南米、ブラジル首都『リオデジャネイロ』、ホテル『リオ』にて。
「スイートの予約を入れておいた者だが」
男がフロントの受付嬢へと言う。そして受付嬢が宿泊帳を調べ、閉じて言った。
「はっ。最上階のスイートのお客様、『J・H・ブレナー』様でございますね。うけたまわっております」
J・H・ブレナーと呼ばれた男…おそらく言わずとも分かるだろう。アーカードだ。
いつもの赤い燕尾服スタイルではなく、白いスーツに赤いサングラス、その上に黒い上着を羽織った格好である。
第六話『ELEVATOR ACTION』(1)
アーカードが受付を済ませるのと同じ頃、入り口から集団がやってくる。白い布に包まれた、大荷物を運んで。
その指揮を取るのはベルナドット。荷物を運ぶ方向を指示していく。
「おーい、こっちだ。こっちー」
そしてアーカードはベルナドットに、荷物を運ぶ場所を指示する。
「最上階のスイートだ」
「ラージャッ!おい、こっちだ。最上階だってよ」
荷物を運ぶ集団…言うまでもないだろう、HELLSINGの隊員達だ。
ちなみにスバルとヴィータも同じように運んでいる。女子供に運ばせるのも酷な気がするが、それは気にしないでいただきたい。
そして当然、受付嬢は困惑し、止めようとする。
「お、お客様…あのように大きなお荷物は、当ホテルといたしましては…」
「問題ない」
「いえ、私共といたしましては、あのように巨大な荷物はちょっと…」
アーカードの無視にもめげず、再三注意をする受付嬢。
いいかげんうっとおしくなったのか、アーカードがサングラスを外し、受付嬢に手と顔を近づけた。
「なにも、問題は、ない」
まるで暗示をかけるように、アーカードが言う。
「…な、にも、問題、ない」
それに対し、受付嬢も暗示を受けたように返した。
「何も問題はない」
「何も、問題、ありません」
かかった。この受付嬢はしばらく、アーカードのやる事なす事全てに対し「何も問題ありません」と言って黙認するだろう。
…さて、今アーカードが何をしたのかを説明しよう。
吸血鬼には高い身体能力や不死の他に、様々な特殊能力を持っている。そのうちの一つが『魔眼』だ。
魔眼とは、簡単に言えば『眼力で暗示をかける』能力だ。例を挙げれば今のように、問題行動が「問題ない」行動になるという暗示。
…つまり、この受付嬢はそういう暗示にかかったということだ。
その受付嬢を尻目に、アーカードが再び指示を出す。
「行くぞ。早く運び込め」
「はあ?」
あれだけ言っていた受付嬢がいとも簡単に折れた。それに驚き、汗だくで受付嬢の方へと振り向く。
その受付嬢はというと…蝋人形のような、気味の悪い微笑みを浮かべていた。
魔眼の存在を知らないベルナドットは、アーカードへと問いかけた。
「…何をやった。魔法か?」
「何もしていない」
この男、いけしゃあしゃあと嘘を吐く。ちなみに、断っておくがこのような魔法は存在しない。
「それよりも、運ぶ過程で何か問題は?」
「何も。順調すぎて怖いくらいだ」
「…そうかね…ふん」
アーカードが何かに気付いたのだろうか、嬉しそうに笑っている。
それを見たベルナドットが聞くが、おそらくアーカードは要領を得ない答えしか出さないだろう。
「どうしました」
「何も問題はない。楽しい休日(バカンス)になりそうだな」
そう言って、アーカードは最上階へと向かっていった。ベルナドット達もそれを追って最上階へ。
それと同じ頃、フロントから彼らを見ていた者たちが、何者かへと連絡を入れた。
「こちら赤テブクロから白クツシタへ。『お客』は今入店した。繰り返す、お客は入店した」
…何らかの暗号だろうか?少なくとも、ろくな事ではなさそうだ。
そして最上階にて。
どう見ても快適そうな部屋。どう見ても高そうな部屋。ここがこのホテルのスイートルームである。
これを見たヴィータが感嘆の声を上げた。
「うわ、すっげえ差。あたし達は30ドルの安い宿だってのに」
アーカードとティアナ以外は、ここではなく市街地の安い宿に泊まることになっている。
…まあ、全員ここのスイートに泊められるほどの予算が無いという単純な理由なのだが。
それに対しアーカードが、何の感慨も無い声で返した。
「安宿の方がいい事もある」
「ああ、そうかよ」
と、ここでアーカードがティアナ(inカンオケ)に初めて注意を向けた。
先ほどから何の反応も無い。眠っているのだろうか?
