”管理局局員”は輸送中のロストロギアを回収するため、列車に乗り込んだ。
”不良集団”は貨物室のお宝をちょいと頂くため、列車に乗り込んだ。
”革命テロリスト集団”は偉大なる指導者を奪還するため、列車に乗り込んだ。
”ギャング”は鉄道会社を脅して金をせしめるため、列車に乗り込んだ。
”泥棒カップル”は一年ぶりにクラナガンの友人と会うため、列車に乗り込んだ。
出発の興奮に酔う彼らはまだ知らない。これから始まるクレイジーな夜を―――
一等客室 『黒服』
「死とは、決して平等なものではない」
豪勢な装飾の一等客室、そこにいた黒服集団のリーダーらしき男――『グース・パーキンス』が言葉を紡ぐ。
「命には確かに価値がある。
価値があるということは―――すなわち、格差も存在するということだ」
誰に向けられているのか分からないグースの言葉が空気の中に消える。
部屋の空気が重くなり、まるで時間が止まったかのようになる。それでも時間が流れていると分かるのは、外の景色が後ろへと流れていくのが見えるからであろうか。
黒服達は、これから決行される作戦への期待からか、目の奥に熱情と恍惚が混じり合ったようなものを宿していた。
だが、その中にも作戦など一切無価値なように振舞う人物がいた。黒いドレスの女――『シャーネ・ラフォレット』だ。
シャーネは誰とも目を合わせようともせず、自らの得物である重厚なナイフに映る自身の瞳だけを見つめていた。
視覚以外は全て周囲の黒服に向けられている。監視役というのが正確な言い方だろうか。
黒服達はそれに気付いていながらも不満を見せず、グースの言葉を待ちわびていた。そして期待に応えるかのように、グースが二の句を告げる。
「躊躇いも哀れみも必要ない。本来安価なままで死に絶えるはずだった乗客どもの命を、我々の手で最高の価値にまで引き上げてやるのだからな。
必要とあらば情けをかける必要はない。無価値な過去に終止符を打ち―――」
そして彼は、どこか楽しげな声でその言葉を告げた。
「誇り高き死を、与えてやれ」
二等客室 『白服』
「いやいやいやいや楽しみだ楽しみだ。本当に楽しみだ。本当に楽しみだよなあ?
何が楽しみって、これから決行の時までを楽しみながら過ごすことが楽しみで仕方ないねぇ。お前らもそうだろ?」
二等客室、こちらは一等客室程ではないにせよ、豪華な造りになっている。普通の列車ならば一等客室としても充分使えるような造りだ。
その二等客室のうちの一室で、そこに集う白服集団のリーダーらしき男――『ラッド・ルッソ』が滅茶苦茶なテンションで声を張り上げた。
そのまま彼は、自らの婚約者――『ルーア・クライン』へと声をかける。
「なあルーア、お前も楽しみか?」
「全然」
最高に楽しそうなラッドと違い、ルーアは楽しくないと言う。尤もそれは、今現在の彼女の退屈そうな表情を見れば一目瞭然ではあるが。
「ヒャハハハッハハハハ、そうかそうか全然楽しくねえか。じゃあ何か楽しい話をするとしようか?」
そう言ってラッドはルーアの顔に両手を添えて話す。無論、ここまでのテンションは一切崩さずに。
「この列車に乗ってる奴がみんな死んで、クラナガンの奴らも殺して、ミッドチルダの奴らも他の次元世界の連中も全部殺し尽くしたらよぉ、俺ら二人だけで森の教会で結婚式を挙げようぜ?
その時、愛を誓いながらお前を派手に殺してやる。世界で最後の俺に殺される人間として、派手に丁寧に美しく惨たらしく―――できるだけ、楽しんで殺してやる」
まるで狂人の言葉だ。そんなもので楽しくなる人間など、自殺志願者か同じような狂人くらいしかいないだろう。
そのような事を言い、ラッドが再びルーアに問いかける。
「どうだ?少しは楽しくなったか?」
その問いに対し、ルーアが頬を染めながら頷いた。どうやら彼女はその「同じような狂人」の部類に入るようだ。
それを見て辟易している様子の白服を尻目に、ラッドが子供のような輝いた目で再び声を張り上げた。
「さーてさてさてっと?一等客室のリッチマンどもと三等客室の貧乏連中にお勉強させてやろうじゃねえか…
死の前には金持ちだろうと貧乏人だろうと、誰も誰もが平等ですよ、良かったですねってなぁ!
ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…」
三等客室 『ボロ服』
「うわあ、いい景色だね。これなら三等客室でも充分楽しい旅ができそうだよ」
三等客室。他の客室とはうって変わって、まるで急ごしらえで作ったかのような粗末な客室。
その客室から、顔に剣を模した刺青を入れた青年――『ジャグジー・スプロット』が外を見ていた。傍から見れば、ただの観光客にしか見えない。
「あのよぉ、ジャグジー」
そのジャグジーに対し、安服をまとったチンピラ風の青年――『ジャック』が話しかける。
「お前さ、本気でやるつもりなのか?」
「え?何を?」
…当初の目的を忘れたのだろうか。とぼけた表情でジャグジーが聞き返した。
そしてジャックが大声で突っ込む。周りに聞こえるとか、そういうことは一切無視したような大声で。
「何をじゃねえよ!貨物強盗に決まってんだろうが!
なに呑気に景色なんか眺めてんだ!本気で貨物強盗なんかするのかって聞いてんだよ俺は!」
「ジャック、隣に聞こえてしまいますよ?この部屋、壁が薄いんですから」
眼帯をかけた金髪の女――『ニース・ホーリーストーン』がジャックを静かにたしなめる。
一方のジャックは怒っているような表情になっており、ジャグジーは泣きそうな顔で彼に謝る。
「ご、ごめん。突然の話で悪いとは…」
「謝るくらいなら最初からやんな!」
「じゃ、じゃあ謝らないよ。頑張って貨物を強盗しよう」
「謝るならちゃんと謝れよ!」
「どどど、どうしろっていうのさ?」
「どうもするな!とりあえず泣くな!」
もはや涙目になっているジャグジーに対し、ジャックが困ったような表情で
「ったく、しっかりしてくれよな…お前は一応俺らのボスなんだからよ。っていうか、お前が自分でここに来ることなんかなかったんじゃねえか?
こういうこたぁ、荒事専門の俺らやドニーに任せときゃいいってのに」
「ぬが、呼んだか?」
窓際に座っていた褐色の大男――『ドニー』がその声に反応する。どうやら自分の名が出たことで、呼ばれたものと勘違いしたようだ。
そんなドニーを無視し、ジャックが続ける。
「とにかくだ、お前もボスだったらよ、少しは手前の命の価値ってもんを考えてくれよ」
その言葉に対し、ジャグジーがにこりと微笑んで答える。いつの間に涙を拭いたのか、もう涙目ではなくなっていた。
「僕はただ死にたくないだけだし、誰にも死んでほしくない。それだけ。だから―――そんな難しい話、死んだ後に考えるよ」
食堂車 『制服』
食堂車。一等・二等客室同様豪勢なデザインながら、客室に関係なく利用できることから、この列車の人気の要因のひとつともなっている。
今現在この食堂車を利用している数人の人物。彼女らは皆同じ服を着ている…まあ、これが彼女らの制服だからなのだが。
彼女らは食事をしながら会話に花を咲かせていたが、ふとオレンジ色の髪の女性――『ティアナ・ランスター』が気になっていたことを言う。
「でも、レリックを回収するのにこの列車に乗る必要あったんですか?
回収するだけなら鉄道会社に許可を取って、それから駅で待てばいいような気もするんですけど…」
食事を続けながら、ティアナが聞く。それと同時に金髪の女性――『フェイト・T・ハラオウン』がはっとした表情に。
「まさか…それに気付いてなかった、とかじゃあ…」
「ま、まさかいくら何でもそんなわけ…」
ティアナが二の句を告げるが、それを擁護するかのように赤髪の少年――『エリオ・モンディアル』が言う。
…が、もはや擁護は不可能なまでに動揺している。間違いなく忘れていたようだ。
「…まあ、少し早い休暇ってことで…駄目かな?」
フェイトがそう言いながら食事を続ける。もはや開き直っているとしか思えない。
そんな中、青髪の女性――『スバル・ナカジマ』が、窓の外に何かの影を見つける。
作業着を着た人間のように見えるが…その影はすぐに消えた。
「あれ?」
「どうしたの、スバル?」
そんなスバルの様子に気付いたのか、茶髪の女性――『高町なのは』が聞き、それに対してスバルが答えた。
「あ、いや…列車の外に人がいたような気がしたんですけど…やっぱり気のせいだったみたいです」
そして列車―――『フライング・プッシーフット号』は走る。いくつもの思惑を乗せて。
最終更新:2007年09月16日 20:39