抜けるその柄を、エリオは苦も無く自然な動作で掴み取った。
衝撃波と魔力の残滓がバリアジャケットを打ち据えるも、瞬間的に強度を増した障壁を突破する事は叶わない。
足下のフリードも慣れたもの、動揺する気配は全く無かった。
エリオはストラーダを構え、メッサー・アングリフの発動態勢を取る。

フリードのブラストフレア、ブラストレイは使えない。
余り派手にやり過ぎては、外殻のランツクネヒトに気付かれてしまう。
此処で自身が、確実に仕留めなければならない。

「見付けた・・・!」

そして、エリオは目標を視認する。
階層の一画、よろめきつつも構造物の奥へと逃亡を図る影。
ストラーダの矛先を向け、寸分の狂い無く進路を設定する。
向こうも、こちらに気付いたのだろう。
牽制のつもりか、振り返って銃口をこちらへと向けている。
弾倉を交換したのならば、27発の銃弾が装填されている筈だ。

「フリード!」

だが最早、エリオは躊躇しなかった。
照準が定まっていない事を確認するや否や、彼はフリードに降下を指示し、同時にメッサー・アングリフを発動。
急激に下方へと軌道を逸らしたフリードの背から、エリオは発射されたミサイルの如く宙空へと射出された。
直後、サイドを除く全てのブースターノズルから、爆発そのものと化した圧縮魔力の奔流が解き放たれる。

瞬間、引き延ばされる体感時間。
可視化した衝撃波が容赦なく全身を襲い、後方へと引き延ばされた視界の中心で隊員が構えるマシンピストル、その銃口に装着されたサプレッサーの先端が跳ねる。
銃弾は見えない。
進路に変更なし。
見えない何かへと跳ね返るかの様に、幾度も幾度も異なる方向へと跳躍を繰り返す銃口。
だがやはり、銃弾までを見切るには至らない。
突撃継続、腹部に衝撃。

エリオは止まらない。
ストラーダに備わる全ての推力偏向ノズルを後方へと向け、「AC-47β」より齎される膨大な魔力の全てを推進力に変えて突撃する。
引き延ばされた感覚の中、徐々に迫り来る漆黒の装甲服。
だが次の瞬間、エリオは自身の右腕を襲う衝撃を感じ取った。
次いで視界へと移り込んだものは、自身を置いて加速してゆく相棒の影。

撃たれた?
右腕を撃たれたのか。
その衝撃で握力が緩み、ストラーダを手放してしまったらしい。
直進したストラーダは、敵に直撃するだろうか?

視界の中、エリオを残し直進してゆくストラーダ。
しかしその前方で、隊員は身を捻る様にして回避行動を取っていた。
衝撃波までをも受け流す事は不可能だろうが、少なくとも直撃だけは避けられる動き。

エリオは咄嗟にブリッツアクションを発動、右肩を突き出す様にして衝突態勢を取る。
既にストラーダの進路と、エリオ自身の進路は僅かに逸れていた。
隊員はストラーダの回避には成功するだろうが、その直後にエリオの体当たりを受ける事となる。
果たして数瞬後、その予測通りの事が起こった。
エリオは、ストラーダ通過の余波を受けて吹き飛ばされた隊員の胴部へと、こちらも音速を超える速度にて肩から突入したのだ。

「がッ!」

衝突の瞬間、体感時間が通常の状態へと戻ると同時に、エリオの口から獣じみた呻きが漏れる。
彼を襲ったのは、衝突の衝撃だけではない。
障壁の全てを前方への物理防御強化に傾けた為、防音機能と衝撃緩和が不完全な状態となっていたのだ。
その為にエリオは、鼓膜を劈く轟音と全身の骨格が砕けんばかりの衝撃、その双方を同時に受けてしまった。
だが、意識を失う事は許されない。
ランツクネヒトの装甲服が有する耐久性は、常軌を逸している。
この程度の衝撃では、着用者の意識を奪えるか否か判然としないのだ。
果たして、衝撃に瞼を閉じたエリオの左側頭部へと、金属性の硬い物体が押し付けられる。
サプレッサーだ。

「かぁァッ!」

エリオは再び獣の咆哮を上げ、ブリッツアクションを発動すると共に左腕を下から上へと振り抜いた。
左手がサプレッサーを弾く感覚と、発射された銃弾が額を削る感覚。
瞼を見開くと、眼と鼻の先に破損したマスクが在った。
破れた左側面部位から、黒々とした眼窩が覗いている。

掴み掛かってくる右腕。
咄嗟に、エリオは剥き出しになった眼窩、皮下組織が露わとなっている其処に、全力で自身の額を叩き付けた。
それだけに止まらず、彼は隊員の腹部右側面、剥き出しの内臓器官へと左腕を突き込む。
その手に触れる臓器に爪を立て掻き回し、力任せに握り潰した。
エリオの額から噴き出す血と隊員の眼窩から噴き出す血、エリオの背面と隊員の内臓器官から噴水の如く溢れ返る血とが混ざり合い、赤黒い大量の血飛沫となって周囲の構造物を染め上げる。
流石に、剥き出しとなった皮下組織への打撃、そして内臓器官への直接攻撃は強烈な効果を齎したのか、隊員は右手を眼窩の位置へと当てて仰け反り、床面へとその身を叩き付けた。

そして同時に、エリオの視界へと飛び込んだ物は、傍らに転がるマシンピストル。
彼は咄嗟に、肉片が纏わり付いたままの左手を伸ばし、そのグリップを掴んだ。
だがその直後、床面へと倒れ込んでいた隊員の上半身が、弾かれた様に跳ね上がる。
一瞬の虚を突かれ、エリオは一気に上下の位置を逆転された。
同時に襲った衝撃、エリオの頸部を掴む隊員の右手。
更にその一点へと圧し掛かる、成人男性と装甲服を併せた重量。

「が・・・あ、ぎ・・・!」

瀕死の人間のものとは思えない、凄まじい握力がエリオの咽喉を締め付ける。
必死にもがき、被弾によって力の入らない右腕を激しくヘルメットへと叩き付けるも、その行為は一向に意味を為さない。
視界が徐々に赤く染まり、喉の奥からは鉄の臭いが込み上げてくる。
そうして、口許から一筋の熱い液体が溢れ出した事を自覚した瞬間、エリオ自身の意識を無視するかの様に左腕が動いた。
手首を内に向け、自身に圧し掛かる隊員との間へと強引に差し入れる。
違和感に気付いたのか、隊員の首が下へと傾いた、その瞬間。
第二指に感じる金属の抵抗諸共に、エリオの左手は有りっ丈の力で握り締められていた。

「ッ・・・!」

左腕に衝撃。
エリオの首を握り潰さんとする隊員、漆黒の装甲服が奇妙に震える。
連続する衝撃、揺さ振られる左腕。
それに合わせるかの様に、装甲服から小刻みな振動が伝わる。
咽喉を締め付ける隊員の右手には瞬間的ながら更なる力が加わり、エリオは呻きさえ上げられずに眼を見開いた。

だが次の瞬間、左腕の振動が止むと同時に、咽喉に掛けられた手が脱力する。
濃密な鉄の臭いと共に、肺へと流れ込む酸素。
耐え切れずにエリオは咳込み、その途中で左腕に圧し掛かる装甲服を跳ね除けた。
それまでの激しい抵抗が嘘の様に、漆黒の影は呆気なくエリオの側面へと仰向けに転がる。
エリオもまた身体を捻り、うつ伏せになって手を突き咳込み続けた。
視界の中、床面へ点々と描かれる赤い斑点。
暫し思考を放棄して荒い呼吸を繰り返すエリオだったが、思い出したかの様に床に突いた左腕、その手に握られたマシンピストルに気付く。

「あ・・・」

その口から零れる、意味を為さない声。
手の中のマシンピストル、眼前へと掲げたそれのトリガーは、他ならぬエリオの第二指によって限界まで引かれた状態のままとなっており、上部のスライドは後退したまま固定されていた。
それは即ち、弾倉内の弾薬を撃ち尽くした事を意味している。
エリオは肉片と血に塗れた自身の左手、其処に握られたマシンピストルを呆然と見つめ、次いで傍らに転がる装甲服の胸元を見やり、絶句する。

穴が穿たれていた。
胸元から咽喉部に掛けて、複数の穴が。
1つや2つではない、十数もの穴が密集して穿たれ、まるで崩れ掛けの蜂の巣の如き惨状を曝していた。
バリアジャケットすら容易く貫く銃弾が十数発、しかも全くの零距離から。
装甲服に穿たれた穴の下、肉体がどの様な状態になっているかなど、溢れ返る血液を見れば考えるまでもなく明らかだ。
ふと頭上を見上げれば、天井面にも複数の穴が穿たれているではないか。
どうやら数発の銃弾は隊員の身体を貫通し、背面を内から喰い破って天井面へと着弾したらしい。
周囲の惨状を一通り把握したエリオは、そのまま呆然と座り込む。

覚悟は、疾うに決めていた。
敵対を選択した瞬間から、自身はランツクネヒト隊員を殺害する決意を固めていたのだ。
今更、殺人を躊躇する権利など自身には無い。
少なくとも自身はそう考えていたし、その覚悟は済んでいると自認していた筈なのだ。

ところがどうだ。
単に殺害方法がストラーダによる刺殺から質量兵器による射殺に替わっただけで、自身は明らかに動揺している。
確かに、バイドに侵された訳でもない、通常の人間を手に掛けるのは初めての事だ。
だが今更、何を戸惑う事が在るというのか。
ミラとタント、そして2人の子供も、手を下したのは自身ではないか。
敵対する人間を1人殺めたところで、それが何だというのだ。

「エリオ君、無事なの!?」
「・・・キャロ」

背後の声に、エリオは振り向く。
何時の間にか階層へと戻っていたキャロはこちらへと駆け寄るが、エリオの左手に握られたマシンピストル、次いで傍らに転がる隊員の死体へと視線が向くや否や、その表情に驚愕を浮かべて足を止めた。
数瞬後には再び歩み始めたものの、彼女の纏う雰囲気からは明らかな戸惑いと、微かではあるが確かな恐怖が感じられる。
エリオはそんなキャロを、奇妙に平静となった思考で以って見つめていた。
彼女は実に的確に、この場で起こった事を理解しているだろう。
ならば、何も問題は無いのだ。

