ブカブカドンドン。さて今宵お送り致しますは、当一座の次なる公演のお誘いで御座います。
可憐なる少女達の華麗なる空中活劇。複雑怪奇なる運命の環に絡め取られた少女の物語。
その全てを余すところ無く皆々様に御披露致したいのは山々ですが、生憎興行の日取りも決まっておらず、今宵は予告のみと相成りまする。
しかし必ずや、いつの日にかこの丸盆の上にて皆様に御披露目できる日も来るでしょう。その際はどうぞ鷹揚の御見物を願います。
……少々口上が過ぎたようです。それではほんの暫くの間、予告にお付き合い御願い申し上げます。


私は幼い頃から魔導士として育てられてきた。そのせいか、他の同年代の子供よりも少しは異常なものに慣れているといってもいいと思う。
もっともそれが異常だったということは少し前に分かったことなのだが。
それでもたった今、現在進行形で繰り広げられているこの光景には戸惑うことしかできなかった。

懸糸傀儡――マリオネット。
仕掛けた糸で繰ることで、命無き人形は動き出す。そんな人形劇は彼女――フェイトも見たことがあった。
だが、背後から追いかけてくる人形は人の形でこそあれ、3mはあろうかという巨体はフェイトの知る人形とは似ても似つかない。
全身を黒のレザーで包み、足のローラーは高速でフェイトを追ってくる。
両手の大きな鉤は人間の身体など簡単に引き裂き貫くだろう。
「早くっ!早く逃げるんだ!!」
ちょっとした買い物に出た帰り、通りかかった学校の前で出会ったのは巨大な人形。そしてそれに追われる少年。
それを見てしまったフェイトは同様に標的とされ、巻き込まれるままに少年に手を引かれていた。
小回りの利かない人形から逃げる為に校内に飛び込み、ひたすら走る。
ただただ夢中で上へと駆け上り、屋上のドアを開いた時、ようやくフェイトは気付く。ここに追い込まれていたのだ、と。
気付いた時には既に後ろのドアは打ち壊され、人形が現れる。
「さあ、鬼ごっこは終わりだ、坊や。『才賀勝』……君に死んでもらいたい人がいるのでね。恨みは無いがそろそろ終わりにしよう」

人形に乗った中年の男が少年の前に立ち、両手を振り上げた。両手にはめたグローブからは十本の糸が人形へと伸びている。
勝と呼ばれた少年は足をガクガクと震えさせながらも、それでもその眼は強く男を睨みつける。男の一挙一動を見逃さないように強く。
「うわぁああああ!!」
両腕を振り上げたまま突進する人形に彼は向かっていく。足をもつれさせながらも決してその眼は人形から離さない。
「はぁっ!」
フェイトが咄嗟に仕掛けたバインドは男を拘束するが、一瞬の迷いが災いしたのか手の鉤は勝へと振り下ろされた。
終わった――!
フェイトは鉤が勝を引き裂く光景を想像し、眼を瞑りそうになる。
だが、少年は身体ごと男に飛び込み、寸でのところで鉤をかわしていた。そして掴んだ男の腕を思い切り引き絞る。
それによって、人形はそのスピードを増しフェンスを突き破る。
一連の動き、その後の全てがひどくゆっくりとして、スローモーションのようにも思えた。
フェイトはフェンスに駆け寄り、下を覗きこむ。
落ちていく人形の影から少年の声が聞こえた。
「しろがねええええええ!!」
瞬間、地上から影が跳んだ。そして少年の叫びに答える声――。
「あるるああああん!!!」
影は落ちる人形の横を掠め、フェイト目掛けて校舎の壁面を伸びる。
グシャリと人形の潰れる音よりも、フェイトの意識は舞い上がり月光に照らされた影に向けられた。
全身に黒い服を纏った巨大な道化。
隻腕は肘あたりから折れた人形の腕を握っている。手首から先は鋭い鉄でできているようだった。
道化の背中には女性が乗っていた。やや短い銀色の髪、そして銀色の眼。
彼女が勝を抱きしめている姿は、背後の月に煌いて絵画のような美しさを放っていた。
「ご無事でしたか。お坊ちゃま。それにしても無茶が過ぎます」
人形を屋上に着地させた彼女は透き通った綺麗な声で勝を呼んだ。
「うん。ありがとう『しろがね』。それとごめんね」
呆気に取られているフェイトをよそに二人は会話を始めた。
ふと下の校庭を見る。潰れた人形の顔面には打ち抜かれたらしく丸い穴穿たれていた。
「凄い……」
人形は隻腕。ということは少年を助けたのは彼女自身なのか?
すれ違うその一瞬に少年を掴み取る軽業師の如き芸当。まるで空中ブランコだ。
フェイトは感嘆のため息を漏らした。
「まるで……」

