「462……」

チリンチリン、と夏の風物詩、風鈴の音が響く中、シグナムは気だるそうに呟いた。
非常にグロッキーである。
団扇を使ってなんとか暑さをしのいでいるが、それも時間の問題。といった感じだ。

「……なんや、それ?」

半分溶けているスイカバーを咥えながら、はやてが聞き返す。

「今年の夏、熱中症で病院に運び込まれた人の数ですよ」

「…ホンマかいな……」

「はやてちゃん、やっぱり新しいエアコン買いましょうよ。今年は扇風機だけじゃ乗り切れないわよ」

台所で昼食の素麺を湯がいていたシャマルが言った。
そう、実は先日、八神家唯一のエアコンが故障してしまったのだ。
しかしはやては、シャマルの提案を真っ向から否定する。

「そんなん言うても、うちにそんな余裕あらへんよ……。それに、私らも魔導師の端くれや。
 エアーをコンディショニングせんでも、マインドをコンディショニングすればきっと乗り切れる」

とは言うものの、烈火の将ですらこのザマだ。
果たして、この猛夏に耐えられる魔導師など存在するのだろうか?

「そうそう、心頭滅却すれば南極もまた北極って言うしな」

……いた。
ヴィータである。
何故かは知らないが、彼女はこの暑さに全く堪えていないようだ。
しかし、そんな得意げな彼女をシャマルが一蹴する。

「ヴィータちゃん、言っておくけど南極は南って言ってるけど、別に常夏じゃないからね」

「わーってるよ! うっせーな!」

完全にバカ丸出しである。
さらにシャマルは追い討ちを続ける。

「……で、どうしてヴィータちゃんが扇風機を独り占めしているのかな~?」

そう、ヴィータが暑さに堪えていない理由。
それは扇風機を完全占拠していたからである。
主はデロデロになったスイカバーで頑張っているというのに、なんて奴だ。

「暑いから」

「暑いのは皆平等だから! 私達にも貸しなさい!」

「なんでだよ! シャマルのケチ!」

暑さでのせいで沸点が低くなっていたシャマルがヴィータに食って掛かる。
というより、扇風機に飛び掛る。
しかしヴィータは素早く扇風機を持ち上げ、強奪を阻止。
だがこの程度で諦めるシャマルではない。
土台部分をがっしり掴み、無理やり引っ手繰ろうとする。
ヴィータも負けじと、首の部分を掴む。
まさに一触即発状態だ。

「二人とも、少し静かにしろ。無駄に室温を上げるな」

普段なら拳骨の一発でも入れて止めようとするシグナムだが、暑さにやられている今は
そんな元気も無いようだ。

「はぁ~……頼みの綱は扇風機だけか。
 みんな、大事に使いましょうね~……」

そう言ってはやてがスイカバーの棒を捨てに行こうとした、まさにその時だった。

――ボキッ

『…………』

何かが圧し折れるような嫌な音。
固まるヴィータとシャマル。
彼女らの足元には、"扇風機だった物"の無残な亡骸が転がっていた。



なの魂 ~心頭滅却しても暑いモンは暑い~



「……なんでだよ。なんであたし一人で扇風機買いに行かなきゃならないんだよ。あーもう暑い」

汗だくになってヴィータは呟く。
あの後、はやてとシグナムから凄まじい糾弾を受けたヴィータとシャマルは、新しい扇風機を買いに行かされることとなったのだが
幸い――ヴィータにとっては不幸以外の何者でもなかったが――今日の食事当番だったシャマルは
昼食の準備という名目のおかげで難を逃れたのだ。

「あ、やっぱダメだ。心頭滅却しても暑いモンは暑い。誰だこんないい加減な格言残した奴は」

突然隣から男の声が聞こえてきた。
しかし、そちらの方を向く気力も無いヴィータは、ひたすら独り言を呟く。

「つーか、なんでこんな暑い日に扇風機買いにいかなきゃならないんだよ、腹立つな」

ちなみにこの怒りの矛先は、はやてでもシグナムでも、ましや暑さの原因となっている太陽でもなく、シャマルへと向けられていた。
――ちくしょう、あのビッチめ。家に帰ったら泣いたり笑ったり出来なくしてやる。
そんなことを考えていると、隣にいる男がヴィータに声をかけてきた。

「あーもう腹立つ。腹立つからエアコンに乗りかえてやろうかな。なァ嬢ちゃん、いいかな? 俺エアコンに乗りかえちゃっていいかな?」

「は? ……いや、まぁ、いいんじゃねーの?」

さすがに話しかけられているのに無視をするわけにはいかない。
鬱陶しそうに、気の無い返事をするヴィータ。
それがいけなかったのだろうか。
男が突然声を荒げて言い返してきた。