「エリオ君・・・撃たれて・・・!」
「大した事はないよ。腕を撃たれただけ・・・」
「喋らないで! 背中とお腹を撃たれてるんだよ!」

キャロの言葉を受け、エリオは何の事か解らぬまま自身の腹部を見やる。
果たして視線の先、バリアジャケットの腹部は赤黒い血に塗れていた。
そういえば撃たれていたかと、他人事の様に思い返すエリオ。
血を吐き出したのは、咽喉を締め上げられた所為ばかりではなかったらしい。
腹部に手をやり、紅く染まった掌を見つめながら、エリオは言葉を紡ぐ。

「まあ・・・まだ大丈夫だよ。それよりティアナさんを・・・」
「ティアナさんは・・・」

瞬間、キャロの表情が酷く悲しげに歪んだ。
嫌な予感を覚えたエリオはキャロの制止を振り切り、マシンピストルを打ち捨てて宙空へと飛び出す。
目指すは、崩落面から10m程の位置に浮かぶヴォルテール、その掌の上だ。
狙い違わず到達し、横たわるティアナを覗き込む。

まだ、息は在る。
だが同時に、辛うじて呼吸をしてはいる、それだけなのだと否が応にも理解せざるを得なかった。
肌は青白く、その体温は極端に低い。
小刻みに繰り返される呼吸は、明らかに異常だ。
何より、キャロ1人で行ったフィジカルヒールによる応急処置では、傷の全てを塞ぐまでにかなりの出血が在った事だろう。
体内の血液が、決定的に足りない。

「どうする・・・!?」

外殻へ運ぶか?
否、自身とキャロだけならばともかく、ティアナの状態は明らかに誤魔化しが利かない。
本人の意識が在れば如何様にも切り抜けられるだろうが、現状の彼女は意識不明だ。
更に云えば、瀕死の彼女を救う為には、医療魔法だけでは役不足だろう。
医療ポッドによる集中治療が必要となるだろうが、しかしポッド内での解析が始まれば銃創に気付かれる事は明らかだ。
当然ながら、それがランツクネヒトに配備されている9mmによるものである事も、忽ちの内に判明するだろう。
何より、背面の銃弾は摘出に至っておらず、未だティアナの体内へと残されているのだ。

「どうすれば・・・!」

ならばどうする。
ティアナを此処に残すか?
それも結果は同じ、いずれ発見されて全てが明るみに出るだろう。
彼女だけでなく、同時に他の2名の局員と、ランツクネヒト隊員の死体も発見される。
そうなれば、全て終わりだ。

「くそッ!」

いっその事、全てを灰にするか。
最小出力のブラストフレアで、ティアナを含め全てを焼却してしまえば、事態の全貌が明らかになる懼れは無い。
非情だが、立場が逆となればティアナの思考も、最終的にこの方法へと至るだろう。
だが此処で、ひとつの懸念が浮かぶ。
この場の3体以外にも階層内に、明らかに戦闘によるものと判る死体が存在したなら?

「エリオ君、ティアナさんは・・・」
「黙って!」

なんて事だ。
そうなればもう、打てる手は無い。
バイドの撃退に成功してしまった以上、ランツクネヒトは然程に時間を置かず生存者の捜索へと移行するだろう。
後は死体が発見されるまで、1時間と掛からない。

「エリオ君、あれ!」
「キャロ、今は黙って・・・」
「いいから、見て!」

背後からエリオの肩を引くキャロ。
彼女の必死な声に、エリオは思考を中断して振り返る。
だが、何かおかしい。
キャロはヴォルテールの指の間から、何故かコロニー内部を見下ろしていたのだ。
訝しみつつもエリオはその隣へと移動し、同じく下方を見やる。

機能を回復したコロニー内部の光に照らされ浮かび上がる、黒地に黄色の塗装。
円筒状の奇妙な3つのユニットが回転する、橙色の光を放つ球体。
闇よりもなお暗く其処に在る、漆黒のキャノピー。

「ストラーダッ!」

エリオは叫ぶ。
直後、階層の一画を喰い破り、数分前と同様にストラーダが飛来した。
エリオはそれを受け止めると同時、キャロの襟首を掴んで自身の背後へと放り、構えを取ってその瞬間に備える。
果たして数秒後、その機体はエリオ達の眼前へと浮かび上がった。
忌まわしき機体、理解はしても納得など決してできる筈もないそれ。



「R-13T ECHIDNA」



信じられなかった。
眼前のR戦闘機、ノーヴェの体組織から培養された制御ユニットを搭載されたそれは、無人機として脱出艦隊に配備された筈なのだ。
それが何故、このコロニーに存在するのか。
この機体が此処に存在するという事は、脱出艦隊はどうなったのか。

「どうして・・・こんな時に・・・!」

キャロが、呻くかの様に呟いた。
エリオにしてみても、何故この最悪のタイミングでR戦闘機が出現したのか、奇妙に思う以前に恨み事ばかりが脳裏へと浮かんでしまう。
何もかもが無駄になってしまったのだ。
ティアナ達の行いも、エリオが繰り広げた戦闘も、全てが。
未だ通信は回復してはいないが、R戦闘機ともなれば話は別だ。
既に此処での事は、眼前の機体を通してランツクネヒトの知るところとなっているだろう。
もう既に、状況の趨勢は決したのだ。

「終わりか・・・」

フリードとヴォルテールは、抵抗する素振りどころか唸り声さえ発しない。
彼等も、十二分に理解しているのだ。
たとえ実験機とはいえ、R戦闘機とは自身等が抗える様な存在ではないと。
だからこそ彼等は、眼前の機体を刺激せぬよう沈黙を保っている。
だがそれでも、いざとなればキャロを護るべく、最後まで抵抗するのだろうが。

キャロが、無言で手を握ってくる。
エリオがその手を握り返す事はないが、それでも彼女は決して手放そうとしない。
僅かにそちらを見やると、彼女は諦観に満ちた儚い笑みを浮かべていた。
それがどの様な意図から浮かんだものなのか、エリオは思考しようとする自身を押し止める。
その理由が解ったところで、今となっては何の意味も無いからだ。

「・・・で? 殺すのか、僕達を」

挑発的な言葉を投げ掛けるエリオ。
相手は無人機、意味など無い。
この言葉はシステムの向こう、眼前の無人機を通じてこちらを窺っているであろう、ランツクネヒトに対する皮肉だ。
これで何かしらの変化が在る訳でもない、意味のない捨て台詞。
少なくとも、エリオ自身はそう考えていたのだ。
ところが、数秒後。

「え・・・」
「何やって・・・?」

無人機R-13Tは、思いもよらぬ行動に出た。
フォースと分離した後、何とキャノピーを解放して接近してきたのだ。
R戦闘機としては小型の部類であるとはいえ、20m近い機体が接近してくる様は、かなりの威圧感が在った。
機首とフォースを繋ぐ光学チェーンがヴォルテールに触れぬよう、機首の角度を調整しつつ5m程の位置に静止。
それ以上の何をするでもなく、無防備な側面を曝している。
これは一体、如何なる意図による行動なのか。
エリオはR-13Tの行動の真意を読み取る事ができずに、制御ユニットを収めた灰色のポッド、キャノピー内に鎮座するそれを呆然と見つめる。
しかし十秒程の後、唐突に傍らへと展開されたウィンドウに、エリオの意識は釘付けとなった。
我知らず零れる言葉。

「・・・嘘だろ?」

そのウィンドウは確かに、ランツクネヒト及び地球軍が使用するものと同一のシステムだった。
機能性以外の全てが排除されたデザインは、管理世界に普及する各種メーカーのそれとは明らかに異なる。
だが、ノイズと共に一瞬で再展開されたウィンドウは紛う事なく、管理局に於いて正式採用されているメーカーのものだった。
そして、其処に表示される文字の羅列は、明らかにミッドチルダ言語によって構成された文章。



『ティアナ・ランスターの身柄を引き受ける。直ちに此処から離脱し、生存者に真実を伝えろ。幸運を祈る』



「エリオ・モンディアル」、そして「キャロ・ル・ルシエ」へ。
その2つの名を最後に、文章は締め括られていた。

「まさか・・・貴女は!」

キャロが、堪らずといった様子で叫ぶ。
エリオは数度、制御ユニットとウィンドウ上の文章とを交互に見やり、そして決断した。
背後に横たわるティアナへ向き直り、歩み寄ってその身体を抱え上げる。
再びR-13Tへと向き直ると、未だ制御ユニットを見つめるキャロの傍らを通過、ヴォルテールが掌の上へと生み出す重力域を抜け、無重力中を浮遊しキャノピーへと到達した。
そしてキャノピー内の余剰空間、成人1人が漸く入り込めるだけの其処へとティアナを横たえる。
でき得る限り負担が掛からない姿勢にティアナの身体を安定させると、エリオはキャノピー外縁部に立ち、改めて制御ユニットを見やった。
そして、宣言する。

「被災者の方は任せて下さい・・・ティアナさんを、頼みます」

外縁部を蹴り、R-13Tの機体から離れるエリオ。
閉ざされてゆくキャノピーを見つめる彼の脳裏には、これからすべき事柄が明確に浮かび上がっていた。
R-13Tの外観を眼へと焼き付け、彼はヴォルテールへと視線を移す。
巨大な守護竜の掌の上に座するキャロの瞳は、既に決然たる意思を宿していた。
自身の負傷さえ忘却し、こちらを見やるキャロへと頷いてみせるエリオ。

その遥か頭上と下方、艦艇の突入と離脱によってコロニーへと穿たれた、巨大な穴の両端。
其処から覗く、死と破壊に彩られた無重力の戦場。
未だ残る核の焔、黄昏時の陽光にも似たその光によって照らし出された空間で、赤と青、そして紫の閃光が爆発した。

*  *


『警告。EA波複数検出、極広域。EP展開中、警戒せよ』

突然の警告。
漸く緊張が解れ始めていた矢先であっただけに、はやては文字通り、呼吸が止まる程に驚愕した。
ベストラ及び防衛艦隊との通信は回復したものの、何故かコロニー内部を含む他方面とのそれは一向に繋がる様子が無いという、奇妙な状況。
輸送艦群の救出作業が滞りなく完了した後、ランツクネヒト人員の大部分をAエリアへと残して外殻の部隊はEエリア近辺へと戻り、引き続き通信途絶の原因究明へと移行していたのだ。
頭上にはベストラより派遣された第97管理外世界の技術者、そして警護のランツクネヒト人員を乗せた輸送艦が2隻、帰還の途に就こうとしていた。
通過してゆく輸送艦、その艦体下部を見上げていた最中の、司令部からの警告である。
はやてを始め、周囲の人員が即座に詳細を問い返す。

