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12月31日 PM10:32 海鳴市、喫茶翠屋二階『万事屋銀ちゃん』


にしても、今年は本当に目まぐるしい一年だったな。と新八は思った。

「いやー、今年ももう終わりですね」

「早ェーな。もう嫌んなっちゃうな。年をとるごとに早くなっていくよ一年過ぎるのが。
 この調子じゃジジィになった時は、F1カーが通り過ぎる並みのスピードで一年が過ぎるんじゃねーの」

万事屋経営者である銀時は、カセットコンロを点火しながらそう言う。
コンロの上には、具材がたっぷり入った鍋が乗っていた。
今日は大晦日なので、皆でスキヤキパーティをするらしい。

「いやいや、恐い事言わないでくださいよ」

「いやいや。俺なんかもうシグナムがぶっ飛び去る位の速さまで来てるからね。もう来てるからね、目の前にシグナムが」

「呼んだか?」

と、気配も無く現れたのはシグナムとヴィータ。
なんやかんやで色々あって半年ほど前に出会ったのだが、今では良い友人達である。

「ホントに来てるよ!?」

驚きをあらわにする新八。
しかしシグナムはそんなことを意に介さず

「年越しにパーティをするからと、呼んだのはそちらだろう」

「おおっ! もう準備万端じゃん! 美味しそー」

嬉々として神楽の隣へ座るヴィータ。
(精神的に)年齢が近いこともあってか、この二人は妙に仲が良い。
二人ともバカな上に強いので、一旦暴走しだすと止めようが無いというなんともはた迷惑なコンビではあるが。


「おィ。シャマルとはやてはどうした」

「所用で遅れるそうだ。先に始めておいて欲しいとのことだが……」

そう言ってシグナムも席に着く。
しっかり下座に座っている辺り、ダメ人間の代表格である銀時とは大違いだ。

「それにしても、今年は色々あったなー」

「そうアル。新八が寝ゲロ吐いたり、新八が寝ゲロ吐いたり」

懐かしむように呟くヴィータと神楽。
しかし新八に寝ゲロ経験は無い。
むしろゲロ経験があるのは神楽の方である。ヒロインにあるまじき暴挙だ。
新八は声を荒げて反論する。

「ねーよ! つーか何で二回言った!? なんで二回言った!?
 そうじゃねーよ! 今年一番の事件はコレ! 『魔法少女始めました』!」

「オイオイ、バカ言ってんじゃねーよ新八よォ。俺はもう経験済みだぜ? それ以前に、三十路は当分先だ」

「……何のことだ?」

左手で輪を作り、その中を右手人差し指を往復させる銀時。
ソッチ方面には疎いシグナムは首を傾げるが、完全にセクハラである。
この場にシャマルが居たら、もれなく臓物ブチ撒けの刑だっただろう。

