海鳴市の市街地の上空、いるはずのない……否、本来空に浮けるはずのない3つの存在がいる。
今日は12月2日、地球の週間で言うのなら後少しでクリスマスイブというものがある。
しかし赤い服を身に纏う少女が放つ気は誰が見てもプレゼントを届けに来たサンタが出すものではない。
「どうだヴィータ、見つかりそうか?」
「いるような……いないような」
赤い帽子に兎の縫い包みの頭部をくっ付けているヴィータと呼ばれた少女。
空にいるだけでなく人間の言葉を喋っている青色の巨大な狼、そして。
「おい……ここまで探させて見つからないとは言わせんからな」
ヴィータよりも小さいその姿からは想像もつかないほどの高圧的な態度を取る銀髪の少年……
その言葉に反応して見つめるヴィータの青い瞳を少年の紫電の瞳が捕まえる。
本当に雷が宿っていそうなその瞳の強さは彼女たちの将ですらたじろぐほどのもの。
「前から時々出てくる妙にでかい魔力反応……あれが捕まれば20ページくらいはいけそうなんだけどな」
「なるほど、それは捨て難い。……相手が魔導師とやらなら大変だが」
「心配すんな。1vs1ならベルカの騎士に負けはないさ」
「……ならば初めて出会った時に、1vs4でオレを倒そうとしたのはどういうことだ?」
ヴィータの発言に銀髪の少年が鋭利な歯を剥き出しにして可笑しそうに笑う。
今度は目を合わせようとせずに持っていたハンマー型のアームドデバイスを振り上げる。
その少年に振り下ろすのかと思えば……ただ単に肩に乗せただけ。
少年もそれ以上何も言おうとはせず、その魔力の気配を感知しようとしている。
「・・・ちっ、ダメだ。余計なやつが多過ぎて気配がうまく掴めん。」
「どうやら貴様はまだこういうのになれないらしいな」
「まぁ仕方ないさ、たった数日で慣れろってのが無理は話だ」
「ちっ、何たるザマだ……!」
吐き捨てた少年の言葉に何かを感じつつも狼は別方向を向いて再び空を飛ぼうとする
「分かれて探そう、闇の書は預ける」
「おっけーザフィーラ、あんたも気をつけなよ」
「心得ている・・・貴様も気をつけろ」
「……ああ。案ずるな」
ザフィーラと呼ばれた狼の言葉に銀髪の少年は態度を崩さずに淡々と答えるのみ。
だが生来のプライドの高さ故に探知できなかったことに少し苛立っている
ヴィータはそれに構わず『闇の書』と呼ばれていた分厚い本を大事そうに懐にしまって
右腕に持っていたアームドデバイス“グラーフアイゼン”を奮う。
それと同時に少女の足元に広がる正三角形状の魔法陣が展開された。
「封鎖領域、展開」
魔法が発動しヴィータから発せられたエネルギーが周囲を包み込もうとするように展開する。
暗黒の魔力に触れた人間の反応が次々と消えていく……とはいえ消滅するわけではない
必要条件以下の魔力しか持たない(または魔力がない)者は生成した結界の外に出ているらしい。
「見つけた! 魔力反応……よし!」
「もう見つけたのか……相当便利なものらしいな」
簡単に言えば『あたり』は切り取られた空間の中に、『はずれ』は外にいるということらしい。
その魔法の効果とそれを操るヴィータのセンスに少年は素直に感心した。
そしてヴィータはグラーフアイゼンを再び奮うと共に隣にいる少年にも声をかける。
「行くよ、グラーフアイゼン……いいよな?」
「ああ。オレに問題はない」
銀髪の少年もその表情から笑みを消し、空を走るヴィータの隣に並んで移動を始めた。
ヴィータのスピードはかなり速いが少年も負けてはいない……ヴィータが速度を少し上げる。
それに対抗して少年も速さを上げる。身に纏っている白いマントが風圧をまともに受けて靡く。