「司令部、それはバイドによるものか? 検出源の位置は」
『最大出力でのEA波照射源は当域より離脱中、コロニーから離脱したヨトゥンヘイム級と推測される。その他に複数の照射減が存在するが、高出力かつ変則的な軌道を繰り返しているらしく、位置の特定は不可能』
「通信の途絶は、ソイツらが妨害工作を行っていたんだな?」
『そう判断して間違い無いだろう。現在、ヴィットリオとペレグリン隊がヨトゥンヘイム級の追撃に当たっている。敵中枢と思われる目標艦を撃破し・・・』

唐突に途絶える、司令部からの言葉。
はやては眉を顰め、沈黙したウィンドウを見据える。
周囲の人員も、ほぼ同様にウィンドウへと視線を集中していた。
そして、数秒後。
放たれた言葉は、悪夢が未だ去ってはいない事を告げていた。



『・・・駆逐艦ヴィットリオ及びペレグリン1、ペレグリン4、反応消失! 高速移動体複数、急速接近!』



直後、閃光。
視界の全てが白く染まり、聴覚までが一瞬で麻痺した。
防音障壁は全く意味を為さず、全身を打ち据える衝撃は瞬間的に意識を刈り取る。

一瞬だった。
少なくともはやてにとっては、瞬間的な事として捉える他なかった。
閃光が視界に溢れた瞬間、自身が衝撃を受けて意識を失ったらしい事は解る。
その一瞬後には覚醒し、閉ざされていた瞳を見開く事ができた。
ところが、視界へと映り込んだ周囲の状況は、一瞬前とは全く異なっていたのだ。
はやては、焦燥の滲む表情でこちらを見下ろすザフィーラの腕の中に庇われており、更には必死の形相をしたヴィータが傍らに着いていた。
状況を把握できないはやては、念話で以って彼等へと問い掛ける。

『何や・・・私、何で倒れて・・・』
『良かった・・・目が覚めたんだな! 20秒位だけど、はやて気絶してたんだよ! なのはも意識が無い!』
『主はやて、鼓膜は無事ですか? 防衛艦隊とコロニーが攻撃を受けた様です。今のところ詳細は不明ですが、あれを見る限りかなりの被害かと』
『あれ?』

訊き返すとザフィーラは身を引き、その背後の空間をはやての視界へと曝した。
はやては映り込んだ光景に息を呑み、呆然と言葉を紡ぐ。
まるで、信じたくない事実を、しかし何とか受け入れようとするかの様に。

『・・・何が起きた?』
『分かりません。閃光の後、私も数瞬ほど意識を失っていた様です。覚醒した時には、既に・・・』

ザフィーラの返答を聞き留めつつ、はやては周囲を見回す。
つい先程まで頭上に在った、2隻の輸送艦。
1隻は艦体の半ばより2つに裂け、今は小爆発を繰り返しながらコロニーより遠ざかりつつある。
誘爆を繰り返すそれは、搭乗者の生存など望むべくもないという事実を、まざまざと見せ付けていた。
残る1隻に至っては、跡形も無い。
拡がり行く炎の波だけが、輸送艦が確かに存在したのだという事実を物語っていた。

彼方では、複数の爆発が発生している。
それらが何かなど、考えるまでもなかった。
防衛艦隊だ。
R戦闘機による援護が在ったとはいえ、全方位より撃ち掛けられる戦術核の弾幕すら掻い潜り生き延びた艦艇群が、一瞬の閃光と同時に撃破されたのだ。

コロニー外殻、Iエリア方面を見やる。
やはり、コロニーを中心に拡がり行く炎の壁と無数の残骸。
次いで、Aエリア方面へと視線を移す。
今のところ、異常は無い様に見受けられた。
漸く港湾施設を脱した8隻の輸送艦が、遅々とした速度で離脱を開始している。
思わず安堵の息を漏らしたはやてだったが、輸送艦群の進路上に浮かび上がった影を視認した瞬間、彼女の意識は凍り付いた。

「うそ・・・」

新たな爆発の光に照らし出され、影の全貌が浮かび上がる。
同時に、周囲の人員もその存在に気付いたらしい。
無数の声が上がり、念話と通信が錯綜する。
奇妙に揺らめくその影は、球状の部位と槍状の部位が癒着し、更にその後方から幾本かの触手が伸びたかの様な、余りにも醜悪な形状だった。
だが、はやてはその形状に見覚えが在る。
脱出艦隊が出航する数時間前、衝撃的な事実と共に提示された、計9機のR戦闘機に関する簡易データ。
その中に在った、とある異形の機体。

「B-1A2 DIGITALIUS II」
植物性バイド因子添加試作機・改良型。
脱出艦隊と共に在る筈の機体が、コロニーの目と鼻の先に存在していた。
はやては驚愕に眼を瞠り、同時に今にも暴走しそうな思考を何とか抑え込む。
脱出艦隊はどうなったのか。
何故あれが此処に在るのか。
先程の攻撃とあれの関係性は。
それら全ての疑問を何とか押しやり、彼女はシュベルトクロイツ、被災した技術者達とランツクネヒトの協力により複製されたそれを構え、B-1A2を見据える。
この瞬間に問題となり得るのは、あの機体が敵か味方かというだけの事だ。
そうして、フレースヴェルグの発動態勢へと移行したはやての意識へと、漸く覚醒したらしきなのはからの念話が飛び込む。

『はやてちゃん、何を!? あれは味方で・・・』
『寝ぼけとるんか、高町一尉? 脱出艦隊に付いとった筈のあれが此処に在るのは、どう考えたっておかしいやろ。おまけに正体不明の攻撃とこのタイミング、疑わん方がおかしいわ』
『そんな! だってあれはスバル・・・』
「違う!」

叫ぶはやて。
視界の端で、ザフィーラとヴィータを含む数人が、驚いた様にこちらを見る。
だが、彼女はそれを気にも留める余裕すらなく、音声と念話の双方で叫び続けた。

「スバルやない、スバルなんかやない! あれは唯の機械や! 意識も何も持たん、唯の部品や! あれをスバルだなんて呼ぶのは、たとえなのはちゃんでも許さん!」
『はやてちゃん・・・』
「解ったら構え! 敵か味方か判らん以上、攻撃態勢だけは維持しとくんや! やらんか、高町一尉!」

地響きの様な爆音が轟く中、周囲へと展開する人員の間に沈黙が満ちる。
数秒後、了解、との念話がなのはより返された。
100mほど離れた地点で、桜色の魔力光が集束を始める。
それを確認し、はやてもまたフレースヴェルグの発動準備を再開した。

ヴィータもザフィーラも、何も言葉を挟まない。
2人とて、なのはの胸中は良く理解しているだろう。
しかし同時に、はやての言葉が正しいものであると理解しているからこそ、無言のままに迎撃態勢を取っているのだ。
少なくともはやてはそう考えており、それが間違ってはいないと信じている。
それでも、鬱屈した思いが首を擡げる事は避けられなかった。

あれは、断じてスバルではない。
なのはに対して言い放った通り、あれは唯の機械だ。
人間としての姿は疎か、その意識さえ有し得ない、単なる部品。
ごく僅かな有機体と、その10倍以上の質量を有する機械類によって構成され、50cm程の円筒形のポッドに収められた有機質制御系。
だから、あれに対して何らかの感慨を抱く必要性など、僅かたりとも在りはしない。
制御下に在るならば利用し、敵対するならば排除するまでだ。

『ビクター2よりベストラ、聞こえるか。何故、此処にB-1A2が存在する? 脱出艦隊からの連絡は無いのか。先程の攻撃は何処から?』

管制を担っていた機動兵器の1機より、ベストラへと通信が飛ぶ。
その間にもB-1A2は特に動きを見せる事もなく、一切の機能を停止したかの様に宙空を漂っていた。
詠唱を済ませたはやては、その機体から目を離す事なく、ベストラからの返答を待つ。
だが数秒が経過しても、ベストラが応答する様子は無い。

『ベストラ・・・ベストラ、どうした? 爆発が続いている・・・防衛艦隊は何と戦っているんだ? ペレグリン隊、シュトラオス隊・・・おい、どうなってる!?』

通信の声が、徐々に焦燥を増す。
脳裏へと浮かぶ、余り愉快ではない現状への推測。
はやての額には何時の間にか汗が滲み、肌が粟立っていた。
通信は、更に続く。

『ヤタガラス、アクラブ! 何故、応答しない! 交戦しているのはこちらからも見えて・・・待て』

ビクター2の言葉が途絶え、はやてを含む全ての人員の傍らへと、新たなウィンドウが開かれる。
B-1A2から外した視線の先、拳ほどの大きさのそれにはノイズが奔るばかりだったが、時折混じる言葉らしきものを聞き取る事ができた。
一体、これは何なのか。
訝しむはやての意識に、ビクター2の声が響く。

『ビクター2より総員、大出力中距離通信用レーザーを検知・・・ベストラからじゃない。妨害が激しいが・・・』
『こちら脱出艦隊、旗艦ウォンロン! コロニー防衛艦隊・・・』

ビクター2の言葉を遮り、唐突に割り込む通信。
どうやらレーザーの発信源が、強制的にビクター2のシステムへと介入したらしい。
そんな事が可能である存在は、バイドか地球軍、ランツクネヒトしか有り得ない。
そして、レーザーの照射源はこうも言った。

脱出艦隊、旗艦ウォンロン。
地球軍に救援を要請すべく、人工天体外部へ向かった11隻の戦闘艦と、それらを指揮する巨大な空母型戦闘艦。
彼等の出航から、まだ6時間しか経過していない。
作戦終了までの予測所要時間は11時間。
にも拘らずウォンロンは現在、中距離通信用レーザーが使用可能な距離にまで、コロニーへと接近しているという。
その事実から推測するに、作戦は失敗したという事だろうか。