「いいわけねーだろ。エアコン買う金なんてどこにあるんだ? 余計な口を挟むな」

「んだとテメェ! こっちだってなァ、好き好んで扇風機なんか買いに来たわけじゃ……」

あまりにもあんまりな言い草にヴィータは激怒し、男を睨んだ。

『…………』

――隣にいた男は坂田銀時だった。
愛車である原付にまたがり、ヴィータと同じく汗をダラダラと垂れ流していた。

きっかり三秒。
見つめ合った二人は、お互いの状況を極めて正確に理解した。

「……そっちもか」

「お互い大変だな……」

そう言って、同時にため息をつく。
この時、二人の精神シンクロ率は400%を超えたとか超えなかったとか。

「……乗ってくか?」

「…うん」

銀時の言葉にヴィータは素直に頷き、原付の後部席にまたがる。
さあ、電気屋巡りの始まりだ



「は? 扇風機?」

店先で呼び込みをしていたおっさんは、目を丸くしてそう言った。

「スイマセン、ウチは置いてないわ、そーいうの。ホラ、今の時代もうエアコンでしょ? クーラーでしょ?
 そんなの置いてても売れないからさァ。
 兄ちゃん達もどう? これを機会にエアコンに乗りかえたら? 安くしとくよ」

言葉巧みに、銀時達にエアコンを買わせようとする呼び込みのおっさん。
脳の作りが単純な二人は、あっさりと騙されてしまうのであった。

「マジっすか。じゃ、お願いします」

「あの、今金無いから、これ位でなんとかしてほしーんだけど」

そう言ってヴィータが財布から取り出したのは"五千円札"。
銀時にいたっては"千円札"だ。

「よってらっしゃい見てらっしゃーい! 夏の大売出しだよ~!!」

「アレ? おじさん? おかしいぞ、おじさんが目を合わせてくれなくなった。
 おじさァァァァァァァん!!!!!!」

銀時の悲痛な叫びが、夏の青空に響き渡った。

一軒目。
購入失敗。



「扇風機? 無い無い。骨董屋にでも行ったほうがいいんじゃないの?」

二軒目。
購入失敗。



「何? 今時扇風機使ってるの? それってヤバくない? 軽くヤバくない? 何気にヤバくない?」

三軒目。
購入失敗。



四軒目……。

「扇風……がはっ!!
 いだだだだだだ何すんのォォォ!!! まだ何も喋ってないのに!!」

何かを口走ろうとした店員に、鼻フックデストロイヤーを仕掛ける銀時。
どうやら彼らの怒りは最高潮に達していたようだ。

「うるせーよ、どーせねーんだろ。分かってんだよ。もう裏は取れてんだよ。
 裏のお店で裏は取れてるんだよ」

四軒目。
購入失敗。



「あー腹立つイライラする!! あの青い空まで腹立つ! あんなに青いのに!!」

怒りに任せて大声で捲くし立てるヴィータ。
通行人が何事かとこちらを見てくるが、もはやそんなことも気にならないくらい彼女の思考回路はショートしているようだ。
そしてそれは銀時も同じであった。