「ハイそこォォォォ!!! 他作品のしかも女性が居る前でシモを使うなァァァ!!!
 そうじゃなくて、なのはちゃんが魔導師になったこと!」

「冗談だよ冗談。いやー、あン時はビビったね。ジャンプ買った帰り道で、いきなりなのはがバケモンに襲われてるんだぜ?」

「そういえば、はやてのお世話することになったのも、同じくらいの時期だったアルな」

そう。万事屋はその頃から、はやての身の回りの世話をするという仕事を請け負っていたのだ。
半年前からシグナム達と面識を持つことが出来たのは、そのためである。

「今までよくホームヘルパーも無しに生きてきたもんだ」

「む、その節は主が世話になったな。改めて礼を言っておく」

深々と頭を下げるシグナム。
しかしヴィータは、何かを考え込むように俯いた。

「……ちょっと待った。つーことはなのはって…
 …………魔法使い始めて、結構間もない…?」

「へ? ああ、もうすぐ一年くらいになるかな……」

「…………」

ヤバい。地雷踏んだか?
新八はそう思ったが、時既に遅し。
ヴィータは俯いたまま肩を震わせる。

「あーあ、やっちまったな新八。この年頃のガキは傷つきやすいんだよ」

「そうアルよ。ウン百年生きてた騎士が、魔法一年のルーキーにやられたなんて屈辱もイイとこアル」

「…………」

まさに言われたい放題。
心なしか、彼女の頬が赤くなってきている気がする。
流石にこの状況はマズいと思ったのか、シグナムが口を挟んできた。

「あー、その、なんだ。そろそろやめてくれないか。泣かれると困る」

「泣くかっ!!」

フォローする気ゼロのリーダーに、噛み付かんばかりの勢いで反論するヴィータ。
この面子の中では一番の常識人である新八が、なんとか場を取り繕おうとする。

「ま、まーまー、とにかく、今年は充実した一年でしたよね」

「そーさなァ。事件も一区切りついたし、ちょっと振り返ってみるか」

「ということで、闇の書事件解決記念『あんな事もこんな事もどんな事もあったね』スキヤキパーティスタートアルね」



なの魂 ~闇の書事件その後~



『…………』

パーティ開始の合図から三分。
皆は一様に手に箸を握り、その場から動こうとしなかった。

「……オイ、スタートって言ったじゃん。振り返ろうって言ったじゃん。誰か振り返れオイ」

少々苛立ったような口調で銀時は言うが、シグナムは首を横に振る。

「いや、しかし……鍋の火加減を見なければ」

「シグナムさんの言うとおりですよ。僕らで鍋見てるんで、三人で振り返っちゃってください」

「鍋は俺が見るから、新八お前行けって。お前司会者とか向いてるって。自身持てって」

「うれしくねーんだよ司会者向いてるとか言われても。神楽ちゃん、ヴィータちゃん、行っちゃってよ」

このままでは埒が明かない。そう判断した新八は、仲良し二人組みに話を振る。
しかし、この二人が首を縦に振るはずが無かった。

「ヤだよ。よそ見してる間に肉食べられたらどーすんだよ」

「そうアル。姐御はともかく、銀ちゃんと新八は信用できないネ」

「いやいや、シグナムもああ見えて結構食い意地張って……」

「な、何を言うかっ!」

火花を散らすシグナムとヴィータ&神楽。
はっきり言って、非常にまずい状況だ。クラスAAA相当の魔導師二人に、最強の傭兵部族と言われている夜兎族……。
本気で闘り合えば、小さな町一つくらいなら簡単に壊滅するだろう。
しかし銀時は、んなもん知ったことかと言わんばかりに呆れた表情でヴィータ達を見る。

「ちょっ……もうホントさァ。いい加減にしろよお前ら。確かにスキヤキなんて俺達滅多に食えないけどもね」

「その通りだ。一年の区切りに、奮発して皆で楽しく過ごそうという時に……それでも誇り高き騎士か!」

誇り高き騎士は、食い意地が張ってると言われたくらいでは怒らないと思う。
が、まあそんなことはどうでもいいだろう。
リーダー格二人に一喝され、不機嫌そうに黙り込むヴィータ達。

「…今のは二人が悪いよ。ホラ、謝って」

「……んだよチクショー」

「悪かったよ。貧乏臭い事言って……」

そう言って二人は、しぶしぶ頭を下げ……
他の三人はその隙に、凄まじい勢いで鍋に箸を突っ込む。
色とりどりの具材は、鮮やかな軌跡を描いて鍋の外へと吹き飛んでいった。



