理解を求めず
同情を求めず
ただ戦場に捨てられ朽ち果てる折れた剣のように……
快晴のミッドチルダ首都の空を飛ぶ小型単座ヘリが一機。
ヘリの胴体に描かれるのは一課のシンボル『ケルベロス』の刻印。
操縦するのはハチロウ・キシュウ。年齢29歳。
時空管理局機動一課航空小隊パイロット第三世界南アレフガルドの出身だ。
彼が覗き込む足元の高速道路では、平時なら滅多に起きない渋滞が起きている。
原因はその先だ。
渋滞が向かう遥か先には煙が上がっていた。
さすがに道路管制能力が優れた魔法世界といえども、突発的な事件事故には対応できない。
それをやるには予知能力が必要になるが、ミッドチルダ式の魔法にそんな便利なものはない。
ハチロウは音声のみの無線で地上の部隊に状況を送る。
「<ホイシュレッケ01>より各車へ。現場は臨海21号斜路より東へ約300の立体交差橋。現在なお炎上中。燃料触媒工場からの車輌が各所で渋滞中~。
二次災害の危険性大。至急現場一帯の初動警備を要す」
数秒経っても返事が無いので、ハチロウはやや砕けた口調で聞き返す。
「……オイ聞こえてんのかよ!路上に奴等がヨダレ垂らしそうな子羊ちゃん(テロの二次攻撃目標)がウヨウヨ……」
《うるせえッ!》
男の怒鳴り声がハチロウの付けているヘッドホンに響いた。
罵声と一緒に、その男の周りのクラクション音も拾っていたから、男を取り巻く状況がよくわかった。
《こっちは手前っちと違って地面を転がしてんだ!ひとっ飛びって訳にゃいかねんだよ!とっとと行きやがれ!》
空を飛ぶハチロウに怒鳴り返した男は、渋滞に巻き込まれた輸送車輌の車窓から身を乗り出して手を振り上げる。
輸送車輌のボンネットと車体側面にあるのは、当然地獄の三頭犬の刻印。
同じ渋滞に巻き込まれ、機動一課輸送中隊第二輸送小隊の装甲車輌と装甲版が装備された大型トラックの近くに偶々居合わせてしまった、一般のかたの軽自動車や乗用車が、詰った車道のなかで、僅かにでも離れようとした。
みんな怖いのだ。
黒塗りの装甲車に乗っている、赤い眼をした人たちが。
普通乗用車に乗っていた家族連れの男の子が、ミッドチルダでは珍しい、純真な"質量兵器"である装輪装甲車と、その天蓋なしの開け放たれたところで身を乗り出して周囲を監視するプロテクトギアに興味をもって見つめた。
機動一課第2中隊第7小隊前衛要員のチュウイチ・コシロマル三尉(少尉)は、小隊長に周辺警戒を買って出た。
息が詰るような狭い車内から背筋を伸ばせば、見渡す限りの車の列。
本来なら、事件発生と同時に一般車輌の全面禁止処置が取られ、現場までの移動はスムーズに出来るはずだった。
これは優秀な道路管制システムと直結した車載ナビのおかげである。
しかし今回の出動で盲点だったのは、どっかの誰かが緊急車輌が通る災害用車線にまで車輌を詰めていたことだ。
その御蔭で、こちらが現場まであと数百メートルというところで完全に進めなくなってしまった。
もっと悪いことは、高速道路のど真ん中ということで迂回路が取れないということだ。
これで初動到着は不可能となった。
コシロマルは、現場上空で一課航空隊のジガバチがなにかやっているようだが、大して気にしない。
こちらと無関係であったからだ。
コシロマルはプロテクトギアのマスクの中でも表情を一切崩さずに思った。
そのかわり、こういうところで一課の輸送部隊足止めを食うことは、襲撃してくださいと言っているようなものだ。
まだ、ミッドチルダの反管理局武装勢力『セクト』は民間人を"大量に"巻き込んでの自爆テロは起こしていない。
しかし、現状がこのままいけば、いつか必ずやりかねん"頭の良い莫迦"がセクト内部から現れるのは時間の問題であった。
要するに、管理局地上本部側が最も恐れている事態が、同時多発無差別テロである。
コシロマルは昨日、第97管理外世界「地球」から都市型テロ対策のアドザイバーとして特別に来歴していただいた専門家の講話を思い出した。
「スッゲ~~~!!」
少年はすぐ隣の装輪装甲車量を眺めていった。
ミッド世界にはマズ直接おめにかかれない、その"質量兵器"の塊がいま目の前に!