「なんで扇風機如き買うのに、こんな汗だくでたらい回しにならなきゃならねーんだ!!
 オイ、そこのガキ! 帰っていいかな!? 俺もう帰っていいかな!?」

と、たまたま近くを通った少女に問いかける。
突然わけの分からない質問を投げかけられた少女は、当然困惑し

「え…いや、その……い、いいんじゃないですか?」

と、極めて無難な答えを返す。
しかし、これがマズかった。
非常にマズかった。
何故なら彼らの怒りは、既に臨界点を突破していたから。

「うるっせァァァァァァ!!!」

「いいわけねーだろ!! 家はもう蒸し風呂状態なんだよ!! 何も知らねーくせに知ったような口をきくな!!」

「ふぇぇ!!?」

理不尽な糾弾をされて涙目になる少女。
と、ここでようやくボルテージが下がってきた二人は、目の前にいる少女が
自分達の知り合いであることに気付いた。

「……って、なんだなのはか。どーした?」

「なんだ、なのはン家も扇風機壊れたのか?」

「どこをどうしたら扇風機の話になるんですか!? そうじゃなくて海! 海に行ってたんですよ。
 すずかちゃんと、アリサちゃんと」

と、珍しく声を荒げて言い返すなのは。
彼女も暑さにやられたクチなのだろう。
それにしても、はやて達どころかフェイトまでハブるとは、なかなかいい度胸である。

「いいなー。海いきてーなー」

心底羨ましそうになのはを見るヴィータ。

「おニューの水着も買って、気合入れて行ったんだけど……」

「いいなー。ビキニがいいなー」

心底羨ましそうになのはを見る銀時。
しかし小学4年生にビキニは酷である。

「エイリアンが出るらしくて、危険だからってそのまま帰ってきちゃった……」

「は?」

「エイリアン?」

そう、エイリアン――他次元生物である。
数々の次元世界との交流を持つ地球。
その窓口となる"ターミナル"があるこの町には、渡航船の機体に取り付いていたり、密輸物に紛れ込んでいたり、
そもそもエイリアン自体が密輸され、それが逃げ出したり……。
そういった理由で、たびたびエイリアンが紛れ込むことがあるのだ。
最近起こった最も大きな事件としては、寄生型エイリアンによるターミナル寄生事件が挙げられるが
その話はまた次の機会にでも残しておこう。

「うん。人食いザメとか、イカとか、タコとか。なんだか色々言われてるけど、とにかく危なくて泳げないみたい。
 なんでも、そのエイリアンに懸賞金もかけられたとか……」

『…………』

懸賞金という言葉に、銀時とヴィータは喰いついた。
要するに、そのエイリアンを捕らえるなりなんなりすれば、金が貰えるというのだ。
具体的には分からないが、相当な額が掛かっているだろう。
もしかしたら、その金でエアコンを買うことが出来るかもしれない。

「あ、あの……銀さん? ヴィータちゃん?」

二人から溢れ出る異様な闘志を感じ取ったなのはは、恐る恐る声をかける。
次の瞬間、二人は目に真っ赤な炎を灯し、こう叫んだ。

「今年の夏は!!」

「エイリアン一本釣りだ!!」



翌日、早速現場へやってきた八神家と万事屋。
話には聞いていたが、海岸には本当に人っ子一人としていなかった。
波の打ち寄せる音だけが、静かに響き渡る。
嵐の前の静けさという物だろうか。
まずは詳しい話を聞くために、すぐ傍の海の家――エイリアンに懸賞金を掛けた張本人の元へと向かう。
ちなみに定春とザフィーラは、犬同士仲良く留守番である。



「は? エイリアン退治? え? ホントに来てくれたの?」

オールバックにサングラス、そしてアロハシャツといった出で立ちの初老の男――海の家の店主はそう言った。

「あーそォ。アッハッハ、いや~助かるよ~。夏場はかきいれ時だってのにさァ、
 あの化け物のせいで客全然入らなくてまいってたのよ~」

と、豪快に笑いながら焼きそばを作る店主。
なんとなく不安を感じた新八が、手を挙げて質問をする。

「あの~、ひょっとして……エイリアンに懸賞金かけたのって…」

「あ~おじさんだよおじさん。いや~、でもホント来てくれるとは思って無かったよ。
 おじさんもさ~、酒の席でふざけ半分で発言したことだけに、まさかホントに来てくれるとは……」

そこまで言ったところで、突然シグナムが店主の頭を鷲掴みし、顔面を鉄板に押し付けた。
ジューと肉の焼ける音がし、香ばしい香りが辺りを包み込む。

「ぎゃあああああああああああああ!!!!」

「酒の席でふざけ半分? 貴様、ナメているのか」

「おじさーん、こっちは命かかってるから真剣なんだよ」

本気で熱中症で倒れかねないシグナムと銀時は、ドスの聞いた声で店主を睨みつける。
小動物なら、睨まれただけで即死しそうな威圧感だ。

「そやで。男は冗談言うときも命がけや。自分の言葉には責任もってもらうで」

そう言って最上級の笑顔を作るはやて。
やはりこの娘が一番怖い。

「待ってェェ!! おちついてェ!! 大丈夫! 金ならちゃんと払うから!」

「ウソつくんじゃねーよ。こんなもっさりした焼きそばしか焼けねー奴が金持ってるわけねーだろ」

「そうアルネ。どーせお前の人生ももっさりしてたんだろ。ほら言ってみろヨ、モッサリって!
 はい、モッサリ~!」

などと言って、鉄板に乗った出来立てホヤホヤの焼きそばを頬張るヴィータと神楽。
彼女らが口を動かすたびにモサモサという擬音が聞こえてくるのは、恐らく気のせいだろう。