「静かだな。奴らしくもない」
「ああ、途中すごく暴れてたんですよ。『出してぇぇぇ』とか叫んで…誤魔化すのに一苦労です。
さすがに疲れたのか諦めたのか、寝ちゃったみたいですけど…」
「ふん」
スバルの回答にアーカードが返した後、もう一つの荷物を包む白い布を取り払う。
そこから出てきたのは、詩のようなものが刻まれた黒いカンオケ。アーカードの愛用品だ。
「…それがあんたのカンオケかい」
「そうだ、私の最後の領地だ。ここで生まれ、ここで死ぬ」
そう言ったアーカードの表情は、どこか狂気じみた笑顔だった。
「確かにスイートだの何だのの、へったくれもあんたには無いんだな。それじゃあ、明日から調査ということで4649(よろしく)。
夕方ごろ迎えに来ますわ。夜のほうがいいんだろ?あんた方吸血鬼は」
「まあ、楽しみにしておけ」
「は?」
ベルナドットからの予定確認に、要領を得ない答えで返す。そして聞き返すベルナドット。
…その直後、アーカードがある一言を言う。彼を知るものが聞けば、思い切り震え上がるような一言を。
「なかなか楽しめそうだ、ここは」
「ところで、アーカードもティアナもカンオケで寝るって事は…ベッド余るよな?」
ヴィータが何の脈絡もなく聞いてきた。意図が掴めず、聞いた全員が頭に疑問符を浮かべている。
「何が言いたい」
「…あたし、こっち泊まっていいか?」
…この子供はいきなり何を言っている。ベッドが余るからといってこっちに泊まりたいとは。
突然のことに驚き、スバルがヴィータへと問いかける…いや、止めようとしているのだろうか。
「ヴィ、ヴィータ副隊長!?」
「だって、こんないいトコ泊まれるのって、一生に一回あるか分かんねえんだぞ?」
まあ、言いたい事は分かる。一生に一回泊まれるか分からないような部屋。そこに泊まれるかもしれないとなれば、泊まりたいと思うのが人というものだろう。
…そして、呆れた表情をしたアーカードが、その希望を叶えた。
「…好きにしろ。その代わり、ここを出るときはカンオケに入っていてもらう」
「しっかし、スバル嬢ちゃんが『こっちに泊まりたい』って言い出さないなんてな…多分言うもんだろうと思ってたが…」
管理局のヘリパイロット『ヴァイス・グランセニック』がスバルへと聞く。ヴィータはともかく、スバルも言うだろうと思っていたのだろうか。
…そしてスバルがそう言わなかった理由を答えた。ある意味でもの凄く納得がいく理由を。
「それはまあ、アーカードさんが『楽しめそう』とか言う時って…大抵その日のうちに血なまぐさい事が起こりますから」
アーカードにとっての『楽しめそう』な事。それは闘争。それも互いの命を懸けた闘争だ。
そしてスバルのこれまでの経験上、アーカードが『楽しめそう』と言った時、大抵その日のうちに、血みどろの闘争が起こっている。
…その事を誰からか聞いていたヴァイスも、心底納得がいった表情で答えた。
「…なるほどな。納得」
そして揃って心の中で、その闘争で散るであろう人々に黙祷と合掌を捧げた。これが無駄になるよう祈りながら。
…そして数時間後、それが無駄にならない事を知り、改めて合掌したという。
『セイン、聞こえるな?』
その頃、スイートルームの天井裏。『セイン』と呼ばれた水色の髪の女が通信を受けている。
「はいよ、ドクター」
それに対しセインが応答。通信の相手は彼女がドクターと呼ぶ人物…『ジェイル・スカリエッティ』だ。
彼女は現在、天井裏からHELLSINGメンバーを見張り、様子を逐一スカリエッティに報告している。いわば密偵のような役割だ。
『そろそろHELLSINGが来る頃だ。そっちはどうなっている』
「ああ、あいつらなら3人残して出てったよ。