まるで爆心地だな。
テーブルの上に散らばる具材を見て、新八はそう思った。

「あーあーあー。貴重な肉が四散してしまいましたよ」

「いや待て、新八殿。こちらの世界には三秒ルールなるものが存在すると聞いたが……」

「騎士の誇りはどうしたァァァァァ!!!」

肉片を箸で掴もうとするシグナムを咎める新八。
本当にどうしてしまったんだこの人は。

「なんだよ。結局シグナムもがっついてるじゃねーかよ」

「チッキショー騙しやがって。お前らのせいで、私達の心はどんどん薄汚くなっていくネ」

口々に非難の声を浴びせるヴィータと神楽だが、銀時は馬耳東風と言わんばかりに言い返す。

「そうやって人は大人になっていくんだよ。よかったな、また一歩大人になれたじゃん。
 大体、食卓は戦場だって教えたろ。忘れたかコラ」

「教わってねーよ。それに、うちの食卓は戦場どころか天国だよ。ユートピアだよ」

確かに、坂田家に比べれば八神家の食卓は平和そのものである。
しかし銀時は何も分かっていない。と言いたげに首を横に降った。

「分かってねぇなぁ。理想郷なんてのはちょっとした歪みで崩壊するモンなんだよ。
 ホラ、あれだ。シャマルが料理当番やった時も、同じことが言えるか?」

「いや、確かにゴーストタウンに一転するけど! それとこれとは話が別だろ!?」

「銀ちゃんの言うことなんてもう信じないネ。もうみんな敵ネ。誰も信じないネ」

「いい心がけだ。もっと俺を憎め。その憎しみのパワーを糧に、この腐った世の中を生き抜いていくんだよ」

『腐ってんのはお前の頭だ(アル)』

結局また口論になってしまう。
この状況にいち早く危機感を覚えたのは、やはり新八であった。

(――まずいな。やはりこうなったか。この面子でスキヤキをやるなんて、ライオンのオリに松島トモ子を放り投げるようなものだ…。
 このままでは、残りの肉も口に入れる前に確実に四散する…。いや、下手をすれば、スキヤキパーティ自体がお開きになってしまう。何とかしなければ。
 だが、連中は今頭に血が上っている。下手に止めると逆効果だ。どうすれば……)

ぐー

そこまで考えたところで、突如部屋中に珍妙な音が響き渡った。
辺りを見回すと、シグナムが恥ずかしそうに俯いている。

「…………」

「ア…アレェ? 何、姐さん? そんなに腹減ってるの?」

「い、いや。そんなことは……」

嫌味ったらしい笑顔を向ける銀時。
どもりながら否定するシグナムだが、これを好機と見た新八は攻め手を緩めなかった。

「いやいや、今確かに腹の音しましたよ。何? そんなにお腹空いてるなら、さっさと始めちゃいましょうよ」

「しかし……この国には『騎士は食わねど高楊枝』という言葉があると聞く。これくらいは…」

「いや、騎士じゃなくて武士ね。そんなコト言わずにホラッ! 僕がよそってあげますから!」

そう言って皿に具材(肉以外)をよそい、シグナムへ手渡す。

「……良いのか?」

「いいっての。テメーらのために買ってきたっつってんだろーが。早く食えボケ。殺すぞ」

相変わらず毒舌な銀時だが、シグナムはそれをさらりと聞き流し、黙々と白菜を口に運んだ。
一方新八は安堵の表情を浮かべながら額を拭う。

(ナ、ナイスだシグナムさん! これで最悪の事態は回避できましたよ…!)

(だが、依然として君達が肉に手を出しづらい状況にあることは変わりないぞ)

(……シグナムさん、アンタまさか…)

(フ……主が来る前に、パーティをお開きにするわけにはいかんからな。
 主はやての為ならばこのシグナム、騎士の誇りも捨てよう)

(あ、アンタ本物の騎士だよ! どう考えても捨てる場面間違えてるけど)

思念通話もしていないのに、なぜ会話が出来るのだろうか。
おそらく、その場のノリと勢いのおかげだろう。
銀魂とはそういう作品なのだ。

(さーて、どうしたもんかねぇ……)

腕を組み銀時は考える。
最悪の事態であるパーティのお開きは回避できたが、シグナムの指摘通り、肉に手を出しづらい状況は変わらない。
ヴィータと神楽も、無い知恵を絞って肉を手に入れる方法を考える。

(スキヤキ、焼肉、しゃぶしゃぶ……こーいう一つのものを大勢で囲む食事の場合、第一手…
 つまり最初に鍋に手を付けることに気まずさが伴われる)

(……よって、この気まずさを吹き払い、周囲に一切の違和感を与えず、自然に先手を切った者に鍋を支配する権利が与えられるネ)

(む、新しい食感……なんだ、この食材は?)

