HELLSING本部の執務室に電話が鳴り響く。本来隊員以外には使われないはずの直通回線からの電話が。

「…! 直通回線からですと!?もしや…」

 おそらくはあの人物からの電話。ウォルターはそう理解した。インテグラも同じ事を考え、電話のボタンを押す。

「誰だ。敵か、味方か」

 そして、彼女らの予想は正解であると判明する。

『お前の従僕だインテグラ。命令をよこせ、わが主』

 …そう、あの人物―――吸血鬼アーカードからの電話であるという事実が。


第六話『ELEVATOR ACTION』(3)


「アーカード、状況を…状況を説明しろ」

 インテグラがアーカードへと状況の説明を求める。やはり主として、円卓メンバーとして真相を知りたいのだろうか。
 その命令に応え、自らを取り巻く状況を伝える。

『我々がここに到着した直後、ホテルは攻囲されこの有様だ。奴らの手は思ったより長いようだな…こちらの手が読まれてる。
ついさっき特殊警察一個分隊の突入を受けた』
「それで…どうした」
『殺したよ。殲滅した。唯の一人も残さずに。さあインテグラ、命令をよこせ』

 インテグラは何も言わない。アーカードの言葉の続きでも待っているのだろうか。
 審議はどうあれ、アーカードはそう判断し、言葉を続ける。

『警官隊の上層部は奴らに支配されているのだろう…だが、攻囲し命令をただ実行している連中…私が殺し、これから殺そうとする連中は、ただの、普通の何も分からぬ人間だ。
私は殺せる。微塵の躊躇もなく、一片の後悔もなく皆殺しにできる。この私は化物だからだ…ではお前は?お嬢さん(インテグラ)。
銃は私が構えよう。照準も私が定めよう。弾を弾装に入れ、遊底を引き、安全装置も私が外そう。だが、殺すのはお前の殺意だ…
さあどうする、命令を!HELLSING局長、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング!』

 アーカードの問いに、頭が空白になるインテグラ。だがすぐに空白状態から戻ってくる。
 彼はどういう命令を待ち望んでいるのか…決まっている。「殺せ」だ。
 確かにアーカードは化け物。だからこそ人間も化け物も容赦なく殺せるのだろう。
 だがインテグラは人間だ。すぐに人を殺す勇気など、出すことの方が困難である。
 そしてウォルターを呼びつけ、軽い指示を出す。

「ウォルター、葉巻を」
「は、ただ今」

 ウォルターから愛用の葉巻を受け取り、火をつけて吸う。銜えた葉巻は震えていた。
 葉巻を吸いながら、少しの間考え…やがて苦虫を噛み潰したような顔になる。
 出す命令はもう決まっている。後はそれを口に出すだけだが…かなり勇気の要る命令であり、なかなか言い出せない。
 …そして表情が元に戻り、自らの机へと近づき、そして…

「…私をなめるな従僕!」

 机を思い切り叩き、大声でその命令を告げる。どうやらその命令をする決断はできたらしい。
 そこからさらに言葉を続ける。まるで自分の決断を緩めないようにするかのように。

「私は命令を下したぞ、何も変わらない!見敵必殺(サーチアンドデストロイ)!見敵必殺だ!我々の邪魔をするあらゆる勢力は叩いて潰せ!
逃げも隠れもせず正面玄関から打って出ろ!全ての障害はただ進み、押し潰し、粉砕しろ!!」

 殲滅。それが彼女の決定。敵は吸血鬼だろうがグールだろうが…人間だろうが構わず叩き潰せという、撃たれる者たちにとっては最悪ともいえる命令。
 それを受話器越しに聞いたアーカードは、非常に嬉しそうに笑い出す。

『…はッ、ははッ、ははは、はは、ははははッ…ラージャ。
そうだ、それが最後のいちじくの葉だ。なんとも素晴らしい!股座がいきり立つ!インテグラ!
ならば私は打って出るぞ。とっくりとご覧あれ、ヘルシング卿』