話に出てたアーカードってのと、ヴィータとかいう赤い騎士、それとティアナって半吸血鬼がこのホテルに残るみたい」
どうやってそれが見えたのだろうか。それは彼女の持つ『IS』と呼ばれる能力に秘密がある。
IS…それは『戦闘機人』と呼ばれる改造人間が持つ固有の特殊能力。それはセインにも例外なく搭載されている。
彼女のISの名は『ディープダイバー』…無機物・固形物に対し、液体のように潜る能力。そして固有武装は『ペリスコープ・アイ』と呼ばれるカメラ。
つまり彼女はペリスコープ・アイを監視カメラに偽装し、ISで天井裏に潜みながらそれを見ていた…そういう事である。
『そうか…分かった。例の実験のときにまた連絡する』
そう言うと、スカリエッティは通信を切った。残されたセインは浮かない顔をしながら、考え事をしている。
(実験か…これで何人死ぬんだろ…)
「マスター…起きてください!マスター…」
眠っているティアナに対し、語りかける声。それに反応し、目を覚ますティアナ。
自身をマスターと呼ぶ声。思い当たる節はないが、とりあえず周りを見る。そして見つけた…ある意味、見つけないほうがよかったかもしれないものを。
太った中年男性らしき人物が、両手をパタパタと動かして空を飛んでいる。何これ?何者?
…ティアナは意を決し、その中年男性らしき人物へと声をかける。
「…………あんた…誰?」
「私はあなたのデバイス『ヤクトミラージュ』の精です」
…何?これがヤクトミラージュ?このおっさんが?
あまりの出来事に混乱し、泣きながら逃亡。ヤクトミラージュが引き止める。
「ああッ!逃げないで、逃げないでッ!逃げないでッ!ていうか引かないでッ!!」
数分後、何とか引き止めることに成功したヤクトミラージュが、今回の用件を言う。
「今日は頑張るマスターに、このワタクシ応援をしにまいりました。
さあ、このヤクトミラージュの精に何でも言ってごらんなさい」
「それじゃあ、ヤクトミラージュ…一つだけ聞かせて」
そしてティアナが聞いた。その聞きたいことを。
…もっとも、未来でも見なければこの問いに答えることはできないのだが、それは置いておく。
「見てたなら分かると思うけど、ここ最近不幸な出来事が立て続けに起こってて…
もしかして、この先もずっとこの不幸が続くの?」
「…Yes,Master.」
ティアナ、再び泣きながら逃亡。そしてヤクトミラージュが再び引き止める。
「まッ!待ってくださいマスター!今のナシです!ウソ!ノーカン!」
数分後、何とか引き止めることに成功。流れが同じに見えるだろうが、気にしない。
そして、ヤクトミラージュがもう一つの用件…というより、本題に入った。
「それよりマスター、寝ている場合ではありません。
あなた方には今、ゴイスーなデンジャーがせまっているのです」
どういう意味か分からず、少しの間考えるティアナ。そしてその意味を理解した。凄い危機が迫っている、という意味だ。
それと同時に別のことも考え、それを質問する。
「…あんた本当に最新鋭のデバイス?言葉がすごく古い気がするけど」
…確かに。ゴイスーなどというのは、もはや死語の部類に入る。このような言葉を使うとなると、本当に最新鋭か疑いたくなる…
「…さ、早く起きてください。アーカード様も待っています」
流しやがった。
そしてその数分後、ティアナがようやく目を覚ます…ここまでに見ていたものは、全て夢だったのだ。
「起きろ」
そして夜。目を覚ましたティアナの眼前にアーカード。それも最高に楽しそうな笑顔だ。
あまりに突然だったので、思い切り驚く。そして片言になりながらもアーカードに挨拶した。
「!! お、おは、おはようございます…」
「起きろ。面白いから早く起きろ」
アーカードに起こされ、用意していたリボンで髪を縛るティアナ。そして状況が飲み込めず、辺りを見回す。