「ちょっとォォ!! 君ら何勝手に売り物食べてんのォォ!!!
 おじさんだってこう見えても海の男だぞ! 金は無いが、それ相応の品を礼として出す!」

そう言って己の胸を叩く店主。
なにやら、相当な自信がありそうだ。
これは期待できるかもしれない。

「へぇ……それなら見せてもらいましょうか。
 エイリアン退治はその後ですよ」

不敵な笑みを見せながら、シャマルはそう言った。



「素敵なシャツですね…銀さん、はやてちゃん」

困ったような笑みを見せながら、シャマルはそう言った。
無理も無い。
今、銀時とはやてが着ているのは、真っ白な生地に"ビーチの侍"とデカデカと手書きされたシャツなのだから。

「せやな……シャマルらと初めて会ったときの服がコレやったら、
 ドメスティックバイオレンスの引き金になってたやろーな…」

塞ぎこむように体育座りをしたはやてが言う。
やはり、年頃の少女にこの服はキツかった。

「そのシャツはねぇ! ウチの店員しか着ることの許されないレアモノだよ! これで君達も海の男の仲間入りだ!
 だから俺を解放しろ! 海の男はこんなことしないぞォォ!!」

丸太に張り付けられ、大海原のど真ん中に放置された店主が叫ぶ。
早い話が、エサである。

「なかなかかからねーな……エイリアン」

「それにしても、エイリアンなんてどこから紛れこんだのでしょうね…」

疑問を口に出すシャマル。
原因としては色々考えられる。
先に挙げた、渡航船への取り付き、密輸物への混入、密輸された個体が逃走、エトセトラエトセトラ……。
しかし、それら全てが最終的に行き着く先は入管――入国管理局だ。

「入管の奴らがザルな検査してたんだろ。ま、ミッド産じゃないのは確かだろーな。
 あそこ、こことは外交関係じゃねーし。紛れ込みようが無ぇ」

もっとも、それは"ミッドチルダが真っ当な外交をしているならば"という条件付だが。
銀時は仕事上、社会の裏側は嫌と言うほど見てきている。
どこの世界にも、そういう輩は必ずいるものなのだ。

「紛れ込むハズがねぇ……ハズなんだけどな」

辺りを重たい空気が包み込む。
そんな張り詰めた空気を吹き飛ばしたのは……何の因果だろうか。
後に、そのような汚い世界を見せ付けられることになる少女であった。

「エイリアンって、どんなんやろな~。
 前に映画で見た怪獣くらいデッカい奴なんやろか?」

目をキラキラさせながら言うはやて。
意外と立ち直りの早い娘だ。

「さあな。まぁ、ここまで人が寄り付かねーんだ。
 よっぽどヤバいバケモンなんじゃ……」

そう呟いて海の方を見る銀時。
視線の先では、水着姿のヴィータが新八のゴーグルを持って波打ち際を走り回り、同じく水着姿の新八が
必死になってヴィータを追い掛け回していた。

「ってオィィィィィィィ!!!! お前ら目的忘れてね!?」

「あ、ヴィータちゃんズルい! 私もー!」

いつの間に着替えたのか、シャマルも水着でヴィータ達の方へ向かう。

「お前ホントに俺と同年代!? つーか何でだよ! 何で今回俺がツッコミ役やってんの!?」

「やれやれ……まだまだ子供だな」

そう言って呆れ顔をするのはシグナム。
彼女の出で立ちは、黒ビキニに巨大なビーチボールというものだった。

「そのカッコで言っても全然説得力ねーよ」

「あはは……シグナムも、遊んできてもええよ?
 でも、危ないと思ったらすぐ戻ってきてな?」

「は。ご命令とあらば」

「いや、おせーよ。いまさら堅物キャラのフリしても遅いから。もう本性バレてるから!」

銀時のツッコミを華麗に受け流し走り去るシグナム。
心なしか、少し嬉しそうだ。



「……みんな楽しそうやなー…」

まるで家族旅行に来た母親のように、はやては呟く。
あれから30分ほど経過したが、エイリアンが現れる気配は一向に無い。
平和そのものである。

「心配しなくても、オメーもじきに遊べるようになるさ」

黙々と"んまい棒"をむさぼっていた銀時が、はやての足を見ながら言った。
彼なりの気遣いなのだろう。
医者の話では、常人では考えられない速度で回復に向かっているが、やはりまだ自力での歩行は無理との事だ。
そんな彼女が、自由に飛んだり跳ねたり出来る"家族"達を見て、憧れや羨望を抱くのも無理は無い。
銀時はそう考えていたのだが、はやては笑いながらその考えを否定する。