そんな事を思考する間にも、ウォンロンとビクター2の通信は続く。
だが、どうやら通信妨害が激しさを増しているらしく、ウォンロンからの通信もまた、途絶えては繋がるを繰り返していた。
ウォンロンは何事かを伝えようとしているらしいのだが、その言葉は通信の切断と合わせて意味を為さない単体の音となってしまう。
レーザー検知直後の通信を最後に、ウィンドウから放たれる音声は、正確な聞き取りすら不可能なものとなっていた。
ビクター2はどうにか通信状態を回復させようと試みているらしく、新たに展開したウィンドウには無数の波形と立体グラフが犇めき、その全てが目まぐるしく変動を続けている。

そしてある瞬間、全ての波形が変動を止め、立体グラフ上に凪いだ平面が拡がった。
ウィンドウの色は赤から青へと移行し「通信回復」の文字が表示される。
漸くか、とウィンドウからB-1A2へと視線を戻したはやてが、ウォンロンより放たれる言葉に注意を傾けた、その瞬間。

『ウォンロンよりコロニー防衛艦隊、警告! ユニット「TYPE-02」搭載機、一部暴走! 当該ユニット搭載機B-1A2、全機スタンドアローン! 現在、敵対行動を継続中!』



歪な植物体の後方で、光が爆発した。



「な・・・!」

B-1A2、急加速。
フレースヴェルグを発動するどころか、はやてが声を上げた時には既に、B-1A2は輸送艦群の中心を貫いてコロニーへと急接近していた。
ザイオング慣性制御システムと反動推進システム、双方を併使用してこそ可能となる、常軌を逸した戦闘機動。
即座に反応した質量兵器群の砲撃は空しく宙空を貫き、ミサイル等の誘導弾は目標を見失って自爆する。
B-1A2の戦闘機動開始とほぼ同時、驚くべき反応の速さでフレースヴェルグと同様の特性を有する広域制圧型砲撃魔法を放った者も存在したが、広域魔力爆発の発生前に目標が通過してしまった為、全く意味を為していない。
敵機は無傷のままにコロニーへ取り付くと減速し、外殻上を滑る様に側面方向への移動を開始する。

『目標、外殻に取り付いた!』
『シュトラオス隊は何をしている!?』
『アイギスが機能していない・・・クソ、制御奪還なんて嘘だ! アイギス群、別の何かに制御権を奪われているぞ!』

そして、目標の機首に集束する、青い光。
B-1A2、波動砲充填中。
通信と念話が、焦燥と恐慌に支配される。

『砲撃だ、波動砲が来る!』
『離脱だ、離脱しろ! 散開して逃げるんだ!』
『はやて、早く!』

ヴィータがはやてのを腕を掴み、更にザフィーラが2人を庇う様にして、コロニーから離脱するべく宙空へと上昇。
はやては右側面の下方、旋回する様に外殻上を高速機動する敵機の全貌を、恐怖と、それを凌駕する敵意を以って見据えていた。
理不尽な攻撃を前に逃げ出す事しかできない歯痒さ、肝心の状況下で現れないR戦闘機群に対する憤りと侮蔑。
スバルとノーヴェの尊厳を踏み躙ってまでして得た戦力を制御し切れず、あまつさえ暴走を許し、敵対行為を未然に防ぐ事さえできなかった地球軍とランツクネヒトへの怒り。
それら全ての思考と感情が混然となり、はやて自身にも制御できぬ波となって意識内を荒れ狂っていた。
だが、そんな感情の荒波さえも、敵機後方で噴射炎が瞬いた瞬間に微塵となってしまう。

「がぁッ!?」
「ぎ、ぅあッ!」

ヴィータ、そして自身の悲鳴。
B-1A2が再度加速、上昇離脱する人員を掠める様にして飛び去ったらしい。
背中を支える腕の力を借りて体勢を立て直した時には既に、はやてを含む人員の殆どは、外殻から500m以上も離れた宙空にまで吹き飛ばされていた。
グラーフアイゼンを構えるヴィータと後方からはやてを支えていたザフィーラは、あの衝撃の中ではやてから離れる事もなく、一貫して彼女を守護できる位置を維持していたらしい。
そんな家族を頼もしく思いながら、はやては敵機の姿を探す。
直後、これまでサポートに集中し、決して喋ろうとはしなかった融合中のリィンが、意識中で悲鳴の様な声を上げた。

『上です!』

反射的に上を振り仰ぐと同時、轟音と共に周囲から数条の光が放たれる。
リィンとほぼ同時に敵機を発見した数名の魔導師が、吹き飛ばされる直前までに集束していた魔力で以って砲撃を実行したらしい。
桜色の魔力光が混じっている事から、なのはもその中に加わっているのだろう。
更に、数十発ものミサイルが宙空および外殻上の機動兵器群より放たれ、他の質量兵器の砲弾と共に敵機を目掛け加速してゆく。
光学兵器群も、焦点温度が不足である事は既に判明してはいたが、光の壁面を形成するかの様に凄まじい照射を始めていた。
だが数瞬後、その全てを嘲笑うかの様に、B-1A2は信じられない機動を選択する。

「何を・・・!?」

三度、敵機後方で噴射炎が爆発。
直後に、背後から破滅的な衝撃がはやてを襲った。
B-1A2は波動砲充填状態を保ったまま、砲撃とミサイルの壁に正面から突入してきたのだ。
衝撃波は、敵機がはやて達の後方を通過した際に発せられたものだろう。

「くぁ・・・!」

ザフィーラの守護も在り、吹き飛ばされる事だけは回避したはやて。
全身を打ち据える衝撃に呻きつつも、彼女は下方へと直進した敵機の影を視界へと捉えんとした。
だが、はやては視線の先に、全く予想だにしなかった光景を見出す。

「え・・・」

敵機は、直進し続けていた。
単独の事象ならば不自然な事は何も無いが、その往く手にはコロニーの外殻が在る。
にも拘らず、敵機には軌道を変更する様子も、それどころか減速する気配さえ無い。
衝突する、との予想は違う事なく、直後にB-1A2はコロニー外殻へと高速で以って突入していた。
合金製の構造物を打ち抜く、壮絶な異音。
思わず身を竦ませた直後から、念話と通信が入り乱れる。

『何だ、今のは!? アイツ、自分から墜落しやがったぞ!』
『トラブルでも生じたか・・・だが、波動砲を充填していたぞ』
『まだ接近しないで、何かあるかもしれない!』

飛び交う無数の言葉を意識へと捉えつつ、はやては敵機の墜落地点を凝視していた。
外殻構造物には十数mもの穴が開き、その奥へと消えたB-1A2の影を見出す事はできない。
その事が、はやての胸中へと言い様の無い不気味さを湧き起させた。

如何なR戦闘機とは云えど、あの速度でコロニーへと衝突しては無事である筈がない。
だが、はやてはこれまでに、R戦闘機とバイドの異常さを嫌という程に、身を以って思い知らされてきた。
あの薄暗い穴の中で、これまでと同じく常軌を逸した悪夢の種が息衝いているのではないかと、そんな不安とも恐怖とも付かぬ薄暗い予想が首を擡げるのだ。
そんなものは単なる気の迷いに過ぎない、と笑い飛ばせる楽観的な思考は、クラナガンと本局が襲われた時点で捨て去っている。
そして、恐らくは同じ不安を内包しているであろうヴィータが、聞き逃す事のできない言葉を紡いだ。

『あの機体・・・一瞬、ぶれやがった』
『・・・何やて?』
『気の所為かもしれないけど・・・コロニーへ衝突する直前、アイツの影が映像みたいにぶれた様に見えたんだ。多分、波動粒子の光だと思うけど・・・青い光が、機体の全体に行き渡った、みたいな感じで』
『波動粒子だって?』

ヴィータの言葉に反応したのは、はやてだけではなかった。
周囲の魔導師が穴に向かってデバイスを構え、機動兵器群が次々に周囲へと集結してくる。
穴に異変は見られない。
数十秒ほど経過しても、それは変わらなかった。

『ビクター2、ウォンロンとの通信はどうなっているの?』
『交戦中、との通信を最後に途絶えた。相手が何かまでは・・・』
『フリックより総員、警告! コロニー内部、バイド係数増大! 現在22.94、なおも増大中!』

唐突に、ビクター2とは別に管制を担っていた機動兵器からの警告が飛び、新たに展開されたウィンドウ上へと、急速に変動してゆく4桁の数値が表示される。
バイド係数、増大。
その事実を認識するや否や、はやてはラグナロク発動の為の詠唱を開始した。
彼女の眼前へと展開する、巨大なベルカ式魔法陣。
はやてだけでなく、その周囲でも複数の魔導師が魔法陣を展開していた。

「響け、終焉の笛・・・」

穴の奥深くから、奇妙な音が響き始めている。
何か硬い物を擦り合わせる様な、しかし明らかに金属製のものとは異なる、耳障りな異音。
全く距離感の掴めない、まるで鼓膜の内から響いているかの様なそれが、はやての意識を絶えず苛む。
コロニー内部に取り残された生存者が存在するのではないかとの思考は、なおも増大しゆくウィンドウ上の数値を改めて視界へと捉えた瞬間に掻き消えた。

被害こそ生じるだろうが、この程度の砲撃でコロニーが崩壊する筈はない。
何よりバイド係数検出源を放置すれば、砲撃によるそれ以上に重大な被害が生じるだろう。
迷っている暇など無い、すぐにでも検出源を排除せねば。
そんな自身の思考に従い、一刻も早くこの異音を止めるべく、はやてはシュベルトクロイツを振り下ろした。

「・・・ラグナロク!」

轟音。
数十もの魔力砲撃が、唯一点を目掛け放たれる。
更に、周囲の機動兵器群による、残余弾の全てではないかと思える程のミサイル、実体弾による砲撃。
数十条の魔力の奔流と、数百もの噴射炎の光が、外殻上に穿たれた1つの穴を目掛け殺到する。
先ずミサイルと砲弾が着弾、凄まじい閃光と轟音が周囲を満たし、衝撃がはやて等を襲った。
次いで、リンカーコアを通して感じ取れる、膨大な量の魔力の炸裂と拡散。
仕留めた、との確信と共に、はやては薄らと瞼を見開く。
そして、それを見付けた。

「・・・何や、あれ」

それは、黒い塊だった。
砲撃魔法と質量兵器の炸裂により発生した巨大な爆炎と、飛散する膨大な量の構造物残骸、その中心。
蠢く奇妙な塊が、無重力中へと拡散する炎の中に浮かび上がっていた。
障壁に阻まれ、魔導師を避ける様にして炎の壁が後方へと抜ける。
その後に視界へと映り込んだ光景は、大きく抉れたコロニー構造物と、その中心で残骸に埋もれ蠢く数十m程の奇妙な塊。
そして、塊を注視した瞬間、フリックからの警告が意識へと響くと同時。