やたらデッカイとしか表現できない、太くて大きくてやたら硬そうなタイヤが片側4個も付いている装輪式装甲車は、男として生まれたからには見とれないなんてことは少年には無理だった。
足回りもゴツくて、そのメカニズムが荒事をするためにとにかく頑丈に作られている印象を見るものに与える。
そして、少年は見上げると、装甲車の上に上半身を乗り出しているプロテクトギアの『赤い眼鏡』。
目と目が合ってしまった!そう思った少年は、すぐに車内に身を縮めてウィンドーを急いで閉め、それ以降見ようとしなかった。
あの赤く鈍く光る眼を見てしまうと、まるで問答無用に捕まるんじゃないかと思って恐怖してしまったのだ。
コシロマルの脳裏にあったのは、子供の乗っている自動車が一番危険と、どこかもの哀しそうに話す女性講師だった。
――警備をかいくぐり一人でも多くを巻き添えにするためには、自爆する車へ一緒に子供を乗せて、警備側に家族連れと思わせて油断を誘うのが基本になっている。
――それどころか、むしろ子供の身体に高性能爆薬を巻きつけ、さらに発見されるのを防ぐ方法もある。
――そのため、警備側は"全てを疑って"検査をしなければならない。
――家族の子供役にさせる子供はストリートチルドレンがほとんどであり、明日の食を得るために、何も知らずに車に乗せられている例がほとんどである……。
コシロマルは彼女の助言に従い、全てを疑った。
しかし、よく考えれば、これは機動一課の通常業務であることに気付いた。
でも別にそんなことは特に気にしない。
講師として来てくださった美しい女性が、香港警防隊の主要幹部で、しかもあのエース・オブ・エースの親戚だということもコシロマルにとってはどうでも良いことだ。
ただ油断無く、コレまでどおりに物事をやるだけなのだ。
子供達からも恐れられる。
これこそが次元犯罪者を震え上がらせる機動一課なのだ。
輸送部隊指揮官の罵声が止んだ。
さっさと現場上空に行けといわんばかりに。
迂回路の無い直線道路のど真ん中で、本来の出動内容とは関わりのないタンクローリー横転火災事故(恐らく)で渋滞に嵌ってしまったのだ。
これにイラつかないヤツは滅多に居ないだろうと、涼しい顔をしながらハチロウは思った。
燃えているタンクローリーに積んでいるのは、少量でただの水を燃料に換える媒体物質である。これが空気にさらすと良く燃えるのだ。
時間が経ては自然分解されるクリーンな物質と言うが、モクモクと上がる黒煙を見るからに、にわかに信じられない。
しかしソレはそうなんだろうとハチロウは機体を急旋回させながら考える。
彼は魔力素質が全く無いので、魔法から作り出された『自然に優しい錬金化合物質』にいまいち懐疑的だった。
もっともそうすると彼が今乗っている愛機たる傑作小型ヘリコプター『Fa-330』愛称"ジガバチ"のエンジンを動かしている燃料も、水にその化合物質を少量加えて造っているという点では同じなのだが……それに関してはキッパリ気にしないことにしている。
やっぱ空を飛べるってのっていいなァ~~。
「あ~あ。また普警と警備隊の連中に先を越されちまいやがってからに……」
ハチロウが"現場"上空に到着したときには、自治警のパトカーとその周りの警察官に混じっている管理局陸上警備部隊の茶色の陸士制服を確認できたからだ。
なお普警というのは魔法に関わらない普通の警察略して"普警"当然非公認の造語であるし、なにより失礼だ!
管理局は、魔法能力保有者と非保有者の差別化につながる言動は断固として"自制"しております!!
ハチロウは地上をさらに眼を凝らせば、陸士の2人とも女性だということがわかった。それもかなり若い!しかも美人!!
青紫のロングヘアをストレートになびかせながら警官に指示を出しているのと、その隣の女性もこれまた腰よりも下の太腿まで伸ばしたブラウンの長髪を首の後ろで黄色のリボンで縛っている。
どちらもとんでもない美少女であるのがハチロウにも良くわかる。
でも彼女たちどっかでみたような?
そう思った瞬間無線が入った。
『よォ一課の哥兄ちゃん!景気はどうだい』
無線の相手は後方から来た自治警のヘリ部隊だ。
二機の縦列複座(タンデム)式最新型ヘリコプター『Fi-282』は、その空気抵抗を考慮に入れた流線的外見と警察らしい純白が映える機体色から「白鳥」とも喩えられる気品さを見るものに与える。
しかしながら、その力強い機動性から公式通称は"ハヤブサ"。
数が少ない飛行魔導師に代わる航空機動警邏の主力である。
当然、ハチロウの操縦する単座ヘリ"ジガバチ"とは性能面で雲泥の差だ。これは"ジガバチ"の設計製造のほうが古いから当然といえば当然。
そのハヤブサを操る隊長らしき男から続いて無線が入る。
『お手数だけど、ちいと場所あけてくれや』
それを聞いて思わずカチンとするハチロウ君29歳。
『そんな骨董品でこの辺ブイブイやられちゃ迷惑なんだよ。ここはオレ達が仕切るからよ。いい子だから尻尾巻いてさっさと帰えンな!』
「骨董品」と聞いたハチロウはあることを思いつく。
ニヤと笑って操縦パネルを操作する。
いくつかの燃料関係の調節をしてからエンジン出力を急激に上げると……。
―――ギュイイーイン………ボンッ
機関内に擦れる音がした直後にバスケットボールが破裂したような音をさせ、エンジンの排気口から白煙を盛大に噴出す。
ハチロウが操縦桿を引き上げると、信じられない速度で急速上昇する。
ピッチアップ!機体を真上に向けての垂直上昇!