 その言葉を最後に、アーカードが電話を切った。残されたインテグラは自らの判断を信じられないのか、思い切り拳を握っている。
 そして、その思いが表に出ているのだろうか、自らの決定についてウォルターへと問うた。

「…私の、私の判断は正しいのか、間違ってるのかウォルター」
「正誤の判断など…ただ私は執事(バトラー)でございますれば。私の仕えるべき主君はここにおられます。
それでは、お茶でもお入れしましょうか?シロルの素晴らしい特級葉がございます」


 アーカードが通話している頃、ティアナはというと搬送用に二つのカンオケをビニールテープと布で梱包していた。
 これから何をするかは聞かされてはいないが、おそらく脱出の準備だろうとは察しがついているようだ。
 ちなみにヴィータは未だに眠っている。いいかげん起きてくれ…いや、決着がつくまで起きないほうがいいのかもしれないが。
 …と、どうやら梱包が終わったようだ。

「ふう…マスター、こっちは準備できました」
「脱出する。お前はそいつを屋上に運び、ヘリを奪って脱出しろ」

 相変わらず無茶を言う。屋上にはヘリは無いし、あったとしてもティアナに操縦技術は無い。
 …念のために言っておくが、窃盗は犯罪である。テロリストとして犯罪者扱いされている身ではもはや関係ないのかもしれないが。

「どっ、どうやってですか…屋上にヘリなんかありませんし、操縦も…」
「何とかしろ」
「あー…分かりました。何とかします。でもマスターはどうするつもりですか?」

 いいかげん口答えは無駄だと悟ったらしく、あっさりと引き下がるティアナ。
 そしてアーカードは嬉しそうな顔をしながら、その問いへと答えた。

「チェックアウトをしなければな。正面玄関から歩いて出る。
高みの見物をしている奴らに教育する。自分がどんな相手に喧嘩を吹っかけたのかという事を」

 そう言うとアーカードは銃を手に、部屋のドアへと歩いていった。数秒の後、カスールの銃声。
 残されたティアナも戦闘音が離れた頃を見計らい、カンオケ+ヴィータを運びながら外へと歩いていった。

『安心してください、マスター。操縦の際は私がサポートします』
「ありがと、ヤクトミラージュ」

 とりあえず操縦面の問題は一つクリア…と言っていいのだろうか?
 エレベーターはアーカードの手によって大変なことになっていそうだったので、階段へと向かう。その途中でティアナがぽつりとこぼした。

「…にしても、どうもHELLSINGにいると、夢がどんどん遠ざかっていってる気がするのよね…」

 ティアナよ、多分それは気のせいではないと思う。
 階段を駆け上がっている最中、背中に背負っていたヴィータがもぞもぞと動き出した。この騒動で目が覚めたのだろうか。

「…ん?なんであたし、ティアナに背負われて階段上ってるんだ?」

 寝起きの第一声がこれである。おそらく何が起こっているのか分かっていないのだろう。

「あ、おはようございます。ヴィータ副隊長」

 目覚めたヴィータへと挨拶するティアナ。
 この状況で普通に挨拶できるとは、相当こちらでの生活や仕事になじんできた証拠だろうか…


「後続の小隊、配置につきました」
「後続の増援も、続々とこちらに到着しています」

 スイートルームの外、ドア付近。特殊警察の増援が続々と集結していっている。
 数だけで言えば、小隊が1つか2つ程度の数にはなるだろう。全員がマシンガンと突入用手投げ弾を装備している。
 そして、隊長の指示が入り、それと同時に隊員の一人が何かに気付いた。

「2分後、再突入を行う。ガス弾・閃光擲弾用意」
「隊長…」
「あ? !!」

 ドアが開いた。見る限りでは内側のドア近くに人影が無いことから、勝手に開いたのだろうか?
 警察小隊はそんなことは全く気にも留めず、いつでも撃てるようにマシンガンを一斉に構えた。
 部屋の奥の暗闇に、二つの光が灯る。その光が近づくのと同じように、人影が近づいてくる。
 カッ、カッ、とゆっくり足音を響かせながら、その人影はなおも近づく。