『バイド係数、更に増大! 47.59!』



外殻を喰い破り現れた無数の「根」が、コロニーを侵蝕し始めた。



「な、あッ!?」

巨大な金属構造物が軋む轟音、「根」と「根」が擦れ合う異音。
防音障壁越しにも聴覚を破壊せんばかりのそれらが、周囲に展開する人員を襲う。
思わず耳を押さえ、悲鳴を上げるはやて。
その視線の先で、灰色掛かった「根」は瞬く間に外殻を破壊しつつ、津波の様にコロニー全体を覆ってゆく。
侵蝕の中心となっていたらしき塊は既に形を失ってはいたが、拡がった「根」はそれが存在していた位置を中心に放射状の模様を描いていた。
外殻上へと展開していた機動兵器群からは、絶えず悲鳴の様な通信が飛び込む。

『何だあれは!? 植物が、植物の壁が押し寄せてくる!』
『ドライブユニットの磁力を解除しろ! 無重力中に逃げるんだ!』
『クソ、クソ! 弾き飛ばされた! 誰でもいい、回転を止めてくれ!』
『こちらホッジス、植物に取り込まれた! おい嘘だろ、機体が軋み始めて・・・畜生、潰される! 畜生、畜生ッ!』

鉄の圧潰音、悲鳴とくぐもった水音。
通信越しにそれらの音を聴き留めたはやての胸中へと、恐怖と共に吐き気が込み上げる。
だが、状況は彼女に、それを深く意識させる暇さえ与えなかった。

『ねえ、何か伸びて・・・危ない!』
『蔦だ! 蔦が伸びてくる!』
『コロニーから離れろ! 捕まるぞ!』

完全に「根」に覆われたコロニー、その至る箇所から無数の「蔦」が伸び始める。
数万、数百万、或いは数千万だろうか。
壁となって迫り来る「蔦」は、鞭の様に撓りつつ爆発的に伸長し、あろう事か周囲の機動兵器群および魔導師達へと襲い掛かった。
其々に砲撃および直射弾を放ちつつ退避を試みるも、「蔦」はそれらをものともせずに襲い掛かる。
直射弾程度では進行を妨げる事もできず、砲撃により数本の「蔦」を吹き飛ばしたところで、次の瞬間にはその数十倍もの数が襲い来るのだ。
忽ちの内に20名以上の魔導師、そして数機の機動兵器が捕獲され、通信と念話は悲鳴と絶叫で満たされる。

『ひ・・・!』
『助け・・・ぁああぁぁぁッッ!?』
『嫌だ・・・嫌だ、出してくれ! 此処から出してくれェッ!』
『脱出しろ、潰されるぞ! 出ろって言ってるんだ、早く!』
『痛いぃッ! 助け、助けてッ! 嫌、嫌ああぁぁッ!』

意識へと溢れ返る、幾つもの断末魔。
はやてには最早、それらの悲鳴に何らかの感傷を抱く余裕さえ無かった。
放心しているらしきヴィータ共々、ザフィーラに抱えられつつ離脱を開始する。
傍らにはなのはの姿も在り、彼女は時折後方を振り返っては砲撃を放ち、また飛翔を再開する事を繰り返していた。

『しっかりして下さい、主! 少しでも遠くへ逃げるのです! ヴィータ、目を覚ませ! 主を護る騎士だろう、貴様は!』
『はやてちゃん、飛んで! 伸びる速度が速い、追い付かれる!』

その言葉に漸く、はやては覚醒する。
後方、即ち足下に迫る「蔦」の壁を認識するや否や、零れそうになる悲鳴を寸でのところで抑え込み、可能な限りの魔力を注ぎ込み加速。
ザフィーラのもう一方の腕に抱え込まれたヴィータも、ほぼ同時に自力での飛翔を開始したらしい。
だがヴィータはともかく、はやての飛行速度は元々が余り速くはない。
それでもザフィーラに抱えられて飛翔している以上、彼の負担を和らげる為にも加速せねばならなかった。
事実、はやてが飛翔を開始したその瞬間から、彼女を抱えて飛ぶザフィーラは明らかに加速を始めている。
この分ならば逃げ切れるか、そう考えた時だった。

「ひッ!?」

何かが、足に触れた。
直後、はやてはザフィーラの腕の中から離れ、前方でこちらを向き何事か絶叫する彼の姿を視界へと捉える。
次いで、自身の足首へと視線を落とすはやて。
其処には、成人男性の腕ほども在る「蔦」に絡み付かれた、自身の右足首が在った。

「あ・・・あ・・・」

はやては絶句する。
自身の足首を掴んだ「蔦」から伝わる凄まじい圧力に、心底から恐怖と絶望、そして諦観が沸き起こる事を自覚した。
潰される。
はやての意識を占める思考は、その一点のみ。
あの断末魔を上げていた魔導師や、機動兵器のパイロット達の様に、「蔦」の壁へと呑み込まれて磨り潰されるのだ。

「嫌ぁああぁぁぁッッ!?」

津波の如く眼前へと迫り来る、犇めき蠢く「蔦」の壁。
圧倒的な質量によって虫の如く潰されるという自身の未来に、はやては心底からの絶叫を上げた。
死にたくない、こんな形で死ぬなんて嫌だ。
そんな思いが金切り声にも似た叫びとして、はやての口から放たれた。

減速する事すらなく、無情に迫り来る壁。
数秒後に自身へと訪れるであろう、凄惨な終焉の瞬間を直視する勇気など在る筈もなく、はやては固く目を閉じてその時を待つ。
だが、彼女を包み込んだのは無慈悲な硬い「蔦」の感触ではなく、頼もしささえ感じさせる鍛え上げられた筋肉の感触と、大切な家族の声だった。

「主はやて、しっかり! 私の腕を掴んでいて下さい!」

恐る恐る見開かれた視線の先には、前方を見据えるザフィーラの横顔が在った。
はやては再び彼の右腕に抱えられ、宙空を飛翔していたのだ。
自身の右足首を見やれば、「蔦」に締め付けられた際に骨格が砕けたのか、奇妙に折れ曲がったそれが不気味に揺れていた。
だが感覚が麻痺しているのか、まるで痛みを感じない。
次いで、はやてはザフィーラの左手を見る。
その手は皮膚が避け爪は折れ、更に指は本来ならば有り得ない方向へと捻じれ、千切れる寸前で辛うじて繋がっていた。
はやては息を呑み、念話で叫ぶ様にザフィーラへと問う。

『ザフィーラ、その手!?』
『あの「蔦」を切断する際に、少々。流石にアクセルシューターとシュワルベフリーゲンを弾き返すだけあって、簡単に切断とは・・・』
『そんな事やない! まさか、戻ったんか!? 私のところまで!』
『ええ、その通りです』

事も無げに返された念話に、はやては返す言葉を見付ける事ができなかった。
ザフィーラは「蔦」に捕われたはやてを救出すべく、我が身を省みずに迫り来る「蔦」の壁の直前まで戻ったのだという。
更には、なのはとヴィータの射撃魔法をいとも容易く弾いた「蔦」を、あろう事か自身の爪で切断してはやてを救い出したのだ。
代償に、彼の左手の指は全て折れ曲がり、第二指と第四指、第五指に至っては殆ど千切れ掛けている。
其処までして、彼は主を護り切ったのだ。

「ザフィーラ・・・っ!」

込み上げるものを抑え切れず、はやては眼の端に涙を湛えて、ザフィーラへとしがみ付く自身の腕に力を込める。
「蔦」に潰されるのだと確信した瞬間、彼女の心を埋め尽くした絶望。
12年前に経験したそれをも上回る程の、余りにも色濃い諦観。
抵抗する気力さえ奪われたはやてを、それらの中より救い出してくれたザフィーラ。
彼が自らの左手を犠牲にしてまで「蔦」を切断してくれたからこそ、はやては生き長らえる事ができた。
その事を強く認識すればする程、感謝の念と同時に、自身の所為で彼に重傷を負わせたという罪悪感が、止め処なく胸中へと湧き起こる。
そして、自身の中で未だ形も定まらぬ内、何らかの言葉でそれらを伝えるべく念話を紡ごうとして。

「ぐ・・・ッ!」
「うぁッ!?」

その直前、はやての身体はザフィーラの手によって、前方へと放られていた。
何事かと認識する暇すら無く、はやては前方で待機していたヴィータの腕によって受け止められる。
衝撃に思わず閉ざした瞼を見開き、ザフィーラの姿を探すはやて。
果たして、ザフィーラの姿は僅かに10m程の位置に在った。

『ザフィーラ、何が・・・』
「逃げろ、ヴィータッ!」
「嘘だろ・・・こんな・・・!」

はやての念話を遮る、ザフィーラの叫びとヴィータの声。
何が起こっているのかと、はやては一瞬ながら混乱し、次いでザフィーラの全貌を注視した。
そして、その光景を視界へと捉え、状況を把握する。
ザフィーラの両脚には、数本の「蔦」が絡み付いていたのだ。

「ザフィーラッ!」
「止せ、はやてっ!」

悲鳴そのものの叫びを上げ、ザフィーラの許へ向かおうとするはやて。
その身体を、ヴィータが背後から羽交い絞めにする。
だがはやては、宛ら幼子の様に四肢を振り回して暴れ、その拘束を振り払わんとした。
同時に、傍らで桜色の光が膨れ上がり、遂にはする。
なのはが、ショートバスターを放ったのだ。
桜色の砲撃は、既にザフィーラの下半身を呑み込んでいた数本の「蔦」、その半ばを貫き切断する。

「逃げて! 早う!」

幾度目かの叫び。
ザフィーラの身体が徐々に加速、前進を再開する。
はやてはヴィータによって強引に後方へと退きながらも、接近してくるザフィーラへとその手を伸ばした。
盾の守護獣としての使命、即ちはやての身を護る事を何よりも優先する彼が、差し伸べられたその手を掴む事は決してないと理解しつつも、彼女はそれをせずにはいられなかったのだ。