「あ、ううん。そういう意味で言ったんやのーて……みんな、子供みたいやなーって思って。
 子供の私が言うのも、変な話やけど」

「結構なことじゃねーか。人生を楽しむコツは、童心を忘れねーことだからな」

微笑みながら"子供"達を見守る銀時。
まあ彼の場合、童心というより、いつまで経っても平行線なダメ人間なのだが。

「でも、大人になったらそうも言ってられんのとちゃうの?
 上からは怒鳴られ、下からは持ち上げられ……板挟みにあって、いずれはサンドイッチや。押し潰されてまう」

「お前ホントに小学生?
 ……ま、お前が心配するようなことじゃねーよ。それに、そーゆー地位につける奴は、大体仕事の出来る奴だ。
 仕事が出来る奴ってのは、ガス抜きの仕方も上手いからな。そう簡単に潰れねーよ」

「そーゆーもんなんかなぁ…」

はやては釈然としないようだったが、銀時は構わず話を続ける。

「そーゆーもんなんだよ。
 その点で言えば、オメーは仕事が出来ない奴らの部類に入るな」

「ふぇ?」

「お前に限ったことじゃねぇが……何でもかんでも、一人で抱え込んじまうクセがあるからな。
 そのくせ、他人の悩みや心配事には敏感で……ガスの抜き方も知らねーくせに、そいつらまで一緒に抱え込んじまってよォ。
 その小っこい身体に、どんだけのモンを抱え込めるってんだよ。
 そんなに俺らが信用できねーか?」

予想外の話の振られ方に、二の句を告げなくなるはやて。
しかし、最後の一言だけはどうしても否定したかった。
信用できない?
そんなわけが無い。私は彼らを――"友人"と、そして"家族"を心から信用している。
世界中の、誰よりもだ。

「そ、そーいうわけやないよ! ただ、みんなに心配かけたり、面倒なことに巻き込んだりしたくないだけで…」

「オイオイ、俺ァ万事屋だぜ? 面倒なことをすんのが仕事だ。
 何でもかんでも自分で解決されたら、商売上がったりだぜ」

そう言って、笑いながらはやての頭に手を乗せる。
口では金だの商売だの言ってるが、心の奥底では、自分のことを一番気に掛けていてくれてるのだろう。
……本当に天邪鬼。まるで子供みたいな大人だな。
そんなことを思い、はやては微笑む。

「……そっか。それもそーやな」

「そーだよ。銀さんをニートにさせたくなかったら、どんどん面倒事持って来い。分かったな?」

「うん。でも、そん時は格安でお願いな?」

約九年後、この時の発言のおかげで本当に面倒な事件に巻き込まれる銀時なのだが
それはまた別のおはなしである――。



「いいなー。みんな楽しそうアル」

さらに10分経過。
ぼけーっと海を眺めていた銀時達の後ろで、突然神楽が呟いた。
いつものチャイナ服に番傘、そして何故かタオルでほっかむりを作っている。

「…そーいやお前、日の光に弱いんだったな。
 原作者も忘れてるんじゃねーの? そんな設定」

「いいなー。みんな泳げて」

心底羨ましそうにヴィータ達を眺める神楽。
その頭上には、ワゴン車並の大きさの岩が掲げられていた。

「……神楽ちゃん神楽ちゃん。何してんの?」

「他人の幸せを見るくらいなら、いっそ壊してしまった方がマシよ」

マズい。この目はマジだ。
本能的に危険を察知したはやてはヴィータ達に向かって叫ぶ。

「みんな逃げてェェェェ!!! 病気や! この娘病気……ん?」

「オイ、あれって……」

異変に気付いたのはその時だ。
張り付けの刑にあっていた店主の後方150mほど。
その海面から、巨大なサメの背びれのような物が突き出ていたのだ。
しかもそのヒレは、凄まじい勢いでこちらへ向かっている。

「おィィィィ!!! 後ろォォォ!! 志村後ろォォォォ!!」

「逃げてェェェェ!! ダブルパンチや! 二つの恐怖が今まさに!!」

必死な形相で叫ぶ二人。
しかし悲しいかな。ヴィータ達と銀時達との距離は、あまりにも遠すぎた。



「? 何、ダブルパンツ? パンツ忘れてきたのかな?」

浮き輪でプカプカと浮いていた新八は、銀時達の蚊の鳴くような叫びをそう認識した。

「しょうがねーな。あたしの貸してあげ…」

と、ヴィータが海岸に向かって泳ぎだそうとしたその瞬間である。

『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

突然、この世の物とは思えない叫び声が聞こえた。
驚いた新八とヴィータは声のした方を向く。

そこには、泡を吹いて気絶した店主。
今まで見せたことも無いような表情をしているシグナムとシャマル。
そして大型トラックほどの大きさはあろうかという……"脚の生えた魚"が宙を舞っていた。
理解不能の事態に、思考回路を停止させてしまう新八とヴィータ。
数瞬後、魚は吸い込まれるように海面に落下し、盛大な水飛沫と津波が巻き起こった。