…その原因は外からのプロペラ音。何が起こっているのか分からず、それが口をついて出る。
「…何事ですか、これ…」
その問いに答えるかのように、アーカードがアゴで外を指し示す。つられてそちらを見ると、そこには…
「なッ!?これって…この世界の軍用ヘリじゃないですか!?なんでこんなものが…」
軍用のヘリコプター。それも数機。大変な事になったというのは理解できた。そしてアーカードの笑顔の理由も。
「さあ、戦争の時間だ」
その頃、外では大量の特殊警察、軍隊、野次馬、それとTVクルーが集まっている。何かあったのだろうか。
「3、2、…」
ディレクターが手でサインを出す。放送開始の合図だ。それに呼応し、アナウンサーがマイクを手に報道を始めた。
「NKTブラジルのジュリアエドワードが、緊張の続くホテル『リオデジャネイロ』前から生放送でお送りします」
続いてこちらはスバル達の泊まるホテル。ベルナドットがビールを飲みながらテレビを見ている。
現在テレビでは報道番組の真っ最中。アーカード達の泊まるホテルで、何かがあったということはわかる。
そう考えていると、アナウンサーがそのホテルの様子を言い始めた。
『つい30分前、ホテル『リオ』最上階に、武装したテロリストの男女三人組が従業員・宿泊客数名を殺害し、10数名を人質に立てこもっているとの事です!
現在、軍・警察と対峙を続けており、状況は非常に切迫した状態です…
あ、ただ今警察当局から犯人達の素性が明らかにされました』
アナウンサーがそう言うと、テレビに3人分の顔写真が映る…それは、彼にも見覚えのある顔だ。
『男性の方は宿泊帳によりますと、J・H・ブレナー。女性二人の方はいまだ不明です。
非常に強力な銃火器で武装しているとの事で、当局も慎重な対応を取らざるを得ない状況です。
本日は予定を変更し、特別報道番組としてお送りしております』
…3人とは、アーカード、ティアナ、ヴィータの事。つまりどういう訳か、テロリスト扱いされて警察に囲まれてしまったようだ。
それに驚いたのか、口に含んでいたビールを思い切り吹き、その後で内線を使ってスバルの部屋に連絡を入れた。
「…もしもし、テレビ見てみろ。とんでもねえ事になってっから」
そしてロンドン、HELLSING本部。
案の定と言ったところか、円卓メンバーから今回の事に関する問い合わせが殺到している。
それに対処するのはウォルター。対応に追われ、目が回るような忙しさだ。
「はッ、グレアム卿、そのことに関しましては…あ、少々お待ちください…
はい、これはこれはアイランズ卿…はッ、その件でございますな。
はい、ただ今彼らと連絡をつけるべく行動は始めておりますが…はい。
はい、そのようなことはないとは思いますが…はい…はッ、その通りでございます。
はッ、おっしゃる通りでございますが…はいッ。
はッ、はいッ、私共にお任せください…はッ、それでは」
そしてインテグラは、自室でその報道を見ていた。
目は怒りの色に染まり、汗をたらしながら葉巻を噛み潰し、そして呟いた。
「上等じゃないか。そんなに戦争がやりたいならやってやる。戦争屋共め」
某国某所。ミレニアムの面々が、テレビからその報道を見ていた。
「どうだね、博士(ドク)」
少佐が『博士(ドク)』と呼ばれた男に聞き、それに対して博士は答える。
「彼はいいです、いい素体だ。そして、これで確かめられることでしょう。
化け物(ミディアンズ)でありながら化け物共(ミディアンズ)を狩り続けるあの男は人間を、何の罪もないただの人間達を殺すのか、殺さないのか、それとも殺されるのか」
TO BE CONTINUED
最終更新:2007年09月07日 13:49