任務でフランスまで来ていた高町なのはは、そこで信じられない異形を目撃する。
「血を……吸ってる……!?」
彼女が見たものは、男の後ろに折れた首から突き出した注射機のようなものが、女性の頭に突き刺ささった瞬間。
ジュルジュルと不快な音を立てて、真っ赤な液体を飲み干していく。
その首は折れたというよりも開いたという表現が正しいだろうか。断面には部品やコード状のものが複雑に入り組んでいる。
「ロボット!?」
いや、ロボットと呼ぶにはあまりに人に似すぎていた。
なのはの声に血を全て飲み干した男が反応した。振り向くとキリキリと機械音が鳴る。
振り向いたその眼はガラス球のように光り、生気を全く感じない。何の感情も浮かんでいない眼は、なのはを見ているのかどうかも怪しかった。
それは例えるなら人形。それも自ら動く『自動人形〈オートマータ〉』と呼ぶのが相応しいように思えた。
怖い――。
なのはの背筋に冷たいものが走った。これまで何度も異形のものとも戦ってきたはずなのに。
血の通わない人形が人間の血を吸う。体液という体液を全て吸われ尽くした女性は老婆のように皺を作る。
やがてドサリと静かに崩れ落ちたその顔がなのはを向く。
なのはの眼が大きく見開かれた。
「うわぁぁぁぁぁぁ――!!!!」
杖に桜色の光が灯る。警告無しに街中での砲撃――普段の彼女なら有り得ないことだ。
それでも今はただ怖かった。ただ目の前の恐怖を消し去る為だけに、気付けば魔力弾の発射体勢を取っていた。

だが、男の姿は目の前から消えていた。
瞬間、腹部を強烈な衝撃が襲い、小柄な身体が大きく跳ね飛ばされる。
「きゃぁあああああ!!」
男に殴られたのだと理解した時には既に身体は宙を飛んでいた。衝撃よりも驚きで咄嗟に姿勢を立て直すことができなかったのだ。
石の壁にぶつかる直前で、彼女の背中が抱きとめられた。
背中の感触は、石よりも硬いのではないかと思えるほどの肉の壁。それでも完全に衝撃を殺してくれたのか痛みはほとんどない。

「大丈夫か。嬢ちゃん」
見上げるとそこには優しい笑顔があった。黒髪の若い男、多分日本人だ。何故かクラウンの服装をしている。
身体を包んでいる右腕は太くて逞しくて。それはどこか暖かくて懐かしい匂いがした。
「ここは危ねえ。早く逃げな」
男は掴んでいたなのはの身体をそっと解放した。
「そこの男の言うとおりだ、マドモアゼル」
いつの間にかもう一人がなのはの横に立っていた。
銀髪に銀の瞳。白いコートに紐のリボンタイのスーツ。助けてくれた男とはまるで対照的な、ぞっとするような美しい青年だった。
「奴の本能は君の杖を『武器』として、君を『観客』ではないと認識したようだ」
「観客……?」
状況を全く認識できないなのはだったが、青年は説明をする気はないようだ。引きずっていたトランクを開く。
「それ故、僕達しろがねは懸糸傀儡〈マリオネット〉を使う」
そして指輪をはめ、両手を頭上で交差させる。同時にトランクから勢いよく花嫁が飛び出す。
「さあ、舞っておくれ。僕の愛しい――」
美しい純白のドレスに身を包んだその花嫁は人間ではなかった。その証拠に彼の指にはめたリングから懸糸が花嫁へと伸びている。
「オリンピア」
それは2対の腕を持つ人形。
青年が糸を動かす度にキリキリと歯車が回る音が響く。
「行くぞ『ナルミ』!」
「言われなくてもわかってらあ!『ギイ』!

弾かれたように飛び出した男と人形使いの青年、『ナルミ』と『ギイ』。
ドレスを翻して踊る人形、オリンピア。肘や足からは刃が突き出しているのに、それでもその舞は美しかった。
オリンピアを踏み台に宙を舞うナルミ。なのはの時ほどのスピードでなくとも、かなりのスピードで動く自動人形を相手に全く劣らない。
「ナルミ!僕のオリンピアを踏み台にするとは何事だ!」
「うるせえ!減るもんじゃねえだろうが!」
「減るんだよ!お前のようなチョンマゲイノシシに踏まれるとな!」
「減ってねえし俺はチョンマゲでもねえ!」

軽口を叩きながらも、オリンピアの刃とナルミの拳は確実に自動人形を追い詰めていく。
踊る大きなマリオネットとぴょんぴょんと飛び跳ねるピエロ。
戦いの場だというのに、遠くから見るそれはショーのようだった。自動人形の怖気づく声や、拳が風を切る音が無ければ
なのはでも現実感のないものに思えたかもしれない。
その光景は例えるならばまるで――
「サーカスみたい……」

フランスと日本。懸糸傀儡と自動人形。才賀勝としろがね、加藤鳴海。
そして二人の少女を巻き込んだからくりの歯車はくるくると回り出し、開幕ベルは鳴り響く。

――⇒からくりサーカス――

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最終更新:2007年08月17日 08:03