「ほほほ、本当に出たァァァァァ!!!」

大慌てで岸へ向かう新八とヴィータ。
すっかり忘れていたが、自分達はエイリアン退治に来たのだった。

「おい、おっさん気絶してたぞ! 大丈夫なのかアレ!?」

「大丈夫! 僕の経験上、ああいうモブキャラは放っておいても最後のほうにひょっこり出てくるはずだから!!」

などと身も蓋も無いことを言う新八。
そんな彼らの両脇を、何かが物凄い飛沫を上げながら泳ぎ去っていった。

「新八くん! 後は頼んだわ!!」

「殿は任せるぞ、ヴィータ!」

『待てや年長組!!!!』

シグナムとシャマルである。
しかしこの二人、明らかに戦速以上の速度で泳いでいる。
実は水中戦仕様として作り上げられたのではなかろうか?

などとくだらないナレーションをしているうちに、エイリアンはどんどん新八、ヴィータとの距離を詰めてくる。
このままでは、丸呑みにされて七つの海を巡ることになってしまう。

「うわァァァァ!!!」

なんとか逃げ切ろうと頑張る新八だが、ヴィータはそれを許さない。
お前も道連れだ。といわんばかりにゴーグルのゴムを引っ張る。

「ちょ…待てェェ!! 何スイスイ泳いでんの新八!? お前らしくない!!
 お前は何やってもダメ! ツッコミ以外ダメなキャラのハズだ! そーだろ!?」

「いだだだだ!! 目ェ飛び出す! 目ェ飛び出すって!!!」

ゴーグルに目の周りを押さえつけられ、出目金のようになる新八。
前門のヴィータ後門のエイリアンである。
まさにダブルパンチ。

「新八さん! ヴィータ!!」

何とか神楽に岩を降ろさせたはやてが叫ぶ。
すると空気を呼んだ神楽が、一旦降ろした岩を再び持ち上げた。
……神楽を止めるべく、岩にしがみついていたはやても一緒に、だ。

「ふんごぉぉぉぉ!!!」

「ちょ、神楽ちゃん待って! 私乗ってるから!
 これ投げんのは私も賛成やけど、私乗って……」

――銀魂における一般常識・その1。
主役・脇役に関わらず、不幸は平等に訪れる物である。
むしろ主役ほど悲惨な目に合いやすい。

「いヤァぁァぁァァぁぁァ!!!!!!!」

はやての悲痛な願いも空しく、大岩はスパイラル回転をしながら飛翔する。

「はやてェェェェ!!!!」

「はやてちゃんんんんんん!!!!」

外れ。
はやての決死の特攻も空しく、大岩はエイリアンのすぐ脇に落着し、巨大な水柱を上げた。

「チッ、外したか」

「……いやいや、大丈夫だろコレ。
 だってアレだぜ? ああ見えてアイツ、期待の新人だし……」

冷や汗をかきながら現実逃避を計る銀時。
確かに彼女なら、その気になれば艦砲射撃並の魔力砲撃を放つことも可能だ。多分。
その辺のエイリアンには、引けを取らないだろう。多分。
しかし、その考えは大きく間違っていた。

「そういえばはやて、この前の訓練でデバイスぶっ壊して、今修理中って言ってたアル」

「…………」

要するに、砲身が無いのだ。
どれだけ強力な弾を持っていても、それの射出に耐えうる装置がなければ意味が無い。
万全の状態のはやてを悟空とするなら、今のはやてはヤムチャだ。
どう考えても勝ち目は無い。

「はやてェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!!!」

鬼のような形相で助けに向かおうとする銀時。
だが、シャマルはそれを止める。

「大丈夫です銀時さん! こちらで回収しました!!」

後ろを振り向くと、騎士甲冑を纏ったシグナムとシャマル。
そして口から噴水のように海水を吹き出すはやての姿があった。
どうやら、水没した直後に"旅の鏡"で回収したようだ。