「ザフィーラ・・・!」
「止まるなヴィータッ! 主を護れッ!」

ザフィーラが鋭く叫び、ヴィータがそれに従った。
彼女は右手にグラーフアイゼンを握り、左腕にはやての身体を抱えて宙を翔ける。
はやては、ヴィータが加速するにつれて胴を締め付ける彼女の腕、その中から必死に自身の左腕を伸ばし、漸く追い付いたザフィーラの右頬へと触れた。
驚いた様な珍しいザフィーラの表情とその銀髪が、安堵によって滲む涙にぼやけて形を崩す。

「ザフィーラ・・・無茶、してぇ・・・」

自身でも驚く程の弱々しい声。
溢れそうになる涙を右手で拭うと、彼は何時も通りの無表情のまま、その頬に触れるはやての左手を自身の右手で握る。
そうして、何らかの言葉を掛けようとしたのか、彼の口が僅かに開かれた直後。

「え・・・」



はやての眼前で、巨大な「蔦」の顎門がザフィーラを「噛み砕いた」。



「ザフィーラ?」

全身へと叩き付けられる、熱い飛沫。
右眼の視界が、赤く塗り潰される。
呆然と家族の名を呼ぶはやて。
残る左眼の視線の先には、あの銀髪も浅黒い肌も、そのどちらも存在しない。
唯々、絡まり合う無数の「蔦」が蠢く、植物体の壁だけが在った。

左前腕部、微かな痺れ。
左手は、ザフィーラの頬へと触れていた。
残る左眼の視界へと、自身の左腕を翳す。
其処で漸く、はやては気付いた。

「あ・・・あ・・・」

左腕、前腕部の半ばから先が、無い。
肘部から10cm程の位置で、前腕が唐突に途切れていたのだ。
遅れて噴き出す自身の血液を、はやては呆然と見つめる。
そして、理解した。

ザフィーラは、もう居ない。
何処を探しても、二度と彼を見付ける事は無い。
僅か十数秒前に、言葉を交わしていたというのに。
僅か数秒前まで彼の頬に触れ、その体温を感じ取っていたというのに。
彼はもう、無限に拡がる次元世界の、その何処を探しても存在しないのだ。

「・・・ああああぁァアアァァッ!?」

それはもう、悲鳴ですらなかった。
自身の苦痛に泣き叫ぶ訳でも、家族の死を悼んでいる訳でもない。
唯、只管に全てを呪う声。

既に「蔦」の伸長は止んでいた。
あと数秒、僅か数秒。
「蔦」が成長し切るまでの、その数秒の間にザフィーラは死んだのだ。
本当ならば、逃げ切れた筈だった。
自身がもっと速く飛べれば、もっと早くに飛翔を開始していれば。
「蔦」に捕まる事もなく離脱できていれば、ザフィーラは死なずに済んだのに。

「うぁぁああアアァァァァッ!」
「はやてっ!」

止血すらせずに泣き喚きながら暴れ続けるはやての身体を、何とか押さえ込もうとするヴィータ。
はやての視界へと映り込んだ彼女の表情は、自身と同じく大粒の涙を溢していた。
ヴィータははやての左腕、血液を噴き出し続ける腕の断面を強く握り、止血を試みる。
はやての叫びは怨嗟と悔恨の念からくるものばかりで、前腕部の激痛による悲鳴など全く無い。
だがそれでも、周囲へと駆け付けた他の魔導師達が治癒結界を展開して暫くした頃には、はやては泣き止まずともある程度にまで落ち着いていた。

「う・・・あぁ・・・ぁ・・・」
「はやて・・・!」

出血が止まった傷口を胸元に抱える様にして、はやては小さく啜り泣く。
彼女を抱き締めるヴィータもまた、小さく嗚咽を繰り返していた。
なのはは少し離れた位置でこちらを見守っている様だったが、その顔は伏せられ肩が小さく震えている。
周囲の魔導師達も、声を上げて泣き叫ぶ者から沈黙を貫く者まで皆、一様に理不尽な死によって蹂躙された仲間を想っているらしい。
暫くの後、はやてはヴィータの肩へと埋めていた顔を上げ、何処か幽鬼の如き表情で呟く。

「・・・ありがとな、ヴィータ。大丈夫や・・・もう、大丈夫」
「はやて・・・でも・・・っ!」
「大丈夫やよ」

言いつつ、はやては背後へと振り返った。
視線の先には、爆発的に増殖した植物によって、完全に覆い尽くされたコロニー。
否、植物そのものが在った。
闇の中に薄らと浮かび上がる植物の全貌は、明らかにコロニーの倍以上の質量を有するであろう、余りにも巨大なものだ。

ザフィーラは、自身の左腕ごと潰された。
想像も付かない質量、恐らくは数兆トンにまで達するであろう植物の壁によって、彼は肉片すら残さずに叩き潰されたのだ。
残ったのは、はやての白いバリアジャケット、その全身を赤黒く染め上げる彼の血液だけ。
もう二度と、彼に会う事はできないのだ。

『何で・・・こんな事・・・!』
『この植物は、あのR戦闘機から生じたのか?』
『たった1機の戦闘機から出た植物が、3分と掛からずにコロニーの倍にまで成長したっていうの? 有り得ない!』

交わされる念話を、はやては無言のままに聞き続けていた。
憔悴し切った表情のまま、植物を見つめる。
その傍らに、なのはが近付いてきた。

「はやてちゃん」
「・・・ああ、なのはちゃん」
「その、ザフィーラさんは・・・」

口籠るなのはに、はやては虚ろに微笑みを返す。
その表情に何を思ったのか、なのはは僅かに目を見開き、唇を戦慄かせた。
彼女は震える声で、再度に語り掛けてくる。

「はやてちゃん・・・?」
「・・・シャマルも、ザフィーラも死んでしもた。ティアナやスバル達の安否も分からない」
「止めろよ、はやて」
「何も、何にもできなかった。家族なのに、指揮官だったのに・・・皆に頼って、助けられて・・・なのに、何にも・・・私、私が何もしなかった所為で、皆・・・」
「止めろ!」

会話に割り込んだヴィータがはやての肩を掴み、その瞳を正面から覗き込んできた。
視界へと映り込む、怒りに燃える紫の瞳。
そしてヴィータは、常ならば考えられない行動へと出た。
彼女は真正面から、はやてを怒鳴り付けたのだ。

「誰にも、どうする事もできなかったろ! 魔導師だろうが何だろうが、1人の行動でどうにかできる状況じゃねえ! 皆が死んだのは自分の所為!? 思い上がんな!」
「ヴィータちゃん、落ち着いて!」
「今度また同じ事言ってみろ、幾らはやてでもブッ飛ばす! 本気でブッ飛ばすからな! アイツらを侮辱するのもいい加減にしやがれッ!」

そう言い放つと、ヴィータははやての肩から手を離し、彼女に背を向けてしまう。
場に満ちる沈黙。
はやては暫し呆然としていたが、やがて左腕の切断痕へと目をやると、自身でも弱々しいと分かる声を振り絞った。

「・・・ベストラへ行こか。此処に居ても、もう私達にできる事は無い」

念話と音声の双方でそう告げると、其処彼処から肯定の返信が入る。
「蔦」の壁から逃げ切る事に成功した機動兵器群が、徐々に周囲へと集まり始めた。
中には、他の者達とは異なる方向へと退避した魔導師の一群を回収し、此処まで移送してきた機体も在る。
機内へと搭乗、或いは装甲上へと取り付く魔導師達を見つめながら、はやては闇の彼方を仰いだ。

あれ程に激しく続いていた無数の爆発は、既に止んでいる。
だが、通信は未だ途絶したままだ。
防衛艦隊がどうなったのか、ベストラが無事なのかさえ判明してはいない。
だが、このまま此処に残るよりは、こちらから他の生存者との接触を図る方が賢明な判断だろう。

そう思考しつつ、はやては視線を強襲艇の1機へと移した。
開かれた機体側面のハッチ内、ランツクネヒトの隊員が搭乗を促すジェスチャーを繰り返している。
背後から肩を叩かれ、振り向くはやて。
視線の先、はやての肩に手を置いたなのはが、気遣う様な表情でこちらを見つめていた。
はやては何とか形作った笑顔を浮かべ、無言で心配は要らないと伝える。
そして多少は安心したのか、なのはが肩から手を離した時だった。

『こちらシュトラオス2! 外殻展開中の部隊、聴こえるか!』

突然の通信。
咄嗟に周囲へと視線を走らせると、右後方の下方に小さな白い影。
シュトラオス隊、R-11Sだ。

『ビクター2よりシュトラオス、健在の様で何よりだ。今まで何をしていた』
『コロニーで何が起こっていたか、見えなかった訳じゃないだろう? あんなにデカイんだからな』

皮肉混じりの通信と念話が、シュトラオス2へと向けられる。
自身達が「根」と「蔦」に襲われている最中、シュトラオスによる援護は全く実行されなかったのだ。
皮肉が飛び出すのも仕方のない事とはやては考えたが、その思考は続くシュトラオス2の言葉により消えて失せた。



『敵はバイドではない! 繰り返す、敵はバイドではない! ユニット「TYPE-02」及び「No.9」搭載の無人機、全機体による攻撃を受けた! 防衛艦隊、被害甚大!』



瞬間、はやては自身の呼吸が止まった事を自覚する。
彼女の意思に沿う現象ではない。
彼女自身の意思とは裏腹に、呼吸器が大気の吸入を止めたのだ。

ユニット「TYPE-02」及び「No.9」搭載機、その全てによる攻撃。
その事実は即ち、コロニーを襲ったB-1A2の他に、8機の敵機が存在する事を示している。
思わず、なのはとヴィータの方を見やるはやて。
こちらを見つめる2人の表情は、明らかな恐怖に引き攣っていた。

念話と通信が慌しく交わされ始める内にも、シュトラオス2の機体は徐々にこちらへと接近していたらしい。
常ならば考えられない程に遅々とした速度だったが、50mほど離れた位置を低速で通過するその機体を目にしたはやては、その低機動の理由を理解した。
R-11Sが備える特徴的なフロントブースター、更には左側面のエンジンユニット、後方2基のメインブースター・ノズル。
その全てが、無惨な破壊跡だけを残して失われていた。
眼前の半壊したR-11Sは、恐らくは本来の半分程度の質量しか有してはいないだろう。
それ程の損傷を受けてなお、慣性制御を用いて此処まで移動してきたのだ。