そして無線を送ってきた隊長機のハヤブサとの相対高度が200メートルになったとき、180度垂直状態のままもう一度操縦桿を引く。
転地が逆転。ハチロウの視界に2機のハヤブサを視認すると、操縦桿にある"安全装置"を外す。
直後ひっくりかえった状態でさらに機種を上げ、逆落としの急降下を敢行する!
ハヤブサのパイロットは、煙を吹いてエンジントラブルを起こした中古ヘリが、急上昇後キリモミ状態で墜落するように見えた。
しかもこちらに一直線に!
ハチロウは目の前に出現させた"照準用"空間モニター一杯に警察ヘリを捉え、操縦桿の引き金を引く。
頭の中で、ヘリの胴体に装着させた二連装機関銃が火を噴いた。
「ちゅどどどどどどどどどどどどど!」
子供がオモチャの鉄砲を撃つように、銃声を口ずさむ。
コックピット内で驚いているパイロットの顔が見える距離まで近づく。
相手は衝突するとしか思っていないだろう。
回避機動をする暇を与えない戦闘機動だ。
2機のヘリの間を凄まじい速度で急降下で抜ける。
そのまま大地に接触する寸前でジガバチは機体を持ち直す。
ハチロウの"真横"に慌てふためく警官と陸士の姿があった。
数瞬地面から数十センチのところをホバリングし、チューニングで出力規定値を大幅に変えられたエンジンが回転数を一気に上げて飛び上がった。
ジガバチが放出した白煙が、空から地面へ、そしてまた空ヘと急角度のヘアピンカーブを描く。
無線機のスイッチを切った状態でハチロウは口元をほころばせながら戦果を報告した。
「戦果。FI-282ハヤブサ、二機撃墜。パトカー3大破。警官12と魔法少女2、即死♪」
だれも聞いていないが誰かに向って。
つまるところ、ハチロウの完全なお遊びであった。
それをやられた側はたまったものじゃない。
最初に"撃墜"された警察ヘリのリーダー機コパイロットが呆れたように言った。
「何て野郎だ。あれでも管理局員か?」
「だが、……いい腕してやがる」
後部座席の文句に機長が応えたとき、すでに旧式機は出力を全力全開で彼方に走り去っていた。
地上では、我に返った警察官の現場責任者が無線で一課ヘリの文句を言いまくる。
捜査協力で出動していた魔法少女こと、2人の戦闘機人はというと………。
「ナカジマ先輩ちょっとどいて!アイツ撃ち落せない!!」
「ディエチ、止めなさい!もう居ないわよ!」
あまりの突然の出来事でバリア・ジャケットやシールドを展開させる間も無くの妄想射殺である。
砲撃特化型デバイス『ヘヴィバレル』起動させて、無礼なヘリをIS能力「イノーメスカノン」で"爆砕"しようとする数ヶ月前に配属された後輩、ディエチ・スカリエッティをかなり必死に取り押さえているギンガ・ナカジマであった。
ちなみにディエチのIS能力は質量兵器ではなく魔法に相当する、と"彼女たち"の後見人の公安二課の主ブンメイ・ムロトがそう言ったので、そうなっている。
管理局上層部誰も彼も、彼女達戦闘機人の身柄が古代遺物管理部公安二課に押さえられていることに恐怖を感じていたのだ。
人間誰しも「痛くない腹を探られたくない」からだった。
八年前、首都防衛隊最強の武装隊、通称"ゼスト隊"は公安二課と共同作戦を行った。
目的は山中の地下にある違法研究所の強制査察。
別名スカリエッティ・ラボの制圧は、何の連絡も無しで行われた機動一課の襲撃で幕が開けた。
詳細は後日記すが、この事件で紆余曲折を20回ほどグルグル回って公安二課は、戦闘機人とドクターを入手……もとい『保護』することに成功。
以後、古代遺物管理部とその公安二課の、管理局にける発言力が急速に高まった。
特筆すべきは、戦闘機人事件を“餌”に、最高評議会とレジアス・ゲイズ中将に協力体制を敷くことに成功したことだろう……。
古代遺物管理部 部長イサオ・アニヤ。
古代遺物管理部公安二課 課長ブンメイ・ムロト。
古代遺物管理部機動一課 課長シロウ・タツミ。
かつて、互いに眼となり耳となり、三位一体を誓い合った。
ロストロギアが関わるテロ事件を解決し、かの『伝説の三提督』の再来とまで期待されていたが、今から八年前の戦闘機人事件を切っ掛けに、決定的に訣れてゆくことになる
機動一課の乱入で大混乱になった事件現場。
普段冷静というか物静かな後輩が、声を荒げて激怒するその訳を、管理局陸上警備隊・陸士108部隊所属のギンガ・ナカジマ陸曹は知っていた。
やはり地獄の番犬ケルベロスは、戦闘機人にとって仇敵いがいの何者でもないのだということを……。
【 後編へ続く 】
最終更新:2007年10月07日 08:31