一方シグナムは白滝に夢中になっていた。

(そう……つまりは、それこそが鍋将軍!! この勝負、第一手を制したものが勝つ!)

新八はまずヴィータのほうへ目を向ける。
この面子では、神楽に次いで我慢の効かない人間だ。
下手をすれば、魔法を使った強行手段に出てくる可能性もある。
しかし彼の心配とは裏腹に、ヴィータはきわめて冷静に状況の分析を行っていた。

(今現在、一番鍋将軍に近い存在はシグナムだ……まだ鍋に手をつけてないとはいえ、あれを食べ終わった後、ごく自然に
 箸を鍋につける権利を持っている)

(……だが、アレは暫くほうっておいていいだろう。あの顔は、白滝の新食感にとらわれている顔だ。向こうの人間にとっては、未知との遭遇なのだろう)

冷ややかな目でシグナムを見つめる銀時。
しかしまあ、物珍しそうに白滝を見つめる守護騎士の将というのも、なかなか微笑ましいものである。

(問題は新八ネ。はやての家で出たことの無い食材を覚えていて、さり気なく皿に大量によそった……間違いなくデキるアル)

しかしその新八も、現状を打開する案は思いつかなかったようだ。
肩で息をし、目を血走らせている。

(仕方ない……こうなったら、破れかぶれだ!)

「そ、そういえば、アレですよね! 友情、努力、勝利なんてよく言いますけど、最近の子供は友情の儚さも勝利の空しさも知ってるわけで
 結局、一握りの天才しか必要とされてないんだよね!」

と、突然意味の分からないことを口走り、さり気なく鍋に箸を伸ばす。
距離50、40、30、20……
手応えあり。

(とった!!)

そう勝利を確信した、その瞬間だった。

「アレ? 火弱くなってね?」

「!!」

突然鍋が消えた。

いや、銀時がとっさに自分の茶碗とコンロの位置をすり替えたのだ。
空を切った箸はそのまま茶碗に盛られた白飯に突き刺さる。
まるで仏前に出される供え物だ。
一方銀時は、わざとらしくコンロのつまみをいじりながら不敵な笑みを浮かべる。

(新八……鍋将軍は、俺っ…!?)

だが、これで終わるはずが無かった。
銀時の頭上に何かが舞う。

(箸っ……まさか、あの一瞬で…!?)

そうだ。鍋将軍の条件は『一番最初に鍋に箸をつけること』。
別に箸を手に持っている必要はない。
とっさに茶碗から箸を引き抜き、力一杯鍋に向かって投げつけたのだ。
この頭の回転の速さを、普段から生かして欲しいものである。

(いっけェェェェェェ!!! チョップスティックスカッドミサイィィィィル!!!)

いくら銀時が神速の剣の使い手といえど、この距離では箸の落下を止めることは出来ない。
勝利の女神は新八に微笑んだ。……かに見えた。



そう、二人はこの極限過ぎる戦いに意識を集中させるあまり、忘れてしまっていたのだ。
今この場には、イレギュラーとも呼ぶべき存在が二人も居ることを。



「させるかァァァァァ!!!」

『Schwalbefliegen!!』

聞き慣れた電子音声のようなものが響くとともに、虚空に魔力を帯びた鉄球が現れ、箸を粉砕する。
ヴィータ唯一の、と言ってもいい射撃魔法『シュワルベフリーゲン』である。
しかしこんな下らない事に使われたグラーフアイゼンの方は、たまったものではないだろう。