「・・・酷ぇな」

R-11Sの損傷部を見やりつつ、ヴィータが呟く。
その言葉こそが、はやてを含む周囲の人員、その胸中を的確に言い表しているだろう。
複数の666と正面から交戦し、襲い来る無数の戦術核と迫り来るプラントをも排除して退けた、超越体と呼ぶに相応しい兵器。
そんな存在が今、明らかに継戦能力を奪われて其処に在る。
そして、それを為した存在が、敵として周囲に潜んでいるのだ。

「行こう」

なのはに促され、はやてはヴィータと共に強襲艇へと向かう。
そして、機体まで30m程の距離にまで接近した時、はやては聴覚に微かな音を捉え、背後へと振り返った。
まるで、羽虫が耳元を掠め飛んだかの様な、一瞬の異音。
周囲を見回すも、特に異常は無い。
だが気の所為という訳でもなかった様で、傍らではなのはとヴィータもまた、各々のデバイスを手に周囲を見渡している。

「聴こえた?」
「ああ」
「何の音・・・?」

3人で声を交わし、音の出所を探す。
だが、何も見付からない。
諦めて視線を強襲艇へと戻し、再度に飛翔を再開して。

「な、あッ!?」



眼前の強襲艇が、半ばから両断された。



「ぎッ・・・!」

強襲艇が爆発する。
僅か30mばかりの距離から襲い掛かる爆発の衝撃に、はやては障壁を展開する事もできずに吹き飛ばされた。
その身体を咄嗟にヴィータが支えるも、2人は諸共に飛ばされる事となる。
それでも数秒後、漸く体勢を立て直す事には成功した。
辛うじて無事だった聴覚を当てにはせず、2人は念話で以って言葉を交わす。

『今のは!?』
『分からねえが、何かが強襲艇をブッた斬りやがった! ありゃ一体何だってんだ!?』

再度、爆発音。
視線を上げると、頭上で複数の爆発が発生していた。
混乱しているのか、其処彼処で魔法と質量兵器が乱射され、数発の砲撃魔法がはやてとヴィータの至近距離を貫く。
これには流石にはやても肝を冷やし、彼女は即座に全方位へと念話を飛ばした。

『何が起こってるん? 誰か、状況を・・・』
『シュトラオスがやられた! コックピットが真っ二つにされて・・・クソ、自爆だ!』

こちらの念話を遮る様に飛び込んできた通信の直後、左前方で巨大な爆発が発生する。
明らかに周囲の人員、機動兵器群の多数を巻き込んでいるであろうその爆発は、直前の通信から判断するにシュトラオス2の自爆によるものだろう。
だが、何時までもそれを気に留めている余裕は無かった。
はやての視界へと、周囲を飛び回る異形の全貌が飛び込んできたのだ。

「何や、あれ・・・!」

その機体は、これまでに目にしてきた中で最も大型のR戦闘機より、更に2回り以上も巨大だった。
濃灰色の塗装を施された機体は、その巨大さに見合わぬ俊敏な機動で以って、全方位からの攻撃を難無く回避し続けている。
それどころか時折、低集束の波動砲を放っては、周囲の魔導師達を衝撃で以って吹き飛ばすのだ。
嘗められた事に、砲撃そのものは周囲の機動兵器群を狙ったものではなく、遠方に展開する防衛艦隊の戦力を狙っているらしい。
砲撃の放たれた先、彼方の闇の中、連続して青と赤の光が瞬く。
波動粒子、そして爆発の光だ。
だが、そのR戦闘機の真の異常性は、その巨大さでも波動砲でもなかった。

「嘘・・・!」

幾度目かの波動砲を放った直後、何とその機体は、一瞬にして人型の機動兵器へと変形したのだ。
肥大化した両腕部を備えた、金属の巨人。
腕部先端には奇妙な突起部が3つ、砲身の様に突き出している。

そして、あろう事か異形は左右の腕部先端、計6箇所の突起部、その全てから長大な光学ブレードを展開したのだ。
目測ではあるが機体のサイズからして、ブレードの長さが15mを下回る事はないだろう。
異形はその両腕を側面下方へと構え、正しく獲物へと襲い掛かる獣の如き姿勢を取った。
敵機が何をするつもりなのか、それを察したはやてが咄嗟に砲撃態勢を取るよりも早く、異形の背後で噴射炎の青い光が爆発する。
はやてが思わず叫んだ、その直後。

「止めぇッ!」



20機以上もの機動兵器群が、無数の残骸へと「解体」されていた。



「あ・・・あぁぁ・・・ッ!」

幾重にも拡がりゆく、炎の壁。
自動的に発動した障壁によってそれらが受け流されてゆく中、はやてはか細い声を漏らす事しかできなかった。
瞬間的な破壊の嵐が吹き荒れた空間には、死と破壊と鉄の臭いだけが満ち満ちている。

異形。
即ちR戦闘機『TL-2B2 HYLLOS』の影は、もう何処にも無い。
遅れて弾薬が暴発したのか、無数の残骸が更なる連鎖爆発を起こした。
機動兵器群の間を漂っていた魔導師達は、敵機の常軌を逸した瞬間的高速機動の余波を受けて跡形も無く四散したか、それに巻き込まれずに済んだ者も残骸の爆発に巻き込まれて身体を引き裂かれてゆく。
僅か60秒にも満たない殺戮劇の後、残ったものは50名にも満たない生存者と辛うじて2桁に達する数の機動兵器。
そして無重力中を漂う、幾許かの原形を留める僅かな数の死体と機動兵器の残骸、無数の肉片と鉄片のみ。

人工天体第3空洞・コロニー防衛戦闘、終結。
護るべき地を失い、護るべき人々も多くが失われ。
護る為の力も、護る為の人員も多くが失われた。
その被害を齎した存在はバイドのみならず、友軍である筈のR戦闘機。

生存者達に残されたものは、悲哀でも生還の喜びでもなかった。
況してや戦果でも、戦禍でもなく。
遺されたのは絶望の残り香と、希望の燃え滓のみだった。

*  *


勇んで不明艦艇内部へと踏み入ったは良いが、妨害を受けるどころか、何が起きているのかさえ全く理解できない。
余りに間抜けな状況に耐え切れなかったのか、コンソールのひとつに腰を下ろしたギンガが深い溜息を吐く。
そんな彼女の姿を見かね、ユニット式ベッドの傍らに座り込んでいたウェンディは、努めて明るく声を掛けた。

「そう落ち込む事ないッス。ポッドも見付かったし治療も順調、あと4時間もすりゃ2人とも元気に目を覚ます。良い事尽くめじゃないッスか」
「・・・ええ、そうね。何でか知らないけれど、侵入者を妨害するどころかミッドチルダ言語のナビまで付けて、ポッドの起動から設定まで懇切丁寧に表示してくれるプログラムを残した、素敵な「足長おじさん」が居たんですものね」

藪蛇だったらしい。
目に見えて落ち込むギンガに、ウェンディは心底から困り果てて溜息を吐く。
この艦艇へと乗り込んだ直後のギンガは、ウェンディから見ても頼もしい存在だった。
スバルのリボルバーナックルを自身の右腕へと装着した彼女は、如何なる敵をも粉砕してみせると云わんばかりの覇気に満ち満ちていたのだ。

ところが、侵入から僅か数分後。
沈黙していたシステムが回復するや否や、2人の眼前へと展開されたウィンドウには、ミッドチルダ言語の羅列が表示されていた。
呆気に取られてウィンドウを見つめる2人の視線の先、表示された情報はAMTP・患者搬入室までのルート。
戦闘の余波か、艦体を襲う衝撃に翻弄されながらも、他に当ても無かった2人は訳も分からずナビに従い、医療ポッドへの搬入口となるユニット式ベッドが並ぶ部屋へと辿り着いた。
するとウィンドウ上の情報は変化し、ポッドの起動から各種設定の方法までが簡潔に纏められた上で表示されたのだ。
流石に不気味であるとは思ったものの、やはり他に方法が在る訳でもなく、2人はその情報に従って設定を行い、スバルとノーヴェをポッド内へと搬入した。
だが同時に搬入室はロックされ、2人は部屋を出る事ができなくなってしまったのだ。
処置完了までの予測経過時間が表示された為、ドアを打ち破って脱出するという案は取り敢えず保留となったが、お蔭でする事も無く、こうして座しつつ時が過ぎるのを待つ羽目となっている。

「何処のどいつなんッスかねぇ・・・「足長おじさん」」
「さあね。この艦は地球軍の物と見て間違いないけれど、ミッドチルダ言語を用いているのだから、少なくとも次元世界の・・・怪しいわね、それも」
「バイドと地球軍相手じゃあねぇ・・・」

そうして閉じ込められてから、約15分が経過した頃。
ライディングボードの損傷部を調べていたウェンディの聴覚へと、小さな警告音が飛び込んできた。
ふと顔を上げれば、ベッド横に新たなウィンドウが展開し、赤く明滅を繰り返している。
嫌な予感を覚え、ウェンディは立ち上がって正面からウィンドウを覗き込んだ。
そして、表示されているミッドチルダ言語の羅列を読み取り、声を上げた。

「ちょっと・・・何なんスか、これ!」
「どうしたの!」

背後からギンガが駆け寄り、ウィンドウを覗き込む。
彼女が絶句する様が、ウェンディにも容易に感じ取る事ができた。
ウィンドウ上には、信じられない言葉が表示されていたのだ。

「フレーム構築・・・中断!? 緊急処置って何の事!?」
「ギン姉、これ! 残り時間が・・・」
「何が起こったの・・・!?」

AMTP、欠損部位の基礎フレーム構築をキャンセル。
緊急処置により、最短時間での欠損部位補完へと移行。
医療用ナノマシン継続投与時間延長。
処置完了までの予測経過時間、320秒。

「有り得ない!」

フレーム構築キャンセル、処置完了までの予測経過時間は14分足らず。
これらが意味するところは、医学に聡い訳でもないウェンディにも理解できる。
AMTPの設定を変更した何者かは、ノーヴェとスバルに「通常の四肢」を接合しようとしているのだ。
戦闘機人としての強靭なフレームを内包した四肢ではなく、それよりも遥かに脆い常人と同様の四肢を。
移植先が人間であれば問題は無いであろうが、2人は戦闘機人である。
処置後の戦闘行為は疎か、通常活動中に於ける安全さえ危ぶまれる身体となってしまうだろう。