「ホント便利だな、その技……」

しかしこれで一安心、というわけではない。
まだヴィータと新八が海の中だ。

「うわばばばば!!! ヤバい! 追いつかれる!」

「ああ…死ぬ前に湯船一杯にフルーチェ作って食べてみたかった……」

「安上がりな人生だなオイ!」

とても死ぬ直前とは思えない会話を繰り広げる二人。
その時であった。
エイリアンが突然海中から飛び上がったのだ。
巨大な脚付きの魚は弧を描きながら飛翔し、地響きと共に銀時達の目の前に着地した。

「ぬォォォォォ!!!
 何コレ!? どこの魚龍!?」

翡翠色の鱗。シャープな顔立ち。鋭利な牙。強靭な脚。翼のように発達したヒレ。
そう、それは魚というより、むしろ龍と呼ぶべき生物だった。

「これがエイリアンとやらか」

レヴァンテインを抜くシグナム。
先程は突然のことにパニック状態に陥ってしまったが、落ち着いてみれば何のことは無い、
極々ありふれた巨大生物だ。
彼女の腕ならば、勝てない相手ではない。

「でも妙ね……魔力なんて一切感じなかったけど…」

「大方、ステルス系の能力でも持っているのだろう。
 確かに海中なら脅威ではあるが、陸に上がればどうということは……」

そこまで言いかけたところで、突然魚龍が口を開いた。
その口内では、魔力で圧縮された水の球が、ユラユラと蠢いている。

「オイ、姐さん。どうということは……何だって?」

「…散開!!」

シグナムの号令と共に横っ飛びにその場を離れる銀時達。
直後、彼らがいた場所に"水爆弾"が着弾。
家一軒くらいは飲み込めそうな、巨大なクレーターが出来上がった。

「ヒュー、えれぇ威力だな。まるで大砲じゃねーか」

愛用の木刀を抜きながら銀時は言う。
純粋な魔力砲撃ならこの木刀で打ち返すことも可能なのだが、この"水爆弾"は圧縮された水だ。
残念ながら打ち返すどころか、直撃すれば確実に消し飛ばされる。

「シャマル! 主を連れて下がっていろ! 奴は我々が片付ける!」

支援要員の自分が、最前線で行えることは少ない。
そう判断したシャマルはシグナムの指示通り、はやてを抱えて魚龍との距離を取る。

「……で、どうする気だよ、姐さん」

「無論、正面から撃ち貫くだけだ」

憩いのひと時を邪魔されてご立腹なシグナム。
どうやら最初からクライマックス、全力全開で仕掛けるらしい。

「シグナム! 結界の展開、完了したぞ! 思いっきりやっちまえ!」

騎士甲冑を纏ったヴィータが叫ぶ。
これで攻撃の余波が外部に伝わることは無い。
遠慮なく最大の攻撃を叩き込むことが出来る。

「任せておけ。今日の夕食は魚龍の姿焼きだ」

不敵な笑みを浮かべ、ボーゲンフォルムのレヴァンテインを構えるシグナム。
しかしこの形態を見ると、どうしても"アーバレスト"と呼称したくなる筆者は、某作品に相当毒されているようだ。

「翔けよ、隼!」

弓から二つの空薬莢が排出されると同時に、光の矢が放たれた。
矢は寸分違わず、魚龍の眉間に向かって飛翔する。
――勝った。
そう思った、まさにその瞬間だ。
魚龍が水爆弾を発射したのだ。
爆弾は矢にぶつかり破裂。その威力を相殺する。
これが魔力弾なら爆発して終わりなのだが――何度も言うが、これは圧縮された"水"なのだ。
殺傷力こそ失ったものの、水にかけられた加速はそう簡単には失われない。
大量の水がスコ-ルのようにシグナムに襲い掛かった。

――数秒後、そこには濡れ鼠となった烈火の将の姿があった。

「……よかったな、撃とうとしてたのがファルケンで」

「白兵戦やったら、間違いなく上半身吹き飛んでたな」

いつの間にか復活したはやてと銀時が、ジト目でシグナムを見る。

「な、何をおっしゃいますか主。これは、そう、水も滴るいい女というものでありまして……」

などと言い訳を試みたのがいけなかったのだろう。
これを好機と見た魚龍が、容赦なく水爆弾を撃ち込んで来たのだ。

『どわァァァァァ!!!!』

直撃は免れたものの、その尋常ではない爆発に
空高くまで吹き飛ばされるシグナム……と、たまたま近くにいた銀時。

「銀ちゃん! 姐御!!」

「ヤバい! シャマルさん、はやてちゃん逃げて!」

魚龍はシグナム達を一瞥し、シャマル達の方へゆっくりと首を向けた。
シャマルは身構える。
はやてを抱えているこの状況では、攻撃の回避など到底不可能だ。
となると、防御するしかない。
しかし、シュツルムファルケンを相殺できるほどの攻撃を防ぐことが出来るのか。
そう考えている間にも、魚龍は攻撃態勢を取る。
……つまり今現在、魚龍の背後は隙だらけということだ。