「ウソォォォォォ!!!! デバイス待機状態なのに!!?」

「チッ、食欲は不可能も可能にするってか!? だが隙だらけだ! 鍋将軍は俺の……」

「やらせんっ!!」

鍋に箸を突っ込もうとした銀時に、突如襲い掛かるシグナム。
とっさに木刀を引き抜き、レヴァンテインを受け止める。

「おおおおい、デバイスまで持ち出してどーしたよ、姐さん」

「主が来る前に肉に手を出すことは、私が許さん。
 ……というか、なぜ止めれる」

「だから前にも言ったろ。コレ洞爺湖の仙人に貰った木刀だからよォ、魔力耐性がハンパじゃねーんだよ」

実はコレ、通販で買った胡散臭い妖刀なのだが、そのことを言えば確実に彼女のプライドはズタボロになるだろう。
一応銀時にも良心というものはあるらしい。

「ヘッ……純粋な白兵戦で、俺に勝てると思ってんのか?」

余裕の笑みを浮かべる銀時を見て、シグナムは冷や汗を垂らす。
というのも、彼の鬼神の如き強さを、とある事件で目の当たりにしているのだ。
このままでは確実に押し切られる。
そうシグナムが思ったその時、誰もが予期出来ぬ事態が起こった。

「ぶぇっくしょぉぉぉぉい!!!」

神楽が鍋に向かってくしゃみをしたのだ。
もちろん彼女が口元を押さえてくしゃみを、などという上品な真似をするわけがない。
もう顔から出る汁という汁がだだ漏れである。

「……あっ、ゴメンアル。私カゼひいたかもしれないヨ~」

『なっ…なにィィィィィィィ!!?』

(手も箸も使わずに、くしゃみで…第一手を決めただと?)

(こんな先手の決め方が……)

(あっただとォォ!!)

神楽のあまりにも大胆不敵すぎる手口に、四人は戦慄した。
――神楽……恐ろしい子っ。

(いや……事実、こんな鍋はもう食べる気がしない。もうこの鍋は神楽殿しか食べられなくなってしまった…)

(クソッ……はやてのくしゃみだったら全然OKだったのにっ!)

(いや、よくねぇよ)

それにしてもこのヴィータ、マザコン全開である。
そんな彼女らを、まるで道端の雑草のように見ながら神楽は鍋に手をかける。
そして――

(ククク……鍋将軍はアタイだよ。そこで指をくわえて見ているがいいネ。お前達の愛する牛肉が小娘に蹂躙される様をネ!)

流し込んだ。
そう、丸呑みである。
あの鍋には六人前ほどの具材が入っていたはずなのだが、そんなことはお構い無しだ。
夜兎族の胃袋はバケモノか。

『あァァァァァァァ!!!!!』

失意に暮れる歴戦の勇者達。
しかし、忘れてはならない。
真の勇者は遅れてやってくるということを。

「まあ、随分盛り上がっているようですね」

「遅くなってゴメンな~」

突如、居間のふすまが開く。
所用を済ませたシャマルとはやてがやって来たのだ。

「は、はやて~! 神楽が、神楽が一人で鍋を~!!!」

と言いながらはやてに泣きつこうとするヴィータ。
しかし、はやては今シャマルに抱きかかえられているので、身長的に無理なのであった。

(クク、残念だったアルな、はやて。お目当ての牛肉はもう……)

「鍋?」

ヴィータの言葉を聞いたはやては、不思議そうに空になった鍋を見た。
――いや、正確には、鍋の片隅に残っていた小さな肉片を見て、こう言った。

「……ぎ、銀ちゃん…家計が苦しいのは分かるけど、スキヤキに豚肉はちょっと…」

(ぶっ…ぶぶぶぶ、豚肉だとォォォォォォォォォ!!!)

衝撃の事実に、神楽は自身が雷に打たれたかのような感覚を覚えた。
なんということだ。
今の今まで牛肉だと思って食べていたものが、まさか豚肉だったとは!

(そっ…そんなバカな事が……ぶっ…豚肉だと……っ!?
 あ、ありえない……確かにアレは牛肉の味……牛丼とか、いつも食べてる牛肉の…
 まさかっ!?)