「けどおまえ、こんな短期間で空を自在に飛べるようになるなんてな……」
「おまえたちの教えがよかったのもあるがそれ以上に」
「え?」
「貴様ら『ヴォルケンリッター』全員が楽に飛べてオレだけが飛べないなどと……許せるか」
少年の口調を見てヴィータは少しだけむかついたが口では完全に笑っている。
彼女たちの将がたびたび口にしていたことが当たっていたから。
“奴は相当修練を積んで来たのだろう……実力にしてもそうだが、何よりプライドが高い”
“そういう騎士は育て方さえ誤らなければ化けるのも遅くはない”
あの将が他人の実力を認めるのは珍しいことだ、それに他人を育てることを嬉しく感じている。
ただでさえ強いこの少年がさらに強くなることを喜びそのような者と戦える自分を幸せに感じる。
生粋の戦闘好きにとってこの環境は幸せ以外の何物でもなかった。
今はちょっとした理由があって戦う姿をあまり見なくなったけど……でも全部終わったら、また……
「どうした? オレの顔がそんなに面白いのか」
「ちげーよ! あのシグナムが一方的にやられてたことを思い出してな」
「ああ、そういえば昔はそうだったな。しかし今は……」
「ちょっとストップ……あの魔力反応がいた、こっちに向かってきてる」
ヴィータが口にして少年も話すのをやめてその反応を追う……見つけるのに時間はかからなかった
確かにかなり大きい反応だ、この量なら20どころか30は一気に埋まるかもしれない
だが向かってくるということは……迎え撃つつもりか?
こちらのことがわかるということはつまり相手も魔法使い……それもかなり優れた。
「オレが先手を取る、オレの雷はまだ完全に戻っていないが・・・戦闘に支障はない」
「2vs1かよ? ……別にアタシ1人でもいいじゃんか」
「目的を忘れたのか? ……しとめられなかったらあとはお前に任せる。」
「……わかったよ、ならアタシは接近戦で一気にぶっ潰す!」
向こうが迎え撃つというのならそれ相応の準備をして確実にしとめたほうがいい
『目的』という言葉に一瞬動揺して顔を顰めてヴィータだが対象が近くにいることを感じると
すぐさま平常心となってスピードをさらに上げる、一瞬だけ振り返ってみると
少年が伸ばした腕の周りから小さいが雷神の太鼓を模したような砲身が複数現れ手を囲む
〔……見つけた、あれがでかい魔力反応の持ち主だ〕
〔また子供か……やはりオレは子供とは縁があるらしいな〕
〔忠告しとくけど殺すんじゃねーぞ? あいつの未来だけは血で汚したくないんだ〕
〔オレも同じ気持ちではあるが、偽善だな……行くぞ〕
ビルの屋上に一人佇むツインテールの少女のその姿を見るが少年は戸惑う事がない。
頭の中に入ってきた言葉に返答してすぐさま攻撃態勢に入る
呪文を唱える前に少しだけ弟のことが頭を過ぎったが、すぐに振り払う。
今は手早く片づけてさっさと続きに取りかからなければいけないのだから。
ここで梃子摺っている時間はないのだ、自分達にはなさねばならぬことがあるのだから
少年の右腕とそれを取り囲む8つの太鼓が青色に光り輝き、銀髪の少年は口を開き力強く叫ぶ。
「―――ガンレイズ・ザケルッ!!」
銀髪の少年が口走った言葉に反応するかのように8つの砲身から次々と電撃の弾が放たれていく。
伸ばした右腕をランダムかつ瞬時に動かして逃げ場がないように弾幕を展開するがその少女は避けない。
それどころか少女が伸ばした左腕から発された防護壁らしきものに弾丸が受け止められていった。
(奴もあいつらと同じように呪文……いや魔法を使うのか、ならばっ!)