 そしてついに、奴が…アーカードが現れた。まるでヴラド・ツェペシュやドラキュラ伯爵のような、圧倒的な存在感と恐怖を放ちながら。
 アーカードが少しずつ前進し、それに比例して小隊の恐怖も増す。中には銃を構える腕が恐怖で震える隊員もいた。
 そのまま小隊の真ん中あたりまで前進した頃だろうか、状況が動き出した。

「あ、う…あ、あ…ううああおぉぉぉぉ!!」

 叫び声とともに、隊員の一人がマシンガンを構え、発砲しようとする。だがそれよりも早く、カスールが火を噴いた。
 カスールの砲火はその隊員の頭をぶち抜き、立て続けにジャッカルでもう一人撃つ。それがまた一人屠る。
 それを見て恐慌状態になった小隊員が一斉にマシンガンを構え、乱射。だが当然のごとくアーカードには効かない。

 ここから先は再びアーカードの独壇場と化した。
 まるで舞うかのように動き、片端から鉛弾…もとい、特製銀弾をぶち込んでゆく。
 一発撃つ度に、着弾箇所がまるで猛獣に食いちぎられたかのように削り取られ、血と内臓をぶちまけてゆく。
 この恐ろしい何かから逃れたい。運よく生きていた隊長がそう思いながら通信機を取り出し、スイッチを入れた。


「あれ?あいつ…出てったのかな?」

 その頃、スイートルームの壁の中。どうやったのかアーカードが去ったことを知ったセインが安堵のため息をついていた。

「…と、そうだ。ドクターに報告しとかないと」

 アーカードが去ったことは報告の必要がある。そう判断し、通信を開く。
 それから数秒後にスカリエッティに通信がつながった。この数秒のタイムラグについては…後の話で明らかにするとしよう。

「あ、ドクター。アーカードは部屋を出てったよ。これで殺される心配も…」
『そうか…確認するが、彼はトバルカインと会ったのか?』

 何故彼らがトバルカインを知っているのか。それも後述とさせていただく。
 …ともかく、トバルカインとアーカードが会うことになっている、という事なのだろうが、それは未だに達成されていない。
 現在廊下で特殊警察を撃ち殺している頃だろう。そう思ったセインがスカリエッティへと答えた。

「え?ううん。多分部屋の外で警察の増援と戦ってるんだと思うけど…」

 …次の瞬間、スカリエッティの口からセインが最も恐れていた言葉が紡がれる。

『ならいい。彼を追って撮影を続けてくれ』

 ―――――――はい?

『実験の様子は、合流してからペリスコープ・アイに録画されているものをゆっくり見せてもらうよ』
「ダメダメダメダメダメダメ!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ見つかったら死ぬ!私が死ぬ私が死ぬ私やだ私やだ!!」

 拒否。とことん拒否。徹底的に拒否。
 どうやらセインにとっては、アーカードはまさにトラウマそのものというレベルの存在になっているようだ。見つかったら惨殺されると思っているから尚更である。
 ちなみに、数日ほど後に某傭兵部隊の隊長が同じようなことを言うのだが、それは置いておくとしよう。
 この後スカリエッティが説得すること10分、見つからなければそれで済むということで何とか納得したらしく、結局セインが折れた。
 これだけ騒いで聞こえなかったのかという疑問が残るだろうが…それは壁の防音設備がしっかりしていたのだということで納得していただきたい。


「本部!本部ッ!本部!!こちら最上階再突入部隊!」

 隊長が通信機越しに叫ぶ。必死に助けを求める。

「助けてくれ!助けてくれッ!化け物だ畜生!」


『本部!本部!くそ…!』

 本部ではトバルカインが通信を聞いていた。答えなどしないが。
 彼らは所詮、アーカードに銃弾を消耗させるだけの肉の壁のようなもの。この男はそう考えているのだろう。
 銃声が響き、人が吹き飛ぶ音がする。それでも懸命に助けを求めてくる無線の先にいる隊長。

 …だが、結局助け舟は出されなかった。

『くそったれ!地獄だまるで!畜生!畜生!!ぐぁ…』

TO BE CONTINUED

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最終更新:2007年09月27日 21:28