まさか、そういうことなのか? と訴えるように銀時達を見る神楽。
銀時と新八は、悪魔のような眼差しで神楽を見つめ返した。

(その通りさ。お前が今まで牛肉だと思って食べてきた食卓の肉は全て……)

(安い豚肉だ!!!)

ヒドい。
これはあまりにもヒドすぎる。
いつぞやのプレシア女史並にヒドい。

(牛肉などという高級な代物がウチの食卓に並ぶとでも思ったのか、小娘)

(そんなもん俺が食べたいわァァァ!!!)

(そ、そんな…。今まで信じていたものがウソだったなんて…。私の生活は全て虚構で固められたフィクションであり、
 実在の人物団体とは一切関係ありませんなんて…)

――私はその時、自分の足元が崩れ去るような言い知れぬ不安を感じていた。
  もう誰も信じない、信ジラレナイ。豚がアイツでアイツが豚デキャッホォォ! テメーラ全員足ノ小指骨折シロ…

あの時のフェイトもこんな感じだったんだろうなーと思いながら、神楽は気を失った。



(一人消えたか……)

(さらば神楽殿……やすらかに眠れ)

胸の前で十字を作り、手を合わせる。
神楽、君はいい戦士だった。
だが君の無知がいけないのだよ。

「もー、大晦日くらいエエもん食べんとあかんよ~」

「今日は奮発して、いつもより良いお肉を買ってきましたから。良いもの食べて、良いもの飲んで、パーッとお祝いしましょう」

そう言って台所へ消えるシャマルとはやて。
どうやら追加の具材を買って来ていたようだ。
第二ラウンドの始まりである。



「さあ、そろそろ食べ頃のはずですよ」

「うわぁ~、美味しそうやな~」

と、歳相応の無邪気な笑顔を見せるはやて。
しかし、獲物を狙う野獣達にとって、そんなものはどうでも良かった。

(純粋無垢な魔導少女に、どこか抜けてるおねーさん……チョロイな。問題は奴らだ)

(はやてには悪いけど……今回ばかりは、鍋将軍の座はあたしが貰うよ)

(申し訳ありません、主はやて。私だって肉は食べたい)

(皆……新年迎える前に決着つけようじゃないですか……)

互いを目で牽制しあう四人。
守護騎士といえど、牛肉の誘惑には耐えられないらしい。

(もう、四の五の考察はいらねぇ。尺を考えると、ここで勝負をかけるしかない)

(最初に鍋に手が届いたものが勝つ。鍋将軍は……)

(俺が…!)

(僕が…!)

(あたしが…!)

(私が…!)

一斉に鍋に向かって箸を伸ばす。
……が、しかし。

(なっ……)

届かない。
箸が届かないのだ。
まるで見えない障壁に、前を防がれているような……。

(ま、まさか…)

(プロテクションだとォォォォ!!!)

そう、いつの間にか鍋の周りに、防御魔法である『プロテクション』が張られていたのだ。
しかもそれだけではない。

「のふぅっ!」

「バリアバースト!?」

「ヴィータァァァァ!!!」

小さな爆発音とともにヴィータの体が吹き飛ぶ。
これには銀時達も驚きを隠せなかった。
この魔法はミッド式。つまり、ベルカの魔導師である守護騎士には使えないはずだ。
一体誰が……。
と、そこで気付く。
居るではないか。
将来有望な、スーパールーキーが目の前に。

(フフ……甘い、甘いよ四人とも)

(鍋将軍の地位は私達のものですよ)

そう、はやてである。
あろうことか、シャマルもグルのようだ。
食い物を目の前にすると性格が変わるのは、彼女らも同じようである。

(コ、コイツら……無垢なんかじゃない!!)

(この女、心臓に毛でも生えてるのか!?)