「処置を止めなきゃ!」
「駄目だわ! 干渉さえ不可能になってる!」

問題はそれだけではない。
処置時間が短いという事は、神経接続等に費やす十分な時間を確保できないという事態にも繋がる。
恐らくは、その問題を解決する為にナノマシンの投与時間を延長したのだろうが、それがノーヴェとスバルの身体に如何なる影響を与えるのか、未知数の部分が大き過ぎるのだ。
だからこそウェンディとギンガは、何とかAMTPを再設定すべく迂回操作を試みる。
だが実際には、操作どころかシステムへの干渉さえ拒まれる始末だ。

そして、最早システム上ではどうにもならないと、ウェンディが理解した頃。
新たなウィンドウの展開と共に警告音が響き、何処かへのナビが画面上へと表示された。
ウェンディは反射的に新たなウィンドウを見やり、表示された文字列を瞬時に読み取る。
そして一拍の後、その意味を理解すると同時に戦慄した。
ほぼ同時に情報を把握したのか、傍らのギンガからも声が漏れ出る。

「え・・・ちょっと・・・」
「・・・嘘でしょう?」

ウィンドウ上に表示された情報は、俄には信じ難いものだった。
「航行状況」との表記の下に「障害構造物突破、再加速中」との一文が在ったのだ。
数瞬ほど呆けた後、ギンガが鬼気迫る勢いでウィンドウを操作し始める。
どうやら、AMTPへの干渉と搬入室からの出入り以外に関しては特に制限を受けていないらしく、2人が望む情報はすぐに手に入れる事ができた。
尤も、その内容は2人が希望するものから掛け離れていたが。

「何時、離脱なんか・・・まさか、あの衝撃!」
「そんな! 大した揺れじゃなかったッスよ!?」
「でも、他に考えられないわ。嗚呼、もう・・・コロニーから離れ過ぎてる! 第4層に侵入して・・・」
「ギン姉、待った!」

突如として声を上げるウェンディ。
驚いた様に振り向くギンガさえも意識の外へと追いやり、彼女はウィンドウを操作してとある情報を表示した。
次いでウィンドウを分割し、上下に別の情報を表示させる。
その内の1つを目にしたらしきギンガが、ウェンディの傍らで声を上げた。

「ちょっと、これ見て・・・アイギスよ。この艦、アイギスの制御権を奪って・・・」
「何で2つ在るッスか?」

2つのウィンドウ上に表示された情報、その双方を見やりつつウェンディが呟く。
ギンガの注意が再度こちらを向いた事を確認し、彼女は更にウィンドウを操作した。
選択された2つの記録が、ウィンドウ上へと拡大される。

「この艦がアイギスの制御権を奪取した事は間違いないッス。でも、その記録が何で2つも在るッスか?」
「・・・本当だわ」

拡大表示された箇所の記録は、この艦が欺瞞情報によりアイギスの制御権を奪取した事実を告げていた。
だが1度目の制御権奪取から約二十分後、艦は再度に制御権を奪取している。
正確には5分ほど制御権が失われアイギスはスタンドアローンに移行、其処へ今度はシステム全体へと干渉する事で完全な掌握を成功させているのだ。
更にその間には、艦艇中枢に無視できない変化が起こっていた。

「見て、この時間。この瞬間にメインシステムが死んで、サブシステムに切り替わってる。しかも外殻装甲の損傷と同時刻よ」
「外部からの攻撃でメインシステムがやられた、って事ッスね。すると・・・1度目の制御権奪取はメインシステムが、2度目はサブシステムがやったって事ッスか。何でそんな回りくどい事を?」
「多分、これだわ」

今度はギンガがウィンドウを操作し、別の情報を表示する。
そうして現れたシステム全体の概略図らしき立体画像は、其処彼処が赤く明滅していた。
バイドによる汚染、侵蝕を示す表示だ。
それら赤い明滅は徐々にその範囲を狭めつつあったが、それでも30%近い範囲が未だに汚染されている。
ギンガはサブシステムの1つを指し、言葉を続けた。

「つまり・・・この艦のメインシステムは、バイドに汚染されていた。最初にアイギスの制御権を奪取したのもバイドでしょう。でも、防衛艦隊との交戦で中枢が損傷し、汚染に抗っていたサブシステムが制御を掌握した」
「更に其処を例の「足長おじさん」が掌握して、艦内に侵入したアタシ達ごとコロニーを離脱。アタシ達をこの部屋へ誘導して、ついでに野放しになっていたアイギスの制御権を再奪取したって訳ッスか」
「それだけじゃないわ、見て。一時的にだけど、制御権がベストラへ移った様に見せ掛けてる」
「手の込んだ事を・・・」

複数のウィンドウを見やりつつ、呆れの色を隠そうともせずに呟くウェンディ。
だが彼女の内心では当初より気に掛っていたある疑問が、より一層に不気味な意味を以って思考へと圧し掛かっていた。
ウェンディは迷わず、その疑問を口にする。

「それで「足長おじさん」の正体は人間なんスか、それとも幽霊?」
「バイドって選択肢は無いのね」
「まだ幽霊の方が現実味が在るッス。それにしたって、コイツは何処の所属なんスか。地球軍やランツクネヒトならこんな事をするメリットが無い、管理局にはこんな事をする技術が無い」
「お手上げって事・・・!」

警告音。
ギンガの言葉を遮り、全てのウィンドウが閉じられると同時に新たなウィンドウが展開。
赤く明滅するそれへと目をやり、情報を読み取ると同時にウェンディは戦慄した。

「第6着艦口に・・・アプローチ? 何が?」
「・・・これ、R戦闘機よ。どうやら搭乗者が居るみたいね。状態は・・・負傷?」

R戦闘機、着艦。
ウィンドウの明滅が止むと同時、新たに「負傷者搬送開始」との表示が現れる。
どうやら自動でキャノピーから搭乗者を搬出するシステムが存在するらしく、ウェンディは搬送先となる「AMTP・患者搬入室」の表示を無言のままに見つめていた。
その傍らから、ギンガの声。

「此処に向かってきているみたいね。負傷者の映像は見られるかしら?」
「・・・映像は無いみたいッスね。ああ、でも此処に負傷の詳細が・・・!」

負傷者に関する各種情報。
展開する複数の項目、その1つを目にした瞬間に、ウェンディの思考が凍り付いた。
ウィンドウの上部、明確に表示された負傷者名。

「何で・・・?」



ティアナ・ランスター執務官補佐。



「ティアナ!?」

ギンガが叫ぶ。
ほぼ同時に、新たな警告音が搬入室へと鳴り響く。
咄嗟に常時別個に展開されていたAMTP処置時間のウィンドウを見やれば、表示は「00:00:00」となっていた。
患者搬出用ユニット式ベッドの周囲に黄色の警告灯が点り、床下へと収納されてゆく2つのそれらと入れ替わる様に、壁面から更に2つのユニットが現れる。
そしてユニット上部、金属製のカバーが反転してユニット内部のベッドが露わとなり、その上に横たわる人物の姿を視界へと捉えると同時に、ウェンディとギンガは其々に異なる名を叫んでいた。

「ノーヴェ!」
「スバル!」

意識の無い2人の傍らへと駆け寄り、其々に相手の身体を抱き起こす。
ウェンディはノーヴェの身体に異常が無い事を確かめ、次いで軽く肩を揺さ振った。
更に幾度も声を掛け、覚醒を促す。

「ノーヴェ! しっかり、目を覚ますッス! ノーヴェ!」
「・・・ウェンディ」

そして、返される声。
数瞬ほど息を詰まらせ、ウェンディは視界へと滲む涙を隠そうともせずに、ノーヴェの身体を抱き締めた。
ノーヴェの四肢が戦闘機人のものでない事も、それどころか彼女がオリジナルのノーヴェでない事すらも、今この瞬間にはどうでも良いとさえ思える。
唯、彼女が助かった事を喜びたかった。
そうして、20秒程が経った頃だろうか。
漸くノーヴェを抱き締めていた腕を解き、彼女の瞳を正面から覗き込んだウェンディは、何かがおかしいと感付いた。
目覚めたノーヴェが、感情の窺えない表情で以ってこちらを凝視しているのだ。
思わず、ウェンディは気圧されたかの様な声を漏らす。

「ノーヴェ・・・?」
「なあ、ウェンディ」

返された声は、何処かしら常ならぬ無機質さを孕むもの。
驚きに見開かれたウェンディの瞳を見上げ、ノーヴェは変わらぬ無表情のままに続ける。
宛ら、感情など持ち合わせぬ機械の様に。

「知りたくないか?」

何が、とは言わずに放たれた言葉に、ウェンディは困惑する。
ノーヴェは、何を言っているのか。
思わず微かに首を振ると、ベッドを挟んでの反対側からスバルの声が響く。

「地球軍の戦略と、バイドの戦略」

咄嗟にスバルの方を見やれば、彼女を抱き締めるギンガと視線が合った。
ギンガの表情は強張り、戸惑う様に軽く首を振っている。
その口は何かを言わんとしている様だが、言葉を紡ぎ出すには至らずに無意味な開閉を繰り返すばかりだ。
そんなギンガと戸惑うばかりのウェンディを余所に、スバルとノーヴェの言葉は続く。

「隔離空間で何が起こってるか、知りたくない?」
「バイドが何を企んでいるのか、地球軍が何を仕出かす心算なのか」
「知りたいでしょ? ギン姉・・・ウェンディ」

スバルは振り返らない。
ウェンディは視線を戻し、再度に腕の中のノーヴェを見やる。
彼女は、変わらずウェンディを見上げていた。

「アタシ達は知ってる。この天体の外で起こっている事も、中で起こった事も、全部知ってる。だって」

そして、僅かな変化。
ノーヴェの表情に、微かな笑みが浮かんだ。
口の端を僅かに吊り上げた、綻ぶ様な笑み。
だが、それを目にしたウェンディの意識へと浮かんだものは、歓喜でも安堵でもなく。



「見てきたんだからな。何もかも」



押し潰されそうな不安と、同等の諦観。
そして、これまで姉妹に対して抱いた事など欠片も無い感情。
僅かながらも、確かな恐怖だった。

言葉も無く、腕の中のノーヴェを見つめるウェンディ。
その視線の先には、1つの小さなウィンドウが展開されていた。
彼女の掌にも収まる程の大きさ、第97管理外世界の言語が表示されたウィンドウ。


Unit「No.9」
Unit「TYPE-02」
SYSTEM OVERRIDE



歪んだままの唇が、ただいま、と呟いた。