まだ完全ではないとはいえあの雷を受け切るとはあの防御は相当に硬いらしい
ガンレイズ・ザケルを受け切った少女はすぐさま接近していたヴィータに気付いて
もう片腕にも防御魔法を発動させその強烈な攻撃を受け止めようとする。
しかし少年の攻撃は終わってはいない、ガンレイズ・ザケルを解除して……少年は消えた。
「え、嘘!? 速……」
「おまえが鈍いだけだ!」
接近戦で挑むヴィータに完全に向かっていた少女の目が驚愕に見開かれた
銀髪の少年は自分の特技のひとつである瞬間移動を発動させ少女の真横に移動する。
そして自分も呪文を唱えて空中から降り立っているヴィータと同時に必殺の一撃を放つ。
「テートリヒ・シュラークッ!!」
「ソルド・ザケルガァ!!」
「同時攻撃!? くっ……きゃああああーーーーっ!!1」
次の言葉を口にした少年の手に握られたのは少年の身丈よりやや大きめな長剣だった
ヴィータのグラーフアイゼンと剣の刃を形成する雷が少女の防御魔法を一撃で破壊する。
触れて1秒も防御魔法が持たないほどの凄まじい破壊力に悲鳴を上げつつ吹き飛ばされていく少女。
銀髪の少年とヴィータは落ちていく少女を崩れそうなビルの上空から見下ろしていた。
「やべぇ、やり過ぎた……おい、おまえもう少し手加減したらどうだ?」
「今のオレの雷なら全力でも手加減に入ってしまうが?」
まるで反省していないどころか自慢げに言う銀髪の青年にヴィータは軽く溜め息をついた。
自分の力を素直に誇れるというのは素晴らしいことではあるが……少し行き過ぎのような気もする
「……にしてもあんなチビがあの魔力の持ち主だなんてな」
「人は見かけによらん、おまえと同じくな」
「いやおまえだってそうだろ・・・にしても全力じゃなくてそれじゃ、全力なんて見たくねーな」
「シグナムは是非見たい、そして戦ってみたいと口にしていたがな」
「ははは・・・あいつは生粋の戦闘好きだからな、ん?」
少年の言葉に苦笑するヴィータだが夜中に突如現れた眩い光に再びグラーフアイゼンを握り締める。
落ちていった少女が何時の間にか桜色の光に包まれてゆっくりと降下している
その光の中から感じ取れる少女の姿と力は先程までとは一変していた。
手に握っていると思われる杖から何からの意思を感じられる・・・あれが少女のデバイスらしい。
その強い光にヴィータと銀髪の少年は思わず引きつけられてしまったがすぐに再び戦闘態勢に入る。
こちらを見据えている少女を紫電の瞳で捉えた少年はヴィータのほうに視線を向ける。
……どうやら向こうもやる気になった、らしい。あまり戦意が感じられないがそれはどうでもいいだろう
「なるほどな、どうやらやるつもりみてーだ」
「ちっ、今の一撃でやれたと思っていたが……仕切り直しか」
目的はあくまであの少女の魔力であって、あの少女と戦う事ではないが仕方が無い。
空を飛んで再び動こうとする少年だったがヴィータはそれを制する。
その顔には戦意こそあるがある種の罪悪感にも似たようなものもあった。
「……なんだヴィータ?」
「約束通りだ、1vs1でいいよな?」
「・・・・・・・」
「こっちが勝手に襲っているんだ、だからせめて……卑怯な真似はしたくねえ」
「・・・いいだろう、オレは騎士の戦いを見させてもらうとする」
通り魔みたいなことをしているのに卑怯も何もあったものではない、と言いたかったが
そういうヴィータの割り切れない性格は嫌いではなかったため言う通りにした。
引き下がった少年を見送った後にヴィータは取り出した巨大な鉄球に魔力を込めて打ち出す
相殺した桜色の光の中から出てきた少女に気付かずにグラーフアイゼンを振り下ろす。
戦いの幕が上がったのをヴィータと共にいる銀髪の少年はただその戦いを見下ろしているだけだった。
最終更新:2007年08月28日 19:19