怖い。あの笑顔の向こうに隠された、本当の顔が。
言いようの無い戦慄を覚え、その場に凍りつく銀時と新八。
その頃シグナムは、勢いでふすまに突っ込んだヴィータの介護に当たっていた。

「ヴィータ! しっかりしろヴィータ!」

「へへ……ヘマしちまった…」

「何を言うんだ。頭から生卵をかぶっただけではないか!?」

「フッ……いいんだよ。自分の体のことは、自分が一番良く知ってるから…」

特に目立った外傷は……というより、全く怪我などしていないのだが、苦しそうにヴィータは呟く。

「しかし…!」

「何やってんだ…早くしないと、せっかくの牛肉が……っ!」

「ヴィータ…」

「行けっ! あたしの死を無駄にする気か!? ここで動けねーようなら、お前のこと一生軽蔑するぜっ!!
 行け! 行くんだ! それで、後世に伝えるんだ! あたし達が……この手で勝ち取ったものを!!!」

「…………っ!!」

「行けって言ってるだろ!? あたしなんかに構うな! テメェそれでもベルカの騎士か!? シグナァァァァム!!!!」

「う、うあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

生涯最大の雄たけびを上げ、シグナムは走った。
その背中を、ヴィータは朦朧と見つめる。

「……あんなにノリの良い奴だっけ?」



一方、もはや戦場と化した食卓では一方的な戦闘が繰り広げられていた。
あらゆるフェイク、トラップを試みるも、その全てがはやての防御魔法で防がれてしまう。
そしてその隙にシャマルが具材を回収。
素晴らしいコンビネーションである

(ケ、ケタが違う! 鍋が遠い、届かない……。つーか、ここまでディフェンスに定評あるならザフィーラ要らねーじゃん!
 つーかアイツどこ行った?)

(僕達の今までの戦いはなんだったんだ…。しょせん井の中の蛙。互いに傷つけあったあの哀しい戦いに、なんの意味も無かったというのか…)

絶望に打ちひしがれる万事屋。
しかし、ここで諦めてはいけない。
勝利を願う人が、たった一人でもいるのなら……。

「いや、違う!!」

シグナムが叫ぶ。そして……。

――信じがたいことだが、鉄拳でプロテクションを破った。
流石にこれにははやても驚いた。
初めて使用した魔法とはいえ、銀時たちが苦戦していたものを、こうも簡単に……!

「そうだ……だからこそ、あの戦いを無駄にしないためにこそ!」

「この勝負!」

そして奇跡は起こる!

「負けるワケには、いかねーんだヨォォォォ!!!」

立った! 神楽が立った!
永き眠りについていた神楽が、今再び立ち上がったのだ!

「神楽殿!」

「神楽ちゃん!」

「いけェェェェェ神楽ァァァァァ!!!」

全てはこのために。この時のために。
神楽は鍋に手をかけ、一気に持ち上げる。
そして――

『鍋将軍に……なれェェェェェ!!!』

『ああああああああ!!!!!』



呆然と神楽を見つめるシャマルとはやて。
それとは対照的に、恍惚とした、何かをやり遂げたような表情で神楽を見る銀時、新八、シグナム。
そう、彼らは勝ったのだ。この儚くも醜い戦いに。

カラン…

空になった鍋を投げ捨てる音。
一躍英雄となった神楽は、勝ち誇ったようにこう言った。

「……なんか乳くさくてイマイチ。豚のほうがいいアル」

『…………』






「それでも武士か貴様ァァァァァ!!!」

「てめェェェェェ!!! ナメてんのかァァァァァ!!!!!」

「出せェェェェ! 今の全部吐き出せェェェ!!!」

「シャマル! 消化前に全部引きずり出したれ!!!」

「ブチ撒けろォォォォォ!!!!!」

飛び交う茶碗。
ほとばしる魔力光。
隣の部屋へ退避していたヴィータは、一人茶をすすりながらこう思う。

(平和だなぁ……)

こうして坂田一家と八神一家の新しい一年は、騒々しく幕を開けたのであった…。

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最終更新:2007年10月13日 20:00