「させるかァァァァァ!!」

デバイスを構え、ヴィータが魚龍の背後から突撃を敢行する。
しかしこの魚龍、なかなか知能が高いようだ。
まるで奇襲を予測していたかのように身体を一回転させる。

「へぶっ!?」

巨大な尾ビレを叩きつけられ、ヴィータの体は虚空に舞った
さらに追い討ちを掛けるべく、魚龍はヴィータに爆弾の狙いをつける。

「ヴィータちゃん!!」

叫ぶシャマル。
しかしヴィータは回避行動を取ろうともせず――笑っていた。
まるで、勝利を確信しているかのように。

「ほァちゃァァァァァ!!!」

独特な叫び声と共に、何者かが魚龍の眼前へ躍り出た。

「あっち向いてェェェェ……」

神楽だ。
愛用の番傘を大きく振りかぶり、力一杯フルスイングする。

「ホイィィィィィ!!!!」

夜兎の馬鹿力から放たれた一撃は、魚龍の狙いを大きく逸らすことに成功した。
あらぬ方向へ飛び、爆発する水爆弾。
さらに、不意を付かれた魚龍は今の一撃で脳震盪を起こしたようだ。
まるで酔っ払いのように千鳥足を踏んでいる。
さあ、最後の仕上げだ。

「新八ィィィィ!!! 醤油用意しとけェェェ!!!」

「大根おろしとポン酢もだ!!!」

天から聞こえてくる、戦神と勝利の女神の声。
吹き飛ばされた銀時とシグナムが、重力に任せて自由落下してきたのだ。

『ひっさぁぁぁぁぁつ!!!』

高々と妖刀と炎の魔剣を掲げる。
そして――

『稲妻重力落としィィィィィィィィ!!!!』

80年代テイスト溢れる技名と同時に振り下ろされる、二つの剣。
その衝撃は魚龍の身体を伝い、地に無数の亀裂を残す。
歴戦の剣士二人の、渾身の一撃を受けた魚龍はその場にくずおれ……ピクリとも動かなくなった。



カラスが鳴くから帰りましょ、とは何の歌だったか。
件の魚龍を入管の連中に引き渡し、魚龍討伐の報酬を海の家の店主から強奪――もとい、受け取り帰路につく銀時達。

「……なんでだよ、なんだよこの状況。罰ゲーム? なんかの罰ゲームか?」

黄金色の夕日を浴びながら、銀時は呟く。
無理も無い。
何故なら今の彼は、右肩にはやて、左肩にヴィータ、そして小脇に神楽を抱えるという
なんとも大道芸な事をさせられているのだ。

「よっぽど疲れていたんですね…」

微笑みながら、眠りこける三人の天使を見つめるシャマル。
それに同意するように、新八とシグナムも頷く。

「そりゃあ、あれだけ遊んだ上にあの騒動ですからねぇ…」

「ふふ……まるで父親だな。銀時殿」

「オイ、ホームドラマみてーな雰囲気にしてごまかそうとしてんじゃねーよ。お前らも手伝え。
 何が悲しくてガキ3人もいっぺんに背負わなきゃならねーんだよ。
 まだ子泣きジジイ背負ってる方が幾分かマシだっつーの」

と、ダラダラと不平不満をブチ撒ける銀時。
しかしシャマルらは彼の主張を全力で無視した。

「でも、銀時さんがお父さんってことは、お母さんは……」

チラリ、とはやてに目を向ける。

「……腐ってますね」

「そうか……銀時殿に、そんな趣味が…」

まるで腐ったミカンでも見るような視線を向ける新八とシグナム。
しかし当然のことながら、銀時に幼女趣味は無い。
銀時は必死になって身の潔白を証明しようとする。

「オイぃぃぃぃぃ!!! 何勝手に勘ぐってんの!?
 無いからね! 銀さんいたってノーマルだからね! オイはやて! お前も何か言って――」

「……んぅ…………誰か交代ぃ~…」

幸せそうな寝顔を見せながら、寝言を垂れるはやて。

――父親、か。
まあ、コイツが酒でも飲めるくらいの歳になるまでは、それもいいかもしれないな。

「……ったく。重てーな、チクショッ」

心地よい重さを背中に感じながら、そんなことを呟く銀時なのであった。

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最終更新:2007年10月23日 21:40